(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-10-29
(45)【発行日】2024-11-07
(54)【発明の名称】褥瘡治療剤
(51)【国際特許分類】
A61K 39/395 20060101AFI20241030BHJP
A61K 38/17 20060101ALI20241030BHJP
A61P 17/02 20060101ALI20241030BHJP
A61P 43/00 20060101ALI20241030BHJP
【FI】
A61K39/395 U
A61K38/17
A61P17/02
A61P43/00 111
(21)【出願番号】P 2020119951
(22)【出願日】2020-07-13
【審査請求日】2023-07-03
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 発行者名 一般社団法人日本研究皮膚科学会 刊行物名 第11回日本研究皮膚科学会きさらぎ塾 プログラム 発行日 令和2年2月13日
(73)【特許権者】
【識別番号】505246789
【氏名又は名称】学校法人自治医科大学
(74)【代理人】
【識別番号】100097113
【氏名又は名称】堀 城之
(74)【代理人】
【識別番号】100162363
【氏名又は名称】前島 幸彦
(74)【代理人】
【識別番号】100194283
【氏名又は名称】村上 大勇
(73)【特許権者】
【識別番号】504136568
【氏名又は名称】国立大学法人広島大学
(74)【代理人】
【識別番号】100097113
【氏名又は名称】堀 城之
(72)【発明者】
【氏名】小宮根 真弓
(72)【発明者】
【氏名】金 美娟
(72)【発明者】
【氏名】津田 英利
(72)【発明者】
【氏名】大槻 マミ太郎
(72)【発明者】
【氏名】茂木 精一郎
(72)【発明者】
【氏名】中江 進
【審査官】堂畑 厚志
(56)【参考文献】
【文献】特開2020-023558(JP,A)
【文献】特表2018-533557(JP,A)
【文献】国際公開第2015/099175(WO,A1)
【文献】特開2017-008003(JP,A)
【文献】特表2020-513404(JP,A)
【文献】特表2018-508522(JP,A)
【文献】KAKKAR, R. et al.,The IL-33/ST2 pathway: therapeutic target and novel biomarker,Nat Rev Drug Discov. Author manuscript; available in PMC 2014 Dec 26,2008年,7(10):827-40,<doi: 10.1038/nrd2660>
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K
A61P
CAplus/BIOSIS/MEDLINE/EMBASE(STN)
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
Pubmed
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
IL-33(Interleukin-33)の作用を阻害するIL-33阻害剤を含
み、
前記IL-33阻害剤は、抗IL-33中和抗体、ST2のIL-33結合部位、及び抗ST2中和抗体である
ことを特徴とする褥瘡治療剤。
【請求項2】
前記IL-33阻害剤は、細胞外のIL-33を不活性化する、又は細胞膜のIL-33受容体を不活性化する
ことを特徴とする請求項1に記載の褥瘡治療剤。
【請求項3】
前記IL-33阻害剤は、IL-33活性阻害剤又はIL-33発現阻害剤を含む
ことを特徴とする請求項1又は2に記載の褥瘡治療剤。
【請求項4】
前記IL-33受容体は、
前記ST2である
ことを特徴とする請求項2に記載の褥瘡治療剤。
【請求項5】
前記IL-33阻害剤は、前記ST2の不活性化剤を含む
ことを特徴とする請求項4に記載の褥瘡治療剤。
【請求項6】
褥瘡による潰瘍形成前に予防的に投与され、又は潰瘍発生後に治療用に投与される
ことを特徴とする請求項1に記載の褥瘡治療剤。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、特に褥瘡治療剤、褥瘡治療方法、及び褥瘡予防方法に関する。
【背景技術】
【0002】
褥瘡は、長期臥床によって体重負荷が長時間加わった部分に生じる、難治性の皮膚潰瘍である。近年、褥瘡の治療や予防法が広く知られるようになり、病院内での科を超えた取り組みや保険診療の見直しもあって、頻度や重症度はある程度抑制されている。しかし、我が国のように人口に占める高齢者の比率が急激に上昇している国では、褥瘡患者数は確実に増加している。
【0003】
褥瘡では、加圧部位に紅斑が生じ、徐々に皮膚が壊死して潰瘍化する。このような場合、褥瘡による潰瘍形成後に、皮膚潰瘍の治療を行うしかなかった。この治療薬としては、従来、basic FGFスプレーやプロスタグランジン軟膏、創傷被覆材が開発されている。しかしながら、いったん形成された褥瘡を治癒させることは非常に難しく、患者の全身状態が悪い場合が多いため、外科的治療も困難な場合が多い。
【0004】
ここで、従来の炎症関連障害の医薬として、特許文献1を参照すると、Zn2+またはGa3+または銀または金とのノカルダミン(デスフェリオキサミンE)の錯体またはそれらの何らかの組み合わせを含む医薬組成物が記載されている。さらに、当該医薬組成物を使用することで、サイトカインレベルを調整し、炎症関連障害を治療することができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、特許文献1の医薬組成物は、褥瘡において、加圧部位の紅斑が徐々に潰瘍化していく潰瘍形成を防ぐことはできなかった。
【0007】
本発明は、このような状況に鑑みてなされたものであり、上述の課題を解消することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明の褥瘡治療剤は、IL-33(Interleukin-33)の作用を阻害するIL-33阻害剤を含み、前記IL-33阻害剤は、抗IL-33中和抗体、ST2のIL-33結合部位、及び抗ST2中和抗体であることを特徴とする。
本発明の褥瘡治療剤において、前記IL-33阻害剤は、細胞外のIL-33を不活性化する、又は細胞膜のIL-33受容体を不活性化することを特徴とする。
本発明の褥瘡治療剤において、前記IL-33阻害剤は、IL-33活性阻害剤又はIL-33発現阻害剤を含むことを特徴とする。
本発明の褥瘡治療剤において、前記IL-33受容体は、前記ST2であることを特徴とする。
本発明の褥瘡治療剤において、前記IL-33阻害剤は、前記ST2の不活性化剤を含むことを特徴とする。
本発明の褥瘡治療剤は、褥瘡による潰瘍形成前に予防的に投与され、又は潰瘍発生後に治療用に投与されることを特徴とする。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、IL-33(Interleukin-33)の作用を阻害するIL-33阻害剤を含ませることで、褥瘡の潰瘍形成を防ぐことが可能な褥瘡治療剤を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1】本発明の実施の形態に係るIL-33及びST2の炎症での働きを示す概念図である。
【
図2】本発明の実施例に係る褥瘡モデルマウスの施術の概念図である。
【
図3】本発明の実施例に係るIL-33ノックアウトマウスによる褥瘡形成の抑制を示す写真である。
【
図4】本発明の実施例に係るIL-33ノックアウトマウスによる褥瘡形成の抑制結果を示すグラフである。
【
図5】本発明の実施例に係るST2トランスジェニックマウスによる褥瘡形成の抑制を示す写真である。
【
図6】本発明の実施例に係るST2トランスジェニックマウスによる褥瘡形成の抑制結果を示すグラフである。
【
図7】本発明の実施例に係るIL-33中和抗体投与による褥瘡形成の抑制を示す写真である。
【
図8】本発明の実施例に係るIL-33中和抗体投与による褥瘡形成の抑制結果を示すグラフである。
【
図9】本発明の実施例に係るST2中和抗体投与による褥瘡形成の抑制を示す写真である。
【
図10】本発明の実施例に係るST2中和抗体投与による褥瘡形成の抑制結果を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0011】
<実施の形態>
上述したように、褥瘡は、長期臥床において体重負荷が長時間に亘って加わった部位に生じる難治性皮膚潰瘍である。褥瘡では、圧負荷された箇所は、まず紅斑となり、徐々に皮膚が壊死して潰瘍が形成される。従来、褥瘡の治療としては、潰瘍形成後に、この皮膚潰瘍の治療を行っており、保存的に治癒させることは非常に難しく、外科的治療も難しい場合も多かった。
このため、本発明者らは、褥瘡モデルマウスを用いて、炎症性サイトカインの一つであるIL-33(Interleukin-33)の潰瘍の病態への関与を研究した。この際、本発明者らは、従来のIL-33の研究等の結果から、褥瘡においても潰瘍治癒過程でIL-33が促進的に作用している可能性を考えていた。ところが、実験開始後に、IL-33ノックアウトマウスでは、褥瘡の形成そのものが顕著に抑制されていることが明らかとなった。これは、当業者に予測できないような、意表をつく結果であった。すなわち、IL-33が圧負荷による皮膚潰瘍の形成段階に重要な役割があると考えられ、本発明者らは、IL-33を阻害することによって、褥瘡の発生を抑制することを着想した。そして、実際に、この圧負荷された箇所におけるIL-33の作用を阻害することで、褥瘡の形成を抑制できることを見い出し、本発明を完成させるに至った。
【0012】
本実施形態においては、これらのIL-33の作用を阻害する阻害剤を含む褥瘡治療剤により、圧負荷後の潰瘍形成時期において、予防的に褥瘡の潰瘍形成を抑えたり、治癒したりすることが可能となる。
以下、本実施形態の褥瘡治療剤、褥瘡治療方法、及び褥瘡予防方法の詳細について説明する。
【0013】
〔褥瘡治療剤〕
本実施形態の褥瘡治療剤(医薬、医療用組成物、治療用組成物)は、IL-33の作用を阻害する阻害剤(以下、「IL-33阻害剤」という。)を含むことを特徴とする。
ここで、本実施形態の褥瘡(Bedsore、Pressure sore)は、いわゆる「床ずれ」ともいう皮膚疾患である。褥瘡は、人体の生理的な骨性隆起部周辺の皮膚、軟部組織に圧迫、伸張、摩擦等が外力によって生じ、その結果、虚血、再灌流障害による壊死が起こり、皮膚潰瘍を生じたものである。この虚血、再灌流障害は、一時途絶した血行が回復した際にかえって障害が進行する現象である。具体的には、加圧部位に紅斑が生じ、徐々に皮膚が壊死して潰瘍化する。
加えて、本実施形態においては、広義の褥瘡として、褥瘡と同様の作用機序による、その他の圧迫、伸張、摩擦等による外力による赤変(紅斑)や皮膚のただれ等の軽度の皮膚障害も含む。このような皮膚障害としては、例えば、長時間のマスクの紐やベルト等の圧迫による皮膚障害のようなものも含む。
【0014】
次に、本実施形態のIL-33について説明する。
図1により説明すると、本実施形態のIL-33は、IL-1ファミリーメンバーの炎症性サイトカインであり、血管内皮細胞や上皮細胞の核内に恒常的に発現している。IL-33は、感染、物理的、化学的な刺激、ストレス等による侵襲的な刺激で、細胞が壊死した場合、核内から放出される。これにより、IL-33は、group2 innate lymphoid cell等の免疫細胞を刺激することにより、自己の免疫系を賦活化し、炎症を惹起する。すなわち、IL-33は、各種の炎症を即時に惹起する内因性物質であるAlarmin又はDAMP(Damage Associated Molecular Pattern、警報因子)として機能すると考えられる。IL-33は、この他にも、肥満細胞、樹状細胞、マクロファージ、線維芽細胞、滑膜細胞等でも産生される。
このIL-33の受容体(レセプター)としては、膜結合型ST2タンパク質(ST2L)が知られている。ST2は、Th2細胞、肥満細胞、好塩基球、好酸球、マクロファージ、樹状細胞、NK細胞、NKT細胞、2型自然リンパ球等に発現する。
加えて、IL-33は核内因子として他の遺伝子の転写に影響することも知られている。
【0015】
具体的に、本実施形態のIL-33阻害剤は、IL-33の活性阻害剤であってもよい。このIL-33の活性阻害剤は細胞内外のIL-33の活性を調節する作用を有する組成物である。このIL-33活性阻害剤としては、例えば、IL-33と結合したり、IL-33自体を不活性化や分解等したりするタンパク質やペプチド、核酸、PNA(ペプチド核酸)等の合成分子を含む。具体的には、このタンパク質やペプチドは、受容体との結合を阻害するIL-33中和抗体、受容体であるST2のIL-33結合部位と同様又は類似するペプチド、IL-33特異的な分解酵素、切断酵素等を含む。より具体的には、後述する実施例で挙げたようなIL-33のモノクローナル抗体のような中和抗体が好適に挙げられる。加えて、このIL-33中和抗体は、トランケート(短縮)されて分子量を変更されたり、各種タグ分子が加えられたり、修飾されたりした抗体様ペプチドやPNA等であってもよい。さらに、このIL-33活性阻害剤は、合成された活性のないIL-33類似のペプチド、IL-33のST2結合部位を含むペプチド等のペプチド組成物であってもよい。
【0016】
さらに、本実施形態のIL-33阻害剤は、翻訳後のIL-33がネクローシスにより細胞外に放出されて、血液中に拡散されるのを防ぐような広義の体液中への流出するのを阻害する活性阻害剤であってもよい。たとえば、この種の阻害剤としては、核内のタンパクを選択的に分解するプロテアーゼ、核膜保護剤、アポトーシス促進剤等が挙げられる。
【0017】
または、本実施形態のIL-33阻害剤は、IL-33発現阻害剤であってもよい。このIL-33発現阻害剤は、例えば、RNA、DNA、TNA(トレオース核酸)等の核酸により、体内の褥瘡のIL-33関連遺伝子の発現、プロセッシング、翻訳、翻訳物の修飾等を抑えるようにしてもよい。このうち、RNAやDNAとしては、RNAi、siRNA、shRNA、miR RNAi、リボザイム、アンチセンスRNA、その他の触媒活性やRNAaseによる分解活性を備えたRNA等、IL-33関連遺伝子の完全なmRNAを生じにくくするように構成されてもよい。または、RNAやDNAとしては、IL-33に類似して活性を生じない配列、その他拮抗する塩基配列等を細胞内に導入し、IL-33の完全な翻訳物が生じにくくするようにすることが可能である。または、IL-33阻害剤は、レトロウイルスやゲノム編集等により、IL-33関連遺伝子が発現しない又は条件発現するようにするものであってもよい。さらに、IL-33の発現調整の対象となる遺伝子、遺伝子産物、アゴニスト/アンタゴニスト、その他のパスウェイに対する作用を介した組成物を、IL-33発現阻害剤として用いることも可能である。
【0018】
または、本実施形態のIL-33阻害剤は、細胞膜のIL-33の受容体(受容器)を不活性化するものであってもよい。この場合、本実施形態のIL-33阻害剤は、上述したように、IL-33受容体として、ST2をターゲットとしてもよい。この場合、本実施形態のIL-33阻害剤は、ST2の不活性化剤を含んでいてもよい。具体的には、ST2の不活性化剤として、ST2中和抗体を用いることが可能である。これらST2中和抗体も、IL-33中和抗体と同様に、抗体様ペプチドやPNA、ペプチド組成物等であってもよい。または、ST2の不活性化剤は、ST2を不活性化する小分子の有機化合物であってもよい。これらST2の不活性化剤は、例えば、ST2のIL-33結合部位やその他の細胞外部位等に結合して、IL-33とST2とが結合できなくするように作用する。または、ST2の不活性化剤として、後述する実施例のST2トランスジェニックマウスで示すようにST2を過剰発現させてIL-33の濃度あたりの効果を削減させたり、ST2の細胞内ドメインによるシグナル伝達を遮断したりして、IL-33の作用を阻害するように構成してもよい。
なお、IL-33受容体として、ST2の他に、IL-33の核内受容体に対する阻害剤を用いることも可能である。
【0019】
これらのIL-33阻害剤として、核酸を用いる場合、媒体としては、例えば、プラスミドやウイルスベクターを用いてもよい。このウイルスベクターは、アデノウイルス、アデノ随伴ウイルス、レトロウイルス等の当業者に一般的なウイルスを用いて構成されてもよい。
【0020】
また、本発明の実施の形態に係る褥瘡治療剤は、任意の製剤上許容しうる担体を含んでいてもよい。この担体は、例えば、リポソーム担体、コロイド金粒子、ポリペプチド、リポ多糖類、多糖類、脂質膜等であってもよい。これらの中で、IL-33阻害剤の効果を向上させる担体を用いることが好適である。たとえば、核酸については、リポソーム、特にカチオン性リポソームを用いることが好適である。
【0021】
さらに、製薬上許容される担体としては、例えば生理食塩水、ブドウ糖やその他の補助薬を含む等張液、例えばD-ソルビトール、D-マンノース、D-マンニトール、塩化ナトリウム等を含んでいてもよい。さらに、適当な溶解補助剤、例えばアルコール、具体的にはエタノール、ポリアルコール、例えばプロピレングリコール、ポリエチレングリコール、非イオン性界面活性剤、例えばポリソルベート80、HCO-50等と共に投与することが可能である。また、適切な賦形剤等を更に含んでもよい。
【0022】
また、本実施形態の褥瘡治療剤は、製剤上許容しうる担体を調製するために、適切な薬学的に許容可能なキャリアを含んでいてもよい。このキャリアは、シリコーン、セルロース、アガロース、ペクチン、ワセリン、各種油脂、ゼラチン、コラーゲン、アルギニン、その他のタンパクやアミノ酸等の生体親和性材料を含んでもよい。また、キャリアは、乳濁液として提供されてもよい。さらには、例えば、希釈剤、香料、防腐剤、賦形剤、崩壊剤、滑沢剤、結合剤、乳化剤、可塑剤等の製剤用添加物のいずれか又は任意の組み合わせを含有させてもよい。
また、これらの担体やキャリアは、本実施形態の褥瘡治療剤を塗布剤、軟膏、貼付材、創傷被覆材(以下、単に「塗布剤」という。)として提供するために加えられていてもよい。この際、これらの担体やキャリアは、褥瘡に関連する血管内皮細胞や上皮細胞で、圧を負荷された場合に、IL-33阻害剤を放出するように構成されていてもよい。
【0023】
加えて、本実施形態の褥瘡治療剤は、IL-33阻害剤以外の他の組成物等と併用することも可能である。また、他の組成物と同時に本実施形態の組成物を投与してもよく、また間隔を空けて投与してもよいが、その投与順序は特に問わない。
また、本発明の実施の形態において、疾患が改善または軽減される期間は特に限定されないが、一時的な改善または軽減であってもよいし、一定期間の改善または軽減であってもよい。
【0024】
〔褥瘡治療方法及び褥瘡予防方法〕
本発明の実施の形態に係る褥瘡治療方法は、IL-33(Interleukin-33)の作用を阻害するIL-33阻害剤を投与する(ただし、医療行為を除く)ことを特徴とする。
具体的には、本発明の実施の形態に係る褥瘡治療方法は、上述のIL-33阻害剤を、圧負荷後又は紅斑発生後に投与することで、褥瘡による皮膚潰瘍の発生を抑えることが可能である。
【0025】
本発明の実施の形態に係る褥瘡治療剤の投与経路は、特に限定されず、非経口的又は経口的に投与を行うことが可能である。非経口投与としては、例えば、静脈内、動脈内、皮下、真皮内、筋肉内、腹腔内の投与、又は、皮膚等への直接塗布、貼り付けによる浸透投与等が可能である。
本発明の実施の形態に係る褥瘡治療剤は、非経口的又は経口的の投与に適した投与形態において、当該分野で周知の製剤上許容しうる担体を用いて処方され得る。
本発明の実施の形態に係る褥瘡治療剤は、非経口的に投与される場合、圧負荷された皮下へ、直接、注射や塗布剤等で投与され得る。
または、患者の入浴後、就寝時等に皮膚に塗布される形態、皮膚内に浸透する塗布用の形態、湿布やシール等の貼り付け形態、着衣やシーツ等の皮膚に触れる物体に含まれる組成物形態等で投与され、提供されてもよい。
【0026】
本発明の実施の形態に係る褥瘡治療方法では、本実施形態のIL-33阻害剤を含む褥瘡治療剤の投与間隔及び投与量は、疾患の状況、さらに対象の状態等の種々の条件に応じて適宜選択及び変更することが可能である。
より具体的には、本実施形態の褥瘡治療剤を、圧負荷後又は紅斑発生後、できるだけ早期に、当該皮下に投与することで、IL-33による炎症亢進作用を抑えて、潰瘍の発生を抑えることができる。この投与は、IL-33阻害剤の有効期間に対応して、例えば、数時間~数日間隔で投与したり、塗布剤により常時投与されてもよい。さらに、潰瘍発生後に治療用に投与することで、潰瘍拡大の進行を抑えて、早期治療に資することが可能となる。
【0027】
本発明の実施の形態に係る褥瘡治療剤の1回の投与量及び投与回数は、投与の目的により、更に、患者の年齢及び体重、症状及び疾患の重篤度等の種々の条件に応じて適宜選択及び変更することが可能である。
投与回数及び期間は、圧負荷後の1回のみでもよいし、1日1回~数回、数週間程度投与し、疾患の状態をモニターし、その状態により再度又は繰り返し投与を行ってもよい。
また、本実施形態の褥瘡治療剤が塗布剤や皮膚に触れる物体に含まれる場合、医師や看護師に依らず、医療行為以外の行為として、患者自身で処置可能であってもよい。
【0028】
加えて、本発明の実施の形態に係る褥瘡治療方法は、動物の治療を行う動物治療にも適用可能である。この動物は、特に限定されるものではなく、脊椎動物及び無脊椎動物を広く含む。脊椎動物としては、魚類、両生類、は虫類、鳥類、及び哺乳類を含む。具体的には、例えば、哺乳類は、例えば、マウス、ラット、フェレット、ハムスター、モルモット、又はウサギ等のげっ歯類、イヌ、ネコ、ヒツジ、ブタ、ウシ、ウマ、又は非ヒューマンのトランスジェニック霊長類等であってもよい。また、野生動物としては、哺乳類の他にも、魚類、家禽を含む鳥類、爬虫類等を含む。また、エビや昆虫等を含む甲殻類、その他のイカ等の無脊椎動物等も広く含む。
すなわち、本発明の実施の形態に係る褥瘡治療剤は、ヒトの治療の他に、各種動物の治療、家畜の発育増進等の方法にも用いることができる。
【0029】
〔褥瘡予防方法〕
本発明の実施の形態に係る褥瘡予防方法は、IL-33(Interleukin-33)の作用を阻害するIL-33阻害剤を投与することを特徴とする。本実施形態の褥瘡予防方法では、上述の褥瘡治療剤を、褥瘡による潰瘍形成前に予防的に投与する。この場合も、医師や看護師による医療行為とは異なる患者自身による投与とすることが可能である。すなわち、本実施形態の褥瘡予防方法は、例えば、医師の処方箋を介さない市販薬、市販の塗布剤の塗布、一般用医薬品としての取得、褥瘡を防ぐ衣類等による広義の投与により実現可能である。
すなわち、本実施形態のIL-33阻害剤を褥瘡の形成を抑えるように投与することで、褥瘡の潰瘍形成を予防したり、悪化を予防したりすることが可能となる。
【0030】
以上のように構成することで、以下のような効果を得ることができる。
従来、褥瘡を引き起こす再灌流障害については、好中球や血管内皮細胞などが注目され、フリーラジカル、細胞内Ca2+過負荷、サイトカイン、接着分子など一過性の亢進が挙げられているが、再灌流障害を引き起こす真の標的分子はいまだに明らかとなっていなかった。
従来の褥瘡の治療方法としては、形成後の褥瘡に対して、塩基性線維芽細胞成長因子スプレーやプロスタグランジン軟膏、及び種々の創傷被覆材による皮膚潰瘍治療が行われている。しかしながら、一旦発症した褥瘡の保存的治療は非常に難しかった。また、外科的治療も、患者の全身状態により困難な場合も多かった。
一方、IL-33ノックアウトマウスでは皮膚潰蕩の治癒が野生型マウスに比べて遅れることが知られている。IL-33は、表皮の遊走や増殖にも関与しており、従来は、IL-33の表皮細胞増殖、遊走の促進効果と、NFκBを介した炎症抑制効果によって、IL-33は皮膚潰瘍の治癒に促進的に作用していると結論付けられていた。
このため、当業者においては、褥瘡においても、潰瘍治癒の過程でIL-33が促進的に作用している可能性が考えられていた。
【0031】
これに対して、本発明者らは、後述する実施例で示すように、当業者の想定とは異なり、IL-33が圧負荷による皮膚潰瘍の形成段階自体に重要な役割を持っていることを明らかとした。これに基づき、本実施形態の褥瘡治療剤においては、IL-33阻害による褥瘡形成予防医薬及び早期治療医薬として提供することが可能となった。このように、IL-33を阻害することによって、褥瘡の発生及び潰瘍形成の進行を抑制し、褥瘡を治療し、治癒を促進させることできる。
これにより、従来は難しかった褥瘡の保存的治療が可能となる。加えて、全身状態により外科的治療が困難な患者においても、治療することが可能となる。すなわち、従来技術とは異なる機序による褥瘡治療が期待できる。
加えて、サイトカインとしてのIL-33そのものを中和する中和抗体によっても褥瘡形成が抑制されたことから、本実施形態の褥瘡治療剤では、細胞外のIL-33を不活性化することで、圧負荷又は紅斑が生じた後の潰瘍形成を治療、予防することも可能となる。
【0032】
さらに、従来から、IL-33には細胞外におけるサイトカインとしての役割と、細胞内における核内因子としての働きの2面性があることが知られていた。
これについて、後述する実施例で示す可溶性ST2トランスジェニックマウスを用いたところ褥瘡形成が抑制されたことから、褥瘡形成におけるIL-33の関与は、主に細胞外のサイトカインとしての作用が重要と考えられる。このため、本実施形態のIL-33阻害剤は、ST2の不活性化剤を含むことで、褥瘡の治療、予防に有効的に用いることが可能となる。
すなわち、例えば、ST2のようなレセプターについて、所定のドラッグスクリーニングプロセスにより、化学合成可能な小分子の有機化合物を選択して、これを褥瘡や皮膚疾患に広く用いることが可能な医薬を創出可能となる。
【0033】
すなわち、下記の実施例で示すように、IL-33の中和抗体又はIL-33受容体の中和抗体等を局所皮膚に投与することにより、当該部位での褥瘡形成を抑制することができる。
褥瘡は、病床のあるところには一定数存在しており、今後、要介護高齢者は増加する方向である。このため、本実施形態の褥瘡治療剤が、社会的に広く利用されることが期待される。
【0034】
なお、本実施形態の褥瘡治療剤は、褥瘡モデル動物に対して、実験目的にも用いることでき、これにより、褥瘡の病態を明らかにすることが期待できる。すなわち、動物での褥瘡における作用機序の実験やモデル等に用いることも可能である。
【0035】
加えて、本実施形態の褥瘡治療剤、褥瘡治療方法、及び褥瘡予防方法においては、IL-33が発現調整の対象とする遺伝子やパスウェイに対する作用を介した遺伝子治療を行うことも可能である。
【0036】
また、本発明の実施の形態に係る褥瘡治療剤は、他の組成物等と併用することも可能である。本発明の組成物を、他の組成物と同時に投与、散布、塗布等をしてもよい。
さらに、本実施形態のIL-33阻害剤を、医薬以外の用途に用いることも可能である。
【実施例】
【0037】
以下で、本発明の実施の形態に係るIL-33阻害剤について、具体的な実験を基にして、実施例としてさらに具体的に説明する。しかしながら、この実施例は一例にすぎず、これに限定されるものではない。
【0038】
〔材料と方法〕
(マウス)
マウスはBALB/cマウスを用いた。IL-33ノックアウトマウスは、本発明者の一人、中江 進の研究室で作成されたものを使用した。ST2トランスジェニックマウスは、自治医科大学病態生化学教室で所有しているものを使用した。野生型(Wild Type)BALB/cマウスは、日本クレア株式会社から購入したものを用いた。
【0039】
(使用試薬)
中和抗体は、IL-33中和抗体(Adipogen社製、AG-27B-0013PF、Protein Accession No:Q8BVZ5)又は、ST2中和抗体(株式会社医学生物学研究所製、Anti-ST2 (Human) mAb、Code No. D065-3)を用いた。
【0040】
(圧負荷試験の施術)
図2により、本実施例の圧負荷試験の施術について説明する。
本実施例では、圧負荷試験として、褥瘡マウスモデルとして当業者に使用されている、マウス背部の磁石による圧負荷後の皮膚潰瘍形成の状態を観察した。具体的には、マウス背部を剃毛し、皮膚をつまんで円形の磁石で挟むことで一定の圧力を加えた。12時間後に磁石を取り外し、その後に形成される潰瘍面積を計測した。具体的には、IL-33ノックアウトマウス、ST2トランスジェニックマウス、コントロールの野生型マウスで比較した。
【0041】
(中和抗体の投与)
圧負荷試験において、IL-33中和抗体2.5μg/匹、又はST2中和抗体10μg/匹をPBS(Phosphate Buffered Saline)で希釈して、磁石を外す時点から2日に1回、局所皮膚に皮下注射を行うことで投与した。この際、コントロールとして、PBSのみを投与した群、又はラットのIgGを10μg/匹投与した群についても、それぞれ投与した。
【0042】
〔結果〕
(IL-33ノックアウトマウス)
図3、
図4により、IL-33ノックアウトマウスでの圧負荷試験の結果について説明する。
図3(a)は、コントロールの野生型マウス(WTマウス)、
図3(b)はIL-33ノックアウトマウス(IL-33KOマウス)についての、圧負荷試験の施術後の様子を示す。それぞれ、施術後2日目(D2)~14日目(D14)の状態を示している。各写真において、面積を計測した潰瘍の箇所は、明色の線で囲って示している。
図4は、この潰瘍の箇所の面積を示すグラフである。横軸は、施術後の日数、縦軸は潰瘍の面積(mm
2)を示す(n=20)。グラフ中の「*」はP<0.05、「**」はP<0.01で、統計的に有意であることを示す。
【0043】
野生型マウスにおいては、圧解除後、すぐには潰瘍とはならないものの、次第に皮膚が壊死して潰瘍が形成され、8日目で潰瘍面積がピークに達し、その後治癒が進行して上皮化傾向となり、14日目には完全に上皮化した。
この野生型マウスに対してIL-33ノックアウトマウスでは潰瘍面積が小さくなった。具体的には、IL-33ノックアウトマウスでは、潰瘍の形成が顕著に抑制されており、ほとんど潰蕩形成を認めなかった。すなわち、結果として、IL-33ノックアウトマウスでは、圧負荷による潰瘍形成が抑制されていた。
【0044】
(ST2トランスジェニックマウス)
次に、
図5、
図6により、ST2トランスジェニックマウスでの圧負荷試験の結果について説明する。
図5(a)は、コントロールの野生型マウス(WTマウス)、
図6(b)はST2トランスジェニックマウス(ST2Tgマウス)についての、圧負荷試験の施術後の様子を示す。それぞれ、施術後2日目(D2)~14日目(D14)の状態を示している。各写真において、面積を計測した潰瘍の箇所は、明色の線で囲って示している。
図6は、この潰瘍の箇所の面積を示すグラフである。横軸は、施術後の日数(day 2~day 14)、縦軸は潰瘍の面積(mm
2)を示す(n=16)。グラフ中の「*」はP<0.05、「**」はP<0.01で、統計的に有意であることを示す。
【0045】
ここで、可溶性ST2は、IL-33受容体であるST2Lの細胞外部分のみの構造を持つ分子で、IL-33に結合することによって、IL-33が受容体に結合して細胞内にシグナルを伝達すること抑制する。本実施例のST2トランスジェニックマウスは、可溶性ST2を過剰に発現したマウスであり、過剰な可溶性ST2がサイトカインとしてのIL-33の働きを抑制していると考えられる。
結果として、野生型マウスに比べて、ST2トランスジェニックマウスにおいても、圧負荷による褥瘡形成が顕著に抑制されていた。
【0046】
(IL-33中和抗体投与)
次に、
図7、
図8により、IL-33中和抗体投与を行った場合の圧負荷試験の結果について説明する。
図7(a)は、BALB/cマウスにPBSのみ投与したコントロール、
図7(b)はBALB/cマウスにIL-33中和抗体を投与したものについての、圧負荷試験の施術後の様子を示す。それぞれ、施術後3日目(D3)~13日目(D13)の状態を示している。
図8は、この潰瘍の箇所の面積を示すグラフである。横軸は、施術後の日数、縦軸は潰瘍の面積(mm
2)を示す(n=5)。グラフ中の「*」はP<0.05で、統計的に有意であることを示す。
【0047】
結果として、IL-33中和抗体投与により、圧負荷による潰瘍形成が抑制された。IL-33中和抗体はIL-33に結合することによって、IL-33が受容体を介して細胞内にシグナルを伝達することを抑制する。このIL-33中和抗体を、圧力負荷を解除する時点から、2日に1回局所皮下に投与することによって、コントロールと比較して、顕著に褥瘡形成が抑制された。
【0048】
(ST2中和抗体投与)
次に、
図9、
図10により、ST2中和抗体投与を行った場合の圧負荷試験の結果について説明する。
図9(a)は、BALB/cマウスにラットIgG抗体を投与したコントロール、
図9(b)はBALB/cマウスにST2中和抗体を投与したものについての、圧負荷試験の施術後の様子を示す。それぞれ、施術後2日目(D2)~14日目(D14)の状態を示している。
図10は、この潰瘍の箇所の面積を示すグラフである。横軸は、施術後の日数、縦軸は潰瘍の面積(mm
2)を示す(n=6)。グラフ中の「*」はP<0.05、「**」はP<0.01、「***」はP<0.001で、統計的に有意であることを示す。
【0049】
結果として、ST2中和抗体投与により、圧負荷による潰瘍形成が抑制された。試験に用いたST2中和抗体は、IL-33受容体(ST2L)に結合することにより、IL-33が受容体を介して細胞内にシグナルを伝達することを抑制するものである。このST2中和抗体を、圧力解除時から、2日に1回、皮下投与することによって、野生型に比較して、顕著に褥瘡形成が抑制された。
【0050】
なお、上記実施の形態の構成及び動作は例であって、本発明の趣旨を逸脱しない範囲で適宜変更して実行することができることは言うまでもない。
【産業上の利用可能性】
【0051】
本発明によれば、IL-33阻害剤を褥瘡治療に用いることで、早期の褥瘡の形成を防ぐことができ、治療用の医薬の提供ができ、これによる褥瘡の治療法及び予防法も提供できるため、産業上利用可能である。