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特許7580735難水溶性有機化合物の溶解システム、難水溶性有機化合物の溶解方法、及び匂い検出システム
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-11-01
(45)【発行日】2024-11-12
(54)【発明の名称】難水溶性有機化合物の溶解システム、難水溶性有機化合物の溶解方法、及び匂い検出システム
(51)【国際特許分類】
   B01F 25/70 20220101AFI20241105BHJP
   B01F 21/00 20220101ALI20241105BHJP
   B01F 25/50 20220101ALI20241105BHJP
【FI】
B01F25/70
B01F21/00
B01F25/50
【請求項の数】 12
(21)【出願番号】P 2019571154
(86)(22)【出願日】2019-02-07
(86)【国際出願番号】 JP2019004475
(87)【国際公開番号】W WO2019156180
(87)【国際公開日】2019-08-15
【審査請求日】2022-02-03
【審判番号】
【審判請求日】2023-10-27
(31)【優先権主張番号】P 2018022267
(32)【優先日】2018-02-09
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】504137912
【氏名又は名称】国立大学法人 東京大学
(74)【代理人】
【識別番号】100079108
【弁理士】
【氏名又は名称】稲葉 良幸
(74)【代理人】
【識別番号】100109346
【弁理士】
【氏名又は名称】大貫 敏史
(74)【代理人】
【識別番号】100117189
【弁理士】
【氏名又は名称】江口 昭彦
(74)【代理人】
【識別番号】100134120
【弁理士】
【氏名又は名称】内藤 和彦
(72)【発明者】
【氏名】照月 大悟
(72)【発明者】
【氏名】光野 秀文
(72)【発明者】
【氏名】櫻井 健志
(72)【発明者】
【氏名】神崎 亮平
(72)【発明者】
【氏名】間瀬 暢之
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 浩平
【合議体】
【審判長】宮澤 尚之
【審判官】金 公彦
【審判官】小野 久子
(56)【参考文献】
【文献】特開2014-18641(JP,A)
【文献】特開2012-96216(JP,A)
【文献】特開2008-198974(JP,A)
【文献】特開2006-150221(JP,A)
【文献】国際公開第2017/122338(WO,A1)
【文献】特開2012-177686(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B01F 21/00-25/90
B01F 29/00-33/87
B01F 35/00-35/95
C12M 1/00- 3/10
C12N 1/00- 7/08
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
気体状の匂いを格納可能な容器と、
前記容器内の前記匂いを含む気体に向けて、直径1μm以下の気泡を含む液滴を噴霧する噴霧装置と、
前記容器内に貯められた前記匂いを含む水溶液が供給される匂いセンサと、
を備える、
匂い検出システム。
【請求項2】
前記容器内に貯められた水溶液を吸引し、前記噴霧装置に送る吸引装置をさらに備え、
前記噴霧装置が、前記吸引装置から送られた水溶液から前記液滴を生成する、
請求項1に記載の匂い検出システム。
【請求項3】
前記吸引装置が、前記噴霧装置に前記水溶液を連続的に送る、請求項2に記載の匂い検出システム。
【請求項4】
前記容器内の前記水溶液を撹拌する水溶液撹拌子をさらに備える、請求項1から3のいずれか1項に記載の匂い検出システム。
【請求項5】
前記気体中の匂いが凝縮しないように前記容器を加熱する加熱装置をさらに備える、請求項1から4のいずれか1項に記載の匂い検出システム。
【請求項6】
前記加熱装置が、前記容器を温浴する温浴槽を備える、請求項5に記載の匂い検出システム。
【請求項7】
前記温浴槽内の温浴液を撹拌する温浴液撹拌子をさらに備える、請求項6に記載の匂い検出システム。
【請求項8】
前記匂いセンサが、前記匂いに反応する細胞を備える、請求項1から7のいずれか1項に記載の匂い検出システム。
【請求項9】
前記細胞が、前記匂いに反応して蛍光を発する、請求項に記載の匂い検出システム。
【請求項10】
前記匂いセンサが、
アルミニウム又は酸化アルミニウムを含むゲート電極を備えるトランジスターと、
前記ゲート電極上に配置された嗅覚受容体を有する昆虫細胞と、
前記昆虫細胞が前記水溶液中の匂いに反応した際に前記トランジスターで生じる電流を検出する検出装置と、
を備える、
請求項に記載の匂い検出システム。
【請求項11】
前記匂いセンサが、
アルミニウム又は酸化アルミニウムを含むゲート電極を備えるトランジスターと、
前記トランジスター上に配置された、嗅覚受容体を有する昆虫細胞を入れるためのチャンバーと、
前記ゲート電極上の前記昆虫細胞が前記水溶液中の匂いに反応した際に前記トランジスターで生じる電流を検出する検出装置と、
を備える、
請求項に記載の匂い検出システム。
【請求項12】
前記噴霧装置が、超音波振動によって、前記直径1μm以下の気泡を含む液滴を噴霧するよう構成されている、請求項から11のいずれか1項に記載の匂い検出システム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は溶解技術に関し、難水溶性有機化合物の溶解システム、難水溶性有機化合物の溶解方法、及び匂い検出システムに関する。
【背景技術】
【0002】
近年、昆虫が匂いを受容し、識別する分子機構及び神経機構の解析が進み、感度が高く、識別力も高い、昆虫の匂い識別の仕組みが明らかになりつつある。そのため、昆虫の嗅覚機能を、人工的に再現することが可能となりつつある。昆虫は、匂い物質に対する応答選択性が異なる複数の嗅覚細胞の応答パターンの組み合わせにより、匂い物質を識別している。嗅覚細胞の匂い応答特性は、個々の細胞で発現している嗅覚受容体タンパク質の特性により決定される。したがって、匂い物質の情報は、嗅覚受容体の応答パターンの組み合わせとして表現される(例えば、特許文献1参照。)。
【0003】
天然の嗅覚細胞に限らず、嗅覚受容体を発現している細胞は、匂いセンサの検出素子として使用可能である。しかし、嗅覚受容体を発現している細胞は、液中に配置される必要があり、気中に配置されることはできない。そのため、嗅覚受容体を発現している細胞を備える匂いセンサで気中を漂う匂い物質を検出する際には、気中を漂う難水溶性有機化合物である匂い物質を、水溶液中に溶解する必要がある。また、匂いセンサへの応用に限らず、食品、飲料品、及び香料等の分野において、気中に存在する匂い物質に限らない難水溶性有機化合物を水溶液中に溶解することができる技術が望まれている。しかし、オゾン等の反応性ガスで溶液の含有成分を化学変化させる報告(例えば、特許文献2参照。)はあるものの、気中の難水溶性有機化合物を水溶液中に溶解可能な技術は報告されていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開2013-27376号公報
【文献】特開2014-193466号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
そこで、本発明は、気中の難水溶性有機化合物を水溶液中に溶解可能な難水溶性有機化合物の溶解システム、難水溶性有機化合物の溶解方法、及び匂い検出システムを提供することを目的の一つとする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明の態様によれば、気体状の難水溶性有機化合物を格納可能な容器と、容器内の難水溶性有機化合物を含む気体に向けて、直径1μm以下の気泡を含む液滴を噴霧する噴霧装置と、を備え、容器内に、難水溶性有機化合物を含む水溶液を貯める、難水溶性有機化合物の溶解システムが提供される。
【0007】
上記の難水溶性有機化合物の溶解システムが、容器内に貯められた水溶液を吸引し、噴霧装置に送る吸引装置をさらに備え、噴霧装置が、吸引装置から送られた水溶液から液滴を生成してもよい。
【0008】
上記の難水溶性有機化合物の溶解システムにおいて、吸引装置が、噴霧装置に水溶液を連続的に送ってもよい。
【0009】
上記の難水溶性有機化合物の溶解システムが、容器内の水溶液を撹拌する水溶液撹拌子をさらに備えていてもよい。
【0010】
上記の難水溶性有機化合物の溶解システムが、気体中の難水溶性有機化合物が凝縮しないように容器を加熱する加熱装置をさらに備えていてもよい。
【0011】
上記の難水溶性有機化合物の溶解システムにおいて、加熱装置が、容器を温浴する温浴槽を備えていてもよい。
【0012】
上記の難水溶性有機化合物の溶解システムが、温浴槽内の温浴液を撹拌する温浴液撹拌子をさらに備えていてもよい。
【0013】
上記の難水溶性有機化合物の溶解システムにおいて、難水溶性有機化合物が匂い物質であってもよい。
【0014】
上記の難水溶性有機化合物の溶解システムにおいて、噴霧装置が、超音波振動によって、直径1μm以下の気泡を含む液滴を噴霧するよう構成されていてもよい。
【0015】
また、本発明の態様によれば、容器内に気体状の難水溶性有機化合物を格納することと、容器内の難水溶性有機化合物を含む気体に向けて、直径1μm以下の気泡を含む液滴を噴霧し、容器内に、難水溶性有機化合物を含む水溶液を貯めることと、を含む、難水溶性有機化合物の溶解方法が提供される。
【0016】
上記の難水溶性有機化合物の溶解方法において、容器内に貯められた水溶液を吸引し、水溶液から液滴を生成してもよい。
【0017】
上記の難水溶性有機化合物の溶解方法において、容器内に貯められた水溶液を連続的に吸引し、水溶液から液滴を生成してもよい。
【0018】
上記の難水溶性有機化合物の溶解方法が、容器内の水溶液を撹拌することをさらに含んでいてもよい。
【0019】
上記の難水溶性有機化合物の溶解方法が、気体中の難水溶性有機化合物が凝縮しないように容器を加熱することをさらに含んでいてもよい。
【0020】
上記の難水溶性有機化合物の溶解方法において、容器を温浴する温浴槽を用いて容器を加熱してもよい。
【0021】
上記の難水溶性有機化合物の溶解方法が、温浴槽内の温浴液を撹拌することをさらに含んでいてもよい。
【0022】
上記の難水溶性有機化合物の溶解方法において、難水溶性有機化合物が匂い物質であってもよい。
【0023】
上記の難水溶性有機化合物の溶解方法において、超音波振動によって、前記直径1μm以下の気泡を含む液滴を噴霧してもよい。
【0024】
さらに、本発明の態様によれば、気体状の匂い物質を格納可能な容器と、容器内の匂い物質を含む気体に向けて、直径1μm以下の気泡を含む液滴を噴霧する噴霧装置と、容器内に貯められた匂い物質を含む水溶液が供給される匂いセンサと、を備える、匂い検出システムが提供される。
【0025】
上記の匂い検出システムにおいて、匂いセンサが、匂い物質に反応する細胞を備えていてもよい。
【0026】
上記の匂い検出システムにおいて、細胞が、匂い物質に反応して蛍光を発してもよい。
【0027】
上記の匂い検出システムにおいて、匂いセンサが、アルミニウム又は酸化アルミニウムを含むゲート電極を備えるトランジスターと、ゲート電極上に配置された嗅覚受容体を有する昆虫細胞と、昆虫細胞が水溶液中の匂い物質に反応した際にトランジスターで生じる電流を検出する検出装置と、を備えていてもよい。
【0028】
上記の匂い検出システムにおいて、匂いセンサが、アルミニウム又は酸化アルミニウムを含むゲート電極を備えるトランジスターと、トランジスター上に配置された、嗅覚受容体を有する昆虫細胞を入れるためのチャンバーと、ゲート電極上の昆虫細胞が水溶液中の匂い物質に反応した際にトランジスターで生じる電流を検出する検出装置と、を備えていてもよい。
【0029】
上記の匂い検出システムにおいて、昆虫細胞が、導入遺伝子によって嗅覚受容体を発現していてもよい。
【0030】
上記の匂い検出システムにおいて、昆虫細胞が、昆虫の嗅覚受容体を発現していてもよい。
【0031】
上記の匂い検出システムにおいて、嗅覚受容体が、イオンチャンネル型受容体であってもよい。
【0032】
上記の匂い検出システムにおいて、嗅覚受容体が、BmOR1、BmOR3、Or13a、Or56a、Or85b及びPxOR1から選択されてもよい。
【0033】
上記の匂い検出システムにおいて、昆虫細胞が、ガ由来の細胞であってもよい。
【0034】
上記の匂い検出システムにおいて、昆虫細胞が、Sf21、Sf9、High Five及びTni由来細胞から選択されてもよい。
【0035】
上記の匂い検出システムにおいて、昆虫細胞が、ショウジョウバエ由来の細胞であってもよい。
【0036】
上記の匂い検出システムにおいて、昆虫細胞が、Drosophila S2細胞であってもよい。
【0037】
上記の匂い検出システムにおいて、昆虫細胞が、イオン濃度に応じて蛍光強度が変化する蛍光タンパク質を発現していてもよい。
【0038】
上記の匂い検出システムにおいて、トランジスターが、電界効果トランジスターであってもよい。
【0039】
上記の匂い検出システムにおいて、ゲート電極が、伸長ゲート電極であってもよい。
【0040】
上記の匂い検出システムにおいて、ゲート電極の表面に、アルミニウム又は酸化アルミニウムが露出していてもよい。
【0041】
上記の匂い検出システムが、トランジスターを覆うファラデーケージをさらに備えていてもよい。
【0042】
上記の匂い検出システムにおいて、噴霧装置が、超音波振動によって、直径1μm以下の気泡を含む液滴を噴霧するよう構成されていてもよい。
【発明の効果】
【0043】
本発明によれば、気中の難水溶性有機化合物を水溶液中に溶解可能な難水溶性有機化合物の溶解システム、難水溶性有機化合物の溶解方法、及び匂い検出システムを提供可能である。
【図面の簡単な説明】
【0044】
図1】第1実施形態に係る難水溶性有機化合物の溶解システムの模式図である。
図2】第1実施形態に係る難水溶性有機化合物の溶解システムの一部の模式図である。
図3】第2実施形態に係る匂いセンサの模式図である。
図4】実施例1に係る難水溶性有機化合物の溶解システムの模式図である。
図5】実施例1に係る1-octen-3-olの化学式である。
図6】実施例1に係る気中の1-octen-3-olの濃度の時間変化を示すグラフである。
図7】実施例1及び比較例1に係る液中の1-octen-3-olの濃度の時間変化を示すグラフである。
図8】実施例1及び比較例1に係る1-octen-3-olの溶解率の時間変化を示すグラフである。
図9】実施例2に係る気中の1-octen-3-olの濃度の時間変化を示すグラフである。
図10】実施例2に係る液中の1-octen-3-olの濃度の時間変化を示すグラフである。
図11】実施例3に係る長期にわたる1-octen-3-olの溶解濃度の変化を示すグラフである。
図12】実施例3に係る長期にわたる1-octen-3-olの溶解濃度の変化を示す表である。
図13】実施例4に係る気中の1-octen-3-olの濃度の時間変化を示すグラフである。
図14】実施例4に係る液中の1-octen-3-olの濃度の時間変化を示すグラフである。
図15】実施例5に係る気中の3-octanone、3-octanol及び1-octen-3-olの濃度の時間変化を示すグラフである。
図16】実施例5に係る液中の3-octanone、3-octanol及び1-octen-3-olの濃度の時間変化を示すグラフである。
図17】実施例6に係るノズル先端と水溶液の水面までの距離と、粒子数と、の関係を示すグラフである。
図18】実施例7に係る1-octen-3-olに応答したSf21細胞で生じた蛍光強度を示すグラフである。
図19】実施例7に係る1-octen-3-olに応答したSf21細胞で生じた蛍光強度を示すグラフである。
図20】実施例8に係る、アルミニウム基板上におけるSf21細胞の経時変化を示す顕微鏡写真である。
図21】実施例8に係る、アルミニウム基板上におけるSf21細胞の生存割合の経時変化を示すグラフである。
図22】実施例8に係る、アルミニウム基板上におけるHEK293T細胞の経時変化を示す顕微鏡写真である。
図23】アルミニウム基板上におけるSf21細胞とHEK293T細胞の増加曲線を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0045】
以下に本発明の実施形態を説明する。以下の図面の記載において、同一又は類似の部分には同一又は類似の符号で表している。ただし、図面は模式的なものである。したがって、具体的な寸法等は以下の説明を照らし合わせて判断するべきものである。また、図面相互間においても互いの寸法の関係や比率が異なる部分が含まれていることはもちろんである。
【0046】
[第1実施形態]
第1実施形態に係る難水溶性有機化合物の溶解システムは、図1に示すように、気体状の難水溶性有機化合物を格納可能な容器1と、容器1内の難水溶性有機化合物を含む気体に向けて、直径1μm以下の気泡を含む液滴を噴霧する噴霧装置20と、を備え、容器1内に、難水溶性有機化合物を含む水溶液2を貯める。
【0047】
容器1は、例えば、ガラス及び樹脂等の透明材料からなっていてもよいし、不透明材料からなっていてもよい。容器1には、例えば、円筒形であるが、特に限定されない。容器1の底上には、難水溶性有機化合物を溶解させるための水溶液2が入れられる。水溶液2は、例えば、緩衝液、培養液、及び香料の溶媒であるが、特に限定されない。また、本開示においては、水溶液2は、水及び純水を含む。
【0048】
有機化合物の水溶性を表す指標の例としては、分配係数が挙げられる。分配係数は、有機化合物が、水と、1-オクタノール等の有機溶媒と、の二相に溶解したときの、それぞれの相における有機化合物の濃度比から得られる値であり、下記(1)式で与えられる。
LogP=Log10(CO/CW) (1)
ここで、LogPは分配係数を、COは有機溶媒相における有機化合物の濃度を、CWは水相における有機化合物の濃度を表す。分配係数が高いほど有機化合物は脂溶性であり、水溶性が低い。本開示では、例えば分配係数が2.0以上の有機化合物を難水溶性化合物という。難水溶性有機化合物は、例えば、匂い物質である。あるいは、難水溶性有機化合物の他の例としては、アルコール、アルデヒド、ケトン、アミン、テルペン、芳香族化合物、エステル、酸、炭化水素、エーテル、ラクトン、アミド、及びラクタム等が挙げられる。容器1内に導入される難水溶性有機化合物を含む気体は、例えば空気であるが、特に限定されない。容器1には、例えば、水溶液2及び難水溶性有機化合物を含む気体を導入するための導入口が設けられている。しかし、例えば、水溶液2及び難水溶性有機化合物を含む気体を容器1内に導入した後、導入口は密閉される。したがって、容器1は、密閉可能である。
【0049】
噴霧装置20は、例えば、容器1の上面又は側面に設けられる。噴霧装置20は、例えば、スプレーノズルと、スプレーノズルに超音波を与えるピエゾと、を備える。超音波振動により、スプレーノズルに供給される液体から、直径1μm以下の気泡を含む液滴が生成される。超音波による噴霧は、加圧が不要かつ少量の送液で動作可能であり、低消費電力で小型化にも有用である。しかし、噴霧方法は超音波以外によっても可能である。噴霧装置20は、直径1μm以下の気泡を含む液滴を噴霧可能であれば、特に限定されない。液滴は、例えば、水溶液2と組成が同じである。図2に示す液滴に含まれる直径1μm以下の気泡は、ウルトラファインバブルとも呼ばれる。気泡の直径は、例えば、10nm以上、20nm以上、あるいは30nm以上である。また、気泡の直径は、例えば、700nm以下、800nm以下、あるいは900nm以下である。気泡の直径は、100nm以上200nm以下であってもよい。
【0050】
図1に示す噴霧装置20が噴霧した液滴は、重力に従って水溶液2に向かって落下する。水溶液2に落下した液滴に含まれていた直径1μm以下の気泡は、水溶液2中に拡散する。直径1μm以下の気泡は、液滴中においても、水溶液2中においても、目視することは不可能である。気泡を含む前の水溶液2が無色透明であれば、直径1μm以下の気泡を含ませても、水溶液2は無色透明のままである。ただし、直径1μm以下の気泡は、液中粒子観察装置で観察可能である。液中粒子観察装置としては、例えば、ナノサイトLM10(Malvern Instruments Limited)が使用可能である。
【0051】
直径1μm以下の気泡の表面は、通常、負の電荷を帯びている。そのため、気泡どうしの凝集が生じにくい。また、直径1μm以下の気泡の浮力は極めて小さいため、直径1μm以下の気泡は水溶液2の表面まで浮上せずに、水溶液2内でブラウン運動し、水溶液2中に長く留まる傾向にある。
【0052】
原理は必ずしも明らかではないが、直径1μm以下の気泡を内包する液滴を噴霧すると、液滴の周囲に存在する気体に含まれる匂い物質等の難水溶性有機化合物の水溶液2への効率的な溶解が促進される。理論に拘束されるものではないが、直径1μm以下の気泡を含む液滴を噴霧することにより、気体と液体の界面が増大し、気体に含まれる難水溶性有機化合物の水溶液2への効率的な溶解が促進されると考えることができる。
【0053】
実施形態に係る難水溶性有機化合物の溶解システムは、容器1の底上に貯められた水溶液2を吸引し、噴霧装置20に送る吸引装置30をさらに備える。吸引装置30は、例えば、容器1の側壁に接続された管31を介して、容器1内の水溶液2を吸引する。また、吸引装置30は、噴霧装置20に接続された管32を介して、水溶液2を噴霧装置20に送る。この場合、噴霧装置20は、吸引装置30から送られた水溶液2から液滴を生成する。これにより、水溶液2が、容器1内と、吸引装置30及び噴霧装置20を含む経路と、を循環する。
【0054】
吸引装置30としては、ポンプが使用可能である。ポンプの例としては、ペリスタポンプ(登録商標)等のチューブポンプ、ローラーポンプ、及びペリスタルティックポンプが挙げられる。あるいは、ポンプの例としては、セラミックポンプが挙げられる。吸引装置30は、例えば、噴霧装置20に液体を連続的に送る。チューブポンプ、ローラーポンプ、及びペリスタルティックポンプのようにチューブを圧縮することによりチューブ内の液体を送液するポンプは、連続的な送液に適している。
【0055】
実施形態に係る難水溶性有機化合物の溶解システムは、容器1内の水溶液2を撹拌する水溶液撹拌子40と、水溶液撹拌子40を回転させるマグネティックスターラーと、をさらに備えていてもよい。容器1内の水溶液2を撹拌することにより、容器1内の気体及び水溶液2中における難水溶性有機化合物の分散が均一化される。また、水溶液2への難水溶性有機化合物の溶解が促進される。
【0056】
実施形態に係る難水溶性有機化合物の溶解システムは、容器1内の気体中の難水溶性有機化合物が凝縮して液化しないように容器1を加熱する加熱装置3をさらに備えていてもよい。加熱装置3が、容器1を温浴する温浴槽51を備えていてもよい。容器1を加熱することにより、容器1内の気体及び水溶液2中における難水溶性有機化合物の分散が均一化される。また、水溶液2への難水溶性有機化合物の溶解が促進される。
【0057】
実施形態に係る難水溶性有機化合物の溶解システムは、温浴槽51内の温浴液52を撹拌する温浴液撹拌子4をさらに備えていてもよい。温浴槽51内の温浴液52を撹拌することにより、容器1内の気体及び水溶液2中における難水溶性有機化合物の分散が均一化される。また、水溶液2への難水溶性有機化合物の溶解が促進される。
【0058】
[第2実施形態]
第2実施形態に係る匂い検出システムは、図1に示す気体状の匂い物質を格納可能な容器1と、容器1内の匂い物質を含む気体に向けて、直径1μm以下の気泡を含む液滴を噴霧する噴霧装置20と、を備える難水溶性有機化合物の溶解システムと、容器1内に貯められた匂い物質を含む水溶液が供給される図3に示す匂いセンサ500と、を備える。第2実施形態に係る難水溶性有機化合物の溶解システムは、第1実施形態と同様であるので、説明は省略する。
【0059】
匂いセンサ500は、アルミニウム又は酸化アルミニウムを含むゲート電極14を備えるトランジスター10と、ゲート電極14上に配置された嗅覚受容体を有する昆虫細胞50と、昆虫細胞50が匂いに反応した際にトランジスター10で生じる電流を検出する検出装置80と、を備える。
【0060】
トランジスター10は、半導体基板11を備える。トランジスター10は、例えば、電界効果トランジスター(FET)であり、MOSFETであってもよい。半導体基板11内の表面近傍には、ソース電極12及びドレイン電極13が、間隔をおいて設けられている。半導体基板11のソース電極12及びドレイン電極13の間の上に、酸化絶縁膜を挟んでゲート電極14が配置されている。ゲート電極14には、伸長(Extended)ゲート電極であってもよい。
【0061】
ゲート電極14の表面には、アルミニウム又は酸化アルミニウムが露出している。例えば、ゲート電極14は、アルミニウムからなり、表面近傍に酸化アルミニウム(Al23)からなる酸化膜が形成されている。表面近傍に酸化アルミニウム(Al23)からなる酸化膜が形成されていなくてもよい。伸長ゲート電極であるゲート電極14は、昆虫細胞50が配置される領域を有する。昆虫細胞50が配置される領域の大きさは、例えば100μm×100μmであるが、これに限定されない。ゲート電極14に配置される昆虫細胞50の数は、例えば10個以下であるが、これに限定されない。
【0062】
昆虫細胞50は、トランジスター10のゲート電極14上に配置されている。ゲート電極14上に昆虫細胞50を含む溶液を与え、数十分から数時間静置することにより、昆虫細胞50は、ゲート電極14に接着する。昆虫細胞50は、細胞膜に嗅覚受容体を発現している。昆虫細胞50において、嗅覚受容体は天然に発現されていてもよいし、導入遺伝子によって発現されていてもよい。
【0063】
昆虫細胞は、ヨトウガ(Spodoptera frugiperda)及びイラクサギンウワバ(Trichoplusia ni)等のガ由来の細胞であってもよい。ヨトウガ由来の細胞の例としては、Sf21及びSf9が挙げられる。Sf21細胞は、卵巣細胞由来である。Sf21細胞は、無限分裂し、導入した遺伝子を永続的に発現する安定発現系統を樹立することが可能である。また、Sf21細胞は、18℃から40℃の広い温度範囲で生存可能であり、培養液のpHを調整するための二酸化炭素も不要である。Sf21細胞は、本来、嗅覚受容体を有しないが、嗅覚受容体の遺伝子を導入することにより、嗅覚受容体を発現させることが可能である。Sf9細胞は、Sf21のクローンである。イラクサギンウワバ由来の細胞の例としては、High Five及びTniが挙げられる。Tni由来細胞は、卵巣細胞由来である。
【0064】
あるいは、昆虫細胞は、ショウジョウバエ由来の細胞であってもよい。ショウジョウバエ由来の細胞の例としては、Drosophila S2細胞が挙げられる。
【0065】
嗅覚受容体は、Gタンパク質共役型受容体であってもよいし、イオンチャンネル型受容体であってもよい。イオンチャネル型受容体は、匂い物質であるリガンドと相互作用する部位と、イオンが流入する部位と、を有する。昆虫細胞50のイオンチャンネル型受容体がリガンドと結合すると、昆虫細胞50内にナトリウムイオンやカルシウムイオン等の陽イオンが流入する。昆虫細胞50において、イオンの流入は、リガンドの結合から数10ミリ秒程度で生じ得る。流入するイオンの量は多く、1個のリガンドの結合に対し、細胞内に流入するイオンの量は107個ともいわれている。
【0066】
一般に、特定の種類の嗅覚受容体は、特定の匂い物質に対する特異性を有する。昆虫細胞50において、1種類の匂い物質に対応する1種類の嗅覚受容体のみを発現させてもよいし、複数種類の匂い物質に対応する複数種類の嗅覚受容体を発現させてもよい。また、発現させる嗅覚受容体の量を調整して、匂いセンサの検出感度を調整してもよい。
【0067】
嗅覚受容体の例としては、カイコガの性フェロモンであるボンビコール(Bombykol)の受容体であるBmOR1、カイコガの性フェロモンであるボンビカール(Bombykal)の受容体であるBmOR3、ショウジョウバエの受容体であって、カビ臭である1-octen-3-olの受容体であるOr13a、ショウジョウバエの受容体であって、カビ臭であるgeosminの受容体であるOr56a、キイロショウジョウバエの一般臭受容体であるOr85b、及びコナガの性フェロモン受容体であるPxOR1が挙げられるが、これらに限定されない。
【0068】
遺伝子工学的に嗅覚受容体を昆虫細胞50に発現させる場合は、例えば、嗅覚受容体をコードする遺伝子をベクターに組み込み、構築されたベクターを宿主細胞にトランスフェクトさせる。嗅覚受容体をコードする遺伝子は、例えば、昆虫の嗅覚器官からmRNAを抽出し、cDNAを合成して単離することができる。単離されたcDNAから、PCRプライマーを用いて、嗅覚受容体をコードする遺伝子の一部をPCR法にて増幅することが可能である。
【0069】
嗅覚受容体をコードする遺伝子の一部は、合成した二本鎖cDNAを適当なベクターに組み込み、当該ベクターを用いて大腸菌等を形質転換してcDNAライブラリーを作製することによっても取得することができる。cDNAは、制限酵素とリガーゼを用いる通常の方法、例えば、得られたcDNAを制限酵素で切断し、ベクターDNAの制限酵素部位に挿入してベクターに連結する方法によって、ベクターに組込むことができる。
【0070】
昆虫細胞50において、嗅覚受容体とともに蛍光タンパク質が発現されていてもよい。例えば昆虫細胞50において、イオンチャンネル型嗅覚受容体に匂い物質が結合すると、昆虫細胞50内にカルシウムイオン等のイオンが流れる。したがって、イオンに応じて蛍光強度が変化する蛍光タンパク質を発現させる遺伝子を昆虫細胞50に導入することにより、蛍光強度の変化からも、昆虫細胞50が匂い物質を検出しているか否かを確認することが可能となる。蛍光タンパク質の例としては、GCaMP3、GCaMP6s及びエクオリンが挙げられる。
【0071】
実施形態に係る匂いセンサのゲート電極14の少なくとも一部は、チャンバー60中に配置される。チャンバー60には、検出対象となる匂い物質を含む可能性がある水溶液70が入れられる。水溶液70は、昆虫細胞50の生存に必要な物質を適宜含んでいてもよい。また、チャンバー60内には、水溶液70と接触するように、参照電極15が配置される。
【0072】
チャンバー60には、匂い物質を含む可能性のある水溶液をチャンバー60内に送り込むための導入口と、チャンバー60内の水溶液を排出するための排出口と、が設けられていてもよい。チャンバー60の導入口には、水溶液をチャンバー60内に送り込むための導入ポンプが接続される。また、チャンバー60の排出口には、水溶液をチャンバー60から排出するための排出ポンプが接続される。導入ポンプ及び排出ポンプとしては、例えば定量送液ポンプが使用可能である。
【0073】
水溶液70に、昆虫細胞50が有する嗅覚受容体に対応する匂い物質が存在する場合、昆虫細胞50が匂い物質に反応してゲート電極14のゲート電位が変位し、ソース電極12及びドレイン電極13の間を流れるドレイン電流に変調が生じる。したがって、トランジスター10のドレイン電流の変調を検出することによって、匂い物質の存在を検出することが可能である。
【0074】
検出装置80は、例えば、トランジスター10のソース電極12、ドレイン電極13、バックゲート16、及び参照電極15に接続されており、トランジスター10のドレイン電流の変調を検出する。検出装置80としては、ソースメジャーユニット(SMU)等が使用可能である。検出装置80には、検出された電流を分析したり、ディスプレイに表示したりするためのコンピュータシステム300が接続されていてもよい。
【0075】
昆虫細胞50が匂い物質に反応してゲート電極14のゲート電位が変位する理由としては、昆虫細胞50が匂い物質に反応すると、昆虫細胞50において内向きのイオン流が生じるためと考えられるが、当該理論に拘束されるものではない。
【0076】
実施形態に係る匂いセンサをアレイ状に配置し、個々の匂いセンサの細胞に異なる嗅覚受容体を発現させることにより、異なる匂い物質を検出することも可能である。
【0077】
実施形態に係る匂いセンサは、トランジスター10を覆うファラデーケージを備えていてもよい。ファラデーケージは、電場からトランジスター10を遮蔽するため、匂いセンサにおけるドレイン電流のノイズを低下させることが可能である。
【0078】
従来、アルミニウム及び酸化アルミニウムは、細胞にとって有害と考えられていた。そのため、従来、トランジスターと細胞とを組み合わせた匂いセンサを製造する際には、トランジスターの電極を金で形成したり、生体適合物質でコーティングしたりして、その上に細胞を配置していた。しかし、これらの手法は、コストがかかる。これに対し、本発明者らは、鋭意研究の末、昆虫細胞は、アルミニウム又は酸化アルミニウムが表出する電極の上に配置されても、アルミニウム又は酸化アルミニウムによってダメージを受けず、長期にわたって生存可能であることを見出した。したがって、実施形態によれば、例えば商用のCMOSファウンドリなどを利用して、高信頼性かつコストの低い匂いセンサを提供可能である。
【0079】
アルミニウム又は酸化アルミニウムを含むゲート電極14上で、昆虫細胞50は、例えば5日以上生存可能である。
【0080】
実施形態に係る匂いセンサは、使用後、洗浄することにより、トランジスター10の部分を繰り返し再使用することが可能である。洗浄方法としては、例えば、トランジスター10の表面に、市販の洗剤を滴下すればよい。
【0081】
[実施例1]
図4に示すような難水溶性有機化合物の溶解システムを用意した。500mLビーカー110内に、ガラス製の液体匂い物質容器201を配置し、液体匂い物質容器201の中に、液体の匂い物質である1-octen-3-ol(シグマアルドリッチ、含量98%)を1mL入れた。1-octen-3-olは、カビの匂い、キノコの匂い、及び人の汗に含まれる匂いをなす。1-octen-3-olの化学式は、図5に示すとおりである。1-octen-3-olは、難水溶性の有機化合物であり、従来、水に液状の1-octen-3-olを攪拌したときの溶解量は、25℃で、2.6g/Lであると報告されている。また、1-octen-3-olのCLogPは、2.6である。なお、CLogPとは、コンピューターで予測されたLogPである。
【0082】
図4に示す液体匂い物質容器201は、蓋を備えるが、蓋をしても揮発した匂い物質が容器内外を連通可能な構造を有していた。ビーカー110内には、撹拌子140を入れた。ビーカー110は蓋112で密閉した。
【0083】
蓋112には、ビーカー110内に直径1μm以下の気泡を含む液滴を噴霧できるアトマイザー120(Sonaer Inc.)を配置した。また、蓋112を貫通し、ビーカー110内の蒸留水111を吸引するための管131を設け、管131をセラミックポンプ130(CPA-2、アズワン)の吸引口に接続した。さらに、セラミックポンプ130の排出口とアトマイザー120の液体供給口を接続する管132を配置した。
【0084】
内部に水である温浴液152を入れた温浴槽151内にビーカー110を入れた。また、温浴液152に、撹拌子160を入れた。温浴槽151は、温度フィードバック機能を備えるホットマグネットスターラー153(CMAGHS100デジタル、IKA)上に配置した。室温は21.5℃であった。
【0085】
温度フィードバック機能を備えるホットマグネットスターラー153で温浴液152を30℃に保った。その状態で30分間放置し、液体匂い物質容器201内の液体状の1-octen-3-olをビーカー110内に揮発させた。次に、蓋112に設けられたシリンジ210によって液体匂い物質容器201が沈まない量である50mLの蒸留水をビーカー110に入れ、撹拌子140、160を回転させた後、セラミックポンプ130を駆動して、約13mL/分の流量でビーカー110内の蒸留水111を吸引し、アトマイザー120に供給して、アトマイザー120から直径1μm以下の気泡を含む液滴を噴霧した。
【0086】
液滴の噴霧を開始してから、蓋112に設けられたガスタイトシリンジ220(1002LTN、ハミルトン)でビーカー110内の気体を1mL吸引し、吸引した気体をガスクロマトグラフィー装置(GC-2010、島津製作所)で分析して、吸引した気体に含まれる1-octen-3-olの濃度を計測した。その結果、図6に示すように、気体中の1-octen-3-olの濃度は、時間を経過するごとに減少していることが確認された。このことは、時間を経過するごとに、ビーカー110内に揮発した1-octen-3-olが、蒸留水111に溶解していったことを示している。
【0087】
また、シリンジ210で、ビーカー110内の蒸留水111に1-octen-3-olが溶解した水溶液を吸引し、吸引した水溶液をガスクロマトグラフィー装置(GC-2010、島津製作所)で分析して、吸引した水溶液に含まれる1-octen-3-olの濃度を計測した。その結果、図7に示すように、開始1分後で、水溶液における1-octen-3-olの濃度が平均39μmol/Lに達し、その後、時間が経過するごとに、水溶液における1-octen-3-olの濃度が上昇していることが確認された。図8に示すように、水溶液への1-octen-3-olの溶解率は、直径1μm以下の気泡を含む液滴の噴霧開始30分後には、20%近くに達した。
【0088】
[比較例1]
図4に示す撹拌子140、160を入れず、温浴槽151とホットマグネットスターラー153の代わりに温度フィードバックつき恒温水槽(サーマックス、アズワン)を使用し、セラミックポンプ130及びアトマイザー120を停止した以外は、実施例1と同様に、蒸留水111に1-octen-3-olを溶解させ、水溶液に含まれる1-octen-3-olの濃度を計測した。ビーカー内に設置した容器には2mLの液体1-octen-3-olを入れた。室温は26℃であった。その結果、図7に示すように、水溶液における1-octen-3-olの濃度は、最初の5分間はガスクロマトグラフィー装置によって検出されなかった。10分経過後から水溶液における1-octen-3-olの濃度は上昇したが、実施例1と比較して低かった。図8に示すように、水溶液への1-octen-3-olの溶解率は、直径1μm以下の気泡を含む液滴の噴霧開始30分後でも、実施例1と比較して低かった。
【0089】
[実施例2]
1μLの1-octen-3-ol(シグマアルドリッチ、含量98%)を999μLの蒸留水に溶解し、ボルテックスミキサーで撹拌して、希釈した匂い物質溶液を1mL用意した。希釈した匂い物質溶液を図4に示す液体匂い物質容器201に入れた。この点と、室温が23℃であること以外は、実施例1と同様に、蒸留水111に1-octen-3-olを溶解させ、水溶液に含まれる1-octen-3-olの濃度を計測した。その結果、図9に示すように、気体中の1-octen-3-olの濃度は、時間を経過するごとに減少していることが確認された。また、平均1.7ppmの気体状の1-octen-3-olがビーカー110内に存在する場合、図10に示すように、直径1μm以下の気泡を含む液滴の噴霧開始20分後に、水溶液中に平均10μmol/Lの1-octen-3-olが溶解したことが確認された。このことは、気体中の匂い物質の濃度が低くても、水溶液に匂い物質を溶解させることができたことを示している。
【0090】
[実施例3]
実施例1で示した難水溶性有機化合物の溶解システムを用いて、蒸留水に1-octen-3-olを溶解させて、匂い物質溶液を得た。ガスクロマトグラフィー装置(GC-2010、島津製作所)で分析したところ、匂い物質を溶解させた直後の匂い物質溶液における1-octen-3-olの濃度は、図11及び図12に示すように、418μmol/Lであった。また、匂い物質溶液をバイアルに入れて4℃で保管したところ、2か月及び6か月経過後においても、匂い物質溶液における1-octen-3-olの濃度は高かった。
【0091】
[実施例4]
図4に示す撹拌子140、160を入れず、温浴槽151とホットマグネットスターラー153の代わりに温度フィードバックつき恒温水槽(サーマックス、アズワン)を使用し、室温が30.5℃であった以外は、実施例1と同様に、セラミックポンプを用いて蒸留水111をアトマイザー120に供給し、蒸留水111に1-octen-3-olを溶解させた。また、撹拌子140、160を入れず、温浴槽151とホットマグネットスターラー153の代わりに温度フィードバックつき恒温水槽(サーマックス、アズワン)を使用し、室温が30.0℃であり、セラミックポンプの代わりに流量が17mL/分であるペリスタポンプ(登録商標、AC-2120ペリスタ・バイオミニポンプ、アトー)を用いた以外は、実施例1と同様に、蒸留水111に1-octen-3-olを溶解させた。その結果、図13及び図14に示すように、非連続的に蒸留水111をアトマイザー120に供給するセラミックポンプよりも、連続的に蒸留水111をアトマイザー120に供給するペリスタポンプを用いたほうが、1-octen-3-olを蒸留水111中に効率的に溶解させることができた。
【0092】
[実施例5]
333μLの3-octanone(シグマアルドリッチ、含量98%以上)、333μLの3-octanol(シグマアルドリッチ、含量99%)、333μLの1-octen-3-ol(シグマアルドリッチ、含量98%)を図4に示す液体匂い物質容器201に入れ、合計999μLの匂い物質混合溶液を用意した。この点と、室温が30.5℃であること以外は、実施例1と同様に、蒸留水111に3種類の匂い物質を溶解させ、水溶液に含まれる各匂い物質の濃度を計測した。装置作動前の気体中の匂い物質濃度は3-octanoneが14.7ppmと最も高く、3-octanolは2.2ppm、1-octen-3-olは2.7ppmであった。その結果、図15に示すように、気体中の匂い物質の濃度は、時間を経過するごとに減少していることが確認された。また、図16に示すように、全ての匂い物質が装置作動後1分で水溶液中に溶解され、時間を経過するごとに濃度が増加することが確認された。水溶液中への溶解濃度は、揮発量の大きい3-octanoneが最も高く、揮発量が同程度であった3-octanolと1-octen-3-olは溶解濃度も同程度であることが確認された。このことは、脂肪族不飽和アルコールの1-octen-3-olのみならず、脂肪族ケトンの3-octanone、脂肪族飽和アルコールの3-octanolも水溶液中に短時間で溶解できることを示している。また、多種の匂い物質を、気中に存在する比率を維持したまま水溶液に溶解させることを示している。
【0093】
[実施例6]
超音波スプレーノズルから噴霧される液滴に含有される気泡の量が多いほど、気体状の匂い物質のより効率的な溶解に有利であると予想される。そこで、ノズル先端と水溶液の液面までの距離の違いによって、液滴に含有される気泡の量を調査した。漏斗とガラスビン、200mLビーカー、500mLビーカーを用いて、ノズル先端と水溶液の液面までの距離を、0mm、3.8mm、11.7mmと3段階に変化させて噴霧を行った。噴霧時には、図4に示すセラミックポンプ130を用いて水溶液を灌流した。このとき温浴槽151は使用せず、室温は23℃であった。また、撹拌子による水溶液の撹拌が、水溶液中に存在する気泡の量に与える影響についても検証した。撹拌子による撹拌にはホットマグネットスターラー153を用いた。全ての実験でセラミックポンプ130は実施例1と同程度の流量で5分間駆動し、蒸留水は50mLで室温は約23℃であった。ナノサイトによる分析の結果、図17に示すように、ノズル先端と水溶液の液面までの距離を0mmとして撹拌した場合には、8.7×10粒子数/mLの粒子が確認された。撹拌がない場合には15.7×10粒子数/mLの粒子が確認された。水溶液の液面までの距離を3.8mmとして撹拌した場合には、2.3×10粒子数/mLの粒子が確認された。撹拌がない場合には0.4×10粒子数/mLの粒子が確認された。水溶液の液面までの距離を11.7mmとして撹拌した場合には、1.3×10粒子数/mLの粒子が確認された。撹拌がない場合には0.9×10粒子数/mLの粒子が確認された。このことは、ノズル先端と水溶液の水面までの距離が近い方が、水溶液中により多くの気泡を生成できることを示唆している。また、装置全体を小型化しても水溶液中に多量の気泡を生成できることを示唆している。さらに、撹拌を行うことが、水溶液中の気泡量を増加させることを示している。また、アトマイザー120を用いることで、数センチ角のサイズであるにもかかわらず、10オーダーの極めて多量の気泡を生成することが可能であり、小型かつ低消費電力の匂いセンサの構築に有用であることが示された。
【0094】
[実施例7]
リポフェクション法により、Or13a受容体及び共受容体DmOrcoを発現しているSf21細胞を得た。Or13a受容体は、1-octen-3-olに反応する嗅覚受容体である。Sf21細胞は、1日間から3日間継代した。その後、セルカウンターを用いて、Sf21細胞の濃度が1.0×106cells/mLから1.5×106cells/mLとなるよう調整し、Sf21細胞をシャーレに接着させた。
【0095】
室温が25.5℃であり、液体匂い物質容器201の中の1-octen-3-olの量が2mLであり、撹拌子140、160を入れず、温度フィードバックつき恒温水槽(サーマックス、アズワン)を使用した以外は実施例1と同じ方法により、蒸留水111に1-octen-3-olを溶解させた。
【0096】
1-octen-3-olが溶解している水溶液をガスクロマトグラフィー装置(GC-2010、島津製作所)で分析し、水溶液における1-octen-3-olの濃度を決定した。決定した濃度に基づき、1-octen-3-olが溶解している水溶液をアッセイバッファー溶液で希釈して、1-octen-3-olの濃度が1μmol/L、3μmol/L、10μmol/L、及び30μmol/Lの水溶液をサンプルとして用意した。アッセイバッファーの組成は、140mmol/L NaCl、5.6mmol/L KCl、 4.5mmol/L CaCl2、11.26mmol/L MgCl2、11.32mmol/L MgSO4、9.4mmol/L D-glucose、及び5mmol/L HEPESであり、アッセイバッファーのpHは7.2であった。
【0097】
また、有機溶媒であるジメチルスルホキシド(DMSO)を用いて、1-octen-3-olの濃度が1μmol/L、3μmol/L、10μmol/L、及び30μmol/Lである刺激液を比較サンプルとして用意した。
【0098】
図4に示す撹拌子140、160をビーカー110内及び温浴液152内に入れず、温浴槽151とホットマグネットスターラー153の代わりに温度フィードバックつき恒温水槽(サーマックス、アズワン)を使用し、液体匂い物質容器201の中の1-octen-3-olの量が2mLであり、室温が25.5℃であった以外は実施例1と同様にビーカー110に50mLの蒸留水を入れて溶解したサンプルを調製して11日後、Sf21細胞を接着したシャーレに1.5mL/分でアッセイバッファーを灌流しながら、灌流液にサンプルを加えたところ、図18に示すように、1-octen-3-olの濃度に応じた強度の蛍光応答が観察された。灌流液に比較サンプルを加えた場合も、1-octen-3-olの濃度に応じた強度の蛍光応答が観察された。ここで、△F/F0はベースラインからの蛍光強度変化を示す。また、図19に示すように、サンプルを加えた場合の蛍光強度と、比較サンプルを加えた場合の蛍光強度と、の間には、有意差は確認されなかった。
【0099】
[実施例8]
スパッタリング装置によって、シリコン基板の表面に膜厚500nmのアルミニウム膜を形成し、アルミニウム基板を得た。また、嗅覚受容体を導入していない、ワイルドタイプのSf21細胞を用意した。
【0100】
図20に示すように、Sf21細胞をアルミニウム基板上に播種してから5日間、毎日、アルミニウム基板上のSf21細胞の生死判定を行った。生死判定には、トリパンブルー(和光純薬)を用いた色素排除試験法を用いた。色素排除試験法によれば、死細胞は色素によって青く染色されるため、顕微鏡観察により、生存細胞の割合を求めることが可能である。
【0101】
その結果、図21に示すように、5日間にわたって、97%以上のSf21細胞が、アルミニウム基板上で生存していることが確認された。さらに、図20に示した顕微鏡観察の結果から、Sf21細胞は、アルミニウム基板上でも成長し、細胞密度が増加したことが確認された。
【0102】
次に、ヒト胎児腎由来のHEK293T細胞を用意した。図22に示すように、HEK293T細胞をアルミニウム基板上に播種してから5日間、毎日、アルミニウム基板上のHEK293T細胞の生死判定を行った。生死判定には、トリパンブルー(和光純薬)を用いた色素排除試験法を用いた。その結果、HEK293T細胞は、アルミニウム基板上では時間が経っても細胞成長が遅く、アルミニウム基板の腐食により細胞が死滅する場合も観察された。
【0103】
アルミニウム基板上におけるSf21細胞とHEK293T細胞の増加曲線を図23に示す。Sf21細胞は、アルミニウム基板上で成長することが確認された。これに対し、HEK293T細胞は、アルミニウム基板上で数が増減し、細胞数が安定しなかった。
【0104】
以上の結果は、昆虫細胞は、アルミニウム基板に対する適合性を有するが、哺乳類細胞は、アルミニウム基板に対する適合性を有しないことを示していた。
【符号の説明】
【0105】
1・・・容器、2・・・水溶液、3・・・加熱装置、4・・・温浴液撹拌子、10・・・トランジスター、11・・・半導体基板、12・・・ソース電極、13・・・ドレイン電極、14・・・ゲート電極、15・・・参照電極、16・・・バックゲート、20・・・噴霧装置、30・・・吸引装置、31・・・管、32・・・管、40・・・水溶液撹拌子、50・・・昆虫細胞、51・・・温浴槽、52・・・温浴液、60・・・チャンバー、70・・・水溶液、80・・・検出装置、110・・・ビーカー、111・・・蒸留水、112・・・蓋、120・・・アトマイザー、130・・・セラミックポンプ、131・・・管、132・・・管、140・・・撹拌子、151・・・温浴槽、152・・・温浴液、153・・・ホットマグネットスターラー、160・・・撹拌子、201・・・物質容器、210・・・シリンジ、220・・・ガスタイトシリンジ、300・・・コンピュータシステム、500・・・センサ
図1
図2
図3
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図9
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