(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-11-05
(45)【発行日】2024-11-13
(54)【発明の名称】炭化ケイ素単結晶の製造方法
(51)【国際特許分類】
C30B 29/36 20060101AFI20241106BHJP
C30B 19/12 20060101ALI20241106BHJP
C30B 19/04 20060101ALI20241106BHJP
C30B 19/10 20060101ALI20241106BHJP
C30B 19/06 20060101ALI20241106BHJP
【FI】
C30B29/36 A
C30B19/12
C30B19/04
C30B19/10
C30B19/06
(21)【出願番号】P 2020201627
(22)【出願日】2020-12-04
【審査請求日】2023-11-08
(73)【特許権者】
【識別番号】000005083
【氏名又は名称】株式会社プロテリアル
(74)【代理人】
【識別番号】100101683
【氏名又は名称】奥田 誠司
(74)【代理人】
【識別番号】100155000
【氏名又は名称】喜多 修市
(74)【代理人】
【識別番号】100180529
【氏名又は名称】梶谷 美道
(72)【発明者】
【氏名】阿部 舞
(72)【発明者】
【氏名】田中 謙弥
(72)【発明者】
【氏名】高尾 健太
(72)【発明者】
【氏名】池田 潤也
【審査官】神▲崎▼ 賢一
(56)【参考文献】
【文献】特開2019-019037(JP,A)
【文献】特開2016-056071(JP,A)
【文献】特開2015-110501(JP,A)
【文献】特表2020-508277(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C30B 29/36
C30B 19/12
C30B 19/04
C30B 19/10
C30B 19/06
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
La、CeおよびPrからなる群から選択される少なくとも一種を含む希土類元素と、Siと、Cとを含む炭化ケイ素溶液を用意する工程と、
前記炭化ケイ素溶液に、4H結晶構造を有する炭化ケイ素種結晶の結晶成長面を接触させ、前記結晶成長面上に炭化ケイ素単結晶を成長させる工程と、
を含み、
前記炭化ケイ素溶液は
YおよびNdを含まず、前記希土類元素および前記Siの合計に対して25原子%以上45原子%未満の割合で、前記希土類元素を含み、
前記結晶成長面は、(0001)面から傾斜したオフ角を有する、炭化ケイ素単結晶の製造方法。
【請求項2】
前記炭化ケイ素溶液は、前記希土類元素および前記Siの合計に対して35原子%以上40原子%未満の割合で、前記希土類元素を含む請求項1に記載の炭化ケイ素単結晶の製造方法。
【請求項3】
前記オフ角は0.5°以上8°以下である、請求項1または2に記載の炭化ケイ素単結晶の製造方法。
【請求項4】
前記成長させる工程において、前記炭化ケイ素溶液を1800℃以上2000℃以下の温度で保持する、請求項1から3のいずれかに記載の炭化ケイ素単結晶の製造方法。
【請求項5】
前記炭化ケイ素溶液を用意する工程において、前記炭化ケイ素溶液を黒鉛または炭化ケイ素からなる坩堝で保持する、請求項1から4のいずれかに記載の炭化ケイ素単結晶の製造方法。
【請求項6】
前記用意する工程は、前記希土類元素および前記Siを前記坩堝に配置し、前記坩堝を加熱することによって、前記希土類元素および前記Siを溶解させ、前記希土類元素および前記Siの溶液に前記坩堝から前記黒鉛または前記炭化ケイ素からCを溶出させることによって前記炭化ケイ素溶液を得る、請求項5に記載の炭化ケイ素単結晶の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本願は、炭化ケイ素単結晶の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
炭化ケイ素(SiC)半導体は、シリコン半導体よりも大きな絶縁破壊電界強度、電子の飽和ドリフト速度および熱伝導率を備える。このため、炭化ケイ素半導体は、従来のシリコンデバイスよりも高温、高速で大電流動作が可能なパワーデバイスを実現することが可能であり、電気自動車やハイブリッドカー等に使用されるモータを高効率で駆動するスイッチング素子を実現する半導体として注目されている。
【0003】
しかし、シリコン半導体やGaAs半導体などに比べ、高品質で大きな炭化ケイ素単結晶を得ることは一般に難しい。特に、炭化ケイ素単結晶の育成では、高品質と高速成長を両立させることが難しい。現在市販されている炭化ケイ素単結晶は、生産性の観点から昇華法によって製造されている。上述したように、高速成長を優先させると、高品質を得ることが難しいため、昇華法によって製造された炭化ケイ素単結晶には、より高い結晶品質が求められている。
【0004】
一方、高品質を実現する結晶成長方法として、溶液成長法が知られている。例えば、非特許文献1は、Si-Cr溶液を用いて炭化ケイ素単結晶を育成させる方法を開示している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】M. Kado, et al.: Mat. Sci. Forum, 740-742 (2013) 73-76.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
溶液成長法は、結晶品質の点では昇華法より有利であるが、成長速度を高めることが求められている。本願は、高品質な炭化ケイ素単結晶を高速成長させることが可能な炭化ケイ素単結晶の製造方法を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本開示の一実施形態による炭化ケイ素単結晶の製造方法は、Y、La、Ce、PrおよびNdからなる群から選択される少なくとも一種を含む希土類元素と、Siと、Cとを含む炭化ケイ素溶液を用意する工程と、前記炭化ケイ素溶液に、4H結晶構造を有する炭化ケイ素種結晶の結晶成長面を接触させ、前記結晶成長面上に炭化ケイ素単結晶を成長させる工程と、を含む。
【0008】
前記炭化ケイ素溶液は、前記希土類元素および前記Siの合計に対して25原子%以上45原子%未満 の割合で、前記希土類元素を含んでいてもよい。
【0009】
前記炭化ケイ素溶液は、前記希土類元素および前記Siの合計に対して35原子%以上40原子%未満の割合で、前記希土類元素を含んでいてもよい。
【0010】
前記結晶成長面は、(0001)面から傾斜したオフ角を有していてもよい。
【0011】
前記オフ角は0.5°以上8°以下であってもよい。
【0012】
前記成長させる工程において、前記炭化ケイ素溶液を1800℃以上2000℃以下の温度で保持してもよい。
【0013】
前記炭化ケイ素溶液を用意する工程において、前記炭化ケイ素溶液を黒鉛または炭化ケイ素からなる坩堝で保持してもよい。
【0014】
前記用意する工程は、前記希土類元素および前記Siを前記坩堝に配置し、前記坩堝を加熱することによって、前記希土類元素および前記Siを溶解させ、前記希土類元素および前記Siの溶液に前記坩堝から前記黒鉛または前記炭化ケイ素からCを溶出させることによって前記炭化ケイ素溶液を得てもよい。
【発明の効果】
【0015】
本開示の実施形態によれば、高品質な炭化ケイ素単結晶を高速成長させることが可能な炭化ケイ素単結晶の製造方法が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【
図1】
図1は、本実施形態の炭化ケイ素単結晶の製造方法に使用する製造装置の一例をしめす模式的断面図である。
【
図2】
図2は、本実施形態の炭化ケイ素単結晶の製造方法に使用する炭化ケイ素種結晶の結晶方位を示す模式的断面図である。
【
図3】
図3は、実験例の試料をXRD法で測定した回折パターンの例である。
【
図4】
図4は、実験例の試料をXRD法で測定した回折パターンの例である。
【
図5】
図5は、実験例の試料をXRD法で測定した回折パターンの例である。
【
図6】
図6は、実験例の試料をXRD法で測定した回折パターンの例である。
【
図7】
図7は、Siと希土類元素またはCrを含む溶液の添加比と、表面張力との関係を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0017】
溶液成長法は、ケイ素および炭素を含む炭化ケイ素溶液に種結晶を浸漬し、溶液内に温度勾配をつけ、成長界面近傍を炭素過飽和状態とすることで、結晶成長させる。この方法によれば、成長界面の温度差が小さく、熱平衡状態に近いため、育成した結晶は転位密度が小さく、昇華法と比較して結晶品質が良いことが知られている。しかしながら、昇華法と比較して結晶成長速度が遅いという課題がある。
【0018】
非特許文献1は、炭素溶解度が結晶成長速度に影響し、炭化ケイ素溶液にCrを添加することによって炭化ケイ素溶液中の炭素濃度を増大させ、成長速度を高めることができると報告している。しかし、本願発明者の検討によれば、Crを添加することによって成長する炭化ケイ素単結晶の品質が低下することが分かった。
【0019】
炭化ケイ素単結晶には、原子配列が異なる種々のポリタイプが知られている。例えば、炭化ケイ素単結晶には、2H、3C、4H、6Hなどのポリタイプが知られており、パワー半導体デバイスには、4Hの炭化ケイ素単結晶が適している。ポリタイプの違いは原子配列の差異であり、あるポリタイプの製造に適した結晶成長方法が他のポリタイプの炭化ケイ素単結晶にも適しているとは限らない。
【0020】
本願発明者はこのような課題に鑑み、従来に比べて、高品質および高速成長の両方を満足させ得る新規な炭化ケイ素単結晶の製造方法および炭化ケイ素単結晶の製造用炭化ケイ素溶液を想到した。以下、本発明の炭化ケイ素単結晶の製造方法および炭化ケイ素単結晶の製造用炭化ケイ素溶液を詳細に説明する。
【0021】
図1は、本実施形態の炭化ケイ素単結晶の製造方法に使用する製造装置101の断面を模式的に示す。本実施形態の炭化ケイ素単結晶の製造方法は、(1)Y、La、Ce、PrおよびNdからなる群から選択される少なくとも一種を含む希土類元素と、Siと、Cとを含む炭化ケイ素溶液を用意する工程と、(2)炭化ケイ素溶液に、4H結晶構造を有する炭化ケイ素種結晶の結晶成長面を接触させ、結晶成長面上に炭化ケイ素単結晶を成長させる工程とを含む。
【0022】
(1)炭化ケイ素溶液を用意する工程
まず、溶液成長に用いる炭化ケイ素溶液を用意する。炭化ケイ素溶液20は、Y、La、Ce、PrおよびNdからなる群から選択される少なくとも一種を含む希土類元素と、Siと、Cとを含む。
【0023】
本願発明者が、炭化ケイ素溶液への添加元素を詳細に検討したところ、添加元素は、炭素溶解度のみならず、成長する炭化ケイ素単結晶の結晶品質にも影響を及ぼし得ることが分かった。特に、添加元素の種類によって、炭化ケイ素溶液の表面張力が変化し、結晶成長面における結晶の乱れに影響を与えることが分かった。つまり、炭化ケイ素溶液に加える添加元素は、炭素溶解度を高めるとともに、炭化ケイ素溶液の表面張力を小さくすることが好ましい。また、炭化ケイ素単結晶の育成温度は、1800℃以上である。このため、1800℃以上の温度で蒸気圧が低いことが好ましい。高温での蒸気圧が高いと、炭化ケイ素溶液から添加元素が蒸発してしまい、結晶成長中に添加元素の濃度が低下することによって、添加元素の効果が得られにくくなってしまう。
【0024】
このような特徴を備えた添加元素として、本願発明者は希土類元素が好適であることを見出した。具体的には、希土類元素は、Y、La、Ce、PrおよびNdからなる群から選択される一種または二種以上である。炭化ケイ素溶液20は、希土類元素およびSiの合計に対して25原子%以上45原子%未満の割合で、希土類元素を含むことが好ましい。より好ましくは、希土類元素の添加比は希土類元素およびSiの合計に対して、30原子%以上40原子%未満である。炭化ケイ素溶液20が二種以上の希土類元素を含む場合、二種以上の希土類元素の合計の添加比が上述した範囲内であることが好ましい。希土類元素の添加比が25原子%未満である場合、炭素溶解度の向上の効果が十分ではない。一方、希土類元素の添加比が45原子%以上である場合、希土類の炭化物が析出し、坩堝10が損傷したり、炭素溶解度が逆に低下したりする可能性が高まる。
【0025】
上述した希土類元素のうち、Yは、La、Ce、PrおよびNdよりも添加量が少なくても炭素の溶解度を高めることが可能である。一方、Yの添加量が多くなると、YC2等の炭素化合物を形成しやすい。このためYを単独で、あるいは、Yと、La、Ce、PrおよびNdからなる群から選ばれる一種以上とを炭化ケイ素溶液に添加する場合には、Yの添加比は、25原子%以上35原子%未満であることが好ましい。
【0026】
Y、La、Ce、PrおよびNdは第5、第6周期の希土類元素であり、第4周期の元素に比べて原子半径が大きい。このため、結晶成長時に成長した単結晶に取り込まれにくく、得られる炭化ケイ素単結晶中でのこれらの遷移金属の濃度は低い。このため、炭化ケイ素の純度の点でも炭化ケイ素溶液の添加元素として好ましい。
【0027】
炭化ケイ素溶液20は希土類元素以外に、SiおよびCを含む。炭化ケイ素溶液20は、希土類元素、SiおよびC以外の元素を実質的に含まないことが好ましく、希土類元素、SiおよびCからなることが好ましい。ここで、希土類元素、SiおよびC以外の元素を実質的に含まないとは、希土類元素源、Si源およびC源として用いる原料に不純物として含まれる他の元素、あるいは、炭化ケイ素種結晶の製造中に、製造装置から不可避的に含まれる他の元素が炭化ケイ素溶液20に含まれていてもよいことを意味する。不可避的に含まれる他の元素としては、例えば、N、B、Al、Feなどが挙げられる。
【0028】
本願発明者の詳細な検討によれば、Crは炭化ケイ素溶液の添加元素として含まれていないことが好ましい。Crは炭素溶解度を高めるものの、炭化ケイ素溶液の表面張力を大きくしてしまい、結晶成長面におけるモルフォロジーを乱すことによって、成長する炭化ケイ素単結晶に結晶欠陥が含まれやすくなる。Alは、炭化ケイ素溶液の表面張力を小さくすると考えられる。しかし、炭化ケイ素単結晶の育成温度である1800℃以上の温度では、Alの飽和蒸気圧が高い。このため、結晶成長中にAlが蒸発してしまい、結晶の品質が低下してしまう可能性がある。Fe、Ti、Mn、Crなど第4周期の遷移金属は希土類元素に比べて原子半径が小さいため、結晶成長中に成長した単結晶内に取り込まれやすい。これらの観点から、炭化ケイ素溶液は、Cr、Al、Fe、TiおよびMnを含んでいないことが好ましい。
【0029】
ただし、上述した表面張力、飽和蒸気圧の変動または成長した単結晶への混入の観点で、炭化ケイ素溶液の物性を変化させない範囲であれば、炭化ケイ素溶液は、Cr、Al、Fe、TiまたはMnを含んでいてもよい。例えば、炭化ケイ素溶液は、溶液全体に対して、数原子%程度以内の範囲で、Cr、Al、Fe、TiおよびMnからなる群から選ばれる少なくとも一種を含んでいてもよい。
【0030】
炭化ケイ素溶液の構成元素の組成比は、上述した希土類元素の添加比に応じて決定される。以下の実験例で説明するように、希土類元素の添加比が炭化ケイ素溶液全体に対して、25原子%以上45原子%未満であり、この時、溶解可能なCの含有比率は、2.7原子%以上20原子%未満であり、残部をSiが占める。つまりSiの含有比率は、35原子%以上72.3原子%以下である。炭化ケイ素溶液中の希土類元素の含有比率が高いほど、炭素の含有比率も高くなり、炭化ケイ素単結晶の成長速度を大きくすることができる。
【0031】
図1に示すように、炭化ケイ素溶液20は、例えば、製造装置101内で調製される。製造装置101は、炉11と、炉11内に配置された坩堝10と、炉11の外側に配置された誘導コイル12とを備えている。炭化ケイ素溶液20は坩堝10内に保持される。坩堝10は、黒鉛(C)または炭化ケイ素からなる。炭化ケイ素溶液20は、例えば、原料として、Y、La、Ce、PrおよびNdからなる群から選択される一種または二種以上の希土類元素の原料と、Siの原料と、Cの原料とを、上述した組成比で秤量し、坩堝10入れる。その後、誘導コイル12に電力を投入し、例えば、誘導加熱によって、結晶成長の温度で原料を溶解し、炭化ケイ素溶液20を得る。Cの原料は加えなくてもよい。この場合、希土類元素の原料およびSiの原料を坩堝10に配置し、誘導加熱によって希土類元素およびSiを溶解させる。希土類元素およびSiの溶液が得られると、坩堝10から坩堝10を構成しているCが溶液に溶け出し、Cを含んだ炭化ケイ素溶液20を得ることができる。
【0032】
(2)炭化ケイ素単結晶を成長させる工程
炭化ケイ素溶液20に、4H結晶構造を有する炭化ケイ素種結晶30の結晶成長面30aを接触させ、結晶成長面30a上に炭化ケイ素結晶を成長させる。
図1に示すように、回転軸14に炭化ケイ素種結晶30が取り付けられ、結晶成長面30aが炭化ケイ素溶液20に接するように配置される。
【0033】
図2は、炭化ケイ素種結晶30の断面を模式的に示す。炭化ケイ素種結晶30は、4H炭化ケイ素単結晶であり、オフ角θを有するオフ基板であることが好ましい。具体的には、結晶成長面30a(あるいは、結晶成長面30aの法線30n)が、c面(<0001>方向)から<11-20>方向にθ傾いていることが好ましい。オフ角θは、0.5°以上8°以下であることが好ましく、0.5°以上5°以下であることがより好ましい。
【0034】
炭化ケイ素単結晶の結晶品質を高めるために、転位密度を小さくすることが求められる。炭化ケイ素種結晶に存在するc軸に平行な貫通刃状転位などの貫通系の転位は、成長した炭化ケイ素単結晶にも伝播し残る。このため、結晶品質を炭化ケイ素種結晶以上に高めることは一般に容易ではない。このような課題を解決する方法として、c軸に平行な貫通系の転位をステップフロー成長によって、転位の進む方向を曲げる、つまり、a軸に平行な転位に変換して転位を結晶成長方向から除外し、転位密度を減少させることが知られている。このためには、オフ基板を炭化ケイ素種結晶に用いて結晶成長面のマイクロステップを大きくすることが有効である。しかし、添加元素を用いて炭素溶解度を高めた溶液成長法では、このようなオフ基板を炭化ケイ素種結晶に用いると、炭素溶解度を高めることによって成長速度を大きくしているため、成長界面におけるモフォロジーが乱れやすくなる。言い換えると、添加元素を用いて炭素溶解度を高めた溶液成長法にオフ基板の炭化ケイ素種結晶を用いることは適切ではないとも考えられる。本願発明者は、モフォロジーの乱れを抑制するために、炭化ケイ素溶液の表面張力に注目し、添加元素によって、炭化ケイ素溶液の表面張力を小さく抑制できれば、トレードオフの関係にある溶液成長法における高結晶品質と高成長速度を両立し得ることを見出した。こうした理由から、オフ角を有する炭化ケイ素種結晶30は、希土類元素を含む炭化ケイ素溶液と好適に組み合わせることができる。
【0035】
炭化ケイ素単結晶の成長時の温度は、1800℃以上2000℃以下が好ましい。特に、1900℃程度の温度で結晶を成長させることがより好ましい。結晶成長面30a近傍の温度勾配の条件、成長時の炉11内の雰囲気、圧力等の条件は、従来の溶液成長法に用いられる条件と同様の条件に設定することができる。
【0036】
炭化ケイ素単結晶の育成中、炭化ケイ素種結晶30は回転軸14によって回転させてもよい。同様に坩堝10も回転軸13によって回転させてもよい。
【0037】
上記工程(1)および(2)によって、高品質な炭化ケイ素単結晶を高成長速度で製造することができる。上述したように作製された炭化ケイ素単結晶は、炭化ケイ素溶液中の希土類元素をほとんど含んでいない。しかし、完全に炭化ケイ素溶液中の希土類元素を排除することは難しく、また、作製する半導体デバイスの特性に影響を生じさせない範囲であれば、希土類元素を含んでいてもよい。例えば、上述したように、本実施形態の製造方法において、従来の溶液成長の条件を用いる場合、例えば、1015/cm3程度の濃度で、炭化ケイ素溶液の希土類元素が含まれ得る。
【0038】
本実施形態によれば、溶液成長法に用いる炭化ケイ素溶液は、希土類元素を含む。希土類元素は、炭化ケイ素溶液の炭素溶解度を高めるとともに、炭化ケイ素溶液の表面張力を小さくする。また、希土類元素は、CrやAl等に比べて1800℃以上の温度で蒸気圧が低いため、炭化ケイ素溶液から蒸発しにくく、希土類元素を添加する効果を長く続かせることができる。
【0039】
また、炭化ケイ素溶液の表面張力を小さくできることによって、4H炭化ケイ素のオフ基板を種結晶として用い、結晶の結晶欠陥を低減しつつ、成長界面でのモフォロジーの乱れを抑制して高品質な炭化ケイ素単結晶を成長させることができる。
【0040】
本実施形態の製造方法によれば、Crを添加した溶液成長法における結晶成長速度と同程度以上の速度で炭化ケイ素単結晶を製造することが可能である。また、得られた炭化ケイ素単結晶は、Crを添加した溶液成長法で製造される炭化ケイ素単結晶よりも高い品質を備え得る。
【0041】
(実験例)
希土類元素を含む炭化ケイ素溶液を調製し、炭素溶解度を測定した結果を示す。Y、La、Ce、Pr、Ndのいずれか一種と、Siとを、希土類元素と、Siとの合計に対する希土類元素の割合が、20、25、30、35、40、45、50原子%となるように秤量した。秤量した希土類元素およびSiを黒鉛の坩堝に入れ、誘導加熱によって1800℃または1900℃で1時間保持した。加熱によって、希土類元素およびSiを溶解させ、得られた溶液に坩堝から炭素を溶出させることによって、炭化ケイ素溶液を得た。比較のため、CrとSiを用いて同様に炭化ケイ素溶液を作製した。
【0042】
得られた炭化ケイ素溶液を冷却し、坩堝内の炭化ケイ素溶液の固化物の元素分析によって炭素の含有量を測定した。分析は燃焼-赤外吸収法で行った。一部の炭化ケイ素溶液の固化物をXRD法によって分析し、固化物中に含まれる元素および化合物を特定した。
【0043】
表1は、1900℃における炭素溶解度を示し、表2は、1800℃における炭素溶解度を示す。表1、2において、空欄は作製および炭素溶解度を測定しなかった試料を示す。また、「>10at%」等の表記は、分析精度上、正確な値が求められなかったが、表記された数字、例えば10原子%よりも大きい値であったことを示す。
【0044】
表1、2において、希土類元素の割合として示す比率(20、25、30、35、40、45、50原子%)は、上述したように希土類元素と、Siとの合計に対する希土類元素の割合である。これに対し、炭素溶解度の値は、炭化ケイ素溶液全体に対するCの割合を示している。Cが溶解した後の炭化ケイ素溶液全体に対する希土類元素の添加比は、希土類元素の割合として示す比率に、炭化ケイ素溶液全体に対するC以外の割合を乗じることによって求めらる。例えば、表1において、Laが30原子%の割合で添加された炭化ケイ素溶液では、Cが全体に対して3.7原子%の割合で溶解しており、この時の炭化ケイ素溶液全体に対するLaの割合は、30×(1-0.037)=28.89(原子%)であることが分かる。
【0045】
【0046】
【0047】
表1に示すように、1900℃の実験において、Y、Pr、Ndの添加比が20原子%である炭化ケイ素溶液の炭素溶解度は、Crを20原子%添加した炭化ケイ素溶液の炭素溶解度よりも小さい。しかし、Yの添加比が25原子%の炭化ケイ素溶液の炭素溶解度はCrを20原子%添加した炭化ケイ素溶液のよりも大きい。また、1800℃の実験において、Prを添加した炭化ケイ素溶液を除けば、1800℃および1900℃のいずれの実験においても、30原子%以上の希土類元素を添加した炭化ケイ素溶液は、Crを同じ割合で添加した炭化ケイ素溶液よりも大きな炭素溶解度を備える。
【0048】
これらの結果から、炭化ケイ素溶液が、希土類元素およびとSiの合計に対して25原子%以上の割合でY、La、Ce、Pr、Ndのいずれか一種の希土類元素を含むことによって、Crを添加する場合以上に炭化ケイ素溶液の炭素溶解度を高めることが可能であることが分かる。
【0049】
また、表1および表2の比較から、希土類元素の添加比が30原子%および40原子%である場合、1900℃における炭素溶解度は、1800℃における炭素溶解度の値に対して、1.3倍から2.2倍程度である。例えば、Laの添加比が30原子%である場合、1900℃における炭素溶解度は、1800℃における炭素溶解度の値に対して、約1.3倍であり、Laの添加比が40原子%である場合、1900℃における炭素溶解度は、1800℃における炭素溶解度の値に対して、約2.2倍である。これに対し、Crの添加比が30原子%である場合、1900℃における炭素溶解度は、1800℃における炭素溶解度の値に対して、約1.5倍であり、Crの添加比が40原子%である場合、1900℃における炭素溶解度は、1800℃における炭素溶解度の値に対して、約1.7倍である。つまり、1800℃から1900℃付近の温度範囲では、Crと同程度以上に炭素溶解度の温度変化が大きいことが分かる。また、Crを含まず、SiおよびCのみを含む炭化ケイ素溶液では、1900℃においても炭素溶解度は1原子%程度である。
【0050】
溶液成長法による炭化ケイ素単結晶の成長速度は、炭化ケイ素溶液における炭素過飽和度と関連しており、一般に過飽和度が大きいほど、炭化ケイ素単結晶の成長速度は大きくなる。過飽和度は、炭化ケイ素溶液中の炭素溶解度と、炭素溶解度の温度変化に依存する。上述したように、本実施形態の炭化ケイ素単結晶の製造方法によれば、炭化ケイ素溶液が希土類元素を含むことによって、炭素溶解度および炭素溶解度の温度変化は、Crを含む炭化ケイ素溶液と同等以上に大きな値である。よって、本実施形態の炭化ケイ素単結晶の製造方法によれば、Crを含む炭化ケイ素溶液を用いる場合と同程度以上に大きな炭素過飽和の状態を実現し、高速で炭化ケイ素単結晶を成長させることが可能であると考えられる。
【0051】
図3、
図4および
図5に、Ndを40、45、50原子%の割合で添加して得られた炭化ケイ素溶液の固化物をXRD法によって測定した回折パターンの例を示す。
図6に、Yを40原子%の割合で添加して得られた炭化ケイ素溶液の固化物をXRD法によって測定した回折パターンの例を示す。また、表3にNdおよびYを添加した場合にXRD法で検出された元素および化合物を示す。
図3、
図4および
図5から、Ndの添加比が40原子%の固化物では、希土類元素の炭化物であるNdC
2は検出されなかったが、45および50原子%の固化物には、NdC
2が含まれていることが分かった。また、
図6に示すようにYの添加比が40原子%の固化物でもYC
2が検出されている。
【0052】
【0053】
これらの結果から、希土類元素の添加比率が高くなると、希土類元素の炭化物が生成することがわかった。具体的には、Ndの添加比は45原子%未満が好ましく、Yの添加比は40%原子未満が好ましいことが分かった。
【0054】
図7は、1900℃における、Y、La、Ce、PrまたはNdと、Siを含む溶液のこれら希土類元素の添加比と、表面張力との関係を計算によって求めた結果を示すグラフである。比較のため、SiとCrを含む溶液のCrの添加比と表面張力との関係も示している。
図7から分かるように、Y、La、Ce、PrおよびNdの場合、これら希土類元素が含まれていなくても(0原子%)、希土類元素の添加比が増大しても、表面張力の値はほとんど変わらない。これに対し、Crの場合、添加比が増大するにつれて、溶液の表面張力も増大する。
【0055】
この結果から、炭化ケイ素溶液に、Y、La、Ce、PrまたはNdを添加しても、表面張力にはほとんど影響せず、これら希土類元素を含まない場合と同程度の表面張力が維持されると考えられる。したがって、炭化ケイ素溶液がこれら希土類元素を含んでいても、SiおよびCのみを含む炭化ケイ素溶液から結晶成長させる場合と同様、高品質な炭化ケイ素単結晶を成長させることができると考えられる。
【産業上の利用可能性】
【0056】
本開示の炭化ケイ素単結晶の製造方法は、種々の用途に使用可能な高品質な炭化ケイ素単結晶の製造に好適に用いられ、特にパワーデバイスに適した炭化ケイ素単結晶の製造にも好適に用いられる。
【符号の説明】
【0057】
10 坩堝
11 炉
12 誘導コイル
13、14 回転軸
20 炭化ケイ素溶液
30 炭化ケイ素種結晶
30a 結晶成長面
101 製造装置