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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-10-23
(45)【発行日】2024-10-31
(54)【発明の名称】情報生成装置及び情報生成方法
(51)【国際特許分類】
   H01L 29/82 20060101AFI20241024BHJP
   B82Y 10/00 20110101ALI20241024BHJP
   B82Y 40/00 20110101ALI20241024BHJP
   G06F 7/38 20060101ALI20241024BHJP
【FI】
H01L29/82 Z
B82Y10/00
B82Y40/00
G06F7/38 630
【請求項の数】 3
(21)【出願番号】P 2020139189
(22)【出願日】2020-08-20
(65)【公開番号】P2022035100
(43)【公開日】2022-03-04
【審査請求日】2023-07-19
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成30年度 国立研究開発法人科学技術振興機構、戦略的創造研究推進事業、総括実施型研究ERATO「齊藤スピン量子整流プロジェクト」、産業技術力強化法第17条の適用を受けるもの
(73)【特許権者】
【識別番号】504137912
【氏名又は名称】国立大学法人 東京大学
(74)【代理人】
【識別番号】100079108
【弁理士】
【氏名又は名称】稲葉 良幸
(74)【代理人】
【識別番号】100109346
【弁理士】
【氏名又は名称】大貫 敏史
(74)【代理人】
【識別番号】100117189
【弁理士】
【氏名又は名称】江口 昭彦
(74)【代理人】
【識別番号】100134120
【弁理士】
【氏名又は名称】内藤 和彦
(72)【発明者】
【氏名】巻内 崇彦
(72)【発明者】
【氏名】横井 直人
(72)【発明者】
【氏名】日置 友智
(72)【発明者】
【氏名】齊藤 英治
【審査官】小山 満
(56)【参考文献】
【文献】特開2017-169177(JP,A)
【文献】特開2011-086342(JP,A)
【文献】国際公開第2018/084007(WO,A1)
【文献】国際公開第2008/123023(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01L 29/82
B82Y 10/00
B82Y 40/00
G06F 7/38
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
磁性体を含む磁性体素子と、
前記磁性体素子に磁場を印加する磁場印加部と、
前記磁場が印加されている磁性体素子に交流磁場を印加して、互いに位相及び振幅の異なる複数のスピン波又は複数の磁気励起の情報を前記磁性体素子において保持させる交流磁場印加部と、
前記複数のスピン波又は前記複数の磁気励起の情報を取得する取得部と、
を備え、
前記交流磁場印加部は、所定周波数を有する所定交流磁場を前記磁性体素子に印加し、前記所定交流磁場を前記磁性体素子に印加している間に、前記所定周波数の2倍の周波数を有する交流磁場を前記磁性体素子に印加し、前記交流磁場の印加を終了したあとに、前記所定周波数又は前記交流磁場の周波数と同一の周波数を有する測定交流磁場を前記磁性体素子に印加し、
前記取得部は、前記測定交流磁場が印加されている磁性体素子の電圧の位相に基づいて、前記情報を取得する、
情報生成装置。
【請求項2】
前記交流磁場印加部は、前記交流磁場の印加及び前記測定交流磁場の印加のセットを繰り返し実行し、
前記取得部は、前記測定交流磁場が印加される度に測定される前記磁性体素子の電圧の位相に基づいて、確率的な前記情報を取得する、
請求項に記載の情報生成装置。
【請求項3】
磁性体を含む磁性体素子に磁場を印加することと、
前記磁場が印加されている磁性体素子に交流磁場を印加して、互いに位相及び振幅の異なる複数のスピン波又は複数の磁気励起の情報を前記磁性体素子において保持させることと、
前記複数のスピン波又は前記複数の磁気励起の情報を取得することと、
を含み、
前記保持させることにおいては、所定周波数を有する所定交流磁場を前記磁性体素子に印加し、前記所定交流磁場を前記磁性体素子に印加している間に、前記所定周波数の2倍の周波数を有する交流磁場を前記磁性体素子に印加し、前記交流磁場の印加を終了したあとに、前記所定周波数又は前記交流磁場の周波数と同一の周波数を有する測定交流磁場を前記磁性体素子に印加し、
前記取得することにおいては、前記測定交流磁場が印加されている磁性体素子の電圧の位相に基づいて、前記情報を取得する、
情報生成方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、情報生成装置及び情報生成方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、物質の量子効果を利用した量子コンピュータの開発が進められている。例えば、特許文献1には、超電導材料を用いた量子ビットにより構成される量子コンピュータが記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】特表2007-504655号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
超電導材料を利用した量子コンピュータでは、超電導材料等を収容できる冷却装置が用いられるが、冷却装置内の空間には限りがある。一方で、磁性体中の磁性のダイナミクスを利用して、室温において動作可能なコンピュータを実現すれば、空間に制限がないため大規模なコンピュータを構築することができると考えられる。
【0005】
しかしながら、磁性体中の巨視的な磁気モーメントの歳差運動は、数十~数百ナノ秒程度の緩和時間で減衰することが知られている。この緩和時間は、超電導材料を利用した量子コンピュータの最大数百マイクロ秒のコヒーレンス時間より短い。このため、実行可能な計算アルゴリズムに制限がある。
【0006】
そこで、本発明は、磁性のダイナミクスにおいて、より長い時間のコヒーレンスを実現し、コヒーレンスの情報を利用可能とする情報生成装置及び情報生成方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の一態様に係る情報生成装置は、磁性体を含む磁性体素子と、磁性体素子に磁場を印加する磁場印加部と、磁場が印加されている磁性体素子に交流磁場を印加して、互いに位相及び振幅の異なる複数のスピン波又は複数の磁気励起の情報を磁性体素子において保持させる交流磁場印加部と、複数のスピン波又は複数の磁気励起の情報を取得する取得部と、を備える。
【0008】
この態様によれば、複数のスピン波又は複数の磁気励起の情報が、磁性体素子において保持される。これにより、磁性のダイナミクスにおいて、より長い間のコヒーレンスが実現される。また、保持された情報(位相又は振幅等の情報)は、コヒーレンスの情報として利用される。
【0009】
上記態様において、交流磁場印加部は、所定周波数を有する所定交流磁場を磁性体素子に印加し、所定交流磁場を磁性体素子に印加している間に、所定周波数の2倍の周波数を有する交流磁場を磁性体素子に印加してもよい。
【0010】
この態様によれば、所定交流磁場により、コヒーレンスの情報を制御することが可能となる。
【0011】
上記態様において、交流磁場印加部は、交流磁場の印加を終了したあとに、所定周波数又は交流磁場の周波数と同一の周波数を有する測定交流磁場を磁性体素子に印加し、取得部は、測定交流磁場が印加されている磁性体素子の電圧の位相に基づいて、情報を取得してもよい。
【0012】
この態様によれば、コヒーレンスの情報を簡便に取得することが可能となる。
【0013】
上記態様において、交流磁場印加部は、交流磁場の印加及び測定交流磁場の印加のセットを繰り返し実行し、取得部は、測定交流磁場が印加される度に測定される磁性体素子の電圧の位相に基づいて、確率的な情報を取得してもよい。
【0014】
この態様によれば、確率的な情報を取得することにより、より適切なコヒーレンスの情報を取得できる。
【0015】
本発明の他の態様に係る情報生成方法は、磁性体を含む磁性体素子に磁場を印加することと、磁場が印加されている磁性体素子に交流磁場を印加して、互いに位相及び振幅の異なる複数のスピン波又は複数の磁気励起の情報を磁性体素子において保持させることと、複数のスピン波又は複数の磁気励起の情報を取得することと、を含む。
【0016】
この態様によれば、複数のスピン波又は複数の磁気励起の情報が、磁性体素子において保持される。これにより、磁性のダイナミクスにおいて、より長い間のコヒーレンスが実現される。また、保持された情報(位相又は振幅等の情報)は、コヒーレンスの情報として利用される。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、磁性のダイナミクスにおいて、より長い時間のコヒーレンスを実現し、コヒーレンスの情報を利用可能とする情報生成装置及び情報生成方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
図1】本開示の一実施形態に係る情報生成装置の概略構成を示す図である。
図2】同実施形態に係る生成部の構成の一例を示す図である。
図3】同実施形態に係る生成素子の構成の一例を示す図である。
図4図3に示すA-A’の断面図である。
図5】本実施形態において磁性体素子に交流磁場を印加する流れを説明するための図である。
図6】静磁場中の磁性体に交流磁場が印加されたときにおける巨視的な磁化ベクトルMの歳差運動を示す図である。
図7図6に示した磁化ベクトルのx成分であるMxの時間変化と、印加されている交流磁場h~の時間変化とを示す図である。
図8】0状態及びπ状態のモードのエネルギーを示す図である。
図9】磁化ベクトルの歳差運動と、微視的な磁気モーメントによる歳差運動のモードとの関係を示す図である。
図10】本開示の一実施形態において磁化ベクトルの歳差運動が緩和された後の状態における、磁化ベクトルと微視的な磁気モーメントによる歳差運動のモードとの関係を説明するための図である。
図11】本開示の一実施形態に係る情報生成装置による処理の流れの一例を示すフローチャートである。
図12図11に示した位相測定処理の流れの一例を示すフローチャートである。
図13】実施例において、0状態及びπ状態に初期化した場合における0状態が観測される確率を測定した結果を示す図である。
図14】比較例において0状態が観測される確率を測定した結果を示す図である
図15】本実施形態に係る磁性体素子がpビットとして機能することを検証するための実験の結果を示す図である。
図16図15に示す一番上のグラフに基づいて、1秒間当たりにモードの状態が遷移する回数の分布をプロットした実験結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
添付図面を参照して、本発明の好適な実施形態について説明する。
【0020】
図1は、本開示の一実施形態に係る情報生成装置1の概略構成を示す図である。本実施形態に係る情報生成装置1は、磁性体を含む磁性体素子に静磁場及び交流磁場を印加して、互いに位相、振幅及び周波数の異なる複数の磁化歳差運動のモードを磁性体素子において実現し、複数の磁化歳差運動のモードの少なくともいずれかの位相及び振幅の情報を取得する。本明細書では、磁化歳差運動とは、磁性体における互いに異なる位相、振幅及び周波数を持つスピン波又は磁気励起の運動である。また、互いに位相、振幅及び周波数の異なる複数の磁化歳差運動の和が、巨視的な磁気モーメントの歳差運動である。
【0021】
図1に示すように、本実施形態に係る情報生成装置1は、主として、生成部10、磁場印加部20、制御装置30、交流磁場印加部40及び測定装置60を備える。
【0022】
生成部10は、磁性体素子を備え、外部磁場に応じてコヒーレンスの情報を生成できる。生成部10の構成の詳細は、図2及び図3を参照して後述する。
【0023】
磁場印加部20は、生成部10が備える磁性体素子に磁場を印加する。本実施形態では、磁場印加部20は静磁場を印加するが、磁場印加部20が印加する磁場は静磁場に限定されるものではない。磁場印加部20は、各種の公知のマグネットにより構成されてよい。マグネットの磁極の間隔は特に限定されないが、本実施形態では40mmであり、磁極の間には、幅が例えば40mmのアルミフレームが配置されている。
【0024】
制御装置30は、交流磁場印加部40の動作を制御する。例えば、制御装置30は、交流磁場印加部40が信号を出力するタイミング、信号の強度、信号の周波数及び信号の位相等を制御できる。
【0025】
また、制御装置30は、CPU(Central Processing Unit)、ROM(Read Only Memory)及びRAM(Random Access Memory)等を備える。制御装置30が備えるROMには、交流磁場印加部40の動作を制御するための制御プログラム等の情報が記憶される。また、CPUは、ROMに記憶された制御プログラム等を実行し、各種の処理を実行する。なお、制御装置30が備えるRAMには、各種プログラムの実行中に一時的に利用されるデータが記憶される。
【0026】
交流磁場印加部40は、各種の交流磁場を生成部10が備える磁性体素子に印加できる。具体的には、交流磁場印加部40は、各種の信号発生器を備え、各種の信号(本実施形態では、マイクロ波の信号)を出力して、出力した信号による交流磁場を磁性体素子に印加できる。交流磁場印加部40は、磁場印加部20により磁場が印加されている磁性体素子に交流磁場を印加して、互いに位相及び振幅の異なる複数のスピン波又は複数の磁気励起の情報を磁性体素子において保持させる。本実施形態では、交流磁場印加部40は、静磁場が印加されている磁性体素子に磁化歳差運動のモードを誘起する誘起交流磁場を印加して、互いに位相及び振幅の異なる複数の磁化歳差運動のモードを磁性体素子において実現させることができる。
【0027】
図1に示すように、本実施形態に係る交流磁場印加部40は、初期化信号発生器42、誘起信号発生器44、測定信号発生器46、読み出し信号発生器48及びパルス発生器50を備える。交流磁場印加部40が備える各種の信号発生器は、実質的に同一の構成を有しており、マイクロ波等の交流信号を出力できる各種の公知の信号発生器である。また、本実施形態では、交流磁場印加部40が備える初期化信号発生器42、誘起信号発生器44、測定信号発生器46及び読み出し信号発生器48により出力される信号の位相は、同期されているものとする。
【0028】
初期化信号発生器42は、1ωの角周波数(1fの所定周波数)を有するマイクロ波の信号を出力する。初期化信号発生器42から出力された信号は、第1スイッチ302、第1カプラ310及び第2カプラ312を介して、生成部10に伝送される。以下では、初期化信号発生器42が出力した信号を「初期化信号」とも称する。
【0029】
誘起信号発生器44は、2ωの角周波数(2fの周波数)を有するマイクロ波の信号を出力する。誘起信号発生器44から出力された信号は、第2スイッチ304、第1カプラ310及び第2カプラ312を介して、生成部10に伝送される。以下では、誘起信号発生器44が出力した信号を「誘起信号」とも称する。
【0030】
測定信号発生器46は、2ωの角周波数(2fの周波数)を有するマイクロ波の信号を出力する。測定信号発生器46から出力された信号は、第3スイッチ306及び第2カプラ312を介して、生成部10に伝送される。以下では、測定信号発生器46が出力した信号を「測定信号」とも称する。
【0031】
読み出し信号発生器48は、1ωの角周波数(1fの周波数)を有するマイクロ波の信号を出力する。読み出し信号発生器48から出力された信号は、第3カプラ314を介して、測定装置60に伝送される。以下では、読み出し信号発生器48が出力した信号を「読み出し信号」とも称する。
【0032】
パルス発生器50は、各種のスイッチにパルス波形の信号(以下、単に「パルス信号」と称する。)を出力できる各種の公知の信号発生器である。具体的には、パルス発生器50は、各種のスイッチにパルス信号を入力してスイッチの状態を導通状態にしたり、パルス信号の入力を終了してスイッチの状態を開放状態にしたりできる。
【0033】
例えば、パルス発生器50が第1スイッチ302にパルス信号を入力すると、第1スイッチ302の状態が導通状態となり、初期化信号発生器42により出力された信号が生成部10に伝送されるようになる。また、パルス発生器50が第1スイッチ302へのパルス信号の入力を終了すると、第1スイッチ302が開放状態となり、初期化信号発生器42により出力された信号が生成部10に伝送されなくなる。
【0034】
測定装置60は、射影測定により磁性体素子のコヒーレンスの情報を取得できる。具体的には、測定装置60は、後述するように、磁性体素子の電圧の位相を測定して、測定した電圧の位相に基づいて、生成部10が備える磁性体素子における複数のモードの少なくともいずれかのコヒーレンスの情報(位相又は振幅等の情報)を取得できる。測定装置60は、測定部62及び取得部64を備える。
【0035】
測定部62は、生成部10が備える磁性体素子の電圧の位相を測定し、測定結果を取得部64に伝送できる。測定部62は、例えば、スペクトルアナライザを備えてよい。本実施形態では、測定部62は、磁性体素子において生じた電圧と、読み出し信号の電圧の和を測定することにより、磁性体素子において生じた電圧の位相と振幅の情報を反映した射影測定を実行できる。本実施形態では、測定信号による交流磁場が磁性体素子に印加されているときにおいて磁性体素子に発生する電圧の位相は、磁性体素子に誘起されたモードの位相に対応する。このため、磁性体素子の電圧の位相を測定することにより、モードの位相状態が観測される。なお、測定部62は、磁性体素子の電圧の位相を繰り返し測定してもよい。
【0036】
取得部64は、互いに位相及び振幅の異なる複数のスピン波又は複数磁気励起の情報を取得できる。本実施形態では、取得部64は、測定部62が測定した磁性体素子の電圧の位相に基づいて、複数のスピン波又は複数磁気励起の情報をコヒーレンスの情報として取得する。本実施形態では、取得部64は、測定部62が繰り返しの測定した電圧の位相に基づいて、複数のスピン波又は複数磁気励起の確率的な情報を取得する。より具体的には、取得部64は、誘起されたモードの位相の確率的な情報を取得する。
【0037】
また、取得部64は、CPU、ROM及びRAM等を備える。取得部64が備えるROMには、各種の処理を実行するための処理プログラム等が記憶される。また、CPUは、ROMに記憶された処理プログラム等を実行し、コヒーレンスの情報の取得等の各種の処理を実行する。なお、取得部64が備えるRAMには、各種プログラムの実行中に一時的に利用されるデータが記憶される。
【0038】
図2は、本実施形態に係る生成部10の構成の一例を示す図である。生成部10は、主として、コプレーナウェーブガイド100、入力端子120、出力端子124及び生成素子130を備える。
【0039】
コプレーナウェーブガイド100は、板状の誘電体基板の表面に導体(本実施形態では銅)の箔を形成した構造を有し、マイクロ波等の電磁波を伝送できる。本実施形態では、コプレーナウェーブガイド100は、磁場印加部20を構成するマグネットの磁極の間に配置されたアルミフレームの上に配置されている。
【0040】
入力端子120には、初期化信号、誘起信号及び測定信号の少なくともいずれかの信号が入力される。入力された信号は、矢印の方向に伝送され、コプレーナウェーブガイド100を通じて生成素子130に伝送される。
【0041】
生成素子130は、磁性体素子を備え、印加された磁場に応じてコヒーレンスの情報を生成する。生成素子130には、磁場印加部20により静磁場H0図2の横方向に印加される。また、生成素子130には、入力端子120から信号が伝送されたことに応じて、交流磁場が静磁場H0に対して平行に印加される。
【0042】
生成素子130が備える磁性体素子の一端には、コプレーナウェーブガイド100のグランドプレーンが電気的に接続されている。生成素子130が備える磁性体素子のもう一端には、出力端子124が電気的に接続されている。グランドプレーン及び出力端子124の間の電圧の信号は、第3カプラ314を介して測定装置60に伝送され、測定装置60において磁性体素子の電圧として測定される。具体的には、後述する測定交流磁場による逆スピンホール効果(Inverse Spin-Hall Effect:ISHE)により生じた電圧が測定される。
【0043】
図3は、本実施形態に係る生成素子130の構成の一例を示す図である。生成素子130は、磁性体素子140、基板142、グラウンドパッド144及び出力パッド146を備える。
【0044】
磁性体素子140は、透明なGGG(ガドリニウムガリウムガーネット)の基板142の上に形成されている。基板142のサイズは、本実施形態では、縦2mm×横5mm×厚さ0.5mmのサイズである。図3では、基板142が手前にあり、磁性体素子140は、基板142の奥側にある。また、本実施形態では、磁性体素子140は、マグネットの磁極のおよそ中心に位置しており、磁性体素子140と磁極との間の距離はおよそ20mm程度となっている。
【0045】
図2に示した入力端子120に入力されたマイクロ波の信号は、コプレーナウェーブガイド100の表面に形成された空隙部150及び152の間に形成された伝送部102において、矢印の方向に伝送される。信号が磁性体素子140に到達すると、マイクロ波が磁性体素子140に照射され、磁性体素子140に交流磁場が印加される。以下では、初期化信号による交流磁場を初期化交流磁場(所定交流磁場)、誘起信号による交流磁場を誘起交流磁場、測定信号による交流磁場を測定交流磁場とも称する。
【0046】
磁性体素子140は、磁性体を備えた素子である。本実施形態において説明する磁性体素子140は、磁性体ドットと称される場合もある。本実施形態では、磁性体素子140は、磁性体の層と、その層の上に形成された他の金属層とを備えている。
【0047】
具体的には、磁性体素子140は、フェリ磁性体であるYIG(Yttrium Iron Garnet)層の上にPt層が形成された構造を有している。Pt層は、例えば、YIG層の清浄な表面にPtがスパッタされることにより形成されてよい。また、磁性体素子140の直径は、特に限定されないが、例えば200μmであってよい。また、YIG層の厚さは、後述する反磁場を利用するため、磁性体素子140の直径の長さ(例えば、200μm)のオーダーより小さい必要があり、例えば370nmであってよい。また、Pt層が薄いほど、後述する逆スピンホール効果により生じる電圧が大きくなるため、Pt層の厚さは、例えばおよそ10nm以下であることが望ましい。また、本実施形態では、磁性体素子140の形状は、円盤状であるものとして説明するが、磁性体素子140の形状はこれに限定されるものではなく、例えば直方体等であってもよい。
【0048】
なお、本実施形態では、磁性体素子140が含む磁性体は、YIGであるものとして説明するが、これに限らず、他のフェリ磁性体であってもよいし、各種の強磁性体等であってもよい。また、本実施形態では、室温において磁性体素子140が動作するものとして説明するが、温度が磁性体のキュリー点より低い温度であれば、磁性体素子140は動作し得る。また、磁性体素子140が備える磁性体は、より低いギルバートのダンピング定数(後述する)を有することが好ましい。
【0049】
磁性体素子140の左右には、左側又は右側に伸びたグラウンドパッド144及び出力パッド146が形成されている。グラウンドパッド144及び出力パッド146のそれぞれは、磁性体素子140のPt層の左側表面及び右側表面に金がスパッタされることにより形成されている。グラウンドパッド144及び出力パッド146の厚さは、特に限定されないが、例えば100nm程度であってよい。
【0050】
また、グラウンドパッド144及び出力パッド146は、コプレーナウェーブガイド100の表面にインジウム圧着されている。グラウンドパッド144は、コプレーナウェーブガイド100のグランドプレーンに電気的に接続され、接地されている。一方、出力パッド146は、空隙部154及び156の間に形成された経路に電気的に接続されており、図2に示した出力端子124に電気的に接続されている。
【0051】
図4は、図3に示すA-A’の断面図である。コプレーナウェーブガイド100は、誘電体基板110と、誘電体基板110の下面に形成された銅箔の層112とを含む。また、誘電体基板110の上面には、伝送部102及びグランドプレーン104,106が形成されている。
【0052】
伝送部102は、コプレーナウェーブガイド100の空隙部150及び152の間に形成された銅箔であり、入力端子120に入力された信号を伝送する。また、伝送部102から空隙部150又は152を挟んだ外側には、グランドプレーン104又は106が形成されている。伝送部102は、入力端子120から信号が伝送されると、伝送部102からグランドプレーン104、106に向かう方向(図4に示す実線の矢印の方向)の電界と、伝送部102を囲む方向(図4に示す破線の方向)の磁場を形成する。
【0053】
伝送部102の上に配置されている磁性体素子140には、伝送された信号による交流磁場が印加される。本実施形態では、伝送部102の幅は磁性体素子140の直径と同程度の長さであるため、より均一な交流磁場が磁性体素子140に印加される。
【0054】
図5を参照して、本実施形態において磁性体素子140に交流磁場を印加する流れを説明する。本実施形態では、初期化交流磁場の印加、誘起交流磁場の印加及び測定交流磁場の印加のセットが繰り返し実行され、各セットが実行される度に磁性体素子において誘起された磁化歳差運動のモードの位相が測定される。
【0055】
図5に示すタイミングt0は、前回の測定が終了したタイミングである。タイミングt0から時間が経過すると、タイミングt1において、磁性体素子への初期化交流磁場の印加が開始される。初期化交流磁場は、タイミングt1からタイミングt3までの時間T1に磁性体素子に印加される。初期化交流磁場が印加されることにより、磁性体素子において誘起されるモードの位相が初期化される。具体的には、後述するように、磁性体素子において誘起されるモードの位相の状態が0状態又はπ状態に指定される。
【0056】
初期化交流磁場が磁性体素子に印加されている間には、タイミングt2において、誘起交流磁場の印加が開始される。誘起交流磁場は、タイミングt2からタイミングt4までの時間T3の間に磁性体素子に印加される。また、タイミングt2からタイミングt3までの時間T2の間には、初期化交流磁場に重畳して誘起交流磁場が磁性体素子に印加される。
【0057】
初期化交流磁場に重畳して誘起交流磁場が磁性体素子に印加されることにより、磁性体素子においてパラメトリック励起が行われ、初期化交流磁場により初期化された位相を有するモードが誘起される。また、磁性体素子には、初期化された位相を有するモードによる反磁場が生じる。この反磁場は、初期化された位相を有するモードとは別のモードとして、初期化された位相とπだけ位相が異なるモードを誘起する。反磁場により誘起されたモードの角周波数は、1ωと同程度の値を有する。なお、本実施形態では、パラメトリック励起によりモードが誘起されるものとして説明するが、モードを誘起する方法は、パラメトリック励起に限定されるものではない。
【0058】
誘起交流磁場の印加がタイミングt4において終了してから時間T4(以下では、「遅延時間」とも称する。)が経過すると、測定交流磁場が磁性体素子に印加される。本実施形態では、測定交流磁場と誘起交流磁場との間の相対的な位相差は0°であるものとする。測定交流磁場が磁性体素子に印加されると、パラメトリック励起、スピンポンピング及び逆スピンホール効果により磁性体素子に電圧が生じる。磁性体素子に発生した電圧の位相は、測定装置60により測定される。
【0059】
本実施形態では、上述したように、初期化交流磁場の印加、誘起交流磁場の印加及び測定交流磁場の印加のセットが行われる度に、磁性体素子に生じた電圧の位相が測定される。この一連の処理及び電圧の位相の測定が繰り返し実行され、特定のモード(後述する0状態のモードあるいはπ状態のモード)が観測される。
【0060】
例えば、0状態に初期化された場合には、磁性体素子においてモードが誘起された後に、磁性体素子において巨視的な磁化ベクトルが歳差運動しなくなるまで時間発展しても、後述するように、互いに位相が異なる複数の磁化歳差運動のモードが残っている場合がある。このとき、0状態に近い位相及び振幅を有している磁化歳差運動のモードが存在している場合には、0状態のモードが選択的に選ばれ、選ばれたモードが観測される。
【0061】
次いで、図6図10を参照して、本実施形態において磁性体素子140に静磁場及び交流磁場が印加されたときに磁性体素子140の内部において生じる現象について、より説明する。
【0062】
図6は、静磁場中の磁性体に交流磁場が印加されたときにおける巨視的な磁化ベクトルMの歳差運動を示す図である。ここでは、z軸方向に静磁場H0及び交流磁場h~(角周波数:2ω)が磁性体に印加されているものとする。このとき、磁性体には、磁化ベクトルが1ωの角周波数で歳差運動するモードが誘起(パラメトリック励起)される。ここで誘起されるモードは、キッテルモードである。誘起されたモードでは、磁化ベクトルが破線で示された経路を矢印の方向に歳差運動する。
【0063】
図7は、図6に示した磁化ベクトルのx成分であるMxの時間変化と、印加されている交流磁場h~の時間変化とを示す図である。交流磁場h~により誘起されたモードは、互いに位相がπだけ異なる2つのモード(0状態のモード及びπ状態のモード)のいずれかで安定となる。このとき、外部磁場が静磁場H0のみである場合には、2ωの交流磁場h~が磁性体に印加されると、0状態又はπ状態のモードのいずれかがランダムで選択され、選択されたモードが誘起される。
【0064】
交流磁場h~が印加されておらず、静磁場H0のみが印加されているときには、磁化ベクトルの方向は、z軸方向を向いている。しかしながら、熱揺らぎ等により、磁化ベクトルの向きは微小にxy平面で揺らいでいる。この微小な磁化ベクトルの揺らぎによって、交流磁場h~が印加されることにより誘起されるモードの位相は、0又はπとなる。これは、磁化ベクトルの歳差運動が最初にx軸の正の方向に倒れるか、x軸の負の方向に倒れるかに対応する。
【0065】
図8は、0状態及びπ状態のモードのエネルギーを示す図である。熱エネルギーにより0状態及びπ状態との間に存在するΔEをモードの状態が超えることにより、モードの状態が0状態からπ状態(あるいはπ状態から0状態)に遷移する。本実施形態では、初期化交流磁場のエネルギーは熱揺らぎよりも大きいため、初期化交流磁場が印加されることにより、モードの状態を0状態又はπ状態に初期化できる。これにより、モードのコヒーレンスの情報が制御される。例えば、初期化されるモードの状態は、初期化交流磁場の位相を0又はπに調整することにより、0状態又はπ状態に制御される。
【0066】
図9は、磁化ベクトルの歳差運動と、微視的な磁気モーメントによる歳差運動のモードとの関係を示す図である。図9に示す歳差運動は、交流磁場によって誘起された直後の歳差運動であるものとする。図9に示す等式の左辺の矢印は、巨視的な磁化ベクトルの歳差運動を示している。また、右辺の複数の矢印は、微視的な磁気モーメントによる歳差運動のモードを示している。磁化ベクトルは、複数の磁化歳差運動のモードの和によって表され、磁化歳差運動のモードの統計力学的な和、混合状態あるいは量子的な重ね合わせとして表現される。なお、磁化歳差運動のモードは、磁気励起、マグノンあるいはスピン波によって担われている。
【0067】
右辺に示す3つの歳差運動のモードは、それぞれは互いに異なる位相(φ1,φ2及びφ3)を有している。また、それぞれのモードの角周波数は、それぞれω1,ω2及びω3であり、磁化ベクトルが有する角周波数の1ωと同程度の値である。
【0068】
ここで、磁場中における巨視的な磁化ベクトルMの歳差運動は、次の式(1)によって表現されることが知られている。
dM/dt=-γM×H+(α/Ms)M×dM/dt・・・(1)
【0069】
式(1)は、ランダウ・リフシッツ・ギルバート方程式と呼ばれる。ここで、γは電子の磁気回転比、Hは有効磁場、αは無次元量の定数、Msは飽和磁化である。αは、ギルバートのダンピング定数と呼ばれる。式(1)の右辺の第1項は、磁化ベクトルの歳差運動を表している。また、式(1)の右辺の第2項は磁化ベクトルの緩和運動を表し、ギルバート緩和項と呼ばれる。
【0070】
式(1)によれば、モードの数が1つである場合には、巨視的な磁化ベクトルの歳差運動は、ギルバート緩和項の働きによって、例えば数十~数百ナノ秒程度で終了する。この結果、磁化ベクトルの状態が熱平衡状態となり、磁化ベクトルのコヒーレンスの情報(例えば、位相の情報)が失われる。
【0071】
図10を参照して、本実施形態において磁化ベクトルの歳差運動が緩和された後の状態における、磁化ベクトルと微視的な磁気モーメントによる歳差運動のモードとの関係を説明する。複数の磁化歳差運動のモードが誘起された後に交流磁場の印加が終了すると、モードの数が1つである場合と同様に、式(1)に従って磁化ベクトルの歳差運動が緩和される。すると、図10の左辺に示すように、磁化ベクトルの歳差運動が終了し、磁化ベクトルがz軸方向を向く。このとき、図10に示すようにいくつかの互いに位相、振幅及び周波数の異なる磁化歳差運動のモードが残り得る。例えば右辺の2つのモードには、位相φ1と位相φ1+πとの位相の情報が保持されている。ここで、振幅とは、ベクトルが真上(z軸の正方向)に向いた状態からの変化分である。
【0072】
1ωの角周波数を有する0状態のモード(右辺の左端のベクトルで示された位相φ1のモード)は、初期化交流磁場と誘起交流磁場が印加されたときに誘起されたモードであるものとする。このモードが誘起されるとき、誘起されたモードとは別に、ほとんど歳差運動してない熱揺らぎによりランダムに運動するモード(角周波数は、例えば、ω1~ω2)が存在している。これらのモードは、誘起された0状態のモードにより、πの位相をもって歳差運動するようになる。この結果、0状態のモードがつくる反磁場により、πの位相で歳差運動するモード(右辺の左端のベクトルで示されたモード)が生成される。すなわち、位相φ1+πのモードが生成される。
【0073】
このとき、位相φ1のモードと位相φ1+πのモードは、互いにxy平面の成分を打ち消し合っている。このため、巨視的な磁化ベクトルは歳差運動していない状態であっても、磁化歳差運動のモードの位相の情報が保持される。これらのモードが持っている位相の情報は、例えば数μ秒のオーダーで保持される。これは、誘起されるモードの数が1つである場合には数十~数百ナノ秒程度で位相の情報が消失してしまうのに対して、数百倍もの時間において位相の情報が保持されることを意味している。この位相の情報が保持される時間は、超電導材料を利用した量子ビットにおけるコヒーレンス時間と同程度の時間である。
【0074】
図11は、本実施形態に係る情報生成装置1による処理の流れの一例を示すフローチャートである。以下、図11に示すフローチャートに沿って、本実施形態に係る情報生成装置1による処理を説明する。なお、図11に示す処理が実行されている間には、磁場印加部20により、磁性体素子に静磁場が印加されているものとする。
【0075】
まず、情報生成装置1の制御装置30は、カウントを0にリセットする(ステップS101)。
【0076】
次いで、情報生成装置1は、位相測定処理を実行する(ステップS103)。より具体的には、情報生成装置1は、図5を参照して説明したように、初期化交流磁場、誘起交流磁場及び測定交流磁場を磁性体素子に印加し、測定交流磁場を印加したときに磁性体素子に発生した電圧の位相を測定する。位相測定処理の詳細は、図12を参照して後述する。
【0077】
次いで、制御装置30は、カウントを1だけ加算する(ステップS105)。
【0078】
次いで、制御装置30は、遅延時間を変更するか否かを判定する(ステップS107)。例えば、カウントが所定値(例えば、100)に達している場合には、制御装置30は、遅延時間を変更することを判定してよい。一方、カウントが所定値に達していない場合には、制御装置30は、遅延時間を変更しないことを判定してよい。ステップS107においてNOと判定されると、ステップS103の処理に戻る。一方、ステップS107においてYESと判定されると、ステップS109の処理に進む。
【0079】
ステップS107においてYESと判定されると、制御装置30は、遅延時間を変更する(ステップS109)。例えば、制御装置30は、遅延時間を所定時間だけ長くしてよい。
【0080】
次いで、制御装置30は、測定を続けるか否かを判定する(ステップS111)。例えば、遅延時間が所定の目標時間に達している場合には、制御装置30は、測定を続けないことを判定してよい。一方、遅延時間が所定の目標時間に達していない場合には、制御装置30は、測定を続けることを判定してよい。ステップS111においてNOと判定されると、ステップS115に進む。一方、ステップS111においてYESと判定されると、ステップS113に進む。
【0081】
ステップS111においてYESと判定されると、制御装置30は、カウントを0にリセットする(ステップS113)。一方、ステップS111においてNOと判定されると、測定装置60の取得部64は、モードの位相の情報を取得する(ステップS115)。例えば、取得部64は、それまでに測定された電圧の位相に基づいて、遅延時間毎のモードの位相の確率的な情報を取得してよい。取得部64がモードの位相の情報を取得すると、図11に示す処理は終了する。
【0082】
図12は、図11に示した位相測定処理の流れの一例を示すフローチャートである。以下、図12に示すフローチャートに沿って、位相測定処理の流れを説明する。
【0083】
まず、情報生成装置1は、初期化交流磁場を磁性体素子に印加する(ステップS201)。具体的には、パルス発生器50がパルス信号を第1スイッチ302に出力する。これにより、第1スイッチ302が導通状態となり、初期化信号が第1スイッチ302を介して生成部10に伝送され、生成部10が備える磁性体素子に初期化交流磁場が印加される。
【0084】
次いで、情報生成装置1は、初期化交流磁場に重畳して誘起交流磁場を磁性体素子に印加する(ステップS203)。具体的には、パルス発生器50がパルス信号を第2スイッチ304に出力する。これにより、第2スイッチ304が導通状態となり、誘起信号が第2スイッチ304を介して生成部10に伝送され、生成部10が備える磁性体素子に誘起交流磁場が印加される。
【0085】
次いで、情報生成装置1は、初期化交流磁場の印加を終了する(ステップS205)。具体的には、パルス発生器50が、第1スイッチ302へのパルス信号の出力を終了する。次いで、情報生成装置1は、誘起交流磁場の印加を終了する(ステップS207)。具体的には、パルス発生器50が、第2スイッチ304へのパルス信号の出力を終了する。
【0086】
次いで、情報生成装置1は、測定交流磁場を磁性体素子に印加する(ステップS209)。具体的には、パルス発生器50がパルス信号を第3スイッチ306に出力する。これにより、測定信号が第3スイッチ306を介して生成部10に伝送され、生成部10が備える磁性体素子に測定交流磁場が印加される。
【0087】
次いで、情報生成装置1の測定装置60は、磁性体素子の電圧の位相を測定する(ステップS211)。具体的には、測定部62が、磁性体素子の電圧及び読み取り信号に基づいて、磁性体素子の電圧の位相を測定する。測定された電圧の情報は、取得部64に伝送される。
【0088】
次いで、情報生成装置1は、誘起交流磁場の印加を終了する(ステップS213)。具体的には、パルス発生器50が、第3スイッチ306へのパルス信号の出力を終了する。誘起交流磁場の印加が終了すると、図12に示す位相測定処理が終了する。
【0089】
なお、本実施形態では、初期化交流磁場に重畳して誘起交流磁場を印加するものとして説明したが、初期化交流磁場が印加されていなくとも、角周波数が2ωの誘起交流磁場を磁性体素子に印加することにより、角周波数が1ωのモードを誘起することができる。この場合には、0状態又はπ状態のいずれかのモードがランダムで選択されて誘起される。本実施形態では、初期化交流磁場を印加しておくことにより、誘起されるモードの位相が選択される。
【0090】
[実施例]
上述した情報生成装置1を利用して磁性体素子のコヒーレンスの情報を取得する実験を行った結果の一例を説明する。本実施例において用いた磁性体素子は、YIG層及びPt層を有する磁性体素子である。YIG層及びPt層の厚さは、それぞれ370nm及び10nmである。また、磁性体素子140の直径は、200μmである。
【0091】
本実施異例では、図11及び図12に示した流れに沿った処理による実験を行った。ここで、交流磁場を磁性体素子に印加する条件は、角周波数1ω=2.2GHz、T1=100μs、T2=90μs、T3=500μs、T5=1000μsとした。遅延時間T4の開始0μ秒として、所定回数だけ誘起されたモードの状態を観測して0状態が観測される確率を測定し、当該確率を測定する度に遅延時間を進める実験を行った。
【0092】
図13は、実施例において、0状態及びπ状態に初期化した場合における0状態が観測される確率を測定した結果を示す図である。モードの状態が0状態に初期化された場合には、図13の上のグラフに示すように、0状態が観測される確率は遅延時間が0sのときに1となっている。誘起されたモードの位相は、0状態とπ状態との間でゆっくり変化しており、0.5を中心として振動する。さらに、0状態が観測される確率は、遅延時間が進むにつれて0.5を中心として減衰し、約3μs以上の遅延時間では0.5程度に収束している。これは、モードのコヒーレンスの情報が、誘起交流磁場の印加が終了されてから3μs程度の間保持されていることを示している。
【0093】
一方、モードの状態がπ状態に初期化された場合には、図13の下のグラフに示すように、0状態が観測される確率は遅延時間が0sのときに0となっている。誘起されたモードの位相は、遅延時間が進むにつれて0.5を中心として振動しながら減衰し、約3μs以上の遅延時間では0.5程度に収束している。このように、モードの状態がπ状態に初期化された場合にも、モードの状態が0状態に初期化された場合と同様に、モードのコヒーレンスの情報が3μs程度の間保持されている。
【0094】
また、π状態に初期化された場合の振動は、0状態に初期化された場合の振動と比べて、0状態が観測される確率が0.5の線に対して、およそ上下対象となっている。これは、0状態とπ状態とを逆に(すなわち、180°ずらして)しても、それぞれの状態を定義できることを示している。
【0095】
[比較例]
比較例では、1ωの角周波数を有する誘起交流磁場を磁性体素子に印加することにより、磁性体素子に磁気共鳴を起こして0状態のモードを磁性体素子に誘起させた。さらに、誘起交流磁場を終了してから2ωの角周波数を有する測定交流磁場を磁性体素子に印加し、磁性体素子に発生した電圧の位相を測定することにより、誘起されたモードの0状態が観測される確率を測定した。
【0096】
図14は、比較例において0状態が観測される確率を測定した結果を示す図である。図14に示すように、遅延時間が0sのときには0状態が観測される確率が1となっている。しかし、0状態が観測される確率は、遅延時間の経過とともに急速に減少し、数十ナノ秒程度の遅延時間で0.5に収束する。すなわち、誘起されたモードのコヒーレンスの情報は、数十ナノ秒程度で消失する。
【0097】
本実施形態に係る情報生成装置1によれば、静磁場中の磁性体素子に誘起交流磁場を印加することにより、複数の互いに位相の異なる磁化歳差運動のモードを誘起させ、モードのコヒーレンスの情報を取得できる。このとき、互いに位相の異なるモードは、静磁場に対して垂直な成分を互いに打ち消し合う。このため、巨視的な磁化ベクトルの歳差運動を表現するランダウ・リフシッツ・ギルバート方程式に矛盾することなく、モードはコヒーレンスの情報を保持できる。また、モードのコヒーレンスの情報は、巨視的な磁化ベクトルの歳差運動が緩和される時間よりも100倍程度長く、各種の演算に利用できることが期待される。例えば、上述したモードの0状態及びπ状態は、ビットの0状態及び1状態をそれぞれ示す情報として利用され得る。
【0098】
本開示に係る情報生成装置1は各種の演算装置に適用され得る。例えば、情報生成装置1は、量子アニーリング方式、量子ゲート方式又は観測型の量子コンピュータ、セル型非線形計算機(例えば、レザバーコンピュータ及びセルオートマシン等)、古典アニーラ、確率ビット計算機等に適用され得る。ここで、確率ビット(以下、「pビット」とも称する。)は、0状態と1状態との間で確率的に変動し、0状態又は1状態に滞在する割合を外部入力により制御できるビットである。また、本開示に係る情報生成装置1によれば、マルチビット操作が可能となる。さらに、確率ビット計算機等では、本開示に係る情報生成装置1は、シングルビット操作に適用することも有用である。
【0099】
また、上記実施例では、誘起交流磁場と測定交流磁場との相対的な位相差を0°に固定して、遅延時間を変化させる実験を行った結果を示したが、本発明者らは、遅延時間を所定時間(例えば、1000ns)に固定して、位相差を0~2πに変化させて、0状態が観測される確率の位相差依存性を測定する実験も行った。この実験により、位相差の変化に対して0状態が観測される確率が振動するという、長時間のコヒーレンスを反映した結果が得られている。
【0100】
[応用例:pビットとしての機能の検証]
本実施形態に係る磁性体素子が、pビットとして機能することを検証した。具体的には、実施例で用いた磁性体素子に、1ωの角周波数を有する初期化交流磁場と、2ωの角周波数を有する誘起交流磁場とを連続的に印加した。また、誘起交流磁場のパワーを大きくすることにより、非線形効果によりモードの状態が0状態又はπ状態に遷移するようにした。
【0101】
図15は、本実施形態に係る磁性体素子がpビットとして機能することを検証するための実験の結果を示す図である。図15に示す図では、横軸は測定を開始してから経過した時間を示し、縦軸は磁性体素子のPt層に生じた1ωの交流電圧の振幅を示している。図15に示すグラフにおいて、振幅の値は誘起されたモードの状態(0状態又はπ状態)に対応している。したがって、振幅の値が変化する度に、モードの状態が0状態からπ状態(あるいはπ状態から0状態)に遷移している。
【0102】
なお、図15の一番上に示すグラフは、初期化交流磁場を印加しなかった場合の結果である。また、上から2番目及び3番目に示すグラフは、初期化交流磁場を印加した結果である。上から2番目及び3番目に示すグラフでは、モードの状態を0状態又はπ状態に制御できている。
【0103】
図16は、図15に示す一番上のグラフに基づいて、1秒間当たりにモードの状態が遷移する回数の分布をプロットした実験結果を示す図である。図16に示す曲線は、ポアソン分布を示す曲線であり、実験結果とよく整合している。
【0104】
このように、本開示に係る磁性体素子では、初期化交流磁場が印加されていない場合には、モードの状態が遷移する回数の分布がポアソン分布に整合し、初期化交流磁場を印加することによりモードの状態の遷移を制御できる。このため、本開示に係る磁性体素子は、pビットとして機能すると考えられる。
【0105】
以上説明した実施形態は、本発明の理解を容易にするためのものであり、本発明を限定して解釈するためのものではない。実施形態が備える各要素並びにその配置、材料、条件、形状及びサイズ等は、例示したものに限定されるわけではなく適宜変更することができる。また、異なる実施形態で示した構成同士を部分的に置換し又は組み合わせることが可能である。
【0106】
上記実施形態では、測定交流磁場の周波数は、誘起交流磁場の周波数と同一であるものとして説明したが、これに限定されるものではない。測定交流磁場の周波数は、初期化交流磁場の周波数と同一の周波数であってもよい。
【符号の説明】
【0107】
1…情報生成装置、10…生成部、130…生成素子、140…磁性体素子、20…磁場印加部、40…交流磁場印加部、42…初期化信号発生器、44…誘起信号発生器、46…測定信号発生器、60…測定装置、62…測定部、64…取得部
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13
図14
図15
図16