(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-10-09
(45)【発行日】2024-10-18
(54)【発明の名称】エルゴチオネインを光に対し安定化させた液体組成物
(51)【国際特許分類】
C12N 1/14 20060101AFI20241010BHJP
A23L 33/175 20160101ALI20241010BHJP
C12Q 1/02 20060101ALI20241010BHJP
C12P 13/04 20060101ALN20241010BHJP
【FI】
C12N1/14 A
A23L33/175
C12Q1/02
C12P13/04
(21)【出願番号】P 2022038195
(22)【出願日】2022-03-11
【審査請求日】2022-03-24
【審判番号】
【審判請求日】2022-12-14
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000004477
【氏名又は名称】キッコーマン株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100099759
【氏名又は名称】青木 篤
(74)【代理人】
【識別番号】100123582
【氏名又は名称】三橋 真二
(74)【代理人】
【識別番号】100117019
【氏名又は名称】渡辺 陽一
(74)【代理人】
【識別番号】100141977
【氏名又は名称】中島 勝
(74)【代理人】
【識別番号】100138210
【氏名又は名称】池田 達則
(74)【代理人】
【識別番号】100166165
【氏名又は名称】津田 英直
(72)【発明者】
【氏名】田嶋 遼子
(72)【発明者】
【氏名】市川 惠一
【合議体】
【審判長】長井 啓子
【審判官】深草 亜子
【審判官】田中 耕一郎
(56)【参考文献】
【文献】米国特許出願公開第2005/0042233(US,A1)
【文献】特表2012-516332(JP,A)
【文献】中国特許出願公開第110327242(CN,A)
【文献】国際公開第2020/004014(WO,A1)
【文献】国際公開第2002/013835(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A23L
A61K
C12N1/00-7/08
BIOSIS/MEDLINE/EMBASE/CAplus(STN)
JSTplus/JMEDplus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
エルゴチオネイン含有麹菌発酵物にエタノール又は含水エタノールを添加し、固形分を除去して得られた上清を濃縮して得られる、麹菌由来のエルゴチオネイン含有液体組成物であって、前記組成物中のエルゴチオネインの光安定化剤として、0.03質量%以上のアスコルビン酸又はその塩を含み、液体組成物のpHが、3.0~7.0である、液体組成物。
【請求項2】
液体組成物が、濃縮液、飲料、液体調味料、及び食品からなる群から選択される、請求項1に記載の液体組成物。
【請求項3】
液体組成物が、飲料又は食品である、請求項1又は2に記載の液体組成物。
【請求項4】
エルゴチオネインの光安定化剤のスクリーニング方法であって、
エルゴチオネイン含有麹菌発酵物にエタノール又は含水エタノールを添加し、固形分を除去して得られた上清を濃縮して得られる、麹菌由来エルゴチオネイン含有液体組成物と、候補成分とを含む検体を調製する工程、
光照射下で保存する工程、
保存後のエルゴチオネイン含有量を測定する工程、及び
対照のエルゴチオネイン含有量と比較する工程
を含む、前記スクリーニング方法。
【請求項5】
対照のエルゴチオネイン含有量が、候補成分未添加検体について、光照射下で同じ期間保存後の検体である、請求項4に記載の方法。
【請求項6】
エルゴチオネインの光安定化方法であって、
エルゴチオネイン含有
麹菌発酵物にエタノール又は含水エタノールを
、終濃度50%~99%になるように添加し、固形分を除去して得られた上清を濃縮して得られる麹菌由来のエルゴチオネイン含有液体組成物に、アスコルビン酸又はその塩を添加する工程、
を含む、エルゴチオネイン含有液体組成物中のエルゴチオネインの光安定化方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、エルゴチオネイン含有液体組成物におけるエルゴチオネインの光に対する安定化に関する。
【背景技術】
【0002】
エルゴチオネインは、ライ麦角菌(Claviceps purpurea)から単離された含硫アミノ酸として発見され、植物や動物の生体内にも存在することが見いだされている。しかしながら、植物や動物は、エルゴチオネインを合成することはできず、生体内のエルゴチオネインは、担子菌類などの微生物により合成されたエルゴチオネインに由来すると考えられている。特に担子菌類の一部のキノコ、例えば、ヒラタケ、シイタケ、マイタケ、エリンギなどの食用キノコにも含まれており、特にタモギタケに多く含まれていることが知られている。エルゴチオネインは、ヒスチジンからの生合成経路が知られており、硫黄原子はシステインから供給される。エルゴチオネインは、高い抗酸化性を有しており、また、エラスターゼ阻害作用、チロシナーゼ阻害作用が報告されており、美白やしわ予防といった美容・食品分野で特に注目されている。また、エルゴチオネインが生体酸化防御システムに関与することが判明してきており、医療分野での応用も試みられている。エルゴチオネインは、熱安定性やpH安定性が高く、高温でもその抗酸化作用を維持することができ、生理作用を期待して食品へ配合される他、抗酸化剤としての食品への使用も期待されている。
【0003】
エルゴチオネインの製造方法としては、タモギタケなどの担子菌からの抽出、化学合成、微生物を用いた発酵が用いられている。タモギタケなどの担子菌からの抽出は、原材料の取得に時間がかかり、大量生産には適していない。大量生産には化学合成が適しているが高価な合成試薬を用いる必要があり、また、精製コストが高くなるという問題がある(特許文献1)。したがって、C1化合物資化性の細菌や酵母を用いた発酵(特許文献2、非特許文献1)、さらにはエルゴチオネイン生合成遺伝子を過剰発現させた微生物を用いた発酵(特許文献3)が製造方法としては有力であり、微生物発酵物をそのまま、または簡易な抽出操作により得られた抽出物を使用できる点で有力である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開2006-160748号公報
【文献】国際公開第2016/104437号
【文献】国際公開第2017/150304号
【非特許文献】
【0005】
【文献】PLOS One 2014 vol. 9(5) e97774
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
エルゴチオネインを配合した製品開発を行っていたところ、エルゴチオネインは精製品では安定性が高い一方で、特定の条件下で安定性が低下することを見出した。より具体的に、エルゴチオネイン含有原料にエタノール又は含水エタノールを添加し、沈殿物を除去し、上清を濃縮して得られたエルゴチオネイン含有液体組成物(以下、「エルゴチオネイン含有液体組成物」といい、エルゴチオネイン含有液体組成物を添加された組成物を含む。)では、光安定性が低く2週間の光照射下では、初期量の約半分へと低下してしまうことが見いだされた。
【課題を解決するための手段】
【0007】
そこで、本発明者らが、エルゴチオネイン含有液体組成物について、光に対し安定化させる成分について鋭意研究を行ったところ、アスコルビン酸を含有させることでエルゴチオネイン含有液体組成物中のエルゴチオネインの光に対する安定性が増大することを見出し、本発明に至った。
そこで、本発明は以下に関する:
[1] エルゴチオネイン含有原料にエタノール又は含水エタノールを添加し、固形分を除去して得られた上清を濃縮して得られるエルゴチオネイン含有液体組成物であって、前記組成物中のエルゴチオネインの光安定化剤としてアスコルビン酸又はその塩を含む、液体組成物。
[2] 前記エルゴチオネイン含有原料が、微生物発酵物又はキノコ子実体粉砕物である、項目1に記載の液体組成物。
[3] 前記微生物発酵物が、麹菌発酵物である、項目2に記載の液体組成物。
[4] エルゴチオネイン含有液体組成物中のアスコルビン酸又はその塩の濃度が、0.03質量%以上である、項目1~3のいずれか一項に記載の液体組成物。
[5] 前記液体組成物のpHが3.0~7.0である項目1~4のいずれか一項に記載の液体組成物。
[6] 液体組成物が、濃縮液、飲料、液体調味料、及び食品からなる群から選択される、項目1~5のいずれか一項に記載の液体組成物。
[7] エルゴチオネインの光安定化剤のスクリーニング方法であって、
エルゴチオネイン含有原料にエタノール又は含水エタノールを添加し、固形分を除去して得られた上清を濃縮して得られるエルゴチオネイン含有液体組成物と、候補成分とを含む検体を調製する工程、
光照射下で保存する工程、
保存後のエルゴチオネイン含有量を測定する工程、及び
対照のエルゴチオネイン含有量と比較する工程
を含む、前記スクリーニング方法。
[8] 対照のエルゴチオネイン含有量が、候補成分未添加検体について、光照射下で同じ期間保存後の検体である、項目7に記載の方法。
[9] 前記エルゴチオネイン含有原料が、微生物発酵物又はキノコ子実体粉砕物である、項目7又は8に記載の方法。
[10] 前記微生物発酵物が、麹菌発酵物である、項目9に記載の方法。
[11] エルゴチオネインの光安定化方法であって、
エルゴチオネイン含有原料の濃縮度に応じて添加するエタノール量を調整する工程、
エルゴチオネイン含有原料にエタノール又は含水エタノールを添加し、固形分を除去して得られた上清を濃縮して得られるエルゴチオネイン含有液体組成物に、アスコルビン酸又はその塩を添加する工程、
を含む、エルゴチオネイン含有液体組成物中のエルゴチオネインの光安定化方法。
[12]前記エタノール又は含水エタノールの添加が、エタノールの終濃度20%~99%、好ましくは、30%以上、40%以上、50%以上、60%以上、70%以上、75%以上、又は80%以上、好ましくは95%以下、90%以下、85%以下、又は80%以下となるように添加される、項目1~6のいずれか一項に記載の組成物。
[13]前記エタノール又は含水エタノールの添加が、エタノールの終濃度20%~99%、好ましくは、30%以上、40%以上、50%以上、60%以上、70%以上、75%以上、又は80%以上、好ましくは95%以下、90%以下、85%以下、又は80%以下となるように添加される、項目7~9のいずれか一項に記載の方法。
[14]前記エタノール又は含水エタノールの添加が、エタノールの終濃度20%~99%、好ましくは、30%以上、40%以上、50%以上、60%以上、70%以上、75%以上、又は80%以上、好ましくは95%以下、90%以下、85%以下、又は80%以下となるように添加される、項目7~9のいずれか一項に記載の方法。
【発明の効果】
【0008】
エルゴチオネイン含有原料から得られたエルゴチオネイン含有液体組成物にアスコルビン酸を配合することにより、エルゴチオネイン含有液体組成物中のエルゴチオネインの光安定性が増大する。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【
図1】
図1は、精製エルゴチオネインを含む検体と麹菌発酵物から得られたエルゴチオネイン含有液体組成物を含む検体について、調製直後(開始時)、2,000Lux、30℃で2週間の光照射(照射)後、0Lux、30℃で2週間の光非照射(非照射)後に、エルゴチオネイン含有量を測定した結果を表す。
【
図2】
図2は、麹菌発酵物から得られたエルゴチオネイン含有液体組成物について、光安定性を増大させる成分について、スクリーニングを行った結果を示す。エルゴチオネインの光安定化剤としての候補成分として、アスコルビン酸(0.03%)、EDTA2Na(0.003%)、亜硝酸ナトリウム(0.003%)、ローズマリーエキス(0.05%)を添加して検体について、調製直後(開始時)、2,000Lux、30℃で2週間の光照射(照射)後、0Lux、30℃で2週間の光非照射(非照射)後に、エルゴチオネイン含有量が測定された。
【
図3】
図3は、エルゴチオネイン含有液体組成物におけるエルゴチオネインの光安定性を増大させるアスコルビン酸について、その濃度を振って、光安定化効果を調べた結果を示す。アスコルビン酸を0.05%、0.03%、0.01%、0.001%の濃度で調製した検体、及びアスコルビン酸ナトリウム0.03%で調製した検体を、調製直後(開始時)、2,000Lux、30℃で2週間の光照射(照射)後、及び0Lux、30℃で2週間の光非照射(非照射)後に、エルゴチオネイン含有量が測定された。
【
図4】
図4は、麹菌発酵物からエルゴチオネインを調製する際に使用した溶媒を変更して得られたエルゴチオネイン抽出物について、アスコルビン酸による光安定化効果を調べた結果を示す。熱水(YW)、終濃度50%のエタノール(E50)、終濃度60%のエタノール(E60)、終濃度70%のエタノール(E70)、終濃度80%のエタノール(E80)となるようにエタノールを添加し、沈殿物を除去し、得られたエルゴチオネインを含有する上清を含む検体を調製し、調製直後(開始時)、3,000Lux、30℃で4日間の光照射(照射)後、3,000Lux、30℃で4日間の光非照射(非照射)後に、エルゴチオネイン含有量を測定した結果を表す。
【
図5】
図5は、0.03%アスコルビン酸を含む、エルゴチオネイン含有液体組成物におけるpHを変化の影響を調べた結果を示す。pH4.0、pH5.0、pH6.0、pH7.0に調製した検体を、調製直後(開始時)、3,000Lux、30℃で4日間の光照射(照射)後、0Lux、30℃で3日間の光非照射(非照射)後に、エルゴチオネイン含有量が測定された。
【発明を実施するための形態】
【0010】
本発明は、エルゴチオネイン含有原料から調製されたエルゴチオネイン含有液体組成物に対し、エルゴチオネインの光安定化剤としてアスコルビン酸又はその塩が添加されたエルゴチオネイン含有液体組成物に関する。さらに別の態様では、本発明は、アスコルビン酸又はその塩を添加する工程を含む、エルゴチオネイン含有原料から調製されたエルゴチオネイン含有液体組成物中において、エルゴチオネインを安定化させる方法にも関する。
【0011】
本発明の別の態様では、アスコルビン酸又はその塩を添加する工程を含む、エルゴチオネインの光安定性が向上されたエルゴチオネイン含有液体組成物の製造方法にも関する。より具体的に、光安定性が向上されたエルゴチオネイン含有液体組成物の製造方法は、以下の:
エルゴチオネイン含有原料にエタノール又は含水エタノールを添加し、固形分を除去して得られた上清を濃縮する工程;及び
濃縮されたエルゴチオネイン含有液体組成物に、光安定化剤としてアスコルビン酸又はその塩を添加する工程
を含む。
【0012】
エルゴチオネイン含有原料は、エルゴチオネインを含有していれば任意の原料であってよい。一例として、ヒラタケ、シイタケ、マイタケ、エリンギ、タモギタケなどの担子菌類の子実体に由来するものであってもよいし、微生物発酵物であってもよい。
微生物発酵物としては、エルゴチオネインを生産する観点から、糸状菌、担子菌、酵母、細菌などの培養物が挙げられる。エルゴチオネインを産生する微生物としては、マイコバクテリウム(Mycobacterium)属の微生物、シュードザイマ(Psudozyma)属の酵母、シゾサッカロマイシス属(Schizosaccharomyces)の分裂酵母、ロドトルラ(Rhodotorula)属、クリプトコッカス(Cryoptococcus)属の不完全酵母、アスペルギルス(Aspergillus)属の麹菌が挙げられる。培養物には菌体のみならず、培地が含まれてもよい。
また、別の態様では、エルゴチオネイン産生量を高めるよう遺伝子導入された微生物、例えば、大腸菌、酵母、放線菌、糸状菌が使用されてもよい。このような遺伝子導入された微生物としては、エルゴチオネイン合成遺伝子が導入された酵母やエルゴチオナーゼ遺伝子の発現が抑制された酵母が使用されうる。食品として配合される観点から、麹菌が好ましい。
【0013】
エルゴチオネイン含有液体組成物とは、エルゴチオネイン含有原料にエタノールを添加し、ろ過し、固形分を除去するなどで沈殿物を除去し、上清を濃縮して得られた液体組成物又はその液体組成物を含む液体組成物をいう。
エタノール添加量を軽減させるためにはエルゴチオネイン含有原料を一定程度まで濃縮することが望ましく、エルゴチオネイン含有原料の濃縮度に応じて、適宜、95%から5%の範囲で、適切なエタノール濃度を選択することができる。別の態様として、エルゴチオネイン含有原料を乾燥させて、乾燥粉末を得て、乾燥粉末に対し、含水エタノールが添加されてもよい。
【0014】
本発明の一つの態様としてエルゴチオネイン含有原料である麹菌発酵物を10倍程度に一般的な濃縮を行った場合、抽出に用いるエタノールは、終濃度20%~99%で麹菌発酵物に添加されうる。エルゴチオネインの光安定性を高める観点から、30%以上、40%以上、50%以上、60%以上、70%以上、75%以上、又は80%以上となるように麹菌発酵物に添加されてもよい。エタノール終濃度の上限は特に限定されないが、エルゴチオネインを晶析させない観点から添加量に応じ通常95%以下、好ましくは90%以下、より好ましくは85%以下、さらに好ましくは80%以下が用いられる。エタノールの終濃度を高めることで、エルゴチオネイン含有液体組成物中のエルゴチオネインの光安定性が高まり、さらに光安定化剤による安定化効果を亢進することができる。
【0015】
エルゴチオネインの光安定化剤とは、エルゴチオネイン含有液体組成物に添加することで、エルゴチオネインの光安定性を高めることができる成分をいう。このような成分として、アスコルビン酸又はその塩が用いられうる。アスコルビン酸は、光学活性化合物であり、L-体又はD-体のいずれであってもよい。ビタミンCとしての生理作用を有する観点から、L-アスコルビン酸が特に好ましい。エルゴチオネイン含有液体組成物に配合する場合、アスコルビン酸又はその塩は、0.03質量%~40質量%の終濃度で配合することができる。最終製品に配合する場合、アスコルビン酸又はその塩は、0.03質量%~10質量%で配合することができ、例えば0.05質量%以上、又は0.1質量%以上で配合でき、そして5質量%以下、又は1質量%以下で配合することができる。組成物を濃縮物として提供する観点からは、1質量%~40質量%で配合することができ、例えば1.5質量%以上、又は5質量%以上で配合することができ、そして20質量%以下、又は10質量%以下で配合することができる。
【0016】
光安定化とは、光、特に紫外線の影響による分解を抑制することをいう。光安定化は、製品の流通、貯蔵、消費の間の光曝露による分解を抑制することを目的とするが、通常実験室条件で調べられる。一例として、エルゴチオネイン含有液体組成物を殺菌処理後に、光照射下で一定期間保存し、保存前の検体、光照射下で保存後の検体及び/又は光未照射で保存後の検体について、エルゴチオネイン含量を測定することで、光安定性を決定することができる。光照射及び保存条件は、任意の強度を選択することができる。例えば、透明のチューブに入れ、5~30℃、1,000~20,000Luxの光の照射下で数週間、例えば、2週間保存される。保存条件として、一例として30℃、2,000Lux又は3,000Luxを選択することができる。
【0017】
本発明のエルゴチオネイン含有液体組成物において、エルゴチオネインの安定性の観点からpHが調整されうる。エルゴチオネイン含有液体組成物のpHは2.5~7.0、好ましくは3.0以上、より好ましくは3.5以上であり、好ましくは6.5以下、より好ましくは6.0以下に調整することができる。
【0018】
微生物発酵物とは、微生物を用いて発酵を行い得られた発酵物をいう。微生物発酵物を製造するための発酵培地は任意の培地であってよく、エルゴチオネイン含量を高める観点から、タンパク質高含有培地が好ましく、例えば、10%以上、好ましくは20%以上のタンパク質を含むことが好ましい。発酵培地は、固体培地であってもよいし、液体培地であってもよい。発酵培地は、培養する微生物の種類に応じて適宜選択することができる。このような培地の原料としては、米、麦、イモなどの穀類、豆類、魚、肉、藻類、菌類並びにそれらの加工物が挙げられる。このような加工物として、脱脂大豆、豆乳、魚粉、肉紛、小麦ふすま、スピルリナ粉、酵母エキスなどが挙げられる。発明の固体培地は、膨化処理した原料を含むことがさらに好ましい。固体培地は、上述の原料を沸騰したお湯で蒸すか又は煮込み、場合により破砕することで調製することができる。
【0019】
微生物として麹菌を使用する場合、米、麦、イモなどの穀類、豆類、魚、肉、藻類、菌類並びにそれらの加工物を原料としたタンパク質高含有培地を使用することができる。麹菌発酵培地としては、豆乳や大豆粉の煮汁、大豆抽出物、大豆おから、小麦ふすま、スピルリナ粉、及び/又は酵母エキスを含む培地が特に好ましい。発酵条件は、本技術分野において用いられる通常の条件を使用することができる。例えば、培地の初発pHは5~10に調整される。発酵温度は20~40℃に設定され、発酵時間は4日以上であり、好ましくは4~10日間、好ましくは5~7日間、より好ましくは6~7日間が望ましい。
【0020】
麹菌としては、アスペルギルス(Aspergillus)属に属する任意の菌を用いることができる。一例として、アスペルギルス オリゼ(Aspergillus oryzae)、アスペルギルス ソーヤ(Aspergillus sojae)、アスペルギルス リューキューエンシス(Aspergillus luchuensis)、アスペルギルス・タマリ(Aspergillus tamarii)が挙げられる。麹菌の菌株としては、例えば、Aspergillus oryzae RIB326株など公的に入手可能な菌株、種麹屋などから市販されている種麹に含まれる菌株、又は清酒、醤油醸造蔵等の飲食品製造環境などから分離して得られる菌株を使用することができる。
【0021】
使用される麹菌は、エルゴチオネイン産生性の麹菌である。エルゴチオネイン産生性の麹菌としては、自然から単離された、エルゴチオネイン産生能を有することが示された麹菌株、或いはかかる麹菌株から育種により高いエルゴチオネイン産生能を有する麹菌が使用されうる。また別の態様では、エルゴチオネイン産生量を高めるよう遺伝子導入された麹菌が使用されてもよい。このような遺伝子導入された麹菌としては、エルゴチオネイン合成遺伝子が導入された麹菌やエルゴチオナーゼ遺伝子などのエルゴチオネイン蓄積を阻害する遺伝子の発現が抑制された麹菌が使用されうる。
【0022】
エルゴチオネイン合成遺伝子は、エルゴチオネイン生合成経路においてエルゴチオネイン産生に係るタンパク質をコードする遺伝子であればいかなる遺伝子であってもよい。一例として、C1化合物資化性のメチロバクテリウム(Methylobacterium)属の微生物は、エルゴチオネイン産生能が知られており、かかる微生物から得られたエルゴチオネイン産生に係る遺伝子としてegtABCDE遺伝子が挙げられる。この遺伝子には、エルゴチオネイン産生に関わるegtA遺伝子、egtB遺伝子、egtC遺伝子、egtD遺伝子及びegtE遺伝子が直列に配置されているが、これらの遺伝子の任意の組み合わせを含んでもよい。
【0023】
本発明におけるエルゴチオネイン含有液体組成物は、エルゴチオネイン含有液体組成物を含む組成物であれば、任意の組成物であってもよい。一例として、エルゴチオネイン含有液体組成物は、食品、化粧品、医薬部外品、及び医薬品などの製品であってもよいし、製品に配合される濃縮物であってもよい。特にエルゴチオネインの生理作用に着目した、機能性表示食品、栄養機能食品、特定保健用食品、又は栄養補助食品(サプリメント)であってもよい。エルゴチオネイン含有液体組成物に由来するエルゴチオネインの配合量は、食品、化粧料、及び医薬品などの最終製品として配合される観点では、0.0001~50質量%で配合されることが好ましく、0.001~30質量%で配合されることがさらに好ましく、0.01~20質量%で配合されることが最も好ましい。濃縮物として配合される観点では、0.001~50質量%で配合され、好ましくは0.01質量%以上、より好ましくは0.1質量%以上で配合され、そして好ましくは40質量%以下で配合され、より好ましくは30質量%以下で配合されうる。濃縮物は、エルゴチオネインを含有しており、製品製造の原料として流通しうる。濃縮物を配合することで、エルゴチオネイン含有製品、例えば、食品、化粧品、医薬部外品、及び医薬品を製造することができる。
【0024】
本発明の別の態様は、エルゴチオネイン含有液体組成物におけるエルゴチオネインの光に対する安定化剤をスクリーニングする方法にも関する。より具体的に、かかるスクリーニング方法は、
エルゴチオネイン含有液体組成物と、候補成分とを含む検体を調製する工程、
光照射下で保存する工程、
保存後のエルゴチオネイン含有量を測定する工程、及び
対照のエルゴチオネイン含有量と比較する工程
を含む。
対照のエルゴチオネイン含有量としては、候補成分未添加の検体について、同条件で光照射下で同じ期間保存後の検体におけるエルゴチオネイン含有量を使用することができる。候補成分未添加対照と比較し、エルゴチオネイン含有量が増大していた場合に、候補成分をエルゴチオネイン安定化剤として選択することができる。スクリーニング方法における「エルゴチオネイン含有原料」、「エルゴチオネイン含有液体組成物」、「光照射」、及び「保存」については、本明細書で定義される通りである。一例として、エルゴチオネイン含有原料としては麹菌発酵物を使用することができ、エルゴチオネイン含有液体組成物として、終濃度がエタノール70%以上となるようにして調製し、沈殿物を除去し、上清を濃縮して得られたものが好ましい。スクリーニング方法における、光照射及び保存条件は、任意の強度を選択することができる。例えば、透明のチューブに入れ、5~30℃、1,000~20,000Luxの光の照射下で数週間、例えば、2週間保存される。保存条件として、一例として30℃、2,000Luxを選択することができる。
【0025】
本明細書において言及される全ての文献は、その全体が引用により本明細書に取り込まれる。
【0026】
以下に説明する本発明の実施例は、例示のみを目的とし、本発明の技術的範囲を限定するものではない。本発明の技術的範囲は、特許請求の範囲の記載によってのみ限定される。本発明の趣旨を逸脱しないことを条件として、本発明の変更、例えば、本発明の構成要件の追加、削除及び置換を行うことができる。
【実施例】
【0027】
実施例1:エルゴチオネイン含有液体組成物の調製
麹菌(アスペルギルス・オリゼー(Aspergillus oryzae)(菌株:RIB326))を用いて、水に溶解した酵母エキス18L(酵母エキス3.5%)を原料として24℃、7日間発酵を行った。発酵液を100℃で加熱殺菌後、濾布を用いて固液分離を行い、得られた清澄液18Lをエバポレーターにて濃縮した。得られた濃縮液のうち40mLに、エタノールを160mL添加後、濾過を行い上清を得た。採取された上清をエバポレーターにて濃縮し、得られたエルゴチオネイン含有液体組成物40mL中のエルゴチオネインを、LC-MSMSを用いて測定を行ったところ、1.5質量%であった。
【0028】
実施例2:エルゴチオネイン含有液体組成物の光安定性試験
実施例1で得られたエルゴチオネイン含有液体組成物を水に溶解し、エルゴチオネイン濃度が30mg/Lとなるように調製し、エルゴチオネインの光安定性についての検体を調製した。また、精製エルゴチオネインを同様に30mg/Lとなるように調製して、エルゴチオネインの光安定性についての検体を調製した。これらの検体を、調製直後(0w)、2週間の光照射(2,000Lux、30℃)後、2週間の光非照射(0Lux、30℃)後に、エルゴチオネイン含有量を測定した。光照射は、人口気象器(NC-411H(C)H、日本医化機器製作所)を用いて行った。結果を
図1に示す。
【0029】
実施例3:エルゴチオネインの光安定化剤のスクリーニング
実施例1で得られたエルゴチオネイン含有液体組成物を水に溶解し、エルゴチオネイン濃度が30mg/Lとなるように調製した。さらに、光安定化剤の候補成分として、アスコルビン酸(0.03%)、EDTA2Na(0.003%)、亜硝酸ナトリウム(0.003%)、ローズマリーエキス(0.05%)を、各濃度となるよう添加し、スクリーニング用の検体を調製した。対照として安定化剤を含まない検体を用いた。これらの検体を、調製直後(0w)、2週間の光照射(2,000Lux、30℃)後、2週間の光非照射(0Lux、30℃)後に、エルゴチオネイン含有量を測定した。光照射は、人口気象器(NC-411H(C)H、日本医化機器製作所)を用いて行った。結果を
図2に示す。アスコルビン酸が、エルゴチオネイン含有液体組成物中のエルゴチオネインの光分解を抑制し、エルゴチオネインの光安定性を高めることが示された。
【0030】
実施例4:アスコルビン酸の濃度の検討
実施例1で得られたエルゴチオネイン含有液体組成物を水に溶解し、エルゴチオネイン濃度が30mg/Lとなるように調製した。さらに、光安定化剤の候補成分として、アスコルビン酸を0.05%、0.03%、0.01%、0.001%となるように添加し、濃度検討用の検体として調製した。これらの検体を、調製直後(0w)、2週間の光照射(2,000Lux、30℃)後、2週間の光非照射(0Lux、30℃)後に、エルゴチオネイン含有量を測定した。光照射は、人口気象器(NC-411H(C)H、日本医化機器製作所)を用いて行った。結果を
図3に示す。アスコルビン酸濃度は0.01%以下では、安定化効果を発揮しなかった一方、0.03%及び0.05%の濃度で安定化効果を示した。
【0031】
実施例5:添加するエタノール濃度の検討
実施例1と同様にしてエルゴチオネイン含有液体組成物を調製するにあたり、エタノール終濃度を50%、60%または70%とし、それ以外は実施例1と同じ操作を行って、エルゴチオネイン含有液体組成物(それぞれE50、E60およびE70)を調製した。実施例1において終濃度を80%として調製されたエルゴチオネイン含有液体組成物は、エルゴチオネイン含有液体組成物(E80)とした。また、エタノールの代わりに熱水で抽出してエルゴチオネイン含有抽出物(YW)を調製した。これらのサンプルを水に溶解し、エルゴチオネイン濃度が30mg/Lとなるように添加して、検体を調製した。対照として安定化剤を含まない検体を用いた。これらの検体を、調製直後(0w)、2週間の光照射(2,000Lux、30℃)後、2週間の光非照射(0Lux、30℃)後に、エルゴチオネイン含有量を測定した。結果を
図4に示す。エルゴチオネイン含有液体組成物(E50、E60、E70およびE80)において、アスコルビン酸の安定化効果が発揮された。
【0032】
実施例6:pHの検討
実施例1で得られたエルゴチオネイン含有液体組成物を水に溶解し、エルゴチオネイン濃度が30mg/Lとなるように調製した。さらに、光安定化剤の候補成分として、アスコルビン酸を0.03%となるように添加し、pH調整剤としてL-乳酸又はNaOHを用いて、pH4.0、pH5.0、pH6.0、及びpH7.0に合わせた検体を調製した。これらの検体を、90℃で30分間殺菌後、調製直後(0w)、4日間の光照射(3,000Lux、30℃)後、4日間の光非照射(0Lux、30℃)後に、エルゴチオネイン含有量を測定した。光照射は、人口気象器(NC-411H(C)H、日本医化機器製作所)を用いて行った。結果を
図5に示す。pH4.0~7.0のいずれの範囲でも、光照射による分解を抑制し、特にpH7.0において光照射による分解を完全に抑制した。