(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-10-10
(45)【発行日】2024-10-21
(54)【発明の名称】老化細胞を除去する方法、および老化細胞の調製方法
(51)【国際特許分類】
A61K 31/433 20060101AFI20241011BHJP
A61P 43/00 20060101ALI20241011BHJP
A61P 9/10 20060101ALI20241011BHJP
A61P 19/10 20060101ALI20241011BHJP
A61P 27/02 20060101ALI20241011BHJP
A61P 27/06 20060101ALI20241011BHJP
A61P 25/28 20060101ALI20241011BHJP
A61P 25/16 20060101ALI20241011BHJP
A61P 11/00 20060101ALI20241011BHJP
A61P 35/00 20060101ALI20241011BHJP
A61P 3/10 20060101ALI20241011BHJP
A61P 13/12 20060101ALI20241011BHJP
A61P 1/16 20060101ALI20241011BHJP
A61P 21/00 20060101ALI20241011BHJP
A61K 45/00 20060101ALI20241011BHJP
A61K 39/395 20060101ALI20241011BHJP
A61K 31/7105 20060101ALI20241011BHJP
A61K 31/655 20060101ALI20241011BHJP
C12N 15/12 20060101ALN20241011BHJP
【FI】
A61K31/433
A61P43/00 111
A61P43/00 105
A61P9/10 101
A61P19/10
A61P27/02
A61P27/06
A61P25/28
A61P25/16
A61P11/00
A61P35/00
A61P3/10
A61P13/12
A61P9/10
A61P1/16
A61P21/00
A61K45/00
A61K39/395 D
A61K39/395 P
A61K31/7105
A61K31/655
C12N15/12 ZNA
(21)【出願番号】P 2020555569
(86)(22)【出願日】2019-11-07
(86)【国際出願番号】 JP2019043570
(87)【国際公開番号】W WO2020095971
(87)【国際公開日】2020-05-14
【審査請求日】2022-11-04
(31)【優先権主張番号】P 2018210300
(32)【優先日】2018-11-08
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成29年度 国立研究開発法人日本医療研究開発機構、次世代がん医療創生研究事業、「細胞老化制御因子を標的としたがん治療法・予防法の開発」委託研究開発 産業技術力強化法第17条の適用を受けるもの。平成29年度、国立研究開発法人日本医療研究開発機構「老化メカニズムの解明・制御プロジェクト」「細胞老化誘導・維持・除去機構の解明と、個体老化における役割」委託研究開発、産業技術強化法第17条の適用を受ける特許出願。
(73)【特許権者】
【識別番号】504137912
【氏名又は名称】国立大学法人 東京大学
(74)【代理人】
【識別番号】100137512
【氏名又は名称】奥原 康司
(74)【代理人】
【識別番号】100178571
【氏名又は名称】関本 澄人
(72)【発明者】
【氏名】中西 真
(72)【発明者】
【氏名】城村 由和
【審査官】長谷川 茜
(56)【参考文献】
【文献】American Journal of Respiratory Cell and Molecular Biology,2019年04月,Vol.61, No.4,pp.492-500
【文献】HORTON MR. et al.,Targeting Glutamine Metabolism as a Novel Means of Arresting and Reversing Pulmonary Fibrosis,Am J Respir Crit Care Med,2019年05月,Vol.199:A2420,A101
【文献】Oncotarget,2016年,Vol.7, No.7,pp.7925-7939
【文献】関根進,抗体医薬の現状と課題,科学技術動向,2009年,Vol.103,pp.2,13-25
【文献】神経治療,2016年,Vol.33, No.3,pp.303-306
【文献】UNTERLUGGAUER H. et al.,Premature senescence of human endothelial cells induced by inhibition of glutaminase.,Biogerontology,2008年,Vol.9,p.247-259
【文献】TAKEUCHI H. et al.,The Journal of Biological Chemistry,2006年,Vol.281, No.30,p.21362-21368
【文献】KAMARAJAN P. et al.,Journal of Proteome Research,2017年,Vol.16,p.1315-1326,doi: 10.1007/s10886-016-0726-7
【文献】DU K. et al.,Gastroenterology,2018年04月,Vol.154,p.1465-1479
【文献】JOHMURA Y. et al.,Necessary and sufficient role for a mitosis skip in senescence induction.,Molecular Cell,2014年,Vol.55,p.73-84
【文献】KIM HJ. et al.,J Gerontol A Biol Sci Med Sci,2013年,Vol.68, No.10,p.1145-1156
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K
C12N 5/00-5/28
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
生体内の老化細胞を除去するための薬剤であって、KGA(Kidney-type glutaminase)阻害剤を有効成分として含有し、当該KGA阻害剤が、BPTES、DON、compound 968、CB-839、KGAに対する中和抗体、またはGLS1遺伝子をノックアウトするためのsiRNAもしくはmiRNAであり、当該老化細胞選択的に細胞死を誘導する、前記薬剤。
【請求項2】
KGA阻害剤を有効成分として含有し、当該KGA阻害剤が、BPTES、DON、compound 968、CB-839、KGAに対する中和抗体、またはGLS1遺伝子をノックアウトするためのsiRNAもしくはmiRNAである、動脈硬化症
、心臓の線維化、慢性腎不全、心肥大または非アルコール性脂肪肝炎に伴う肝機能傷害の予防または治療のための医薬組成物。
【請求項3】
純化した老化細胞を調製する方法であって、以下の工程(a)~(c)を含む方法。
(a)細胞をRO3306、RoscovitineまたはBMI-1026に接触させることで当該細胞をG2期に同調させる工程、
(b)G2期に同調した細胞をNutlin-3a、HLI373、RG7388、AMG-232またはMI-773に接触させることで、当該細胞内のp53タンパク質を活性化する工程、および
(c)工程(b)の処理を行った細胞をBI2563に接触させることで、当該細胞内のPLK1活性を阻害する工程。
【請求項4】
前記細胞が正常ヒト線維芽細胞(HCA2)である、請求項3に記載の方法。
【請求項5】
in vitro において老化細胞に細胞死を誘導する方法であって、老化細胞内のKGA活性を、BPTES、DON、compound 968、CB-839、KGAに対する中和抗体、またはGLS1遺伝子をノックアウトするためのsiRNAもしくはmiRNAで阻害することを含む、前記方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、個体から老化細胞を除去する方法に関する。さらに、本発明は、純化した老化細胞の調製方法に関する
【背景技術】
【0002】
超高齢を迎えた現代社会にとって、健康寿命の延長は現代科学の解決すべき最重要課題の一つである。健康寿命の延長には、医療システムの改革や生活習慣病、食習慣等の改善が有効な手段であることは明白である。しかし、健康寿命に対する抜本的な対応には、老化制御機構の俯瞰的理解と、老化に伴う加齢性疾病や、臓器・組織の機能低下を予防する技術の開発が必要不可欠である。
【0003】
これまで細胞老化は、細胞増殖の不可逆的な停止と考えられ、がん防御メカニズムの1つとして位置づけられてきたが、その一方で、細胞老化は、個体レベルの老化や老化に関連した疾患においても何らかの役割を果たしていると考えられるようになってきた。老化細胞は、炎症性サイトカイン、ケモカイン、マトリクスメタロプロテイナーゼおよび成長因子などを分泌することが示されており、この現象は、老化関連分泌表現型(senescence-associated secretory phenotype:SASP)と称され、老化関連疾患の発症に関連していることが示唆されている(非特許文献1~非特許文献3)。
【0004】
近年、老化制御機構の解明に大きなパラダイムシフトが生じた。Bakerらは、早老性モデルマウスを用いた遺伝学的解析から、老齢個体から人工的に老化細胞を除去すると、動脈硬化や腎障害などの老年病の発症が有意に遅れ、さらには寿命そのものも延長することを報告した(非特許文献4)。さらに、非早老性マウスにおいて、老化細胞が健康寿命に及ぼす影響を調べたところ、老化細胞のバイオマーカーの1つであるp16陽性細胞が体内に蓄積すると寿命が短くなる傾向にあること、p16陽性細胞を除去すると個体の健康寿命が伸びる可能性があることなどが示唆された(非特許文献5)。従って、生体内に存在する老化細胞を選択的に死滅または除去できる薬剤の開発は、健康寿命の延長や加齢に伴う疾患(動脈硬化症や骨粗鬆症)の治療に対する新たな方法論の確立につながると考えられる。
【0005】
ところで、細胞の老化は、様々なゲノムストレスにより誘導されるため、誘導刺激の種類に依存して特異的なシグナル経路が活性化されている。従って、全ての老化細胞に共通したトランスクリプトームや、メタボローム状態を明らかにするためには、外的刺激なく、かつ100%純化した老化細胞調製技術の開発が必要不可欠である。
これまでに発明者らは、細胞老化の誘導には、G2期においてp53が活性化されることが、必要十分であることを明らかにしている(非特許文献6)。しかしながら、現在のところ、純化した老化細胞を安定的に調製する技術の確立までには至っていない。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0006】
【文献】Campisiら, Annu. Rev. Physiol. 75:685-705 2013
【文献】Shaplessら, nature Rev. Cancer 15:397-408 2015
【文献】van Deursen, Nature 509:439-446 2014
【文献】Bakerら, Nature 479:232-236 2011
【文献】Bakerら, Nature 530:184-189 2016
【文献】Johmuraら, Mol Cell 55:73-84 2014
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
上記事情に鑑み、本発明者らは、老化細胞を純化する方法の確立を目指すとともに、老化細胞を選択的に死滅または除去する方法および物質の同定を解決課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
発明者らは、まず、老化細胞の純化を試みた。これまでに、細胞をG2期に同調した状態で、がん抑制タンパク質のp53を活性化することが細胞老化の誘導には必要十分であることを示している(非特許文献6)。発明者らは、この知見に基づいて細胞老化を誘導した上で、純化した老化細胞集団(老化細胞のみの細胞集団)を調製する方法を検討したところ、G2期細胞のp53を活性化し、さらに、PLK1(polo-like kinase 1)の活性を阻害すると、老化細胞の純化が可能であることを見い出した。
【0009】
さらに、発明者らは、上述の純化老化細胞の培養系を用いてガスクロマトグラフィー法による老化細胞のメタボローム解析を行った。その結果、老化細胞では活性酸素量の上昇によりクエン酸からイソクエン酸への変換反応が阻害されており、αケトグルタル酸の産生とそれ以降のクエン酸回路の回転がグルタミン代謝経路(グルタミノリシス)に依存している可能性が示唆された。そこで、老化細胞のグルタミノリシスを薬剤で阻害したところ、老化細胞に選択的な細胞死が誘導されることが明らかとなった。
本発明は以上の知見に基づいて完成されたものである。
【0010】
すなわち、本発明は以下の(1)~(8)である。
(1)生体内の老化細胞を除去するための薬剤であって、グルタミナーゼ阻害剤を有効成分として含有する、老化細胞除去剤。
(2)前記グルタミナーゼが、KGA(Kidney-type glutaminase)であることを特徴とする上記(1)に記載の老化細胞除去剤。
(3)上記(1)または(2)に記載の老化細胞除去剤を含む、加齢に伴い発症する疾患の予防または治療のための医薬組成物。
(4)前記疾患が、動脈硬化症、骨粗鬆症、白内障、緑内障、認知症、パーキンソン病、肺線維症、慢性閉塞性肺疾患、癌、2型糖尿病、慢性腎不全、心肥大、肝硬変、サルコペニアまたは羸痩である上記(3)に記載の医薬組成物。
(5)老化細胞を調製する方法であって、以下の工程(a)~(c)を含む方法。
(a)細胞をG2期に同調させる工程、
(b)G2期に同調した細胞内のp53タンパク質を活性化する工程、および
(c)工程(b)の処理を行った細胞内のPLK1(polo-like kinase 1)活性を阻害する工程
(6)前記(a)が、前記細胞にCDK1(Cyclin-dependent kinase 1)活性阻害剤を接触させる工程である、上記(5)に記載の方法。
(7)前記(b)が、前記細胞にMdm2タンパク質阻害剤を接触させる工程である、上記(5)に記載の方法。
(8)前記(c)が、前記細胞にPLK1活性阻害剤を接触させる工程である、上記(5)に記載の方法。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、純化した老化細胞集団を効率的に調製することが可能である。
【0012】
本発明によれば、生体内に存在する老化細胞を除去することができる。その結果、個体の健康寿命の延長が期待され、また、加齢に伴う疾患の予防および治療法や治療剤の開発が可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【
図1】老化細胞の調製。Aは、100 %純化老化細胞の調製スケジュールの1例を示す。また、調製開始から21日目の細胞中のSA-β-gal陽性細胞の割合(B)とp16 mRNAの発現量を示す。
【
図2】老化細胞におけるグルタミナーゼの発現量の検討。Aは、老化誘導後の細胞(老化細胞)および老化誘導前の細胞(正常細胞)由来の細胞抽出液を用いて、KGAおよびGACに対する抗体でウエスタンブロッティングを行った結果を示す。Bは、老化細胞および正常細胞中のKGAおよびGACのmRNA発現量をqPCRで測定した結果を示す。Cは、老化細胞および正常細胞中の各グルタミナーゼmRNAの安定性をルシフェラーゼレポーターアッセイで調べた結果を示す。
【
図3】老化細胞におけるグルタミノリシスの役割の検討。Aは、グルタミノリシスを模式的に示した図(上図)と、老化細胞および正常細胞に対する、グルタミナーゼ阻害剤(BPTES)の影響を調べた結果である(下図)。Bは、老化細胞および正常細胞由来の細胞抽出液を用いて、BPTESまたはBPTES+DM-KG(膜透過型α-ケトグルタル酸)の存在下または非存在下における、S6Kタンパク質T389のリン酸化、S6Kタンパク質、p16タンパク質量を抗体で検出した結果を示す。Cは、老化細胞および正常細胞中のBPTESまたはBPTE+DM-KG(膜透過型α-ケトグルタル酸)の存在下または非存在下におけるIL-6およびIL-8 のmRNA発現量を測定した結果である。
【
図4】老化細胞内のpH制御におけるグルタミノリシスの役割。Aは、BPTES存在下または非存在下での、老化細胞および正常細胞の細胞内アンモニア濃度を測定した結果である。Bは、BPTES存在下または非存在下での、老化細胞および正常細胞の細胞内pHを測定した結果である。Cは、BPTES非存在下、BPTES存在下、BPTES+DUB存在またはBPTES+CsA存在下での、老化細胞数をカウントした結果である。Dは、BPTES非存在下、BPTES存在下、BPTES+DUB存在またはBPTES+CsA存在下での、老化細胞数をカウントした結果である。
【
図5】グルタミナーゼ阻害剤でグルタミノリシスを阻害することによる老化細胞の除去。BPTES(12.5 mg/kg 体重)を投与したマウスの心臓、脳、腎臓および肝臓におけるp16遺伝子(老化マーカー)の発現量を測定した結果を示す。
【
図6】加齢に伴う糸球体硬化に対するグルタミノリシス阻害剤の効果。Aは、若いマウス(Young)(8週齢、n=8)、ビークル処理した高齢マウス(Aged、Mock)(76週齢、n=12)またはB PTES処理した高齢マウス(Aged、BPTES)(76週齢、n=12)から採取した糸球体をPAS染色した結果である。スケールバーは、250 μm。B、CおよびDは、各々、糸球体硬化の程度(B)、血清尿素濃度(C)および血清クレアチニン濃度(D)を示す。データは平均値±標準偏差で示し、ボックスプロットは、中央値、四分位範囲を示す。データはOne-way ANOVAによる解析後、Tukey’s multiple comparisons post hoc testで多重比較検討を行った。*P < 0.05、***P < 0.001。
【
図7】加齢に伴う肺線維症に対するグルタミノリシス阻害剤の効果。Aは、若いマウス(Young)(8週齢、n=8)、ビークル処理した高齢マウス(Aged、Mock)(76週齢、n=12)またはB PTES処理した高齢マウス(Aged、BPTES)(76週齢、n=12)から採取した肺組織をMT染色した結果である。スケールバーは、100 μm。Bは、MT染色ポジティブな領域の面積を示す。値は、Youngの数値の平均値を1とした相対値で示す。データは平均値±標準偏差で示し、ボックスプロットは、中央値、四分位範囲を示す。統計処理は
図6と同じ。**P < 0.01、****P < 0.0001。
【
図8】加齢に伴う心筋線維症および心肥大に対するグルタミノリシス阻害剤の効果。Aは、若いマウス(Young)(8週齢、n=8)、ビークル処理した高齢マウス(Aged、Mock)(76週齢、n=12)またはB PTES処理した高齢マウス(Aged、BPTES)(76週齢、n=12)から採取した心臓組織をMT染色した結果である。スケールバーは、100μm。B、CおよびDは、各々、MT染色ポジティブな領域の面積(B)、心筋細胞のサイズ(C)および心臓重量(D)を示す。データは平均値±標準偏差で示し、ボックスプロットは、中央値、四分位範囲を示す。Bの値は、Youngの数値の平均値を1とした相対値で示す。統計処理は
図6と同じ。*P < 0.05、**P < 0.01、****P < 0.0001。
【
図9】加齢に伴う肝臓へのマクロファージ浸潤に対するグルタミノリシス阻害剤の効果。Aは、若いマウス(Young)(8週齢、n=8)、ビークル処理した高齢マウス(Aged、Mock)(76週齢、n=12)またはB PTES処理した高齢マウス(Aged、BPTES)(76週齢、n=12)から採取した肝臓組織を抗F4/80抗体で免疫染色した結果である。スケールバーは、50 μm。Bは、抗F4/80抗体で染色された面積を、Youngの数値の平均値を1とした相対値で示す。データは平均値±標準偏差で示し、ボックスプロットは、中央値、四分位範囲を示す。統計処理は
図6と同じ。***P < 0.001、****P < 0.0001。
【
図10】加齢に伴う白色脂肪組織への老化細胞の蓄積に対するグルタミノリシス阻害剤の効果。若いマウス(Young)(8週齢、n=8)、ビークル処理した高齢マウス(Aged、Mock)(76週齢、n=12)またはBPTES処理した高齢マウス(Aged、BPTES)(76週齢、n=12)から採取した脂肪組織のin siteでのSA-βGal染色の結果(A)と、SA-βGalポジティブ細胞の割合を示す(B)。スケールバーは、0.5 cm。データは平均値±標準偏差で示し、ボックスプロットは、中央値、四分位範囲を示す。統計処理は
図6と同じ。****P < 0.0001。
【
図11】肥満に伴う白色脂肪組織への老化細胞の蓄積、マクロファージ浸潤および肥大に対するグルタミノリシス阻害剤の効果。Aは、通常食(ND)を与えたマウス(Mock)(8週齢、n=4)、高脂肪食(HFD)を与えてビークル処理(Mock)(8週齢、n=8)またはBPTES処理(BPTES)(8週齢、n=8)したマウスから脂肪組織を採取し、in siteでSA-βGal染色した結果(A上)と抗F4/80抗体で免疫染色した結果(A下)を示す。B、C、DおよびEは、各々、SA-βGalポジティブな領域の面積(B)、脂肪組織の重量(C)、脂肪細胞の直径の平均値(D)および抗F4/80抗体で染色された面積(E)を示す。データは平均値±標準偏差で示し、ボックスプロットは、中央値、四分位範囲を示す。統計処理は
図6と同じ。**P < 0.01、***P < 0.001、****P < 0.0001。
【
図12】肥満に伴う動脈硬化に対するグルタミノリシス阻害剤の効果。Aは通常食を与えた野生型マウス(Wt-ND)(8週齢、n=5)、高脂肪食を与えてビークル処理(Mock)(8週齢、n=5)またはBPTES処理(BPTES)(8週齢、n=5)したApoEノックアウトマウスの大動脈を、Sudan IVで染色した結果を示す。BおよびCは、各々、大動脈のプラーク数(B)および大動脈の傷害領域の割合(C)を示す。スケールバーは、500 μm。データは平均値±標準偏差で示し、ボックスプロットは、中央値、四分位範囲を示す。統計処理は
図6と同じ。*P < 0.05、**P < 0.01、***P < 0.001、****P < 0.0001。
【
図13】非アルコール性脂肪肝炎に伴う肝機能悪化に対するグルタミノリシス阻害剤の効果。野生型マウス(8週齢)にコリン欠損Lアミノ酸含有高脂肪食を8週間与えた後、ビークル処理(Mock)(n=5)またはBPTES処理(BPTES)(n=5)し、肝臓中のヒドロキシプロリン量(OH-Pro)(A)、血清AST量(B)ならびに肝臓におけるIL-6(C)、KGA(D)およびp16(E)のmRNA発現量を測定した結果を示す。データは平均値±標準偏差で示し、ボックスプロットは、中央値、四分位範囲を示す。統計処理は
図6と同じ。*P < 0.05、**P < 0.01、****P < 0.0001。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本発明の第1の実施形態は、生体内の老化細胞を除去するための薬剤であって、グルタミノリシス(グルタミン代謝経路)の阻害剤、例えば、グルタミナーゼ阻害剤を有効成分として含有する、老化細胞除去剤(以下「本発明の老化細胞除去剤」とも記載する)である。
ここで、「老化細胞除去剤」とは、in vivoまたはin vitroにおいて老化細胞に細胞死を誘導し、老化細胞を含む細胞集団から、老化細胞を選択的に除去する薬剤のことである。
【0015】
本発明の実施形態において、「老化細胞」とは、細胞増殖または細胞周期が不可逆的に停止した細胞のことである。細胞が老化細胞であるかどうかは、細胞老化の特徴を指標にして評価することができる。多くの先行研究によって、細胞老化の特徴が報告されており、例えば、p16(CDKN2A)タンパク質の発現上昇、細胞老化特異的β-ガラクトシダーゼ(senescence-associated β-galactosidase:SA-β-gal)の活性化、p21(CDKN1A)タンパク質の発現上昇、p19タンパク質の発現上昇、細胞老化特異的ヘテロクロマチン形成(Senescence-associated heterochromatic foci:SAHF)、DNA損傷応答(DDR)および老化関連分泌表現型(senescence-associated secretory phenotype:SASP)などを挙げることができる(細胞老化の特徴に関する、詳細については、例えば、Kuilmanら, Genes Dev 24:2463-2479, 2010などを参照のこと)。
【0016】
発明者らは、前述のように、老化細胞のグルタミノリシスを阻害すると、老化細胞に選択的な細胞死が誘導されることを明らかにした。グルタミノリシスは、いくつかの反応段階によって構成されるが、なかでも、グルタミンからグルタミン酸を生成する反応段階を阻害することで老化細胞特異的な細胞死を効率的に誘導することができる。グルタミンからグルタミン酸を生成する反応は、グルタミナーゼ(EC 13.5.1.2)で触媒される。ほ乳類には、GLS1遺伝子にコードされる腎臓型のKGA(kidney-type glutaminase)とGLS2遺伝子にコードされる肝臓型のLGA(liver-type glutaminase)の2つが存在している。KGAは全身に広く分布しているのに対し、LGAは主として肝臓に存在している。また、KGAは、C末端領域のみが異なる2つのスプライスバリアントとして存在し、長いフォームをそのままKGAと称し、短いフォームはGAC(glutaminase C)と称される。
【0017】
本発明の実施形態で使用するグルタミナーゼ阻害剤は、少なくともKGAの活性を阻害するものであれば、いかなるものであってもよく、そのような阻害剤は、当業者であれば容易に選択することができる。当該グルタミナーゼ阻害剤として、特に限定はしないが、例えば、BPTES(ビス-2-(5- フェニルアセトアミド-1, 3, 4-チアジアゾール-2-イル)エチルスルフィド:Bis- 2-(5- phenylacetamido-1,3,4-thiadiazol-2-yl)ethyl sulfide)(CAS No:314045-39-1)、DON(6-ジアゾ-5-オキソ-L-ノルロイシン:6-Diazo-5-oxo-L-norleucine)(CAS No:51481-10-8)、compound 968(CAS No:311795-38-7)および
CB-839(CAS No:1439399-58-2)などを挙げることができる。また、これら以外にも、KGAに対する中和抗体またはその断片などのタンパク質もしくはペプチド、KGAをコードする遺伝子(GLS1)をノックアウトするためのsiRNAやmiRNAなどの核酸をグルタミナーゼ阻害剤として使用してもよい。
【0018】
本発明の第2の実施形態は、本発明の老化細胞除去剤を含む、医薬組成物(以下「本発明の医薬組成物」とも記載する)である。本発明の医薬組成物は、有効成分として本発明の老化細胞除去剤を含んでいるため、これを生体に投与すると、体内の老化細胞が選択的に死滅または除去される(実施例を参照のこと)。従って、本発明の医薬組成物は、健康寿命の延長および加齢に伴い発症する疾患、例えば、動脈硬化症、骨粗鬆症、白内障、緑内障、認知症、パーキンソン病、肺線維症、慢性閉塞性肺疾患、癌、2型糖尿病、慢性腎不全、心肥大、肝硬変、サルコペニアまたは羸痩などの予防または治療に効果を発揮することが期待できる。なお、ここに挙げた疾患はあくまでも例示であって、老化細胞の蓄積に起因する加齢または老化関連疾患はこれら以外の疾患も本発明の対象となることは言うまでもない。
本発明の医薬組成物は、有効成分(老化細胞除去剤)の他、1または2以上の製剤用添加物を含む医薬組成物の形態で投与してもよい。また、当該実施形態にかかる医薬組成物中には、公知の他の薬剤を併せて配合してもよい。
【0019】
本発明の医薬組成物は、経口または非経口用の剤型であってもよく、特に限定はしないが、例えば、錠剤、カプセル剤、顆粒剤、散剤、シロップ剤、懸濁剤、座剤、軟膏、クリーム剤、ゲル剤、貼付剤、吸入剤または注射剤等が挙げられる。これらの製剤は常法に従って調製される。なお、液体製剤にあっては、用時、水または他の適当な溶媒に溶解または懸濁するものであってもよい。また、錠剤、顆粒剤は周知の方法でコーティングしてもよい。注射剤の場合には、有効成分を水に溶解させて調製されるが、必要に応じて生理食塩水あるいはブドウ糖溶液に溶解させてもよく、また、緩衝剤や保存剤を添加してもよい。
【0020】
本発明の医薬組成物の製造に用いられる製剤用添加物の種類、有効成分に対する製剤用添加物の割合、あるいは、医薬組成物の製造方法は、その形態に応じて当業者が適宜選択することが可能である。製剤用添加物としては無機または有機物質、あるいは、固体または液体の物質を用いることができ、一般的には、有効成分重量に対して、例えば、0.1重量%~99.9重量%、1重量%~95.0重量%、または1重量%~90.0重量%の間で配合することができる。具体的には、製剤用添加物の例として乳糖、ブドウ糖、マンニット、デキストリン、シクロデキストリン、デンプン、蔗糖、メタケイ酸アルミン酸マグネシウム、合成ケイ酸アルミニウム、カルボキシメチルセルロースナトリウム、ヒドロキシプロピルデンプン、カルボキシメチルセルロースカルシウム、イオン交換樹脂、メチルセルロース、ゼラチン、アラビアゴム、ヒドロキシプロピルセルロース、ヒドロキシプロピルメチルセルロース、ポリビニルピロリドン、ポリビニルアルコール、軽質無水ケイ酸、ステアリン酸マグネシウム、タルク、トラガント、ベントナイト、ビーガム、酸化チタン、ソルビタン脂肪酸エステル、ラウリル硫酸ナトリウム、グリセリン、脂肪酸グリセリンエステル、精製ラノリン、グリセロゼラチン、ポリソルベート、マクロゴール、植物油、ロウ、流動パラフィン、白色ワセリン、フルオロカーボン、非イオン性界面活性剤、プロピレングルコールまたは水等が挙げられる。
【0021】
経口投与用の固形製剤を製造するには、有効成分と賦形剤成分、例えば、乳糖、澱粉、結晶セルロース、乳酸カルシウムまたは無水ケイ酸などと混合して散剤とするか、さらに必要に応じて白糖、ヒドロキシプロピルセルロースまたはポリビニルピロリドンなどの結合剤、カルボキシメチルセルロースまたはカルボキシメチルセルロースカルシウムなどの崩壊剤などを加えて湿式または乾式造粒して顆粒剤とする。錠剤を製造するには、これらの散剤および顆粒剤をそのまま、あるいは、ステアリン酸マグネシウムまたはタルクなどの滑沢剤を加えて打錠すればよい。これらの顆粒または錠剤は、ヒドロキシプロピルメチルセルロースフタレート、メタクリル酸-メタクリル酸メチルポリマーなどの腸溶剤基剤で被覆して腸溶剤製剤、あるいは、エチルセルロース、カルナウバロウまたは硬化油などで被覆して持続性製剤とすることもできる。また、カプセル剤を製造するには、散剤または顆粒剤を硬カプセルに充填するか、有効成分をそのまま、あるいは、グリセリン、ポリエチレングリコール、ゴマ油またはオリーブ油などに溶解した後ゼラチンで被覆し軟カプセルとすることができる。
【0022】
注射剤を製造するには、有効成分を必要に応じて、塩酸、水酸化ナトリウム、乳糖、乳酸、ナトリウム、リン酸一水素ナトリウムまたはリン酸二水素ナトリウムなどのpH調整剤、塩化ナトリウムまたはブドウ糖などの等張化剤と共に注射用蒸留水に溶解し、無菌濾過してアンプルに充填するか、さらに、マンニトール、デキストリン、シクロデキストリンまたはゼラチンなどを加えて真空凍結乾燥し、用事溶解型の注射剤としてもよい。また、有効成分にレチシン、ポリソルベート80またはポリオキシエチレン硬化ヒマシ油などを加えて水中で乳化させ、注射剤用乳剤とすることもできる。
【0023】
直腸投与剤を製造するには、有効成分をカカオ脂、脂肪酸のトリ、ジおよびモノグリセリドまたはポリエチレングリコールなどの座剤用基材と共に加湿して溶解し、型に流し込んで冷却するか、有効成分をポリエチレングリコールまたは大豆油などに溶解した後、ゼラチン膜等で被覆してもよい。
【0024】
本発明の医薬組成物の投与量および投与回数は特に限定されず、治療対象疾患の悪化・進展の防止および/または治療の目的、疾患の種類、患者の体重や年齢などの条件に応じて、医師または薬剤師の判断により適宜選択することが可能である。
一般的には、経口投与における成人1日あたりの投与量は0.01~1,000 mg(有効成分重量)程度であり、1日1回または数回に分けて、あるいは数日ごとに投与することができる。注射剤として用いる場合には、成人に対して1日量0.001~100mg(有効成分重量)を連続投与または間欠投与することが望ましい。
【0025】
本発明の第3の実施形態は、in vitroまたはin vivoにおいて、老化細胞内のグルタミナーゼ活性を阻害することを含む、老化細胞に細胞死を誘導する方法である。
老化細胞内のグルタミナーゼ活性の阻害は、例えば、前述のグルタミナーゼ阻害剤を老化細胞と接触させ、細胞内に侵入させる状態にすることでも実施することが可能である。例えば、生体内の老化細胞に細胞死を誘導する場合、グルタミナーゼ阻害剤を薬学的に許容される担体等とともに、生体に投与してもよい。この場合、グルタミナーゼ阻害剤を、上記第2の実施形態で記載した医薬組成物の形態で投与することもできる。
【0026】
本発明の第4の実施形態は、本発明の医薬組成物または本発明の老化細胞除去剤を患者に投与することを含む、加齢に伴い発症する疾患の予防もしくは治療方法である。
ここで「治療」とは、すでに加齢に伴い発症する疾患を発症した患者において、その病態の進行および悪化を阻止または緩和することを意味し、これにより当該疾患の進行および悪化を阻止または緩和することを目的とする処置のことである。
また、「予防」とは、加齢に伴い発症する疾患の発症を予め阻止することを意味し、これにより当該疾患の発症を予め阻止することを目的とする処置のことである。
また、治療および予防の対象はヒトに限定されず、ヒト以外の哺乳動物、例えば、マウス、ラット、イヌ、ネコのほか、ウシ、ウマ、ヒツジなど家畜、サル、チンパンジーやゴリラなどの霊長類等であってもよく、特に好ましくは、ヒトである。
【0027】
本発明の第5の実施形態は、老化細胞を調製する方法であって、以下の工程(a)~(c)を含む方法である。
(a)細胞をG2期に同調させる工程、
(b)G2期に同調した細胞内のp53タンパク質を活性化する工程、および
(c)工程(b)の処理を行った細胞内のPLK1(polo-like kinase 1)活性を阻害する工程
【0028】
老化細胞かどうかは、例えば、細胞内における、p16タンパク質、p21タンパク質またはp19タンパク質の発現が正常細胞と比較して有意に上昇していること、細胞老化特異的β-ガラクトシダーゼ(SA-β-gal)の活性が正常細胞と比較して有意に上昇していること、炎症性サイトカイン(例えば、IL-6やIL-8など)、増殖因子(例えば、IGFBP7など)およびマトリックスメタロプロテアーゼ(matrix metalloproteinases:MMPs)などSASPに特徴的な分子の分泌の有意な増加などを指標にして評価することができる。
【0029】
老化を誘導する細胞は、ほ乳類由来の細胞であれば如何なる動物由来であってもよく、また、どのような組織由来の細胞であってもよい。老化細胞を調製するための細胞培養において基本となる培地は、培養する細胞に適したものであれば、如何なるものであってもよく、必要に応じて、抗生物質やプロテアーゼインヒビターなどを添加して使用してもよい。また、培養条件についても、用いる細胞に適したCO2濃度や培養温度を採用することができる。
【0030】
第5の実施形態における工程(a)は、老化誘導する細胞集団の細胞周期をG2(gap2)期に同調させる処理を行う工程である。細胞をG2期に同調する方法は、当業者であれば、容易に適切な方法を選択することができるが、例えば、細胞をCDK1(Cyclin-dependent kinase 1)阻害剤で処理(例えば、細胞にCDK1阻害剤を接触させる)して、当該細胞内のCDK1活性を阻害する方法の他、抗がん剤の添加、放射線照射および紫外線の照射などを挙げることができる。CDK1活性阻害のために、市販のCDK阻害剤を使用してもよく、CDK1阻害剤として、例えば、RO3306(CAS No:872573-93-8)、Roscovitine(CAS No:186692-46-6)およびBMI-1026(CAS No:477726-77-5)などを挙げることができる。CDK1阻害剤は、細胞の培養液等に添加して用いることができ、使用濃度は、購入先の使用説明書などを参考にして、予備的な実験を行うことで、容易に決定することができる。特に限定はしないが、例えば、CDK1阻害剤として、RO3306を使用する場合、培養液中の濃度としては、例えば、1~20μM、好ましくは5~10μM、より好ましくは9μM程度である。また、RO3306を使用する場合、細胞を処理する時間は、特に限定はしないが、例えば、10時間~30時間、好ましくは15時間~25時間、より好ましくは24時間程度である。
【0031】
第5の実施形態における工程(b)は、工程(a)でG2期に同調した細胞(集団)内のp53タンパク質を活性化するための処理を行う工程である。細胞内のp53タンパク質を活性化する方法は、当業者であれば容易に選択することができるが、例えば、Mdm2タンパク質(p53タンパク質と相互作用して、p53タンパク質活性を抑制的に調節する)の活性を阻害する方法の他、抗がん剤の添加、放射線照射、紫外線照射、酸化的ストレス負荷および栄養枯渇などを挙げることができる。Mdm2タンパク質の活性を阻害するために、市販の阻害剤を使用してもよく、そのような阻害剤として、例えば、Nutlin-3a(CAS No:675576-98-4)、HLI373(CAS No:502137-98-6)、RG7388(CAS No:1229705-06-9)、AMG-232(CAS No:1352066-68-2)および(MI-773 CAS No:1303607-07-9)などを挙げることができる。Mdm2阻害剤は、細胞の培養液等に添加して用いることができ、使用濃度は、購入先の使用説明書などを参考にして、予備的な実験を行うことで、容易に決定することができる。特に限定はしないが、例えば、Mdm2阻害剤として、Nutlin-3aを使用する場合、培養液中の濃度としては、例えば、1~20μM、好ましくは5~15μM、より好ましくは10μM程度である。また、Nutlin-3aを使用する場合、細胞を処理する時間は、特に限定はしないが、例えば、10時間~70時間、好ましくは30時間~60時間、より好ましくは50時間程度である。
【0032】
第5の実施形態における工程(c)は、工程(a)および(b)でG2期におよびp53タンパク質を活性化した細胞内のPLK1(polo-like kinase 1)活性を阻害するための処理を行う工程である。細胞内のPLK1活性化を阻害するために、例えば、市販のPLK1活性阻害剤を使用してもよく、そのような阻害剤として、例えば、BI2536(CAS No:755038-02-9)、GSK461364(CAS No:929095-18-1)、PCM-075(CAS No:1263293-37-3)およびBI-6727(CAS :755038-65-4)などを挙げることができる。PLK1活性阻害剤は、細胞の培養液等に添加して用いることができ、使用濃度は、購入先の使用説明書などを参考にして、予備的な実験を行うことで、容易に決定することができる。特に限定はしないが、例えば、PLK1活性阻害剤として、BI2536を使用する場合、培養液中の濃度としては、例えば、50~150nM、好ましくは75~120nM、より好ましくは100nM程度である。また、BI2536を使用する場合、細胞を処理する時間は、特に限定はしないが、例えば、7日間~15日間、好ましくは8日間~12日間、より好ましくは9日間程度である。
【0033】
本明細書が英語に翻訳されて、単数形の「a」、「an」、および「the」の単語が含まれる場合、文脈から明らかにそうでないことが示されていない限り、単数のみならず複数のものも含むものとする。
以下に実施例を示してさらに本発明の説明を行うが、本実施例は、あくまでも本発明の実施形態の例示にすぎず、本発明の範囲を限定するものではない。
【実施例】
【0034】
1.老化細胞の調製方法
細胞老化誘導は様々なゲノムストレスにより誘導されるため、誘導刺激の種類に依存して特異的なシグナル経路が活性化されている。従って、全ての老化細胞に共通したトランスクリプトームや、メタボローム状態を明らかにするためには、外的刺激なく、かつ100%純化した老化細胞調製技術の開発が必要不可欠である。以下に、外的刺激なく100%純化老化細胞を安定的に長期培養できる培養系について詳述する。
正常ヒト線維芽細胞(HCA2)にRO3306(SIGMA -ALDRICH)(終濃度9 μM)を添加し、37℃、5% CO
2、16時間培養した。次に、RO3306(終濃度9μM)およびNutlin-3a(SIGMA -ALDRICH)(終濃度10 μM)を添加した培養液中で、37℃、5% CO
2、8時間培養した後、Nutlin-3a(終濃度10 μM)を添加した培養液中で、37℃、5% CO
2、48時間培養した。3日おきにBI2536(SIGMA -ALDRICH)(終濃度100 nM)を添加した培地に交換しながら、37℃、5% CO
2、9日間培養した。その後、3日おきに通常の培地に交換しながら、37℃、5% CO
2、9日間培養することで、老化誘導を行った(
図1A)。
【0035】
老化誘導前(培養0日)と誘導後(培養21日)の細胞を、Senescence β-Galactosidase Staining kit(CST)を用い、添付のプロトコルに従って染色した。
細胞が培養されたプレート毎に、ランダムな200個の細胞の染色の有無をカウントした。その結果、培養21日目には、カウントしたほぼすべての細胞においてSA-β-galの染色が認められた(
図1B)。
また、同様の処理をした培養21日目の細胞から、RNeasy mini kit(Qiagen)を用い、添付のプロトコルに従ってtotal RNAを調製した。調製したtotal RNAを鋳型にして、 ReverTra Ace qPCR RT kit(Takara)を使用し、添付のプロトコルに従ってcDNAに逆転写した。次いで、cDNAを鋳型にして、Power SYBR Green PCR Master Mix (Applied Biosystems)を用いて、p16 mRNAの発現量を測定するためにqPCR解析を行った。p16mRNA発現量の検出のためのプライマーを以下に示す。
Forward:5’-CCCAACGCACCGAATAGTTA-3’(配列番号1)
Reverse:5’- ACCAGCGTGTCCAGGAAG-3’ (配列番号2)
mRNAの発現量は、GAPDH mRNAの量で補正した。その結果、培養21日目の細胞では、p16の発現が顕著に増大していた。
以上の結果から、本発明の老化細胞調製方法により、ほぼすべての細胞を老化誘導することができることが確認された。
【0036】
2.老化細胞特異的な細胞死の誘導
上記1.の方法で調製した老化細胞を使用して、RNA-sequencingによる老化細胞のトランスクリプトーム解析を行った。その結果、老化細胞では代謝関連遺伝子の発現が大きく変化していることが示唆された。さらに老化細胞の代謝特性を明らかにするために、GC-MSを用いたメタボローム解析を行った。その結果、老化細胞では正常細胞と異なり以下のような特徴を有することが分かった。
(i)クエン酸が顕著に蓄積していること。
(ii)イソクエン酸の量が顕著に減少していること。
(iii)αケトグルタル酸以降のクエン酸回路の各代謝物の量はほぼ変わらないこと。
上記の結果と一致して、老化細胞ではクエン酸からイソクエン酸への変換反応を担うアコニターゼの活性が顕著に低下していることが明らかになった。アコニターゼは活性酸素により酸化されることでその活性が阻害されることが知られている。実際に、老化細胞では活性酸素の量が顕著に上昇しており、また活性酸素の阻害剤を老化細胞に投与することで、アコニターゼ活性がかなりの程度回復することを見出した。
これらの結果から、老化細胞では活性酸素量の上昇によりクエン酸からイソクエン酸への変換反応が阻害されており、αケトグルタル酸の産生とそれ以降のクエン酸回路の回転がグルタミン代謝経路(グルタミノリシス)に依存している可能性が示唆された。そこでグルタミノリシス阻害剤が老化細胞の生存および機能制御に与える影響を解析した。
【0037】
2-1.老化細胞におけるグルタミナーゼ
老化誘導前の細胞(正常細胞)および老化誘導後の細胞(老化細胞)から、Laemmli-buffer(2% SDS、10% glycerol、5% 2-mercaptoethanol、0.002% bromophenol blueおよび62.5 mM Tris HCl at pH 6.8)を用いて細胞抽出液を調製した。細胞抽出液(20-50 μg)をSDS-PAGE法により分離し、PVDF膜に転写後、抗KGA抗体、抗GAC抗体および抗GLS抗体(以上の抗体はProteintechから入手)を用いてウエスタンブロットを行い、ECL法により検出した。その結果、老化細胞ではグルタミンからグルタミン酸への変換反応を担うグルタミナーゼのアイソフォームの一つであるKGAの発現量が顕著に上昇していることが明らかになった(
図2A)。
【0038】
次に、正常細胞および老化細胞から調製したtotal RNAを鋳型として、 ReverTra Ace qPCR RT kitでcDNAに逆転写した後、Power SYBR Green PCR Master Mixを用いて、KGAおよびGACのmRNAの発現量をqPCRで解析した。各mRNAの値は、GAPDH mRNAの発現量で補正した。その結果、KGA mRNAの発現量が老化細胞において上昇していることが明らかになった(
図2B)。
【0039】
また、老化細胞におけるグルタミナーゼの発現上昇メカニズムを解明する目的で、グルタミナーゼ遺伝子の3’UTRをルシフェラーゼ遺伝子の下流につないだリポーターアッセイを行った。
Renilla luciferase遺伝子の下流にランダムな配列を挿入したcontrol、GAC遺伝子の3’UTRの2427bpを挿入したGAC、KGA遺伝子の3’UTRの2556bpを挿入したKGA-L、およびKGA遺伝子の3’UTRの325bpを挿入したKGA-Sのそれぞれのプラスミドを、4D-Nulecofector(Lonza)を用いて老化細胞および正常細胞に導入した。導入後48時間の細胞を用いて、Dual-Glo Luciferase Assay System(Promega)を用い、添付のプロトコルに従い、レポーター活性を測定した。その結果、mRNAの翻訳後制御に関わることが知られているKGA遺伝子のlong 3’UTR(KGA-L)を有するリポーター遺伝子の活性は、正常細胞において他のリポーターよりも活性が低下している一方、老化細胞ではむしろ増加することが分かった。この結果より、老化細胞グルタミナーゼ遺伝子の3’UTR領域を介したKGA mRNAの安定性が上昇していることが明らかになった(
図2C)。
【0040】
2-2.老化細胞におけるグルタミノリシスの役割
老化細胞の生存がグルタミノリシスに依存している可能性を調べるために、グルタミナーゼの阻害剤の効果を検討した。
老化細胞および正常細胞を約10,000細胞になるように、6 cm 培養皿に播種した。次の日(0 day)にグルタミナーゼ阻害剤であるBPTES(終濃度10 μM)を添加した培地または通常の培地に交換し、24時間おきに細胞をトリパンブルー染色し、血球計測板を用いて生細胞数を計測した。その結果、BPTESの3日間投与により、正常細胞では細胞数の増加が認められる一方、老化細胞では細胞数が90%以上減少した。従って、グルタミナーゼ阻害剤のBPTESは、老化細胞に選択的に細胞死を誘導できることが明らかになった(
図3A)。
【0041】
次に、老化細胞のもっとも重要な形質の1つである、炎症性サイトカインや細胞外基質分解酵素を大量に分泌する表現型SASPの主要因子IL-6およびIL-8の発現量に対する、BPTESの影響を調べた。老化細胞および正常細胞を、BPTES(終濃度2.5 μM)を添加した培地または通常の培地中にて、37℃、5%CO
2で24時間培養し、各細胞から、ISOGEN II(Wako)を用いてtotal RNAを調製した。Total RNAから、SuperScript II cDNA synthesis kit(Invitrogen)を用いcDNAに逆転写したのち、Power SYBR Green PCR Master Mix(Applied Biosystems)を用いて、IL-6およびIL-8発現量を測定するためにqPCR解析を行った。IL-6およびIL-8 mRNA発現量の検出のためのプライマーを以下に示す。
IL-6
Forward:5'-CCAGGAGCCCAGCTATGAAC-3'(配列番号3)
Reverse:5'-CCCAGGGAGAAGGCACTG-3'(配列番号4)
IL-8
Forward:5'-AAGGAAAACTGGGTGCAGAG-3'(配列番号5)
Reverse:5'-ATTGCATCTGGCAACCCTAC-3'(配列番号6)
老化細胞の生存にほとんど影響を与えない終濃度2.5 μM BPTESの投与により、SASP の主要因子IL-6およびIL-8のmRNA発現が阻害されることが分かった(
図3C)。
【0042】
さらに、SASP阻害に関する分子メカニズムについて解析を行った。老化細胞および正常細胞を、BPTES(終濃度2.5 μM)を添加した培地または通常の培地中にて、37℃、5% CO
2で24時間培養した。培養した細胞からLaemmli-buffer(2% SDS、10% glycerol、5% 2-mercaptoethanol、0.002% bromophenol blueおよび62.5 mM Tris HCl at pH 6.8)を用いて細胞抽出液を調製した。細胞抽出液(20-50 μg)をSDS-PAGE法により分離し、PVDF膜に転写後、S67Kタンパク質のT389リン酸化部位に対する抗体(CST)、S6Kタンパク質に対する抗体(CST)およびp16タンパク質に対する抗体(abcam)を用いてウエスタンブロッティングを行いECL法により検出した。その結果、BPTES処理によりSASPの主要な制御因子であるmTOR活性化の指標となるS6Kタンパク質T389のリン酸化が阻害されることが分かった(
図3B、S6KpT389、老化細胞のBPTESのレーンを参照)。この阻害効果は膜透過型αケトグルタル酸(DM-KG)の投与によりレスキューされることも明らかになった(
図3B、S6KpT389、老化細胞のDM-KGのレーンを参照)。
【0043】
阻害剤の検討に加えて、RNAi法を用いたグルタミナーゼの発現抑制によっても、同様の老化細胞に選択的な細胞死やSASPの抑制が確認された。
以上の結果から、グルタミノリシスの活性化が老化細胞の生存および機能発現に必須になっていることが明らかになった。
【0044】
2-3.老化細胞内のpH制御におけるグルタミノリシスの役割
BPTES(10 μM)処理による老化細胞選択的な細胞死の誘導は、膜透過型αケトグルタル酸の投与によりほとんどレスキューできなかったため、グルタミノリシスによる他の代謝産物が重要である可能性が考えられた。そして、KGA mRNAの安定化にはアシドーシスが深く関与しており、KGAを含めたグルタミナーゼはグルタミンからグルタミン酸に変換する際にアンモニア産生を行うことで、細胞内pHのホメオスタシスを制御している可能性が考えられた。そこで、アンモニア産生量および細胞内pHを解析した。
【0045】
老化細胞および正常細胞を、各々、約50,000細胞になるように、10 cm 培養皿に播種した。次の日にBPTES (終濃度10 μM)を添加した培地または通常の培地に交換し、37℃、5% CO
2で、24時間培養したのち、Ammonia assay kit(abcam)を用いて、細胞中のアンモニア量を定量した。その結果、正常細胞と比較して、老化細胞においてアンモニア産生量が約4倍に上昇すること、BPTES処理により老化細胞で上昇していたアンモニア産生量が正常細胞と同程度まで抑制されることが分かった(
図4A)。
【0046】
次に、老化細胞および正常細胞を、各々、約50,000細胞になるように、6 well plateに播種した。次の日にBPTES(終濃度10 μM)を添加した培地または通常の培地に交換し、37℃、5% CO
2で24時間培養した。培地を除き、終濃度3 μMのDCECF-AM(同仁化学)を添加したHEPES溶液で37℃、5% CO
2で、10分培養し、HEPES溶液で3回洗浄したのち、プレートリーダーで発光を測定した。pH値の決定のために、終濃度10 μMのNigericinを添加したHEPES溶液(pH6.0~7.6)で処理した細胞の発光量で補正した。その結果、BPTES処理により老化細胞では細胞内pHが通常の約7.4から約6.0に低下することも明らかになった(
図4B)。
【0047】
以前の報告で、細胞内pHの低下は、BNIP3タンパク質によるミトコンドリア膜透過遷移孔(mitochondrial permeability transition pore:mPTP)の開口を介したアポトーシス非依存的な細胞死を引き起こすことが知られている。そこで、BPTES処理細胞に対するmPTP阻害剤(DUBおよびCsA)の影響を調べた。
老化細胞および正常細胞を、各々、約10,000細胞になるように、6 cm 培養皿に播種した。次の日に、BPTES(終濃度10 μM)を添加し培地、BPTES(終濃度10 μM)とDUB(終濃度10 μM)を添加した培地、BPTES(終濃度10 μM)とCsA(終濃度10 μM)を添加した培地または通常の培地に交換し、37℃、5%CO
2で、24時間培養したのち、24時間おきに細胞をトリパンブルー染色し、血球計測板を用いて生細胞数を計測した。その結果、mPTP阻害剤で細胞を処理すると、BPTES処理で見られた90%以上の細胞死が20%程度まで減少することが分かった(
図4C)。
【0048】
次に、BPTES処理細胞の培地のpHを弱塩基性(pH8.0またはpH8.5)にして細胞の生存率を調べた。
老化細胞および正常細胞を、各々、約10,000細胞になるように、6 cm 培養皿に播種した。次の日に、BPTES(終濃度10 μM)を添加し、pH7.4、pH8.0またはpH8.5の培地に交換し、37℃、5% CO
2で、24時間培養したのち、24時間おきに細胞をトリパンブルー染色し、血球計測板を用いて生細胞数を計測した。その結果、BPTES処理で見られた90%以上の細胞死が、弱塩基性のpH条件下では、30%程度まで減少することが分かった(
図4D)。
【0049】
また、RNAi法を用いたBNIP3の発現抑制によっても、同様の老化細胞に選択的な細胞死の抑制が確認された。
以上の結果により、グルタミノリシスは、アンモニアの産生を介して、老化細胞のpHのホメオスタシスを制御することで、その生存を維持していると考えられた。
【0050】
2-4.グルタミノリシスの阻害による老化細胞の除去
BPTES処理により生体における老化細胞を除去できるか検討した。
96週齢のC57BL6/N系統の雄マウスにBPTES(12.5 mg/kg体重)を週に1回ずつ、1ヶ月間投与した。その後、マウスを解剖し、心臓、脳、腎臓および肝臓をホモジナイズして、RNAを抽出し、RNeasy mini kit(Qiagen)を用い、添付のプロトコルに従いtotal RNAを調製し、ReverTra Ace qPCR RT kit(Takara)を用いてcDNAに逆転写した。得られたcDNAを用い、Power SYBR Green PCR Master Mix (Applied Biosystems)を使用して、老化細胞のマーカーであるp16 mRNAの発現量をqPCRにより解析した。p16 mRNAの発現量は、GAPDHの値により補正した。p16 mRNA発現量の検出のためのプライマーを以下に示す。
Forward:5'-CCGCTGCAGACAGACTGG-3'(配列番号7)
Reverse:5'-CCATCATCATCACCTGAATCG-3'(配列番号8)
全てのマウスは特定の病原体フリーの環境で飼育し、東京大学医科学研究所動物実験ガイドラインに従って扱った(2-5.の実験も同様)。
解析の結果、心臓、脳、腎臓および肝臓において、BPTES処理によりp16 mRNAの発現低下が認められた(
図5)。この結果は、グルタミナーゼ阻害剤により、生体内における老化細胞を除去できることを示している。
【0051】
2-5.加齢または老化関連臓器機能障害に対するグルタミノリシス阻害効果
グルタミノリシスの阻害による老化細胞の除去が加齢または老化関連臓器機能障害を改善できるかどうか検討した。C57BL/6N雄マウス(8週齢(若いマウス)、76週齢(高齢マウス))にBPTES(0.25 mg/20 g/ 200 μl)またはビークル(10 % DMSO(コーン油中)/200 μ)を1月に2または3回腹腔内投与し、臓器および血液を採取した。
2-5-1.腎臓、肺、心臓および肝臓の加齢に伴う障害に対するグルタミノリシス阻害剤の効果
腎臓、肺、肝臓、心臓はOCT化合物で包埋し、凍結切片を作製した後、ヘマトキシリン/エオシン(H & E)による組織染色、マッソントリクローム(Masson Trichrome:MT)試薬、過ヨウ素酸シッフ(Periodic Acid Schiff:PAS)試薬(Fisher Scientific)を用いた組織染色、または抗F4-80抗体(CST)を用いてDAB(3,3'-Diaminobenzidine Tetrahydrochloride)(DAKO)で発色させる免疫染色を行った。染色後、組織切片を顕微鏡で観察した。
【0052】
腎臓の糸球体硬化については、1個体あたり40の糸球体についてPAS陽性の強度および範囲に基づいて評価した。また、血清尿素濃度およびクレアチニン濃度は、各々、Urea Assay kit (Abcam) またはCreatinine Assay kit (Abcam)を用いて測定した。
図6Aに若いマウス(Young)、ビークル(Mock)またはBPTES(BPTES)を投与した高齢マウス(Aged)の糸球体のPAS染色結果を示す。コントロールマウスの糸球体は若いマウスの糸球体よりも硬化が進んでいるが、BPTESを投与したマウスでは、糸球体硬化の程度が改善された(
図6B)。また、血清中の尿素およびクレアチニン濃度もBPTES投与によって低下することが分かった(
図6CおよびD)。
【0053】
肺の線維化の程度は、MT染色で評価した。
図7Aに若いマウス(Young)、ビークルまたはBPTESを投与した高齢マウス(Aged)の肺組織のMT染色結果を示す。また、MT染色された領域をBZ-X analyzer(Keyence)で定量したところ、コントロールマウスの肺と比較して、BPTESを投与したマウスの肺では線維化の程度が改善されていた(
図7B上)。
【0054】
心臓については、心臓の組織切片をMT染色して、線維化の程度を評価した(
図8A)。また、心臓重量を計量し、心筋細胞のサイズはBZ-X analyzer(Keyence)で測定した。心臓に関しても、コントロールマウスと比較して、BPTESを投与したマウスの心臓における線維化の程度が改善されていた(
図8B)。BPTES投与マウスの心筋細胞のサイズは、コントロールマウスよりも小さく、心臓重量もBPTES投与マウスの方が軽く若いマウスの心臓重量と同程度であった。(
図8CおよびD)。
【0055】
加齢に伴う肝臓へのマクロファージ浸潤に対するBPTESの効果について検討した。肝臓の組織切片を抗F4/80抗体で免疫染色し(
図9A)、マクロファージ浸潤の程度を評価した。コントロールマウスと比較して、BPTESを投与したマウスの肝臓におけるマクロファージ浸潤の程度が改善されていた(
図9B)。
以上の結果から、腎臓、肺、心臓および肝臓の加齢に伴う障害は、グルタミノリシス阻害剤によって改善することが明らかとなった。
【0056】
2-5-2.加齢に伴う白色脂肪組織への老化細胞の蓄積に対するグルタミノリシス阻害剤の効果
白色脂肪細胞組織に存在する老化細胞は、SA-βgal(senescence-associated beta-galactosidase)で染色し、染色された細胞の割合を算出した。
白色脂肪組織のin situ染色は、次のように行った。脂肪組織の小片をPBS中に回収し、2 % ホルムアミド/0.2 % グルタルアルデヒドで15分間固定し、洗浄後、新しく調製したSA-βgal染色液(1 mg X-gal/ml、40 mM citric acid/sodium phosphate pH 6.0、5 mM potassium ferrocyanide、5 mM potassium ferricyanide、150 mM NaCl、2 mM MgCl
2)で、37℃、12時間インキュベートした。次いで、組織小片をPBSで洗浄し、スライドグラス間に押しつけて、顕微鏡観察を行った。
SA-βgalポジティブ細胞の存在割合は、核を指標として、全細胞の核数に対するポジティブ細胞の核数の比として算出した。
図10Aに白色脂肪組織のSA-βgal染色結果を、
図10BにSA-β galポジティブ細胞の割合を示す。この結果から、SA-βgalで染色される老化細胞の蓄積がグルタミノリシス阻害剤によって改善することが示された。
【0057】
2-5-3.肥満に伴う白色脂肪組織への老化細胞蓄積、マクロファージ浸潤、白色脂肪組織の肥大に対するグルタミノリシス阻害剤の効果
8週齢のオスのマウス(C57BL/6N)を高脂肪食(HFD32、CLEA Japan)または通常食で8週間飼育した。8週間の飼育期間のうち後半4週間に、BPTES(0.25 mg/20 g/ 200 μl)またはビークル(10 % DMSO(コーン油中)/200 μ)を、週3回腹腔内投与した。その後、マウスから白色脂肪組織を採取し、老化細胞の蓄積をSA-βgal 染色で、マクロファージ浸潤を抗F4/80抗体による免疫染色で検討した。SA-βgalによるin situ染色およびSA-β galポジティブ細胞の存在割合は、上記2-5-2.に記載のように行った。また、マクロファージ浸潤の程度は、上記2-5-1.に記載のように行った。脂肪細胞のサイズはBZ-X analyzer(Keyence)で測定した。
BPTESの投与により、肥満に伴う老化細胞の蓄積(
図11A上およびB)およびマクロファージ浸潤の程度(
図11A下およびE)が軽減された。また、肥満伴う脂肪細胞のサイズが縮小し(
図11D)、白色脂肪組織の重量も軽減された(
図11E)。
以上の結果から、肥満に伴う白色脂肪組織への老化細胞蓄積、マクロファージ浸潤、白色脂肪組織の肥大がグルタミノリシス阻害剤によって改善されることが示された。
【0058】
2-5-4.肥満に伴う動脈硬化に対するグルタミノリシス阻害剤の効果
C57BL/6J ApoEノックアウトマウス(8週齢)をアテローム生成食(D12108C、Research Diets Inc.)で8週間飼育した。8週間の飼育期間のうち後半4週間に、BPTES(0.25 mg/20 g/ 200 μl)またはビークル(10 % DMSO(コーン油中)/200 μ)を、週3回腹腔内投与した。また、C57BL/6J野生型雄マウス(8週齢)をコントロールとして通常食で飼育した。動脈弓以外の全大動脈は外膜脂肪をきれいに除去し、切開し、4 % パラホルムアミド中で、25℃、12時間にて平らに固定した。大動脈を70 % エタノールで5分間洗浄し、0.5 % Sudan IV(1:1のアセトン/エタノール中)中で5分間インキュベートした後、80 % エタノールで1分間、3回洗浄した。大動脈に生じたプラークは、Sudan IVで染色し、Sudan IVポジティブ領域の定量をImageJで行い、プラーク数を顕微鏡下で計数した。
その結果、BPTESを投与することにより、プラーク領域およびプラーク数の減少が確認された(
図12A、BおよびC)。
以上の結果から、肥満に伴う動脈硬化がグルタミノリシス阻害剤によって改善されることが示された。
【0059】
2-5-5.非アルコール性脂肪肝炎に伴う肝機能悪化に対するグルタミノリシス阻害剤の効果
8週齢のオスのマウス(C57BL/6N)をコリン欠乏L-アミノ酸高脂肪食(A06071302、Research Diets Inc.)で8週間飼育した。8週間の飼育期間のうち後半4週間に、BPTES(0.25 mg/20 g/ 200 μl)またはビークル(10 % DMSO(コーン油中)/200 μ)を、週3回腹腔内投与した。血清AST量および肝臓中のヒドロキシプロリン量(OH-Pro)は、各々、AST assay kit(Abcam)およびHydroxyproline assay kit(Abcam)で測定した。また、p16、KGAおよびIL-6の発現量をqPCRで測定した。qPCRのプライマーを以下に示す。
p16
Forward:5’-CGCAGGTTCTTGGTCACTGT-3’(配列番号9)
Reverse:5’-TGTTCACGAAAGCCAGAGCG-3’(配列番号10)
KAG
Forward:5’-ACTGGAGATGTGTCTGCCCTCCGAAG-3’(配列番号11)
Reverse:5’-CCAAAGTGTAGTGCTTCATCCATGGGG-3’(配列番号12)
IL-6
Forward:5’-CCAAGAGGTGAGTGCTTCCC-3’(配列番号13)
Reverse:5’-CTGTTGTTCAGACTCTCTCCCT-3’(配列番号14)
BPTES投与により、血清ASTレベルおよび肝臓中のヒドロキシプロリンレベル(
図13AおよびB)が低下し、p16、KGAおよびIL-6の発現量も低下することが確認された(
図13C、DおよびE)。
以上の結果から、非アルコール性脂肪肝炎に伴う肝機能傷害がグルタミノリシス阻害剤によって改善されることが示された。
【0060】
上記マウスを用いた実験結果を総合すると、グルタミノリシスの阻害による老化細胞の除去は、様々な加齢および老化関連臓器機能障害を改善することが示唆された。
【産業上の利用可能性】
【0061】
本発明は、純化した老化細胞を効率的に調製する方法、ならびに、老化細胞除去剤および加齢に伴い発症する疾患の予防または治療剤等を提供する。従って、本発明は、医療分野における利用が期待される。
【配列表】