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特許7571980Fag e 2タンパク質欠失ソバ属植物およびその利用
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  • 特許-Fag  e  2タンパク質欠失ソバ属植物およびその利用 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-10-15
(45)【発行日】2024-10-23
(54)【発明の名称】Fag e 2タンパク質欠失ソバ属植物およびその利用
(51)【国際特許分類】
   C12N 15/10 20060101AFI20241016BHJP
   A01H 5/00 20180101ALI20241016BHJP
   A01H 1/00 20060101ALI20241016BHJP
   A23L 7/10 20160101ALI20241016BHJP
   A23L 7/109 20160101ALI20241016BHJP
   C12N 15/29 20060101ALN20241016BHJP
【FI】
C12N15/10 200Z
A01H5/00 A ZNA
A01H1/00 A
A23L7/10 H
A23L7/109 F
C12N15/29
【請求項の数】 9
(21)【出願番号】P 2022018077
(22)【出願日】2022-02-08
(65)【公開番号】P2023115711
(43)【公開日】2023-08-21
【審査請求日】2023-08-16
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構生物系特定産業技術研究支援センター、イノベーション創出強化研究推進事業(低減・欠失型アレルゲンソバ素材の開発およびその有効性の検証)、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
【早期審査対象出願】
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】501203344
【氏名又は名称】国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構
(73)【特許権者】
【識別番号】501174550
【氏名又は名称】国立研究開発法人国際農林水産業研究センター
(73)【特許権者】
【識別番号】504171134
【氏名又は名称】国立大学法人 筑波大学
(73)【特許権者】
【識別番号】599035627
【氏名又は名称】学校法人加計学園
(74)【代理人】
【識別番号】110000109
【氏名又は名称】弁理士法人特許事務所サイクス
(72)【発明者】
【氏名】原 尚資
(72)【発明者】
【氏名】石黒 浩二
(72)【発明者】
【氏名】大塚 しおり
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 里絵
(72)【発明者】
【氏名】松井 勝弘
(72)【発明者】
【氏名】鈴木 達郎
(72)【発明者】
【氏名】安井 康夫
(72)【発明者】
【氏名】大澤 良
(72)【発明者】
【氏名】近藤 康人
(72)【発明者】
【氏名】岡本 薫
(72)【発明者】
【氏名】手島 玲子
(72)【発明者】
【氏名】圓山 恭之進
【審査官】阪▲崎▼ 裕美
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2017/033625(WO,A1)
【文献】特開平10-218786(JP,A)
【文献】中国特許出願公開第111909938(CN,A)
【文献】大澤 良,アレルゲン欠失・低減化ソバ育成を目指した食品化学・臨床医学・育種学融合研究 2016年度 実績報告書,KAKEN 科学研究費助成事業データベース [online],2018年01月16日,[検索日 2023.04.07], インターネット : <URL:https://kaken.nii.ac.jp/ja/report/KAKENHI-PROJECT-16H02530/16H025302016jisseki/>
【文献】大澤 良,ノンアレルゲンソバ品種育成に向けたソバの効率的育種基盤の構築,農研機構 [online],2018年11月05日,[検索日 2023.04.07], インターネット : <URL:https://www.naro.go.jp/laboratory/brain/innovation/inobe_result_2019_kiso_03_28003A.pdf>
【文献】Accession No. FJ430161,Database GenBank [online],2008年11月24日,[検索日 2023.04.07], インターネット : <URL:https://www.ncbi.nlm.nih.gov/nuccore/FJ430161>
【文献】Accession No. HQ829975,Database GenBank [online],2011年02月02日,[検索日 2023.04.07], インターネット : <URL:https://www.ncbi.nlm.nih.gov/nuccore/HQ829975>
【文献】小川 正,そばアレルギーの概要, 食物アレルギーの基礎知識 ─麺類飲食業者のために─,2014年02月21日,pp.22-27
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N、A01H
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
GenBank/EMBL/DDBJ/GeneSeq
PubMed
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
以下の(a)の変異型ポリヌクレオチドを有する、ソバ属植物:
(a)配列番号3の配列からなるポリヌクレオチド。
【請求項2】
ソバ属植物が、ソバ(Fagopyrum esculentum)、ダッタンソバ(F. tataricum)、宿根ソバ(F. cymosum)、もしくはソバ近縁野生種(F. homotropicum)、またはそれらのいずれかの雑種である、請求項1に記載のソバ属植物。
【請求項3】
変異型ポリヌクレオチドをホモ接合体として有する、請求項1または2に記載のソバ属植物。
【請求項4】
種子から、Fag e 2タンパク質が検出されない、請求項1から3のいずれか1項に記載のソバ属植物。
【請求項5】
請求項1から4のいずれか1項に記載のソバ属植物の、植物体。
【請求項6】
請求項5に記載の植物体、またはその後代であって、配列番号3の配列からなるポリヌクレオチドを有する後代を用いることを含む、ソバ属植物の育種方法。
【請求項7】
請求項5に記載の植物体の、収穫物、繁殖材料またはソバ粒もしくはそば粉。
【請求項8】
請求項1から4のいずれか1項に記載のソバ属植物の子実を製粉することを特徴とする、低アレルゲンそば粉の製造方法。
【請求項9】
下記を満たす、ソバ属植物の子実、そば粉、またはそれらを用いた製品:
・請求項1から4のいずれか1項に記載のソバ属植物、または請求項6に記載の育種方法により得られた品種であって、配列番号3の配列からなるポリヌクレオチドを有する品種から得られたものである。
【発明の詳細な説明】
【背景技術】
【0001】
ソバは、和食を支え、日本文化を象徴する食品であり、また日本の農林水産業を担う重要な作物である。また食品としてのソバは、必須アミノ酸、ビタミン類、ミネラル類等の栄養素をバランスよく含んでおり、完全食として認知され、ソバに豊富に含まれることが知られているルチンには、毛細血管を強化し、血圧を下げるなどの多くの機能が知られている。近年、ソバはジャパニーズスーパーフードとしても取り挙げられ、注目を集めている。一方、ソバには時として深刻な健康被害を引き起こすアレルゲンが含まれていることもよく知られている。
【0002】
従来、アレルゲンを低減するために、塩水、アルカリ・酸性溶液、タンパク質分解酵素、湿熱、加熱、発酵処理等による化学・物理的な手法、多糖修飾によるアレルゲンタンパク質の抗原構造の被覆、および遺伝子領域内変異による消化耐性(非特許文献1、2)または抗原抗体反応性(非特許文献3)への作用によるアレルゲン反応性の低減化が検討されてきた。
【0003】
ソバのアレルギーは特異的IgE抗体が介在する即時型反応であり、これまでにアレルゲンタンパク質としてFag e 1, Fag e 2、Fag e 3、Fag e 4、Fag e 5、BW10kDaが報告されている。なかでも分子量約16 kDaのFag e 2タンパク質は、ペプシン消化に耐性をもち、調査に用いた患者血清のうち半数以上が陽性反応を示す主要アレルゲンとして同定されている。Fag e 2タンパク質に関しては、リン酸化によりアレルゲン反応性が低下することが報告されており(非特許文献4)、またソバ遺伝資源内には多様なFag e 2遺伝子領域および抗原抗体反応差異が存在することが明らかにされている(非特許文献5)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【文献】Immunological Characterization and Mutational Analysis of the Recombinant Protein BWp16, a Major Allergen in Buckwheat. Biol Pharm Bull, 31, 1079-1085, 2008
【文献】Tandem repeat inserts in 13S globulin subunits, the major allergenic storage protein of common buckwheat (Fagopyrum esculentum Moench) seeds. Food Chem, 133,29-37, 2012
【文献】Identification of an IgE-Binding Epitope of a Major Buckwheat Allergen, BWp16, by SPOTs Assay and Mimotope Screening. Int Arch Allergy Immunol, 153, 133-140, 2010
【文献】Oral Immunotherapy with a Phosphorylated Hypoallergenic Allergen Ameliorates Allergic Responses More Effectively Than Intact Allergen in a Murine Model of Buckwheat Allergy. Mol Nutr Food Res. 2018 Nov;62(21): e1800303. doi: 10.1002/mnfr.201800303.
【文献】ソバ主要アレルゲンFag e 2の遺伝子領域内変異と抗原抗体反応差異の探索. 日本育種学会第130回講演会, P032, 育種学研究, 18(2), p148, 2016
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
既存の化学的・物理的なアレルゲンタンパク質の低減手法はコストが必要であるとともに、処理後のサンプルにおける栄養性、機能性および物性等の低下が生じ易い。
【0006】
Fag e 2タンパク質は、複数のソバ主要アレルゲンの中でアナフィラキシーに強く関連することが示唆されている。Fag e 2タンパク質を低減したソバの開発により、より多くの消費者が安心して食することで、健康増進や健康平均寿命向上が期待できる。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、今般、化学薬剤処理によりFag e 2の遺伝子領域内にストップコドン変異を有するソバ植物体を得た。このような変異体に関する記載は、公知文献中には見出されない。またこのような変異遺伝子をホモ接合で持つソバは、野生型のFag e 2タンパク質よりも低分子の変異Fag e 2タンパク質を産生することが予想されたが、実際には種子中のFag e 2タンパク質は検出されず、Fag e 2タンパク質が欠失していることが確認された。このような知見に基づき、本発明を完成した。
【0008】
本発明は、以下を提供する。
[1] 配列番号1または8の配列において翻訳領域にストップコドンが導入された変異型ポリヌクレオチドを有する、ソバ属植物。
[2] 以下のいずれかの変異型ポリヌクレオチドを有する、ソバ属植物:
(a)配列番号3の配列からなるポリヌクレオチド;
(b)配列番号3の配列と80%以上の配列同一性を有し、かつ配列番号3の244~246位に相当する部分がストップコドンである配列または配列番号3の244に相当する位置より上流の領域にストップコドンを有する配列からなる、ポリヌクレオチド;
(c)配列番号3の配列とは相補的な配列からなるポリヌクレオチドとストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、かつ配列番号3の244~246位に相当する部分がストップコドンである配列または配列番号3の244に相当する位置より上流の領域にストップコドンを有する配列からなる、ポリヌクレオチド;
(d)配列番号8の配列と80%以上の配列同一性を有し、かつ配列番号3の244~246位に相当する部分がストップコドンである配列または配列番号3の244に相当する位置より上流の領域にストップコドンを有する配列からなる、ポリヌクレオチド;
(e)配列番号8の配列とは相補的な配列からなるポリヌクレオチドとストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、かつ配列番号3の244~246位に相当する部分がストップコドンである配列または配列番号3の244に相当する位置より上流の領域にストップコドンを有する配列からなる、ポリヌクレオチド。
[3] ソバ属植物が、ソバ(Fagopyrum esculentum)、ダッタンソバ(F. tataricum)、宿根ソバ(F. cymosum)、もしくはソバ近縁野生種(F. homotropicum)、またはそれらのいずれかの雑種である、1または2に記載のソバ属植物。
[4] 変異型ポリヌクレオチドをホモ接合体として有する、1から3のいずれか1項に記載のソバ属植物。
[5] 種子から、Fag e 2タンパク質が検出されない、1から4のいずれか1項に記載のソバ属植物。
[6] 1から5のいずれか1項に記載のソバ属植物の、植物体 。
[7] 6に記載の植物体、またはその後代を用いることを含む、ソバ属植物の育種方法。
[8] 6に記載の植物体の、収穫物、繁殖材料または加工品。
[9] 1から5のいずれか1項に記載のソバ属植物の子実を製粉することを特徴とする、低アレルゲンそば粉の製造方法。
[10] アレルゲンとなるタンパク質をコードするヌクレオチド配列において翻訳領域にのストップコドンを導入する変異を生じさせることによる、植物のアレルゲンを低減する方法。
[11] 下記の少なくとも一方を満たす、ソバ属植物の子実、そば粉、またはそれらを用いた製品:
・1から5のいずれか1項に記載のソバ属植物、または7に記載の育種方法により得られた品種から得られたものである。
・Fag e 2タンパク質が検出されない。
【発明の効果】
【0009】
本発明により、種子中にFag e 2タンパク質が検出されないソバ属植物が得られる。そのため、混入・誤食による健康リスクや将来的なソバアレルギー発症リスクを軽減できる。また、高い栄養・機能性を有するソバを安心して摂食させることができ、健康増進への貢献が期待できる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
図1】変異型自殖系統におけるFag e 2タンパク質の検出(rabbit anti-Fag e 2 pAb-4抗体を使用)
図2】変異型自殖系統におけるFag e 2タンパク質の検出(左:rabbit anti-Fag e 2 pAb-1抗体、右:rabbit anti-Fag e 2 pAb-2抗体を使用)
図3】変異型自殖系統におけるFag e 2遺伝子の発現量解析
図4】Fag e 2遺伝子プロモーター領域での変異解析(四角部が推定プロモーター領域、下線部がコーディング領域を示す)
図5】EXiLE法による変異型自殖系統のアレルゲン反応性検証結果*:NCは抗原を添加しない患者血清とラット細胞のみのルシフェラーゼ発光を示し、この値が1.0以下であれば抗原(供試サンプル)に対してアレルゲン反応性は陰性となる。**:Fag e 2遺伝子領域内ストップコドン変異型自殖系統種子からの全タンパク質抽出液を使用し、Fag e 2以外のアレルゲンが含まれるため、それらに対する反応性を含む。***:比較品種として市場に流通するそば粉からの全タンパク質抽出液を使用し、各種アレルゲンがどのように存在するかの詳細は不明。
【発明を実施するための形態】
【0011】
[新規ソバ属植物]
(Fag e 2遺伝子の変異)
本発明のソバ属植物は、Fag e 2遺伝子において変異を有する。
【0012】
ソバ属植物には、ソバ(Fagopyrum esculentum)、ダッタンソバ(F. tataricum)、宿根ソバ(F. cymosum)、およびソバ近縁野生種(F. homotropicum)、F. macrocarpumF. callianthumF. urophyllumF. gilesiiF. staticeF. leptopodumF. gracilipesF. capillatumF. pleioramosumF. lineareF. rubifoliumが含まれる。なお、一般にソバというときは、食品としてのソバを指す場合と、植物を指す場合とがある。
【0013】
ソバ属植物が有しうる変異は、アミノ酸変異を伴う変異(アミノ酸置換、アミノ酸挿入、アミノ酸欠失、ストップコドン挿入)、スプライシング変異(スプライシングシグナル変異、イントロンの変異によるスプライシング変異を伴うゲノム変異)、非翻訳領域における変異(核酸のメチル化を含む)による遺伝子転写産物の発現量変異等を含む。
【0014】
好ましい態様の一つにおいては、ソバ属植物は、配列番号1または8の配列において翻訳領域にストップコドンが導入された変異型ポリヌクレオチドを有する。
【0015】
翻訳領域にストップコドン変異がある場合、低分子化された変異タンパク質が生成されないようにストップコドン変異を有することが好ましい。このような部分の一つは、配列番号3の244~246位に相当する部分であるが、それ以外の部分の変異でも、同様の効果が得られる可能性がある。例えば、配列番号1または8の配列において翻訳開始点から2/3の領域にストップコドン変異を有する場合、同様の効果が得られうる。
【0016】
好ましい態様の一つにおいては、ソバ属植物は、以下のいずれかの変異型ポリヌクレオチドを有する。
(a)配列番号3の配列からなるポリヌクレオチド;
(b)配列番号3の配列と80%以上の配列同一性を有し、かつ配列番号3の244~246位に相当する部分がストップコドンである配列または配列番号3の244に相当する位置より上流の領域にストップコドンを有する配列からなる、ポリヌクレオチド;
(c)配列番号3の配列とは相補的な配列からなるポリヌクレオチドとストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、かつ配列番号3の244~246位に相当する部分がストップコドンである配列または配列番号3の244に相当する位置より上流の領域にストップコドンを有する配列からなる、ポリヌクレオチド;
(d)配列番号8の配列と80%以上の配列同一性を有し、かつ配列番号3の244~246位に相当する部分がストップコドンである配列または配列番号3の244に相当する位置より上流の領域にストップコドンを有する配列からなる、ポリヌクレオチド;
(e)配列番号8の配列とは相補的な配列からなるポリヌクレオチドとストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、かつ配列番号3の244~246位に相当する部分がストップコドンである配列または配列番号3の244に相当する位置より上流の領域にストップコドンを有する配列からなる、ポリヌクレオチド。
【0017】
配列表には、配列番号1としてソバ(Fagopyrum esculentum)のFag e 2野生型遺伝子の塩基配列、配列番号2としてソバのFag e 2野生型タンパク質のアミノ酸配列、配列番号3として本発明者らが得たソバのFag e 2のストップコドン変異型遺伝子の配列、配列番号4としてソバのFag e 2ストップコドン変異型タンパク質のアミノ酸配列を示す。また配列表には、配列番号8および9として、ダッタンソバ(F. tataricum)のFag e 2に相当するタンパク質(Fag t 2)の塩基配列およびアミノ酸配列を示す。
【0018】
Fag e 2遺伝子またはその発現調節領域の変異は、種々の手段により行われていてよい。Fag e 2遺伝子またはその発現調節領域が変異したソバ属植物の獲得方法の例として、突然変異処理株からの選抜による方法、遺伝子組換え手法、RNA干渉、ゲノム編集、人工ゲノム合成、ゲノムメチル化手法等が挙げられる。
【0019】
好ましい態様においては、突然変異処理株からの選抜による方法が用いられる。より確実に植物体が作製できるからである。
【0020】
突然変異処理株の獲得の際に出発材料として用いられる品種・系統、および育種に用いられる品種・系統は特に限定はない。ソバの品種の例として、春のいぶき(品種登録番号19344)、キタワセソバ、牡丹そば、キタユキ、階上早生、岩手早生、最上早生、階上早生、常陸秋そば、信濃1号、信州大そば、しなの夏そば、福井在来種、高知在来種、宮崎大粒、AOI、KOMA、NARO-FE-1、あきあかね、ガンマの彩、キタノマシュウ、キタミツキ、グレートルビー、コバルトの力、さちいずみ、サンルチン、そば中間母本農1号、タチアカネ、でわかおり、とよむすめ、なつみ、にじゆたか、ほろみのり、みやざきおおつぶ、ルチキング、レラノカオリ、夏吉、会津のかおり、開田早生、宮崎早生かおり、高嶺ルビー、高嶺ルビー2011、山形BW5号、出雲の舞、常陸秋そば、信永レッド、信州大そば、長野S11号、長野S8号、島田スカーレット、飛越 1号、北海3号が挙げられる。ダッタンソバの品種の例として、信永イエロー、北海T8号、北海T9号、北海T10号、北陸4号、気の力、気の宝、気の豊、大禅、信濃くろつぶ、ダルマだったん、イオンの黄彩、満天きらり、西のはるかが挙げられる。これらの多くは、種苗会社、または種苗関連団体等から入手することができる。
【0021】
Fag e 2遺伝子に変異が導入されていることは、例えば下記の方法等で確認することができる。
サンガー法あるいは次世代DNA解析技術などの塩基配列解析方法による当該変異塩基配列そのものの解読、あるいは当該塩基配列を認識部位とする制限酵素を用いたゲノムDNAあるいはPCR増幅断片等の切断状況の差異、もしくはLGC Genomics社の KASP(Kompetitive Allele Specific PCR)ジェノタイピングアッセイ、高分解能融解曲線(HRM)解析、等の当該塩基配列の差異を検出する技術、あるいはPCR-SSCP(Single Nucleotide Conformation Polymorphism)等が挙げられる。また、当該変異塩基部分に連鎖するDNAマーカーを用いて検出してもよい。Fag e 2タンパク質の欠失または低減を判断するためには、免疫化学的手法(イムノブロット法、イムノクロマト法等)、Fag e 2タンパク質の活性または機能を測定する方法等が挙げられる。
【0022】
(Fag e 2タンパク質の欠失または低減)
本発明のソバ属植物においては、Fag e 2遺伝子の変異により、Fag e 2タンパク質が欠失または低減されている。
【0023】
ソバのアレルギーは特異的IgE抗体が介在する即時型反応であり、これまでにアレルゲンとしてFag e 1, Fag e 2、Fag e 3、Fag e 4、Fag e 5、BW10kDaが報告されている。特に、Fag e 2タンパク質はアナフィラキシーを伴う強いアレルギー反応の原因とされ、ペプシン消化に耐性をもち、調査に用いた患者血清のうち半数以上が陽性反応を示す主要アレルゲンであることが判明している。
【0024】
ソバ属植物に関し、Fag e 2タンパク質が欠失または低減されているとは、野生型Fag e 2タンパク質が検出されないこと(低分子化された変異型Fag e 2が検出される場合も含む。)、Fag e 2遺伝子mRNAの蓄積が検出されないかまたは蓄積量が極めて少ないこと、Fag e 2遺伝子の発現調節領域(プロモーター領域、転写制御因子結合領域、等)に変異がありFag e 2の産生が抑制されることを含む。
【0025】
Fag e 2タンパク質が欠失または低減されているか否かは、評価対象となるソバ属植物から得たそば粉から全タンパク質を抽出し、Fag e 2を抗原とした抗体、またはFag e 2タンパク質の既知IgEエピトープ配列部位やN末端部位ペプチドを抗原とした抗体を一次抗体とし、適切な標識化二次抗体を用いたウェスタンブロットを行うことで評価できる。その結果、野生型については確認されるFag e 2タンパク質(分子量約16kDa)のバンドが、対象ソバ属植物については検出されない(不完全なFag e 2タンパク質が検出される場合を含む。)か、または検出されたとしても低減している場合に、対象ソバ属植物ではFag e 2タンパク質が欠失または低減されているといえる。
【0026】
Fag e 2タンパク質が欠失または低減されているか否かは、発現解析によって評価することもできる。具体的には、Fag e 2遺伝子に対応するmRNAの有無または量により、評価することができる。
【0027】
本発明に関し、ポリヌクレオチドについてストリンジェントな条件下でハイブリダイズするというときは、特に記載した場合を除き、いずれのポリヌクレオチドにおいても、ハイブリダイゼーションの条件は、Molecular Cloning. A Laboratory Manual. 2nd ed.(Sambrook et al., Cold Spring Harbor Laboratory Press)およびHybridization of Nucleic Acid Immobilization on Solid Supports(ANALYTICAL BIOCHEMISTRY 138, 267-284(1984))の記載に従い、取得しようとするポリヌクレオチドに合わせて適宜選定することができる。例えば85%以上の同一性を有するDNAを取得する場合、2倍濃度のSSC溶液および50%ホルムアミドの存在下、40℃でハイブリダイゼーションを行った後、0.1倍濃度のSSC溶液(1倍濃度のSSC溶液の組成は、150mM塩化ナトリウム、15mMクエン酸ナトリウムよりなる)を用い、55℃でフィルターを洗浄する条件を用いればよい。また90%以上の同一性を有するDNAを取得する場合、2倍濃度のSSC溶液および50%ホルムアミドの存在下、55℃でハイブリダイゼーションを行った後、0.1倍濃度のSSC溶液を用い、60℃でフィルターを洗浄する条件を用いればよい。
【0028】
また、本発明に関し、アミノ酸配列について1若しくは複数のアミノ酸が置換、欠失、挿入、および/または付加されたアミノ酸配列というときの置換等されるアミノ酸の個数は、特に記載した場合を除き、いずれのタンパク質においても、そのアミノ酸配列からなるタンパク質が所望の機能を有する限り特に限定されないが、1~120個、1~60個、1~30個、1~9個または1~4個程度であるか、性質の似たアミノ酸への置換であれば、さらに多くの個数の置換等がありうる。このようなアミノ酸配列に係るポリヌクレオチドまたはタンパク質を調製するための手段は、当業者にはよく知られている。
【0029】
本発明で塩基配列(ヌクレオチド配列ということもある。)またはアミノ酸配列に関し(配列)同一性というときは、特に記載した場合を除き、いずれの塩基配列またはアミノ酸配列においても、2つの配列を最適の態様で整列させた場合に、2つの配列間で共有する一致したヌクレオチドまたはアミノ酸の個数の百分率を意味する。すなわち、同一性=(一致した位置の数/位置の全数)×100で算出でき、市販されているアルゴリズムを用いて計算することができる。また、このようなアルゴリズムは、Altschul et al., J. Mol. Biol. 215, 403-410(1990)に記載されるNBLASTおよびXBLASTプログラム中に組込まれている。より詳細には、塩基配列またはアミノ酸配列の同一性に関する検索・解析は、当業者には周知のアルゴリズムまたはプログラム(例えば、BLASTN、BLASTP、BLASTX、ClustalW)により行うことができる。プログラムを用いる場合のパラメーターは、当業者であれば適切に設定することができ、また各プログラムのデフォルトパラメーターを用いてもよい。これらの解析方法の具体的な手法もまた、当業者には周知である。
【0030】
本明細書において、塩基配列またはアミノ酸配列に関し、同一性が高いというときは、特に記載した場合を除き、いずれの場合も、少なくとも70%、好ましくは80%以上、より好ましくは85%以上、さらに好ましくは90%以上、さらに好ましくは95%以上、さらに好ましくは97.5%以上さらに好ましくは99%以上の配列の同一性を指す。
【0031】
(低アレルゲン反応性)
本発明のソバ属植物は、Fag e 2タンパク質の欠失または低減により、アレルゲン反応性に差異が生じている。具体的には、野生型のソバ属植物より、アレルゲン反応性が低減されている。アレルゲン反応性に差異が生じているか否かは、評価対象となるソバ属植物から得たそば粉、および対応する野生型ソバ属品種(比較品種)のそば粉から抽出した全タンパク質抽出液について、IgE Crosslinking-induced Luciferase Expression(EXiLE)法によるアレルゲン反応性検証試験を実施することにより確認できる。EXiLE法は、ヒトの高親和性IgE受容体(FcεRI)を発現させた培養マスト細胞株(RS-ATL8)を、アレルギー患者の血清(IgE)で感作し、抗原の添加によるRS-ATL8の活性化をルシフェラーゼアッセイにより検出する手法である。マスト細胞の活性化に必要なIgEの架橋を捉えるため生理的で感度の高い評価法であるといえる。
【0032】
本発明に関するソバ属植物のアレルゲン反応性の評価のために用いる場合、EXiLE法は常法に従って実施することができ、測定値からブランクコントロール(細胞なし)を差し引いた後、ネガティブコントロール(抗原なし)との比として示し、この比の値が1.0以下を陰性とするとよい。この方法により、比較品種に対しては明確な反応が認められるが、評価対象であるソバ属植物に対してはアレルゲン反応性が陰性となる場合に、低アレルゲン反応性であるといえる。
【0033】
(新規ソバ系統)
本発明により提供される、Fag e 2遺伝子において変異を有し、Fag e 2タンパク質が欠失または低減されているソバ属植物の例として、Fag e 2遺伝子領域内ストップコドン変異型自殖系統(Fag e 2_Stop(245)_self)が挙げられる。
【0034】
この系統は、本明細書の実施例に記載の方法で得られた系統であり、下記の特徴を有する。
・科学的性質 (形態的、栽培上の特徴、生理学的特徴等)
分類学上の位置:ソバ(Fagopyrum esculentum)の系統である。
一年生の直立分枝型植物であり、播種後に双葉が展開し、その後本葉が展開し、主茎および分枝に花房が発生した後、結実する。
・原産地: 北海道農業研究センターにて突然変異育種により開発した。
・栽培条件: 生存確認試験のための条件(発芽試験の条件)としては、種子滅菌のため70% エタノールに1分浸し、1%(有効塩素濃度)次亜塩素酸ナトリウム溶液中で、スターラーを用いて30分間攪拌し、滅菌水で5回洗浄し、暗所25℃(許容範囲22~28℃)にてペトリ皿内の滅菌水を浸したろ紙上に播種し、冠根が伸びた状態に至った実生を発芽したと判断する。発芽試験は12日間とする。植物体の屋外での気象条件としては、日平均気温13℃~18℃、日最高気温18℃~25℃、日最低気温10℃~18℃であり、水はけがよく、降水量が月あたり200~400mmであり、日照時間が月あたり100時間以上ある条件。
・種子の保管方法:5℃
【0035】
本発明者らの検討によると、この系統から得られる成熟中の種子では、Fag e 2遺伝子のmRNAの蓄積量は野生型に比較して極めて少ない。また、この系統のFag e 2遺伝子の上流領域に存在するプロモーター領域と推定される配列では変異が認められない。これらのことから、この系統でのFag e 2タンパク質の欠失化は、Fag e 2遺伝子プロモーター領域変異による発現量の低減ではなく、ストップコドン変異によるmRNAの安定性の低下による、mRNAの即時的分解が生じているためと考えられる。
【0036】
また本発明者らの検討によると、この系統から得られるそば粉は、EXiLE法による評価では、比較品種に対しては明確な反応が認められる患者血清でのアレルゲン反応性が陰性であり、低アレルゲン反応性であるといえる。
【0037】
[ソバ属植物のアレルゲンを低減する方法]
本発明はまた、アレルゲンとなるタンパク質をコードするヌクレオチド配列において翻訳開始領域にストップコドンを導入する変異を生じさせることによる、植物のアレルゲンを低減する方法を提供する。変異を生じさせたポリヌクレオチドは下記のいずれかであってもよい。
(a)配列番号3の配列からなるポリヌクレオチド;
(b)配列番号3の配列と80%以上の配列同一性を有し、かつ配列番号3の244~246位に相当する部分がストップコドンである配列または配列番号3の244に相当する位置より上流の領域にストップコドンを有する配列からなる、ポリヌクレオチド;
(c)配列番号3の配列とは相補的な配列からなるポリヌクレオチドとストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、かつ配列番号3の244~246位に相当する部分がストップコドンである配列または配列番号3の244に相当する位置より上流の領域にストップコドンを有する配列からなる、ポリヌクレオチド;
(d)配列番号8の配列と80%以上の配列同一性を有し、かつ配列番号3の244~246位に相当する部分がストップコドンである配列または配列番号3の244に相当する位置より上流の領域にストップコドンを有する配列からなる、ポリヌクレオチド;
(e)配列番号8の配列とは相補的な配列からなるポリヌクレオチドとストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、かつ配列番号3の244~246位に相当する部分がストップコドンである配列または配列番号3の244に相当する位置より上流の領域にストップコドンを有する配列からなる、ポリヌクレオチド。
【0038】
[育種方法、ソバ属植物の製造方法]
本発明はまた、本発明のソバ属植物を用いた、新規なソバ属植物を育種する方法を提供する。本発明の育種方法は、本発明のソバ属植物、その植物体、またはその後代を育種素材として用いることを特徴とする。育種のための手法は特に限定されず、例として、交配、変異体の選抜、戻し交雑、遺伝子組換え、細胞融合、ゲノム編集等が挙げられる。
【0039】
育種の目標は特に限定されず、例えば、多収化、生態型の改良、耐倒伏性、有限伸育性、耐湿性、高品質化(ルチン等の機能性成分の改良、タンパク質の改良、香気成分の改良、穂発芽性)等が挙げられる。
【0040】
[収穫物、繁殖材料、または加工品]
本発明はまた、本発明のソバ属植物から得た植物体の、収穫物、繁殖材料または加工品、および下記の少なくとも一方を満たす、ソバ属植物の子実、そば粉、またはそれらを用いた製品を提供する。
・この子実、そば粉、または製品が、本発明により得られたソバ属植物の系統または品種から得られたものであること。
・Fag e 2タンパク質が検出されないこと(例えば、低アレルゲン反応性、等)。
【0041】
本発明に関し、植物というときは、特別な場合を除き、植物体、またはその一部の意味で用いており、またその一部というときは、特別な場合を除き、種子(発芽種子、未熟種子を含む。)、器官またはその部分(葉、根、茎、花、雄蕊、雌蘂、それらの片を含む)、植物培養細胞、カルス、プロトプラストを含む。植物には、遺伝子操作植物および形質転換植物が含まれる。植物には、収穫物および繁殖材料が含まれる。
【0042】
繁殖材料は、特に記載した場合を除き、植物体の全部または一部で繁殖の用に供されるもの(種苗ということもある。)をいい、例えば、種子、苗、細胞、カルス、幼芽がある。本発明でいう収穫物とは、特別な場合を除き、通常の意味で用いており、植物体の全部または一部で繁殖の用に供されないもの、例えば、食品原材料としてのソバ種子、刈り取ったソバ 、ソバ殻、ふすまが含まれる。
【0043】
本発明に関し、加工品というときは、特に記載した場合を除き、収穫物から直接的に生産される加工品をいい、具体的には、ソバ粒、そば粉等である。
【0044】
ソバ粒またはそば粉は、食品の原材料として用いることができる。そのような食品の例としては、麺、菓子類(クッキー、ビスケット、クラッカー、ボーロ、スナック、スポンジケーキ、まんじゅう、団子、せんべい、あられ、おかき等)、餅類、パン類(例えば、食パン、菓子パン、ベーグル、蒸しパン、およびバターロール等)、ピザ、酒、アイスクリーム、飴、チョコレート、ミックス粉(例えば、から揚げ粉、天ぷら粉、パン用ミックス粉、ホットケーキミックス粉、お好み焼きミックス粉、およびたこ焼きミックス粉等)、飲料(例えば、そば茶飲料、スープ類、青汁、スムージー)等が挙げられる、
【0045】
次に実施例を示し、本発明を更に詳細に説明するが、本発明は何らこれに限定されるものではない。
【実施例
【0046】
Fag e 2遺伝子領域内ストップコドン変異の創出
Fag e 2タンパク質を欠失化させるため、EMS(Ethyl Methanesulfonate、エチルメタンスルホン酸)処理による突然変異誘導を実施した。約4,600粒の種子(供試品種:春のいぶき)を0.33%(v/v)のEMS溶液で15時間処理後、圃場での栽培・増殖を実施した。1個体から3~6粒ずつを採取し、7,490粒の種子を得た。さらにこれらの種子に対して、0.60%(v/v)のEMSで15時間での再処理を実施し、圃場での栽培・増殖を実施した。2,710個体から1個体当たり1から2粒ずつで採種した。これらの種子を栽培し、3,336個体から個体ごとに採種するとともに、12個体の葉を等量ずつまとめてDNAを抽出し、278のDNAバルクとした(12個体 × 278バルク = 3,336個体)。
【0047】
Fag e 2遺伝子領域内ストップコドン変異の検出
Fag e 2遺伝子のコーディング領域を増幅するPCRプライマーを設計し(フォワードプライマー: 5'- TGAAGCTCTTCATCATCCTAGCAA -3'(配列番号5)、リバースプライマー: 5'- TACACAAAATACCGATTTCCTCTCG -3'(配列番号6))、278のDNAバルクをテンプレートとして、98℃3分、(98℃10秒、63.5℃5秒、72℃90秒) × 30回、72℃5分でのPCR増幅を行なった。PCR後にNextera XT DNA Library Prep kit(イルミナ社)を用いてバルクごとにPCR産物をライブラリー化し、Hiseq X(イルミナ社)を用いて塩基配列リードを取得した。その後に、trimmomatic 0.3.2(Bolger et al., 2014)でリードのクリーニング、野生型Fag e 2遺伝子配列(配列番号1および2)へのBWA(Li and Durbin, 2009)によるマッピング、samtools(Li et al., 2009)による処理(BAM変換、ソート、mpileup)、VarScan(Koboldt et al., 2009)によるVcf作成、SnpEff(Cingolani et al., 2012)により、ストップコドン変異を有するバルクの検出を行った。
【0048】
その結果、244~246塩基部位(配列番号1および2の下線部)において、TCG(セリン)がTAG(ストップコドン)に変異したヘテロ型を有するバルクを確認した。加えて、このストップコドン変異を識別可能なDNAマーカー(KASPジェノタイピングアッセイ、エル・ジー・シー・ゲノミクス社)を設計した。
【0049】
KASPジェノタイピングアッセイ設計時に用いた配列:AAATACGMAGAAGCTTTGARKAGGRTTGAAGGTGAAGGATGCAAGAGTGAAGAGT[A/C]GTGTATGAGAGGATGCTGTGTGGCGATGARGGAGATGGATGATGAATGTGTTTGT(配列番号7)
【0050】
Fag e 2遺伝子領域内ストップコドン変異型集団の作製
ストップコドン変異が確認されたバルク種子を播種後、各個体からDNAを抽出し、設計したKASPジェノタイピングアッセイおよびKASPマスターミックス(エル・ジー・シー・ゲノミクス社)を用いて、実施手法に従い、ストップコドン変異をヘテロ型で有する個体(Fag e 2_Stop(245)_hetero)を選抜し、選抜個体間交配を実施することで採種した。この種子を播種し、前述の方法でストップコドン変異をホモ型で有する系統(Fag e 2_Stop(245))を作製した。さらに、この系統と自殖性のソバ系統とを交配することで、前述と同様の手法によりストップコドン変異をホモ型で有する自殖性系統(Fag e 2_Stop(245)_self)を作製した。
【0051】
この自殖系統に対するサンガーシーケンス解析を実施した結果、244~246塩基部位がTAG(ストップコドン)のホモ型となるFag e 2遺伝子塩基配列(配列番号3および4)を確認した。
【0052】
Fag e 2遺伝子領域内ストップコドン変異型自殖系統におけるFag e 2タンパク質の検出
野生型および変異型自殖系統種子の果皮を取り除き、粉砕して得たそば粉25mgに対して、500μlのタンパク質抽出液(10×PBS、ニッポンジーン社: Protease Inhibitor Cocktail、シグマ社: ミリQ、10:0.5:89.5)を用いて、4℃で15分間の振とう抽出による全タンパク質抽出した。全タンパク質抽出液を240倍に希釈し、酵母発現系によるリコンビナントFag e 2抗原(Al Athamneh et al., 2020)を免疫したウサギポリクローナル抗体(rabbit anti-Fag e 2 pAb-4)、および、シグナル配列を含むN末端からのアミノ酸番号(121~128)のFag e 2タンパク質の既知IgEエピトープ配列部位を含むアミノ酸番号(121~132)のペプチドを抗原とするウサギポリクローナル抗体(rabbit anti-Fag e 2 pAb-1)(Satoh et al., 2010)、さらに、N末端部位ペプチド(アミノ酸番号:21-38)を抗原としたウサギポリクローナル抗体(rabbit anti-Fag e 2 pAb-2)を一次抗体(40倍希釈)、キット付属の抗ウサギHRP結合抗体を二次抗体とし、全自動ウェスタンシステム(Wes、プロテインシンプル社)の実施手法に従いウェスタンブロットを行うことで、Fag e 2タンパク質の検出を実施した。
【0053】
その結果、野生型自殖系統では確認されたFag e 2タンパク質(配列番号2、分子量約16kDa)のバンドが変異型自殖系統では未検出となり、さらに、ストップコドン変異までの不完全なFag e 2タンパク質(配列番号4、分子量約9kDa)も未検出となった(図1)。同様のことが各Fag e 2特異的抗体においても確認されたことから(図2)、変異型自殖系統ではFag e 2タンパク質が欠失していると考えられる。
【0054】
Fag e 2遺伝子領域内ストップコドン変異型自殖系統におけるFag e 2遺伝子の発現量解析
野生型および変異型自殖系統の成熟中の種子に対して、RNAiso Plus(タカラバイオ社)とFruit-mate for RNA Purification(タカラバイオ社)を用いて、実施手法に従い全RNAを調製した。この全RNAに対して、逆転写酵素であるSuperScript III Reverse Transcriptase(インビトロジェン社)を用いて、実施手法に従い各cDNAを合成した。各Fag e 2遺伝子のmRNAの蓄積量を、cDNAとqPCR用試薬であるTB Green Premix Ex Taq II(タカラバイオ社)、およびMicリアルタイムPCR装置(スクラム社)を用いたqPCRを実施することで解析した。
【0055】
その結果、野生型自殖系統ではFag e 2遺伝子のmRNAは顕著に蓄積しているが、変異型自殖系統では野生型での蓄積量の1/829と極めて少ないものとなった(図3)。さらに、野生型および変異型自殖系統のFag e 2遺伝子の上流領域に存在しプロモーター領域と推定された塩基配列をサンガーシーケンス法により確認した結果、野生型と変異型において変異は認められなかった(図4)。
【0056】
これらのことから、ウェスタンブロットにおいて確認されたFag e 2タンパク質の欠失化は、Fag e 2遺伝子プロモーター領域変異による発現量の低減ではなく、ストップコドン変異によるmRNAの安定性の低下による、mRNAの即時的分解が生じているためと考えられた。
【0057】
Fag e 2遺伝子領域内ストップコドン変異型自殖系統におけるアレルゲン反応性の低減・欠失化効果の検証
Fag e 2タンパク質の欠失化によりアレルゲン反応性に差異が生じるか検証するために、変異型自殖系統と市場に流通する比較品種のそば粉から抽出した全タンパク質抽出液、および4症例のソバアレルギー患者血清を用いた、EXiLE法によるアレルゲン反応性検証試験を実施した。
【0058】
EXiLE法は常法に従って実施し、RS-ATL8細胞を100倍希釈した患者血清で一晩感作した後、細胞をリン酸緩衝生理食塩水で3回洗浄し、CO2インキュベーター内で37℃で3時間抗原含有培地で刺激した。 ルシフェラーゼ活性は、ONE-GloTM試薬(プロメガ社)およびCentroXS3 LB960-Dual発光マイクロプレートリーダー(ベルトールジャパン社)を使用して測定した。測定値からブランクコントロール(細胞なし)を差し引いた後、ネガティブコントロール(抗原なし)との比として示し、この比の値が1.0以下を陰性とした(図5)。
【0059】
その結果、4症例のうち3症例においては、比較品種へのアレルゲン反応性が認められなかったことに加え、他のアレルゲンの影響も考えられたことから、Fag e 2タンパク質の欠失化による効果の症例間での汎用性に関しては詳細不明となるが、比較品種への明確な反応が認められた1症例(症例4)においては、変異型自殖系統でのアレルゲン反応性が陰性となった。
【0060】
これらのことから、遺伝子領域内でのストップコドン変異によるFag e 2タンパク質の欠失化は、Fag e 2アレルゲン反応性の低減・欠失化において効果があることが推察された。
【0061】
実施例中で引用した配列、関連の配列
配列番号1(Fag e 2_野生型塩基配列)(NCBI_Sequence ID: FJ430161.1、灰色網掛けはシグナルペプチド配列部位、囲みは既知IgEエピトープ部位配列、下線はEMS処理による変異創出部位配列を示す)
【0062】
【化1】
【0063】
配列番号2(Fag e 2_野生型タンパク質)(NCBI_Sequence ID: Q2PS07.1、灰色網掛けはシグナルペプチド配列部位、囲みは既知IgEエピトープ部位配列、下線はEMS処理による変異創出部位配列を示す)
【0064】
【化2】
【0065】
配列番号3(Fag e 2_ストップコドン変異型塩基配列)(灰色網掛けはシグナルペプチド配列部位、囲みは既知IgEエピトープ部位配列、下線はEMS処理による変異創出部位配列を示す)
【0066】
【化3】
【0067】
配列番号4(Fag e 2_ストップコドン変異型タンパク質)(灰色網掛けはシグナルペプチド配列部位、下線はEMS処理による変異創出部位配列を示す)
【0068】
【化4】
【0069】
配列番号8(Fagopyrum tataricum, HQ829975.1 16 kDa major allergen mRNA, complete cds 囲みは既知IgEエピトープ部位配列を示す)
【0070】
【化5】
【0071】
配列番号9(Fagopyrum tataricum, ADW27428.1 16 kDa major allergen 囲みは既知IgEエピトープ部位配列を示す)
【0072】
【化6】
【0073】
実施例中で引用した文献
Bolger, A. M., Lohse, M., and Usadel, B. (2014). Trimmomatic: A flexible trimmer for Illumina Sequence Data. Bioinformatics, 30(15): 2114-2120.
Li, H. and Durbin, R. (2009). Fast and Accurate Short Read Alignment with Burrows-Wheeler Transform. Bioinformatics, 25(14): 1754-1760.
Li, H., Handsaker, B., Wysoker, A., Fennell, T., Ruan, J., Homer, N., Marth, G., Abecasis, G., Durbin, R. and 1000 Genome Project Data Processing Subgroup (2009). The Sequence Alignment/Map format and SAMtools. Bioinformatics, 25(16): 2078-2079.
Koboldt, D. C., Chen, K., Wylie, T., Larson, D. E., McLellan, M. D., Mardis, E. R., Weinstock, G. M., Wilson, R. K. and Ding, L. (2009). VarScan: variant detection in massively parallel sequencing of individual and pooled samples. Bioinformatics, 25(17): 2283-2285.
Cingolani, P., Platts, A., Wang, L. L., Coon, M., Nguyen, T., Wang, L., Land, S. J. Lu, X. and Ruden, D. M. (2012). A program for annotating and predicting the effects of single nucleotide polymorphisms, SnpEff. Fly, 6(2): 80-92.
Al Athamneh, A. M., Suzuki, Y., Nakamura, S and Katayama, S. (2020). Hydrolysate of highly digestible phosphorylated buckwheat major allergen Fag e 2 attenuates allergic reactions in Fag e 2-sensitized mice. Japanese Journal of Food Chemistry and Safety, 27(2): 67-75.
Satoh, R., Koyano, S., Takagi, K., Nakamura, R. and Teshima, R. (2010). Identification of an IgE-binding epitope of a major buckwheat allergen, BWp16, by SPOTs assay and mimotope screening. International Archives of Allergy and Immunology, 153(2): 133-140.
【産業上の利用可能性】
【0074】
本発明は、ソバの生産、流通および製品分野での利用が期待できる。また、本発明により提供されるソバ系統は、今後のソバ育種分野における基本育種母材として期待できる。本発明はまた、ソバアレルギー患者に対する減感作療法への適用が期待でき、さらにソバアレルギー研究における供試材料として医学分野での利用が考えられる。
【配列表フリーテキスト】
【0075】
SEQ ID NO:1 Fag e 2_wild type gene, nucleotide sequence
SEQ ID NO:2 Fag e 2_wild type protein, amino acid sequence
SEQ ID NO:3 Fag e 2_stop codon-mutant type gene, nucleotide sequence
SEQ ID NO:4 Fag e 2_stop codon-mutant type protein, amino acid sequence
SEQ ID NO:5 PCR Forward primer
SEQ ID NO:6 PCR Reverse primer
SEQ ID NO:7 Nucleotide sequence for KASP genotyping assay
SEQ ID NO:8 F. tataricum, major allergen, nucleotide sequence
SEQ ID NO:9 F. tataricum, major allergen, amino acid sequence
図1
図2
図3
図4
図5
【配列表】
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