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特許7581487窒化珪素焼結体、耐摩耗性部材、及び窒化珪素焼結体の製造方法
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  • 特許-窒化珪素焼結体、耐摩耗性部材、及び窒化珪素焼結体の製造方法 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-11-01
(45)【発行日】2024-11-12
(54)【発明の名称】窒化珪素焼結体、耐摩耗性部材、及び窒化珪素焼結体の製造方法
(51)【国際特許分類】
   C04B 35/596 20060101AFI20241105BHJP
   C04B 35/645 20060101ALI20241105BHJP
   F16C 33/32 20060101ALI20241105BHJP
   G01N 21/65 20060101ALI20241105BHJP
【FI】
C04B35/596
C04B35/645 500
F16C33/32
G01N21/65
【請求項の数】 15
(21)【出願番号】P 2023511258
(86)(22)【出願日】2022-03-28
(86)【国際出願番号】 JP2022015006
(87)【国際公開番号】W WO2022210533
(87)【国際公開日】2022-10-06
【審査請求日】2023-08-03
(31)【優先権主張番号】P 2021057052
(32)【優先日】2021-03-30
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000003078
【氏名又は名称】株式会社東芝
(73)【特許権者】
【識別番号】303058328
【氏名又は名称】東芝マテリアル株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110004026
【氏名又は名称】弁理士法人iX
(72)【発明者】
【氏名】大久保 和也
【審査官】神▲崎▼ 賢一
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2020/121752(WO,A1)
【文献】国際公開第2018/194052(WO,A1)
【文献】特開2017-075073(JP,A)
【文献】国際公開第2014/104112(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C04B 35/596
C04B 35/645
F16C 33/32
G01N 21/65
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
窒化珪素結晶粒子および粒界相を備えた窒化珪素焼結体であって、
前記窒化珪素焼結体の中心断面における20μm×20μmの領域をラマン分光分析した場合に、2つ以上のピークが780cm-1~810cm-1および1340cm-1~1370cm-1の範囲で検出され、4つ以上6つ以下のピークが170cm-1~190cm-1、607cm-1~627cm-1、720cm-1~740cm-1、及び924cm-1~944cm-1の範囲で検出されることを特徴とする窒化珪素焼結体。
【請求項2】
炭化化合物を1質量%以上含有することを特徴とする請求項1に記載の窒化珪素焼結体。
【請求項3】
170cm-1~190cm-1の範囲内の最強ピークのピーク強度をIとし、780cm-1~810cm-1の範囲内の最強ピークのピーク強度をIとしたとき、
ピーク強度比I/Iは、1.2以上2.0以下であることを特徴とする請求項1ないし請求項2のいずれか1項に記載の窒化珪素焼結体。
【請求項4】
170cm-1~190cm-1、607cm-1~627cm-1、720cm-1~740cm-1、及び1340cm-1~1370cm-1の範囲では、半値全幅が70cm-1を超えるピークが検出されないことを特徴とする請求項1ないし請求項3のいずれか1つに記載の窒化珪素焼結体。
【請求項5】
前記窒化珪素焼結体に含まれる炭化化合物に炭化珪素が含まれることを特徴とする請求項2ないし請求項4のいずれか1項に記載の窒化珪素焼結体。
【請求項6】
前記窒化珪素焼結体は、
80質量%以上の窒化珪素と、
酸化物に換算して2質量%以上4質量%以下の希土類元素と、
酸化物換算で2質量%以上10質量%以下のAl成分と、
2質量%以上7質量%以下の炭化珪素と、
を含有することを特徴とする請求項1ないし請求項5のいずれか1項に記載の窒化珪素焼結体。
【請求項7】
前記窒化珪素焼結体は、Ti、Zr、Hf、W、Mo、Ta、Nb、およびCrからなる群より選択される少なくとも1種を、酸化物に換算して3質量%以下含有することを特徴とする請求項1ないし請求項6のいずれか1項に記載の窒化珪素焼結体。
【請求項8】
気孔率が1%以下であり、
800MPa以上の3点曲げ強度を有し、
5.7MPa・m1/2以上の破壊靭性値を有することを特徴とする請求項1ないし請求項7のいずれか1項に記載の窒化珪素焼結体。
【請求項9】
請求項1ないし請求項8のいずれか1項に記載の前記窒化珪素焼結体を用いたことを特徴とする耐摩耗性部材。
【請求項10】
前記耐摩耗性部材がベアリングボールであることを特徴とする請求項9に記載の耐摩耗性部材。
【請求項11】
前記ベアリングボールの圧砕荷重が150MPa以上200MPa以下であることを特徴とする請求項10に記載の耐摩耗性部材。
【請求項12】
前記ベアリングボールが直径9.525mm(3/8インチ)であった場合に、軸受鋼SUJ2板の上面に直径40mmの軌道が設定され、前記軌道に3個の前記ベアリングボールが配置され、前記3個のベアリングボールが5.9GPaの最大接触応力が作用するように荷重が印加された状態において回転速度1200rpmで回転されたときの、前記3個のベアリングボールのいずれかの表面が剥離するまでの時間で定義される転がり疲労寿命が、400時間以上であることを特徴とする請求項10ないし請求項11のいずれか1項に記載の耐摩耗性部材。
【請求項13】
請求項1ないし請求項8のいずれか1項に記載の窒化珪素焼結体の製造方法であって、
非酸化性雰囲気下で実施され、1400℃以上1480℃以下の温度域での昇温速度が100℃/時間以上に設定され、1700℃以上1800℃以下の最高焼結温度が5時間以上保持される焼結工程を備えたことを特徴とする窒化珪素焼結体の製造方法。
【請求項14】
前記焼結工程において、1480℃から前記最高焼結温度までの昇温速度が100℃/時間未満に設定されることを特徴とする請求項13記載の窒化珪素焼結体の製造方法。
【請求項15】
前記焼結工程によって得られた焼結体に、熱間静水圧プレス処理を施すことを特徴とする請求項13ないし請求項14のいずれか1項に記載の窒化珪素焼結体の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
実施形態は、概ね、窒化珪素焼結体、耐摩耗性部材、及び窒化珪素焼結体の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
窒化珪素焼結体は、その耐摩耗性を利用してベアリングボールやローラなどの耐摩耗性部材として使用されている。例えば、特許第5002155号公報(特許文献1)には、焼結助剤として酸化イットリウム、酸化アルミニウム、炭化珪素などを添加した窒化珪素焼結体が開示されている。特許文献1に開示された窒化珪素粉末は、金属窒化法で合成されている。この方法によれば、Feなどの不純物が多くても、強度が高い窒化珪素焼結体を提供できる。このような窒化珪素焼結体を用いた耐摩耗性部材は、優れた耐久性を示す。
例えば、ベアリングは、外輪と内輪の間にベアリングボールを配置した構造を有する。ベアリングの寿命は、ベアリングボール、外輪および内輪の寿命に影響を受ける。特許文献1では、窒化珪素焼結体からなるベアリングボールの耐久性を向上させている。一方、外輪と内輪には、軸受鋼(SUJ2)が使われている。ベアリングボールの耐久性を向上させたとしても、外輪および内輪が摩耗してベアリングの耐久性が低下することが発生していた。
特開2003-65337号公報(特許文献2)では、熱伝導率の高い窒化珪素焼結体からなるベアリングボールを用いていた。窒化珪素焼結体の熱伝導率を上げることにより、放熱性が向上している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】特許第5002155号公報
【文献】特開2003-65337号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
ベアリングボールの放熱性を向上させることにより、外輪および内輪の熱膨張を抑制する効果は得られている。しかしながら、それ以上の効果は得られていなかった。この原因を追究したところ、ベアリングボールから相手部材(外輪および内輪)への攻撃性が十分に低減されておらず、耐久性を低下させていることが分かった。
本発明は、このような問題に対応するためのものであり、耐摩耗性部材の耐久性を向上させることが可能な窒化珪素焼結体を提供するためのものである。
【課題を解決するための手段】
【0005】
実施形態に係る窒化珪素焼結体は、窒化珪素結晶粒子および粒界相を備え、前記窒化珪素焼結体の中心断面における20μm×20μmの領域をラマン分光分析した場合に、2つ以上のピークが780cm-1~810cm-1および1340cm-1~1370cm-1の範囲で検出され、4つ以上6つ以下のピークが170cm-1~190cm-1、607cm-1~627cm-1、720cm-1~740cm-1、及び924cm-1~944cm-1の範囲で検出されることを特徴とする。
【図面の簡単な説明】
【0006】
図1】実施形態に係る窒化珪素焼結体の断面構造の一部を示す図である。
図2】実施形態に係る窒化珪素焼結体のラマン分光による分析結果を模式的に例示する図である。
図3】実施形態に係るベアリングボールの一例を示す図。
図4】実施形態に係るベアリングの一例を示す図。
【発明を実施するための形態】
【0007】
実施形態に係る窒化珪素焼結体は、窒化珪素結晶粒子および粒界相を備え、前記窒化珪素焼結体の中心断面における20μm×20μmの領域をラマン分光分析した場合に、2つ以上のピークが780cm-1~810cm-1および1340cm-1~1370cm-1の範囲で検出され、4つ以上6つ以下のピークが170cm-1~190cm-1、607cm-1~627cm-1、720cm-1~740cm-1、及び924cm-1~944cm-1の範囲で検出されることを特徴とする。
図1は、実施形態に係る窒化珪素焼結体の断面構造の一部を示す図である。
図1において、10は窒化珪素焼結体、11は窒化珪素結晶粒子、12は粒界相である。図1に示す通り、実施形態に係る窒化珪素焼結体10は、窒化珪素結晶粒子11及び粒界相12を備える。粒界相は、焼結助剤粉末同士が反応したり、焼結助剤粉末と窒化珪素粉末の不純物が反応したりして形成される。粒界相は、窒化珪素結晶粒子同士の隙間を埋めている。これにより、焼結体の強度を向上させることができる。
実施形態に係る発明は、窒化珪素焼結体の中心断面をラマン分光(Raman spectroscopy)によって分析したとき、所定の波数の範囲でピークが検出されることを特徴とする。
【0008】
ラマン分光分析は、ラマン散乱光を用いて物質の評価を行う方法である。ラマン散乱光は、励起光に対して振動エネルギーに対応する波数の異なった光が散乱される現象のことである。その波長差は、物質が持つ分子振動のエネルギー分に相当する。分子構造の異なる物質間で、異なる波長を持ったラマン散乱光を得ることができる。ラマン散乱光を調べることにより、試料の原子の振動モードを同定し、結合状態に関するデータを得ることができる。例えば、同じ組成であったとしても、配向や結晶性などが異なると、得られるラマン散乱光が異なる。
【0009】
ラマン分光分析の測定領域は、中心断面における単位面積20μm×20μmの領域に設定した。このサイズであれば、窒化珪素結晶粒子と粒界相の両方を測定領域に含めることができる。また、中心断面とは、窒化珪素焼結体の中心を通る断面のことである。つまり、窒化珪素焼結体の中心を含む20μm×20μmの領域を測定領域として設定する。焼結体が球体である場合は、重心が中心となる。焼結体が直方体である場合は、対角線同士の交点が中心となる。また、窒化珪素焼結体に表面研削を施し、耐摩耗性部材を作製できる。表面が研削により除去されることから、焼結体の中心断面を測定領域に設定した。
また、ラマン分光分析で用いる測定装置には、RENISHAW社製inVia Reflex ライマイクロスコープ(分解能:0.3cm-1)またはそれと同等以上の性能を有する装置を用いる。励起レーザには、LD励起グリーンレーザ(波長532nm、出力100mW)を用いた。照射レーザビーム径は0.7μmに設定した。露光時間は1測定点あたり1秒に設定し、ステージ移動ステップは0.4μmに設定した。データ解析には、イメージ解析ソフトWiRe4Empty Modellingによる多変量カーブ分解(MCR)を用いた。ここでは、得られたラマンスペクトルにおいて、この解析ソフトによって検出されたものをピークとして用い、ピーク位置やその強度及び半値幅の決定も前記解析ソフトを用いた。この時に解析ソフトによって得られたピーク強度とは、ピークの絶対値とベースラインの値との差分によって得られた値である。ベースラインの値も解析ソフトによって得ることができる。また、総測定箇所は、2601カ所であった。これらの総測定箇所のスペクトルについて平均化処理を行うことで、SN比(スペクトルの大きさに対するノイズの大きさの比)を向上させたスペクトルを得た。また、ステージを移動させながら測定を行うことで、測定箇所依存性の少ないラマンスペクトルを得た。測定時の気温は、摂氏25度(25℃)であった。この時測定した箇所は、表面から離れた場所であった。得られた焼結体の外観は、灰色であった。
【0010】
実施形態に係る窒化珪素焼結体については、2つ以上のピークが780cm-1~810cm-1および1340cm-1~1370cm-1の範囲で検出される。例えば、780cm-1~810cm-1の範囲で1つ以上のピークが検出され、1340cm-1~1370cm-1の範囲で1つ以上のピークが検出される。780cm-1~810cm-1の範囲でピークが検出されず、1340cm-1~1370cm-1の範囲で2つ以上のピークが検出されても良い。または、1340cm-1~1370cm-1の範囲でピークが検出されず、780cm-1~810cm-1の範囲で2つ以上のピークが検出されても良い。
また、170cm-1~190cm-1、607cm-1~627cm-1、720cm-1~740cm-1、及び924cm-1~944cm-1の範囲で、4つ以上6つ以下のピークが検出される。言い換えると、前記範囲で検出されるピークの数は、3よりも多く、6を超えない。ピークの本数は、より好ましくは、4つまたは5つである。例えば、170cm-1~190cm-1の範囲、607cm-1~627cm-1の範囲、720cm-1~740cm-1の範囲、及び924cm-1~944cm-1の範囲のそれぞれにおいて、1つ又は2つのピークが検出されることがあげられる。これらの範囲の一部においてピークが検出されず、他の範囲において2つ以上のピークが検出されても良い。しかし、前記範囲の各波数範囲においてそれぞれ1つ又は2つのピークが検出されることがさらに好ましい。
前記範囲におけるピークの数が大きすぎることは、焼結体中に結合強度の異なる分子が多量に存在していることを示唆している。つまり、ピークの数が多すぎるということは、例えば不純物が多量に存在している可能性や、助剤として添加する成分の種類が多すぎる可能性、焼結体中に存在する分子の結合強度のばらつきなどを示唆している。助剤として添加する成分の種類が多いと、添加量の制御や混合工程またはその後の工程において、助剤の分散性の制御が難しくなる可能性がある。分子同士の結合強度にムラがあると、相手部材への攻撃性においてもムラが出る可能性がある。そのため170cm-1~190cm-1、607cm-1~627cm-1、720cm-1~740cm-1、及び924cm-1~944cm-1の範囲で、4つ以上6つ以下のピークが検出されることが好ましい。
なお、本願において、「x~y」の表記は、「x以上y以下」を意味し、「x」及び「y」は当該範囲に含まれる。
実施形態に係る窒化珪素焼結体について、上記以外の範囲にピークが検出されてもよい。上記以外の範囲で観測されうるピークとしては、とくに限定されないが、例えば805cm-1~815cm-1、715cm-1~725cm-1、270cm-1~280cm-1、410cm-1~420cm-1といった範囲にピークが存在してもよい。270cm-1~280cm-1の範囲で検出されるピークは、酸化タングステンに由来する。410cm-1~420cm-1の範囲で検出されるピークは、酸化鉄に由来する。
さらに、515cm-1~525cm-1の範囲で検出されるピーク強度は、400cm-1~1200cm-1の間で検出されるピークの中での最強ピークでないことが好ましい。すなわち、400cm-1~1200cm-1の間で検出される少なくとも1つのピークの強度は、515cm-1~525cm-1の範囲で検出されるピークの強度よりも大きい。515cm-1~525cm-1の範囲におけるピーク強度は、小さければ小さいほど良い。そのため、515cm-1~525cm-1の範囲にピークが存在しないことがさらに好ましい。515cm-1~525cm-1の範囲におけるピークは、遊離Si由来である可能性がある。遊離Siが存在すると、窒化珪素焼結体からなる耐摩耗性部材の耐久性が低下する可能性がある。
【0011】
ラマン分光分析によって検出されるピークの位置から、化学結合の種類を特定することができる。また、ピークの半値全幅は、結晶化度を示している。以降では、「半値全幅」を、単に「半値幅」という。ピークの半値幅が小さいほど、結晶性が高い。また、ピーク強度は、配向性や濃度により影響を受ける。ピークシフト値は、応力や歪量に影響を受ける。同じ組成の材料であったとしても、結合状態、結晶性、配向性、歪量などによってピークの数、強度、半値幅が変わる。
前述のようにラマン分光ピークの検出位置は、結合状態、結晶性、配向性、歪量などによって変わる。上記のようなラマン分光ピークを有する窒化珪素焼結体は、耐摩耗性を向上させることができる。また、窒化珪素焼結体を耐摩耗性部材として用いたときに、相手部材への攻撃性を抑制することができる。
【0012】
780cm-1~810cm-1の範囲で検出されるピークおよび1340cm-1~1370cm-1の範囲で検出されるピークは、炭素または炭化物に基づく。言い換えると、窒化珪素焼結体は、炭素または炭化物を含有することが好ましい。窒化珪素焼結体の原料に炭素または炭化物が混合されると、780cm-1~810cm-1または1340cm-1~1370cm-1の範囲でピークが検出される。
170cm-1~190cm-1の範囲で検出されるピーク、607cm-1~627cm-1の範囲で検出されるピーク、720cm-1~740cm-1の範囲で検出されるピーク、および924cm-1~944cm-1の範囲で検出されるピークは、窒化珪素結晶粒子に基づく。
【0013】
また、170cm-1~190cm-1の範囲で検出された最強ピークのピーク強度をIとし、780cm-1~810cm-1の範囲で検出された最強ピークのピーク強度をIとしたとき、ピーク強度比I/Iが1.2以上2.0以下の範囲内であることが好ましい。
170cm-1~190cm-1の範囲では、窒化珪素結晶粒子に基づくピークの中で最も大きなピークが検出される。170cm-1~190cm-1の範囲では、いわゆる、窒化珪素結晶粒子のメインピークが検出される。780cm-1~810cm-1の範囲で検出された最強ピークは、炭素または炭化物に基づく。
ピーク強度比I/Iが1.2以上2.0以下の範囲内であるということは、窒化珪素結晶粒子のメインピークに対し、炭素または炭化物のピーク強度が所定量存在することを示している。ピーク強度は、主に配向性や濃度に影響を受ける。炭素または炭化物は、窒化珪素焼結体の強度を改善する成分である。また、炭素または炭化物は潤滑剤としての効果も有する。ピーク強度比I/Iが1.2以上2.0以下であると、相手部材への攻撃性をさらに抑制することができる。
【0014】
また、607cm-1~627cm-1での最強ピークのピーク強度をIとし、720cm-1~740cm-1での最強ピークのピーク強度をIとし、924cm-1~944cm-1での最強ピークのピーク強度をIとし、1340cm-1~1370cm-1でのピークの最強ピークのピーク強度をIとする。この場合、ピーク強度比I/Iは、2以上20以下であることが好ましい。ピーク強度比I/Iは2以上20以下であることが好ましい。ピーク強度比I/Iは、2以上20以下であることが好ましい。ピーク強度比I/Iは、2以上20以下であることが好ましい。これは、780cm-1~810cm-1の範囲で検出された最強ピーク以外は、比較的小さいピークであることを示している。これにより、炭素または炭化物による効果を得ることができる。
【0015】
また、170cm-1~190cm-1、607cm-1~627cm-1、720cm-1~740cm-1、及び1340cm-1~1370cm-1の4つの範囲のうち少なくとも1つの範囲で、1つ以上のピークが検出され、且つ検出されたピークの半値幅は70cm-1を超えないことが好ましく、45cm-1を超えないことがより好ましい。さらに好ましくは、ピークの半値幅が3cm-1以上40cm-1以下であることである。
それぞれのピーク範囲におけるピークの半値幅が後述の通りであることがさらに好ましい。780cm-1~810cm-1でのピークの半値幅は、3cm-1~25cm-1の範囲内である。607cm-1~627cm-1でのピークの半値幅は、3cm-1~25cm-1の範囲内である。720cm-1~740cm-1でのピークの半値幅は、3cm-1~25cm-1の範囲内である。924cm-1~944cm-1でのピークの半値幅は10cm-1~40cm-1の範囲内である。
【0016】
図2は、実施形態に係る窒化珪素焼結体のラマン分光による分析結果を模式的に例示する図である。
図2に示すラマンスペクトルRSにおいて、横軸はラマンシフト(cm-1)を示し、縦軸は散乱強度を示す。実施形態に係る窒化珪素焼結体をラマン分光で分析した場合、例えば図2に示すように、ピークP1~P6を含む複数のピークが検出される。ピークP1は、170cm-1~190cm-1の範囲に存在する。ピークP2は、607cm-1~627cm-1の範囲に存在する。ピークP3は、720cm-1~740cm-1の範囲に存在する。ピークP4は、780cm-1~810cm-1の範囲に存在する。ピークP5は、924cm-1~944cm-1の範囲に存在する。ピークP6は、1340cm-1~1370cm-1の範囲に存在する。515cm-1~525cm-1の範囲には、ピークが存在しない。
また、170cm-1~190cm-1のピークP1のピーク強度をIとし、780cm-1~810cm-1のピークP4のピーク強度をIとしたとき、ピーク強度比I/Iは、1.2以上2.0以下である。170cm-1~190cm-1のピークP1、607cm-1~627cm-1のピークP2、720cm-1~740cm-1のピークP3、及び1340cm-1~1370cm-1のピークP4のそれぞれの半値幅は、45cm-1以下である。170cm-1~190cm-1、607cm-1~627cm-1、720cm-1~740cm-1、及び1340cm-1~1370cm-1の範囲では、半値幅が45cm-1を超えるピークが検出されない。
【0017】
窒化珪素焼結体は、窒化珪素を80質量%以上、希土類元素を酸化物に換算して2質量%以上4質量%以下、Al成分を酸化物換算で2質量%以上6質量%以下含有することが好ましい。また、窒化珪素焼結体は、1質量%以上7質量%以下の炭化化合物を含有することが好ましい。炭化化合物は、例えば炭化珪素を含む。より好ましくは、窒化珪素焼結体は、2質量%以上7質量%以下の炭化珪素を含有する。
窒化珪素焼結体は、Ti、Zr、Hf、W、Mo、Ta、NbおよびCrからなる群より選択される少なくとも1種を酸化物に換算して3質量%以下含有することがより好ましい。Ti、Zr、Hf、W、Mo、Ta、NbおよびCrからなる群より選択される成分を1種または2種以上含有させる場合には、その合計量が酸化物換算で0.5質量%以上3質量%以下であることがより好ましい。さらに好ましくは、これらの合計値が0.8質量%以上2.5質量%以下である。
希土類元素は、焼結性を改善する効果を有する。希土類元素としては、イットリウム(Y)またはランタノイド元素が好ましい。焼結助剤として希土類元素を添加する場合は、希土類酸化物を添加することが好ましい。2種以上の希土類酸化物を添加する場合であっても、希土類元素の合計の含有量は、希土類酸化物換算で2質量%以上4質量%以下の範囲内であることが好ましい。
Al(アルミニウム)成分が焼結助剤として添加される場合、Al成分として、酸化アルミニウム、窒化アルミニウムから選ばれる1種または2種が挙げられる。酸化アルミニウム(Al)または窒化アルミニウム(AlN)は、希土類酸化物の焼結を促進させる効果を有する。また、窒化アルミニウム(AlN)は、窒化珪素結晶粒子が分解するのを防ぐ効果を有する。Al成分として酸化アルミニウムと窒化アルミニウムの両方を用いる場合であっても、Al成分の合計の含有量は、酸化物換算で2質量%以上10質量%以下の範囲内であることが好ましい。
希土類酸化物とAl成分は、互いに反応して粒界相を形成する。また、炭化珪素(SiC)は、粒界相中に粒子として存在させることができる。これにより、粒界相を強化することができる。また、炭化珪素は、潤滑性もあるため、耐摩耗性を向上させる効果も有する。また、窒化珪素焼結体の原料に炭化珪素を混合させることで、窒化珪素焼結体中においても炭化珪素を存在させることができる。
【0018】
Ti、Zr、Hf、W、Mo、Ta、NbおよびCrからなる群より選択される成分は、酸化物、窒化物、及び炭化物から選ばれる1種以上で窒化珪素焼結体に存在する。これらの成分は、焼結の促進効果と粒界相強化の効果を有する。また、これらの成分の含有量が3質量%を超えると、炭化珪素の効果が低下する可能性がある。なお、Ti、Zr、Hf、W、Mo、Ta、NbおよびCrからなる群より選択される成分の含有量の下限値は、特に限定されないが、その合計値で0.5質量%以上が好ましい。
【0019】
窒化珪素焼結体は、長径2μm以上の窒化珪素結晶粒子の面積比が40%以上であることが好ましい。アスペクト比1.5以下の窒化珪素結晶粒子の面積比は、50%以上であることが好ましい。すなわち、長径2μm以上かつアスペクト比1.5以下の窒化珪素結晶粒子が多いことが好ましい。窒化珪素結晶粒子のサイズを制御することにより、配向性や歪量などを均質化することができる。
窒化珪素結晶粒子の長径およびアスペクト比の測定では、任意の断面の走査電子顕微鏡(SEM)写真を用いる。SEM写真の単位面積20μm×20μmの領域に写るそれぞれの窒化珪素結晶粒子の最大径を長径とする。また、長径の中心から垂直に伸ばした線分の長さを短径とする。アスペクト比=長径/短径、とする。20μm×20μmの領域に写る長径2μm以上の窒化珪素結晶粒子の面積比を求める。同様に、20μm×20μmの領域に写るアスペクト比1.5以下の窒化珪素結晶粒子の面積比を求める。
長径およびアスペクト比は、SEM写真において、窒化珪素結晶粒子が写る部分を用いて測定する。窒化珪素結晶粒子同士が重なっている場合は、SEM写真に写っている部分のみを用いて測定する。また、個々の窒化珪素結晶粒子が判別できないときは、粒界相をエッチング除去してもよい。
【0020】
以上のような窒化珪素焼結体では、気孔率を1%以下、3点曲げ強度を800MPa以上、破壊靭性値を5.7MPa・m1/2 以上にできる。
気孔率は、アルキメデス法で測定することができる。気孔率を1%以下にすることにより、気孔が破壊起点となることを防ぐことができる。また、3点曲げ強度は、JIS-R-1601(2008)に準じて測定することができる。また、破壊靭性はJIS-R-1607(2015)のIF法に基づき新原の式により測定することができる。また、窒化珪素焼結体からなるベアリングボールはJIS-R-1669(2014)にて等級が示されている。3点曲げ強度800MPa以上かつ破壊靭性値5.7MPa・m1/2 以上の窒化珪素焼結体が、等級1または等級2に相当する。
なお、JIS-R-1601(2008)は、ISO 14704:2000(MOD)に対応する。JIS-R-1607(2015)は、ISO 15732:2003(MOD)に対応する。JIS-R-1669(2014)は、ISO 26602:2009(MOD)に対応する。
【0021】
上記のようなラマン分光ピークを有する窒化珪素焼結体は、耐摩耗性を向上させることができる。このため、実施形態に係る窒化珪素焼結体を用いた耐摩耗性部材の耐久性を向上させることができる。特に、相手部材への攻撃性を抑制できるため、相手部材の耐久性も向上させることができる。このような耐摩耗性部材としては、ベアリング部材、ロール部材、コンプレッサ部材、ポンプ部材、エンジン部材、摩擦攪拌接合装置用部材などが挙げられる。
ベアリングは、転動体および軌道輪からなる軸受部材の組合せである。転動体は、球体形状またはころ形状の部材である。転動体の部材は、ベアリングボールと呼ばれる。球体形状は玉であり、ころ形状は円柱である。また、球体形状の転動体を使った部材は、玉軸受と呼ばれる。ころ形状の転動体を使った部材はころ軸受と呼ばれる。ころ軸受には、針軸受、円すいころ軸受、球面ころ軸受も含まれる。また、軌道輪には外輪および内輪がある。
ロール部材として、圧延用ローラ、電子機器の送り部品用ローラなどが挙げられる。コンプレッサ部材またはポンプ部材としては、ベーンなどが挙げられる。ここでは、コンプレッサは圧力を上げる装置であり、ポンプは圧力を下げる装置として互いに区別する。エンジン部材としては、カムローラ、シリンダ、ピストン、チェックボールなどが挙げられる。摩擦攪拌接合装置用部材としては、摩擦攪拌接合装置用ツール部材などが挙げられる。
【0022】
図3は、実施形態に係る耐摩耗性部材の一例(ベアリングボール)を示す図である。図4は、実施形態に係る耐摩耗性部材の別の一例(ベアリング)を示す図である。
図3及び図4において、1はベアリングボール、2はベアリング、3は内輪、4は外輪である。ベアリング2は、内輪3と外輪4の間にベアリングボール1が配置された構造を有する。ベアリング2では、ベアリングボール1が4個以上配置される。内輪3および外輪4は、ベアリングボール1の相手部材である。
ベアリングボール1は、実施形態に係る窒化珪素焼結体からなる。必要に応じ、表面粗さRaが0.1μm以下になるように研磨加工が施されてもよい。ベアリングボールについて、米国試験材料協会ASTM F2094においてグレードに応じた表面粗さRaが定められている。このため、グレードに応じた表面粗さに研磨加工が施されてもよい。なお、ASTMとは、ASTM Internationalの発行する標準規格である。ASTM Internationalの旧名称は、米国試験材料協会(American Society for Testing and Materials: ASTM)である。また、ベアリングボール以外の耐摩耗性部材に適用する場合であっても、必要に応じて、表面研磨加工が施されてもよい。言い換えると、実施形態に係る耐摩耗性部材は、表面粗さRaが0.1μm以下、さらにはRaが0.02μm以下の研磨面を具備していることが好ましい。
実施形態に係る窒化珪素焼結体をベアリングボール1に適用すると、外輪4および内輪3への攻撃性が低減されるため、ベアリング2としての耐久性を向上させることができる。ベアリング2には、複数個のベアリングボール1が用いられる。個々のベアリングボール1から外輪4および内輪3への攻撃性を低減することにより、ベアリング2としての耐久性を向上させることができる。
実施形態に係る窒化珪素焼結体を用いたベアリングボールでは、圧砕荷重を150MPa以上200MPa以下とすることができる。圧砕荷重は、2個のベアリングボールを高さ方向に重ねて配置し、上から荷重を掛ける方法で測定した。どちらか一方のベアリングボールが破損した荷重を圧砕荷重とした。
また、実施形態に係る窒化珪素焼結体を用いたベアリングボールでは、転がり疲労寿命を400時間以上にできる。転がり疲労寿命は、ベアリングボールの直径が9.525mm(3/8インチ)であったときに、軌道上に配置された3個のベアリングボールに荷重を印加して回転させた場合のベアリングボールの表面が剥離するまでの時間で定義される。軌道は、軸受鋼SUJ2板上面に設定され、その直径は40mmである。3個のベアリングボールには、5.9GPaの最大接触応力が作用するように荷重が印加される。回転速度は、1200rpmに設定される。ベアリングボールの径が直径9.525mmでない場合には、ボールの径に合わせて軸受け鋼の直径を調整する。すなわち、ベアリングボールの直径と軸受け鋼の直径の比が、9.525:40となるように、軸受け鋼の直径を調整する。
以上のようなベアリングボールであれば、耐久性を維持した上で、相手部材への攻撃性を抑制することができる。このため、ベアリング2も、回転中の温度上昇の抑制、摺動音の増大抑制といった効果を有する。近年は、インバータ駆動のモータが流行り始めている。インバータ駆動は、モータの回転速度が可変する方法である。一般的には、モータの回転速度は、0~15000rpmの範囲内である。0rpmは、モータが止まった状態である。モータの回転速度に応じてベアリングが回転する。攻撃性を低減することにより、回転速度が変化したときであっても耐久性が良好である。このように、実施形態に係る窒化珪素焼結体は、相手部材を用いる耐摩耗性部材に好適である。
【0023】
実施形態に係る窒化珪素焼結体を平板状の耐摩耗性部材に用いる場合、転がり寿命を1×10回以上にできる。転がり寿命は、耐摩耗性部材の上面に設定された軌道上に3個のSUJ2製転動鋼球を配置し、これらの転動鋼球に荷重を印加しながら回転させた場合に、窒化素製の耐摩耗性部材の表面が剥離するまでの耐摩耗性部材の回転数で定義される。軌道の直径は、40mmに設定される。それぞれの転動鋼球の直径は、9.525mmである。転動鋼球に印加される荷重は、39.2MPaである。回転数は、1200rpmに設定される。
実施形態に係る耐摩耗性部材の形状は、球体に限らず、様々な形状を適用することができる。耐摩耗性部材の球以外の形状としては、例えば円柱状などが挙げられる。
また、実施形態に係るベアリングボール1は、相手部材への攻撃性を低減できるため、電食の発生を抑制することができる。電食は、ベアリングボールと内輪との間およびベアリングボールと外輪との間で部分的な放電現象が起き、内輪および外輪の表面が浸食される現象である。ベアリングでは、ベアリングボールに窒化珪素焼結体が用いられ、内輪および外輪に軸受鋼SUJ2などの金属が用いられている。電食が起きると、金属である内輪および外輪が浸食されていく。浸食が進むと、ベアリングの機能は低下する。機能が低下すると、摺動音の増加などが発生する。
一般的にベアリングは、ベアリングボールと内輪との間およびベアリングボールと外輪の間にグリースが充填されている。グリースは、潤滑性と絶縁性を有している。グリースは、リチウム石鹸グリースなど様々である。ベアリングボールと内輪との間およびベアリングボールと外輪との間で部分的な放電現象が起きると、グリースが劣化する。グリースの劣化が起きると、潤滑性および絶縁性が低下する。これにより、電食が起き易くなる。グリースが劣化するとグリースの変色が起きる。例えば、リチウム石鹸グリースでは、透明から黒色に変化していく。実施形態に係るベアリングボールでは、相手部材への攻撃性が低減されているため、グリースの劣化を抑制することができる。この点からも、ベアリングを長寿命化できる。
グリースの劣化の原因としては、物理的要因、化学的要因、異物の混入などがある。物理的要因は、主に、継時変化である。これは、使い続けることによって起きる劣化である。他の物理的要因としては、機械的せん断、遠心力などが挙げられる。化学的要因は、主に電食である。他の化学的要因としては、熱による酸化などが挙げられる。異物の混入は、主に、ベアリングボールの内輪または外輪への接触が主な要因である。ベアリングボールが内輪または外輪に接触することで、摩耗粉が発生する。
これらの影響により、グリースが硬化することで潤滑不良、絶縁性低下などを引き起こす。
実施形態にかかるベアリングボールは、相手部材への攻撃性を抑制できるため、電食または摩耗粉の発生を抑制できる。この結果、グリースの劣化を抑制でき、ベアリングをより長寿命化できる。
【0024】
次に、実施形態に係る窒化珪素焼結体の製造方法について説明する。実施形態に係る窒化珪素焼結体は、上記構成を有していれば、その製造方法は特に限定されない。歩留まり良く窒化珪素焼結体を得るための方法として、以下の例が挙げられる。
まず、窒化珪素粉末と焼結助剤粉末を用意する。窒化珪素粉末について、α化率は80質量%以上、酸素含有量は1.5質量%以下、平均粒径は1.2μm以下であることが好ましい。また、窒化珪素粉末について、不純物Feの含有量が5wtppm以上3500wtppm以下、不純物Caの含有量が5wtppm以上3000wtppm以下、不純物Mgの含有量が1wtppm以上1000wtppm以下であってもよい。このような窒化珪素粉末として、直接窒化法で合成された粉末が挙げられる。
焼結助剤粉末の平均粒径は、2μm以下であることが好ましい。希土類酸化物粉末の量は、酸化物換算で2質量%以上4質量%以下の範囲内に設定する。Al成分粉末の量は、2質量%以上10質量%以下の範囲内に設定する。炭化珪素の量は、2質量%以上7質量%の範囲内に設定する。炭化珪素粉末を用いることが好ましい。また、焼結助剤粉末として、Ti、Zr、Hf、W、Mo、Ta、NbおよびCrからなる群より選択される少なくとも1種を添加する場合、その量は酸化物に換算して0.5質量%以上3質量%以下の範囲内に設定する。焼結助剤の各成分添加量は、窒化珪素粉末と焼結助剤粉末の合計を100質量%としたときの値である。
【0025】
次に、窒化珪素粉末と焼結助剤粉末を混合する原料粉末の混合工程を行う。原料粉末の混合工程では、ビーズミルまたはボールミルを用いる。また、バインダや溶媒を混合した原料粉末スラリーを用いて混合工程を行う。
次に、原料粉末(原料粉末スラリー含む)を用いて成形体をつくる成形工程を行う。成形法としては、金型プレス法、冷間静水圧プレス(CIP)法、シート成形法などを適用できる。シート成形法は、ドクターブレード法、ロール成形法などである。また、これらの成形法を組合せてもよい。必要に応じ、原料粉末(原料粉末スラリー含む)に、トルエン、エタノール、ブタノールなどの溶媒を混合してもよい。また、必要に応じ、原料粉末(原料粉末スラリー含む)を有機バインダと混合する。有機バインダとしては、ブチルメタクリレート、ポリビニルブチラール、ポリメチルメタクリレートなどが挙げられる。また、原料混合体(窒化珪素粉末と焼結助剤粉末との合計量)を100質量部としたとき、有機バインダの添加量は3質量部以上17質量部以下であることが好ましい。有機バインダの添加量が3質量部未満ではバインダ量が少なすぎて成形体の形状を維持するのが困難となる。また、17質量部を超えて多いと、脱脂工程後に成形体(脱脂処理後の成形体)の気孔が大きくなり、緻密な焼結体が得られなくなる。
【0026】
次に成形体の脱脂工程を行う。脱脂工程では、非酸化性雰囲気中で、温度500℃以上800℃以下で1時間以上4時間以下、成形体を加熱することで、予め添加していた大部分の有機バインダの脱脂を行う。非酸化性雰囲気としては、窒素ガス雰囲気、アルゴンガス雰囲気などが挙げられる。必要であれば大気雰囲気などの酸化雰囲気で処理し、脱脂体に残存する有機物量を制御する。
次に、脱脂体(脱脂処理された成形体)を焼成容器内に収容し、焼成炉内において非酸化性雰囲気中で焼結工程を行う。焼結工程では、非酸化性雰囲気中、1400℃以上1480℃以下の温度域の昇温速度が100℃/時間以上に設定され、最高焼結温度1700℃以上1800℃以下で5時間以上保持される。焼結工程の非酸化性雰囲気として、窒素ガス雰囲気、アルゴンガス雰囲気などが挙げられる。
【0027】
1400℃以上1480℃以下の温度域の昇温速度を100℃/時間以上と速めることが有効である。この温度域は、焼結助剤の溶融が開始して液相の生成が開始する温度である。また、液相の生成によって、窒化珪素の収縮が開始する温度である。この温度域の昇温速度を速めることにより、液相の揮発および分解を抑制し、最適な結晶結合状態および結晶配向性を持つ窒化珪素結晶粒子を構築することができる。この結果、目的とするラマン分光ピークを有する窒化珪素焼結体を得ることができる。昇温速度の上限は特に限定されないが、500℃/時間以下が好ましい。昇温速度があまり速いと、炉に掛る負担が大きくなる可能性がある。
【0028】
また、1480℃を超えて最高焼結温度までの昇温速度は、100℃/時間未満に設定されることが好ましい。1480℃から最高焼結温度までの温度域は、焼結体の緻密化が始める領域である。この温度域の昇温速度を遅くすることにより、窒化珪素結晶粒子の粒成長の度合いを均質化することができる。粒成長は結晶の結合状態や配向性に影響する。なお、常温から1400℃までの昇温速度は任意である。
【0029】
また、焼結工程の温度は、1700℃以上1800℃以下の範囲であることが好ましい。最高焼結温度は、1700℃以上1800℃以下の範囲内に設定される。焼結温度が1700℃未満の低温状態で脱脂体を焼成すると、窒化珪素結晶粒子の粒成長が十分でなく、緻密な焼結体が得難い。一方、焼結温度が1800℃よりも高温度で脱脂体を焼成すると、炉内雰囲気圧力が低い場合には、窒化珪素がSiとNに分解する可能性がある。このため、焼結温度は上記範囲内に制御することが好ましい。また、焼結時間は、3時間以上12時間以下の範囲内が好ましい。
上記焼結工程の後に、熱間静水圧プレス(HIP)処理を行うことが好ましい。HIP処理では、焼結体にHIP処理が施される。前述の脱脂体を焼結する工程を第一焼結工程、焼結体をHIP処理する工程を第二焼結工程と呼ぶ。
HIP処理において、温度は1600℃以上1800℃以下の範囲内であり、圧力は80MPa以上200MPa以下の範囲内であることが好ましい。HIP処理により、焼結体内の気孔(ポア)を減少させることができる。これにより、緻密な焼結体を得ることができる。圧力が80MPa未満であると、圧力を負荷する効果が不十分である。また、200MPaを超えて高いと、製造装置の負荷が高くなる可能性がある。
得られた窒化珪素焼結体には、必要に応じ、研磨加工を施す。また、多数個取りを行う際は、窒化珪素焼結体に切断加工などを施してもよい。
【0030】
(実施例)
(実施例1~3、比較例1~2)
原料粉末として表1に示す組合せを用意した。実施例および比較例に用いた窒化珪素粉末については、α化率が80質量%以上、平均粒径が1.2μm以下、不純物酸素含有量が2質量%以下である。また、直接窒化法で合成された窒化珪素粉末を用いた。このため、窒化珪素粉末中の不純物Fe量は100wtppm以上2500wtppm以下、不純物Ca量は10wtppm以上1500wtppm以下、不純物Mg量は3wtppm以上1000wtppm以下であった。また、平均粒径が2μm以下の焼結助剤粉末を用いた。
【0031】
【表1】
【0032】
窒化珪素粉末と焼結助剤粉末をボールミルにより混合し、原料粉末を調製した。原料粉末にバインダおよび溶媒を添加し、原料粉末スラリーを調製した。原料粉末スラリーを用いて成形体を作製した。成形工程では金型成形を行った。サイズが3/8インチ(直径9.525mm)のベアリングボールを得るための成形体と、抗折強度を測定するための成形体と、を含む2種類の成形体を作製した。次に、成形体に対して500~800℃、1~4時間の範囲内で脱脂工程を行った。
次に、焼結工程を行った。焼結工程は、非酸化性雰囲気中、0.7MPaの圧力で行った。焼結工程の温度プロファイルは、表2に示す通りに設定した。
【0033】
【表2】
【0034】
得られた焼結体に対し、1600~1700℃、3~5時間、圧力100~200MPaでHIP処理を行った。HIP処理後の焼結体に対し、表面粗さRaが0.02μm以下になるように研磨加工を施した。このような工程により、実施例および比較例に係る窒化珪素焼結体を作製した。
実施例および比較例に係る窒化珪素焼結体に対し、ラマン分光による分析を行った。ラマン分光分析では、窒化珪素焼結体の中心断面を使用した。ラマン分光分析には、RENISHAW社製inVia Reflex ライマイクロスコープ(分解能:0.3cm-1)を用いた。励起レーザとしてLD励起グリーンレーザ(波長532nm、出力100mW)を使用し、照射レーザビーム径を0.7μm、露光時間を1測定点あたり1秒、ステージ移動ステップを0.4μmに設定した。データ解析には、イメージ解析ソフトWiRe4Empty Modellingによる多変量カーブ分解(MCR)を用いた。
その結果を表3に示す。表3において“あり”と記載された結果は、その範囲において1つのピークが検出されたことを示す。
【0035】
【表3】
【0036】
表3から分かる通り、実施例に係る窒化珪素焼結体は、170cm-1~190cm-1、607cm-1~627cm-1、720cm-1~740cm-1、780cm-1~810cm-1、924cm-1~944cm-1、および1340cm-1~1370cm-1の各範囲でピークが検出された。それに対し、比較例1では、1340cm-1~1370cm-1の範囲内でピークが検出され、その他の範囲では1つずつのピークが観測された。
この点から、焼結助剤が類似していたとしても製造方法が異なることにより、得られるラマン分光ピークが異なることが分かる。特に、比較例2では、607cm-1~627cm-1、780cm-1~810cm-1、および1340cm-1~1370cm-1の3つの範囲でピークが検出されなかった。
実施例にかかる窒化珪素焼結体では、515cm-1~525cm-1の範囲にピークが検出されなかった。
次に、ラマン分光ピークの半値幅、ピーク強度を求めた。その結果を表4、表5に示した。
170cm-1~190cm-1の範囲で検出された最強ピークのピーク強度をIとした。780cm-1~810cm-1の範囲で検出された最強ピークのピーク強度をIとした。607cm-1~627cm-1の最強ピークのピーク強度をIとした。720cm-1~740cm-1の最強ピークのピーク強度をIとした。924cm-1~944cm-1の最強ピークのピーク強度をIとした。1340cm-1~1370cm-1の最強ピークのピーク強度をIとした。
【0037】
【表4】
【0038】
【表5】
【0039】
表4および表5から分かる通り、実施例では、半値幅とピーク強度比が好ましい範囲内であった。それに対し、比較例では、半値幅またはピーク強度比が範囲外であるピークが検出された。
次に、窒化珪素焼結体の気孔率、3点曲げ強度、破壊靭性値を測定した。気孔率はアルキメデス法により測定した。3点曲げ強度は、JIS-R-1601(2008)に準じて測定した。破壊靭性はJIS-R-1607(2015)のIF法に基づき、新原の式により測定した。
また、窒化珪素焼結体の組織を調べた。窒化珪素焼結体の任意の断面をSEM観察した。20μm×20μmの領域に写る長径2μm以上の窒化珪素結晶粒子の面積率(%)を求めた。同様に、20μm×20μmの領域に写るアスペクト比1.5以下の窒化珪素結晶粒子の面積率(%)を求めた。
その結果を表6に示した。表6において、長径2μm以上の窒化珪素結晶粒子の面積率は、「面積率A(%)」と記載した。アスペクト比1.5以下の窒化珪素結晶粒子の面積率は、「面積率B(%)」と記載した。
【0040】
【表6】
【0041】
次に、実施例および比較例に係るベアリングボールを用いて耐久性試験を行った。耐久性試験では、スラスト式転がり疲労試験機を用いて、面圧の最大接触圧力5.9MPa、回転速度1200rpmの条件下で転がり寿命を測定した。相手部材として、軸受鋼SUJ2からなる板材を用いた。ベアリングボールの表面が剥離するまでの時間を測定した。なお、測定時間は400時間を上限とした。試験の結果で400時間経過後も表面剥離が確認されないベアリングボールを「400時間以上」と表記した。
また、実施例および比較例に係るベアリングボールの圧砕荷重も測定した。圧砕荷重は、2個のベアリングボールを高さ方向に重ねて配置し、上から荷重を掛ける方法で測定した。どちらか一方のベアリングボールが破損した荷重を圧砕荷重とした。その結果を表7に示した。
【0042】
【表7】
【0043】
表7から分かる通り、ベアリングボールとしての耐摩耗性は、実施例と比較例の間で同等であった。
次に、実施例および比較例に係るベアリングボールを用いてベアリングを作製した。内及び外輪は軸受鋼SUJ2で作製した。ベアリングボールを16個用いてベアリングを組み立てた。また、グリースとして、透明なリチウム石鹸グリースを用いた。ベアリングの摺動音の変化率、グリースの変色の有無を測定した。
ベアリングに回転軸を装着し、回転軸を1200rpmで回転させた。摺動音の変化率を算出するために、連続10時間後の摺動音と連続300時間後の摺動音を測定した。比較例1の連続10時間後から連続250時間後の摺動音の変化率を1とした。各ベアリングの摺動音の変化を、この変化率と対比した。摺動音の変化が小さければ、変化率は1より小さな値となる。
また、グリースの変色の有無は、300時間後のベアリングを解体し、グリースの色(明度)を調べた。
その結果を表8に示した。
【0044】
【表8】

表8について、9.5以下9以上の明度を「薄い灰色」と定義した。9よりも小さく4以上の明度を「濃い灰色」と定義した。4よりも小さい明度を「黒色」と定義した。これらの明度の基準には、マンセル表色系を用いた。マンセル表色系は、JIS Z8721(1993)に対応している。グリースの劣化が進むほど、明度は小さな値となる。
【0045】
表8から分かる通り、実施例では、摺動音の変化率およびグリースの変色は改善されていた。実施例にかかるベアリングでは、グリースの色が薄い灰色であった。最初に透明であったグリースが着色されているが、これは物理的要因による。比較例では、実施例に比べてグリースの着色がさらに進んでいた。スラスト試験では大きな差は確認されなかったが、摺動音の変化及びグリースの色に関する上記試験では、差が確認された。これは、ベアリングボールと相手部材との間の接触ばらつきが低減され、ベアリングボールによる相手部材への攻撃性が低減したためである。
【0046】
以上、本発明のいくつかの実施形態を例示したが、これらの実施形態は、例として提示したものであり、発明の範囲を限定することは意図していない。これら新規な実施形態は、その他の様々な形態で実施されることが可能であり、発明の要旨を逸脱しない範囲で、種々の省略、置き換え、変更などを行うことができる。これら実施形態はその変形例は、発明の範囲や要旨に含まれると共に、特許請求の範囲に記載された発明とその均等の範囲に含まれる。また、前述の各実施形態は、相互に組み合わせて実施することができる。
【符号の説明】
【0047】
1…ベアリングボール
2…ベアリング
3…内輪
4…外輪
10…窒化珪素焼結体
11…窒化珪素結晶粒子
12…粒界
RS…ラマンスペクトル
P1~P6…ピーク
図1
図2
図3
図4