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特許7580090AgAuSe系多元化合物からなる半導体ナノ粒子
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-10-31
(45)【発行日】2024-11-11
(54)【発明の名称】AgAuSe系多元化合物からなる半導体ナノ粒子
(51)【国際特許分類】
   C01B 19/00 20060101AFI20241101BHJP
   C09K 11/88 20060101ALI20241101BHJP
   C09K 11/89 20060101ALI20241101BHJP
   C09K 11/08 20060101ALI20241101BHJP
   C09K 11/64 20060101ALI20241101BHJP
   C09K 11/62 20060101ALI20241101BHJP
   C09K 11/58 20060101ALI20241101BHJP
   B82Y 30/00 20110101ALI20241101BHJP
【FI】
C01B19/00 Z
C09K11/88 ZNM
C09K11/89
C09K11/08 G
C09K11/64
C09K11/62
C09K11/58
B82Y30/00
【請求項の数】 6
(21)【出願番号】P 2023010539
(22)【出願日】2023-01-26
(65)【公開番号】P2024106277
(43)【公開日】2024-08-07
【審査請求日】2024-01-22
(73)【特許権者】
【識別番号】504139662
【氏名又は名称】国立大学法人東海国立大学機構
(73)【特許権者】
【識別番号】509352945
【氏名又は名称】田中貴金属工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000268
【氏名又は名称】オリジネイト弁理士法人
(72)【発明者】
【氏名】鳥本 司
(72)【発明者】
【氏名】亀山 達矢
(72)【発明者】
【氏名】宮前 千恵
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 弘規
(72)【発明者】
【氏名】大嶋 優輔
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 太亮
【審査官】廣野 知子
(56)【参考文献】
【文献】欧州特許出願公開第04092095(EP,A1)
【文献】特表2008-540304(JP,A)
【文献】特開2022-048169(JP,A)
【文献】特開2018-044142(JP,A)
【文献】特表2020-522452(JP,A)
【文献】特開2015-189636(JP,A)
【文献】特開2020-033245(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C01B 19/00
C09K 11/08-11/89
B82Y 30/00
H01L 31/04,342
JSTPlus/JST7580/JSTChina(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
必須の構成元素としてAg、Au、Seを必須とするカルコゲン元素、及び金属Mを含む化合物からなる半導体ナノ粒子であって、
前記金属Mは、Al、Ga、In、Tl、Zn、Cd、Hg、Cuの少なくともいずれかであり、
前記化合物は、Ag、Au、Seを必須とするカルコゲン元素、及び金属Mの合計含有量が95質量%以上であり、
前記化合物中の金属Mの含有量が1原子%以上50原子%以下であり、
前記化合物中のAgの原子数xとAuの原子数yとの合計に対するAgの原子数の比(x/(x+y))が0.20以上0.95以下であり、
前記化合物中のカルコゲン元素の含有量が25原子%以上60原子%以下である半導体ナノ粒子。
【請求項2】
前記化合物中のSeを必須とするカルコゲン元素の含有量が25原子%以上60原子%以下である請求項1記載の半導体ナノ粒子。
【請求項3】
前記化合物は、Ag、Au、Seを必須とするカルコゲン元素を含む化合物に金属Mがドープされてなる請求項1又は請求項2記載の半導体ナノ粒子。
【請求項4】
平均粒径が、2nm以上20nm以下である請求項1又は請求項2記載の半導体ナノ粒子。
【請求項5】
請求項1又は請求項2記載の半導体ナノ粒子表面に保護剤が結合された半導体ナノ粒子であって、
前記保護剤は、アルキル鎖炭素数が4以上20以下のアルキルアミン、アルケニル鎖炭素数が4以上20以下のアルケニルアミン、アルキル鎖炭素数が3以上20以下のアルキルカルボン酸、アルケニル鎖炭素数が3以上20以下のアルケニルカルボン酸、アルキル鎖炭素数が4以上20以下のアルカンチオール、アルキル鎖炭素数が4以上20以下のトリアルキルホスフィン、アルキル鎖炭素数が4以上20以下のトリアルキルホスフィンオキシド、トリフェニルホスフィン、トリフェニルホスフィンオキシドの少なくともいずれかである半導体ナノ粒子。
【請求項6】
吸収スペクトルの長波長側吸収端波長が、800nm以上である請求項1又は請求項2記載の半導体ナノ粒子。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、AgAuSe系多元化合物からなる半導体ナノ粒子に関する。詳しくは、Ag、Au、Se及び金属Mで構成される新規なAgAuSe系多元化合物であって、光半導体特性に優れた半導体ナノ粒子に関する。
【背景技術】
【0002】
半導体は、ナノスケールの微小粒子とすることで量子閉じ込め効果を発現し、粒径に応じたバンドギャップを示す。そのため、半導体ナノ粒子の組成と粒径を制御してバンドギャップを調節することで、発光波長や吸収波長を任意に設定することができるようになる。この特性を利用した半導体ナノ粒子は、量子ドット(QD:Quantum Dot)とも称されており、様々な技術分野での活用が期待されている。半導体ナノ粒子の応用例としては、例えば、ディスプレイ装置や生体関連物質検出用マーカー物質等に利用される発光素子、蛍光物質が検討されている。半導体ナノ粒子は、前記した粒径調整による発光波長が制御可能であることに加えて、その発光ピーク幅が有機色素に比べて十分に狭く安定的であるためである。
【0003】
また、半導体ナノ粒子は、吸収波長の制御も可能である上に、高い量子効率を有し吸光係数が高いという特性も有する。これにより半導体ナノ粒子は、太陽電池や各種の光センサ等に搭載される光電変換素子や受光素子への利用も検討されている。特に、半導体ナノ粒子は、近赤外線領域(NIR)や短波赤外線領域(SWIR)に対応する光センサの受光素子として応用が期待されている。これら長波長領域領域に対応する光センサは、LIDAR(Light Detection and Ranging)やSWIRイメージセンサに搭載されている。LIDARは、自動車自動運転・ドローン・船舶等におけるリモートセンシングシステムであり、近年の自動運転技術の発展において重要なデバイスとなっている。また、SWIRイメージセンサは、食品検査、農業分野、ドローン等の分野において、今後需要が高まることが予測されるデバイスである。これまでの光センサの受光素子には、Si薄膜の適用例が多い。しかし、Si薄膜によるセンサは、900nm以上の波長域で感度が大きく低下するので、上記のアプリケーションには適合できない。このことから、半導体ナノ粒子を利用した受光素子の開発が期待されている。
【0004】
これまで検討されている半導体ナノ粒子の具体的な構成としては、CdS、CdSe、CdTe、PbS、PbSe、AgS等の第11族-第16族化合物半導体といった二元化合物半導体や、AgInTe等の第11族-第13族-第16化合物半導体のような三元化合物半導体で構成された半導体ナノ粒子が知られている(特許文献1~4)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開2004-243507号公報
【文献】特開2004-352594号公報
【文献】特開2017-014476号公報
【文献】国際公開WO2020/054764号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
上記のように各種組成の半導体ナノ粒子が知られているが、半導体ナノ粒子はいまだ研究段階にあり、実用性を考慮した上で最適なものが見出されているわけではない。特に、上述した近赤外線領域(NIR)や短波赤外線領域(SWIR)に対応して好適な応答特性を有する半導体ナノ粒子は少ない。
【0007】
上記した従来の半導体ナノ粒子に関してみると、PbSのナノ粒子が近赤外線領域(NIR)及び短波赤外線領域(SWIR)に対応可能である。しかしながら、Pbは、欧州のRoHS指令(Restriction of the use of certain Hazardous Substances
in electrical and electronic equipment)で電気・電子機器への使用制限が規定される特定有害物質に含まれており、環境負荷の観点から今後多用されるべき金属元素とは言い難い。
【0008】
更に、光センサ等の受光素子以外の用途についてみても、従来の半導体ナノ粒子は、Pb以外にもCdを含むものもあり、生体親和性(低毒性組成)等の要求によって使用可能なものは少ない。
【0009】
そこで、本発明は、これまでの報告例にはない新規な構成の半導体ナノ粒子であって、好適な光半導体特性を有すると共に生体親和性等の実用性にも配慮されたものを提案する。特に、近赤外線領域(NIR)及び短波赤外線領域(SWIR)に対応可能であり、これらの波長領域で好適な光吸収・発光特性を発揮し得る半導体ナノ粒子を提示する。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者等は、新たな半導体ナノ粒子としてAg及びAuの2種の金属(貴金属)の双方を含むカルコゲナイド化合物からなる半導体ナノ粒子について着目した。上記従来技術で示したように、Agのカルコゲナイド化合物(AgS)のナノ粒子は、光半導体特性を示すことが知られている。また、Auにも同様の可能性がある。そして、Ag及びAuの貴金属は、いずれも化学的に比較的安定な金属であり、生体親和性を有する金属として古くから知られている。よって、Ag及びAuの双方を含む三元系のカルコゲナイド化合物の半導体ナノ粒子についての具体的な検討には技術的意義があると考えるべきである。
【0011】
更に、本発明者等は、Ag及びAuと共に化合物を構成するカルコゲン元素の好適化についても検討することとした。その結果、Ag及びAuとSe(セレン)を必須的に含むカルコゲン元素からなるAgAuSe系化合物からなる半導体ナノ粒子が、本発明の課題解決に寄与し得る特性を有することを確認した。
【0012】
本発明者等の検討によれば、光半導体特性を発揮するという観点のみであれば、カルコゲン元素としてS(硫黄)を適用するAgAuS三元化合物によっても好適な半導体ナノ粒子を構成することができる。但し、本発明者等は、本発明のもう一つの課題である赤外線領域(NIR)及び短波赤外線領域(SWIR)での光応答性に関してはAgAuS三元化合物のナノ粒子では不十分であることを確認している。そして、本発明者等は、必須のカルコゲン元素としてSeを適用することにより、長波長領域での光応答性を発揮し得ることを確認している。
【0013】
そこで本発明者等は、AgAuSe系化合物からなる半導体ナノ粒子の特性を検討し、これを基礎とした最適な構成を見出すこととした。その結果、AgAuSe系化合物に対し、所定の金属元素(M)を添加したAgAuSe系多元化合物からなるナノ粒子を見出した。
【0014】
即ち、上記課題を解決する本発明は、必須の構成元素としてAg、Au、Seを必須とするカルコゲン元素、及び金属Mを含む化合物からなる半導体ナノ粒子であって、前記金属Mは、Al、Ga、In、Tl、Zn、Cd、Hg、Cuの少なくともいずれかであり、前記化合物は、Ag、Au、Seを必須とするカルコゲン元素、及び金属Mの合計含有量が95質量%以上である半導体ナノ粒子である。
【0015】
以下、本発明に係るAgAuSe系多元化合物半導体からなる半導体ナノ粒子の構成とその製造方法について説明する。尚、本願明細書においては、便宜のため、Ag、Au、Seを必須とするカルコゲン元素から構成されるカルコゲナイド化合物を「AgAuSe系化合物」と称する。そして、本発明の対象となる、前記AgAuSe系化合物に少なくとも1種の金属Mを添加した四元系以上の多元系のカルコゲナイド化合物を「AgAuSe系多元化合物」と称することとする。
【0016】
A.本発明に係る半導体ナノ粒子の構成
A-1.半導体ナノ粒子の化学組成
上記の通り、本発明に係る半導体ナノ粒子は、AgAuSe系化合物に金属Mが添加されてなるAgAuSe系多元化合物で構成される。本発明において、Ag及びAuは、本発明の基本的化合物であるAgAuSe系化合物を構成する金属元素(遷移金属元素)として必須の金属である。そして、本発明のAgAuSe系多元化合物は、化合物中のAgとAuとの存在比率によって特性が変化する。本発明においては、ナノ粒子を構成する化合物中のAgの原子数(x)とAuの原子数(y)との合計に対するAgの原子数の比(x/(x+y))が0.20以上0.95以下であるものが好ましい。Agの原子数の比は、より好ましくは0.40以上とし、更に好ましくは0.5以上とし、特に好ましくは0.6以上とする。また、Agの原子数の比は、より好ましくは0.90以下とし、更に好ましくは0.88以下とする。これらの組成範囲において、発光量子効率等の増大効果が明瞭となる。
【0017】
また、Seも本発明のAgAuSe系多元化合物に必須の構成元素である。本発明において、カルコゲン元素としてSeを選択したのは、半導体ナノ粒子に近赤外線領域(NIR)及び短波赤外線領域(SWIR)の双方において有効な光応答特性を付与するためである。カルコゲン元素としてSを適用するAgAuS三元化合物は、800nm近傍の波長域において有効な光応答特性・発光ピークを示すが、900nm以上の波長域では減衰する傾向がある。本発明では、必須のカルコゲン元素としてSeを適用することで、900nm以上の波長域でも好適な光応答特性・発光ピークを示すことができる。この作用は、Sより質量が大きいSeを適用することで、化合物中の各金属とカルコゲン元素との間における軌道エネルギー差が縮小したことにより生じていると推定される。
【0018】
Seを必須とするカルコゲン元素は、Ag、Au、及び金属Mに対して電荷補償がなされるように、AgAuSe系多元化合物に含有されている。そのため、Seを必須とするカルコゲン元素の含有量は、Ag、Au、金属Mのそれぞれの含有量や価数によって変化する。AgAuSe系多元化合物中のSeを必須とするカルコゲン元素の含有量は、25原子%以上60原子%以下であるものが好ましい。Seを必須とするカルコゲン元素の含有量は、より好ましくは30原子%以上45原子%以下である。
【0019】
そして、本発明において、AgAuSe系化合物の特性改善のために添加される金属Mは、第11族元素~第13族元素に属する元素であるAl、Ga、In、Tl、Zn、Cd、Hg、Cuの少なくともいずれかである。これらの金属元素がAgAuSe系化合物の発光量子効率の向上作用や吸収波長のシフトといった特性変化を生じさせる。より好ましい金属Mとしては、In、Cu、Zn、Gaが挙げられる。
【0020】
本発明に係る半導体ナノ粒子を構成するAgAuSe系多元化合物は、金属Mの種類や含有量に応じ、その構造や特性を変化させる。化合物中の金属Mの含有量は、1原子%以上50原子%以下とするのが好ましい。金属Mの含有量が1原子%未満では、AgAuSe系化合物と実質的に変わりはない。また、50原子%を超えると、量子効率等における特性改善の効果が大きく低減する。そして、金属MがAl、Ga、In等の第13族元素に属する元素である場合、金属Mの含有量は、1原子%以上15原子%以下とするのがより好ましい。
【0021】
本発明に係る半導体ナノ粒子は、Ag、Au、Seを必須とするカルコゲン元素、金属Mを必須の構成元素とするAgAuSe系多元化合物で構成される。このAgAuSe系多元化合物は、Ag、Au、Seを必須とするカルコゲン元素、金属Mの合計含有量が化合物全体に対して95質量%以上である。必須構成元素であるAg、Au、Se、金属M以外に含まれる可能性のある元素としては、Ge、Si、Sn、Pb、O等が考えられ、これらの元素は5質量%未満であれば許容される。但し、化合物は、Ag、Au、Seを必須とするカルコゲン元素、金属Mの合計含有量が99質量%以上であることが好ましく、99.9質量%以上がより好ましい。尚、ここでの化合物の組成値は、半導体ナノ粒子を構成するAgAuSe系多元化合物の値であり、後述する保護剤の成分は含まれない。
【0022】
尚、本発明に係る半導体ナノ粒子を構成するAgAuSe系多元化合物は、Seを必須のカルコゲン元素として含む、としているので、S等のSe以外のカルコゲン元素を含み得る。例えば、後述する半導体ナノ粒子の製造工程で、金属Mのドーピングの際にSe以外のカルコゲン元素を使用する場合においては、SeとSを含む半導体ナノ粒子が形成されることがある。但し、長波長領域での光応答性や発光量子効率の観点から、特に好ましい態様としては、Seのみをカルコゲン元素とするAgAuSe系多元化合物の半導体ナノ粒子である。そして、この場合のSe含有量の好適範囲は、上記のカルコゲン元素の含有量の好適範囲と同様となる。
【0023】
A-2.本発明に係る半導体ナノ粒子の構造
本発明のAgAuSe系多元化合物からなる半導体ナノ粒子の構造に関し、その構成元素であるAg、Au、Se、金属Mの各原子の分布状態について特に限定されない。半導体ナノ粒子を構成する化合物の構造としては、Ag、Au、Seを含むAgAuSe系化合物に金属Mがドープされた状態の化合物が挙げられる。この場合のドープとは、金属M原子がAgAuSe系化合物からなる半導体化合物結晶の結晶格子に対し、置換及び/又は格子間侵入した状態である。
【0024】
また、本発明の半導体ナノ粒子を構成する化合物は、単一相で構成されていて良いが、複数相から構成されていても良い。複数相からなる粒子は、いわゆるコアシェル構造をとることもある。コアシェル構造では、Ag、Au、Seを含むAgAuSe系化合物がコアとなる化合物(コア化合物)となり、金属M又は金属Mを必須的に含みAg、Au、Seの少なくともいずれかを含む化合物がシェル(シェル化合物)となってコア化合物の表面の少なくとも一部を被覆する構造を有する場合がある。コアシェル構造の半導体ナノ粒子に関しては、コアとなるAgAuSe系化合物の表面欠陥をシェル中の金属Mが修飾することで、AgAuSe系化合物の特性向上に繋がると考えられる。この場合、シェル化合物は、金属Mのみで構成されている場合でも良いし、金属MとAg、Au、Seの少なくともいずれかとの化合物(例えば、AgMSe等)で構成されていても良いし、それらの混合であっても良い。これらの構造のいずれにおいても、半導体ナノ粒子となるAgAuSe系多元化合物中の元素分布は規則的であっても良いし不規則であっても良い。
【0025】
尚、本発明に係る半導体ナノ粒子の組成及び構造の解析においては、走査透過型電子顕微鏡(Scanning TEM)が好適に使用できる。特に、高角度散乱環状暗視野走査透過顕微鏡(High Angle Annular Dark Field Scanning TEM:HAADF-STEM)によれば、ナノ粒子の組成情報を反映した散乱像を得ることができ、エネルギー分散型X線分光装置(EDX)等との組み合わせにより、Ag、Au、Se、金属Mの分布状態やナノ粒子全体の組成を把握することができる。
【0026】
本発明に係る半導体ナノ粒子は、平均粒径が2nm以上20nm以下であるものが好ましい。半導体ナノ粒子の粒径は、量子閉じ込め効果によるバンドギャップの調整作用と関連する。バンドギャップの調整による好適な発光・光吸収特性を発揮する上では、前記の平均粒径とするのが好ましい。尚、半導体ナノ粒子の平均粒径は、複数(100個以上が好ましい)の粒子をTEM等の電子顕微鏡により観察し、各粒子の粒径を測定して粒子数平均を算出することで得ることができる。
【0027】
A-3.本発明に係る半導体ナノ粒子の光半導体特性
これまで述べたとおり、半導体ナノ粒子は、粒径に応じて量子閉じ込め効果によってバンドギャップが調整され、光吸収特性が変化する。本発明に係る半導体ナノ粒子においては、吸収スペクトルの長波長側の吸収端波長が800nm以上となるものが好ましい。これにより、半導体ナノ粒子は、可視光領域から近赤外領域の光に対する吸収性・応答性を有する。本発明は、より好ましい態様として、吸収スペクトルの長波長側の吸収端波長が850nm以上の半導体ナノ粒子とすることができる。また、本発明に係る半導体ナノ粒子は、発光スペクトルの測定において、発光スペクトルのピーク波長が900nmより長波長域で現れるものが好ましく、より好ましくは1000nmより長波長域でピーク波長が現れる。
【0028】
A-4.本発明に係る半導体ナノ粒子の利用態様
本発明に係る半導体ナノ粒子を適宜の基材・担体に塗布・担持することで、発光素子等の上述した各種用途に応用することができる。この基材や担体の構成や形状・寸法には特に制限はない。板状又は箔・フィルム上の基材として、例えば、ガラス、石英、シリコン、セラミックスもしくは金属等が例示される。また、粒状・粉末状の担体として、ZnO、TiO、WO、SnO、In、Al等の無機酸化物が例示される。また、半導体ナノ粒子を前記無機酸化物担体に担持し、更に、基材に固定しても良い。
【0029】
また、半導体ナノ粒子を基材・担体に塗布・担持する際には、上述したように、半導体ナノ粒子を適宜の分散媒に分散させた溶液・スラリー・インクが使用されることが多い。この溶液等の分散媒としては、クロロホルム、トルエン、シクロヘキサン、ヘキサン等が適用できる。そして、半導体ナノ粒子の溶液等の塗布方法としては、ディッピング、スピンコート法、また担持の方法としては、滴下法、含浸法、吸着法等の各種方法が適用できる。
【0030】
尚、本発明に係る半導体ナノ粒子は、その合成過程や上記のように分散媒に分散させたときの凝集を抑制するため保護剤を含んでいることが好ましい。この保護剤としては、アルキル鎖炭素数が4以上20以下のアルキルアミン、アルケニル鎖炭素数が4以上20以下のアルケニルアミン、アルキル鎖炭素数が3以上20以下のアルキルカルボン酸、アルケニル鎖炭素数が3以上20以下のアルケニルカルボン酸、アルキル鎖炭素数が4以上20以下のアルカンチオール、アルキル鎖炭素数が4以上20以下のトリアルキルホスフィン、アルキル鎖炭素数が4以上20以下のトリアルキルホスフィンオキシド、トリフェニルホスフィン、トリフェニルホスフィンオキシドの少なくともいずれかが好ましい。これらの保護剤は、半導体ナノ粒子の表面に結合して少なくとも一部を被覆し、分散液で半導体ナノ粒子の凝集を抑制して均一な溶液等とする。また、半導体ナノ粒子の合成工程で反応系に原料と共に保護剤を添加することで、好適な平均粒径のナノ粒子が合成される。尚、保護剤は、前記のアルキルアミン、アルケニルアミン、アルキルカルボン酸、アルケニルカルボン酸、アルカンチオール、トリアルキルホスフィン、トリアルキルホスフィンオキシド、トリフェニルホスフィン、トリフェニルホスフィンオキシドを単独又は複数組み合わせて適用することができる。
【0031】
B.本発明に係る半導体ナノ粒子の製造方法
次に、本発明に係る半導体ナノ粒子の製造方法について説明する。本発明の半導体ナノ粒子は、AgAuSe系化合物に金属MがドープされたAgAuSe系多元化合物からなる。このAgAuSe系多元化合物のナノ粒子の製造方法は、第1に、Ag、Au、Se、金属Mの各元素を含む前駆体(Ag前駆体、Au前駆体、Se前駆体、金属M前駆体)を同時に反応させてAgAuSe系多元化合物を合成する方法が挙げられる(この合成法を直接合成と称するときがある)。また、第2の製造方法として、AgAuSe系化合物のナノ粒子を合成し、このナノ粒子に金属Mを添加・ドープすることでAgAuSe系多元化合物を合成する方法がある(この合成法を2段階合成と称するときがある)。以下、それぞれの合成法を適用する半導体ナノ粒子の製造方法について説明する。
【0032】
B-1.直接合成による半導体ナノ粒子の製造方法
AgAuSe系多元化合物のナノ粒子を直接合成で製造する場合は、Ag前駆体及びAu前駆体と、Se前駆体と、金属M前駆体とを反応溶媒に混合し、これらからなる反応系を30℃以上200℃以下の温度で加熱する。
【0033】
原料となるAg前駆体及びAu前駆体としては、それぞれ、Ag塩又はAg錯体と、Au塩又はAu錯体が適用される。Ag前駆体及びAu前駆体は、1価のAg、1価のAuを含む塩又は錯体が好ましい。但し、Au前駆体については、3価のAuを含む前駆体を用いる場合がある。半導体ナノ粒子の合成過程で、溶媒や共存するSe前駆体等により3価Auが還元されて1価のAuとなるからである。
【0034】
好適なAg前駆体としては、酢酸銀(Ag(OAc))、硝酸銀、炭酸銀、酸化銀、シュウ酸銀、塩化銀、ヨウ化銀、シアン化銀(I)塩、ジエチルジチオカルバミン酸銀等が挙げられる。また、好適なAu前駆体としては、クロロ(ジメチルスルフィド)金(I)((CHSAuCl)、Auレジネート(C1018Au:CAS68990-27-2)、ヨウ化金(I)、亜硫酸金(I)塩、塩化金酸(III)、酢酸金(III)、シアン化金(I)塩、シアン化金(III)塩、1,10-フェナントロリン金(III)等が挙げられる。
【0035】
また、Se前駆体となるSe化合物としては、粉末状セレンの他、セレノウレア(Se=C(NH)、セレノシステイン、トリオクチルホスフィンセレニド、トリフェニルホスフィンセレニド、ジフェニルジセレニド、ジベンジルジセレニド等のSe化合物が適用できる。
【0036】
金属M前駆体となる化合物としては、金属Mの塩化物、硫化物、硝酸塩、酢酸塩、硫酸塩、スルファミン酸塩、ステアリン酸塩等が挙げられる。例えば、塩化インジウム、酢酸インジウム、ジエチルジチオカルバミド酸インジウム、塩化銅、酢酸銅、ステアリン酸亜鉛、酢酸亜鉛等である。
【0037】
合成されるAgAuSe系多元化合物の組成は、Ag前駆体及びAu前駆体の仕込み量の比により調整可能である。好適なAgAuSe系多元化合物を得るためのAg前駆体及びAu前駆体の仕込み量は、Ag前駆体中のAg原子の原子数をa、Au前駆体中のAu原子の原子数をbとしたとき、それらの合計に対するAg原子の原子数の比率(a/(a+b):以下、Ag仕込み比率と称するときがある)が0.20以上0.95以下となるように設定することが好ましい。Ag仕込み比率は、0.4以上とするのがより好ましい。
【0038】
尚、反応系中のSe前駆体の仕込み量は、Ag、Au、金属Mの仕込み量に対して比較的広範に設定できる。Se前駆体については、余剰のSeが反応系にあったとしてもAgAuSe系多元化合物の組成への影響は少ないからである。
【0039】
また、上記したように、本発明の半導体ナノ粒子は、AgAuSe系多元化合物に保護剤が結合していることが好ましい。そのため、上記した反応系には、Ag前駆体、Au前駆体等と共に保護剤を添加することが好ましい。保護剤として、アルキル鎖炭素数が4以上20以下のアルキルアミン、アルケニル鎖炭素数が4以上20以下のアルケニルアミン、アルキル鎖炭素数が3以上20以下のアルキルカルボン酸、アルケニル鎖炭素数が3以上20以下のアルケニルカルボン酸、アルキル鎖炭素数が4以上20以下のアルカンチオール、アルキル鎖炭素数が4以上20以下のトリアルキルホスフィン、アルキル鎖炭素数が4以上20以下のトリアルキルホスフィンオキシド、トリフェニルホスフィン、トリフェニルホスフィンオキシドの少なくともいずれかを添加することが好ましい。
【0040】
尚、半導体ナノ粒子の合成における反応系は、無溶媒でナノ粒子を生成することも可能であるが、溶媒を使用することが好ましい。溶媒を使用する場合は、オクタデセン、テトラデカン、オレイン酸、オレイルアミン、ドデカンチオール、あるいはこれらの混合物等が適用できる。
【0041】
そして、Ag前駆体、Au前駆体、Se前駆体、金属M前駆体、及び保護剤で構成される反応系を加熱することでAgAuSe系多元化合物ナノ粒子が合成される。このときの加熱温度(反応温度)は、30℃以上200℃以下とする。30℃未満ではAgAuSe系多元化合物の合成が進行し難い。一方、200℃を超えると、Auが単独でナノ粒子を形成し所望の組成の化合物が生成されないおそれがある等の問題がある。半導体ナノ粒子の平均粒径は、反応温度の上昇と共に増大するが、前記温度範囲内であれば好適な平均粒径を超えることは少ない。より好適な反応温度は、40℃以上120℃以下である。
【0042】
また、反応時間(加熱時間)は、原料の仕込み量によって調整可能であるが、5分以上120分以下とするのが好ましい。反応時間は、より好ましくは、10分以上とし、更に好ましくは15分以上とする。尚、半導体ナノ粒子の合成反応中は、反応系を攪拌することが好ましい。
【0043】
半導体ナノ粒子の合成反応の終了後は、必要に応じて反応系を冷却し、半導体ナノ粒子を回収する。このとき、非溶媒となるアルコール(エタノール、メタノール等)を添加してナノ粒子を沈殿させる、あるいは、遠心分離等により半導体ナノ粒子を沈殿させて回収し、更にアルコール(エタノール、メタノール等)等で一旦粒子を洗浄したのち、クロロホルムなどの良溶媒中に均一に分散させても良い。
【0044】
B-2.2段階合成による半導体ナノ粒子の製造方法
本発明に係るAgAuSe系多元化合物の半導体ナノ粒子は、AgAuSe系化合物のナノ粒子に金属Mをドープすることによっても製造可能である。この場合には、AgAuSe系化合物を合成した後に金属M前駆体を反応さてAgAuSe系多元化合物を合成する。
【0045】
AgAuSe系化合物のナノ粒子は、Ag前駆体及びAu前駆体とSe前駆体とを反応溶媒に混合し、これらからなる反応系を30℃以上200℃以下の温度で加熱することで合成可能である。
【0046】
AgAuSe系化合物の原料となるAg前駆体、Au前駆体、Se前駆体は、上記したAgAuSe系多元化合物の直接合成による方法と同じ金属塩、金属錯体を使用することができる。また、AgAuSe系化合物合成のためのAg前駆体、Au前駆体、Se前駆体の仕込み量についてもAgAuSe系多元化合物の直接合成と同様として良い。更に、反応系を形成するための溶媒や保護剤の使用についてもAgAuSe系多元化合物の直接合成と同様の内容で設定される。
【0047】
Ag前駆体、Au前駆体、Se前駆体及び保護剤で構成される反応系の加熱温度(反応温度)は、30℃以上200℃以下とする。30℃未満ではAgAuSe系化合物の合成が進行し難い。より好適な反応温度は、40℃以上120℃以下である。また、加熱時間(反応時間)は、1分以上120分以下とするのが好ましい。AgAuSe系化合物の半導体ナノ粒子の合成反応終了後は、上記と同様にして回収可能であり、その後金属Mのドープに供される。
【0048】
尚、上記のようにして合成されるAgAuSe系化合物のナノ粒子は、AgAuSe、AgAuSe、AgAuSe、AgAuSe、AgAuSe、AgAuSe、AgAuSeの組成式で表される化合物又は前記の組成式に近似される化合物である。但し、前記のような化学量論組成の化合物に加えて、前記の化学量論組成にない組成の化合物が挙げられる。これら化学量論組成であっても良いし、化学量論組成にないものでも良いし、それらの混合相であっても良い。
【0049】
AgAuSe系化合物への金属Mのドープは、無溶媒で行うことも可能であるが、溶媒中で行うことが好ましい。溶媒としては、上記したAgAuSe系化合物の反応系と同じものを使用することができる。上記で製造したAgAuSe系化合物のナノ粒子を含む反応系をそのまま利用しても良いし、上記の分離手段でナノ粒子を回収した後に溶媒に再分散させて反応系を形成して良い。
【0050】
AgAuSe系化合物ナノ粒子への金属Mの添加工程は、金属Mの化合物を金属M前駆体として反応系へ添加・混合し加熱する。金属M前駆体は、AgAuSe系多元化合物の直接合成と同様の金属塩、金属錯体が適用できる。反応系における金属Mの前駆体の仕込み量の好適範囲も直接合成と同様である。
【0051】
また、2段階合成で金属Mをドープするときには、AgAuSe系化合物をAgAuSe系多元化合物にするための電荷補償のため、金属M前駆体と共にカルコゲン元素を反応系に添加しても良い。このときのカルコゲン元素は、Seに限定されずSを添加しても良い。例えば、単体硫黄の他、チオ尿素、アルキルチオ尿素、チオアセトアミド、アルカンチオールといった化合物や、β-ジチオン類、ジチオール類、キサントゲン酸塩、ジエチルジチオカルバミド酸塩等の化合物を添加しても良い。但し、AgAuSe系化合物ナノ粒子へ金属Mをドープする際のカルコゲン元素の添加は必須ではない。
【0052】
金属Mのドープは、AgAuSe系化合物及び金属M前駆体と任意に添加されたカルコゲン元素を含む反応系を加熱することで進行する。このときの加熱温度は、30℃以上200℃以下とするのが好ましい。30℃未満では金属Mのドーピングが進行し難い。一方、200℃を超えると、AgAuSe系化合物の分解が生じるおそれがある。より好適な反応温度は、100℃以上150℃以下である。また、加熱時間(反応時間)は、反応系中の各成分の仕込み量によって調整可能であり、5分以上60分以下とするのが好ましい。尚、反応系は攪拌することが好ましい。
【0053】
上記の金属Mを添加する反応工程により、AgAuSe系多元化合物からなる半導体ナノ粒子を合成することができる。その後は直接合成による製造方法と同様にして半導体ナノ粒子を回収することができる。
【発明の効果】
【0054】
以上説明したように、本発明は、AgAuSe系化合物に金属Mが添加されたAgAuSe系多元化合物からなる半導体ナノ粒子である。AgAuSe系化合物は、ナノ粒子とすることで光半導体特性を発揮し、これにIn等の金属Mを添加することで、更に好適な特性を発揮する。
【0055】
本発明に係るAgAuSe系多元化合物からなる半導体ナノ粒子は、その主要な構成元素が生体親和性を有する低毒性な元素であることから、発光素子等の一般的な半導体デバイスに加えて、生体利用されるマーカー等への応用も期待できる。
【0056】
また、本発明に係る半導体ナノ粒子は、近赤外領域における発光・光吸収特性の向上が図られている。近年、近赤外領域での応答性が重視される光電変換素子として、LIDARやSWIRイメージセンサに適用される受光素子がある。本発明に係る半導体ナノ粒子は、こうした近赤外領域で作動する光電変換素子への利用が期待される。
【図面の簡単な説明】
【0057】
図1】第1実施形態の実施例1及び実施例2(AgAuSeIn)、参考例1(AgAuSe)、参考例2(AgAuS)の半導体ナノ粒子のTEM像。
図2】第1実施形態の実施例1及び実施例2(AgAuSeIn)の半導体ナノ粒子の吸収スペクトル。
図3】第1実施形態の参考例1(AgAuSe)、参考例2(AgAuS)の半導体ナノ粒子の吸収スペクトル。
図4】第1実施形態の実施例1及び実施例2(AgAuSeIn)の半導体ナノ粒子の発光スペクトル。
図5】第1実施形態の参考例1(AgAuSe)、参考例2(AgAuS)の発光スペクトル。
図6】第2実施形態でIn仕込み量を調整して合成したAgAuSeInナノ粒子のTEM像。
図7】第2実施形態でIn仕込み量を調整して合成したAgAuSeInナノ粒子の吸収スペクトルの測定結果。
図8】第2実施形態でIn仕込み量を調整して合成したAgAuSeInナノ粒子の発光スペクトル。
図9a】第3実施形態でAg仕込み比率を調整して反応時間20分で合成したAgAuSeInナノ粒子のTEM像。
図9b】第3実施形態でAg仕込み比率を調整して反応時間10分で合成したAgAuSeInナノ粒子のTEM像。
図10a】第3実施形態でAg仕込み比率を調整して反応時間20分で合成したAgAuSeInナノ粒子の吸収スペクトル。
図10b】第3実施形態でAg仕込み比率を調整して反応時間10分で合成したAgAuSeInナノ粒子の吸収スペクトル。
図11a】第3実施形態でAg仕込み比率を調整して反応時間20分で合成したAgAuSeInナノ粒子の発光スペクトル。
図11b】第3実施形態でAg仕込み比率を調整して反応時間10分で合成したAgAuSeInナノ粒子の発光スペクトル。
図12】第3実施形態でAg仕込み比率を0.5、0.75として合成したAgAuSeInナノ粒子(反応時間20分、10分)のXRD回折パターン。
図13】第4実施形態で反応時間を調整して合成したAgAuSeInナノ粒子のTEM像。
図14】第4実施形態で反応時間を調整して合成したAgAuSeInナノ粒子の吸収スペクトル。
図15】第4実施形態で反応時間を調整して合成したAgAuSeInナノ粒子の発光スペクトル。
図16】第4実施形態で反応時間を0.5、0.75として合成したAgAuSeInナノ粒子のXRD回折パターン。
【発明を実施するための形態】
【0058】
第1実施形態:以下、本発明の実施形態について説明する。本実施形態では、上記した2種の合成法により、金属MとしてInを含むAgAuSe系多元化合物(AgAuSeIn)からなる半導体ナノ粒子を合成した。そして、それらの組成分析を行うと共に光応答特性を評価した。
【0059】
実施例1:この実施例では、直接合成によりAgAuSeInのナノ粒子を合成した。Ag前駆体として酢酸銀(Ag(OAc))0.075mmol、Au前駆体としてクロロ(ジメチルスルフィド)金(I)0.025mmol、金属MであるIn前駆体として酢酸インジウム(In(OAc))0.10mmol、Se前駆体としてセレノウレア0.20mmolを試験管に入れた。ここに溶媒としてオレイルアミン(OLA)2.9mLと、保護剤として1-ドデカンチオール(DDT)0.1mLを加えた。
【0060】
以上の原料及び溶媒を入れた試験管に撹拌子を入れ、3回窒素置換した後、ホットスターラーにより反応温度を50℃として10分間加熱しながら撹拌した。反応終了後、20分間放冷した後に小試験管に移し替えて、5分間4000rpmで遠心分離を行い上澄み液と沈殿とを分離した。
【0061】
その後、上澄み液に貧溶媒としてメタノールを4cm加えて沈殿を生じさせ、5分間4000rpmで遠心分離を行い、沈殿を回収した。この沈殿に更にエタノールを4cm加えて分散させた後、同条件で遠心分離を行い、副生成物や溶媒を除去してAgAuSeIn化合物のナノ粒子を精製した。
【0062】
以上の操作で得られたAgAuSeIn化合物のナノ粒子をクロロホルム3cmに分散させてAgAuSeInの半導体ナノ粒子の分散液を得た。この分散液をサンプル瓶に移し替えて窒素置換を行った後、遮光して冷蔵保管した。
【0063】
実施例2:この実施例では、2段階合成によりAgAuSeInのナノ粒子を合成した。この実施例では、最初に、AgAuSe系化合物であるAgAuSeのナノ粒子を合成し、InをドープしてAgAuSeInのナノ粒子を合成した。
【0064】
AgAuSeのナノ粒子の合成は、Ag前駆体として酢酸銀0.3mmol、Au前駆体としてクロロ(ジメチルスルフィド)金(I)0.1mmol、Se前駆体としてセレノウレア0.20mmolを試験管に入れた。更に、溶媒としてオレイルアミン2.9mLと保護剤として1-ドデカンチオール0.1mLを加えた。
【0065】
試験管内を窒素置換した後、ホットスターラーにより反応温度を50℃として10分間加熱しながら撹拌した。反応終了後、20分間放冷した後に小試験管に移し替えて、5分間4000rpmで遠心分離を行い上澄み液と沈殿とを分離した。その後、実施例1と同様にして、回収・精製をしてAgAuSeのナノ粒子を得た。
【0066】
そして、上記で得られたAgAuSeのナノ粒子1.0×10-5mmolと、In前駆体である塩化インジウム(InCl)4.13×10-6molとS化合物であるチオアセトアミド6.19×10-6molを溶媒である脱水オレイルアミン3.0mLに混合し、加熱してAgAuSeナノ粒子へInをドープした。加熱温度は、110℃として15分間加熱した。反応終了後、20分間放冷した後に小試験管に移し替えて、5分間4000rpmで遠心分離を行い上澄み液と沈殿とを分離した。その後、上記と同様にして精製をして、AgAuSe(S)Inのナノ粒子を回収し、実施例1と同様にして分散液とした。
【0067】
参考例1:AgAuSe系化合物へのIn(金属M)のドープの効果を確認するため、上記実施例2で合成したAgAuSe化合物のナノ粒子について、Inをドープすることなく評価することとした。
【0068】
参考例2:Ag、Auと化合物を形成するカルコゲン元素としてSを適用するAgAuS三元化合物のナノ粒子を以下の様にして合成した。
【0069】
Ag前駆体として酢酸銀0.3mmolと、Au前駆体としてクロロ(ジメチルスルフィド)金(I)0.1mmolと、S前駆体としてチオ尿素0.2mmolを試験管に入れ、溶媒であるオレイルアミン2.9mL、保護剤である1-ドデカンチオール0.1mLを加えた。
【0070】
そして、上記と同様にして窒素置換した後、ホットスターラーにより反応温度を150℃として10分間加熱しながら撹拌した。反応終了後、30分間放冷した後に小試験管に移し替えて、5分間4000rpmで遠心分離を行い上澄み液と沈殿とを分離した。
【0071】
その後、実施例1等と同様にして、遠心分離・精製をしてAgAuS三元化合物のナノ粒子の分散液を得た。
【0072】
[TEM観察及び平均粒径の測定]
実施例1及び実施例2(AgAuSeIn)と参考例1(AgAuSe)と参考例2(AgAuS)の各ナノ粒子について、TEM観察を行った。図1に、製造した各半導体ナノ粒子のTEM像を示す(倍率は、各写真のスケールバーを参照)。それぞれのTEM像から、略球形のナノ粒子が合成されたことが確認された。そして、TEM像に基づいて、各組成のナノ粒子の平均粒径を測定算出した。粒径測定においては、TEM像に含まれている計測可能なナノ粒子を全てについて粒径を求め、平均粒径を算出した。
【0073】
〔ナノ粒子の組成分析]
上記のTEM観察と共にEDX分析を行い、ナノ粒子の組成分析を行った。各半導体ナノ粒子の組成の測定結果を表1に示す。組成分析の結果は、本実施形態及び以下の各実施形態において、ナノ粒子全体に対する原子%で表示する。そして、組成分析結果に基づき算出されるAg原子数(x)とAu原子数(y)との合計に対するAg原子数の比(x/(x+y))を表1に併せて示す。
【0074】
【表1】
【0075】
[吸収スペクトル及び発光スペクトルの測定]
次に、実施例1、2及び参考例1、2の各半導体ナノ粒子について吸収スペクトルを測定した。吸収スペクトルは、紫外可視分光光度計(アジレント・テクノロジー株式会社製、Agilent 8453製)を用いて、波長範囲を400nm~1100nmとして測定した。
【0076】
更に、各ナノ粒子について発光スペクトル及び発光量子効率を測定した。発光スペクトルは浜松ホトニクス株式会社製ダイオードアレイ分光光度計(PMA-12、C10027-02)を用いた。サンプルをクロロホルム溶液(n=1.4429)で365nmでの吸光度が0.1となるように調整して測定を行った。
【0077】
また、発光量子収率の測定は、900nm以下の波長域での発光量子収率は、絶対PL量子収率測定装置(浜松ホトニクス株式会社製、C9920-03)を用いた。発光が1000nm以上の長波長に観測された場合には、マルチチャンネル分光測光装置(浜松ホトニクス株式会社製、PMA-12(型番:C10027-02(波長範囲350~1100nm)及び10028-01(波長範囲900~1650nm))を用いて発光スペクトルを測定した。このとき、サンプルをクロロホルム溶液(n=1.4429)で700nmでの吸光度が0.1となるように調整して測定を行った。励起光波長を700nmとして測定した。近赤外光領域における発光量子収率の算出は、蛍光分光光度計で計測された発光スペクトルについて、標準試料として近赤外発光有機蛍光色素であるインドシアニングリーン(ICG:Φ=13.2%)のエタノール溶液(n=1.3618)の発光スペクトルを測定し、下記式により相対法によって各サンプルの発光量子収率を計算した。
【0078】
【数1】
【0079】
本実施形態で製造した各半導体ナノ粒子の吸収スペクトルの測定結果を図2及び図3に示す。また、発光スペクトルの測定結果を図4及び図5に示す。そして、各半導体ナノ粒子の発光波長及び発光量子収率との関係について纏めたものを表2に示す。
【0080】
【表2】
【0081】
図3を参照すると、必須のカルコゲン元素としてSeを含む実施例1(AgAuSeIn)及び実施例2(AgAuSe(S)In)と参考例1(AgAuSe)は、吸収端波長が900nm以上となっている。そして、これらの半導体ナノ粒子は、カルコゲン元素がSのみの参考例2(AgAuS)に対して吸収端波長が長波長となっている。カルコゲン元素をSeにすることで、長波長領域の光応答性が向上することが分かる。
【0082】
また、図4から、AgAuSeにInがドープされた実施例1、2のAgAuSeInのナノ粒子は、参考例1のナノ粒子(AgAuSe、図5)とほぼおなじ位置(約980~1000nm)に発光ピークを示し、更に参考例2(AgAuS、図5)の発光ピーク(約780nm)よりも長波長側に発光ピーク位置を示した。この結果から、必須のカルコゲン元素としてSeを適用することで、長波長領域での光応答特性への対応が可能となることが確認される。
【0083】
そして、実施例1、2と参考例1との対比から、AgAuS系化合物へのIn(金属M)のドープの効果として、発光量子効率の増大があることが確認される。特に、直接合成で合成された実施例1のAgAuSeInナノ粒子は、極めて良好な量子効率を示した。以上の本実施形態における結果から、好適な半導体ナノ粒子を形成するには、カルコゲン元素としてSeを必須とするAgAuSe系化合物を基礎としつつIn(金属M)をドープすることが好ましく、これにより長波長領域への対応に加え優れた発光特性が発揮されることが確認された。
【0084】
第2実施形態:第1実施形態のAgAuSeInナノ粒子の好適な結果を受け、本実施形態ではAgAuSeInナノ粒子におけるInのドープ量による特性の変化を検討した。
【0085】
本実施形態でのAgAuSeInナノ粒子の合成は、基本的に第1実施形態の実施例1(直接合成)に準じた。即ち、酢酸銀0.075mmol、クロロ(ジメチルスルフィド)金(I)0.025mmolと共に、In前駆体である酢酸インジウムとセレノウレアを試験管に入れ、溶媒(オレイルアミン)2.9mLと保護剤(1-ドデカンチオール)0.1mLを加えてAgAuSeInナノ粒子を合成した。反応条件は、加熱温度50℃で反応時間を10分間とし、反応前後の処理は実施例1と同じとした。
【0086】
本実施形態では、実施例1におけるInの仕込み量(0.1mmol)を「1倍」として基準にし、この仕込み量に対して0.5倍、0.75倍、0.88倍、1.25倍、1.5倍、2倍、4倍のInを反応系に添加した。また、各サンプルにおけるIn添加量からAg、Au、Inの正電荷を考慮し、これと等しい負電荷になるようにSe(セレノウレア)の添加量を調整した。
【0087】
各Inドープ量で合成したAgAuSeInナノ粒子について、第1実施形態と同様にして、TEM観察と組成分析を行った。図6は、各種Inドープ量(仕込み量:0.5倍、0.75倍、0.88倍、1倍、1.25倍、1.5倍、2倍、4倍)のAgAuSeInナノ粒子のTEM写真である。また、これらの半導体ナノ粒子の組成分析の結果を表3に示す。
【0088】
【表3】
【0089】
表3から、Inの仕込み量を変化させたときのAgAuSeInナノ粒子のIn含有量は、In仕込み量0.5倍~1.25倍の間では大きな差はない。In含有量は、In仕込み量を1.5倍以上とすることで大きく上昇している。
【0090】
そして、本実施形態で合成したAgAuSeInについて、ナノ粒子第1実施形態と同様の方法で吸収スペクトルと発光スペクトル及び発光量子効率を測定した。本実施形態で製造した半導体ナノ粒子(In仕込み量:0.5倍、0.75倍、0.88倍、1倍、1.25倍、1.5倍、2倍、4倍)についての吸収スペクトルの測定結果を図7に、発光スペクトルの測定結果を図8に示す。また、発光スペクトルのピーク波長と発光量子効率をまとめたものを表4に示す。
【0091】
【表4】
【0092】
図7の吸収スペクトルの曲線を参照すると、In仕込み量を0.5倍、0.75倍としたAgAuSeInナノ粒子は、類似した曲線を示しており、850nm付近に励起子ピークと考えられる小さなピークを示して1040nm付近に吸収端を有すると考えられる。またIn仕込み量が0.88倍、1倍のAgAuSeInナノ粒子は、曲線がほぼ重なっており、780nm付近に励起子ピークと考えられる小さなピークを示し、850nm付近、1000nm付近に吸収端を有する。そして、Inの仕込み量が1.25倍以上のAgAuSeInナノ粒子は、励起子ピークと考えられる小さなピークは見られなくなり、吸収端が1040nm付近となっている。
【0093】
次に、図8と表4の発光スペクトルの測定結果を参照する。本実施形態で製造したAgAuSeInナノ粒子は、第1実施形態の参考例2のAgAuSナノ粒子と対比すると、長波長域に発光ピークを有すると共に、高い量子収率を示す。特に、In仕込み量が0.88倍~1.5倍のAgAuSeInナノ粒子は40%以上の高い量子収率を示す。
【0094】
また、発光スペクトルのピーク波長は、In仕込み量により分類される。In仕込み量が0.5倍、0.75倍のAgAuSeInナノ粒子は、強度の小さい発光ピーク波長を985nm付近に示した。In仕込み量が0.88倍及び1倍で発光強度は非常に大きくなり、ピーク波長は960~980nm付近にみられた。In仕込み量が1.25倍以上となると、発光ピーク波長が1000nm付近に長波長シフトした。これは、吸収スペクトルの形がIn仕込み量により分類される点と同様である。
【0095】
第3実施形態:本実施形態では、AgAuSeInナノ粒子を合成する際のAg前駆体及びAu前駆体の仕込み量の比率を調整し、各種組成のAgAuSeInナノ粒子を合成し、それらの特性を検討した。
【0096】
本実施形態におけるAgAuSeInナノ粒子の合成方法は、基本的に第1実施形態の実施例1(直接合成)に準じた。酢酸銀とクロロ(ジメチルスルフィド)金(I)を合計で0.1mmolと、酢酸インジウム0.1mmolとセレノウレア0.2mmolを試験管に入れ、溶媒(オレイルアミン)2.9mLと保護剤(1-ドデカンチオール)0.1mLを加えて加熱してAgAuSeInナノ粒子を合成した。
【0097】
本実施形態では、Ag前駆体(酢酸銀)とAu前駆体(クロロ(ジメチルスルフィド)金(I)の仕込み量について、Ag前駆体中のAg原子の原子数(a)とAu前駆体中のAu原子の原子数(b)との合計に対するAgの仕込み量の比率(a/(a+b))が、0、0.25、0.5、0.75、0.82、0.88、0.94、1.0となるようにしてAgAuSeInナノ粒子を合成した。これらの仕込み量比率の反応系については、加熱温度を50℃とし反応時間は20分としてAgAuSeInナノ粒子を合成した。また、Agの仕込み量の比率を0.25、0.5、0.75、0.88とした反応系については、前記に加えて、加熱温度50℃で反応時間を10分としたAgAuSeInナノ粒子も合成した。
【0098】
本実施形態でAgの仕込み比率を調整して合成したAgAuSeInナノ粒子は、第1実施形態と同様にして、TEM観察と組成分析を行った。図9aは、Ag仕込み比率を0、0.25、0.5、0.75、0.82、0.88、0.94、1.0とし、加熱時間を20分として合成したAgAuSeInナノ粒子のTEM写真である。また、図9bは、Ag仕込み比率を0.25、0.5、0.75、0.88とし、加熱時間を10分として合成したAgAuSeInナノ粒子のTEM写真である。これらの半導体ナノ粒子の組成分析の結果を表5に示す。
【0099】
【表5】
【0100】
表5から、Ag仕込み比率を調整することで、AgAuSeInナノ粒子のAg含有量は変化することが確認される。つまり、AgAuSeInナノ粒子を構成するAgAuSeIn化合物中のAgの原子数(x)とAuの原子数(y)との合計に対するAgの原子数の比(x/(x+y))は、Ag仕込み比率の増加により上昇することとなる。
【0101】
そして、各AgAuSeInナノ粒子について吸収スペクトルと発光スペクトル及び発光量子効率を測定した。これらの測定方法・条件は、基本的に第1実施形態と同様としたが、発光スペクトルの測定に関し、Agの仕込み比率0.25のサンプルが約700nmに吸収端を有し、波長700nm励起光では光励起できないことから、このサンプルのみ励起波長を365nmとして測定した。本実施形態で製造した半導体ナノ粒子の吸収スペクトルの測定結果を図10aと図10bに、発光スペクトルの測定結果を図11aと図11bに示す。また、発光スペクトルのピーク波長と発光量子効率の測定値をまとめたものを表6に示す。
【0102】
【表6】
【0103】
図10a、bの吸収スペクトルの曲線を参照すると、基本的にAg仕込み比率の増大により吸収端波長が長波長化する傾向がある。但し、図10bを参照すると、反応時間を10分としたAgAuSeInナノ粒子については、Ag仕込み比率が0.75のAgAuSeInナノ粒子が最も吸収端波長が長いが、Ag仕込み比率が0.88となると吸収端波長はわずかに短くなる。これに対し、図10aを参照すると、反応時間を20分とすることで、Ag仕込み比率が0.88のAgAuSeInナノ粒子の吸収端波長が0.75のものよりも長波長となっている。
【0104】
次に、図11a、bと表6の発光スペクトルの測定結果及び測定値を参照すると、Ag仕込み比率の増大と共に発光ピークは長波長側へシフトする傾向がみられる。そして、Ag仕込み比率が0.5及び0.75としたAgAuSeInナノ粒子が特に発光量子収率が高くピーク幅も狭くなっていた。Ag仕込み比率が0及び1.0のナノ粒子については、発光は観られなかった。尚、反応時間に関しては、全体的に20分の加熱で合成したAgAuSeInナノ粒子の方が長波長側に発光ピークがある。
【0105】
図12は、Ag仕込み比率を0.5、0.75としたAgAuSeInナノ粒子(反応時間20分、10分)についてのXRD分析の結果を示す。XRD分析装置は、株式会社リガク製Smart-Lab-3Kで、特性X線をCuKα線とし、分析条件として1°/min.とした。図12から、いずれのAg仕込み比率、反応時間で合成したAgAuSeInナノ粒子でもAgAuSeに対応する回折ピークが観察される。但し、Ag仕込み比率が0.75のAgAuSeInナノ粒子は、Ag仕込み比率0.5のものよりも結晶性が高くなっている。また、Ag仕込み比率が0.75のAgAuSeInナノ粒子は、反応時間を20分とすることでよりシャープなピークとなり結晶性が更に高くなっている。
【0106】
第4実施形態:本実施形態では、反応時間についてより詳細に検討するため、複数の反応時間でAgAuSeInナノ粒子を合成した。本実施形態では、第1実施形態の実施例1(Ag仕込み比率:0.75、In仕込み量1倍)と同じ条件で反応系を構成し、反応温度50℃とし反応時間を5分、10分、15分、20分、40分、80分にしてAgAuSeInナノ粒子を合成した。
【0107】
本実施形態で反応時間を調整して合成したAgAuSeInナノ粒子について、TEM観察と組成分析を行った。図13は、各種AgAuSeInナノ粒子(反応時間:5分、10分、15分、20分、40分、80分)のTEM写真である。また、これらの半導体ナノ粒子の組成分析の結果を表7に示す。
【0108】
【表7】
【0109】
表7を参照すると、反応時間の増大によりAg含有量の低下傾向とSe含有量の上昇傾向がみられる。但し、これらの変化量はわずかであり劇的なものではない。反応時間の増大は、AgAuSeInナノ粒子の組成面に対しては、さほど大きな影響はないものと考察される。
【0110】
そこで、各AgAuSeInナノ粒子について吸収スペクトルと発光スペクトル及び発光量子効率を測定した。これらの測定方法・条件は、基本的に第1実施形態と同様としている。本実施形態で製造した半導体ナノ粒子(反応時間:5分、10分、15分、20分、40分、80分)の吸収スペクトルの測定結果を図14に、発光スペクトルの測定結果を図15に示す。また、発光スペクトルのピーク波長と発光量子効率をまとめたものを表8に示す。
【0111】
【表8】
【0112】
図14の吸収スペクトルの曲線を参照すると、反応時間が増加するに従って吸収端が長波長側へシフトする傾向にあることが分かる。図14の拡大図を見ると、反応時間5分、10分の吸収スペクトルはわずかにシフトしているが形状が類似しており2つの吸収端が確認される。吸収スペクトルの形状は、反応時間が15分以上となって大きく変化し、以後はほぼ同様の形状となっている。
【0113】
図15と表8の発光スペクトルの測定結果を参照すると、本実施形態で反応時間を調整しつつ合成したAgAuSeInナノ粒子は、いずれも40%以上の高い発光量子収率を示している。但し、発光ピーク波長をみると、1000nm未満にピークがある反応時間10分以下と、1000nm以上にピークがある反応時間15分以上でグルーピングされるといえる。
【0114】
図16は、反応時間10分、20分、80分で合成したAgAuSeInナノ粒子についてのXRD分析の結果を示す。第3実施形態での検討結果で述べたように、反応時間を20分とすることで、回折ピークがシャープになり結晶性の向上がみられる。但し、この反応時間の増大による結晶性は、過度に長時間としても変化は少ない。反応時間を80分の回折ピークは、20分のものとほとんど差がないからである。表8の発光ピーク波長の測定結果によるグルーピングを考慮すると、反応時間10分~15分の段階でAgAuSeInナノ粒子に何らかの構造変化が生じていると予測される。この構造変化は、単純な結晶化に限られず、ナノ粒子がコアシェル構造になる等の粒子中の元素分布を含む変化が想定されるが詳細は定かではない。
【産業上の利用可能性】
【0115】
以上説明したように、本発明に係るAgAuSe系多元化合物からなる新規な半導体ナノ粒子は、良好な光半導体特性を発揮し得る。また、このAgAuSe系多元化合物は、生体親和性を有する低毒性な化合物である。これらにより、本発明に係る半導体ナノ粒子は、ディスプレイ装置や生体関連物質検出用マーカー物質等に利用される発光素子、蛍光物質や、太陽電池や光センサ等に搭載される光電変換素子や受光素子への応用が期待される。
【0116】
本発明に係る半導体ナノ粒子は、近赤外線領域(NIR)や短波赤外線領域(SWIR)の長波長領域における発光・光吸収特性の向上が図られている。このことから、本発明は、上記した光素子の中でも近赤外領域での応答性が重視されるLIDAR、SWIRイメージセンサに適用される受光素子に特に有用である。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9a
図9b
図10a
図10b
図11a
図11b
図12
図13
図14
図15
図16