(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-10-18
(45)【発行日】2024-10-28
(54)【発明の名称】自己修復多層薄膜およびその製造方法
(51)【国際特許分類】
B32B 7/02 20190101AFI20241021BHJP
B05D 1/36 20060101ALI20241021BHJP
B05D 7/24 20060101ALI20241021BHJP
B05D 5/00 20060101ALI20241021BHJP
C08L 101/14 20060101ALI20241021BHJP
C08K 11/00 20060101ALI20241021BHJP
B32B 27/00 20060101ALI20241021BHJP
【FI】
B32B7/02
B05D1/36 Z
B05D7/24 303A
B05D7/24 301C
B05D5/00 Z
C08L101/14
C08K11/00
B32B27/00 C
(21)【出願番号】P 2020125567
(22)【出願日】2020-07-22
【審査請求日】2023-05-11
(73)【特許権者】
【識別番号】301021533
【氏名又は名称】国立研究開発法人産業技術総合研究所
(72)【発明者】
【氏名】真部 研吾
(72)【発明者】
【氏名】栗原 一真
(72)【発明者】
【氏名】中野 美紀
(72)【発明者】
【氏名】三宅 晃司
【審査官】増田 亮子
(56)【参考文献】
【文献】特表2007-526294(JP,A)
【文献】国際公開第2019/170858(WO,A1)
【文献】特開2000-014331(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B32B 1/00-43/00
B05D 1/00-7/26
C08L 101/14
C08K 11/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
多層薄膜の薄膜構成材料が、一つ以上の組み合わせにおいて分子間相互作用による層間結合を形成でき、かつ水を含む溶媒に可溶か分散できる材料からなる多層薄膜において、
前記多層薄膜が、ポリカチオン層とポリアニオン層が交互積層した多層薄膜であり、
塩化カルシウムが、
前記ポリカチオン層と前記ポリアニオン層の少なくとも一層に含まれて
おり、
前記ポリカチオン層および/またはポリアニオン層が、吸水による膨潤性を示す電解質ポリマーであることを特徴とする、自己修復能を有する多層薄膜。
【請求項2】
前記ポリカチオン層またはポリアニオン層の厚さが1nm~1μmであり、多層薄膜の厚さが100nm~1mmである、請求項
1に記載の自己修復能を有する多層薄膜。
【請求項3】
多層薄膜の薄膜構成材料が、一つ以上の組み合わせにおいて分子間相互作用による層間結合を形成でき、かつ水を含む溶媒に可溶か分散できる材料からなる多層薄膜において、
前記多層薄膜が、ポリカチオン層とポリアニオン層が交互積層した多層薄膜であり、
前記ポリカチオン層および/またはポリアニオン層が、吸水による膨潤性を示す電解質ポリマーであり、
前記ポリカチオン層と前記ポリアニオン層の少なくとも一層に、塩化カルシウムを含ませることを特徴とする、多層薄膜の自己修復速度を向上させる方法。
【請求項4】
塩化カルシウムの濃度が、ポリカチオンおよび/またはポリアニオンに対する質量パーセント濃度比で0.05倍~2倍である、請求項
3に記載の多層薄膜の自己修復速度を向上させる方法。
【請求項5】
塩化カルシウムを添加した、ポリカチオンおよび/またはポリアニオンの水溶液を調整し、交互吸着法により吸着させるポリカチオン層および/またはポリアニオン層の少なくとも一層に、塩化カルシウムを含ませることを特徴とする、自己修復能の向上した多層薄膜の製造方法
であって、
前記ポリカチオン層および/またはポリアニオン層が、吸水による膨潤性を示す電解質ポリマーである自己修復能の向上した多層薄膜の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、表面に傷が発生しても自然治癒する自己修復材料、自己修復薄膜、及び自己修復コーティングの分野に属し、2種類以上の構成材料を順次積層した多層の自己修復高分子材料に関する。
【背景技術】
【0002】
自己修復材料とは、損傷部をそれ自身で修復することや、ピンホールなどの微小欠陥があっても材料の反応によって、表面が均一に修復材料で保護することが可能な材料のことを指し、自己修復材料を用いることによって、プロダクトや構造物の耐久性が増し、製品自体の信頼性の向上や社会全体のコスト低減に繋がると期待されている。
【0003】
自己修復には物理的修復と化学的修復の2種類がある。物理的修復とは、材料の硬度を向上させ傷防止から軽度の傷を自己修復する自己修復材料自身の弾性回復範囲で、変形を自己修復できるもので、傷に対しての修復速度が数秒から数十秒以内と比較的速いという特徴がある。弾性回復により主に凹み等の傷を修復することができるが、破れやひび割れ(クラック)といった材料自体が破断した場合には、その破断箇所を修復できないという問題がある(特許文献1)。
【0004】
一方、化学的修復においては、特定の高分子材料に化学的な反応剤を内包したマイクロカプセルや中空フィラーを混合し、傷の発生に伴いそれらが破壊され、内部の化学反応剤がその高分子材料中に広がることによって、損傷箇所を自己修復するという方法が提案されている(非特許文献1~3)。また、分子架橋構造に対して多数のダングリング鎖を結合させた結晶性高分子架橋体が提案されており(特許文献2、3)、この高分子架橋体では、結晶融点以上で活発となるダングリング鎖のからみ合い相互作用によって、自己修復性の機能が発現している。しかしながら、これら高分子架橋体では、高温加熱による処理を行わなければ自己修復機能が発揮されず、また、破損、修復を繰返すうちに、自己修復性が低下しやすいという欠点を有していた。
【0005】
近年では、ポリロタキサンのホスト・ゲスト構造を利用したもの(特許文献4)や、ヒドロゲル、アクアマテリアルといったゲル(特許文献5)といった室温における可逆的な結合の性質を持つ物質を用いて自己修復材料を構築することが行われている。
中でも加熱処理を必要としない化学的修復の代表例として、交互吸着法によって作製された多層薄膜が知られている(特許文献6、7、非特許文献4)。交互吸着法とは、高分子の多層膜や高分子・無機複合多層膜等、材料の分子間相互作用を利用して基材上に薄膜を積層する手法で、ナノからマイクロスケールで膜厚、凹凸、空隙等が制御可能であり、基材を選ばず、多様な物質を含有できることから基礎から応用まで幅広く研究が行われている。
【0006】
交互吸着法によって作製された自己修復多層膜は、その構成材料と親和性がある水が多層膜に付着することで、自己修復することができるという特徴を有し、破断した場合には、その基材に沿って多層膜が移動し、再度破断面において材料同士の分子間相互作用を利用した結合を生み出す特性により、破れやひび割れ(クラック)等を修復できる(非特許文献4)。しかしながら、修復時間が最短でも50μmの傷で5分程度(特許文献6)であり、物理的修復における数秒から数十秒という修復速度に比べ、数十分から数時間と非常に遅いという問題がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【文献】特許第5928334号公報
【文献】特許第5145564号公報
【文献】特開2008-239722号公報
【文献】特許第6300926号公報
【文献】国際公開2014/046124号
【文献】中国特許登録第102319662号公報
【文献】中国特許登録第102641830号公報
【非特許文献】
【0008】
【文献】Nature (2001) Vol.409, pp.794-797
【文献】J. Mater. Sci. (2004) Vol.39, pp.1703-1710
【文献】Composites Sci. Technol. (2005) Vol.65, pp.1791-1799
【文献】Xu Wang, Feng Liu, Xiwei Zheng, Junqi Sun, Angew. Chem. Int. Ed. (2011) Vol.50, pp.11378-11381.
【文献】Macromolecules (2002) Vol.35, pp.889-897
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、破れやひび割れに対して損傷面を自己修復させることができるだけでなく、修復速度が非常に遅いという化学的修復の欠点を改善した、自己修復能の向上した多層薄膜およびその製造方法を提供することを課題とする。
また、本発明は、化学的自己修復材料の修復速度を物理的修復と同等まで向上できる、多層薄膜の自己修復速度を向上させる方法を提供することをその課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、上記課題を解決するため鋭意研究を行い、多層薄膜の薄膜構成材料が、一つ以上の組み合わせにおいて分子間相互作用による層間結合を形成でき、水を含む溶媒に可溶か分散できる材料からなるもの、特に、ポリカチオン層とポリアニオン層が交互積層した多層薄膜において、少なくとも一層に吸湿性物質を含ませると、その潮解性と水分吸収性により、水の存在下での多層薄膜の自己修復速度が向上することを見出し、本発明を完成するに至った。
【0011】
本発明は、下記(1)~(4)の自己修復能を有する多層薄膜に係るものである。
(1)多層薄膜の薄膜構成材料が、一つ以上の組み合わせにおいて分子間相互作用による層間結合を形成でき、かつ水を含む溶媒に可溶か分散できる材料からなる多層薄膜において、吸湿性を有する塩類および吸湿性を有する強電解質の高分子からなる群より選ばれる吸湿性物質が、少なくとも一層に含まれていることを特徴とする、自己修復能を有する多層薄膜。
(2)前記多層薄膜が、ポリカチオン層とポリアニオン層が交互積層した多層薄膜である、上記(1)に記載の自己修復能を有する多層薄膜。
(3)前記ポリカチオン層および/またはポリアニオン層が、吸水による膨潤性を示す電解質ポリマーである、上記(2)に記載の自己修復能を有する多層薄膜。
(4)前記ポリカチオン層またはポリアニオン層の厚さが1nm~1μmであり、多層薄膜の厚さが100nm~1mmである、上記(2)または(3)に記載の自己修復能を有する多層薄膜。
【0012】
また本発明は、下記(5)~(8)の多層薄膜の自己修復速度を向上させる方法、および(9)の自己修復能の向上した多層薄膜の製造方法に係るものである。
(5)多層薄膜の薄膜構成材料が、一つ以上の組み合わせにおいて分子間相互作用による層間結合を形成でき、かつ水を含む溶媒に可溶か分散できる材料からなる多層薄膜において、少なくとも一層に、吸湿性を有する塩類および吸湿性を有する強電解質の高分子からなる群より選ばれる吸湿性物質を含ませることを特徴とする、多層薄膜の自己修復速度を向上させる方法。
(6)前記多層薄膜が、ポリカチオン層とポリアニオン層が交互積層した多層薄膜である、上記(5)に記載の多層薄膜の自己修復速度を向上させる方法。
(7)前記吸湿性物質の濃度が、ポリカチオンおよび/またはポリアニオンに対する質量パーセント濃度比で0.05倍~2倍である、上記(6)に記載の多層薄膜の自己修復速度を向上させる方法。
(8)前記ポリカチオン層および/またはポリアニオン層が、吸水による膨潤性を示す電解質ポリマーである、上記(6)または(7)に記載の多層薄膜の自己修復速度を向上させる方法。
(9)吸湿性を有する塩類および吸湿性を有する強電解質の高分子からなる群より選ばれる少なくとも1種の吸湿性物質を添加した、ポリカチオンおよび/またはポリアニオンの水溶液を調整し、交互吸着法により吸着させるポリカチオン層および/またはポリアニオン層の少なくとも一層に、前記吸湿性物質を含ませることを特徴とする、自己修復能の向上した多層薄膜の製造方法。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、吸湿性物質を添加させるだけで、物理的修復に匹敵する修復速度を有する自己修復多層薄膜が容易に得られる。また、従来の化学的自己修復膜では、損傷時に修復材料の放出等を行うためにある程度の厚み(1cm以上)が必要であるが、本発明においては、膜厚が先行技術と比較して、全体の膜厚が100nm~1mmの薄い多層膜においても効果的である。水を含む液体中で多層薄膜の構成材料が流動性を示し、損傷した箇所において基材表面に沿ってその構成材料が膨潤するこの自己修復性能は、繰り返し自己修復可能なサイクル性能を示す。
【0014】
さらに、自己修復多層薄膜を膨潤させるための水分として、雨水や空気中の水蒸気が利用できるので、材料に傷が付いてもその傷を自然に修復することができるため、製品の耐久性が向上することから、化学的な自己修復材料の用途拡大に寄与する。
本発明の自己修復性能の向上した多層薄膜は、例えば、医療用、光学機器(ディスプレイ、レンズ、ガラス、メガネ、パソコン・スマートフォンの画面)、食品、電子材料、農業材料、建築材料(建物の外壁、窓)、玩具、バイオ基材(人工血管表皮、人工臓器表皮等)、自動車等の輸送機器での、様々な部材や表面コーティング剤として幅広い分野で使用できる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【
図1】実施例の塩化カルシウムを添加した自己修復多層薄膜の、水浸漬時間別のレーザー顕微鏡による表面観察の写真。
【
図2】塩化ナトリウムを添加した自己修復多層薄膜の、水浸漬時間別のレーザー顕微鏡による表面観察の写真。
【
図3】損傷前の多層薄膜の高さを基準とした破断面が、水浸漬により回復する時間について、吸湿性物質の有無での比較を示す。
【
図4】水浸漬による多層薄膜の体積当たりの水分含有量について、吸湿性物質の有無での比較を示す。
【
図5】吸湿性物質の有無による、多層薄膜中の官能基の変化を吸収強度で示す。
【発明を実施するための形態】
【0016】
本発明は、自己修復性能が向上した多層薄膜およびその製造方法に関する。
本発明の多層薄膜とは、交互吸着法等の自己組織化の多層膜製造方法を用いて、基材上に形成される多層薄膜である。
【0017】
多層薄膜の製造には、公知の交互吸着法等の自己組織化の多層薄膜製造方法のいずれも用いることができる。例えば、ディップ(浸漬)方式、スプレー方式、ロール・ツー・ロール方式、キャスト方式、スピンコート方式、バキューム方式、遠心方式等の自己組織化製造方法により多層薄膜を得ることができる。
これらの方式は単独でもよく、また2つ以上の方式を組み合わせてもよい。例えば、ディップ方式で一方の材料の溶液に基材を浸漬させた後に、スプレー方式で片方の材料の溶液を基板に吹き付けて、多層薄膜を形成することもできる。
【0018】
交互吸着法は、特殊な装置を要さない積層型の超薄膜作成法であり、基板を反対電荷を持つ高分子電解質であるポリアニオンとポリカチオンの水溶液中に交互に浸すだけでナノからマイクロメートルオーダーの厚さ(1nm~1μm)の薄膜が任意の層数・所望の積層順で固定化できる超薄膜形成法であり、本発明のポリカチオン層とポリアニオン層が交互積層した多層薄膜の作成に好適に用いられる。
【0019】
多層薄膜構成材料は、一つ以上の組み合わせにおいて、分子間相互作用による層間結合を形成できる必要がある。この分子間相互作用は、各々の材料の官能基が化学的な引力を有していればよいため、静電相互作用(クーロン相互作用、分極・双極子モーメント相互作用、イオン・双極子相互作用、双極子間相互作用、誘起双極子相互作用含む)、ファンデルワールス相互作用、水素結合、水素原子とπ電子との相互作用、π電子間の相互作用、配位結合を介した相互作用、電荷移動相互作用、疎水性相互作用のいずれか、もしくは2つ以上が材料同士の間に存在していれば良い。ポリカチオンとポリアニオンで構成される多層膜は、それらが静電結合によって基材上に交互に層ごとに堆積されていき、多層膜が形成される。
【0020】
本発明の多層薄膜を構成する2種類以上の多層膜材料、例えば高分子電解質であるポリカチオンとポリアニオンは、水を含む溶媒に可溶、もしくは分散可能な材料である。また、その多層膜材料のうち1種類以上は吸水することで膨張性を示す高分子材料であって、特に、主鎖または側鎖にヒドロキシル基、カルボキシ基、アミノ基を有する高分子電解質を使用した場合に、自己修復効果が顕著でとなる。
例えば、ポリアリルアミン塩酸塩、ポリエチレンイミン、分岐型ポリエチレンイミン、ポリビニルイミン、ゼラチン、チアゾリニルピリジン集合体、キトサン、L-リシン集合体、ポリアニリン、ポリアクリル酸、アルギン酸、ヒアルロン酸、ポリエーテルケトン、グルカン、ポリビニルアルコール、ヘパリン、アルブミン、コラーゲン、ポリエチレンベンゼンスルホン酸ナトリウム塩、スルホン化ポリエーテルケトン、ポリメチルアクリル酸、ポリプロピレンアミン、フィチン酸、ポリエチレングリコール等が挙げられる。
【0021】
本発明において、多層薄膜の少なくとも一層に含有させる吸湿性物質とは、吸湿性、潮解性があり、加水分解することで電離する性質を有する物質である。吸湿性を有する塩類等の電離性を有する添加剤としては、塩化リチウム、塩化ベリリウム、塩化アンモニウム、塩化マグネシウム、塩化アルミニウム、塩化カルシウム、塩化鉄(III)、塩化コバルト(II)、塩化ニッケル(II)、塩化銅(II)、塩化亜鉛、塩化ストロンチウム、塩化カドミウム、塩化スズ(II)、塩化セシウム、塩化白金(IV)等の塩化物、塩素酸アンモニウム、過塩素酸ナトリウム、塩素酸ナトリウム、過塩素酸マグネシウム、亜塩素酸カリウム、過塩素酸カルシウム、塩素酸カルシウム等の塩素酸塩、酢酸アンモニウム、酢酸マグネシウム、酢酸カリウム、酢酸カルシウム等の酢酸塩、硫酸リチウム、硫酸水素リチウム、硫酸アンモニウム、硫酸水素アンモニウム、亜硫酸アンモニウム、硫酸ナトリウム、硫酸水素ナトリウム、硫酸マグネシウム、硫酸水素マグネシウム、亜硫酸マグネシウム、硫酸アルミニウム、硫酸水素カリウム、硫酸水素カルシウム、硫酸マンガン(II)、硫酸銅(II)、硫酸水素ストロンチウム、硫酸カドミウム、硫酸スズ(II)、硫酸水素バリウム、硫酸水素鉛(II)等の硫酸塩、硫化リチウム、硫化アンモニウム、硫化ナトリウム、硫化水素ナトリウム、硫化カルシウム等の硫化物、硝酸リチウム、亜硝酸リチウム、硝酸ナトリウム、亜硝酸ナトリウム、硝酸マグネシウム、亜硝酸マグネシウム、硝酸アルミニウム、亜硝酸カリウム、硝酸カルシウム、亜硝酸カルシウム、硝酸鉄(II)、硝酸鉄(III)、硝酸コバルト(II)、硝酸ニッケル(II)、硝酸銅(II)、硝酸亜鉛、硝酸カドミウム、硝酸水銀(II)等の硝酸塩、フッ化リチウム、フッ化ベリリウム、フッ化アンモニウム、フッ化ナトリウム、フッ化銅(II)、フッ化セシウム等のフッ化物、臭化リチウム、臭化ベリリウム、臭化ナトリウム、臭化マグネシウム、臭化アルミニウム、臭化銅(II)、臭化亜鉛、臭化バリウム等の臭化物、ヨウ化リチウム、ヨウ化ベリリウム、ヨウ化ナトリウム、ヨウ化アルミニウム、ヨウ化鉄(II)、ヨウ化亜鉛、ヨウ化セシウム、ヨウ化バリウム、ヨウ化ストロンチウム等のヨウ化物、その他、リン酸カリウム、リン酸水素ナトリウム、チオシアン酸ナトリウム、チオシアン酸カリウム、過マンガン酸カルシウム、過マンガン酸ナトリウム、クロム酸ナトリウム、二クロム酸ナトリウム、炭酸カリウム、炭酸セシウム、五酸化二ヒ素、ヘキサクロリド白金(IV)酸ナトリウム等が挙げられる。
また、その中でも、塩化カルシウムは、吸湿性、潮解性が強い理由から、多層薄膜の自己修復性能の向上が著しい。
【0022】
また、吸湿性を有する強電解質の高分子としては、ポリスチレンスルホン酸、ポリジアリルジメチルアンモニウムクロリド等が挙げられる。
本発明における吸湿性物質は、これらの吸湿性を有する塩類および吸湿性を有する強め電解質の高分子からなる群より選ばれる少なくとも1種であり、単独で用いても2種以上を添加してもよい。また、多層膜材料の各溶液に異なる吸湿性物質を添加してもよく、片方の溶液のみに添加してもよい。
【0023】
本発明の吸湿性物質が多層薄膜を構成する薄膜に含まれていると、水が存在する場合に、多層薄膜の体積あたりの水分吸収量が向上すること、および多層薄膜材料内に化学的な引力に寄与しない、チャージしていない官能基を生み出すことが確認された。非特許文献5でも、多層薄膜への塩化ナトリウムの添加により高分子電解質の解離度が変化することが報告されている。
本発明では、吸湿性物質が含まれていると、多層薄膜の体積あたりの水分吸収量が向上して多層薄膜材料が膨潤しやすくなり、かつ、多層薄膜材料内に化学的な引力に寄与しない官能基を生み出すことで、多層膜材料間に働く分子間相互作用が弱まることになる。このように、水が存在する場合に材料の分子間の結合の破断と再結合が生じやすくなることにより、多層薄膜材料が基材表面に沿って移動しやすくなり、破断面において再度結合を形成することから、自己修復速度の向上が実現できると考えられる。
【0024】
吸湿性物質を多層薄膜の少なくとも一層に含ませるためには、吸湿性物質を少なくとも多層膜材料の1つの調整溶液に添加する。たとえば、交互吸着法によりポリカチオン層とポリアニオン層を交互に吸着させる場合、ポリカチオン溶液とポリアニオン溶液のいずれか一方、または両方に添加する。また、ポリカチオン溶液、ポリアニオン溶液のそれぞれで、吸湿性物質を添加したものと添加していない2種類の溶液を調整して、交互吸着工程の途中で、吸湿性物質を添加した、または添加していないポリカチオン溶液、ポリアニオン溶液に変更して用いることができる。各々の溶液の濃度は1mol/L以下であり、好ましくは1mmol/L~100mmol/Lが多層薄膜の成膜の観点から効果的である。
【0025】
各調整溶液に添加する吸湿性物質の濃度は、各溶媒中の多層薄膜材料に対する質量パーセント濃度比で10倍以下であり、好ましくは0.05倍~2倍が、さらに好ましくは0.1倍~1倍が、自己修復速度の向上と長期間にわたる良好な自己修復性能の維持の観点から好ましい。また、各多層膜材料の溶液に異なる濃度の吸湿性物質を添加してもよい。たとえば、一方の材料の溶液には、材料に対する質量パーセント濃度比1倍で吸湿性物質を添加し、他方の材料の溶液には材料に対する質量パーセント濃度比0.1倍の吸湿性物質を添加した場合にも良好な自己修復性能が得られる。
修復速度は添加する吸湿性物質の濃度によって変わる。各溶媒中の多層薄膜材料に対する質量パーセント濃度比で0.2倍~0.8倍を添加することにより修復速度が最大化する。その添加量を修復速度の最大ピーク値としたとき、それ未満、もしくはそれより多い添加量では、修復速度は無添加と比較し向上するが、最大ピーク値の修復速度よりも遅くなる。
【0026】
本発明の多層薄膜は基材上に形成される。その多層薄膜の全体の膜厚が100nm~1mm、好ましくは500nm~500μmである場合に、良好な効果が得られる。また、多層薄膜材料の各層毎の膜厚は1nm~1μm、好ましくは100nm~500nmであると効果的である。
多層薄膜を形成する基材は、表面が薄膜の構成物質を含む溶媒に対し、接触角90度未満であることが望ましいが、溶媒に対して接触角90度以上であってもアルカリ処理やUV/O3処理等により、表面を親水化処理できる場合は成膜ができる。
【0027】
本発明の多層薄膜は、水または水を含有する液体と多層薄膜の接触により、多層薄膜が水を吸収し、破断面における自己修復が行われる。水または水を含有する液体のpHは3~10、好ましくはpH5~8である場合に、自己修復速度の向上が顕著である。修復可能な破断面の大きさは幅1mm以下、深さは最大で1mm以内であり、好ましくは幅500μm以下、若しくは、深さ500μmの場合に、長期間にわたる良好な自己修復性能が維持される。
【実施例】
【0028】
以下、本発明を実施例に基づいて詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例により限定されるものではない。
[吸湿性物質を含む多層薄膜の製造]
静電相互作用を利用した交互吸着法により、多層薄膜を形成した。ポリカチオンとして分岐型ポリエチレンイミンを、ポリアニオンとしてポリアクリル酸を選択した。それぞれの高分子を4mg/mLで水に溶解させ、そこに塩化カルシウムを1mg/mL添加した。また比較のためのコントロールとして、塩化カルシウムを添加していない溶液も調整した。また他の添加剤との比較のため、それぞれの高分子を4mg/mLで水に溶解させ、そこに吸湿性・潮解性が弱い塩化ナトリウムを1mg/mL添加した溶液を作製した。基材としてスライドガラスを選択し、洗浄した後、各溶液に交互に浸漬させた。各溶液における浸漬時間は15分とした。カチオン溶液、アニオン溶液の両方に基材を浸漬した場合を1回とカウントし、これを30回繰り返し、約50μmの膜厚の多層薄膜を形成した。
【0029】
[自己修復性能の評価方法]
自己修復性能を評価するために、塩化カルシウムなしの多層薄膜、塩化カルシウムありの多層薄膜にカッターで幅100μm程度の傷をつけて破断させ、その多層薄膜を浸漬時間を変えて純水に浸漬させた。水の浸漬時間は、浸漬前(0秒)、5秒、10秒、30秒、60秒、300秒とした。自己修復性能の評価を以下の(1)~(4)の方法で行った。
(1)浸漬時間ごとの表面観察をレーザー顕微鏡で行い、破断面が修復しているかを評価した。また、(2)破断面(損傷部位)と損傷前の薄膜高さの面間段差が0以上となった時を修復が完了した時間とみなし、その時間を評価した。さらに、(3)多層薄膜の水分量の評価を電子天秤で行い、(4)多層薄膜の化学結合の評価を赤外分光分析で行った。
塩化ナトリウムを添加した多層薄膜も同様の手順において評価した。
【0030】
[自己修復性能の評価結果]
(1)レーザー顕微鏡による水浸漬時間別の表面観察
損傷後の添加剤(塩化カルシウム)なしの多層薄膜、添加剤(塩化カルシウム)ありの多層薄膜の修復時の表面観察結果を
図1に示す。添加剤なしの多層薄膜においては60秒の水浸漬後に損傷痕が見られ、浸漬時間300秒においてもわずかに損傷痕が観察された。
一方、添加剤(塩化カルシウム)ありの多層薄膜の場合、水浸漬時間5秒においてわずかに損傷痕が見られるが、10秒以降では損傷痕の視認が困難になる程度に破断面が修復していることが観察された。
また、吸湿性・潮解性の弱い添加剤(塩化ナトリウム)ありの多層薄膜の修復時の表面観察結果を
図2に示す。添加剤(塩化ナトリウム)ありの多層薄膜の場合、水浸漬時間120秒以降において損傷痕の視認が困難になる程度に破断面が修復していることが観察された。
【0031】
(2)損傷前の多層薄膜高さを基準とした時の破断面の深さ
水の浸漬時間別に、添加剤(塩化カルシウム)なしの多層薄膜、添加剤(塩化カルシウム)ありの多層薄膜の破断面の深さを評価した。結果を
図3に示す。破断面の深さは損傷前の多層薄膜の高さを0μm(基準高さ)とし、そこからの深さを評価した。添加剤なしの場合、基準高さに到達したのは水に300秒浸漬した場合であり、添加剤なしの多層薄膜では、自己修復するためには水に300秒以上浸漬する必要があるということが分かった。
一方、添加剤(塩化カルシウム)ありの多層薄膜では、水浸漬時間10秒後に、すでに基準高さを超えていることがわかり、添加剤を入れた場合には10秒以上の水の浸漬で修復するという結果から、添加剤を入れることによって多層膜の修復時間は1/30まで短縮されるということが明らかになった。
【0032】
(3)多層薄膜の体積あたりの水分含有量
多層薄膜を1分間水に浸漬した後に評価した多層薄膜の体積あたりの水分含有量を
図4に示す。添加剤(塩化カルシウム)なしの多層薄膜と添加剤(塩化カルシウム)ありの多層薄膜を比較すると、添加剤を入れることによって、体積あたりの水分含有量が13%向上しており、吸湿性物質である塩化カルシウム自体が、水分含有量向上に寄与することが確認された。
【0033】
(4)多層薄膜中の化学結合
赤外分光分析による多層薄膜の化学結合解析結果を、
図5に示す。本実施例の多層薄膜では、分岐型ポリエチレンイミンのイミン基のカチオンとポリアクリル酸のカルボキシル基のアニオンが静電相互作用を引き起こし、静電結合により強固な層間結合を形成している。そのため添加剤(塩化カルシウム)なしの場合においては、1560cm
-1付近にCOO
-の強いピークが観察され、1710cm
-1付近に存在するCOOHのピークは観察されていないことから、この多層薄膜中ではカルボキシル基のほとんどが解離し、静電結合していることがわかる。
一方、添加剤(塩化カルシウム)ありの多層薄膜においては、添加剤なしと比較した場合に、COO
-のピークに対するCOOHのピークが相対的に大きくなっていることから、これは多層薄膜内にCOOHのピークが残存しており、添加剤なしの多層薄膜とは異なり、層間の結合に寄与しない解離していない官能基が存在していることがわかる。
【0034】
以上の結果により、吸湿性物質の添加によって、多層薄膜の体積あたりの水分吸収量が向上し、多層薄膜材料内に化学的な引力に寄与しない官能基が生み出されることが判明した。多層薄膜の体積あたりの水分吸収量が向上することで、多層薄膜材料が膨潤しやすくなり、また、多層薄膜材料内に化学的な引力に寄与しない官能基を生み出すことで、多層薄膜材料間に働く分子間相互作用が弱まり、水が存在する場合においての結合の破断と再結合が材料の分子間生じやすくなっている。
これらの相互作用により、多層薄膜材料が基材表面に沿って移動しやすく、破断面において再度結合を形成することから、自己修復速度の向上が実現でき、幅100μm程度の破断面を、わずか10秒で自己修復可能な多層薄膜を提供できる。
【0035】
[吸湿性物質の添加濃度の相違による自己修復性能]
次に、吸湿性物質の添加濃度別の自己修復性能について実験を行った。塩化カルシウムを0・1~50mg/mLの範囲で濃度を変えて添加する以外は、上記実施例と同じ条件で多層薄膜を形成した。自己修復能の評価は、多層薄膜にカッターで幅100μm程度の傷をつけて破断させ、その多層薄膜を浸漬時間5~300秒で純水に浸漬させ、表面観察をレーザー顕微鏡で行い、破断面が修復しているかを評価した。
【0036】
結果を表1に示す。作製する薄膜構成材料の濃度に対し、塩化カルシウム等、添加剤の選定基準である吸湿性・潮解性を有する添加剤の場合、0.2~0.8倍の質量パーセント濃度比で吸湿性物資を添加することで、自己修復性能が特に顕著となり、修復速度を著しく向上させることができた。濃度が低い場合には(0.05倍未満の添加量)、水分吸収量の向上、及び多層薄膜材料内での化学的な引力に寄与しない官能基が認められないため、自己修復はするが修復速度の向上は小さい。濃度が高すぎる場合には(10倍超の添加量)、成膜後に膜上に塩が析出することがわかった。
一方で、塩化ナトリウム等、吸湿性・潮解性が弱い添加剤の場合、添加濃度を増加させた場合も中程度の修復速度向上しか得られないことがわかった。
【0037】