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  • 特許-心筋細胞のシート化方法 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-10-21
(45)【発行日】2024-10-29
(54)【発明の名称】心筋細胞のシート化方法
(51)【国際特許分類】
   C12N 5/07 20100101AFI20241022BHJP
   C12N 5/0775 20100101ALI20241022BHJP
   C12Q 1/02 20060101ALI20241022BHJP
   C12N 5/10 20060101ALI20241022BHJP
   A61K 35/12 20150101ALI20241022BHJP
   A61K 35/34 20150101ALI20241022BHJP
   A61P 9/00 20060101ALI20241022BHJP
【FI】
C12N5/07
C12N5/0775
C12Q1/02
C12N5/10
A61K35/12
A61K35/34
A61P9/00
【請求項の数】 12
(21)【出願番号】P 2021551353
(86)(22)【出願日】2020-09-30
(86)【国際出願番号】 JP2020037084
(87)【国際公開番号】W WO2021065984
(87)【国際公開日】2021-04-08
【審査請求日】2023-02-15
(31)【優先権主張番号】P 2019179085
(32)【優先日】2019-09-30
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成30年度、国立研究開発法人日本医療研究開発機構 、再生医療実現拠点ネットワークプログラム 疾患・組織別実用化研究拠点(拠点A)「iPS細胞を用いた心筋再生治療創成拠点」委託研究開発、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(73)【特許権者】
【識別番号】504176911
【氏名又は名称】国立大学法人大阪大学
(73)【特許権者】
【識別番号】000109543
【氏名又は名称】テルモ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100102842
【弁理士】
【氏名又は名称】葛和 清司
(72)【発明者】
【氏名】澤 芳樹
(72)【発明者】
【氏名】宮川 繁
(72)【発明者】
【氏名】大山 賢二
(72)【発明者】
【氏名】大橋 文哉
【審査官】林 康子
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2016/076368(WO,A1)
【文献】特開2014-138556(JP,A)
【文献】国際公開第2019/177146(WO,A1)
【文献】Biomaterials,2016年,Vol.76,pp.371-387
【文献】Polymers,2018年02月21日,Vol.10, No.208,pp.1-20
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 5/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
心筋細胞を含むシート状細胞培養物を製造する方法であって;
(a)心筋細胞を含む細胞集団を、培養基材上に播種する工程、および
(b)播種した細胞集団を、細胞接着性成分を含む無血清のシート化媒体でシート形成培養する工程、ここで細胞接着性成分は、フィブロネクチン、ラミニン、ビトロネクチン、プロテオグリカン、グリコサノグリカンからなる群から選択される細胞外マトリクス、コラーゲン、カドヘリンファミリー、セレクチンファミリー、またはインテグリンファミリーである、
を含む、前記方法。
【請求項2】
培養基材が、さらに細胞接着性成分および/またはマスキング成分でコーティングされており、
ここで細胞接着性成分は、フィブロネクチン、ラミニン、ビトロネクチン、プロテオグリカン、グリコサノグリカンからなる群から選択される細胞外マトリクス、コラーゲン、カドヘリンファミリー、セレクチンファミリー、またはインテグリンファミリーであり、および
マスキング成分が、血清または血小板溶解物である、
請求項1に記載の方法。
【請求項3】
マスキング成分が、0.05%以上の濃度のFBSである、請求項2に記載の方法。
【請求項4】
シート化媒体中の細胞接着性成分の含有量が、培養基材のコーティングに用いる量の1/10~1/100の濃度である、請求項1~3のいずれか一項に記載の方法。
【請求項5】
(a)の前に、細胞集団から未分化細胞を除去する工程を含む、請求項1~4のいずれか一項に記載の方法。
【請求項6】
シート化媒体が、血小板溶解物を含む、請求項1~5のいずれか一項に記載の方法。
【請求項7】
心筋細胞を含む細胞集団が、培養基材上に、コンフルエントに達する密度で播種される、請求項1~6のいずれか一項に記載の方法。
【請求項8】
シート状細胞培養物を製造するための培養基材表面を評価する方法であって、
(i)細胞接着性成分で培養基材表面をコーティングし、それにより細胞の培養基材表面への細胞の接着性を向上させる、および/またはマスキング成分で培養基材表面をコーティングし、それにより培養基材表面への細胞の接着性を低下させる工程、
(ii)細胞接着性成分および/またはマスキング成分でコーティングされた培養基材上に、コンフルエントに達する密度で心筋細胞を播種する工程、
(iii)細胞接着性成分を含む無血清のシート化媒体中でシート化培養し、シート状細胞培養物を形成する工程、および
(iv)シート状細胞培養物の培養基材表面からの剥離状態を評価する工程、
を含み、
ここで細胞接着性成分は、フィブロネクチン、ラミニン、ビトロネクチン、プロテオグリカン、グリコサノグリカンからなる群から選択される細胞外マトリクス、コラーゲン、カドヘリンファミリー、セレクチンファミリー、またはインテグリンファミリーであり、および
マスキング成分が、血清または血小板溶解物である、
前記方法。
【請求項9】
シート化媒体が、血小板溶解物を含む、請求項8に記載の方法。
【請求項10】
マスキング成分が、0.05%以上の濃度のFBSである、請求項8または9に記載の方法。
【請求項11】
心筋細胞が、多能性幹細胞由来の心筋細胞である、請求項1~10のいずれか一項に記載の方法。
【請求項12】
シート状細胞培養物の適用により改善される疾患を処置するための、請求項1~7のいずれか一項に記載の方法によって製造されたシート状細胞培養物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、平成30年度、国立研究開発法人日本医療研究開発機構 、再生医療実現拠点ネットワークプログラム 疾患・組織別実用化研究拠点(拠点A)「iPS細胞を用いた心筋再生治療創成拠点」委託研究開発、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願であって、種々の細胞、例えば心筋細胞、特に多能性幹細胞由来の心筋細胞を含む、シート状細胞培養物などの移植片を製造する方法、当該方法を用いて製造された移植片、当該移植片を用いた疾患の処置方法などに関する。
【背景技術】
【0002】
成体の心筋細胞は自己複製能に乏しく、心筋組織が損傷を受けた場合、その修復は極めて困難である。近年、損傷した心筋組織の修復のために、細胞工学的手法により作製した心筋細胞を含む移植片を患部に移植する試みが行われている(特許文献1、非特許文献1)。かかる移植片の作製に用いる心筋細胞の供給源として最近注目されているのが、胚性幹細胞(ES細胞)や人工多能性幹細胞(iPS細胞)などの多能性幹細胞から誘導した心筋細胞であり、このような多能性幹細胞由来の心筋細胞を含むシート状細胞培養物の作製や動物での治療実験が試みられている(非特許文献2~3)。しかしながら、多能性幹細胞由来の心筋細胞を含むシート状細胞培養物の開発は始まったばかりであり、その機能的特性や、それに影響する因子などについては依然不明な部分が多い。
【0003】
再生医療に用いる臨床用のシート状細胞培養物を製造する場合、移植片形成媒体中に、なるべくヒト以外の異種由来成分を含まない状態、いわゆるゼノフリーな状態で製造されることが望ましい。しかしながら、ゼノフリーな状態でシート状細胞培養物を形成することはコストや手間がかかる場合が多く、また用いる細胞によっては該細胞の所望の性質を保ったままシート状細胞培養物を形成することが困難である場合もある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特表2007-528755号公報
【非特許文献】
【0005】
【文献】Shimizu et al., Circ Res. 2002 Feb 22;90(3):e40-e48
【文献】Matsuura et al., Biomaterials. 2011 Oct;32(30):7355-62
【文献】Kawamura et al., Circulation. 2012 Sep 11;126(11 Suppl 1):S29-37
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本開示は、種々の細胞、例えば心筋細胞、特に多能性幹細胞由来の心筋細胞、を該細胞の機能を高度に有したまま含み、高品質な移植片を製造する方法、当該方法を用いて製造された移植片、当該移植片を用いた疾患の処置方法などを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
移植の用に供する心筋細胞を含む移植片を調製するにあたっては、ゼノフリーの移植片形成媒体で調製される必要がある。また、移植片形成媒体中にウシ胎児血清(FBS)を添加したり、無血清培地を用いたりすると、心筋細胞が十分に拍動しない、うまく移植片形成されないなどの問題が見出されていた。
【0008】
本発明者らは、ゼノフリーの移植片形成媒体で調製しても十分な機能を有する多能性幹細胞由来の心筋細胞を用いた生体移植用のシート状細胞培養物の調製について研究する中で、無血清培地でシート化培養してもうまくシート化されないという課題に直面した。かかる課題を解決すべく研究を続ける中で、無血清の移植片形成媒体に細胞接着性成分を添加してシート化することにより、例えば無血清培地を用いてもシート化できるという新たな知見を見出した。かかる知見に基づいてさらに研究を進め、種々の細胞を含有する移植片の調製において、臨床応用に耐え得る高品質な移植片を製造することが可能であることを見出し、本発明を完成させるに至った。
【0009】
すなわち、本発明は下記に掲げるものに関する:
[1] 体細胞を含む移植片を製造する方法であって;
(a)前記体細胞を含む細胞集団を、培養基材上に播種する工程、および(b)播種した細胞集団を、細胞接着性成分を含む移植片形成媒体で移植片形成培養する工程、を含む、前記方法。
[2] 培養基材が、さらに細胞接着性成分および/またはマスキング成分でコーティングされている、[1]に記載の方法。
[3] 移植片形成媒体中の細胞接着性成分の含有量が、培養基材のコーティングに用いる量の1/10~1/100の濃度である、[1]または[2]に記載の方法。
[4] (a)の前に、細胞集団から未分化細胞を除去する工程を含む、[1]~[3]のいずれか1つに記載の方法。
[5] 移植片形成媒体が、血清を含まない、[1]~[4]のいずれか1つに記載の方法。
[6] 移植片形成媒体が、血小板溶解物を含む、[1]~[5]のいずれか1つに記載の方法。
【0010】
[7] 心筋細胞を含むシート状細胞培養物を製造する方法であって;
(A)細胞接着性成分およびマスキング成分でコーティングされた培養基材上に、コンフルエントに達する密度で心筋細胞を播種する工程、および(B)シート化形成媒体でシート形成培養し、シート状細胞培養物を形成する工程、を含む、シート状細胞培養物の製造方法。
[8] シート化形成媒体が細胞接着性成分を含む、または含まない、[7]に記載の方法。
【0011】
[9] シート状細胞培養物を製造するための培養基材表面を評価する方法であって、
(i)細胞接着性成分で培養基材表面をコーティングする工程、それにより細胞の培養基材表面への細胞の接着性を向上させ、
(ii)さらにマスキング成分で培養基材表面をコーティングする工程、それにより培養基材表面への細胞の接着性を低下させ、
(iii)細胞接着性成分およびマスキング成分でコーティングされた培養基材上に、コンフルエントに達する密度で体細胞を播種する工程、
(iv)シート化媒体中でシート化培養し、シート状細胞培養物を形成する工程、および
(v)シート状細胞培養物の培養基材表面からの剥離状態を評価する工程、を含む、前記方法。
【0012】
[10] シート化媒体が、血清を含まない、[7]~[9]のいずれか1つに記載の方法。
[11] シート化媒体が、血小板溶解物を含む、[7]~[10]のいずれか1つに記載の方法。
[12] マスキング成分が、血液由来成分である、[1]~[11]のいずれか1つに記載の方法。
[13] マスキング成分が、血清、血小板溶解物またはアルブミンである、[1]~[12]のいずれか1つに記載の方法。
[14] マスキング成分が、0.05%以上の濃度のFBSである、[1]~[13]のいずれか1つに記載の方法。
[15] 体細胞が、多能性幹細胞由来の心筋細胞である、[1]~[14]のいずれか1つに記載の方法。
[16] [1]~[6]のいずれか1つに記載の方法によって製造された移植片または[7]もしくは[8]に記載の方法によって製造されたシート状細胞培養物の治療有効量を、それを必要とする対象に投与する工程を含む、前記対象における心疾患の治療方法。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、種々の細胞、例えば心筋細胞、特に多能性幹細胞から分化誘導した心筋細胞を含む細胞集団から、従来よりも高品質なシート状細胞培養物などの移植片を高効率に製造することができる。特に多能性幹細胞から分化誘導した心筋細胞を含むシート状細胞培養物など、再生医療に用いる移植片の調製において、移植片形成媒体中に血清を用いない、すなわち製造工程由来の不純物を含まない条件で移植片形成培養した場合であっても、うまく移植片形成可能となるため、再生医療において特に有用である。また、さらに移植片形成媒体に血小板溶解物を加えることにより、所望の性質を高いレベルで保持した移植片を調製可能であり、とくにヒトへの生体移植用に非常に好適な移植片を提供することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
図1図1は、細胞接着性成分としてラミニン(iMatrix-511)、ビトロネクチン(VTN-N)、フィブロネクチン(RetroNectin(R))を用いた場合のシート化の様子を表す写真である。上段(AおよびB)はラミニン、中段(CおよびD)はビトロネクチン、下段(EおよびF)はフィブロネクチンを用いた場合であり、左列(A、CおよびE)はコーティング剤として使用する場合の推奨濃度で用いた場合、右列(B、DおよびF)は推奨濃度の1/10で用いた場合の結果を表す。いずれの場合においてもシート化が確認できた。
図2図2は、細胞接着性成分としてiMatrix-511、および、マスキング成分としてFBSを、様々な濃度でコーティングした培養基材でシート化を行い、剥離作業後のシート状細胞培養物の剥離状態の様子を表す写真である。iMatrix-511ととともにFBSでコーティングすることにより幅広い濃度のiMatrix-511を使用しても剥離可能であることが確認できた。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明を詳細に説明する。
本明細書において別様に定義されない限り、本明細書で用いる全ての技術用語および科学用語は、当業者が通常理解しているものと同じ意味を有する。本明細書中で参照する全ての特許、出願および他の出版物や情報は、その全体を参照により本明細書に援用する。また本明細書において参照された出版物と本明細書の記載に矛盾が生じた場合は、本明細書の記載が優先されるものとする。
【0016】
本開示は、所望の細胞を含む移植片を製造する方法であって;
(a)前記細胞を含む細胞集団を、培養基材上に播種する工程、および
(b)播種した細胞集団を、細胞接着性成分を含む培地で移植片形成培養する工程、
を含む、前記方法に関する。
【0017】
本開示において、「移植片」とは、生体内へ移植するための構造物を意味し、特に細胞を構成成分として含む移植用構造物を意味する。好ましい一態様においては、移植片は、細胞および細胞由来の物質以外の構造物(例えばスキャフォールドなど)を含まない移植用構造物である。本開示における移植片としては、これに限定するものではないが、例えばシート状細胞培養物、スフェロイド、細胞凝集塊、などが挙げられ、好ましくはシート状細胞培養物またはスフェロイド、より好ましくはシート状細胞培養物である。
【0018】
本開示において、「シート状細胞培養物」は、細胞が互いに連結してシート状になったものをいう。細胞同士は、直接(接着分子などの細胞要素を介するものを含む)および/または介在物質を介して、互いに連結していてもよい。介在物質としては、細胞同士を少なくとも物理的(機械的)に連結し得る物質であれば特に限定されないが、例えば、細胞外マトリックスなどが挙げられる。介在物質は、好ましくは細胞由来のもの、特に、シート状細胞培養物を構成する細胞に由来するものである。細胞は少なくとも物理的(機械的)に連結されるが、さらに機能的、例えば、化学的、電気的に連結されてもよい。シート状細胞培養物は、1の細胞層から構成されるもの(単層)であっても、2以上の細胞層から構成されるもの(積層体(多層)、例えば、2層、3層、4層、5層、6層など)であってもよい。また、シート状細胞培養物は、細胞が明確な層構造を示すことなく、細胞1個分の厚みを超える厚みを有する3次元構造を有してもよい。例えば、シート状細胞培養物の垂直断面において、細胞が水平方向に均一に整列することなく、不均一に(例えば、モザイク状に)配置された状態で存在していてもよい。
【0019】
本開示の移植片、特にシート状細胞培養物は、好ましくはスキャフォールド(支持体)を含まない。スキャフォールドは、その表面上および/またはその内部に細胞を付着させ、シート状細胞培養物などの移植片の物理的一体性を維持するために当該技術分野において用いられることがあり、例えば、ポリビニリデンジフルオリド(PVDF)製の膜等が知られているが、本開示の移植片は、かかるスキャフォールドがなくともその物理的一体性を維持することができる。また、本開示の移植片は、好ましくは、移植片を構成する細胞由来の物質のみからなり、それら以外の物質を含まない。
【0020】
細胞は異種由来細胞であっても同種由来細胞であってもよい。ここで「異種由来細胞」は、移植片が移植に用いられる場合、そのレシピエントとは異なる種の生物に由来する細胞を意味する。例えば、レシピエントがヒトである場合、サルやブタに由来する細胞などが異種由来細胞に該当する。また、「同種由来細胞」は、レシピエントと同一の種の生物に由来する細胞を意味する。例えば、レシピエントがヒトである場合、ヒト細胞が同種由来細胞に該当する。同種由来細胞は、自己由来細胞(自己細胞または自家細胞ともいう)、すなわち、レシピエントに由来する細胞と、同種非自己由来細胞(他家細胞ともいう)を含む。自己由来細胞は、移植しても拒絶反応が生じないため、本開示においては好ましい。しかしながら、異種由来細胞や同種非自己由来細胞を利用することも可能である。異種由来細胞や同種非自己由来細胞を利用する場合は、拒絶反応を抑制するため、免疫抑制処置が必要となることがある。なお、本明細書中で、自己由来細胞以外の細胞、すなわち、異種由来細胞と同種非自己由来細胞を非自己由来細胞と総称することもある。本開示の一態様において、細胞は自家細胞または他家細胞である。本開示の一態様において、細胞は自家細胞(自家iPS細胞を含む)である。本開示の別の態様において、細胞は他家細胞(他家iPS細胞を含む)である。
【0021】
本開示の移植片を構成する細胞は、移植片を形成し得るものであれば特に限定されず、例えば、接着細胞(付着性細胞)を含む。接着細胞は、例えば、接着性の体細胞(例えば、心筋細胞、線維芽細胞、上皮細胞、内皮細胞、肝細胞、膵細胞、腎細胞、副腎細胞、歯根膜細胞、歯肉細胞、骨膜細胞、皮膚細胞、滑膜細胞、軟骨細胞など)および幹細胞(例えば、筋芽細胞、心臓幹細胞などの組織幹細胞、胚性幹細胞、人工多能性幹細胞(iPS:induced pluripotent stem)細胞などの多能性幹細胞、間葉系幹細胞等)などを含む。本開示において、人工多能性幹細胞(iPS細胞)は遺伝子を導入して誘導された細胞である。体細胞は、幹細胞、特にiPS細胞から分化させたもの(iPS細胞由来接着細胞)であってもよい。移植片を構成する細胞の非限定例としては、例えば、筋芽細胞(例えば、骨格筋芽細胞など)、間葉系幹細胞(例えば、骨髄、脂肪組織、末梢血、皮膚、毛根、筋組織、子宮内膜、胎盤、臍帯血由来のものなど)、心筋細胞、線維芽細胞、心臓幹細胞、胚性幹細胞、iPS細胞、滑膜細胞、軟骨細胞、上皮細胞(例えば、口腔粘膜上皮細胞、網膜色素上皮細胞、鼻粘膜上皮細胞など)、内皮細胞(例えば、血管内皮細胞など)、肝細胞(例えば、肝実質細胞など)、膵細胞(例えば、膵島細胞など)、腎細胞、副腎細胞、歯根膜細胞、歯肉細胞、骨膜細胞、皮膚細胞等が挙げられる。iPS細胞由来接着細胞の非限定例としては、iPS細胞由来の心筋細胞、線維芽細胞、上皮細胞、内皮細胞、肝細胞、膵細胞、腎細胞、副腎細胞、歯根膜細胞、歯肉細胞、骨膜細胞、皮膚細胞、滑膜細胞、軟骨細胞などが挙げられる。
【0022】
移植片を構成する細胞は、移植片による治療が可能な任意の生物に由来し得る。かかる生物には、限定されずに、例えば、ヒト、非ヒト霊長類、イヌ、ネコ、ブタ、ウマ、ヤギ、ヒツジ、げっ歯目動物(例えば、マウス、ラット、ハムスター、モルモットなど)、ウサギなどが含まれる。また、移植片を構成する細胞の種類の数は特に限定されず、1種類のみの細胞で構成されていてもよいが、2種類以上の細胞を用いたものであってもよい。移植片を形成する細胞が2種類以上ある場合、最も多い細胞の含有比率(純度)は、シート状細胞培養物の形成終了時において、例えば50%以上、好ましくは60%以上、より好ましくは70%以上、さらに好ましくは75%以上であり得る。
【0023】
培養基材は、細胞がその上で細胞培養物を形成し得るものであれば特に限定されず、例えば、種々の材質および/または形状の容器、容器中の固形もしくは半固形の表面などを含む。容器は、培養液などの液体を透過させない構造・材料が好ましい。かかる材料としては、限定することなく、例えば、ポリエチレン、ポリプロピレン、テフロン(登録商標)、ポリエチレンテレフタレート、ポリメチルメタクリレート、ナイロン6,6、ポリビニルアルコール、セルロース、シリコン、ポリスチレン、ガラス、ポリアクリルアミド、ポリジメチルアクリルアミド、金属(例えば、鉄、ステンレス、アルミニウム、銅、真鍮)等が挙げられる。また、容器は、少なくとも1つの平坦な面を有することが好ましい。かかる容器の例としては、限定することなく、例えば、細胞培養物の形成が可能な培養基材で構成された底面と、液体不透過性の側面とを備えた培養容器が挙げられる。かかる培養容器の特定の例としては、限定されずに、細胞培養皿、細胞培養ボトルなどが挙げられる。容器の底面は透明であっても不透明であってもよい。容器の底面が透明であると、容器の裏側から細胞の観察、計数などが可能となる。また、容器は、その内部に固形もしくは半固形の表面を有してもよい。固形の表面としては、上記のごとき種々の材料のプレートや容器などが、半固形の表面としては、ゲル、軟質のポリマーマトリックスなどが挙げられる。培養基材は、上記材料を用いて作製してもよいし、市販のものを利用してもよい。
【0024】
好ましい培養基材としては、限定することなく、例えば、シート状細胞培養物の形成に適した、接着性の表面を有する基材、スフェロイドの形成に適した、低接着性の表面を有する基材および/または均一なウェル状構造を有する基材などが挙げられる。具体的には、シート状細胞培養物の形成の場合であれば、例えば、コロナ放電処理したポリスチレン、コラーゲンゲルや親水性ポリマーなどの親水性化合物を該表面にコーティングした基材、さらには、コラーゲン、フィブロネクチン、ラミニン、ビトロネクチン、プロテオグリカン、グリコサミノグリカンなどの細胞外マトリックスや、カドヘリンファミリー、セレクチンファミリー、インテグリンファミリーなどの細胞接着因子などを表面にコーティングした基材などが挙げられる。また、かかる基材は市販されている(例えば、Corning(R) TC-Treated Culture Dish、Corningなど)。またスフェロイドの形成の場合であれば、例えば軟寒天、ポリ(N-イソプロピルアクリルアミド)(PIPAAm)をポリエチレングリコール(PEG)で架橋した温度応答性ゲル(市販名:メビオールゲル)、ポリメタクリル酸ヒドロキシエチル(ポリHEMA)、2-メタクリロイルオキシエチルホスホリスコリン(MPC)ポリマーなどのハイドロゲルなどの非細胞接着性化合物を表面にコーティングした基材および/または均一な凹凸構造を表面に有する基材などが挙げられる。かかる基材もまた市販されている(例えば、EZSPHERE(R)など)。培養基材は全体または部分が透明であっても不透明であってもよい。
【0025】
培養基材は、刺激、例えば、温度や光に応答して物性が変化する材料で表面が被覆されていてもよい。かかる材料としては、限定されずに、例えば、(メタ)アクリルアミド化合物、N-アルキル置換(メタ)アクリルアミド誘導体(例えば、N-エチルアクリルアミド、N-n-プロピルアクリルアミド、N-n-プロピルメタクリルアミド、N-イソプロピルアクリルアミド、N-イソプロピルメタクリルアミド、N-シクロプロピルアクリルアミド、N-シクロプロピルメタクリルアミド、N-エトキシエチルアクリルアミド、N-エトキシエチルメタクリルアミド、N-テトラヒドロフルフリルアクリルアミド、N-テトラヒドロフルフリルメタクリルアミド等)、N,N-ジアルキル置換(メタ)アクリルアミド誘導体(例えば、N,N-ジメチル(メタ)アクリルアミド、N,N-エチルメチルアクリルアミド、N,N-ジエチルアクリルアミド等)、環状基を有する(メタ)アクリルアミド誘導体(例えば、1-(1-オキソ-2-プロペニル)-ピロリジン、1-(1-オキソ-2-プロペニル)-ピペリジン、4-(1-オキソ-2-プロペニル)-モルホリン、1-(1-オキソ-2-メチル-2-プロペニル)-ピロリジン、1-(1-オキソ-2-メチル-2-プロペニル)-ピペリジン、4-(1-オキソ-2-メチル-2-プロペニル)-モルホリン等)、またはビニルエーテル誘導体(例えば、メチルビニルエーテル)のホモポリマーまたはコポリマーからなる温度応答性材料、アゾベンゼン基を有する光吸収性高分子、トリフェニルメタンロイコハイドロオキシドのビニル誘導体とアクリルアミド系単量体との共重合体、および、スピロベンゾピランを含むN-イソプロピルアクリルアミドゲル等の光応答性材料などの公知のものを用いることができる(例えば、特開平2-211865、特開2003-33177参照)。これらの材料に所定の刺激を与えることによりその物性、例えば、親水性や疎水性を変化させ、同材料上に付着した細胞培養物の剥離を促進することができる。温度応答性材料で被覆された培養皿は市販されており(例えば、CellSeed Inc.のUpCell(R))、これらを本開示の製造方法に使用することができる。
【0026】
培養基材は、種々の形状であってもよい。また、その面積は特に限定されないが、例えば、約1cm~約200cm、約2cm~約100cm、約3cm~約50cmなどであってよい。例えば、培養基材として直径10cmの円形の培養皿が挙げられる。この場合、面積は56.7cmとなる。培養表面は平坦であってもよいし、凹凸構造を有していてもよい。凹凸構造を有する場合、均一な凹凸構造であることが好ましい。
【0027】
本開示において、「多能性幹細胞」は、当該技術分野で周知の用語であり、三胚葉、すなわち内胚葉、中胚葉および外胚葉に属する全ての系列の細胞に分化することができる能力を有する細胞を意味する。多能性幹細胞の非限定例としては、例えば、胚性幹細胞(ES細胞)、核移植胚性幹細胞(ntES細胞)、人工多能性幹細胞(iPS細胞)などが挙げられる。通常多能性幹細胞を特定の細胞に分化誘導する際には、まず多能性幹細胞を浮遊培養して、上記三胚葉のいずれかの細胞の凝集体を形成し、その後凝集体を形成する細胞を目的とする特定の細胞に分化誘導させる。
【0028】
本開示において、「多能性幹細胞由来の分化誘導細胞」は、多能性幹細胞から特定の種類の細胞に分化するように分化誘導処理された任意の細胞を意味する。分化誘導細胞の非限定例は、心筋細胞、骨格筋芽細胞などの筋肉系の細胞、ニューロン細胞、オリゴデンドロサイト、ドーパミン産生細胞などの神経系の細胞、網膜色素上皮細胞などの網膜細胞、血球細胞、骨髄細胞などの造血系の細胞、T細胞、NK細胞、NKT細胞、樹状細胞、B細胞などの免疫関連の細胞、肝細胞、膵β細胞、腎細胞などの臓器を構成する細胞、軟骨細胞、生殖細胞などの他、これらの細胞に分化する前駆細胞や体性幹細胞などを含む。かかる前駆細胞や体性幹細胞の典型例としては、例えば心筋細胞における間葉系幹細胞、多分化性心臓前駆細胞、単能性心臓前駆細胞、神経系の細胞における神経幹細胞、造血系の細胞や免疫関連の細胞における造血幹細胞およびリンパ系幹細胞などが挙げられる。多能性幹細胞の分化誘導は、既知の任意の手法を用いて行うことができる。例えば、多能性幹細胞から心筋細胞への分化誘導は、Miki et al., Cell Stem Cell 16, 699-711, June 4, 2015やWO2014/185358に記載の手法に基づいて行うことができる。所望の細胞として、iPS由来心筋細胞等の多能性幹細胞由来の分化誘導細胞を用いる場合、分化誘導後に未分化細胞の除去処理を行ってもよい。未分化細胞の除去処理は、当該技術分野において知られており、例えばWO2017/038562、WO2016/072519およびWO2007/088874等に記載された方法を用いることができる。
【0029】
また分化誘導細胞は、リプログラミングのための遺伝子以外の任意の有用な遺伝子が導入されたiPS細胞から誘導された細胞であってもよい。かかる細胞の非限定例としては、例えば、Themeli M. et al. Nature Biotechnology, vol. 31, no. 10, pp. 928-933, 2013に記載のキメラ抗原受容体の遺伝子が導入されたiPS細胞から誘導されるT細胞などが挙げられる。また、多能性幹細胞から分化誘導された後、任意の有用な遺伝子が導入された細胞もまた、本発明の分化誘導細胞に包含される。
【0030】
本開示において、「細胞接着性成分」は、上記培養基材の説明において記載される、細胞外マトリクスおよび細胞接着性因子などを含む、細胞と接着する性質を有する単離されたポリペプチドを意味する。かかる細胞接着性成分は、一般的には培養基材の表面を被覆(コート)するために用いられる。細胞接着性成分の例としては、これに限定するものではないが、例えばコラーゲン、フィブロネクチン、ラミニン、ビトロネクチン、プロテオグリカン、グリコサミノグリカンなどの細胞外マトリックス、カドヘリンファミリー、セレクチンファミリー、インテグリンファミリーなどの細胞接着因子などが挙げられるほか、これらの改変物または機能的同等物、例えばラミニン511、ラミニン221などのラミニンの改変物、VTN-Nなどのビトロネクチンの改変物、Kimizuka et al., J. Biochem. (1991), 110, pp.284-291などに記載のレトロネクチン(R)などのフィブロネクチンの改変物などが挙げられる。これらが少なくとも一つ含まれているか、または二つ以上の混合物であってもよい。本開示の細胞接着性成分は、好ましい一態様において、細胞接着因子および/またはその機能的同等物以外の血液由来成分を含まない。
【0031】
以下に所望の細胞が心筋細胞であり、移植片がシート状細胞培養物である場合を例として、本発明を詳述する。
本開示の一側面は、心筋細胞を含む高品質なシート状細胞培養物を製造する方法に関する。本開示の方法は、以下の工程(a)および(b)を含む:
(a)心筋細胞を含む細胞集団を、培養基材上に播種する工程、および
(b)播種した細胞集団を、細胞接着性成分を含むシート化媒体でシート化培養する工程。
【0032】
本開示において、「心筋細胞」とは、心筋細胞の特徴を有する細胞を意味する。心筋細胞の特徴としては、限定されずに、例えば、心筋細胞マーカーの発現、自律的拍動の存在などが挙げられる。心筋細胞マーカーの非限定例としては、例えば、c-TNT(cardiac troponin T)、CD172a(別名SIRPAまたはSHPS-1)、KDR(別名CD309、FLK1またはVEGFR2)、PDGFRA、EMILIN2、VCAMなどが挙げられる。一態様において、多能性幹細胞由来の心筋細胞は、c-TNT陽性かつ/またはCD172a陽性である。
【0033】
本開示の方法に用いられる心筋細胞は、生体から直接得られたものであっても、他の細胞から誘導されたものであってもよいが、好ましくは他の細胞から誘導されたものである。心筋細胞への誘導としては、線維芽細胞等に心筋誘導因子を導入する方法や、多能性幹細胞、心臓前駆細胞などの心筋細胞に分化する性質を有する細胞を分化誘導する方法などが挙げられる。
【0034】
工程(a)において、培養基材への播種は、例えば、細胞をシート化媒体に懸濁した細胞懸濁液を、培養基材を備えた培養容器に注入することなどにより行ってもよい。細胞懸濁液の注入には、スポイトやピペットなど、細胞懸濁液の注入操作に適した器具を用いることができる。細胞の播種密度は、シート状細胞培養物を形成し得る密度で行われ、かかる密度は所望の細胞により異なり得るが、当業者であれば当該技術分野において公知の手法などから適切な密度を選択することができる。例えば心筋細胞を含むシート状細胞培養物である場合、例えば2.0×10個/cm以上などであり得るが、より高密度で播種してもよい。
【0035】
より高密度の例としては、例えばコンフルエントに達する密度、すなわち播種した際に細胞が培養容器の接着表面一面を覆うことが想定される程度の密度、例えば、播種した際に、細胞が互いに接触することが想定される程度の密度、接触阻害が発生する密度、または接触阻害により細胞の増殖を実質的に停止する密度あるいはそれ以上であり得る。播種密度の上限は、特に制限されないが、密度が過度に高い場合には、死滅する細胞が多くなり、非効率となる。本開示の一態様において、播種密度は、例えば約1.0×10個/cm~約1.0×10個/cm、約1.0×10個/cm~約5.0×10個/cm、約1.0×10個/cm~約3.0×10個/cm、約1.5×10個/cm~約1.0×10個/cm、約1.5×10個/cm~約5.0×10個/cm、約1.5×10個/cm~約3.0×10個/cm、約2.0×10個/cm~約1.0×10個/cm、約2.0×10個/cm~約5.0×10個/cm、約2.0×10個/cm~約3.0×10個/cmなどであり得る。好ましい一態様において、播種密度は、約1.76×10個/cm~約2.33×10個/cmである。
【0036】
播種される細胞集団は、所望の細胞(例えば心筋細胞)を含んでいれば、他の細胞を含んでいてもよく、所望の細胞が心筋細胞である場合は、例えば線維芽細胞、血管内皮細胞および/または壁細胞などがさらに含まれ得る。細胞集団は、組織から採取した細胞集団をそのまま用いてもよいし、例えば上記Miki et al., Cell Stem Cell 16, 699-711, June 4, 2015やWO2014/185358に記載の手法などを用いてiPS細胞から分化誘導して得られた細胞集団をそのまま用いてもよいし、凍結保存やプレ培養、未分化細胞除去などを実施した後に用いてもよい。好ましい一態様において、播種される細胞集団は、iPS細胞から分化誘導後、培養基材上(好ましくは平面状の培養基材上)に播種して接着培養を行い、その後回収された細胞集団である。かかる接着培養の前または後に、凍結保存および解凍を実施してもよい。接着培養を行うことにより、その後の移植片の形成において、高品質な移植片の形成を、高確率で達成することが可能となる。
かかる接着培養ステップにおいて、培養条件などは、通常の接着培養を行う場合の条件に準じてよい。例えば、市販の接着培養用培養容器を用いて、37℃、5%CO条件下での培養などであってよい。細胞の播種密度は、細胞同士の接着および/または細胞と培養基材との接着の形成を妨げない密度であればいかなる密度であってもよく、例えばサブコンフルエントな密度であってもよいし、コンフルエントに達する密度またはそれ以上であってもよい。培養時間は、細胞同士の接着および/または細胞と培養基材との接着が形成される程度の時間であればよく、具体的には例えば2~24時間、2~12時間、2~6時間、2~4時間程度であればよい。
【0037】
移植片形成のための細胞集団に未分化細胞が含まれる場合、体内に移植された後に腫瘍化などのリスクが生じ得る。したがって、好ましい一態様において、細胞集団は未分化細胞を含まない。未分化細胞を含まない細胞集団を得るために、生体から採取または多能性幹細胞から分化誘導して得られた細胞集団に対し、未分化細胞除去操作を施してよい。本開示において、「未分化細胞除去操作」は、細胞集団、典型的には多能性幹細胞を分化誘導して得られた分化誘導細胞を含む細胞集団から、腫瘍形成能を有する未分化細胞を除去する操作を意味し、既知の任意の手法を用いて行うことができる。かかる手法の非限定例としては、未分化細胞に特異的なマーカー(例えば、細胞表面マーカーなど)を用いた種々の分離法、例えば、磁気細胞分離法(MACS)、フローサイトメトリー法、アフィニティ分離法や、特異的プロモーターにより選択マーカー(例えば、抗生物質耐性遺伝子など)を発現させる方法、未分化細胞の生存に必要な因子(栄養源(メチオニン等の栄養源やbFGF等の未分化状態の維持因子など)を除いた培地で培養して未分化細胞を駆逐する方法、分化を促進する因子(VEGF、BMP、activin、など)の存在下で培養し、未細胞の分化を促進させる方法、未分化細胞の表面抗原をターゲットにした薬剤で処理する方法などが挙げられる。また、WO2014/126146、WO2012/056997に記載の方法、WO2012/147992に記載の方法、WO2012/133674に記載の方法、WO2012/012803(特表2013-535194)に記載の方法、WO2012/078153(特表2014-501518)に記載の方法、特開2013-143968およびTohyama S. et al., Cell Stem Cell Vol.12 January 2013, Page 127-137に記載の方法、Lee MO et al., PNAS 2013 Aug 27;110(35):E3281-90に記載の方法、WO2016/072519に記載の方法、WO2013/100080に記載の方法、特開2016-093178に記載の方法、WO2017/038526に記載の熱処理を用いる方法なども挙げられる。好ましくは、未分化細胞の除去操作は、WO2007/088874に記載されるような無糖培地で培養する方法、WO2016/072519に記載されるような特異抗体を用いる方法およびWO2017/038526に記載されるような熱処理を用いる方法などが挙げられる。
【0038】
播種される培養基材は、上記で詳述したとおりであるが、好ましい一態様において、細胞外マトリクスや細胞接着因子などの細胞接着性成分を表面にコーティングした培養基材である。細胞接着性成分としては、これに限定するものではないが、例えばコラーゲン、フィブロネクチン、ラミニン、ビトロネクチン、プロテオグリカン、グリコサミノグリカンなどの細胞外マトリックス、カドヘリンファミリー、セレクチンファミリー、インテグリンファミリーなどの細胞接着因子などが挙げられるほか、これらの改変物、例えばラミニン511(ラミニンの改変物)、VTN-N(ビトロネクチンの改変物)、レトロネクチン(R)(フィブロネクチンの改変物)であってもよい。細胞接着性成分のコーティングは、細胞接着性成分を含む媒体を培養基材と接触させ、インキュベートすることにより達成し得る。かかる媒体に含まれ得る細胞接着性成分の量は、コーティングする基材の面積、用いる細胞接着性成分や、培養する細胞種などにより異なり得る。当業者であれば、製品のプロトコルなどに従って最適な量または濃度を設定することができ、かかる量または濃度としては、マスキング成分を使用せず接着成分だけでコーティングする場合、例えばラミニン511やVTN-Nであれば約0.1~1.0μg/cm、レトロネクチン(R)であれば約4~20μg/cmなどが挙げられる。
【0039】
さらに別の一態様において、細胞外マトリクスや細胞接着因子などの細胞接着性成分の他に血液由来成分などのマスキング成分を表面にコーティングした培養基材である。「マスキング成分」は、細胞接着性成分でコーティングされた培養基材表面の細胞接着性を低減させることができる成分を意味する。かかる成分としては、典型的には、血液由来成分であり、例えば通常血清(例えば、ウシ胎仔血清などのウシ血清、ウマ血清、ヒト血清等)の他、通常血清に含まれるアルブミン、血小板溶解物、スキムミルク、ポリビニルアルコールなどのアルブミン代替物質などが挙げられる。
【0040】
マスキング成分を含む媒体のコーティングは、細胞接着性成分のコーティングと同時または別々に行なってよく、細胞接着性成分および/またはマスキング成分を含む媒体を培養基材と接触させ、インキュベートすることにより達成し得る。かかる媒体に含まれ得るマスキング成分の濃度は、用いる細胞接着性成分や細胞接着性成分の濃度、コーティングする基材の面積、培養する細胞種などにより異なり得る。
【0041】
マスキング成分の濃度としては、例えばFBSであればコーティング媒体中に0.05%、0.075%、0.1%、0.125%、0.15%、0.16%、0.2%、0.3%、0.4%、0.5%、0.6%、0.8%、1.0%、1.25%、1.5%、1.75%、2.0%、2.25%、2.5%、2.75%、3.0%、3.5%、4.0%、4.5%、5.0%、5.5%、7.5%、9%、10%、12.5%、15%、17.5%、20%、22.5%、25%、30%、40%以上であってよく、上限値は特に限定されないが45%以下30%、25%、22.5%、20%、17.5%、15%、12.5%、10%、9%、7.5%、5.5%、5.0%、4.5%、4.0%、3.5%、3.0%、2.75%、2.5%、2.0%、1.5%、1.25%、1.0%、0.8%、0.6%、0.5%、0.31%、0.16%、0.125%、0.1%以下であてよい。
【0042】
細胞接着性成分としてラミニン511と組み合わせてコーティングする場合、ラミニン511の量または濃度として0.01μg/cm~100μg/cmに対して0.1%~30%のFBS、ラミニン511の0.05μg/cm~80μg/cmに対して0.15%~25%のFBS、ラミニン511の0.05μg/cm~100μg/cmに対して0.7.5%~20%、ラミニン511の0.05μg/cm~1.0μg/cmに対して0.05%~25%のFBS、剥離作業により剥離可能となる観点からラミニン511の0.5μg/cm~80μg/cmに対して0.25%~7.5%のFBS、より好ましくはラミニン511の0.5μg/cm~80μg/cmに対して0.75%~12.5%のFBSである。FBSなどの異種血清でコーティングした場合、培養基材を任意の方法で臨床上障害とならないレベルまで洗浄することが好ましい。
【0043】
インキュベート時間は、マスキング成分が培養基材上に付着することができれば特に限定されず、例えば、1~72時間、好ましくは4~48時間、より好ましくは5~24時間、さらに好ましくは6~12時間である。インキュベート温度も、マスキング成分が培養基材上に付着することができれば特に限定されず、例えば、0~60℃、好ましくは4~45℃、より好ましくは室温~40℃である。
【0044】
工程(b)において、播種した細胞をシート化培養する。本明細書においては、播種した細胞を移植片として形成するための培養を「移植片形成培養」と称し、移植片がシート状細胞培養物であり、播種した細胞をシート化するための培養を特に、「シート化培養」と称する。播種した細胞のシート化は、既知の任意の手法および条件で行うことができる。かかる手法の非限定例は、例えば、特開2010-081829、特開2010-226991、特開2011-110368、特開2011-172925、WO2014/185517などに記載されている。細胞の移植片形成(例えばシート化)は、細胞同士が接着分子や、細胞外マトリックスなどの細胞間接着機構を介して互いに接着することにより達成されると考えられている。したがって、播種した細胞を移植片形成するステップは、例えば、細胞を、細胞間接着を形成する条件下で培養することにより達成することができる。かかる条件は、細胞間接着を形成することができればいかなるものであってもよいが、通常は一般的な細胞培養条件と同様の条件であれば細胞間接着を形成することができる。かかる条件としては、例えば、約37℃、5%COでの培養が挙げられる。また、培養は通常の圧力下(大気圧下、非加圧下)で行うことができる。移植片形成培養(シート化培養)においては、細胞間接着が形成されればよいため、必ずしも細胞が増殖する必要はない。好ましい一態様において、移植片形成培養(シート化培養)は、細胞を増殖させずに行われる。培養は任意の大きさおよび形状の容器で行うことができる。シート状細胞培養物の大きさや形状は、培養容器の細胞付着面の大きさ・形状を調整すること、または、培養容器の細胞付着面に、所望の大きさ・形状の型枠を設置し、その内部で細胞を培養することなどにより任意に調節することができる。
【0045】
シート化培養の時間は、播種する細胞の種類や細胞密度により異なり得る。例えばiPS細胞から心筋細胞を調製してシート化する場合、例えば約2.1×10個/cmなどの密度で播種し、4日以上培養することによりシート化を行ってよい。また、播種密度をコンフルエントに達する密度、すなわちより高密度で播種する場合、シート化培養の期間を短縮することができ、培養時間は2~4日、より好ましくは2~3日であってよい。
【0046】
移植片形成(例えばシート化)に用いる媒体(移植片形成媒体、移植片形成がシート化である場合は特にシート化媒体と称する場合もある)としては、細胞接着性成分を含み、細胞の移植片形成を可能にするものであれば特に限定されず、例えば、生理食塩水、種々の生理緩衝液(例えば、PBS、HBSS等)、種々の細胞培養用の基礎培地をベースにした液体などを使用してもよい。かかる基礎培地には、限定されずに、例えば、DMEM、MEM、F12、DME、RPMI1640、MCDB(MCDB102、104、107、120、131、153、199など)、L15、SkBM、RITC80-7、DMEM/F12などが含まれる。これらの基礎培地の多くは市販されており、その組成も公知となっている。基礎培地は、標準的な組成のまま(例えば、市販されたままの状態で)用いてもよいし、細胞種や細胞条件に応じてその組成を適宜変更してもよい。したがって、本発明に用いる基礎培地は、公知の組成のものに限定されず、1または2以上の成分が追加、除去、増量もしくは減量されたものを含む。移植片形成媒体は、通常血清(例えば、ウシ胎仔血清などのウシ血清、ウマ血清、ヒト血清等)、種々の成長因子(例えば、FGF、EGF、VEGF、HGF等)などの添加物を含んでもよいが、シート状細胞培養物をゼノフリー条件下で製造する場合、特にウシ血清、ウマ血清などの異種血清を含まないことが好ましい。本開示は、細胞接着性成分を含む移植片形成媒体を用いて移植片形成培養することを特徴とし、これにより移植片形成媒体が無血清であっても高品質で移植片形成可能であるという効果を奏するものである。
したがって好ましい一態様において、移植片形成媒体は血清を含まない。
シート化媒体に含まれる細胞接着性成分の濃度は、細胞に悪影響を及ぼさない限り特に限定されないが、上記コーティングの際に用いられる濃度と同等またはそれ以下でよい。かかる濃度としては、例えばラミニン511やVTN-Nであれば約0.01~10μg/mL、好ましくは約0.1~1μg/mL、レトロネクチンで(R)あれば約0.2~100μg/mL、好ましくは約2~10μg/mLなどが挙げられる。
【0047】
別の好ましい一態様において、シート化媒体は、さらに血小板溶解物を含む。本開示において、「血小板溶解物」(Platelet lysate:PL)は、血小板に対して凍結融解を繰り返すことにより得られる、成長因子等を豊富に含む組成物をいう。かかる組成物は、細胞培養用の培地添加物として市販されており、当該技術分野において公知であり、例えばBieback et al., STEM CELLS, 2009;27:2331-2341に記載の方法などにより調製可能である。近年では、間葉系幹細胞の増殖を促進することなどが知られている。本発明者らは、心筋細胞を含むシート状細胞培養物の製造において、シート化媒体に血小板溶解物を含有せしめることにより、従来よりも早い培養日数で、強い自律拍動が観察されることを初めて見出した。
【0048】
移植片形成媒体中に含まれる血小板溶解物の濃度は、当該技術分野において通常用いられる程度であればよく、例えば1%、2.5%、5%、10%、15%、20%などであってよい。好ましい一態様において、血小板溶解物は、移植片形成媒体中に1%~20%、より好ましくは2%~10%、さらに好ましくは2.5%~10%程度含有される。
【0049】
移植片形成媒体は、移植片形成培養中に適宜入れ替えてよい。また、移植片形成の進行に合わせて媒体の組成を変化させてもよい。本発明者らは、iPS細胞から誘導された心筋細胞を含むシート状細胞培養物の製造において、Rhoキナーゼ(ROCK)阻害剤を添加したシート化媒体を、シート化培養1日目の媒体として用いることにより、効果的にシート状細胞培養物が形成されることを新たに見出した。したがって本開示の好適な一態様において、1日目のシート化培養に用いるシート化媒体は、Rhoキナーゼ阻害剤を含む。かかる態様においては、2日目以降のシート化媒体にはRhoキナーゼ阻害剤を含んでも含まなくてもよいが、好ましくはRhoキナーゼ阻害剤を含まない。
【0050】
培養基材は細胞接着性成分でコーティングされていてもコーティングされていなくてもよい。培養基材が細胞接着性成分でコーティングされている場合、培養基材をコーティングしている細胞接着性成分は、シート化媒体に含まれる細胞接着性成分と同一であってもよいし異なっていてもよいが、好ましくは同一の細胞接着性成分である。一態様において、培養基材は、細胞接着性成分のみ、好ましくはシート化媒体に含まれる細胞接着性成分のみでコーティングされている。したがってかかる態様においては、培養基材は細胞接着性成分以外の成分、例えば血清などを含まない。また、培養基材は、細胞接着性成分に代えてまたは加えて別の成分でコーティングされていてもよい。かかる別の成分としては、例えば上記培養基材の説明において例示したコーティング成分、例えば温度応答性材料などが挙げられる。一態様において、本開示の培養基材は、細胞接着性成分に加えて、血清、FBSまたはアルブミンでコーティングされている。
【0051】
移植片形成媒体に含まれる細胞接着性成分の濃度は、含まれる細胞接着性成分の種類や移植片形成する細胞の状態などにより異なり得る。例えば、バイアビリティの低い、すなわち活性が弱い細胞を用いている場合、細胞接着性成分の含有量は少ない方がよい。シート化媒体に含まれる細胞接着性成分の濃度は、培養基材のコーティング剤として同じ細胞接着性成分を用いる場合に使用する濃度を基準(100%)として、約0.1%、約0.5%、約1%、約5%、約10%、約20%、約25%、約50%、約75%、約100%などであってよい。したがって好ましい一態様において、シート化媒体に含まれる細胞接着性成分の濃度範囲は、培養基材のコーティング剤として同じ細胞接着性成分を用いる場合に使用する濃度を基準(100%)として、約0.1%~約100%、約0.1%~約100%、約0.1%~約50%、約0.1%~約25%、約0.1%~約20%、約0.1%~約10%、約1%~約100%、約1%~約100%、約0.5%~約100%、約0.5%~約100%、約0.5%~約50%、約0.5%~約25%、約0.5%~約20%、約0.5%~約10%、約1%~約50%、約1%~約25%、約1%~約20%、約1%~約10%、約0.5%~約100%、約5%~約100%、約5%~約50%、約5%~約25%、約5%~約20%、約5%~約10%などであってよい。
【0052】
上述のとおり、本開示の方法に用いられる心筋細胞は、生体から直接得られたものであっても、他の細胞から誘導されたものであってもよいが、好ましくは他の細胞から誘導されたものである。誘導する他の細胞としては、心筋線維芽細胞などの線維芽細胞、心臓前駆細胞などの心筋細胞に分化する前駆細胞の他、任意の細胞に分化し得る多能性幹細胞などが挙げられ、好ましくは多能性幹細胞、より好ましくはiPS細胞、さらに好ましくはヒトiPS細胞である。
【0053】
本開示の別の側面は、所望の体細胞、例えば心筋細胞を含むシート状細胞培養物を製造する方法に関する。かかる方法は、以下の工程を含む:
(A)細胞接着性成分およびマスキング成分でコーティングされた培養基材上に、コンフルエントに達する密度で所望の体細胞(以下、シート形成細胞と称する場合がある)を含む細胞集団を播種する工程;および
(B)播種した細胞集団を、シート化媒体中でシート化培養し、シート状細胞培養物を形成する工程。
工程(A)において、シート状細胞培養物を形成するための所望の体細胞(シート形成細胞)を含む細胞集団を、細胞接着性成分でコーティングされた培養基材上に播種する。培養基材への播種については、上記移植片の製造方法において詳述したとおりである。シート形成細胞は、上記移植片を構成する細胞において詳述した細胞を用いることができる。
【0054】
培養基材は、上記において詳述したとおりである。細胞接着性成分およびマスキング成分でのコーティングの方法および濃度はマスキング成分を含む媒体のコーティングにおいて詳述したとおりである。
【0055】
工程(B)において、培養基材上に播種されたシート形成細胞を含む細胞集団を、シート化媒体中でシート化培養する。ここでシート化培養は、上記移植片形成培養において詳述したとおりである。本側面の方法におけるシート化媒体は、細胞接着性成分を含んでも含まなくてもよいこと以外は、上記において詳述したとおりである。ある一態様において、シート化媒体は、細胞接着性成分を含む。別の一態様において、シート化媒体は、細胞接着性成分を含まない。
【0056】
本開示の別の側面は、シート状細胞培養物を製造するための培養基材表面を評価する方法に関する。かかる方法は、以下の工程を含む:
(i)細胞接着性成分で培養基材表面をコーティングする工程、それにより細胞の培養基材表面への細胞の接着性を向上させ、
(ii)さらにマスキング成分で培養基材表面をコーティングする工程、それにより培養基材表面への細胞の接着性を低下させ、
(iii)細胞接着性成分およびマスキング成分でコーティングされた培養基材上に、コンフルエントに達する密度で心筋細胞を播種する工程、
(iv)シート化媒体中でシート化培養し、シート状細胞培養物を形成する工程、および
(v)シート状細胞培養物の培養基材表面からの剥離状態を評価する工程。
【0057】
本側面の方法において、「培養基材表面を評価する」とは、細胞接着性成分およびマスキング成分を含む媒体でコーティングした培養基材を用いてシート化培養する際に、シート状細胞培養物の剥離状態の評価を通じてシート化培養基材として適切な基材表面を有しているか評価することを意味する。シート状細胞培養物の製造に用いる細胞は、ロットごとに培養基材からの剥離状態が異なるため、細胞のロットごとに培養基材表面を評価する必要がある。本側面の方法によれば、培養基材表面の評価を簡便かつ的確に行うことができる。
【0058】
工程(i)において、培養基材表面を細胞接着性成分でコーティングする。細胞接着性成分およびコーティングについては、上記移植片の製造方法において詳述したとおりである。
工程(ii)において、工程(i)でコーティングした細胞基材表面を、さらにマスキング成分でコーティングする。
【0059】
工程(iii)および(iv)については、上記シート状細胞培養物の製造方法において詳述したとおりである。
工程(v)において、シート状細胞培養物の培養基材表面からの剥離状態を評価する。「剥離状態を評価する」とは、コーティングした培養基材を用いてシート化培養および/または剥離作業をした際のシート状細胞培養物の培養基材からの剥離の有無および剥離の種類を評価することを意味する。かかる剥離状態を評価することにより、培養基材表面を評価することができる。剥離の種類には、主に自然剥離と剥離作業による剥離が存在し、自然剥離したものは細胞間結合力によるシート状細胞培養物の収縮が生じ得るため、剥離作業により剥離可能なものがより好ましい培養基材表面であると評価することができる。評価は、当業者であれば目視や画像解析など任意の方法を選択することができる。
【0060】
本開示の別の側面は、本開示の製造方法により製造されたシート状細胞培養物に関する。本発明の一態様において、本開示の製造方法により製造されたシート状細胞培養物は、心筋細胞からなる。本発明の別の態様において、本開示の製造方法により製造されたシート状細胞培養物は、心筋細胞、線維芽細胞、血管内皮細胞および/または壁細胞を含む。
本開示のシート状細胞培養物は、シート状細胞培養物の適用により改善される疾患、例えば、組織の異常に関連する種々の疾患の処置に有用である。したがって、一態様において、本開示のシート状細胞培養物は、シート状細胞培養物の適用により改善される疾患、特に、組織の異常に関連する疾患の処置に用いるためのものである。本開示のシート状細胞培養物は、従来のシート状細胞培養物に比べて高い機械的強度を有する以外は、これと同様の構成細胞固有の性質を有しているため、少なくとも従来の筋芽細胞または線維芽細胞を含むシート状細胞培養物による処置が可能な組織や疾患に適用することができる。処置の対象となる組織としては、限定されずに、例えば、心筋、角膜、網膜、食道、皮膚、関節、軟骨、肝臓、膵臓、歯肉、腎臓、甲状腺、骨格筋、中耳、骨髄、胃、小腸、十二指腸、大腸などの消化管などが挙げられる。また、処置の対象となる疾患としては、限定されずに、例えば、心疾患(例えば、心筋傷害(心筋梗塞、心外傷)、心筋症など)、角膜疾患(例えば、角膜上皮幹細胞疲弊症、角膜損傷(熱・化学腐食)、角膜潰瘍、角膜混濁、角膜穿孔、角膜瘢痕、スティーブンス・ジョンソン症候群、眼類天疱瘡など)、網膜疾患(例えば、網膜色素変性症、加齢黄斑変性症など)、食道疾患(例えば、食道手術(食道ガン除去)後の食道の炎症・狭窄の予防など)、皮膚疾患(例えば、皮膚損傷(外傷、熱傷)など)、関節疾患(例えば、変形性関節炎など)、軟骨疾患(例えば、軟骨の損傷など)、肝疾患(例えば、慢性肝疾患など)、膵臓疾患(例えば、糖尿病など)、歯科疾患(例えば、歯周病など)、腎臓疾患(例えば、腎不全、腎性貧血、腎性骨異栄養症など)、甲状腺疾患(例えば、甲状腺機能低下症など)、筋疾患(例えば、筋損傷、筋炎など)、中耳疾患(例えば、中耳炎など)、骨髄疾患(例えば、白血病、再生不良性貧血、免疫不全疾患など)が挙げられる。本開示のシート状細胞培養物が上記疾患に有用であることは、例えば、特許文献1、非特許文献1、Tanaka et al., J Gastroenterol. 2013;48(9):1081-9.などに記載されている。本開示のシート状細胞培養物は、注射可能な大きさに断片化し、これを処置が必要な部位に注射することで、単細胞懸濁液による注射よりも高い効果を得ることもできる(Wang et al., Cardiovasc Res. 2008;77(3):515-24)。したがって、本開示のシート状細胞培養物についても、このような利用法が可能である。
【0061】
本開示の別の側面は、本開示の方法により製造された移植片の有効量を、それを必要とする対象に適用することを含む、前記対象における疾患を処置する方法に関する。処置の対象となる疾患は、上記したとおりである。
【0062】
本開示において、用語「処置」は、疾患の治癒、一時的寛解または予防などを目的とする医学的に許容される全ての種類の予防的および/または治療的介入を包含するものとする。例えば、「処置」の用語は、組織の異常に関連する疾患の進行の遅延または停止、病変の退縮または消失、当該疾患発症の予防または再発の防止などを含む、種々の目的の医学的に許容される介入を包含する。
【0063】
本開示の処置方法においては、移植片の生存性、生着性および/または機能などを高める成分や、対象疾患の処置に有用な他の有効成分などを、本開示の移植片等と併用することができる。
【0064】
本開示の処置方法は、本開示の製造方法に従って、本開示の移植片を製造するステップをさらに含んでもよい。本開示の処置方法は、移植片を製造するステップの前に、対象から移植片を製造するための細胞(iPS細胞を用いる場合は、例えば、皮膚細胞、血球等)または細胞の供給源となる組織(iPS細胞を用いる場合は、例えば、皮膚組織、血液等)を採取するステップをさらに含んでもよい。一態様において、細胞または細胞の供給源となる組織を採取する対象は、細胞培養物、組成物、または移植片等の投与を受ける対象と同一の個体である。別の態様において、細胞または細胞の供給源となる組織を採取する対象は、細胞培養物、組成物、または移植片等の投与を受ける対象とは同種の別個体である。別の態様において、細胞または細胞の供給源となる組織を採取する対象は、移植片等の投与を受ける対象とは異種の個体である。
【0065】
本開示において、有効量とは、例えば、疾患の発症や再発を抑制し、症状を軽減し、または進行を遅延もしくは停止し得る量(例えば、シート状細胞培養物のサイズ、重量、枚数等)であり、好ましくは、当該疾患の発症および再発を予防し、または当該疾患を治癒する量である。また、投与による利益を超える悪影響が生じない量が好ましい。かかる量は、例えば、マウス、ラット、イヌまたはブタなどの実験動物や疾患モデル動物における試験などにより適宜決定することができ、このような試験法は当業者によく知られている。また、処置の対象となる組織病変の大きさは、有効量決定のための重要な指標となり得る。
【0066】
投与方法としては、例えば、静脈投与、筋肉内投与、骨内投与、髄腔内投与、組織への直接的な適用などが挙げられる。投与頻度は、典型的には1回の処置につき1回であるが、所望の効果が得られない場合には、複数回投与することも可能である。組織に適用する際、本発明の細胞培養物、組成物、またはシート状細胞培養物等を対象の組織に縫合糸やステープルなどの係止手段により固定してもよい。
【実施例
【0067】
本発明を以下の例を参照してより詳細に説明するが、これらは本発明の特定の具体例を示すものであり、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0068】
以下の実施例において、多能性幹細胞として、京都大学iPS細胞研究所(CiRA)で樹立された臨床用ヒトiPS細胞を用いた。M. Nakagawa et al., Scientific Reports, 4:3594 (2014)を参考に、ヒトiPS細胞をフィーダーフリー法で維持した。ついで、Miki et al., Cell Stem Cell 16, 699-711, June 4, 2015やWO2014/185358およびWO2017/038562の記載を参考にして、ヒトiPS細胞を心筋細胞へと分化誘導して胚様体を得た。具体的には、フィーダー細胞を含まない培養液で維持培養したヒトiPS細胞を、EZ Sphere(旭硝子)上で10μMのY27632(和光純薬)を含有するStemFit AK03培地(味の素)中で1日培養し、得られた胚様体をアクチビンA、骨形成タンパク質(BMP)4および塩基性線維芽細胞増殖因子(bFGF)を含有する培養液中で培養し、さらにWnt阻害剤(IWP3)およびBMP4阻害剤(Dorsomorphin)およびTGFβ阻害剤(SB431542)を含む培養液中で培養し、その後VEGFおよびbFGFを含む培養液中で培養を行うことで、iPS細胞由来のヒト心筋細胞を得た。得られた細胞集団における心筋細胞の割合は50%~90%であった。
【0069】
例1.FBS含有培地とPL含有培地との比較
上記で得られた、ヒトiPS細胞から分化誘導した心筋細胞を含む細胞集団を用い、シート化培養条件を検討した。DMEM/F12培地に20%FBSまたは5%ヒト血小板溶解物をそれぞれ加えたものをシート化媒体とした。血小板溶解物を加えたシート化媒体には、さらに細胞接着性成分としてラミニン(iMatrix-511)をそれぞれ0.1μg/mL、0.25μg/mLまたは0.5μg/mL加えた。また、シート化培養の1日目のみ、シート化媒体にRhoキナーゼ阻害剤Y27632を加えた。心筋細胞を含む細胞集団は、1.5×10個/cmの密度で温度応答性培養皿(UpCell(R)、セルシード)に播種し、37℃、5%COの環境で3日間培養した。温度応答性培養皿は、培養液と同じもの(ただしY27632は含まない)を入れて、37℃で一晩インキュベートしてコーティングしたものを用いた。培養の後、培養皿から心筋細胞を含むシート状細胞培養物を剥離した。
【0070】
結果を下表に示す。
【表1】
FBSを入れたシート化媒体を用いた場合は、3日間シート化培養した時点では、拍動が観察されなかったり、また観察されても弱い拍動であったのに対し、ラミニンおよび血小板溶解物を入れたシート化媒体を用いたものは、いずれも3日間の培養で強い拍動が観察された。
【0071】
例2.無血清培地でのシート化試験
例1と同様に、DMEM/F12培地に20%FBSを加えた標準的な培地と、血液由来成分を加えずラミニン(iMatrix-511)を0.1μg/mL加えた培地(E6)とをそれぞれシート化媒体として、シート化培養を行った。
結果を下表に示す。
【表2】
【0072】
ラミニンを含有する無血清培地(血液由来成分を含まない培地)でシート化した場合、培養2日目までは拍動が観察されなかったものの、3日目には自律拍動が観察されシート化することができた。培地に血清や血小板溶解物などの血液由来成分を含まなくとも細胞接着性成分(ラミニン)を含有することで自立拍動する心筋細胞シート状細胞培養物を得ることができることが明らかとなった。
【0073】
例3.細胞接着性成分の検討
ラミニン以外の細胞接着性成分を用いた場合であってもシート化が可能であるか否かを調べるため、細胞接着性成分として、ラミニン(iMatrix-511)、ビトロネクチン(VTN-N)およびフィブロネクチン(RetroNectin(R))(タカラバイオ)を用いてシート化培養を行った。iMatrix-511、VTN-NおよびRetroNectin(R)を培養基材のコーティングに用いる場合の推奨濃度はそれぞれ0.5μg/cm、0.5μg/cmおよび8μg/cmであり、シート化培養においては、推奨濃度および推奨濃度の1/10の濃度を用いてシート化培養を行った。例2で用いたE6培地のラミニン0.1μg/cmに代えて上記の細胞接着性成分をそれぞれ加えて、例2と同様にシート化培養を行った。
結果を図1に示す。いずれの培地を用いた場合であってもシート状細胞培養物を調製可能であった。
【0074】
例4.細胞の状態と至適濃度の検討
細胞の活性に影響を与え得る未分化細胞除去の工程を行った場合に細胞接着性成分がどのように影響するかを調べた。細胞の状態によってシート化培養に用い得る細胞接着性成分の至適濃度が変化するかどうかを確認するため、3種類の細胞を用いて検討した。高活性の細胞として、上記で得られたヒトiPS細胞から分化誘導した心筋細胞を含む細胞集団(細胞の凍結解凍の工程なし、未分化細胞除去の工程なし)を、中活性の細胞として、上記で得られたヒトiPS細胞から分化誘導した心筋細胞を含む細胞集団を一度凍結し、解凍したものを、低活性の細胞として、上記で得られたヒトiPS細胞から分化誘導した心筋細胞を含む細胞集団から未分化細胞の除去処理を行い、その後凍結し、解凍したものを用いた。未分化細胞の除去処理は、WO2017/038562に記載の熱処理、WO2007/088874に記載の無糖培地培養法、WO2016/072519に記載の抗CD30抗体結合薬剤処理を順に用いて行なった。
【0075】
上記3種の細胞を用い、細胞接着性成分として、iMatrix-511を推奨濃度の1/10の濃度加えたE6培地を用いて、例2と同様にシート化培養を行った。
その結果、高活性の細胞を用いた場合は、シート化できたが、細胞間接着力が強くなりシート状細胞培養物が自然剥離してしまった。中活性の細胞を用いた場合は、シート化でき、剥離作業により剥離可能であった。低活性の細胞を用いた場合は、剥離作業を行うと細胞間接着力が弱く、シートとして剥離することができなかった。そこで、低活性の細胞を用いて、iMatrix-511を推奨濃度の1/100の濃度加えたE6培地を用いて同様にシート化培養してみたところ、シート化でき、剥離作業により剥離可能であった。
【0076】
以上のことから、細胞の活性により細胞間接着力が変化するため、それに合わせた濃度の細胞接着性成分を添加する必要があることがわかった。すなわち、凍結・解凍の工程や未分化細胞除去の工程を行う場合、細胞の活性が低下して細胞間接着力が低下するため、細胞接着性成分を補うことが必要であることが明らかとなった。
【0077】
例5.細胞接着性成分およびマスキング成分によるコーティングの検討
細胞培養皿を細胞接着性成分とともにFBSなどのマスキング成分でコーティングした際にシート状細胞培養物の剥離状態がどのように変化するか調べた
DMEM/F12に0%、0.31%、0.63%、1.25%、2.5%、5%、10%、20%のFBSおよび0.076μg/cm、0.76μg/cm、7.6μg/cm、76μg/cmのiMatrix-511を加えたコーティング溶液計40種類を作成し、これを温度応答性培養皿の各ウェルに添加し37℃で一晩インキュベートしてコーティングした。コーティング溶液除去後、培養皿にHBSS(Invitrogen製)を1mL添加し、20秒間ゆっくりと撹拌洗浄を行った後ピペッティングにより廃棄し、これを2回繰り返し行った。例4の未分化細胞の除去処理を行なった低活性細胞を用いてiMatrix-511を推奨濃度の1/10の濃度加えたE6培地を用いてコーティングした培養皿を用いて例2と同様にシート化培養を行った。
【0078】
培養液を除去し、HBSS(+)を加え、室温で1時間30分間静置し、剥離作業を行なった。シート状細胞培養物の剥離状態を表3および図2に示す。表3の無色セルの「剥離」は自然剥離を示し、灰色セルの「剥離」は剥離作業によって剥離されたものを示す。×は剥離されなかったものを示す。
【0079】
【表3】
【0080】
FBSなどのマスキング成分を含むことで高濃度の細胞接着性成分を含む溶液でコーティングしても剥離可能であることが明らかとなった。これは細胞接着性成分による培養皿表面の細胞接着作用がマスキング成分により低減されたものと推測される。例4において低活性細胞は、細胞接着性成分を添加しなければ剥離できなかったが、細胞接着性成分およびマスキング成分のコーティングにより剥離可能となった。したがって、当該コーティングにより細胞の活性に応じた濃度の細胞接着性成分を補うことなくシート状細胞培養物を剥離することが出来ることが明らかとなった。さらにマスキング成分と細胞接着性成分の濃度調整をすることで自然剥離を抑え、剥離作業によってはじめて剥離可能となるようにシート状細胞培養物の剥離状態をコントロールできることが明らかとなった。
【産業上の利用可能性】
【0081】
本発明により、多能性幹細胞から分化誘導した細胞等を用いてシート状細胞培養物を形成する際に、高品質なシート状細胞培養物を得ることができる。特に臨床用に用いるゼノフリーなシート状細胞培養物の製造においても、高品質なシート状細胞培養物を簡便に形成することが可能となる。
図1
図2