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特許7570076サッカロミケス由来フェルラ酸デカルボキシラーゼ変異体、及びそれを用いた不飽和炭化水素化合物の製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-10-10
(45)【発行日】2024-10-21
(54)【発明の名称】サッカロミケス由来フェルラ酸デカルボキシラーゼ変異体、及びそれを用いた不飽和炭化水素化合物の製造方法
(51)【国際特許分類】
   C12N 9/88 20060101AFI20241011BHJP
   C12N 15/60 20060101ALI20241011BHJP
   C12N 15/63 20060101ALI20241011BHJP
   C12N 1/15 20060101ALI20241011BHJP
   C12N 1/19 20060101ALI20241011BHJP
   C12N 1/21 20060101ALI20241011BHJP
   C12N 5/10 20060101ALI20241011BHJP
   C12P 7/40 20060101ALI20241011BHJP
   C12P 5/02 20060101ALI20241011BHJP
【FI】
C12N9/88
C12N15/60 ZNA
C12N15/63 Z
C12N1/15
C12N1/19
C12N1/21
C12N5/10
C12P7/40
C12P5/02
【請求項の数】 14
(21)【出願番号】P 2021546978
(86)(22)【出願日】2020-09-18
(86)【国際出願番号】 JP2020035442
(87)【国際公開番号】W WO2021054441
(87)【国際公開日】2021-03-25
【審査請求日】2023-08-10
(31)【優先権主張番号】P 2019172227
(32)【優先日】2019-09-20
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】503359821
【氏名又は名称】国立研究開発法人理化学研究所
(73)【特許権者】
【識別番号】000229117
【氏名又は名称】日本ゼオン株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】000006714
【氏名又は名称】横浜ゴム株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001047
【氏名又は名称】弁理士法人セントクレスト国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】白井 智量
(72)【発明者】
【氏名】森 裕太郎
(72)【発明者】
【氏名】高橋 和弘
(72)【発明者】
【氏名】赤堀 弥生
【審査官】西 賢二
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2019/022083(WO,A1)
【文献】特表2019-500022(JP,A)
【文献】国際公開第2017/191239(WO,A1)
【文献】Database: UniProtKB [online],Accession: H0GTK3,“Ferulic acid decarboxylase 1”,2012年02月22日,[令和6年7月1日検索], インターネット,<URL:https://www.uniprot.org/uniprotkb/H0GTK3/entry>
【文献】Database: UniProtKB [online],Accession: J8TRN5,“Ferulic acid decarboxylase 1”,2012年10月31日,[令和6年7月1日検索], インターネット,<URL:https://www.uniprot.org/uniprotkb/J8TRN5/entry>
【文献】Database: UniProtKB [online],Accession: A0A0L8RE03,“Ferulic acid decarboxylase 1”,2015年11月11日,[令和6年7月1日検索], インターネット,<URL:https://www.uniprot.org/uniprotkb/A0A0L8RE03/entry>
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N
C12P
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS/WPIDS(STN)
UniProt/GeneSeq
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
配列番号:2に記載のアミノ酸配列において、398位及び397位のアミノ酸が各々、グルタミン及びヒスチジン、グルタミン及びメチオニン、又は、メチオニン及びヒスチジンに置換されているアミノ酸配列を含み、かつ下記式(2)若しくは(5)で表される不飽和炭化水素化合物、又はそれらの幾何異性体を生成する触媒活性を有する、サッカロミケス由来のフェルラ酸デカルボキシラーゼ
【化1】
[式(2)及び(5)中、「R」、「R」、「R」及び「R」は、各々独立に、水素原子、炭素数1~5の直鎖状若しくは分枝状のアルキル基、炭素数1~5の直鎖状若しくは分枝状のアルコキシ基又は水酸基を示す。「A」は、置換されていてもよい炭素数0~5の直鎖状炭化水素基を示し、炭素数が2~5の場合は、隣接する炭素原子間で二重結合を形成してもよい]。
【請求項2】
前記サッカロミケス由来のフェルラ酸デカルボキシラーゼに含まれるアミノ酸配列が、
配列番号:2に記載のアミノ酸配列において、398位のアミノ酸がグルタミンに置換されており、397位のアミノ酸がヒスチジンに置換されており、更に286位のアミノ酸がロイシンに置換されているアミノ酸配列、
配列番号:2に記載のアミノ酸配列において、398位のアミノ酸がグルタミンに置換されており、397位のアミノ酸がヒスチジンに置換されており、更に334位のアミノ酸がイソロイシンに置換されているアミノ酸配列、
配列番号:2に記載のアミノ酸配列において、398位のアミノ酸がグルタミンに置換されており、397位のアミノ酸がヒスチジンに置換されており、更に189位のアミノ酸がメチオニンに置換されているアミノ酸配列、
配列番号:2に記載のアミノ酸配列において、398位のアミノ酸がグルタミンに置換されており、397位のアミノ酸がヒスチジンに置換されており、更に326位のアミノ酸がロイシンに置換されているアミノ酸配列、
配列番号:2に記載のアミノ酸配列において、398位のアミノ酸がグルタミンに置換されており、397位のアミノ酸がメチオニンに置換されており、更に334位のアミノ酸がイソロイシンに置換されているアミノ酸配列、又は、
配列番号:2に記載のアミノ酸配列において、398位のアミノ酸がメチオニンに置換されており、397位のアミノ酸がヒスチジンに置換されており、更に334位のアミノ酸がイソロイシンに置換されているアミノ酸配列である、請求項1に記載のフェルラ酸デカルボキシラーゼ。
【請求項3】
請求項1又は2に記載のフェルラ酸デカルボキシラーゼをコードするDNA。
【請求項4】
請求項3に記載のDNAを含むベクター。
【請求項5】
請求項3に記載のDNA又は請求項4に記載のベクターが導入された宿主細胞。
【請求項6】
フェルラ酸デカルボキシラーゼの存在下、下記式(1)で表される不飽和炭化水素ジカルボン酸化合物又はその幾何異性体を脱炭酸させる工程を含み、
前記フェルラ酸デカルボキシラーゼが、
配列番号:2に記載のアミノ酸配列において、398位のアミノ酸が、グルタミン、メチオニン、アスパラギン若しくはフェニルアラニンに置換されている、アミノ酸配列を含み、かつ下記式(2)で表される不飽和炭化水素化合物、若しくはその幾何異性体を生成する触媒活性を有する、サッカロミケス由来のフェルラ酸デカルボキシラーゼ、
配列番号:2に記載のアミノ酸配列において、398位のアミノ酸が、グルタミン、メチオニン、アスパラギン若しくはフェニルアラニンに置換されており、397位のアミノ酸が、ヒスチジン若しくはメチオニンに置換されている、アミノ酸配列を含み、かつ下記式(2)で表される不飽和炭化水素化合物、若しくはその幾何異性体を生成する触媒活性を有する、サッカロミケス由来のフェルラ酸デカルボキシラーゼ、又は、
配列番号:2に記載のアミノ酸配列において、398位のアミノ酸が、グルタミン、メチオニン、アスパラギン若しくはフェニルアラニンに置換されており、397位のアミノ酸が、ヒスチジン若しくはメチオニンに置換されており、更に、334位のアミノ酸がイソロイシンに置換、286位のアミノ酸がロイシンに置換、440位のアミノ酸がスレオニンに置換、189位のアミノ酸がメチオニンに置換、若しくは、326位のアミノ酸がロイシンに置換されている、アミノ酸配列を含み、かつ下記式(2)で表される不飽和炭化水素化合物、若しくはその幾何異性体を生成する触媒活性を有する、サッカロミケス由来のフェルラ酸デカルボキシラーゼである、
下記式(2)で表される不飽和炭化水素化合物又はその幾何異性体の製造方法
【化2】
[式(1)及び(2)中、「R」及び「R」は、各々独立に、水素原子、炭素数1~5の直鎖状若しくは分枝状のアルキル基、炭素数1~5の直鎖状若しくは分枝状のアルコキシ基又は水酸基を示す。「A」は、置換されていてもよい炭素数0~5の直鎖状炭化水素基を示し、炭素数が2~5の場合は、隣接する炭素原子間で二重結合を形成してもよい]。
【請求項7】
フェルラ酸デカルボキシラーゼの存在下、下記式(3)で表される不飽和炭化水素ジカルボン酸化合物又はその幾何異性体を脱炭酸させる工程を含み、
前記フェルラ酸デカルボキシラーゼが、
配列番号:2に記載のアミノ酸配列において、398位のアミノ酸が、グルタミン、メチオニン、アスパラギン若しくはフェニルアラニンに置換されている、アミノ酸配列を含み、かつ下記式(5)で表される不飽和炭化水素化合物、若しくはその幾何異性体を生成する触媒活性を有する、サッカロミケス由来のフェルラ酸デカルボキシラーゼ、
配列番号:2に記載のアミノ酸配列において、398位のアミノ酸が、グルタミン、メチオニン、アスパラギン若しくはフェニルアラニンに置換されており、397位のアミノ酸が、ヒスチジン若しくはメチオニンに置換されている、アミノ酸配列を含み、かつ下記式(5)で表される不飽和炭化水素化合物、若しくはその幾何異性体を生成する触媒活性を有する、サッカロミケス由来のフェルラ酸デカルボキシラーゼ、又は、
配列番号:2に記載のアミノ酸配列において、398位のアミノ酸が、グルタミン、メチオニン、アスパラギン若しくはフェニルアラニンに置換されており、397位のアミノ酸が、ヒスチジン若しくはメチオニンに置換されており、更に、334位のアミノ酸がイソロイシンに置換、286位のアミノ酸がロイシンに置換、440位のアミノ酸がスレオニンに置換、189位のアミノ酸がメチオニンに置換、若しくは、326位のアミノ酸がロイシンに置換されている、アミノ酸配列を含み、かつ下記式(5)で表される不飽和炭化水素化合物、若しくはその幾何異性体を生成する触媒活性を有する、サッカロミケス由来のフェルラ酸デカルボキシラーゼである、
下記式(5)で表される不飽和炭化水素化合物又はその幾何異性体の製造方法
【化3】
[式(3)~(5)中、「R」、「R」、「R」及び「R」は、各々独立に、水素原子、炭素数1~5の直鎖状若しくは分枝状のアルキル基、炭素数1~5の直鎖状若しくは分枝状のアルコキシ基又は水酸基を示す。「A」は、置換されていてもよい炭素数0~5の直鎖状炭化水素基を示し、炭素数が2~5の場合は、隣接する炭素原子間で二重結合を形成してもよい]。
【請求項8】
フェルラ酸デカルボキシラーゼをコードするDNA又は当該DNAを含むベクターが導入された宿主細胞を培養し、該宿主細胞及び/又はその培養物において生成された下記式(2)若しくは(5)で表される不飽和炭化水素化合物、又はそれらの幾何異性体を採取する工程を含み、
前記フェルラ酸デカルボキシラーゼが、
配列番号:2に記載のアミノ酸配列において、398位のアミノ酸が、グルタミン、メチオニン、アスパラギン若しくはフェニルアラニンに置換されているアミノ酸配列を含み、かつ下記式(2)若しくは(5)で表される不飽和炭化水素化合物、若しくはその幾何異性体を生成する触媒活性を有する、サッカロミケス由来のフェルラ酸デカルボキシラーゼ、
配列番号:2に記載のアミノ酸配列において、398位のアミノ酸が、グルタミン、メチオニン、アスパラギン若しくはフェニルアラニンに置換されており、397位のアミノ酸が、ヒスチジン若しくはメチオニンに置換されている、アミノ酸配列を含み、かつ下記式(2)若しくは(5)で表される不飽和炭化水素化合物、若しくはその幾何異性体を生成する触媒活性を有する、サッカロミケス由来のフェルラ酸デカルボキシラーゼ、又は、
配列番号:2に記載のアミノ酸配列において、398位のアミノ酸が、グルタミン、メチオニン、アスパラギン若しくはフェニルアラニンに置換されており、397位のアミノ酸が、ヒスチジン若しくはメチオニンに置換されており、更に、334位のアミノ酸がイソロイシンに置換、286位のアミノ酸がロイシンに置換、440位のアミノ酸がスレオニンに置換、189位のアミノ酸がメチオニンに置換、若しくは、326位のアミノ酸がロイシンに置換されている、アミノ酸配列を含み、かつ下記式(2)若しくは(5)で表される不飽和炭化水素化合物、若しくはその幾何異性体を生成する触媒活性を有する、サッカロミケス由来のフェルラ酸デカルボキシラーゼである、
不飽和炭化水素化合物の製造方法
【化4】
[式(2)及び(5)中、「R」、「R」、「R」及び「R」は、各々独立に、水素原子、炭素数1~5の直鎖状若しくは分枝状のアルキル基、炭素数1~5の直鎖状若しくは分枝状のアルコキシ基又は水酸基を示す。「A」は、置換されていてもよい炭素数0~5の直鎖状炭化水素基を示し、炭素数が2~5の場合は、隣接する炭素原子間で二重結合を形成してもよい]。
【請求項9】
フェルラ酸デカルボキシラーゼ、前記フェルラ酸デカルボキシラーゼをコードするDNA又は前記DNAを含むベクターを含み、
前記フェルラ酸デカルボキシラーゼが、
配列番号:2に記載のアミノ酸配列において、398位のアミノ酸が、グルタミン、メチオニン、アスパラギン若しくはフェニルアラニンに置換されているアミノ酸配列を含み、かつ下記式(2)で表される不飽和炭化水素化合物、若しくはその幾何異性体を生成する触媒活性を有する、サッカロミケス由来のフェルラ酸デカルボキシラーゼ、
配列番号:2に記載のアミノ酸配列において、398位のアミノ酸が、グルタミン、メチオニン、アスパラギン若しくはフェニルアラニンに置換されており、397位のアミノ酸が、ヒスチジン若しくはメチオニンに置換されている、アミノ酸配列を含み、かつ下記式(2)で表される不飽和炭化水素化合物、若しくはその幾何異性体を生成する触媒活性を有する、サッカロミケス由来のフェルラ酸デカルボキシラーゼ、又は、
配列番号:2に記載のアミノ酸配列において、398位のアミノ酸が、グルタミン、メチオニン、アスパラギン若しくはフェニルアラニンに置換されており、397位のアミノ酸が、ヒスチジン若しくはメチオニンに置換されており、更に、334位のアミノ酸がイソロイシンに置換、286位のアミノ酸がロイシンに置換、440位のアミノ酸がスレオニンに置換、189位のアミノ酸がメチオニンに置換、若しくは、326位のアミノ酸がロイシンに置換されている、アミノ酸配列を含み、かつ下記式(2)で表される不飽和炭化水素化合物、若しくはその幾何異性体を生成する触媒活性を有する、サッカロミケス由来のフェルラ酸デカルボキシラーゼである、
下記式(1)で表される不飽和炭化水素ジカルボン酸化合物又はその幾何異性体を脱炭酸させ、下記式(2)で表される不飽和炭化水素化合物又はその幾何異性体の生成を促進するための剤
【化5】
[式(1)及び(2)中、「R」及び「R」は、各々独立に、水素原子、炭素数1~5の直鎖状若しくは分枝状のアルキル基、炭素数1~5の直鎖状若しくは分枝状のアルコキシ基又は水酸基を示す。「A」は、置換されていてもよい炭素数0~5の直鎖状炭化水素基を示し、炭素数が2~5の場合は、隣接する炭素原子間で二重結合を形成してもよい]。
【請求項10】
フェルラ酸デカルボキシラーゼ前記フェルラ酸デカルボキシラーゼをコードするDNA又は前記DNAを含むベクターを含み
前記フェルラ酸デカルボキシラーゼが、
配列番号:2に記載のアミノ酸配列において、398位のアミノ酸が、グルタミン、メチオニン、アスパラギン若しくはフェニルアラニンに置換されているアミノ酸配列を含み、かつ下記式(5)で表される不飽和炭化水素化合物、若しくはその幾何異性体を生成する触媒活性を有する、サッカロミケス由来のフェルラ酸デカルボキシラーゼ、
配列番号:2に記載のアミノ酸配列において、398位のアミノ酸が、グルタミン、メチオニン、アスパラギン若しくはフェニルアラニンに置換されており、397位のアミノ酸が、ヒスチジン若しくはメチオニンに置換されている、アミノ酸配列を含み、かつ下記式(5)で表される不飽和炭化水素化合物、若しくはその幾何異性体を生成する触媒活性を有する、サッカロミケス由来のフェルラ酸デカルボキシラーゼ、又は、
配列番号:2に記載のアミノ酸配列において、398位のアミノ酸が、グルタミン、メチオニン、アスパラギン若しくはフェニルアラニンに置換されており、397位のアミノ酸が、ヒスチジン若しくはメチオニンに置換されており、更に、334位のアミノ酸がイソロイシンに置換、286位のアミノ酸がロイシンに置換、440位のアミノ酸がスレオニンに置換、189位のアミノ酸がメチオニンに置換、若しくは、326位のアミノ酸がロイシンに置換されている、アミノ酸配列を含み、かつ下記式(5)で表される不飽和炭化水素化合物、若しくはその幾何異性体を生成する触媒活性を有する、サッカロミケス由来のフェルラ酸デカルボキシラーゼである、
下記式(3)で表される不飽和炭化水素ジカルボン酸化合物又はその幾何異性体を脱炭酸させ、下記式(5)で表される不飽和炭化水素化合物又はその幾何異性体の生成を促進するための剤
【化6】
[式(3)~(5)中、「R」、「R」、「R」及び「R」は、各々独立に、水素原子、炭素数1~5の直鎖状若しくは分枝状のアルキル基、炭素数1~5の直鎖状若しくは分枝状のアルコキシ基又は水酸基を示す。「A」は、置換されていてもよい炭素数0~5の直鎖状炭化水素基を示し、炭素数が2~5の場合は、隣接する炭素原子間で二重結合を形成してもよい]。
【請求項11】
前記フェルラ酸デカルボキシラーゼは、配列番号:2に記載のアミノ酸配列の398位のアミノ酸がグルタミン又はメチオニンであり、かつ配列番号:2に記載のアミノ酸配列の397位のアミノ酸がヒスチジン又はメチオニンであるフェルラ酸デカルボキシラーゼである、請求項9又は10に記載の剤。
【請求項12】
請求項5に記載の宿主細胞を培養し、該宿主細胞に発現したタンパク質を採取する工程を含む、サッカロミケス由来フェルラ酸デカルボキシラーゼの変異体の製造方法。
【請求項13】
下記式(2)若しくは(5)で表される不飽和炭化水素化合物、又はそれらの幾何異性体を生成する触媒活性が高められたフェルラ酸デカルボキシラーゼの製造方法であって、配列番号:2に記載のアミノ酸配列を含むサッカロミケス由来のフェルラ酸デカルボキシラーゼにおいて、配列番号:2に記載のアミノ酸配列の398位及び397位のアミノ酸を各々、グルタミン及びヒスチジン、グルタミン及びメチオニン、又は、メチオニン及びヒスチジンに置換させる工程を含む、製造方法。
【化7】
[式(2)及び(5)中、「R」、「R」、「R」及び「R」は、各々独立に、水素原子、炭素数1~5の直鎖状若しくは分枝状のアルキル基、炭素数1~5の直鎖状若しくは分枝状のアルコキシ基又は水酸基を示す。「A」は、置換されていてもよい炭素数0~5の直鎖状炭化水素基を示し、炭素数が2~5の場合は、隣接する炭素原子間で二重結合を形成してもよい]。
【請求項14】
前記工程が、配列番号:2に記載のアミノ酸配列を含むサッカロミケス由来のフェルラ酸デカルボキシラーゼにおいて、
配列番号:2に記載のアミノ酸配列の398位のアミノ酸をグルタミンに置換し、397位のアミノ酸をヒスチジンに置換し、更に286位のアミノ酸をロイシンに置換する工程、
配列番号:2に記載のアミノ酸配列の398位のアミノ酸をグルタミンに置換し、397位のアミノ酸をヒスチジンに置換し、更に334位のアミノ酸をイソロイシンに置換する工程、
配列番号:2に記載のアミノ酸配列の398位のアミノ酸をグルタミンに置換し、397位のアミノ酸をヒスチジンに置換し、更に189位のアミノ酸をメチオニンに置換する工程、
配列番号:2に記載のアミノ酸配列の398位のアミノ酸がグルタミンに置換し、397位のアミノ酸をヒスチジンに置換し、更に326位のアミノ酸をロイシンに置換する工程、
配列番号:2に記載のアミノ酸配列の398位のアミノ酸をグルタミンに置換し、397位のアミノ酸をメチオニンに置換し、更に334位のアミノ酸をイソロイシンに置換する工程、又は、
配列番号:2に記載のアミノ酸配列の398位のアミノ酸をメチオニンに置換し、397位のアミノ酸をヒスチジンに置換し、更に334位のアミノ酸をイソロイシンに置換する工程である、請求項13に記載の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、Saccharomyces(サッカロミケス)属に属する細菌由来のフェルラ酸デカルボキシラーゼにおいて398位のアミノ酸がグルタミン等の他のアミノ酸に置換されたデカルボキシラーゼ、該デカルボキシラーゼをコードするDNA、該DNAが挿入されているベクター、前記DNA又は前記ベクターが導入された宿主細胞に関する。本発明はまた、前記デカルボキシラーゼ又は前記宿主細胞を用いた、不飽和炭化水素化合物の製造方法に関する。さらに本発明は、前記デカルボキシラーゼ、前記DNA又は前記ベクターを含む、不飽和炭化水素化合物の生成を促進するための剤にも関する。本発明はまた、前記デカルボキシラーゼの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ブタジエン(1,3-ブタジエン)は、各種合成ゴム(ブタジエンゴム、スチレン-ブタジエンゴム、アクリロニトリル-ブタジエンゴム等)、ポリマー樹脂(ABS樹脂、ナイロン66等)といった様々な高分子化合物の原料として用いられるため、化学産業において極めて重要な有機化合物と言える。また、これらブタジエンを原料とする高分子化合物は、自動車用タイヤ等の工業用品だけでなく、衣料品等の生活用品にも幅広く利用されている。そのため、ブタジエンの需要は年々増加しており、その年間需要は1300万トンとなり、また市場規模も150億ドルに達している。
【0003】
ブタジエンは、従前より、主に石油からエチレン及びプロピレンを製造する際に副生するC4留分を精製することにより製造されてきた。しかしながら、石油等の化石燃料の枯渇や温室効果ガス排出による地球温暖化等の環境問題により、前述の増加の一途を辿るブタジエン需要に対応すべく、持続可能なブタジエン製造を実現する必要性が高まっている。そして、その対応策として、再生可能資源であるバイオマス資源由来物質から、酵素を利用して、ブタジエンを製造する方法の開発が盛んに行なわれている。
【0004】
例えば、特許文献1においては、キシロースを原料とし、それをクロチルアルコール等に変換し得る酵素活性を有する微生物を用い、ブタジエンを製造する方法が開示されている。また、特許文献2においては、キシロースを原料とし、それを2,3-ブタンジオールに変換し得る酵素活性を有する微生物を用い、ブタジエンを製造する方法が開示されている。このように、酵素を利用したブタジエン等の不飽和炭化水素化合物の製造は多々試みられている。
【0005】
さらに、本発明者らによって、フェルラ酸デカルボキシラーゼ(FDC)が関与する、フェルラ酸の脱炭酸反応による4-ビニルグアイヤコール(4VG)の生成(非特許文献1及び下記式 参照)を、ブタジエン等の不飽和炭化水素化合物の製造に応用できることが明らかとなっている(特許文献3)。
【0006】
【化1】
【0007】
すなわち、FDCのアミノ酸に変異を導入し、当該酵素の基質特異性を、元来のフェルラ酸からムコン酸等に対するものに変更することで、下記式に示すような脱炭酸反応を経て、ブタジエン等を製造できることが、本発明者らによって見出されている。
【0008】
【化2】
【0009】
より具体的には、本発明者らは従前、コウジカビ由来のFDC(配列番号:5に記載のアミノ酸配列からなるデカルボキシラーゼ)の様々な部位に、アミノ酸置換を伴う変異を導入し、変異体を調製した。そして、それら変異体について、ムコン酸を基質とするブタジエンの生成に関する触媒活性を評価した。その結果、コウジカビ由来のFDCにおいて、395位のスレオニンを他のアミノ酸(グルタミン、ヒスチジン、アスパラギン、リジン、セリン又はアルギニン)に置換することによって、概してブタジエンの生成に関する触媒活性が向上すること(変異導入前の野生型のFDCと比較して、少なくとも約3倍は触媒活性が向上すること)を明らかにしている。さらに、前記395位におけるアミノ酸置換に加え、394位のチロシンを他のアミノ酸(フェニルアラニン、メチオニン、トリプトファン、ロイシン、イソロイシン、ヒスチジン、スレオニン、アルギニン又はアスパラギン)に置換することにより、1,3-ブタジエンの生成に関する触媒活性が更に向上し得ることも見出している(特許文献3)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【文献】特開2014-30376号公報
【文献】特開2015-228804号公報
【文献】国際公開第2019-022083号
【非特許文献】
【0011】
【文献】Karl A.P.Payneら、Nature、2015年6月25日発行、522巻、7557号、497~501ページ
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
本発明は、ブタジエン等の不飽和炭化水素化合物を高い生産性にて製造することを可能とする酵素を、提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明者らは、前記目的を達成すべく、様々な微生物由来のフェルラ酸デカルボキシラーゼ(FDC)について、それらの不飽和炭化水素化合物生成に関する触媒活性を評価した。その結果、Saccharomyces cerevisiae(サッカロミケス セレビシエ)由来野生型FDC(配列番号:2に記載のアミノ酸配列からなるデカルボキシラーゼ)の前記触媒活性は、特許文献3において開示したコウジカビ由来の野生型FDCと比較して、桁違いに(約20倍)高いことを見出した。
【0014】
さらに、サッカロミケス セレビシエ由来FDCの398位において、当該部位のイソロイシンを、他のアミノ酸(グルタミン、メチオニン、アスパラギン、フェニルアラニン、ヒスチジン又はスレオニン)に置換することによって、概してブタジエンの生成に関する触媒活性が向上すること(変異導入前の野生型FDCと比較して、少なくとも約3倍は触媒活性が向上すること)を明らかにした。特に、前記部位をグルタミンに置換したFDC変異体及び前記部位をメチオニンに置換したFDC変異体は、各々前記触媒活性が、サッカロミケス セレビシエ由来野生型FDCと比較して、9.3倍及び16.4倍に向上することを見出した。
【0015】
さらに、これら398位を他のアミノ酸に置換したサッカロミケス由来FDCにおいて、397位のフェニルアラニンを更に他のアミノ酸に置換した変異体も作製し、それらについても前記触媒活性を評価した。その結果、前記398位におけるアミノ酸置換に加え、397位を他のアミノ酸に置換することにより、前記触媒活性が更に向上し得ることが明らかになった。特に、398位をグルタミンに置換した変異体において、397位をヒスチジン又はメチオニンに置換した場合には、サッカロミケス セレビシエ由来野生型FDCと比較して、75.1倍及び33.8倍に前記触媒活性は各々向上した。また、398位をメチオニンに置換した変異体において、397位をヒスチジンに置換した場合には、サッカロミケス セレビシエ由来野生型FDCと比較して、37.3倍に前記触媒活性は向上することを見出した。
【0016】
さらに、前述の398位及び397位のアミノ酸を各々他のアミノ酸に置換した変異体において、286位、334位、440位、189位又は326位のアミノ酸を各々他のアミノ酸に置換することによって、前記触媒活性は更に向上することも見出し、本発明を完成するに至った。
【0017】
すなわち、本発明は、サッカロミケス由来のFDCにおいて398位のアミノ酸がグルタミン等の他のアミノ酸に置換されたデカルボキシラーゼ、及びその製造方法に関し、さらに、該デカルボキシラーゼをコードするDNA、該DNAが挿入されているベクター、該DNA又は該ベクターが導入された宿主細胞に関する。また、本発明は、前記デカルボキシラーゼ又は前記宿主細胞を用いた、不飽和炭化水素化合物の製造方法に関する。さらに本発明は、前記デカルボキシラーゼ、前記DNA又は前記ベクターを含む、不飽和炭化水素化合物の生成を促進するための剤にも関する。
【0018】
より具体的に、本発明は以下を提供するものである。
<1> 配列番号:2に記載のアミノ酸配列の398位又は該部位に対応するアミノ酸が、グルタミン、メチオニン、アスパラギン、フェニルアラニン、ヒスチジン又はスレオニンに置換されており、かつ下記式(2)若しくは(5)で表される不飽和炭化水素化合物、又はそれらの幾何異性体を生成する触媒活性を有する、サッカロミケス由来のフェルラ酸デカルボキシラーゼ
【0019】
【化3】
【0020】
[式(2)及び(5)中、「R」、「R」、「R」及び「R」は、各々独立に、水素原子、炭素数1~5の直鎖状若しくは分枝状のアルキル基、炭素数1~5の直鎖状若しくは分枝状のアルコキシ基又は水酸基を示す。「A」は、置換されていてもよい炭素数0~5の直鎖状炭化水素基を示し、炭素数が2~5の場合は、隣接する炭素原子間で二重結合を形成してもよい]。
<2> 更に、配列番号:2に記載のアミノ酸配列の397位又は該部位に対応するアミノ酸が、ヒスチジン又はメチオニンに置換されている、<1>に記載のフェルラ酸デカルボキシラーゼ。
<3> <1>又は<2>に記載のフェルラ酸デカルボキシラーゼをコードするDNA。
<4> <3>に記載のDNAを含むベクター。
<5> <3>に記載のDNA又は<4>に記載のベクターが導入された宿主細胞。
<6> <1>又は<2>に記載のフェルラ酸デカルボキシラーゼの存在下、下記式(1)で表される不飽和炭化水素ジカルボン酸化合物又はその幾何異性体を脱炭酸させる工程を含む、下記式(2)で表される不飽和炭化水素化合物又はその幾何異性体の製造方法
【0021】
【化4】
【0022】
[式(1)及び(2)中、「R」及び「R」は、各々独立に、水素原子、炭素数1~5の直鎖状若しくは分枝状のアルキル基、炭素数1~5の直鎖状若しくは分枝状のアルコキシ基又は水酸基を示す。「A」は、置換されていてもよい炭素数0~5の直鎖状炭化水素基を示し、炭素数が2~5の場合は、隣接する炭素原子間で二重結合を形成してもよい]。
<7> <1>又は<2>に記載のフェルラ酸デカルボキシラーゼの存在下、下記式(3)で表される不飽和炭化水素ジカルボン酸化合物又はその幾何異性体を脱炭酸させる工程を含む、下記式(5)で表される不飽和炭化水素化合物又はその幾何異性体の製造方法
【0023】
【化5】
【0024】
[式(3)~(5)中、「R」、「R」、「R」及び「R」は、各々独立に、水素原子、炭素数1~5の直鎖状若しくは分枝状のアルキル基、炭素数1~5の直鎖状若しくは分枝状のアルコキシ基又は水酸基を示す。「A」は、置換されていてもよい炭素数0~5の直鎖状炭化水素基を示し、炭素数が2~5の場合は、隣接する炭素原子間で二重結合を形成してもよい]。
<8> <5>に記載の宿主細胞を培養し、該宿主細胞及び/又はその培養物において生成された下記式(2)若しくは(5)で表される不飽和炭化水素化合物、又はそれらの幾何異性体を採取する工程を含む、不飽和炭化水素化合物の製造方法
【0025】
【化6】
【0026】
[式(2)及び(5)中、「R」、「R」、「R」及び「R」は、各々独立に、水素原子、炭素数1~5の直鎖状若しくは分枝状のアルキル基、炭素数1~5の直鎖状若しくは分枝状のアルコキシ基又は水酸基を示す。「A」は、置換されていてもよい炭素数0~5の直鎖状炭化水素基を示し、炭素数が2~5の場合は、隣接する炭素原子間で二重結合を形成してもよい]。
<9> <1>若しくは<2>に記載のフェルラ酸デカルボキシラーゼ、<3>に記載のDNA又は<4>に記載のベクターを含む、下記式(1)で表される不飽和炭化水素ジカルボン酸化合物又はその幾何異性体を脱炭酸させ、下記式(2)で表される不飽和炭化水素化合物又はその幾何異性体の生成を促進するための剤
【0027】
【化7】
【0028】
[式(1)及び(2)中、「R」及び「R」は、各々独立に、水素原子、炭素数1~5の直鎖状若しくは分枝状のアルキル基、炭素数1~5の直鎖状若しくは分枝状のアルコキシ基又は水酸基を示す。「A」は、置換されていてもよい炭素数0~5の直鎖状炭化水素基を示し、炭素数が2~5の場合は、隣接する炭素原子間で二重結合を形成してもよい]。
<10> <1>若しくは<2>に記載のフェルラ酸デカルボキシラーゼ、<3>に記載のDNA又は<4>に記載のベクターを含む、下記式(3)で表される不飽和炭化水素ジカルボン酸化合物又はその幾何異性体を脱炭酸させ、下記式(5)で表される不飽和炭化水素化合物又はその幾何異性体の生成を促進するための剤
【0029】
【化8】
【0030】
[式(3)~(5)中、「R」、「R」、「R」及び「R」は、各々独立に、水素原子、炭素数1~5の直鎖状若しくは分枝状のアルキル基、炭素数1~5の直鎖状若しくは分枝状のアルコキシ基又は水酸基を示す。「A」は、置換されていてもよい炭素数0~5の直鎖状炭化水素基を示し、炭素数が2~5の場合は、隣接する炭素原子間で二重結合を形成してもよい]。
<11> 前記フェルラ酸デカルボキシラーゼは、配列番号:2に記載のアミノ酸配列の398位又は該部位に対応するアミノ酸がグルタミン又はメチオニンであり、かつ配列番号:2に記載のアミノ酸配列の397位又は該部位に対応するアミノ酸がヒスチジン又はメチオニンであるフェルラ酸デカルボキシラーゼである、<9>又は<10>に記載の剤。
<12> <5>に記載の宿主細胞を培養し、該宿主細胞に発現したタンパク質を採取する工程を含む、サッカロミケス由来フェルラ酸デカルボキシラーゼの変異体の製造方法。
<13> 下記式(2)若しくは(5)で表される不飽和炭化水素化合物、又はそれらの幾何異性体を生成する触媒活性が高められたフェルラ酸デカルボキシラーゼの製造方法であって、サッカロミケス由来のフェルラ酸デカルボキシラーゼにおいて、配列番号:2に記載のアミノ酸配列の398位又は該部位に対応するアミノ酸を、グルタミン、メチオニン、アスパラギン、フェニルアラニン、ヒスチジン又はスレオニンに置換させる工程を含む、製造方法
【0031】
【化9】
【0032】
[式(2)及び(5)中、「R」、「R」、「R」及び「R」は、各々独立に、水素原子、炭素数1~5の直鎖状若しくは分枝状のアルキル基、炭素数1~5の直鎖状若しくは分枝状のアルコキシ基又は水酸基を示す。「A」は、置換されていてもよい炭素数0~5の直鎖状炭化水素基を示し、炭素数が2~5の場合は、隣接する炭素原子間で二重結合を形成してもよい]。
<14> 前記フェルラ酸デカルボキシラーゼにおいて、更に、配列番号:2に記載のアミノ酸配列の397位又は該部位に対応するアミノ酸を、ヒスチジン又はメチオニンに置換させる、<13>に記載の製造方法。
【発明の効果】
【0033】
本発明によれば、ブタジエン等の不飽和炭化水素化合物を高い生産性にて製造することを可能とする酵素、並びに当該酵素を用いた不飽和炭化水素化合物の製造方法を提供することが可能となる。
【発明を実施するための形態】
【0034】
<フェルラ酸デカルボキシラーゼ変異体>
後述の実施例において示すように、サッカロミケス由来のフェルラ酸デカルボキシラーゼ(FDC)は、特許文献3において開示されていたコウジカビ由来のそれと比して約20倍も、下記式(2)若しくは(5)で表される不飽和炭化水素化合物、又はそれらの幾何異性体を生成する下記反応を促進する触媒活性(「不飽和炭化水素化合物を生成する触媒活性」とも称する)が高いということが明らかとなった。
【0035】
さらに、Saccharomyces cerevisiae(サッカロミケス セレビシエ)由来FDC(配列番号:2に記載のアミノ酸配列からなるデカルボキシラーゼ)において、398位のアミノ酸を、他のアミノ酸(グルタミン、メチオニン、アスパラギン、フェニルアラニン、ヒスチジン又はスレオニン)に置換することによって、前記触媒活性は更に向上することを見出した。
【0036】
【化10】
【0037】
【化11】
【0038】
したがって、本発明は、配列番号:2に記載のアミノ酸配列の398位又は該部位に対応するアミノ酸が、グルタミン、メチオニン、アスパラギン、フェニルアラニン、ヒスチジン又はスレオニンに置換されており、かつ前記式(2)若しくは(5)で表される不飽和炭化水素化合物、又はそれらの幾何異性体を生成する触媒活性を有する、サッカロミケス由来のフェルラ酸デカルボキシラーゼ(以下、本発明のFDC変異体とも称する)を、提供する。
【0039】
「フェルラ酸デカルボキシラーゼ(FDC)」とは通常、EC番号:4.1.1.102として登録されている酵素であり、フェルラ酸を脱炭酸して4-ビニルグアイヤコール(4VG)を生成する下記反応を、触媒する酵素を意味する。
【0040】
【化12】
【0041】
本発明のFDC変異体において、アミノ酸置換が施されるFDCとしては、サッカロミケス由来のものであればよい。本発明において「サッカロミケス」とは、Saccharomyces(サッカロミケス)属に属する細菌を意味し、例えば、Saccharomyces cerevisiae、Saccharomyces kudriavzevii、Saccharomyces eubayanus、Saccharomyces bayanus、Saccharomyces boulardii、Saccharomyces bulderi、Saccharomyces cariocanus、Saccharomyces cariocus、Saccharomyces chevalieri、Saccharomyces dairenensis、Saccharomyces ellipsoideus、Saccharomyces florentinus、Saccharomyces kluyveri、Saccharomyces martiniae、Saccharomyces monacensis、Saccharomyces norbensis、Saccharomyces paradoxus、Saccharomyces pastorianus、Saccharomyces spencerorum、Saccharomyces turicensis、Saccharomyces unisporus、Saccharomyces uvarum、Saccharomyces zonatusが挙げられる。
【0042】
サッカロミケス由来のFDCとして、例えば、Saccharomyces cerevisiae(ATCC 204508/S288c株)(パン酵母)由来のFDC(UNIPROT ID:Q03034、配列番号:2に記載のアミノ酸配列からなるFDC)の他、UNIPROT上で「Ferulic acid decarboxylase」に該当するサッカロミケス由来のタンパク質が挙げられ、より具体的には、下記表1に記載のFDCが挙げられる。なお、自然界においてヌクレオチド配列が変異することにより、タンパク質のアミノ酸配列の変化が生じ得ることは理解されたい。
【0043】
【表1】
【0044】
表1に記載のFDCの中で、アミノ酸置換が施されるFDCとして、Saccharomyces cerevisiae(サッカロミケス セレビシエ)由来のFDCが好ましく、配列番号:2に記載のアミノ酸配列からなるタンパク質がより好ましい。
【0045】
また、本発明において、アミノ酸置換が伴う変異が導入される、サッカロミケス由来のFDCは、配列番号:2に記載のアミノ酸配列との同一性が、80%以上(例えば、81%以上、82%以上、83%以上、84%以上)であることが好ましく、85%以上(例えば、86%以上、87%以上、88%以上、89%以上)であることがより好ましく、90%以上(例えば、91%以上、92%以上、93%以上、94%以上)であることがさらに好ましく、95%以上(例えば、96%以上、97%以上、98%以上、99%以上)であることがより好ましい。なお、本発明において「同一性」とは、前記サッカロミケス由来FDCのアミノ酸総数に対する、当該FDCと配列番号:2に記載のアミノ酸配列と一致したアミノ酸数の割合(%)を意味する。
【0046】
本発明において、上述のサッカロミケス由来のFDCに導入されるアミノ酸置換を伴う変異は、後述の実施例に示すような人工的なものに限らず、自然に生じるものであっても良い。また、後述の実施例において示すとおり、配列番号:2に記載のアミノ酸配列の398位又はそれに対応する部位に導入される変異は、グルタミン、メチオニン、アスパラギン、フェニルアラニン、ヒスチジン又はスレオニンへの置換を伴うものであれば良いが、不飽和炭化水素化合物を生成する触媒活性がより高いという観点から、好ましくは、グルタミン又はメチオニンへの置換であり、特に好ましくは、グルタミンへの置換である。
【0047】
本発明のFDC変異体は、前述の配列番号:2に記載のアミノ酸配列の398位又は該部位に対応するアミノ酸以外に、変異が導入されるものであってもよい。すなわち、本発明のFDC変異体には、サッカロミケス由来FDCのアミノ酸配列(配列番号:2に記載のアミノ酸配列等)の398位以外において1又は複数のアミノ酸が置換、欠失、付加、及び/又は挿入されたアミノ酸配列からなるタンパク質も含まれる。ここで「複数」とは、特に制限はないが、通常2~100個、好ましくは2~50個、より好ましくは2~40個、さらに好ましくは2~30個、より好ましくは2~20個、さらに好ましくは2~10個(例えば、2~8個、2~4個、2個)である。
【0048】
かかる変異としては、本発明のFDC変異体が、不飽和炭化水素化合物を生成する触媒活性を有する限り特に制限はないが、例えば、以下のようなアミノ酸置換を伴う変異が挙げられる。
【0049】
後述の実施例において示すとおり、本発明のFDC変異体において、不飽和炭化水素化合物を生成する触媒活性が更に高くなり易い傾向にあることから、前述の398位におけるアミノ酸置換に加え、更に配列番号:2に記載のアミノ酸配列の397位又は該部位に対応するアミノ酸が、ヒスチジン、メチオニン、チロシン又はロイシンに置換されていることが好ましく、ヒスチジン又はメチオニンに置換されていることがより好ましく、ヒスチジンに置換されていることが特に好ましい。
【0050】
また、後述の実施例において示すとおり、本発明のFDC変異体において、不飽和炭化水素化合物を生成する触媒活性が更に高くなり易い傾向にあることから、上述の398位及び397位におけるアミノ酸置換に加え、更に、配列番号:2に記載のアミノ酸配列の334位若しくは該部位に対応するアミノ酸はイソロイシンに置換、配列番号:2に記載のアミノ酸配列の286位若しくは該部位に対応するアミノ酸はロイシンに置換、配列番号:2に記載のアミノ酸配列の440位若しくは該部位に対応するアミノ酸はスレオニンに置換、配列番号:2に記載のアミノ酸配列の189位若しくは該部位に対応するアミノ酸はメチオニンに置換、又は、配列番号:2に記載のアミノ酸配列の326位若しくは該部位に対応するアミノ酸はロイシンに置換されていることが好ましく、配列番号:2に記載のアミノ酸配列の334位若しくは該部位に対応するアミノ酸はイソロイシンに置換、又は、配列番号:2に記載のアミノ酸配列の286位若しくは該部位に対応するアミノ酸はロイシンに置換されていることがより好ましい。
【0051】
本発明のFDC変異体として、より具体的には、
配列番号:2に記載のアミノ酸配列の398位若しくは該部位に対応するアミノ酸がグルタミンに置換されており、かつ同アミノ酸配列の397位若しくは該部位に対応するアミノ酸がヒスチジンに置換されているサッカロミケス由来FDC変異体、
配列番号:2に記載のアミノ酸配列の398位若しくは該部位に対応するアミノ酸がグルタミンに置換されており、かつ同アミノ酸配列の397位若しくは該部位に対応するアミノ酸がメチオニンに置換されているサッカロミケス由来FDC変異体、又は、
配列番号:2に記載のアミノ酸配列の398位若しくは該部位に対応するアミノ酸がメチオニンに置換されており、かつ同アミノ酸配列の397位若しくは該部位に対応するアミノ酸がヒスチジンに置換されているサッカロミケス由来FDC変異体が、好ましい。
【0052】
また、配列番号:2に記載のアミノ酸配列の398位若しくは該部位に対応するアミノ酸がグルタミンに置換されており、同アミノ酸配列の397位若しくは該部位に対応するアミノ酸がヒスチジンに置換されており、かつ同アミノ酸配列の286位若しくは該部位に対応するアミノ酸がロイシンに置換されているサッカロミケス由来FDC変異体、又は、
配列番号:2に記載のアミノ酸配列の398位若しくは該部位に対応するアミノ酸がグルタミンに置換されており、かつ同アミノ酸配列の397位若しくは該部位に対応するアミノ酸がヒスチジンに置換されており、かつ同アミノ酸配列の334位若しくは該部位に対応するアミノ酸がイソロイシンに置換されているサッカロミケス由来FDC変異体がより好ましい。
【0053】
なお、本発明において、「対応する部位」とは、ヌクレオチド及びアミノ酸配列解析ソフトウェア(GENETYX-MAC、Sequencher等)やBLAST(http://blast.ncbi.nlm.nih.gov/Blast.cgi)を利用し、配列番号:2に記載のアミノ酸配列と、サッカロミケス属に属する他細菌に由来するFDC等のアミノ酸配列とを整列させた際に、配列番号:2に記載のアミノ酸配列における398位のイソロイシン等と同列になる部位のことである。
【0054】
また、本発明のFDC変異体が、不飽和炭化水素化合物を生成する触媒活性を有するか否かは、例えば、後述の実施例に示すとおり、ガスクロマトグラフィー質量分析(GC-MS)にて、不飽和炭化水素化合物の量を直接測定することにより判定することができる。さらに、配列番号:2に記載のアミノ酸配列からなるFDC等のサッカロミケス由来の野生型FDCにおける量と比較することで、該野生型FDCよりも不飽和炭化水素化合物を生成する触媒活性が高いか否かも判定することができる。
【0055】
本発明のFDC変異体は、不飽和炭化水素化合物を生成する触媒活性において、サッカロミケス由来の野生型FDC(例えば、配列番号:2に記載のアミノ酸配列からなるFDC)に対し、2倍以上(例えば、3倍以上、4倍以上、5倍以上、6倍以上、7倍以上、8倍以上、9倍以上)であることが好ましく、10倍以上(例えば、20倍以上、30倍以上、40倍以上)であることがより好ましく、50倍以上(例えば、60倍以上、70倍以上、80倍以上、90倍以上)であることがさらに好ましく、100倍以上であることがより好ましい。
【0056】
また、本発明のFDC変異体は、不飽和炭化水素化合物を生成する触媒活性において、配列番号:5に記載のアミノ酸配列からなるFDC(コウジカビ由来の野生型FDC)に対し、30倍以上(例えば、40倍以上、50倍以上、60倍以上、70倍以上、80倍以上、90以上)であることが好ましく、100倍以上(例えば、200倍以上、300倍以上、400倍以上)であることがより好ましく、500倍以上(例えば、600倍以上、700倍以上、800倍以上、900倍以上)であることがさらに好ましく、1000倍以上(例えば、1100倍以上、1200倍以上、1300倍以上、1400倍以上)であることがさらに好ましく、1500倍以上(例えば、1600倍以上、1700倍以上、1800倍以上、1900倍以上)であることがより好ましく、2000倍以上であることが特に好ましい。
【0057】
本発明のFDC変異体としては、配列番号:2に記載のアミノ酸配列の398位又は該部位に対応するアミノ酸がグルタミン等であるサッカロミケス由来フェラル酸デカルボキシラーゼ1種のみを用いることもできるが、2種以上の本発明のFDC変異体を併用することもできる。さらに、特許文献3に示すとおり、不飽和炭化水素カルボン酸化合物の脱炭酸をより促進し易くなるという観点から、配列番号:2に記載のアミノ酸配列の398位又は該部位に対応するアミノ酸がスレオニンであるFDCと併用してもよい。配列番号:2に記載のアミノ酸配列の398位又は該部位に対応するアミノ酸がスレオニンであるFDCの例を、下記表2~6に示す。
【0058】
【表2】
【0059】
【表3】
【0060】
【表4】
【0061】
【表5】
【0062】
【表6】
【0063】
本発明のFDC変異体は、他の化合物が直接又は間接的に付加されていてもよい。かかる付加としては特に制限はなく、遺伝子レベルでの付加であってもよく、化学的な付加であってもよい。また付加される部位についても特に制限はなく、本発明のFDC変異体のアミノ末端(以下「N末端」とも称する)及びカルボキシル末端(以下「C末端」とも称する)のいずれかであってもよく、その両方であってもよい。遺伝子レベルでの付加は、本発明のFDC変異体をコードするDNAに、他のタンパク質をコードするDNAを読み枠を合わせて付加させたものを用いることにより達成される。このようにして付加される「他のタンパク質」としては特に制限はなく、本発明のFDC変異体の精製を容易にする目的の場合には、ポリヒスチジン(His-)タグ(tag)タンパク質、FLAG-タグタンパク質(登録商標、Sigma-Aldrich社)、グルタチオン-S-トランスフェラーゼ(GST)等の精製用タグタンパク質が好適に用いられ、また本発明のFDC変異体の検出を容易にする目的の場合には、GFP等の蛍光タンパク質、ルシフェラーゼ等の化学発光タンパク質等の検出用タグタンパク質が好適に用いられる。化学的な付加は、共有結合であってもよく、非共有結合であってもよい。「共有結合」としては特に制限はなく、例えば、アミノ基とカルボキシル基とのアミド結合、アミノ基とアルキルハライド基とのアルキルアミン結合、チオールどうし間のジスルフィド結合、チオール基とマレイミド基又はアルキルハライド基とのチオエーテル結合が挙げられる。「非共有結合」としては、例えば、ビオチン-アビジン間結合が挙げられる。また、このようにして化学的に付加される「他の化合物」としては、本発明のFDC変異体の検出を容易にする目的の場合には、例えば、Cy3、ローダミン等の蛍光色素が好適に用いられる。
【0064】
また、本発明のFDC変異体は、他の成分と混合して用いてもよい。他の成分としては特に制限はなく、例えば、滅菌水、生理食塩水、植物油、界面活性剤、脂質、溶解補助剤、緩衝剤、プロテアーゼ阻害剤、保存剤が挙げられる。
【0065】
<本発明のFDC変異体をコードするDNA、及び該DNAを有するベクター>
本発明のFDC変異体をコードするDNA等について説明する。かかるDNAを導入することによって、宿主細胞の形質を転換し、本発明のFDC変異体を当該細胞において製造させること、ひいては不飽和炭化水素化合物を製造させることが可能となる。
【0066】
本発明のDNAは、上述の本発明のFDC変異体をコードする限り、天然のDNAに変異が導入されたDNAであってもよく、人工的に設計されたヌクレオチド配列からなるDNAであってもよい。さらに、その形態について特に制限はなく、cDNAの他、ゲノムDNA、及び化学合成DNAが含まれる。これらDNAの調製は、当業者にとって常套手段を利用して行うことが可能である。ゲノムDNAは、例えば、サッカロミケスからゲノムDNAを抽出し、ゲノミックライブラリー(ベクターとしては、プラスミド、ファージ、コスミド、BAC、PAC等が利用できる)を作製し、これを展開して、FDC遺伝子のヌクレオチド配列(例えば、配列番号:1に記載のヌクレオチド配列)を基に調製したプローブを用いてコロニーハイブリダイゼーションあるいはプラークハイブリダイゼーションを行うことにより調製することが可能である。また、FDC遺伝子に特異的なプライマーを作製し、これを利用したPCRを行うことによって調製することも可能である。また、cDNAは、例えば、サッカロミケスから抽出したmRNAを基にcDNAを合成し、これをλZAP等のベクターに挿入してcDNAライブラリーを作製し、これを展開して、上記と同様にコロニーハイブリダイゼーションあるいはプラークハイブリダイゼーションを行うことにより、またPCRを行うことにより調製することが可能である。そして、このように調製したDNAに、配列番号:2に記載のアミノ酸配列の398位又は該部位に対応するアミノ酸をグルタミン等に置換する変異を導入することは、当業者であれば、公知の部異特異的変異導入法を利用することで行うことができる。部異特異的変異導入法としては、例えば、Kunkel法(Kunkel,T.A.、Proc Natl Acad Sci USA、1985年、82巻、2号、488~492ページ)、SOE(splicing-by-overlap-extention)-PCR法(Ho,S.N.,Hunt,H.D.,Horton,R.M.,Pullen,J.K.,and Pease,L.R.、Gene、1989年、77巻、51~59ページ)が挙げられる。また、当業者であれば、FDCの398位又は該部位に対応するアミノ酸をグルタミン等に置換してあるタンパク質をコードするヌクレオチド配列を人工的に設計し、該配列情報に基づき、自動核酸合成機を用いて、本発明のDNAを化学的に合成することもできる。
【0067】
さらに、本発明のDNAは、コードするFDC変異体の発現効率を宿主細胞においてより向上させるという観点から、当該宿主細胞の種類に合わせて、コドンを最適化した本発明のFDC変異体をコードするDNAの態様もとり得る。
【0068】
また、本発明においては、前述のDNAを宿主細胞内において複製することができるよう、当該DNAが挿入されているベクターの態様もとり得る。本発明において「ベクター」は、自己複製ベクター、すなわち、染色体外の独立体として存在し、その複製が染色体の複製に依存しない、例えば、プラスミドを基本に構築することができる。また、ベクターは、宿主細胞に導入されたとき、その宿主細胞のゲノム中に組み込まれ、それが組み込まれた染色体と一緒に複製されるものであってもよい。
【0069】
このようなベクターとしては、例えば、プラスミド、ファージDNAが挙げられる。また、プラスミドとしては、大腸菌由来のプラスミド(pET22、pBR322、pBR325、pUC118、pUC119、pUC18、pUC19等)、酵母由来のプラスミド(YEp13、YEp24、YCp50等)、枯草菌由来のプラスミド(pUB110、pTP5等)が挙げられる。ファージDNAとしてはλファージ(Charon4A、Charon21A、EMBL3、EMBL4、λgt10、λgt11、λZAP等)が挙げられる。さらに、宿主細胞が昆虫由来であれば、バキュロウイルス等の昆虫ウイルスベクターを、植物由来であればT-DNA等、動物由来であればレトロウイルス、アデノウイルスベクター等の動物ウイルスベクターも、本発明のベクターとして用いることもできる。また、本発明のベクター構築の手順及び方法は、遺伝子工学の分野で慣用されているものを用いることができる。例えば、本発明のDNAをベクターに挿入するには、まず、精製されたDNAを適当な制限酵素で切断し、適当なベクターの制限酵素部位又はマルチクローニングサイトに挿入してベクターに連結する方法等が採用される。
【0070】
また、本発明のベクターは、前記DNAがコードするFDC変異体を宿主細胞内にて発現可能な状態で含んでなる発現ベクターの形態であってもよい。本発明の「発現ベクター」は、これを宿主細胞に導入して本発明のFDC変異体を発現させるために、前記DNAの他に、その発現を制御するDNA配列や形質転換された宿主細胞を選択するための遺伝子マーカー等を含んでいるのが望ましい。発現を制御するDNA配列としては、プロモーター、エンハンサー、スプライシングシグナル、ポリA付加シグナル、リボソーム結合配列(SD配列)及びターミネーター等がこれに含まれる。プロモーターは宿主細胞において転写活性を示すものであれば特に限定されず、宿主細胞と同種若しくは異種のいずれかのタンパク質をコードする遺伝子の発現を制御するDNA配列として得ることができる。また、前記発現を制御するDNA配列以外に発現を誘導するDNA配列を含んでいても良い。かかる発現を誘導するDNA配列としては、宿主細胞が細菌である場合には、イソプロピル-β-D-チオガラクトピラノシド(IPTG)の添加により、下流に配置された遺伝子の発現を誘導することのできるラクトースオペロンが挙げられる。本発明における遺伝子マーカーは、形質転換された宿主細胞の選択の方法に応じて適宜選択されてよいが、例えば薬剤耐性をコードする遺伝子、栄養要求性を相補する遺伝子を利用することができる。
【0071】
また、本発明のDNA又はベクターは、他の成分と混合して用いてもよい。他の成分としては特に制限はなく、例えば、滅菌水、生理食塩水、植物油、界面活性剤、脂質、溶解補助剤、緩衝剤、DNase阻害剤、保存剤が挙げられる。
【0072】
<本発明のDNA等が導入された宿主細胞>
本発明のDNA又はベクターが導入された宿主細胞について説明する。上述のDNA又はベクターの導入によって形質転換された宿主細胞を用いれば、本発明のFDC変異体を製造することが可能となり、ひいては前記式(2)若しくは(5)で表される不飽和炭化水素化合物、又はそれらの幾何異性体を製造させることも可能となる。
【0073】
本発明のDNA又はベクターが導入される宿主細胞は特に限定されず、例えば、微生物(大腸菌、出芽酵母、分裂酵母、枯草菌、放線菌、糸状菌等)、植物細胞、昆虫細胞、動物細胞が挙げられるが、比較的安価な培地にて、短時間にて高い増殖性を示し、ひいては生産性高い、前記式(2)若しくは(5)で表される不飽和炭化水素化合物、又はそれらの幾何異性体の製造に寄与し得るという観点から、微生物を宿主細胞として利用することが好ましく、大腸菌を利用することがより好ましい。
【0074】
また、本発明のDNA又はベクターが導入される宿主細胞は、フラビンモノヌクレオチド(FMN)のプレニル化を誘導し、前記式(2)若しくは(5)で表される不飽和炭化水素化合物、又はそれらの幾何異性体の生産性向上に寄与するprFMN又はそのアイソマーを産生するという観点から、フラビンプレニルトランスフェラーゼを保持する細胞であることが好ましい。
【0075】
また、本発明のDNA又はベクターが導入される宿主細胞は、ブタジエンの製造においては、本発明のFDC変異体の基質となるムコン酸を、グルコースを原料として生成し易いという観点から、グルコースから3-デヒドロシキミ酸及びカテコールを介してムコン酸を生合成する経路が活性化されている細胞が好ましい。かかる細胞としては、例えば、ホスホトランスフェラーゼ系酵素及びピルビン酸キナーゼの活性が抑制され、かつコリスミ酸又はイソコリスミ酸から芳香族化合物を合成することを可能とする酵素を有する細胞(例えば、国際公開2017/033965に記載の微生物)、Kruyer NSら、Curr Opin Biotechnol.2017年、Jun;45:136~143ページに記載の大腸菌、シュードモナス・プチダ又は出芽酵母が挙げられる。
【0076】
本発明のDNA又はベクターの導入も、この分野で慣用されている方法に従い実施することができる。例えば、大腸菌等の微生物への導入方法としては、ヒートショック法、エレクトロポレーション法、スフェロプラスト法、酢酸リチウム法が挙げられ、植物細胞への導入方法としては、アグロバクテリウムを用いる方法やパーティクルガン法が挙げられ、昆虫細胞への導入方法としては、バキュロウィルスを用いる方法やエレクトロポレーション法が挙げられ、動物細胞への導入方法としては、リン酸カルシウム法、リポフェクション法、エレクトロポレーション法が挙げられる。
【0077】
このようにして宿主細胞内に導入されたDNA等は、宿主細胞内において、そのゲノムDNAにランダムに挿入されることによって保持されてもよく、相同組み換えによって保持されてもよく、またベクターであれば、そのゲノムDNA外の独立体として複製され保持し得る。
【0078】
また、本発明にかかるDNA又はベクターが導入された宿主細胞は、後述の実施例において示す方法にて測定されるブタジエンを生成する触媒活性は、30μM以上(例えば、40μM以上、50μM以上、60μM倍以上、70μM以上、80μM以上、90μM以上)であることが好ましく、100μM以上(例えば、200μM以上、300μM以上、400μM以上)であることがより好ましく、500μM以上(例えば、600μM以上、700μM以上、800μM以上、900μM以上)であることがさらに好ましく、1mM以上(例えば、1.5mM以上、2mM以上、2.5mM以上)であることがより好ましく、3mM以上であることが特に好ましい。
【0079】
<不飽和炭化水素化合物の製造方法 1>
上述のとおり、本発明のFDC変異体は、高い不飽和炭化水素化合物を生成する触媒活性を有する。したがって、本発明のFDC変異体の存在下、下記式(1)若しくは(3)で表される不飽和炭化水素ジカルボン酸化合物、又はその幾何異性体を脱炭酸させる工程を含む、下記式(2)若しくは(5)で表される不飽和炭化水素化合物又はその幾何異性体の製造方法を提供する。
【0080】
【化13】
【0081】
【化14】
【0082】
本発明において、前記反応によって生成される「不飽和炭化水素化合物又はその幾何異性体」は、前記式(2)及び(5)に示すとおり、炭素間二重結合を少なくとも1つ有する炭化水素化合物を意味し、炭素数1~5の直鎖状若しくは分枝状のアルキル基、炭素数1~5の直鎖状若しくは分枝状のアルコキシ基又は水酸基が導入されているものであってもよい。このような化合物としては、例えば、ブタジエン(1,3-ブタジエン)、2,4-ペンタジエン酸、イソクロトン酸、3-メチルイソクロトン酸、3-ペンテン酸、10-ウンデセン酸が挙げられる。
【0083】
本発明において、不飽和炭化水素化合物生成の原料となる「不飽和炭化水素ジカルボン酸化合物又はその幾何異性体」は、前記式(1)及び(3)に示すとおり、炭素間二重結合を少なくとも1つ有し、かつカルボキシル基を少なくとも2つ有する炭化水素化合物を意味し、炭素数1~5の直鎖状若しくは分枝状のアルキル基、炭素数1~5の直鎖状若しくは分枝状のアルコキシ基又は水酸基が導入されているものであってもよい。このような化合物としては、例えば、cis,cis-ムコン酸、cis,trans-ムコン酸、trans,trans-ムコン酸、グルタコン酸、2-メチルグルタコン酸、3-メチルグルタコン酸、トラウマチン酸が挙げられる。
【0084】
このような前記式(1)及び(3)で表される化合物、並びにそれらの幾何異性体は、後述の実施例において示すように、市販の製品として購入することができる。また、当業者であれば、公知の合成方法(例えば、Kiyoshi Kudoら、石油学会誌、1994年07月13日発行、38巻、1号、48~51ページに記載の方法)を適宜参酌しながら、合成することもできる。
【0085】
前記式(1)及び(2)で表される化合物、並びにそれらの幾何異性体における「R」及び「R」、又は前記式(3)~(5)で表される化合物、並びにそれらの幾何異性体における「R」、「R」、「R」及び「R」は、各々独立に、水素原子、炭素数1~5の直鎖状若しくは分枝状のアルキル基、炭素数1~5の直鎖状若しくは分枝状のアルコキシ基又は水酸基を示す。
【0086】
「炭素数1~5の直鎖状又は分枝状のアルキル基」としては、例えば、メチル基、エチル基、n-プロピル基、i-プロピル基、n-ブチル基、i-ブチル基、s-ブチル基、t-ブチル基、n-ペンチル基、i-ペンチル基が挙げられる。
【0087】
「炭素数1~5の直鎖状又は分枝状のアルコキシ基」としては、例えば、メトキシ基、エトキシ基、n-プロポキシ基、i-プロポキシ基、n-ブトキシ基、i-ブトキシ基、s-ブトキシ基、t-ブトキシ基、n-ペンチルオキシ基、i-ペンチルオキシ基、n-ペンチルオキシ基、1,2-ジメチル-プロポキシ基が挙げられる。
【0088】
また、前記式(1)~(5)で表される化合物、並びにそれらの幾何異性体における「A」は、置換されていてもよい炭素数0~5の直鎖状炭化水素基を示す。なお、「置換されていてもよい炭素数0の直鎖状炭化水素基」とは、前記式(1)~(5)で表される化合物、並びにそれらの幾何異性体において「A」を介して結合している炭素原子どうしが、「A」を介さずに直接結合していることを意味する。さらに、置換されていてもよい直鎖状炭化水素基の炭素数が2~5の場合は、隣接する炭素原子間で二重結合を少なくとも1つ形成してもよい。また、「A」において炭化水素基が有していてもよい置換基とは、例えば、炭素数1~5の直鎖状又は分枝状のアルキル基、炭素数1~5の直鎖状又は分枝状のアルコキシ基、水酸基、ハロゲン原子(例えば、フッ素、塩素、臭素、ヨウ素)、ニトロ基、シアノ基、アミノ基、カルボキシル基、ホルミル基が挙げられる。
【0089】
本発明のFDC変異体の存在下、不飽和炭化水素ジカルボン酸化合物を脱炭酸させる条件については、当該脱炭酸が促進され、不飽和炭化水素化合物が生成される条件であればよく、当業者であれば、反応液の組成、反応液のpH、反応温度、反応時間等を適宜調整し、設定することができる。
【0090】
例えば、本発明のFDC変異体と、その基質である不飽和炭化水素ジカルボン酸化合物が添加される反応液としては、前記反応を妨げない限り、特に制限はないが、好ましくはpH6~8の緩衝液が挙げられ、より好ましくはpH6~7の塩化カリウム及びリン酸ナトリウムを含む緩衝液が挙げられる。さらに、前記反応をより促進し易くなるという観点から、プレニル化されたフラビンモノヌクレオチド(prFMN)又はそのアイソマー(prFMNketimine、prFMNiminiu、これらprFMN及びそのアイソマーについては、非特許文献1参照のほど)が含まれていることが好ましい。
【0091】
また、このような反応において用いられる本発明のFDC変異体として、配列番号:2に記載のアミノ酸配列の398位又は該部位に対応するアミノ酸がグルタミン等に置換されているサッカロミケス由来FDC1種のみを用いることもできるが、2種以上の本発明のFDC変異体を併用することもできる。さらに、特許文献3に示すとおり、不飽和炭化水素カルボン酸化合物の脱炭酸をより促進し易くなるという観点から、配列番号:2に記載のアミノ酸配列の398位又は該部位に対応するアミノ酸がスレオニンであるフェラル酸デカルボキシラーゼを併用することが好ましい。
【0092】
また、反応温度としても、前記反応を妨げない限り、特に制限はないが、通常20~40℃であり、好ましくは25~37℃である。さらに、反応時間としては、前記不飽和炭化水素化合物が生成し得る時間であればよく、特に制限はないが、通常30分~7日であり、好ましくは12時間~2日である。
【0093】
また、このような条件にて生成される前記不飽和炭化水素化合物は、大概気化し易いため、揮発性ガスの公知の回収、精製方法により採取することができる。かかる採取方法としては、ガスストリッピング、分留、吸着、脱着、パーベーパレーション、固相に吸着させたイソプレンの熱若しくは真空による固相からの脱着、溶媒による抽出、又はクロマトグラフィー(例えば、ガスクロマトグラフィー)等が挙げられる。また、生成されるオレフィン化合物が液体である場合にも、公知の回収、精製方法(蒸留、クロマトグラフィー等)を適宜利用し、採取することができる。さらに、これらの方法は単独にて行ってもよく、また適宜組み合わせて多段階的に実施し得る。
【0094】
<不飽和炭化水素化合物の製造方法 2>
上述のとおり、本発明のFDC変異体を発現するように形質転換された宿主細胞を、培養することにより、不飽和炭化水素化合物を生産性高く製造することができる。したがって、本発明においては、本発明のFDC変異体をコードするDNA又はベクターが導入された宿主細胞を培養し、該宿主細胞及び/又はその培養物において生成された前記式(2)若しくは(5)で表される不飽和炭化水素化合物、又はそれらの幾何異性体を採取する工程を含む、不飽和炭化水素化合物の製造方法も提供される。
【0095】
「本発明のFDC変異体をコードするDNA又はベクターが導入された宿主細胞」については、上述のとおりであるが、このような宿主細胞にて発現する本発明のFDC変異体としては、配列番号:2に記載のアミノ酸配列の398位又は該部位に対応するアミノ酸がグルタミン等に置換されているサッカロミケス由来FDC1種のみであってもよいが、2種以上の本発明のFDC変異体であってもよい。さらに、特許文献3に示すとおり、不飽和炭化水素カルボン酸化合物の脱炭酸をより促進し易くなるという観点から、前記宿主細胞においては、配列番号:2に記載のアミノ酸配列の398位又は該部位に対応するアミノ酸がスレオニンであるフェラル酸デカルボキシラーゼも発現していることが好ましい。
【0096】
前記細胞の培養条件については、後述のとおりであるが、培地には、本発明にかかるデカルボキシラーゼの基質である前記式(1)若しくは(3)にて表される不飽和炭化水素ジカルボン酸化合物、又はそれらの幾何異性体が添加されていることが好ましい。培養温度は、用いる宿主細胞の種類に合わせて適宜設計変更し得るが、通常20~40℃であり、好ましくは25~37℃である。
【0097】
本発明において、「培養物」とは、宿主細胞を培地で培養することによって得られる、増殖した宿主細胞、該宿主細胞の分泌産物及び該宿主細胞の代謝産物等を含有する培地のことであり、それらの希釈物、濃縮物を含む。
【0098】
このような宿主細胞及び/又は培養物からの不飽和炭化水素化合物の採取についても、特に制限はなく、上述の公知の回収、精製方法を用いて行うことができる。また、採取の時期としては、用いる宿主細胞の種類に合わせて適宜調整され、不飽和炭化水素化合物が生成し得る時間であればよいが、通常30分~7日であり、好ましくは12時間~2日である。
【0099】
<不飽和炭化水素化合物の生成を促進するための剤>
上述の通り、本発明のFDC変異体、該FDC変異体をコードするDNA又は該DNAが挿入されているベクターを用いることにより、前記式(1)若しくは(3)で表される不飽和炭化水素ジカルボン酸化合物、又はそれらの幾何異性体を脱炭酸させ、前記式(2)又は(5)で表される不飽和炭化水素化合物、又はそれらの幾何異性体の生成を促進することが可能となる。
【0100】
したがって、本発明は、本発明のFDC変異体、該FDC変異体をコードするDNA又は該DNAが挿入されているベクターを含む、前記式(1)で表される不飽和炭化水素ジカルボン酸化合物若しくはその幾何異性体を脱炭酸させ、前記式(2)で表される不飽和炭化水素化合物若しくはその幾何異性体の生成を促進するための剤、又は、前記式(3)で表される不飽和炭化水素ジカルボン酸化合物若しくはその幾何異性体を脱炭酸させ、前記式(5)で表される不飽和炭化水素化合物若しくはその幾何異性体の生成を促進するための剤を提供する。
【0101】
このような剤としては、本発明のFDC変異体等を含むものであれば良いが、他の成分と混合していても用いてもよい。かかる他の成分としては特に制限はなく、例えば、滅菌水、生理食塩水、植物油、界面活性剤、脂質、溶解補助剤、緩衝剤、プロテアーゼ阻害剤、DNase阻害剤、保存剤が挙げられる。
【0102】
また、本発明は、このような剤を含むキットをも提供することができる。本発明のキットにおいて、上記剤は、本発明のDNA等が導入され形質転換された、上述の宿主細胞の態様にて含まれていてもよい。さらに、このような剤の他、前記式(1)若しくは(3)で表される化合物、又はそれらの幾何異性体、本発明にかかるDNA等を導入するための宿主細胞、該宿主細胞を培養するための培地、及びそれらの使用説明書等が、本発明のキットに含まれていてもよい。また、このような使用説明書は、本発明の剤等を上述の不飽和炭化水素化合物の製造方法に利用するための説明書である。説明書は、例えば、本発明の製造方法の実験手法や実験条件、及び本発明の剤等に関する情報(例えば、ベクターのヌクレオチド配列等が示されているベクターマップ等の情報、本発明のFDC変異体の配列情報、宿主細胞の由来、性質、当該宿主細胞の培養条件等の情報)を含むことができる。
【0103】
<本発明のFDC変異体の製造方法>
後述の実施例に示すとおり、本発明のFDC変異体をコードするDNA等が導入された宿主細胞を培養することにより、該宿主細胞内にて当該FDC変異体を製造することができる。
【0104】
したがって、本発明は、本発明のFDC変異体をコードするDNA又は該DNAを含むベクターが導入された宿主細胞を培養し、該宿主細胞に発現したタンパク質を採取する工程を含む、本発明のFDC変異体の製造方法をも提供することができる。
【0105】
本発明において、「宿主細胞を培養する」条件は、前記宿主細胞が本発明のFDC変異体を製造できる条件であればよく、当業者であれば、宿主細胞の種類、用いる培地等に合わせて、温度、空気の添加の有無、酸素の濃度、二酸化炭素の濃度、培地のpH、培養温度、培養時間、湿度等を適宜調整し、設定することができる。
【0106】
かかる培地としては、宿主細胞が資化し得るものが含有されていればよく、炭素源、窒素源、硫黄源、無機塩類、金属、ペプトン、酵母エキス、肉エキス、カゼイン加水分解物、血清等が含有物として挙げられる。また、かかる培地には、例えば、本発明のFDC変異体をコードするDNAの発現を誘導するためのIPTGや、本発明のベクターがコードし得る薬剤耐性遺伝子に対応する抗生物質(例えば、アンピシリン)や、本発明のベクターがコードし得る栄養要求性を相補する遺伝子に対応する栄養物(例えば、アルギニン、ヒスチジン)を添加してもよい。
【0107】
そして、このようにして培養した宿主細胞から、「該細胞に発現したタンパク質を採取する」方法としては、例えば、宿主細胞を濾過、遠心分離等により培地から回収し、回収した宿主細胞を、細胞溶解、磨砕処理又は加圧破砕等によって処理し、さらに、限外濾過処理、塩析、硫安沈殿等の溶媒沈殿、クロマトグラフィー(例えば、ゲルクロマトグラフィー、イオン交換クロマトグラフィー、アフィニティークロマトグラフィー)等によって、宿主細胞において発現したタンパク質を精製、濃縮する方法が挙げられる。また、本発明のFDC変異体に、前述の精製タグタンパク質が付加されている場合には、該タグタンパク質が吸着する基質を用いて精製し、採取することもできる。さらに、これらの精製、濃縮方法は単独にて行ってもよく、また適宜組み合わせて多段階的に実施し得る。
【0108】
また、本発明のFDC変異体は、上記生物学的合成に限定されることなく、本発明のDNA等及び無細胞タンパク質合成系を用いても製造することができる。かかる無細胞タンパク質合成系としては特に制限はないが、例えば、コムギ胚芽由来、大腸菌由来、ウサギ網状赤血球由来、昆虫細胞由来の合成系が挙げられる。さらに、当業者であれば、市販のペプチド合成機等を用い、本発明のFDC変異体を化学的に合成することもできる。
【0109】
また、本発明は、前記式(2)若しくは(5)で表される不飽和炭化水素化合物、又はそれらの幾何異性体を生成する触媒活性が高められたフェルラ酸デカルボキシラーゼ変異体の製造方法であって、サッカロミケス由来のフェルラ酸デカルボキシラーゼにおいて、配列番号:2に記載のアミノ酸配列の398又は該部位に対応するアミノ酸をグルタミン等に置換し、好ましくは、他の部位のアミノ酸(例えば、上述の、配列番号:2に記載のアミノ酸配列の397位又は該部位に対応するアミノ酸等)を更に置換する工程を含む、製造方法をも提供することができる。
【0110】
「前記式(2)若しくは(5)で表される不飽和炭化水素化合物、又はそれらの幾何異性体を生成する触媒活性が高められたフェルラ酸デカルボキシラーゼ」とは、配列番号:2に記載のアミノ酸配列の398位又は該部位に対応するアミノ酸に変異が導入されることにより、好ましくは、前記他の部位のアミノ酸に変異が更に導入されることにより、前記導入前と比較して不飽和炭化水素化合物を生成する触媒活性が高いFDCを意味し、その比較対象は通常、上述のサッカロミケス由来の野生型FDCである。
【0111】
なお、配列番号:2に記載のアミノ酸配列の398位若しくは該部位に対応するアミノ酸、又は、他の部位のアミノ酸(配列番号:2に記載のアミノ酸配列の397位若しくは該部位に対応するアミノ酸等)に導入される変異、すなわちグルタミン等又はヒスチジン等への置換の好適な態様としては、上述の<本発明にかかるデカルボキシラーゼ>の記載を参照のほど。
【0112】
FDCにおける「グルタミン等又はヒスチジン等への置換」は、コードするDNAの改変によって行うことができる。「DNAの改変」は、上記の通り、当業者においては公知の方法、例えば、部位特異的変異誘発法、改変された配列情報に基づくDNAの化学的合成法を用いて、適宜実施することが可能である。また、「グルタミン等又はヒスチジン等への置換」は、上記の通り、ペプチドの化学的合成法を用いても行うことができる。また、このような変異導入によって、不飽和炭化水素化合物を生成する触媒活性が高められたかどうかは、上記の通り、GC-MS分析等により評価することができる。
【実施例
【0113】
以下、実施例に基づいて本発明をより具体的に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0114】
(実施例1)
本発明者らは、特許文献3に示すとおり、コウジカビ由来のフェルラ酸デカルボキシラーゼ(FDC)にアミノ酸置換を伴う変異を導入することによって、ムコン酸を基質とするブタジエンの生成に関する触媒活性が向上することを見出している。
【0115】
今回、より好適なFDCを選抜すべく、様々な微生物由来のFDCに関し、下記に示す方法にて前記触媒活性を分析した。
【0116】
<プラスミドベクターの調製>
先ず、様々な微生物由来のFDCを大腸菌にて効率良く発現させるために、それをコードする野生型ヌクレオチド配列のC末端にポリヒスチジンタグを融合させた形態にて、大腸菌におけるコドンの使用頻度を考慮して改変した(配列改変後のヌクレオチド配列を、配列番号:3に示す)。
【0117】
次いで、かかる改変ヌクレオチド配列からなるDNAを常法に沿って化学合成した。そして、このようにして調製したDNAとpET22b(+)ベクター(Novagen社製)を、Gibson Assembly法(New England Biolabs社のキットNEBuilder HiFi DNA Assembly Master Mix(登録商標)を使用)により連結することによって、当該各種野生型のFDCを、大腸菌において発現可能なプラスミドベクター(FDCベクター)を調製した。同様にして、大腸菌(K-12)株からフラビンプレニルトランスフェラーゼ(以下「UbiX」とも称する)をコードする遺伝子(配列番号:6)をPolymerase Chain Reaction法により増幅したDNAとpColADuetベクター(Novagen社製)を、Gibson Assembly法により連結することにより、当該野生型のUbiXを大腸菌において発現可能なプラスミドベクター(UbiXベクター)を調製した。
【0118】
<酵素反応溶液の調製及び酵素活性の測定>
前記のとおり調製したベクター(5μgのFDCベクターと、5μgのUbiXベクター)を、大腸菌C41(DE3)株(Lucigen Corporation社製、100μL)に、ヒートショック法により導入し、野生型のFDCとUbiXとを共発現する形質転換体を調製した。
【0119】
そして、これら形質転換体を各々、アンピシリン及びカナマイシンを添加したLB培地にて6時間培養した。なお、かかる6時間の培養(前培養)により、これら形質転換体の増殖は頭打ちとなる。そのため、後述の酵素反応開始時点での菌体量は、これら形質転換体間において均一となる。
【0120】
また、12g/L トリプトン、24g/L イーストエクストラクト、10g/L グリセロール、9.4g/L リン酸水素二カリウム、2.2g/L リン酸二水素カリウム、20g/L ラクトース、100mg/L アンピシリン及び50mg/L カナマイシンに、基質であるcis,cis-ムコン酸(シグマアルドリッチ社製)を終濃度0.5mMとなるように添加し、酵素反応用培地を調製した。
【0121】
そして、ヘッドスペース型ガスクロマトグラフィー質量分析計(HS/GSMS)用の10mLバイアルに、前記6時間培養した大腸菌培養液100μLと前記酵素反応用培地2.5mLとを添加し、その直後にバイアルのキャップを閉め、37℃、振盪速度180rpmにて更に培養した。当該培養を開始してから18時間後にバイアルのヘッドスペース中に生成されたブタジエン(1,3-ブタジエン)量を表すピーク面積を、GC-MS(製品名:GCMS-QP Ultra、島津製作所社製)によって測定した。そして、得られた測定値に基づき、各種微生物由来FDCにおけるブタジエン生成量を、コウジカビ由来FDCにおけるそれと比較した。
【0122】
その結果、図表には示さないが、例えば、Debaryomyces hansenii由来FDC(Uniprot ID:Q6BJQ8)においては、コウジカビ由来のそれと比較して約0.2倍の活性が検出され、またColletotrichum chlorophyte由来FDC(Uniprot ID:A0A1A3FMK0)においては、コウジカビ由来のそれと比較して約4倍の活性が検出された。中でも、Saccharomyces cerevisiae(サッカロミケス セレビシエ)由来FDC(配列番号:2に記載のアミノ酸配列)においては、コウジカビ由来のそれと比較して桁違い(約19.6倍)の活性(ブタジエン生成量:24.5μM)が検出された。
【0123】
(実施例2)
実施例1に示したように、サッカロミケス セレビシエ由来の野生型FDCにおいて、高いブタジエンの生成触媒活性が認められた。そこで、この高い触媒活性をより向上させるべく、特許文献3同様に、サッカロミケス セレビシエ由来の野生型FDCにおいて、398位のイソロイシン及び/又は397位のフェニルアラニンを各々他のアミノ酸に置換する変異を導入した。なお、サッカロミケス セレビシエ由来FDCの398位及び397位は、コウジカビ由来FDCの395位及び394位に各々相当する(特許文献3参照)。そして、得られた変異導入体について、前記触媒活性を評価した。
【0124】
具体的には、各変異が導入されたアミノ酸配列をコードするプライマーを設計し、合成した。そして、実施例1にて調製した、サッカロミケス セレビシエ由来の野生型FDCをコードするベクターを鋳型として、前記プライマーを用い、Gibson Assembly法のプロトコールに従って、各変異が導入されたFDCを、ポリヒスチジンタグをそのC末端に融合させた形態にて、大腸菌において発現可能なプラスミドベクター(FDC改変体ベクター)を調製した。そして、上記<酵素反応溶液の調製及び酵素活性の測定>にて、野生型FDCベクターの代わりに、FDC改変体ベクターを導入し、形質転換体を調製し、酵素活性を測定した。得られた結果を表7に示す。
【0125】
【表7】
【0126】
表7に示した結果から明らかなように、サッカロミケス セレビシエ由来FDCの398位において、当該部位のイソロイシンを、他のアミノ酸(グルタミン、メチオニン、アスパラギン、フェニルアラニン、ヒスチジン又はスレオニン)に置換することによって、概してブタジエンの生成に関する触媒活性が向上すること(変異導入前の野生型のFDCと比較して、少なくとも約3倍は触媒活性が向上すること)が明らかになった。特に、前記部位をグルタミンに置換したFDC変異体及び前記部位をメチオニンに置換したFDC変異体は、各々前記触媒活性が9.3倍及び16.4倍に向上した。
【0127】
さらに、表7に示すとおり、前記398位におけるアミノ酸置換に加え、397位を他のアミノ酸に置換することにより、前記触媒活性が更に向上し得ることも明らかになった。特に、398位をグルタミンに置換した変異体において、397位をヒスチジン又はメチオニンに置換した場合には、野生型のFDCと比較して75.1倍及び33.8倍、前記触媒活性は向上した。また、398位をメチオニンに置換した変異体において、397位をヒスチジンに置換した場合には、野生型のFDCと比較して、37.3倍、前記触媒活性は向上した。
【0128】
なお、397位をヒスチジンに置換し、398位をグルタミンに置換した変異体において、基質(ムコン酸)の濃度を10倍(5.0mM)とした場合における、ブタジエンの生成量は、2.07mMであった。
【0129】
(実施例3)
実施例2において、特に触媒活性の向上が認められた二重変異体(F397H/I398Q、F397M/I398Q、F397H/I398M)において、様々な部位のアミノ酸を他のアミノ酸に置換して3重変異体を調製し、それらの酵素活性を評価した。
【0130】
その結果、図には示さないが、286位、334位又は440位のアミノ酸を各々他のアミノ酸に置換することによって、前記触媒活性は更に向上することが明らかとなった。例えば、F397H/I398Qにおいて、189位のイソロイシンをメチオニンに置換することによって1.2倍、286位のメチオニンをロイシンに置換することによって1.5倍、326位のスレオニンをロイシンに置換することによって1.1倍、334位のバリンをイソロイシンに置換することによって1.5倍、各々変異導入前と比較して触媒活性は向上した。また、F397M/I398Q及びF397H/I398Mにおいては、334位のバリンをイソロイシンに置換することによって1.1倍、各々変異導入前と比較して触媒活性は向上した。
【産業上の利用可能性】
【0131】
以上説明したように、本発明によれば、ブタジエン等の不飽和炭化水素化合物を高い生産性にて製造することを可能とする酵素、並びに当該酵素を用いた不飽和炭化水素化合物の製造方法を提供することが可能となる。また、本発明によれば、化学合成によらず、生合成によって不飽和炭化水素化合物を製造できるため、環境への負荷が少ない。したがって、本発明は、ブタジエンといった、合成ゴム等の様々な合成ポリマーの原料の製造において極めて有用である。
【配列表】
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