(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-10-15
(45)【発行日】2024-10-23
(54)【発明の名称】花卉の老化抑制剤
(51)【国際特許分類】
A01N 3/02 20060101AFI20241016BHJP
A01G 7/06 20060101ALI20241016BHJP
【FI】
A01N3/02
A01G7/06 A
(21)【出願番号】P 2021160245
(22)【出願日】2021-09-30
【審査請求日】2024-03-07
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成31年度、農林水産省、品質保持期間延長技術の開発委託事業、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】501203344
【氏名又は名称】国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構
(74)【代理人】
【識別番号】100162396
【氏名又は名称】山田 泰之
(74)【代理人】
【識別番号】100202430
【氏名又は名称】太田 千香子
(72)【発明者】
【氏名】渋谷 健市
(72)【発明者】
【氏名】澤崎 達也
(72)【発明者】
【氏名】野澤 彰
【審査官】澤田 浩平
(56)【参考文献】
【文献】特開2014-079219(JP,A)
【文献】国際公開第98/007421(WO,A1)
【文献】特開平10-182457(JP,A)
【文献】化学と生物,55(10),2017年,pp.699-705
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A01N,A01G
CAplus/REGISTRY(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記一般式(1)で表されるテトラフルオロフタルイミド骨格を含む化合物またはその塩から選択される1種または2種以上の化合物を有効成分とする、花卉の老化抑制剤。
【化1】
(式中、
Y:単結合もしくは下記構造Y-1~Y-3の何れかを示し、
Q:下記構造Q-1~Q-4の何れかを示す。)
【化2】
(式中、R
1は、それぞれ独立して水素原子、炭素数1~3のアルキル基、ヒドロキシメチル基の何れかを示し、「*」は一般式(1)中の窒素原子との結合位置を示し、「**」はQとの結合位置を示す。)
【化3】
(式中、R
2は、それぞれ独立して炭素数1~10のアルキル基、炭素数2~10のアシルアミノ基、水酸基、ハロゲン原子、フェニル基の何れかを示し、「**」は一般式(1)中のYとの結合位置を示し、nは0、1、2、3を示す。)
【請求項2】
請求項
1に記載の花卉の老化抑制剤を、花卉に適用する花卉の老化抑制方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、テトラフルオロフタルイミド骨格を含む化合物またはその塩を有効成分とする、花卉の老化抑制剤に関する。
【背景技術】
【0002】
花における花弁またはその類似器官(内花被および外花被)は、自ら積極的に老化する機構をもっている。この老化とは、一般に花弁またはその類似器官の萎凋や脱離を意味する。一般に、花弁またはその類似器官は昆虫などの送粉者を誘引するために発達した器官であり、受粉が成功すれば不要となるし、受粉しない花の花弁またはその類似器官もいずれは老化する。花弁またはその類似器官が老化するまでの期間は、植物種ごとに概ね決まっており、花弁またはその類似器官の老化はプログラムされた死の過程であると考えられている。
一方、商業上取引される花卉の「花持ち」は、最も重要な品質構成要素の1つであり、商品価値を失う最大の要因は花弁またはその類似器官の老化である。
一部の花の老化には、植物ホルモンのエチレンが関与していることが知られており、これまでに、エチレンの生合成及び受容・情報伝達に関わる遺伝子が数種の花卉で同定され、エチレン情報伝達系遺伝子に関する組換えにより、花の寿命を延長できることが知られている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【非特許文献】
【0004】
【文献】Veen, H. and van de Geijn, S. C., 1978, Planta, Vol. 140, p.93-96
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
カーネーション等の、老化がエチレンによって制御される花卉(エチレン依存性花卉)は、銀イオンを主成分とするエチレン阻害剤など老化を抑制する薬剤が多く開発され、また、広く普及している(例えば、非特許文献1等)。
これに対し、エチレンに依存しない老化を示す花(エチレン非依存性花卉)、例えば、ユリ、チューリップ、アイリス等の老化に関しては、その制御機構は未だ不明な点が多く、老化を抑制する薬剤は未だ開発されていない。
このような状況の中、本出願人はエチレン非依存的な老化を制御する鍵遺伝子(EPH1)を見出している(特許文献1)。
そこで、本発明は、上記鍵遺伝子(EPH1)を利用して、エチレン非依存性花卉における老化抑制剤を提供することを課題としている。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者は上記課題を解決するために鋭意研究を重ねた結果、上記鍵遺伝子(EPH1)の転写因子機能を阻害する物質を選抜できるシステムを構築することにより、花卉の老化抑制機能を有する化合物群を見出し、上記課題を解決するに至ったものである。
【0007】
本発明は、具体的には次の事項を要旨とする。
1.テトラフルオロフタルイミド骨格を含む化合物またはその塩から選択される1種または2種以上の化合物を有効成分とする、花卉の老化抑制剤。
2.前記テトラフルオロフタルイミド骨格を含む化合物が、下記一般式(1)で表される化合物であることを特徴とする、1.記載の花卉の老化抑制剤。
【化1】
(式中、
Y:単結合もしくは下記構造Y-1~Y-3の何れかを示し、
Q:下記構造Q-1~Q-4の何れかを示す。)
【化2】
(式中、R
1は、それぞれ独立して水素原子、炭素数1~3のアルキル基、ヒドロキシメチル基の何れかを示し、「*」は一般式(1)中の窒素原子との結合位置を示し、「**」はQとの結合位置を示す。)
【化3】
(式中、R
2は、それぞれ独立して炭素数1~10のアルキル基、炭素数2~10のアシルアミノ基、水酸基、ハロゲン原子、フェニル基の何れかを示し、「**」は一般式(1)中のYとの結合位置を示し、nは0、1、2、3を示す。)
3.1.又は2.に記載の花卉の老化抑制剤を、花卉に適用する花卉の老化抑制方法。
【発明の効果】
【0008】
本発明の花卉の老化抑制剤は、テトラフルオロフタルイミド骨格を含む化合物またはその塩を有効成分とし、花被の細胞死の進行を抑制し老化を遅延するため、エチレンに依存しない老化を示す花(エチレン非依存性花卉)を含む花卉全般において、「花持ち」を良好なものとし、鑑賞期間を延長することが出来るという効果を発揮するものである。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【
図1】実施例3の化合物処理した花弁切片の老化確認試験-1における、化合物を処理した花弁切片の様子を示す写真である。
【
図2】実施例3の化合物処理した花弁切片の老化確認試験-1における、化合物を処理した花弁のタンパク質含量の変化を示すグラフである。
【
図3】実施例4の化合物処理した花弁切片の老化確認試験-2における、化合物を処理した、開花24時間後の花弁切片の様子を示す写真である。
【
図4】実施例4の化合物処理した花弁切片の老化確認試験-2における、化合物を処理した開花24時間後の花弁のタンパク質含量を示すグラフである。
【
図5】実施例5の化合物処理した切り花の老化確認試験における、化合物を処理した、開花24時間後の切り花の様子を示す写真である。
【発明を実施するための形態】
【0010】
本発明の花卉の老化抑制剤は、テトラフルオロフタルイミド骨格を含む化合物またはその塩から選択される1種または2種以上の化合物を有効成分とするものである。このテトラフルオロフタルイミド骨格を含む化合物とは、下記化学構造を有するN-置換-3,4,5,6-テトラフルオロフタルイミドを意味する。
【化4】
本発明における塩とは、花卉に適用する上で許容し得る塩を意味し、例えば、塩酸塩、硫酸塩、硝酸塩、燐酸塩、臭化水素塩、ヨウ化水素塩等の無機酸塩類、酢酸塩、フマル酸塩、マレイン酸塩、シュウ酸塩、メタンスルホン酸塩、ベンゼンスルホン酸塩、パラトルエンスルホン酸塩等の有機酸塩類、ナトリウムイオン、カリウムイオン、カルシウムイオン、トリメチルアンモニウム等の無機または有機の塩基との塩を例示することができる。
【0011】
本発明におけるテトラフルオロフタルイミド骨格を含む化合物の中でも、下記一般式(1)で表される化合物が好ましい。
【化5】
(式中、
Y:単結合もしくは下記構造Y-1~Y-3の何れかを示し、
Q:下記構造Q-1~Q-4の何れかを示す。)
【化6】
(式中、R
1は、それぞれ独立して水素原子、炭素数1~3のアルキル基、ヒドロキシメチル基の何れかを示し、「*」は一般式(1)中の窒素原子との結合位置を示し、「**」はQとの結合位置を示す。)
【化7】
(式中、R
2は、それぞれ独立して炭素数1~10のアルキル基、炭素数2~10のアシルアミノ基、水酸基、ハロゲン原子、フェニル基の何れかを示し、「**」は一般式(1)中のYとの結合位置を示し、nは0、1、2、3を示す。)
本発明における一般式(1)で表される化合物は、「Y」がY-1、Y-2、Y-3であり、かつ、R
1が炭素数1~3のアルキル基、ヒドロキシメチル基の何れかである場合は、R
1が結合する炭素が不斉炭素となり、それに由来する光学活性体が存在するが、本発明のテトラフルオロフタルイミド骨格を含む化合物は、これらの光学活性体であってもよいし、これらの光学活性体をそれぞれ等量ずつ含むラセミ体であってもよいし、いずれかの光学活性体を過剰に含む化合物であってもよい。
【0012】
本発明におけるR1の炭素数1~3のアルキル基は、直鎖状、分岐鎖状または環状の炭素原子数1~3個のアルキル基を意味し、メチル基、エチル基、ノルマルプロピル基、イソプロピル基、シクロプロピル基が挙げられるが、中でも、メチル基、エチル基、ノルマルプロピル基、イソプロピル基が好ましく、特に、メチル基、エチル基が好ましい。
本発明におけるR2の炭素数1~10のアルキル基は、直鎖状、分岐鎖状または環状の炭素原子数1~10個のアルキル基を意味する。中でも、直鎖状、分岐鎖状または環状の炭素数1~6のアルキル基が好ましく、直鎖状、分岐鎖状または環状の炭素原子数1~3個のアルキル基、すなわち、メチル基、エチル基、ノルマルプロピル基、イソプロピル基、シクロプロピル基の何れかがより好ましい。
本発明におけるR2の炭素数2~10のアシルアミノ基は、炭素数2~10のアシル基により置換されているアミノ基を意味する。炭素数2~10のアシル基とは、炭素数が1~9の(アルキル)-C(=O)-基を示す。炭素数が1~9のアルキル基は、直鎖状、分岐鎖状、環状の何れかであってよい。中でも、炭素数2~6のアシルアミノ基が好ましく、炭素数2~5のアシルアミノ基がより好ましく、アセチルアミノ基、プロピオニルアミノ基、イソプロピオニルアミノ基、ブチリルアミノ基、イソブチリルアミノ基、バレリルアミノ基、イソバレリルアミノ基、ピバロイルアミノ基が特に好ましい。
本発明におけるR2のハロゲン原子は、フッ素原子、塩素原子、臭素原子又はヨウ素原子である。中でも、塩素原子が好ましい。
本発明の一般式(1)で表される化合物としては、一般式(1)中の「Y」が、単結合、Y-1、Y-3である化合物が好ましい。Y-1における「R1」は、メチル基またはエチル基であることが好ましく、Y-2における「R1」は、メチル基であることが好ましい。
【0013】
本発明の一般式(1)で表される化合物として好適な化合物は、一般式(1a)~(1g)で表される化合物である。
下記一般式(1a)で表される化合物は、一般式(1)中の「Y」が単結合であり、「Q」がQ-1である化合物である。
【化8】
(式中、R
2とnは、一般式(1)の定義と同じである。)
一般式(1a)で表される化合物としては、R
2は、それぞれ独立して炭素数1~10のアルキル基、水酸基、ハロゲン原子、フェニル基の何れかであり、nは0、1、2、3を示す化合物が好ましく、R
2は、それぞれ独立して炭素数1~5のアルキル基、水酸基、フェニル基の何れかであり、nは0、1、2、3を示す化合物がより好ましい。
一般式(1a)で表される化合物として、中でも好適な化合物は、下記表1に示す化合物1a-1~1a-6である。表1中の「Me」はメチル基を、「OH」は水酸基を、「Ph」はフェニル基を、「iPr」はイソプロピル基を、「-」は無置換を示す。
【表1】
【0014】
下記一般式(1b)で表される化合物は、一般式(1)中の「Y」がY-1であり、「Q」がQ-1である化合物である。
【化9】
(式中、R
1、R
2およびnは、一般式(1)の定義と同じである。)
一般式(1b)で表される化合物としては、R
1は、水素原子、炭素数1~3のアルキル基、ヒドロキシメチル基の何れかを示し、R
2は、それぞれ独立して炭素数1~10のアルキル基、炭素数2~10のアシルアミノ基、ハロゲン原子であり、nは0、1、2、3を示す化合物が好ましく、R
1は、炭素数1~3のアルキル基、ヒドロキシメチル基の何れかを示し、R
2は、それぞれ独立して炭素数2~5のアシルアミノ基、ハロゲン原子であり、nは0、1、2を示す化合物がより好ましい。
一般式(1b)で表される化合物として、中でも好適な化合物は、下記表2に示す化合物1b-1~1b-7である。表2中の「Me」はメチル基を、「Et」はエチル基を、「nPr」はノルマルプロピル基を、「tBu」はターシャリーブチル基を、「H」は水素原子を、「OH」は水酸基を、「NH」はアミノ基を、「C=O」はカルボニル基を、「Cl」は塩素原子を、「-」は無置換を示す。
【表2】
【0015】
下記一般式(1c)で表される化合物は、一般式(1)中の「Y」がY-2であり、「Q」がQ-1である化合物である。
【化10】
(式中、R
1、R
2およびnは、一般式(1)の定義と同じである。)
一般式(1c)で表される化合物としては、R
1は、水素原子、炭素数1~3のアルキル基、ヒドロキシメチル基の何れかを示し、R
2は、炭素数1~3のアルキル基、ハロゲン原子の何れかを示し、nは0、1を示す化合物が好ましく、R
1は、水素原子、ヒドロキシメチル基の何れかを示し、R
2は、炭素数1~3のアルキル基を示し、nは0、1を示す化合物がより好ましい。
一般式(1c)で表される化合物として、中でも好適な化合物は、R
1がヒドロキシメチル基であり、n=0である化合物1c-1である。
【0016】
下記一般式(1d)で表される化合物は、一般式(1)中の「Y」がY-3であり、「Q」がQ-1である化合物である。
【化11】
(式中、R
1、R
2およびnは、一般式(1)の定義と同じである。)
一般式(1d)で表される化合物としては、R
1は、水素原子、炭素数1~3のアルキル基、ヒドロキシメチル基の何れかを示し、R
2は、炭素数1~5のアルキル基、ハロゲン原子の何れかを示し、nは0、1を示す化合物が好ましく、R
1は、水素原子、ヒドロキシメチル基の何れかを示し、R
2は、炭素数1~3のアルキル基を示し、nは0、1を示す化合物がより好ましい。
一般式(1d)で表される化合物として、中でも好適な化合物は、R
1がメチル基であり、n=0である化合物1d-1である。
【0017】
下記一般式(1e)で表される化合物は、一般式(1)中の「Y」が単結合であり、「Q」がQ-4である化合物である。
【化12】
一般式(1e)で表される化合物として、中でも好適な化合物は、下記化学構造を有する化合物1e-1と化合物1e-2である。
【化13】
【0018】
下記一般式(1f)で表される化合物は、一般式(1)中の「Y」がY-1であり、「Q」がQ-2である化合物である。
【化14】
(式中、R
1は、一般式(1)の定義と同じである。)
一般式(1f)で表される化合物としては、ナフタレン環との結合位置が下記化合物(1f-1)と同じ1-位である化合物が好ましく、中でも、R
1は、水素原子、炭素数1~3のアルキル基の何れかを示す化合物がより好ましく、R
1は、水炭素数1~3のアルキル基の何れかを示す化合物がさらに好ましい。
一般式(1f)で表される化合物として、特に好適な化合物は、下記化学構造を有する化合物1f-1である。
【化15】
【0019】
下記一般式(1g)で表される化合物は、一般式(1)中の「Y」がY-1であり、「Q」がQ-3である化合物である。
【化16】
(式中、R
1は、一般式(1)の定義と同じである。)
一般式(1g)で表される化合物としては、R
1は、水素原子、炭素数1~3のアルキル基の何れかを示す化合物が好ましく、R
1は、炭素数1~3のアルキル基の何れかを示す化合物がより好ましい。
一般式(1g)で表される化合物として、中でも好適な化合物は、R
1がメチル基である化合物1g-1である。
【0020】
本発明における花卉とは、観賞用の植物全般を意味するものであり、本発明の花卉の老化抑制剤は、花卉に施用することにより、その植物体全体の老化を抑制するものである。花卉の中でも花の部分の老化抑制に、特に、花被の老化抑制に優れた効果を発揮するものである。
上述のとおり、カーネーション等の、老化がエチレンによって制御される花卉(エチレン依存性花卉)は、エチレン阻害剤など老化を抑制する薬剤が多く開発されているが、ユリ等のエチレンに依存しない老化を示す花(エチレン非依存性花卉)は、老化を抑制する薬剤は未だ開発されていない。
しかしながら、本発明の花卉の老化抑制剤は、エチレン非依存的な老化を制御する鍵遺伝子(EPH1)の転写因子機能を阻害する物質を選抜するシステムにより、見出された化合物群を有効成分とするものである。よって、エチレン非依存性花卉はもとより、エチレン依存性花卉に対しても、優れた老化抑制機能を発揮する。
鍵遺伝子(EPH1)がコードするタンパク質は転写因子であり、鍵遺伝子(EPH1)タンパク質が標的遺伝子の発現制御領域中のDNA配列に結合することで、標的遺伝子の転写が誘導される。鍵遺伝子(EPH1)タンパク質の標的遺伝子には、タンパク質分解酵素遺伝子などの細胞死関連遺伝子が含まれるため、鍵遺伝子(EPH1)タンパク質が、細胞死関連遺伝子の発現制御領域中のDNA配列に結合し、これらの遺伝子の転写を活性化することで細胞死(老化)が促進される。
本発明の花卉の老化抑制剤は、鍵遺伝子(EPH1)タンパク質に直接作用し、鍵遺伝子(EPH1)タンパク質とDNA配列との結合を阻害し、その結果として、花被における細胞死の進行が抑制され、花被の老化抑制効果が発現しているものと推測される。鍵遺伝子(EPH1)タンパク質と相同のタンパク質は被子植物一般に存在することから、その作用メカニズムに従えば、実施例に具体的に示すアサガオのみならず、花卉全般に対して本発明の効果は発現するものと考えられる。
本発明の花卉としては、エチレン非依存性花卉が好ましく、例えば、ヒルガオ科、バラ科、ユリ科、キク科、アヤメ科等の植物が挙げられ、中でも、アサガオ、バラ、ユリ、チューリップ、キク、ヒマワリ、ガーベラ、マーガレット、アイリス、ダリア、グラジオラス、ハナショウブ、アイリス、フリージア、サンダーソニア等の植物がより好ましい。
【0021】
本発明の花卉の老化抑制剤は、テトラフルオロフタルイミド骨格を含む化合物またはその塩から選択される有効成分を、水に溶解させて水溶剤とし、そのままで、または更に水で希釈して、対象となる花卉に施用される。花卉への施用の方法としては、例えば、花卉全体に散布する方法や、花卉全体を容器に密閉して燻蒸する方法などが挙げられ、中でも、切花を対象とする場合は、切花の生け水に添加する方法、花または切花全体に散布する方法、切花全体を浸漬する方法、切花を容器に密閉して燻蒸する方法等が挙げられる。
本発明の花卉の老化抑制剤を水溶剤として花卉に施用する際には、一般には、有効成分濃度が0.01μM~100mMの範囲が好ましく、0.05μM~50mMの範囲がより好ましく、0.1μM~10mMの範囲がさらに好ましく、0.1μM~5mMの範囲が特に好ましい。
また、本発明の花卉の老化抑制剤は、通常、液体担体や固体担体等の不活性担体と混合し、製剤化して使用することが好ましく、水溶剤のほか、水和剤、フロアブル剤、マイクロカプセル剤、乳剤、粉剤、粒剤等に製剤化して使用することが出来る。
本発明の花卉の老化抑制剤を製剤化して使用する場合には、通常、テトラフルオロフタルイミド骨格を含む化合物またはその塩から選択される有効成分の濃度を、0.1~10000ppmとなるように、好ましくは0.1~100ppmとなるように、さらに好ましくは1~10ppmとなるように水で希釈して施用し、粉剤、粒剤に製剤化されている場合はそのまま施用することが好ましい。
【0022】
液体担体としては、例えば水、アルコール類(メタノール、エタノール、イソプロピルアルコール、ブタノール、ヘキサノール、ベンジルアルコール、エチレングリコール、プロピレングリコール、フェノキシエタノール等)、ケトン類(アセトン、メチルエチルケトン、シクロヘキサノン等)、芳香族炭化水素類(トルエン、キシレン、エチルベンゼン、ドデシルベンゼン、フェニルキシリルエタン、メチルナフタレン等)、脂肪族炭化水素類(ヘキサン、シクロヘキサン、灯油、軽油等)、エステル類(酢酸エチル、酢酸ブチル、ミリスチン酸イソプロピル、オレイン酸エチル、アジピン酸ジイソプロピル、アジピン酸ジイソブチル、プロピレングリコールモノメチルエーテルアセテート等)、ニトリル類(アセトニトリル、イソブチロニトリル等)、エーテル類(ジイソプロピルエーテル、1,4-ジオキサン、エチレングリコールジメチルエーテル、ジエチレングリコールジメチルエーテル、ジエチレングリコールモノメチルエーテル、プロピレングリコールモノメチルエーテル、ジプロピレングリコールモノメチルエーテル、3-メトキシ-3-メチル-1-ブタノール等)、アミド類(N,N-ジメチルホルムアミド(以下、「DMF」という。)、N,N-ジメチルアセトアミド等)、スルホキシド類(ジメチルスルホキシド(以下、「DMSO」という。)等)、炭酸プロピレン及び植物油(大豆油、綿実油等)が挙げられる。
固体担体としては、例えば粘土類(カオリンクレー、珪藻土、ベントナイト、フバサミクレー、酸性白土等)、合成含水酸化珪素、タルク、セラミック、その他の無機鉱物(セリサイト、石英、硫黄、活性炭、炭酸カルシウム、水和シリカ等)、化学肥料(硫安、燐安、硝安、尿素、塩安等)等の微粉末及び粒状物等、並びに合成樹脂(ポリプロピレン、ポリアクリロニトリル、ポリメタクリル酸メチル、ポリエチレンテレフタレート等のポリエステル樹脂、ナイロン-6、ナイロン-11、ナイロン-66等のナイロン樹脂、ポリアミド樹脂、ポリ塩化ビニル、ポリ塩化ビニリデン、塩化ビニル-プロピレン共重合体等)が挙げられる。
【0023】
本発明の花卉の老化抑制剤の製剤化の際には、必要に応じてさらに界面活性剤やその他の製剤用補助剤を添加する。
界面活性剤としては、例えばポリオキシエチレンアルキルエーテル、ポリオキシエチレンアルキルアリールエーテル、ポリエチレングリコール脂肪酸エステル等の非イオン界面活性剤、及びアルキルスルホン酸塩、アルキルベンゼンスルホン酸塩、アルキル硫酸塩等の陰イオン界面活性剤が挙げられる。
その他の製剤用補助剤としては、固着剤、分散剤、着色剤及び安定剤等、具体的には例えばカゼイン、ゼラチン、糖類(でんぷん、アラビアガム、セルロース誘導体、アルギン酸等)、リグニン誘導体、ベントナイト、合成水溶性高分子(ポリビニルアルコール、ポリビニルピロリドン、ポリアクリル酸類等)、PAP(酸性りん酸イソプロピル)、BHT(2,6-ジ-tert-ブチル-4-メチルフェノール)、BHA(2-tert-ブチル-4-メトキシフェノールと3-tert-ブチル-4-メトキシフェノールとの混合物)が挙げられる。
【実施例】
【0024】
以下、実施例を挙げて本発明を説明するが、本発明の技術範囲はこれらにより限定されるものではない。
【0025】
<実施例1>花卉の老化抑制効果を有する化合物の選抜システムの構築
(概要) 花卉の老化抑制効果を有する化合物の選抜は、下記手順により構築したシステムに基づいて行った。
(1)EPH1タンパク質と結合するDNA配列(EPH1タンパク質の標的DNA配列)を特定した。
(2)EPH1タンパク質を無細胞タンパク質合成系により合成した。
(3)無細胞タンパク質合成系で合成したEPH1タンパク質と、特定した標的DNA配列の相互作用の強さの程度を、試験管内で高速かつ高感度に検出するシステムを構築した。
(4)この検出システムを用いて、EPH1タンパク質と標的DNA配列の結合を阻害する化合物を探索した。
【0026】
(1)EPH1タンパク質結合DNA配列の特定
EPH1タンパク質が結合するDNA配列はこれまでに明らかにされていなかったが、本発明において研究を重ねた結果、特定するに至った。
具体的には、EPH1遺伝子と同様にアサガオ花弁の老化時に発現量が上昇する遺伝子群を、マイクロアレイ解析により、約2万種の遺伝子の中から選抜した。これらの選抜した遺伝子の発現制御領域のDNA配列を網羅的に解析した結果、タンパク質の分解に関与する液胞プロセシング酵素遺伝子(VPE遺伝子)の発現制御領域中に、EPH1タンパク質が結合すると推測されるDNA配列(VPE1: 5’-ATTTGTCTTGTTGCGTATATGATTGAGGT-3’)を見出した。
EPH1タンパク質と、VPE1配列の相互作用を解析した結果、EPH1タンパク質がVPE1配列に結合することが確認された。
(2)無細胞タンパク質合成系によるEPH1タンパク質の合成
EPH1タンパク質が結合するDNA配列(VPE1配列)が本発明において新たに特定されたことから、EPH1タンパク質とVPE1配列を用いて、EPH1タンパク質とDNA配列の相互作用をモニタリングできるシステムの構築を試みた。 化合物のスクリーニングでは、多数の化合物の阻害活性を解析する必要があり、再現性の高い結果を得るためには、高品質なタンパク質の大量合成と、高速かつ高感度の検出システムが必須である。一般的に、タンパク質を大量に合成するには、大腸菌などの生きた細胞が用いられる。しかし、原因は不明であるが、大腸菌を用いてEPH1タンパク質を大量に合成することは困難であった。そこで、AGIA標識を付加したEPH1タンパク質(EPH1-AGIAタンパク質)を、コムギ無細胞タンパク質合成系で大量に合成する系を開発した。具体的には、EPH1全長を含むDNA配列の3’末にAGIAポリペプチドをコードするDNA配列を結合し、タンパク質合成用ベクターに組み込んだ。得られたタンパク質合成用ベクターpEU-EPH1-AGIAとWEPRO1240 expression kit (Cell-Free Sciences)を用いてEPH1-AGIAタンパク質を合成した。
(3)阻害化合物選抜システムの構築
EPH1タンパク質とVPE1配列との相互作用を検出するための、AlphaScreenを用いた検出系を開発した。具体的には、EPH1-AGIAタンパク質、ビオチン標識を付加したVPE1配列(Bio-VPE1配列)、および、AlphaScreen検出試薬を混合し、混合液から発生する発光シグナルを、EnVisionプレートリーダー(PerkinElmer)を用いて検出する系である。これにより、EPH1タンパク質と、標的DNA配列の相互作用の強さの程度を、試験管内で高速かつ高感度に検出することができるシステムを構築するに至った。
(4)阻害化合物の探索
上記モニタリングシステムを用いて、EPH1タンパク質と標的DNA配列の結合を阻害する化合物を探索した。
【0027】
<実施例2―1>阻害化合物選抜1次スクリーニング
東京大学創薬機構から提供を受けた9600化合物を含むCore Libraryを用いて、上記阻害化合物選抜システムにより、阻害化合物の1次スクリーニングを行った。このCore Libraryは、化合物の構造多様性等を考慮して選抜された9600サンプルを含む化合物ライブラリーである。
具体的には、DMSOで溶解した化合物が分注されている384穴Alphaplateに、AlphaScreen Buffer(PerkinElmer)と、EPH1-AGIAタンパク質、Bio-VPE1配列を添加し、26℃で1時間静置した。その後、AlphaScreen doner beadsとAlphaScreen acceptor beads(PerkinElmer)を含む検出試薬を添加し、さらに26℃で1時間静置した。化合物の最終濃度は10μMとした。AlphaScreenの発光シグナルを、EnVisionプレートリーダー(PerkinElmer)により測定した。AlphaScreenのシグナルの強弱から、それぞれの化合物における、EPH1タンパク質とVPE1配列との相互作用の阻害率(%)を算出した。
この結果、75%以上の阻害率を示し、テトラフルオロフタルイミド骨格を共通して含む化合物1e-2と1b-6を得た。
【0028】
<実施例2-2>阻害化合物選抜スクリーニング
実施例2-1において選抜された化合物化合物1e-2と1b-6が共に、テトラフルオロフタルイミド骨格を持つ化合物であったことから、東京大学創薬機構の化合物データベースからコンピューター上で検索し27種の化合物を選抜した。さらに、テトラフルオロフタルイミド骨格を持つ2種の化合物をEnamin社から購入した。
化合物1e-2と1b-6を含む計31種の化合物について、上記実施例2の1次スクリーニングと同じ手法で、化合物毎の阻害率を解析した。化合物の最終濃度は5μMとした。
31種の化合物の阻害率を下記表3にまとめて示す。最終濃度が5μMであることからも、このスクリーニングにより選抜された化合物は、花卉の老化抑制効果が極めて高い化合物群である。
【表3】
【0029】
阻害率90%以上100%以下の化合物は、下記化学構造を有する1e-1、1f-1、1a-1、1d-1b、1b-1、1a-2、1g-1a、1b-2、1d-1a、1a-3、1a-4、1b-3aの12化合物であった。
【化17】
阻害率80%以上90%未満の化合物は、下記化学構造を有する1b-4b、1e-2、1b-3b、1c-1a、1b-4a、1c-1b、1b-5、1g-1bの8化合物であった。
【化18】
【0030】
阻害率70%以上80%未満の化合物は、下記化学構造を有する1b-6、1a-5の2化合物であった。
【化19】
阻害率60%以上70%未満の化合物は、下記化学構造を有する1b-7a、1b-7bの2化合物であった。
【化20】
阻害率50%以上60%未満の化合物は無かった。
阻害率40%以上50%未満の化合物は、下記化学構造を有する1a-6の1化合物であった。
【化21】
阻害率30%以上40%未満の化合物は、下記化学構造を有する1h-1a、1h-1bの2化合物であった。
【化22】
阻害率20%以上30%未満の化合物は、下記化学構造を有する1h-2、1h-3の2化合物であった。
【化23】
阻害率10%以上20%未満の化合物は、下記化学構造を有する1h-4a、1h-4bの2化合物であった。
【化24】
上述のとおり、この実施例2-2に示すスクリーニングは、最終濃度を5μMと設定しており、花卉の老化抑制効果が極めて高い化合物群を見出すためのものである。そのため、上記1h-1~1h-4の化合物は、このスクリーニングにおける阻害率は10%以上40%未満と低い数値であるものの、実用場面においては、良好な花卉の老化抑制効果を発揮する化合物群である。
【0031】
<実施例3>化合物処理した花弁切片の老化確認試験-1
(1)化合物処理が花弁老化に及ぼす影響
上記実施例2-1、実施例2-2において、高い阻害活性を示した化合物1e-1、化合物1b-2との2化合物を、アサガオの花弁切片に処理し、老化の進行に及ぼす影響を解析した。
アサガオの品種「紫」をインキュベータ(気温24℃、相対湿度70%、PPFD 100 μmol・m
-2・s
-1、12時間明期/暗期サイクル)で栽培した。明期の開始時間には、花はほぼ満開状態になっており、この時点を開花後0時間とした。
DMSOに溶解した化合物1e-1および化合物1b-2(20mM)を、最終濃度が10μM、5μM、1μMとなるように蒸留水で希釈した。希釈液5mLを直径9cmのペトリ皿に入れ、開花前4時間のアサガオ「紫」の蕾から調製した花弁切片を、花弁の向軸側が上になるように希釈液に浮かべた。ペトリ皿を気温25℃、蛍光灯連続照明下(PPFD 15μmol・m
-2・s
-1)に置き、花弁の老化の様子を観察した。最終濃度5μMの化合物1e-1および化合物1b-2を処理した花弁切片の老化の様子を示す写真を、
図1として示す。
図1に示すとおり、対照区では開花後18時間から花弁の細胞死の進行による水浸状化(花弁が透けた状態)が認められ始めたのに対し、化合物を処理した花弁では、開花後36時間でも明らかな水浸状化は認められなかった。
また、10μMおよび1μMの化合物1e-1および化合物1b-2を処理した花弁切片でも同様の結果であった。
これらの結果から、本発明の花卉の老化抑制剤の具体例である化合物1e-1および化合物1b-2は、花弁老化の進行を抑制することが明らかとなった。
【0032】
(2)タンパク質含量の変化
花弁の老化時にはタンパク質含量が低下することが知られていることから、化合物を処理した花弁においてタンパク質含量の変化を解析した。
DMSOに溶解した化合物1e-1および化合物1b-2(20mM)を、最終濃度が5μMとなるように蒸留水で希釈した。希釈液5mLを直径9cmのペトリ皿に入れ、開花前4時間のアサガオ「紫」の蕾から調整した花弁切片を、花弁の向軸側が上になるように希釈液に浮かべた。ペトリ皿を25℃、蛍光灯連続照明下(PPFD 15μmol・m
-2・s
-1)に置き、8時間おきに花弁切片をサンプリングした。タンパク質含量は、TaKaRa Bradford Protein Assay Kit(タカラバイオ株式会社製)を用いて測定した。その測定結果を、
図2に示す。
図2のグラフに示すとおり、対照区(●)では開花後16時間でタンパク質含量の急激な低下(開花後0時間のタンパク質含量の28%に低下)が認められたのに対し、化合物1e-1(□)および化合物1b-2(△)を処理した花弁では、開花後24時間でも開花後0時間のタンパク質含量の88%、70%をそれぞれ維持していた。
これらの結果から、化合物1e-1および化合物1b-2処理が、花弁のタンパク質含量の低下を抑制することが確認された。
これは本発明の花卉の老化抑制剤の具体例である化合物1e-1および化合物1b-2処理が、花弁の老化を抑制することを明確に示す結果である。
【0033】
<実施例4>化合物処理した花弁切片の老化確認試験-2
(1)化合物処理が花弁老化に及ぼす影響
上記実施例2-1、実施例2-2において、高い阻害活性を示した化合物1e-2、1a-3、1a-5、1a-1、1a-4、1f-1、1e-1、1c-1a、1b-1、1b-2、1a-6、1a-2の12化合物を、アサガオ花弁切片の老化の進行に及ぼす影響を解析した。
アサガオの品種「紫」をインキュベータ(気温24℃、相対湿度70%、PPFD 100 μmol・m
-2・s
-1、12時間明期/暗期サイクル)で栽培した。明期の開始時間には、花はほぼ満開状態になっており、この時点を開花後0時間とした。
上記実施例3と同様に、12化合物をそれぞれアサガオの花弁切片に処理し、老化の進行に及ぼす影響を解析した。
DMSOに溶解した化合物(20mM)を、最終濃度が5μMとなるように蒸留水で希釈した。希釈液5mLを直径9cmのペトリ皿に入れ、開花前4時間のアサガオ「紫」の蕾から調整した花弁切片を、花弁の向軸側が上になるように希釈液に浮かべた。ペトリ皿を気温25℃、蛍光灯連続照明下(PPFD 15μmol・m
-2・s
-1)に置き、花弁の老化の様子を観察した。開花後24時間後の花弁切片の老化の様子を示す写真を
図3として示す。
図3に示すとおり、対照区では開花後24時間には花弁の細胞死が進行し水浸状化が顕著になったのに対し、本発明の花卉の老化抑制剤の具体例である化合物を処理した花弁では、水浸状化は認められなかった。
これは本発明の花卉の老化抑制剤の具体例である12化合物の処理が、花弁老化の進行を抑制することを明確に示す結果である。
【0034】
(2)タンパク質含量の変化
上記実施例3と同様に、上記実施例2-1、実施例2-2において、高い阻害活性を示した化合物1e-2、1a-3、1a-5、1a-1、1a-4、1f-1、1e-1、1c-1a、1b-1、1b-2の10化合物を処理した花弁におけるタンパク質含量の変化を解析した。
DMSOに溶解した化合物(20mM)を、最終濃度が5μMとなるように蒸留水で希釈した。希釈液5mLを直径9cmのペトリ皿に入れ、開花前4時間のアサガオ「紫」の蕾から調整した花弁切片を、花弁の向軸側が上になるように希釈液に浮かべた。ペトリ皿を気温25℃、蛍光灯連続照明下(PPFD 15μmol・m
-2・s
-1)に置き、8時間おきに花弁切片をサンプリングした。タンパク質含量は、TaKaRa Bradford Protein Assay Kit(タカラバイオ)を用いて測定した。その測定結果を、
図4に示す。
図4に示すとおり、対照区では開花後24時間のタンパク質含量は開花後0時間に比べ36%まで低下したが、化合物を処理した花弁では、開花後24時間でも開花後0時間のタンパク質含量の65から100%を維持していた。
これらの結果から、本発明の花卉の老化抑制剤の具体例である化合物処理が花弁のタンパク質含量の低下を抑制することが示された。
これは本発明の花卉の老化抑制剤の具体例である化合物処理が、花弁の老化を抑制することを明確に示す結果である。
【0035】
<実施例5>化合物処理した切り花の老化確認試験
化合物1e-1、化合物1b-2との2化合物を、アサガオの切り花に処理し、老化の進行に及ぼす影響を解析した。
DMSOに溶解した化合物1e-1および化合物1b-2(20mM)を、最終濃度が5μMとなるように蒸留水で希釈した。希釈液400mLを容量500mLのビーカーに入れ、開花後0時間に植物体から切り取ったアサガオの切り花全体を希釈液に浸漬した。切り花は花弁の背軸側のみが処理液に接して浮いている状態になっている。切り花を入れたビーカーを気温25℃、蛍光灯連続照明下(PPFD 15μmol・m
-2・s
-1)に置き、花弁の老化の様子を観察した。開花24時間後の花弁切片の老化の様子を示す写真を
図5として示す。
図5に示すとおり、対照区では開花後24時間には花弁の細胞死の進行による水浸状化(花弁が透けた状態)が顕著になり、処理液から取り出した切り花の花弁は完全に萎凋していた。これに対し、化合物1e-1および化合物1b-2を処理した切り花では、花弁の水浸状化は認められず、処理液から取り出した切り花の花弁も萎凋していなかった。
この結果により、本発明の花卉の老化抑制剤の具体例である化合物1e-1および化合物1b-2処理が、アサガオ切り花の老化の進行を抑制したことが示された。
【0036】
上述の実施例1~5は全てアサガオを用いた試験例であるが、その他のペチュニア等の花卉においても、同様の効果が得られることが別途確認された。
【産業上の利用可能性】
【0037】
本発明の花卉の老化抑制剤は、エチレン非依存的な老化を制御する鍵遺伝子(EPH1)の転写因子機能を阻害する物質を選抜するシステムにより、見出された化合物群を有効成分とするものであり、当該有効成分は、テトラフルオロフタルイミド骨格を含む化合物またはその塩である。
本発明の花卉の老化抑制剤は、鍵遺伝子(EPH1)がコードするタンパク質に直接作用し、鍵遺伝子(EPH1)タンパク質と細胞死関連遺伝子の発現制御領域中のDNA配列との結合を阻害して、花被における細胞死の進行を抑制し、花卉の老化抑制効果を発揮するものと考えられるため、鍵遺伝子(EPH1)タンパク質と相同するタンパク質を有する花卉全般に対しても、同様の老化抑制効果が発現するものといえる。
すなわち、本発明の花卉の老化抑制剤は、エチレンに依存しない老化を示す花(エチレン非依存性花卉)を含む花卉全般において、「花持ち」を良好なものとし、鑑賞期間を延長することが出来るという顕著な効果を発揮するものである。