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特許7570816ワイル反強磁性体粉末およびそれを用いた熱電変換素子
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-10-11
(45)【発行日】2024-10-22
(54)【発明の名称】ワイル反強磁性体粉末およびそれを用いた熱電変換素子
(51)【国際特許分類】
   H10N 15/20 20230101AFI20241015BHJP
   C22C 22/00 20060101ALI20241015BHJP
   C22C 5/04 20060101ALI20241015BHJP
   C22C 30/00 20060101ALI20241015BHJP
   B22F 1/00 20220101ALI20241015BHJP
   B22F 3/00 20210101ALI20241015BHJP
【FI】
H10N15/20
C22C22/00
C22C5/04
C22C30/00
B22F1/00 W
B22F3/00 D
【請求項の数】 5
(21)【出願番号】P 2020044763
(22)【出願日】2020-03-13
(65)【公開番号】P2021145116
(43)【公開日】2021-09-24
【審査請求日】2023-01-13
(73)【特許権者】
【識別番号】504137912
【氏名又は名称】国立大学法人 東京大学
(73)【特許権者】
【識別番号】000224798
【氏名又は名称】DOWAホールディングス株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100129470
【弁理士】
【氏名又は名称】小松 高
(72)【発明者】
【氏名】中辻 知
(72)【発明者】
【氏名】肥後 友也
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 王高
(72)【発明者】
【氏名】松浦 哲也
【審査官】加藤 俊哉
(56)【参考文献】
【文献】特開2017-084854(JP,A)
【文献】特開平11-335702(JP,A)
【文献】特開2006-332155(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H10N 15/20
C22C 22/00
C22C 5/04
C22C 30/00
B22F 1/00
B22F 3/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ワイル反強磁性体を主成分とする粒子で構成される粉末であって、レーザー回折・散乱法による体積基準の粒度分布において、累積50%粒子径D50が1~150μm、累積90%粒子径D90が250μm以下であるワイル反強磁性体粉末。
【請求項2】
前記ワイル反強磁性体は、組成式Mn3X、ただしXは金属元素、で表されるD019構造の金属間化合物である、請求項1に記載のワイル反強磁性体粉末。
【請求項3】
前記ワイル反強磁性体は、化学式Mn3Xで表される化合物、ただしXはSn、Ge、Ga、Pt、Ir、Rhから選ばれる1種以上の元素、である請求項1に記載のワイル反強磁性体粉末。
【請求項4】
前記ワイル反強磁性体は、Mn3Sn、Mn3Ge、Mn3Ga、Mn3Pt、Mn3Ir、Mn3Rhから選ばれる1種以上の化合物である、請求項1に記載のワイル反強磁性体粉末。
【請求項5】
請求項1~4のいずれか1項に記載のワイル反強磁性体粉末を用いた熱電変換素子。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、高い保持力を有するワイル反強磁性体粉末、およびそれを用いた熱電変換素子に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、異常ネルンスト効果を利用した熱電変換素子の研究が進められている。異常ネルンスト効果は、自発的に磁化している磁性体に磁化と直交する向きの熱流を付与したとき、磁化と熱流の双方に垂直な方向の起電力が生じる現象である。異常ネルンスト効果を利用すると熱流と直角方向に電流が取り出せるため、ゼーベック効果を利用する場合とは異なり、薄くシート化した熱電変換デバイスが構築できるといったメリットが得られる。例えば特許文献1にはFePt膜を用いた熱電発電デバイスが示されている。
【0003】
異常ネルンスト効果は磁性体の自発磁化に基づく現象であることから、その磁性体には強磁性体が必要になるというのが常識であった。ところが、Mn3Snなど一部の金属間化合物では、反強磁性体であるにもかかわらず異常ネルンスト効果を生じることが発見された。特許文献2には、Mn3Snの単結晶をブリッジマン法で作製し、Mn3Sn結晶の[0 1 -1 0]方向と平行に熱流を、a軸[2 -1 -1 0]方向と平行に外部磁場を付与して、単位温度当たりの起電力を測定した例が示されている。それによると、外部磁場を変化させたときの起電力にヒステリシスが観測され、外部磁場がゼロでも電圧が発生する異常ネルンスト効果が確認されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開2014-72256号公報
【文献】特開2017-84854号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
特許文献2に開示されるMn3Snの単結晶を用いた異常ネルンスト効果は、スピンが互いに反対向きに揃う「反強磁性体」によるものである。そのため、スピンが同じ向きに揃う「強磁性体」を用いた熱電変換デバイスよりも「漏れ磁場」を格段に抑制できるという。しかしながら、引用文献2に示されている手法によって得られる熱電変換素子は保磁力が小さいため、熱電変換デバイスの実用化を図るためには保磁力向上の改善が望まれる。
【0006】
本発明は、保磁力の大きい熱電変換素子を得るために有用な実用性の高い技術を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
磁性によって創出されるワイル点をバンド構造に持つ磁性体を、「ワイル磁性体」と言う。例えばMn3Snのように、反強磁性体であるワイル磁性体を、とくに「ワイル反強磁性体」と呼ぶ。
【0008】
上記目的を達成するため、本発明では、ワイル反強磁性体を主成分とする粒子で構成される粉末であって、レーザー回折・散乱法による体積基準の粒度分布において、累積50%粒子径D50が1~150μm、累積90%粒子径D90が250μm以下であるワイル反強磁性体粉末が提供される。
【0009】
ワイル反強磁性体としては、組成式がMn3X(ただしXは金属元素)で表され、結晶構造がD019構造の規則格子である金属間化合物の1種以上を適用することができる。上記の元素Xとしては例えばSn、Ge、Ga、Pt、Ir、Rhから選ばれる1種以上の元素を挙げることができる。より具体的には、Mn3Sn、Mn3Ge、Mn3Ga、Mn3Pt、Mn3Ir、Mn3Rhなどが例示できる。
【0010】
また、本発明では上記のワイル反強磁性体粉末を用いた熱電変換素子が提供される。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、保磁力の大きい熱電変換素子を得ることが可能となる。その熱電変換素子に用いる磁性材料は粉末であるため、工業的な実施化が容易である。
【図面の簡単な説明】
【0012】
図1】Mn3Sn合金インゴットの外観を示す図面代用写真。
図2】Mn3Sn合金インゴットの高さ方向1/2位置付近のサンプルから作製した粉末試料についてのX線回折パターン。
図3】金属Mn、Mn酸化物およびMn-Sn系金属間化合物の純物質についての照合用X線回折パターン。
図4】実施例1~3で用いたMn3Sn結晶粉末の粒度分布曲線。
図5】実施例1の粉末を用いた焼成体の磁化曲線。
図6】実施例2の粉末を用いた焼成体の磁化曲線。
図7】実施例1~3のネルンスト効果測定用試料について、電力測定用の端子、温度測定用のプローブ取り付け位置と、熱流、磁場の付与方向を模式的に示した図。
図8】実施例2の粉末を用いた焼成体について、外部磁場とネルンスト係数SANEの磁場反転成分ΔSANEとの関係を表すグラフ。
図9】ガスアトマイズ法による粉末作製装置の構成を模式的に示した図。
図10】実施例3の粉末を用いた焼成体の磁化曲線。
図11】実施例3の粉末を用いた焼成体について、外部磁場とネルンスト係数SANEの磁場反転成分ΔSANEとの関係を表すグラフ。
図12】比較例1の粉砕物試料を用いた焼成体の磁化曲線。
図13】比較例1のインゴットから切り出した多結晶体について、外部磁場とネルンスト係数SANEの磁場反転成分ΔSANEとの関係を表すグラフ。
図14】比較例2の単結晶体の磁化曲線。
図15】比較例2の単結晶体について、外部磁場とネルンスト係数SANEの磁場反転成分ΔSANEとの関係を表すグラフ。
【発明を実施するための形態】
【0013】
発明者らは研究の結果、ワイル反強磁性体の粉末を用いると保磁力の高い熱電変換素子が得られることを見い出した。また、粉末の平均粒子径が小さく、かつ粗大な粒子の存在割合が少ない粒度分布の粉末であることが、保磁力の向上に極めて有効であることがわかった。レーザー回折・散乱法による体積基準の粒度分布において、累積50%粒子径D50が1~150μm、累積90%粒子径D90が250μm以下であるワイル反強磁性体粉末を用いて構成した熱電変換素子では、ワイル反強磁性体の単結晶を用いて構成した熱電変換素子と比べ、保磁力の顕著な向上効果が認められる。特に、累積50%粒子径D50が1~30μm、累積90%粒子径D90が50μm以下である微細なワイル反強磁性体粉末を用いると、一層優れた保持力の向上効果が得られる。
【0014】
粉末の作製方法としては、溶製したワイル反強磁性体のインゴットを粉砕して微粉化する手法が比較的簡単である。粉砕された粉体についてメッシュフィルタなどによる分級操作を加えることによって、累積50%粒子径D50が1~150μm、累積90%粒子径D90が250μm以下の粒度分布に調整されたワイル反強磁性体粉末を得ることができる。より微細な粉末の作製方法としては、例えば、ワイル反強磁性体の化学組成に調整された溶融金属の液滴に真空中で不活性ガスを吹き付けることによって、溶融金属を直接的に微細な粒子として凝固させるガスアトマイズ法を適用することができる。この方法によれば、累積50%粒子径D50が1~30μm、累積90%粒子径D90が50μm以下である微細なワイル磁性体粉末を作製することができる。
【0015】
粉末によって熱電変換素子を構成するためには、粉末粒子同士の接触状態が維持されるように導体を形成する必要がある。導体を形成する方法としては、圧粉体を融点より低温域で焼成する手法や、粉末を含有する導電塗料を塗布して導電膜を形成する手法などがある。
【0016】
ワイル反強磁性体としては、例えば組成式がMn3X(ただしXは金属元素)で表され、結晶構造がD019構造の規則格子である金属間化合物を適用することができる。Mnと元素Xのモル比は、化学量論的には3:1であるが、実際にはD019結晶構造が維持できる範囲で厳密な化学量論比からの若干の変動があり得る。本明細書において組成式Mn3Xと表記される化合物には、前記の変動の範囲のものが含まれる。
【0017】
組成式Mn3Xで表されるワイル反強磁性体としては、Mn3Sn、Mn3Ge、Mn3Ga、Mn3Pt、Mn3Ir、Mn3Rhなどの金属間化合物を挙げることができる。これらのうちの1種を単独で用いてもよいし、2種以上を混合して用いてもよい。2種以上のワイル反強磁性体の金属間化合物を混合して用いる場合には、例えばそれぞれの金属間化合物を主成分とする粒子で構成される粉末を作製し、各粉末をブレンドする方法が想定される。
【0018】
本発明のワイル反強磁性体粉末を構成する粒子は、目的とする熱電変換素子の使用温度域において反強磁性を呈し、かつその温度域で異常ネルンスト効果を発現する熱電変換素子が構築可能である限り、ワイル反強磁性を示す金属間化合物相の他に、異相が含まれていても構わない。すなわち、本発明ではワイル反強磁性体を主成分とする粒子で構成される粉末が対象となる。粒子中に占める、主成分であるワイル反強磁性を示す金属間化合物相(組成式Mn3Xで表される物質)の割合は、50質量%以上であることが望ましい。とくに、主成分であるワイル反強磁性を示す金属間化合物相を除いた残部は、不可避的不純物であることがより好ましい。
【0019】
一般にMn-X系合金(ここでXは化合物Mn3Xを形成しうる金属元素を意味する。)では、Mn3X組成に近い一定の組成範囲において化合物Mn3Xが単相で安定に存在する。例えばMn-Sn系合金の場合、Mn:Snのモル比が3.02:0.98から3.15:0.85の範囲でMn3Snが単相として安定に存在することが確認されている。ただし、実際にMn-X系合金のインゴットを溶製する場合には、化合物Mn3Xが単相で存在しうる範囲の仕込み組成で溶製しても、凝固過程でMn3X相以外の異相が生成してインゴットの一部に混入する場合がある。したがって、製造方法に応じて、Mn3Xが単相で安定に存在する組成範囲の粉末粒子が得られるように、原料の配合(仕込み組成)を調整することが、化合物Mn3Xを主成分とし、残部が不可避的不純物からなる粉末、すなわち実質的にMn3X単相で構成される粉末を得るうえで効果的である。
【0020】
熱電変換素子の使用温度域としては、Mn3Xの種類に応じて、例えば-270℃から680℃の範囲を想定することができる。Mn3Snの場合、-223℃(50K)から157℃(430K)の範囲であれば異常ネルンスト効果が発現するとされる。
【0021】
以下、Mn3Sn系のワイル反強磁性体粉末を用いて、磁化およびネルンスト効果を調べた実験例を示す。
【実施例
【0022】
[実施例1]
(Mn3Sn合金インゴットの作製)
原料である金属Mnと金属Snを、モル比においてMn:Sn=3.07:0.93となるように秤量して50mlサイズのアルミナるつぼに入れた。原料の総質量は約120gである。このるつぼを電気炉に装入し、Arガス雰囲気下において、常温から1200℃まで5時間かけて昇温したのち、1200℃で24時間保持し、その後、常温付近まで5時間かけて冷却するヒートパターンにて原料の溶解および凝固の処理を行い、Mn3Sn合金のインゴットを得た。図1に、インゴットの外観写真を例示する。
【0023】
得られたインゴットの、高さ方向(凝固時の鉛直方向)頂部付近、頂部から高さ方向1/4位置付近、頂部から高さ方向1/2位置付近、底部付近の4箇所に高さ位置からサンプルを切り出した。いずれもインゴット凝固時の鉛直方向に見たインゴット水平方向における採取位置は、中央部である。それぞれのサンプルを粉砕してX線回折用の粉末試料を得た。各位置の粉末試料について、X線回折装置(リガク社製;Smartlab)により、Cu-Kα、管電圧40kV、管電流100mAの条件でX線回折パターンを測定した。
【0024】
図2に、高さ方向1/2位置付近のサンプルから作製した粉末試料についてのX線回折パターンを例示する。図3に、金属Mn、Mn酸化物およびMn-Sn系金属間化合物の純物質についての照合用X線回折パターンを示す。インゴットの頂部付近に微量のMnOが観測された以外、不純物のピークは見られなかった。また、インゴットの種々の部位から切り出したサンプルをSEM(走査型電子顕微鏡)に付属のEDX(エネルギー分散型X線分析装置)によって分析したところ、微量のMn3Sn2相が検出された。それ以外の部分の平均組成はモル比においてMn:Sn=3.03:0.97であった。以上の分析結果から、上述の溶製方法によって、Mn3Sn相と微量の異相からなるインゴットを作製できることが確認された。インゴット中の異相は、Mn3Sn相のワイル反強磁性によってもたらされる物理的性質を阻害しない程度に微量であると考えられる。したがって、この方法で得られるインゴットを以下において「Mn3Sn結晶のインゴット」と呼ぶことがある。また、そのインゴットに由来する粉末を「Mn3Sn結晶粉末」と呼ぶことがある。
【0025】
(粉末の作製)
上述の方法によって作製したMn3Sn結晶のインゴット(質量約200g)を、袋内に設置したアンビル上で砕いて5mm程度の小片とした。袋内の小片197gを回収し、ハンマーミル(三庄インダストリー社製;ハンマークラッシャーNH-34S、スクリーン目開き:0.7mm)で粉砕し、Mn3Sn結晶の粗粉末163gを得た。上記の小片化から粉砕までの操作はすべて窒素雰囲気下で行った。その窒素雰囲気中の酸素濃度は、高濃度酸素濃度計(イチネンジコー社製;オキシーメディ、型番ОXY-1-M)による測定で0.2%以下であった。
【0026】
このMn3Sn結晶粉末について、乾式レーザー回折式粒度分布測定装置HELOS&RODOS(株式会社日本レーザー製)により焦点距離200mmのレンズを用いてレーザー回折・散乱法による体積基準の粒度分布を測定した。図4に粒度分布曲線を示す(後述の実施例2、3において同じ。)。本例で得られた粉末の累積10%粒子径D10は27.3μm、累積50%粒子径D50は100.7μm、累積90%粒子径D90は227.7μmであった。
【0027】
(粉末を用いた焼成体の作製)
上記のMn3Sn結晶粉末3gを内径10mmの円筒形グラファイトセルのシリンダー中で上下のピストンにより4.5kNの荷重を付与した状態として、約1Paの真空雰囲気下で放電プラズマ焼結装置により加熱することによって、直径10mm、高さ約7mmの円柱形状の焼成体を得た。加熱温度は500℃、加熱保持時間は30分とし、加熱保持中は4.5kNの荷重付与を維持した。
【0028】
(磁気特性の測定)
上記の焼成体から、1辺の長さが2mmの立方体試料を複数切り出し、その試料を用いてSQUID(Super Quantum Interference Device)磁束計により以下の方法で300Kにおける磁気特性を測定した。すなわち、試料の温度を300Kとし、SQUID磁束計に付属の超伝導マグネットにより最大磁場3T(30000Oe)を印可した後、3Tから-3T、-3Tから3Tの磁場掃引過程において、各測定点で磁場を固定し、磁化(μB/f.u.)を測定した。図5に、その磁化曲線を示す。保磁力は約0.25T(2500Oe)であった。
【0029】
[実施例2]
実施例1と同じ手法で作製したMn3Sn合金のインゴットを使用して、粉末を作製した。本例では、実施例1と同様の手法で砕いた5mm程度の小片をサンプルミル(協立理工株式会社製;SK-M10型)に投入し、窒素雰囲気下で30秒間粉砕することにより、実施例1よりも平均粒子径の小さい粉末を作製した。上記の小片化から粉砕までの操作はすべて窒素雰囲気下で行った。その窒素雰囲気中の酸素濃度は実施例1と同様に0.2%以下であった。本例で得られた粉末の累積10%粒子径D10は9.6μm、累積50%粒子径D50は50.1μm、累積90%粒子径D90は165.1μmであった。その粒度分布曲線を図4中に示してある。
【0030】
この粉末を使用して、実施例1と同様の方法で焼成体を作製した。その焼成体から、1辺の長さが2mmの立方体試料を複数切り出し、実施例1と同様の方法で磁気特性の測定を行った。図6に、その磁化曲線を示す。
【0031】
(ネルンスト効果の測定)
上記の焼成体から1.5mm×1.5mm×7mmの直方体試料を切り出した。この試料に、起電力測定用の端子および温度測定用プローブを取り付け、Quantum Design社製、物理特性測定システムPPMS装置内で試料長手方向に熱流を生じさせながら、磁場を付与し、熱電変換素子としての起電力を測定した。図7に、起電力測定用の端子、温度測定用のプローブ取り付け位置と、熱流、磁場の付与方向を模式的に示す。試料1の対向する側面中央位置にそれぞれ起電力測定端子2a、2bを導電性エポキシ接着剤で取り付け、電圧計で両端子間に生じる電圧(V)を測定できるようにした。この電圧は異常ネルンスト効果によって生じるものであるので、VANEと表示する。試料1の上面に長手方向5mmの間隔をあけて2箇所に温度測定用プローブを導電性エポキシ接着剤で取り付け、2箇所の温度T1(K)、T2(K)の温度差ΔTをモニターできるようにした。試料1の長手方向の一方の端面側を抵抗ヒーター加熱し、他方の端面側を熱浴に接続することによって長手方向の一方の端面側を抵抗ヒーターで加熱し、他方の端面側を熱浴に接続して冷却することによって試料長手方向の温度勾配を形成した。図中の黒塗り矢印(符号4)が試料中の熱流方向を表す。温度T1およびT2が安定した後、試料に磁場を付与し、電圧VANE(V)を測定した。図中の白抜き矢印(符号5)が磁場の方向を表す。磁場は3Tから-3T、-3Tから3Tの間で掃引した。下記(1)式によりネルンスト係数SANE(μV/K)を求めた。
ANE(μV/K)=VANE(V)/1.5(mm)/[(T1-T2)(K)/5.0(mm)] …(1)
【0032】
図8に、ネルンスト係数ΔSANEの測定結果を示す。ここでは磁場によるネルンスト係数SANEの反転磁場を明瞭に示すために、グラフ縦軸の値に、ネルンスト係数SANEの磁場反転成分をゼロ磁場でのネルンスト係数SANE(約0.3μV/K)で規格化した値ΔSANEを採用している(後述の図11、13、15において同様。)。
図8からわかるように、ゼロ磁場でもネルンスト効果が発生している。すなわち、異常ネルンスト効果が発現し、温度差のみで起電力が生じている。Mn3Snは反強磁性体であるにもかかわらず、異常ネルンスト効果が発現するのは、当該物質がワイル磁性体であることに起因して仮想磁場が創出されることによるものであると考えられる。本例のワイル反強磁性体粉末を用いた熱電変換素子の保磁力は約0.25T(2500Oe)である。これは、一般的な電子機器の内部や、自動車のエンジン周辺などでの使用に耐え得る実用的な保磁力であると評価される。
【0033】
[実施例3]
(粉末の作製)
本例ではガスアトマイズ法によりMn3Sn合金の溶湯から直接的に粉末を作製した。図9に、ガスアトマイズ法による粉末作製装置の構成を模式的に示す。以下のようにして粉末を作製した。原料である金属Mnと金属Snを、モル比においてMn:Sn=3.07:0.93となるように秤量して、底部に穴のあるCPるつぼ(多孔質アルミナ)に入れ高周波誘導加熱装置にセットする。チャンバーを真空排気したのち、Arガス雰囲気とする。るつぼの底部の穴はストッパーロッドにより塞いでおく。高周波誘導加熱によって原料を溶解し、1450℃で40分保持した後、ストッパーロッドを上昇させ、るつぼ底部の穴からチャンバー内の下部空間へ溶融合金を滴下させる。下部空間に出た溶融金属にArガスを吹き付けることによって液滴を微粒子化するとともに急冷凝固させ、合金粉末(アトマイズ粉)を得る。
【0034】
得られた合金粉末について上記と同様にX線回折およびEDX分析を行った結果、この粉末はほぼMn3Sn単相からなる粒子で構成され、平均組成はモル比においてMn:Sn=3.02:0.98であった。したがって、この粉末も上記と同様に「Mn3Sn結晶粉末」と呼ぶことができる。このMn3Sn結晶粉末について実施例1に示した方法で粒度分布を測定した。粒度分布曲線は図4中に示してある。本例で得られた粉末の累積10%粒子径D10は4.8μm、累積50%粒子径D50は15.2μm、累積90%粒子径D90は31.9μmであった。
【0035】
この粉末を使用して、実施例1と同様の方法で焼成体を作製した。その焼成体から、1辺の長さが2mmの立方体試料を複数切り出し、実施例1と同様の方法で磁気特性の測定を行った。図10に、その磁化曲線を示す。また、上記の焼成体から1.5mm×1.5mm×7mmの直方体試料を切り出し、実施例2と同様の方法でネルンスト効果の測定を行った。図11に、ネルンスト係数ΔSANEの測定結果を示す。本例のワイル反強磁性体粉末を用いた熱電変換素子の保磁力は約0.5T(5000Oe)であり、実施例1、2のものより、高い保磁力を呈した。アトマイズ法によるワイル反強磁性体粉末の微細化は、その粉末を用いた熱電変換素子の保磁力向上に極めて有効であることがわかった。このように微細化したワイル反強磁性体を用いると保磁力が向上するメカニズムについては現時点で十分に解明されていないが、粒子径が単磁区となるサイズに近づくことによって磁壁のピン止めの寄与が大きくなるのではないかと推察される。
【0036】
[比較例1]
実施例1と同じ手法で作製したMn3Sn合金のインゴットを使用して、粉末を作製した。本例では、実施例1と同様の手法で砕いた5mm程度の小片をアルミナ製乳鉢で手粉砕した。得られた粉砕物を目開き200μmの篩で篩い分けした。篩上に質量割合で68%の粉砕物が残った。この粉砕物試料について実施例1と同様に乾式レーザー回折式粒度分布測定装置による粒度分布測定を試みたが、試料の粒子径が粗大であるため焦点距離200mmのレンズによる測定ではレンジオーバーとなり、粒度分布の測定はできなかった。
【0037】
上記の粉砕物試料を使用して、実施例1と同様の方法で焼成体を作製した。その焼成体から、1辺の長さが2mmの立方体試料を複数切り出し、実施例1と同様の方法で磁気特性の測定を行った。図12に、その磁化曲線を示す。また、上記のインゴットから直接、1.5mm×1.5mm×7mmの直方体試料(多結晶体)を切り出した。その際、インゴット中の引け巣などの欠陥が見られない部位から、試料長手方向がインゴット凝固時の水平方向に一致するように直方体試料を採取した。この直方体試料を用いて実施例1と同様の方法でネルンスト効果を調べた。図13に、ネルンスト係数ΔSANEの測定結果を示す。本例のワイル反強磁性体を用いた熱電変換素子の保磁力は約0.05T(500Oe)であり、ワイル反強磁性体の粉末を用いた実施例のものと比べ、保磁力は著しく低かった。このような低い保磁力では、永久磁石や磁気部品近傍の磁場によって消磁されてしまう恐れがあり、信頼性の高い熱電変換素子を構築することは難しい。
【0038】
[比較例2]
実施例1と同じ手法で作製したMn3Sn合金のインゴットを溶融させ、ブリッジマン法によりMn3Snの単結晶を作製した。ブリッジマン炉の最高温度は1080℃とし、試料は1.5mm/hの速度で移動させた。得られた単結晶体についてICP-AESによる組成分析を行った結果、モル比においてMn:Sn=3.06:0.94であった。
【0039】
この単結晶体から1辺の長さが2mmの立方体試料を複数切り出し、実施例1と同様の方法で磁気測定を行った。その際、外部磁場の印加方向がMn3Sn結晶の[2 -1 -1 0]方向に一致するようにした。図14に、その磁化曲線を示す。また、上記の単結晶体から、1.5mm×1.5mm×7mmの直方体試料を切り出し、実施例1と同様の方法でネルンスト効果を調べた。その際、熱流の方向(直方体試料の長手方向)がMn3Sn結晶の[0 1 -1 0]方向、外部磁場の印加方向がMn3Sn結晶の[2 -1 -1 0]方向にそれぞれ一致するようにした。図15に、ネルンスト係数ΔSANEの測定結果を示す。本例のワイル反強磁性体単結晶体を用いた熱電変換素子の保磁力は0.01T(100Oe)未満であった。
り、ワイル反強磁性体の粉末を用いた実施例のものと比べ、保磁力は著しく低かった。
【0040】
【表1】
【符号の説明】
【0041】
1 ネルンスト効果測定用試料
2a、2b 起電力測定端子
31、32 測温位置
4 試料中の熱流方向
5 磁場の方向
図1
図2
図3
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図15