(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-10-30
(45)【発行日】2024-11-08
(54)【発明の名称】細胞適合性組織透明化組成物
(51)【国際特許分類】
G01N 1/30 20060101AFI20241031BHJP
G01N 33/48 20060101ALI20241031BHJP
C12N 15/11 20060101ALI20241031BHJP
C12Q 1/02 20060101ALI20241031BHJP
C12N 5/07 20100101ALI20241031BHJP
【FI】
G01N1/30
G01N33/48 M
G01N33/48 P
C12N15/11 Z
C12Q1/02
C12N5/07
(21)【出願番号】P 2021548987
(86)(22)【出願日】2020-09-24
(86)【国際出願番号】 JP2020036017
(87)【国際公開番号】W WO2021060373
(87)【国際公開日】2021-04-01
【審査請求日】2023-07-07
(31)【優先権主張番号】P 2019172865
(32)【優先日】2019-09-24
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】504176911
【氏名又は名称】国立大学法人大阪大学
(74)【代理人】
【識別番号】100145403
【氏名又は名称】山尾 憲人
(74)【代理人】
【識別番号】100122301
【氏名又は名称】冨田 憲史
(72)【発明者】
【氏名】松▲崎▼ 典弥
【審査官】北条 弥作子
(56)【参考文献】
【文献】特開2003-066035(JP,A)
【文献】国際公開第2015/022883(WO,A1)
【文献】国際公開第2014/115206(WO,A1)
【文献】国際公開第2019/009300(WO,A1)
【文献】特表2016-538569(JP,A)
【文献】国際公開第2018/030520(WO,A1)
【文献】米国特許出願公開第2019/0128785(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 1/30
G01N 1/28
G01N 33/48
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
AMP、ADPおよびポリAからなる群より選択される1以上の化合物を含む溶液を生体組織に適用することを特徴とする、生体組織を生きた状態で透明化するための方法。
【請求項2】
AMP、ADPおよびポリAからなる群より選択される1以上の化合物を含む、生体組織を生きた状態で透明化するための組成物。
【請求項3】
AMP、ADPおよびポリAからなる群より選択される1以上の化合物を含む、生体組織を生きた状態で透明化するためのキット。
【請求項4】
請求項
1記載の方法、請求項
2記載の組成物、または請求項
3記載のキットを用いて生体組織を生きた状態で透明化し、生体組織内部を観察することを特徴とする、生体組織の観察方法。
【請求項5】
請求項
1記載の方法、請求項
2記載の組成物、または請求項
3記載のキットを用いることを特徴とする、生きた状態で透明化された生体組織の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、生体組織の透明化方法、そのための組成物およびキットに関する。詳細には、本発明は、生体組織を生きた状態で透明化するための方法、そのための組成物およびキットに関する。
【背景技術】
【0002】
医療や創薬研究において、共焦点レーザー顕微鏡等により生体組織、臓器あるいは三次元組織モデルの三次元構造を正確に観察することは重要である。しかし、通常、生体組織は白濁しており光を通しにくいため、100~200μmの観察深度が限界である。そこで、近年、様々な透明化方法が報告されてきた。これらの多くは、水を高屈折率の有機分子に置換し、生体分子の屈折率に合わせることで光の透過性を上げる手法である(特許文献1等参照)。また、高屈折率の脂質を除去する手法により組織の屈折率を下げる方法も報告されている(特許文献2等参照)。
【0003】
しかし、これらの処理後細胞は死滅するため、ホルムアルデヒド等で組織を固定する必要があり、細胞が生きた状態で透明化を達成する方法は報告されていなかった。また、脂質(細胞膜)除去後は細胞構造が崩壊し、膜タンパク質などの微細な分子を観察することは不可能であった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】国際特許出願第WO2015/022883号公報
【文献】国際特許出願第WO2017/188264号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
細胞が生きた状態で組織・臓器を透明化し、高深度の三次元観察を可能にする必要があった。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意研究を重ね、ヌクレオチド、ヌクレオチド誘導体、ヌクレオチドまたはヌクレオチド誘導体を有する高分子、およびヌクレオチドの重合体からなる群より選択される1以上の化合物を含む溶液を生体組織に適用することにより、生体組織を生きた状態で透明化できることを見出し、本発明を完成させるに至った。
【0007】
すなわち、本発明は以下のものを提供する。
(1)ヌクレオチド、ヌクレオチド誘導体、ヌクレオチドまたはヌクレオチド誘導体を有する高分子、およびヌクレオチドの重合体からなる群より選択される1以上の化合物を含む溶液を生体組織に適用することを特徴とする、生体組織を生きた状態で透明化するための方法。
(2)化合物が、AMP、CMP、TMP、ADPおよびポリAからなる群より選択される1以上の化合物である、(1)記載の方法。
(3)化合物が、AMP、ADPおよびポリAからなる群より選択される1以上の化合物である、(2)記載の方法。
(4)ヌクレオチド、ヌクレオチド誘導体、ヌクレオチドまたはヌクレオチド誘導体を有する高分子、およびヌクレオチドの重合体からなる群より選択される1以上の化合物を含む、生体組織を生きた状態で透明化するための組成物。
(5)化合物が、AMP、CMP、TMP、ADPおよびポリAからなる群より選択される1以上の化合物である、(4)記載の組成物。
(6)化合物が、AMP、ADPおよびポリAからなる群より選択される1以上の化合物である、(5)記載の組成物。
(7)ヌクレオチド、ヌクレオチド誘導体、ヌクレオチドまたはヌクレオチド誘導体を有する高分子、およびヌクレオチドの重合体からなる群より選択される1以上の化合物を含む、生体組織を生きた状態で透明化するためのキット。
(8)化合物が、AMP、CMP、TMP、ADPおよびポリAからなる群より選択される1以上の化合物である、(7)記載のキット。
(9)化合物が、AMP、ADPおよびポリAからなる群より選択される1以上の化合物である、(8)記載のキット。
(10)(1)~(3)のいずれか記載の方法、(4)~(6)のいずれか記載の組成物、または(7)~(9)のいずれか記載のキットを用いて生体組織を生きた状態で透明化し、生体組織内部を観察することを特徴とする、生体組織の観察方法。
(11)(1)~(3)のいずれか記載の方法、(4)~(6)のいずれか記載の組成物、または(7)~(9)のいずれか記載のキットを用いることを特徴とする、生きた状態で透明化された生体組織の製造方法。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、生体組織を生きた状態で透明化できるので、生体組織深部の状態をありのままに観察することができる。生体組織深部の血管やリンパ管の状態、遺伝子発現、物質の局在化などを経時的に観察することが可能となる。また、移植片の表面だけでなく、深部を観察できるので、移植片の評価を正確に行うことができる。したがって、生体組織を生きた状態で透明化できることの意義は、医薬品の開発、医学、薬学の研究などにおいて極めて大きいといえる。さらに、本発明で用いる化合物は市販のものを用いることができ、コストも安い。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【
図1】
図1の上パネルは、AMP、ADP、ATP、CMP、TMPおよびポリAのコラーゲン溶液透明化効果を示す写真である。
図1の下パネルは、AMP、ADP、ATP、CMP、TMPおよびポリAで処理したコラーゲン溶液の光透過率を示すグラフである。*は100重量%、**は25重量%。
【
図2】
図2は、透明化に及ぼすAMP濃度およびコラーゲン濃度の影響を調べた結果を示す写真およびグラフである。
【
図3】
図3は、AMP処理前後の人工三次元組織モデルの外観を示す写真(左上パネルが処理前、右上パネルが処理後)、およびCD31抗体染色を用いて組織内部の血管を観察した共焦点レーザー顕微鏡写真(左下パネルが処理前、右下パネルが処理後)である。
図3のすべての写真はディッシュに対して垂直方向からの写真である。
【
図4】
図4は、AMP処理前後の人工三次元組織モデルの組織内部の血管を観察した共焦点レーザー顕微鏡写真(左上パネルが処理前、右上パネルが処理後)である。CD31抗体を用いて血管を染色した。これらの写真はディッシュに対して水平方向からの写真である。
図4の右下のパネルは、透明化処理後に血管網全体を撮影した共焦点レーザー顕微鏡写真である。
【
図5】
図5上段は処理直前(0分)の像であり、左パネルがディッシュに対して垂直方向、右パネルがディッシュに対して水平方向から観察した像である。
図5下段は処理直後(30分)の像であり、左パネルがディッシュに対して垂直方向、右パネルがディッシュに対して水平方向から観察した像である。
【
図6】
図6の左パネルは、AMP、ラピクリア1.52(RapiClear 1.52)およびフルクトースでの30分の透明化処理後の細胞生存率を示す。
図6の右パネルは、AMPでの透明化処理時間と細胞生存率の関係を示す。図中、Rapはラピクリア1.52、Fruはフルクトースを表す。
**はp<0.01であること、N.S.は有意でないことを示す。
【発明を実施するための形態】
【0010】
本発明は、1の態様において、ヌクレオチド、ヌクレオチド誘導体、ヌクレオチドまたはヌクレオチド誘導体を有する高分子、およびヌクレオチドの重合体からなる群より選択される1以上の化合物を含む溶液を生体組織に適用することを特徴とする、生体組織を生きた状態で透明化するための方法を提供する。
【0011】
本発明に用いるヌクレオチド、ヌクレオチド誘導体、ヌクレオチドまたはヌクレオチド誘導体を有する高分子、およびヌクレオチドの重合体は、透明化能を有するものであればいずれのものであってもよい。ヌクレオチドはヌクレオシドにリン酸基が結合した化合物である。ヌクレオシドは塩基と等が結合した化合物である。典型的な塩基としては、アデニン、グアニンなどのプリン塩基、チミン、シトシン、ウラシルなどのピリミジン塩基が例示されるが、これらに限定されない。ニコチンアミド、ジメチルイソアロキサジンなども塩基として例示される。典型的な糖としては、リボースおよびデオキシリボースが例示されるが、これらに限定されない。糖としてリボースを含むヌクレオチドをリボヌクレオシドといい、これにリン酸基が結合したものをリボヌクレオチドという。糖としてデオキシリボースを含むヌクレオシドをデオキシリボヌクレオシドといい、これにリン酸基が結合したものをデオキシリボヌクレオチドという。
【0012】
ヌクレオチドの重合体は、1のヌクレオチドのリン酸基と、もう1つのヌクレオチドの糖との間のホスホジエステル結合によって2つ以上のヌクレオチドが結合されている化合物をいう。典型的なヌクレオチドの重合体としては、リボヌクレオチドの重合体およびデオキシリボヌクレオチドの重合体が挙げられる。本発明において、ヌクレオチドの重合体は、リボヌクレオチドの重合体であってもよく、デオキシリボヌクレオチドの重合体であってもよく、あるいはリボヌクレオチドとデオキシリボヌクレオチドの重合体であってもよい。
【0013】
本発明において用いられる典型的なヌクレオチド、ヌクレオチド誘導体、ヌクレオチドまたはヌクレオチド誘導体を有する高分子、およびヌクレオチドの重合体について以下に説明する。
【0014】
リボヌクレオチドの例としては、アデノシン一リン酸(AMP)、アデノシン二リン酸(ADP)、アデノシン三リン酸(ATP)、グアノシン一リン酸(GMP)、グアノシン二リン酸(GDP)、グアノシン三リン酸(GTP)、ウリジン一リン酸(UMP)、ウリジン二リン酸(UDP)、ウリジン三リン酸(UTP)、5-メチルウリジン一リン酸(TMP)、5-メチルウリジン二リン酸(TDP)、5-メチルウリジン三リン酸(TTP)、シチジン一リン酸(CMP)、シチジン二リン酸(CDP)、シチジン三リン酸(CTP)、イノシン一リン酸(IMP)、イノシン二リン酸(IDP)およびイノシン三リン酸(ITP)などが挙げられるが、これらに限定されない。好ましいリボヌクレオチドとしては、AMP、ADP、ATP、CMP、GMP、IMP、TMPおよびUMPが挙げられ、より好ましいリボヌクレオチドとしてはAMP、ADP、CMPおよびTMPが挙げられる。さらに好ましいリボヌクレオチドとしてはAMPおよびADPが挙げられる。
【0015】
デオキシリボヌクレオチドの例としては、デオキシアデノシン一リン酸(dAMP)、デオキシアデノシン二リン酸(dADP)、デオキシアデノシン三リン酸(dATP)、デオキシグアノシン一リン酸(dGMP)、デオキシグアノシン二リン酸(dGDP)、デオキシグアノシン三リン酸(dGTP)、チミジン一リン酸(dTMP)、チミジン二リン酸(dTDP)、チミジン三リン酸(dTTP)、デオキシウリジン一リン酸(dUMP)、デオキシウリジン二リン酸(dUDP)、デオキシウリジン三リン酸(dUTP)、デオキシシチジン一リン酸(dCMP)、デオキシシチジン二リン酸(dCDP)およびデオキシシチジン三リン酸(dCTP)などが挙げられるが、これらに限定されない。好ましいデオキシリボヌクレオチドとしては、dAMP、dGMP、dTMP、dUMPおよびdCMPが挙げられる。より好ましいデオキシリボヌクレオチドとしては、dTMPが挙げられる。
【0016】
ヌクレオチド誘導体は様々なものが知られている。誘導体化は、アルキル化、エステル化、ハロゲン化、リン酸の付加、アミノ酸やペプチドの付加、複素環の付加などが挙げられるが、これらに限定されない。また、ヌクレオチドは、分子内で環化したものであってもよい。環化ヌクレオチドの典型例として、サイクリックAMP(cAMP)が挙げられるが、これに限定されない。ヌクレオチド誘導体の元となるヌクレオチドはリボヌクレオチドであってもよく、デオキシリボヌクレオチドであってもよい。
【0017】
ヌクレオチドまたはヌクレオチド誘導体を有する高分子は、骨格となる高分子にヌクレオチドやヌクレオチド誘導体が結合されているものをいう。例えば、多糖やポリペプチドの官能基を介して、ヌクレオチドまたはヌクレオチド誘導体が適当数結合されていてもよい。また例えば、多糖の糖残基やポリペプチドのアミノ酸残基の一部がヌクレオチドまたはヌクレオチド誘導体に置き換わっていてもよい。このような高分子中のヌクレオチドは、リボヌクレオチドであってもよく、デオキシリボヌクレオチドであってもよく、リボヌクレオチドおよびデオキシリボヌクレオチドであってもよく、あるいはこれらの誘導体であってもよい。
【0018】
ヌクレオチドの重合体を構成するヌクレオチドはリボヌクレオチドであってもよく、デオキシリボヌクレオチドであってもよく、リボヌクレオチドおよびデオキシリボヌクレオチドであってもよい。リボヌクレオチドの重合体は、1種類のリボヌクレオチドからなっていてもよく、2種類以上のリボヌクレオチドからなっていてもよい。リボヌクレチドの重合体の好ましい例は、AMPが重合したポリAであるが、これに限定されない。リボヌクレオチドの重合体の分子量は特に限定されないが、例えば分子量約100~数百kDaであってもよい。デオキシリボヌクレオチドの重合体は、1種類のデオキシリボヌクレオチドからなっていてもよく、2種類以上のデオキシリボヌクレオチドからなっていてもよい。デオキシリボヌクレオチドの重合体の分子量は特に限定されないが、例えば分子量約100~数百kDaであってもよい。
【0019】
重合体を構成するヌクレオチドの一部または全部がヌクレオチド誘導体であってもよい。
【0020】
様々なヌクレオチドが市販されており、それらを本発明に用いることができる。また、ヌクレオチドの化学合成法および酵素合成法も公知である。様々なヌクレオチド重合体が市販されており、これらを使用することができる。また、ヌクレオチドの重合体の合成方法も公知であり、固相合成法や液相合成法が公知である。典型的な固相合成法としてホスホロアミダイト法が挙げられる。ヌクレオチド誘導体の合成法も公知である。ヌクレオチドまたはヌクレオチド誘導体を有する高分子の合成方法も公知である。当業者は、公知の合成方法を用いて、所望のヌクレオチド、ヌクレオチド誘導体、ヌクレオチドまたはヌクレオチド誘導体を有する高分子、およびヌクレオチドの重合体を得ることができる。
【0021】
本発明で用いられるヌクレオチド、ヌクレオチド誘導体、ヌクレオチドまたはヌクレオチド誘導体を有する高分子、およびヌクレオチドの重合体は、細胞に対して毒性が低いかまたはないものが好ましい。
【0022】
本発明において、ヌクレオチド、ヌクレオチド誘導体、ヌクレオチドまたはヌクレオチド誘導体を有する高分子、およびヌクレオチドの重合体からなる群より選択される1種類の化合物を用いてよく、あるいは2種類以上を用いてもよい。例えば、AMPとポリAを混合して用いてもよい。
【0023】
本発明の方法において、上記化合物を含む溶液を生体組織に適用する。溶液は、上記化合物を水や緩衝液に溶解することにより作製することができる。緩衝液は公知であり適宜選択することができる。緩衝液の例としては、Tris-HCl緩衝液、リン酸緩衝液、リン酸緩衝生理食塩水などが挙げられるが、これらに限定されない。
【0024】
溶液中の上記化合物の濃度は、溶液の屈折率が約1.35以上、好ましくは約1.4以上となる濃度であることが好ましい。屈折率は化合物によって異なるので、所望の屈折率を得るための濃度も化合物によって異なる。化合物の選択およびその濃度の調節は、当業者の技量の範囲内である。屈折率の測定手段、方法は公知である。
【0025】
上記溶液の生体組織への適用様式は、上記化合物が生体組織を取り囲み、生体組織が透明化されうるような様式であれば、いずれの様式であってもよい。生体組織が付着している容器に上記溶液を注入して、組織全体が浸るようにしてもよく、あるいは適切な容器中で生体組織を上記溶液中に浮遊させてもよい。1の具体例において、ディッシュ中、ウェル中、あるいは膜上などで培養されている生体組織から培地を除去し、次いで、上記溶液を添加して生体組織を覆うようにする。所望の透明化が得られるまで放置し、その後上記溶液を除去し、組織を観察する。もう1つの具体例において、生体組織を培養基から単離し、上記溶液の入った容器中に移す。所望の透明化が得られるまで放置し、その後上記溶液を除去し、組織を観察する。適用の様式は、上記具体例に限定されるものではない。
【0026】
生体組織は、あらゆる生物に由来する組織を包含し、動物、植物、魚類、両生類、は虫類、昆虫、微生物などに由来するものが挙げられるが、これらに限定されない。生体組織は、例えば、ヒト、サル、イヌ、ネコ、ブタ、ウシ、ウサギ、ラット、マウス、モルモットなどの哺乳動物に由来するものであってもよく、あるいはニワトリなどの鳥類に由来するものであってもよい。
【0027】
生体組織は、生物のいずれの場所に由来するものであってもよい。生物が動物である場合、例えば心臓、肺、肝臓、腎臓、胃、腸、膵臓、胆嚢、生殖器、脳、皮膚、筋肉などに由来するものであってもよい。生体組織は生検組織、手術で得られた組織、あるいは解剖によって得られた組織などであってもよい。また、生体組織は、人工的に作製されたものであってもよい。人工生体組織の例としては、特開2012-115254号等に記載されたLbL法により作製されるもの等が挙げられるが、これらに限定されない。生体組織は、公知の培養法によって得られたものであってもよい。生体組織はスフェロイドであってもよい。生体組織は移植片であってもよい。生体組織は、正常組織であってもよく、疾患を有する組織、例えば、がん組織であってもよい。なお、本明細書において生体組織という場合、細胞、細胞塊、組織、器官、臓器、および生物個体も包含する(生きたヒト個体を除く)。また、生体組織は脱細胞組織であってもよい。
【0028】
生きた状態とは、上記化合物を用いて透明化処理を行った生体組織中の細胞の生存率が約30%以上、好ましくは約40%以上、より好ましくは約50%以上、さらに好ましくは約60%以上、最も好ましくは約70%以上、例えば約80%以上であることをいう。細胞の生存率は、トリパンブルー染色などの公知の方法にて測定することができる。
【0029】
透明化を行う際に、組織中の所望部位において、例えば600nmの光の透過率が約30%以上、好ましくは約40%以上、より好ましくは約50%以上、さらに好ましくは約60%以上、最も好ましくは約70%以上、例えば約80%以上となるように透明化を行ってもよい。なお、透過率は、入射光に対する透過光の割合として示される。透過率の測定方法、手段は当業者に公知である。当業者は、生体組織の種類、所望の透明化深度などを勘案して、透明化を達成するための条件、例えば化合物の選択、化合物の濃度、透明化処理時間、温度、pH、振盪の有無などを選択、決定することができる。
【0030】
本発明は、さらなる態様において、ヌクレオチド、ヌクレオチド誘導体、ヌクレオチドまたはヌクレオチド誘導体を有する高分子、およびヌクレオチドの重合体からなる群より選択される1以上の化合物を含む、生体組織を生きた状態で透明化するための組成物を提供する。
【0031】
本発明の組成物の形態は特に限定されないが、通常は、上記化合物を含む溶液である。該溶液は、好ましくは、上記化合物を水性媒体に溶解したものである。水性媒体としては水や緩衝液が挙げられる。緩衝液については上で説明したとおりである。溶液中の上記化合物の濃度については上で説明したとおりである。あるいはまた、本発明の組成物は、固形状(例えば粉末、顆粒、ペレット等)または半固形(例えばペースト、ゲル等)であってもよい。本発明の組成物を使用前に水性媒体にて希釈、あるいは水性媒体に溶解してもよい。本発明の組成物は、あらゆる化合物、例えば、有機物、無機物などの成分をさらに含んでいてもよい。本発明の組成物を生体組織に適用して、生体組織を生きた状態で透明化することができる。適用については上で説明したとおりである。
【0032】
本発明は、さらなる態様において、ヌクレオチド、ヌクレオチド誘導体、ヌクレオチドまたはヌクレオチド誘導体を有する高分子、およびヌクレオチドの重合体からなる群より選択される1以上の化合物を含む、生体組織を生きた状態で透明化するためのキットを提供する。
【0033】
本発明のキットは、上記化合物を必須の成分として含む。具体的には、本発明のキットは、上記化合物を水性媒体中の溶液として含む容器、あるいは上記化合物を例えば粉末、顆粒、ペレット、ペースト、ゲル等として含む容器を含んでいてもよい。容器の形態は特に限定されず、例えばボトル、バッグ、チューブなどであってもよい。通常は、取扱説明書が本発明のキットに添付される。
【0034】
本発明は、もう1つの態様において、本発明の方法、組成物、またはキットを用いて生体組織を生きた状態で透明化し、生体組織内部を観察することを特徴とする、生体組織の観察方法を提供する。
【0035】
本発明の観察方法において、本発明の方法、組成物、またはキットを用いて得られた生きた状態で透明化された生体組織を、肉眼または顕微鏡等の機器を用いて観察する。観察のための手段、方法は当業者に公知であり、組織の種類やサイズに応じて適宜選択して用いることができる。例えば、蛍光標識した抗体にて透明化した試料を免疫染色した後、蛍光顕微鏡にて生体組織中の特定の物質や部位を検出してもよい。本発明の観察方法によれば、生きた生体組織の深部の様子、例えば脈管系の発達、物質の産生、遺伝子発現、および病巣などを見ることができる。
【0036】
本発明は、さらにもう1つの態様において、本発明の方法、組成物、またはキットを用いることを特徴とする、生きた状態で透明化された生体組織の製造方法を提供する。
【0037】
上で説明したように、本発明の方法、組成物およびキットは生きた生体組織に好ましく適用できるが、生きていない生体組織にも適用できることはいうまでもない。
【0038】
本明細書中に用語の意味は、特に断らない限り、化学、生物学、薬学、医学等の分野において通常理解されている意味に解される。
【0039】
以下に実施例を示して、本発明をさらに詳細かつ具体的に説明するが、実施例は本発明の範囲を限定するものではない。
【実施例1】
【0040】
実施例1 コラーゲンモデル系におけるヌクレオチドおよびヌクレオチド重合体の透明化能
コラーゲンは生体組織に最も多く含まれているため、コラーゲン溶液を生体組織のモデルとして用いて、透明化能について各種化合物をスクリーニングした。スクリーニング実験の概要は以下のとおりである。
sCMF(sonicated collagen micro fiber)の水溶液を入れたマルチウェルプレートに被験化合物水溶液を添加し、室温にて一定時間静置した後、見た目の透明性と600mnにおける透過率を測定した。
その結果、ヌクレオチドおよびリボヌクレオチドの重合体のなかから透明化能にすぐれた化合物がいくつか見いだされた。とりわけAMP、ADP、ATP、CMP、TMPおよびポリAが高い透明可能を有することがわかった。これらの化合物のうち、ATPについては細胞生存率が低かったが、透明化処理時間および温度、ならびにこれらの化合物の濃度等の透明化条件の調整により、細胞生存率を改善できると考えられた。
【0041】
AMP、ADP、ATP、CMP、TMPおよびポリAを用いた透明化実験について以下に説明する。
100重量%のAMP水溶液(屈折率1.43)、100重量%のCMP水溶液(屈折率1.42)、100重量%のTMP水溶液(屈折率1.41)または25重量%のポリA水溶液(屈折率1.37)を100μL添加した。ポリAの分子量は100~500kDaであった。コントロールには蒸留水を添加した。室温で2時間静置後、プレートリーダー(Synergy HTX)で600nmにおける吸光度を測定した。得られた吸光度をLambert-Beerの式に代入して透過率を算出した。
【0042】
透明化処理を2時間行った後のプレートの様子を
図1の上パネルに、透過率を
図1の下パネルに示す。AMPを用いた場合の透過率(75.6%)が最も高く、次いでポリAを用いた場合の透過率(69.0%)が高かった。CMPおよびTMPを用いた場合の透過率はそれぞれ45.2%および31.6%であった。
【実施例2】
【0043】
実施例2 細胞の生存率に及ぼす透明化処理の影響
AMP、ADP、ATP、CMP、TMP、フルクトース、グルコース、トレハロース、スクロース、アンチピリン、ラピクリア1.52およびポリAを用いた透明化における細胞の生存率について調べた。24ウェルプレートにヒト皮膚線維芽細胞を1.0x10
5個播種し、DMEM培地で培養した。翌日、PBSで洗浄後、100重量%AMP水溶液、100重量%ADP水溶液、100重量%ATP水溶液、100重量%CMP水溶液、100重量%TMP水溶液、100重量%フルクトース水溶液、100重量%グルコース水溶液、100重量%トレハロース水溶液、100重量%スクロース水溶液、100重量%アンチピリン水溶液、ラピクリア1.52水溶液、または25重量%ポリA水溶液を100μL添加し、37℃で30分インキュベートした。コントロールには蒸留水を添加した。インキュベート後、直接0.1%トリプシンを添加し、5分間インキュベートした。細胞剥離を確認し、DMEM培地3mLを添加し、15mL遠心管に回収し遠心分離(1000rpm、5分、20℃)を行った。上澄みをアスピレートし、DMEM培地100μLを添加した。そこから10μLを分取し、エッペンドルフチューブに入れ、トリパンブルー溶液を10μL添加した。そこから10μLを分取し、自動セルカウンターで細胞数をカウントした。結果を表1に示す。
【表1】
【0044】
透明化処理後にかなりの数の細胞が生存していることが確認された。AMPでの透明化処理における生存率が最も高かった。次いでADPでの透明化処理における生存率が高かった。CMPおよびTMPを用いて処理した場合も、公知の透明化剤であるラピクリア1.52およびアンチピリンを用いて処理した場合よりも細胞生存率が高かった。ポリAを用いた場合、ポリAの粘度が高いためトリパンブルー染色ができなかったが、ポリAでの透明化処理は生存率にほとんど影響しないと考えられた(データ示さず)。
【実施例3】
【0045】
実施例3 透明化に及ぼすAMP濃度およびコラーゲン濃度の影響
コラーゲン溶液を生体組織のモデルとして用い、透明化に及ぼすAMP濃度およびコラーゲン濃度の影響について調べた。
96ウェルプレートに0.1重量%、0.5重量%、1重量%および5重量%のsCMF水溶液を100μL入れ、10重量%(屈折率1.35)、25重量%(屈折率1.38)、50重量%(屈折率1.39)および100重量%(屈折率1.43)のAMP水溶液を100μL添加した。室温で2時間静置後、プレートリーダー(Synergy HTX)で600nmにおける吸光度を測定した。得られた吸光度をLambert-Beerの式に代入して透過率を算出した。
【0046】
2時間透明化処理を行った後のプレートの様子を
図1の左パネルに示す。50重量%のAMPを用いた場合のsCMF濃度と透過率の関係を
図1の右上パネルに示す。AMP濃度とsCMF濃度が透過率に及ぼす影響を
図2に示す。
コラーゲン濃度が低いほど透過率が上昇し、AMP濃度が高いほど透過率が上昇することがわかった。これらの結果から、生体組織の厚さ(所望の透明化深度)や生体組織の細胞密度などに応じて透明化に用いる化合物の濃度を調節しうると考えられた。
【実施例4】
【0047】
実施例4 三次元組織モデルの透明化試験(1)
実験手順を以下に示す。
(1)DMEMを用いて、2mg/100μL濃度のフィブリノーゲン、6mg/100μL濃度のCMF、1ユニット/100μL濃度のスロンビンを含む溶液を調製した。
(2)エッペンドルフチューブにヒト皮膚線維芽細胞を1.0x105個、ヒト臍帯静脈内皮細胞5.0x104個、DMEMとEGM-2の混合培地18μL、スロンビン溶液2μLを入れて細胞懸濁液を調製した。
(3)(1)で作製したフィブリノーゲン溶液をCMF溶液に合わせ、計200μLになった溶液から40μLを取り出し、(2)で作製した細胞懸濁液に加えた。
(4)(3)で調製した細胞懸濁液をガラスボトムディッシュに取り、30μLのドロップを作成した。
(5)ドロップを2時間インキュベートした後、DMEMとEGM-2の混合培地を2mL添加した。
(6)ドロップを37℃で1週間培養し、PBSで洗浄した後パラホルムアルデヒドで15分固定した。
(7)固定した組織をCD31免疫染色およびDAPI染色に付した。
(8)100重量%のAMPにて37℃で30分間透明化処理を行った。
(9)共焦点レーザー顕微鏡(オリンパスFV3000)にて組織を観察した。
【0048】
透明化前後の組織の写真(ディッシュに対して垂直方向)を
図3上段に示す。組織が完全に透明化されたことが肉眼で確認された。透明化処理前後の組織内の血管の免疫染色像(ディッシュに対して垂直方向)を
図3下段に示す。透明化処理前には組織深部の血管が不鮮明であったが(左)、透明化処理により組織深部の血管がはっきりと観察できた(右)。
【0049】
透明化処理前後の組織内の血管の免疫染色像(ディッシュに対して水平方向)を
図4上段に示す。透明化処理前には血管がほとんど観察されなかったが、透明化処理により、深部の血管がはっきりと観察できた。
図4の右下のパネルは、透明化処理後に血管網全体を撮影した共焦点レーザー顕微鏡写真である。この写真から、数mmの大きな空間全体に血管網が形成されていることが確認できた。
【実施例5】
【0050】
実施例5 三次元組織モデルの透明化試験(2)
生きた三次元組織モデルの透明化試験を行った。透明化剤として60重量%のAMPを用い、比較のため、ラピクリア1.52および61重量%のフルクトースを用いた。実験手順は、工程(6)に記載のパラホルムアルデヒドでの固定を行わなかった以外は実施例4と同様であった。
【0051】
AMPを用いた透明化処理前後の組織内の血管の免疫染色像を
図5に示す。
図5上段は処理直前(0分)の像であり、左パネルがディッシュに対して垂直方向、右パネルがディッシュに対して水平方向から観察した像である。
図5下段は処理直後(30分)の像であり、左パネルがディッシュに対して垂直方向、右パネルがディッシュに対して水平方向から観察した像である。AMPでの透明化処理により、組織の中央部分が見えるようになっており、200μmまで深部が観察できた。
【0052】
さらに、上記と同様の実験系において、透明化処理を30分、60分、および90分行った後、プロテイナーゼKおよびコラゲナーゼ(1:1)にて組織を崩壊させ、トリパンブルー染色を行って生細胞数をカウントした。結果を
図6に示す。
図6の左パネルは、AMP、ラピクリア1.52およびフルクトースでの30分の透明化処理後の細胞生存率を示す。AMPでの透明化処理は細胞生存率に対して有意な影響を及ぼさなかった(細胞生存率92%)。一方、ラピクリア1.52およびフルクトースでの透明化処理は、明らかに細胞生存率を低下させた(それぞれ65%および22%)。
図6の右パネルは、AMPでの透明化処理時間と細胞生存率の関係を示す。30分および60分の透明化処理では、細胞生存率はそれぞれ92%および90%と非常に高かった。90分の透明化処理でも、かなりの数の細胞が生存していることが確認された(細胞生存率45%)。
【産業上の利用可能性】
【0053】
本発明は、医薬品の開発、医学や生物学の研究等において利用可能である。