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特許7578957酸化チタン薄膜、その製造方法及び光触媒機能部材
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-10-29
(45)【発行日】2024-11-07
(54)【発明の名称】酸化チタン薄膜、その製造方法及び光触媒機能部材
(51)【国際特許分類】
   C23C 14/08 20060101AFI20241030BHJP
   C23C 14/34 20060101ALI20241030BHJP
   B01J 35/39 20240101ALI20241030BHJP
   B01J 21/08 20060101ALI20241030BHJP
   C01G 23/04 20060101ALI20241030BHJP
【FI】
C23C14/08 E
C23C14/34 R
B01J35/39
B01J21/08 M
C01G23/04 C
【請求項の数】 5
(21)【出願番号】P 2021142980
(22)【出願日】2021-09-02
(65)【公開番号】P2023036138
(43)【公開日】2023-03-14
【審査請求日】2023-10-26
(73)【特許権者】
【識別番号】000001270
【氏名又は名称】コニカミノルタ株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】304021277
【氏名又は名称】国立大学法人 名古屋工業大学
(74)【代理人】
【識別番号】110001254
【氏名又は名称】弁理士法人光陽国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】大木 誠
(72)【発明者】
【氏名】本田 光裕
(72)【発明者】
【氏名】市川 洋
【審査官】▲高▼橋 真由
(56)【参考文献】
【文献】特開平11-342344(JP,A)
【文献】特開2004-344720(JP,A)
【文献】特開2000-186008(JP,A)
【文献】特開2003-301268(JP,A)
【文献】Scientific Reports,2019年,Vol.9 , 4900,https://doi.org/10.1038/s41598-019-41465-x 1
【文献】先進セラミックス研究センター年報,2020年,Vol.9,pp.11-15
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C23C 14/08
C23C 14/34
B01J 35/39
B01J 21/08
C01G 23/04
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
光触媒能を有する酸化チタンを含有する酸化チタン薄膜であって、
薄膜の一方の面を表面とし、当該表面に対向する面を内部面としたとき、
表面側領域が、前記薄膜の前記表面から、前記内部面への方向に対して、2nm以下の範囲内の領域であり、
内部側領域が、前記薄膜の前記表面から、前記内部面への方向に対して、10nm以上、前記内部面までの範囲内の領域であり、
酸素の配位数が4配位であるチタンイオンは、前記内部側領域よりも前記表面側領域に多く存在し、
酸素の配位数が6配位であるチタンイオンは、前記表面側領域よりも前記内部側領域に多く存在し、かつ、
前記内部側領域は結晶構造を有し、前記表面側領域は非結晶構造を有している
ことを特徴とする酸化チタン薄膜。
【請求項2】
基板上に形成された前記酸化チタン薄膜において、
前記表面側領域が、前記薄膜の前記表面から、前記基板への方向に対して、2nm以下の範囲内の領域であり、
前記内部側領域が、前記薄膜の前記表面から、前記基板への方向に対して、10nm以上、基板と接触する前記内部面までの範囲内の領域である
ことを特徴とする請求項1に記載の酸化チタン薄膜。
【請求項3】
電子エネルギー損失分光法により計測される前記酸化チタン薄膜のエネルギー損失スペクトルの456~465eVの範囲内において、
前記内部側領域には、損失ピークが2つあり、
前記表面側領域には、損失ピークが1つあり、
前記表面側領域における損失ピーク位置が、前記内部側領域における2つの損失ピーク位置の間に存在する
ことを特徴とする請求項1又は請求項2に記載の酸化チタン薄膜。
【請求項4】
請求項1から請求項3までのいずれか一項に記載の酸化チタン薄膜を製造する酸化チタン薄膜の製造方法であって、
マグネトロンスパッタリング法により成膜する工程を有し、
前記成膜する工程において、ターゲット表面の垂直方向の最大磁束密度が、0.14T以上である
ことを特徴とする酸化チタン薄膜の製造方法。
【請求項5】
請求項1から請求項3までのいずれか一項に記載の酸化チタン薄膜を具備する
ことを特徴とする光触媒機能部材。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、酸化チタン薄膜、その製造方法及び光触媒機能部材に関する。より詳しくは、光触媒能が向上した酸化チタン薄膜、その製造方法及び光触媒機能部材に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、光エネルギーのみで空気中の有害化学物質や環境汚染物質を分解・無害化できる観点から、光触媒が注目され研究・開発が進められている。このような光触媒としては、酸化チタンが有名である。例えば、フィルム、ガラス、タイル等の表面に、酸化チタンを含有する薄膜(以下、「酸化チタン薄膜」ともいう。)を被覆することにより、消臭効果や殺菌効果を付与することができる。
【0003】
「光触媒反応」とは、光によって光触媒中に生じた励起電子及び正孔(以下、まとめて、「キャリア」ともいう。)が、それぞれ還元と酸化を起こす反応のことをいう。例えば、酸化反応では、有機化合物や細菌を分解することができるため、消臭効果や殺菌効果が得られる。
【0004】
しかし、キャリアには再結合しやすいという性質があり、再結合してしまうと還元反応や酸化反応は行われず、光触媒能を発現しない。そのため、キャリアの再結合中心となる結晶欠陥を少なくし結晶性の高い構造とすることにより、キャリアの再結合を抑制でき、高い光触媒能が得られると考えられてきた。
【0005】
一方で、還元反応や酸化反応は、光触媒の表面で行われるため、反応性の観点からは、光触媒の内部で生じたキャリアが表面に移動することが好ましい。そのため、キャリアの再結合を抑制しつつ、キャリアを光触媒の表面に移動させる方法について、研究・開発が行われてきた。
【0006】
特許文献1では、Ti種が6配位構造の他に4配位構造をとる酸化チタンを含むことにより、硝酸等の腐食性の高い物質を生成せずに、酸素非共存下のみならず酸素共存下においても気体中の窒素酸化物を除去することのできる光触媒の技術が開示されている。しかし、当該技術は、還元反応のみを選択的に行うものであり、効果は窒素酸化物の除去に限定されている。そのため、酸化反応についても反応性が高く、窒素酸化物以外の物質を分解・除去することのできる光触媒について、更に検討が重ねられてきた。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【文献】特開平11-342344号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、上記問題・状況に鑑みてなされたものであり、その解決課題は、光触媒能が向上した酸化チタン薄膜、その製造方法及び光触媒機能部材を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者は、上記課題を解決すべく、上記問題の原因等について検討した結果、光触媒能を有する酸化チタンを含有する酸化チタン薄膜において、薄膜の一方の面を表面とし、当該表面に対向する面を内部面としたとき、チタンイオンに対する酸素の配位数が、前記内部面と前記表面の間に存在する中間領域から表面側領域にかけて、減少し、前記内部面を含む内部側領域では6配位が相対的に多く、前記表面を含む表面側領域では4配位が相対的に多く、かつ、前記内部側領域は結晶構造を有し、前記表面側領域は非結晶構造を有していることにより、光触媒能が向上することを見出し本発明に至った。
すなわち、本発明に係る上記課題は、以下の手段により解決される。
【0010】
1.光触媒能を有する酸化チタンを含有する酸化チタン薄膜であって、
薄膜の一方の面を表面とし、当該表面に対向する面を内部面としたとき、
表面側領域が、前記薄膜の前記表面から、前記内部面への方向に対して、2nm以下の範囲内の領域であり、
内部側領域が、前記薄膜の前記表面から、前記内部面への方向に対して、10nm以上、前記内部面までの範囲内の領域であり、
酸素の配位数が4配位であるチタンイオンは、前記内部側領域よりも前記表面側領域に多く存在し、
酸素の配位数が6配位であるチタンイオンは、前記表面側領域よりも前記内部側領域に多く存在し、かつ、
前記内部側領域は結晶構造を有し、前記表面側領域は非結晶構造を有している
ことを特徴とする酸化チタン薄膜。
【0011】
2.基板上に形成された前記酸化チタン薄膜において、
前記表面側領域が、前記薄膜の前記表面から、前記基板への方向に対して、2nm以下の範囲内の領域であり、
前記内部側領域が、前記薄膜の前記表面から、前記基板への方向に対して、10nm以上、基板と接触する前記内部面までの範囲内の領域である
ことを特徴とする第1項に記載の酸化チタン薄膜。
【0012】
3.電子エネルギー損失分光法により計測される前記酸化チタン薄膜のエネルギー損失スペクトルの456~465eVの範囲内において、
前記内部側領域には、損失ピークが2つあり、
前記表面側領域には、損失ピークが1つあり、
前記表面側領域における損失ピーク位置が、前記内部側領域における2つの損失ピーク位置の間に存在する
ことを特徴とする第1項又は第2項に記載の酸化チタン薄膜。
【0013】
4.第1項から第3項までのいずれか一項に記載の酸化チタン薄膜を製造する酸化チタン薄膜の製造方法であって、
マグネトロンスパッタリング法により成膜する工程を有し、
前記成膜する工程において、ターゲット表面の垂直方向の最大磁束密度が、0.14T以上である
ことを特徴とする酸化チタン薄膜の製造方法。
【0014】
5.第1項から第3項までのいずれか一項に記載の酸化チタン薄膜を具備する
ことを特徴とする光触媒機能部材。
【発明の効果】
【0015】
本発明の上記手段により、光触媒能が向上した酸化チタン薄膜、その製造方法及び光触媒機能部材を提供することができる。
【0016】
本発明の効果の発現機構又は作用機構については、明確にはなっていないが、以下のように推察している。
【0017】
前述のとおり、光触媒能を向上させるためには、キャリアの再結合中心となる結晶欠陥を少なくし結晶性の高い構造とすることにより、キャリアの再結合を抑制し、光触媒の内部で生じたキャリアを表面に移動させる必要がある。
【0018】
本発明の酸化チタン薄膜においては、チタンイオンに対する酸素の配位数を、前記内部面と前記表面の間に存在する中間領域から表面側領域にかけて、減少させることにより、滑らかなバンドの曲がりが生じるため、比較的安定な内部側領域に生じたキャリアを、比較的不安定な表面側領域に移動させることができる。
【0019】
また、表面側領域を、適度に結晶欠陥を有する結晶性の低い構造とすることにより、キャリアが捕獲されるため、キャリアを表面側領域に保持することができる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
図1】本発明の酸化チタン薄膜における各領域を示す模式図
図2】本発明に用いられるマグネトロンスパッタリング装置の基本的な構成
図3】本発明に用いられる反応性RFマグネトロンスパッタリング装置の一形態を示す主要部概略構成図
図4】電子エネルギー損失分光法により計測される本発明の酸化チタン薄膜におけるエネルギー損失スペクトル
図5】本発明の酸化チタン薄膜におけるTEM像及び回折像
図6】アセトアルデヒドの分解性能試験の結果を表すグラフ
【発明を実施するための形態】
【0021】
本発明の酸化チタン薄膜は、光触媒能を有する酸化チタンを含有する酸化チタン薄膜であって、薄膜の一方の面を表面とし、当該表面に対向する面を内部面としたとき、表面側領域が、前記薄膜の前記表面から、前記内部面への方向に対して、2nm以下の範囲内の領域であり、内部側領域が、前記薄膜の前記表面から、前記内部面への方向に対して、10nm以上、前記内部面までの範囲内の領域であり、酸素の配位数が4配位であるチタンイオンは、前記内部側領域よりも前記表面側領域に多く存在し、酸素の配位数が6配位であるチタンイオンは、前記表面側領域よりも前記内部側領域に多く存在し、かつ、前記内部側領域は結晶構造を有し、前記表面側領域は非結晶構造を有していることを特徴とする。
この特徴は、下記実施形態に共通する又は対応する技術的特徴である。
【0022】
本発明の実施形態としては、キャリアの再結合を抑制する観点から、基板上に形成された前記酸化チタン薄膜において、前記表面側領域が、前記薄膜の前記表面から、前記基板への方向に対して、2nm以下の範囲内の領域であり、前記内部側領域が、前記薄膜の前記表面から、前記基板への方向に対して、10nm以上、基板と接触する前記内部面までの範囲内の領域であることが好ましい。
【0023】
また、キャリアの再結合を抑制する観点から、電子エネルギー損失分光法により計測される前記酸化チタン薄膜のエネルギー損失スペクトルの特定の範囲内において、前記内部側領域には、損失ピークが2つあり、前記表面側領域には、損失ピークが1つあり、前記表面側領域における損失ピーク位置が、前記内部側領域における2つの損失ピーク位置の間に存在することが好ましい。
【0024】
本発明の酸化チタン薄膜を製造する酸化チタン薄膜の製造方法は、マグネトロンスパッタリング法により成膜する工程を有し、前記成膜する工程において、ターゲット表面の垂直方向の最大磁束密度が、0.14T以上であることを特徴とする。
【0025】
本発明の酸化チタン薄膜は、光触媒機能部材に好適に具備される。
【0026】
以下、本発明とその構成要素、及び本発明を実施するための形態・態様について詳細な説明をする。なお、本願において、「~」は、その前後に記載される数値を下限値及び上限値として含む意味で使用する。
【0027】
≪酸化チタン薄膜の概要≫
本発明の酸化チタン薄膜は、光触媒能を有する酸化チタンを含有する酸化チタン薄膜であって、薄膜の一方の面を表面とし、当該表面に対向する面を内部面としたとき、表面側領域が、前記薄膜の前記表面から、前記内部面への方向に対して、2nm以下の範囲内の領域であり、内部側領域が、前記薄膜の前記表面から、前記内部面への方向に対して、10nm以上、前記内部面までの範囲内の領域であり、酸素の配位数が4配位であるチタンイオンは、前記内部側領域よりも前記表面側領域に多く存在し、酸素の配位数が6配位であるチタンイオンは、前記表面側領域よりも前記内部側領域に多く存在し、かつ、前記内部側領域は結晶構造を有し、前記表面側領域は非結晶構造を有していることを特徴とする。
【0028】
本発明の酸化チタン薄膜の厚さは、光触媒能及び耐久性の観点からは、0.1μm以上であることが好ましく、0.4μm以上であることがより好ましい。剥離、割れ又は反りを抑制する観点からは、5μm以下であることが好ましく、3μm以下であることがより好ましく、1μm以下であることが更に好ましい。
【0029】
本発明の酸化チタン薄膜の単位面積当たりの質量は、光触媒能及び耐久性の観点からは、0.04g/m以上であることが好ましく、0.12g/m以上であることがより好ましく、0.2g/m以上であることが更に好ましい。剥離、割れ又は反りを抑制する観点からは、20g/m以下であることが好ましく、12g/m以下であることがより好ましく、5g/m以下であることが更に好ましい。
【0030】
図1は、酸化チタン薄膜における各領域を示す模式図である。本発明の酸化チタン薄膜は、後述の基板に直接成膜することが好ましい。
本発明の酸化チタン薄膜において、「表面」とは、酸化チタン薄膜における最も大きな面積を有する界面のことをいい、「内部面」とは、当該表面に対向する面であり、酸化チタン薄膜を基板上に形成した場合、基板と接触する面のことをいう。
【0031】
本発明の酸化チタン薄膜100は、図1に示すとおり、表面側領域101、中間領域102及び内部側領域103の三つの領域に分けられる。酸化チタン薄膜の表面から基板104への方向に対して、上記表面を含む、0~2nmの範囲内の領域を「表面側領域」、2~10nmの範囲内の領域を「中間領域」、10nm以上、基板と接触する上記内部面までの領域を「内部側領域」とする。
【0032】
本発明の酸化チタン薄膜に含有される酸化チタンは、光触媒能を有する。酸化チタンの代表的な結晶系には、正方晶系のアナターゼ型及びルチル型、斜方晶系のブルッカイト型がある。天然では、ルチル型がほとんどであり、まれにアナターゼ型やブルッカイト型が産出する。
【0033】
いずれの結晶系においても、紫外線のエネルギーに相当するバンドギャップを有する半導体であり、価電子帯は酸素の2p軌道、伝導帯はTiの3d軌道で構成されている。そのため、酸化チタン半導体においては、バンドギャップを超えるエネルギーをもつ光を入射すると、価電子帯から伝導帯に電子が励起され、伝導帯に電子(e)と価電子帯に正孔(h)が生じる。これらの励起電子(「自由電子」又は「伝導電子」ともいう。)及び正孔(以下、それぞれを、負(-)又は正(+)の電荷を運ぶ担体としてまとめて、「電荷キャリア」又は、単に「キャリア」ともいう。)のうち、酸化チタン薄膜の表面付近に存在するものが、還元反応や酸化反応に寄与する。例えば、酸化反応では、有機化合物や細菌を分解することができるため、消臭効果や殺菌効果が得られる。
【0034】
キャリアは、再結合により消失しやすい性質をもつため、光触媒能を向上させるためには、キャリアの再結合を抑制し、キャリアの寿命を長くする必要がある。キャリアの寿命には、再結合中心による再結合が大きく影響する。
【0035】
「再結合」とは、励起電子と正孔が結びついて消失する過程のことをいう。直接励起電子と正孔が再結合する場合もあるが、多くは、再結合中心を介して、間接的に励起電子と正孔が再結合する。
また、「再結合中心」とは、ドナー、アクセプタ以外の不純物や結晶欠陥などにより生じるエネルギー準位のことをいい、電子と正孔を再結合させる仲介の役割を果たす。
このため、再結合中心となる不純物や結晶欠陥を少なくすることにより、キャリアの再結合を抑制し、光触媒能を向上させることができる。
【0036】
しかし、キャリアが還元反応や酸化反応に寄与するためには、キャリアを酸化チタン薄膜の表面付近に保持する必要があり、本発明の酸化チタン薄膜においては、表面側領域に「捕獲中心」を有することにより、キャリアを保持している。
【0037】
「捕獲中心」とは、キャリアを一時的に捕獲するが、再結合する前に再び放出してしまう準安定なエネルギー準位のことをいう。
このため、キャリアの再結合を抑制しつつ、キャリアを保持することができる。
【0038】
本発明の酸化チタン薄膜においては、チタンイオンに対する酸素の配位数を変化させることにより、結晶性を変化させ、内部側領域においては、比較的結晶欠陥を少なくし、表面側領域においては、適度に結晶欠陥を有する構造としている。これにより、光触媒能を向上させることができる。
【0039】
また、中間領域から表面側領域にかけて、チタンイオンに対する酸素の配位数を徐々に減少させることにより、滑らかなバンドの曲がりが生じるため、比較的安定な内部側領域に生じたキャリアを、比較的不安定な表面側領域に移動させることができ、還元反応や酸化反応の反応性を更に高めることができる。
【0040】
[酸化チタン薄膜の構造]
本発明の酸化チタン薄膜は、内部側領域は結晶構造を有し、表面側領域は非結晶構造を有していることを特徴とする。
【0041】
本発明において、「結晶構造」とは、広い範囲で周期的な規則性(長距離秩序)を有する構造のことをいう。
また、「非結晶構造」とは、このような規則性を有しない構造のことをいう。すなわち、「非結晶構造」においては、長距離秩序はないが、まったく無秩序というわけではなく、「短距離秩序」が存在する。具体的には、結晶構造と考えた場合に、結晶欠陥を多数有する構造のことをいう。
以下、「結晶構造を有する」とは、結晶性が比較的高いことをいい、「非結晶構造を有する」とは、結晶性が比較的低いことをいう。
【0042】
また、本発明の酸化チタン薄膜は、中間領域から表面側領域にかけて、チタンイオンに対する酸素の配位数を徐々に減少させることにより、滑らかなバンドの曲がりが生じるため、比較的安定な内部側領域に生じたキャリアを、比較的不安定な表面側領域に移動させることができ、還元反応や酸化反応の反応性を更に高めることができる。
【0043】
本発明においては、基本の結晶構造は変化させず、チタンイオンに対する酸素の配位数を徐々に減少させることにより結晶欠陥が生じ、徐々に結晶性が低下する構造を実現している。酸素の配位数は、酸化チタン薄膜製造時の磁束密度により調整できる。
【0044】
結晶欠陥には、酸素欠陥の他にチタン侵入型欠陥なども含まれるが、以下、酸素欠陥について説明する。
【0045】
本発明の酸化チタン薄膜の構造は、具体的には、チタンイオンに対する酸素の配位数が、前記内部面と前記表面の間に存在する中間領域から表面側領域にかけて、減少し、前記内部面を含む内部側領域では6配位が相対的に多く、前記表面を含む表面側領域では4配位が相対的に多いことを特徴とする。
また、本明細書において、「配位数」とは、チタンイオンに対する酸素の配位数のことをいう。
【0046】
チタンは、4価が最も安定であり、酸化チタン(IV)の結晶構造は、チタン原子を中心に6つの酸素原子が配位し、その6つの酸素原子の中心を結ぶと八面体形状を形成している。酸化チタンにおいて、この6配位構造が、比較的安定した構造である。
【0047】
一方、チタン原子を中心に4つ(又は5つ)の酸素原子が配位した酸化チタンは、2つ(又は1つ)の結合の手が空いた、配位不飽和状態であるため、6配位構造と比較して不安定であり反応性が高い。このような4又は5配位構造が、酸化チタン薄膜の表面に存在することにより、基質を吸着できる。また、このような4又は5配位構造では、欠陥箇所にキャリアが捕獲されるが、一時的であるため、キャリアが再結合せず存在しやすい。
【0048】
本発明においては、内部側領域では6配位構造が相対的に多くなるようにすることで、再結合中心となる結晶欠陥を比較的少なくし、再結合を抑制する。また、表面側領域では4配位構造が相対的に多くなるようにすることで、捕獲中心となる結晶欠陥を適度に有し、キャリアを表面側領域に保持しやすくする。
【0049】
さらに、中間領域では、6配位、5配位、4配位と、相対的に多くを占める配位数が、徐々に減少する構成とすることにより、滑らかなバンドの曲がりが生じるため、比較的安定な内部側領域で生じたキャリアが、比較的不安定な表面側領域へ移動しやすくなる。
【0050】
本発明においては、「非結晶構造」が、結晶欠陥を多数有する構造であることから、結晶化度は、結晶欠陥の量により評価することが好ましい。また、本発明においては、結晶欠陥は、チタンイオンに対する酸素の配位数の減少により生じると考えられることから、電子エネルギー損失分光法により評価できる。
【0051】
<電子エネルギー損失分光法>
「電子エネルギー損失分光法(Electron Energy Loss Spectroscopy:EELS)」とは、入射した電子線が試料内の電子を励起する際に失ったエネルギーを測定することで、試料の組成や元素の結合状態を分析する分光法のことをいう。
【0052】
詳しくは、薄片試料に電子線を照射し、透過型電子顕微鏡(TEM)や走査透過型電子顕微鏡(STEM)を用いて、電子エネルギー損失スペクトルを取得する。TEMやSTEMのエネルギー分解能は、好ましくは1eV以下、より好ましくは0.5eV以下である。下限は特に限定されないが、通常、0.1eV以上である。
【0053】
(電子線照射ステップ)
電子線照射ステップでは、基板に成膜された酸化チタン薄膜から作製した薄片試料に電子線を照射する。
【0054】
薄片試料の作製方法は、例えば、ミクロトームによって酸化チタン薄膜から切り出す方法等が挙げられる。薄片試料の厚さは、電子の透過性の観点から、200nm以下であることが好ましく、100nm以下であることがより好ましい。また、取扱の容易性の観点から、10nm以上であることが好ましく、50nm以上であることがより好ましい。
【0055】
電子線を照射する際の加速電圧は、分析する試料に合わせて適宜調整することが好ましく、具体的には、30kV以上であることが好ましく、100kV以上であることが好ましい。また、300kV以下であることが好ましく、200kV以下であることがより好ましい。
【0056】
電子線を照射する際のその他の条件(電流量、露光時間等)は特に限定されず、適宜調整することが好ましい。
【0057】
(スペクトル取得ステップ)
スペクトル取得ステップでは、薄片試料を透過した電子のエネルギーに基づいて、微小領域毎のエネルギー損失スペクトルを取得する。
【0058】
本発明においては、透過型電子顕微鏡を用いてスペクトル分布を測定(TEM-EELS)する。具体的には、薄膜表面から基板への方向に対して、2nm毎に薄片試料を作製し、各薄片試料のTEM像において、画素を抽出し、EELSにより、画素毎のエネルギー損失スペクトルを取得する。なお、画素のサイズは特に限定されず、適宜調整することが好ましい。
【0059】
結晶化度については、上記測定方法により得られるスペクトル分布と、推測される各構造の標準スペクトルとを比較することにより、評価・解析することができる。ここでの比較は、ピーク強度についてではなく、ピークが存在するエネルギーレベル(eV)についての比較である。
【0060】
また、結晶構造の有無については、上記の各薄片試料のTEM像に対して、高速フーリエ変換(FFT:Fast Fourier Transform)による画像解析を行い得られる回折像において、輝点が見られるかどうかによって、評価することもできる。
【0061】
≪酸化チタン薄膜の製造方法≫
本発明の酸化チタン薄膜の製造方法は、マグネトロンスパッタリング法により成膜する工程を有し、前記成膜する工程において、ターゲット表面の垂直方向の最大磁束密度が、0.14T以上であることを特徴とする。
【0062】
また、本発明の酸化チタン薄膜は、後述の基板上に直接形成され、光触媒機能部材として製造することが好ましい。
【0063】
スパッタリング法は、大面積に均一な厚さの薄膜を形成することができ、使用するガスの種類、スパッタリング雰囲気の全圧、基板温度などを適宜調整することにより、様々な形態の薄膜を形成できる。
【0064】
スパッタリング法としては、例えば、イオンビームスパッタリング、マグネトロンスパッタリングなどが挙げられるが、スパッタリング効率が高い観点から、マグネトロンスパッタリングを用いることが好ましい。
なお、「スパッタリング効率」とは、スパッタリング現象によって、ターゲットからターゲットを構成する原子を放出させる効率のことをいう。
【0065】
以下、マグネトロンスパッタリングについて説明する。
【0066】
[マグネトロンスパッタリング]
マグネトロンスパッタリングは、マグネットを用いて磁場の中に電子を囲い込むことで濃いプラズマ領域を作り、アルゴン原子がターゲットに衝突する確率を高め、基板に付着するスピードを上げることができる。
【0067】
マグネトロンスパッタリング(以下、単に、「スパッタリング」ともいう。)には、DC(直流)マグネトロンスパッタリングやRF(高周波)マグネトロンスパッタリングがあり、本発明においては、特に限定されない。
【0068】
図2は、本発明に用いられるマグネトロンスパッタリング装置の基本的な構成である。
マグネトロンスパッタリングでは、ターゲットの裏面に磁石を設置して磁界を発生させる。従来の装置と比較して、生じる磁束密度を高くすることにより、本発明の酸化チタン薄膜が得られる。
【0069】
具体的には、ターゲット表面の垂直方向の最大磁束密度が、0.14T(1.4kG)以上であることにより、本発明の酸化チタン薄膜が得られる。ターゲット表面の垂直方向の最大磁束密度が、0.14T以上であることがより好ましい。
【0070】
ターゲット表面の垂直方向の最大磁束密度が、0.14T(1.4kG)以上であることにより、Arプラズマに曝され、Ti-Oの結合が切断されやすく、高密度のArプラズマがターゲットをたたくことで、Tiスパッタ粒子が高密度で基板に飛来するため、酸素欠陥やチタン侵入型欠陥が生じやすく、結晶性が低下する。薄膜の内部側領域においては、飛来するスパッタ粒子のエネルギー緩和により生じる熱によって短時間で結晶化するため、表面側領域と比較して結晶性が高くなり、チタンイオンに対する酸素の配位数が、中間領域から表面側領域にかけて、徐々に減少すると考えられる。
【0071】
ターゲット表面の垂直方向の最大磁束密度は、磁石の強度や、磁石とターゲットとの位置関係を適宜変更することにより、調整できる。最大磁束密度は、本願発明では、ガウスメータ(旧F.W.BELL製 620)を用いて測定した。
【0072】
スパッタリングターゲットとしては、チタンを含むターゲットであれば、特に制限されず、チタン単体、酸化チタン、窒化チタンなどが挙げられる。スパッタリング効率の観点から、チタン単体であることが好ましい。
【0073】
スパッタリングにおけるスパッタリング雰囲気の全圧(以下、「スパッタリング圧」ともいう。)は、0.1~1.0Paの範囲内であることが好ましい。スパッタリング圧が上記範囲内であることにより、特に内部側領域において高い結晶性が得られる。なお、スパッタリング圧は、電離真空計により正確に測定できる。
【0074】
以下、本発明に用いられる反応性RFマグネトロンスパッタリング装置の一形態を示す主要部概略構成図(図3)を用いて、本発明の酸化チタン薄膜の製造方法について、詳説する。装置の基本的な構成は、公知のRFマグネトロンスパッタリング装置と同様である。
【0075】
「反応性スパッタリング法」とは、アルゴンなどの希ガスの中に組成成分を含む活性ガス(本発明においては、酸素)を混ぜ、金属ターゲット(本発明においては、チタン)の上で放電スパッタリングを行うことにより、金属ターゲットの構成成分と活性ガスとの反応物を成膜する方法のことをいう。
本発明においては、酸素を含むプラズマ中で、チタン単体をターゲットとしてスパッタリングすることが好ましい。
【0076】
まず、チャンバー51内の所定の位置に基板6を配置し、真空排気系(図示せず)でチャンバー51内を真空にする。次に流量調節器7及び8を介してアルゴンと酸素混合ガスをチャンバー51内に導入する。ここで、酸素とアルゴンの混合比は流量計7及び8によってそれぞれの流量を正確に制御することができる。また、スパッタリング圧(この場合、チャンバー内の酸素分圧とアルゴン分圧の和)は、酸素及びアルゴンの流量を流量調節器7及び8で制御し、排気口53に接続された真空ポンプ(図示せず)の排気速度を流量調整バルブ(図示せず)によって制御することによって正確に調整可能である。
【0077】
配置された基板6はハロゲンランプ9によって所定の温度まで加熱される。なお、基板温度は基板6の裏面近傍に配置された熱電対10で測定する。次にカソード11にRF電力を供給し、プラズマ12を発生させる。ここで、カソード11へのRF電力の供給はRF電源19によって制御される。
【0078】
酸素及びアルゴンの混合比、スパッタリング圧、RF電力、基板温度(以下、「成膜条件」ともいう。)を所定の値に制御することで、プラズマ12によって加速され、イオン化されたアルゴン及び酸素が、チタンからなるターゲット13に衝突することで、はじき飛ばされたターゲット物質(チタン原子)が酸素と反応し、基板6の表面に酸化チタンを形成する。基板6の表面近傍には開閉自在のシャッター14が設置され、プラズマ発生初期や成膜条件を変更した場合などプラズマが不安定な場合にはシャッター14を閉じ、所定の成膜条件でプラズマが安定したらシャッター14を開けることで基板6の表面に酸化チタン薄膜が形成される。
【0079】
酸素とアルゴンの混合比(酸素:アルゴン)は、5:95~20:80の範囲内であることが好ましい。上記範囲内であることにより、基板上に酸化チタン薄膜が形成される。なお、流量調節器7及び8によって、酸素流量及びアルゴン流量を制御することで、酸素とアルゴンの混合比を正確に制御できる。
【0080】
RF電力は、ターゲットの単位面積で規定することができ、2.0~3.0W/cmの範囲内であることが好ましい。上記範囲内であることにより、安定で十分なエネルギーを有するプラズマを形成できる。
【0081】
基板温度は、600℃以下であることが好ましく、500℃以下であることがより好ましい。600℃以下であることにより、酸化チタン結晶のアナターゼ型からルチル型への相転移を抑制できる。
【0082】
成膜された酸化チタン薄膜の厚さは、例えば、触針式表面形状測定器により測定できる。当該測定器は、探針を、基板上の薄膜が形成されている部分に垂直に接触させて、表面を走査しながら探針の上下運動を検出して表面の凹凸を検出することができ、薄膜と基板の境界を垂直に横切るように探針を走査することにより、段差として薄膜の厚さを測定することができる。
【0083】
≪光触媒機能部材≫
本発明において、「光触媒機能部材」とは、後記する電子機器、自動車、及び家具等の構造物を構成する部分品であって、光触媒機能を有する部分品をいう。例えば、フィルム、ガラス、タイル等の基板の表面に、本発明の酸化チタン薄膜を被覆したもののことをいう。
【0084】
基板としては、耐熱性の観点から、無機材料に限定される。例えば、アルミニウム、ステンレス鋼、鉄などの金属からなる基板、及びガラス製品、セラミック材料からなるタイル等のセラミック製品が使用できる。ただし、酸化チタンの結晶格子定数と整合性の高い結晶からなる無機結晶性基板、例えばチタン酸ストロンチウム、酸化マグネシウム、サファイア等、は使用できない。
【0085】
中でも、基板は、光触媒反応で分解しない材料であることが好ましい。全体又は表面が有機材料である基板は、光触媒の酸化力により分解することがあるため、基板表面を光触媒反応で分解しない材料で被覆することが好ましい。有機材料のうち、光触媒反応の影響を受けにくい、例えばシリコーン樹脂などでは、場合によっては被覆しなくてもよい。
【0086】
また、本発明の酸化チタン薄膜と基板との間に、中間層を有していてもよい。中間層を有する場合、内部面は、中間層と接する面のことをいう。中間層は、例えば、光触媒膜の光励起による基板の損傷を抑制する目的、光触媒膜の剥離、割れ又は反りを抑制する目的で設けられる。
【0087】
中間層としては、例えば、クロム、アルミニウム、チタン、鉄等の金属又はこれらの合金;ケイ素、アルミニウム、タンタル、セリウム、インジウム、スズ等の金属酸化物;カルシウム、マグネシウム、アルミニウム等の金属フッ化物;からなる薄膜が挙げられる。中間層は、基板上に単層で積層しても、2層以上を積層させてもよい。中間層に、導電性材料、発熱材料などを含有させて機能化させてもよい。
【0088】
本発明の光触媒機能部材は、特に制限されないが、例えば、エアコン、空気清浄機、扇風機、冷蔵庫、電子レンジ、食器洗浄乾燥機、炊飯器、ポット、鍋蓋、IHヒータ、洗濯機、掃除機、照明器具(ランプ、器具本体、シェード等)、衛生用品、便器、洗面台、鏡、浴室(壁、天井、床等)、建材(室内壁、天井材、床、外壁等)、インテリア用品(カーテン、絨毯、テーブル、椅子、ソファ、棚、ベッド、寝具等)、ガラス、サッシ、手すり、ドア、ノブ、衣服、家電製品等に使用されるフィルタ、文房具、台所用品、自動車の室内空間等で用いられ、清浄化、脱臭、抗菌等の効果が得られる。
【実施例
【0089】
以下、実施例を挙げて本発明を具体的に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。なお、実施例において「部」又は「%」の表示を用いるが、特に断りがない限り「質量部」又は「質量%」を表す。
【0090】
<酸化チタン薄膜の作製>
以下の条件で、マグネトロンスパッタリング法により、厚さ1mmの合成石英基板上に、厚さ460nmの酸化チタン薄膜を成膜した。なお、磁束密度は、前述のとおり、ターゲット表面の垂直方向の最大磁束密度である。
磁束密度:0.145T(1.45kG)
全圧:1.0Pa(アルゴン分圧:0.8Pa、酸素分圧:0.2Pa)
成膜時間:4時間
電力:200W
ターゲット:チタン
ターゲット-基板間距離:42mm
基板温度:300℃
【0091】
<電子エネルギー損失分光法によるスペクトル分布測定>
ダイヤモンドカッターを用いて薄膜から約1mm四方の切片を2辺切り出し、酸化チタン表面を向かい合わせにして樹脂で張り合わせ、直径6mm程度の円形の銅の枠に樹脂で固定した。次いで、研磨、ディンプリングにより試料中心の厚さが20μm程度となるまで薄く成形し、イオンミリングで中心部に穴が開くまで削った。
【0092】
原子分解能分析電子顕微鏡(JEM-ARM200F、日本電子株式会社)を用いて、電子エネルギー損失分光法によるスペクトル分布を測定した。データ解析に十分な信号強度を得るために、20個のスペクトル(2nm深さ分)を積算し、酸化チタン薄膜の表面から基板への方向に対して、2nm毎にスペクトルを得た。
(測定条件)
加速電圧:200kV
ステップ:1Å
データ取得時間:0.5s
【0093】
図4に、得られたスペクトルを示す。
酸化チタン薄膜の表面から基板への方向に対して、2nm毎にスペクトル分布を測定し、得られたスペクトルを、縦軸方向にずらして、記載した。比較は、ピーク強度についてではなく、ピークが存在するエネルギーレベル(eV)について比較した。
【0094】
損失した電子エネルギーが、456~465eVの範囲内において、酸化チタン薄膜の表面から基板への方向に対して2nmの深さの試料(以下、単に「2nm」ともいう。)については、損失ピークが1つであった。4nmについても、同様に、損失ピークが1つであった。6nm以上については、損失ピークが2つであった。また、2nm及び4nmにおける上記損失ピーク位置は、6nm以上における上記2つの損失ピーク位置の間であった。
【0095】
なお、1)結晶性が極めて高く、6配位構造である場合、2)結晶性が極めて高く、4配位構造である場合、3)結晶性が極めて低く、4配位構造である場合、についてシミュレーションを行ったところ、損失した電子エネルギーが、456~465eVの範囲内において、1)では損失ピークが2つであり、2)及び3)では損失ピークは1つであった。また、2)の損失ピーク位置は、1)の損失ピークの低エネルギー側よりもさらに低エネルギー側であり、3)の損失ピーク位置は、1)の2つの損失ピークの間であった。
【0096】
これより、シミュレーションと比較して、酸化チタン薄膜の表面から基板への方向に対して、0~2nmの範囲内の領域においては、結晶性が低く、4配位構造が相対的に多いと考えられる。また、10~14nmの範囲内の領域においては、結晶性が高く、6配位構造が相対的に多いと考えられ、14nm超の領域においても同様に、結晶性が高く6配位構造が相対的に多いと考えられる。
【0097】
<透過型電子顕微鏡(TEM)による観察>
透過型電子顕微鏡(JEM-ARM200F、日本電子株式会社)により得られた上記試料(2nm及び20nm)のTEM像について、高速フーリエ変換(FFT:Fast Fourier Transform)による画像解析を行い得られる回折像を観察したところ、20nmについては輝点が見られたが、2nmについては輝点が見られなかった(図5)。なお、図5において、「surface」は、2nm試料、「inner」は、20nm試料を表す。
【0098】
輝点の有無からも、本発明の酸化チタン薄膜において、内部側領域は結晶性が高く、表面側領域は結晶性が低いことがわかる。
【0099】
<アセトアルデヒドの分解性能試験>
(比較試料の作製)
以下の条件で、マグネトロンスパッタリング法により、厚さ1mm、15mm角の合成石英基板上に、厚さ460nmの酸化チタン薄膜を成膜した。なお、磁束密度は、前述のとおり、ターゲット表面の垂直方向の最大磁束密度である。
磁束密度:0.145T(1.45kG)
全圧:1.0Pa(アルゴン分圧:0.8Pa、酸素分圧:0.2Pa)
成膜時間:4時間
電力:200W
ターゲット:チタン
ターゲット-基板間距離:42mm
基板温度:300℃
本試料に対して、アルゴンプラズマにより表面から約25nmをエッチングし、表面構造を除去した。なお、エッチング条件は以下の通りである。
アルゴンの圧力:1.0Pa
電力:90W
エッチング時間:25分
【0100】
得られた酸化チタン薄膜について、上記の電子エネルギー損失分光法によるスペクトル分布測定を行ったところ、全試料において損失ピークが2つであり、内部側領域だけでなく、表面側領域についても、結晶性が高く6配位構造が相対的に多いことが確認できた。
【0101】
上記で得られた本発明の酸化チタン薄膜及び比較試料を容器中に設置し、アセトアルデヒドの初期濃度を50ppmとなるように当該容器内に充満させた。そして、25±1℃、50±5%RHの環境下で、当該容器に対して、UV LA-310UV-1(林時計工業社製)を用いて、単位時間当たりの照射光量を100mW/cmとして紫外線を120分間照射した。容器からマイクロシリンジにてガスを採取し、ガスクロマトグラフにより二酸化炭素濃度を測定して残留しているアセトアルデヒドの濃度を算出した。
【0102】
結果を図6に示す。グラフの横軸は、紫外線の照射時間、左縦軸はアセトアルデヒドの濃度、右縦軸は二酸化炭素の濃度である。酸化チタン薄膜が光触媒として機能することにより、アセトアルデヒドは分解され、二酸化炭素が発生する。
【0103】
グラフ中A及びBで示すプロットは、本発明の酸化チタン薄膜における、紫外線の照射時間に対するアセトアルデヒド及び二酸化炭素の濃度変化を表している。また、C及びDで示すプロットは、比較試料における、紫外線の照射時間に対するアセトアルデヒド及び二酸化炭素の濃度変化を表している。
【0104】
グラフから分かるように、本発明の酸化チタン薄膜を用いた場合、アセトアルデヒドの濃度が急速に低下するのに対し、比較試料を用いた場合では、アセトアルデヒドの濃度は緩やかに低下する。すなわち、本発明の酸化チタン薄膜は比較試料よりも高い光触媒能を有する。
【0105】
これより、従来、酸化チタン薄膜の結晶性を高めることにより、高い光触媒能が得られると考えられてきたが、本発明の酸化チタン薄膜は、更に高い光触媒能を発現することがわかった。
【符号の説明】
【0106】
6 基板
7 流量調節器
8 流量調節器
9 ハロゲンランプ
10 熱電対
11 カソード
12 プラズマ
13 ターゲット
14 シャッター
19 RF電源
51 チャンバー
53 排気口
100 酸化チタン薄膜
101 表面側領域
102 中間領域
103 内部側領域
104 基板
A 本発明の酸化チタン薄膜における、アセトアルデヒドの濃度変化
B 本発明の酸化チタン薄膜における、二酸化炭素の濃度変化
C 比較試料における、アセトアルデヒドの濃度変化
D 比較試料における、二酸化炭素の濃度変化
図1
図2
図3
図4
図5
図6