(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-10-15
(45)【発行日】2024-10-23
(54)【発明の名称】粉末高速度工具鋼
(51)【国際特許分類】
C22C 38/00 20060101AFI20241016BHJP
C22C 38/36 20060101ALI20241016BHJP
C22C 33/02 20060101ALI20241016BHJP
C21D 9/00 20060101ALN20241016BHJP
【FI】
C22C38/00 302E
C22C38/36
C22C33/02 B
C21D9/00 M
(21)【出願番号】P 2020184678
(22)【出願日】2020-11-04
【審査請求日】2023-09-15
(73)【特許権者】
【識別番号】000180070
【氏名又は名称】山陽特殊製鋼株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000556
【氏名又は名称】弁理士法人有古特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】山本 隆久
(72)【発明者】
【氏名】三浦 滉大
(72)【発明者】
【氏名】越智 亮介
(72)【発明者】
【氏名】澤田 俊之
【審査官】田口 裕健
(56)【参考文献】
【文献】中国特許出願公開第103789651(CN,A)
【文献】特開2005-213630(JP,A)
【文献】特開昭63-118054(JP,A)
【文献】特開2004-027354(JP,A)
【文献】米国特許第06723182(US,B1)
【文献】特開2021-147638(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00-38/60
C22C 33/02
B22F 1/00- 8/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
その材質が
C:1.0質量%を超えて1.8質量%以下
Mn:0.10質量%以上1.5質量%以下
Cr:6.0質量%以上9.0質量%以下
Mo:2.0質量%以上6.0質量%以下
V:1.0質量%以上4.0
質量%以下
及び
Co:1.0質量%以上5.0質量%以
下
を含有しており、さらに、
Si:1.0質量%を超えて2.0質量%以下
及び/又は
Al:0.10質量%以上1.5質量%以下
を含有
しており、
残部がFe及び不可避的不純物であるFe基合金である、粉末高速度工具鋼。
【請求項2】
下記数式(1)によって算出される指数I(1)が、0.8以上2.0以下である請求項1に記載の粉末高速度工具鋼。
I(1) = (MSi + MAl) / MC (1)
(上記数式において、MSiはSiの質量含有率を表し、MAlはAlの質量含有率を表し、MCはCの質量含有率を表す。)
【請求項3】
下記数式(2)によって算出される指数I(2)が、2.0以上6.5以下である請求項1又は2に記載の粉末高速度工具鋼。
I(2) = PC + 1.5 × (ASi + AAl - 2.7)
2 (2)
(上記数式において、PCは炭化物の面積率(%)を表し、ASiはSiの原子含有率を表し、AAlはAlの原子含有率を表す。)
【請求項4】
その材質が
C:1.0質量%を超えて1.8質量%以下
Mn:0.10質量%以上1.5質量%以下
Cr:6.0質量%以上9.0質量%以下
Mo:2.0質量%以上6.0質量%以下
V:1.0質量%以上4.0質量%以下
Co:1.0質量%以上5.0質量%以下
Si:2.0質量%以下
及び
Al:0.10質量%以上1.5質量%以下
を含有しており、
残部がFe及び不可避的不純物であるFe基合金である、粉末高速度工具鋼。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、金型、圧延ロール等に適した粉末高速度工具鋼に関する。
【背景技術】
【0002】
高速度工具鋼は、C、Cr、Mn、Mo、V等を含んでいる。一般的に、高速度工具鋼は高硬度であり、耐食性、耐摩耗性及び靱性に優れている。高速度工具鋼は、「高速度鋼」とも称されている。
【0003】
高速度工具鋼の製造方法として、粉末冶金法が知られている。粉末冶金法によって得られた高速度工具鋼は、「粉末高速度工具鋼」と称されている。粉末高速度工具鋼は、「粉末ハイス」及び「焼結高速度工具鋼」とも称されている。粉末高速度工具鋼は焼結を経て得られるので、この粉末高速度工具鋼では、炭化物が微細であり、かつこの炭化物の偏析が少ない。
【0004】
この粉末高速度工具鋼は、種々の用途に用いられている。特開2004-27354公報には、プラスチック成型用の金型に適した粉末高速度工具鋼が開示されている。特開2005-213630公報には、金属の圧延に使用されるロールに適した粉末高速度工具鋼が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開2004-27354公報
【文献】特開2005-213630公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
小型のプラスチック製品の成型では、金型に局所的な応力がかかる。複雑な形状を有するプラスチック製品の成型でも、金型に局所的な応力がかかる。応力の集中は、金型の破損を招来する。特開2004-27354公報に開示された粉末高速度工具鋼の靱性は、不十分である。この粉末高速度工具鋼からなる金型では、破損が生じやすい。さらに高靱性な金型が、望まれている。
【0007】
近年、高強度な高張力鋼が普及しつつある。この高張力鋼のような、高強度な金属の圧延では、ロールに大きな負荷がかかる。薄い製品を得るための圧延でも、ロールに大きな負荷がかかる。ロールへの大きな負荷は、正常な圧延を阻害する。特開2005-213630公報に開示された粉末高速度工具鋼の靱性は、不十分である。この粉末高速度工具鋼からなるロールは、大きな負荷がかかる圧延には適していない。さらに高靱性な圧延ロールが、望まれている。
【0008】
金型及び圧延ロール以外の工具においても、その高靱性が望まれている。本発明の目的は、靱性に優れた粉末高速度工具鋼の提供にある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明に係る粉末高速度工具鋼の材質は、Fe基合金である。このFe基合金は、
C:1.0質量%を超えて1.8質量%以下
Mn:0.10質量%以上1.5質量%以下
Cr:6.0質量%以上9.0質量%以下
Mo:2.0質量%以上6.0質量%以下
V:1.0質量%以上4.0%以下
Co:1.0質量%以上5.0質量%以下
及び
不可避的不純物
を含有する。このFe基合金はさらに、
Si:1.0質量%を超えて2.0質量%以下
及び/又は
Al:0.10質量%以上1.5質量%以下
を含有する。
【0010】
好ましくは、このFe基合金の、下記数式(1)によって算出される指数I(1)は、0.8以上2.0以下である。
I(1) = (MSi + MAl) / MC (1)
この数式において、MSiはSiの質量含有率を表し、MAlはAlの質量含有率を表し、MCはCの質量含有率を表す。
【0011】
好ましくは、このFe基合金の、下記数式(2)によって算出される指数I(2)は、2.0以上6.5以下である。
I(2) = PC + 1.5 × (ASi + AAl - 2.7)2 (2)
この数式において、PCは炭化物の面積率(%)を表し、ASiはSiの原子含有率を表し、AAlはAlの原子含有率を表す。
【発明の効果】
【0012】
本発明に係る粉末高速度工具鋼は、靱性に極めて優れている。この粉末高速度工具鋼から得られた工具は、長寿命である。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【
図1】
図1は、本発明の実施例と比較例との、Si含有率とシャルピー衝撃値との関係が示されたグラフである。
【
図2】
図2は、本発明の実施例と比較例との、Al含有率とシャルピー衝撃値との関係が示されたグラフである。
【
図3】
図3は、本発明の実施例と比較例との、指数I(1)とシャルピー衝撃値との関係が示されたグラフである。
【
図4】
図4は、本発明の実施例と比較例との、指数I(2)とシャルピー衝撃値との関係が示されたグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本発明に係る粉末高速度工具鋼は、粉末の焼結によって得られる。換言すれば、この粉末高速度工具鋼は、焼結体である。粉末は、典型的にはアトマイズによって得られる。この粉末高速度工具鋼は、熱処理に供されうる。典型的な熱処理は、焼入れ及び焼戻しである。焼入れ-焼戻し後の粉末高速度工具鋼の金属組織は、マトリックス(マルテンサイト相)及び多数の金属炭化物を含んでいる。これらの炭化物は、マトリックス中に分散している。
【0015】
[組成]
本発明に係る粉末高速度工具鋼の材質は、Fe基合金である。このFe基合金は、
C:1.0質量%を超えて1.8質量%以下
Mn:0.1質量%以上1.5質量%以下
Cr:6.0質量%以上9.0質量%以下
Mo:2.0質量%以上6.0質量%以下
V:1.0質量%以上4.0%以下
Co:1.0質量%以上5.0質量%以下
及び
不可避的不純物
を含有している。このFe基合金はさらに、
Si:1.0質量%を超えて2.0質量%以下
及び/又は
Al:0.1質量%以上1.5質量%以下
を含有している。
【0016】
好ましくは、このFe基合金における、C、Mn、Cr、Mo、V、Co、Si及びAlを除く残部は、Fe及び不可避的不純物である。以下、この粉末高速度工具鋼における各元素の役割が、詳説される。
【0017】
[炭素(C)]
Cは、焼入れによってマトリックスに固溶する。固溶したCは、粉末高速度工具鋼の硬度及び強度に寄与しうる。Cは、Cr、V又はMoと結合して、炭化物を形成する。この炭化物は、粉末高速度工具鋼の耐摩耗性に寄与する。これらの観点から、Cの含有率は1.0質量%超が好ましく、1.1質量%以上がより好ましく、1.2質量%以上が特に好ましい。過剰のCは過大な炭化物の析出を招来し、粉末高速度工具鋼の靱性を阻害する。靱性の観点から、Cの含有率は1.8質量%以下が好ましく、1.5質量%以下がより好ましく、1.4質量%以下が特に好ましい。
【0018】
[マンガン(Mn)]
Mnは、製鋼工程での脱酸に寄与する。Mnはさらに、粉末高速度工具鋼の焼入れ性に寄与する。これらの観点から、Mnの含有率は0.10質量%以上が好ましく、0.15質量%以上がより好ましく、0.20質量%以上が特に好ましい。過剰のMnは、粉末高速度工具鋼の加工性を阻害する。加工性の観点から、Mnの含有率は1.5質量%以下が好ましく、0.8質量%以下がより好ましく、0.5質量%以下が特に好ましい。
【0019】
[クロム(Cr)]
CrはCと結合し、炭化物を形成する。この炭化物は、粉末高速度工具鋼の耐摩耗性に寄与する。Crはさらに、マトリックスに固溶しうる。固溶したCrは、粉末高速度工具鋼の耐食性に寄与する。これらの観点から、Crの含有率は6.0質量%以上が好ましく、6.5質量%以上がより好ましく、7.0質量%以上が特に好ましい。過剰のCrは、過大な炭化物の析出を招来する。過大な炭化物は、粉末高速度工具鋼の靱性及び耐焼付き性を阻害する。炭化物の周囲は、隙間腐食の起点となりうる。従って過大な炭化物は、粉末高速度工具鋼の耐食性を阻害する。これらの観点から、Crの含有率は9.0質量%以下が好ましく、8.5質量%以下がより好ましく、8.3質量%以下特に好ましい。
【0020】
[モリブデン(Mo)]
MoはCと結合し、微細な炭化物を形成する。この炭化物は、粉末高速度工具鋼の強度に寄与する。強度の観点から、Moの含有率は2.0質量%以上が好ましく、2.5質量%以上がより好ましく、3.0質量%以上が特に好ましい。過剰のMoは、過大な炭化物の析出を招来する。過大な炭化物は、粉末高速度工具鋼の靱性を阻害する。靱性の観点から、Moの含有率は6.0質量%以下が好ましく、5.5質量%以下がより好ましく、5.0質量%以下が特に好ましい。
【0021】
[バナジウム(V)]
VはCと結合し、微細な炭化物を形成する。この炭化物は、粉末高速度工具鋼の強度に寄与する。強度の観点から、Vの含有率は1.0質量%以上が好ましく、1.3質量%以上がより好ましく、1.5質量%以上が特に好ましい。過剰のVは、過大な炭化物の析出を招来する。過大な炭化物は、粉末高速度工具鋼の靱性を阻害する。靱性の観点から、Vの含有率は4.0質量%以下が好ましく、3.5質量%以下がより好ましく、3.0質量%以下が特に好ましい。
【0022】
[コバルト(Co)]
Coはマトリックスに置換固溶する。固溶したCoは、粉末高速度工具鋼の焼入れ性及び強度に寄与する。これらの観点から、Coの含有率は1.0質量%以上が好ましく、1.5質量%以上がより好ましく、2.0質量%以上が特に好ましい。過剰のCoは、粉末高速度工具鋼の高コストを招来する。コストの観点から、Coの含有率は5.0質量%以下が好ましく、4.0質量%以下がより好ましく、3.0質量%以下が特に好ましい。
【0023】
[ケイ素(Si)及びアルミニウム(Al)]
Si及びAlは、本発明に係る粉末高速度工具鋼を特徴付ける、極めて重要な元素である。粉末高速度工具鋼では、炭化物が耐摩耗性に寄与する。炭化物の形成には、Cの添加が必須である。しかしCは、マトリックスに固溶し、粉末高速度工具鋼の靱性を阻害する。耐摩耗性に重きが置かれ多量のCが添加された粉末高速度工具鋼は、靱性に劣る。Si及びAlは、炭化物の形成を促し、かつマトリックスへのCの固溶を抑制する。Cと共に、Si又はAlを含有する粉末高速度工具鋼では、炭化物に起因する優れた耐摩耗性と、マトリックスに起因する優れた靱性とが、両立される。粉末高速度工具鋼の材質が、Siを含みAlを含まない合金であってよい。粉末高速度工具鋼の材質が、Siを含まずAlを含む合金であってよい。粉末高速度工具鋼の材質が、Si及びAlの両方を含む合金であってよい。
【0024】
[ケイ素(Si)]
Siは、マトリックスに固溶する。固溶したSiは、粉末高速度工具鋼の強度に寄与する。前述の通りSiは、炭化物の形成を促し、かつマトリックスへのCの固溶を抑制する。これらの観点から、Siの含有率は1.0質量%以上が好ましく、1.2質量%以上がより好ましく、1.3質量%以上が特に好ましい。過剰のSiは、Fe及びSiを含む金属間化合物の析出を招来する。この金属間化合物は、粉末高速度工具鋼の加工性を阻害する。加工性の観点から、Siの含有率は2.0質量%以下が好ましく、1.8質量%以下がより好ましく、1.6質量%以下が特に好ましい。
【0025】
[アルミニウム(Al)]
Alは、マトリックスに固溶する。固溶したAlは、粉末高速度工具鋼の強度に寄与する。前述の通りAlは、炭化物の形成を促し、かつマトリックスへのCの固溶を抑制する。これらの観点から、Alの含有率は0.10質量%以上が好ましく、0.15質量%以上がより好ましく、0.20質量%以上が特に好ましい。過剰のAlは、Fe及びAlを含む金属間化合物の析出を招来する。この金属間化合物は、粉末高速度工具鋼の加工性を阻害する。加工性の観点から、Alの含有率は1.5質量%以下が好ましく、1.2質量%以下がより好ましく、1.0質量%以下が特に好ましい。
【0026】
[鉄(Fe)]
前述の通り、粉末高速度工具鋼の材質はFe基合金である。従って、この粉末高速度工具鋼の主成分は、Feである。この粉末高速度工具鋼は、靱性に優れる。靱性の観点から、Feの含有率は60質量%以上が好ましく、70質量%以上がより好ましく、75質量%以上が特に好ましい。
【0027】
[不純物]
粉末高速度工具鋼は、不可避的不純物を含む。代表的な不純物として、Nが挙げられる。Nは、炭化物の粗大化を招く。粗大な炭化物は、粉末高速度工具鋼の靱性を阻害する。靱性の観点から、Nの含有量(質量基準)は300ppm以下が好ましく、200ppm以下が特に好ましい。
【0028】
他の代表的な不純物として、Oが挙げられる。Oは、介在物(酸化物)の生成の原因となる。介在物は、破壊の基点となり得る。破壊の抑制の観点から、Oの含有量(質量基準)は300ppm以下が好ましく、200ppm以下が特に好ましい。
【0029】
Fe基合金は、金属の不純物を含みうる。
【0030】
[金属組織]
前述の通り、焼入れ-焼戻し後の粉末高速度工具鋼の金属組織は、マトリックスと、このマトリックスに分散する多数の炭化物(一次金属炭化物及び二次金属炭化物)とを含んでいる。マトリックスのベースは、Feである。このマトリックスでは、Feに他の元素が固溶している。炭化物は、Cと金属元素との化合物である。合金の組成に適した焼入れ温度及び焼戻し温度が選定されることにより、適正な金属組織が得られうる。
【0031】
[指数I(1)]
本発明では、下記の数式(1)によって指数I(1)が算出される。
I(1) = (MSi + MAl) / MC (1)
この数式において、MSiはSiの質量含有率(質量%)を表し、MAlはAlの質量含有率(質量%)を表し、MCはCの質量含有率(質量%)を表す。
【0032】
指数I(1)は、0.8以上2.0以下が好ましい。本発明者らが得た知見によれば、指数I(1)が0.8以上である粉末高速度工具鋼は、マトリックスへのCの固溶が抑制される。この粉末高速度工具鋼は、靱性に優れる。靱性の観点から、指数I(1)は1.0以上がより好ましく、1.2以上が特に好ましい。本発明者らが得た知見によれば、指数I(1)が2.0以下である粉末高速度工具鋼は、金属間化合物の生成が抑制される。この粉末高速度工具鋼は、加工性に優れる。加工性の観点から、指数I(1)は1.8以下がより好ましく、1.6以下が特に好ましい。
【0033】
[指数I(2)]
本発明では、下記の数式(2)によって指数I(2)が算出される。
I(2) = PC + 1.5 × (ASi + AAl - 2.7)2 (2)
数式において、PCは炭化物の面積率(%)を表し、ASiはSiの原子含有率(at%)を表し、AAlはAlの原子含有率(at%)を表す。
【0034】
炭化物の面積率PCは、光学顕微鏡で撮影された組織写真に基づいて測定される。この写真撮影には、腐食液としてピクラール液が使用される。この組織写真から、画像解析ソフトウェアにて、面積率PCが算出される。測定ゾーンの全面積に対する、この測定ゾーンに含まれる全ての炭化物の合計面積の比率(%)が、面積率PCである。
【0035】
指数I(2)は、2.0以上6.5以下が好ましい。本発明者らが得た知見によれば、指数I(2)が2.0以上6.5以下である粉末高速度工具鋼では、マトリックスへのCの固溶と、金属間化合物の生成とが抑制される。この粉末高速度工具鋼は、靱性及び加工性に優れる。本発明者らが得た知見によれば、指数I(2)が2.0以上6.5以下である粉末高速度工具鋼では、過大な炭化物の生成が抑制される。この粉末高速度工具鋼では、炭化物の周囲が起点である隙間腐食も抑制される。これらの観点から、指数I(2)は2.5以上がより好ましく、3.0以上が特に好ましい。
【0036】
[粉末冶金法]
本発明に係る高速度工具鋼は、粉末冶金法によって得られうる。粉末冶金法ではまず、アトマイズ法、粉砕法等により、金属粉末が製作される。この粉末は、多数の粒子からなる。この粒子の材質は、
C:1.0質量%を超えて1.8質量%以下
Mn:0.10質量%以上1.5質量%以下
Cr:6.0質量%以上9.0質量%以下
Mo:2.0質量%以上6.0質量%以下
V:1.0質量%以上4.0%以下
Co:1.0質量%以上5.0質量%以下
及び
不可避的不純物
を含有しており、さらに、
Si:1.0質量%を超えて2.0質量%以下
及び/又は
Al:0.10質量%以上1.5質量%以下
を含有するFe基合金である。好ましくは、このFe基合金における、C、Mn、Cr、Mo、V、Co、Si及びAlを除く残部は、Fe及び不可避的不純物である。
【0037】
アトマイズ法として、ガスアトマイズ法、水アトマイズ法及びディスクアトマイズ法が、例示される。粉末に不純物が混入しにくいとの観点から、ガスアトマイズ法及びディスクアトマイズ法が好ましい。量産性の観点から、ガスアトマイズが好ましい。合金に不純物が混入しにくいとの観点から、不活性ガス雰囲気でのアトマイズが好ましい。
【0038】
この金属粉末が高温雰囲気で加圧されて固化し、成形体が得られる。好ましい加圧方法として、熱間等方圧加圧法が挙げられる。熱間等方圧加圧法では、摂氏数百度から2000度の高温下で、数十MPaから数百MPaの等方的な圧力で粉末が加圧される。好ましくは、加圧媒体として、アルゴンガス、ヘリウムガス等の不活性ガスが用いられる。不活性ガスの使用により、金属粉末の酸化が抑制される。
【0039】
この成形体に、熱間加工が施される。この成形体に、熱処理(焼鈍)が施される。さらにこの成形体に、所定条件の焼入れ及び焼戻しが施される。焼入れ及び焼戻しにより、好ましい金属組織が形成される。換言すれば、この成形体は、焼入れ及び焼戻しで得られた金属組織を有している。
【0040】
[用途]
本発明は、工具にも向けられる。本発明に係る工具の材質は、粉末高速度工具鋼である。この粉末高速度工具鋼は、
C:1.0質量%を超えて1.8質量%以下
Mn:0.10質量%以上1.5質量%以下
Cr:6.0質量%以上9.0質量%以下
Mo:2.0質量%以上6.0質量%以下
V:1.0質量%以上4.0%以下
Co:1.0質量%以上5.0質量%以下
及び
不可避的不純物
を含有しており、さらに、
Si:1.0質量%を超えて2.0質量%以下
及び/又は
Al:0.10質量%以上1.5質量%以下
を含有するFe基合金である。好ましくは、このFe基合金における、C、Mn、Cr、Mo、V、Co、Si及びAlを除く残部は、Fe及び不可避的不純物である。この粉末高速度工具鋼の、上記数式(1)によって算出される指数I(1)は、0.8以上2.0以下である。この粉末高速度工具鋼の、上記数式(2)によって算出される指数I(2)は、2.0以上6.5以下である。
【0041】
工具の具体例として、プラスチック成型用の金型が挙げられる。小型のプラスチック製品のための金型に、本発明に係る粉末高速度工具鋼は適している。複雑な形状を有するプラスチック製品のための金型にも、本発明に係る粉末高速度工具鋼は適している。
【0042】
粉末高速度工具鋼の他の用途として、金属製品のための圧延ロールが挙げられる。その材質が高強度な高張力鋼である金属製品のための圧延ロールに、本発明に係る粉末高速度工具鋼は適している。薄い金属製品のための圧延ロールにも、本発明に係る粉末高速度工具鋼は適している。
【実施例】
【0043】
以下、実施例によって本発明の効果が明らかにされるが、この実施例の記載に基づいて本発明が限定的に解釈されるべきではない。
【0044】
[実施例1]
溶湯にガスアトマイズを施して、粉末を得た。この粉末を、直径が180mmであり長さが100mmである円筒状のスチール缶に充填した。このスチール缶に真空脱気を施し、さらにこのスチール缶を密閉した。アルゴンガス雰囲気にて、圧力が100MPaであり温度が1150℃である条件で、6時間の熱間等方圧加圧を行って、成形体を得た。この成形体から、スチール缶由来部分を除去した。この成形体に、1100-1200℃の温度下で鍛造、圧延及び熱間押出を施して、成形体の直径を50mmとした。この成形体を800-950℃の温度下で0.5-3.0時間保持し、15℃/hの速度で徐冷した(焼きなまし)。この成形体の組成が、下記の表1に示されている。この成形体は、表1に示された元素以外に、不可避的不純物を含んでいる。
【0045】
[実施例2-20及び比較例1-10]
下記の表1及び2に示される通りの組成とした他は実施例1と同様にして、実施例2-20及び比較例1-10の成形体を得た。
【0046】
[比摩耗量]
成形体から、10mm×25mm×50mmの板状試験片を得た。この試験片に、1050-1200℃の温度条件で焼入れを施し、さらに焼戻しを施した。焼戻し条件は、下記の範囲内から、試験片のロックウェル硬度が64-65HRCとなる値を選択した。
焼戻し温度:450-600℃
焼戻し時間:1-3時間
この試験片に、仕上加工を施した。この試験片を大越式摩耗試験機にセットし、比摩耗量を測定した。測定条件は、以下の通りである。
相手材:SCM420
摩耗速度:0.2m/sec
摩耗距離:200m
最終荷重:61.8N
潤滑:なし
温度:室温
試験で得られた摩耗痕幅を測定し、摩耗体積を計算した。この摩耗体積を摩耗距離と最終荷重の積で除すことで、比摩耗量を算出した。3回の測定結果の平均値が、下記の表1及び2に示されている。表1及び2における比摩耗量の単位は、「10-8(mm3/Nmm)」である。
【0047】
[シャルピー衝撃値]
成形体から、試験片(サイズ:10mm×10mm×50mm、ノッチ:10RC)の試験片を得た。この試験片に、1050-1200℃の温度条件で焼入れを施し、さらに焼戻しを施した。焼戻し条件は、下記の範囲内から、試験片のロックウェル硬度が64-65HRCとなる値を選択した。
焼戻し温度:450-600℃
焼戻し時間:1-3時間
この試験片をシャルピー衝撃試験に供し、衝撃値を測定した。この結果が、下記の表1及び2並びに
図1-4に示されている。
図3及び4において、「実施例(AB)」は表1及び2における総合評価が「A」又は「B」である粉末高速度工具鋼を表し、「実施例(C)」は表1及び2における総合評価が「C」である粉末高速度工具鋼を表し、「実施例(D)」は表1及び2における総合評価が「D」である粉末高速度工具鋼を表す。
【0048】
[総合評価]
下記の基準に基づき、粉末高速度工具鋼の格付けを行った。
A:大越摩耗試験が0.30×10-8mm3/Nmm以下であり、かつシャルピー衝撃値が55J/cm2以上である。
B:大越摩耗試験が0.30×10-8mm3/Nmm以下であり、かつシャルピー衝撃値が50J/cm2以上55J/cm2未満である。
C:大越摩耗試験が0.30×10-8mm3/Nmm以下であり、かつシャルピー衝撃値が45J/cm2以上50J/cm2未満である。
D:大越摩耗試験が0.30×10-8mm3/Nmm以下であり、かつシャルピー衝撃値が40J/cm2以上45J/cm2未満である。
F:大越摩耗試験が0.30×10-8mm3/Nmm以下であり、かつシャルピー衝撃値が40J/cm2未満である。
この結果が、下記の表1及び2に示されている。
【0049】
【0050】
【0051】
表1及び2に示される通り、各実施例の粉末高速度工具鋼の耐摩耗性は、比較例の粉末高速度工具鋼の耐摩耗性と同等である。さらに、表1及び2並びに
図1-4から明らかなように、各実施例の粉末高速度工具鋼は、靱性に優れている。以上の評価結果から、本発明の優位性は明らかである。
【産業上の利用可能性】
【0052】
本発明に係る粉末高速度工具鋼は、金型、ローラ、機械工具、手工具、射出成形機部品、口金、パンチ、刃物等の、種々の用途に用いられうる。