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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-10-24
(45)【発行日】2024-11-01
(54)【発明の名称】電子ビームエミッタの動作方法
(51)【国際特許分類】
   H01J 37/06 20060101AFI20241025BHJP
【FI】
H01J37/06
【請求項の数】 7
(21)【出願番号】P 2023100160
(22)【出願日】2023-06-19
(62)【分割の表示】P 2021102332の分割
【原出願日】2017-06-20
(65)【公開番号】P2023113970
(43)【公開日】2023-08-16
【審査請求日】2023-06-19
(31)【優先権主張番号】62/356,738
(32)【優先日】2016-06-30
(33)【優先権主張国・地域又は機関】US
(31)【優先権主張番号】15/217,158
(32)【優先日】2016-07-22
(33)【優先権主張国・地域又は機関】US
(73)【特許権者】
【識別番号】500049141
【氏名又は名称】ケーエルエー コーポレイション
(74)【代理人】
【識別番号】110001210
【氏名又は名称】弁理士法人YKI国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】シュルツ ウイリアム ジー
(72)【発明者】
【氏名】デルガド ギルダード
(72)【発明者】
【氏名】ヒル フランシス
(72)【発明者】
【氏名】ガルシア エドガード
(72)【発明者】
【氏名】ガルシア ルディ
【審査官】右▲高▼ 孝幸
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2014/007121(WO,A1)
【文献】米国特許出願公開第2002/0000548(US,A1)
【文献】特表2012-505521(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01J 37/06
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
金属ホウ化物素材を含有するエミッタであり、全体として半球又は放物面形状の丸みのある端部を有し、前記丸みのある端部は、曲がった外表面までの1μm以下の半径を有し、かつ、1μm未満の平坦な放出ファセットを有するエミッタを、準備するステップと、
上記エミッタに電界を印加するステップと、
上記エミッタの前記平坦な放出ファセットから平行化された電子ビームを発生させるステップと、
前記電子ビームを発生させるステップの間に、380K~1000Kまで前記丸みのある端部を加熱し、これにより揮発種を除去し、かつトンネリング距離を縮小して電子エネルギを増大させるステップと、
を有する方法。
【請求項2】
請求項1に記載の方法であって、上記発生が10-9Torr以下の動作圧で起こる方法。
【請求項3】
請求項1に記載の方法であって、上記発生が10-11Torr以下の動作圧で起こる方法。
【請求項4】
請求項1に記載の方法であって、上記金属ホウ化物素材に、アルカリ金属、アルカリ土類金属、遷移金属、ランタニド及びアクチニドからなるリストから選定された種が含まれる方法。
【請求項5】
請求項1に記載の方法であって、上記金属ホウ化物素材が金属六ホウ化物素材である方法。
【請求項6】
請求項1に記載の方法であって、上記金属ホウ化物素材にLaB が含まれる方法。
【請求項7】
請求項1に記載の方法であって、上記金属ホウ化物素材が<100>なる結晶方位を有する方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本件開示は、ホウ素化合物から製造された電子エミッタに関する。
【背景技術】
【0002】
(関連出願への相互参照)
本願は、2016年6月30日付米国暫定特許出願第62/356738号に基づく優先権を主張する出願であるので、この参照を以てその開示内容を本願に繰り入れることにする。
【0003】
アルカリ土類及び希土類のホウ素化合物を熱イオン放出(熱電子放出)に用いることができる。これらの素材の物理及び化学特性からすれば、ホウ素化合物カソードはタングステン製熱電子カソードに優るものとなる。六ホウ化ランタン(LaB)カソードは、走査型電子顕微鏡(SEM)装置、透過型電子顕微鏡、電子ビームリソグラフィシステムその他の電子光学システムにて熱イオン的電子エミッタ向けに用いられている。電子光学システムの性能、特に低ビームエネルギでのそれが底上げされるとはいえ、こうしたホウ素化合物カソードでは酸化関連損傷を減らすための厄介な真空テクノロジ的改修が必須であった。
【0004】
ホウ素化合物例えばLaBは、通常のカソード動作温度ではオキシダント及び水蒸気と非常に反応しやすい。従来システムでは、コールドトラップ、スパッタイオンポンプ、真空シール、熔接金属ベロウ及び封止テクノロジを用いることで、ホウ素化合物カソード周辺の真空環境が保持されていた。ホウ素化合物製熱電子エミッタでも、放出安定性を実現するための改修が必須であった。例えば、誘電体膜がカソード上に経時蓄積されることを踏まえ、独立ヴェーネルトバイアス電源を利用して有効放出エリアを減らし、カソード端部のみとしていた。純度及び清浄性の問題があるため、ホウ素化合物カソードを用い熱イオン動作を実現するには特定の素材が必要となる。
【0005】
これらの改修を以てしてさえも、LaB用熱電子放出電子銃アセンブリは動作平衡に到達しておらず、内部水蒸気を離脱させるには動作時温度が不十分であった。そのLaBカソード環境内の高分圧水蒸気により、そのカソードに質量損失、浸食及び損傷が引き起こされていた。不適切なカソード動作環境は加速的な質量損失をもたらしかねない。
【0006】
LaBは、トライオード(三極)型電子銃装置内の大放出エリア熱電子エミッタとしては用いられていない。トライオード型電子銃装置では源泉輝度が空間電荷効果により制限される。ヴェーネルト電位は不要な「マルタ十字」状電子放出を防ぐため用いられるものであり、それによりアノードからの引出電位を部分的に遮蔽することができる。熱電子エミッタとして(例.約1800Kにて)用いる場合、カソード素材がホウ化物素材又は形成酸化物の酸化及び昇華を通じた質量損失を被る。その昇華プロセスはカソードの形状及び放出特性に変化をもたらすので、時間を経るにつれそのエミッタ素材の放出面又はバルクの諸部分が失われることがある。昇華又は蒸発した酸化物が絶縁膜となり、その光学系の不安定性に荷担することがある。
【0007】
カソードを低温で動作させることで、カソードからのホウ化物素材の質量損失速度を下げることができる。低温ではヴェーネルト電極背面上での素材堆積が減る(例.LaB)。しかしながら、金属(例.La、Hf)その他の希土類ホウ化物カソードエミッタの高真空環境内低温動作により、有機汚染物の分圧に応じ放出面が容易に汚染されることとなりかねない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【文献】米国特許出願公開第2015/0002009号
【文献】米国特許第6387717号
【文献】米国特許出願公開第2011/0101238号
【文献】米国特許出願公開第2006/0226753号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
このように、必要とされているのはより秀逸な金属ホウ化物製電子エミッタである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
第1の態様では装置が提供される。本装置は、金属ホウ化物素材を含有するエミッタを備える。そのエミッタは、少なくとも部分的に丸みのある半径1μm以下の端部を有するものとする。
【0011】
上記金属ホウ化物素材には、アルカリ金属、アルカリ土類金属、遷移金属、ランタニド及びアクチニドからなるリストから選定された種が含まれうる。その金属ホウ化物素材を金属六ホウ化物素材とすることができる。その金属ホウ化物素材にはLaBが含まれうる。その金属ホウ化物素材の結晶方位は<100>とされうる。
【0012】
上記エミッタの放出エリアは1mm未満とされうる。上記丸みのある端部の半径は700nm以下、450nm以下又は100nm以下とされうる。エミッタの放出エリアは1μm未満とされうる。上記少なくとも部分的に丸みのある端部は、平坦な放出ファセット(切り子面)を有するものとされうる。
【0013】
第2の態様では方法が提供される。本方法は、金属ホウ化物素材を含有するエミッタを準備するステップと、そのエミッタに電界を印加するステップと、そのエミッタから電子ビームを発生させるステップと、を有する。そのエミッタは、少なくとも部分的に丸みのある半径1μm以下の端部を有する。
【0014】
上記発生は、極低温(クライオジェニック)電界放出モード、室温電界放出モード、暖温電界放出モード、熱電界モード及び/又はフォトカソードモードで生起しうる。暖温電界放出モードは周囲より高く且つ1000K未満の温度で動作する。
【0015】
上記発生は10-9Torr以下の動作圧又は10-11Torr以下の動作圧で生起しうる。
【0016】
第3の態様では方法が提供される。本方法は、単結晶ロッドから素材を除去することで、金属ホウ化物素材を含有するエミッタを形成するステップを有する。そのエミッタは、少なくとも部分的に丸みのある半径1μm以下の端部を有する。
【0017】
本件開示の性質及び目的についてのより遺漏なき理解のため、以下の添付図面と併せ後掲の詳細記述を参照されたい。
【図面の簡単な説明】
【0018】
図1】本件開示に係る電子放出システムの一実施形態の前面図である。
図2】金属六ホウ化物の分子構造を示す図である。
図3】本件開示に係る方法のフローチャートである。
図4】LaBに関し縮小時輝度を引出電圧と対比する図である。
図5】LaBに関し縮小時輝度を端部頂点電界と対比する図である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
特許請求の範囲記載の主題を特定の諸実施形態により記述するけれども、本願中で説明される長所及び特徴全てを提供しない諸実施形態を含め、他の諸実施形態もまた本件開示の技術的範囲内に存するものとする。様々な構造的、論理的、処理ステップ的及び電子的変更を、本件開示の技術範囲から離隔することなく施すことができる。従って、本件開示の技術的範囲は添付する特許請求の範囲への参照によってのみ定義されるものである。
【0020】
本願記載の諸実施形態により提供されるエミッタは高輝度、良好安定度且つ長寿命なものである。本願記載の如く、従来のホウ化物カソードからエミッタの放出エリアを減らし輝度を向上させることができる。ホウ化物の放出エリアは通常は10~100μmである。熱イオン放出面の輝度は、部分的には放出エリアのサイズにより決定づけられる。例えば、通常のエミッタは20μm直径以上になりうる。本願記載のエミッタは、それらとは違い、1μm未満の放出エリアを有するものとすることができる。放出エリアのサイズ縮小により輝度を数桁ほど高めることができる。本願記載の諸実施形態を既存システムに組み込むこと、ひいては再設計コストを抑えることができる。
【0021】
図1は電子放出システム100の前面図であり、これはエミッタ101及びエミッタ搭載機構102を有している。電子放出システム100は、自電子放出システム100周辺の環境又は空間内へと電子を放出するよう構成されている。エミッタ101は第1部分103、第2部分104及び丸みのある端部(丸端部)105を有している。第1部分103は円柱状とすることができる。丸端部105を除く第2部分104は全体として円錐台状とすることができる。第2部分104は第1部分103の先端上に配置することができる。第1部分103・丸端部105間で第2部分104の幅又は直径にテーパを付すことができる。第1部分103及び第2部分104は全体として丸くすることができるが、第1部分103及び第2部分104に結晶構造によるファセットが設けられることもある。丸端部105は第2部分104の先端上に位置しており、全体として切頭形状にするとよい。丸端部105には少なくとも部分的に、或いは全面的に丸みをつけることができる。本願記載の形状以外の形状にすることもできる。
【0022】
第1部分103のことを、或いは第1部分103及び第2部分104のことを、エミッタ101の“シャフト”と記すことができる。エミッタ101のシャフトはエミッタ搭載機構102により保持されている。
【0023】
エミッタ101、第1部分103、第2部分104又は丸端部105の寸法を変えることができる。エミッタ101のシャフト、或いはエミッタ101それ自体を、長さ及び直径双方に関しナノメートルスケール又はマイクロメートルスケールのものとすることができる。
【0024】
エミッタ搭載機構102の構成を、図1に描かれているものから変えることができる。一例に係るエミッタ搭載機構102では、ヘアピン脚用電極を有するセラミクス製絶縁体上にタングステン製ヘアピンを着座させ、それを用いエミッタ端部が支持される。そのヘアピンを加熱することで、フラッシュクリーニングを実行すること、或いはエミッタ温度を熱電界放出(TFE)値(例.約1800K)まで上げることができる。接地参照電源によりそのエミッタ向けのバイアス電圧、例えば約5kVを供給することができる。
【0025】
電界が電子放出システム100に対し又はそのシステム内で印加される。その電界は帯電プレートその他の技術を用い印加することができる。
【0026】
丸端部105は、電子放出システム100周辺の減圧空間内へと自由電子を放出するよう構成されている。図1中の挿入図に示す如く丸端部105はある半径106を有している。半径106は、丸端部105の中心108から丸端部105のバルク内を通り外表面107までを測ることで求まる。丸端部105の半径106は1μm未満とすることができ、1.0nmに至るどのような値及び範囲としてもよい。例えば、丸端部105の半径106を700nm以下、450nm以下又は100nm以下とすることができる。この半径は0μm超とする。
【0027】
エミッタ101の放出エリアは1μm未満とすることができる。この放出エリアを丸端部105の外表面107の一部とするとよい。
【0028】
丸端部105は均一な丸みを帯びていても不均一な丸みを帯びていてもよい。丸端部105が平坦な放出ファセット109を有していてもよい。例えば、小さな<100>方位ナノフラットの形態を採る平坦放出ファセット109が存していてもよい。この平坦放出ファセット109を用いることで、好適に平行化された電子ビームを発生させることができる。一例に係る平坦放出ファセット109によれば、1μm未満の放出エリアを提供することができる。
【0029】
別例に係る丸端部105は全体として半球又は放物面形状のものである。こうした形状により電子放出をより広範囲に拡げるようにすれば、より小さくてより高輝度な電子小集団をもたらしその電子光学系内に通すことができる。
【0030】
所望の丸端部105を提供するには表面結晶度を制御すればよい。
【0031】
丸端部105の直径を縮小等して丸端部105の半径を変えることで、放出されるビームの輝度が高まる。これはエミッタの縮小時輝度Brであり、
=I/(πrvs ΩVext) 式1
として定義される;但しIは電界放出電流、rvsはその仮想放出源の半径、Ωはそのビームの立体角、Vextは動作電圧である。この輝度等式中の2個のパラメタが、端部直径縮小時に変化する。第1に、端部を小さめにするとその端部での電界の増強度が高めになり、それにより所与電流放出に必要な電圧が低下してVextの値が下がるため、縮小時輝度Bの値が大きくなる。第2に、端部直径が小さいと仮想放出源サイズrvsが小さめになるため、縮小時輝度Bの値が大きくなる。
【0032】
1μm未満又はナノメートルスケールの半径を有する丸端部105を用いることで輝度が高まる。輝度は、通常、半径が小さくなるにつれ高まる;電子がより小さな表面積から放出されるからである。半径100nm未満のホウ化物製エミッタなら更に高い輝度値が実現されよう。例えば、半径が5nm、10nm、25nm、50nm及び100nmの場合、エミッタの放出表面積は順に約160nm、630nm、3930nm、15710nm及び62830nmとなる。
【0033】
丸端部105の放出エリアを1mm未満とすることができる。丸端部105の放出エリアが、その丸端部105の全表面積に対応していてもその丸端部105の一部表面積に対応していてもよい。例えば、放出エリアが平坦放出ファセット109に対応していてもよい。
【0034】
エミッタ101は金属ホウ化物素材から製作することができる。例えば、その金属ホウ化物素材を、図2に示したそれの如き金属六ホウ化物素材とすることができる。図2では金属が大きな球Mで表され、ホウ素が小さな球Bで表されている。金属ホウ化物素材中の金属には、アルカリ金属、アルカリ土類金属、遷移金属、ランタニド及びアクチニドからなるリストから選定された種を含めることができる。このエミッタは、本願記載の金属ホウ化物素材を構成要素とし、それのみで構成され、或いは本質的にそれのみで構成されたものとすることができる。
【0035】
一例に係る金属ホウ化物素材は、LaB、CsB、CeB、CaBその他の金属六ホウ化物かそれを含有するものである。その金属ホウ化物素材に、ランタニド族の他の希土類六ホウ化物を含有させてもよい。多くの金属ホウ化物素材がエミッタ内で同様に振る舞う;それら素材それぞれの仕事関数が似ていて、それぞれ表面汚染物質(例.酸素、水)に対し概ね同様に反応し、いずれも通常は熱電子エミッタと同じ概略温度付近で動作するためである。とはいえ、金属ホウ化物間には揮発性の違いがある。例えば、CeBはLaBよりも蒸発しにくい。エミッタ101を低温で動作させることで蒸発の影響を減らすことができる。
【0036】
金属六ホウ化物構造には、遷移金属、ランタニド金属等の金属を(図2に示す如く)ホウ素クラスタが取り巻き低い仕事関数をもたらすケージ化構造が含まれている。このケージ化構造が崩れるとその表面における電子密度が損なわれかねない。とはいえ、六ホウ化物構造以外の金属ホウ化物構造でも、許容しうる仕事関数がエミッタにて実現されうる。
【0037】
上記金属ホウ化物素材が超導電性MT素材であってもよい;但しMはSc、Y、Ln、Th又はUであり、TはRu、Os、Co、Rh又はIrである。例えば上記金属ホウ化物素材をCeCoとすることができる。
【0038】
エミッタの輝度は素材の仕事関数に対し逆傾向で増減する。エミッタ素材の縮小時輝度は式1にて定義されている。電界放出電流Iは素材の仕事関数に反比例する。仕事関数値が低いほど電流が大きくなり輝度値が高くなる。仮想放出源サイズrvsは1/4に上昇した仕事関数に反比例するので、仕事関数が低めだと仮想放出源サイズが大きくなるが、電流増加の方が支配的であるため、仕事関数が低めなら合計輝度は高めになる。
【0039】
通常、六ホウ化物のバンドギャップエネルギは約2eVである。通常、高輝度電界放出での許容仕事関数は5eV以下である。六ホウ化物素材例えばLaB又はCeBの仕事関数は3eV未満である。六ホウ化物素材により充足されるもう一つのエミッタ素材電気特性は誘電率である。半導体の誘電体的性質により電界を素材中に浸透させ、エネルギ帯のフェルミピニングを引き起こすことができる。そのフェルミピニング又は縮退により伝導帯がその素材のフェルミ準位よりも下方になり、それにより放出面に(電子密度が高いという)金属的性質が付与される。
【0040】
上記金属ホウ化物素材中の不純物が仕事関数に影響を及ぼしうる。金属ホウ化物素材内不純物準位を選定することで、そのエミッタでの許容仕事関数を実現することができる。
【0041】
上記金属ホウ化物の化学式中に共有及び/又はイオン結合原子、例えばアルカリ金属、アルカリ土類金属、遷移金属、ランタニド又はアクチニド原子を含めることができる。例えば結晶のバルクを共有結合込み、その結晶の表面をイオン結合込みのものとする。他の結晶内結合構成を採ることも可能である。
【0042】
ある例によれば、上記金属ホウ化物素材に別々の金属ホウ化物の組合せを含めることができる。
【0043】
丸端部105における金属ホウ化物の放出面を単結晶素材で形成し、輝度を向上させることができる。アモルファス又は多結晶の金属ホウ化物素材を用いてもよい。一例に係る金属ホウ化物素材は全面的に結晶質なものである。別の例に係る金属ホウ化物素材は部分的に結晶質なものである。
【0044】
エミッタ101における金属ホウ化物素材の結晶方位を、図2に示す如く<100>とすることができる。<100>なる結晶方位は、LaBにて仕事関数が最低となる方位の一つである。約3.0eV未満の仕事関数を呈する別の結晶方位を用いてもよい。例えば<310>面は熱的に安定であり、LaBのどの単結晶面でも2.50eVなる最低の仕事関数を呈する。仕事関数の昇順では、LaBの結晶方位は(210)、(100)、(110)、(111)及び(211)となる。例えばLaB結晶方位が(100)、(110)、(111)及び(210)なら、順に2.3eV、2.5eV、3.3eV及び2.2eVなる仕事関数がもたらされる。高い仕事関数を呈する方位は、熱的にあまり安定でなく成長中に再秩序化が生じうるため、成長させるのが難しかろう。非立方面も炭素汚染を被りやすいであろう。
【0045】
電子は、この電子放出システム100に対し電界を印加することで生成される。図3に示すように、200では半径1μm以下の丸端部を有する金属ホウ化物素材含有エミッタが準備される。201ではそのエミッタに電界が印加される。202ではそのエミッタから電子ビームを発生させる。
【0046】
用いる引出電圧は約0.5kV~10kVとすればよく、0.1kVに至るどのような値、どのような範囲としてもよい。例えば、引出電圧を約1kV~10kV又は約1.5kV~10kVにするとよい。
【0047】
金属ホウ化物素材用電界は約1V/nm~4V/nmの範囲内とすること、例えば0.1V/nmに至るどのような値、どのような範囲としてもよい。1V/nm~4V/nmなる範囲の電界が、とりわけその仕事関数が3eVに達する金属ホウ化物素材では有用であるが、他の電界値にすることも可能である。
【0048】
ある例によれば、LaB製エミッタにて用いられる引出電圧は約1.5kV~10kVの範囲内、電界が約1V/nm~3V/nmの範囲内とされよう。ある例ではその電界が約1.4V/nm~2.5V/nmの範囲内とされる。
【0049】
エミッタの安定度は制御することができる。丸端部105が通常のシステムよりも小さいが、丸端部105の面積又は半径が小さめであるということは、小さめの粒子又は誤差でも不安定が引き起こされうるということである。故に、電子放出システム100を超清浄高真空又はそれより良好なところ(例.合計分圧が1E-9Torr未満の放出チャンバ環境)で動作させることで、高輝度及び長寿命を併せ実現することが可能となる。より高い圧力に関わる他の真空パラメタを、安定度、輝度及び/又は寿命の許容値と併用してもよい。図4及び図5には、丸端部付LaB製エミッタの輝度と、様々な動作温度での印加バイアス電圧及びエミッタ端部頂点電界との関係が、プロットされている。このモデル化結果からわかるように、10A/(sr・m・V)なる縮小時輝度に、半径1μm以下のエミッタ端部で以て到達することができる。
【0050】
超清浄高真空環境内での動作は、LaBをはじめとする金属ホウ化物製エミッタにて優れた結果をもたらすものである。LaB製エミッタにおける質量損失の大半は、貧弱な真空が原因で高分圧の反応性ガスがエミッタ環境内に生じることに由来している。超清浄高真空動作では、小直径エミッタ構造の蒸発又は昇華を通じた質量損失が減少し、より安定な動作、より長いエミッタ寿命が実現されることとなろう。
【0051】
本願記載の金属ホウ化物製エミッタは様々な動作モード、例えば極低温電界放出モード、室温電界放出モード、暖温電界放出モード、熱電界モード又はフォトカソードモードで動作するよう構成することができる。それらのモードの組合せも、本願記載の金属ホウ化物製エミッタを用い実行されうる。その金属ホウ化物製エミッタを特定のモード向けに最適化してもよいし、個々のモードで用いられるパラメタをその金属ホウ化物製エミッタ向けに仕立て上げることもできる。例えば丸端部の寸法をモード毎に変えてもよい。
【0052】
極低温、低温、暖温又はショットキー放出では、半径100nm未満が望ましかろう。フォトカソードの場合、そのホウ化物製エミッタを、ナノチップ(ナノ端部)エミッタとすることやその粗さがオングストロームスケールの平坦面を有するものとすることができよう。エミッタにより吸収される光子はその素材のエネルギバンドギャップにマッチするものとなりうる。
【0053】
いずれの電界放出モードでも電界が電子放出システムに対し又はその内部で印加され、例えばそれが電極を用い正の高電圧で以て行われる。この正高電圧により電子が吸引されるため、一部の電子がエミッタの表面から離脱する。印加電界が十分に高く、丸端部対真空界面上の電位障壁を下げるに足る場合、電子が表面障壁をトンネリングし、バイアスされているアノードへと進行することとなろう(即ち量子力学的トンネリング)。
【0054】
極低温電界放出モードでの動作温度は約0K~300K未満となろう。そのシステムの温度は、動作中はエミッタの温度以下となる。極低温電界放出には、放出電子のエネルギ分布を抑えられる見込みがある。エネルギ拡散(ΔE)を、そのエミッタにおけるフェルミディラック分布を狭めることで減らすことができる。極低温電界放出モードに周期的温度フラッシングを組み入れ、放出を安定に保つようにするとよい。
【0055】
1μm未満又はナノメートルスケールの半径を有する丸端部105を極低温電界放出で以て用いることで、輝度を高めると共に、典型的なエミッタ温度、例えば約100℃~200℃なるエミッタ温度での安定性を提供することができる。
【0056】
MT製金属ホウ化物素材を極低温で以て用い、超導電特性を提供することができる。
【0057】
室温電界放出は一般に65゜F~100゜F(18℃~38℃)にて動作する。室温電界放出動作モードでは、極低温電界放出と異なり除熱用ハードウェアが不要となりうるため、実施コストをより低くすることができる。
【0058】
暖温電界放出モードは、周囲より高く且つ1000K未満の温度にて、或いは周囲より高くそのシステムでの熱電子放出検出可能温度より低い温度にて動作する。エミッタ温度は、そのシステムの温度と、そのシステムでの熱電子放出検出可能温度と、の間となる。暖温電界放出モードによれば、伝導帯内電子がより多数であるため電流変動の低減を実現してバルク内電子正孔相互作用を減らすことができ、及び/又は、エミッタ端部における射突分子の滞留時間をより短くすることができる。暖温電界放出の長所は、不要射突分子(例.HO、H、CO、CO、O、N又は炭化水素)の結合エネルギが下がり、その結果それら分子のエミッタ表面上での滞留時間が縮まることに由来している。
【0059】
熱電界放出モードでは、低めの引出電圧を用い同じ輝度、例えば室温電界放出モードと同じ輝度を達成することができる。熱電界放出モードにおけるエミッタ温度は約1800Kとなりうる。エミッタの丸端部の半径は、熱電界放出モードでは0.5μm~1μmがよいが、他の半径にすることもできる。熱電界放出ではより高エネルギな電子が放出に供されるが、その引き替えに、熱エネルギスペクトラムの付加が原因でエネルギ拡散が増大する。熱電界放出モードの長所の一つは、吸着物の滞留時間をかなり縮めることができ、従ってビーム電流中の高周波ノイズが減ることにある。その電子光学系を然るべく構成すればエネルギ拡散を減らすことができる。
【0060】
フォトカソードモードでは、ある周波数の光がエミッタ上に落入する。光電放出が生じて電子流が発生する。即ち、光子が吸収され、電子がエミッタの表面へと移動し、それら電子が真空へと脱出する。これは、他の電界放出モードと併せて実行することも分けて実行することもできる。
【0061】
ある種のレティクル及びウェハ検査アプリケーションでは、電子源に対し、可能な限り高い縮小時輝度Br(ビームエネルギで以て正規化された輝度)を呈すること、並びに可能な限りエネルギ拡散(ΔE)が少なく1%未満なる安定性を全検査期間に亘り呈することが、求められる。電界式エミッタの高周波電流変動の一因は、真空中での残留気体分子の定常的な吸着/脱離である。その二乗平均平方根ノイズは放出表面積の1.5乗に反比例する。端部半径を小さくすると、同じ真空条件下でもより強いノイズが発生する可能性がある。真空度が低い方がノイズを減らせる。放出中にある温度(例.約380K~1000K)まで丸端部を加熱し、それにより揮発種を除去してその表面上での揮発種残留を妨げること(分子滞留時間を縮めること)、並びに放出面を清浄に保つことでも、安定な放出を実現することができる。エミッタを加熱することで、更に、トンネリング距離が縮まり電子エネルギが増すため、電界放出を起こしやすくなる。とはいえ、エミッタを加熱するとエネルギが拡散すること、即ちエネルギ拡散が大きめになることがありうる。
【0062】
フォトカソード電界放出併用モードでは、次のプロセスを生起させることができる。光子が吸収され、電子が伝導帯内に集合し、そして電子が表面へと移動する。熱がエミッタに印加され、電子が印加電界で以て真空へと脱出する。通常、光子エネルギには、十分に高くて電子を伝導帯へと励起しうること、それでいてイオン化エネルギよりは低いことが、求められる。レーザ送給最適化時にレーザ侵入深さを考慮する必要があろう。
【0063】
いずれの放出モードでも、金属ホウ化物素材の蒸発速度によっては、典型的なショットキー放出温度にて小端部半径電界電子エミッタとして用いること(例.1500K超での動作)が、適わないことがある。寿命及び安定性を最適にするため、熱力学プロセス間物理的バランスを用いることや、印加引出電界による先鋭化を用いることができる。
【0064】
ホウ化物電界放出エミッタの最適合計動作圧は、極低温電界放出、室温電界放出、暖温電界放出又はフォトカソードモードでは10-9Torr以下となる。この動作圧は、真空関連分子(例.HO、H、CO、CO、O、N又は炭化水素)の分圧全てを総和したものである。Hでは分圧限界が10-12Torrとなるであろうし、一方で他のいずれの分子でも、分圧は10-10Torr未満とすればよい。
【0065】
動作圧を動作モードにより変えてもよい。例えば、動作圧を放出機構及び表面活性化エネルギにより変えてもよい。熱電界放出モードは10-9Torr以下で動作させればよい。極低温電界放出モードは10-10Torr以下で動作させればよい。極低温電界放出モードもまた10-11Torr以下で動作させればよい。
【0066】
熱電界放出では、付加された熱エネルギの働きで汚染物が脱離しやすくなるため、圧力に対し低感度となることがある。吸着物に係る結合エネルギが高い場合は、低い圧力を用い吸着物の射突速度を低下させることができる。
【0067】
フォトカソードでは、照明源からの付加エネルギにより、あらゆる表面汚染物質を脱離させる能力が実現されることがあるが、これは使用素材の表面活性化エネルギにより左右されうる。
【0068】
動作圧その他の真空パラメタはエミッタの汚染又は浸食に影響を及ぼす。エミッタ周囲環境における粒子数増加、例えば水蒸気その他の粒子により引き起こされたそれは、加速的な質量損失につながりかねない。高仕事関数面のみが引出電界に露出されるため、仕事関数放出エリアが消失し放出が0付近に落ちることがありうる。放射素材のあらゆるピッティングが結晶方位的に崩れ、仕事関数に影響を及ぼすことがありうる。
【0069】
例えば、炭素薄層が電子流放出面上に形成されている場合、とりわけ低めの動作温度にて、その放出面の炭素質汚染が起こることがありうる。炭素質汚染物質の源泉となりうるものには、真空システム関連の揮発性有機物(例.油又は潤滑剤)、研磨剤又は洗浄剤由来の残留物、綿棒又は布巾由来の残留繊維その他の源泉がある。炭素膜は高仕事関数層付の放出面を汚染させ、放出電流を減少させる。
【0070】
また例えば、水蒸気が原因となりエミッタにて素材の酸化、昇華又は蒸発が起こることがありうる。従って、耐火性又は誘電性素材を他の面、例えば内表面、孔及びアノード表面の上に形成するとよい。
【0071】
更に例えば、ホウ化物素材の酸化によりそのホウ化物素材が汚染されうる。ホウ酸塩の形成がエミッタ上又はエミッタ内で起こりうる。
【0072】
炭素質による汚染、水蒸気による損傷、或いは酸化を避けるため、電子放出システム周辺の真空環境が制御される。この環境の動作圧は動作モードで左右されうる。
【0073】
使用に先立ち、約30分に亘り超清浄超高真空環境内で1600Kまで加熱することで、ホウ化物エミッタを調製して、そのエミッタの表面からあらゆる酸化物層を除去することができる。
【0074】
フローティングゾーン技術(浮遊帯域法)を用い上記金属ホウ化物素材を準備することができる。金属ホウ化物素材を整形してもよいしそのサイズを小さくしてもよい。上記金属ホウ化物エミッタは様々な方法を用い製造することができる。単結晶ロッドを研削又は研磨し尖鋭な端部を形成することで、金属ホウ化物エミッタを製造することができる。単結晶ロッドの電気化学エッチングにより尖鋭な端部を形成することで、金属ホウ化物エミッタを製造することができる。反応性環境への単結晶ロッドの露出により素材を選択的に除去し、尖鋭な端部を形成することで、金属ホウ化物エミッタを製造することができる。反応性環境への単結晶ロッドの露出により、そのロッド上のパターン化側壁被覆を用い素材を選択的に除去し、尖鋭な端部の形成を促進することで、金属ホウ化物エミッタを製造することができる。電子エミッタとしての使用に備え、単結晶ナノ粒子又はナノワイヤを成長させることで、金属ホウ化物エミッタを製造することができる。電子エミッタとしての使用に備え、単結晶ナノ粒子又はナノワイヤを実装構造に取り付けることで、金属ホウ化物エミッタを製造することができる。ホウ化物素材の電子ビーム誘起堆積により小さなニードルを形成することで、金属ホウ化物エミッタを製造することができる。高圧酸素中での熱支援昇華により金属ホウ化物エミッタを製造することができる。イオン爆射により金属ホウ化物エミッタを製造することができる。これら様々な製造技術の組合せも実行することができる。
【0075】
ある例では堆積を用い上記金属ホウ化物エミッタが製造される。金属ホウ化物例えばLaBなら、ある種の条件下で、細長い高アスペクト比ニードルを形成することができる。例えば、少量の汚染物質素材例えば遷移金属を、より大きな種結晶の表面上に堆積させる。それら種結晶及び金属質汚染物質を加熱すると素材表面マイグレーションが発生する。その金属質汚染物質が触媒となってホウ化物素材が成長し、大きな種結晶に固着した配向単結晶となる。その種結晶をホルダとして働かせることができる。
【0076】
また例えば、気体環境からの小ニードルの生成を実行してもよい。支持構造は、遷移金属が内包されたカーボンナノチューブとすればよい。こうした構造は、金属有機化学気相成長(MOCVD)その他のプロセスを用い生成することができる。
【0077】
本件開示の実施形態は、レティクル及びウェハの検査及び計量システムにて用いることができる。それらのシステムは、所望の真空環境仕様を実現するよう構成することができる。そうしたシステムの例としては、1個又は複数個の電子源を用いる電子ビーム式ウェハ又はレティクル検査システム、1個又は複数個の電子源を用いる電子ビーム式ウェハ又はレティクルレビューシステム、1個又は複数個の電子源を用いる電子ビーム式ウェハ又はレティクル計量システム、或いはウェハ又はレティクル計量、レビュー又は検査での使用に備え1本又は複数本の電子ビームを用いX線を生成させるため少なくとも1個の電子源が必要とされるシステム等がある。エミッタからの電子流はサンプル、例えば半導体ウェハその他のワークピースへと差し向けることができる。その電子流を引出電極及び集束電極内で伝搬させることで、所望のビームエネルギ及びビーム電流を有する電子ビームを形成することができる。1個又は複数個のレンズを用いそのサンプル上に小さな電子ビームスポットを生成することができる。偏向器を用いその電子ビームで走査を行うことができる。サンプルをステージ上、例えば電子ビームに対し走査可能なステージ上に載置することができる。電子ビームがサンプルに射突したときにそのサンプルから二次電子及び後方散乱電子を放出させることができ、またそれを集めて検出器方向に加速することができる。
【0078】
本件開示に関し特定の1個又は複数個の実施形態との関連で記述してきたが、ご理解頂けるように、本件開示の技術的範囲から離隔することなく本件開示の他実施形態をなすことができる。即ち、本件開示は添付する特許請求の範囲及びその合理的な解釈のみにより限定されるものと認められる。
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