(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-10-08
(45)【発行日】2024-10-17
(54)【発明の名称】光電変換素子および光電変換素子の製造方法
(51)【国際特許分類】
H01L 31/0749 20120101AFI20241009BHJP
H01L 31/065 20120101ALI20241009BHJP
【FI】
H01L31/06 460
H01L31/06 200
(21)【出願番号】P 2020561354
(86)(22)【出願日】2019-12-12
(86)【国際出願番号】 JP2019048683
(87)【国際公開番号】W WO2020129803
(87)【国際公開日】2020-06-25
【審査請求日】2022-11-22
(31)【優先権主張番号】P 2018237248
(32)【優先日】2018-12-19
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成27年度、国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構「高性能・高信頼性太陽光発電の発電コスト低減技術開発/先端複合技術型シリコン太陽電池、高性能CIS太陽電池の技術開発/CIS太陽電池モジュール高性能化技術の研究開発」共同研究、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】000183646
【氏名又は名称】出光興産株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100114775
【氏名又は名称】高岡 亮一
(74)【代理人】
【識別番号】100121511
【氏名又は名称】小田 直
(74)【代理人】
【識別番号】100116001
【氏名又は名称】森 俊秀
(74)【代理人】
【識別番号】100208580
【氏名又は名称】三好 玲奈
(72)【発明者】
【氏名】冨田 仁
(72)【発明者】
【氏名】杉本 広紀
【審査官】佐竹 政彦
(56)【参考文献】
【文献】米国特許出願公開第2012/0168910(US,A1)
【文献】特開2014-232764(JP,A)
【文献】国際公開第2015/005091(WO,A1)
【文献】米国特許出願公開第2013/0164885(US,A1)
【文献】米国特許出願公開第2010/0247745(US,A1)
【文献】WU, Jyun-Jie et al.,"Preparation and Characterization of Silver-Doped Cu(In,Ga)Se2 Films via Nonvacuum Solution Process",Journal of the American Ceramic Society,2016年,Vol.99, No.10,pp.3280-3285
【文献】TAUCHI, Yuki et al.,"Characterization of (AgCu)(InGa)Se2 Absorber Layer Fabricated by a Selenization Process from Metal Precursor",IEEE JOURNAL OF PHOTOVOLTAICS,2013年,Vol.3, No.1,pp.467-471
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01L 31/00-31/20
JSTPlus/JST7580(JDreamIII)
Science Direct
IEEE Xplore
Wiley Online Library
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
第1の電極層と第2の電極層との間に形成される光電変換層を有する光電変換素子であって、
前記光電変換層は、I族元素のCu、Agと、III族元素のIn、Gaと、VI族元素のSe、Sと、を含み、
前記光電変換層は、受光面側に位置する表面側領域と、当該受光面の裏面側に位置する裏面側領域と、前記表面側領域および前記裏面側領域の間に位置する中間領域と、を有し、
前記中間領域の受光面側は前記表面側領域に臨み、前記中間領域の裏面側は前記裏面側領域に臨み、
前記中間領域は、前記光電変換層の厚さを1に規格化したときに、前記光電変換層の厚さ方向において、前記光電変換層の受光面を基準として0.1~0.7の範囲に位置し、
前記表面側領域、前記中間領域、前記裏面側領域はそれぞれAgを含み、
前記光電変換層の厚さ方向においてバンドギャップの最小値を示す部位は、前記中間領域に含まれ、
Ag以外のI族元素、III族元素およびVI族元素のモル量の和に対するAgのモル量の比(Ag/(Ag以外のI+III+VI))をAg濃度としたときに、前記光電変換層の厚さ方向において前記Ag濃度の極大値を示す部位は、前記中間領域に含まれ、
前記裏面側領域に含まれるAgのモル量は、前記光電変換層の全体に含まれるAgのモル量の0.19以下である
光電変換素子。
【請求項2】
前記Ag濃度の極大値は、0.00519~0.0140である、
請求項1に記載の光電変換素子。
【請求項3】
前記Ag濃度の極大値を示す部位は、前記光電変換層の厚さ方向において、前記光電変換層の前記裏面よりも前記光電変換層の前記受光面の近くに位置する、
請求項1または請求項2に記載の光電変換素子。
【請求項4】
前記Ag濃度の極大値を示す部位は、前記光電変換層の厚さ方向において、前記中間領域の裏面側の境界よりも前記中間領域の受光面側の境界の近くに位置する、
請求項1から請求項3のいずれか一項に記載の光電変換素子。
【請求項5】
前記Ag濃度の極大値を示す部位は、前記光電変換層の厚さ方向において、前記バンドギャップの最小値を示す部位よりも前記光電変換層の前記裏面側に位置する、
請求項1から請求項4のいずれか一項に記載の光電変換素子。
【請求項6】
前記表面側領域に含まれるAgのモル量は、前記光電変換層の全体に含まれるAgのモル量の0.06以下である、
請求項1から請求項
5のいずれか一項に記載の光電変換素子。
【請求項7】
前記光電変換層のバンドギャップは、1.04eV~1.20eVである、
請求項1から請求項
6のいずれか一項に記載の光電変換素子。
【請求項8】
請求項1から請求項
7のいずれか一項に記載の光電変換素子の製造方法であって、
前記第1の電極層を形成する工程と、
前記第1の電極層の上に、I族元素のCu、Agと、III族元素のIn、Gaとを含むプリカーサ層を形成する工程と、
前記プリカーサ層をカルコゲン化して前記光電変換層を形成する工程と、
前記光電変換層の上に前記第2の電極層を形成する工程と、を含み、
前記プリカーサ層を形成する工程では、少なくともCuを含む層と、InとGaの少なくとも1つを含む層と、Agを含む層とをそれぞれ形成し、
前記プリカーサ層において前記Agを含む層は、前記第1の電極層側の第1の表面を含む層と、前記第2の電極層側の第2の表面を含む層の間に形成され、
前記Agを含む層は、前記少なくともCuを含む層および前記InとGaの少なくとも1つを含む層よりもAgを多く含む
光電変換素子の製造方法。
【請求項9】
前記プリカーサ層の元素のモル量を厚さ方向に2等分した領域のうち、前記第1の電極側の領域を第1の領域とし、受光面側の領域を第2の領域としたときに、前記第2の領域のAgのモル量は前記第1の領域のAgのモル量より多い、
請求項
8に記載の光電変換素子の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、光電変換素子および光電変換素子の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来から、光電変換層としてCu、In、Ga、Se、Sを含むカルコパイライト構造のI-III-VI2族化合物半導体を用いたCIS系光電変換素子が提案されている。このタイプの光電変換素子は、製造コストが比較的安価であり、しかも可視から近赤外の波長範囲に大きな吸収係数を有するので高い光電変換効率が期待される。
【0003】
CIS系光電変換素子は、例えば、基板上に金属の裏面電極層を形成し、その上にI-III-VI2族化合物である光電変換層を形成し、更にバッファ層、透明導電膜で形成される窓層を順に形成して構成される。
また、CIS系光電変換素子においては、界面再結合を避けるために、光電変換層のバンドギャップの極小値を光電変換層の膜厚方向の内側に寄せること(ダブルグレーデッド構造)が重要である。ダブルグレーデッド構造を実現する手法としては、光電変換層のS/VIやGa/IIIの深さ方向の濃度制御が知られている。
【0004】
さらに、CIS系光電変換素子の高効率化の技術として、CIS系の光電変換層のI族元素であるCuの一部をAgに置換することも知られている。
例えば、特許文献1には、光電子デバイスに関し、(Ag,Cu)(In,Ga)(Se,S)2を吸収体層に適用し、Agにより吸収体のバンドギャップを実質的に変化させることが開示されている。また、特許文献1には、吸収体層が、表面領域とバルク領域との間に配設された遷移領域を有することと、この遷移領域中の遷移領域Ag/(Ag+Cu)のモル比は、表面領域中の表面領域Ag/(Ag+Cu)の比よりも高いことが開示されている。
また、特許文献2には、太陽電池の光吸収層として適用できるACIGS薄膜は、CIGSにおいてCuをAgで部分的に置換することにより形成されることが開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特表2014-524145号公報
【文献】特開2017-128792号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
光電変換素子の受光面側となる光電変換層の表面側に高濃度のAgを添加すると、光電変換層とバッファ層(バッファ層がない場合は第2の電極層)の界面での格子ミスマッチが大きくなる。このような格子ミスマッチの拡大は、キャリアの再結合の増加により光電変換の効率を低下させるので避けることが望ましい。
一方、基板に臨む光電変換層の裏面側に高濃度のAgを添加すると、裏面側の光電変換層のSの増加および裏面側の光電変換層のボイドの増加に繋がる。その結果として、光電変換層と裏面電極との密着性の低下や、この光電変換層を適用した光電変換素子の直列抵抗Rsの増加が懸念される。
【0007】
本発明は、上記の状況に鑑みてなされたものであって、Agを添加した光電変換層におけるキャリアの再結合を効果的に抑制し、光電変換素子の光電変換の効率を向上させる手段を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明の一例である光電変換素子は、第1の電極層と第2の電極層との間に形成される光電変換層を有する光電変換素子であって、光電変換層は、I族元素のCu、Agと、III族元素のIn、Gaと、VI族元素のSe、Sと、を含む。光電変換層は、受光面側に位置する表面側領域と、当該受光面の裏面側に位置する裏面側領域と、表面側領域および裏面側領域の間に位置する中間領域と、を有する。中間領域の受光面側は表面側領域に臨み、中間領域の裏面側は裏面側領域に臨む。中間領域は、光電変換層の厚さを1に規格化したときに、光電変換層の厚さ方向において、光電変換層の受光面を基準として0.1~0.7の範囲に位置し、表面側領域、中間領域、裏面側領域はそれぞれAgを含む。光電変換層の厚さ方向においてバンドギャップの最小値を示す部位は、中間領域に含まれる。Ag以外のI族元素、III族元素およびVI族元素のモル量の和に対するAgのモル量の比をAg濃度としたときに、光電変換層の厚さ方向においてAg濃度の極大値を示す部位は、中間領域に含まれる。裏面側領域に含まれるAgのモル量は、光電変換層の全体に含まれるAgのモル量の0.19以下である。
【発明の効果】
【0009】
本発明の一例である光電変換素子によれば、光電変換層の厚さ方向においてバンドギャップの最小値を示す部位とAg濃度の極大値を示す部位はいずれも中間領域に含まれ、バンドギャップの最小値を示す部位でキャリアの再結合が抑制される。これにより、光電変換素子の光電変換の効率を向上させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1】一実施形態における光電変換素子の例を示す断面図である。
【
図3】光電変換素子の製造方法の一工程を示す断面図である。
【
図4】光電変換素子の製造方法の一工程を示す断面図である。
【
図5】光電変換素子の製造方法の一工程を示す断面図である。
【
図6】光電変換素子の製造方法の一工程を示す断面図である。
【
図7】(A)は、実施例の光電変換層のバンドギャップ(Eg)のプロファイルを示すグラフであり、(B)および(C)は、実施例の光電変換層の元素濃度組成比のプロファイルを示すグラフである。
【
図8】光電変換層へAgを添加した光電変換素子の量子効率と、量子効率の変化の波長依存性を示すグラフである。
【
図9】Ag添加の有無によるバンドギャップおよび開放電圧損失の相関の変化を示すグラフである。
【
図10】光電変換素子を適用した太陽電池サブモジュールの例を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、図面を参照しながら実施形態を説明する。
実施形態では、その説明を分かり易くするため、本発明の主要部以外の構造または要素については、簡略化または省略して説明する。また、図面において、同じ要素には同じ符号を付す。なお、図面において、各層の厚さ、形状などは、模式的に示したもので、実際の厚さや形状などを示すものではない。
【0012】
<光電変換素子10の構造>
図1は、一実施形態における光電変換素子10の例を示す厚さ方向の断面図である。
光電変換素子10は、例えば、基板11の上に、第1の電極層12、光電変換層13、バッファ層14、第2の電極層15を積層したサブストレート構造を有する。太陽光などの光20は、基板11側とは反対側から光電変換素子10に入射される。
【0013】
(基板11)
基板11は、ガラス基板、樹脂基板、金属基板などから選択可能である。基板11は、ナトリウム、カリウムなどのアルカリ金属を含んでもよい。基板11の形状は、例えば、四角形であるが、これに限られることはない。また、基板11は、固い基板を想定しているが、これに代えて、柔軟性のあるフレキシブル基板を用いてもよい。フレキシブル基板は、例えば、ステンレス箔、チタン箔、モリブデン箔、セラミックシート、または樹脂シートを含む。
【0014】
(第1の電極層12)
第1の電極層12は、基板11上に配置される。第1の電極層12は、例えば、金属電極層である。第1の電極層12は、後述する製造方法において、光電変換層13との反応が発生し難い材料を備えることが好ましい。第1の電極層12は、モリブデン(Mo)、チタン(Ti)、クロム(Cr)などから選択可能である。第1の電極層12は、後述する第2の電極層15内に含まれる材料と同じ材料を含んでもよい。例えば、第1の電極層12の厚さは、200nm~500nmに設定される。
【0015】
(光電変換層13)
光電変換層13は、第1の電極層12上に配置される。光電変換層13は、多結晶または微結晶のp型化合物半導体層として機能する。光電変換層13は、I族元素と、III族元素と、VI族元素(カルコゲン元素)としてセレン(Se)および硫黄(S)と、を含むカルコパイライト構造の混晶化合物(I-III-(Se,S)2)を備える。I族元素は、銅(Cu)、銀(Ag)、金(Au)などから選択可能である。III族元素は、インジウム(In)、ガリウム(Ga)、アルミニウム(Al)などから選択可能である。また、光電変換層13は、VI族元素として、セレンおよび硫黄の他に、テルル(Te)などを含んでもよい。また、光電変換層13は、Li、Na、K、Rb、Cs等のアルカリ金属を含んでもよい。例えば、光電変換層13の厚さは、1.0μm~3.0μmに設定される。
【0016】
本実施形態の光電変換層13は、III族元素として少なくともインジウムとガリウムを含み、VI族元素として少なくとも硫黄を含む。光電変換層13は、ガリウムと硫黄により、受光面側(図中上側)および基板11側(図中下側)ではバンドギャップがそれぞれ大きく、内部(真ん中)ではバンドギャップが小さいダブルグレーデッド構造を有する。
【0017】
本実施形態の光電変換層13は、光電変換層13の厚さ方向(図中上下方向)に沿って、表面側領域13A、中間領域13Bおよび裏面側領域13Cの3つの領域を有する。表面側領域13Aは、光電変換層13の受光面側に位置し、裏面側領域13Cは、受光面に対して裏面側となる光電変換層13の基板11側に位置する。中間領域13Bは、光電変換層13において表面側領域13Aと裏面側領域13Cの間に位置する。光電変換層13の厚さ方向においてバンドギャップの最小値を示す部位は、中間領域13Bに存在する。
【0018】
光電変換層13の膜厚を1に規格化したときに、光電変換層13の中間領域13Bは、光電変換層13の受光面側の表面を基準として光電変換層13の膜厚の0.1~0.7の範囲にあることが好ましい。上記の場合、表面側領域13Aは、光電変換層13の受光面側の表面からの膜厚が0~0.1未満の範囲に形成される。同様に、裏面側領域13Cは、光電変換層13の受光面側の表面からの膜厚が0.7を超えてから1.0までの範囲に形成される。
【0019】
上記のように、表面側領域13Aの膜厚を設定することで、光電変換層13とバッファ層14(バッファ層14がない場合は第2の電極層15)の界面での格子ミスマッチの拡大を抑制でき、キャリアの再結合の増加を抑制できる。
また、上記のように、裏面側領域13Cの膜厚を設定することで、第1の電極層12側(裏面電極側)における光電変換層13のSの増加およびボイドの増加を抑制できる。その結果、光電変換層13と第1の電極層12の密着性の低下を抑制できる。また、この光電変換層13を適用した光電変換素子10の直列抵抗Rsの増加を抑制することができる。
【0020】
また、本実施形態の光電変換層13は、I族元素として少なくともAgを含む。光電変換層13に添加されたAgによりアンチサイト欠陥InCuが抑制される。これにより、光電変換層13のキャリア密度が増加するとともに、光電変換層13で生成したキャリアの再結合を低減させることができる。
【0021】
光電変換層13の厚さ方向においてAg濃度の極大値を示す部位は、中間領域13Bに存在する。ここで、Ag濃度は、光電変換層13におけるAg以外のI族元素、III族元素、VI族元素のモル量の和に対するAgのモル量の比(Ag/Ag以外のI+III+VI)を示す。
本実施形態では、光電変換層13のバンドギャップの最小値を示す部位は中間領域13Bに存在するので、光電変換層13の厚さ方向においてバンドギャップの最小値を示す部位とAg濃度の極大値を示す部位が近接する。したがって、本実施形態では、バンドギャップの最小値を示す部位でキャリアの再結合が抑制されるので、光電変換素子10の開放電圧および短絡光電流の改善に繋がり、光電変換層13の光電変換の効率が向上する。
【0022】
また、光電変換層13のAg濃度は、光電変換層13のバンドギャップを実質的に変化させない程度の濃度に設定されることが好ましい。
光電変換層13でAgを多く添加した部分ではバンドギャップが実質的に拡大する。つまり、Ag濃度を高くすると、ダブルグレーデッド構造のバンドギャップの最小値を示す部位を含む領域のバンドギャップが拡大する傾向を示す。また、Agの濃度プロファイルによっては、光電変換層13が所望のバンドプロファイルを得られない可能性もある。以上の理由から、本実施形態における光電変換層13のAg濃度は光電変換層13のバンドギャップを実質的に変化させない程度にすることが好ましい。
これにより、本実施形態では、Agを添加しない場合と比べて光電変換層13のバンドギャップを実質的に拡大させずにすみ、かつ光電変換層13についてAgを添加しない場合と同様の所望のバンドプロファイルを得ることができる。したがって、光電変換の効率を高めることができる。
【0023】
一例として、光電変換層13におけるAg濃度の極大値は、0.00519~0.0140であることが好ましい。Ag濃度の極大値が0.0140を超える場合は、光電変換層13のバンドギャップがAgを添加していない場合と比較して実質的に拡大する。一方で、Ag濃度の極大値が0.00519より小さい場合は、バンドギャップは実質的に拡大しない。しかし、この場合には、光電変換層13のキャリア密度を増加させる効果および光電変換層13で生成したキャリアの再結合を低減する効果を十分に得ることが困難である。
【0024】
また、Ag濃度の極大値を示す部位は、光電変換層13の厚さ方向において、光電変換層13の裏面よりも光電変換層13の受光面の近くに配置されることが好ましい。換言すると、光電変換層13全体を受光面側の領域と裏面側の領域に2等分すると、Ag濃度の極大値を示す部位は2等分された光電変換層13において上記の受光面側の領域に含まれる。光電変換層13の受光面側の領域ではより多くのキャリアが生成される。そのため、上記の構成によると、Ag濃度の極大値を示す部位が光電変換層13の裏面側の領域に含まれる場合に比べて、キャリアの再結合を抑制することへの寄与が大きくなる。
【0025】
同様に、Ag濃度の極大値を示す部位は、光電変換層13の厚さ方向において、中間領域13Bの裏面側の境界よりも中間領域13Bの受光面側の境界の近くに配置されることが好ましい。換言すると、中間領域13Bのみを受光面側の領域と裏面側の領域に2等分すると、Ag濃度の極大値を示す部位は2等分された中間領域13Bにおいて上記の受光面側の領域に含まれる。中間領域13Bにおいても受光面側の領域ではより多くのキャリアが生成される。そのため、上記の構成によると、Ag濃度の極大値を示す部位が中間領域13Bの裏面側の領域に含まれる場合に比べて、キャリアの再結合を抑制することへの寄与が大きくなる。
【0026】
また、光電変換層13の厚さ方向において、光電変換層13のAg濃度の極大値を示す部位は、光電変換層13のバンドギャップの最小値を示す部位よりも受光面の裏面側にあることが好ましい。これにより、光電変換層13においてAg濃度の極大値を示す部位がGa濃度の高い位置に配置される。その結果として、Ga量が相対的に多い光電変換層13の部分においてAg添加によるアンチサイトGaCuの増加の抑制効果が大きくなる。
【0027】
一方で、表面側領域13Aに含まれるAgのモル量は、光電変換層13の全体に含まれるAgのモル量に対して0.06以下とすることが好ましい。上記のように、表面側領域13AのAgのモル量を全体のAgのモル量の0.06以下とすることで、さらに、光電変換層13とバッファ層14(あるいは第2の電極層15)の界面での格子ミスマッチの拡大を抑制でき、キャリアの再結合の増加を抑制できる。
【0028】
また、裏面側領域13Cに含まれるAgのモル量は、光電変換層13の全体に含まれるAgのモル量に対して0.19以下とすることが好ましい。上記のように、裏面側領域13CのAgのモル量を全体のAgのモル量の0.19以下とすることで、さらに、第1の電極層12側(裏面電極側)における光電変換層13のSの増加およびボイドの増加を抑制できる。その結果、光電変換層13と第1の電極層12の密着性の低下を抑制できる。また、この光電変換層13を適用した光電変換素子10の直列抵抗Rsの増加を抑制することができる。
【0029】
さらに、Agが有効に利用される中間領域13B以外の領域(表面側領域13Aおよび裏面側領域13C)におけるAgのモル量を低くすると、光電変換層13におけるAgの利用効率が高まり、Agの使用量を低減することができる。
【0030】
また、光電変換層13の全体において、Cu/III(Ag以外のI/III)は1より小さい。また、光電変換層13の受光面側の領域である表面側領域13AのCu/IIIは、1を超えてもよい。さらに、光電変換層13のCu/IIIの濃度プロファイルは、厚さ方向の裏面側(基板11側)から表面側(受光面側)に向かって増加してもよい。
ここで、Cu/IIIは、光電変換層13におけるIII族元素のモル量の和に対するCuのモル量の比を示す。上記のCu/IIIは、III族元素のモル量の和に対するAg以外のI族元素のモル量の和の比(Ag以外のI/III)として読み替えてもよい。
【0031】
なお、光電変換素子の量子効率から求めた光電変換層のバンドギャップは、1.04eV~1.20eVであることが好ましい。
【0032】
以下、光電変換層13に関する各種のパラメータの測定方法を示す。
上記において、光電変換層13の元素の濃度プロファイルは、スパッタ法を用いて試料の表面を削りながら、グロー放電発光分析法を用いて測定できる。光電変換層13のバンドギャッププロファイルは、上記で求めた元素の濃度プロファイルから算出できる。また、光電変換層13のバンドギャップは、光電変換素子10の量子効率の長波長側の吸収端より算出する。具体的には、長波長側の量子効率の波長に対する変化率を算出し、変化率の極大値となる波長のエネルギーをバンドギャップとする。なお、バンドギャップが実施的に変化しない、とは、光電変換素子の量子効率から算出したバンドギャップが1.5%以内の変化であるという意味である。
【0033】
(バッファ層14)
バッファ層14は、光電変換層13上に配置される。バッファ層14は、例えば、n型またはi(intrinsic)型高抵抗導電層である。ここで「高抵抗」とは、後述する第2の電極層15の抵抗値よりも高い抵抗値を有するという意味である。
【0034】
バッファ層14は、亜鉛(Zn)、カドミウム(Cd)、インジウム(In)を含む化合物から選択可能である。亜鉛を含む化合物としては、例えば、ZnO、ZnS、Zn(OH)2、または、これらの混晶であるZn(O,S)、Zn(O,S,OH)、さらには、ZnMgO、ZnSnOなど、がある。カドミウムを含む化合物としては、例えば、CdS、CdO、または、これらの混晶であるCd(O,S)、Cd(O,S,OH)がある。インジウムを含む化合物としては、例えば、InS、InO、または、これらの混晶であるIn(O,S)、In(O,S,OH)があり、In2O3、In2S3、In(OH)x等を用いることができる。
また、バッファ層14は、これらの化合物の積層構造を有してもよい。バッファ層14の厚さは、10nm~100nmに設定される。
【0035】
ここで、Zn(O,S)xの格子定数は、OとSの比率により4.28Å(ZnO)~5.41Å(ZnS)である。CdSの格子定数は5.82Åである。
一方、光電変換層13の格子定数はそれぞれ以下の通りである。Cu(Ga,In)(Se,S)2では、Ga、In、Se、Sの比率により5.36Å(CuGaS2)~5.78Å(CuInSe2)である。Ag(Ga,In)(Se,S)2では、Ga、In、Se、Sの比率により5.74Å(AgGaS2)~6.09Å(AgInSe2)である。本実施形態のように、Cu(Ga,In)(Se,S)2にAgを添加すると格子定数は拡大する。
【0036】
したがって、特に、バッファ層14がZn(O,S)xの場合には、Agの量が多くなるほど光電変換層13とバッファ層14の格子定数の差(格子不整合)が大きくなる。そのため、光電変換層13のバッファ層14側の領域(すなわち、光電変換層13の表面側領域13A)に含まれるAgのモル量や、光電変換層13のバッファ層14側の最表面(表面側領域13Aの最表面)におけるAg濃度は少ないほどよい。
他方、バッファ層14がCdSの場合には、Agの添加によりAgを含むCu(Ga,In)(Se,S)2の格子定数はバッファ層14の格子定数に近づく。
【0037】
なお、バッファ層14は、光電変換効率などの特性を向上させる効果を有するが、これを省略することも可能である。バッファ層14が省略される場合、後述する第2の電極層15は光電変換層13上に配置される。
【0038】
(第2の電極層15)
第2の電極層15は、バッファ層14上に配置される。第2の電極層15は、例えば、n型導電層である。第2の電極層15は、例えば、禁制帯幅が広く、抵抗値が十分に低い材料を備えることが好ましい。また、第2の電極層15は、太陽光などの光の通り道となるため、光電変換層13が吸収可能な波長の光を透過する性質を持つことが好ましい。この意味から、第2の電極層15は、透明電極層または窓層と呼ばれる。
【0039】
第2の電極層15は、例えば、III族元素(B、Al、Ga、または、In)がドーパントとして添加された酸化金属を備える。酸化金属の例としては、ZnO、または、SnO2がある。第2の電極層15は、例えば、ITO(酸化インジウムスズ)、ITiO(酸化インジウムチタン)、IZO(酸化インジウム亜鉛)、ZTO(酸化亜鉛スズ)、FTO(フッ素ドープト酸化スズ)、GZO(ガリウムドープト酸化亜鉛)などから選択可能である。第2の電極層15の厚さは、0.5μm~2.5μmに設定される。
【0040】
<光電変換素子の製造方法>
次に、
図1に示す光電変換素子10の製造方法の例を説明する。
【0041】
(第1の電極層12の形成)
まず、
図3に示すように、例えば、スパッタリング法により、基板11上に第1の電極層12を形成する。スパッタリング法は、直流(DC)スパッタリング法でもよいし、または、高周波(RF)スパッタリング法でもよい。また、スパッタリング法に代えて、CVD(chemical vapor deposition)法、ALD(atomic layer deposition)法などを用いて、第1の電極層12を形成してもよい。
【0042】
(プリカーサ層13pの形成)
続いて、第1の電極層12上に、I族元素と、III族元素とを含むプリカーサ層13pを形成する(
図3参照)。
プリカーサ層13pを形成する方法としては、例えば、上記のスパッタリング法や、蒸着法またはインク塗布法が挙げられる。蒸着法は、蒸着源を加熱して気相となった原子等を用いて成膜する方法である。インク塗布法は、プリカーサ膜の材料を粉体にしたものを有機溶剤等の溶媒に分散して第1の電極層12上に塗布し、その後溶剤を蒸発してプリカーサ層13pを形成する方法である。
【0043】
本実施形態において、プリカーサ層13pはAgを含む。プリカーサ層13pに含めるAg以外のI族元素は、銅、金などから選択可能であり、プリカーサ層13pに含めるIII族元素は、インジウム、ガリウム、アルミニウムなどから選択可能である。また、プリカーサ層13pは、Li、Na、K、Rb、Cs等のアルカリ金属を含んでいてもよい。また、プリカーサ層13pは、VI族元素として、セレンおよび硫黄の他に、テルル(Te)を含んでいてもよい。
【0044】
プリカーサ層13pは、厚さ方向(図中上下方向)に沿って、表面側領域13pA、中間領域13pBおよび裏面側領域13pCの3つの領域を有する。プリカーサ層13pにおける表面側領域13pA、中間領域13pBおよび裏面側領域13pCは、上述したスパッタリング法または蒸着法を用いて形成される膜を積層して得ることができる。
また、プリカーサ層13pの3つの領域のうちでAgを最も多く含む層は上記の中間領域13pBに存在する。
【0045】
プリカーサ層13pにおいてAgを含む層を形成する方法としては、例えば、スパッタ源や蒸着源にAgを含むもの(AgターゲットやAg蒸着源)を用いて、スパッタリング法や蒸着法で薄膜(層)を形成することが挙げられる。
【0046】
また、プリカーサ層13pを複数のスパッタ源を用いたスパッタリング法で形成する場合、Agを含むスパッタ源(Agターゲット等)と、Agを含まないスパッタ源を組み合わせて、プリカーサ層13pの所望の位置にAgを含む領域を形成できる。同様に、プリカーサ層13pを複数の蒸着源を用いた蒸着法で形成する場合、Agを含む蒸着源(Ag蒸着源等)と、Agを含まない蒸着源を組み合わせて、プリカーサ層13pの所望の位置にAgを含む領域を形成できる。
プリカーサ層13pを複数のスパッタ源または複数の蒸着源を用いて形成する場合、プリカーサ層13pのAgのモル量は、Agを含む層とAgを含まない層の膜量(モル量)比、および/または、Agを含むスパッタ源または蒸着源のAg添加量で調整可能である。
【0047】
また、プリカーサ層13pの中間領域13pBにAgを最も多く含む層を配置する手法としては、具体的には以下のものが挙げられる。
例えば、プリカーサ層13pの構成として、基板11側から順にCu、Ga、Inの積層膜とした場合、Agを最も多く含む層をCuとGaの間やGaとInの間に配置すればよい。また、基板11側から順にCu-Ga、Inの積層膜とした場合、Agを最も多く含む層をCu-GaとInの間に配置すればよい。なお、Agを含むCu-Ga層とIn層の間にAgを含まないCu-Ga層がさらに含まれていてもよい。
【0048】
また、プリカーサ層13pにおいてAgを最も多く含む層は、
図3で最も上側に位置しているプリカーサ層13pの外表面には配置されず、かつ第1の電極層12とプリカーサ層13pとの境界面にも配置されない。
これにより、プリカーサ層13pをカルコゲン化して光電変換層13としたときに、光電変換層13の中間領域13BにはAg濃度の極大値を示す部位が含まれるようになる。そのため、カルコゲン化後の光電変換層13においては、表面側領域13Aおよび裏面側領域13Cよりも中間領域13BのAg濃度を高くすることができる。換言すると、カルコゲン化後の光電変換層13において、表面側領域13A、裏面側領域13CのいずれもAg濃度は中間領域13Bより低くなる。
【0049】
また、プリカーサ層13pの膜量(モル量)を受光面側の領域と裏面側の領域に2等分すると、受光面側の領域に含まれるAgのモル量が多くなることが好ましい。これにより、カルコゲン化後の光電変換層13を受光面側の領域と反受光面側の領域に2等分した場合、光電変換層13においてAg濃度の極大値を示す部位は受光面側の領域に含まれる。
同様に、プリカーサ層13pの中間領域13pBの膜量を受光面側の領域と裏面側の領域に2等分すると、受光面側の領域に含まれるAgのモル量が多くなることが好ましい。これにより、カルコゲン化後の光電変換層13の中間領域13Bを受光面側の領域と反受光面側の領域に2等分した場合、中間領域13BにおいてAg濃度の極大値を示す部位は受光面側の領域に含まれる。
【0050】
なお、プリカーサ層13pの全体において、CuとIII族元素のモル量の比(Cu/III)は1.0よりも低い。光電変換の効率をより高める観点からは、上記のCu/IIIは、0.86~0.98の範囲内にあることが好ましく、さらに0.91~0.96の範囲内にあることがより好ましい。
【0051】
(プリカーサ層13pのカルコゲン化処理)
次に、VI族元素を含む雰囲気中でプリカーサ層13pを熱処理することでカルコゲン化し、光電変換層13を形成する。
まず、
図4に示すように、例えば、気相セレン化法によるセレン化を行う。セレン化は、VI族元素源としてセレンを含むセレン源ガス(例えば、セレン化水素またはセレン蒸気)16の雰囲気中でプリカーサ層13pを加熱することにより行う。特に限定するものではないが、セレン化は、例えば、加熱炉内において300℃以上600℃以下の範囲内の温度で行うことが好ましい。
【0052】
その結果、プリカーサ層13pは、I族元素と、III族元素と、セレンと、を含む化合物(光電変換層13)に変換される。
なお、I族元素と、III族元素と、セレンと、を含む化合物(光電変換層13)は、気相セレン化法以外の方法により形成してもよい。例えば、このような化合物は、固相セレン化法、蒸着法、インク塗布法、電着法などによっても形成可能である。
【0053】
次に、
図5に示すように、I族元素と、III族元素と、セレンと、を含む光電変換層13の硫化を行う。硫化は、硫黄を有する硫黄源ガス(例えば、硫化水素、または硫黄蒸気)17の雰囲気中で光電変換層13を加熱することにより行う。その結果、光電変換層13は、I族元素と、III族元素と、VI族元素としてセレンおよび硫黄と、を含む化合物に変換される。硫黄源ガス17は、光電変換層13の表面部において、I族元素と、III族元素と、セレンとからなる結晶、例えば、カルコパイライト結晶内のセレンを硫黄に置換する役割を担う。
特に限定するものではないが、硫化は、例えば、加熱炉内において450℃以上650℃以下の範囲内の温度で行うことが好ましい。
【0054】
このように、プリカーサ層13pのセレン化および硫化を行うことで、形成される光電変換層13におけるGaとSの濃度プロファイルにより、バンドギャップの極小値が光電変換層の厚さ方向の内側に寄ったダブルグレーデッド構造となる。
光電変換層13は、受光面側から順に、表面側領域13A、中間領域13Bおよび裏面側領域13Cを有する。なお、光電変換層13のバンドギャップの最小値を示す部位と、光電変換層13のAg濃度の極大値を示す部位は、いずれも中間領域13Bに含まれる。
【0055】
(バッファ層14および第2の電極層15の形成)
図6に示すように、CBD(chemical bath deposition)法、スパッタリング法などの方法により、光電変換層13上にバッファ層14を形成する。そして、スパッタリング法、CVD法、ALD法などの方法により、バッファ層14上に、
図6において破線で示す第2の電極層15を形成する。なお、バッファ層14を省略して、光電変換層13の上に第2の電極層15を直接形成してもよい。
以上の工程により、
図1に示す光電変換素子10が完成する。
【0056】
<実施例>
以下、本発明の光電変換素子の実施例について説明する。
【0057】
(光電変換層の元素濃度組成とバンドギャップについて)
図7(A)は、実施例の光電変換素子における光電変換層のバンドギャップ(Eg)のプロファイルを示す。
図7(B)および
図7(C)は、実施例の光電変換素子における光電変換層の元素濃度組成比のプロファイルを示している。
図7(A)のバンドギャップは、光電変換層の元素濃度組成から算出されている。
【0058】
図7の各図において、横軸は光電変換層の規格化された膜厚を示し、0が受光面側の界面(光電変換層の表面)、1.0が基板側の界面(光電変換層の裏面)にそれぞれ対応する。
図7(A)の縦軸は、バンドギャップ(Eg)を示す。
図7(B)の縦軸は、図中破線のプロファイルについては、GaとIII族元素のモル量の比(Ga/III)を示し、図中実線のプロファイルについては、Sと
VI族元素のモル量の比(S/VI)を示す。
図7(C)の縦軸は、図中破線のプロファイルについては、Ag以外のI族元素とIII族元素のモル量の比(Ag以外のI/III、例えばCu/III)を示す(
図7(C)右側の縦軸参照)。また、
図7(C)の縦軸は、図中実線のプロファイルについては、Ag濃度(Ag/Ag以外のI+III+
VI)を示す(
図7(C)左側の縦軸参照)。
【0059】
図7(B)において実線で示すように、光電変換層のS/VIの厚さ方向のプロファイルは表面側で高い値を示す。同様に、
図7(B)において破線で示すように、光電変換層のGa/IIIの厚さ方向のプロファイルは、表面側から裏面側に向けて値が増加する形状をなす。
上記のような光電変換層の表面側におけるS/VIの増加と、裏面側におけるGa/IIIの増加により、
図7(A)に示す光電変換層のバンドギャップのプロファイルは下向きに凸となる形状をなす。つまり、上記のバンドギャップのプロファイルは、表面側と裏面側では値が大きく、その間では値が小さくなるダブルグレーデッド構造を示し、
図7(A)に示すように、表面側から膜厚0.2近傍の位置においてバンドギャップは極小値を有する。
【0060】
図7(C)において破線で示すように、光電変換層のCu/III(Ag以外のI/III)の厚さ方向のプロファイルは、裏面側から表面側に向けて値が増加する形状をなす。そして、
図7(C)の破線で示すCu/IIIの値は、表面側から膜厚0.18以下の領域では1を超えている。
なお、光電変換層におけるAg濃度(Ag/(Ag以外のI+III+VI))の平均値は0.0062である。このAg濃度の平均値は、光電変換層のAg濃度を厚さ方向に積算して平均した値である。
図7(C)の実線で示すように、Ag濃度の極大値は0.0091であり、膜厚0.3~0.4の範囲内にある。
【0061】
(光電変換層の各領域のAg量について)
次に、表1を参照しつつ、実施例の光電変換層における各領域のAgのモル量(Ag量)を説明する。
表1は、光電変換素子の光電変換層を、受光面側から順に、表面側領域、中間領域および裏面側領域とした場合において、中間領域の膜厚範囲を変えたときの各領域に含まれるAg量の全体に対する割合を示したものである。なお、表1の膜厚範囲は、規格化された膜厚で示されており、0が受光面側の界面(光電変換層の表面)、1.0が基板側の界面(光電変換層の裏面)にそれぞれ対応する。
【0062】
【0063】
例えば、光電変換層の中間領域を、光電変換層の表面側から膜厚の0.1~0.7の領域とした場合、中間領域に含まれるAg量は75%、表面側領域に含まれるAg量は6%、裏面側領域に含まれるAg量は19%であった(表1(c)参照)。なお、光電変換層のバンドギャップの最小値を示す部位とAg濃度の極大値を示す部位はいずれも中間領域に存在する。
【0064】
表面側領域に含まれるAg量が15%以下となる表面側領域の膜厚は、表1(f)から、表面側から0.18以下の範囲であることが分かる。また、裏面側領域に含まれるAg量が30%以下となる裏面側領域の膜厚は、表1(d)、(e)から、表面側から0.6以上の範囲であることが分かる。
なお、表1(a)~(g)に示したいずれの中間領域の設定においても、Ag濃度の極大値を示す部位の膜厚方向の位置は、光電変換層のバンドギャップの最小値を示す部位の膜厚方向の位置よりも裏面側にある。
【0065】
(Ag添加の有無による光電変換素子の特性について)
次に、表2を参照しつつ、光電変換層へのAg添加の有無による光電変換素子の特性の違いを説明する。実施例は、Ag添加がある場合の光電変換素子に対応し、比較例は、Ag添加がない場合の光電変換素子に対応する。表2における実施例の各特性値は、比較例の特性値を基準として規格化して示している。
なお、Effは光電変換効率であり、Vocは開放電圧であり、Iscは短絡電流であり、FFは曲線因子である。
【0066】
【0067】
実施例における光電変換層のAg濃度の平均値は0.00655である。実施例においては、Agの添加により、比較例と比べてVocが向上(Voc損失が減少)し、FFも向上した。実施例においては、光電変換層の表面側領域、中間領域で生成したキャリアの再結合が抑制されたことで、Vocの向上とFFの向上に繋がったと考えられる。
【0068】
次に、表3を参照しつつ、光電変換層へのAgの添加量に応じた光電変換効率の変化を説明する。
表3では、Ag添加がない場合の光電変換素子に対応する比較例と、Ag添加がある場合の光電変換素子について、Ag濃度(Ag/(Ag以外のI+III+VI))の平均値および極大値、Effの値をそれぞれ比較して示している。表3では、表の最も左側のカラムに比較例の値を示している。Effの値は、Agを添加していない比較例を基準として規格化されている。また、Ag濃度の平均値および極大値は、比較例ではAgの添加がないためいずれもゼロである。
【0069】
【0070】
表3に示すように、Ag濃度の平均値が0.00355~0.00961の範囲やAg濃度の極大値が0.00519~0.00140の範囲で、光電変換素子の変換効率の向上が認められた。
【0071】
(光電変換層の量子効率と量子効率の変化の波長依存性について)
図8は、光電変換層へAgを添加した光電変換素子の量子効率と、量子効率の変化の波長依存性を示すグラフである。図中の実線は量子効率(EQE)の曲線を示し、図中の破線は、波長の微分値に対する量子効率の微分値(d(EQE)/dλ)の曲線であり、量子効率の変化の波長依存性を示している。
【0072】
量子効率の長波長側の領域において、量子効率の波長に対する変化率の極大値となる波長のエネルギーを光電変換層のバンドギャップ(Eg)とした。Agを添加した光電変換層のEgは、Agを添加していない光電変換層のEgと実質的に変わらなかった。
【0073】
(Ag添加の有無によるEgおよびV
oc損失の相関の変化について)
図9は、Ag添加の有無によるバンドギャップおよび開放電圧損失の相関の変化を示すグラフである。
図9の横軸は、光電変換素子の光電変換層のバンドギャップ(Eg)を示す。
図9の縦軸は、Egと光電変換素子のV
ocの差から求まるV
oc損失(Voc deficit)を示している。
図9のグラフにおいて、Agを添加していない比較例の光電変換層に基づく出力結果は「Ref.(●)」で示し、Agを添加した実施例の光電変換層に基づく出力結果は「Ag-incorporated(◇)」で示している。
【0074】
図9のRef.については、光電変換層のEgが大きくなるにつれてV
oc損失も大きくなる。Ref.のV
oc損失の分布はV
oc=650mVのラインに概ね沿っている。つまり、Ref.では、光電変換層のEgが増えてもV
ocに顕著な向上はないことが分かる。
一方、Agを添加した実施例の光電変換層では、光電変換層のEgが大きくなるにつれてV
oc損失も大きくなるが、V
oc損失の増加分は光電変換層のEgの増加分よりは概ね小さくなる傾向を示す。つまり、Agを添加した実施例の光電変換層では、光電変換層のEgが大きくなるほどV
ocが向上することが分かる。
【0075】
光電変換層の特定のEgに対して、Voc損失が小さい(Vocが大きい)ほど、光電変換素子の特性がよい。具体的には、光電変換層に添加されたAgがアンチサイト欠陥InCuを抑制でき、光電変換層のキャリア密度の増加および、光電変換素子で生成したキャリアの再結合が低減する、と考えられる。特に、光電変換層のバンドギャップの最小値を示す部位の近傍でキャリアの再結合を抑制することで、光電変換素子の開放電圧、および短絡光電流の改善に繋がる、と考えられる。また、光電変換層の表面側領域へのAg添加量は少ないため、Ag添加による光電変換層とバッファ層の界面での格子ミスマッチの拡大を抑制でき、キャリアの再結合の増加を抑制することができる、と考えられる。
【0076】
光電変換層のEgが1.04eVから1.15eVの範囲で、光電変換素子の光電変換層にAg添加することで、上記の効果が得られた。また、光電変換層のEgが1.15eVを超え1.20eV(Ref.データなし)の範囲でも上記の効果と考えられる効果が得られた。なお、
図9の実験において、光電変換層のEgは光電変換層の形成条件(温度、ガス濃度等)により調整した。光電変換層のEgの変化は、中間領域のGa量が変化していることによる。光電変換層のEgが大きくなっているケースでは、中間領域のGa量が増加していた。
【0077】
また、光電変換層のEgが大きい方が、Voc損失の低減(Vocの向上)の効果が大きかった。これは、光電変換層のGa量が多いとアンチサイト欠陥GaCuが増え、その結果、Ga量が相対的に多い光電変換層では、Ag添加によるアンチサイト欠陥GaCuの増加の抑制効果が大きくなった、と考えられる。
【0078】
(光電変換層の製造例)
次に、光電変換層の製造例について説明する。
製造例においては、ガラス板である基板上に、スパッタリング法でモリブデンを含む第1の電極層を形成した。次に、Cu-Ga、Inのスパッタリングターゲットをスパッタリングし、プリカーサを第1の電極層の上に形成した。
【0079】
製造例においては、Cu-Gaターゲットは、Agを含まないものとAgを含むものを用意し、これらを組み合わせて、Agを含まないCu-Ga層と、Agを含むCu-Ga層を形成した。プリカーサの内の一層目(第1の電極層側の第1の表面を含む層)には、Agを含まないCu-Gaターゲットを用いた。その後のCu-Ga層には、Agを含むCu-Gaターゲットを用いた。複数のCu-Ga層の上に、In層を形成した。
【0080】
本実施例の製造例では、Agを含むCu-Ga層が、Agを含まないCu-Ga層とIn層に挟まれたプリカーサとなっている。すなわち、プリカーサは、少なくともCuを含む層と、InとGaの少なくとも1つを含む層と、Agを含む層とを含む。また、プリカーサは、第1の電極層側の第1の表面と第2の電極層側の第2の表面を有し、Agを含む層は、プリカーサの第1の表面を含む層と第2の表面を含む層の間にある。
【0081】
製造例におけるプリカーサのCu/(In+Ga)は0.94である。プリカーサの全体におけるCuとIII族元素の原子数の比(Cu/III)は1.0よりも低い。
そして、プリカーサをカルコゲン化して光電変換層を形成した。その後、バッファ層、第2の電極層を形成した。
【0082】
表4は、光電変換素子のプリカーサの積層構成の違いによる光電変換素子の特性を示している。製造例におけるプリカーサの構成は下記の通りである。
実施例1:第1の電極層側からCu-Ga/Cu-Ga(Ag添加)/In
実施例2:第1の電極層側からCu-Ga/Cu-Ga(Ag添加)/Cu-Ga/In比較例 :第1の電極層側からCu-Ga/In
【0083】
【0084】
表4においては、実施例1および実施例2の各特性値は、Agを添加していない比較例の特性値に基づいてそれぞれ規格化して示している。また、実施例1および実施例2におけるAg濃度の平均値は0.00655である。なお、表4のEff、Voc、Isc、FFは表2と同様であり、Rsは直列抵抗であり、Rshは並列抵抗である。
【0085】
プリカーサの元素のモル量(原子数)を膜厚方向に2等分した領域の、第1の電極層側の領域を第1の領域とし、第2の電極層側(受光面側)の領域を第2の領域としたときに、実施例1では、第2の領域のAg量は第1の領域のAg量より多かった。実施例2では、第2の領域のAg量は第1の領域のAg量より少なかった。
【0086】
表4に示す実施例1では、Vocが向上(Voc損失が減少)し、FFも向上した。特に、光電変換層の表面側領域、中間領域で生成したキャリアの再結合が抑制されたことで、Vocの向上とFFの向上に繋がったと考えられる。
【0087】
<光電変換素子の適用例>
図10は、本発明の光電変換素子の適用例としての太陽電池サブモジュールの例を示す。
図10に示す太陽電池サブモジュール100は、いわゆる集積型構造を有する。即ち、太陽電池サブモジュール100は、直列接続される複数の光電変換素子10-1,10-2,…10-kを備える。但し、kは、2以上の自然数である。
【0088】
基板11は、複数の光電変換素子10-1,10-2,…10-kに共通である。基板11は、例えば、ステンレス鋼(SUS)、アルミニウム、および、酸化アルミニウムの積層構造を有するフレキシブル基板である。基板11の上には、絶縁層21が形成されている。絶縁層21は、例えば、酸化アルミニウム、ガラスフリットなどの被膜である。
【0089】
複数の第1の電極層12-1,12-2,…12-k,12-(k+1)は、基板11の絶縁層21の上に並んで配置される。
各光電変換素子10-1,10-2,…10-kは、光電変換層13およびバッファ層14を有する。光電変換層13およびバッファ層14は、
図1に示す光電変換素子10の光電変換層13およびバッファ層14に対応する。
【0090】
各光電変換素子10-1,10-2,…10-kにおいて、第2の電極層15は、複数の第1の電極層12-1,12-2,…12-kのうちの1つに接続される。例えば、光電変換素子10-1の第2の電極層15は、その隣に位置する光電変換素子10-2の第1の電極層12-2に接続される。残りの光電変換素子10-2,…10-kについても同様である。その結果、複数の光電変換素子10-1,10-2,…10-kは、互いに直列接続される。
【0091】
第1の電極層12-1は、例えば、プラス電極18に接続され、第1の電極層12-(k+1)は、例えば、マイナス電極19に接続される。
【0092】
ここで、太陽電池サブモジュール100では、絶縁層21の初期の絶縁不良を解消するために、光電変換素子10の形成後に導電性の基板11と第1の電極層12との間に電圧を印加する試験を製造工程において行う。
電圧の印加方法は、0Vから昇圧し、上限電圧は例えば、百数十Vである。上限電圧は、絶縁層21の膜厚や、光電変換素子の直列接続数によって適宜調整する。
【0093】
初期の絶縁不良がある場合、基板11と第1の電極層12との間に電圧を印加すると通電する。太陽電池サブモジュール100の上記の試験においては、0Vから開放状態になるまで昇圧する。開放状態になったら、基板11と第1の電極層の間の抵抗を測定する。このとき、測定した抵抗が規定値以上(例えば1MΩ以上)であれば、その太陽電池サブモジュール100を合格として扱う。
【0094】
以上の太陽電池サブモジュール100によれば、複数の光電変換素子10-1,10-2,…10-kを1つのユニットとした場合、複数のユニットをプラス電極18とマイナス電極19との間に並列接続できる。しかも、これら複数のユニットは、1つの基板11上に形成可能である。例えば、このような太陽電池サブモジュール100を使用した太陽電池パネルは、部分的に日陰となっても、発電量の低下が限定的である。したがって、安定的に発電する太陽電池パネルが実現される。
【0095】
<むすび>
本発明のいくつかの実施形態を説明したが、これら実施形態は、一例として提示したものであり、本発明の範囲を限定することを意図しない。これら実施形態は、上述以外の様々な形態で実施することが可能であり、本発明の要旨を逸脱しない範囲で、種々の省略、置換、変更など、を行える。これら実施形態およびその変形は、本発明の範囲および要旨に含まれると共に、特許請求の範囲に記載された発明およびその均等物についても、本発明の範囲および要旨に含まれる。
【0096】
また、本出願は、2018年12月19日に出願した日本国特許出願2018-237248号に基づく優先権を主張するものであり、日本国特許出願2018-237248号の全内容を本出願に援用する。
【符号の説明】
【0097】
10 光電変換素子
11 基板
12 第1の電極層
13 光電変換層
13A 表面側領域
13B 中間領域
13C 裏面側領域
13p プリカーサ層
14 バッファ層
15 第2の電極層
16 セレン源ガス
17 硫黄源ガス
18 プラス電極
19 マイナス電極
21 絶縁層
100 太陽電池サブモジュール