(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-10-08
(45)【発行日】2024-10-17
(54)【発明の名称】食品の塩味増強剤及び食品の塩味増強方法、油脂組成物並びに食品の製造方法
(51)【国際特許分類】
A23L 27/20 20160101AFI20241009BHJP
A23L 27/40 20160101ALI20241009BHJP
A23D 9/00 20060101ALI20241009BHJP
【FI】
A23L27/20 D
A23L27/40
A23D9/00 518
(21)【出願番号】P 2021528101
(86)(22)【出願日】2020-06-09
(86)【国際出願番号】 JP2020022607
(87)【国際公開番号】W WO2020255784
(87)【国際公開日】2020-12-24
【審査請求日】2023-05-08
(31)【優先権主張番号】P 2019115515
(32)【優先日】2019-06-21
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】302042678
【氏名又は名称】株式会社J-オイルミルズ
(74)【代理人】
【識別番号】110000800
【氏名又は名称】デロイトトーマツ弁理士法人
(72)【発明者】
【氏名】西村 紗希
(72)【発明者】
【氏名】松澤 俊
(72)【発明者】
【氏名】岡部 遼
(72)【発明者】
【氏名】西村 茉莉
(72)【発明者】
【氏名】佐野 貴士
【審査官】戸来 幸男
(56)【参考文献】
【文献】特開平11-127884(JP,A)
【文献】特開2006-262896(JP,A)
【文献】特開昭62-100258(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A23L 27/00-27/60
A23D 9/00-9/06
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
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(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
全脂肪酸中にリノール酸及びオレイン酸の合計が30質量%以上含まれる食用油脂の加水分解物を有効成分とする、食品の塩味増強剤。
【請求項2】
前記
リノール酸及びオレイン酸の合計が70質量%以上である、請求項1に記載の食品の塩味増強剤。
【請求項3】
前記全脂肪酸中に含まれる前記オレイン酸が15質量%以上80質量%以下である、請求項1又は2に記載の食品の塩味増強剤。
【請求項4】
前記食用油脂は、大豆油、菜種油、コーン油及びオリーブ油から選ばれる一種又は二種以上である、請求項1乃至3のいずれか1項に記載の食品の塩味増強剤。
【請求項5】
前記加水分解物はリパーゼ処理物である、請求項1乃至4のいずれか1項に記載の食品の塩味増強剤。
【請求項6】
前記リパーゼが微生物由来である、請求項5に記載の食品の塩味増強剤。
【請求項7】
前記加水分解物は加熱処理されたものである、請求項1乃至6のいずれか1項に記載の食品の塩味増強剤。
【請求項8】
全脂肪酸中にリノール酸及びオレイン酸の合計が30質量%以上含まれる食用油脂の加水分解物を食材に含ませることを特徴とする、食品の塩味増強方法。
【請求項9】
全脂肪酸中にリノール酸及びオレイン酸の合計が30質量%以上含まれる食用油脂の加水分解物
であって、脂肪酸の加水分解による分離率が85%以上100%以下であるものを0.01質量%以上20質量%以下含
む油脂組成物であり、前記食用油脂の加水分解物が加熱処理されているか、あるいは前記油脂組成物が食材と共に加熱処理されるものである、
食塩又は塩味を感じる成分を含む食品に適用するための油脂組成物。
【請求項10】
前記
リノール酸及びオレイン酸の合計が70質量%以上である、請求項9に記載の油脂組成物。
【請求項11】
前記全脂肪酸中に含まれるオレイン酸が15質量%以上80質量%以下である、請求項9又は10に記載の油脂組成物。
【請求項12】
前記食用油脂は、大豆油、菜種油、コーン油及びオリーブ油から選ばれる一種又は二種以上である、請求項9乃至11のいずれか1項に記載の油脂組成物。
【請求項13】
前記加水分解物はリパーゼ処理物である、請求項9乃至12のいずれか1項に記載の油脂組成物。
【請求項14】
前記リパーゼが微生物由来である、請求項13に記載の油脂組成物。
【請求項15】
前記油脂組成物は、炒め用及び炊飯用から選ばれる一種又は二種である、請求項9乃至
14のいずれか1項に記載の油脂組成物。
【請求項16】
全脂肪酸中にリノール酸及びオレイン酸の合計が30質量%以上含まれる食用油脂の加水分解物
であって、脂肪酸の加水分解による分離率が85%以上100%以下であるものを、予め加熱処理して、食塩又は塩味を感じる成分を含む食品に0.0001質量%以上1質量%以下含ませるか、あるいは、前記食用油脂の加水分解物を、前記食品に0.0001質量%以上1質量%以下含ませた後、加熱処理することを特徴とする、食品の製造方法。
【請求項17】
前記
リノール酸及びオレイン酸の合計が70質量%以上である、請求項
16に記載の食品の製造方法。
【請求項18】
前記全脂肪酸中に含まれるオレイン酸が15質量%以上80質量%以下である、請求項
16又は
17に記載の食品の製造方法。
【請求項19】
前記食用油脂は、大豆油、菜種油、コーン油及びオリーブ油から選ばれる一種又は二種以上である、請求項
16乃至
18のいずれか1項に記載の食品の製造方法。
【請求項20】
前記加水分解物はリパーゼ処理物である、請求項
16乃至
19のいずれか1項に記載の食品の製造方法。
【請求項21】
前記リパーゼが微生物由来である、請求項
20に記載の食品の製造方法。
【請求項22】
前記加水分解物
を、前記食品に含ませる前に加熱処理する、請求項
16乃至21のいずれか1項に記載の食品の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、食品の塩味を増強することが可能な食品の塩味増強剤、食品の塩味増強方法、油脂組成物及び食品の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
食塩は、食品の風味として非常に重要な塩味を付与し、食品の美味しさを増強してくれる調味料である。しかも、食塩は、身体を正常に機能させるための重要な役割を担っている。一方で、食塩の過剰摂取は、高血圧,心疾患,脳卒中,胃がん等の誘発の原因になると考えられている。
【0003】
そこで、食塩の使用量を低減し、更に食品の塩味を損なわない減塩食品や減塩調味料の開発が進められている。
【0004】
例えば、特許文献1には、アルギニン及び/又はその塩、乳酸及び/又はその塩、並びにグルコン酸及び/又はその塩を原料に所定量添加する、塩味の増強された飲食品の製造方法が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
このような技術により飲食品に塩味を付与することは有効である。しかしながら、近年、減塩食品への関心はますます高くなっており、食塩の使用量を減らしても食品の塩味を損なわない技術の更なる開発が望まれている。
【0007】
本発明の目的は、食品の塩味を増強させることができ、食塩の使用量の低減を可能にする新規の食品の塩味増強剤、食品の塩味増強方法、油脂組成物及び食品の製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本願発明者等は、鋭意検討の結果、食品中に所定の食用油脂の加水分解物を含ませると塩味が増強することを見出した。
【0009】
すなわち、本発明は、全脂肪酸中にリノール酸及びオレイン酸の合計が30質量%以上含まれる食用油脂の加水分解物を有効成分とする食品の塩味増強剤を提供するものである。
【0010】
また、本発明は、全脂肪酸中にリノール酸及びオレイン酸の合計が30質量%以上含まれる食用油脂の加水分解物を食材に含ませることを特徴とする食品の塩味増強方法を提供するものである。
【0011】
更に、本発明は、全脂肪酸中にリノール酸及びオレイン酸の合計が30質量%以上含まれる食用油脂の加水分解物を0.01質量%以上20質量%以下含む油脂組成物を提供するものである。
【0012】
更に、本発明は、全脂肪酸中にリノール酸及びオレイン酸の合計が30質量%以上含まれる食用油脂の加水分解物を食材に含ませることを特徴とする食品の製造方法を提供するものである。
【0013】
本発明の食品の塩味増強剤及び食品の塩味増強方法、油脂組成物並びに食品の製造方法では、上記合計が70質量%以上であることが好ましい。また、上記全脂肪酸中に含まれるオレイン酸が15質量%以上80質量%以下であることが好ましい。
【0014】
上記食用油脂は、大豆油、菜種油、コーン油及びオリーブ油から選ばれる一種又は二種以上であることが好ましい。
【0015】
上記加水分解物は、リパーゼ処理物であることが好ましい。その場合、リパーゼは微生物由来であることが好ましい。
【0016】
また、上記加水分解物は加熱処理されたものであることが好ましい。
【0017】
本発明の油脂組成物は、炒め用及び炊飯用から選ばれる一種又は二種であることが好ましい。
【0018】
本発明の食品の製造方法は、加水分解物を加熱する工程を含むことが好ましい。その場合、上記加水分解物を加熱する工程は、上記加水分解物を上記食材に含ませる前に行うことが好ましい。
【0019】
ここで、本願の食品の塩味増強剤及び油脂組成物は、製造方法によって物の発明を特定しているが、下記の通り、当該塩味増強剤及び油脂組成物をその構造又は特性により直接特定することが不可能又はおよそ非実際的である事情が存在する。
【0020】
[不可能・非実際的事情の存在]
本願発明の食品の塩味増強剤及び油脂組成物は、全脂肪酸中に含まれるリノール酸及びオレイン酸の合計量が所定の値である食用油脂を加水分解して得られる加水分解物を有効成分とするものである。この加水分解物を構成する化学物質は、極めて多数であるとともに、加水分解の方法や分解条件(例えば、温度,時間,加水分解酵素の種類,加水分解後の処理)等に依存して異なるとも考えられる。従って、本願発明の食品の塩味増強剤又は油脂組成物を構成する極めて多数の化学物質のうち、どの化学物質が本発明の効果に寄与するのかを分析,特定することは、上述したような加水分解の方法及び条件の全ての組み合わせを試行して、含まれる化学物質を調べ、逐一塩味増強効果を確認することであり、現実的ではない回数の実験等を要するものである。すなわち、これは、不可能であるか、又は著しく過大な経済的支出や時間を要するためおよそ実際的ではない。
【発明の効果】
【0021】
本発明の食品の塩味増強剤、食品の塩味増強方法及び油脂組成物によれば、適用する食品の塩味を増強させることができる。また、本発明の食品の製造方法によれば、本発明の塩味増強剤又は油脂組成物を食品に含ませて、食品の塩味を増強させることができる。よって、従来よりも食塩の使用量が低減され、さらに塩味も感じられる食品を実現することができる。
【発明を実施するための形態】
【0022】
以下に、本発明の一実施の形態に係る食品の塩味増強剤及び食品の塩味増強方法、油脂組成物並びに食品の製造方法について説明する。
【0023】
本実施の形態の食品の塩味増強剤は、食用油脂の全脂肪酸中にリノール酸及びオレイン酸の合計が30質量%以上、好ましくは60質量%以上、更に好ましくは70質量%以上、更により好ましくは73質量%以上含まれる、上記食用油脂の加水分解物を有効成分とする食品の塩味増強剤である。リノール酸及びオレイン酸の合計の上限は特に限定されないが、例えば、95質量%以下、好ましくは90質量%以下、より好ましくは88質量%以下である。
【0024】
上記食用油脂の全脂肪酸中に含まれるオレイン酸は、15質量%以上80質量%以下であることが好ましく、20質量%以上80質量%以下であることがより好ましく、20質量%以上70質量%以下であることが更に好ましく、20質量%以上67質量%以下であることが更により好ましく、20質量%以上25質量%以下であることが特に好ましい。
【0025】
また、上記食用油脂の全脂肪酸中に含まれるリノール酸は、4質量%以上60質量%以下であることが好ましく、16質量%以上60質量%以下であることがより好ましく、16質量%以上58質量%以下であることが更に好ましく、45質量%以上58質量%以下であることが更により好ましい。
【0026】
本実施の形態の食品の塩味増強剤は、食品に添加して使用するのに適した形態であればよく、具体的には、食用油脂で希釈した液状形態、粉末状形態、液状形態よりも油脂成分の配合量が少ない溶液状、ゲル状、顆粒状、固形状等の種々の形態とすることができる。
【0027】
上記食用油脂としては、例えば、大豆油,菜種油(高オレイン酸タイプを含む),コーン油,オリーブ油,パームオレイン,グレープシード油,ゴマ油,米油,えごま油及び亜麻仁油が挙げられる。これらのなかでも、食用油脂は、大豆油,菜種油,コーン油及びオリーブ油から選ばれる一種又は二種以上であることが好ましく、大豆油,菜種油(高オレイン酸タイプを含まない)及びコーン油から選ばれる一種又は二種以上であることがより好ましく、大豆油及び菜種油(高オレイン酸タイプを含まない)から選ばれる一種又は二種であることが更に好ましく、大豆油であることが最も好ましい。食用油脂は、一種単独でも二種以上を併用した混合油であってもよい。混合油の場合、混合油全体におけるリノール酸及び/又はオレイン酸含有量が上述した範囲内であればよい。
【0028】
食用油脂の上昇融点は、10℃以下であることが好ましく、0℃以下であることがより好ましい。このような上昇融点とすることで、後述する加水分解を効率よく行うことができる。なお、上昇融点は、基準油脂分析試験法の3.2.2.2-2013に準拠して測定することができる。
【0029】
上記「加水分解物」とは、食用油脂をグリセリンと脂肪酸とに加水分解して得られるもののことを指す。加水分解の方法や条件は特に限定されないが、加水分解の方法としては、例えば、Twitchell法,中圧(1~4MPa)触媒分解,連続高圧(5~6MPa)分解及び加水分解酵素を用いた方法が知られている。
【0030】
上記脂肪酸の加水分解による分離率は100%に限定されない。分離率は、好ましくは60%以上100%以下であり、より好ましくは85%以上100%以下であり、更に好ましくは88%以上100%以下であり、更により好ましくは90%以上100%以下である。
【0031】
上記加水分解物の酸価は、好ましくは150以上220以下であり、より好ましくは170以上210以下である。酸価は、基準油脂分析試験法の2.3.1酸価(日本油化学会)に準拠して測定することができる。
【0032】
本実施の形態の塩味増強剤は、加水分解酵素としてリパーゼを用いて得られたリパーゼ処理物を含んでいることが好ましい。加水分解酵素は、一種単独でも二種以上を併用してもよい。上記リパーゼは、特に限定されるものではない。使用されるリパーゼは、例えば、微生物由来,動物由来又は植物由来のものであり、微生物由来であることが好ましい。微生物としては、例えば、糸状菌(Aspergillus awamori, Aspergillus niger, Aspergillus oryzae, Aspergillus phoenicis, Aspergillus usamii, Geotrichum candidum, Humicola, Mucor javanicus, Mucor miehei, Penicillium camembertii, Penicillium chrysogenum, Penicillum roquefortii, Rhizomucor miehei, Rhizopus delemar, Rhizopus japonicus, Rhizopus miehei, Rhizopus niveus, Rhizopus oryzae)、放線菌(Streptomyces)、細菌(Alcaligenes, Arthrobactor, Chromobacterium viscosum, Pseudomonas, Serratia marcescens)及び酵母(Candida)が挙げられ、Candida属由来のリパーゼが特に好ましい。
【0033】
加水分解酵素としてリパーゼを用いる場合、加水分解の温度は、リパーゼが失活しない温度であればよく、好ましくは20℃以上60℃以下、より好ましくは25℃以上55℃以下、更に好ましくは30℃以上50℃以下である。また、時間は、好ましくは0.1時間以上84時間以下、より好ましくは0.1時間以上48時間以下、更に好ましくは0.2時間以上48時間以下、更により好ましくは0.3時間以上30時間以下である。食用油脂に対する加水分解酵素の添加量は0.1~40質量%程度が好ましい。加水分解後は、遠心分離を行って加水分解物を回収することが好ましく、回収した加水分解物を水洗し、再度遠心分離することも好ましい。
【0034】
本実施の形態の塩味増強剤は、上記食用油脂の加水分解物を0.001質量%以上100質量%以下含有していることが好ましく、0.005質量%以上100質量%以下がより好ましく、0.01質量%以上100質量%以下が更に好ましく、0.1質量%以上100質量%以下が更により好ましい。
【0035】
食品の塩味増強剤には、所望する塩味増強の機能性を損なわない範囲で、食用油脂に通常添加される助剤が適宜配合されていてもよい。助剤としては、酸化防止剤,消泡剤,乳化剤,香料,風味付与剤,色素,生理活性物質等が挙げられる。具体的には、例えば、アスコルビン酸脂肪酸エステル,リグナン,コエンザイムQ,γ-オリザノール,トコフェロール,シリコーンである。
【0036】
上述した加水分解物は、例えば食用油脂に添加して油脂組成物とすることができる。油脂組成物中の加水分解物の含有量は、好ましくは0.01質量%以上20質量%以下、より好ましくは0.05質量%以上15質量%以下、更に好ましくは0.1質量%以上10質量%以下、更により好ましくは0.2質量%以上10質量%以下である。
【0037】
上記油脂組成物の食用油脂には、例えば、菜種油(高オレイン酸タイプを含む),大豆油,パーム油,パーム核油,コーン油,オリーブ油,ゴマ油,紅花油,ヒマワリ油,綿実油,米油,落花生油,ヤシ油,カカオ脂等の植物油脂、牛脂,豚脂,鶏脂,乳脂等の動物油脂及び中鎖脂肪酸トリグリセリドが用いられる。加えて、これらの分別油(パーム油の中融点部、パーム油の軟質分別油、パーム油の硬質分別油等),エステル交換油、水素添加油等の加工油脂も使用することができる。食用油脂は、一種単独でも二種以上が混合されていてもよい。
【0038】
また、油脂組成物には、上記塩味増強剤と同様に、所望する塩味増強の機能性を損なわない範囲で、食用油脂に通常添加される助剤が適宜配合されていてもよい。
【0039】
本実施の形態の油脂組成物は、その使い方は特に限定されないが、好ましくは炒め用及び炊飯用から選ばれる一種又は二種であり、より好ましくは炒め用である。
【0040】
上記加水分解物は、また、食品に含ませることにより当該食品の塩味を増強することができる。すなわち、少ない食塩の使用量でも高い塩分を有しているかのように塩味を感じることができる。食品中に含まれる加水分解物の割合は、0.0001質量%以上1質量%以下であることが好ましく、0.001質量%以上1質量%以下であることがより好ましい。上記食品は、食塩又は塩味を感じる成分を含むものであれば特に限定されない。例えば、炒め調理品,焼き調理品,蒸し調理品,茹で調理品,炊き調理品,煮込み調理品又は調味料等であり、炒め調理品であることが好ましい。具体例としては、例えば、パスタ料理,炒飯,野菜炒め,焼き肉,焼き魚,温野菜,中華まん,焼売,肉団子,ハム,ソーセージ,おにぎり,炊き込みご飯,スープ,ルウ,チーズ,スナック菓子,和菓子,パンが挙げられる。
【0041】
食品に含まれる加水分解物は、加熱処理されてから喫食されることが好ましい。加熱処理については、加水分解物をそのまま加熱してもよいし、食用油脂で希釈した液状形態としてから加熱してもよいし、粉末状形態,溶液状,ゲル状,顆粒状,固形状等としてから加熱してもよい。加熱条件等は特に限定されるものではない。加熱に関しては、予め加水分解物を加熱処理し、加熱処理された加水分解物を食品又は調理する食材に加えてもよい。また、食材を加熱調理する際に食材とともに加水分解物を加熱処理し、食品に含ませるようにしてもよい。
【実施例】
【0042】
以下に、本発明の実施例を示すことにより、本発明をより詳細に説明する。しかしながら、本発明は、以下の実施例に限定されるものではない。
【0043】
本実施例において使用した材料及び調理器具は、以下の通りである。
(食用油脂;記載のない食用油脂の上昇融点は0℃以下)
・大豆油:「AJINOMOTOコクとうまみの大豆の油」、株式会社J-オイルミルズ製
・菜種油:「AJINOMOTOさらさらキャノーラ油」、株式会社J-オイルミルズ製
・高オレイン酸菜種油:「社内調製品」、株式会社J-オイルミルズ製
・コーン油:「AJINOMOTO胚芽の恵みコーン油」、株式会社J-オイルミルズ製
・精製オリーブ油:「社内調製品」、株式会社J-オイルミルズ製
・乳脂:「バターオイル」、FrieslandCampina Butter社製(上昇融点15℃以上)
・中鎖脂肪酸トリグリセリド(MCT):「MT-60」、花王株式会社製
(加水分解酵素)
・リパーゼ:Lipase AY 「アマノ」30SD(Candida属微生物由来)、天野エンザイム株式会社製
(食材)
・パスタ乾麺:「マ・マーチャック付結束スパゲティ1.6mm」、日清フーズ株式会社製
(加熱調理器)
・IHヒーター:「KZ-PH33」、パナソニック株式会社製
【0044】
<実施例1>
本実施例においては、食用油脂として大豆油(実施例1-1),菜種油(実施例1-2),高オレイン酸菜種油(実施例1-3),コーン油(実施例1-4),精製オリーブ油(実施例1-5),乳脂(比較例1-1)又は中鎖脂肪酸トリグリセリド(比較例1-2)を用い、以下の(a)~(f)の手順に従って食用油脂を加水分解し、加水分解物を作製した。
【0045】
(a)食用油脂20gと、水12gと、リパーゼ0.2gとを50mLのチューブに添加して蓋を閉めた。
(b)ウォーターバス(UNI ACE SHAKER NCS-1300、東京理化器械株式会社製)を用いて、(a)のチューブを40℃で24時間振盪させた。
(c)遠心分離機(ユニバーサル遠心機5911、株式会社クボタ製)を用いて、24℃で(b)の内容物を遠心分離(3000rpm、5min)した。
(d)(c)の上清15gを採取した。
(e)(d)の上清に水6gを添加したものを、再び24℃で遠心分離(3000rpm、5min)した。
(f)(e)の上清10gを回収して加水分解物を得た。
【0046】
得られた加水分解物の酸価を「基準油脂分析試験法2.3.1酸価」(日本油化学会)に準拠して測定した。また、この酸価の値を用いて脂肪酸純度(すなわち、上述した分離率)を求めた。具体的には、酸価の値より1g中の遊離脂肪酸の物質量を算出し、各食用油脂の脂肪酸組成より求めた平均分子量を用いて脂肪酸純度(w/w)を算出した。
【0047】
各食用油脂の脂肪酸組成、平均分子量及び得られた結果について表1に示す。
【0048】
【0049】
表1から分かるように、大豆油,菜種油,高オレイン酸菜種油,コーン油及び精製オリーブ油では、リパーゼを用いて90%以上の脂肪酸純度で食用油脂から脂肪酸が遊離されることが確認された。また、比較例の乳脂及び中鎖脂肪酸トリグリセリドについても、80%以上の脂肪酸純度で食用油脂から脂肪酸が遊離されていた。
【0050】
<実施例2>
本実施例では、実施例1-1~1-5及び比較例1-1,1-2の加水分解物を含ませたパスタ料理(実施例2-1~2-5及び比較例2-1,2-2)の塩味について評価した。
【0051】
パスタ料理は、以下の(a)~(d)の手順に従って調理した。
(a)菜種油99質量部に対して実施例1-1~1-5及び比較例1-1,1-2のいずれかの加水分解物1質量部を添加した7種類の油脂組成物を7.5gずつ用意した。対照として、菜種油7.5gを用意した。
(b)パスタ乾麺を1.5質量%の食塩水を用いて7分間茹で、湯切りした。
(c)(a)で用意した油脂組成物又は菜種油をフライパンに引き、みじん切りしたニンニク2.5gを加え、IHヒーターを用いて温度強度3(100~120℃)で10分間炒め、自然冷却した。
(d)(c)のフライパンに(b)で茹でたパスタ100gとエクストラバージンオリーブ油(「AJINOMOTOオリーブオイルエクストラバージン」、株式会社J-オイルミルズ製)7.5gとを加え、混ぜ合わせて(油脂組成物を用いた)実施例2-1~2-5及び比較例2-1,2-2並びに(菜種油のみを用いた)対照のパスタ料理を得た。
【0052】
得られた実施例2-1~2-5及び比較例2-1,2-2のパスタ料理について、対照のパスタ料理との比較により塩味を官能評価した。評価は、5名の専門パネルにより以下の採点基準で行い、全員の官能評価値の平均値を求めた。結果を表2に示す。
【0053】
+6:対照よりもかなり強い
+5:対照よりも相当強い
+4:対照よりも強い
+3:対照よりも比較的強い
+2:対照よりもやや強い
+1:対照よりもわずかに強い
0:対照と同等
-1:対照よりもやや弱い
-2:対照よりも弱い
-3:対照よりもかなり弱い
【0054】
【0055】
表2から分かるように、本発明に従うリノール酸及びオレイン酸の合計量を有する実施例1-1~1-5の加水分解物を含むパスタ料理は、加水分解物を含んでいない場合と比較して塩味が増強された。最も塩味が増強されたのは食用油脂として大豆油を用いた実施例2-1のパスタ料理であり、2番目に塩味増強効果が高いのは、食用油脂として菜種油を用いた実施例2-2のパスタ料理であり、3番目に塩味増強効果が高いのは、食用油脂としてコーン油を用いた実施例2-4のパスタ料理であった。これに対し、本発明に従うリノール酸及びオレイン酸の合計量を有していない比較例1-1,1-2の加水分解物を含むパスタ料理は、加水分解物を含んでいない場合と同等の塩味しか得られなかった。
【0056】
<実施例3>
本実施例では、油脂組成物中における加水分解物の含有量を検討した。より詳細には、油脂組成物中における加水分解物の含有量を変化させて、加水分解物を含ませたパスタ料理(実施例3-1~3-4)の塩味について評価した。
【0057】
パスタ料理は、以下の(a)~(e)の手順に従って調理した。各材料の使用量は表3に記載の通りである。なお、食品の総質量は、後述する茹でたパスタの質量を220gとして計算した。
【0058】
【0059】
(a)表3に記載の油脂組成物、油脂又は混合油脂をフライパンに添加した。
(b)(a)のフライパンにニンニクを加え、IHヒーターを用いて温度強度3(100~120℃)で10分間炒め、自然冷却した。
(c)(b)のフライパンに、エクストラバージンオリーブ油と食塩とを加えて混ぜ合わせた。
(d)パスタ乾麺を水で7分間茹で、湯切りした。
(e)(c)のフライパンに(d)で茹でたパスタを加え、混ぜ合わせて実施例3-1~3-4及び比較例3-1,3-2のパスタ料理を得た。
【0060】
得られた実施例3-1~3-4のパスタ料理について、比較例3-1のパスタ料理(対照)との比較により塩味を官能評価した。評価は、2名の専門パネルにより、上記実施例2の評価で説明した採点基準に従って行い、2名の官能評価値の平均値を求めた。結果を表4に示す。
【0061】
【0062】
表4に示したように、油脂組成物中における加水分解物の割合が0.1質量%以上10質量%以下において、加水分解物を含ませていない比較例3-1のパスタ料理よりも塩味が増強していることが確認された。また、この結果から、油脂組成物中における好ましい加水分解物の割合は0.2質量%以上10質量%以下であり、1質量%以上10質量%以下であればより好ましく、1質量%が特に好ましいことが分かる。
【0063】
更に、実施例3-3及び比較例3-2のパスタ料理の塩味の強さをビジュアルアナログスケール(VAS)で評価した。0を「全く塩味なし」、30を「この上なく塩味が強い」とする0~30のスケールとし、10名の専門パネルが塩味の程度を表すところに印を付け、その平均値を算出し、標準偏差を求めた。結果を表5に示す。
【0064】
【0065】
表5から分かるように、本発明の加水分解物を含ませた実施例3-3のパスタ料理は、加水分解物を含ませていない比較例3-2のパスタ料理に比べて塩味が増強されたことを示す結果であった。なお、このデータについて有意水準10%でt検定を行った結果、有意差が認められた(有意確率p=0.082)。
【0066】
<実施例4>
本実施例では、加水分解物を加熱した場合の効果について検討した。より詳細には、加水分解物を加熱してから含ませたパスタ料理(実施例4-1)と、加水分解物を加熱することなく含ませたパスタ料理(実施例4-2)との塩味について評価した。
【0067】
パスタ料理は、以下の(a)~(e)の手順に従って調理した。各材料の使用量は表6に記載の通りである。なお、本実施例においても、食品の総質量は茹でたパスタの質量を220gとして計算した。
【0068】
【0069】
(a)表6に記載の第1の油脂組成物又は第1の混合油脂をフライパンに添加した。
(b)(a)のフライパンにニンニクを加え、IHヒーターを用いて温度強度3(100~120℃)で10分間炒め、室温まで自然冷却した。
(c)(b)のフライパンに、表6に記載の第2の油脂組成物又は第2の混合油脂と食塩とを加えて混ぜ合わせた。
(d)パスタ乾麺を水で7分間茹で、湯切りした。
(e)(c)のフライパンに(d)で茹でたパスタを加え、混ぜ合わせて実施例4-1,4-2及び比較例4-1のパスタ料理を得た。
【0070】
得られた実施例4-1及び4-2のパスタ料理について、比較例4-1のパスタ料理(対照)との比較により塩味を官能評価した。評価は、2名の専門パネルにより、上記実施例2の評価で説明した採点基準に従って行い、2名の官能評価値の平均値を求めた。結果を表7に示す。
【0071】
【0072】
表7に示したように、調理中に加水分解物に加熱処理を施した実施例4-1のパスタ料理及び加水分解物に加熱処理を施していない実施例4-2のパスタ料理はともに、加水分解物を含んでいない比較例4-1のパスタ料理よりも塩味が増強されていた。また、実施例4-1と実施例4-2との対比から、加水分解物に加熱処理を施すと塩味増強効果が高くなることが分かった。
【0073】
<実施例5>
本実施例では、実施例1-1の加水分解物を含ませた炒飯の塩味について評価した。
【0074】
実施例5-1及び比較例5-1の炒飯は、表8に記載の材料を準備して、以下の(a)~(e)の手順に従って調理した。なお、食品中の食塩は、中華スープの素5g当たりの食塩相当量を2.0gとして計算した。
【0075】
【0076】
(a)表8に記載の油脂組成物又は混合油脂を用意してフライパンに引き、IHヒーターを用いて温度強度5で油脂組成物又は混合油脂が200℃に達するまで加熱した。
(b)10秒後に、(a)のフライパンに、溶き卵及び600Wの電子レンジで2分間温めた米飯をこの順に加えた。
(c)60秒間混ぜながら加熱した。
(d)(c)のフライパンに長ネギを加え、30秒間炒めた。
(e)(d)のフライパンに、食塩,こしょう及び中華スープの素を加えて80秒間炒め、実施例5-1及び比較例5-1の炒飯を得た。
【0077】
得られた実施例5-1の炒飯について、比較例5-1の炒飯(対照)との比較により塩味を官能評価した。評価は、2名の専門パネルにより、上記実施例2の評価で説明した採点基準に従って行い、2名の官能評価値の平均値を求めた。結果を表9に示す。
【0078】
【0079】
表9に示したように、本発明の加水分解物を含ませた実施例5-1の炒飯は、加水分解物を含ませていない比較例5-1の炒飯に比べて塩味が増強されていた。
【0080】
<実施例6>
本実施例では、実施例1-1の加水分解物を含ませた炊き込みご飯の塩味について評価した。
【0081】
実施例6-1,6-2及び比較例6-1の炊き込みご飯は、表10に記載の材料を準備して、以下の(a)~(e)の手順に従って調理した。なお、食品中の食塩含有量は、しょう油15mL(18g)当たりの食塩相当量を2.4g、酒15mL(15g)当たりの食塩相当量を0.37gとして計算した。また、食品の総質量は、炊きあがった後の炊き込みご飯の質量を900gとして計算した。
【0082】
【0083】
(a)生米を洗い、炊飯器(「圧力IH炊飯ジャーNP-NT10」、象印マホービン株式会社製)の内釜に入れた。
(b)(a)の内釜に、表10に記載の調味料と鶏モモ肉とを加え、生米,調味料,鶏モモ肉及び水の合計質量が972gとなるように水を加えた。
(c)(b)の内釜に、表10に記載の油脂組成物又は菜種油と乳化剤とを加えた。
(d)(c)の内釜を炊飯器にセットし、「ふつう」モードで炊飯を開始した。
(e)炊飯完了後、米飯をほぐし、真空冷却器(「CMJ-20QE」、三浦工業株式会社製)にて23℃まで冷却し、実施例6-1,6-2及び比較例6-1の炊き込みご飯を得た。
【0084】
得られた実施例6-1及び6-2の炊き込みご飯について、比較例6-1の炊き込みご飯(対照)との比較により塩味を官能評価した。評価は、3名の専門パネルにより、上記実施例2の評価で説明した採点基準に従って行い、3名の官能評価値の平均値を求めた。結果を表11に示す。
【0085】
【0086】
表11に示したように、本発明の加水分解物を含ませた実施例6-1及び6-2の炊き込みご飯は、加水分解物を含ませていない比較例6-1の炊き込みご飯に比べて塩味が増強されていた。
【0087】
<実施例7>
本実施例では、実施例1-1の加水分解物を含ませた野菜炒めの塩味について評価した。
【0088】
実施例7-1及び比較例7-1,7-2の野菜炒めは、表12に記載の材料を準備して、以下の(a)~(c)の手順に従って調理した。
【0089】
【0090】
(a)フライパンに表12に記載の油脂組成物又は菜種油を引き、IHヒーターの温度強度5で油脂組成物又は菜種油の温度が200℃に達するまで加熱した。
(b)30秒後に、(a)のフライパンに野菜を加え、混ぜ合わせながら2分間加熱した。
(c)(b)のフライパンに食塩を加えて1分間炒め、実施例7-1及び比較例7-1,7-2の野菜炒めを得た。
【0091】
得られた実施例7-1及び比較例7-2の野菜炒めについて、比較例7-1の野菜炒め(対照)との比較により塩味を官能評価した。評価は、3名の専門パネルにより、上記実施例2の評価で説明した採点基準に従って行い、3名の官能評価値の平均値を求めた。結果を表13に示す。
【0092】
【0093】
表13に示したように、本発明の加水分解物を含ませた実施例7-1の野菜炒めは、加水分解物を含ませていない比較例7-1の野菜炒めに比べて塩味が増強されていた。また、実施例7-1の野菜炒めは、含まれる食塩の割合が同じである比較例7-1の野菜炒めの評価値(0)よりも、食塩の割合が高い比較例7-2の野菜炒めの評価値(+6)に近い評価値が得られた。例えば、線形補間で近似すると、実施例7-1の野菜炒めは、本発明の加水分解物を含ませていない、食品中の食塩の割合が0.58質量%相当の塩味と同等であると考えられる。
【0094】
<実施例8>
本実施例においては、実施例1-1の加水分解物を含ませたスープの塩味について評価した。
【0095】
実施例8-1及び比較例8-1,8-2のスープは、表14に記載の材料を準備して、以下の(a)及び(b)の手順に従って調理した。なお、食品中の食塩含有量は、スープの素2.5g当たりの食塩相当量を1.2gとして計算した。
【0096】
【0097】
(a)鍋に水を入れた後、スープの素を入れ、IHヒーターを用いて加熱した。比較例8-2については、スープの素とともに食塩を入れた。
(b)沸騰後、更に5分間加熱し、実施例8-1及び比較例8-1,8-2のスープを得た。
【0098】
得られた実施例8-1及び比較例8-2のスープについて、比較例8-1のスープ(対照)との比較により塩味を官能評価した。評価は、2名の専門パネルにより、上記実施例2の評価で説明した採点基準に従って行い、2名の官能評価値の平均値を求めた。結果を表15に示す。
【0099】
【0100】
表15から分かるように、本発明の加水分解物を含ませた実施例8-1のスープは、加水分解物を含ませていない比較例8-1のスープに比べて塩味が増強されていた。また、実施例8-1のスープは、食品中の食塩の割合が0.63質量%である比較例8-1のスープと、0.78質量%である比較例8-2のスープとの間の評価値が得られ、線形補間で近似すると、本発明の加水分解物を含ませていない、食品中の食塩の割合が0.71質量%相当の塩味と同等であると考えられる。