(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-10-28
(45)【発行日】2024-11-06
(54)【発明の名称】信号処理装置、振動検出システム及び信号処理方法
(51)【国際特許分類】
G01H 9/00 20060101AFI20241029BHJP
【FI】
G01H9/00 E
(21)【出願番号】P 2023526736
(86)(22)【出願日】2021-06-09
(86)【国際出願番号】 JP2021021990
(87)【国際公開番号】W WO2022259436
(87)【国際公開日】2022-12-15
【審査請求日】2023-09-28
(73)【特許権者】
【識別番号】000004226
【氏名又は名称】日本電信電話株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100119677
【氏名又は名称】岡田 賢治
(74)【代理人】
【識別番号】100160495
【氏名又は名称】畑 雅明
(74)【代理人】
【識別番号】100115794
【氏名又は名称】今下 勝博
(72)【発明者】
【氏名】脇坂 佳史
(72)【発明者】
【氏名】飯田 大輔
(72)【発明者】
【氏名】古敷谷 優介
(72)【発明者】
【氏名】本田 奈月
【審査官】福田 裕司
(56)【参考文献】
【文献】特開2017-026503(JP,A)
【文献】特開2020-126003(JP,A)
【文献】特開2015-075335(JP,A)
【文献】国際公開第2021/075015(WO,A1)
【文献】WAKISAKA, Yoshifumi et al,Distortion-suppressed sampling rate enhancement in phase- OTDR vibration sensing with newly designed,2020 optical fiber communications conference and exhibition(OFC),2020年03月08日,pp.1-3
【文献】IIDA, Daisuke et al.,Distributed measurement of acoustic vibration location with frequency multiplexed phase-OTDR,Optical Fiber Technology,2017年02月21日,vol.36,pp.19-25
【文献】Zhaoyong Wang et al.,Recent Progress in Distrbted Fiber Acoustic Sensing with Φ-OTDR,Sensors 2020,2020年11月18日,Vol.20,pp.1-26,doi:10.3390/s20226594
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01H 9/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
光周波数の異なる複数の光パルスを光ファイバに繰り返し入射し、DAS-P(Distributed Acoustic Sensing-phase)を行うことによって得られた信号を取得し、
取得した信号を用いて、前記光ファイバの区間に加わった振動による位相変化を計算し、
前記複数の光パルスにおいて同じ光周波数が繰り返す周期の成分を、前記計算した位相変化から取り除き、
前記周期の成分の取り除かれた位相変化を用いて、前記光ファイバの区間に加わった振動を計算する、
信号処理装置。
【請求項2】
前記複数の光パルスは、メインの光周波数の成分と補償光周波数の成分を含む複数のパルス対からなり、
前記複数のパルス対に含まれるメインの光周波数で測定した光位相を用いて、前記光ファイバの区間における位相変化を計算し、
前記複数の光パルスにおいて同じ光周波数が繰り返す周期の成分を、前記計算した位相変化から取り除き、
前記複数の光パルスにおいて同じ光周波数が繰り返す周期の成分が取り除かれた前記メインの光周波数の成分と前記補償光周波数の成分との間の角度差を、前記複数の光パルスにおいて同じ光周波数が繰り返す周期の成分が取り除かれた前記メインの光周波数の成分に補正する、
請求項1に記載の信号処理装置。
【請求項3】
前記パルス対のパルスパターンの周期の成分を、前記計算した位相変化から取り除き、
前記パルス対のパルスパターンの周期の成分が取り除かれた前記メインの光周波数の成分と前記補償光周波数の成分との間の角度差を、前記パルス対のパルスパターンの周期の成分が取り除かれた前記メインの光周波数の成分に補正する、
請求項2に記載の信号処理装置。
【請求項4】
光周波数の異なる複数の光パルスを光ファイバの一端に入射し、前記光ファイバの前記一端に戻ってきた各波長の散乱光を受光する、測定器と、
前記測定器からの信号を用いて、前記光ファイバの区間に加わった振動を計算する、請求項1から3のいずれかに記載の信号処理装置と、
を備える振動検出システム。
【請求項5】
光周波数の異なる複数の光パルスを光ファイバに繰り返し入射し、DAS-P(Distributed Acoustic Sensing-phase)を行うことによって得られた信号を取得し、
取得した信号を用いて、前記光ファイバの区間に加わった振動による位相変化を計算し、
前記複数の光パルスにおいて同じ光周波数が繰り返す周期の成分を、前記計算した位相変化から取り除き、
前記周期の成分の取り除かれた位相変化を用いて、前記光ファイバの区間に加わった振動を計算する、
信号処理方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、DAS-Pを行うことによって得られた信号を処理する信号処理装置及び信号処理方法、並びに前記信号処理装置を備える振動検出システムに関する。
【背景技術】
【0002】
光ファイバに加わった物理的な振動を、光ファイバ長手方向に分布的に計測する手段として、被測定光ファイバにパルス試験光を入射し、レイリー散乱による後方散乱光を検出するDAS(Distributed Acoustic Sensing)と呼ばれる手法が知られている(非特許文献1)。
【0003】
DASでは、光ファイバに加わった物理的な振動による光ファイバの光路長変化を捉え、振動のセンシングを行う。振動を検出することで、被測定光ファイバ周辺での、物体の動き等を検出することが可能である。
【0004】
DASにおける後方散乱光の検出方法として、被測定光ファイバの各地点からの散乱光強度を測定し、散乱光強度の時間変化を観測する手法があり、DAS-I(DAS-intensity)と呼ばれている。DAS-Iは装置構成が簡便にできる特徴があるが、散乱光強度から振動によるファイバの光路長変化を定量的に計算することができないため、定性的な測定手法である(非特許文献2)。
【0005】
一方で、被測定光ファイバの各地点からの散乱光の位相を測定し、位相の時間変化を観測する手法であるDAS-P(DAS-phase)も研究開発されている。DAS-Pは、装置構成や信号処理がDAS-Iより複雑となるが、振動によるファイバの光路長変化に対して位相が線形に変化し、その変化率も光ファイバ長手方向で同一となるため、振動の定量的な測定が可能となり、被測定光ファイバに加わった振動を忠実に再現することができる(例えば、非特許文献2)。
【0006】
DAS-Pによる測定では、パルス光を被測定光ファイバに入射し、パルス光を入射した時刻tでの、散乱された光の位相を、光ファイバの長手方向に分布的に計測する。つまり、光ファイバの入射端からの距離lとして、散乱光の位相θ(l、t)を測定する。パルス光を、時間間隔Tで、繰り返し被測定光ファイバに入射することで、整数nとして時刻t=nTにおける散乱された光の位相の時間変化θ(l、nT)を、被測定光ファイバの長手方向の各点について測定する。ただし実際は、入射端から距離lまでパルス光が伝播する時間だけ、距離lの地点を測定する時刻は、パルスを入射した時刻より遅れる。さらに、散乱光が入射端まで戻ってくるのに要する時間だけ、測定器で測定する時刻は遅れることに注意する。距離lから距離l+δlまでの区間に加わった物理的な振動の各時刻nTでの大きさは、距離l+δlでの位相θ(l+δl、nT)と、距離lでの位相θ(l、nT)との差分δθ(l、nT)に比例することが知られている。つまり、時刻ゼロを基準とすれば、下式を満たす。
【数1】
【0007】
散乱光の位相を検出するための装置構成としては、被測定光ファイバからの後方散乱光を直接フォトダイオードなどで検波する直接検波の構成や、別途用意した参照光と合波させて検出するコヒーレント検波を使用した構成がある(例えば、非特許文献1)。
【0008】
コヒーレント検波を行い、位相を計算する機構では、ヒルベルト変換を用いてソフトウェアベースで処理する機構と、90度光ハイブリッドを用いてハードウェアベースで処理する機構の二つに細分されるが、どちらの手法においても、散乱光の同相成分I(l、nT)と直交成分Q(l、nT)を取得し、下式により位相を計算する。
【数2】
ただし、4象限逆正接演算子Arctanによる出力値はラジアン単位で(-π,π]の範囲にあり、mを任意の整数として、2mπ+θ(l、nT)はxy平面上で全て同じベクトル方向となるため、2mπだけの不確定性が上記で計算したθ
cal(l、nT)には存在する。したがって、θ(l、nT)のより正確な評価方法として、位相アンラップ等の信号処理がさらに行われる。一般的な位相アンラップでは、アンラップ後の位相をθ
cal
unwrapとすると、例えば時刻が小さい順に処理をする場合には、位相アンラップの開始点においてはθ
cal
unwrapをθ
calと同一とした上で、逐次的に、任意の整数pとして、θ
cal
unwrap(l,pT)からθ
cal
unwrap(l,(p+1)T)を以下のように計算する。
【0009】
【数2-1】
がπラジアンより大きくなる場合に、
【数2-2】
がπラジアン以下になるような適切な整数qを選択して、アンラップ後の位相θ
cal
unwrap(l,(p+1)T)を
【数3】
と逐次的に計算する。上添え字unwrapはアンラップ後の位相であることを表す。尚、実際の分布振動計測における計算手順としては、式(1)のような地点間の位相値の差分を計算した後で、計算した差分に対して位相アンラップ処理を実施することが多い。
【0010】
DASによる測定においては、光を検出するためのPD(Photo Diode)の熱雑音や、その後の電気段での雑音、光によるショット雑音などの、測定器の雑音が存在する。したがって、測定する散乱光の強度や位相にも、測定器の雑音による影響が現れる。
【0011】
特に、散乱光の位相を測定する場合、測定器の雑音の影響が大きくなってしまうと、単に位相の不確かさが増加するだけでなく、雑音がない場合の理想的な位相値と比較して、大きく異なる測定値をとる確率が大きくなる。
【0012】
例えば、コヒーレント検波の場合に、同相成分を横軸に、直交成分を縦軸にした時の、測定された散乱光のベクトルについて、雑音がない時のベクトルの向きが測定したい位相に対応するが、雑音の影響が大きいと、ベクトルの向きが反対の方向を向き、雑音がない場合の理想的な位相値と比較して、実際に測定される位相値がπラジアン程度異なる値をとる確率が大きくなる。このような点においては、式(1)から振動の大きさを計算する際に、大きな物理的な力が光ファイバに加わったとする誤認識につながる。また、雑音の影響が大きくなると、式(3)で示したアンラップ処理において、整数qの選択を誤る点が増加し、選択を誤った点の前後で2π以上の実際には存在しない位相値の違いが生じてしまう。このような位相値の違いも、式(1)から振動の大きさを計算する際に、大きな物理的な力が光ファイバに加わったとする誤認識につながる。
【0013】
正確に位相を測定するためには、測定器の雑音の影響を低減する必要がある。測定器の雑音の影響が大きくなるのは、測定器の雑音が各地点及び各時刻について同程度とみなせる際には、散乱光の強度そのものが小さくなる場合であるから、散乱光の強度を各地点及び各時刻で大きくすることが出来れば、測定器の雑音の影響を低減することが可能となる。
【0014】
散乱光の強度そのものが小さくなる原因となっているのは、プローブとなるパルス光が被測定光ファイバを伝播するのに従って発生する吸収や散乱による損失だけではない。有限な時間幅を持ったパルス光を被測定光ファイバに入射して、パルス光の散乱を検出しているため、被測定光ファイバ上の非常に細かく分布している多数の散乱体からの散乱光の干渉が起きる。干渉の結果として、各時刻における散乱体の被測定光ファイバの長手方向での分布に応じて、散乱光の強度が小さくなる地点が発生する。この現象はフェーディングと呼ばれる(非特許文献3)。
【0015】
したがって、DAS-Pにおける散乱光の位相を測定する場合、測定器の雑音の影響を低減するために、フェーディングによって各時刻で散乱光の強度が小さくなる地点が発生するという課題がある。
【0016】
当該課題解決の手段として、単純に入射する光パルスのピーク強度を大きくする方法がある。しかし、ピーク強度を大きくすると、非線形効果が発生し、パルス光の特性が被測定光ファイバの伝搬に伴い変化する。このため、入射可能な光パルスのピーク強度は制限され、上記課題を十分に解決できない場合がある。
【0017】
上記課題を解決するために、DAS-Pにおける散乱光の位相を測定するときに、入射する光パルスのピーク強度を大きくせずに測定器の雑音の影響を低減できる位相測定方法及び信号処理装置が提案されている(特許文献1)。
【0018】
特許文献1では、上記課題を解決するために、振動によるファイバ状態の変化が無視できる時間間隔で、異なる光周波数成分のパルスを並べて波長多重したパルス光を被測定光ファイバに入射し、被測定光ファイバからの各波長における散乱光を、同相成分を横軸に直交成分を縦軸にした2次元平面上にプロットして得られる散乱光ベクトルを作成し、作成した散乱光ベクトルを被測定光ファイバ上の各地点で波長ごとに回転させることで向きを一致させ、向きを一致させたベクトル同士を加算平均することで新たなベクトルを生成し、生成した新たなベクトルの同相成分と直交成分の値を用いて位相を計算している。
【0019】
DAS-Pにおける測定では、測定距離と測定可能な振動周波数の上限の間にトレードオフが生じる課題も存在する。単一周波数の光パルスを用いる場合、測定距離が長くなると、遠端からの散乱光が戻ってくる時刻が、パルス入射時刻に対して遅れる。したがって、遠端からの散乱光と、次の光パルスを入射した際の入射端付近からの散乱光が合波・干渉しないために、光パルスを入射する繰り返し周波数には上限が生じる。したがって、サンプリング定理から、繰り返し周波数の1/2倍のナイキスト周波数より大きい振動周波数の振動については、エイリアシングのため、正しく測定することができないという課題がある。
【0020】
上記課題の解決方法として非特許文献4が提案されている。非特許文献4では、上記課題を解決するために、異なる光周波数成分のパルスを時間的に等間隔で並べて波長多重したパルス光を被測定光ファイバに入射し、被測定光ファイバからの各波長における散乱光を、同相成分を横軸に直交成分を縦軸にした2次元平面上にプロットして得られる散乱光ベクトルを作成する。得られた散乱光ベクトルを用いて位相を計算する。単一光周波数の場合に測定距離から決まるサンプリングレート上限をfsとすれば、N波多重により、サンプリングレート上限をN×fsとすることができる。なお、波長多重数「N」は、任意の自然数である。
【0021】
ここで、非特許文献4に記載のような周波数多重の方法を行う際に、各光周波数間の角度差を補正せずに、単純に各光周波数で得られた散乱光ベクトルの角度を連結して位相変化を計算してしまうと、計算した位相変化が実際の位相変化に対して歪んでしまうという課題が生じ、正確な振動波形を測定することができない。非特許文献4では、この前記課題に対処するために、光周波数それぞれの時間的な位相差分をまず計算した後に、計算したそれぞれの光周波数の前記位相差分を連結することで、前記単一周波数の場合におけるナイキスト周波数fvを超えた振動周波数の信号であっても、正しく周波数を推定する方法を提案している。つまり、周波数N×fvまでエイリアシングなく推定することができる。しかし、この前記提案では、前記各光周波数間の角度差を求めているのではないため、振動波形を測定することはできないという問題がある。
【0022】
この前記問題に対する対策として非特許文献5では、補正周波数を用いて前記各光周波数間の角度差を補正することで、サンプリングレート上限をN×fsに高めた条件での振動波形の測定が可能な測定方法を提案している。提案方法では、サンプリングレートを向上させるためのメインの光周波数とは別に補償光周波数を用い、メインの周波数の成分と補償周波数の成分とが同時刻とみなせるタイミングで定期的に被測定ファイバに入射するようなプローブパルス列を使用することで、メインの周波数の成分と補償周波数の成分との間の角度差を補正することで、メインの各光周波数間の前記角度差を補正する。
【0023】
また、測定距離と測定可能な振動周波数の上限とのトレードオフには、位相アンラップが正しく行われる必要があることから、さらに厳しい条件が加わる。隣り合う光パルスでサンプリングした際の位相変化の大きさの絶対値がπより大きく変化する場合には、位相アンラップを一意に行うことができなくなるため、位相アンラップの失敗につながってしまう(非特許文献6)。
【0024】
したがって、隣り合うサンプリング点での位相変化の大きさの絶対値の上限はπという制約が生じる。そのため、ナイキスト周波数以下の範囲であっても、振動周波数が高くなるほど、隣り合うサンプリング点での位相変化量は大きくなるため、振動振幅が大きくなれば、測定可能な振動周波数の上限にさらなる条件が生じる。非特許文献5に記載の提案方法は、振動波形を測定することができるため、このような制限の緩和にも有効である。
【0025】
また、非特許文献5では、前記サンプリングレートを向上させるために異なる時刻に異なる光周波数のパルスを入射する周波数多重の方法と、フェーディング対策のための特許文献1に記載した周波数多重の方法を、同時に実施するための、光周波数パルスの構成方法と受信信号処理方法についても提案している。
【0026】
尚、位相変化の大きさと、振動によってファイバに加わった歪量との関係は、例えば非特許文献7で説明されている。非特許文献7によれば、全長lのファイバが歪量εによってΔ1だけ伸びた時、Δ1だけ伸びた分による光が通過する際の位相変化の増加量Δφは下式となる。
【数4】
【0027】
ここで、k=2πn/λは伝播定数、nはファイバの実効屈折率、μ
pはポアソン比、p
11とp
12はストレイン-オプティックテンソル成分である。例えば、通常の通信波長帯付近のλ=1555nmの場合を考えると、n=1.47、μ
p=0.17、p
11=0.121、p
12=0.271の値となるため、
【数5】
となることが知られている(非特許文献8)。ただし、K=4.6×10
6m
-1である。この関係式を使用すれば、位相変化の大きさの条件を歪量の条件に置き替えることが可能である。
【0028】
非特許文献5に記載の周波数多重方式においては、サンプリングレート向上に割く多重数とフェーディング雑音低減に割く多重数を合わせた合計での使用可能な光周波数の総数は、アナログ信号からデジタル信号に変換するA/D(Analog/Digital)変換器(以下、ADボードと称する場合がある。)のサンプリングレート等から決まる使用可能な総周波数帯域幅を各光周波数成分のパルス幅から決まる一つの成分あたりの占有帯域幅で除した数として評価でき、有限である。したがって、高周波な振動を検知する場合などでサンプリングレート向上に割く多重数が増える、サンプリングレートの小さいADボードを使用する必要があり使用可能な総周波数帯域幅が制限される、空間分解能が高い測定を行う必要があり各光周波数成分のパルス幅を小さくするため一つの成分あたりの占有帯域幅が増える、といった場面においては、フェーディング雑音低減に割ける多重数が減少してしまう。
【0029】
フェーディング雑音低減に割ける多重数が減少する場合、背景で記載したメインの各光周波数間の前記角度差の補正が完全には行えず、メインの各光周波数間の前記角度差が残ってしまい、計算した位相変化が実際の位相変化に対して歪んだままの地点が発生するという課題がある。前記残ったメインの各光周波数間の前記角度差が大きい場合には位相接続誤りも増加してしまう問題にもつながる。また、補償光周波数を入射することで、補償光周波数によるメインの光周波数へのクロストークが発生し、クロストークに伴う歪みも生じるという課題も存在し、それに伴う位相接続誤りも問題となる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0030】
【非特許文献】
【0031】
【文献】Ali.Masoudi, T. P. Newson, “Contributed Review: Distributed optical fibre dynamic strain sensing.” Review of Scientific Instruments, vol.87, pp011501 (2016)
【文献】西口憲一、李哲賢、グジクアーター、横山光徳、増田欣増「光ファイバによる分布型音波センサの試作とその信号処理」信学技報、115(202), pp29-34 (2015)
【文献】G.Yang et al.,“Long-Range Distributed Vibration Sensing Based on Phase Extraction from Phase-Sensitive OTDR,”IEEE Photonics Journal,vol.8,no.3,2016.
【文献】D., Iida, K., Toge, T., Manabe: ‘Distributed measurement of acoustic vibration location with frequency multiplexed phase-OTDR’, Opt. Fiber Technol., 2017, 36, pp 19-25, DOI: 10.1016/j.yofte.2017.02.005
【文献】Y. Wakisaka, D. Iida and H. Oshida, “Distortion-Suppressed Sampling Rate Enhancement in Phase-OTDR Vibration Sensing with Newly Designed FDM Pulse Sequence for Correctly Monitoring Various Waveforms,” 2020 Optical Fiber Communications Conference and Exhibition (OFC), San Diego, CA, USA, 2020, pp. 1-3.
【文献】Maria Rosario Fernandez-Ruiz, Hugo F. Martins, “Steady-Sensitivity Distributed Acoustic Sensors,” J. Lightwave Technol. 36, 5690-5696 (2018)
【文献】C. D. Butter and G. B. Hocker, “Fiber optics strain gauge,” Appl. Opt. 17, 2867-2869 (1978)
【文献】A E Alekseev et al.,” Fidelity of the dual-pulse phase-OTDR response to spatially distributed external perturbation,” Laser Phys. 29 055106 (2019)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0032】
本開示は、フェーディング雑音低減に割ける多重数が少なく、メインの各光周波数間の角度差の補正が完全には行えない場合であっても、未補正の角度差の影響を取り除くことを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0033】
本開示は、メインの各光周波数間の前記角度差の補正が完全には行えず、メインの各光周波数間の前記角度差が残ってしまっている場合に、信号処理によって前記残った前記角度差の影響を取り除き、位相接続誤りの減少などにもつなげることで、計算した位相変化を実際の位相変化により近づける方法を提案する。
【0034】
具体的には、本開示は、周波数多重位相OTDRにおいて、入射端からの距離がlからl+δlの区間に生じた位相変化δθ0(l,mTN)を位相接続処理したδθ0
unwrap(l,mTN)に対してマルチバンドパスフィルタを用いて抽出した周期NTNの成分D(l,mTN)をδθ0(l,mTN)から減算する。
【0035】
具体的には、本開示の信号処理装置及び信号処理方法は、
光周波数の異なる複数の光パルスを光ファイバに繰り返し入射し、DAS-Pを行うことによって得られた信号を取得し、
取得した信号を用いて、前記光ファイバの区間に加わった振動による位相変化を計算し、
前記複数の光パルスにおいて同じ光周波数が繰り返す周期の成分を、前記計算した位相変化から取り除き、
前記周期の成分の取り除かれた位相変化を用いて、前記光ファイバの区間に加わった振動を計算する。
【0036】
具体的には、本開示の振動検出システムは、
光周波数の異なる複数の光パルスを光ファイバの一端に入射し、前記光ファイバの前記一端に戻ってきた各波長の散乱光を受光する、測定器と、
前記測定器からの信号を用いて、前記光ファイバの区間に加わった振動を計算する、本開示の信号処理装置と、
を備える。
【0037】
本開示のプログラムは、本開示に係る信号処理装置に備わる各機能部としてコンピュータを実現させるためのプログラムであり、本開示に係る信号処理装置が実行する信号処理方法に備わる各ステップをコンピュータに実行させるためのプログラムである。
【発明の効果】
【0038】
本開示によれば、フェーディング雑音低減に割ける多重数が少なく、メインの各光周波数間の角度差の補正が完全には行えない場合であっても、未補正の角度差の影響を取り除くことができる。
【図面の簡単な説明】
【0039】
【
図1】本実施形態のDAS-Pで振動検出を行う振動検出装置を説明する図である。
【
図4】クロストークに伴う歪みの補正方法の一例を示す。
【発明を実施するための形態】
【0040】
以下、本開示の実施形態について、図面を参照しながら詳細に説明する。なお、本開示は、以下に示す実施形態に限定されるものではない。これらの実施の例は例示に過ぎず、本開示は当業者の知識に基づいて種々の変更、改良を施した形態で実施することができる。なお、本明細書及び図面において符号が同じ構成要素は、相互に同一のものを示すものとする。
【0041】
尚、本開示は、本開示が提案する信号処理を行う前に非特許文献5に記載のような補償光周波数を用いて予め歪みを取り除く処理を行っている場合だけでなく、補償光周波数を用いずにメインの各光周波数間の前記角度差が完全に残っている場合にも、前記角度差を取り除く処理として有効である。また、本開示は、非特許文献5に記載のような補償光周波数を用いる場合には、補償光周波数によるクロストークに伴う歪みについても低減する方法を提案する。
【0042】
(実施形態例1)
図1は、本実施形態のDAS-Pで振動検出を行う振動検出システムを説明する図である。本振動検出システムは、周波数多重した光パルス列を被測定光ファイバの一端に入射する光源と、前記被測定光ファイバの前記一端に戻ってきた各波長の散乱光を受光する受光器と、前記被測定光ファイバの振動を前記散乱光の位相成分の時間変化として観測する信号処理部と、を備える。
【0043】
CW光源1、カプラ2、及び光変調器3が前記光源に相当する。90度光ハイブリッド7及びバランス検出器(13、14)が前記受光器に相当する。前記受光器は、90度光ハイブリッド7を用いてコヒーレント検波を行う。信号処理装置17が前記信号処理部に相当する。ただし、受信系に90度光ハイブリッドを必ずしも使用する必要はなく、散乱光の同相成分と直交成分とを測定できれば、別の装置や信号処理を用いて良い。また本開示の信号処理装置は、コンピュータとプログラムによっても実現でき、プログラムを記録媒体に記録することも、ネットワークを通して提供することも可能である。
【0044】
測定器31は、次のように被測定光ファイバ6からの散乱光を測定する。CW光源1から光周波数がf
0の単一波長の連続光が射出され、カプラ2により参照光とプローブ光に分岐される。プローブ光は、光変調器3によって、波長多重の光パルス4に整形される。光パルス4は、非特許文献5に記載のあるような補償光周波数を用いた多重パルスを用いることができる。光パルス4は非特許文献5に記載のような補償の方法を達成できればなんでも良いが、その構成例を
図2に示す。
【0045】
メインパルスに用いる光周波数成分をf1からfNMのN×M個として、順番に並べた集団をN+1個用意する(201)。全体の並びを202のようにM個(Mは任意の自然数である。)ごとに区切りパルス対をN(N+1)個生成する。前記202に対して補償光周波数fNM+1をパルス対N+1個ごとに追加してパルス対203を生成する。パルス対203に基づいて実際に入射する光パルス対を204のように構成する。これにより、N(N+1)個のパルス対が一定の時間的な周期で配列されたパルスパターンが生成される。
【0046】
ここで、前記補償光周波数fNM+1をパルス対番号が1+k(N+1)(k=0,1,…,(N-1))のパルス対に追加しているため、例えば、N=3かつM=1である場合には、光周波数f1,f2,f3のパルス対が繰り返し被測定光ファイバ6に入射される。この場合、k=0のときは補償光周波数f4が光周波数f1のあるパルス対に追加され、k=1のときは光周波数f4が光周波数f2のあるパルス対に追加され、k=2のときは光周波数f4が光周波数f3のあるパルス対に追加される。
【0047】
パルス対同士の間隔をT
Nとすれば、パルスパターンの周期はN(N+1)T
Nである。被測定光ファイバ6の長さによるT
Nがどこまで小さくできるかの最小値に関する制限は、単一周波数パルスを用いる場合と比べて1/N倍だけ緩和される。また
図2の構成では各パルス対内に存在するM個のパルスを用いてフェーディング雑音の低減をすることができる。尚、前記パルス対203では補償光周波数は一つの場合に対応するが、補償光周波数についてもフェーディング抑圧のために複数多重させてもよい。
【0048】
図1において、光変調器3の種類は光パルス4を生成できるならば具体的な指定はなく、数が複数の場合もある。例えば、SSB(Single Side Band)変調器や周波数可変なAO(Acousto-Optics)変調器などを用いても良いし、パルス化における消光比を大きくするためにさらにSOA(Semiconductor Optical Amplifier)などによる強度変調を行っても良い。尚、204に示した各光周波数成分のパルスは矩形波形状であるが、矩形波以外の波形を用いることも可能である。
【0049】
光パルス4は、サーキュレータ5を介して、被測定光ファイバ6に入射される。被測定光ファイバ6の長手方向の各点で散乱された光が、後方散乱光としてサーキュレータ5に戻り、90度光ハイブリッド7の一方の入力部に入射される。カプラ2により分岐された参照光は、90度光ハイブリッド7のもう一方の入力部に入射される。
【0050】
90度光ハイブリッド7の内部構成は、90度光ハイブリッドの機能さえ備えていれば、なんでもよい。構成例を
図1に示す。後方散乱光は、50:50の分岐比のカプラ8に入射され、2分岐された散乱光が、50:50の分岐比のカプラ12と、50:50のカプラ11の入力部に入射される。参照光は、50:50の分岐比のカプラ9に入射され、2分岐された参照光の一方が、カプラ11の入力部に入射され、他方が、位相シフタ10で位相をπ/2だけシフトされてカプラ12の入力部に入射される。
【0051】
カプラ11の2つの出力がバランス検出器13によって検出され、アナログの同相成分Ianalogである電気信号15が出力される。カプラ12の2つの出力がバランス検出器14によって検出され、アナログの直交成分Qanalogである電気信号16が出力される。
【0052】
電気信号15と電気信号16は、信号の光周波数帯域をエイリアシングなくサンプリングが可能なAD変換素子17aとAD変換素子17bを備えた信号処理装置17に送られる。信号処理装置17では、AD変換素子17aとAD変換素子17bから出力されたデジタル化された同相成分Idigitalと直交成分Qdigitalの信号に対して、信号処理部17cによって光パルス4を構成する各光周波数f0+fi(i=1,2,・・・,NM+1)の帯域の信号に分離する。具体的な信号処理の方法は、IdigitalとQdigitalから、各帯域の信号であるIi
measure(i=1,2,・・・,NM+1)とQi
measure(i=1,2,・・・,NM+1)を正確に分離できるならどんな手法を用いても良い。例えば、IdigitalとQdigitalを、中心周波数がf0+fiであるバンドパスフィルタに通して位相遅延を補償する計算方法などが考え得る。各光周波数成分のパルス幅をWとすれば通過帯域を2/Wに設定できる。あるいは、アナログの電気信号の状態にある同相成分と直交成分をアナログ電気フィルタによって各光周波数成分へ分離した後に、AD変換素子17a及びAD変換素子17bでAD変換するなどしても良い。
【0053】
信号処理部17cによって取得されたI
i
measureとQ
i
measureを元に、信号処理部17dで位相の計算を行う。まず、同相成分をx軸(実数軸)、直交成分をy軸(虚数軸)としたxy平面上における複素ベクトルr
iを作成する。
【数1-1】
【0054】
パルス対kの先頭を入射した時刻をk×T
N+n×N×T
N(nは任意の整数)とする。それぞれのパルス対の先頭の光周波数を基準波長にとり、特許文献1に記載の方法に従い、パルス対を構成する補償光周波数を除いたM個の異なる光周波数の帯域での(1-1)で計算したベクトルを平均処理することで、入射端から距離zの位置での位相を計算する。被測定光ファイバ6上の長手方向の入射端から距離zの位置での被測定光ファイバ6の状態は、光パルスの伝搬時間を考慮して時刻k×T
N+n×N×T
N+z/ν(nは任意の整数)で測定している。ここで、νは被測定光ファイバ6中での光速である。さらに、散乱された散乱光が伝搬して入射端まで戻る時間を考慮すると、測定器での測定時刻は、k×T
N+n×N×T
N+2z/ν(nは任意の整数)となる。そこで、距離zの地点で計算した位相を、測定器の測定時刻を陽に表して、
【数1-2】
とする。
【0055】
本実施形態では、測定時刻mT
N+2z/ν(mは整数)における位相θ(z,mT
N+2z/ν)を、mT
N+2z/ν=kT
N+nNT
N+2z/νを満たすkとnを用いて、以下のように計算する。
【数1-3】
【0056】
そして、被測定光ファイバ6上での距離z
1から距離z
2の区間に加わった振動による位相変化を、数式(1-3a)と数式(1-3b)との差分、すなわち数式(1-3c)として計算する。
【数1-3a】
【0057】
尚、被測定光ファイバ6の状態を測定した瞬間の時刻は、上述のように散乱光が入射端に戻るのに要する時間は含めないので、距離z1の地点では時刻mTN+z1/ν、距離z2の地点では時刻mTN+z2/ν、となり、時間差(z1-z2)/νだけ違いがある。しかし、z1とz2との距離の差は空間分解能と同等程度で、通常は数mから数十m程度に設定するため、時間差(z1-z2)/νは数十から数百nsとなり、測定対象となる通常の振動の時間変化のスケールに対して非常に短いため、被測定光ファイバ6の状態を測定した時刻の差は無視できる。そのため、該当区間に加わった振動を正しく測定可能である。
【0058】
しかし、θ(z,mT
N+2z/ν)には各パルス対の先頭の光周波数間の角度差による歪み項が含まれる。非特許文献5は補償光周波数を用いた前記角度差による前記歪項の補正方法について提案している。異なる光周波数間の前記角度差による前記歪み項の補正を漏れなく行うためには、任意の二つのパルス対の先頭の光周波数の角度差補正を行う必要がある。i<jを満たす正の整数iとjを任意に選んだ時に、パルス対jの先頭の光周波数をf
j
pfとし、パルス対iの光周波数をf
i
pfとすれば、角度差φ(z,f
j
pf,f
i
pf)は以下のようにf
NM+1を用いて展開できる。
【数1-4】
i,jは任意の正の整数.ただしi<jである。
【0059】
例として用いているパルス対の光周波数の組み合わせ203では、光周波数f
NM+1をパルス対番号が1+k(N+1)(k=0,1,…,(N-1))のパルス対に追加しているため、光周波数f
NM+1と他の光周波数とは、周期N(N+1)T
N内で必ず1回、同一のパルス対内に存在している。例えば、N=3かつM=1である場合には、パルスパターンを構成するパルス対の数は12個となる。この場合、1番目のパルス対には光周波数f
1と光周波数f
4が含まれており、5番目のパルス対には光周波数f
2と光周波数f
4が含まれており、9番目のパルス対には光周波数f
3と光周波数f
4が含まれている。このため、パルスパターンの中で光周波数f
4とその他の周波数f
1,f
2,f
3の各々が必ず1回同一のパルス対に存在している。そのため、数式(1-4)の右辺の各項を特許文献1の手法と同様の原理で計算可能である。得られたφ(z,f
j
pf,f
i
pf)の値を用いて、θ(z,mT
N+2z/ν)から位相を計算する。例えば、時刻m’T
N+2z/νからmT
N+2z/νへの位相の変化を計算する場合には、数式(1-5)を用いればよい。
【数1-5】
【0060】
ただし、m’-i(m’)がNの整数倍となるように整数i(m’)は選定され、m-i(m)がNの整数倍となるように整数i(m)は選定される。実際の計算手順としては、二つの地点での位相の差分を計算することで、二つの地点の間の区間に生じた位相変化を計算するため、入射端からの距離がlとl+δlの間の区間に生じた位相変化は、(1-3c)のように、時刻ゼロを例えば基準にとれば、(1-6)を用いることができる。(1-6)の左辺では、δθは2地点間の差分をとっているためデルタδの記号を付しており、下付き添え字0は時刻ゼロを基準にとっていることを示している。また、左辺では、被測定光ファイバ6中での光の伝播に伴う遅延は陽には表れない形式で簡略化して表記している。
【数1-6】
ここまでが信号処理部17dが行う信号処理である。
【0061】
信号処理部17eが最終的な位相を計算する。従来方法と本開示では信号処理部17eの手順が異なる。
【0062】
従来方法においては、上記δθ0(l,mTN)に対して位相接続処理を行い最終的な振動変化とする。すなわち、δθ0(l,mTN)を位相接続処理して得られたδθ0
unwrap(l,mTN)を最終的な振動波形とする。上付き添え字のunwrapは位相接続処理後であることを表す。しかし、高周波な振動を検知する際などでサンプリングレート向上に割く多重数が増える。サンプリングレートの小さいADボードを使用する必要があり使用可能な総周波数帯域幅が制限される。空間分解能が高い測定を行う必要があり各周波数成分のパルス幅を小さくするため一つの成分あたりの占有帯域幅が増える。といった場面で、フェーディング雑音低減に割ける多重数が減少している場合には、フェーディング雑音低減が十分に行えないため、前記角度差φ(z,fj
pf,fi
pf)の推定精度が劣化してしまい、背景で記載したメインの各光周波数間の前記角度差の補正が完全には行えず、メインの各光周波数間の前記角度差による前記歪みが残ってしまい、計算した位相変化が実際の位相変化に対して歪んだままの地点が発生するという課題がある。
【0063】
本開示では、上記課題の対策として、信号処理部17dの処理で残った前記歪みを取り除く計算を実施する。手順を
図3に記載する。
入射端からの距離がlからl+δlの区間に生じた位相変化δθ
0(l,mT
N)を位相接続処理してδθ
0
unwrap(l,mT
N)を計算する(S101)。
δθ
0
unwrap(l,mT
N)に対してバンドパスフィルタを用いて周期NT
Nの成分を抽出してD(l,mT
N)とする(S102)。
位相接続前のδθ
0(l,mT
N)からD(l,mT
N)を引いたδθ
0(l,mT
N)-D(l,mT
N)を新たなδθ
0(l,mT
N)として更新する(S103)。
新たなδθ
0(l,mT
N)に対して位相接続処理を行う(S101)。
前記歪みが十分に取り除けていない場合は(S104)、前記手順を繰り返す。
このような手順により残った前記歪みを取り除く。
【0064】
バンドパスフィルタを用いて周期NT
Nの成分であるD(l,mT
N)を利用して歪みが取り除ける理由としては、前記歪みが周期NT
Nで変化するからである。周期NT
Nは、複数の光パルスにおいて同じ光周波数が繰り返す周期であり、例えば、パルス対i(m)の先頭の周波数f
i(m)
pfが切り替わる周期である。信号処理部17dでのφ(z,f
j
pf,f
i
pf)の推定値と実際の値との差分をδφ(z,f
j
pf,f
i
pf)と表記すれば、(1-6)式から、信号処理部17dで計算したδθ
0(l,mT
N)に残る前記歪みは
【数7】
である。
【0065】
(7)式で示される歪みはパルス対i(m)の先頭の周波数fi(m)
pfに依存するが、パルス対i(m)の先頭の周波数fi(m)
pfは周期NTNで切り替わっている。そのため、(7)式で示される歪みは周期NTNで変化する成分となるため、δθ0
unwrap(l,mTN)から周期NTNで変化する成分を抜き出すことで(7)式で示される歪みを見積もることができることによる。
【0066】
尚、歪み項は正弦的な波形で変化するとは限らないため、バンドパスフィルタでパスすべき成分は、周波数が1/NTNの整数倍に該当する高調波成分全てになる点に注意する。ナイキスト周波数を超える成分についても、エイリアシングを考慮して、ナイキスト周波数範囲以下におり返された周波数軸上の成分位置でバンドパスすべきであるが、エイリアシングを起こさない周波数範囲での1/NTNの高調波成分と周波数軸上の位置が重複するため、実質的にはエイリアシングを起こさない周波数範囲での1/NTNの高調波成分を全てバンドパスするようなマルチバンドパスフィルタを用いればよい。
【0067】
位相接続前のδθ0(l,mTN)ではなく位相接続後のδθ0
unwrap(l,mTN)に対してバンドパスフィルタにより周期NTNで変化する成分を取り出す理由は、位相接続前のδθ0(l,mTN)は-πから+πに位相値が畳み込まれているためである。実際の振動変化に(7)式で示される歪みが加算され畳み込まれるため、バンドパスフィルタによって(7)式で示される歪みを抽出することができなくなることによる。
【0068】
また、信号処理部17dで計算したδθ
0(l,mT
N)に対してD(l,mT
N)を計算して差分をとる作業が1回だけでは前記歪みが十分に取り除けていない場合があるのは、(7)式で示される歪みが大きいことが原因で位相接続誤りがδθ
0
unwrap(l,mT
N)で複数発生している地点では,位相接続誤りによる急峻な位相変化が周期NT
Nの成分も有しているため、δθ
0
unwrap(l,mT
N)に対してバンドパスフィルタにより周期NT
Nの成分を抽出しても(7)式で示される歪みを正確に推定することができないためである。したがって、
図3に示した手順のように計算のループを回すことで、δθ
0
unwrap(l,mT
N)で発生している位相接続誤りを減らすことができ、(7)式で示される歪みの推定精度を向上させることができるという原理に基づいている。
【0069】
ステップS104において前記歪みが十分に取り除けているかどうかの判断については、位相接続誤りの数がカウントできる場合には位相接続誤りの数が前記手順によって変化しなくなった時を選択することができる。それができない場合には、位相接続誤りによる急峻な位相変化が測定帯域の低周波数側での雑音を増大させるため、低周波数側での雑音低減が前記手順によって見られなくなった時を選択することもできる。検証実験から評価した具体的な数値としてループ数を10程度に設定するので十分である。
【0070】
上記実施形態例では補償光周波数を利用する場合に本開示を適用する例を示しているが、補償光周波数を用いない場合でも本開示を同様の原理により適用することができる。補償光周波数を用いない場合には、補償光周波数の信号を用いた歪み補正を実施する前のθ(z,mTN+2z/ν)に対して2地点間の差分を計算した位相変化について本開示を使用する。
【0071】
補償光周波数を用いた測定の場合には、補償光周波数のメインの光周波数へのクロストークに伴う歪みも発生するが、その除去についても同様に考えることができる。補償光周波数のメインの光周波数へのクロストークに伴う歪みの除去についても実施する場合の手順を
図4に示す。
入射端からの距離がlからl+δlの区間に生じた位相変化δθ
0(l,mT
N)を位相接続処理してδθ
0
unwrap(l,mT
N)を計算する(S201)。
δθ
0
unwrap(l,mT
N)に対してバンドパスフィルタを用いて周期NT
Nの成分を抽出してD
1(l,mT
N)とする(S202)。またδθ
0
unwrap(l,mT
N)-D
1(l,mT
N)からバンドパスフィルタを用いて周期N(N+1)T
Nの成分を抽出してD
2(l,mT
N)とする(S202)。
位相接続前のδθ
0(l,mT
N)からD
1(l,mT
N)とD
2(l,mT
N)とを引いたδθ
0(l,mT
N)-D
1(l,mT
N)-D
2(l,mT
N)を新たなδθ
0(l,mT
N)として更新する(S203)。
新たなδθ
0(l,mT
N)を位相接続処理してδθ
0
unwrap(l,mT
N)を計算する(S201)。
前記歪みが十分に取り除けていない場合は(S204)、前記手順を繰り返す。
これら手順により補償光周波数のメインの光周波数へのクロストークに伴う歪みの除去も同時に実施することができる。
【0072】
D
1(l,mT
N)を用いた処理については、信号処理部17dでの処理では除ききれずに残ったメインの各光周波数間の前記角度差による前記歪みを除去するための前記D(l,mT
N)を用いた前記処理と原理は同一である。一方で、D
2(l,mT
N)を用いた処理が補償光周波数のメインの光周波数へのクロストークに伴う歪みの除去に対応する。補償光周波数のメインの光周波数へのクロストークに伴う歪みについては、用いたパルスパターンの周期で発生する。パルスパターンの周期は
図2に示したようにN(N+1)T
Nであるから、δθ
0
unwrap(l,mT
N)に対してバンドパスフィルタを用いて周期N(N+1)T
Nの成分を抽出することで、前記クロストークにともなう前記歪みを推定することができる。
【0073】
尚、前記クロストークにともなう前記歪みについても正弦的な波形ではないため、実際のバンドパスフィルタ処理においては、周波数が1/{N(N+1)T
N}の整数倍に対応する高調波成分全てをパスするようなマルチバンドパスフィルタを用いる必要がある。ただし、1/{N(N+1)T
N}の整数倍に対応する高調波成分については、1/(NT
N)の高調波成分を含むため、実際には1/{N(N+1)T
N}の整数倍に対応する高調波成分のうち1/(NT
N)の高調波成分を除いた成分を全てバンドパスするようなマルチバンドパスフィルタを用いてD
2(l,mT
N)を計算する必要がある。このため、上記手順ではδθ
0
unwrap(l,mT
N)-D
1(l,mT
N)からバンドパスフィルタを用いて周期N(N+1)T
Nの成分を抽出してD
2(l,mT
N)としている。あるいは、D
1(l,mT
N)とD
2(l,mT
N)とは
図4に示す手順においては個別に使用はしないため、1/{N(N+1)T
N}の整数倍に対応する高調波成分全てをバンドパスするようなマルチバンドパスフィルタを用いてD
1(l,mT
N)+D
2(l,mT
N)として抽出することもでき、実際の信号処理ではより簡便な方法である。
【0074】
δθ
0
unwrap(l,mT
N)に対してバンドパスフィルタ処理を行う理由や計算のループを回す理由については、
図3に記載の手順と同様である。
【0075】
尚、本開示は、上記実施形態例そのままに限定されるものではなく、実施段階ではその要旨を逸脱しない範囲で構成要素を変形して具体化可能である。
【産業上の利用可能性】
【0076】
本開示は情報通信産業に適用することができる。
【符号の説明】
【0077】
1:CW光源
2:カプラ
3:光変調器
4:光パルス
5:サーキュレータ
6:被測定光ファイバ
7:90度光ハイブリッド
8、9:カプラ
10:位相シフタ
11、12:カプラ
13、14:バランス検出器
15:アナログの同相成分の電気信号
16:アナログの直交成分の電気信号
17:信号処理装置
17a、17b:AD変換素子
17c、17d:信号処理部
31:測定器