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特許7577129液晶ポリエステル繊維およびその製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-10-24
(45)【発行日】2024-11-01
(54)【発明の名称】液晶ポリエステル繊維およびその製造方法
(51)【国際特許分類】
   D01F 6/62 20060101AFI20241025BHJP
   D01F 6/84 20060101ALI20241025BHJP
   C08G 63/60 20060101ALI20241025BHJP
   C08G 63/83 20060101ALI20241025BHJP
【FI】
D01F6/62 308
D01F6/84 311
C08G63/60
C08G63/83
【請求項の数】 14
(21)【出願番号】P 2022565239
(86)(22)【出願日】2021-11-15
(86)【国際出願番号】 JP2021041909
(87)【国際公開番号】W WO2022113802
(87)【国際公開日】2022-06-02
【審査請求日】2023-05-22
(31)【優先権主張番号】P 2020195469
(32)【優先日】2020-11-25
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000001085
【氏名又は名称】株式会社クラレ
(74)【代理人】
【識別番号】100087941
【弁理士】
【氏名又は名称】杉本 修司
(74)【代理人】
【識別番号】100112829
【弁理士】
【氏名又は名称】堤 健郎
(74)【代理人】
【識別番号】100142608
【弁理士】
【氏名又は名称】小林 由佳
(74)【代理人】
【識別番号】100213470
【弁理士】
【氏名又は名称】中尾 真二
(72)【発明者】
【氏名】池端 桂一
(72)【発明者】
【氏名】鎌田 英樹
(72)【発明者】
【氏名】岩崎 秀治
(72)【発明者】
【氏名】中山 和之
【審査官】佐藤 貴浩
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2020/204124(WO,A1)
【文献】特開2020-105397(JP,A)
【文献】国際公開第02/022707(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C08G63/00-64/42
D01F 6/62
D01F 6/84
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
周期表第8~11族の金属元素からなる群から選択される少なくとも一種の金属元素を含み、強度が12cN/dtex以下であり、熱処理に供される、液晶ポリエステル繊維。
【請求項2】
周期表第8~11族の金属元素からなる群から選択される少なくとも一種の金属元素を含み、強度が18cN/dtex以上である、液晶ポリエステル繊維。
【請求項3】
請求項に記載の液晶ポリエステル繊維であって、全片末端量が20meq/kg以下である、液晶ポリエステル繊維。
【請求項4】
請求項2または3に記載の液晶ポリエステル繊維であって、ケトン結合量が0.05mol%以下である、液晶ポリエステル繊維。
【請求項5】
請求項1~4のいずれか一項に記載の液晶ポリエステル繊維であって、前記金属元素の含有量が合計1~1000重量ppmである、液晶ポリエステル繊維。
【請求項6】
請求項1~5のいずれか一項に記載の液晶ポリエステル繊維であって、前記金属元素が金属化合物として含有されており、前記金属化合物の融点が液晶ポリエステルの融点+30℃以下である、液晶ポリエステル繊維。
【請求項7】
請求項1~6のいずれか一項に記載の液晶ポリエステル繊維であって、アルカリ金属およびアルカリ土類金属の含有量が合計100重量ppm未満である、液晶ポリエステル繊維。
【請求項8】
請求項1~7のいずれか一項に記載の液晶ポリエステル繊維であって、前記液晶ポリエステル繊維に含まれる液晶ポリエステルが、下記式(1)~(16)および(18)のいずれかの構成単位の組合せからなる、液晶ポリエステル繊維。
【表1】
【表2】
【表3】
式中、nは1または2の整数で、それぞれの構成単位n=1、n=2は、単独でまたは組み合わせて存在してもよく、Y およびY は、それぞれ独立して、水素原子、ハロゲン原子、アルキル基、アルコキシ基、アリール基、アラルキル基、フェネチル基、アリールオキシ基、またはアラルキルオキシ基であり、Zは下記式で表される置換基のいずれかである
【化1】
【請求項9】
請求項1~のいずれか一項に記載の液晶ポリエステル繊維を製造する方法であって、液晶ポリエステルと、周期表第8~11族の金属元素からなる群から選択される少なくとも一種の金属元素とを含む樹脂組成物を溶融紡糸する、液晶ポリエステル繊維の製造方法。
【請求項10】
請求項2~4、および請求項2~4のいずれか一項に従属する場合の請求項5~8のいずれか一項に記載の液晶ポリエステル繊維を製造する方法であって、液晶ポリエステルと、周期表第8~11族の金属元素からなる群から選択される少なくとも一種の金属元素とを含む樹脂組成物を溶融紡糸し、前記溶融紡糸により得られた紡糸原糸を熱処理する、液晶ポリエステル繊維の製造方法。
【請求項11】
請求項10に記載の製造方法であって、前記紡糸原糸の全カルボキシ末端量(全CEG量)が5.0meq/kg以下である、液晶ポリエステル繊維の製造方法。
【請求項12】
請求項9~11のいずれか一項に記載の製造方法であって、前記樹脂組成物における前記金属元素の含有量が合計1~1000重量ppmである、液晶ポリエステル繊維の製造方法。
【請求項13】
請求項9~12のいずれか一項に記載の製造方法であって、前記金属元素が液晶ポリエステルの融点+30℃以下の融点を有する化合物として前記樹脂組成物に含まれる、液晶ポリエステル繊維の製造方法。
【請求項14】
請求項1~のいずれか一項に記載の液晶ポリエステル繊維を少なくとも一部に含んで構成された繊維構造物。
【発明の詳細な説明】
【関連出願】
【0001】
本願は、日本国で2020年11月25日に出願した特願2020-195469の優先権を主張するものであり、その全体を参照により本出願の一部をなすものとして引用する。
【技術分野】
【0002】
本発明は、液晶ポリエステル繊維およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0003】
液晶ポリエステル繊維は、剛直な分子構造を有するポリマーからなる化学繊維であり、液晶ポリエステルを溶融紡糸することにより得ることができる。そして、液晶ポリエステル繊維は、溶融紡糸して得られた紡糸原糸を熱処理により固相重合することによりポリマーの分子量を高めることで非常に高い力学物性を発揮させることができる。固相重合工程における熱処理では高温かつ長時間を必要とするが、生産性を向上させるために、低温かつ短時間で液晶ポリエステルの分子量を高めるような、重合反応を促進させる技術がこれまで多く研究されてきた。
【0004】
液晶ポリエステルの重合に関して、例えば、特許文献1(特開2013-67779号公報)には、テレフタル酸、テレフタル酸誘導体、2,6-ナフタレンジカルボン酸及び2,6-ナフタレンジカルボン酸誘導体からなる群から選ばれる少なくとも1種のモノマーを含むモノマー混合物の溶融重縮合において、特定の複素芳香族化合物を触媒として添加して溶融重縮合する液晶ポリエステルの製造方法が記載されており、このような製造方法では、低温かつ短時間で反応を進行させることができることが記載されている。
【0005】
また、特許文献2(国際公開第2017/68867号)には、重合触媒として脂肪酸金属塩(具体的には酢酸カリウム)を用いて重合を行う全芳香族ポリエステルの製造方法が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特開2013-67779号公報
【文献】国際公開第2017/68867号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
このように、特許文献1~2には、液晶ポリエステル製造における溶融重合時の重合触媒が記載されているが、溶融重合により得られた液晶ポリエステルを成形(例えば、溶融紡糸)した後の固相重合における触媒についてはいずれにも記載されていない。
【0008】
具体的には、特許文献1に記載の複素芳香族化合物のような塩基性有機触媒は、250℃を上回る液晶ポリエステルの溶融紡糸で熱分解してしまうため、その後の固相重合で利用することができない。
【0009】
また、特許文献2に記載されたアルカリ金属イオン系の触媒は、分子量の増加に応じて解重合反応等の副反応を促進する作用も有しているためか、到達強度の低下や、固相重合工程後の繊維の耐熱老化性の低下といった欠点があった。
【0010】
固相重合工程においては、重合反応以外の強度低下をもたらす副反応や、繊維の表面が軟化して繊維同士が融着し、しなやかさを損なう現象なども同時に発生するため、できるだけ低温かつ短時間で力学物性向上に寄与する重合反応のみを選択的に進行させる技術が望まれる。
【0011】
本発明はこのような問題に基づきなされたものであり、低温かつ短時間の熱処理で優れた力学物性を発揮できるようになるとともに、耐熱老化性に優れる液晶ポリエステル繊維を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明の発明者らは、前記目的を達成するために鋭意検討した結果、固相重合は溶融重合とは反応機構が異なるためか、従来溶融重合時に使用されてきた重合触媒では、固相重合における反応を選択的に促進させることができないことを見出した。そして、固相重合に適した触媒についてさらに研究を重ねた結果、(i)特定の金属元素を含む触媒を使用することにより、低温かつ短時間の熱処理で優れた力学特性を発現させることができること、さらに、(ii)重合反応以外の強度低下をもたらす副反応の進行をある程度抑制することができ、固相重合工程後に得られる熱処理糸の耐熱老化性を向上できることを見出し、本発明の完成に至った。
【0013】
すなわち、本発明は、以下の態様で構成されうる。
〔態様1〕
周期表第8~11族の金属元素からなる群から選択される少なくとも一種の金属元素(好ましくは銅、コバルト、およびパラジウムからなる群から選択される少なくとも一種の金属元素)を含む、液晶ポリエステル繊維。
〔態様2〕
態様1に記載の液晶ポリエステル繊維であって、前記金属元素の含有量が合計1~1000重量ppm(好ましくは3~500重量ppm、より好ましくは5~200重量ppm、さらに好ましくは10~100重量ppm)である、液晶ポリエステル繊維。
〔態様3〕
態様1または2に記載の液晶ポリエステル繊維であって、前記金属元素が金属化合物として含有されており、前記金属化合物の融点が液晶ポリエステルの融点+30℃以下(好ましくは液晶ポリエステルの融点+20℃以下)である、液晶ポリエステル繊維。
〔態様4〕
態様1~3のいずれか一態様に記載の液晶ポリエステル繊維であって、強度が18cN/dtex以上(好ましくは20cN/dtex以上、より好ましくは23cN/dtex以上)である、液晶ポリエステル繊維。
〔態様5〕
態様1~4のいずれか一態様に記載の液晶ポリエステル繊維であって、全片末端量が20meq/kg以下(好ましくは3~15meq/kg、より好ましくは5~13meq/kg)である、液晶ポリエステル繊維。
〔態様6〕
態様1~5のいずれか一態様に記載の液晶ポリエステル繊維であって、ケトン結合量が0.05mol%以下(好ましくは0.04mol%以下、より好ましくは0.02mol%以下)である、液晶ポリエステル繊維。
〔態様7〕
態様1~6のいずれか一態様に記載の液晶ポリエステル繊維を製造する方法であって、液晶ポリエステルと、周期表第8~11族の金属元素からなる群から選択される少なくとも一種の金属元素(好ましくは銅、コバルト、およびパラジウムからなる群から選択される少なくとも一種の金属元素)とを含む樹脂組成物を溶融紡糸する、液晶ポリエステル繊維の製造方法。
〔態様8〕
態様7に記載の製造方法であって、前記樹脂組成物における前記金属元素の含有量が合計1~1000重量ppm(好ましくは3~500重量ppm、より好ましくは5~200重量ppm、さらに好ましくは10~100重量ppm)である、液晶ポリエステル繊維の製造方法。
〔態様9〕
態様7または8に記載の製造方法であって、前記金属元素が液晶ポリエステルの融点+30℃以下(好ましくは液晶ポリエステルの融点+20℃以下)の融点を有する化合物として前記樹脂組成物に含まれる、液晶ポリエステル繊維の製造方法。
〔態様10〕
態様7~9のいずれか一態様に記載の製造方法であって、前記溶融紡糸により得られた紡糸原糸を熱処理する、液晶ポリエステル繊維の製造方法。
〔態様11〕
態様10に記載の製造方法であって、前記紡糸原糸の全カルボキシ末端量(全CEG量)が5.0meq/kg以下(好ましくは4.0meq/kg以下、より好ましくは3.0meq/kg以下、さらに好ましくは2.5meq/kg以下、さらにより好ましくは2.0meq/kg以下)である、液晶ポリエステル繊維の製造方法。
〔態様12〕
態様1~6のいずれか一態様に記載の液晶ポリエステル繊維を少なくとも一部に含んで構成された繊維構造物。
【0014】
本明細書において、「液晶ポリエステル繊維」とは、液晶ポリエステルで構成される繊維を示し、溶融紡糸により得られた紡糸原糸、および紡糸原糸を熱処理して得られる熱処理糸のいずれも含む概念を示す。
【0015】
なお、請求の範囲および/または明細書に開示された少なくとも2つの構成要素のどのような組み合わせも、本発明に含まれる。特に、請求の範囲に記載された請求項の2つ以上のどのような組み合わせも本発明に含まれる。
【発明の効果】
【0016】
本発明の液晶ポリエステル繊維によれば、低温かつ短時間の熱処理で優れた力学物性を発揮できる。また、熱処理後の液晶ポリエステル繊維は耐熱老化性に優れる。
【発明を実施するための形態】
【0017】
[液晶ポリエステル繊維]
本発明の液晶ポリエステル繊維は、液晶ポリエステルで構成される。液晶ポリエステルとしては、例えば芳香族ジオール、芳香族ジカルボン酸、芳香族ヒドロキシカルボン酸等に由来する反復構成単位からなり、本発明の効果を損なわない限り、芳香族ジオール、芳香族ジカルボン酸、芳香族ヒドロキシカルボン酸に由来する構成単位は、その化学的構成については特に限定されるものではない。また、本発明の効果を阻害しない範囲で、液晶ポリエステルは、芳香族ジアミン、芳香族ヒドロキシアミンまたは芳香族アミノカルボン酸に由来する構成単位を含んでいてもよい。例えば、好ましい構成単位としては、表1に示す例が挙げられる。
【0018】
【表1】
【0019】
表1の構成単位において、mは0~2の整数であり、式中のYは、1~置換可能な最大数の範囲において、それぞれ独立して、水素原子、ハロゲン原子(例えば、フッ素原子、塩素原子、臭素原子、ヨウ素原子など)、アルキル基(例えば、メチル基、エチル基、イソプロピル基、t-ブチル基などの炭素数1から4のアルキル基など)、アルコキシ基(例えば、メトキシ基、エトキシ基、イソプロポキシ基、n-ブトキシ基など)、アリール基(例えば、フェニル基、ナフチル基など)、アラルキル基(例えば、ベンジル基(フェニルメチル基)、フェネチル基(フェニルエチル基)など)、アリールオキシ基(例えば、フェノキシ基など)、アラルキルオキシ基(例えば、ベンジルオキシ基など)などが挙げられる。
【0020】
より好ましい構成単位としては、下記表2、表3および表4に示す例(1)~(18)に記載される構成単位が挙げられる。なお、式中の構成単位が、複数の構造を示しうる構成単位である場合、そのような構成単位を二種以上組み合わせて、ポリマーを構成する構成単位として使用してもよい。
【0021】
【表2】
【0022】
【表3】
【0023】
【表4】
【0024】
表2、表3および表4の構成単位において、nは1または2の整数で、それぞれの構成単位n=1、n=2は、単独でまたは組み合わせて存在してもよく、YおよびYは、それぞれ独立して、水素原子、ハロゲン原子(例えば、フッ素原子、塩素原子、臭素原子、ヨウ素原子など)、アルキル基(例えば、メチル基、エチル基、イソプロピル基、t-ブチル基などの炭素数1から4のアルキル基など)、アルコキシ基(例えば、メトキシ基、エトキシ基、イソプロポキシ基、n-ブトキシ基など)、アリール基(例えば、フェニル基、ナフチル基など)、アラルキル基(例えば、ベンジル基(フェニルメチル基)、フェネチル基(フェニルエチル基)など)、アリールオキシ基(例えば、フェノキシ基など)、アラルキルオキシ基(例えば、ベンジルオキシ基など)などであってもよい。これらのうち、水素原子、塩素原子、臭素原子、またはメチル基が好ましい。
【0025】
また、Zとしては、下記式で表される置換基が挙げられる。
【0026】
【化1】
【0027】
液晶ポリエステルは、好ましくは、ナフタレン骨格を構成単位として有する組み合わせであってもよい。ヒドロキシ安息香酸由来の構成単位(A)と、ヒドロキシナフトエ酸由来の構成単位(B)の両方を含むことが、特に好ましい。例えば、構成単位(A)としては下記式(A)が挙げられ、構成単位(B)としては下記式(B)が挙げられ、溶融成形性を向上する観点から、構成単位(A)と構成単位(B)の比率は、好ましくは9/1~1/1、より好ましくは7/1~1/1、さらに好ましくは5/1~1/1の範囲であってもよい。
【0028】
【化2】
【0029】
【化3】
【0030】
また、(A)の構成単位と(B)の構成単位の合計は、例えば、全構成単位に対して65モル%以上であってもよく、より好ましくは70モル%以上、さらに好ましくは80モル%以上であってもよい。ポリマー中、特に(B)の構成単位が4~45モル%である液晶ポリエステルが好ましい。
【0031】
また、液晶ポリエステルは、芳香族ヒドロキシカルボン酸として4-ヒドロキシ安息香酸に由来する構成単位を含み、芳香族ジカルボン酸に由来する構成単位および芳香族ジオールに由来する構成単位を含んでいてもよい。例えば、芳香族ジカルボン酸に由来する構成単位として下記式(C)および下記式(D)からなる群から選択される少なくとも1種を用いてもよく、芳香族ジオールに由来する構成単位として下記式(E)および下記式(F)からなる群から選択される少なくとも1種を用いてもよい。好ましくは、4-ヒドロキシ安息香酸に由来する構成単位(A)(上記式(A))と、芳香族ジカルボン酸としてテレフタル酸に由来する構成単位(C)(下記式(C))と、イソフタル酸に由来する構成単位(D)(下記式(D))と、芳香族ジオールとして4,4’-ジヒドロキシビフェニルに由来する構成単位(E)(下記式(E))とを含む液晶ポリエステル、4-ヒドロキシ安息香酸に由来する構成単位(A)(上記式(A))と、芳香族ジカルボン酸としてテレフタル酸に由来する構成単位(C)(下記式(C))と、イソフタル酸に由来する構成単位(D)(下記式(D))と、芳香族ジオールとして4,4’-ジヒドロキシビフェニルに由来する構成単位(E)(下記式(E))と、ヒドロキノンに由来する構成単位(F)(下記式(F))とを含む液晶ポリエステル等であってもよい。
【0032】
【化4】
【0033】
【化5】
【0034】
【化6】
【0035】
【化7】
【0036】
液晶ポリエステルは、4-ヒドロキシ安息香酸に由来する構成単位を含んでいてもよく、好ましくは50モル%以上含んでいてもよく、より好ましくは53モル%以上、さらに好ましくは60モル%以上含んでいてもよい。液晶ポリエステル中の4-ヒドロキシ安息香酸に由来する構成単位の含有量の上限は特に限定されないが、例えば、90モル%以下であってもよく、好ましくは88モル%以下、より好ましくは85モル%以下であってもよい。
【0037】
本発明で好適に用いられる液晶ポリエステルの融点(以下、Mpと称することがある)は250~380℃の範囲であることが好ましく、より好ましくは255~370℃、さらに好ましくは260~360℃、さらにより好ましくは260~330℃である。なお、ここでいう融点とは、JIS K 7121試験法に準拠し、示差走査熱量計(DSC;メトラー社製「TA3000」)で測定し、観察される主吸収ピーク温度である。具体的には、前記DSC装置に、サンプル10~20mgをとりアルミ製パンへ封入した後、キャリヤーガスとして窒素を100mL/分流し、20℃/分で昇温したときの吸熱ピークを測定する。ポリマーの種類によってDSC測定において1st runで明確なピークが現れない場合は、予想される流れ温度よりも50℃高い温度まで50℃/分で昇温し、その温度で3分間完全に溶融した後、80℃/分の降温速度で50℃まで降温し、しかる後に20℃/分の昇温速度で吸熱ピークを測定するとよい。
【0038】
なお、上記液晶ポリエステルには、本発明の効果を損なわない範囲で、ポリエチレンテレフタレート、変性ポリエチレンテレフタレート、ポリオレフィン、ポリカーボネート、ポリアミド、ポリフェニレンサルファイド、ポリエーテルエーテルケトン、フッ素樹脂等の熱可塑性ポリマーを添加してもよい。また酸化チタン、カオリン、シリカ、酸化バリウム等の無機物、カーボンブラック、染料や顔料等の着色剤、酸化防止剤、紫外線吸収剤、光安定剤等の各種添加剤を含んでいてもよい。
【0039】
本発明の液晶ポリエステル繊維は、周期表第8~11族の金属元素からなる群から選択される少なくとも一種の金属元素を含む。好ましくは周期表第4~6周期かつ第8~11族の金属元素からなる群から選択される少なくとも一種の金属元素であり、具体的には鉄、ルテニウム、オスミウム、コバルト、ロジウム、イリジウム、ニッケル、パラジウム、白金、銅、銀、および金からなる群から選択される少なくとも一種の金属元素であってもよい。特定の金属元素の触媒作用により固相重合における反応の進行を促進できるため、そのような金属元素を固相重合触媒として含む液晶ポリエステル繊維の紡糸原糸は、低温かつ短時間の熱処理で優れた力学特性を発現させることができる。また、これらの金属元素は重合反応を選択的に進行させることができ、重合反応以外の強度低下をもたらす副反応の進行をある程度抑制することができるため、そのような金属元素を含む液晶ポリエステル繊維の熱処理糸は、耐熱老化性に優れる、すなわち、高温環境下で長時間保持しても、力学特性の低下を抑制することができる。
【0040】
本発明の液晶ポリエステル繊維に含まれる金属元素は、固相重合における重合反応促進の観点から、より好ましくは銅、コバルト、およびパラジウムからなる群から選択される少なくとも一種の金属元素であってもよく、さらに好ましくは銅であってもよい。
【0041】
上記金属元素は、金属原子が非金属原子と結合した構造を有する金属化合物として含有していてもよい。金属化合物としては、例えば、ギ酸塩、酢酸塩、プロピオン酸塩、酪酸塩、吉草酸塩、カプロン酸塩、エナント酸塩、カプリル酸塩、ペラルゴン酸塩、カプリン酸塩、ラウリン酸塩、ミリスチン酸塩、パルミチン酸塩、ステアリン酸塩、ナフテン酸塩、安息香酸塩、シュウ酸塩、マロン酸塩、コハク酸塩、アジピン酸塩、テレフタル酸塩、イソフタル酸塩、フタル酸塩、サリチル酸塩、酒石酸塩、クエン酸塩、フルオロ酢酸塩、クロロ酢酸塩、ブロモ酢酸塩、フルオロプロピオン酸塩、クロロプロピオン酸塩、ブロモプロピオン酸塩等の有機酸塩;硫酸塩、炭酸塩、硝酸塩等の無機酸塩;フッ化物、塩化物、臭化物、ヨウ化物等のハロゲン化物;水酸化物;酸化物;硫化物等が挙げられる。これらの金属化合物は、それぞれ単独で、または2種以上を組み合わせて使用してもよい。これらの金属化合物のうち、低融点を有して繊維中への分散性を向上できる観点から、例えば、有機酸塩、無機酸塩、ハロゲン化物、および水酸化物が好ましい。
【0042】
金属化合物は、固相重合触媒として作用する金属化合物であれば特に限定されないが、好ましくは芳香族カルボン酸の脱炭酸の触媒として作用する金属化合物であってもよく、固相重合における重合反応促進の観点から、金属原子が配位子と配位結合した金属錯体化合物であってもよい。配位子としては、金属化合物中の金属原子に配位可能な配位子であれば特に限定されないが、窒素系配位子、酸素系配位子、炭素系配位子、リン系配位子、硫黄系配位子等が挙げられる。金属化合物において、上記有機酸塩に対応する有機酸、無機酸塩に対応する無機酸、ハロゲン化物に対応するハロゲン等が配位子として金属原子と配位結合していてもよい。
【0043】
窒素系配位子としては、上記金属原子に配位可能な窒素原子を有する配位子であれば特に限定されないが、例えば、アンミン(NH)、アニリン、ジイソプロピルアミン、トリエチルアミン、トリフェニルアミン、ヘキサメチルジシラザン、ジアザビシクロウンデセン、エチレンジアミン(en)、2,3-ブタンジアミン、N,N,N’,N’-テトラメチルエチレンジアミン、エチレンジアミン四酢酸(edta)、ジエチレントリアミン、N,N,N’,N’’,N’’-ペンタメチルジエチレントリアミン、1,4,7-トリアザシクロノナン、トリエチレンテトラミン、トリス(2-アミノエチル)アミン、ヘキサメチレンテトラミン等のアミン系配位子;ピロール、ピリジン(py)、ジメチルピリジン、ビピリジン(bpy)、ターピリジン、イミダゾール、ピラゾール、ピラジン、ピリミジン、トリアゾール、キノリン、イソキノリン、アクリジン、1,8-ナフチリジン、フェナントロリン(phen)、2,9-ジメチル-1,10-フェナントロリン、4,7-ジフェニル-1,10-フェナントロリン、2,9-ジフェニル-1,10-フェナントロリン、2,9-ジメチル-4,7-ジフェニル-1,10-フェナントロリン、ジメチルアミノピリジン、ポルフィリン等の含窒素複素芳香族系配位子;アセトニトリル、ベンゾニトリル等のニトリル系配位子;シアニド(CN);イソチオシアニド(NCS);ニトロシル(NO)等が挙げられる。
【0044】
酸素系配位子としては、上記金属原子に配位可能な酸素原子を有する配位子であれば特に限定されないが、例えば、ジメチルエーテル、ジエチルエーテル、テトラヒドロフラン、1,4-ジオキサン、1,2-ジメトキシエタン等のエーテル系配位子;メタノール、エタノール、フェノール、1,1’-ビナフタレン-2,2’-ジオール等のアルコール系配位子;カルボキシラト(RCOO)、オキサラト(ox2-)、アセチルアセトナート(acac)等のアシル系配位子;アクア(HO);ヒドロキシド(OH);オキソ(O2-)等が挙げられる。
【0045】
炭素系配位子としては、上記金属原子に配位可能な炭素原子を有する配位子であれば特に限定されないが、例えば、メチル等のアルキル系配位子;フェニル等のアリール系配位子;ビニル系配位子;アルキニル系配位子;N-ヘテロ環状カルベン等のカルベン系配位子;エチレン、ジベンジリデンアセトン(dba)等のアルケン系配位子;アセチレン、2-フェニルエチニルベンゼン等のアルキン系配位子;シクロペンタジエン、ペンタメチルシクロペンタジエン等のシクロペンタジエン系配位子;1,3-ブタジエン、1,5-シクロオクタジエン(cod)等のジエン系配位子;ベンゼン、シクロオクタテトラエン等の環状ポリエン系配位子;シアノメチルイソシアニド、フェニルイソシアニド等のイソシアニド系配位子;カルボニル(CO)等が挙げられる。
【0046】
リン系配位子としては、上記金属原子に配位可能なリン原子を有する配位子であれば特に限定されないが、例えば、トリフェニルホスフィン、トリス(2-メチルフェニル)ホスフィン、トリス(2-メトキシフェニル)ホスフィン、ジ-tert-ブチルフェニルホスフィン、トリメチルホスフィン、トリ-tert-ブチルホスフィン、トリシクロヘキシルホスフィン、ビス(ジフェニルホスフィノ)メタン(dppm)、1,2-ビス(ジフェニルホスフィノ)エタン(dppe)、1,3-ビス(ジフェニルホスフィノ)プロパン(dppp)、2,2’-ビス(ジフェニルホスフィノ)-1,1’-ビナフチル(BINAP)、2-ジシクロヘキシルホスフィノ-2’,6’-ジメトキシビフェニル(SPhos)、2-ジシクロヘキシルホスフィノ-2’,4’,6’-トリイソプロピルビフェニル(XPhos)、2-ジシクロヘキシルホスフィノ-2’-メチルビフェニル(MePhos)、2-ジシクロヘキシルホスフィノ-2’-(N,N-ジメチルアミノ)ビフェニル(DavePhos)、2-(ジ-tert-ブチルホスフィノ)ビフェニル(JohnPhos)等のホスフィン系配位子等が挙げられる。
【0047】
硫黄系配位子としては、上記金属原子に配位可能な硫黄原子を有する配位子であれば特に限定されないが、例えば、チオール系配位子;ジメチルスルホキシド(DMSO)等のスルホキシド系配位子;チオフェン、ジベンゾチオフェン、チオピラン等の含硫黄複素芳香族系配位子;チオシアニド(SCN);スルフィド(S2-)等が挙げられる。
【0048】
好ましい配位子は金属原子の種類によって異なるが、銅の場合、固相重合における重合反応促進の観点から、窒素系配位子が配位していることが好ましく、含窒素複素芳香族系配位子または窒素系キレート配位子が配位していることがより好ましく、含窒素複素芳香族系キレート配位子が配位していることがさらに好ましい。ここで、キレート配位子とは、分子中に二座以上の複数の配位座を持つ配位子であり、複数の配位座が金属1原子に対して、同時に配位できる位置にある配位子である。窒素系キレート配位子としては、例えば、エチレンジアミン、ジエチレントリアミン、トリエチレンテトラミン、トリス(2-アミノエチル)アミン、ヘキサメチレンテトラミン、ビピリジン、ターピリジン、フェナントロリン、またはそれらの誘導体等が挙げられる。
【0049】
また、銅化合物における銅の価数は、0価、1価、2価のいずれであっても良いが、溶融紡糸における凝集や局在化を避ける観点から、1価または2価であることが好ましく、また固相重合における重合反応促進の観点から、1価であることがより好ましい。
【0050】
コバルトの場合、使用時の大気下での安定性および固相重合における重合反応促進の観点から、酸素系配位子が配位していることが好ましく、アシル系配位子が配位していることがより好ましい。
【0051】
パラジウムの場合、使用時の大気下での安定性および固相重合における重合反応促進の観点から、酸素系配位子が配位していることが好ましく、アシル系配位子(例えば、カルボキシラト(好ましくは、アセタト、トリフルオロアセタト))が配位していることがより好ましい。
【0052】
本発明の液晶ポリエステル繊維は、金属元素の種類に応じて金属元素の含有量を適宜設定することができるが、例えば、固相重合における重合反応促進および副反応の抑制を良好に両立させる観点から、上記金属元素を合計1~1000重量ppm含んでいてもよく、好ましくは3~500重量ppm、より好ましくは5~200重量ppm、さらに好ましくは10~100重量ppm含んでいてもよい。金属元素の含有量は、液晶ポリエステル繊維全重量に対する上記金属元素の全重量の割合を示し、上述の金属化合物として金属元素を含有する場合には、金属原子換算の含有量を示す。ここで、金属元素の上記含有量は、油剤など繊維表面に付着している成分を除く、繊維自体を構成する成分中の金属元素の含有量であってもよい。
【0053】
本発明の液晶ポリエステル繊維は、固相重合における副反応の抑制の観点から、アルカリ金属およびアルカリ土類金属の含有量が合計100重量ppm未満であってもよく、好ましくは10重量ppm以下、より好ましくは5重量ppm以下、さらに好ましくは1重量ppm以下であってもよい。ここで、アルカリ金属およびアルカリ土類金属の上記含有量は、油剤など繊維表面に付着している成分を除く、繊維自体を構成する成分中のアルカリ金属およびアルカリ土類金属の含有量であってもよい。本明細書において、アルカリ金属とは、リチウム、ナトリウム、カリウム、ルビジウム、セシウム、およびフランシウムを示し、アルカリ土類金属とは、ベリリウム、マグネシウム、カルシウム、ストロンチウム、バリウム、およびラジウムを示す。
【0054】
また、本発明の液晶ポリエステル繊維は、液晶ポリエステルを50重量%以上含有していてもよく、好ましくは80重量%以上、より好ましくは90重量%以上、さらに好ましくは95重量%以上、さらにより好ましくは99.9重量%以上含有していてもよい。
【0055】
本発明の液晶ポリエステル繊維の紡糸原糸は、全カルボキシ末端量(全CEG量)が5.0meq/kg以下であってもよい。液晶ポリエステルの分子末端に存在するカルボキシ基と固相重合における反応との関係性は定かではないが、分子末端のカルボキシ基の量を減少させることが固相重合における反応を活性化させる一因ではないかと考えられ、全カルボキシ末端量が少ない紡糸原糸は、低温かつ短時間の熱処理で優れた力学物性を発揮できると考えられる。液晶ポリエステル繊維の紡糸原糸の全カルボキシ末端量(全CEG量)は、好ましくは4.0meq/kg以下、より好ましくは3.0meq/kg以下、さらに好ましくは2.5meq/kg以下、さらにより好ましくは2.0meq/kg以下であってもよい。全カルボキシ末端量(全CEG量)は、後述の実施例に記載した方法により測定される値であり、繊維1kg中の主として液晶ポリエステル繊維を構成する分子中の分子末端に存在するカルボキシ基の量である。例えば、液晶ポリエステル中の高分子末端に存在するカルボキシ基としては、芳香族ヒドロキシカルボン酸や芳香族ジカルボン酸などのカルボキシ基を有するモノマーに由来する構成単位が高分子末端を形成しており、そのような高分子末端に存在する構成単位において反応せずに残存しているカルボキシ基であってもよい。
【0056】
本発明の液晶ポリエステル繊維の紡糸原糸は、全片末端量が50meq/kg以上であってもよく、好ましくは55meq/kg以上、より好ましくは60meq/kg以上であってもよい。また、200meq/kg以下であってもよく、好ましくは100meq/kg以下であってもよい。全片末端量は、高分子鎖の数を示し、分子量を評価する指標として用いられる。全片末端量が大きいほど分子量が小さく、全片末端量が小さいほど分子量が大きい傾向を示す。液晶ポリエステルが組成によって全ての種類の末端を定量するのが困難なことを考慮して、本発明において、全片末端量は、液晶ポリエステル繊維1kgに対する、ヒドロキシカルボン酸由来のカルボキシ基末端と、ヒドロキシカルボン酸由来のカルボキシ基において脱炭酸反応により二酸化炭素が脱離した末端との合計量(meq/kg)を、液晶ポリエステル中のヒドロキシカルボン酸由来の構成単位のモル比で除して得られる数値と定義し、後述の実施例に記載した方法により測定される値である。上記のように全片末端量が比較的大きい紡糸原糸に対して熱処理することにより、固相重合が進行し、全片末端量を減少(つまり、分子量を増加)させることができる。
【0057】
本発明の液晶ポリエステル繊維の紡糸原糸は、低温かつ短時間の熱処理で優れた力学物性を発揮できる。一般に、液晶ポリエステル繊維の紡糸原糸の熱処理では、力学物性の向上のために長時間(例えば、20時間程度)を必要とし、熱処理時間の短縮を図る場合であっても、固相重合の進行に伴い液晶ポリエステル繊維の融点が上昇することを利用して、段階的に熱処理温度を上げて紡糸原糸の融点以上の高温で熱処理する必要がある。本発明においては、液晶ポリエステル繊維の紡糸原糸の強度が例えば12cN/dtex以下である場合、低温かつ短時間の熱処理により18cN/dtex以上の強度の熱処理糸を得ることができる。低温および短時間の条件としては熱処理の方法や熱処理に供する紡糸原糸の量によっても異なるが、例えば、バッチ式での熱処理において、液晶ポリエステル繊維の紡糸原糸の融点(Mp)未満の温度で3時間以下で熱処理することにより、熱処理糸の強度を18cN/dtex以上にしてもよく、好ましくは20cN/dtex以上、より好ましくは23cN/dtex以上にしてもよい。本発明において、液晶ポリエステル繊維は、強度が12cN/dtex以下である場合に紡糸原糸とみなしてもよく、強度が12cN/dtexを超える場合に熱処理糸とみなしてもよい。
【0058】
本発明の液晶ポリエステル繊維の熱処理糸は、強度が18cN/dtex以上であってもよく、好ましくは20cN/dtex以上、より好ましくは23cN/dtex以上であってもよい。また、強度の上限値は特に限定されないが、例えば、40cN/dtex程度であってもよい。本発明において、液晶ポリエステル繊維の強度とは、引張強度をいい、後述の実施例に記載した方法により測定される値である。
【0059】
本発明の液晶ポリエステル繊維の熱処理糸は、強度等の力学物性向上の観点から分子量が高いことが好ましく、例えば、全片末端量が20meq/kg以下であってもよく、好ましくは15meq/kg以下、より好ましくは13meq/kg以下であってもよい。全片末端量の下限は特に限定されないが、例えば、3meq/kg以上であってもよく、好ましくは5meq/kg以上であってもよい。
【0060】
本発明の液晶ポリエステル繊維の熱処理糸は、強度等の力学物性向上の観点から、ケトン結合量が0.05mol%以下であってもよく、好ましくは0.04mol%以下、より好ましくは0.02mol%以下であってもよい。本発明において、ケトン結合量は、エステル結合とケトン結合との合計モル量に対するケトン結合のモル量の割合を意味し、後述の実施例に記載した方法により測定される値である。ケトン結合量が多すぎる場合、高分子の直線性が低下するためか、液晶ポリエステル繊維の強度が低下する傾向にある。ケトン結合量の下限は特に限定されないが、例えば、0.005mol%以上であってもよい。
【0061】
本発明の液晶ポリエステル繊維の熱処理糸は、融点が290~400℃であってもよく、好ましくは300~380℃、より好ましくは305~350℃であってもよい。液晶ポリエステル繊維は固相重合によりその融点が紡糸原糸の融点(Mp)から上昇する。なお、液晶ポリエステル繊維の融点は、後述の実施例に記載した方法により測定される値である。
【0062】
本発明の液晶ポリエステル繊維の熱処理糸は、耐熱老化性に優れており、250℃で100時間加熱した場合の強力保持率が70%以上であってもよく、好ましくは80%以上、より好ましくは85%以上であってもよい。また、250℃で300時間加熱した場合の強力保持率が50%以上であってもよく、好ましくは60%以上、より好ましくは65%以上であってもよい。熱処理糸は固相重合により強度が十分に高くなっていることが好ましいので、250℃で100時間または300時間加熱した場合の強力保持率は100%以下であってもよい。なお、熱処理糸の強力保持率は、後述の実施例に記載した方法により測定される値である。
【0063】
本発明の液晶ポリエステル繊維は、用途等により単繊維繊度を適宜選択することができ、例えば、単繊維繊度が0.5~50dtexであってもよく、好ましくは1.0~35dtex、より好ましくは1.0~15dtex、さらに好ましくは1.5~10dtexであってもよい。
【0064】
本発明の液晶ポリエステル繊維は、モノフィラメントであってもよく、マルチフィラメントであってもよい。マルチフィラメントの場合、そのフィラメント本数は用途等により適宜選択することができ、例えば、フィラメント本数は5~5000本であってもよく、好ましくは10~4000本、より好ましくは30~3000本であってもよい。
【0065】
本発明の液晶ポリエステル繊維は、用途等により総繊度を適宜選択することができ、例えば、総繊度が10~50000dtexであってもよく、好ましくは15~30000dtex、より好ましくは25~10000dtexであってもよい。
【0066】
[液晶ポリエステル繊維の製造方法]
本発明の液晶ポリエステル繊維の製造方法は、液晶ポリエステルと、周期表第8~11族の金属元素からなる群から選択される少なくとも一種の金属元素とを含む樹脂組成物を溶融紡糸する工程を少なくとも備えていてもよい。
【0067】
樹脂組成物は、上述の液晶ポリエステル、ならびに周期表第8~11族の金属元素からなる群から選択される少なくとも一種の金属元素を含んでいればよく、金属元素の含有形態は特に限定されないが、上述した金属化合物として含有していてもよい。
【0068】
樹脂組成物は、固相重合における重合反応促進および副反応の抑制を良好に両立させる観点から、例えば、上記金属元素を合計1~1000重量ppm含有してもよく、好ましくは3~500重量ppm、より好ましくは5~200重量ppm、さらに好ましくは10~100重量ppm含有してもよい。樹脂組成物における金属元素の含有量は、液晶ポリエステルおよび添加する金属元素も含む樹脂組成物全重量に対する、添加する金属元素の全重量の割合を示し、上述の金属化合物として金属元素を含有する場合には、金属原子換算の含有量を示す。
【0069】
また、金属化合物は、固相重合における重合反応促進の観点から、上述した金属錯体化合物であってもよく、その場合、樹脂組成物に混合する形態としては、すでに配位子が配位結合した状態の金属錯体化合物を樹脂に添加してもよいし、金属化合物と配位子を形成する化合物とを別々に樹脂に添加してもよい。
【0070】
金属化合物は、溶融紡糸の長時間運転性向上および樹脂中への分散性向上の観点から、液晶ポリエステルの融点(Mp)+30℃以下の融点を有する化合物であってもよい。溶融紡糸工程において、液晶ポリエステルの融点(Mp)以上の温度で樹脂組成物を加熱溶融するが、樹脂組成物中の金属元素の触媒作用によりこの段階でも固相重合に関わる反応をある程度進行させることができるため、樹脂組成物中で液晶ポリエステルと共に金属化合物も溶融させて反応を促進させることが好ましい。金属化合物の融点の上限値はMp+20℃以下であることが好ましい。
また、金属化合物の融点は、加工性の観点から400℃以下であることが好ましく、350℃以下であることがより好ましい。金属化合物の融点の下限値は特に限定されないが、溶融紡糸機近傍での取り扱い性の観点から、100℃以上であることが好ましい。
【0071】
溶融紡糸は公知または慣用の方法により行うことができ、例えば、押出機において樹脂組成物を溶融させた後、所定の紡糸温度でノズルから吐出して、ゴデットローラー等により巻き取ることで得ることができる。
【0072】
本発明の液晶ポリエステル繊維の製造方法は、溶融紡糸により得られた紡糸原糸を熱処理する固相重合工程をさらに備えていてもよい。本発明の液晶ポリエステル繊維の紡糸原糸は、特定の金属元素の触媒作用により固相重合における反応を促進することができるため、固相重合工程における熱処理を低温かつ短時間にすることができる。
【0073】
固相重合工程に供する紡糸原糸は、固相重合における重合反応促進の観点から、全カルボキシ末端量(全CEG量)が5.0meq/kg以下であってもよく、好ましくは4.0meq/kg以下、より好ましくは3.0meq/kg以下、さらに好ましくは2.5meq/kg以下、さらにより好ましくは2.0meq/kg以下であってもよい。上記溶融紡糸工程において、液晶ポリエステルの融点(Mp)以上の温度で樹脂組成物を加熱溶融する際、樹脂組成物中の金属元素が脱炭酸反応の触媒として作用するためか、液晶ポリエステルの分子末端のカルボキシ基において、二酸化炭素が脱離することにより、分子末端のカルボキシ基の量を減少させることができる。
【0074】
固相重合工程における熱処理の方法は特に限定されず、例えば、バッチ式での熱処理であってもよく、搬送による連続熱処理であってもよい。
【0075】
例えば、バッチ式での熱処理では、例えば、ボビンにパッケージ状に巻き付けた状態や、カセ状、トウ状で熱処理を行ってもよく、設備が簡素化でき、生産性も向上する点からパッケージ状で行うことが好ましい。ボビンは固相重合の温度に耐える必要があり、アルミや真鍮、鉄、ステンレス等の金属製であることが好ましい。
【0076】
搬送による連続熱処理の場合、その搬送方法として、接触搬送(例えば、コンベア方式、サポートロール方式、加熱されたローラー状での熱処理方式)、非接触搬送(ロール・トゥ・ロール方式)のいずれで行ってもよい。また、処理経路は一直線でなくてもよく、装置内に折り返しローラーやガイドを配置して、処理経路の長さ、角度、曲率等を適宜変更して熱処理を行ってもよい。
【0077】
固相重合工程は、公知の方法を用いることができ、例えば、雰囲気加熱、接触加熱等の手段が挙げられる。雰囲気としては空気、不活性ガス(例えば、窒素、アルゴン)あるいはそれらを組み合わせた雰囲気等が好適に用いられる。また、固相重合を減圧下で行っても何等差し支えない。
【0078】
固相重合工程では、熱処理温度は230℃以上であってもよく、効率的な強度向上の観点から、好ましくは240℃以上、より好ましくは250℃以上であってもよい。また、熱処理温度は、融解を防ぐために固相重合工程に供する紡糸原糸の融点(Mp)未満であってもよく、例えば、230℃以上の範囲において、Mp-80℃以上Mp℃未満であってもよく、好ましくはMp-50℃以上Mp℃未満、より好ましくはMp-30℃以上Mp℃未満であってもよい。本発明では低温の熱処理温度で優れた力学特性を発揮させることができるが、固相重合の進行と共に液晶ポリエステル繊維の融点は上昇するため、固相重合工程における最初の熱処理温度を紡糸原糸の融点(Mp)未満にすればよく、効率的な強度向上の観点から、熱処理温度を固相重合の進行状態に応じて段階的に高め、固相重合工程に供する時点の融点(紡糸原糸の融点)を超えた温度で熱処理してもよい。
【0079】
本発明では短時間の熱処理で優れた力学特性を発揮させることができるが、熱処理の方法や熱処理温度に応じて固相重合工程の熱処理時間を適宜設定することができる。所望の力学特性を発揮させることができれば熱処理時間は特に限定されないが、例えば、15分~15時間の範囲から設定することができ、好ましくは30分~10時間、より好ましくは1~8時間であってもよく、短時間の熱処理時間としては、例えば、15分~3時間であってもよい。ここでの熱処理時間とは、所定の熱処理温度における保持時間を示す。
【0080】
本発明の液晶ポリエステル繊維の製造方法では、液晶ポリエステル繊維の固相重合工程前後の強度比が1.5倍以上であってもよく、好ましくは1.8倍以上、より好ましくは2.0倍以上であってもよい。液晶ポリエステル繊維の固相重合工程前後の強度比の上限は特に限定されないが、例えば、10倍以下であってもよい。ここで、固相重合工程前後の強度比とは、固相重合工程後の液晶ポリエステル繊維の引張強度を固相重合工程前の液晶ポリエステル繊維(紡糸原糸)の引張強度で除した値のことをいう。
【0081】
本発明の液晶ポリエステル繊維の製造方法では、例えば、繊維の集束性向上や熱処理での融着防止のため、固相重合工程前後で公知の油剤を付与してもよく、上述したようにアルカリ金属やアルカリ土類金属を含む化合物を付与してもよい。
【0082】
本発明の液晶ポリエステル繊維は、各種繊維構造物に好適に用いることができる。繊維構造物としては、ロープ、混繊糸等の一次元構造物、織物、編物、不織布等の二次元構造物等の高次加工品が挙げられ、テンションメンバー(電線、光ファイバー、ヒーター線芯糸、イヤホンコード等の各種電気製品のコード等)、セールクロス、ロープ、スリングベルト、ザイル、陸上ネット、命綱、釣糸、漁網、延縄等の各種繊維製品として使用することができる。繊維構造物は、液晶ポリエステル繊維単独で構成されていてもよいし、他の構成部材を本発明の効果が阻害されない範囲で含んでいてもよい。
【実施例
【0083】
以下に、実施例に基づき本発明を更に詳細に説明するが、本発明はこれらにより何ら制限を受けるものではない。なお、以下の実施例及び比較例においては、下記の方法により各種物性を測定した。
【0084】
(総繊度、単繊維繊度)
JIS L 1013:2010 8.3.1 A法に基づき、株式会社大栄科学精器製作所製検尺器「Wrap Reel by Motor Driven」を用いて液晶ポリエステル繊維を1周1m×100周(計100m)のカセに巻き、その重量(g)を100倍して1水準当たり2回の測定を行い、その平均値を、得られた液晶ポリエステル繊維の総繊度(dtex)とした。また、この値をフィラメント本数で除した商を単繊維繊度(dtex)とした。
【0085】
(繊維および樹脂チップ(粒状成型体)の融点)
JIS K 7121に準拠し、示差走査熱量計(DSC;メトラー社製、「TA3000」)を用いて測定し、観察される主吸収ピーク温度を融点とした。具体的には、前記DSC装置に、試料10~20mgをとりアルミ製パンへ封入した後、キャリヤーガスとして窒素を100mL/分の流量で流し、25℃から20℃/分で昇温したときの液晶ポリエステル由来の吸熱ピークを測定した。
【0086】
(金属化合物の融点)
上記繊維の融点測定と同じ装置、パンを使用し測定した。ただし、水和水や残存溶媒のピークを除くため、キャリヤーガスとして窒素を100mL/分の流量で流し、25℃から20℃/分で150℃まで昇温し、1分保持後、-20℃/分で25℃まで降温したのち、再度25℃から20℃/分で昇温したとき最も低温に現れる吸熱ピークを測定した。
【0087】
(金属元素含有量)
以下に記載する「マイクロ波分解」により分析用液体を作製し、ICP-MS測定を行うことで金属元素含有量(重量ppm)を求めた。
・マイクロ波分解
マイルストーンゼネラル株式会社製マイクロ波分解装置「ETHOS-1」を用いてマイクロ波分解を行った。液晶ポリエステル繊維サンプル0.1gをクォーツインサートに量り取り、硝酸(1.42mol/L)6mLを加えた。水5mLと過酸化水素(濃度30~36重量%)2mLを入れた分解容器にクォーツインサートを入れて密閉しマイクロ波分解を行った。放冷後、50mLに定容し、孔径0.45μmフィルターでろ過したろ液をICP-MS測定に供した。
・ICP-MS測定
アジレント・テクノロジー社製ICP-MS分析装置「Agirent7900」を用いて上記マイクロ波分解にて作製したサンプル液の金属元素含有量を分析した。キャリヤーガス流量0.7L/min、RF出力1500Wの条件で、XSTC-622(SPEX社製標準液)と比較して同一サンプル液から3回測定を行い、その平均値から各金属元素含有量を決定した。
なお、繊維など油剤が付着しているサンプルにおいて、油剤が含む金属元素の影響が懸念される場合は、以下の方法で油剤除去を行ったのち、マイクロ波分解を行うと良い。
・油剤除去
イオン交換水1Lにノニオン系界面活性剤(松本油脂製薬株式会社製、アクチノールF-9)を2g溶解させた水溶液に100g以下の量の液晶ポリエステル繊維サンプルを入れ、60~90℃に温調を行い、40分振とうを行った。液晶ポリエステル繊維サンプルを取り出し、60~90℃に温調をしたイオン交換水1Lで40分×2回すすぎを行った。液晶ポリエステル繊維サンプルを取り出し、ヤマト科学株式会社製熱風乾燥機「DN63HI」を用いて空気雰囲気下、80℃で3時間以上乾燥を行い、油剤の除去された液晶ポリエステル繊維サンプルを得た。
【0088】
(引張強度)
JIS L 1013:2010 8.5.1を参考に、株式会社島津製作所製オートグラフ「AGS-100B」を用いて、試験長10cm、引張速度10cm/分の条件で、糸条1サンプルにつき6回の引張試験を行い、その平均引張強力(cN)を上述の方法で測定した総繊度(dtex)で割り、引張強度(cN/dtex)を算出した。
【0089】
(全CEG量)
液晶ポリエステル繊維試料をd90=100μm以下になるまで凍結粉砕し、その粉砕試料に大過剰のn-プロピルアミンを加え、40℃で90分間加熱攪拌処理を行い、試料を分解した。この場合、高分子鎖の内部に存在したエステル結合はカルボン酸n-プロピルアミドとヒドロキシ基に分解され、高分子鎖の末端に存在したカルボキシ基(CEG)とヒドロキシ基はそのままカルボキシ基とヒドロキシ基から変化しないので、HPLC法により分解物を分離し、カルボキシ基を有する分解物のピーク面積を、それぞれの標品のHPLC分析により作成した検量線と比較することで各々のモノマー由来のカルボキシ末端量(meq/kg)を定量した。例えば、4-ヒドロキシ安息香酸や6-ヒドロキシ-2-ナフトエ酸といった一価のカルボン酸由来のCEG量は、そのまま4-ヒドロキシ安息香酸や6-ヒドロキシ-2-ナフトエ酸を定量することで求められ、テレフタル酸やイソフタル酸や2,6-ナフタレンジカルボン酸といった二価のカルボン酸由来のCEG量は、テレフタル酸モノn-プロピルアミドやイソフタル酸モノn-プロピルアミドや2,6-ナフタレンジカルボン酸モノn-プロピルアミドといった片方のカルボキシ基がアミド化した物質を定量することで求められる。各試料が含む全てのカルボキシ末端量の合計を、その試料の全カルボキシ末端量(全CEG量)(meq/kg)とした。
【0090】
(全片末端量)
上記の全CEG量の測定と同様に、液晶ポリエステル繊維試料にn-プロピルアミンを用いて分解し、ヒドロキシカルボン酸由来のカルボキシ末端量、およびヒドロキシカルボン酸由来の末端のカルボキシ基が脱炭酸反応して生じる末端量の合計量(meq/kg)を定量した。例えば、4-ヒドロキシ安息香酸由来の末端量は、4-ヒドロキシ安息香酸およびフェノールを定量することで求められ、6-ヒドロキシ-2-ナフトエ酸由来の末端量は、6-ヒドロキシ-2-ナフトエ酸および2-ナフトールを定量することで求められる。ヒドロキシカルボン酸以外のジオールやジカルボン酸由来等の末端量を考慮するために、ヒドロキシカルボン酸由来の末端量の合計を、当該試料の液晶ポリエステル中のヒドロキシカルボン酸由来の構成単位のモル比で除した値を、その試料の全片末端量とした。
【0091】
(ケトン結合量)
ケトン結合量は、Polymer Degradation and Stability、76、85-94(2002)に記載される、熱分解ガスクロマトグラフィー法によって算出した。具体的には、熱分解装置(フロンティア・ラボ株式会社製、「PY2020iD」)を用いて、液晶ポリエステル繊維試料を水酸化テトラメチルアンモニウム(TMAH)共存下で加熱し、熱分解/メチル化によりガスを発生させた。このガスをガスクロマトグラフィー(アジレント・テクノロジー株式会社製、「GC-6890N」)を用いて分析し、ケトン結合に由来するピーク面積およびエステル結合に由来するピーク面積からケトン結合量(mol%)を算出した。
【0092】
(耐熱老化性)
糸条サンプルに80T/mのZ方向の撚りを掛けたのち、大栄科学精器製作所製検尺器「Wrap Reel by Motor Driven」を用いて液晶ポリエステル繊維を1周1m×50周(計50m)のカセに巻いた。ヤマト科学株式会社製熱風乾燥機「DN63HI」を用いて空気雰囲気下、250℃で加熱した。カセは1サンプルあたり2個作製し、1個の加熱時間は100時間とし、もう1個は300時間とした。加熱の際、カセは炉内上寄りに渡した任意の金属棒に掛けて、金属棒との接触点以外に接触箇所の無い状態とした。加熱後のサンプルは、金属棒との接触点以外の部分を用いて上述の方法で平均引張強力(cN)を測定した。この値を耐熱老化性試験の加熱前の平均引張強力(cN)で割った比に100を掛けた値を、250℃における100時間および300時間の強力保持率(%)とした。
【0093】
[実施例1]
下記式で示した構成単位(A)と(B)が(A)/(B)=73/27(mol比)で、アルカリ金属、アルカリ土類金属の含有率が合計10重量ppm以下である液晶ポリエステル樹脂(α)(Mp:281℃)のチップ(粒状成型体)に対して、重合触媒として酢酸銅(I)(富士フイルムワコーケミカル株式会社製、融点271℃)粉末を銅原子換算で50重量ppm(樹脂チップおよび重合触媒の合計量に対する銅元素含有量)になるように加え、振とう装置でよく混ぜた。こうして得た樹脂チップと重合触媒のブレンド物を120℃で4時間以上熱風乾燥させたのち、Φ15mm二軸押出機(株式会社テクノベル製、「KZW15TW-45MG-NH(-700)」)にてヒーター温度300℃で溶融押出を行い、ギアポンプで計量しつつ紡糸頭に樹脂組成物を供給した。このとき二軸押出機の途中のベント部より金属管を介して減圧ポンプ(オリオン機械株式会社製ドライポンプ、「KRF40A-V-01B」)を接続し、二軸押出機内の樹脂組成物非充満空間を60kPaまで減圧を行った。またこのときの押出機出口から紡糸頭の温度は310℃とした。紡糸頭には孔径0.125mmφ、ランド長0.175mm、孔数50個の紡糸口金を備え、吐出量28g/分で樹脂組成物を吐出し、巻き取り速度1000m/分でボビンに巻き取り液晶ポリエステル繊維の紡糸原糸を得た。この際、紡糸口金直下に配置したオイリングガイドから、2重量%のドデシルリン酸ナトリウム(富士フイルム和光純薬工業株式会社製、和光一級)水溶液を紡糸原糸に付与した。この水溶液の付与量は1.4g/分であり、紡糸原糸に対するドデシルリン酸ナトリウムの付着比率は計算上0.1重量%であった。
【0094】
【化8】
【0095】
次に、ここで得られた紡糸原糸4kgを、巻密度0.6g/cmになるようアルミニウム製ボビンに巻き返し、密閉型オーブンを用いて窒素雰囲気下で25℃から250℃まで2時間で昇温し、250℃で3時間熱処理を行い、250℃から25℃まで2時間で降温し、液晶ポリエステル長繊維の熱処理糸を得た。得られた液晶ポリエステル繊維(紡糸原糸および熱処理糸)の分析結果を表5に示す。
【0096】
[実施例2]
ヨウ化銅(I)(富士フイルム和光純薬株式会社製、試薬特級)と、ヨウ化銅(I)と等モル量の1,10-フェナントロリン(富士フイルムワコーケミカル社製)の2種類の試薬を、ヨウ化銅(I)1モルに対し5Lのアセトニトリル(富士フイルム和光純薬株式会社製、試薬特級)に加え、懸濁液の状態で攪拌を1時間行ったのち、ろ過し、100℃で3時間乾燥を行い、橙色の固体(融点300℃)を得た。
この固体を酢酸銅(I)の代わりの重合触媒として、銅原子換算で50重量ppmになるように使用した以外は実施例1と同様にして液晶ポリエステル繊維の紡糸原糸および熱処理糸を得た。得られた液晶ポリエステル繊維(紡糸原糸および熱処理糸)の分析結果を表5に示す。
【0097】
[実施例3]
酢酸銅(I)の代わりの重合触媒として酢酸銅(II)(富士フイルム和光純薬株式会社製、和光一級、融点115℃)を銅原子換算で50重量ppmになるように加えた以外は実施例1と同様にして液晶ポリエステル繊維の紡糸原糸および熱処理糸を得た。得られた液晶ポリエステル繊維(紡糸原糸および熱処理糸)の分析結果を表5に示す。
【0098】
[実施例4]
硫酸銅(II)五水和物(富士フイルム和光純薬株式会社製、試薬特級)と、硫酸銅(II)五水和物に対し2倍モル量の1,10-フェナントロリン(富士フイルムワコーケミカル社製)の2種類の試薬を、硫酸銅(II)五水和物1モルに対し5Lのアセトニトリル(富士フイルム和光純薬株式会社製、試薬特級)に加え、懸濁液の状態で攪拌を1時間行ったのち、ろ過し、100℃で3時間乾燥を行い、青色の固体(融点294℃)を得た。
この固体を酢酸銅(I)の代わりの重合触媒として、銅原子換算で50重量ppmになるように使用した以外は実施例1と同様にして液晶ポリエステル繊維の紡糸原糸および熱処理糸を得た。得られた液晶ポリエステル繊維(紡糸原糸および熱処理糸)の分析結果を表5に示す。
【0099】
[実施例5]
酢酸銅(I)の代わりの重合触媒として酢酸コバルト(II)四水和物(富士フイルム和光純薬株式会社製、和光特級、融点194℃)をコバルト原子換算で50重量ppmになるように加えた以外は実施例1と同様にして液晶ポリエステル繊維の紡糸原糸および熱処理糸を得た。得られた液晶ポリエステル繊維(紡糸原糸および熱処理糸)の分析結果を表5に示す。
【0100】
[実施例6]
酢酸銅(I)の代わりの重合触媒として酢酸パラジウム(II)(富士フイルム和光純薬株式会社製、和光特級、融点205℃)をパラジウム原子換算で50重量ppmになるように加えた以外は実施例1と同様にして液晶ポリエステル繊維の紡糸原糸および熱処理糸を得た。得られた液晶ポリエステル繊維(紡糸原糸および熱処理糸)の分析結果を表5に示す。
【0101】
[実施例7]
酢酸銅(I)を樹脂に加える重量比率を銅原子換算で5重量ppmにした以外は実施例1と同様にして液晶ポリエステル繊維の紡糸原糸および熱処理糸を得た。得られた液晶ポリエステル繊維(紡糸原糸および熱処理糸)の分析結果を表5に示す。
【0102】
[実施例8]
酢酸銅(I)を樹脂に加える重量比率を銅原子換算で500重量ppmにした以外は実施例1と同様にして液晶ポリエステル繊維の紡糸原糸および熱処理糸を得た。得られた液晶ポリエステル繊維(紡糸原糸および熱処理糸)の分析結果を表5に示す。
【0103】
[実施例9]
実施例1に記載の液晶ポリエステル樹脂(α)のチップ(粒状成型体)に対して、重合触媒として酢酸銅(I)(富士フイルムワコーケミカル株式会社製、融点271℃)粉末を銅原子換算で500重量ppmになるように加え、振とう装置でよく混ぜた。こうして得た樹脂チップと重合触媒のブレンド物を120℃で4時間以上熱風乾燥させたのち、Φ15mm二軸押出機(株式会社テクノベル製、「KZW15TW-45MG-NH(-700)」)にてヒーター温度300℃で溶融押出を行い、ギアポンプで計量しつつ先端ダイスに樹脂組成物を供給した。このとき二軸押出機の途中のベント部より金属管を介して減圧ポンプ(オリオン機械株式会社製ドライポンプ、「KRF40A-V-01B」)を接続し、二軸押出機内の樹脂組成物非充満空間を60kPaまで減圧を行った。またこのときの押出機出口から先端ダイスの温度は310℃とした。先端ダイスではφ3mmの円形孔から吐出量28g/分で樹脂が棒状に吐出され、巻き取り速度5m/分でこれを引き取りつつ、長径5mm以下になるよう回転カッターで棒状樹脂組成物をカットすることで樹脂組成物チップを得た。こうして得た樹脂組成物チップ(銅元素500重量ppm相当混合)と、液晶ポリエステル樹脂(α)のチップとを、重量比1:9で混合し、振とう装置でよく混ぜ、120℃で4時間以上熱風乾燥させた。こうして得た2種類のチップのブレンド品を、Φ15mm二軸押出機(株式会社テクノベル製、「KZW15TW-45MG-NH(-700)」)にてヒーター温度300℃で溶融押出を行い、ギアポンプで計量しつつ紡糸頭に樹脂組成物を供給した。このとき二軸押出機の途中のベント部より金属管を介して減圧ポンプ(オリオン機械株式会社製ドライポンプ、「KRF40A-V-01B」)を接続し、二軸押出機内の樹脂組成物非充満空間を60kPaまで減圧を行った。またこのときの押出機出口から紡糸頭の温度は310℃とした。紡糸頭には孔径0.125mmφ、ランド長0.175mm、孔数50個の紡糸口金を備え、吐出量28g/分で樹脂組成物を吐出し、巻き取り速度1000m/分でボビンに巻き取り液晶ポリエステル繊維の紡糸原糸を得た。この際、紡糸口金直下に配置したオイリングガイドから、2重量%のドデシルリン酸ナトリウム(富士フイルム和光純薬工業株式会社製、和光一級)水溶液を紡糸原糸に付与した。この水溶液の付与量は1.4g/分であり、紡糸原糸に対するドデシルリン酸ナトリウムの付着比率は計算上0.1重量%であった。
次に、ここで得られた紡糸原糸4kgを、巻密度0.6g/cmになるようアルミニウム製ボビンに巻き返し、密閉型オーブンを用いて窒素雰囲気下で25℃から250℃まで2時間で昇温し、250℃で3時間熱処理を行い、250℃から25℃まで2時間で降温し、液晶ポリエステル長繊維の熱処理糸を得た。得られた液晶ポリエステル繊維(紡糸原糸および熱処理糸)の分析結果を表5に示す。
【0104】
[実施例10]
孔径0.100mmφ、ランド長0.140mm、孔数100個の紡糸口金を用いたこと以外は実施例1と同様にして紡糸原糸を得た。その後、実施例1と同様に熱処理を行い、熱処理糸を得た。得られた液晶ポリエステル繊維(紡糸原糸および熱処理糸)の分析結果を表5に示す。
【0105】
[実施例11]
孔径0.150mmφ、ランド長0.210mm、孔数20個の紡糸口金を用いたこと以外は実施例1と同様にして紡糸原糸を得た。その後、実施例1と同様に熱処理を行い、熱処理糸を得た。得られた液晶ポリエステル繊維(紡糸原糸および熱処理糸)の分析結果を表5に示す。
【0106】
[実施例12]
孔径0.125mmφ、ランド長0.175mm、孔数20個の紡糸口金を用いたこと、吐出量11.0g/分で樹脂組成物を吐出したこと、およびオイリングガイドからのドデシルリン酸ナトリウム水溶液の付与量を0.55g/分にしたこと以外は実施例1と同様にして紡糸原糸を得た。その後、実施例1と同様に熱処理を行い、熱処理糸を得た。得られた液晶ポリエステル繊維(紡糸原糸および熱処理糸)の分析結果を表5に示す。
【0107】
[実施例13]
実施例1に記載の液晶ポリエステル樹脂(α)ではなく、下記式で示した各構成単位のmol比が(A)/(C)/(D)/(E)=65/10/5/20で、アルカリ金属、アルカリ土類金属の含有率が合計10重量ppm以下である液晶ポリエステル樹脂(β)(Mp:348℃)を使用し、溶融押出を行う際の押出機ヒーター温度を360℃、押出機出口から紡糸頭の温度を360℃とした以外は、実施例1と同様にして紡糸原糸を得た。その後、密閉型オーブンを用いた紡糸原糸の熱処理温度を290℃とした以外は、実施例1と同様にして熱処理糸を得た。得られた液晶ポリエステル繊維(紡糸原糸および熱処理糸)の分析結果を表5に示す。
【0108】
【化9】
【0109】
[実施例14]
実施例1に記載の液晶ポリエステル樹脂(α)ではなく、下記式で示した各構成単位のmol比が(A)/(C)/(D)/(E)/(F)=54/15/8/16/7で、アルカリ金属、アルカリ土類金属の含有率が合計10重量ppm以下である液晶ポリエステル樹脂(γ)(Mp:315℃)を使用し、溶融押出を行う際の押出機ヒーター温度を340℃、押出機出口から紡糸頭の温度を350℃とした以外は、実施例1と同様にして紡糸原糸を得た。その後、密閉型オーブンを用いた紡糸原糸の熱処理温度を260℃とした以外は、実施例1と同様にして熱処理糸を得た。得られた液晶ポリエステル繊維(紡糸原糸および熱処理糸)の分析結果を表5に示す。
【0110】
【化10】
【0111】
[実施例15]
橙色の固体(ヨウ化銅(I)、1,10-フェナントロリン)を樹脂に加える重量比率を銅原子換算で10重量ppmにした以外は実施例2と同様にして液晶ポリエステル繊維の紡糸原糸および熱処理糸を得た。得られた液晶ポリエステル繊維(紡糸原糸および熱処理糸)の分析結果を表5に示す。
【0112】
[実施例16]
橙色の固体(ヨウ化銅(I)、1,10-フェナントロリン)を樹脂に加える重量比率を銅原子換算で20重量ppmにした以外は実施例2と同様にして液晶ポリエステル繊維の紡糸原糸および熱処理糸を得た。得られた液晶ポリエステル繊維(紡糸原糸および熱処理糸)の分析結果を表5に示す。
【0113】
[実施例17]
橙色の固体(ヨウ化銅(I)、1,10-フェナントロリン)を樹脂に加える重量比率を銅原子換算で30重量ppmにした以外は実施例2と同様にして液晶ポリエステル繊維の紡糸原糸および熱処理糸を得た。得られた液晶ポリエステル繊維(紡糸原糸および熱処理糸)の分析結果を表5に示す。
【0114】
[実施例18]
橙色の固体(ヨウ化銅(I)、1,10-フェナントロリン)を樹脂に加える重量比率を銅原子換算で70重量ppmにした以外は実施例2と同様にして液晶ポリエステル繊維の紡糸原糸および熱処理糸を得た。得られた液晶ポリエステル繊維(紡糸原糸および熱処理糸)の分析結果を表5に示す。
【0115】
[実施例19]
橙色の固体(ヨウ化銅(I)、1,10-フェナントロリン)を樹脂に加える重量比率を銅原子換算で100重量ppmにした以外は実施例2と同様にして液晶ポリエステル繊維の紡糸原糸および熱処理糸を得た。得られた液晶ポリエステル繊維(紡糸原糸および熱処理糸)の分析結果を表5に示す。
【0116】
[実施例20]
橙色の固体(ヨウ化銅(I)、1,10-フェナントロリン)を樹脂に加える重量比率を銅原子換算で150重量ppmにした以外は実施例2と同様にして液晶ポリエステル繊維の紡糸原糸および熱処理糸を得た。得られた液晶ポリエステル繊維(紡糸原糸および熱処理糸)の分析結果を表5に示す。
【0117】
[比較例1]
重合触媒を混合せず、液晶ポリエステル樹脂(α)のチップ単体を原料として紡糸を行った以外は実施例1と同様にして液晶ポリエステル繊維の紡糸原糸および熱処理糸を得た。得られた液晶ポリエステル繊維(紡糸原糸および熱処理糸)の分析結果を表5に示す。
【0118】
[比較例2]
酢酸銅(I)の代わりの重合触媒として酢酸カリウム(富士フイルム和光純薬株式会社製、試薬特級)をカリウム原子換算で50重量ppmになるように加えた以外は実施例1と同様にして液晶ポリエステル繊維の紡糸原糸および熱処理糸を得た。得られた液晶ポリエステル繊維(紡糸原糸および熱処理糸)の分析結果を表5に示す。
【0119】
[比較例3]
酢酸銅(I)の代わりの重合触媒としてN,N-ジメチル-4-アミノピリジン(DMAP)(富士フイルム和光純薬株式会社製、和光特級)を重量比1wt%で加えた以外は実施例1と同様にして液晶ポリエステル繊維の紡糸原糸および熱処理糸を得た。得られた液晶ポリエステル繊維(紡糸原糸および熱処理糸)の分析結果を表5に示す。
【0120】
[比較例4]
酢酸銅(I)の代わりの重合触媒として酢酸カリウム(富士フイルム和光純薬株式会社製、試薬特級)をカリウム原子換算で50重量ppmになるように加えた以外は実施例13と同様にして液晶ポリエステル繊維の紡糸原糸および熱処理糸を得た。得られた液晶ポリエステル繊維(紡糸原糸および熱処理糸)の分析結果を表5に示す。
【0121】
[比較例5]
酢酸銅(I)の代わりの重合触媒として酢酸カリウム(富士フイルム和光純薬株式会社製、試薬特級)をカリウム原子換算で50重量ppmになるように加えた以外は実施例14と同様にして液晶ポリエステル繊維の紡糸原糸および熱処理糸を得た。得られた液晶ポリエステル繊維(紡糸原糸および熱処理糸)の分析結果を表5に示す。
【0122】
【表5】
【0123】
表5に示すように、実施例1~20の紡糸原糸は、特定の金属元素を含んでいるため、その触媒作用により、低温かつ短時間での熱処理で高強度の熱処理糸を得ることができている。さらに、実施例1~20で使用している特定の金属元素は、固相重合における反応を選択的に進行させることができ、強度低下をもたらす副反応の進行を抑制できるため、得られた熱処理糸は耐熱老化性に優れる。
【0124】
一方、比較例1の紡糸原糸は、触媒を含有していないため、低温かつ短時間での熱処理では十分に固相重合が進行しておらず、高強度の熱処理糸が得られていない。一方で、耐熱老化性試験では、当該試験における加熱により固相重合が進行し、強度が高くなっている。
【0125】
比較例3の紡糸原糸は、液晶ポリエステルを合成する重合触媒として使用されている有機触媒を含有しているが、溶融紡糸時に熱分解したためか、触媒を含有していない比較例1と同様に、低温かつ短時間での熱処理では十分に固相重合が進行しておらず、高強度の熱処理糸が得られていない。一方で、耐熱老化性試験では、当該試験における加熱により固相重合が進行し、強度が高くなっている。
【0126】
比較例2、4および5では、アルカリ金属を含有しており、低温かつ短時間での熱処理で高強度の熱処理糸を得ることができているものの、触媒として固相重合における反応だけでなく副反応も進行させるため、耐熱老化性試験では、実施例1~20の熱処理糸より強度の低下が顕著に表れ、耐熱老化性に劣っている。
【産業上の利用可能性】
【0127】
本発明の液晶ポリエステル繊維は、ロープ、ネット、漁網、スリングベルト、テンションメンバー等の各種繊維製品として使用することができる。
【0128】
以上のとおり、本発明の好適な実施形態を説明したが、本発明の趣旨を逸脱しない範囲で、種々の追加、変更または削除が可能であり、そのようなものも本発明の範囲内に含まれる。