(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-10-22
(45)【発行日】2024-10-30
(54)【発明の名称】リチウムイオン二次電池用正極活物質の前駆体の製造方法、及び、リチウムイオン二次電池用正極活物質の製造方法
(51)【国際特許分類】
H01M 4/525 20100101AFI20241023BHJP
H01M 4/505 20100101ALI20241023BHJP
C01G 53/00 20060101ALI20241023BHJP
【FI】
H01M4/525
H01M4/505
C01G53/00 A
(21)【出願番号】P 2020154655
(22)【出願日】2020-09-15
【審査請求日】2023-05-26
(73)【特許権者】
【識別番号】000183303
【氏名又は名称】住友金属鉱山株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100123869
【氏名又は名称】押田 良隆
(72)【発明者】
【氏名】岡 裕輔
(72)【発明者】
【氏名】野口 治夫
【審査官】梅野 太朗
(56)【参考文献】
【文献】特開2018-024570(JP,A)
【文献】特開2020-071899(JP,A)
【文献】特開2020-035693(JP,A)
【文献】特開2019-106238(JP,A)
【文献】国際公開第2016/208413(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01M4/00-4/62
C01G53/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
反応槽内に、少なくとも、ニッケル、コバルト、マンガンを含有する原料水溶液と、アンモニウムイオン供給体を含む水溶液と、アルカリ水溶液を導入、混合して形成した反応水溶液と、
前記反応槽内における前記反応水溶液以外を占有する気相部とで構成される反応槽内における前記反応水溶液中での晶析反応によりニッケルコバルトマンガン複合水酸化物粒子を得る製造方法であって、
前記気相部を酸化性雰囲気に調整し、前記酸化性雰囲気の中で、pHを12.0~14.0に制御して行う、種粒子生成工程と、
前記酸化性雰囲気を維持した状態で、pHを10.0~12.0に制御して行う、種粒子成長工程と、
前記気相部を、酸化性雰囲気から非酸化性雰囲気に切り替えて行なう粒子成長工程とを有し、
前記種粒子生成工程、及び前記種粒子成長工程では、前記反応水溶液中、及び、気相部内の両方に同期して酸化性ガスを導入することを特徴とするリチウムイオン二次電池用正極活物質の前駆体の製造方法。
【請求項2】
前記酸化性雰囲気が、前記反応槽内の前記気相部の酸素濃度が1容量%を超える雰囲気であり、
前記非酸化性雰囲気が、前記反応槽内の前記気相部の酸素濃度が1容量%以下である雰囲気であり、
前記酸化性ガスが、酸素濃度が1容量%を超えるガスであることを特徴とする請求項1に記載のリチウムイオン二次電池用正極活物質の前駆体の製造方法。
【請求項3】
前記酸化性ガスの導入が、散気管により、撹拌羽根中心の直下部から導入することを特徴とする、請求項1又は、2に記載のリチウムイオン二次電池用正極活物質の前駆体の製造方法。
【請求項4】
前記種粒子生成工程、及び前記種粒子成長工程では、前記反応槽内の前記反応水溶液中、及び、前記気相部中の両方に同期して前記酸化性ガスを導入する際、前記酸化性ガスの1分間当りの導入流量が、両方とも、前記反応槽の容量の1/100以上であることを特徴とする、請求項1~3のいずれか1項に記載のリチウムイオン二次電池用正極活物質の前駆体の製造方法。
【請求項5】
前記種粒子生成工程、及び前記種粒子成長工程では、前記反応槽内の温度が40℃以上となる様に維持した状態で、晶析反応を継続することを特徴とする請求項1~4のいずれか1項に記載のリチウムイオン二次電池用正極活物質の前駆体の製造方法。
【請求項6】
前記リチウムイオン二次電池用正極活物質
の前駆体が、一般式 : Ni
XCo
YMn
ZM
T(OH)
2+α(X+Y+Z+T=1、0.3≦X≦0.7、0≦Y≦0.4、0.1≦Z≦0.55、0≦T≦0.1、0≦α≦0.5、Mは、Mg、Ca、Al、Ti、V、Cr、Zr、Nb、Mo、Hf、Ta、Wから選択される一種以上の添加元素)で表される組成を有することを特徴とする請求項1~5のいずれか1項に記載のリチウムイオン二次電池用正極活物質の前駆体の製造方法。
【請求項7】
一般式:Li
1+UNi
XCo
YMn
ZM
T
O
2+α
(-0.05≦U≦0.50、X+Y+Z+T=1、0.3≦X≦0.7、0≦Y≦0.4、0.1≦Z≦0.55、0≦T≦0.1、0≦α≦0.5、Mは、Mg、Ca、Al、Ti、V、Cr、Zr、Nb、Mo、Hf、Ta、Wから選択される一種以上の添加元素)で表され、層状構造を有し、六方晶系の結晶構造を有し、中空構造を有するリチウムニッケルコバルトマンガン複合酸化物からなるリチウムイオン二次電池用正極活物質の製造方法であって、
請求項1~6のいずれか1項に記載の製造方法により得られるリチウムイオン二次電池用正極活物質の前駆体と、リチウム化合物を混合して、リチウム混合物を形成する混合工程と、
該混合工程で形成された前記リチウム混合物を、酸素濃度が10~100容量%の炉内雰囲気中で、800℃~1000℃の温度で焼成する焼成工程とを備え、前記リチウムイオン二次電池用正極活物質の吸油量を37.5ml/100g以上に制御出来ることを特徴とする、リチウムイオン二次電池用正極活物質の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、リチウムイオン二次電池用正極活物質の前駆体の製造方法、及び、リチウムイオン二次電池用正極活物質の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
地球レベルで益々深刻化している環境問題について、特に、ガソリン自動車や、ディーゼル自動車などの化石燃料を用いる車両から排出される排気ガスは、相変わらず、大気汚染の主な原因の一つとなっている。
これに対して、環境に優しいハイブリット自動車や、電気自動車への速やかな移行のため、高出力・高容量など、特性に優れた、リチウムイオン二次電池に関する世界的な研究開発が、現在もなお、多くの国々で行われている。また、スマートフォン、タブレット端末、モバイルPCなどのモバイル機器の需要急増に伴い、そのエネルギー源として、高いエネルギー密度と作動電位を示し、サイクル寿命が長く、自己放電率が低いなど、多くの長所を有するリチウムイオン二次電池が、更なる注目を集めている。
【0003】
この様な、リチウムイオン二次電池の正極活物質として、層状、又は、スピネル型の結晶構造を有する、リチウム金属複合酸化物を用いたリチウムイオン二次電池は、4V級の高い電圧が得られるため、高いエネルギー密度を示す二次電池として、実用化が進んでいる。
【0004】
このリチウム金属複合酸化物としては、合成が比較的容易なリチウムコバルト複合酸化物(LiCoO2)や、コバルトより安価なニッケルを用いたリチウムニッケル複合酸化物(LiNiO2)、リチウムニッケルコバルトマンガン複合酸化物(例えば、LiNi1/3Co1/3Mn1/3O2)、マンガンを用いたリチウムマンガン複合酸化物(LiMn2O4)、リチウムニッケルマンガン複合酸化物(LiNi0.5Mn0.5O2)、リチウムニッケルコバルトアルミニウム複合酸化物(例えば、LiNi0.75Co0.15Al0.10O2)などが提案されている。
【0005】
これらのリチウム金属複合酸化物の中でも、少なくとも、ニッケル、コバルト、マンガンを含有する、リチウムニッケルコバルトマンガン複合酸化物(NCMとも称される)からなる、3元系の正極活物質は、熱安定性に優れ、高容量で、サイクル特性が良好、かつ、低抵抗で高出力が得られる材料として、非常に注目されている。
このリチウムニッケルコバルトマンガン複合酸化物は、リチウムコバルト複合酸化物や、リチウムニッケル複合酸化物などと同じく、層状結晶構造を有する化合物である。
【0006】
リチウム金属複合酸化物に関しては、その内部抵抗の低減による高出力化に、その開発の重点が置かれており、リチウムニッケル複合酸化物の特性を改善した、リチウムニッケルコバルトアルミニウム含有複合酸化物(NCA)も注目されているが、リチウムニッケルコバルトマンガン複合酸化物は、このリチウムニッケルコバルトアルミニウム含有複合酸化物との比較においても、耐候性により優れ、かつ、より取り扱い易い材料であることから、リチウム金属複合酸化物の開発において、最重要視されている。そこで、リチウムニッケルコバルトマンガン複合酸化物からなる、3元系の正極活物質に対しては、特に、電気自動車用の電源用途において、更なる内部抵抗の低減による高出力化が、高いレベルで要求されている。
【0007】
ところで、サイクル特性や、出力特性などに優れた、リチウムイオン二次電池を得るためには、リチウムイオン二次電池の正極材料である正極活物質が、小粒径で粒度分布が狭い粒子により、構成されていることが必要となる。
これは、粒径が小さい粒子は、比表面積が大きく、正極活物質として用いた場合に、電解質との反応面積を十分に確保することが出来るばかりでなく、正極を薄く構成し、リチウムイオンの正極-負極間の移動距離を短くすることが出来るため、正極抵抗の低減が可能だからである。また、粒度分布が狭い粒子は、電極内で粒子に印加される電圧を均一化出来るため、微粒子が選択的に劣化することによる、電池容量の低下を抑制することが可能だからである。
【0008】
そこで、出力特性の更なる改善を図るためには、正極活物質の内部に、電解質が侵入可能な空間部を形成することが有効である。この様な正極活物質は、粒径が同程度である中実構造の正極活物質と比べて、電解質との反応面積を大きくすることが出来るため、正極抵抗を大幅に低減することが可能となる。なお、正極活物質は、その前駆体となる金属複合水酸化物の粒子性状を、引き継ぐことが知られている。即ち、前述した正極活物質を得るためには、その前駆体となる、金属複合水酸化物における粒子の粒径、粒度分布、及び、粒子構造などを、適切に制御することが必要となる。
【0009】
例えば、特許文献1~4には、主として核生成を行う「核生成工程」と、主として粒子成長を行う「粒子成長工程」との2段階に、明確に分離した晶析反応により、正極活物質の前駆体となる、金属複合水酸化物を製造する方法が開示されている。これらの方法では、核生成工程、及び、粒子成長工程における、pHや反応雰囲気を適宜調整することで、小粒径で粒度分布が狭く、かつ、微細一次粒子からなる低密度の中心部と、板状、又は、針状一次粒子からなる、高密度の外殻部とから構成される、金属複合水酸化物を得ている。
【0010】
上記の様な方法で得られた、低密度な中心部と高密度な外殻部から構成される、金属複合水酸化物を前駆体とする正極活物質は、小粒径で粒度分布が狭く、中空構造、又は、空間部を有する構造を備えたものとなる。それにより、電解質との接触面積が増え、リチウムイオンの移動が容易になり、サイクル特性や出力特性などに優れた正極活物質を得ることが出来る。
【0011】
ここで、電解質との接触状態を評価可能であることが重要であるが、特許文献5にも記載されている通り、得られた正極活物質において、電解質との接触面積を評価する指標として「吸油量」があり、吸油量が高ければ、サイクル特性、及び、出力特性に優れた正極活物質であることの裏付けの一つとされている。
そこで、正極活物質の吸油量を向上させる方法として、特許文献6では、前駆体製造時、晶析反応の雰囲気を、酸化性雰囲気と非酸化性雰囲気で、複数回切り替えることにより、低密度領域と高密度領域が、交互に積層した金属複合水酸化物を得る方法が報告されている。この金属複合水酸化物を前駆体として用いると、多孔質構造を有する正極活物質を得ることが出来る。
しかし、この方法では、正極活物質とした際、吸油量の改善に効果があるものの、金属複合水酸化物の製造時、酸化性雰囲気と非酸化性雰囲気の切り替えに、時間を有することから、生産性の悪化に繋がることと、切り替え時の雰囲気制御の困難さが、懸念点として挙げられている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0012】
【文献】特開2012-246199号公報
【文献】特開2013-147416号公報
【文献】WO2012/131881号公報
【文献】WO2014/181891号公報
【文献】特開2018-022568号公報
【文献】特開2018-104273号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
本発明は、前述の問題点に鑑み、従来の方法より容易な方法で、吸油量が高く、出力特性の改善が可能な、ニッケルコバルトマンガン複合水酸化物である、リチウムイオン二次電池用正極活物質の前駆体の製造方法、及び、リチウムイオン二次電池用正極活物質の製造方法を、提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明者は、酸化性雰囲気と非酸化性雰囲気の切り替えが1回で済む、中空構造を有する正極活物質の前駆体である、ニッケルコバルトマンガン複合水酸化物の製造方法に着目し、種粒子生成工程、及び、種粒子成長工程において、酸化性ガスの導入(以降、「打ち込み」とも称する)方法を変えること、即ち、酸化性ガスの打ち込みには、これまで、散気管を用いて、反応槽内の反応水溶液中を、バブリングする方法が行われてきたが、本発明では、反応槽内の反応水溶液中へのバブリングに加えて、反応槽内の気相(反応水溶液の液面より上の空間)中への打ち込みを、同時併用することが、より有効な手段であることを見出した。
この結果、種粒子の密度を制御した前駆体が得られ、かつ、この前駆体を用いて製造した正極活物質が、高い吸油量を有し、出力特性の改善が図れるとの知見を得て、本発明を完成するに至った。
【0015】
本発明の第1の態様は、反応槽内に、少なくとも、ニッケル、コバルト、マンガンを含有する原料水溶液と、アンモニウムイオン供給体を含む水溶液と、アルカリ水溶液を導入、混合して形成した反応水溶液と、前記反応槽内における前記反応水溶液以外を占有する気相部とで構成される反応槽内における前記反応水溶液中での晶析反応によりニッケルコバルトマンガン複合水酸化物粒子を得る製造方法であって、前記気相部を酸化性雰囲気に調整し、前記酸化性雰囲気の中で、pHを12.0~14.0に制御して行う、種粒子生成工程と、前記酸化性雰囲気を維持した状態で、pHを10.0~12.0に制御して行う、種粒子成長工程と、前記気相部を、酸化性雰囲気から非酸化性雰囲気に切り替えて行なう粒子成長工程とを有し、前記種粒子生成工程、及び前記種粒子成長工程では、前記反応水溶液中、及び、気相部内の両方に同期して酸化性ガスを導入することを特徴とするリチウムイオン二次電池用正極活物質の前駆体の製造方法である。
【0016】
本発明の第2の態様は、第1の態様に記載の発明における酸化性雰囲気が、前記反応槽内の前記気相部の酸素濃度が1容量%を超える雰囲気であり、前記非酸化性雰囲気が、前記反応槽内の前記気相部の酸素濃度が1容量%以下である雰囲気であり、前記酸化性ガスが、酸素濃度が1容量%を超えるガスであることを特徴とするリチウムイオン二次電池用正極活物質の前駆体の製造方法である。
【0017】
本発明の第3の態様は、第1及び第2の態様に記載の発明における酸化性ガスの導入が、散気管により、撹拌羽根中心の直下部から導入することを特徴とするリチウムイオン二次電池用正極活物質の前駆体の製造方法である。
【0018】
本発明の第4の態様は、第1~第3の態様に記載の発明における前記種粒子生成工程、及び前記種粒子成長工程では、前記反応槽内の前記反応水溶液中、及び、前記気相部中の両方に同期して前記酸化性ガスを導入する際、前記酸化性ガスの1分間当りの導入流量が、両方とも、前記反応槽の容量の1/100以上であることを特徴とするリチウムイオン二次電池用正極活物質の前駆体の製造方法である。
【0019】
本発明の第5の態様は、第1~第4の態様に記載の発明における前記種粒子生成工程、及び前記種粒子成長工程では、前記反応槽内の温度が40℃以上となる様に維持した状態で、晶析反応を継続することを特徴とするリチウムイオン二次電池用正極活物質の前駆体の製造方法である。
【0020】
本発明の第6の態様は、第1~第5の態様に記載の発明における前記リチウムイオン二次電池用正極活物質の前駆体が、一般式 : NiXCoYMnZMT(OH)2+α(X+Y+Z+T=1、0.3≦X≦0.7、0≦Y≦0.4、0.1≦Z≦0.55、0≦T≦0.1、0≦α≦0.5、Mは、Mg、Ca、Al、Ti、V、Cr、Zr、Nb、Mo、Hf、Ta、Wから選択される一種以上の添加元素)で表される組成を有することを特徴とするリチウムイオン二次電池用正極活物質の前駆体の製造方法である。
【0021】
本発明の第7の態様は、一般式:Li1+UNiXCoYMnZMT
O
2+α
(-0.05≦U≦0.50、X+Y+Z+T=1、0.3≦X≦0.7、0≦Y≦0.4、0.1≦Z≦0.55、0≦T≦0.1、0≦α≦0.5、Mは、Mg、Ca、Al、Ti、V、Cr、Zr、Nb、Mo、Hf、Ta、Wから選択される一種以上の添加元素)で表され、層状構造を有し、六方晶系の結晶構造を有し、中空構造を有するリチウムニッケルコバルトマンガン複合酸化物からなるリチウムイオン二次電池用正極活物質の製造方法であって、第1~第6の態様に記載の製造方法により得られるリチウムイオン二次電池用正極活物質の前駆体と、リチウム化合物を混合して、リチウム混合物を形成する混合工程と、該混合工程で形成された前記リチウム混合物を、酸素濃度が10~100容量%の炉内雰囲気中で、800℃~1000℃の温度で焼成する焼成工程とを備え、前記リチウムイオン二次電池用正極活物質の吸油量を37.5ml/100g以上に制御出来ることを特徴とする、リチウムイオン二次電池用正極活物質の製造方法である。
【発明の効果】
【0022】
本発明の製造方法によれば、種粒子の密度を制御した、リチウムイオン二次電池用正極活物質の前駆体が得られ、かつ、この前駆体を用いて製造した、リチウムイオン二次電池用正極活物質が、高い吸油量を有し、出力特性の改善が図れる。
【図面の簡単な説明】
【0023】
【
図1】
図1は、本発明における、リチウムイオン二次電池用正極活物質の前駆体の製造工程を示す、概略フローチャートである。
【
図2】
図2は、本発明における、酸化性ガスの導入(打ち込みとも称す)方法の概略図で、(a)は本発明法、(b)は従来法を説明する図である。
【発明を実施するための形態】
【0024】
本発明は、リチウムイオン二次電池用正極活物質の前駆体の製造方法、及び、リチウムイオン二次電池用正極活物質の製造方法に関するものである。
リチウムイオン二次電池(以降、「二次電池」、「電池」とも称する) の性能を向上させる上で、正極に用いられる正極活物質の及ぼす影響は大きく、優れた出力特性を持つ二次電池を得るためには、高い吸油量を有する正極活物質の開発が必要である。
【0025】
本発明の製造方法で得られる、ニッケルコバルトマンガン複合水酸化物(以降、「複合水酸化物」とも称する)は、一次粒子が凝集した二次粒子からなり、二次粒子の中心部に存在する微細で疎らな一次粒子の集合体(以降、「中心部」とも称する)と、それを包み込む外周の緻密な一次粒子の集合体(以降、「外殻部」とも称する) を備える。
この複合水酸化物は、正極活物質の製造過程の焼成工程において、焼成が、外殻部より中心部で、更には低温から進行し、中心部の一次粒子は、二次粒子の中心から焼成の進行が遅い外殻部側へ収縮する。
また、中心部は低密度であるため、その収縮率も大きくなり、中心部は十分な大きさを有する空間となり、正極活物質の内部において中空部を形成する。
【0026】
後述の種粒子生成工程で生成する種粒子は、前述の中心部をなすものであり、種粒子の遠心沈降密度が低くなる様に制御することで、中心部は、十分に微細な一次粒子が連なった隙間が、より多い構造となり、前述の焼成工程で大きな収縮量を示し、得られる正極活物質は、十分な大きさの中空部を有することになる。また、中心部は、微細な一次粒子が多くなるため、外殻部の一次粒子の大きさも小さくなり、正極活物質の外郭部が薄くなる。これにより、正極活物質の吸油量は大きなものとなり、電池に用いられた際に優れた出力特性を示す。
【0027】
また、本発明において、「吸油量」は、「JIS_K_6217-4(ゴム用カーボンブラック-基本特性-第4部:オイル吸収量の求め方(圧縮試料を含む))」に記載の手順に従い、操作することにより求められる。但し、その操作工程が煩雑であるため、一般的には、上記のJISに準拠して上市された、吸油量(吸収量)測定装置(例えば、株式会社あさひ総研製の「S-500」など)を用いて、吸油量は測定される。
なお、通常、測定用オイル(油)には、フタル酸ジ-n-ブチル(ジ-n-ブチルフタレート、DBP)が用いられるほか、その測定結果は、試料100g当たりの吸油量で算出されるため、単位は「ml/100g」で表される。
【0028】
以下、次の順序の通り、本発明の好適な実施の形態について、詳細に説明する。
1.リチウムイオン二次電池用正極活物質の前駆体の製造方法
2.リチウムイオン二次電池用正極活物質の製造方法
なお、以下に説明する本実施形態は、特許請求の範囲に記載された本発明の内容を、不当に限定するものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲で、変更が可能である。また、本実施形態で説明される構成の全てが、本発明の解決手段として必須であるとは限らない。
【0029】
1.リチウムイオン二次電池用正極活物質の前駆体の製造方法
〔概要〕
本発明のリチウムイオン二次電池用正極活物質の前駆体の製造方法は、一般式:NiXCoYMnZMT(OH)2+α(X+Y+Z+T=1、0.3≦X≦0.7、0≦Y≦0.4、0.1≦Z≦0.55、0≦T≦0.1、0≦α≦0.5、Mは、Mg、Ca、Al、Ti、V、Cr、Zr、Nb、Mo、Hf、Ta、Wから選択される一種以上の添加元素)で表される組成を有することを特徴とする、ニッケルコバルトマンガン複合水酸化物の製造方法であって、少なくとも、ニッケルを含有する金属化合物、及び、コバルトを含有する金属化合物、及び、マンガンを含有する金属化合物を溶解した原料水溶液と、アンモニウムイオン供給体を含む水溶液と、アルカリ水溶液を供給すると共に、液温25℃基準でpHが12.0~14.0となる様に制御しつつ、酸素濃度が1容量%を超える酸化性雰囲気中で種粒子生成を行う「種粒子生成工程」と、種粒子生成工程で生成した種粒子を含有する反応水溶液に、少なくとも、ニッケルを含有する金属化合物、及び、コバルトを含有する金属化合物、及び、マンガンを含有する金属化合物を溶解した原料水溶液と、アンモニウムイオン供給体を含む水溶液と、アルカリ水溶液を供給すると共に、液温25℃基準でpHが10.0~12.0(種粒子生成工程のpH範囲より低いpH範囲)となる様に制御しつつ、酸素濃度が1容量%を超える酸化性雰囲気を継続する「種粒子成長工程」と、種粒子成長工程で成長した種粒子を含有する反応水溶液に、少なくとも、ニッケルを含有する金属化合物、及び、コバルトを含有する金属化合物、及び、マンガンを含有する金属化合物を溶解した原料水溶液と、アンモニウムイオン供給体を含む水溶液と、アルカリ水溶液を供給すると共に、それまでの酸化性雰囲気から、酸素濃度1容量%以下である非酸化性雰囲気に切り替え、種粒子を粒子にまで成長させる「粒子成長工程」と、を備える晶析反応であることを特徴とする。
【0030】
〔晶析反応〕
本発明の複合水酸化物の製造方法は、晶析反応により、ニッケルコバルトマンガン複合水酸化物を製造する方法であって、(A)種粒子生成工程と、(B)種粒子成長工程と、(C)粒子成長工程から構成されており、
図1にも示した通り、(A)、及び、(B)において、従来の製造方法とは異なる、酸化性ガスの打ち込みを行うことを特徴とする。
【0031】
(A)種粒子生成工程
まず、ニッケル、コバルト、マンガンを含有する複数の金属化合物を、所定の割合で水に溶解させ、原料水溶液を作製する。本発明の複合水酸化物の製造方法では、得られる複合水酸化物の各金属の組成比は、原料水溶液の各金属の組成比と同様となる。
従って、原料水溶液の各金属の組成比が、本発明における、複合水酸化物の各金属の組成比の範囲と、同じ組成比の範囲となる様に、水に溶解させる金属化合物の割合を制御して、原料水溶液を作製する。
【0032】
一方、反応槽には、水、アンモニウムイオン供給体を含む水溶液(アンモニア水溶液など)、アルカリ水溶液(水酸化ナトリウム水溶液など)を供給後、更に、原料水溶液を供給し、混合して反応水溶液を作製する。反応水溶液のpHは、アルカリ水溶液の供給量を制御することにより、液温25℃基準で12.0~14.0、好ましくは12.3~13.5、より好ましくは12.5~13.0となる様に調整する。また、反応水溶液中のアンモニウムイオン濃度は、アンモニウムイオン供給体を含む水溶液の供給量を制御することにより、3~25g/L、好ましくは5~20g/L、より好ましくは10~15g/Lとなる様に調整する。
【0033】
なお、反応槽内の温度は、40℃ 以上とすることが好ましく、高温にする程、より好ましい。但し、60℃を超える温度にすると、アンモニウムイオンの揮発が起こるため、40~60℃に制御するのがよいが、40~50℃に制御するのが、特に好ましい。この際、反応槽内の空間(気相部)の雰囲気は、酸素濃度が1容量%を超える酸化性ガスを用いて、酸化性雰囲気に制御し、1容量%を超える酸素濃度、好ましくは10容量%を超える酸素濃度、より好ましくは20容量%を超える酸素濃度とする。
【0034】
その酸化性雰囲気の制御に用いる反応槽の構成を
図2に示す。
図2は、酸化性ガスの導入(打ち込みとも称す)方法の概略図で、(a)は本発明法、(b)は従来法を説明する図である。
図2において、1は反応槽、2、3はガスを導入する散気管、4は撹拌羽根、5は反応水溶液、6は撹拌機、Aは反応槽内の気相部である。
【0035】
本実施態様における酸化性ガスの導入には、
図2(a)に示す様に散気管2、3を使用し、反応槽1内の反応水溶液5中へのバブリング(散気管3を使用)に加えて、反応槽1内の気相部A(反応水溶液の液面より上の空間部)中への打ち込み(散気管2を使用)を、同時併用することが好ましい。更に、反応槽内1の反応水溶液5中へのバブリングでは、酸化性ガスを、散気管3により、撹拌羽根4の中心の直下部から導入することが好ましい。
これにより、散気管3でバブリングされた酸化性ガスの泡を、撹拌羽根4の回転で剪断し、より細かな泡にした状態で、反応水溶液5中に拡散させることが出来る。反応槽1内の反応水溶液5のpH、アンモニウムイオン濃度、反応槽1内の気相部Aの酸素濃度については、それぞれ一般的なpH計、イオンメーター、酸素濃度計を用いて測定が可能である。
【0036】
前述の操作により、反応水溶液中において、複合水酸化物の微細な種粒子が生成する。この時、反応水溶液のpHは、液温25℃基準で12.0~14.0の範囲内であるため、生成した種粒子は、殆ど成長することなく、種粒子の生成が優先的に行われる。なお、反応水溶液のpH、及び、アンモニウムイオン濃度が変化しない様に、原料水溶液と共に、アンモニウムイオン供給体を含む水溶液、アルカリ水溶液を継続して供給し、反応水溶液のpHが液温25℃基準で12.0~14.0の範囲、アンモニウムイオン濃度が3~25g/Lの範囲を、それぞれ維持出来る様に制御する。
【0037】
反応水溶液に対し、アンモニウムイオン供給体を含む水溶液、アルカリ水溶液、原料水溶液を継続して供給することで、反応溶液中でも、連続して新しい種粒子の生成が継続される。そして、反応水溶液中に、所定量の種粒子が生成されると、種粒子生成工程を終了する。所定量の種粒子が生成したか否かは、反応水溶液に添加した金属塩の量から判断する。
【0038】
(B)種粒子成長工程
種粒子生成工程が終了後、酸化性雰囲気を維持しながら、アルカリ水溶液の供給量を制御し、反応水溶液のpHを、液温25℃基準で10.0~12.0、好ましくは10.5~12.0、より好ましくは11.0~12.0となる様に調整する。
【0039】
また、種粒子生成工程と同様に、反応槽内の温度は、40~50℃に制御するのが、特に好ましく、かつ、反応槽内の雰囲気は、酸化性ガスにより酸化性雰囲気を維持したままで、酸化性ガスの導入には、前工程と同様に散気管を使用し、反応槽内の反応水溶液中へのバブリングに加えて、反応槽内の気相部(反応水溶液の液面より上の空間部)中への打ち込みを、同時併用することが好ましい。
更に、反応槽内の反応水溶液中へのバブリングでは、酸化性ガスを、散気管により、撹拌羽根中心の直下部から導入することが好ましい。
【0040】
反応水溶液のpHを上記の範囲とすることで、種粒子生成より、種粒子成長の方が優先して起こるため、新たな種粒子が殆ど生成することなく、種粒子の成長が促進される。同様に、アンモニウムイオン供給体を含む水溶液を供給し、アンモニウムイオン濃度が3~25g/Lの範囲を維持出来る様に制御する。その後、種粒子が所定の粒径まで成長した時点で、種粒子成長工程を終了する。
【0041】
(C)粒子成長工程
種粒子成長工程が終了後、反応水溶液のpHを、液温25℃基準で、10.0~12.0、好ましくは10.5~12.0、より好ましくは11.0~12.0となる様に維持しつつ、アンモニウムイオン濃度を、3~25g/L、好ましくは5~20g/L、より好ましくは10~15g/Lとなる様に維持しながら、反応槽内の雰囲気を、酸化性雰囲気から非酸化性雰囲気に切り替える。
非酸化性雰囲気は、窒素ガスなどの不活性ガスを用いて、1容量%以下の酸素濃度、好ましくは0.5容量%以下の酸素濃度、より好ましくは0.1容量%以下の酸素濃度とする。
【0042】
この雰囲気を切り替えることで、種粒子、即ち、微細一次粒子が粗な状態となり形成された複合水酸化物粒子の中心部の外側に、一次粒子より大きな板状一次粒子が密な状態となり形成された外殻部を有する、上記の粒子構造を形成することが出来る。
粒子成長工程でも、反応水溶液には、新たな種粒子は殆ど生成することなく、種粒子が更に成長(粒子成長)して、所定の粒子径を有する複合水酸化物が形成される。
【0043】
その後、上記の複合水酸化物が、所定の粒径まで成長した時点で、粒子成長工程を終了する。複合水酸化物の粒径は、予備試験により、種粒子生成工程、種粒子成長工程、粒子成長工程の各工程における、それぞれの時点での反応水溶液への金属塩の添加量と、得られる粒子の粒径の関係を求めておけば、各工程での金属塩の添加量から容易に判断出来る。
【0044】
以上の(A)、(B)、(C)で説明した通り、複合水酸化物の製造方法において、種粒子生成工程では、種粒子生成が優先して起こるため、種粒子の成長は殆ど生じず、逆に、種粒子成長工程、粒子成長工程では、粒子成長が優先して起こるため、殆ど新しい種粒子は生成しない。このため、種粒子生成工程では、粒度分布が狭い均質な種粒子を形成でき、また、種粒子成長工程、粒子成長工程では、均質に種粒子を成長させることが出来る。
【0045】
更に、前述の様に、雰囲気を切り替えることで、微細一次粒子が粗な状態となり形成された中心部と、該微細な一次粒子より大きな一次粒子が密な状態となり形成された外郭部とからなる粒子構造とすることが出来る。
なお、反応水溶液のpHは、アルカリ水溶液のほか、金属化合物を構成する酸と同種の無機酸、例えば、硫酸塩の場合、硫酸を反応水溶液に添加することでも、制御することが出来る。
【0046】
以下に、各工程における共通製造因子の詳細について説明する。
〔反応雰囲気〕
本発明の複合水酸化物が有する粒子構造は、種粒子生成工程、種粒子成長工程、粒子成長工程における、反応槽内の雰囲気制御により形成されるため、これらは重要な意義を持つ。晶析反応中の反応槽内が酸化性雰囲気では、複合水酸化物の一次粒子が成長しないため、微細な一次粒子により、空隙が多く粗な低密度の粒子が形成され、非酸化性雰囲気では、一次粒子が大きく、緻密で高密度の粒子が形成される。
【0047】
即ち、種粒子生成工程と種粒子成長工程を、酸化性雰囲気とすることで、微細一次粒子が粗な状態となった中心部が形成され、その後の粒子成長工程において、酸化性雰囲気から非酸化性雰囲気に切り替えることで、中心部の外側に、微細一次粒子より大きな板状一次粒子が密な状態となった外殻部を有する、粒子構造を形成することが出来る。
【0048】
この雰囲気に制御された晶析反応では、通常、中心部の一次粒子は微細な板状、及び/又は、針状となり、外殻部の一次粒子は板状となるが、組成によっては、直方体、楕円、稜面体などの形状となる場合もある。
【0049】
中心部を形成するための酸化性雰囲気は、「反応槽内の酸素濃度が1容量%を超える雰囲気」と定義される。また、酸素濃度が10容量%を超える酸化性雰囲気が好ましく、酸素濃度が20容量%を超える酸化性雰囲気がより好ましい。酸素濃度が1容量%を超える雰囲気とすることで、中心部の一次粒子の平均粒径を、0.01~0.3μmとすることが出来る。酸素濃度が1容量%以下では、中心部の一次粒子の平均粒径が0.3μmを超えることがある。酸素濃度の上限は、特に限定されないが、30容量%を超えると、中心部の一次粒子の平均粒径が0.01μm未満となる場合があり、好ましくない。
【0050】
一方、外殻部を形成するための非酸化性雰囲気は、「反応槽内の酸素濃度が1容量%以下である雰囲気」と定義される。好ましくは、酸素濃度が0.5容量%以下、より好ましくは、0.1容量%以下となる様に、酸素と不活性ガスの混合雰囲気に制御する。反応槽内空間の酸素濃度を1容量%以下にし、粒子成長させることにより、粒子の不要な酸化を抑制し、一次粒子の成長を促して、平均粒径が0.30~3.0μmで、中心部より大きい一次粒子径で粒度が揃った、緻密で高密度の外殻部を有する二次粒子を得ることが出来る。
【0051】
この様な雰囲気に、反応槽内を保つための手段としては、酸化性雰囲気とする場合には、空気などの酸化性ガスを、非酸化性雰囲気とする場合には、窒素などの不活性ガスを、反応槽内の空間(気相部)に導入させることが知られており、従来の方法では、反応水溶液中へのガスのバブリングが有効であることが知られている。
【0052】
そこで、本発明では、
図2(a)に示すように、「液中へのバブリング」と「気相部打ち込み」の2つを、同時に行うことを特徴とする。また、「液中へのバブリング」では、上記のガスを、散気管3により、撹拌羽根4の中心の直下部から導入することが好ましい。これにより、散気管3でバブリングされたガスの泡を、撹拌羽根4の回転で剪断し、より細かな泡にした状態で、反応水溶液5中に拡散させることが出来る。
【0053】
粒子成長工程での雰囲気の切り替えは、最終的に得られる正極活物質において、微粒子が発生し、サイクル特性が悪化しない程度の中空部が得られる様に、複合水酸化物の粒子の中心部の大きさを考慮して、そのタイミングが決定される。
例えば、粒子成長工程の全時間に対して、粒子成長工程の開始時から0~40% 、好ましくは0~30%、より好ましくは0~25%の時間の範囲で行う。粒子成長工程の全時間に対して、40%を超える時点で切り替えを行うと、形成される中心部が大きくなり、二次粒子の粒径における外殻部の厚さが、薄くなり過ぎることがある。一方、粒子成長工程の開始前、即ち、種粒子成長工程中に切り替えを行うと、中心部が小さくなり過ぎるか、若しくは、上記の構造を有する二次粒子が形成されない。
【0054】
〔pH制御〕
種粒子生成工程においては、反応水溶液のpHが、液温25℃基準で12.0~14.0、好ましくは12.3~13.5の範囲となる様に、制御する必要がある。pHが14.0を超える場合、生成する種粒子が微細になり過ぎ、反応水溶液がゲル化する問題がある。また、pHが12.0未満では、種粒子形成と共に種粒子の成長反応が生じるので、形成される種粒子の粒度分布が広くなり、不均質なものとなってしまう。即ち、種粒子生成工程において、上記の範囲に反応水溶液のpHを制御することにより、種粒子の成長を抑制し、ほぼ種粒子生成のみを起こすことができ、形成される種粒子も、均質、かつ、粒度分布が狭いものとすることが出来る。
【0055】
一方、種粒子成長工程と粒子成長工程においては、反応水溶液のpHが、液温25℃基準で10.5~12.0、好ましくは11.0~12.0の範囲となる様に、制御する必要がある。pHが12.0を超える場合、新たに生成される種粒子が多くなり、微細二次粒子が生成するため、粒径分布の良好な水酸化物が得られない。また、pHが10.5未満では、アンモニアイオンによる溶解度が高く、析出せずに液中に残る金属イオンが増えるため、生産効率が悪化する。即ち、粒子成長工程において、上記の範囲に反応水溶液のpHを制御することにより、種粒子生成工程で生成した種粒子の成長のみを優先的に起こさせ、新たな種粒子形成を抑制することができ、得られる複合水酸化物を均質、かつ、粒度分布が狭いものとすることが出来る。
【0056】
種粒子生成工程、種粒子成長工程、粒子成長工程のいずれにおいても、pHの変動幅は、設定値の±0.2以内とすることが好ましい。pHの変動幅が大きい場合、種粒子生成、種粒子成長、粒子成長が一定とならず、粒度分布が狭い、均一な複合水酸化物を得られない場合がある。
なお、pHが12.0の場合は、種粒子生成と種粒子成長の境界条件であるため、反応水溶液中に存在する種粒子の有無により、種粒子生成工程、若しくは、種粒子成長工程のいずれかの条件とすることが出来る。
【0057】
即ち、種粒子生成工程のpHを12.0より高くして、多量に種粒子を生成させた後、種粒子成長工程でpHを12.0にすると、反応水溶液中に多量の種粒子が存在するため、種粒子の成長が優先して起こり、粒径分布が狭く、比較的大きな粒径の水酸化物が得られる。一方、反応水溶液中に種粒子が存在しない状態、即ち、種粒子生成工程のpHを12.0とした場合、成長する種粒子が存在しないため、種粒子生成が優先して起こり、粒子成長工程のpHを12.0より小さくすることで、生成した種粒子が成長し、良好な水酸化物が得られる。
【0058】
いずれの場合においても、種粒子成長工程、及び、粒子成長工程のpHを、種粒子生成工程のpHより低値で制御すればよく、種粒子生成と種粒子成長を、明確に分離するためには、種粒子成長工程と粒子成長工程のpHを、種粒子生成工程のpHより0.5以上低くすることが好ましく、1.0以上低くすることが特に好ましい。
【0059】
〔種粒子の生成量〕
種粒子生成工程における種粒子の生成量は、特に限定されないが、粒度分布が良好な複合水酸化物を得るためには、全体量、即ち、複合水酸化物を得るために供給する全金属塩の0.1~2%とすることが好ましく、1.5%以下とすることがより好ましい。
【0060】
〔複合水酸化物の粒径制御〕
複合水酸化物の粒径は、種粒子生成工程、種粒子成長工程、粒子成長工程の合計時間により、制御可能であり、所望の粒径に成長するまで、粒子成長工程を継続すれば、所望の粒径を有する複合水酸化物粒子を得ることが出来る。また、複合水酸化物の粒径は、種粒子生成工程、種粒子成長工程、粒子成長工程のみならず、種粒子生成工程のpHや、種粒子生成のために投入した原料量でも、制御することが出来る。即ち、種粒子生成工程のpHを、高pH側とすることにより、或いは、種粒子生成工程の時間を長くすることにより、投入する原料量を増やし、種粒子の生成量を多くすることが出来る。
これにより、種粒子成長工程、粒子成長工程を、同条件とした場合でも、複合水酸化物の粒径を小さくすることができ、一方、種粒子の生成量を少なくする様に制御すれば、得られる複合水酸化物の粒径を大きくすることが出来る。
【0061】
ところで、次に金属化合物、反応水溶液中のアンモニア濃度、反応温度などの各条件を説明するが、種粒子生成工程、種粒子成長工程、粒子成長工程の相違点は、反応水溶液のpH、及び、反応槽内の雰囲気の制御であり、金属化合物、反応水溶液中のアンモニア濃度、反応温度などの条件は、どの工程においても実質的に同様である。
【0062】
〔金属化合物〕
金属化合物には、目的とする金属を含む化合物を用いる。また、水溶性の化合物が好ましく、硫酸塩、塩化物、硝酸塩などが挙げられ、例えば、硫酸ニッケル、硫酸マンガン、硫酸コバルトなどがより好ましい。
【0063】
〔添加元素(M)〕
添加元素(M)(Mg、Ca、Al、Ti、V、Cr、Zr、Nb、Mo、Hf、Ta、Wから選択される一種以上の元素) は、水溶性の化合物を用いることが好ましく、例えば、硫酸チタン、ペルオキソチタン酸アンモニウム、シュウ酸チタンカリウム、硫酸バナジウム、バナジン酸アンモニウム、硫酸クロム、クロム酸カリウム、硫酸ジルコニウム、硝酸ジルコニウム、シュウ酸ニオブ、モリブデン酸アンモニウム、タングステン酸ナトリウム、タングステン酸アンモニウムなどを用いることが出来る。添加元素を、複合水酸化物の内部に、均一に分散させる場合には、原料水溶液に、添加元素を含む添加物を添加すればよく、複合水酸化物の内部に、添加元素を均一に分散させた状態で、共沈させることが出来る。
【0064】
また、複合水酸化物の表面を添加元素で被覆する場合には、例えば、添加元素を含んだ水溶液で複合水酸化物をスラリー化し、所定のpHとなる様に制御しつつ、一種以上の添加元素を含む水溶液を添加して、晶析反応により、添加元素を複合水酸化物の粒子表面に析出させれば、その表面を添加元素で均一に被覆することが出来る。この場合、添加元素を含んだ水溶液に替えて、添加元素のアルコキシド溶液を用いてもよい。
更に、複合水酸化物に対して、添加元素を含んだ水溶液、或いは、スラリーを吹き付けて乾燥させることでも、複合水酸化物の粒子表面を、添加元素で被覆することが出来る。また、複合水酸化物と一種以上の添加元素を含む塩が懸濁したスラリーを噴霧乾燥させる、或いは、複合水酸化物と一種以上の添加元素を含む塩を固相法で混合するなどの方法により、被覆することが出来る。
【0065】
なお、表面を添加元素で被覆する場合、原料水溶液中に存在する、添加元素イオンの原子数比を、被覆する量だけ少なくしておくことで、得られる複合水酸化物の金属イオンの原子比と一致させることが出来る。また、粒子表面を添加元素で被覆する工程は、複合水酸化物を加熱した後の粒子に対して行ってもよい。
【0066】
〔原料水溶液の濃度〕
原料水溶液の濃度は、金属化合物の合計で、1.0~2.6mol/L、好ましくは1.5~2.2mol/Lとなる様に調製する。原料水溶液の濃度が1.0mol/L未満では、反応槽当たりの晶析物量が少なくなるため、生産性が低下して好ましくない。一方、原料水溶液の塩濃度が2.6mol/Lを超えると、常温での飽和濃度を超えるため、結晶が再析出し、設備配管を詰まらせるなどの恐れがある。
【0067】
また、金属化合物は、必ずしも、その全てが混合された原料水溶液として、反応槽に供給しなくてもよく、例えば、混合すると反応し、別の化合物が生成される金属化合物を用いる場合、全ての金属化合物による水溶液の合計濃度が、上記の範囲となる様に、個別に金属化合物の水溶液を調製して、それぞれ所定の割合で、同時に反応槽内に供給してもよい。更に、原料水溶液や、個々の金属化合物の水溶液などを、反応槽内に供給する量は、晶析反応を終えた時点での晶析物濃度が、概ね30~200g/L、好ましくは80~150g/Lとなる様に調製する。晶析物濃度が30g/L未満の場合には、一次粒子の凝集が不十分となることがあり、200g/Lを超える場合には、添加する原料水溶液の反応槽内での拡散が不十分となり、粒子成長に偏りが生じることがある。
【0068】
〔アンモニア濃度〕
反応水溶液中のアンモニア濃度は、次の問題を生じさせないため、好ましくは3~25g/L、好ましくは5~20g/Lとなる様に制御する。
アンモニアは、錯化剤として作用するため、アンモニア濃度が3g/L未満では、金属イオンの溶解度を一定に保持することが出来ず、形状、及び、粒径が整った、板状の水酸化物の一次粒子が形成され難く、ゲル状の種粒子が生成され易いため、粒度分布も広がる様になる。一方、アンモニア濃度が25g/Lを超える濃度では、金属イオンの溶解度が大きくなり過ぎ、反応水溶液中に残存する金属イオン量が増えて、組成のずれなどが起きる。
【0069】
また、アンモニア濃度が変動すると、金属イオンの溶解度も変動し、均一な水酸化物が形成されないため、一定値に保持することが好ましく、例えば、アンモニア濃度は、上限と下限の幅を5g/L程度とし、所望の濃度に保持することがより好ましい。なお、アンモニウムイオン供給体については、特に限定されないが、例えば、アンモニア、硫酸アンモニウム、炭酸アンモニウム、塩化アンモニウム、フッ化アンモニウムなどを用いることが出来る。
【0070】
〔反応水溶液の温度〕
反応槽内において、反応水溶液の温度は、好ましくは20℃以上、より好ましくは20~60℃、特に好ましくは40~50℃に設定する。反応水溶液の温度が20℃未満の場合、溶解度が低いため、種粒子発生が起こり易くなり、制御が難しくなる。一方、60℃を超えると、アンモニアの揮発が促進され、所定のアンモニア濃度を保つため、過剰のアンモニウムイオン供給体を添加しなければならず、コスト高となる。
【0071】
〔反応槽内の温度〕
反応槽内の温度も、複合水酸化物の形成にとって、重要な因子である。反応槽内の温度は、40~60℃に設定することが好ましく、40~50℃に設定することがより好ましい。特に、種粒子生成工程、種粒子成長工程においては、温度をより高温にする程、吸油量の高い正極活物質となる前駆体を製造することが出来る。但し、60℃を超えると、アンモニアの揮発が促進されるため、好ましくない。
【0072】
〔アルカリ水溶液〕
反応水溶液中のpHを調整する、アルカリ水溶液については、特に限定されないが、例えば、水酸化ナトリウム、水酸化カリウムなど、アルカリ金属の水酸化物を溶解した水溶液を用いることが出来る。アルカリ金属の水酸化物の場合、直接、反応水溶液中に供給してもよいが、反応槽内の反応水溶液におけるpH制御の容易さから、水溶液として添加することが好ましい。また、アルカリ水溶液を反応槽に添加する方法についても、特に限定されないが、反応水溶液を十分に撹拌しながら、定量ポンプなど、流量制御が可能な設備で、反応水溶液のpHが所定の範囲に保持される様、添加すればよい。
【0073】
〔製造設備〕
本発明の複合水酸化物の製造方法では、反応が完了するまで、生成物を回収しない方式の設備を用いる。例えば、
図2に示すような撹拌羽根4を持つ撹拌機6が設置されたバッチ反応槽1などであり、かかる設備を採用すると、オーバーフローにより、生成物を回収する連続晶析装置の様に、成長中の粒子が、オーバーフロー液と同時に回収される問題が生じないため、粒度分布が狭く、粒径の揃った粒子を得ることが出来る。
また、反応雰囲気を制御する必要があり、密閉式の設備など、雰囲気の制御が可能な設備を用いる。この様な設備を用いることで、複合水酸化物を上記の構造とすることができ、種粒子生成反応、種粒子成長反応、粒子成長反応を、ほぼ均一に進めることが出来るので、粒径分布の優れた粒子、即ち、粒度分布が狭い粒子を得られる。
【0074】
前述の製造方法で得られるニッケルコバルトマンガン複合水酸化物は、その組成が、以下の一般式で表される様に制御される。この様な組成を有する複合水酸化物を前駆体として、リチウムニッケルコバルトマンガン複合酸化物を製造すれば、得られたリチウムニッケルコバルトマンガン複合酸化物を正極活物質とする電極を、電池に用いた場合、正極抵抗を低くでき、優れた出力特性を発揮すると共に、電池性能を良好なものとすることが出来る。
【0075】
一般式:NiXCoYMnZMT(OH)2+α(X+Y+Z+T=1、0.3≦X≦0.7、0≦Y≦0.4、0.1≦Z≦0.55、0≦T≦0.1、0≦α≦0.5、Mは、Mg、Ca、Al、Ti、V、Cr、Zr、Nb、Mo、Hf、Ta、Wから選択される一種以上の添加元素)
【0076】
なお、本発明において、中空構造の正極活物質を得ようとする場合、その前駆体であるニッケルコバルトマンガン複合水酸化物のニッケル含有量、コバルト含有量、マンガン含有量を、それぞれ上記の一般式において、0.3≦X≦0.7、0≦Y≦0.4、0.1≦Z≦0.55となる様に制御し、マンガン含有量を高めに設定することにより、中空構造が得られ易い二次粒子からなる、ニッケルコバルトマンガン複合水酸化物とすることが出来る。この複合水酸化物を前駆体として、正極活物質を得た場合、複合水酸化物の組成比(Ni:Mn:Co)は、得られる正極活物質でも維持される。従って、本発明における複合水酸化物の組成比は、得ようとする正極活物質に要求される組成比と、同様となる様に制御される。
【0077】
〔平均粒径〕
本発明の複合水酸化物の平均粒径は、1~15μm、好ましくは3~10μmの範囲となる様に、制御される。これにより、複合水酸化物を前駆体として得られる正極活物質を、所定の平均粒径(1~15μm)に、制御することが出来る。この様に、複合水酸化物の粒径は、得られる正極活物質の粒径と相関を有するため、この正極活物質を正極材料として用いた、電池の特性にも影響する。複合水酸化物の平均粒径が1μm未満の場合、得られる正極活物質の平均粒径も小さくなり、表面積が増加することで、高い出力は得られるものの、正極の充填密度が低下し、容積当たりの電池容量が減少する。また、電極ペーストを混合する際、導電助剤との分散性が悪化し、電極内で粒子に掛かる電圧が不均一となることにより、充放電を繰り返すと劣化し、電池容量が減少する。逆に、複合水酸化物の平均粒径が15μmを超えると、得られる正極活物質の比表面積が低下し、電解液との界面が減少することにより、正極抵抗が上昇して、電池の出力特性が低下する。
【0078】
〔粒度分布〕
本発明の複合水酸化物は、その粒度分布の広がりを示す指標である〔(d90-d10)/平均粒径〕が、1.0以下、好ましくは0.5以下となる様に制御される。正極活物質の粒度分布は、前駆体である複合水酸化物の影響を強く受け、例えば、複合水酸化物に、微粒子、或いは、粗大粒子が存在すると、正極活物質にも同様に、微粒子、或いは、粗大粒子が存在する。即ち、〔(d90-d10)/平均粒径〕が1.0を超え、粒度分布が広い状態ならば、正極活物質には、微粒子、或いは、粗大粒子が存在する。
【0079】
微粒子が多く存在する正極活物質を用いて、正極を形成した場合、微粒子の局所的な反応に起因し、発熱する可能性があり、電池の安全性が低下すると共に、微粒子が選択的に劣化するため、電池のサイクル特性が悪化する。一方、粗大粒子が多く存在する正極活物質を用いて、正極を形成した場合、電解質と正極活物質との反応面積が十分に取れず、反応抵抗の増加により、電池出力が低下する。
【0080】
平均粒径、及び、d90、d10は、レーザー回折・散乱方式の粒度分析測定装置で測定した、体積積算値から求めることが出来る。粒度分布の広がりを示す指標〔(d90-d10)/平均粒径〕において、d10は、各粒径での粒子数を粒径の小さい側から累積し、その累積体積が、全粒子の合計体積の10%となる粒径を意味している。また、d90は、同様に粒子数を累積し、その累積体積が、全粒子の合計体積の90%となる粒径を意味している。なお、平均粒径には、体積平均粒径MVを用いればよい。
【0081】
〔粒子構造〕
本発明の複合水酸化物は、複数の一次粒子が凝集して形成された、二次粒子により構成される。二次粒子を構成する一次粒子の形状としては、板状、針状、直方体状、楕円状、稜面体状など、様々な形態を有する。また、その凝集状態も、ランダムな方向に凝集する場合のほか、中心から放射状に粒子の長径方向が凝集する場合もある。但し、本発明では、板状、及び/又は、針状の一次粒子が、ランダムな方向に凝集し、二次粒子を形成していることが好ましい。
この様な構造の場合、一次粒子間に、ほぼ均一に空隙が生じ、リチウム化合物と混合して焼成する際に、融解したリチウム化合物が二次粒子内へ行き渡り、リチウムの拡散が十分に行われる。
【0082】
二次粒子を構成する一次粒子の平均粒径は、0.3~3μmの範囲に制御されることが好ましい。一次粒子の大きさを、この様に制御することで、一次粒子間に適切な空隙が得られ、焼成時に、二次粒子内へのリチウムの拡散が、十分、かつ、容易に行われる。なお、一次粒子の平均粒径は、0.4~1.5μmであることがより好ましい。
一次粒子の平均粒径が0.3μm未満では、焼成時の焼成温度が低温化し、二次粒子間の焼結が多くなり、得られる正極活物質に粗大粒子が多く含まれる。一方、3μmを超えると、得られる正極活物質の結晶性を十分にするため、焼成温度を高くする必要が生じ、高温焼成により、二次粒子間での焼結が発生し、正極活物質の粒度分布が、適切な範囲から外れることとなる。
【0083】
本発明では、正極活物質における二次粒子の構造として、緻密で薄い外殻と中空の内部を有する中空構造が得られる。一方、中空構造の正極活物質における前駆体として、複合水酸化物は、中空を形成する微細で疎らな一次粒子の集合体である中心部と、それを包み込む外周の緻密な一次粒子の集合体である外郭部を備える。この様な粒子構造においては、一次粒子の性状が影響する。
即ち、中心部では、微細な一次粒子が、ランダムな方向に凝集し、かつ、外殻部では、より大きな一次粒子が、ランダムな方向に凝集していることが好ましい。この様な、ランダムな方向の凝集により、中心部の収縮が均等に生じ、正極活物質において、十分な大きさを有する空間を形成させることが出来る。
【0084】
また、この場合、微細一次粒子の平均粒径は、0.01~0.3μmであることが好ましく、0.1~0.3μmであることがより好ましい。微細一次粒子の平均粒径が0.01μm未満では、複合水酸化物において、十分な大きさの中心部が形成されないことがあり、0.3μmを超えると、収縮が十分でなく、焼成後の正極活物質において、十分な大きさの空間が得られないことがある。なお、外殻部の一次粒子の性状については、上記と同様のものとすればよい。
【0085】
この様な複合水酸化物を前駆体として得られる、正極活物質を構成する二次粒子は、中空構造を有し、その二次粒子径に対する外殻部の厚さの比率は、複合水酸化物のものが概ね維持される。従って、複合水酸化物において、二次粒子径に対する外殻部の厚さの比率は、上記の一次粒子の範囲とすることで、リチウム金属複合酸化物に、十分な中空部を形成させることが出来る。
【0086】
なお、中心部の微細一次粒子、及び、外殻部のより大きな一次粒子の粒径、並びに、外殻部の厚さは、複合水酸化物の断面を、走査型電子顕微鏡(SEM)で測定することにより、観察が出来る。例えば、複数の複合水酸化物(二次粒子)を樹脂に埋め込み、クロスセクションポリッシャ(CP)加工などにより、粒子の断面観察が可能な状態とする。中心部の微細一次粒子、及び、外殻部のより大きな一次粒子の粒径は、二次粒子の中において、好ましくは10個以上の一次粒子断面の最大径を粒径として測定し、平均値を計算することで求めることが出来る。
【0087】
また、二次粒子径に対する、外殻部の厚さの比率は、次の様にして求めることが出来る。
まず、上記の樹脂中の二次粒子から、粒子中心部の断面観察が可能な粒子を選び、3箇所以上の任意の箇所で、外殻部の外周上と中心部側の内周上の距離が最小となる、2点間の距離を測定して、粒子毎の外殻部の平均厚さを求める。次に、二次粒子の外周上で距離が最大となる、任意の2点間の距離を二次粒子径とし、この二次粒子径で平均厚さを除することで、粒子毎の外殻部の厚さの比率を求める。更に、10個以上の粒子について求めた、粒子毎の比率を平均することで、複合水酸化物における、二次粒子径に対する、外殻部の厚さの比率を求めることが出来る。
【0088】
[リチウムイオン二次電池用正極活物質の製造方法]
本発明における正極活物質の製造方法は、主に、前述した前駆体の製造方法により得られる、ニッケルコバルトマンガン複合水酸化物、及び、リチウム化合物を混合し、リチウム混合物を形成する「混合工程」と、混合工程で形成された、リチウム混合物を焼成する「焼成工程」、この2つの工程からなるが、混合工程の前に、上記の複合水酸化物を熱処理し、「複合酸化物」に転換する「熱処理工程」を加えてもよい。即ち、(a)正極活物質の前駆体となる、ニッケルコバルトマンガン複合水酸化物を熱処理する熱処理工程、(b)熱処理後の粒子に対して、リチウム化合物を混合し、リチウム混合物を形成する混合工程、(c)混合工程で形成された、リチウム混合物を焼成する焼成工程、これら3つの工程を含む製造方法とすることが出来る。
以下、各工程について説明する。
【0089】
(a)熱処理工程
熱処理工程は、前述した前駆体の製造方法で得た、複合水酸化物を105~750℃、好ましくは105~400℃の温度に加熱し、熱処理する工程である。この熱処理工程を行うことにより、複合水酸化物に含まれている水分を除去することができ、得られる正極活物質において、金属の原子数やリチウムの原子数の割合が、ばらつくことを防ぐことが出来る。なお、ここでは、正極活物質における、金属の原子数やリチウムの原子数の割合が、ばらつかない程度に水分を除去出来ればよく、必ずしも、全ての複合水酸化物を「複合酸化物」に転換する必要は無い。
【0090】
従って、400℃未満の温度で熱処理すれば十分だが、ばらつきをより少なくするには、熱処理温度を400℃以上とし、全ての複合水酸化物を「複合酸化物」に転換すればよい。後工程である焼成工程においても、加熱中に、複合水酸化物から「複合酸化物」に転換されるが、事前に熱処理を行うことで、ばらつきをより少なくすることが出来る。
【0091】
熱処理工程において、熱処理温度が105℃未満の場合、複合水酸化物中の水分が除去出来ず、ばらつきを十分に防ぐことが出来ない場合がある。一方、熱処理温度が750℃を超えると、熱処理により粒子が焼結し、均一な粒径の複合酸化物が得られない場合がある。また、複合水酸化物に含まれる金属成分を、分析により予め求めておき、リチウム化合物との比を決めておくことでも、ばらつきを防ぐことが出来る。
【0092】
熱処理における雰囲気は、特に制限されないが、酸化性雰囲気であればよく、容易に行える空気気流中とすることが好ましい。また、熱処理時間は、特に制限されないが、1時間未満では、複合水酸化物の水分の除去が十分に行われない場合があり、少なくとも1時間以上が好ましく、5~15時間がより好ましい。なお、熱処理に用いられる設備は、特に限定されないが、複合水酸化物を酸化性雰囲気中、好ましくは、空気気流中で加熱出来るものであればよく、ガス発生が無い電気炉などが好適に用いられる。
【0093】
(b)混合工程
混合工程は、複合水酸化物、或いは、熱処理工程において熱処理された複合酸化物など(以降、「熱処理物」とも称する)と、リチウム化合物を混合して、リチウム混合物を得る工程である。ここで、熱処理物には、熱処理工程において、ある程度水分が除去された複合水酸化物のみならず、酸化物に転換された複合酸化物、若しくは、これらの混合物も含まれる。熱処理物とリチウム化合物は、リチウム混合物中のリチウム以外の金属の原子数、即ち、ニッケル、コバルト、マンガン、及び、添加元素の原子数の和(Me)と、リチウムの原子数(Li)との比(Li/Me)が、0.95~1.5、好ましくは1~1.35、より好ましくは1~1.20となる様、混合される。即ち、通常、焼成工程の前後で、Li/Meは変化しないため、この混合工程でのLi/Meが、正極活物質におけるLi/Meとなることから、リチウム混合物のLi/Meを、正極活物質のLi/Meと同じになる様に混合する。
【0094】
リチウム化合物は、特に限定されないが、例えば、水酸化リチウム、炭酸リチウム、硫酸リチウム、塩化リチウム、硝酸リチウム、若しくは、これらの混合物が、入手が容易である点で好ましい。特に、取り扱いの容易さ、品質の安定性を考慮すると、水酸化リチウム、炭酸リチウム、若しくは、それらの混合物を用いることがより好ましい。
【0095】
また、リチウム混合物は、焼成工程の前に十分に混合しておくことが好ましい。混合が十分でない場合には、個々の粒子間でLi/Meがばらつき、十分な電池特性が得られないなど、問題が生じる可能性がある。なお、混合には、一般的な混合機を用いることができ、例えば、シェーカーミキサー、レーディゲミキサー、ジュリアミキサー、Vブレンダーなどを用いることができ、熱処理物の形骸が破壊されない程度で、リチウム化合物と十分に混合されればよい。
【0096】
(c)焼成工程
焼成工程は、混合工程で得られたリチウム混合物を焼成し、リチウム金属複合酸化物を形成する工程である。焼成工程において、リチウム混合物を焼成すると、熱処理物にリチウム化合物のリチウムが拡散して、リチウム金属複合酸化物が形成される。
【0097】
〔焼成温度〕
リチウム混合物の焼成は、650~1000℃で行われる。焼成温度が650℃未満では、熱処理物へのリチウムの拡散が十分でなく、余剰リチウムや未反応の熱処理物が残り易いほか、結晶構造が整い難いなどの問題が発生し、電池に用いられた場合に、十分な特性が得られない。また、1000℃を超えると、リチウム金属複合酸化物の間で、激しく焼結が生じると共に、異常粒成長を生じることから、粒子が粗大となり、球状二次粒子の形態を保持出来なくなる。いずれの場合でも、電池容量が低下するばかりかでなく、正極抵抗も増加する。なお、焼成温度は、800~980℃とすることが好ましく、850~950℃とすることがより好ましい。
【0098】
〔焼成時間〕
焼成時間のうち、所定温度での保持時間は、少なくとも1時間以上とすることが好ましく、2~10時間とすることがより好ましい。1時間未満では、リチウム金属複合酸化物の生成が、十分に行われないことがある。
【0099】
〔仮焼〕
特に、リチウム化合物として、水酸化リチウム、及び、炭酸リチウムを用いた場合には、焼成工程の前に、焼成温度より低い温度、かつ、350~800℃、好ましくは450~780℃で1~10時間程度、より好ましくは3~6時間保持し、仮焼することが好ましい。或いは、焼成温度に達するまでの昇温速度を遅くすることで、実質的に、仮焼した場合と同様の効果を得ることが出来る。即ち、水酸化リチウム、及び、炭酸リチウムと、熱処理物の反応温度において、仮焼することが好ましい。この場合、水酸化リチウム、及び、炭酸リチウムの反応温度付近で保持すれば、熱処理物へのリチウムの拡散が十分に行われ、均一なリチウム金属複合酸化物を得ることが出来る。
【0100】
〔焼成雰囲気〕
焼成時の雰囲気は、酸化性雰囲気とするのが好ましく、酸素濃度を10~100容量%の雰囲気とすることがより好ましく、酸素濃度の酸素と不活性ガスの混合雰囲気とすることが特に好ましい。
即ち、大気、乃至、酸素気流中で行なうことが好ましい。酸素濃度が10容量%未満では、酸化が十分でなく、リチウム金属複合酸化物の結晶性が十分でない場合がある。
なお、焼成に用いられる炉は、特に限定されないが、大気、乃至、酸素気流中で加熱出来ればよいが、炉内の雰囲気を均一に保つ観点から、ガス発生が無い電気炉が好ましく、バッチ式、或いは、連続式の炉が用いられる。
【0101】
〔解砕〕
焼成により得られたリチウム金属複合酸化物は、凝集、若しくは、軽度の焼結が生じている場合がある。この場合には、解砕してもよく、これにより、リチウム金属複合酸化物、即ち、本発明の正極活物質を得ることが出来る。
なお、解砕とは、焼成時に、二次粒子間の焼結ネッキングなどにより生じた、複数の二次粒子からなる凝集体に、機械的エネルギーを投入し、二次粒子自体を殆ど破壊することなく、二次粒子を分離させて、凝集体をほぐす操作のことである。解砕の方法は、公知の手段を用いることができ、例えば、ピンミルやハンマーミルなどを使用することが出来る。また、この際、二次粒子を破壊しない様に、解砕力を適切な範囲に制御することが好ましい。
【実施例】
【0102】
以下、本発明の実施例、及び、比較例について詳述する。
【実施例1】
【0103】
<ニッケルコバルトマンガン複合水酸化物(前駆体)の製造>
(1)種粒子生成工程
まず、容量600Lの反応槽1(以下、符号は
図2参照)内に水を半量まで入れ、撹拌しながら晶析温度(槽内温度、液温)を42℃に設定し、反応槽内(気相部)を酸化性雰囲気(酸素濃度:21容量%)とした。この反応槽内の水に、水酸化ナトリウム水溶液(20質量%)、アンモニア水(25質量%)を適量加え、槽内の反応水溶液のpHを13.0(液温25℃基準)となる様に制御しつつ、反応水溶液中のアンモニア濃度を10g/Lとなる様に制御した。
【0104】
次に、硫酸ニッケル、硫酸マンガン、硫酸コバルトを水に溶かして、2mol/Lの原料水溶液を作製し、各金属の元素モル比が、Ni:Co:Mn=33:33:33となる様に制御した。この原料水溶液を、反応槽内の反応水溶液に所定の割合で供給し、同時に、水酸化ナトリウム水溶液(20質量%)、アンモニア水(25質量%)も、反応水溶液に一定速度で加え、反応水溶液中のアンモニア濃度を10g/L、pHを13.0(液温25℃基準)に制御しながら、所定の時間、晶析させて種粒子生成を行った。
【0105】
更に、気相部Aへの散気管2によるエアー導入(20L/mim)と共に、散気管3による反応水溶液へのエアーバブリング(40L/min)を、撹拌羽根中心の直下部から行った。
【0106】
(2)種粒子成長工程
種粒子生成終了後、反応水溶液のpHが11.6(液温25℃基準)になるまで、硫酸を加え、反応水溶液のpHが11.6(液温25℃基準)に到達した後、反応水溶液に、再度、水酸化ナトリウム水溶液(20質量%)の供給を再開し、pHを11.6(液温25℃基準)に制御したまま、180分間の晶析を継続し、種粒子を成長させた。
また、気相部Aへの散気管2によるエアー導入、及び、散気管3による反応水溶液へのエアーバブリングも、上記と同様の条件で、継続実施した。
【0107】
(3)粒子成長工程
全ての給液を一旦停止したほか、気相部へのエアー導入、及び、反応水溶液へのエアーバブリングを終了し、反応槽内(気相部)の酸素濃度が0.1容量%以下となるまで、散気管(図示せず)により窒素ガスを100L/minの流量で導入した後、全ての給液を再開し、210分間の晶析を行った。そして、生成物を水洗、濾過、乾燥させ、「Ni0.33Co0.33Mn0.33(OH)2」で表される複複合水酸化物を得た。
【0108】
<リチウムニッケルコバルトマンガン複合酸化物(正極活物質)の製造>
(1)熱処理、焼成工程
得られた複合水酸化物を、150℃、かつ、12時間の熱処理を行った後、市販の炭酸リチウムを、金属とリチウムのモル比(Li/Me)が1.15となる様に加え、シェーカーミキサー装置(ウィリー・エ・バッコーフェン(WAB)社製のTURBULA_TypeT2C)を用いて十分に混合し、リチウム混合物を得た。このリチウム混合物を、空気(酸素:21容量%)気流中で、昇温速度を2.5℃ /minとして950℃まで昇温させ、この温度で5時間保持することにより焼成し、冷却速度を約4℃/minとして室温まで冷却した。
【0109】
(2)解砕
得られた焼成物には、凝集、及び、軽度の焼結が生じていたため、ピンミルを用いて解砕し、「Li1.15Ni0.33Co0.33Mn0.33O2」で表されるリチウム金属複合酸化物、即ち、リチウムイオン二次電池用正極活物質を得た。
なお、最終的に得られたリチウムイオン二次電池用正極活物質における、吸油量の評価結果を、表1に示した。
【実施例2】
【0110】
種粒子生成工程、種粒子成長工程において、気相部へのエアー導入を30L/mimとした以外は、全て実施例1と同様の操作を行い、実施例2に係るリチウムイオン二次電池用正極活物質を得た。
その評価結果を表1に示した。
【実施例3】
【0111】
種粒子生成工程、種粒子成長工程において、気相部へのエアー導入を40L/mimとした以外は、全て実施例1と同様の操作を行い、実施例3に係るリチウムイオン二次電池用正極活物質を得た。
その評価結果を表1に示した。
【実施例4】
【0112】
種粒子生成工程、種粒子成長工程、粒子成長工程において、晶析温度を44℃とした以外は、全て実施例1と同様の操作を行い、実施例4に係るリチウムイオン二次電池用正極活物質を得た。
その評価結果を表1に示した。
【実施例5】
【0113】
種粒子生成工程、種粒子成長工程、粒子成長工程において、晶析温度を46℃とした以外は、全て実施例1と同様の操作を行い、実施例5に係るリチウムイオン二次電池用正極活物質を得た。
その評価結果を表1に示した。
【0114】
(比較例1)
種粒子生成工程、種粒子成長工程において、気相部へのエアー導入を行わず、反応水溶液へのエアーバブリングを、撹拌羽根中心の上部から行った以外は、全て実施例1と同様の操作を行い、比較例1に係るリチウムイオン二次電池用正極活物質を得た。
その評価結果を表1に示した。
【0115】
(比較例2)
種粒子生成工程、種粒子成長工程において、気相部へのエアー導入を行わなかった以外は、全て実施例1と同様の操作を行い、比較例2に係るリチウムイオン二次電池用正極活物質を得た。
その評価結果を表1に示した。
【0116】
(比較例3)
種粒子生成工程、種粒子成長工程において、気相部へのエアー導入を行わなかった以外は、全て実施例4と同様の操作を行い、比較例3に係るリチウムイオン二次電池用正極活物質を得た。
その評価結果を表1に示した。
【0117】
(比較例4)
種粒子生成工程、種粒子成長工程において、気相部へのエアー導入を行わなかった以外は、全て実施例5と同様の操作を行い、比較例4に係るリチウムイオン二次電池用正極活物質を得た。
その評価結果を表1に示した。
【0118】
【0119】
(結論)
本発明の範囲内である、実施例1~5の製造方法では、最終的に得られたリチウム金属複合酸化物(正極活物質)の吸油量が、比較例1~4との比較において、いずれも向上していることが確認された。
比較例の様に、晶析時において、酸化性ガスの打ち込みには、これまで、散気管3を用いて、反応水溶液中を、バブリングする方法が行われてきたが、本発明に係る実施例の様に、反応水溶液中へのバブリングに加えて、反応槽内(気相部)への打ち込みを、同時併用することで、複合水酸化物(前駆体)の粒子内部が更に疎なものとなり、より有効に吸油量を向上させられることが分かった。
【0120】
また、この結果から、本発明を行うことにより、種粒子の密度を制御した複合水酸化物(前駆体)が得られ、かつ、この複合水酸化物(前駆体)を用いて製造したリチウム金属複合酸化物(正極活物質)が、高い吸油量を有し、出力特性の改善を図れることが裏付けられた。
【符号の説明】
【0121】
1 反応槽
2、3 ガスを導入する散気管
4 撹拌羽根
5 反応水溶液
6 撹拌機
A 反応槽内の気相部