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  • 特許-固体電解質の製造方法 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-10-22
(45)【発行日】2024-10-30
(54)【発明の名称】固体電解質の製造方法
(51)【国際特許分類】
   H01B 13/00 20060101AFI20241023BHJP
【FI】
H01B13/00 Z
【請求項の数】 13
(21)【出願番号】P 2021055716
(22)【出願日】2021-03-29
(65)【公開番号】P2021163758
(43)【公開日】2021-10-11
【審査請求日】2023-12-11
(31)【優先権主張番号】P 2020064552
(32)【優先日】2020-03-31
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000183646
【氏名又は名称】出光興産株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002620
【氏名又は名称】弁理士法人大谷特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】近藤 徳仁
(72)【発明者】
【氏名】戸塚 翔太
(72)【発明者】
【氏名】金原 弘成
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 淳
【審査官】中嶋 久雄
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2018/003333(WO,A1)
【文献】国際公開第2014/010169(WO,A1)
【文献】特許第6259617(JP,B2)
【文献】特開2015-005372(JP,A)
【文献】国際公開第2019/031436(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01B 13/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
非極性溶媒及び非プロトン性溶媒から選ばれる少なくとも1種の溶媒存在下において、
(A)リチウム原子、リン原子及び硫黄原子を含有し、アルジロダイト型結晶構造を有する硫化物及び(B)硫化リンを、粉砕機を用いずに混合する工程と、
前記溶媒を除去する乾燥工程と、
を有する、固体電解質の製造方法。
【請求項2】
前記混合工程を非極性溶媒及び非プロトン性溶媒から選ばれる少なくとも1種の溶媒中で行う、請求項1に記載の固体電解質の製造方法。
【請求項3】
前記(B)硫化リンが五硫化二リンである、請求項1又は2に記載の固体電解質の製造方法。
【請求項4】
前記混合工程において加熱を行う、請求項1~3のいずれか1項に記載の固体電解質の製造方法。
【請求項5】
前記混合工程における加熱を100℃未満で行う、請求項4に記載の固体電解質の製造方法。
【請求項6】
前記混合工程における(A)硫化物100.0質量部に対する(B)硫化リンの添加量が0.5質量部以上、30.0質量部以下である、請求項1~5のいずれか1項に記載の固体電解質の製造方法。
【請求項7】
前記非極性溶媒及び非プロトン性溶媒から選ばれる少なくとも1種の溶媒が飽和炭化水素、不飽和炭化水素及び芳香族炭化水素からなる群より選ばれる一つ以上である、請求項1~6のいずれか1項に記載の固体電解質の製造方法。
【請求項8】
前記非極性溶媒及び非プロトン性溶媒から選ばれる少なくとも1種の溶媒がトルエン、キシレン又はヘプタンである、請求項1~7のいずれか1項に記載の固体電解質の製造方法。
【請求項9】
前記(A)硫化物がさらにハロゲン原子を含有する、請求項1~8のいずれか1項に記載の固体電解質の製造方法。
【請求項10】
前記ハロゲン原子が塩素原子又は臭素原子からなる群より選ばれる一つ以上である、請求項9に記載の固体電解質の製造方法。
【請求項11】
(A)硫化物及び(B)硫化リンを粉砕せず使用する、請求項1~10のいずれか1項に記載の固体電解質の製造方法。
【請求項12】
前記乾燥工程の後に200℃以上への加熱を行わない、請求項1~11のいずれか1項に記載の固体電解質の製造方法。
【請求項13】
媒体式粉砕機を使用しない請求項1~12のいずれか1項に記載の固体電解質の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、固体電解質の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年におけるパソコン、ビデオカメラ、及び携帯電話等の情報関連機器や通信機器等の急速な普及に伴い、その電源として利用される電池の開発が重要視されている。従来、このような用途に用いられる電池において可燃性の有機溶媒を含む電解液が用いられていたが、電池を全固体化することで、電池内に可燃性の有機溶媒を用いず、安全装置の簡素化が図れ、製造コスト、生産性に優れることから、電解液を固体電解質層に換えた全固体電池の開発が行われている。
【0003】
この固体電解質には、イオン伝導率が高く、化学的に安定であることが求められている。
イオン伝導率の改善の観点からリチウム原子、リン原子及び硫黄原子を含有する立方晶系アルジロダイト(Argyrodite)型結晶構造を有する化合物を用いることが知られていた(特許文献1)。しかし、立方晶系アルジロダイト型結晶構造を有する化合物は水分や酸素との反応性が極めて高いため、超低露点の不活性ガス下で取り扱う必要があるなど、工業的に利用する際の課題を有していた。
【0004】
このため、立方晶系アルジロダイト型結晶構造を有する化合物の化学的安定性を向上させることを目的として、その組成を検討すること(特許文献1)が開示されているが、特許文献1記載の方法では、耐水性が十分ではなく乾燥空気であってもそれに触れることにより、硫化水素(HS)が発生し、イオン伝導度が低下するという課題があった。
これを改善するため、立方晶系アルジロダイト型結晶構造を有する化合物からなる固体電解質を被覆すること(特許文献2)が検討されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開2016-24874号公報
【文献】国際公開第2018/003333号パンフレット
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明者らが検討した結果、立方晶系アルジロダイト型結晶構造を有する化合物を被覆することは耐水性の観点からは有効ではあるが、特許文献2に記載のように、立方晶系アルジロダイト型結晶構造を有する粉末とP粉末を粉砕混合する方法では、固体同士の反応であり、均質な固体電解質材料を得ることが難しいことが分かった。
また、粉末を長時間粉砕混合するため、その工程に高いエネルギー投下が必要となり、温室効果ガス(GHG)排出量削減の観点から好ましいものではない。
更に粉砕混合による被覆の形成では、その系内で発生するせん断エネルギーによって、固体電解質の表面が非晶化してしまうことがある。このため、次工程として加熱工程が必要となる。しかしこの加熱工程を行うと結晶化の過程で造粒が起こるため、その製造方法の改善が必要であることも分かった。
【0007】
本発明の目的は、造粒及びHSの発生が抑えられ、イオン伝導度の低下が抑制された立方晶系アルジロダイト型結晶構造を有する化合物を製造する方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者は、上記の課題を解決すべく鋭意検討した結果、下記の事項を見出し、本発明を完成するに至った。
1.後記する本発明の実施形態(以下、「本実施形態」と称することがある。)により製造した固体電解質は、水分等に暴露されてもHSの発生が抑えられること。
2.非極性溶媒及び非プロトン性溶媒から選ばれる少なくとも1種の溶媒存在下に前記の処理を行うことにより、その後の加熱工程を必要としないことから造粒が起こらず粒径が小さいまま保たれ、また非極性溶媒及び非プロトン性溶媒から選ばれる少なくとも1種の溶媒中で処理することにより固液反応となるため均質な固体電解質が得られること。
3.非極性溶媒及び非プロトン性溶媒から選ばれる少なくとも1種の溶媒中で行うため、特別な製造設備は必要なく、また過剰なエネルギー投下を必要とせずに固体電解質が得られること。
【0009】
すなわち、本発明は以下の[1]~[13]を提供するものである。
[1] 非極性溶媒及び非プロトン性溶媒から選ばれる少なくとも1種の溶媒存在下において、(A)リチウム原子、リン原子及び硫黄原子を含有し、アルジロダイト型結晶構造を有する硫化物及び(B)硫化リンを、粉砕機を用いずに混合する工程と、
前記溶媒を除去する乾燥工程と、
を有する、固体電解質の製造方法。
[2]を非極性溶媒及び非プロトン性溶媒から選ばれる少なくとも1種の溶媒中で行う、[1]に記載の固体電解質の製造方法。
[3] 前記(B)硫化リンが五硫化二リンである、[1]又は[2]に記載の固体電解質の製造方法。
【0010】
[4] 前記混合工程において加熱を行う、[1]~[3]のいずれか1に記載の固体電解質の製造方法。
[5] 前記混合工程における加熱を100℃未満で行う、[4]に記載の固体電解質の製造方法。
[6] 前記混合工程における(A)硫化物100.0質量部に対する(B)硫化リンの添加量が0.5質量部以上、30.0質量部以下である、[1]~[5]のいずれか1に記載の固体電解質の製造方法。
【0011】
[7] 前記非極性溶媒及び非プロトン性溶媒から選ばれる少なくとも1種の溶媒が飽和炭化水素、不飽和炭化水素及び芳香族炭化水素からなる群より選ばれる一つ以上である、[1]~[6]のいずれか1に記載の固体電解質の製造方法。
[8] 前記非極性溶媒及び非プロトン性溶媒から選ばれる少なくとも1種の溶媒がトルエン、キシレン又はヘプタンである、[1]~[7]のいずれか1に記載の固体電解質の製造方法。
[9] 前記(A)硫化物がさらにハロゲン原子を含有する、[1]~[8]のいずれか1に記載の固体電解質の製造方法。
【0012】
[10] 前記ハロゲン原子が塩素原子又は臭素原子からなる群より選ばれる一つ以上である、[9]に記載の固体電解質の製造方法。
[11] (A)硫化物及び(B)硫化リンを粉砕せず使用する、[1]~[10]のいずれか1に記載の固体電解質の製造方法。
[12] 前記乾燥工程の後に200℃以上への加加熱を行わない、[1]~[11]のいずれか1に記載の固体電解質の製造方法。
[13] 媒体式粉砕機を使用しない[1]~[12]のいずれか1に記載の固体電解質の製造方法。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、造粒及びHSの発生が抑えられ、イオン伝導度の低下を抑制する立方晶系アルジロダイト型結晶構造を有する化合物を製造する方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
図1】曝露試験で用いる試験装置(曝露試験装置1)の概念図
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本実施形態について説明する。なお、以下に説明する実施形態は、本発明の固体電解質の製造方法のあくまで一実施形態であり、本発明はこれらに限定されるものではない。
また、本明細書においては、リチウムとはリチウム又はリチウムイオンの両方を意味するものとし、技術的に矛盾が生じない限り、適宜解釈されるものとする。
なお、本明細書において、「以上」、「以下」、「~」の数値範囲に係る上限及び下限の数値は任意に組み合わせできる数値であり、また実施例の数値を上限及び下限の数値として用いることもできる。また、好ましいとされている規定は任意に採用することができる。即ち、好ましいとされている一の規定を、好ましいとされている他の一又は複数の規定と組み合わせて採用することができる。好ましいもの同士の組み合わせはより好ましいと言える。
【0016】
〔固体電解質の製造方法〕
本実施形態は、非極性溶媒及び非プロトン性溶媒から選ばれる少なくとも1種の溶媒存在下において、(A)リチウム原子、リン原子及び硫黄原子を含有し、アルジロダイト型結晶構造を有する硫化物(以下、(A)硫化物とも記載する。)及び(B)硫化リンを、粉砕機を用いずに混合する工程と、前記溶媒を除去する乾燥工程と、前記溶媒を除去する乾燥工程と、を有する、固体電解質の製造方法である。
【0017】
なお本明細書において、固体電解質とは、窒素雰囲気下25℃で固体を維持する電解質を意味する。本実施形態における固体電解質は、リチウム元素、硫黄元素、リン元素及びハロゲン元素を含み、リチウム元素に起因するイオン伝導度を有する固体電解質である。
【0018】
当該製造方法により、HSの発生の原因の一つである、固体電解質に残存するLiSを比較的水分等に安定なLiPS等とすることができるため、イオン伝導度の低下を抑制しつつ耐水性の改善が図れ、HSの発生が抑制されると考えられる。
また、当該製造方法は、非極性溶媒及び非プロトン性溶媒から選ばれる少なくとも1種の溶媒存在下、好ましくは非極性溶媒及び非プロトン性溶媒から選ばれる少なくとも1種の溶媒中で行うため、固体の(A)硫化物と固体の(B)硫化リンの反応ではなく、(B)硫化リンの一部又はすべてが非プロトン性溶媒に溶解しているため、(A)硫化物の表面だけでなく、(A)硫化物の細孔にも容易に入り込み粉砕機を用いずに反応することができると考えられる。
(A)硫化物と(B)硫化リンとの反応により生成した化合物が(A)硫化物の表面や細孔内の壁面にも形成されることにより、イオン伝導度の低下を抑制しつつ、耐水性が改善され、HSの発生が抑えられた、立方晶系アルジロダイト型結晶構造を有する固体電解質とすることができると考えられる。
【0019】
更に、固体同士の反応では固体同士が接触しなければ反応が進行しないため、均質な固体電解質を得ることは難しく、反応時間を長くしても均質な固体電解質とすることは困難であった。これに対し本実施形態では固液反応となるため、短時間で均質な固体電解質を得ることができる。
加えて非極性溶媒及び非プロトン性溶媒から選ばれる少なくとも1種の溶媒中で製造を行うことにより、固体電解質の非晶化を最小限に抑えることができるため、その工程の後に加熱工程を必要としないため、加熱による造粒が起こらず、簡易な製造設備で実施でき、また製造時の投下エネルギー量も抑えられるため好ましい。
【0020】
<溶媒>
本実施形態の溶媒は、非極性溶媒及び非プロトン性溶媒から選ばれる少なくとも1種の溶媒である。本実施形態の溶媒は、本実施形態の原料である(B)硫化リンを溶解するものであることが固体電解質を均質にかつ簡便に製造する観点から好ましく、混合工程を必要とせず取り扱いの容易性の観点からは1種のみを用いることが好ましく、2種以上の溶解性の異なる溶媒を適宜選択することにより、溶解性を容易に調整できる観点からは2種以上を組み合わせて用いることも好ましい。
【0021】
本実施形態の非極性溶媒及び非プロトン性溶媒は、容易に供与されるプロトン(H)を持たない溶媒であり、副反応を抑える観点からは非極性溶媒であることが好ましく、(B)硫化リン酸や無機塩等を溶解する観点からは非プロトン性極性溶媒であることが好ましい。
本発明の非極性溶媒は、極性を持たないか、低極性の溶媒を意味し、炭素原子及び水素原子からなる溶媒であり、入手の容易性及び溶解性から固体電解質を均質にかつ簡便に製造する観点から飽和炭化水素、不飽和炭化水素及び芳香族炭化水素であることが好ましい。
【0022】
飽和炭化水素は前記理由により、ペンタン、ヘキサン、ヘプタン、オクタン、2-エチルヘキサン、デカン、シクロヘキサン、メチルシクロヘキサン、デカリン、IPソルベント1016(出光興産株式会社製)又はIPソルベント1620(出光興産株式会社製)が好ましい。
不飽和炭化水素は前記理由により、ヘキセン、シクロヘキセン又はヘプテンが好ましい。
芳香族炭化水素は前記理由により、ベンゼン、トルエン、キシレン、エチルベンゼン、テトラヒドロナフタレン、イプゾール100(出光興産株式会社製)又はイプゾール150(出光興産株式会社製)が好ましい。
【0023】
前記非極性溶媒の中でも、溶質の溶解度、沸点、有毒性及び入手容易性の点から、ヘキサン、ヘプタン、シクロヘキサン、ベンゼン、トルエン又はキシレンがより好ましく、ヘプタントルエン又はキシレンが更に好ましく、トルエンがより更に好ましい。
【0024】
実施形態の非プロトン性極性溶媒は、ヘテロ原子を有する溶媒であり、(B)硫化リン酸や無機塩等を溶解する観点から、エーテル系、ケトン系、エステル系、ニトリル系、アミド系、ジオキソラン系及びスルホラン系の溶媒が好ましい。
【0025】
本実施形態は非極性溶媒及び非プロトン性溶媒から選ばれる少なくとも1種の溶媒の存在下で行うが、(A)硫化物及び(B)硫化リンの混合工程を非極性溶媒及び非プロトン性溶媒から選ばれる少なくとも1種の溶媒中で行うことが好ましい。
混合工程を非極性溶媒及び非プロトン性溶媒から選ばれる少なくとも1種の溶媒中で行うとは、混合工程の初期において、(B)硫化リンすべてが非プロトン性溶媒に溶解しているか、又は一部が溶解しており、固形分の(A)硫化物がすべて溶媒中にある状態であることが好ましい。
【0026】
また、本実施形態は(A)硫化物及び(B)硫化リンの混合工程を非極性溶媒及び非プロトン性溶媒から選ばれる少なくとも1種の溶媒の存在下で行うため、過剰な(B)硫化リンや副生成物等の不要な化合物を除去することができ、イオン伝導度の低下を抑制できる点で好ましい。
【0027】
本実施形態の非極性溶媒及び非プロトン性溶媒から選ばれる少なくとも1種の溶媒の使用量は、均質でイオン伝導度の低下が抑制された固体電解質を得る観点から、(A)硫化物1 gに対して、1 mL(ミリリットル、以下ミリリットルとしてmLを用いる。)以上とすることが好ましく、5 mL以上とすることがより好ましく、8 mL以上とすることが更に好ましく、簡易な製造設備で実施できることから40 mL以下とすることが好ましく、30 mL以下とすることがより好ましく、25 mL以下とすることが更に好ましい。
【0028】
<(A)硫化物>
本実施形態に用いられる(A)硫化物は、例えば、LiPSX、Li7-xPS6-x(X=Cl,Br,I、x=0.0~1.8)等のアルジロダイト型結晶構造(特開2011-096630号公報、特開2013-211171号公報等)を有するものであるが、より高いイオン伝導度を得る観点から、主結晶として有するものであることが好ましい。本明細書において、「主結晶として有する」とは、結晶構造のうち対象となる結晶構造の割合が80%以上であることを意味し、90%以上であることが好ましく、95%以上であることがより好ましい。
これらのアルジロダイト系結晶構造の回折ピークは、例えば2θ=15.3°、17.7°、31.1°、44.9°、47.7°付近に現れる。
【0029】
また、アルジロダイト系結晶構造として、以下のものも挙げられる。
上記のLiPSの構造骨格を有し、Pの一部をSiで置換してなる組成式Li7-x1-ySi及びLi7+x1-ySi(xは-0.6~0.6、yは0.1~0.6)で示される結晶構造は、立方晶又は斜方晶、好ましくは立方晶で、CuKα線を用いたX線回折測定において、主に2θ=15.5°、18.0°、25.0°、30.0°、31.4°、45.3°、47.0°、及び52.0°の位置に現れるピークを有する。
【0030】
上記の組成式Li7-x-2yPS6-x-yCl(0.8≦x≦1.7、0<y≦-0.25x+0.5)で示される結晶構造は、好ましくは立方晶で、CuKα線を用いたX線回折測定において、主に2θ=15.5°、18.0°、25.0°、30.0°、31.4°、45.3°、47.0°、及び52.0°の位置に現れるピークを有する。
上記の組成式Li7-xPS6-xHa(HaはClもしくはBr、xが好ましくは0.2~1.8)で示される結晶構造は、好ましくは立方晶で、CuKα線を用いたX線回折測定において、主に2θ=15.5°、18.0°、25.0°、30.0°、31.4°、45.3°、47.0°、及び52.0°の位置に現れるピークを有する。
なお、これらのピーク位置については、±0.5°の範囲内で前後していてもよい。
【0031】
本実施形態に用いられる(A)硫化物は、より高いイオン伝導度を得る観点から、結晶性LiPS(β-LiPS)を含まないものであることが好ましい。結晶性LiPS(β-LiPS)を含まないものであるか否かは、結晶性LiPSに見られる2θ=17.5°、26.1°の回折ピークの有無により確認でき、本明細書では、当該回折ピークを有しないか、有している場合であってもアルジロダイト型結晶構造の回折ピークに比べて極めて小さいピークが検出される程度であれば、結晶性LiPS(β-LiPS)を含まないものであるとする。
【0032】
本実施形態に用いられる(A)硫化物の形状としては、特に制限はないが、本実施形態で製造される固体電解質の要求される形状に合わせればよく、例えば、粒子状を挙げることができる。粒子状の固体電解質の平均粒径(D50)は、製造される固体電解質の粒径が要求される粒径となるため、0.01 μm以上であることが好ましく、0.03 μm以上であることがより好ましく、50 μm以下であることが更に好ましく、0.05 μm以上であることがより更に好ましく、0.1 μm以上であることがより更に好ましく、イオン伝導度の低下が抑制できることから100 μm以下であることが好ましく、50 μm以下であることよりが好ましく、10 μm以下であることが更に好ましく、3 μm以下であることがより更に好ましい。
【0033】
((A)硫化物の製造方法)
以下(A)硫化物の製造の好ましい態様について説明する。
本実施形態に用いられる(A)硫化物は、例えば、硫化リチウム、硫化リン、ハロゲン化リチウムのような硫化物の出発原料を溶媒中で混合粉砕し、得られた原料混合物を加熱することにより仮焼物とし、仮焼物を焼成することにより、(A)硫化物が得られる。
また、原料混合物を溶媒中で加熱して仮焼し、得られた仮焼物を焼成することにより、(A)硫化物が得られる。
【0034】
溶媒としては、有機溶媒を用いることができ、好ましくは非極性溶媒、極性溶媒又はこれらの混合溶媒が使用できる。非極性溶媒、又は、非極性溶媒を主成分とする溶媒、例えば、有機溶媒全体の95質量%以上が非極性溶媒であることが好ましい。
【0035】
非極性溶媒としては、炭化水素系溶媒が好ましい。炭化水素系溶媒としては、飽和炭化水素、不飽和炭化水素又は芳香族炭化水素が使用できる。
飽和炭化水素としては、ヘキサン、ペンタン、2-エチルヘキサン、ヘプタン、デカン、トリデカン、シクロヘキサン、デカリン等が挙げられる。
不飽和炭化水素としては、ヘキセン、ヘプテン、シクロヘキセン等が挙げられる。
芳香族炭化水素としては、トルエン、キシレン、エチルベンゼン、1,2,3,4-テトラヒドロナフタレン等が挙げられる。
これらのうち、トルエン又はキシレンが好ましい。
【0036】
炭化水素系溶媒は、あらかじめ脱水されていることが好ましい。具体的には、水分含有量として100質量ppm以下が好ましく、特に30質量ppm以下であることが好ましい。
【0037】
一実施形態では、有機溶媒がニトリル化合物及びエーテル化合物の少なくとも一方を含むことが好ましい。
エーテル化合物としては、テトラヒドロフラン、ジエチルエーテル等が挙げられる。
ニトリル化合物としては、R(CN)で表されるニトリル化合物が好ましい。式中、Rは、炭素数が1以上10以下のアルキル基、又は環形成炭素数が6以上18以下の芳香環を有する基である。nは、1又は2である。
【0038】
例えば、アセトニトリル、プロピオニトリル、3-クロロプロピオニトリル、ベンゾニトリル、4-フルオロベンゾニトリル、ターシャリーブチロニトリル、イソブチロニトリル、シクロヘキシルニトリル、カプロニトリル、イソカプロニトリル、マロノニトリル、フマルニトリルが挙げられる。好ましくはプロピオニトリル、イソカプロニトリル、イソブチロニトリルである。
例えば、ニトリル化合物はトルエンと共沸するため、乾燥時にトルエンとともに処理物から除去しやすいため好ましい。
有機溶媒に含まれるニトリル化合物及びエーテル化合物の量は、0.01~5質量%であることが好ましく、さらに、0.1~3質量%であることが好ましく、特に0.3~1質量%であることが好ましい。
【0039】
混合粉砕には、例えば、遊星型ボールミル、振動ミル、転動ミル、ビーズミル、ボールミル等の粉砕機や、一軸混錬機、多軸混錬機等の混練機を使用できる。
【0040】
混合粉砕後の処理物から溶媒を除去して得られる原料混合物は、主に微粒結晶により形成されている。原料を混合粉砕することにより、原料の微粒化が進行し、各原料の微粒結晶からなる原料混合物が得られる。
【0041】
原料混合物を仮焼することにより、仮焼物が得られる。一実施形態では、上記のように溶媒を除去して原料混合物を得て、仮焼することから、粉体状の仮焼物が得られる。仮焼における加熱温度及び時間は、仮焼物の組成等を考慮して、適宜調整することができる。例えば、加熱温度は150℃~300℃が好ましく、さらに160℃~280℃が好ましく、特に170℃~250℃が好ましい。加熱時間は0.1~8時間が好ましく、さらに、0.2~6時間が好ましく、特に0.25~4時間が好ましい。
【0042】
仮焼で使用する加熱装置は特に限定はない。例えば、FMミキサ、ナウタミキサ等の剪断式の乾燥機、ハースキルン等の静置式の炉、ロータリーキルン等の回転式の炉が挙げられる。なお、仮焼前に乾燥を行ってよく、乾燥と仮焼を同時に行ってもよい。仮焼の雰囲気は特に限定しないが、窒素、アルゴン等の不活性ガス雰囲気下が好ましい。
【0043】
仮焼物を焼成することにより、(A)硫化物が得られる。焼成における加熱温度及び時間は、仮焼物の組成等を考慮して、適宜調整することができる。例えば、アルジロダイト型固体電解質の場合、加熱温度は300℃~470℃が好ましく、300℃を超えて460℃以下がより好ましく、より320℃~450℃が好ましく、さらに350℃~440℃が好ましく、特に380℃~430℃が好ましい。
加熱時間は1~360分が好ましく、さらに、5~120分が好ましく、特に10~60分が好ましい。
加熱時の雰囲気は特に限定しないが、好ましくは硫化水素気流下ではなく、窒素、アルゴン等の不活性ガス雰囲気下である。焼成工程には、静置式のハースキルン、回転式のロータリーキルン等の焼成炉を用いることができる。
【0044】
原料混合物を溶媒中で仮焼する場合、仮焼に用いる溶媒としては、上述した非極性溶媒、極性溶媒又はこれらの混合溶媒が使用できる。原料混合物が溶媒に分散されたスラリーに対して加熱を行う。仮焼に用いる溶媒としては、原料の混合等で用いた溶媒と、同じものを用いてもよいし、異なるものを用いてもよい。同じものを用いる場合は、溶媒を除去する工程が不要であるため好ましい。
【0045】
仮焼における加熱温度及び時間は、原料の組成等を考慮して、適宜調整することができる。例えば、加熱温度は150℃~300℃が好ましく、160℃~280℃がより好ましく、さらに170℃~270℃が好ましく、特に180℃~260℃が好ましい。上記の温度範囲とすることにより、PS構造が形成され、ハロゲンが結晶中に取り込まれやすくなる。第一実施形態と同様に本実施形態でも、微粒結晶の原料混合物を溶液中で仮焼することから、比較的低温でPS構造を含む結晶を形成することが可能となる。
加熱時間は10分~6時間が好ましく、さらに、10分~3時間が好ましく、特に30分~2時間が好ましい。
仮焼で使用する加熱装置は特に限定はないが、加熱温度が使用する溶媒の沸点を超える場合は、オートクレーブを使用することが好ましい。
【0046】
仮焼に用いたスラリーから溶媒を除去して仮焼物を回収する。溶媒除去の方法は特に限定されないが、常圧下又は減圧下にて溶媒を留去することができる。また、より生産性を上げるために、ろ過を併用することも可能である。
仮焼物を焼成することにより、(A)硫化物が得られる。
【0047】
<(B)硫化リン>
本実施形態の(B)硫化リンは、(A)硫化物の原料として用いた硫化リチウム(LiS);三硫化二リン(P)、五硫化二リン(P)等の硫化リン等と同様のものを用いることができるが、イオン伝導度の低下が抑制された固体電解質が得られるため、五硫化二リン(P)であることが好ましい。
【0048】
本実施形態では非極性溶媒及び非プロトン性溶媒から選ばれる少なくとも1種の溶媒の存在下で行うため、(B)硫化リンの形状は特に制限はないが、簡易な製造設備で実施できることから平均粒径(D50)は10 cm以下とすることが好ましく、8 cm以下とすることがより好ましく、5 cm以下とすることが更に好ましい。
本実施形態では非極性溶媒及び非プロトン性溶媒から選ばれる少なくとも1種の溶媒の存在下で行うため、(B)硫化リンを粉砕せずに行うことが簡易な製造工程の観点からは好ましい。
【0049】
((A)硫化物及び(B)硫化リンの使用量)
本実施形態の(A)硫化物の使用量は、使用する製造設備により適宜決定すればよい。
本実施形態の(B)硫化リンの使用量は、(A)硫化物の量及び(A)硫化物に含まれるS2-の量により決定することが好ましく、均質でイオン伝導度の低下が抑制された固体電解質が得られるため、(A)硫化物100.0質量部に対して、0.5 質量部以上とすることが好ましく、1.0 質量部以上とすることがより好ましく、2.0質量部以上とすることが更に好ましく、未反応の(B)硫化リンの残存量を減らす観点から30.0 質量部以下とすることが好ましく、20.0 質量部以下とすることがより好ましく、15.0 質量部以下とすることが更に好ましい。
【0050】
<混合する工程>
本実施形態の非極性溶媒及び非プロトン性溶媒から選ばれる少なくとも1種の溶媒存在下に(A)硫化物及び(B)硫化リンを混合する方法には特に制限はなく、非極性溶媒及び非プロトン性溶媒から選ばれる少なくとも1種の溶媒存在下に(A)硫化物及び(B)硫化リンを混合できる装置に、非プロトン性溶媒存在下に(A)硫化物及び(B)硫化リンを投入して混合すればよい。
【0051】
本実施形態において、前記(A)硫化物の製造方法における処理に用い得るものとして例示した粉砕機を使用すると、その後結晶化等の工程が必要となるため、粉砕機を用いないことを要する。「粉砕機を用いず」とは文字通り、「粉砕機」を用いないことを意味する、「粉砕機」は前記(A)硫化物の製造方法における処理に用い得るものとして例示した、粉砕機である。
【0052】
本実施形態において、前記混合できる装置としては、例えば槽内に撹拌翼を備える機械撹拌式混合機が挙げられる。
下記混合機も「粉砕」自体は生じ得るが、「粉砕」の処理が主ではなく、「混合」の処理が主であるため、混合機を用いても問題ない。
機械撹拌式混合機は、高速撹拌型混合機、双腕型混合機等が挙げられ、原料含有物と錯化剤との混合物中の原料の均一性を高め、所定の平均粒径及び比表面積とともに、より高いイオン伝導度を得る観点から、高速撹拌型混合機が好ましく用いられる。また、高速撹拌型混合機としては、垂直軸回転型混合機、水平軸回転型混合機等が挙げられ、どちらのタイプの混合機を用いてもよい。
【0053】
機械撹拌式混合機において用いられる撹拌翼の形状としては、ブレード型、アーム型、リボン型、多段ブレード型、二連アーム型、ショベル型、二軸羽型、フラット羽根型、C型羽根型等が挙げられ、原料含有物中の原料の均一性を高め、所定の平均粒径及び比表面積とともに、より高いイオン伝導度を得る観点から、ショベル型、フラット羽根型、C型羽根型等が好ましい。
【0054】
なお本実施形態は、非極性溶媒及び非プロトン性溶媒から選ばれる少なくとも1種の溶媒の存在下で行うため、特許文献2のようにボールミルのような媒体式粉砕機を使用しないことが好ましい。これにより、(A)硫化物の非晶化を抑制することができ、その後のアルジロダイト型の結晶型とすることを目的とした200℃以上への加熱工程を必要としないので結果として造粒を抑えることができる。
【0055】
本実施形態において混合する工程は、特に制限はなく、外部から加熱や冷却のような温度を調整せず行ってもよいが、工程時間を短縮し、イオン伝導度の低下が抑制された固体電解質を得る観点からは加熱してもよく、100℃未満で行うことが好ましく、90℃未満で行うことがより好ましく、85℃未満で行うことが更に好ましく、非プロトン性溶媒の溶解度を保つことができるため、-20℃以上で行うことが好ましく、0℃以上で行うことがより好ましく、加熱せずに行うことが更に好ましい。
【0056】
なお、特許文献1に記載の方法でもボールミル粉砕器で粉砕混合して得た混合粉末を200℃で2時間加熱しているが、これは粉砕混合により崩れた結晶構造を再度アルジロダイト構造とするために行っており、本実施形態のように混合する工程の時間を短縮するための加熱とは異なっている。このため、引用文献1ではアルジロダイド構造への結晶転移が起きるのに十分な200℃と高温となっており、本実施形態の100℃未満とは大きく異なっている。
【0057】
本実施形態の混合する工程を行う時間は、(B)硫化リンの消費量を基準に決定すればよく、特に制限はないが、例えば1時間以上が好ましく、3時間以上がより好ましく、5時間以上が更に好ましい。
製造効率の観点からは24時間以下が好ましく、18時間以下がより好ましく、12時間以下が更に好ましく、10時間以下がより更に好ましい。
イオン伝導度の低下を抑制する観点からは120時間以下が好ましく、100時間以下がより好ましく、80時間以下が更に好ましい。
【0058】
本実施形態の混合工程は、不活性ガス雰囲気中でドライルームレベルの高露点(例えば、露点-60~-20℃)で行うことが好ましい。
大気圧で行ってもよいが、非プロトン性溶媒等の沸点が低い化合物を使用する場合には、オートクレーブ中等で加圧しながら行うことも好ましい。
【0059】
<乾燥工程>
本実施形態では、(A)硫化物及び(B)硫化リンを混合する工程後に、さらに乾燥工程を要する。
本実施形態で使用する非極性溶媒及び非プロトン性溶媒から選ばれる少なくとも1種の溶媒を除去する乾燥工程を行うことにより、不純物が少なくなり、イオン伝導度の向上が期待できる。一方、固体電解質が、乾燥により凝集体が形成しやすくなる場合は後記する乾燥温度及び乾燥時間を適宜調整することが好ましい。
【0060】
乾燥は、加熱せずに行っても、乾燥時間削減の観点から加熱してもよく、50℃以上で行うことが好ましく、70℃以上で行うことが好ましく、90℃以上で行うことが好ましく、造粒やイオン伝導度の低下の抑制の観点からは150℃以下であることが好ましく、150℃以下であることがより好ましく、120℃以下であることが更に好ましい。
乾燥時間は、非プロトン性溶媒の残留量により決定すればよく、特に制限はないが、例えば1分間以上が好ましく、10分以上がより好ましく、30分以上が更に好ましく、1時間以上がより更に好ましい。また、乾燥時間の上限は特に制限されるものではないが、24時間以下が好ましく、12時間以下がより好ましく、6時間以下が更に好ましく、3時間以下がより更に好ましい。
【0061】
また、乾燥は、溶媒を伴う前駆体、混合物を、ガラスフィルター等を用いたろ過、デカンテーションによる固液分離、また遠心分離機等を用いた固液分離により行ってもよい。本実施形態においては、固液分離を行った後、上記の温度条件による乾燥を行ってもよい。
固液分離は、具体的には、溶媒を伴う前駆体、混合物を容器に移し、前駆体、混合物が沈殿した後に、上澄みとなる溶媒を除去するデカンテーション、また例えばポアサイズが10~200μm程度、好ましくは20~150μmのガラスフィルターを用いたろ過が容易である。
なお、乾燥工程の後に加熱を行わないことが固体電解質の造粒の抑制の観点から好ましい。
【0062】
<固体電解質>
本実施形態の固体電解質は、(A)硫化物に対し、LiS等の含有量が減少し、(A)硫化物の成分が(B)硫化リンと反応した化合物の含有量が、使用した(B)硫化リンの量に依存して増加した組成となっている。
また、本実施形態の固体電解質の結晶構造は、前記のアルジロダイト型結晶構造を有するものであるが、より高いイオン伝導度を得る観点から、主結晶として有するものであることが好ましい。本明細書において、「主結晶として有する」とは、結晶構造のうち対象となる結晶構造の割合が80%以上であることを意味し、90%以上であることが好ましく、95%以上であることがより好ましい。
【0063】
A)硫化物の成分が(B)硫化リンと反応した化合物がより多く存在する固体電解質表層部は、非晶性固体電解質となっていてもよい。この非晶固体電解質の存在により全固体電池を製造する際に固体電解質同士が、加圧圧着等で熱融着しやすくなり好ましい。
【実施例
【0064】
次に実施例により、本発明を具体的に説明するが、本発明は、これらの例によってなんら限定されるものではない。
1.測定方法
1-1.(A)硫化物及び固体電解質の結晶構造
試料の粉末を、直径20 mm、深さ0.2 mmの溝にガラスで摺り切り試料とした。この試料を、XRD用カプトンフィルムで空気に触れさせずに測定した。
株式会社BRUKERの粉末X線回折測定装置D2 PHASERを用いて以下の条件にて実施した。
【0065】
管電圧:30 kV
管電流:10 mA
X線波長:Cu-Kα線(1.5418 Å)
光学系:集中法
スリット構成:ソーラースリット4°、発散スリット1 mm、Kβフィルター(Ni板)使用
【0066】
検出器:半導体検出器
測定範囲:2θ=10-60deg
ステップ幅、スキャンスピード:0.05deg、0.05deg/sec
1-2.(A)硫化物及び固体電解質の化学組成
ICP分析(誘導結合プラズマ発光分光分析)により、組成分析を行った。
【0067】
1-3.固体電解質のイオン伝導度
固体電解質から、直径10 mm(断面積S:0.785 cm)、高さ(L)0.1~0.3 cmの円形ペレットを成形して試料とした。その試料の上下から電極端子を取り、25℃において交流インピーダンス法により測定し(周波数範囲:5MHz~0.5Hz、振幅:10mV)、Cole-Coleプロットを得た。高周波側領域に観測される円弧の右端付近で、-Z’’(Ω)が最小となる点での実数部Z’(Ω)を電解質のバルク抵抗R(Ω)とし、以下式に従い、イオン伝導度σ(S/cm)を計算した。
【0068】
1-4.固体電解質の暴露試験(HS発生量)
まず、曝露試験で用いる試験装置(曝露試験装置1)について、図1を用いて説明する。
曝露試験装置1は、窒素を加湿するフラスコ10と、加湿した窒素と加湿しない窒素とを混合するスタティックミキサー20と、混合した窒素の水分を測定する露点計30(VAISALA社製M170/DMT152)と、測定試料を設置する二重反応管40と、二重反応管40から排出される窒素の水分を測定する露点計50と、排出された窒素中に含まれる硫化水素濃度を測定する硫化水素計測器60(AMI社製 Model3000RS)とを、主な構成要素とし、これらを管(図示せず)にて接続した構成としてある。フラスコ10の温度は冷却槽11により10 ℃に設定されている。
なお、各構成要素を接続する菅には直径6 mmのテフロン(登録商標)チューブを使用した。本図では管の表記を省略し、代わりに窒素の流れを矢印で示してある。
【0069】
評価の手順は以下のとおりとした。
露点を-80℃とした窒素グローボックス内で、粉末試料(固体電解質)41を約1.5g秤量し、石英ウール42で挟むように反応管40内部に設置し密封した。評価は室温(20℃)で行った。
窒素源(図示せず)から0.02 MPaで窒素を装置1内に供給した。供給された窒素は、二又分岐管BPを通過して、一部はフラスコ10に供給され加湿される。その他は加湿しない窒素としてスタティックミキサー20に直接供給される。なお、窒素のフラスコ10への供給量はニードルバルブVで調整される。
【0070】
加湿しない窒素及び加湿した窒素の流量を、ニードルバルブ付きフローメーターFMで調整することにより露点を制御する。具体的に、加湿しない窒素の流量を800mL/min、加湿した窒素の流量を10~30 mL/minで、スタティックミキサー20に供給し、混合して、露点計30にて混合ガス(加湿しない窒素及び加湿した窒素の混合物)の露点を確認した。
【0071】
露点を-30℃に調整した後、三方コック43を回転して、混合ガスを反応管40内部に表1に示す時間流通させた。試料41を通過した混合ガスに含まれる硫化水素量を、硫化水素計測器60で測定した。なお、硫化水素量は15秒間隔で記録し、1分間当たりの発生量(mL/min)として測定した。また、参考のため曝露後の混合ガスの露点を露点計50で測定した。
なお、測定後の窒素から硫化水素を除去するため、アルカリトラップ70を通過させた。
【0072】
1-5.平均粒径
平均粒径(D50)は、粒子径分布積算曲線を描いた時に粒子径の最も小さい粒子から順次積算して全体の50%に達するところの粒子径であり、例えば以下のようにして測定される。レーザー回折/散乱式粒子径分布測定装置(HORIBA製、LA-950V2モデルLA-950W2)で測定した。
脱水処理されたトルエン(和光純薬製、特級)とターシャリーブチルアルコール(和光純薬製、特級)を93.8:6.2の質量比で混合したものを分散媒として用いた。装置のフローセル内に分散媒を50 mL注入し、循環させた後、測定対象を添加して超音波処理した後、粒子径分布を測定した。なお、測定対象の添加量は、装置で規定されている測定画面で、粒子濃度に対応する赤色光透過率(R)が80~90%、青色光透過率(B)が70~90%に収まるように調整した。また、演算条件には、測定対象の屈折率の値として2.16を、分散媒の屈折率の値として1.49をそれぞれ用いた。分布形態の設定において、反復回数を15回に固定して粒径演算を行った。
【0073】
1-6.BET比表面積
ガス吸着量測定装置(AUTOSORB6(シスメックス(株)製))を用いて窒素法で測定した。
1-7.残留溶媒量
ガスクロマトグラフ(Agilent社製の6890型)で測定した。
【0074】
2-1. 硫化リチウムの合成
500 mLのセパラブルフラスコ(アンカー撹拌翼装備)に、窒素気流下で水酸化リチウム無水物(本荘ケミカル(株)製、粒子径範囲:0.1mm 以上1.5 mm以下、水分量:1質量%以下)200 gを投入、60 rpmで撹拌しながら、オイルバスを用いて200 ℃に昇温し、保持した。また、セパラブルフラスコの上部をリボンヒーターで100 ℃に保持した。窒素を硫化水素((株)巴商会製)に切り替えて、500 mL/分の流量で供給しながら、水酸化リチウムと硫化水素との反応を行った。反応の進行により発生した水分はコンデンサーにより凝縮して回収し、6 時間の反応を行ったところで144 mLの水が回収され、更に3 時間継続したが、水の発生はなかった。
【0075】
次いで、温度を200 ℃に保持したまま、硫化水素を窒素に切り替え、20 分間窒素を通気し、フラスコ内の硫化水素を窒素に置換した。
得られた硫化リチウム(LiS)粉体を電位差滴定により測定したところ、硫化リチウムの含有量(純度)は99.1質量%であり、比表面積は7 m/gとなった。
【0076】
2-2.硫化物(A-1)の調製
(A)粉砕工程
上記2-1で得たLiSを、窒素雰囲気下にて、定量供給機を有するピンミル(ホソカワミクロン株式会社製 100UPZ)にて粉砕した。投入速度は80 g/min、円板の回転速度は18000 rpmとした。
同様に、P(サーモフォス製)、LiBr(本荘ケミカル社製)及びLiCl(本荘ケミカル社製)を、それぞれ、ピンミルにて粉砕した。Pの投入速度は140 g/min、LiBrの投入速度は230 g/min、LiClの投入速度は250g/minとした。円板の回転速度はいずれも18000 rpmとした。
【0077】
(B)原料混合物の調製
窒素雰囲気のグローブボックス内にて、上記(A)で粉砕した各化合物を、モル比がLiS:P:LiBr:LiCl=47.5:12.5:15.0:25.0であり、合計110 gとなるように計量したものを、ガラス容器に投入し、容器を振盪することにより粗混合した。
粗混合した原料110 gを、窒素雰囲気下で、脱水トルエン(和光純薬製)1140 mLと脱水イソブチロニトリル(キシダ化学製)7 mLとの混合溶媒中に分散させ、約10質量%のスラリーとした。スラリーを窒素雰囲気に保ったまま、ビーズミル(LMZ015、アシザワ・ファインテック社製)を用いて混合粉砕した。具体的に、粉砕媒体には直径0.5 mmのジルコニアビーズ456 gを使用し、周速12 m/s、流量500 mL/minの条件でビーズミルを稼働させ、スラリーをミル内に投入し、1 時間循環運転した。処理後のスラリーを窒素置換したシュレンク瓶に入れた後、減圧乾燥して原料混合物を調製した。
【0078】
(C)仮焼工程
上記(B)で得た原料混合物30gを、エチルベンゼン(和光純薬社製)300 mLに分散させてスラリーとした。このスラリーを、撹拌機及び加熱用オイルバスを具備したオートクレーブ(容量1000 mL、SUS316製)に投入し、回転数200 rpmで撹拌しながら、200 ℃で2 時間加熱処理した。処理後、減圧乾燥して溶媒を留去して、仮焼物を得た。
【0079】
(D)焼成工程
上記(C)で得た仮焼物を、窒素雰囲気下のグローブボックス内の電気炉(F-1404-A、東京硝子器械株式会社製)で加熱した。具体的には、電気炉内にAl製の匣鉢(999-60S、東京硝子器械株式会社製)を入れ、室温から380 ℃まで1 時間で昇温し380 ℃で1 時間以上保持した。その後、電気炉の扉を開け、素早く仮焼物を匣鉢に注ぎ入れたのち、扉を直ちに閉じ、1時間加熱した。その後、匣鉢を電気炉より取り出し、徐冷することによりアルジロダイト型固体電解質((A)硫化物)を得た。
【0080】
(E)微粒子化工程
得られたアルジロダイト型固体電解質を、窒素雰囲気下で、脱水トルエン(和光純薬製)と脱水イソブチロニトリル(キシダ化学製)との混合溶媒中に分散させ、約8質量%のスラリーとした。スラリーを窒素雰囲気に保ったまま、ビーズミル(LMZ015、アシザワ・ファインテック社製)を用いて混合粉砕した。処理後のスラリーを窒素置換したシュレンク瓶に入れた後、減圧乾燥して微粒子化アルジロダイト型固体電解質(硫化物(A-1))を得た。
【0081】
X線回折(XRD)測定の結果、XRDパターンには、2θ=25.5±1.0deg及び29.9±1.0deg等にアルジロダイト型結晶構造に由来するピークが観測された。
d50は1.7 μmであった。また、イオン伝導度は4.9 mS/cmであった。
【0082】
2-3.硫化物(A-2)の調製
(E)微粒子化工程にて、粉砕条件を変更した以外は製造例1と同様にして微粒子化アルジロダイト型固体電解質(硫化物(A-2))を得た。
X線回折(XRD)測定の結果、XRDパターンには、2θ=25.5±1.0deg及び29.9±1.0deg等にアルジロダイト型結晶構造に由来するピークが観測された。
d50は0.6 μmであった。また、イオン伝導度は4.6 mS/cmであった。
【0083】
(実施例1~3)
窒素雰囲気下にて、2-2で得たアルジロダイト型固体電解質(硫化物(A-1))と、P(サーモフォス製)とを表1の条件で50 mLのシュレンク瓶に秤量した。窒素雰囲気を保ったまま、トルエン(富士フィルム和光純薬社製、水分量10ppm以下)20 mLを投入して混合物を得た。なお、表1中、Pの添加量は硫化物A-1又は硫化物A-2を100質量部とした際の添加量である。
【0084】
さらに、窒素雰囲気を保ったまま、スターラーチップを投入して室温(25℃)で72時間撹拌した。その後、室温で1時間真空乾燥して溶媒を除去することにより乾燥粉を得た。得られた乾燥粉を80℃で1時間真空乾燥して、固体電解質-1~3を得た。
得られた固体電解質のイオン伝導度、硫化水素発生量、平均粒径d50および硫化水素発生量の評価結果を表1に示す。また、固体電解質はいずれもアルジロダイト構造を有していることが粉末X線回折測定装置の結果から確認できた。
なお、固体電解質中に残留したトルエンはいずれも0.1重量%未満であった。
【0085】
(比較例1)
比較例1として、硫化物(A-1)の結果を表1に示す。
【0086】
(実施例4及び5)
実施例1の硫化物(A-1)に換え硫化物(A-2)を使用し、五硫化二リンの使用量及び混合時間を表1記載のようにした以外は同様にして固体電解質-4及び5を得た。結果を表1に示す。
得られた固体電解質-4及び5のICP分析及び粒径の測定結果は、硫化物(A-2)と有意な差はみられなかった。
また、固体電解質はいずれもアルジロダイト構造を有していることが粉末X線回折測定装置の結果から確認できた。
(比較例2)
比較例2として、硫化物(A-2)の結果を表1に示す。
【0087】
(実施例6及び7)
窒素雰囲気下にて、前記硫化物(A-2)と、P(サーモフォス製)とを表1の条件で50 mLの高圧用反応分解容器に秤量した。窒素雰囲気を保ったまま、トルエン(富士フィルム和光純薬社製、水分量10ppm以下)20 mLを投入して混合物を得た。さらに、窒素雰囲気を保ったまま、スターラーチップを投入して密閉し、80 ℃で8 時間撹拌した。その後、室温で1時間真空乾燥して溶媒を除去することにより乾燥粉を得た。得られた乾燥粉を80 ℃で1時間真空乾燥して、固体電解質-6及び7を得た。
得られた固体電解質のイオン伝導度、硫化水素発生量、平均粒径d50および硫化水素発生量の評価結果を表1に示す。
【0088】
固体電解質中に残留したトルエンはいずれも0.1重量%未満であった。
得られた固体電解質-6及び7のICP分析及び粒径の測定結果は、硫化物(A-2)と有意な差はみられなかった。
また、固体電解質はいずれもアルジロダイト構造を有していることが粉末X線回折測定装置の結果から確認できた。
【0089】
(比較例3)
前記硫化物(A-1)を0.9445 gと、P(サーモフォス製)を0.0505 gと、直径2mmのジルコニア製ボール26.5 gと、をジルコニア製ポット(45mL)に入れ、完全密閉し、ポット内をアルゴン雰囲気とした。加熱冷却することなく、「粉砕機」として遊星型ボールミル(フリッチュ社製:型番P-7)で回転数を100rpmとし、2時間処理(メカニカルミリング)し、粉末を得た。
【0090】
得られた粉末をガラス容器に充填し、これを200℃で2時間加熱して、固体電解質-C1を得た。
得られた固体電解質-C1のイオン伝導度、硫化水素発生量、平均粒径d50および硫化水素発生量の評価結果を表1に示す。また、固体電解質-C1はアルジロダイト構造を有していることが粉末X線回折測定装置の結果から確認できた。
【0091】
【表1】
【0092】
表1中のP添加量(質量部)は、(A)硫化物100.0質量部に対する(B)硫化リンの添加量(質量部)を表す。
表1中の注1)は、比較例3で記載した「得られた粉末をガラスバイアルの容器に充填し、これを管状電気炉にて200℃で2時間加熱した」ことを意味する。
【0093】
本発明の製造方法により簡便に均質な固体電解質が得られた。また、本発明の製造方法により得られた固体電解質は、前記の混合する工程を行っていない硫化物(比較例1及び2に該当)と比較してHSの発生が大幅に低減でき、イオン伝導度の低下の抑制に関しても改善できることが分かった。
比較例3では、前記の特許文献2の製造方法に該当する粉砕機(遊星型ボールミル)を用いる製造方法により固体電解質-C1を得た。しかし固体電解質-C1は、HS発生量こそ本製造方法により製造した固体電解質と同程度に抑えられるものの、イオン伝導度は大きく低下し、また造粒により粒径が大きくなってしまった。このことから「粉砕機」を用いずに混合する工程を行うことが必要であることが確認された。また、「混合する工程」で「粉砕機」を用いる場合、全固体電池用の固体電解質層に使用するには、粒径を小さくする必要があるため、更に別途の粉砕工程が必要になってしまうことが分かった。
【0094】
これに対し、本製造法方法により製造した固体電解質はその表面が非晶化することがなかったため、次工程として加熱による結晶化の工程が不要であった。これにより、加熱による造粒が生じないため、さらなる粉砕化工程も不要であった。
【産業上の利用可能性】
【0095】
本実施形態の固体電解質の製造方法によれば、耐水性が改善しHSの発生を抑え、イオン伝導度の低下を抑制する立方晶系アルジロダイト型結晶構造を有する固体電解質を均質にかつ簡便に製造することができる。
本実施形態の製造方法により得られる結晶性固体電解質は、電池に、とりわけ、パソコン、ビデオカメラ、及び携帯電話等の情報関連機器や通信機器等に用いられる電池に好適に用いられる。
【符号の説明】
【0096】
1.曝露試験で用いる試験装置(曝露試験装置)
10.窒素を加湿するフラスコ
11.冷却槽
20.スタティックミキサー
30.露点計
40.測定試料を設置する二重反応管
41.粉末試料
42.石英ウール
43.三方コック
50.二重反応管40から排出される窒素の水分を測定する露点計
60.硫化水素計測器
70.アルカリトラップ
V.ニードルバルブ
図1