(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-10-18
(45)【発行日】2024-10-28
(54)【発明の名称】プラスチックまたはゴムの分析方法
(51)【国際特許分類】
G01N 21/27 20060101AFI20241021BHJP
G01N 21/359 20140101ALI20241021BHJP
G01N 21/3563 20140101ALI20241021BHJP
G01N 21/75 20060101ALI20241021BHJP
【FI】
G01N21/27 F
G01N21/359
G01N21/3563
G01N21/75 B
(21)【出願番号】P 2020110070
(22)【出願日】2020-06-26
【審査請求日】2023-05-19
(73)【特許権者】
【識別番号】301021533
【氏名又は名称】国立研究開発法人産業技術総合研究所
(72)【発明者】
【氏名】新澤 英之
(72)【発明者】
【氏名】水門 潤治
(72)【発明者】
【氏名】古賀 舞都
(72)【発明者】
【氏名】萩原 英昭
(72)【発明者】
【氏名】渡邉 亮太
(72)【発明者】
【氏名】山根 祥吾
【審査官】伊藤 裕美
(56)【参考文献】
【文献】特開2000-159897(JP,A)
【文献】特開2001-208684(JP,A)
【文献】特開2005-233882(JP,A)
【文献】特開2002-090299(JP,A)
【文献】特開2019-086499(JP,A)
【文献】Alassali, Ayah et al.,Assessment of plastic waste materials degradation through near infrared,Waste Management,Vol.82,米国,2018年,p.71-81
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 21/00- G01N 21/61
JSTPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
プラスチックまたはゴムの
劣化による所望の性質
の低下を、近赤外光を用いて分析する方法であって、
(i)前記プラスチックまたはゴムの近赤外線領域の吸光度を測定する工程と
(ii)前記工程(i)における吸光度の測定により得られた近赤外スペクトルデータを二次微分処理して補正スペクトルデータを得る工程と
(iii)前記工程(ii)により得られた補正スペクトルデータの各波長における吸光度の二次微分値に対して、PLS回帰分析により得られる回帰係数をそれぞれ乗算して足し合わせた値を算出する工程と、を含み、
前記回帰係数が、劣化処理により作製されるとともに前記所望の性質について異なる状態にある複数のプラスチックまたはゴムの近赤外線領域の吸光度を用いて得た値であり、
前記(iii)の工程により得られた値が前記プラスチックまたはゴムの所望の性質の推測値を示す、分析方法。
【請求項2】
請求項1に記載の分析方法であって、
前記(iii)の工程が下記式により値を算出する工程である、分析方法:
【数1】
(式中、xは補正スペクトルデータにおける各波長の吸光度の二次微分値であり、bは各二次微分値に対応する回帰係数であり、yは所望の性質の推測値を表す。nは二次微分値を有する波長の総数である)
【請求項3】
請求項1または2に記載の分析方法であって、
前記(iii)の工程における前記回帰係数が、前記所望の性質について異なる状態にある複数の前記プラスチックまたはゴムにおける(ア)近赤外線領域の吸光度の二次微分値を説明変数とし、(イ)前記所望の性質の実測値を目的変数とするPLS回帰分析により得られる回帰係数である、分析方法。
【請求項4】
請求項1または2に記載の分析方法であって、
前記回帰係数を下記(a)~(d)の工程により得る、分析方法:
(a)前記所望の性質について異なる状態にある複数のプラスチックまたはゴムの近赤外線領域の吸光度をそれぞれ測定する工程と
(b)前記工程(a)における吸光度の測定により得られた近赤外スペクトルデータを二次微分処理して補正スペクトルデータを得る工程と
(c)前記所望の性質について異なる状態にある複数のプラスチックまたはゴムの前記性質の実測値をそれぞれ測定する工程と
(d)前記工程(b)により得られた補正スペクトルデータと、前記工程(c)により得られた前記所望の性質の実測値データとを用いて、機械学習によりPLS回帰分析を行い、前記回帰係数を得る工程。
【請求項5】
請求項1~
4のいずれか一項に記載の分析方法であって、
前記プラスチックまたはゴムの所望の性質が破断伸び率である、分析方法。
【請求項6】
請求項1~
5のいずれか一項に記載の分析方法であって、
前記プラスチックまたはゴムがポリプロピレンである、分析方法。
【請求項7】
請求項
6に記載の分析方法であって、
前記近赤外線領域が1600~2000nmの波長領域である、分析方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、プラスチックまたはゴムの所望の性質を近赤外光によって分析する方法に関する。より具体的には、プラスチックまたはゴムに近赤外光を照射し、測定された結果に基づいてプラスチックまたはゴム材の所望の性質の状態を推定する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
自動車のバンパーや電気配線のカバー、建築材料用の電線ケーブルや光ファイバーにはポリプロピレンと呼ばれるプラスチック素材が用いられている。ポリプロピレンなどのプラスチックは太陽光や高温の環境下に長時間晒されることで劣化が進み、強度や曲げ特性が低下することが知られている。したがって、これらの材料の劣化の進行を診断し、適切な管理を可能にする方法が求められている。
【0003】
従来、プラスチック製品の劣化は、測定対象を引張変形させた際に加えた力を計測する機械試験によって測定している。この方法は測定対象を変形、破壊してしまうため、既に自動車や建築材料の中に組み込まれ、実際に使用されているプラスチックの劣化を診断する技術はこれまで確立していなかった。
【0004】
特許文献1には、プラスチックの劣化に伴う酸化物の生成を近赤外光で検出し劣化の判定を行うものがある。しかしながら当該技術はプラスチックの劣化によって生成した酸化物の量を推定するものであり、実際の破断伸びなどの劣化の状態の分析には対応できないものであった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明の課題は、プラスチック材またはゴム材の劣化による破断伸び等の性質の低下を非破壊で分析できるプラスチック材またはゴム材分析方法の提供にある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
ポリプロピレンなどのプラスチックは劣化の進行に伴って近赤外光の吸収特性が変化する。本発明者らはこの特性に着目し、近赤外スペクトルの形状変化から、プラスチックまたはゴムの状態を推定することを着想した。具体的には、近赤外スペクトルの各波長における吸光度に係数を乗算して足し合わせた値がプラスチックまたはゴムの特定の性質の状態を示すような回帰係数の存在について検討した。このような回帰係数を求めることができれば、プラスチックまたはゴムの近赤外スペクトルデータを得るだけでプラスチックまたはゴムの特定の性質の状態を推定することができる。しかしながら、スペクトルのような膨大な数値のデータから回帰係数を算出するのは困難である。そこで本発明者らは、機械学習によって回帰係数を算出することに着想し、成功した。算出された回帰係数によってポリプロピレンの破断伸びを推定したところ、実際の機械試験によって破断伸びとの間には高い相関係数を得ることができた。本発明は上記知見により完成されたものであり、以下の態様を含む:
すなわち、本発明の一態様は、
〔1〕プラスチックまたはゴムの所望の性質を、近赤外光を用いて分析する方法であって、
(i)前記プラスチックまたはゴムの近赤外線領域の吸光度を測定する工程と
(ii)前記工程(i)における吸光度の測定により得られた近赤外スペクトルデータを二次微分処理して補正スペクトルデータを得る工程と
(iii)前記工程(ii)により得られた補正スペクトルデータの各波長における吸光度の二次微分値に対して、PLS回帰分析により得られる回帰係数をそれぞれ乗算して足し合わせた値を算出する工程と、を含み、
前記(iii)の工程により得られた値が前記プラスチックまたはゴムの所望の性質の推測値を示す、分析方法に関する。
ここで、本発明の分析方法は一実施の形態において、
〔2〕上記〔1〕に記載の分析方法であって、
前記(iii)の工程が下記式により値を算出する工程であることを特徴とする:
【数1】
(式中、xは補正スペクトルデータにおける各波長の吸光度の二次微分値であり、bは各二次微分値に対応する回帰係数であり、yは所望の性質の推測値を表す。nは二次微分値を有する波長の総数である)
また、本発明の分析方法は一実施の形態において、
〔3〕上記〔1〕または〔2〕に記載の分析方法であって、
前記(iii)の工程における前記回帰係数が、前記所望の性質について異なる状態にある複数の前記プラスチックまたはゴムにおける(ア)近赤外線領域の吸光度の二次微分値を説明変数とし、(イ)前記所望の性質の実測値を目的変数とするPLS回帰分析により得られる回帰係数であることを特徴とする。
また、本発明の分析方法は一実施の形態において、
〔4〕上記〔1〕または〔2〕に記載の分析方法であって、
前記回帰係数を下記(a)~(d)の工程により得ることを特徴とする:
(a)前記所望の性質について異なる状態にある複数のプラスチックまたはゴムの近赤外線領域の吸光度をそれぞれ測定する工程と
(b)前記工程(a)における吸光度の測定により得られた近赤外スペクトルデータを二次微分処理して補正スペクトルデータを得る工程と
(c)前記所望の性質について異なる状態にある複数のプラスチックまたはゴムの前記性質の実測値をそれぞれ測定する工程と
(d)前記工程(b)により得られた補正スペクトルデータと、前記工程(c)により得られた前記性質の実測値データとを用いて、機械学習によりPLS回帰分析を行い、前記回帰係数を得る工程。
また、本発明の分析方法は一実施の形態において、
〔5〕上記〔4〕に記載の分析方法であって、
前記工程(a)および(c)における前記所望の性質について異なる状態にある複数のプラスチックまたはゴムが劣化処理により作製したものであることを特徴とする。
また、本発明の分析方法は一実施の形態において、
〔6〕上記〔1〕~〔5〕のいずれかに記載の分析方法であって、
前記プラスチックまたはゴムの所望の性質が破断伸び率であることを特徴とする。
また、本発明の分析方法は一実施の形態において、
〔7〕上記〔1〕~〔6〕のいずれかに記載の分析方法であって、
前記プラスチックまたはゴムがポリプロピレンであることを特徴とする。
また、本発明の分析方法は一実施の形態において、
〔8〕上記〔7〕に記載の分析方法であって、
前記近赤外線領域が1600~2000nmの波長領域であることを特徴とする。
また、本発明の別の態様は、
〔9〕上記〔1〕に記載の分析方法に使用する回帰係数の算出方法であって、
所望の性質について異なる状態にある複数のプラスチックまたはゴムにおける(ア)近赤外線領域の吸光度の二次微分値を説明変数とし、(イ)前記所望の性質の実測値を目的変数としたPLS回帰分析により回帰係数を算出する工程を含む、回帰係数の算出方法に関する。
ここで、本発明の回帰係数の算出方法は一実施の形態において、
〔10〕上記〔9〕に記載の回帰係数の算出方法であって、以下の(a)~(c)の工程をさらに含むことを特徴とする:
(a)所望の性質について異なる状態にある複数のプラスチックまたはゴムの近赤外線領域の吸光度をそれぞれ測定する工程と
(b)前記工程(a)における吸光度の測定により得られた近赤外スペクトルデータを二次微分処理して補正スペクトルデータを得る工程と
(c)前記所望の性質について異なる状態にある複数のプラスチックまたはゴムの前記性質の実測値をそれぞれ測定する工程。
【発明の効果】
【0008】
本発明の分析方法によれば、近赤外スペクトルを測定するだけでプラスチックまたはゴムの破断強度などの所望の性質の状態を精度よく推測することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【
図1】
図1は、本発明の分析の方法の一実施の形態におけるフローチャートである。
【
図2】
図2は、劣化処理したポリプロピレンの近赤外スペクトルを示すグラフである。
【
図3】
図3は、ポリプロピレンの近赤外吸収スペクトルについて、二次微分処理によってベースライン補正されたスペクトルを示すグラフである。
【
図4】
図4は、ポリプロピレンの近赤外スペクトルを用いたPLS回帰分析について、主成分数ごとの予測値標準偏差を示すグラフである。
【
図5】
図5は、PLS回帰分析によって算出された回帰係数を示すグラフである。
【
図6】
図6は、劣化処理したポリプロピレンの破断伸び率とPLS回帰分析によって予測した破断伸び率との関係を示す図グラフである。
【発明を実施するための形態】
【0010】
本発明は一態様において、プラスチックまたはゴムの所望の性質を、近赤外光を用いて分析する方法を提供し、当該方法は以下(i)~(iii)の工程を含む:
(i)前記プラスチックまたはゴムの近赤外線領域の吸光度を測定する工程
(ii)前記工程(i)における吸光度の測定により得られた近赤外スペクトルデータを二次微分処理して補正スペクトルデータを得る工程
(iii)前記工程(ii)により得られた補正スペクトルデータの各波長における吸光度の二次微分値に対して、PLS回帰分析により得られる回帰係数をそれぞれ乗算して足し合わせた値を算出する工程
ここで前記(iii)の工程により得られた値は前記プラスチックまたはゴムの所望の性質の推測値を示す。このように、本発明の分析方法はプラスチックまたはゴム材の劣化等による破断伸び等の所望の性質の低下を非破壊的に分析することを可能とする。
【0011】
本発明において所望の性質を分析可能な「プラスチックまたはゴム」は近赤外光を吸収し、それを計測できるものであれば限定されない。このようなプラスチックとしては、以下に限定されないが、ポリプロピレン、ポリエチレン、ポリスチレン、ポリウレタン、ポリ乳酸、ナイロン、ポリカーボネート、ポリ塩化ビニル、ABS樹脂、ポリエステル、および、アクリル樹脂を挙げることができ、またゴムには合成ゴムまたは天然ゴムが含まれる。
【0012】
「所望の性質」には、破断伸び率、引張強度、降伏応力、最大応力、破断応力、破断ひずみ、弾性率、弾性係数、上降伏点、下降伏点が含まれる。好ましい実施の形態において所望の性質は破断伸び率である。
【0013】
上記のように本発明の分析方法は、「(i)プラスチックまたはゴムの近赤外線領域の吸光度を測定する工程」を含む。
ここで、吸光度を測定する近赤外線領域は、プラスチックまたはゴムの成分が吸収する波長に基づいて選択することができる。例えばプラスチックがプリプロピレンの場合、1200~2500nmの波長領域とすることができ、その他のプラスチックまたはゴムについても当業者であれば適宜、対象とするプラスチックまたはゴムに応じて吸収する波長に基づき近赤外線領域を選択することができる。
測定する近赤外線領域は対象とするプラスチックまたはゴムの官能基が光吸収を示す近赤外光の波長の範囲とすることでプラスチックまたはゴムの所望の性質をより確度高く分析することができる点において好ましい。例えばプラスチックがプリプロピレンの場合、1600~1900nmの波長領域がより好ましい。
吸光度の測定は、特定の近赤外線領域に含まれる各波長すべてについて測定する。例えば、1600~2000nmの波長領域の吸光度を測定する場合、1nmごと(すなわち1600nm、1601nm、1602nm、・・1999nm、2000nm)における吸光度を測定する。測定する波長の間隔は短いほうが好ましく、測定機器における測定間隔の下限であることが好ましい。吸光度を測定する波長の間隔は1nmが好ましいがこれに限定されず、例えば2nmとしてもよい。一定の波長間隔ごとに吸光度を測定することにより、対象のプラスチックまたはゴムについて特定の近赤外線領域における近赤外スペクトルデータを得ることができる。
吸光度の測定には、例えば、システムズエンジニアリング株式会社製の近赤外分光光度計NIRSCAN-MKIIのような市販の近赤外線分光装置を用いることができる。
【0014】
工程(i)において近赤外スペクトルデータを得た後、「(ii)工程(i)における吸光度の測定により得られた近赤外スペクトルデータを二次微分処理して補正スペクトルデータを得る工程」を行う。
特定の近赤外領域における吸光度を測定した後、得られたスペクトルデータを二次微分処理することによりベースライン補正する。これにより実際の値から大きく異なる恐れのあるプラスチックまたはゴムの結晶または非晶構造に由来する吸収ピークの高さを補正することができる。
【0015】
工程(ii)において補正スペクトルデータを得た後、「(iii)工程(ii)により得られた補正スペクトルデータの各波長における吸光度の二次微分値に対して、PLS回帰分析により得られる回帰係数をそれぞれ乗算して足し合わせた値を算出する工程」を行う。
本工程により得られた値は、プラスチックまたはゴムの所望の性質の推測値を示す。
【0016】
ここでPLS回帰分析とは重回帰分析と主成分分析を掛け合わせた線形回帰手法であり(Wold S, Sjostrom M, Eriksson L, Chemom. Intell. Lab. Syst.: 58, 109-130 (2001))、多重共線性の問題を解決する。PLS回帰分析は、目的変数と主成分の共分散が最大となるような主成分を説明変数の線形結合で作り出し、その主成分を用いて目的変数を推測する手法である。
「PLS回帰分析により得られる回帰係数」とは、所望の性質の状態を推測したいプラスチックまたはゴムの種類およびその所望の性質に応じて適宜最適な回帰係数を選択する。例えば、プラスチックがポリプロピレンであり、所望の性質が破断伸び率である場合、ポリプロピレンの破断伸び率を推測可能な回帰係数を使用する。回帰係数は、対象とするプラスチックまたはゴムごとに予め求めておいた係数を用いることができる。
【0017】
ここで「補正スペクトルデータの各波長における吸光度の二次微分値に対して、PLS回帰分析により得られる回帰係数を乗算して足し合わせた値を算出する」とは、具体的には下記式を用いて算出することができる。
【数2】
(式中、xは補正スペクトルデータにおける各波長の吸光度の二次微分値(説明変数)であり、bは各二次微分値に対応する回帰係数(各説明変数の回帰係数)であり、yは所望の性質の推測値(目的変数)を表す。nは二次微分値を有する波長の総数(説明変数の総数)である)
【0018】
一実施の形態において、上記(iii)の工程における前記回帰係数は、所望の性質について異なる状態にある複数のプラスチックまたはゴムにおける(ア)近赤外線領域の吸光度の二次微分値を説明変数とし、(イ)前記所望の性質の実測値を目的変数とするPLS回帰分析により得られる回帰係数とすることができる。
「所望の性質について異なる状態にある複数のプラスチックまたはゴム」とは、同一組成からなるプラスチックまたはゴムであって所望の性質が互いに異なる複数のプラスチックまたはゴムを意味する。例えば、所望の性質が破断伸び率である場合、同一組成からなるプラスチックまたはゴムであって異なる破断伸び率を有する複数のプラスチックまたはゴムを意味する。これら複数のプラスチックまたはゴムは、回帰係数を得るためのPLS回帰分析に用いる説明変数と目的変数を提供するために用いる。具体的には、これら複数のプラスチックまたはゴムより得られた近赤外スペクトルデータの各波長における吸光度を説明変数として用い、所望の性質の実測値を目的変数として用いる。
「所望の性質について異なる状態にある複数のプラスチックまたはゴム」は上述のように、PLS回帰分析に用いる説明変数と目的変数を提供できる限りにおいて調製方法は限定されない。好ましい一実施の形態において、「所望の性質について異なる状態にある複数のプラスチックまたはゴム」は劣化処理により作製することができる。劣化処理は、所望の性質を劣化させることができる限りにおいて限定されず、公知の手法(熱処理、光処理、吸湿処理)を採用することができる。例えば、所望の性質が破断伸び率である場合、一定期間の熱処理により行うことができる。なお、所望の性質について異なる状態にある複数のプラスチックまたはゴムを調製する場合、各プラスチックまたはゴムの劣化処理方法は同一の手法とすることが好ましい(すなわち、熱処理のみにより互いに所望の性質が異なる状態にある複数のプラスチックを調製する、など)。
調製すべき「所望の性質について異なる状態にある複数のプラスチックまたはゴム」の数は、当該複数のプラスチックまたはゴムを用いてPLS回帰分析により回帰係数を求めた際に、精度良く所望の性質を推測できる回帰係数を得られる限りにおいて限定されない。以下に限定されないが、例えば、10以上、20以上、50以上とすることができる。
【0019】
また「PLS回帰分析により得られる回帰係数」は、例えば下記工程(a)~(d)により得ることができる:
(a)前記所望の性質について異なる状態にある複数のプラスチックまたはゴムの近赤外線領域の吸光度をそれぞれ測定する工程と
(b)前記工程(a)における吸光度の測定により得られた近赤外スペクトルデータを二次微分処理して補正スペクトルデータを得る工程と
(c)前記所望の性質について異なる状態にある複数のプラスチックまたはゴムの前記性質の実測値をそれぞれ測定する工程と
(d)前記工程(b)により得られた補正スペクトルデータと、前記工程(c)により得られた前記性質の実測値データとを用いて、機械学習によりPLS回帰分析を行い、前記回帰係数を得る工程
【0020】
工程(a)における吸光度の測定や、工程(b)における補正スペクトルデータを得る方法は、上記工程(i)および(ii)と同様に行うことができる。
工程(c)における、プラスチックまたはゴムの所望の性質の実測値を測定する手法は限定されず、対象のプラスチックまたはゴムや所望の性質により適宜好ましい公知の手法を採用することができる。例えば、所望の性質として破断伸び率を測定したい場合には、市販の引張試験機を用いて測定することができる。
上記工程(a)により得られた補正スペクトルデータと、上記工程(b)により得られた所望の性質の実測値データとを用いて、機械学習によりPLS回帰分析を行う手法は公知であり、市販のプログラム(例えば、CAMO Analytic社製The Unscrambler)を用いることで実施することができる。
なおPLS回帰分析において用いる主成分数は、交差検定において標準偏差が最も低い組み合わせを選択すればよい。交差検定には公知のプラグラム(例えば、CAMO Analytic社製The Unscrambler)を用いることができる。
【0021】
以下に具体的な実施例等を挙げて、本発明を更に詳細に説明する。しかしながら、下記実施例は、本発明を何ら限定するものではない。
【実施例】
【0022】
以下の実施例では、ポリプロピレンフィルム(合計22検体)の近赤外スペクトルの測定を行い、このうち15検体を学習用データ、7検体をテストデータとして用いた。学習用データのスペクトルのPLS回帰分析を行い、スペクトルデータから破断伸びを予測可能な回帰モデルを構築した。得られた回帰モデルを用いてテストデータ7検体についてスペクトルデータからそれぞれの破断伸びを予測した。
【0023】
(1.サンプル作製)
ポリプロピレン(PP)サンプルは溶融混錬機に設置したT-ダイ押出し機で作製した。PPペレットを回転速度200rpm、温度180℃の下で溶融混錬した後、T-ダイ内で回転速度45rpm、温度180℃の条件下でさらに混錬した。混錬したPPは80℃において、1m/minの速度で0.4mmのリップランドから射出成型した。射出したPPのシートはロールスタックにより80℃、1m/minの速度で巻き取った。JIS K 6251に沿ってPPシートからダンベル片を型抜きし作成した。
【0024】
(2.劣化処理)
PPのダンベル片はオーブンで130℃の温度下で32日間劣化処理を行った。劣化処理期間中、規定日数(劣化処理1、2、3、4、7、9、10、11、14、15、17、18、21、22、23、24、25、28、29、30、31、または、32日後)に達したダンベル片を取り出し、近赤外スペクトル測定と引張試験を行った。
【0025】
(3.破断伸びの測定)
島津社製引張試験機を用いて規定日数劣化処理した各PP試料の破断伸び率(%)を測定した。室温25℃の下、10mm/minの速度で試料を延伸し、破断伸びを測定した。得られた各PP試料中の破断伸び率のうち学習データは、下記6.PLS回帰分析の目的変数に用いた(下記表1参照)。
【表1】
【0026】
(4.近赤外スペクトル測定)
システムエンジニアリング社製の近赤外分光器を用い、1600~2000nmの波長領域、積算回数64回の条件下で劣化処理したPPサンプル22個のスペクトルの測定を行った。得られた22検体のスペクトルデータを
図2に示す。
【0027】
(5.近赤外スペクトルの解析)
測定した近赤外スペクトル(
図2)は光散乱によるベースラインシフトが強く表れている。加えて、PPの結晶や非晶構造に由来する吸収ピークが重なり合って現れることで、ピーク高さが実際の値とは大きく異なっている。このためベースラインの変動とピークの重なり合いを除去するために二次微分処理を行った。二次微分処理後のベースライン補正したスペクトルを
図3に示す。得られた補正スペクトルデータのうち学習データについて、下記6.PLS回帰分析の説明変数に用いた。
【0028】
(6.PLS回帰分析)
二次微分処理した学習データの近赤外スペクトルにPLS回帰分析を適用し、PPの破断伸びを推定する学習モデル(回帰係数)を算出した。PLS回帰分析にはCAMO Analytic社製The Unscramblerを用いた。具体的には、説明変数として学習データ用検体の1600~2000nmのスペクトルデータであって1nmごとの補正スペクトルデータ(劣化処理1~32日)を用い、目的変数として学習データ用検体の破断伸び率(劣化処理1~32日)を用いた。また交差検定法の結果から、第一主成分及び第二主成分のスコアを用いてPLS回帰分析を行ったものが最も予測誤差(予測値標準偏差)が小さいモデルであることが示された(
図4)。
【0029】
第一主成分及び第二主成分のスコアを用いてPLS分析を行い算出された回帰係数(
図5)は、結晶構造に由来する吸収ピーク(1706nm)が現れている波長位置では、回帰係数が大きなマイナス値を持つことを示した。一方、非晶構造に由来する吸収ピーク(1691nm)が現れている波長位置では、回帰係数が大きなプラス値を持つことを示した。このことから得られた学習モデルはPPの結晶と非晶の量的変化に関する情報を基に破断伸びを推定していることが明らかになった。
【0030】
(7.回帰係数を用いた破断伸び率の算出)
上記のように学習データの近赤外線スペクトルデータおよび破断伸び率を用いることで、破断伸び率を推測可能な回帰係数を得ることができた。具体的には、下記式を用いることでポリプロピレンの破断伸び率を推測することができる。なお回帰係数は、
図5で示す値を用いることができる。
【数3】
(式中、xは補正スペクトルデータにおける各波長の吸光度の二次微分値(説明変数)であり、bは各二次微分値に対応する回帰係数(各説明変数の回帰係数)であり、yは所望の性質の推測値(目的変数)を表す。nは二次微分値を有する波長の総数(説明変数の総数)である)
上記式および回帰係数を用いて学習データおよびテストデータのPPサンプルの破断伸びを予測しところ、学習データだけでなく、テストデータにおいても高い予測精度が得られることが示された(
図6及び下記表2)。
【表2】