(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-10-10
(45)【発行日】2024-10-21
(54)【発明の名称】磁気遮蔽システム及び磁気遮蔽方法
(51)【国際特許分類】
H05K 9/00 20060101AFI20241011BHJP
G01R 33/02 20060101ALI20241011BHJP
G01R 33/06 20060101ALI20241011BHJP
【FI】
H05K9/00 H
G01R33/02 W
G01R33/06
(21)【出願番号】P 2020154414
(22)【出願日】2020-09-15
【審査請求日】2023-07-27
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)令和2年度文部科学省、科学技術試験研究委託事業「量子計測・センシング技術研究開発」、Flagshipプロジェクト「固体量子センサの高度制御による革新的センサシステムの創出」、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(73)【特許権者】
【識別番号】504137912
【氏名又は名称】国立大学法人 東京大学
(74)【代理人】
【識別番号】100091904
【氏名又は名称】成瀬 重雄
(72)【発明者】
【氏名】関野 正樹
(72)【発明者】
【氏名】金 世旭
(72)【発明者】
【氏名】桑波田 晃弘
(72)【発明者】
【氏名】隣 真一
【審査官】五貫 昭一
(56)【参考文献】
【文献】特開平9-289393(JP,A)
【文献】特開2008-282983(JP,A)
【文献】特開2001-78984(JP,A)
【文献】特開平1-278643(JP,A)
【文献】特開平10-41670(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H05K 9/00
G01R 33/02
G01R 33/06
A61B 5/05
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
外部環境に存在する磁場を低減させるための磁気遮蔽システムであって、
内部空間を有する室本体と、この室本体の表面に取り付け可能な複数枚のシミングプレートとを備えており、
前記室本体の表面には、任意の枚数の前記シミングプレートを着脱可能な複数のプレート取付部が設けられており、
適宜の位置における前記プレート取付部に、適宜の枚数の前記シミングプレートを取り付けることにより、前記内部空間内における磁場強度を弱めかつ均一化させるようになっている
磁気遮蔽システム。
【請求項2】
前記室本体及び前記シミングプレートの一部又は全部は、外部環境中の磁場を減衰させることができる強磁性体又は高透磁率材料により構成されている
請求項1に記載の磁気遮蔽システム。
【請求項3】
前記内部空間内に配置されて、前記内部空間内の複数位置における磁場強度を測定するセンサと、前記シミングプレートの取付位置及び取付枚数を算出する算出部とをさらに備えており、
前記算出部は、前記センサの出力に基づいて、前記内部空間内に残留する磁場強度がゼロとなる又は減少するように逆問題解析を行うことによって、前記シミングプレートの取付位置又は取付枚数を算出する構成となっている
請求項1又は2に記載の磁気遮蔽システム。
【請求項4】
請求項1~3のいずれか1項に記載の磁気遮蔽システムを用いた磁気遮蔽方法であって、
前記内部空間内の複数位置における磁場強度を求めるステップと、
前記複数位置における磁場強度がゼロとなる又は減少するように逆問題解析を行うことによって、前記シミングプレートの取付位置及び取付枚数を算出するステップと
前記算出された取付位置に、前記算出された取付枚数のシミングプレートを取り付けるステップとを有する
磁気遮蔽方法。
【請求項5】
前記逆問題解析には、前記室本体と前記シミングプレートとの磁気的相互作用を計算する処理が含まれている
請求項4に記載の磁気遮蔽方法。
【請求項6】
請求項1~3のいずれか1項に記載の磁気遮蔽システムを用いた磁気遮蔽方法であって、
適宜の位置における前記プレート取付部に、適宜の枚数の前記シミングプレートを取り付けることにより、前記内部空間内における磁場強度を弱めかつ均一化させるステップと、
外部環境に存在する磁場が変動した場合には、前記シミングプレートの取付枚数又は取り付け位置を調整することにより、再度、前記内部空間内における磁場強度を弱めかつ均一化させるステップとを有する
磁気遮蔽方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、磁気遮蔽システム及びそれを用いた磁気遮蔽方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
脳磁図(MEG: Magnetoencephalography)は、医療現場において主にてんかんの診断と脳神経外科の術前機能評価に用いられている。また、最近の研究では神経学的および精神医学的な各種症候群、発達障害、脳卒中後の評価としての可能性が示されている(非特許文献1)。脳磁図は、人間の脳から生じる磁場信号を検出し発生源を特定して画像化したものである。この信号は非常に微弱であり、頭表面では約10~1000フェムトテスラ(10 × 10-15 ~1000 × 10-15 T)の磁束密度の磁場として検出される。磁場信号は個々の神経細胞を流れる電流によって生じる。
【0003】
(脳磁図計測)
MEG信号を測定するために必要な2つの要素は,高感度磁場測定器と環境磁場の遮蔽である。
【0004】
(高感度磁場測定器)
現在、脳磁図計測にはジョセフソン効果を利用した超伝導量子干渉計(SQUID: Superconducting Quantum Interference Device)を頭表面に多数配列した装置が用いられている。また近年、磁場によりアルカリ気化ガスの電子スピンのエネルギー準位が変化するゼーマン効果を利用した光ポンピング磁場測定器(OPM:Optically Pumped Magnetometer)の小型化が実現されたため、これを複数配列する方法で脳磁図計測に適用する研究が進んでいる。SQUID脳磁図装置は大がかりな液体ヘリウム冷却機構を有するため被験者は計測装置に束縛されてしまうが、室温動作可能なOPMデバイスは、被験者の頭に複数固定しても被験者の動きを妨げない程度の軽量小型化が可能である。
【0005】
ここで、微小磁場計測においては、環境磁場の絶対値だけでなく、位置的、時間的揺らぎに由来する環境磁場の不均一性をも低減する必要がある。
【0006】
先行研究においてbi-planar coilシステムを使用して、約40×40×40cm3の領域内で、OPMを用いた脳磁図計測が可能なレベルまで環境磁場を遮断することに成功した(非特許文献3)。しかしながら、OPMデバイスの回転や移動に伴う検出値の揺らぎが大きく、例えばセンサを1°回転させると最大0.7nTの変動、センサを5 mm移動させると0.3nTの変動を生じることがあり、SN比が劣化する恐れがあった(非特許文献4)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【文献】特開2018-29628号公報
【文献】特開2020-88033号公報
【非特許文献】
【0008】
【文献】R Hari, et al. "IFCN-endorsed practical guidelines for clinical Magnetoencephalography (MEG)." Clinical Neurophysiology129.8 (2018): 1720-174.
【文献】S Knappe, et al. "Optically pumped magnetometers for MEG." Magnetoencephalography. Springer, Berlin, Heidelberg, 2014. 993-999.
【文献】N Holmes, et al. "A bi-planar coil system for nulling background magnetic fields in scalp mounted magnetoencephalography." Neuroimage 181 (2018): 760-774.
【文献】J Livanainen, et al. " On-scalp MEG system utilizing an actively shielded array of optically-pumped magnetometers". Neuroimage, 2019, 194: 244-258.
【文献】S Taulu, et al. "Novel noise reduction methods." Magnetoencephalography: From Signals to Dynamic Cortical Networks (2019): 73-109.
【文献】V.V. Yashchuk, et al. "Magnetic shielding."
【文献】K He, et al. "A high-performance compact magnetic shield for optically pumped magnetometer-based magnetoencephalography." Review of Scientific Instruments90.6 (2019): 064102.
【文献】HD Arnold, et al. "Permalloy, a new magnetic material of very high permeability." Bell system technical journal2.3 (1923): 101-11.
【文献】D. Calvetti, et al. "Tikhonov regularization and the L-curve for large discrete ill-posed problems." Journal of Computational and Applied Mathematics 123.1-2: 423-446 (2000).
【文献】PC Hansen, et al. "The L-curve and its use in the numerical treatment of inverse problems." (1999): 119-142.
【文献】V Kelha, et al. "Design, construction, and performance of a large-volume magnetic shield." IEEE Transactions on Magnetics18.1 (1982): 260-270.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
前記したように、磁場の均一性と環境磁場ノイズの低減は、被験者の動きを束縛しない脳磁図計測を実現するための大きな課題である。
【0010】
(脳磁図計測のための磁場低減)
脳磁図計測において、環境磁場を低減することは不可欠である。環境磁場は、比較的低周波数で揺らぐ地磁気(25~65μT)や、電車・地下鉄などの運行に起因した時間帯によって変化する都市の中の電磁波や、計測場所近くにあるエレベーター・電力線・電気機器が発する電磁波が要因であり、脳磁検出に対する磁場ノイズとして悪影響を与える。磁場ノイズを低減する最も一般的な方法は、電磁ノイズの遮断に効果がある導電性の高いアルミニウムまたは銅材からなる筐体内に、磁気の遮断に効果があるパーマロイやミューメタルとよばれる高透磁率材からなる金属シェルを複数積層する構造の磁気シールドルーム(MSR:Magnetic Shield Room)を使用することである。磁気シールドルームの性能(シールド評価)は、下記式(1)のように、MSR内残留磁場(Bin)とシールドを導入する前の環境磁場(Bo)との比(T)で示される(非特許文献6)。
【0011】
【0012】
またシールド評価Tは、磁気シールドルームにおける各金属シェル層の特性要素から算出されるシールド性能の積であり、下記式(2)で表される。
【0013】
【0014】
ここで、Xiはi番目のシェルの特性サイズ(面積)、tiはi番目のシェルの厚さ、μiはi番目のシェルの透磁率である。この式から、厚さtiおよび透磁率μiが大きくなり、Xiが小さくなると、シールド効率Tの値が小さくなり、シールド性能が向上することがわかる。
【0015】
MSRの性能を向上させる従来の手法は、式(2)から分かるように、シールド層(例えばパーマロイ)の厚さまたは層の数を増やすことである。しかしながらこの方法は、MSRの構築に多くの時間とコストがかかる。MSRの形状を球にすることもシールド性能の向上に資するが、これにも同様の問題がある。
【0016】
前記特許文献1には、MRI装置の超電導磁石が生成する強磁場をシミングにより調整する技術が示されているが、これは、外部環境中の微弱な磁場を減衰させかつ均一化させるものではない。
【0017】
前記特許文献2には、外部環境中の磁気を遮断するためのシールドルームが示されているが、これは、そもそもシミングを用いるものではない。
【0018】
本発明は、前記した状況に基づいてなされたものである。本発明の主な目的は、外部磁場に対応して均一な微弱磁場を内部空間に生成することが可能な技術を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0019】
前記した課題を解決する手段は、以下の項目のように記載できる。
【0020】
(項目1)
外部環境に存在する磁場を低減させるための磁気遮蔽システムであって、
内部空間を有する室本体と、この室本体の表面に取り付け可能な複数枚のシミングプレートとを備えており、
前記室本体の表面には、任意の枚数の前記シミングプレートを着脱可能な複数のプレート取付部が設けられており、
適宜の位置における前記プレート取付部に、適宜の枚数の前記シミングプレートを取り付けることにより、前記内部空間内における磁場強度を弱めかつ均一化させるようになっている
磁気遮蔽システム。
【0021】
(項目2)
前記室本体及び前記シミングプレートの一部又は全部は、外部環境中の磁場を減衰させることができる強磁性体又は高透磁率材料により構成されている
項目1に記載の磁気遮蔽システム。
【0022】
(項目3)
前記内部空間内に配置されて、前記内部空間内の複数位置における磁場強度を測定するセンサと、前記シミングプレートの取付位置及び取付枚数を算出する算出部とをさらに備えており、
前記算出部は、前記センサの出力に基づいて、前記内部空間内に残留する磁場強度がゼロとなる又は減少するように逆問題解析を行うことによって、前記シミングプレートの取付位置又は取付枚数を算出する構成となっている
項目1又は2に記載の磁気遮蔽システム。
【0023】
(項目4)
項目1~3のいずれか1項に記載の磁気遮蔽システムを用いた磁気遮蔽方法であって、
前記内部空間内の複数位置における磁場強度を求めるステップと、
前記複数位置における磁場強度がゼロとなる又は減少するように逆問題解析を行うことによって、前記シミングプレートの取付位置及び取付枚数を算出するステップと
前記算出された取付位置に、前記算出された取付枚数のシミングプレートを取り付けるステップとを有する
磁気遮蔽方法。
【0024】
(項目5)
前記逆問題解析には、前記室本体と前記シミングプレートとの磁気的相互作用を計算する処理が含まれている
項目4に記載の磁気遮蔽方法。
【0025】
(項目6)
項目1~3のいずれか1項に記載の磁気遮蔽システムを用いた磁気遮蔽方法であって、
適宜の位置における前記プレート取付部に、適宜の枚数の前記シミングプレートを取り付けることにより、前記内部空間内における磁場強度を弱めかつ均一化させるステップと、
外部環境に存在する磁場が変動した場合には、前記シミングプレートの取付枚数又は取り付け位置を調整することにより、再度、前記内部空間内における磁場強度を弱めかつ均一化させるステップとを有する
磁気遮蔽方法。
【発明の効果】
【0026】
本発明によれば、シミングプレートを室本体の表面に適宜に着脱させることにより、均一な微弱磁場を、室本体の内部空間に生成することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0027】
【
図1】本発明の一実施形態に係る磁気遮蔽システムの概略的な構成を示すブロック図である。
【
図2】本実施形態における室本体にシミングプレートを取り付けた状態を模式的に示す説明図である。
【
図3】本実施形態における算出部の構成を説明するためのブロック図である。
【
図4】室本体とシミングプレートを具体的に構成した実施例を説明するための説明図であって、図(a)は室本体の概略的な斜視図、図(b)はセンサの概略的な斜視図、図(c)は検出素子の配置を示す説明図である。
【
図5】室本体1の側面にシムプレートを取り付けるためのプレート取付部12の例を示す説明図である。
【
図6】室本体1の上面または底面にシムプレートを取り付けるためのプレート取付部12の一例を示す説明図である。
【
図7】本発明の一実施形態に係る磁気遮蔽方法の概略的な手順を説明するための説明図である。
【
図8】2次元空間における磁場計測位置とシミングプレート取付位置を説明するための説明図である。
【
図9】逆問題解析においてLカーブ法により最適なλを得る手順を説明するためのグラフである。
【
図10】最適なλを代入して得られた逆問題解析結果を示す表である。
【
図11】シミングプレートを取り付けた場合(With shimming simulation)と取り付けない場合(No shimming)とにおける磁場強度の標準偏差を比較して示す表である。
【発明を実施するための形態】
【0028】
以下、本発明の一実施形態に係る磁気遮蔽システム(以下単に「システム」と称することがある)を、添付の図面を参照しながら説明する。本発明のシステムは、外部環境に存在する磁場を低減させるためのものである。
【0029】
(本実施形態の構成)
本実施形態のシステムは、室本体1と複数枚のシミングプレート2(
図1では例として1枚のみ示す)とを主要な構成要素として備えている。このシステムは、センサ3と算出部4と出力部5とをさらに備えている。
【0030】
(室本体)
室本体1は、その内部に、外部環境よりも低減された磁場を形成するための内部空間11を有している。内部空間11としては、外部から閉鎖されたものであっても、外部に開放されたものであってもよい。室本体1としては、本実施形態では、磁気シールドルームとして利用可能な大きさを持つ直方体状であることを想定する。しかしながら、室本体1としては、円筒状、球状など、他の適宜な形状であってよい。また、室本体1としては、例えば、磁気センサの素子部分を覆うハウジングであってもよい。つまり、室本体1の大きさ、形状、用途には特段の制約はない。
【0031】
室本体1の表面には、任意の枚数のシミングプレート2を着脱可能な複数のプレート取付部12が設けられている。ここで、プレート取付部12を、室本体1の全面に設けることが好ましい。例えば室本体1が六面体の場合、プレート取付部12を六面全てに設けることが好ましい。ただし、必要な面あるいは部分のみにプレート取付部12を設けることも可能である。
【0032】
室本体1の一部又は全部は、外部環境中の磁場を減衰させることができる強磁性体又は高透磁率材料により構成されている。そのような強磁性体又は高透磁率材料としては、例えば、パーマロイ、鋼板、ミューメタルを例示することができるが、実用上必要な性能を発揮できるものであれば特に制約されない。
【0033】
(シミングプレート)
シミングプレート2は、室本体1の表面に着脱可能な構成とされている。例えば、シミングプレート2は、適宜な取付用のねじやフック等により、室本体1の表面に、室本体1の表面とほぼ平行な状態で、取り付け可能となっている。より具体的には、シミングプレート2は、室本体1のプレート取付部12に、単独で、あるいは積層状態で、適宜の位置に取り付け可能となっている。
【0034】
シミングプレート2の一部又は全部は、外部環境中の磁場を減衰させることができる強磁性体又は高透磁率材料により構成されている。そのような強磁性体又は高透磁率材料としては、前記した室本体1の場合と同様のものを用いることができるが、室本体1と異なる材料を用いることもできる。
【0035】
本実施形態のシステムでは、適宜の位置におけるプレート取付部12に、適宜の枚数のシミングプレート2を取り付けることにより、室本体1の内部空間11内における磁場強度を弱めかつ均一化させるようになっている。
【0036】
室本体1にシミングプレート2を取り付けた状態を模式的に
図2に示す。
【0037】
(センサ)
センサ3は、内部空間11内に配置されており、内部空間11内の複数位置における磁場強度を測定するようになっている。
【0038】
(算出部)
算出部4は、センサ3の出力に基づいて、内部空間11内に残留する磁場強度がゼロとなる又は減少するように逆問題解析を行うことによって、シミングプレート2の取付位置又は取付枚数を算出する構成となっている。より具体的には、本実施形態の算出部4は、順問題解析部41と逆問題解析部42と記憶部43とを備えている(
図3参照)。記憶部43は、算出部4の動作に必要なデータやプログラムを格納するようになっている。算出部4の具体的動作については後述する。
【0039】
(出力部)
出力部5は、算出部4により算出されたシミング条件(取付位置や取付枚数)をユーザに提示するようになっており、ユーザは、このシミング条件を参照してシミング作業を行うことができる。出力部5は、例えば、ユーザに情報を呈示できるディスプレイ又はプリンタであるが、ユーザに情報提示できるのであればその構成に特に制約はない。
【0040】
(本実施形態における原理)
ここで、本実施形態における磁気遮蔽の原理を説明する。
【0041】
MSRの性能を向上させる従来の手法は、シールド層(例えばパーマロイ)の厚さまたは層の数を増やすか、形状を球にすることである。しかしながら、この方法は、MSRの構築に多くの時間とコストがかかる。前記した式(2)から、シールド評価Tは、厚さ、特性サイズ、シールド材の透磁率に関係し、多層シールドでは、磁気シールド層の数によっても影響を受けることが分かる。一方、式(2)から、シミングプレートとシールド評価Tの間には、下記の式(3)のような関係があると仮定できる。
【0042】
【0043】
式(3)において、XMとXsはそれぞれMSRとシミングプレートのサイズ(面積)を表し、tMとtsはそれぞれMSRとシミングプレートの厚さを表し、μMとμsはそれぞれMSRとシミングプレートの透磁率を表し、Nはシミングプレートの枚数を表す。なおここで、MSRの透磁率とは、室本体1の透磁率に対応する。
【0044】
(室本体とシミングプレートの実施例)
以下、前記した室本体1とシミングプレート2を具体的に構成した例を実施例として
図4を参照しながら説明する。
【0045】
まず、シミングプレート2の材料としては鋼板SS400を使用した。鋼板は、パーマロイやミューメタルに比べて低コストである割には透磁率が高い強磁性体である。さらに、スチールタイルは、パーマロイやミューメタルなどの高透磁率材に比較して、ねじ穴あけや切削加工にともなう特性変化が小さいという利点もある。
【0046】
室本体1を構成してその周囲を覆う磁気シールド材には鋼板SS400を使用した。磁気シールド材としてはパーマロイを用いることが通常である。しかしながら、鋼板(SS400)の比透磁率が2000であるのに比較してパーマロイの比透磁率は約200000であるため、磁気シールド材にパーマロイを用いると、スチールタイルをシミングすることによる効果の測定が難しい。そこで磁気シールド材に、通常のパーマロイではなく鋼板を用いた。
【0047】
室本体1の内部空間11には、樹脂製の複数枚の支持体31を配置した(
図4(b)参照)。支持体31は脚32により複数段となるように支持される。また、支持体31のそれぞれに、磁場強度を測定するための検出素子33を、間隔を置いて取り付けた(
図4(c)参照)。各検出素子33としては、MI磁気センサを用いた。これらの検出素子33によりセンサ3が構成される。これにより、内部空間11における複数個所での磁場強度を測定できる。
【0048】
室本体1は、例えばアルミフレームで構成された台座13に搭載されており、室本体1の底面にシミングプレート2を容易に設置できる構造となっている。
【0049】
シミングプレート2は、室本体1の外側に固定されたアルミパネル(プレート取付部12に相当)にステンレスネジで固定されるようになっている。各シミングプレート2に、ステンレスネジを挿通させる固定孔を2か所設けた。シミングプレート2の取り付け位置は、室本体1の側面にそれぞれ最大15か所、上・底面にそれぞれ最大9か所である。
図5及び
図6に、シミングプレート2を取り付けるためのプレート取付部12の例を示す。
図5は室本体1の側面用のもの、
図6は室本体1の上・底面用のものを示す。プレート取付部12には、シミングプレート2を取り付けるためのねじ穴が取り付け位置ごとに形成されており、このねじ穴を利用して、適宜な位置に、適宜な枚数(積層枚数)のシミングプレート2を着脱可能に取り付けることができるようになっている。
【0050】
(本実施形態における磁気遮蔽方法)
次に、
図7をさらに参照して、本実施形態における磁気遮蔽方法を説明する。
【0051】
(
図7のステップSA-1)
まず、センサ3により、室本体1の内部空間11内の複数位置における磁場強度を求める。以下の説明では、簡単のため、2次元空間を前提とするが、3次元空間への拡張は容易である。2次元空間におけるセンサ配置(検出素子の配置)の例を
図8に示す。この例では9個の測定点
(図8中黒丸)における磁場強度をセンサ3が測定できるようになっている。
【0052】
取得したデータは算出部4の記憶部43に格納される。
【0053】
(
図7のステップSA-2)
ステップSA-1の後又は前に、有限要素法を用いて順問題解析を行う。順問題解析は算出部4の順問題解析部41により実行される。この順問題解析の具体例を以下に説明する。前提として、
図8の例におけるシミング位置(シミングプレートの取付位置)を、二次元平面におけるTL(1)~L+2(16)までの16か所とした。なお、添え字のRは右側、Lは左側、Tは上部、Bは底部を示している。
【0054】
このとき、シミング前後における磁場の変化値を表す行列Aは下記の(4)式のように示される。
【0055】
【0056】
すると、内部空間における磁場の変化量ΔBSは以下のように表せる。
【0057】
【0058】
ここで、ΔB
n
xkにおける添え字nは16箇所それぞれのシミング位置を示し、n
=0はシミングなしを示す。添え字kは9個の測定点それぞれの位置を示す(
図8には測定点の位置と添え字の関係を示す)。また、ΔB
n
xkは磁場変化のx成分、 ΔB
n
ykはそのy成分である。これらの成分は、室本体1自体による磁場強度の変化を加味した値となる。m
nはシミング位置nにおけるシミング枚数を示す。
【0059】
本実施形態では、この順問題における行列Aを、有限要素法を用いたシミュレーションにより求める。すなわち、本実施形態では、電磁場シミュレーターを用いてシールドボックス(室本体)による環境磁場の遮断効果を算出した。用いたシミュレーターはCOMSOL Multiphysics 5.4であり、有限要素法を用いている。電磁場シミュレーションにおける有限要素法(FEM: Finite Element Method)とは、電磁界偏微分方程式(マックスウエル則)をもとに、空間をメッシュと呼ぶ有限数の微小空間に分割し、各メッシュの中心座標に電磁界偏微分方程式の数値解を割り当てる数値解析法である。各メッシュの中心座標から外れる座標における数値解はオイラー法などの標準的な解析手法により求めた。
【0060】
(
図7のステップSA-3)
順問題解析の後、磁場強度の測定位置(すなわち複数位置)における磁場強度がゼロとなる又は減少するように逆問題解析を行う。これにより、シミングプレート2の取付位置及び取付枚数を算出する。この処理は逆問題解析部42により行う。具体的手法を以下に説明する。
【0061】
逆問題解析とは、順問題解析において得られたパラメータセットの行列Aを用い、所望の行列(磁場変化量)ΔBSを満たすベクトルmを導出することである。逆問題を解くことにより、目標とする磁場均一性を達成する磁場変化量ΔBSを実現するシミング配置を得ることができる。本実施形態では、逆問題解析にTikhonovの正則化を用いた。また、ここで、ΔBS = -Bnoshimとした。Bnoshimはシミングを行わない状態での磁場強度を示す。
【0062】
式(5)を基にしてTikhonovの正則化を式(6)のように表せる。
【0063】
【0064】
ここで最適なλが見つかれば、式(7)に示すようにmの近似値(相対誤差が少ない)を見つけることができる。最適なλを見つけるために、Lカーブ法を使用することができる(非特許文献10)。Lカーブは基本的に2つの部分で構成される。正則化エラーが支配的な「平坦な」部分と摂動エラーが支配的な「急な」部分である。Lカーブの平坦な部分と急な部分は、正則化エラーと摂動エラーが支配的なソリューションをそれぞれ表す。最適な正則化パラメーター(実用的な意味で)は、Lカーブのコーナー近くに存在する(非特許文献10)。
図9はLカーブ法による最適なλを得た結果を示す。ここでλ=5e-8とした。また、前記した通り、ΔB
S = -B
noshimとした。
【0065】
最適なλを代入して得られた逆問題解析結果を
図10に示す。
図10において
Tikhonov regularizationとは、プレート位置ごとにおける前記式(7)のmnの値であり、その右欄は、それを四捨五入して得られたプレート枚数である。Locationはプレート位置であり、
図8に示す16か所の位置を示す。
【0066】
ここで、本実施形態では、逆問題解析に行列Aを用いており、この行列Aは、室本体1とシミングプレート2との磁気的相互作用を計算することを含んで求められるものなので、結果的に、この逆問題解析は、室本体1とシミングプレート2との磁気的相互作用を計算する処理が含まれていることになる。
【0067】
(
図7のステップSA-4)
ついで、算出された取付位置(
図10における1~16の位置)のプレート取付部12に、算出された取付枚数のシミングプレート2を取り付ける。これにより、室本体1の内部空間11における磁場を減衰させ、かつ均一化させることができる。
【0068】
室本体1の中央位置を基準とした標準偏差をシミュレーションにより求めた。標準偏差の算出式を以下に示す。
【0069】
【0070】
【0071】
である。結果を
図11に示す。シミングプレートを取り付けた場合(With shimming simulation)においては、取り付けない場合(No shimming)に比較して、磁場強度の均一性が約44%向上している。
【0072】
次に、シミング後のシールドファクターSをシミュレーションにより下記式(9)のように求めた。
【0073】
【0074】
ここで、Bcexは室外の磁場強度、Bcinは内部空間の磁場強度である。Bcex = 46.67μTとした。シミュレーションの結果、シミングなしの場合、S≒5.40であり、シミング有りの場合、S≒12.5となった。すなわち、シミングを行うことにより、シールドファクターは131%向上した。つまり、本実施形態により、室本体1の内部空間11の磁場強度を減衰させることができることもわかる。
【0075】
本実施形態の磁気遮蔽方法によれば、次の利点がある。
・従来の六面体MSRに適用可能である
・磁場の不均一性や変動を調べた後、MSRの表面にシミングプレートを張り付けることで磁場強度の修正が完了する。ここで、シールドの増強や形状の変更という大掛かりな修正が不要であり、時間的、費用的なコスト低減に寄与する。
・シミングプレートの配置は随時変更が可能であり、磁場の均一性の制御における柔軟な対応が可能である。
・この結果、MSR内の磁場の均一性が不可欠なOPMを用いたMEG測定が容易となり、脳磁図計測を用いた医療技術や神経学的および精神医学的な各種症候群、発達障害、脳卒中後の評価等先進的な研究を促進する。
【0076】
なお、本発明の内容は、前記実施形態に限定されるものではない。本発明は、特許請求の範囲に記載された範囲内において、具体的な構成に対して種々の変更を加えうるものである。
【0077】
例えば、外部環境に存在する磁場が変動した場合には、シミングプレートの取付枚数又は取り付け位置を調整することにより、再度、内部空間内における磁場強度を弱めかつ均一化させる手順を行うこともできる。
【0078】
また、前記した実施形態で説明した逆問題解析においては、内部空間内に残留する磁場強度がゼロとなることに限らず、減少することを条件としてもよい。
【0079】
さらに、本実施形態の算出部は、機能ブロックとして存在していればよく、独立したハードウエアとして存在しなくても良い。また、算出部の実装方法としては、ハードウエアを用いてもコンピュータソフトウエアを用いても良い。さらに、本発明における一つの機能要素が複数の機能要素の集合によって実現されても良く、本発明における複数の機能要素が一つの機能要素により実現されても良い。さらに、機能要素は、物理的に離間した位置に配置されていてもよい。この場合、機能要素どうしがネットワークにより接続されていても良い。グリッドコンピューティング又はクラウドコンピューティングにより機能を実現し、あるいは機能要素を構成することも可能である。
【符号の説明】
【0080】
1 室本体
11 内部空間
12 プレート取付部
13 台座
2 シミングプレート
3 センサ
31 支持体
32 脚
33 検出素子
4 算出部
41 順問題解析部
42 逆問題解析部
43 記憶部
5 出力部