(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-10-23
(45)【発行日】2024-10-31
(54)【発明の名称】リチウムと、ニオブ錯体と、ヒドラジンとを含有する溶液およびその製造方法、並びに、リチウム二次電池用活物質の製造方法
(51)【国際特許分類】
C01B 15/047 20060101AFI20241024BHJP
C01G 33/00 20060101ALI20241024BHJP
H01M 4/36 20060101ALI20241024BHJP
【FI】
C01B15/047
C01G33/00 A
H01M4/36 C
(21)【出願番号】P 2021548842
(86)(22)【出願日】2020-09-16
(86)【国際出願番号】 JP2020035003
(87)【国際公開番号】W WO2021060095
(87)【国際公開日】2021-04-01
【審査請求日】2023-07-18
(31)【優先権主張番号】P 2019175282
(32)【優先日】2019-09-26
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】506334182
【氏名又は名称】DOWAエレクトロニクス株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100091362
【氏名又は名称】阿仁屋 節雄
(74)【代理人】
【識別番号】100161034
【氏名又は名称】奥山 知洋
(72)【発明者】
【氏名】相木 良明
(72)【発明者】
【氏名】田上 幸治
(72)【発明者】
【氏名】道幸 明久
【審査官】佐藤 慶明
(56)【参考文献】
【文献】特開2017-160081(JP,A)
【文献】特開2015-103321(JP,A)
【文献】特開2014-210701(JP,A)
【文献】中国特許出願公開第108682848(CN,A)
【文献】特開2012-212636(JP,A)
【文献】特開2017-059303(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C01B 15/047
C01G 33/00
C07F 9/00
H01M 4/00 - 4/62
CAplus/REGISTRY (STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
リチウムと、
ニオブ酸のペルオキソ錯体であるニオブ錯体と、ヒドラジンとを含有する溶液であって、
前記溶液中のニオブ濃度が2.0質量%以上であるリチウムと、ニオブ錯体と、ヒドラジンとを含有する溶液。
【請求項2】
前記溶液中のヒドラジン含有量が0.0005質量%以上30質量%以下であることを特徴とする請求項1に記載の溶液。
【請求項3】
pH値が8.0以上12.0以下であり、酸化還元電位が0mV以下-700mV以上であることを特徴とする請求項1
または2に記載の溶液。
【請求項4】
ニオブ1モルに対するリチウムのモル比(Li/Nb)の値は、0.9以上1.4以下であることを特徴とする請求項1から
3のいずれかに記載の溶液。
【請求項5】
リチウムと、
ニオブ酸のペルオキソ錯体であるニオブ錯体と、ヒドラジンとを含有する溶液であって、
pH値が8.0以上12.0以下であり、酸化還元電位が0mV以下-700mV以上であることを特徴とする溶液。
【請求項6】
リチウムと
ニオブ酸のペルオキソ錯体であるニオブ錯体とヒドラジンとを混合し、リチウムと、ニオブ錯体と、ヒドラジンとを含有する溶液を得る工程を有し、
前記溶液中のニオブ濃度が2.0質量%以上であるリチウムと、ニオブ錯体と、ヒドラジンとを含有する溶液の製造方法。
【請求項7】
前記リチウムと、
ニオブ酸のペルオキソ錯体であるニオブ錯体と、ヒドラジンとを含有する溶液を得る工程は、
ニオブ錯体を含有する溶液へ、リチウム化合物を添加し、リチウムとニオブ錯体とを含有する溶液を得る工程と、
前記リチウムとニオブ錯体とを含有する溶液へヒドラジンを添加する工程からなることを特徴とする請求項
6に記載の溶液の製造方法。
【請求項8】
請求項1から
5のいずれかに記載のリチウムと
ニオブ酸のペルオキソ錯体であるニオブ錯体とヒドラジンとを含有する溶液により、リチウム二次電池用活物質の表面に被覆処理を行う工程と、
前記被覆処理されたリチウム二次電池用活物質を熱処理する工程とを有する、ニオブ酸リチウムを含有する被覆層を有するリチウム二次電池用活物質の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、リチウムと、ニオブ錯体と、ヒドラジンとを含有する溶液およびその製造方法、並びに、リチウム二次電池用活物質の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
昨今、高性能で安全性も高い全固体リチウムイオン二次電池の開発が盛んに行われている。そして、当該全固体リチウムイオン二次電池の正極活物質として、各種のリチウム-遷移金属酸化物が研究されている。
【0003】
最近、このリチウム-遷移金属酸化物粒子の一部または全部に、ニオブ酸リチウムを含有する被覆層を形成することが検討されている。そして、当該被覆層を形成する為のニオブ化合物とリチウム化合物とを含有する水溶液が研究されている。
【0004】
例えば特許文献1には、水溶性があるニオブ酸のペルオキソ錯体を含有する水溶液と、リチウム化合物とを混合することにより得られた、ニオブ化合物とリチウム化合物とを含有する水溶液が提案されている。
【0005】
また、例えば特許文献2には、pH値が8.0以上9.9以下、ORPが30mV以上250mV以下であるリチウムとニオブ錯体とを含有する水溶液が提案されている。
【0006】
さらに非特許文献1には、前記特許文献1、2の記載とほぼ同様の技術分野に係る、リチウムとニオブ錯体とを含有する水溶液が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【文献】特開2012-074240号公報
【文献】特開2014-210701号公報
【非特許文献】
【0008】
【文献】Journal of the Ceramic Society of Japan 2004年112巻1307号p.368-372
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明者らの検討によると、特許文献1および非特許文献1に記載されたリチウムとニオブ錯体とを含有する水溶液は、作製後数時間後に、ニオブと酸素とが主成分のゾルが生成した。このようなゾルが生成したリチウムとニオブ錯体とを含有する水溶液を用いて、ニオブ酸リチウムで被覆されたコバルト酸リチウム等のリチウム-遷移金属酸化物を製造する場合、ニオブ酸リチウムの被覆量が低下することや、被覆量の制御が困難になること、さらに、ニオブ酸リチウムで被覆されたコバルト酸リチウム等のリチウム-遷移金属酸化物に前記ゾルが混入する等、の問題が生じる原因となり得るものである。
【0010】
また、特許文献2に記載されたリチウムとニオブ錯体とを含有する水溶液は、沈殿物(上述したゾルと考えられる。)の発生は抑えられているものの、水溶液中のニオブ濃度は1.14wt%に留まるものである。
【0011】
ここで本発明者らは運搬/保管コストの低減の観点から、リチウムとニオブ錯体との含有濃度が高い溶液の有用性に想到した。
【0012】
本発明は、上述の状況の下で為されたものであり、その解決しようとする課題は、リチウムとニオブ錯体との含有濃度が高い溶液中において、ゾルの生成が抑制され長期間保存可能なリチウムとニオブ錯体とを含有する溶液およびその製造方法、並びに、リチウムイオン二次電池用活物質の製造方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明者らは、鋭意研究の結果、リチウムとニオブ錯体とを含有する溶液へヒドラジンを添加することにより、ニオブ錯体が安定化し、リチウムとニオブ錯体との含有濃度が高い溶液中においてゾルの生成が抑制され長期間保存可能な、リチウムとニオブ錯体とヒドラジンとを含有する溶液が得られる、との画期的な知見を得て本発明を完成した。
【0014】
すなわち、上述の課題を解決する為の第1の発明は、
リチウムと、ニオブ錯体と、ヒドラジンとを含有する溶液であって、
前記溶液中のニオブ濃度が2.0質量%以上であるリチウムと、ニオブ錯体と、ヒドラジンとを含有する溶液である。
第2の発明は、
前記溶液中のヒドラジン含有量が0.0005質量%以上30質量%以下であることを特徴とする第1の発明に記載の溶液である。
第3の発明は、
前記ニオブ錯体が、ニオブ酸のペルオキソ錯体であることを特徴とする第1または第2の発明に記載の溶液である。
第4の発明は、
pH値が8.0以上12.0以下であり、酸化還元電位が0mV以下-700mV以上であることを特徴とする第1から第3の発明のいずれかに記載の溶液である。
第5の発明は、
ニオブ1モルに対するリチウムのモル比(Li/Nb)の値は、0.9以上1.4以下であることを特徴とする第1から第4の発明のいずれかに記載の溶液である。
第6の発明は、
リチウムと、ニオブ錯体と、ヒドラジンとを含有する溶液であって、
pH値が8.0以上12.0以下であり、酸化還元電位が0mV以下-700mV以上であることを特徴とする溶液である。
第7の発明は、
リチウムとニオブ錯体とヒドラジンとを混合し、リチウムと、ニオブ錯体と、ヒドラジンとを含有する溶液を得る工程を有し、
前記溶液中のニオブ濃度が2.0質量%以上であるリチウムと、ニオブ錯体と、ヒドラジンとを含有する溶液の製造方法である。
第8の発明は、
前記リチウムと、ニオブ錯体と、ヒドラジンとを含有する溶液を得る工程は、
ニオブ錯体を含有する溶液へ、リチウム化合物を添加し、リチウムとニオブ錯体とを含有する溶液を得る工程と、
前記リチウムとニオブ錯体とを含有する溶液へヒドラジンを添加する工程からなることを特徴とする第7の発明に記載の溶液の製造方法である。
第9の発明は、
第1から第6の発明のいずれかに記載のリチウムとニオブ錯体とヒドラジンとを含有する溶液により、リチウム二次電池用活物質の表面に被覆処理を行う工程と、
前記被覆処理されたリチウム二次電池用活物質を熱処理する工程とを有する、ニオブ酸リチウムを含有する被覆層を有するリチウム二次電池用活物質の製造方法である。
【発明の効果】
【0015】
リチウムとニオブ錯体との含有濃度が高い溶液中においてゾルの生成が抑制され長期間保存可能な、リチウムとニオブ錯体とを含有する溶液を得ることが出来た。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【
図1】
図1は、比較例1及び実施例1~5に係る、縦軸を酸化還元電位(ORP)[単位:mV]、横軸をリチウムとニオブ錯体とヒドラジンを含有する溶液のpH値としたときのプロットである。
【
図2】
図2は、実施例3に係るFT-IR測定の結果を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、本発明を実施するための形態について、以下の順に説明する。本明細書においてはニオブ錯体を含有する溶液を「錯体溶液」とも呼称する。水溶液の場合は「錯体水溶液」とも呼称する。
・リチウムおよびニオブ錯体を含有する錯体溶液・リチウムおよびニオブ錯体を含有する錯体溶液に対するヒドラジン添加・リチウムとニオブ錯体とヒドラジンとを含有する溶液・リチウムとニオブ錯体とヒドラジンとを含有する溶液のpH値・リチウムおよびニオブ錯体を含有する溶液の酸化還元電位・ヒドラジンを添加した錯体溶液の保存安定性・リチウムとニオブ錯体とヒドラジンとを含有する溶液によるリチウム二次電池用活物質表面への被覆処理・被覆処理されたリチウム二次電池用活物質の熱処理
なお、「~」は所定の数値以上且つ所定の数値以下を指す。
【0018】
(リチウムおよびニオブ錯体を含有する錯体溶液)
まず、リチウムおよびニオブ錯体を含有する錯体溶液を作製する。当該錯体溶液は、ニオブ錯体を含有する溶液と、リチウム化合物と、アルカリと、を混合することにより得ることができる。
【0019】
ニオブ錯体の配位子は、ニオブ錯体が水溶性となるものであれば良く、特に制限はない。なかでもニオブ錯体として、ニオブ酸のペルオキソ錯体([Nb(O2)4]3-)を好ましく使用することができる。ニオブ酸のペルオキソ錯体は、その化学構造中に炭素を含有しないので、最終的に生成するニオブ酸リチウムの被覆膜に炭素が残留することがなく、特に好適である。
【0020】
当該ニオブ酸のペルオキソ錯体は、例えば下記の方法で得ることができる。すなわち、過酸化水素水へ、ニオブ酸(Nb2O5・nH2O)を添加して混合する。ここで、当該混合の際、ニオブ酸1モルに対して、過酸化水素が8モル以上となるようにすることが好ましい。過酸化水素が反応中に分解する可能性があることを考慮すると、ニオブ酸1モルに対して、過酸化水素が10モル以上となるようにすることが更に好ましい。一方、ニオブ酸1モルに対する過酸化水素のモル比の値として20を超えて添加しても、効果は飽和すると考えられる。従って、ニオブ酸1モルに対する過酸化水素のモル比の値は20以下が好ましく、15以下がさらに好ましい。当該混合において、ニオブ酸は過酸化水素水に溶解しないが、乳白色の懸濁溶液を得ることが出来る。そして、ニオブ酸を含む懸濁液へ、アンモニア水等のアルカリを添加し混合することにより透明なニオブ酸のペルオキソ錯体を得ることができる。
【0021】
当該懸濁液に添加するアルカリ量は特に制限されず、透明なニオブ酸のペルオキソ錯体が得られる程度の量であれば良い。
【0022】
ニオブ酸を含む懸濁液へアルカリとしてアンモニア水を添加する場合、ニオブ酸1モルに対するアンモニアのモル比(アンモニア/Nb)の値が1以上となるように添加することが好ましい。さらにアンモニアが反応中に揮発することを考慮すると、ニオブ酸1モルに対するアンモニアのモル比の値が2以上となるように添加することが、さらに好ましい。一方、ニオブ酸1モルに対するアンモニアのモル比の値が6を超えて添加しても効果は飽和すると考えられる。従って、ニオブ酸1モルに対するアンモニアのモル比の値を6以下とすることが好ましい。また、ニオブ酸を含む懸濁液へ、アンモニア水等のアルカリを添加し混合する際のアンモニア水等の液温は0℃以上で、アンモニアの揮発を回避する観点から60℃以下であることが好ましい。
【0023】
上述の方法で得られたニオブ錯体を含有する水溶液に、リチウム化合物を添加することにより、リチウムおよびニオブ錯体を含有する錯体溶液を得ることができる。添加するリチウム化合物の量(モル数)は、前記水溶液中に含まれるニオブのモル数に対して、任意に設定することが出来る。添加するリチウム化合物の好適な例としては、水酸化リチウム(LiOH)、硝酸リチウム(LiNO3)、硫酸リチウム(Li2SO4)、炭酸リチウム(Li2CO3)等のリチウム塩が挙げられる。
【0024】
(リチウムおよびニオブ錯体を含有する錯体溶液に対するヒドラジン添加)
続いて、得られたリチウムおよびニオブ錯体を含有する錯体溶液に対し、ヒドラジン(N2H4)を添加する。ヒドラジンの添加量は、当該錯体溶液の所望の保存期間等によって調整することができる。ヒドラジンの添加量は、当該錯体溶液のリチウム、ニオブ錯体の主成分の量に応じて調整するか、試験的に添加量を調整し、事前に求めてもよい。
【0025】
なお、ヒドラジンは、上段落に記載のようにリチウムおよびニオブ錯体を含有する錯体溶液に添加してもよい。その他には、リチウムおよびニオブ錯体を含有する錯体溶液の原料調液時にヒドラジンを添加してもよい。すなわち、ニオブ錯体を含有する溶液と、リチウム化合物と、アルカリと、を混合する際に、ヒドラジンを添加してもよい。また、ヒドラジン以外の原料を添加した後に得られる溶液に対して最終的にヒドラジンを添加してもよい。この方が、ヒドラジンの分解を少なく抑えられる。つまり、ヒドラジンの添加量が少量で済むため効率的である。
【0026】
ヒドラジンの添加量は、リチウムおよびニオブ錯体を含有する錯体溶液に対し、0.003質量%以上100質量%以下の範囲であり、好ましくは0.005質量%以上50質量%以下の範囲であり、さらに好ましくは0.1質量%以上10質量%以下の範囲である。ヒドラジンの添加量を上記の範囲内とすることで、後述するリチウムおよびニオブ錯体を含有する錯体溶液の保存安定性を高めることができる。
【0027】
添加するヒドラジンの形態としては、ヒドラジン基を有する化合物であれば特に制限されず、たとえば、無水ヒドラジン、水加ヒドラジン、硫酸ヒドラジン、塩酸ヒドラジン、炭酸ヒドラジンなどが例示される。本実施形態では、取り扱いの容易さの観点から、水加ヒドラジンを用いることが好ましい。上記のヒドラジン化合物を用いる場合には、上記のヒドラジンの添加量は、当該ヒドラジン化合物中のヒドラジン基量を基準とする。以降、本明細書における「ヒドラジン」は、上記ヒドラジン基を有する化合物の総称とする。
【0028】
(リチウムとニオブ錯体とヒドラジンとを含有する溶液)
リチウムとニオブ錯体とヒドラジンとを含有する溶液中のヒドラジンの含有量は、ガスクロマトグラフィーによって測定することができる。リチウムとニオブ錯体との含有濃度が高い溶液中においてゾルの生成が抑制され、より長期間保存可能となるため錯体溶液中のヒドラジンの含有量は、0.0005質量%以上30質量%以下の範囲であることが好ましい。さらに好ましくは、0.0008質量%以上10質量%以下である。なお、錯体溶液中のヒドラジンの含有量は、7質量%以下だとより好ましい。
【0029】
ヒドラジンの含有量が0.0005質量%以上だと、リチウムとニオブ錯体との含有濃度が高い溶液中においてゾルの生成が抑制され長期間保存可能な、リチウムとニオブ錯体とを含有する錯体溶液が安定して得られるため好ましい。また、ヒドラジンの含有量が30質量%を超えて添加しても、効果は飽和すると考えられる。
【0030】
本発明に係るリチウムとニオブ錯体とヒドラジンとを含有する溶液において、ニオブ濃度は10質量%以下であることが好ましい。ニオブ濃度が10質量%以下であると、リチウムとニオブ錯体とヒドラジンとを含有する溶液中におけるニオブ錯体の安定性が担保され、保存安定性も担保されるからである。その一方、ニオブ濃度が2質量%以上であれば、運搬/保管コストの低減によりコスト面で有利である。
【0031】
なお、ニオブ濃度が高い場合(具体的に2.0質量%以上の場合)、ニオブ錯体の安定性向上のため多量の過酸化水素を溶液中に存在させたとしても、多量の過酸化水素による安定性向上への寄与があまり望めないことが本発明者の調べにより明らかとなった。その一方、本発明の手法を採用することにより、多量の過酸化水素を使用せずともリチウムとニオブ錯体との含有濃度が高い溶液中においてゾルの生成が抑制され長期間保存可能となる。
【0032】
尚、本発明において「ニオブ濃度」とは「リチウムとニオブ錯体とヒドラジンとを含有する溶液におけるニオブ元素の濃度」の意味である。
【0033】
本発明に係るリチウムとニオブ錯体とヒドラジンとを含有する溶液において、ニオブ1モルに対するリチウムのモル比(Li/Nb)の値は、0.9以上1.4以下であることが好ましい。これは、ニオブ1モルに対するリチウムのモル比(Li/Nb)の値が0.9以上であると、正極活物質の被覆層としてLiNbO3で表されるニオブ酸リチウムを形成した際に、リチウムが十分に存在することより被覆層のリチウムイオン伝導性が担保され好ましいからである。また、0.9以上の場合は、ニオブ錯体(-1価)のモル数とLiイオン(+1価)のモル数の比において、ニオブ錯体を過剰とせずに済むため、ニオブ錯体が安定化する。一方、ニオブ1モルに対するリチウムのモル比(Li/Nb)の値が1.4以下であれば、ニオブ酸リチウム中に非伝導性の水酸化リチウムが混入することが無く、リチウムイオンの伝導性が担保され好ましいからである。なお、本発明に係るリチウムとニオブ錯体とヒドラジンとを含有する溶液において、リチウム濃度は0.13質量%以上1.1質量%以下が好ましい。
【0034】
(リチウムとニオブ錯体とヒドラジンとを含有する溶液のpH値)
上記の方法で得られたリチウムとニオブ錯体とヒドラジンを含有する溶液のpH値は8.0以上12.0以下であることが好ましい。
【0035】
つまり、pH値が8.0以上であれば、ニオブ錯体が安定であるという理由からゾルの生成が抑制されると考えられる。また、pH値が12.0以下の場合は、過剰なアンモニアが存在せず、アンモニウムニオブ錯体が生成しないという理由からゾルの生成が抑制されると考えられる。
【0036】
リチウムとニオブ錯体とヒドラジンを含有する溶液のpH値は、その製造に際して添加した各物質の量の比率を変えることにより調整でき、特に、アンモニア水等のアルカリの添加量を制御することにより調整することができる。
【0037】
(リチウムおよびニオブ錯体を含有する溶液の酸化還元電位)
図1は、比較例1及び実施例1~5に係る、縦軸を酸化還元電位(ORP)[単位:mV]、横軸をリチウムとニオブ錯体とヒドラジンを含有する溶液のpH値としたときのプロットである。
【0038】
後掲の実施例の項目に記載の試験を行った結果、
図1に示すように、リチウムとニオブ錯体とヒドラジンを含有する溶液のpH値が増加するのに伴い、該溶液のORPが低下する傾向が見いだされた。
【0039】
上記の方法で得られたリチウムとニオブ錯体とヒドラジンを含有する溶液のORPは0mV以下-700mV以上であることが好ましい。尚、ORPが0mV以下の場合、生成したニオブ酸などのコロイドが再溶解するという理由からゾルの生成が抑制されると考えられる。ORPが-700mV以上とする場合はヒドラジンの添加量が大量にならずに済み、経済的である。
【0040】
また、リチウムとニオブ錯体とヒドラジンを含有する溶液ORPとpHは以下の関係を有するのが更に好適である。
ORP≦-175×pH+1400(但し、ORPは0mV以下、-700mV以上、pHは8以上、12以下)
【0041】
なお、本実施形態および後掲の実施例での各種測定の概要は以下のとおりである。
【0042】
<ニオブ濃度の測定操作>
作製したリチウムとニオブ錯体とヒドラジンとを含有する溶液を0.1g分取し、塩酸5mlと純水15mlを添加し、その後、過酸化水素水2mlを添加しニオブを溶解した溶解液を得た。当該得られた溶解液に純水を添加し100mlに定容し、その後、純水を添加し20倍希釈し、ICP-AES(アジレント・テクノロジー(株) ICP-720)を用いて、ニオブ濃度を測定した。
【0043】
<リチウム濃度の測定操作>
作製したリチウムとニオブ錯体とヒドラジンとを含有する溶液を0.1g分取し、塩酸5mlと純水15mlを添加し、その後、過酸化水素水2mlを添加しリチウムを溶解して溶解液を得た。当該得られた溶解液に純水を添加し100mlに定容し、ICP-AES(アジレント・テクノロジー(株) ICP-720)を用いて、リチウム濃度を測定した。
【0044】
<pHおよびORPの測定操作>
作製したリチウムとニオブ錯体とヒドラジンとを含有する溶液のpH値の測定を、pHメーター(D-51、堀場製作所(株)製)を用いて25℃の温度で行った。
【0045】
また、リチウムとニオブ錯体とヒドラジンとを含有する溶液の酸化還元電位(ORP)の測定を、ORPメーター(WM-32EP、東亜ディーケーケー(株)製)を用いて25℃の温度で行った。但し、内部電極白金-比較電極塩化銀は、製品名:白金複合形ORP電極9300-10Dを用い、比較電極内部液として3.33mol/LのKCl水溶液を用いて測定した。測定に先だって、ホリバ製作所製ORP標準液(型番160-22)を測定した場合に258mV±15mVの範囲であることを確認した。
【0046】
<ペルオキソ錯体の同定操作>
作製したリチウムとニオブ錯体とヒドラジンとを含有する溶液におけるペルオキソ錯体の同定を、FT-IR(サーモフィッシャー(株)製 NICOLET6700)で行った。尚、このとき、一回反射ATR法を用い、ゲルマニウムプリズムへの入射角は45°で測定した。また、溶媒である水の低波数側のピークを除去するため、バックグラウンドの測定は水を使用して測定した。
【0047】
図2は、実施例3に係るFT-IR測定の結果を示すグラフである。
結果を予め述べると、当該測定の結果、ペルオキソ錯体に帰属される850cm
-1±20cm
-1付近のピークが確認され、溶解しているニオブはペルオキソ錯体の形態をとっていると考えられる。
【0048】
<溶液中のヒドラジンの定量操作>
作製したリチウムとニオブ錯体とヒドラジンとを含有する溶液におけるヒドラジン量(wt%)を、以下のように測定した。
【0049】
まず、該溶液1.0gを量り取り、アセトンを用い、以下の反応式によりヒドラジンをシッフ塩基化した。
【化1】
定量用の標準試料についても同様に誘導体化し、標準溶液を調整し、[化1]右側の物質についての検量線を得た。そして、ガスクロマトグラフ装置((株)島津製作所製 GC-2110)を用い、クロマトグラムを得た。このクロマトグラムに対し、検量線を使用し、[化1]右側の物質の定量を行った。なお、ガスクロマトグラフのキャリアガスとしてHeガス(流量10mL/分)を使用し、注入口温度を240℃とし、オーブン温度を40℃から10℃/分で昇温させて190℃で保持した。ここで前記により得られた[化1]右側の物質の溶液中の濃度の値を、リチウムとニオブ錯体とヒドラジンとを含有する溶液中のヒドラジン含有量の値とした。
【0050】
(ヒドラジンを添加した錯体溶液の保存安定性)
リチウムとニオブ錯体とヒドラジンとを含有する溶液の保存安定性は、波長400nm~700nmの範囲における吸光度の最大値(本発明において「最大吸光度」と記載する場合がある。)を測定することにより客観的に評価出来る。
【0051】
即ち、保存安定性が担保されていれば、ゾルの発生が抑制されていることから、最大吸光度の値の増加は抑制される。一方、保存安定性に問題があればゾルが発生し、最大吸光度の値は増加することに想到したものである。そこで、被測定対象であるリチウムとニオブ錯体とヒドラジンとを含有する溶液を所定環境下に所定期間静置し、当該静置初期および静置後における最大吸光度の値の増加率を測定すれば、当該リチウムとニオブ錯体とヒドラジンとを含有する溶液の保存安定性を客観的に評価出来る。
【0052】
本発明者らは、前記リチウムとニオブ錯体とヒドラジンとを含有する溶液の市場における使用状況から考察して、室温25℃の温度において暗所で静置し、所定時間(60日間)静置した後における、当該最大吸光度の値の増加率「[(静置60日後の最大吸光度-静置初期の最大吸光度)/(静置初期の最大吸光度)]×100」の値が100%以下であれば、当該リチウムとニオブ錯体とヒドラジンとを含有する溶液の保存安定性は十分であると判断している。
【0053】
<錯体溶液の保存安定性(吸光度)>
リチウムとニオブ錯体とヒドラジンとを含有する溶液100mlを、石英セルに3.5ml分取し、紫外可視分光光度計(SHIMADZU(株)製 UV-1800)を用いて、波長400nm~700nmに範囲における吸光度を測定し、その最大吸光度の値をもって静置初期の吸光度とした。
【0054】
次に、リチウムとニオブ錯体とヒドラジンとを含有する溶液100mlを、室温25℃の温度において暗所で静置し、所定時間(60日間)静置した。その後、保存後のリチウムとニオブ錯体とヒドラジンとを含有する溶液を保存した石英セルに3.5ml分取して波長400nm~700nmの範囲における吸光度の最大値(最大吸光度)を測定し、保存安定性が十分であることを確認した。なお、保存後のリチウムとニオブ錯体とヒドラジンとを含有する溶液に沈殿物がある場合には、1秒間で3往復、振とうし沈殿物を分散させた後に、石英セルに3.5ml分取して波長400nm~700nmの範囲における吸光度の最大値(最大吸光度)を測定した。
【0055】
最大吸光度の増加率(%)は下記式で求めた。
「(静置60日後の最大吸光度-静置初期の最大吸光度)/(静置初期の最大吸光度)×100%」
【0056】
尚、リチウムとニオブ錯体とヒドラジンとを含有する溶液の静置初期の吸光度は、当該リチウムとニオブ錯体とヒドラジンとを含有する溶液の調製後2時間以内に測定された吸光度とした。これは、当該リチウムとニオブ錯体とヒドラジンとを含有する溶液の調製後2時間以内であれば、吸光度は実質的に変化しないことを確認していることによる。
【0057】
さらに、当該リチウムとニオブ錯体とヒドラジンとを含有する溶液の保存条件は、実際の保存方法に拠って、ガラス容器を用い、リチウムとニオブ錯体とヒドラジンとを含有する溶液50mlを、室温25℃の温度において暗所で静置し、所定時間(60日間)静置した。その後、保存後のリチウムとニオブ錯体とヒドラジンとを含有する溶液を、石英セルに3.5ml分取して波長400nm~700nmの範囲における吸光度の最大値(最大吸光度)を測定した。結果を先に述べると、保存安定性が十分であることを確認した。
【0058】
(リチウムとニオブ錯体とヒドラジンとを含有する溶液によるリチウム二次電池用活物質表面への被覆処理)
本発明に係るリチウムとニオブ錯体とヒドラジンとを含有する溶液を、リチウム-遷移金属酸化物からなるリチウム二次電池用活物質の表面に被覆処理する方法は特に限定されることはない。尤も、好ましい被覆処理として、リチウム二次電池用活物質粉末を100℃~120℃程度に加熱しながら、リチウムとニオブ錯体とヒドラジンとを含有する溶液を噴霧塗布する方法がある。また、リチウムとニオブ錯体とヒドラジンとを含有する溶液にリチウム二次電池用活物質粉末を浸漬して被覆処理する方法もある。なお、リチウム二次電池用活物質としては、特に制限はないが、コバルト酸リチウム(LiCoO2)以外に、同じ層状岩塩型化合物として、ニッケル酸リチウム(LiNiO2)やこれら活物質の遷移金属の一部をAlやTi、Cr、Fe、Zr、Y、W、Ta、Nb、Mn等で置換したもの(LiNi0.95Al0.05O2、LiNi0.8Co0.15Al0.05O2、LiNi1/3Co1/3Mn1/3O2、LiNi0.5Co0.2Mn0.3O2)、またスピネル型化合物としてマンガン酸リチウム(LiMnO4)やMnの一部をAlやTi、Cr、Fe、Zr、Y、W、Ta、Nb、Ni、Co、Fe等で置換したもの(LiAl0.1Mn0.9O4、LiNi0.5Mn1.5O4等)が、好ましく使用出来る。
【0059】
(被覆処理されたリチウム二次電池用活物質の熱処理)
上述した被覆処理されたリチウム二次電池用活物質をリチウムイオン電池の正極材として使用した場合、その電池特性に影響を与えることを回避する為、当該被覆処理されたリチウム二次電池用活物質へ、適切な熱処理をすることにより、被覆層中にあるN(窒素)等の元素を含有する成分を分解除去することを目的とした熱処理を行う。
具体的には、例えば大気下において、120℃~350℃、1時間~10時間の熱処理を行えば良い。当該熱処理により、本発明に係るニオブ酸リチウムを含有する被覆層を有するリチウム二次電池用活物質を製造することが出来る。
【0060】
従って、本発明に係るリチウムとニオブ錯体とヒドラジンとを含有する溶液により、リチウム二次電池用活物質の表面を被覆し、焼成して製造されたニオブ酸リチウム等のリチウム-金属酸化物の被覆膜を有するリチウム二次電池用活物質は、全固体リチウム電池の正極活物質として好適であると考えられる。
【0061】
以上、本発明の実施形態について説明してきたが、本発明は、上述した実施形態に何等限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲内において種々に改変することができる。
【実施例】
【0062】
以下、本発明を、さらに詳細な実施例に基づき説明するが、本発明は、これら実施例に限定されない。
【0063】
(実施例1)
濃度30質量%の過酸化水素水142gを準備した。この過酸化水素水溶液へ、ニオブ酸(Nb2O5・5.5H2O(Nb2O5含有率68.2%))19.3gを添加した。ニオブ酸の添加後、ニオブ酸を添加した液を液温が20℃~30℃の範囲内となるように温度調整した。このニオブ酸を添加した液に、濃度28質量%のアンモニア水29gを添加し、十分に攪拌して透明溶液を得た。
【0064】
続いて、窒素ガス雰囲気中で、得られた透明溶液に水酸化リチウム・1水和物(LiOH・H2O)4.35gを添加し、透明なリチウムとニオブ錯体とを含有する水溶液を得た。最後に、濃度調整の為に純水を添加し、全重量が145gになるように調整した。当該水溶液のpH値および酸化還元電位を測定した結果、pH値は8.9、酸化還元電位は320mVであった(この値は後掲の比較例1に該当)。
【0065】
得られたリチウムとニオブ錯体とを含有する錯体水溶液から100gを分取し、攪拌しながら水加ヒドラジン(N2H4濃度51.1wt%)を0.0125g添加し、リチウムとニオブ錯体とヒドラジンとを含有する錯体水溶液を得た。
【0066】
各実施例・比較例のリチウムとニオブ錯体とヒドラジンとを含有する錯体水溶液のニオブ濃度、添加したヒドラジン量、pH値、酸化還元電位、溶液中のヒドラジン量、保存安定性(最大吸光度)の結果を表1に示す。
【0067】
【0068】
また、
図1には、比較例1及び実施例1~5に係る、縦軸を酸化還元電位(ORP)[単位:mV]、横軸をリチウムとニオブ錯体とヒドラジンを含有する溶液のpH値としたときの関係をまとめた。
図1に示すように、リチウムとニオブ錯体とヒドラジンを含有する溶液のpH値が増加するのに伴い、該溶液のORPが低下している。そして、全ての実施例が、本実施形態で述べたORPとpH値との好適な関係の範囲内に属している。
【0069】
(実施例2)
水加ヒドラジンの添加量を0.125gとした以外は、実施例1と同様にして、リチウムとニオブ錯体とヒドラジンとを含有する錯体水溶液を得た。
【0070】
(実施例3)
水加ヒドラジンの添加量を1.25gとした以外は、実施例1と同様にして、リチウムとニオブ錯体とヒドラジンとを含有する錯体水溶液を得た。
【0071】
(実施例4)
水加ヒドラジンの添加量を6.25gとした以外は、実施例1と同様にして、リチウムとニオブ錯体とヒドラジンとを含有する錯体水溶液を得た。
【0072】
(実施例5)
水加ヒドラジンの添加量を12.5gとした以外は、実施例1と同様にして、リチウムとニオブ錯体とヒドラジンとを含有する錯体水溶液を得た。
【0073】
(比較例1)
水加ヒドラジンを添加しなかった以外は、実施例1と同様にして、リチウムとニオブ錯体とを含有する錯体水溶液を得た。
【0074】
(結果)
比較例1だと最大吸光度の増加率が100%を超えた一方、各実施例だと増加率を低く保つことができた。つまり、各実施例だと、リチウムとニオブ錯体との含有濃度が高い溶液中においてゾルの生成が抑制され長期間保存可能な、リチウムとニオブ錯体とを含有する錯体溶液を得ることが出来た。