(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-10-17
(45)【発行日】2024-10-25
(54)【発明の名称】クメンの製造方法
(51)【国際特許分類】
C07C 1/22 20060101AFI20241018BHJP
C07C 15/085 20060101ALI20241018BHJP
C07C 1/24 20060101ALI20241018BHJP
C07C 15/44 20060101ALI20241018BHJP
C07B 61/00 20060101ALN20241018BHJP
【FI】
C07C1/22
C07C15/085
C07C1/24
C07C15/44
C07B61/00 300
(21)【出願番号】P 2021539249
(86)(22)【出願日】2020-08-06
(86)【国際出願番号】 JP2020030207
(87)【国際公開番号】W WO2021029324
(87)【国際公開日】2021-02-18
【審査請求日】2023-06-08
(31)【優先権主張番号】P 2019148080
(32)【優先日】2019-08-09
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000002093
【氏名又は名称】住友化学株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100088155
【氏名又は名称】長谷川 芳樹
(74)【代理人】
【識別番号】100128381
【氏名又は名称】清水 義憲
(74)【代理人】
【識別番号】100124062
【氏名又は名称】三上 敬史
(72)【発明者】
【氏名】小池 弘文
(72)【発明者】
【氏名】植草 達郎
(72)【発明者】
【氏名】池田 翔子
【審査官】松澤 優子
(56)【参考文献】
【文献】特開2004-250430(JP,A)
【文献】特開昭53-082703(JP,A)
【文献】特開2009-155245(JP,A)
【文献】特開2009-167130(JP,A)
【文献】特開2009-007294(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C07C 1/22
C07C 15/085
C07C 1/24
C07C 15/44
C07B 61/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
クミルアルコールを、(a)水素化分解反応、又は、(b)脱水反応及びその後の水添反応に供してクメンを得る、クメンの製造方法であって、
下記工程を含む、方法。
(A)触媒が充填された反応器に、クメンを含有
しクミルアルコールの濃度が0.1質量%以下である液を供給する工程
(B)前記工程Aの後に、前記反応器に、クミルアルコールを含有する液、及び、水素を供給する工程
【請求項2】
前記触媒が周期表10族及び/または11族の金属を含む触媒である、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
工程Aの開始時点における水素/(クメン+クミルアルコール)モル比は1/25以下である請求項1又は2に記載の方法。
【請求項4】
工程Aを行っている間、水素/(クメン+クミルアルコール)モル比は1/25以下である、請求項1~3のいずれか一項に記載の方法。
【請求項5】
クミルアルコールを、(a)水素化分解反応に供してクメンを得る、クメンの製造方法であって、
下記工程を含む、方法。
(A)触媒が充填された反応器に、クメンを含有する液を供給する工程
(B)前記工程Aの後に、前記反応器に、クミルアルコールを含有する液、及び、水素を供給する工程
【請求項6】
前記触媒が、コバルト、ニッケル、パラジウム、銅、および亜鉛からなる群より選ばれる少なくとも一種の金属を含む、請求項5に記載の方法。
【請求項7】
水素化分解反応における水素/クミルアルコールモル比は1/1~20/1である、請求項5又は6に記載の方法。
【請求項8】
水素化分解反応の温度が0~500℃である、請求項5~7のいずれか一項に記載の方法。
【請求項9】
水素化分解反応の圧力が100~10000kPa-Gである、請求項5~8のいずれか一項に記載の方法。
【請求項10】
工程Bにおいて、クミルアルコールを(b)脱水反応及びその後の水添反応に供してクメンが得られる、請求項1~4のいずれか一項に記載の方法。
【請求項11】
水添反応において使用される触媒が、ニッケル、パラジウム、白金、および銅からなる群より選ばれる少なくとも一種の金属を含む、請求項10に記載の方法。
【請求項12】
水添反応における水素/α-メチルスチレンのモル比は1/1~20/1である、請求項10又は11に記載の方法。
【請求項13】
水添反応の温度が0~500℃である、請求項10~12のいずれか一項に記載の方法。
【請求項14】
水添反応の圧力が100~10000kPa-Gである、請求項10~13のいずれか一項に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はクメンの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来より、触媒の存在下で液体有機化合物を水素と接触させて水素化反応をさせるプロセスが知られている。
【0003】
このようなプロセスのスタートアップ時において、液体有機化合物及び水素を触媒と接触させる前に、触媒に水素ガスを接触させ、その後、液体有機化合物及び水素を触媒と接触させることが知られている。
【0004】
例えば、特許文献1では、触媒の存在下で芳香族ジニトリルの液体を水素と接触させてジニトリルを水素化するプロセスのスタートアップに当たり、まず触媒に水素を接触させ、その後、イソフタロニトリルを含む液及び水素を触媒と接触させることが開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
触媒の存在下で、液体有機化合物を水素と接触させて水素化反応をさせるプロセスの一つとして、触媒の存在下で、液体のクミルアルコールを、(a)水素化分解反応、又は、(b)脱水反応及びその後の水添反応に供してクメンを得るプロセスがある。なお、本明細書において、クミルアルコールとは2-フェニル-2-プロパノールを指す。
【0007】
しかしながら、本発明者らが検討したところ、このようなプロセスのスタートアップ時に上述の方法を適用すると、反応副生物であるイソプロピルシクロヘキサンの生成量が増加する問題があることが判明した。
【0008】
本発明は上記課題に鑑みてなされたものであり、副生物であるイソプロピルシクロヘキサンの生成量の少ない、クメンの製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明にかかるクメンの製造方法は、クミルアルコールを、(a)水素化分解反応、又は、(b)脱水反応及びその後の水添反応に供してクメンを得る方法であって、下記工程A及び工程Bを含む。
工程A:触媒が充填された反応器に、クメンを含有する液を供給する工程
工程B:前記工程Aの後に、前記反応器に、クミルアルコールを含有する液、及び、水素を供給する工程
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、副生物であるイソプロピルシクロヘキサンの生成量の少ないクメンの製造方法が提供される。
【発明を実施するための形態】
【0011】
(第1実施形態にかかるクメンの製造方法)
【0012】
本発明の第1実施形態にかかるクメンの製造方法を説明する。
【0013】
本発明の第1実施形態にかかるクメンの製造方法は、クミルアルコールを、(a)水素化分解反応、又は、(b)脱水反応及びその後の水添反応に供してクメンを得る、クメンの製造方法である。そして、この方法は、下記工程A及び工程Bを含む。
【0014】
工程A:触媒が充填された反応器に、クメンを含有する液を供給する工程
工程B:前記工程Aの後に、前記反応器に、クミルアルコールを含有する液、及び、水素を供給する工程
本実施形態について以下に詳細に説明する。
【0015】
工程A
工程Aでは、クメンを含有する液を反応器に供給する。工程Aにおける液中のクメンの濃度は、50質量%以上、60質量%以上、70質量%以上であることができる。一態様において、液中のクメンの濃度は、90質量%以上であることができ、好ましくは95質量%以上、より好ましくは98質量%以上、さらに好ましくは99質量%以上である。液中のクメンの濃度は100質量%でもよい。
【0016】
当該液はクミルアルコールを含んでもよい。一態様において、液中のクミルアルコールの濃度は、50質量%以下、40質量%以下、30質量%以下であることができる。一態様において、液中のクミルアルコールの濃度は、10質量%以下であることができ、好ましくは5質量%以下、より好ましくは2質量%以下、さらに好ましくは1質量%以下である。
【0017】
工程Aを行う途中で、反応器における触媒の温度を昇温することが好適である。工程Aの最後の時点で、反応器の触媒の温度は、後述する反応温度の範囲に入るように昇温されていることが好適である。
【0018】
工程Aの開始時点では、通常、反応器へ水素を供給しない。工程Aの開始時点における水素/(クメン+クミルアルコール)モル比は1/25以下が好ましく、より好ましくは1/30以下であり、さらに好ましくは1/40以下である。
一態様において、工程Aを行っている間は、水素/(クメン+クミルアルコール)モル比は1/25以下が好ましく、より好ましくは1/30以下であり、さらに好ましくは1/40以下である。一態様において、工程Aを行っている間は、反応器へ水素を供給しない。
【0019】
工程B
工程Bでは、前記反応器に、クミルアルコールを含有する液、及び、水素を供給する。
【0020】
工程Bにおける液中のクミルアルコールの濃度B1に限定はないが、10質量%以上であることが好ましく、20質量%以上でもよく、上限は無いが、60質量%以下、50質量%以下、40質量%以下であることができる。
【0021】
当該液はクメンを含んでもよい。一態様において、液中のクメンの濃度は、90質量%以下、80質量%以下、70質量%以下であることができる。一態様において、クメンの濃度は、50質量%以上、60質量%以上、70質量%以上であることができる。
【0022】
工程Bにおける液中のクミルアルコールの濃度B1と、工程Aにおける液中のクミルアルコールの濃度は、それぞれ独立である。工程Bにおける液中のクミルアルコールの濃度B1と、工程Aにおける液中のクミルアルコールの濃度は同一でもよい。
【0023】
工程Bにおいて、反応器の温度を後述する反応温度の範囲内に維持することが好適である。工程Aにおいて反応器の温度を昇温しない場合には、工程Bにおいて、反応器の温度を後述する反応温度の範囲内に昇温することが好適である。
【0024】
工程Bで反応器に供給する液の量は、触媒の種類や量に応じて適宜設定できる。
【0025】
工程Bでは、液と共に反応器に水素を供給する。水素の量については後述する。
【0026】
工程Bにおいて、クミルアルコールを含有する液中のクミルアルコールが、(a)水素化分解反応、又は、(b)脱水反応及びその後の水添反応により、クメンに変換される。
【0027】
水素化分解反応の場合の触媒及び条件
続いて、クミルアルコールを、(a)水素化分解反応に供してクメンを得る場合の触媒及び条件について説明する。
【0028】
水素化分解反応の場合、反応器内で、クミルアルコールを含有する液及び水素を触媒と接触させ、クミルアルコールと水素とを反応させることにより、クメンを含有する液を得る。
【0029】
水素化分解反応において使用される触媒(以下、「水素化分解触媒」と記載することがある。)としては周期表9族、10族、11族または12族の金属を含む触媒を挙げることができ、具体的にはコバルトを含む触媒、ニッケルを含む触媒、パラジウムを含む触媒、銅を含む触媒、亜鉛を含む触媒を挙げることができる。副生成物の生成を抑制する観点からニッケルを含む触媒、パラジウムを含む触媒または銅を含む触媒が好ましい。ニッケルを含む触媒としてはニッケル、ニッケル・アルミナ、ニッケル・シリカ、ニッケル・カーボンが挙げられ、パラジウムを含む触媒としてはパラジウム・アルミナ、パラジウム・シリカ、パラジウム・カーボン等が挙げられ、銅を含む触媒としては銅、ラネー銅、銅・クロム、銅・亜鉛、銅・クロム・亜鉛、銅・シリカ、銅・アルミナ等が挙げられる。
【0030】
水素化分解反応で用いる反応器は、上記の触媒の内のいずれか1つ又は複数の組み合わせを収容する。反応器は、スラリー床または固定床の形式であることができる。大規模な工業的操作の場合には、固定床を用いることが好ましい。反応は連続法で行うことが好適である。
【0031】
水素化分解反応で消費される水素の量は、クミルアルコールと等モルである。しかしながら、通常、原料液中には水素を消費するクミルアルコール以外の成分も含まれているため、クミルアルコールの転化率を確保する観点から、化学量論量よりも過剰の水素を供給することが好適である。また水素の分圧を上げるほど反応はより速やかに進む。したがって、通常、水素/クミルアルコールモル比は1/1~20/1に調整され、好ましくは1/1~10/1であり、より好ましくは1/1~5/1である。また、通常、水素/(クメン+クミルアルコール)モル比は1/25以上である。前記モル比は1/25超であってもよい。
【0032】
水素化分解反応後に残存した過剰分の水素は反応液と分離した後にリサイクルして使用することもできる。水素化分解反応温度は通常0~500℃であるが、50~450℃が好ましく、150~300℃がより好ましい。水素化分解反応圧力は通常100~10000kPa-Gであり、好ましくは500~4000kPa-Gであり、より好ましくは1000~2000kPa-Gである。
【0033】
水素化分解反応を適用した場合のクミルアルコールの転化率は通常90%以上である。
【0034】
脱水反応及びこれに続く水添反応を行う場合の触媒及び条件
続いて、クミルアルコールを、(b)脱水反応及びその後の水添反応に供してクメンを得る場合の触媒及び条件について説明する。
【0035】
この場合、反応器内で液中のクミルアルコールを触媒と接触させ、クミルアルコールの脱水反応によりα-メチルスチレンを含有する液を得、次いで、α-メチルスチレンを含有する液及び水素を反応器内で触媒と接触させて、α-メチルスチレンと水素とを水添反応させることにより、クメンを含有する液を得る。
【0036】
本態様において、液中のクミルアルコールを脱水してα-メチルスチレンを含有する液を得る工程を「脱水工程」と記載し、液中のα-メチルスチレンを含有する液と水素とを水添反応させることにより、クメンを含有する液を得る工程を「水添工程」と記載することがある。
【0037】
脱水工程において使用される触媒(以下、「脱水触媒」と記載することがある。)としては、硫酸、リン酸、p-トルエンスルホン酸等の均一系酸触媒;活性アルミナ、チタニア、ジルコニア、シリカアルミナ、ゼオライト等の固体酸触媒;を挙げることができる。反応効率を向上させる観点から脱水工程を固体酸触媒存在下で行うことが好ましく、活性アルミナを用いることがより好ましい。
【0038】
脱水工程における脱水反応は通常、クミルアルコールを含む液を反応器内で脱水触媒に接触させることにより行われる。脱水反応に引き続いて水添工程において水添反応を行なうため、水素の存在下、クミルアルコール含む液を脱水触媒に接触させてもよい。脱水反応温度は通常50~450℃であるが、150~300℃が好ましい。脱水反応圧力は通常10~10000kPa-Gである。
【0039】
水添工程において使用される触媒(以下、「水添触媒」と記載することがある。)としては、周期表10族または11族の金属を含む触媒を挙げることができ、具体的にはニッケルを含む触媒、パラジウムを含む触媒、白金を含む触媒、銅を含む触媒を挙げることができる。芳香環の核水添反応の抑制、高収率の観点からニッケルを含む触媒、パラジウムを含む触媒または銅を含む触媒が好ましい。ニッケルを含む触媒としてはニッケル、ニッケル・アルミナ、ニッケル・シリカ、ニッケル・カーボンが好ましく、パラジウムを含む触媒としては、パラジウム・アルミナ、パラジウム・シリカ、パラジウム・カーボンが好ましく、銅を含む触媒としては銅、ラネー銅、銅・クロム、銅・亜鉛、銅・クロム・亜鉛、銅・シリカ、銅・アルミナが好ましい。これらの触媒は単一でも用いることができるし、複数のものを用いることもできる。
【0040】
水添工程は、α-メチルスチレンを含む液と水素とを反応器内で水添触媒に接触させることにより行われる。前述した脱水反応に引き続いて水添反応を行なうが、この態様では、脱水反応において発生した水の一部を油水分離等によって分離してもよいし、分離せずにα-メチルスチレンとともに水添触媒に接触させてもよい。
【0041】
水添反応で消費される水素の量は、α-メチルスチレンと等モルである。しかしながら、通常、原料液中には水素を消費するα-メチルスチレン以外の成分も含まれているため、α-メチルスチレンの転化率を確保する観点から、化学量論量よりも過剰の水素を供給することが好適である。また水素の分圧を上げるほど反応はより速やかに進む。したがって、通常、水素/α-メチルスチレンのモル比は1/1~20/1に調整され、好ましくは1/1~10/1であり、より好ましくは1/1~5/1である。水添反応後に残存した過剰分の水素は反応液と分離した後にリサイクルして使用することもできる。また、通常、水素/(クメン+クミルアルコール)モル比は1/25以上である。(b)の場合、前記モル比中の「水素」の物質量は水添反応に供される水素の物質量であり、「クメン+クミルアルコール」の物質量は脱水反応に供される液中のクメンとクミルアルコールの合計の物質量である。前記モル比は1/25超であってもよい。
【0042】
水添反応温度は通常0~500℃であるが、30~400℃が好ましく、50~300℃がより好ましい。水添反応圧力は通常100~10000kPa-Gである。
【0043】
脱水反応およびこれに続く水添反応は、一つの容器内に脱水触媒及び水添触媒を上流側からこの順に収容した反応器で行ってもよいし、一つの容器内に脱水触媒及び水添触媒を物理的に混合した触媒を収容した反応器で行ってもよいし、一つの容器内に脱水触媒に担持された水添触媒を収容した反応器で行ってもよいし、脱水触媒を収容した容器及び水添触媒を収容した容器がラインを介して上流側からこの順に直列に接続された反応器で行ってもよい。
【0044】
容器内における触媒と液との接触状態は、スラリー床または固定床の形式であることができる。大規模な工業的操作の場合には、固定床を用いることが好ましい。本実施形態では、脱水反応及びこれに続く水添反応を連続法で行う。
【0045】
本実施形態にかかる方法によれば、反応混合物中の副生物、特に、イソプロピルシクロヘキサンの量を低減することができ、クミルアルコールからクメンへの選択率を高くすることができる。
【0046】
プロピレンオキサイドの製造方法
上述のクメンの製造方法は、以下に記すプロピレンオキサイドの製造方法における、クメン製造工程に好適に採用できる。
【0047】
すなわち、本発明の実施形態にかかるプロピレンオキサイドの製造は以下の工程を含む。
【0048】
酸化工程:クメンを酸化することによりクメンハイドロパーオキサイドを得る工程
エポキシ化工程:酸化工程で得たクメンハイドロパーオキサイドとプロピレンとを反応させることによりプロピレンオキサイド及びクミルアルコールを得る工程
クメン製造工程:上述のエポキシ化工程で得たクミルアルコールを、上述のクメンの製造方法を用いて、クメンに転化し、得られたクメンを酸化工程へリサイクルする工程
【0049】
以下に各工程について説明する。
【0050】
酸化工程におけるクメンの酸化は、通常空気や酸素濃縮空気などの含酸素ガスによる自動酸化で行われる。この酸化反応は添加剤を用いずに実施してもよいし、アルカリのような添加剤を用いてもよい。反応温度は通常50~200℃であり、反応圧力は通常大気圧から5MPaの間である。
【0051】
添加剤の例は、NaOH、KOHのようなアルカリ金属水酸化物;アルカリ土類金属水酸化物;Na2CO3、NaHCO3のようなアルカリ金属炭酸塩;アンモニア;(NH4)2CO3;及び、アルカリ金属炭酸アンモニウム塩である。
【0052】
エポキシ化工程は目的物であるプロピレンオキサイドを高収率及び高選択率下に得る観点から、チタン含有珪素酸化物を含む触媒の存在下に実施することが好ましい。これらの触媒は珪素酸化物と化学的に結合したTiを含有する、いわゆるTi-シリカ触媒が好ましい。たとえば、Ti化合物をシリカ担体に担持したもの、共沈法やゾルゲル法で珪素酸化物と複合したもの、あるいはTiを含むゼオライト化合物などをあげることができる。
【0053】
エポキシ化反応はプロピレンとクメンハイドロパーオキサイドを触媒に接触させることで行われる。反応は溶媒を用いて液相中で実施できる。溶媒は反応時の温度及び圧力のもとで液体であり、かつ反応体及び生成物に対して実質的に不活性なものであるべきである。溶媒の例はクメンである。
【0054】
エポキシ化反応温度は一般に0~200℃であるが、25~200℃が好ましい。圧力は反応混合物を液体の状態に保つのに充分な圧力でよい。一般に圧力は100~10000kPaであることが有利である。
【0055】
エポキシ化反応はスラリー又は固定床の形の触媒を使用して有利に実施できる。大規模な工業的操作の場合には固定床を用いるのが好ましい。また、回分法、半連続法または連続法によって実施できる。
【0056】
エポキシ化反応で生成したクミルアルコールは上述したクメンを製造する方法に供給する。通常、エポキシ化反応で得られた反応混合物からプロピレンオキサイドおよび未反応プロピレンを回収した後のクミルアルコールを含む液をクメン製造工程に供給する。
【0057】
クメン製造工程で製造したクメンは酸化工程へリサイクルされる。また、得られたクメンは蒸留および水洗等により精製された後に酸化工程へリサイクルしてもよい。
【0058】
工程Aにおけるクメンを含有する液は、クメンを含有する液ならばいかなるものでもよい。
【0059】
工程Aにおけるクメンを含有する液は、クメン製造工程を経た液でもよいし、エポキシ化反応で得られた反応混合物からプロピレンオキサイドおよび未反応プロピレンを回収した後のクミルアルコールを含む液でもよい。また、工程Aにおけるクメンを含有する液は、別のプラントで製造されたクメンを含有する液を用いてもよい。さらには、上記に挙げたクメンを含む液の混合物であってもよい。
【0060】
工程Aにおけるクメンを含有する液を、上記の反応器を通過させた後、酸化工程、エポキシ化工程およびクメン製造工程に循環させることもできる。
【0061】
工程Bにおけるクミルアルコールを含有する液は、クミルアルコールを含有する液ならばいかなるものでもよく、例えば、クメンを酸化することにより得られたクメンハイドロパーオキサイドをプロピレンと反応させることにより得られたクミルアルコールを含有する液を用いることができる。
【0062】
本発明に係るクメンの製造方法は、(α)クメン製造工程における反応を停止した後に、クメン製造工程における反応を再開する場合;(β)初めてクメン製造工程を開始する場合;等に行うことができる。
例えば、プロピレンオキサイドの製造方法において、酸化工程、エポキシ化工程、及びクメン製造工程の全ての工程において反応を停止した場合、以下の方法により、各反応を開始することができる。
(1)酸化工程の反応器にクメンを含有する液を供給する。ただし、酸化反応は行わず、酸化工程の反応器に供給されたクメンを含有する液は、そのまま、エポキシ化工程へ供給される。
(2)酸化工程の反応器を通過したクメンを含有する液をエポキシ化工程の反応器に供給する。ただし、エポキシ化反応は行わず、エポキシ化工程の反応器に供給されたクメンを含有する液は、そのまま、クメン製造工程へ供給される。
(3)エポキシ化工程の反応器を通過したクメンを含有する液を、工程Aのクメンを含有する液として使用して、工程Aを行う。
(4)(3)の後に、酸化工程の酸化反応、及びエポキシ化工程のエポキシ化反応を開始し、酸化工程の反応器及びエポキシ化工程の反応器を通過したクメンを含有する液中のクミルアルコール濃度を増加させる。この場合、酸化工程の反応器及びエポキシ化工程の反応器を通過したクメンを含有する液、並びに、反応混合物からプロピレンオキサイドおよび未反応プロピレンを分離後の液は、クミルアルコールを含有しているため、該液を、工程Bのクミルアルコールを含有する液として使用して、工程Bを行う。
このような場合において、酸化工程の反応器に供給される「クメンを含有する液」は、上述のクメンの製造方法における工程Aの「クメンを含有する液」と同様であることができる。
このような場合におけるクメンの製造方法の一例として、以下、第2の実施形態を記載する。
【0063】
(第2の実施形態にかかるクメンの製造方法)
第2の実施形態にかかるクメンの製造方法は、クミルアルコールを、(a)水素化分解反応、又は、(b)脱水反応及びその後の水添反応に供してクメンを得る、クメンの製造方法である。そして、この方法は、下記工程A’、及び工程B’を含む。
【0064】
工程A’:触媒が充填された反応器へ、クミルアルコール濃度が5質量%以下のクメンを含有する液を供給する工程
工程B’:前記工程A’の後に、前記反応器に、水素、及び、クミルアルコール濃度が10質量%以上の液を供給する工程
本実施形態について以下に詳細に説明する。
【0065】
工程A’
工程A’では、クミルアルコール濃度が5質量%以下のクメンを含有する液を反応器に供給する。工程A’におけるクミルアルコールの濃度C0は十分低いことが好ましく、例えば、4質量%以下、3質量%以下、2質量%以下、1質量%以下、0.5質量%以下、0.1質量%以下でもよく、実質的に0でも良い。
【0066】
当該液におけるクミルアルコール以外の成分の例はクメンである。当該液におけるクミルアルコール以外の成分の90質量%以上をクメンが占めることができ、好ましくは95質量%以上、より好ましくは98質量%以上、さらに好ましくは99質量%以上をクメンが占める。
【0067】
工程A’を行う途中で、反応器における触媒の温度を昇温することが好適である。工程A’の最後の時点で、反応器の触媒の温度は、第1の実施形態の工程Bで説明した反応温度の範囲に入るように昇温されていることが好適である。
【0068】
反応器中の触媒全てが、クミルアルコール濃度が5質量%以下のクメンを含有する液と接触後であれば、工程A’で反応器への水素の供給を開始してもよい。
【0069】
工程B’
工程B’では、反応器に水素、及び、クミルアルコール濃度が10質量%以上の濃度C1の液を供給する。工程B’においては、反応器の温度を第1の実施形態の工程Bで説明した反応温度の範囲内に維持する。工程A’において反応器の温度を昇温しない場合には、工程B’において、反応器の温度を第1の実施形態の工程Bで説明した反応温度の範囲内に昇温する。
【0070】
クミルアルコールの濃度C1は10質量%以上であれば良く、20質量%以上でもよく、上限は無いが、60質量%以下、50質量%以下、40質量%以下であることができる。
【0071】
当該液はクメンを含んでもよい。一態様において、液中のクメンの濃度は、90質量%以下、80質量%以下、70質量%以下であることができる。一態様において、クメンの濃度は、40質量%以上、50質量%以上、60質量%以上であることができる。
【0072】
工程B’で反応器に供給する液の量は、触媒の種類や量に応じて適宜設定できる。
【0073】
工程B’では、クミルアルコール濃度が10質量%以上の液と共に反応器に水素を供給する。水素の量については第1の実施形態の工程Bで説明したとおりに設定できる。反応率の向上の観点から、工程B’よりも前から、例えば工程A’の開始時あるいは工程A’の途中から、水素を反応器に供給開始してもよい。また、例えば、工程B’の開始時、あるいは、工程B’の途中から水素を供給開始しても良い。また、工程A’の開始時あるいは工程A’の途中から水素を供給開始し、工程A’と工程B’との間に後述する工程X’がある場合には、工程X’でも継続して水素を供給しても良い。
【0074】
クミルアルコールを効率よく反応させる観点から、液中のクミルアルコール濃度が1質量%以上では、少なくとも水素を供給することが好適である。
【0075】
A’工程とB’工程との間で、反応器に供給する液中のクミルアルコールの濃度を、5質量%以下のC0から10質量%以上のC1まで急激に増加させてもよい。また、工程A’と工程B’との間に、反応器に供給する液中のクミルアルコール濃度を、5質量%以下の濃度C0から、10質量%以上の濃度C1となるまで徐々に増加させる工程X’を有してもよい。
【0076】
工程X’において、反応器の温度を第1の実施形態の工程Bで説明した反応温度の範囲内に維持することが好適である。工程A’において反応器の温度を昇温しない場合には、工程X’において、反応器の温度を第1の実施形態の工程Bで説明した反応温度の範囲内に昇温することが好適である。
【0077】
工程X’で反応器への水素の供給を開始してもよい。
【実施例】
【0078】
実施例1
内径14mmの金属製反応器(該金属製反応器は、温度計を内部に備えた外径3mmの鞘管を含む)に触媒(触媒質量3.0g、触媒は活性アルミナと0.05質量%のパラジウムとを含む。)を充填した。触媒の保持方法は固定床とした。
圧力0.9MPa-G条件で、反応器に液体クメンを供給し反応器内を液体クメンで満たした。その後、同圧力で窒素ガス84Nml/分と液体クメン24g/時間を反応器に供給しながら、触媒層の入口部温度が230℃になるように電気炉で加熱した。触媒層の入口部温度が230℃で安定した後、同圧力で窒素ガスを水素ガスに切り替え、水素ガスを72Nml/分で供給した。水素ガスへの切り替えとほぼ同時に、液体供給ラインの入れ替えにより、液体クメンに変えて、原料液として、クミルアルコール溶液(1)(クミルアルコール濃度26質量%、クメン濃度71質量%、イソプロピルシクロヘキサン濃度0.03質量%)を24g/時間で反応器に供給した。水素の単位時間あたりの供給モル数は、クミルアルコールの単位時間あたりの供給モル数に対して4.3倍とした。
水素ガスの供給開始を基準として、43分~73分に反応器から排出された液体(反応液サンプル)は、11.3gであり、前記反応液中のクミルアルコール濃度は0.0質量%であった。分析結果を表1に示す。なお、反応液回収中に測定した触媒層平均温度は232℃であった。なお、反応器内のクミルアルコール濃度が定常状態となるのは、水素供給開始から103分後であると推定された。
水素ガスの供給開始を基準として、103~133分に反応器から排出された液体(反応液サンプル)は10.9gであり、当該反応液を分析したところ、クミルアルコールの濃度は0.1質量%であった。分析結果を表1に示す。なお、反応液回収中に測定した触媒層平均温度は、232℃であった。
【0079】
実施例2
実施例1と同様の反応器を用意した。圧力0.9MPa-G条件で、反応器にクメン溶液(1)(クメン濃度71質量%、クミルアルコール濃度26質量%、イソプロピルシクロヘキサン濃度0.03質量%)を供給し反応器内をクメン溶液(1)で満たした。その後、同圧力で窒素ガス84Nml/分とクメン溶液(1)24g/時間を反応器に供給しながら、触媒層の入口部温度が230℃になるように加熱した。触媒層の入口部温度が230℃で安定した後、同圧力で窒素ガスを水素ガスに切り替え、水素ガスを72Nml/分で供給した。実施例2において、原料液はクメン溶液(1)である。水素の単位時間あたりの供給モル数は、クミルアルコールの単位時間あたりの供給モル数に対して4.3倍とした。
水素ガスの供給開始を基準として、35分~60分に反応器から排出された液体(反応液サンプル)は、9.6gであった。水素ガスの供給開始を基準として、35分後の反応液中のクミルアルコール濃度は1.7質量%であった。分析結果を表1に示す。なお、反応液回収後に測定した平均触媒温度は233℃であった。
【0080】
実施例3
実施例1と同様の反応器を用意した。圧力0.9MPa-G条件で、反応器にクメン溶液(2)(クメン濃度46質量%、クミルアルコール濃度51質量%、イソプロピルシクロヘキサン濃度0.03質量%)を供給し反応器内をクメン溶液(2)で満たした。その後、同圧力で窒素ガス84Nml/分とクメン溶液(2)24g/時間を反応器に供給しながら、触媒層の入口部温度が230℃になるように加熱した。触媒層の入口部温度が230℃で安定した後、同圧力で窒素ガスを水素ガスに切り替え、水素ガスを72Nml/分で供給した。実施例3において、原料液はクメン溶液(2)である。水素の単位時間あたりの供給モル数は、クミルアルコールの単位時間あたりの供給モル数に対して2.1倍とした。
水素ガスの供給開始を基準として、30分~60分に反応器から排出された液体(反応液サンプル)は、12.2gであった。水素ガスの供給開始を基準として、30分後の反応液中のクミルアルコール濃度は10.8質量%であった。分析結果を表1に示す。なお、反応液回収中に測定した平均触媒温度は235℃であった。
【0081】
比較例1
実施例1と同様の反応器を用意した。圧力0.9MPa-G条件で、反応器に窒素ガスを供給しながら、触媒層の入口部温度が210℃になるまで加熱した。触媒層の入口部温度が210℃で安定した後、同圧力で窒素ガスを水素ガスに切り替え、水素ガスを72Nml/分で供給したところ、触媒層の入口部温度が223℃まで上昇した。その後、同圧力で触媒層入口部温度が230℃になるように反応器を加熱した。その後、同圧力で、原料液として、クミルアルコール溶液(1)(クミルアルコール濃度26質量%、クメン濃度71質量%、イソプロピルシクロヘキサン濃度0.03質量%)を24g/時間で反応器に供給した。水素の単位時間あたりの供給モル数は、クミルアルコールの単位時間あたりの供給モル数に対して4.3倍とした。
水素ガスの供給開始を基準として、43分後に反応器から反応液が排出された。水素ガスの供給開始を基準として、43分~73分に反応器から排出された液体(反応液サンプル)は、12.0gであり、前記反応液中のクミルアルコール濃度は1.6質量%であった。分析結果を表1に示す。なお、反応液回収中に測定した平均触媒温度は233℃であった。
【0082】
比較例2
実施例1と同様の反応器を用意し、圧力0.9MPa-G条件で、反応器に窒素ガスを供給しながら、触媒層の入口部温度が230℃になるまで加熱した後、窒素ガスを水素ガスに切り替え、水素ガスを72Nml/分で供給すると、触媒層の入口部温度が240℃以上に上昇することが予想される。
【0083】
以下の表1中のクミルアルコール転化率、イソプロピルシクロヘキサン選択率は、以下の式により計算した。
【0084】
理論液供給重量(g)=サンプル回収重量×(原料液中のクミルアルコール濃度×(クミルアルコール分子量/クメン分子量)+(100-原料液中のクミルアルコール濃度))/100
原料液中のクメンモル数(mol)=理論液供給重量×(原料液中のクメン濃度/クメン分子量)/100
原料液中のクミルアルコールモル数(mol)=理論液供給重量×(原料液中のクミルアルコール濃度/クミルアルコール分子量)/100
原料液中のイソプロピルシクロヘキサンモル数(mol)=理論液供給重量×(原料液中のイソプロピルシクロヘキサン濃度/イソプロピルシクロヘキサン分子量)/100
反応液中のクメンモル数(mol)=サンプル回収重量×(反応液中のクメン濃度/クメン分子量)/100
反応液中のクミルアルコールモル数(mol)=サンプル回収重量×(反応液中のクミルアルコール濃度/クミルアルコール分子量)/100
反応液中のイソプロピルシクロヘキサンモル数(mol)=サンプル回収重量×(反応液中のイソプロピルシクロヘキサン濃度/イソプロピルシクロヘキサン分子量)/100
クミルアルコール転化率(%)=(原料液中のクミルアルコールモル数-反応液中のクミルアルコールモル数)/原料液中のクミルアルコールモル数×100
イソプロピルシクロヘキサン選択率(%)=(反応液中のイソプロピルシクロヘキサンモル数-原料液中のイソプロピルシクロヘキサンモル数)/(原料液中のクミルアルコールモル数-反応液中のクミルアルコールモル数+原料液中のクメンモル数)×100
クメン選択率(%)=(反応液中のクメンモル数-原料液中のクメンモル数)/(原料液中のクミルアルコールモル数-反応液中のクミルアルコールモル数)×100
【0085】
【0086】
実施例では、比較例に比して、副生成物であるイソプロピルシクロヘキサンの選択率が低かった。