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特許7581621マルテンサイト系ステンレス鋼帯の製造方法およびマルテンサイト系ステンレス鋼帯
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-11-05
(45)【発行日】2024-11-13
(54)【発明の名称】マルテンサイト系ステンレス鋼帯の製造方法およびマルテンサイト系ステンレス鋼帯
(51)【国際特許分類】
   C21D 9/46 20060101AFI20241106BHJP
   C22C 38/00 20060101ALI20241106BHJP
   C21D 9/56 20060101ALI20241106BHJP
   C21D 9/573 20060101ALI20241106BHJP
   C22C 38/18 20060101ALI20241106BHJP
   C22C 38/44 20060101ALN20241106BHJP
【FI】
C21D9/46 Q
C22C38/00 302Z
C21D9/56 101B
C21D9/573 101Z
C22C38/18
C22C38/44
【請求項の数】 2
(21)【出願番号】P 2020010550
(22)【出願日】2020-01-27
(65)【公開番号】P2021116456
(43)【公開日】2021-08-10
【審査請求日】2022-11-10
(73)【特許権者】
【識別番号】000005083
【氏名又は名称】株式会社プロテリアル
(72)【発明者】
【氏名】藤原 弘好
【審査官】河口 展明
(56)【参考文献】
【文献】特開2015-067873(JP,A)
【文献】特表2017-508863(JP,A)
【文献】特開2003-231951(JP,A)
【文献】特開2000-129400(JP,A)
【文献】特開2003-213380(JP,A)
【文献】特開2015-221927(JP,A)
【文献】特開平10-140294(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C21D 9/46-9/48
C22C 38/00-38/60
C21D 9/52-9/66
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%でC:0.3~1.2%、Si:1%以下、Mn:2%以下、Mo:3.0%以下、Ni:1.0%以下、Cr:12.0~15.0%、残部Feおよび不可避的不純物である厚さ1mm以下の鋼帯を非酸化性ガス雰囲気の焼入れ炉に通板して焼入れ温度に加熱し、次いでMs点以下の温度に冷却する焼入れ工程と、
前記焼入れ工程でMs点以下の温度に冷却した鋼帯の温度が、80℃未満にまで下がらないように保温しながら焼戻し炉に搬送する保温搬送工程と、
前記保温搬送工程で80℃未満の温度に下がらないように保温しながら搬送した鋼帯を、非酸化性ガス雰囲気の焼戻し炉に通板して焼戻し温度に加熱する焼戻し工程とを行い、
残留オーステナイト量が10~25体積%であり、
引張強度が1600MPa以上2300MPa以下であり、
引張強度に対する0.2%耐力の比率である耐力比が、75%以下である、マルテンサイト系ステンレス鋼帯を得る、マルテンサイト系ステンレス鋼帯の製造方法。
【請求項2】
質量%でC:0.3~1.2%、Si:1%以下、Mn:2%以下、Mo:3.0%以下、Ni:1.0%以下、Cr:12.0~15.0%、残部Feおよび不可避的不純物であり、マルテンサイト組織を有する厚さ1mm以下のマルテンサイト系ステンレス鋼帯であって、
前記マルテンサイト系ステンレス鋼帯の残留オーステナイト量が10~25体積%であ
り、
引張強度が1600MPa以上2300MPa以下であり、
引張強度に対する0.2%耐力の比率である耐力比が、75%以下であり、
前記マルテンサイト系ステンレス鋼帯の圧延方向の圧縮残留応力に対する、幅方向の圧
縮残留応力の比率が、75%以上である、マルテンサイト系ステンレス鋼帯。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、マルテンサイト系ステンレス鋼帯の製造方法、およびマルテンサイト系ステンレス鋼帯に関するものである。
【背景技術】
【0002】
マルテンサイト系ステンレス鋼帯は耐食性や硬度、疲労特性に優れており、例えば刃物や、繰り返し応力の作用するばね材、バルブ材、カバー材等の幅広い用途に使用されている。特にばね材やバルブ材用途には、繰り返し応力による疲労破壊を抑制するために、十分に高い疲労強度を備えるマルテンサイト系ステンレス鋼帯が要求されている。
【0003】
上述したようなマルテンサイト系ステンレス鋼帯の疲労強度を向上させるために、従来から様々な提案がなされている。例えば引用文献1には、従来よりも疲労限界を向上させたばね用鋼帯を得るために、重量%で、C:0.35~0.45%、Si:0.10~0.50%、Mn:0.10~0.50%、Cr:10~15%、Mo:1.0~1.5%、P:0.05%以下、S:0.005%以下、O:0.002%以下、N:0.02%以下、Al:0.005%以下、Ti:0.01%以下、残部実質的にFeよりなることを特徴とする耐久性の良好なばね用鋼帯について記載されている。
【0004】
また特許文献2には、フラッパ弁体の耐食性と疲労特性を向上させるために、板表面に圧縮残留応力を有し、また板表層部に固溶窒素濃化層を有するマルテンサイト系ステンレス鋼からなるフラッパ弁体について記載されている。ここで特許文献2では、20%以上の窒素および10%以下(0%の場合を含む)の酸素を含む雰囲気(百分比は容積%である)で、オーステナイト単相に変態する温度以上に加熱後に急冷すると、マルテンサイト系ステンレス鋼の表面の残留応力を圧縮応力に調整できることについても記載されている。
【0005】
さらに本願出願人は特許文献3において、生産性を低下させずに形状不良を抑制することを目的に、厚さ1mm以下のマルテンサイト系ステンレスの鋼帯を巻出す巻出し工程と、鋼帯を非酸化性ガス雰囲気の焼入れ炉に通板して加熱し、次いで冷却する焼入れ工程と、焼入れ後の鋼帯を、非酸化性ガス雰囲気の焼戻し炉に通板して焼戻しする焼戻し工程と、 焼戻し後の鋼帯を巻取る巻取り工程と、を連続して行い、前記焼入れ工程時の焼入れ炉は、少なくとも昇温部と保持部とを有する、マルテンサイト系ステンレス鋼帯の製造方法を提案している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特開平4-48050号公報
【文献】特開平10-274161号公報
【文献】特開2018-111881号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
近年空調機用の圧縮機は高圧縮化が進んでおり、圧縮機に使用されるバルブにも、高圧化に対応するために疲労特性および機械特性の向上が要求されている。特許文献1の発明は鋼帯の疲労限界を向上させることが出来る発明であるが、使用環境によっては疲労限界が不十分な場合があり、更なる改良の余地が残されている。また、特許文献2に記載の発明は、板表面に形成された窒素濃化層による圧縮残留応力を規定した発明であるが、窒素濃化層はバルブ形状のエッジ部及び外周部に均一に形成させることが困難であり、所望の残留応力が得られない可能性がある。さらに、材料の厚みによって窒素濃化層の形成範囲も異なるため、板厚が変動するたびにガス量やガスの組成を変更しなければならず、生産性の低下が懸念される。また特許文献3は生産性を低下させずに平坦度に優れたマルテンサイト系ステンレス鋼帯を得ることができる優れた発明であるが、疲労特性および機械特性の向上に関しては記載されておらず、検討の余地が残されている。よって本発明の目的は、従来品よりも疲労特性や機械強度に優れるマルテンサイト系ステンレス鋼帯、およびそのマルテンサイト系ステンレス鋼帯を容易に製造することが可能な製造方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明は上述した課題に鑑みてなされたものである。
すなわち本発明の一態様は、質量%でC:0.3~1.2%、Cr:10.0~18.0%を含有し、厚さ1mm以下の鋼帯を非酸化性ガス雰囲気の焼入れ炉に通板して焼入れ温度に加熱し、次いでMs点以下の温度に冷却する焼入れ工程と、前記焼入れ工程でMs点以下の温度に冷却した鋼帯の温度が、80℃未満にまで下がらないように保温しながら焼戻し炉に搬送する保温搬送工程と、前記保温搬送工程で80℃未満の温度に下がらないように保温しながら搬送した鋼帯を、非酸化性ガス雰囲気の焼戻し炉に通板して焼戻し温度に加熱する焼戻し工程とを行う、マルテンサイト系ステンレス鋼帯の製造方法である。
【0009】
本発明の他の一態様は、質量%でC:0.3~1.2%、Cr:10.0~18.0%を含有しマルテンサイト組織を有する厚さ1mm以下のマルテンサイト系ステンレス鋼帯であって、前記マルテンサイト系ステンレス鋼帯の残留オーステナイト量が10~25体積%であり、引張強度が1600MPa以上2300MPa以下であり、引張強度に対する0.2%耐力の比率である耐力比が、75%以下であるマルテンサイト系ステンレス鋼帯である。
好ましくは、前記マルテンサイト系ステンレス鋼帯の圧延方向の圧縮残留応力に対する、幅方向の圧縮残留応力の比率が、75%以上である。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、従来品よりも疲労特性と機械特性に優れる、マルテンサイト系ステンレス鋼帯を得ることができる。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、本発明を詳細に説明する。ただし、本発明は、ここで取り挙げた実施形態に限定されるものではなく、その発明の技術的思想を逸脱しない範囲で適宜組み合わせや改良が可能である。本発明はマルテンサイト系ステンレス鋼の組成を有するものに適用できる。組成範囲を限定するものではないが、例えば、本発明の鋼帯の成分組成は、質量%で、C:0.3~1.2%、Cr:10.0~18.0%を含むことが好ましい。さらに本発明の鋼帯の成分組成は、C:0.3~1.2%(より好ましくは0.3~1.0%、さらに好ましくは0.3~0.8%)、Si:1%以下、Mn:2%以下、Mo:3.0%以下(より好ましくは2.5%以下、さらに好ましくは2.0%以下)、Ni:1.0%以下(0%を含む)、Cr:10.0~18.0%(より好ましくは11.0%~16.0%、さらに好ましくは12.0%~15.0%)、残部Feおよび不可避的不純物であるマルテンサイト系ステンレス鋼であることが好ましい。
【0012】
まず本発明のマルテンサイト系ステンレス鋼帯の製造方法について説明する。本発明は、厚さ1mm以下の鋼帯を非酸化性ガス雰囲気の焼入れ炉に通板して加熱し、次いで冷却する焼入れ工程と、前記焼入れ工程後の鋼帯を、その温度が80℃未満にまで下がらないように保温しながら(言い換えれば、80℃以上で、Ms点以下であるかまたは焼戻し温度未満の温度範囲で保温しながら)焼戻し炉に搬送する保温搬送工程と、保温搬送工程で運ばれてきた鋼帯を、非酸化性ガス雰囲気の焼戻し炉に通板して焼戻しする焼戻し工程とを行う、マルテンサイト系ステンレス鋼帯の製造方法である。上述した焼入れ工程、保温搬送工程、焼戻し工程は連続して行っても良く、本発明の効果を損なわない程度であれば、例えば予熱工程といった他工程を追加することもできる。以下、本発明の実施形態の製造方法について説明する。
【0013】
(焼入れ工程)
本実施形態では、準備した鋼帯を非酸化性ガス雰囲気の焼入炉に通板して加熱し、次いで鋼帯を冷却する焼入れ工程を行う。この焼入炉に搬送する前に、コイル状に巻かれている圧延済みの鋼帯を巻出し機に装着し、鋼帯を焼入れ炉に搬送する巻出し工程を行っても良い。この焼入炉における設定加熱温度は、850~1200℃であることが好ましい。850℃未満の場合、炭化物の固溶が不十分となる傾向にある。対して1200℃超の場合、炭化物の固溶量が大きくなり、焼戻し時の硬さが低下する傾向にある。なお焼入れ炉の温度は、炉の入口から出口まで一定の温度に設定してもよく、一定温度で焼入れする保持部の前後に、昇温部または降温部の少なくとも一方を設けても良い。
【0014】
本発明はさらに生産効率を向上させるために、巻出し工程と焼入れ工程との間に予熱工程を設けてもよい。予熱工程では既存の加熱装置を適用することができるが、鋼帯の急速昇温を可能とする誘導加熱装置を使用することが好ましい。
また予熱工程時の予熱温度は、予熱を有効なものにするために、600℃以上に設定することが好ましい。一方で急激な昇温による変形をより確実に抑制するために、800℃未満に設定することが好ましい。
【0015】
続いて焼入れ炉にて加熱した鋼帯を急冷して焼入れを行う。急冷の方法としては、ソルトバス、溶融金属、油、水、ポリマー水溶液、食塩水、ガスを用いることができる。好ましくは、水を噴射する噴霧冷却方法や、非酸化性ガスを用いるガス冷却法を用いる。急冷方法にガス冷却を選択した際、非酸化性ガスは、水素、ヘリウム、窒素、アルゴン、水素混合ガスを用いることが好ましい。この急冷工程により、鋼帯の温度をMs点以下まで冷却するが、後述する保温搬送工程による効果を得るために、鋼帯の温度が80℃未満に低下しないように調整して冷却する。また急冷工程はパーライトノーズを避けるために急冷と徐冷とを組み合わせ二段階焼入れを実施してもよく、例えば、鋼帯を噴霧冷却によってMs点超350℃以下に冷却する一次冷却工程の後、鋼帯を挟み込むように水冷定盤で拘束し、形状を矯正しながらMs点以下に冷却する二次冷却工程を行うことが好ましい。
【0016】
(保温搬送工程)
続いて本実施形態では、焼入れ工程後の鋼帯の温度が80℃未満にまで下がらないように保温しながら焼戻し炉に搬送する保温搬送工程を実施する。この工程を備えることで、鋼帯内の残留オーステナイト量と鋼帯表層の圧縮残留応力を増加させることができ、疲労強度向上の効果を得ることが可能である。保温搬送工程時の温度が80℃未満である場合、所望の残留オーステナイト量を得ることが困難である。また、保温搬送工程にある鋼帯は、上記の焼入れ工程によってMs点以下の温度に冷却されるものの、その後の復熱などによってMs点超に昇温することも考えられる。但し、次の焼戻し工程で設定する焼戻し温度以上になることは避けるべきである。そして、このような場合も含めて、保温時の温度が高くなりすぎる(例:300℃超)場合は、焼入れ硬さが低下する傾向にある。この保温搬送工程において鋼帯を保温する方法としては、例えば、保温設備として断熱材を配置した金属カバー、またはトンネル炉等を焼入れ炉と焼戻し炉との間に設置し、鋼帯が上述したカバー内や炉内を通過するように搬送すればよい。断熱材は既存の無機繊維系やプラスチック系の断熱材等を用いれば良い。またトンネル炉も既存の設備を用いることができるが、より高い表面酸化防止効果と、搬送時の鋼帯温度をより安定させる効果を得るために、ガス雰囲気炉を用いることが好ましい。理想的には上述した保温設備が、焼入れ後の急冷設備出口および焼戻し炉の入口と直結していることが最も好ましいが、焼戻し炉に通板されるまでに鋼帯の温度が80℃未満にならないようであれば、急冷設備および焼戻し炉と保温設備との間に空隙を設けていてもよい。なお本実施形態では、焼入れ炉及び後述する焼戻し炉に連続炉を適用しているが、焼入れ炉及び焼戻し炉がバッチ炉である場合にも、本発明を実施することが可能である。
【0017】
(焼戻し工程)
本実施形態では保温搬送工程後の鋼帯を、非酸化性ガス雰囲気の焼戻し炉にて焼戻し、鋼帯を所望の硬さに調整する焼戻し工程を有する。この焼戻し炉の温度は用途により所望の温度に設定することが可能である。例えば、より高硬度な特性が必要な場合は、200~300℃に設定することができる。またプレス加工等の形状加工性を良くするためには、300℃~400℃に設定することもできる。なお、焼戻し工程における通板速度が過度に速すぎると、上述した温度範囲に到達しない可能性があるため、鋼帯が焼戻し炉の通過に要する時間をM[min]、鋼帯の板厚をt[mm]としたときに、M/tを5~9となるように設定することが好ましい。上述した焼入れ工程、保温搬送工程、焼戻し工程は連続で行うことで、生産性を低下させることなく機械特性と疲労強度に優れた鋼帯を得ることができるため好ましい。
【0018】
焼戻し工程後の鋼帯には、鋼帯の表層スケールを除去するために研磨工程を実施してもよい。研磨手法としては砥石研磨、ベルト研磨、ブラシ研磨、バフ研磨等の機械加工による研磨を選択すればよい。中でもバフ研磨を適用すれば、鋼帯の表面に大きなダメージを与えることなく表層のスケール除去を行うことができるため、好ましい。
【0019】
続いて本実施形態のマルテンサイト系ステンレス鋼帯について説明する。本実施形態のマルテンサイト系ステンレス鋼帯は、残留オーステナイト量が10~25体積%であることが特徴の一つである。焼入れ後の鋼帯における残留オーステナイト量は、機械特性を向上させるために低減させることが一般的であった。本発明では焼入れ焼戻し後の鋼帯における残留オーステナイト量を10体積%以上とすることによって、鋼帯の機械特性を大幅に低下させることなく、鋼帯の亀裂進行を抑制し、疲労強度特性を大幅に増加させることが可能である。一方で残留オーステナイト量が多すぎると、機械特性が大幅に低下する傾向にあるため、残留オーステナイト量の上限は25体積%とする。好ましい残留オーステナイト量の下限は12体積%であり、好ましい残留オーステナイト量の上限は20体積%である。なお本実施形態における残留オーステナイト量の測定方法は、X線回折装置を用い、得られた回折X線強度分布から残留オーステナイト量(体積%)を導出している。
【0020】
本実施形態の鋼帯は、より製品の耐久性を高めるために、引張強度が1600MPa以上2300MPa以下である。より好ましい引張強度の下限は1700MPaであり、より好ましい引張強度の上限は2200MPaである。さらに好ましい引張強度の上限は2000MPaである。また本実施形態の鋼帯は、上記の引張強度範囲を満たしつつ、引張強度に対する0.2%耐力の比率である耐力比が75%以下である。この耐力比とすることで鋼帯に適度な靭性を付与し、疲労強度をさらに向上させることが可能である。耐力比の下限に関しては特に限定しないが、あまりに低すぎる耐力比は硬度等の機械特性の低下を招く傾向にあるため、例えば50%以上と設定することができる。
【0021】
本実施形態の鋼帯は、マルテンサイト系ステンレス鋼帯の圧延方向の圧縮残留応力に対する、幅方向の圧縮残留応力の比率が、75%以上であることが好ましい。これにより本発明の鋼帯は圧縮残留応力の異方性が小さいため、切断方向による特性のばらつきを抑制することが可能である。この効果は放射状に複数のリードが配置され、回転対称形状を有するフラッパーバルブに特に有効である。好ましくは圧延方向の圧縮残留応力に対する、幅方向の圧縮残留応力の比率が77%以上である。なお圧縮残留応力の値に関しては特に限定しないが、疲労強度向上効果をより確実に得たい場合、圧縮残留応力の下限を300MPaとすることが好ましい。より好ましい圧縮残留応力の下限は330MPaであり、さらに好ましい圧縮残留応力の下限は360MPaである。なお本実施形態における鋼帯表面の残留応力は、X線残留応力測定装置により測定することが可能である。本実施形態では、2θ-sinΨ法を用いて残留応力を測定している。なお、圧延直角方向とは圧延方向に対して垂直な方向であり、長尺の鋼帯において、長さ方向が圧延方向であるときの幅方向に相当する。
【0022】
本実施形態の鋼帯は、板厚が1mm以下のマルテンサイト系ステンレス鋼帯に適用できる。薄くなるほど焼入れ時の加熱による形状不良が発生しやすくなる傾向にあるため、板厚が0.5mm以下のマルテンサイト系ステンレス鋼帯に適用することが好ましい。尚、板厚の下限は、特に設定する必要はないが、例えば圧延にて製造される鋼板としては板厚が薄すぎると製造上困難であるため、0.01mm程度と設定することができる。より好ましい板厚の下限は0.05mmであり、さらに好ましい板厚の下限は0.1mmである
【実施例
【0023】
まず幅が約300mmであり、厚さが0.15mmであるマルテンサイト系ステンレス鋼帯を用意した。組成を表1に示す。用意した鋼帯はコイル状に巻かれており、それを巻出し機1にセットし、鋼帯を巻出し機より巻き出し、巻き出された鋼帯を、アルゴンガス雰囲気とし、温度を850℃~1200℃に調整した焼入れ炉に通板した。続いて、焼入れ炉の出側に設置された冷却液噴霧装置より、鋼帯に純水を噴霧して急冷する1次冷却を行った後、鋼帯を290℃~350℃まで冷却し、水冷定盤で押圧する2次冷却でMs点(約270℃)以下への冷却を行う焼入れ工程を実施した。そして焼入れ工程後の鋼帯にロックウール製の筒内に通板する保温搬送工程を実施したものを本発明例とし、保温搬送工程を行わないものを比較例とした。本発明例と比較例の鋼帯の、焼戻し炉に搬送する直前の温度を表2に示す。保温搬送工程後の本発明例の鋼帯、および焼入れ工程後の比較例の鋼帯をアルゴンガス雰囲気とした焼戻し炉に通板し、温度を約350℃に調整して焼戻しを行った。最後に焼戻し後の鋼帯にバフ研磨による機械研磨を行い、巻取り機によって鋼帯を巻取って本発明例のマルテンサイト系ステンレス鋼帯を作製した。
【0024】
【表1】
【0025】
続いて、作製した本発明例および比較例の試料から残留オーステナイト量、残留応力、引張強度および0.2%耐力を測定した。残留オーステナイト量は、回転対陰極型自動X線回折装置を用いて測定した。残留応力は、リガク社製残留応力測定装置AUTOMATE-IIを用いて測定した。引張強度および0.2%耐力はJIS-Z2241に規定された方法に従って行い、試験片はJIS13号B試験片を使用した。残留オーステナイトおよび引張試験の結果を表2に、圧縮残留応力の測定結果を表3に示す。
【0026】
【表2】
【0027】
【表3】
【0028】
表2に示すように、保温搬送工程を実施したNo.1、No.2の試料は、比較例であるNo.11の試料と比較して残留オーステナイトが増加していることが確認できた。また引張強度に関しては比較例と同等水準であり、かつ耐力比は比較例より低下していることも確認できた。この結果より、本発明例は従来品と同等の機械強度を保ちながらも、耐疲労強度向上にも有利であることが伺えた。
圧縮残留応力に関しても比較例よりも大きな値を示しており、圧縮残留応力比も高くなっていることから、圧延方向と幅方向における圧縮残留応力のばらつきが少なく、例えばフラッパーバルブ材などの製品に適用した際に、生産性の向上が期待できる。