(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-11-05
(45)【発行日】2024-11-13
(54)【発明の名称】ポリアリーレンスルフィド樹脂の評価方法
(51)【国際特許分類】
G01N 27/26 20060101AFI20241106BHJP
【FI】
G01N27/26 P
(21)【出願番号】P 2021102016
(22)【出願日】2021-06-18
【審査請求日】2024-03-25
(73)【特許権者】
【識別番号】000002886
【氏名又は名称】DIC株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100177426
【氏名又は名称】粟野 晴夫
(74)【代理人】
【識別番号】100141601
【氏名又は名称】貴志 浩充
(72)【発明者】
【氏名】茨木 拓
(72)【発明者】
【氏名】池田 まい
(72)【発明者】
【氏名】古沢 高志
【審査官】黒田 浩一
(56)【参考文献】
【文献】特開2002-360237(JP,A)
【文献】特開平07-247429(JP,A)
【文献】特開平04-050758(JP,A)
【文献】国際公開第2008/078899(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 27/26-27/49
C08G 75/00-79/14
C08L 1/00-101/14
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ポリアリーレンスルフィド樹脂を準備する準備工程と、
前記ポリアリーレンスルフィド樹脂の少なくとも一部から形成した試験片を評価する評価工程と、を有するポリアリーレンスルフィド樹脂の評価方法であって、
前記評価工程が、前記ポリアリーレンスルフィド樹脂を溶融させた溶融ポリアリーレンスルフィド樹脂を固化させることによって前記試験片を得る試験片作製工程と、
前記試験片の表面のゼータ電位を、流動電位法により測定するゼータ電位測定工程と、を有することを特徴とする、ポリアリーレンスルフィド樹脂の評価方法。
【請求項2】
前記ゼータ電位測定工程は、pH3~9の条件下で前記試験片の表面のゼータ電位を測定する、請求項1に記載のポリアリーレンスルフィド樹脂の評価方法。
【請求項3】
前記評価工程は、前記ゼータ電位測定工程により測定された前記試験片の表面のゼータ電位値が、pH7.8~8.2において、-50~-65mVの範囲に含まれるか否かを判別する判別工程(2)を更に有する、請求項1又は2に記載のポリアリーレンスルフィド樹脂の評価方法。
【請求項4】
前記試験片を40℃から350℃までの温度範囲を20℃/分で昇温してDSC測定する場合、100℃~200℃の間に結晶化に伴う発熱ピークが確認されないことを特徴とする、請求項1~3のいずれか1項に記載のポリアリーレンスルフィド樹脂の評価方法。
【請求項5】
前記準備工程は、前記ポリアリーレンスルフィド樹脂を得る重合工程により前記ポリアリーレンスルフィド樹脂を準備する、請求項1~4のいずれか1項に記載のポリアリーレンスルフィド樹脂の評価方法。
【請求項6】
ポリアリーレンスルフィド樹脂を得る重合工程と、
前記ポリアリーレンスルフィド樹脂を精製する精製工程と、
前記精製工程を経て得られた精製ポリアリーレンスルフィド樹脂の少なくとも一部から形成した試験片を評価する評価工程と、を有するポリアリーレンスルフィド樹脂
の評価方法であって、
前記評価工程が、前記ポリアリーレンスルフィド樹脂を溶融させた溶融ポリアリーレンスルフィド樹脂を固化させることによって前記試験片を得る試験片作製工程と、
前記試験片の表面のゼータ電位を、流動電位法によりpH3~9の条件下で測定するゼータ電位測定工程と、を有することを特徴とする、ポリアリーレンスルフィド樹脂の評価方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ポリアリーレンスルフィド樹脂の評価方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ポリフェニレンスルフィド樹脂(以下、これを「PPS樹脂」と略記する。)に代表されるポリアリーレンスルフィド樹脂(以下、これを「PAS樹脂」とも略記する。)は、耐熱性及び耐薬品性等に優れることから、電気電子部品、自動車部品、水回り部品、繊維、又はフィルム用途等に幅広く利用されている。上記の用途に採用されているPAS樹脂は、ガラス繊維、フィラー、エラストマー等、様々な添加剤を組み合わせることによって、その機能を最大限に発現している。そのため、ガラス繊維等の添加剤とPAS樹脂との界面の反応性及びエラストマーとPAS樹脂との反応性の制御が、得られるPAS樹脂(部品)の機能発現に不可欠な技術となっている。例えば、特許文献1には、従来のPAS樹脂よりエポキシシランとの反応性が高いPAS樹脂に関する技術が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、上記特許文献1の技術では、PAS樹脂と異種材料との界面の反応性に大きく寄与する因子であるPAS樹脂の分子末端の官能基については一切検討されていない。また、PAS樹脂には、200℃以上の高温及び高圧下で重合されるという特有の事情が内在する。これにより、PAS樹脂の重合中、副反応が多く進行する結果、反応性に大きく寄与するPAS樹脂中の分子末端には、様々な官能基が混在してしまうという実情がある。さらには、PAS樹脂の高い耐熱性/耐薬品性によって分析処方が限定的となり、未だに各種官能基量の定量化には至っていないのが現状である。
そのため、PAS樹脂と異種材料との界面の反応性をPAS樹脂の分子末端構造により制御及び評価することは、非常に障壁の高い技術ではあるが、様々な応用が期待されることから各技術分野から要求されている技術である。
【0005】
そこで、本開示は、PAS樹脂の表面特性を定量化することにより、従来の粘度上昇度を用いた評価方法よりも、ばらつきが少なく、高精度な反応性を有するPAS樹脂の評価方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者は、上記問題点に鑑み、鋭意研究し、実験を重ねた結果、流動電位法によるゼータ電位値を用いてPAS樹脂の特性を評価すると、上記の課題を解決しうることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0007】
〔1〕本開示は、ポリアリーレンスルフィド樹脂を準備する準備工程と、
前記ポリアリーレンスルフィド樹脂の少なくとも一部から形成した試験片を評価する評価工程と、を有するポリアリーレンスルフィド樹脂の評価方法であって、
前記評価工程が、前記ポリアリーレンスルフィド樹脂を溶融させた溶融ポリアリーレンスルフィド樹脂を固化させることによって前記試験片を得る試験片作製工程と、
前記試験片の表面のゼータ電位を、流動電位法により測定するゼータ電位測定工程と、
を有することを特徴とする、ポリアリーレンスルフィド樹脂の評価方法である。
〔2〕本開示のより好ましい態様は、ポリアリーレンスルフィド樹脂を得る重合工程と、
前記ポリアリーレンスルフィド樹脂を精製する精製工程と、
前記精製工程を経て得られた精製ポリアリーレンスルフィド樹脂の少なくとも一部から形成した試験片を評価する評価工程と、を有するポリアリーレンスルフィド樹脂の評価方法であって、
前記評価工程が、前記ポリアリーレンスルフィド樹脂を溶融させた溶融PAS樹脂を固化させることによって前記試験片を得る試験片作製工程と、
前記試験片の表面のゼータ電位を、流動電位法によりpH3~9の条件下で測定するゼータ電位測定工程と、を有することを特徴とする、ポリアリーレンスルフィド樹脂の評価方法である。
【発明の効果】
【0008】
本開示によれば、ゼータ電位を用いてPAS樹脂の表面特性を評価することにより、粘度上昇度を用いた評価方法よりも、ばらつきが少なく、高精度にPAS樹脂の反応性を把握できる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【
図1】
図1は、流動電位法によるゼータ電位の測定方法の一例を示す概略図である。
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下、本発明の実施の形態(以下、「本実施形態」と言う。)について詳細に説明するが、本発明は以下の記載に限定されるものではなく、その要旨の範囲内で種々変形して実施することができる。
【0011】
〔ポリアリーレンスルフィド樹脂の評価方法〕
本実施形態に係るPAS樹脂の評価方法は、PAS樹脂を準備する準備工程と、前記準備工程により得られたPAS樹脂の少なくとも一部から作製した試験片を評価する評価工程とを有する。そして、前記評価工程は、前記準備工程により得られたPAS樹脂を溶融させて溶融PAS樹脂を調製した後、前記溶融PAS樹脂を固化させることによって前記試験片を得る試験片作製工程と、前記試験片の表面のゼータ電位を、流動電位法により測定するゼータ電位測定工程と、を有する。
換言すると、本実施形態のPAS樹脂の評価方法は、準備したPAS樹脂の表面特性を評価する目的で当該PAS樹脂の少なくとも一部から評価試料である試験片を作製した後、流動電位法を用いて当該試験片のゼータ電位を測定することにより、準備したPAS樹脂の表面特性を把握するものである。
これにより、PAS樹脂の表面特性を均質に定量化できるため、従来の評価方法(例えば、MFRなどを用いた粘度上昇度)よりも、ばらつきが少なく、高精度にPAS樹脂の反応性を評価できる。
また、本実施形態に係るPAS樹脂の評価方法において、前記ゼータ電位測定工程は、前記試験片の表面のゼータ電位を、好ましくはpH3~9の条件下、より好ましくはpH7.8~8.2の条件下で測定することが好ましい。
これにより、ばらつきがより少なくなるだけでなく、PAS樹脂の性状をより高精度に評価し易くなる。
さらに、本実施形態に係るPAS樹脂の評価方法の好適な態様において、前記ゼータ電位測定工程により、所定のpH条件下の範囲で測定された前記試験片の表面のゼータ電位値が特定の範囲に含まれるか否かを判別する判別工程をさらに有してもよい。当該判別工程については後述するが、例えば、前記ゼータ電位測定工程により、pH7.8~8.2(例えば、pH=8.0)の範囲で測定された前記試験片の表面のゼータ電位値が、-50~-65mVの範囲に含まれるか否かを判別する判別工程(2)をさらに有することが好ましい。これにより、反応性に優れたPAS樹脂を提供できる。
【0012】
以下、本実施形態のPAS樹脂の評価方法の各工程について説明する。
「準備工程」
本実施形態における準備工程は、PAS樹脂を準備する工程である。本実施形態の評価対象として準備されるPAS樹脂は、芳香族環と硫黄原子とが結合した構造を繰り返し単位とする化学構造を有してさえいれば特に制限されることはなく、公知の重合方法により得られたPAS樹脂であっても、或いは市販のPAS樹脂を使用してもよい。また、上記公知の重合方法としては特に制限されることはないが、重合方法の一例としては、下記の重合工程の欄で説明する重合方法が挙げられる。
(PAS樹脂)
本実施形態における評価方法で使用されるPAS樹脂の化学構造は、具体的には、下記一般式(1):
【化1】
(上記一般式(1)中、R
1及びR
2は、それぞれ独立して水素原子、炭素原子数1~4の範囲のアルキル基、ニトロ基、アミノ基、フェニル基、メトキシ基、エトキシ基を表す。)で表される構造部位と、必要に応じてさらに下記一般式(2):
【化2】
で表される3官能性の構造部位と、を繰り返し単位に有する樹脂構造であることが好ましい。前記一般式(2)で表される3官能性の構造部位は、他の構造部位との合計モル数に対して0.001~3モル%の範囲が好ましく、特に0.01~1モル%の範囲であることが好ましい。
【0013】
ここで、前記一般式(1)で表される構造部位は、特に該式中のR
1及びR
2は、前記PAS樹脂の機械的強度の点から水素原子であることが好ましく、その場合、下記一般式(3)で表されるパラ位で結合するもの、及び下記一般式(4)で表されるメタ位で結合するものが挙げられる。
【化3】
これらの中でも、特に繰り返し単位中の芳香族環に対する硫黄原子の結合は前記一般式(3)で表されるパラ位で結合した構造であることが前記PAS樹脂の耐熱性や結晶性の面で好ましい。
【0014】
また、前記PAS樹脂は、前記一般式(1)又は(2)で表される構造部位のみならず、下記の一般式(5)~(8):
【化4】
で表される構造部位を、前記一般式(1)と一般式(2)で表される構造部位との合計の30モル%以下で含んでいてもよい。特に本発明では上記一般式(5)~(8)で表される構造部位は10モル%以下であることが、PAS樹脂の耐熱性、機械的強度の点から好ましい。前記PAS樹脂中に、上記一般式(5)~(8)で表される構造部位を含む場合、それらの結合様式としては、ランダム共重合体、ブロック共重合体の何れであってもよい。
【0015】
また、前記PAS樹脂は、その分子構造中に、ナフチルスルフィド結合などを有していてもよいが、他の構造部位との合計モル数に対して、3モル%以下が好ましく、特に1モル%以下であることが好ましい。
また、PAS樹脂の物性は、本発明の効果を損ねない限り特に限定されないが、以下の通りである。
本実施形態における準備工程は、PAS樹脂を得る重合工程によりPAS樹脂を準備することが好ましく、より好ましくは、PAS樹脂を得る重合工程と、前記PAS樹脂を精製する精製工程と、によりPAS樹脂を準備する。本実施形態において、重合工程及び精製工程の一例について以下説明する。
【0016】
(重合工程)
本実施形態において、PAS樹脂を得る重合工程は、特に制限されることはなく、評価対象であるPAS樹脂の化学構造又はPAS樹脂の使用目的に応じて公知の重合方法を適用することができる。また、本実施形態における重合工程の好ましい態様としては、得られるPAS樹脂の少なくとも一部から形成された評価試料である試験片の表面のゼータ電位値が、pH=7.8~8.2(例えば、pH=8.0)において-50~-65mVの範囲、あるいはpH=4.8~5.2(例えば、pH=5.0)において-30~-45mVの範囲を示しやすい特定の重合条件をさらに適用してもよい。
そこで以下、本実施形態に適用できる一般的な重合方法を説明した後、特定の重合条件を詳説する。
【0017】
<重合方法>
本実施形態に適用できる重合方法の代表例としては、例えば、以下の製造法1~製造法4が挙げられる。
(製造法1):硫黄と炭酸ソーダの存在下でジハロゲノ芳香族化合物を、必要ならばポリハロゲノ芳香族化合物ないしその他の共重合成分を加えて、重合させる方法
(製造法2):溶媒(例えば、極性溶媒、有機溶媒又は極性有機溶媒)中でスルフィド化剤等の存在下にジハロゲノ芳香族化合物を、必要ならばポリハロゲノ芳香族化合物ないしその他の共重合成分(以下、ジハロゲノ芳香族化合物類)を加えて、重合させる方法
(製造法3):p-クロルチオフェノールを、必要ならばその他の共重合成分を加えて、自己縮合させる方法
(製造法4):ジヨード芳香族化合物と単体硫黄を、カルボキシ基やアミノ基等の官能基を有していてもよい重合禁止剤の存在下、減圧させながら溶融重合させる方法
【0018】
上記製造法1~4のうち、上記(製造法2)の方法が汎用的であり好ましい。反応の際に、重合度を調節するためにカルボン酸やスルホン酸のアルカリ金属塩や、水酸化アルカリを添加しても良い。上記(製造法2)方法のなかでも、ジハロゲノ芳香族化合物類、極性有機溶媒、及びスルフィド化剤を含む配合物が、(極性有機溶媒)/(スルフィド化剤)=0.02/1~0.9/1(モル比)の範囲になるように反応器に仕込み、好ましくは不活性ガス雰囲気下開放系で昇温を開始して、前記配合物を脱水し、かつ当該脱水の進行とともに固形物を析出させ、均一に各成分を分散させた低含水固形物を得た後、所定の温度に冷却して、必要により極性有機溶媒及び/又はジハロゲノ芳香族化合物類をさらに前記低含水固形物に添加し、不活性ガス雰囲気下にて重合を行う方法(特許3637543号公報参照。)や、固形のアルカリ金属硫化物及び非プロトン性極性有機溶媒の存在下でジハロゲノ芳香族化合物と必要ならばポリハロゲノ芳香族化合物ないしその他の共重合成分を加え、アルカリ金属水硫化物及び有機酸アルカリ金属塩を、硫黄源1モルに対して0.01~0.9モルの範囲の有機酸アルカリ金属塩及び反応系内の水分量を非プロトン性極性有機溶媒1モルに対して0.02モル以下の範囲にコントロールしながら反応させる方法(WO2010/058713号パンフレット参照。)が特に好ましい。
【0019】
本実施形態の重合工程としては、上記製造法2を用いた重合方法、より詳細には、極性溶媒(例えば、極性有機溶媒)中、少なくとも1種のポリハロゲノ芳香族化合物と少なくとも1種のスルフィド化剤とを適当な重合条件下で反応して得られるPAS樹脂を含有する反応混合物(スラリー)を得る工程を一例に挙げて以下説明する。
また、本実施形態においては、反応混合物(スラリー)がスルフィド化剤及び有機溶媒の存在下に、ポリハロゲノ芳香族化合物及び/又は有機溶媒を連続的、乃至、断続的に加えながら反応させることにより得られる形態も包含する。
【0020】
-原料-
本実施形態におけるポリハロゲノ芳香族化合物は、芳香族環に直接結合した2個以上のハロゲン原子を有するハロゲン化芳香族化合物であり、そのうち2個のハロゲン原子を有するハロゲン化芳香族化合物をジハロゲノ芳香族化合物と称している。当該ジハロゲノ芳香族化合物の具体例としては、p-ジハロベンゼン、m-ジハロベンゼン、o-ジハロベンゼン、2,5-ジハロトルエン、1,4-ジハロナフタレン、1-メトキシ-2,5-ジハロベンゼン、4,4’-ジハロビフェニル、3,5-ジハロ安息香酸、2,4-ジハロ安息香酸、2,5-ジハロニトロベンゼン、2,4-ジハロニトロベンゼン、2,4-ジハロアニソール、p,p’-ジハロジフェニルエーテル、4,4’-ジハロベンゾフェノン、4,4’-ジハロジフェニルスルホン、4,4’-ジハロジフェニルスルホキシド、4,4’-ジハロジフェニルスルフィド、及び、上記各化合物の芳香環に炭素原子数1~18の範囲のアルキル基を有する化合物が挙げられる。上述のジハロゲノ芳香族化合物は、単独で用いても、2種以上を組み合わせて用いてもよい。また、ジハロゲノ芳香族化合物以外のポリハロゲノ芳香族化合物としては、1,2,3-トリハロベンゼン、1,2,4-トリハロベンゼン、1,3,5-トリハロベンゼン、1,2,3,5-テトラハロベンゼン、1,2,4,5-テトラハロベンゼン、1,4,6-トリハロナフタレンなどが挙げられる。また、これらの化合物をブロック共重合してもよい。上記具体例の中でも好ましいのはジハロゲン化ベンゼン類であり、特に好ましいのはp-ジクロルベンゼンを80モル%以上含むものである。なお、上述のポリハロゲノ芳香族化合物は、単独で用いても、2種以上を組み合わせて用いてもよい。また、上記各ハロゲノ芳香族化合物中に含まれるハロゲン原子は、塩素原子及び/又は臭素原子であることが好ましい。
【0021】
また、枝分かれ構造とすることによってPAS樹脂の粘度増大を図る目的で、1分子中に3個以上のハロゲン置換基を有するポリハロゲノ芳香族化合物を分岐剤として所望に応じて用いてもよい。このようなポリハロゲノ芳香族化合物としては、例えば、1,2,4-トリクロルベンゼン、1,3,5-トリクロルベンゼン、1,4,6-トリクロルナフタレン等が挙げられる。
【0022】
更に、アミノ基、チオール基、ヒドロキシル基等の活性水素を持つ官能基を有するポリハロゲノ芳香族化合物を挙げることができ、具体的には、2,6-ジクロルアニリン、2,5-ジクロルアニリン、2,4-ジクロルアニリン、2,3-ジクロルアニリン等のジハロアニリン類;2,3,4-トリクロルアニリン、2,3,5-トリクロルアニリン、2,4,6-トリクロルアニリン、3,4,5-トリクロルアニリン等のトリハロアニリン類;2,2’-ジアミノ-4,4’-ジクロルジフェニルエーテル、2,4’-ジアミノ-2’,4-ジクロルジフェニルエーテル等のジハロアミノジフェニルエーテル類及びこれらの混合物においてアミノ基がチオール基やヒドロキシル基に置き換えられた化合物などが例示される。
【0023】
また、これらの活性水素含有ポリハロゲノ芳香族化合物中の芳香族環を形成する炭素原子に結合した水素原子が他の不活性基、例えばアルキル基などの炭化水素基に置換している活性水素含有ポリハロゲノ芳香族化合物も使用できる。これらの各種活性水素含有ポリハロ芳香族化合物の中でも、好ましいのは活性水素含有ジハロゲノ芳香族化合物であり、特に好ましいのはジクロルアニリンである。
【0024】
ニトロ基を有するポリハロゲノ芳香族化合物としては、例えば、2,4-ジニトロクロルベンゼン、2,5-ジクロルニトロベンゼン等のモノ又はジハロニトロベンゼン類;2-ニトロ-4,4’-ジクロルジフェニルエーテル等のジハロニトロジフェニルエーテル類;3,3’-ジニトロ-4,4’-ジクロルジフェニルスルホン等のジハロニトロジフェニルスルホン類;2,5-ジクロル-3-ニトロピリジン、2-クロル-3,5-ジニトロピリジン等のモノ又はジハロニトロピリジン類;或いは各種ジハロニトロナフタレン類などが挙げられる。
【0025】
本実施形態において、PAS樹脂が有機溶媒に溶解していることが必要となるため、使用する有機溶媒はPAS樹脂を一定条件下で溶解できる必要がある。PAS樹脂を溶解させる条件は常温でも加温下でも良いが、現在知られている溶媒では一定以上の分子量のPAS樹脂を溶解させるためには一定温度への加温が必要である。PAS樹脂を溶解させることができる有機溶媒としては、N-メチル-2-ピロリドン、ホルムアミド、アセトアミド、N-メチルホルムアミド、N,N-ジメチルアセトアミド、2-ピロリドン、N-メチル-ε-カプロラクタム、ε-カプロラクタム、ヘキサメチルホスホルアミド、テトラメチル尿素、N-ジメチルプロピレン尿素、1,3-ジメチル-2-イミダゾリジノン酸のアミド尿素、及びラクタム類;スルホラン、ジメチルスルホラン等のスルホラン類;ベンゾニトリル等のニトリル類;メチルフェニルケトン等のケトン類;ポリエチレンジアルキルエーテル、1-クロロナフタレン、ジフェニルスルフィド等のその他の溶媒類が例示できる。
【0026】
本実施形態で用いられるスルフィド化剤としては、アルカリ金属硫化物又はアルカリ金属水硫化物(以下、両者を総称して、アルカリ金属硫化物類と称する。)が挙げられる。当該アルカリ金属硫化物としては、硫化リチウム、硫化ナトリウム、硫化カリウム、硫化ルビジウム、硫化セシウム及びこれらの混合物が含まれる。かかるアルカリ金属硫化物は、水和物或いは水性混合物或いは無水物として使用することができる。また、アルカリ金属硫化物はアルカリ金属水硫化物とアルカリ金属水酸化物との反応によっても導くことができる。
上記アルカリ金属水硫化物としては、水硫化ナトリウム、水硫化カリウム、水硫化リチウム、水硫化ルビジウム、水硫化セシウム及びこれら2種以上の混合物が含まれる。
なお、通常、アルカリ金属硫化物中に微量存在するアルカリ金属水硫化物、チオ硫酸アルカリ金属と反応させるために、少量のアルカリ金属水酸化物を加えても差し支えない。PAS樹脂の重合反応は、これらの有機極性溶媒の存在下、いわゆるスルフィド化剤と呼ばれる上記のアルカリ金属硫化物類及びアルカリ金属水酸化物と、ポリハロゲノ芳香族化合物とを反応させうる。
【0027】
-重合条件及び回収-
本実施形態におけるPAS樹脂の好ましい重合温度は、200~330℃の範囲である。また、PAS樹脂の重合時の圧力は重合溶媒及び重合モノマーであるポリハロゲノ芳香族化合物を実質的に液層に保持するような範囲であるべきであり、一般には好ましくは0.1~20MPaの範囲、より好ましくは0.1~2MPaの範囲より選択される。重合の反応時間は温度と圧力により異なるが、一般に好ましくは10分~72時間の範囲であり、より好ましくは1時間~48時間の範囲である。
また、本実施形態において、重合工程により得られたPAS樹脂を含有する反応混合物(スラリー)を、後述の精製工程における適当な手段(減圧留去法、遠心分離法、スクリューデカンター法、減圧濾過法、加圧濾過法など適当な方法が選択可能である)により「脱溶媒」させて、有機溶媒を分離除去した後、粗ポリアリーレンスルフィド樹脂(精製工程を経ていないPAS樹脂)を回収できる。
【0028】
本実施形態における重合工程は、有機溶媒中、少なくとも1種のポリハロゲノ芳香族化合物と少なくとも1種のスルフィド化剤であるアルカリ金属硫化物類とを反応して得られるPAS樹脂を含有する反応混合物(スラリー)を得る工程であることが好ましい。したがって、前記重合工程は、原料として添加する、前記有機溶媒と、前記ポリハロゲノ芳香族化合物と、前記アルカリ金属硫化物類とが接触されて重合反応が進行さえすればよく、前記有機溶媒、前記ポリハロゲノ芳香族化合物及び前記アルカリ金属硫化物類からなる群から選択される少なくとも1種が重合反応に必要な量を仕込み段階から全量配合しなくてもよい。換言すると、重合反応に必要な原料の仕込み量にするために、前記有機溶媒、前記ポリハロゲノ芳香族化合物及び前記アルカリ金属硫化物類からなる群から選択される少なくとも1種を重合反応が終了するまで連続的、乃至、断続的に加えながら反応させてもよい。
【0029】
本実施形態の重合工程は、反応系内の水分量の調節する目的で、必要により重合前に脱水処理を行ってもよい。具体的には、好ましくは不活性ガス雰囲気下において、常温(25℃)以上230℃以下の温度範囲で、原料である有機溶媒、ポリハロゲノ芳香族化合物及びアルカリ金属硫化物又はアルカリ金属水硫化物に対して脱水処理を行った後、重合工程を進めることが好ましい。
なお、上記反応系の水分量は、原料の仕込み時に水溶液及び水和物として反応系内に添加した水分量から、反応系外に除去された水分量を引いた量をいう。
また、前記有機溶媒、前記ポリハロゲノ芳香族化合物及び前記アルカリ金属硫化物類をオートクレーブなどの反応器に配合する順序は特に制限されることはないが、例えば、本実施形態における重合工程は、以下の態様(A)及び態様(B)が好ましい。
態様(A):前記アルカリ金属硫化物類と前記有機溶媒と前記ポリハロゲノ芳香族化合物とを接触させた後、前記アルカリ金属硫化物類と前記有機溶媒と前記ポリハロゲノ芳香族化合物とを室温(25℃)以上、好ましくは重合温度近傍(170℃~300℃)まで加熱する。
態様(B):前記アルカリ金属硫化物類と前記有機溶媒とを接触させて前記アルカリ金属硫化物類及び前記有機溶媒を室温(25℃)以上、好ましくは重合温度近傍(170℃~300℃)まで加熱した後、前記アルカリ金属硫化物類と前記ポリハロゲノ芳香族化合物とを接触させる。
なお、上記態様(A)及び(B)を用いた重合工程は、上記「-重合条件及び回収-」の欄に記載の条件を適用してもよい。
【0030】
<特定の重合条件>
本実施形態の準備工程に用いられるPAS樹脂を重合工程により準備する場合、前記重合工程(又は前記重合工程及び後述の精製工程)により得られるPAS樹脂の少なくとも一部から形成された評価試料である試験片の表面のゼータ電位値が、pH7.8~8.2(例えば、pH=8.0)において-50~-65mVの範囲を示すことが好ましい。試験片の表面のゼータ電位値が、pH7.8~8.2(例えば、pH=8.0)において-50~-65mVの範囲を示すPAS樹脂は、反応性に優れるため、他の反応性材料をさらに配合したPAS樹脂組成物やその成形品において、ばらつきの少ない流動性や優れた機械的特性を呈することができる。前記試験片の表面のゼータ電位値が、pH7.8~8.2(例えば、pH=8.0)において-50~-65mVの範囲を示しやすい傾向に必要な特定の重合条件としては、以下の条件(a)~(c)が挙げられる。
(a)原料の仕込みから重合反応が終了するまでに使用した有機溶媒の総量が、硫黄源であるアルカリ金属硫化物類1molに対して1~6molの比率であることが好ましい。
(b)最初に仕込む有機溶媒の量が、硫黄源であるアルカリ金属硫化物類1molに対して、0.01~0.50molの比率であることが好ましい。
(c)重合工程における重合反応後のPAS樹脂(又は反応混合物(スラリー))に酸又は水素塩を添加することが好ましい。より好ましくは、重合工程における重合反応後のPAS樹脂(又は反応混合物(スラリー))に酸又は水素塩を添加して、当該反応混合物のpHを7~11に調整する。
【0031】
上記(a)及び(b)の条件における有機溶剤としては、脂肪族系環状化合物が好ましく、N-メチル-2-ピロリドン(NMP)、N-シクロヘキシルピロリドン、N-メチルカプロラクタム、ε-カプロラクタム、スルホラン又はジメチルスルホランがより好ましく、N-メチル-2-ピロリドン(NMP)が特に好ましい。
【0032】
上記(c)の条件における酸としては、例えば、炭酸、シュウ酸、蟻酸、酢酸、プロピオン酸、酪酸、吉草酸、カプロン酸、モノクロロ酢酸等の飽和脂肪酸、アクリル酸、クロトン酸、オレイン酸等の不飽和脂肪酸、安息香酸、フタル酸、サリチル酸等の芳香族カルボン酸、蓚酸、マレイン酸、フマル酸等のジカルボン酸、或いはメタンスルホン酸、パラトルエンスルホン酸等のスルホン酸などの有機酸、塩酸、硫酸、亜硫酸、硝酸、亜硝酸又はリン酸等の無機酸が挙げられる。
上記(c)の条件における水素塩としては、硫酸水素ナトリウム、リン酸水素二ナトリウム、炭酸水素ナトリウム等が挙げられる。実機での使用においては、金属部材への腐食が少ない有機酸が好ましい。
【0033】
本実施形態における重合工程において、上記(a)の条件を採用すると、重合中のPAS樹脂の濃度が高くなる為、脂肪族系環状化合物の開環物がPAS樹脂の末端に付与する反応が進みやすくなるという理由から、特定のゼータ電位値を示しうる。
本実施形態における重合工程において、上記(b)の条件を採用すると、重合中のPAS樹脂の濃度が高くなる為、脂肪族系環状化合物の開環物がPAS樹脂の末端に付与する反応が進みやすくなるという理由から、特定のゼータ電位値を示しうる。
本実施形態における重合工程において、上記(c)の条件を採用すると、PAS樹脂内に酸性成分が内包され、精製工程で酸性分が滲み出てくることにより、PAS樹脂の末端官能基の一部がイオン交換しプロトン化するという理由から、特定のゼータ電位値を示しうる。
【0034】
本実施形態において、試験片の表面のゼータ電位値がpH7.8~8.2(例えば、pH=8.0)において-50~-65mVの範囲とするためには、重合工程又は下記精製工程において、前記PAS樹脂に酸を添加することが好ましい。そのため、上記(a)~(c)の重合条件のうち、特に(c)を満たすことにより、前記ゼータ電位値が所定の範囲になる傾向が強い。
本実施形態の別の態様としては、試験片の表面のゼータ電位値がpH4.8~5.2(例えば、pH=5.0)において-30~-45mVの範囲を示しやすい傾向に必要な特定の重合条件として、上記の条件(a)~(c)を適用することができる。
【0035】
本実施形態の好ましい重合工程の一態様としては、有機溶媒中、少なくとも1種のポリハロゲノ芳香族化合物と少なくとも1種のスルフィド化剤であるアルカリ金属硫化物類とを反応して得られるPAS樹脂を含有する反応混合物(スラリー)を得る工程であって、前記反応が終了するまでに使用した前記有機溶媒の総量が、前記アルカリ金属硫化物類の総量1molあたり1~6molである。また、本重合工程は、上記の態様(A)又は上記態様(B)と組み合わせることがより好ましい。
【0036】
また、本実施形態の好ましい重合工程の他の一態様としては、少なくとも1種のアルカリ金属硫化物類と有機溶媒と少なくとも1種のポリハロゲノ芳香族化合物とを接触させた後、前記アルカリ金属硫化物類と前記有機溶媒と前記ポリハロゲノ芳香族化合物とを室温(25℃)以上、好ましくは重合温度近傍(170℃~300℃)まで加熱することにより、前記有機溶媒中、前記ポリハロゲノ芳香族化合物と前記アルカリ金属硫化物類とを反応させて得られるPAS樹脂を含有する反応混合物(スラリー)を得る工程であって、
前記アルカリ金属硫化物類と前記有機溶媒と前記ポリハロゲノ芳香族化合物とを接触させる際の前記有機溶媒の量が、前記アルカリ金属硫化物類1molに対して、0.01~0.50molの範囲であることが好ましい。
【0037】
さらに、本実施形態の好ましい重合工程の別の一態様としては、有機溶媒中、少なくとも1種のポリハロゲノ芳香族化合物と少なくとも1種のスルフィド化剤であるアルカリ金属硫化物類とを反応して得られるPAS樹脂を含有する反応混合物(スラリー)を得る工程であって、前記アルカリ金属硫化物類と前記有機溶媒とを接触させて前記アルカリ金属硫化物類及び前記有機溶媒を室温(25℃)以上、好ましくは重合温度近傍(170℃~300℃)まで加熱した後、前記アルカリ金属硫化物類と前記ポリハロゲノ芳香族化合物とを接触させることにより反応させて得られる前記反応混合物(スラリー)に、酸又は水素塩を添加して前記反応混合物(スラリー)のpHを7~11に調整する工程である。
【0038】
(精製工程)
本実施形態において、必要により、重合工程後に精製工程をさらに施すことが好ましい。本実施形態の精製工程は、重合工程より得られたPAS樹脂を精製する工程でありうる。これにより、PAS樹脂の表面特性をより改質又はより均質化することができる。
本実施形態における精製工程は、評価対象物であるPAS樹脂の化学構造などに応じて公知の精製処理を適用することができる。また、本実施形態の準備工程に用いられるPAS樹脂を重合工程により準備する場合、前記重合工程及び精製工程により得られるPAS樹脂の少なくとも一部から形成された評価試料である試験片の表面のゼータ電位値がpH7.8~8.2(例えば、pH=8.0)において-50~-65mVの範囲を示すことが好ましい。試験片の表面のゼータ電位値がpH7.8~8.2(例えば、pH=8.0)において-50~-65mVの範囲を示すことにより、良好な反応性を有するPAS樹脂を提供できる。
本実施形態における精製工程の好ましい態様としては、試験片の表面のゼータ電位値がpH7.8~8.2(例えば、pH=8.0)において-50~-65mVの範囲を示しやすい特定の精製条件をさらに適用するものである。
本実施形態における精製工程の別の好ましい態様としては、試験片の表面のゼータ電位値がpH=4.8~5.2(例えば、pH=5.0)において-30~-45mVの範囲を示しやすい特定の精製条件をさらに適用してもよい。
【0039】
以下、本実施形態に適用可能な精製処理を説明した後、上記特定の精製条件を詳説する。
本実施形態において、重合工程により得られたPAS樹脂(PAS樹脂を含む反応混合物(スラリー))の精製処理としては、特に制限されるものではないが、例えば、以下の精製処理1~5が挙げられる。
精製処理1:重合反応終了後、先ず反応混合物(スラリー)をそのまま、或いは酸又は塩基を加えた後、減圧下又は常圧下で溶媒を留去し、次いで溶媒留去後の固形物(粗PAS樹脂)を(熱)水、反応溶媒(又は低分子ポリマーに対して同等の溶解度を有する有機溶媒)、アセトン、メチルエチルケトン、アルコール類などの洗浄溶液で1回又は2回以上洗浄し、更に中和、(熱)水洗、濾過及び乾燥する方法、
精製処理2:重合反応終了後、反応混合物(スラリー)に(熱)水、アセトン、メチルエチルケトン、アルコール類、エーテル類、ハロゲン化炭化水素、芳香族炭化水素、脂肪族炭化水素などの溶媒(重合に使用した有機溶媒に可溶であり、かつ少なくともPAS樹脂に対しては貧溶媒である溶媒)を沈降剤として添加して、PAS樹脂及び無機塩等を含む固形物(粗PAS樹脂)を沈降させ、これらを濾別、洗浄、乾燥する方法、
精製処理3:重合反応終了後、反応混合物(スラリー)に反応溶媒(又は低分子ポリマーに対して同等の溶解度を有する有機溶媒)を加えて撹拌した後、濾過して低分子量重合体を除いた固形物(粗PAS樹脂)に対して、(熱)水、アセトン、メチルエチルケトン、アルコール類などの洗浄溶液で1回又は2回以上洗浄し、その後中和、(熱)水洗、濾過及び乾燥をする方法、
精製処理4:重合反応終了後、反応混合物(スラリー)に洗浄溶液として(熱)水を加えて(熱)水洗浄、濾過して得られた固形物(粗PAS樹脂)に対して、必要に応じて(熱)水洗浄の時に酸を加えて酸処理し、乾燥をする方法
精製処理5:重合反応終了後、反応混合物(スラリー)を濾過して得られた固形物(粗PAS樹脂)に対して、必要に応じ、洗浄溶液として反応溶媒で1回又は2回以上洗浄し、更に(熱)水洗浄、濾過及び乾燥する方法、等が挙げられる。
なお、上記精製処理1~精製処理5に例示したような精製処理において、PAS樹脂の乾燥は真空中で行なってもよいし、空気中或いは窒素のような不活性ガス雰囲気中で行なってもよい。
【0040】
本実施形態における精製工程は、重合工程で得られたPAS樹脂を含有する反応混合物(スラリー)又は前記反応混合物(スラリー)の固形分である粗PAS樹脂に洗浄溶液を添加して洗浄処理、濾過処理及び乾燥処理を行う工程であることが好ましい。また、前記洗浄溶液を添加する洗浄処理、濾過処理及び乾燥処理は、それぞれ任意前記処理を少なくとも1回又は複数回行うことができる。
なお、本明細書における「粗PAS樹脂」とは、重合工程で得られたPAS樹脂を含有する反応混合物(スラリー)を1回以上固液分離した固形分をいう。
【0041】
上記洗浄処理は特に制限されることはなく、酸洗浄、(熱)水洗浄、上記洗浄溶液又は反応溶媒による溶液洗浄を1回又は複数回行うことができる。
本実施形態における洗浄処理に使用可能な洗浄溶液は特に制限されることはなく、例えば、水、熱水、酸溶液、N-メチル-2-ピロリドン(NMP)、ジメチルホルムアミド、ジメチルアセトアミド、ジメチルスルホキシド、ジメチルスルホン、アセトン、メチルエチルケトン、ジエチルケトン、アセトフェノン、ジメチルエーテル、ジプロピルエーテル、テトラヒドロフラン、クロロホルム、塩化メチレン、トリクロロエチレン、二塩化エチレン、ジクロルエタン、テトラクロルエタン、クロルベンゼン、メタノール、エタノール、プロパノール、ブタノール、ペンタノール、エチレングリコール、プロピレングリコール、フェノール、クレゾール、ポリエチレングリコール、ベンゼン、トルエン、キシレンなどが挙げられる。上記洗浄溶液は、1種単独で使用しても、或いは2種類以上を混合して使用してもよい。
上記洗浄溶液の温度は、140~260℃が好ましい。140~260℃の洗浄溶液により洗浄処理する方法としては、当該洗浄溶液を加圧しながら(例えば、0.1~5Mpaの圧力範囲)粗PAS樹脂を洗浄することが好ましい。
上記乾燥処理は特に制限されることはなく、120~270℃の乾燥温度で乾燥することが好ましい。また、乾燥処理の雰囲気は、減圧下、窒素若しくは不活性ガス不活性ガス雰囲気下、酸素若しくは空気等の酸化性雰囲気下、空気及び窒素の混合ガス雰囲気下が挙げられる。乾燥時間は、0.5~53時間であることが好ましい。また、上記濾過処理は、固液分離できる方法であれば特に制限されることはなく、濾過機、遠心分離機等を用いて固液分離する方法が挙げられる。
【0042】
<特定の精製条件>
本実施形態における精製工程において、前記試験片の表面のゼータ電位値がpH7.8~8.2(例えば、pH=8.0)において-50~-65mVの範囲を示しやすい傾向に必要な特定の精製条件としては、以下の条件(d)~(f)が挙げられる。
(d)精製工程において、所定量以上の酸溶液を用いて粗PAS樹脂を酸処理することが好ましい。より好ましくは、PAS樹脂の総重量の約2倍以上の酸溶液を用いて酸処理する。
(e)上記(d)の酸処理で使用する酸溶液のpHが6以下であることが好ましい。
(f)精製工程において、140~260℃の熱水を、PAS樹脂の総重量の1.5~10倍で熱水洗浄することが好ましい。
【0043】
本実施形態における精製工程において、上記(d)、(e)、(f)の条件を採用すると、イオン交換が生じ、PAS樹脂の末端官能基をプロトン化することができる。
上記酸溶液に使用する酸は、pH6以下の酸溶液を調製できれば特に制限されることはなく、上記(c)の条件における酸を援用することができる。
【0044】
本実施形態において、試験片の表面のゼータ電位値をpH7.8~8.2(例えば、pH=8.0)において-50~-65mVの範囲内にすることを目的として、前記重合工程又は前記精製工程において、前記PAS樹脂に酸を添加してもよい。より詳細には、本実施形態の好ましい精製工程は、重合工程で得られたPAS樹脂(反応混合物(スラリー)を含む。)又は重合工程で得られたPAS樹脂を含有する反応混合物(スラリー)を固液分離した固形分である粗PAS樹脂に対して酸溶液を添加して酸処理することを含む。
また、本実施形態の好ましい精製工程の他の態様としては、重合工程で得られたPAS樹脂(反応混合物(スラリー)を含む。)又は重合工程で得られたPAS樹脂を含有する反応混合物(スラリー)の固形分である粗PAS樹脂に洗浄溶液を添加して洗浄、濾過及び乾燥を行う工程中に、前記粗PAS樹脂に対して酸溶液を添加する酸処理を1回以上行う。
なお、本実施形態の別の態様としては、試験片の表面のゼータ電位値がpH4.8~5.2(例えば、pH=5.0)において-30~-45mVの範囲を示しやすい傾向に必要な特定の精製工程として、上記pH7.8~8.2(例えば、pH=8.0)における測定系と同様に、上記の条件(d)~(f)を適用することができる。
【0045】
「評価工程」
本実施形態における評価工程は、準備工程により得られたPAS樹脂の少なくとも一部から作製した試験片を評価する工程である。そして、当該評価工程は、試験片作製工程及びゼータ電位測定工程を有する。
換言すると、本実施形態における評価工程は、準備工程により得られたPAS樹脂(重合及び精製したPAS樹脂を含む)の少なくとも一部から試験片(=評価試料)を作製して、当該試験片を所定の条件下でゼータ電位測定することにより、前記試験片の表面物性を評価して前記PAS樹脂の物性を把握する工程である。そのため、本実施形態における評価工程では、PAS樹脂から形成した評価試料である試験片の表面のゼータ電位値をもって、試験片の原料のPAS樹脂の化学的特性を定量化している。これにより、上記準備工程で準備したPAS樹脂を全量評価する必要はなく、上記準備工程により得られたPAS樹脂を評価すれば足りうる。また、上記試験片作製工程で得られる試験片は、非晶状態のPAS樹脂から形成されていることが好ましい。
本実施形態における評価工程により、所定の範囲のゼータ電位値を有するPAS樹脂を特定することができるため、PAS樹脂の表面特性を高精度に定量化できる。
【0046】
以下、試験片作製工程及びゼータ電位測定工程について詳説する。
(試験片作製工程)
本実施形態における試験片作製工程は、準備工程により得られたPAS樹脂を溶融して溶融PAS樹脂を調製した後、当該溶融PAS樹脂を固化させることによって試験片を作製する工程である。
換言すると、本実施形態における試験片作製工程は、準備工程により得られたPAS樹脂(重合及び精製したPAS樹脂を含む)の少なくとも一部を採取して一度溶融させた後、溶融したPAS樹脂を固化させることにより、所定の形状及び表面特性を有する試験片を作製する工程である。より溶融状態に即した評価を行う観点から、本実施形態の試験片は、非晶状態であることが好ましい。
【0047】
なお、本明細書における「非晶状態」とは、試験片を構成するPAS樹脂中に結晶相が存在しないものをいい、より詳細には、以下の(i)の条件を満たすことをいう。
(i)試験片であるPAS樹脂フィルムのDSC測定において、40℃から350℃までの温度範囲を20℃/分で昇温する際に、100℃~200℃の間に結晶化に伴う発熱ピークが確認されないこと。
【0048】
また、本実施形態における評価方法では、PAS樹脂から作製した試験片の表面のゼータ電位値をもって、試験片の原料のPAS樹脂の化学的特性を定量化している。このように表面の化学的特性からPAS樹脂の反応性を評価する理由としては、PAS樹脂の耐薬品性が極めて高いことに起因するものである。PAS樹脂の特に好ましい実施形態であるPPS樹脂に至っては、200℃以下で当該PPS樹脂を溶解させる溶媒の存在が未だに見つかっていないため、PAS樹脂自体の特性(物性及び化学的性など)、特に反応性に大きく寄与するPAS樹脂中の分子末端を直接測定する術が事実上無いに等しい現状が存在するからである。そのため、本開示では、特定の試験片を基準とすることにより、当該試験片の構成材料であるPAS樹脂の特性を把握するものである。
【0049】
<溶融>
本実施形態において、準備工程により得られたPAS樹脂を溶融して溶融PAS樹脂を調製する方法は、加熱手段を用いて精製されたPAS樹脂を加熱溶融する方法が挙げられる。
上記加熱手段としては、準備工程により得られたPAS樹脂を加熱溶融できるものであれば特に制限されることはなく、公知の加熱手段を採用できる。具体的には、ホットプレート、オイルバス、熱風・冷風循環式恒温オーブン、マイクロ波又は(遠)赤外線ヒーター、温度調節用に加熱されたロール、ヒートパイプロール、金属ベルト又はホットプレスなどが挙げられる。
また、上記加熱手段を用いてPAS樹脂を加熱する場合の加熱時間は、PAS樹脂が溶融されていれば特に制限されることはなく、例えば30秒~10分程度である。本実施形態において、準備工程により得られたPAS樹脂を溶融する温度としては、PAS樹脂の融点以上であればよく、好ましくは300℃以上400℃以下である。PAS樹脂は200℃以上の温度で酸化架橋反応が進むため、非酸化性の不活性ガス雰囲気中で熱溶融してもよい。
【0050】
本実施形態の試験片作製工程において、所定の大きさの試験片を容易に得る目的で、シート体を介して、準備工程により得られたPAS樹脂を加熱溶融してもよい。より詳細な加熱溶融する方法としては、シート体上に準備工程により得られたPAS樹脂(例えば、粉末状のPAS樹脂)を載置した後、加熱手段を用いて前記シート体を加熱することにより前記PAS樹脂を溶融させて溶融PAS樹脂を作製することが好ましい。また、加熱溶融する別の方法としては、1対のシート体の間に準備工程により得られたPAS樹脂(例えば、固形状又は粉末状の精製PAS樹脂)を挟むよう載置した後、加熱手段を用いて前記1対のシート体又は前記1対のシート体の一方を加熱することにより前記PAS樹脂を溶融させて溶融PAS樹脂を作製することが好ましい。
【0051】
シート体を用いることにより、溶融PAS樹脂が固化した試験片を、容易に回収することができる。特に当該シート体は、離形性を有することが好ましい。これにより、固化したPAS樹脂が付着することなく試験片を容易に回収できるため、外観的特性(厚み等)が損なわれることを低減できる、あるいは試験片の破断を抑制できる。
また、上記シート体の材料としては、PAS樹脂より高い融点を有する必要があり、例えば、金属材料(SUS404C等のマルテンサイト系ステンレス鋼)、フッ素系樹脂、ポリイミド、又はセラミックス等が挙げられる。
上記フッ素系樹脂としては、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)、テトラフルオロエチレン・パーフルオロアルキルビニルエーテル共重合体(PFA)、テトラフルオロエチレン・エチレン共重合体(ETFE)、テトラフルオロエチレン・ヘキサフルオロプロピレン共重合体(FEP)、ポリビニリデンフルオライド(PVDF)又はエチレン-クロロトリフルオロエチレンコポリマー(ECTFE)が挙げられる。また、フッ素系樹脂は必要によりガラスファイバー等の無機充填フィラーを含有してもよい。
本実施形態の試験片作製工程において、シート体を使用して試験片を作製する場合、好適なシート体は、PAS樹脂より高い融点を有し、かつその表面が疎水性を有することが好ましい。
【0052】
<固化>
本実施形態において、溶融PAS樹脂を固化する方法は、冷却により溶融PAS樹脂を固化する方法が挙げられる。
上記冷却は、自然放冷又は急速冷却が挙げられ、急速冷却が好ましい。当該冷却の方法としては、公知の冷却手段を採用できる。当該冷却手段としては、例えば、表面温度を調節できるロール(冷却ロール)、エアナイフ、水中への浸漬(水槽等)、35℃以下の金属材料との直接又は間接的接触が挙げられる。
また、上記の通り、本実施形態の試験片は、非晶状態のPAS樹脂から形成されていることが好ましい。このような非晶状態のPAS樹脂を作製する方法としては、溶融PAS樹脂を急速冷却することにより固化することが好ましい。
急速冷却することにより、結晶相を含まない非晶状態のPAS樹脂を製造することができるため、表面測定であってもPAS樹脂を均一に評価し易くなり、溶融状態の反応性の指標になり易いという観点で好ましい。
本実施形態にかかる試験片作製工程は、準備工程により得られたPAS樹脂を300℃以上で溶融させた後、10℃/秒以上の速さで冷却することが好ましく、準備工程により得られたPAS樹脂を280℃以上400℃以下で溶融させた後、10℃/秒以上100℃/秒以下の速さで冷却することがより好ましい。また、上記冷却速度は、400℃から少なくともPAS樹脂のTgの温度域において維持することが好ましい。
これにより、PAS樹脂を非晶状態で固体化でき、表面測定であってもPAS樹脂を均一に評価し易くなり、溶融状態の反応性の指標になり易いという効果を奏する。
本実施形態において、PAS樹脂が溶融した状態から10℃/秒以上100℃/秒以下の冷却速度でPAS樹脂のTg以下、好ましくは90℃以下まで冷却することが好ましい。
本実施形態の試験片作製工程において、所定の大きさの試験片を容易に得る目的で、シート体を介して溶融PAS樹脂を固化してもよい。より詳細な溶融PAS樹脂を固化する方法としては、冷却手段を用いて溶融PAS樹脂が載置されたシート体を冷却することにより溶融PAS樹脂を固化して試験片を回収することが好ましい。また溶融PAS樹脂を固化する別の方法としては、溶融PAS樹脂を挟むように載置した1対のシート体の少なくとも一方を冷却することにより前記1対のシート体間の前記溶融PAS樹脂を固化して試験片を回収することが好ましい。
これにより、固化したPAS樹脂が付着することなく試験片を容易に回収できるため、外観的特性(厚み等)が損なわれることを低減できる、あるいは試験片の破断を抑制できる。
本実施形態における好適な試験片作製工程は、シート体上に準備工程により得られたPAS樹脂を載置した後、加熱手段を用いて前記シート体を加熱することにより前記PAS樹脂を溶融させて溶融PAS樹脂を作製した後、冷却手段を用いて前記溶融PAS樹脂が載置されたシート体を冷却することにより前記溶融PAS樹脂を固化した試験片を作製する工程である。
【0053】
<試験片>
本実施形態における試験片はゼータ電位測定の被測定物の一例であって、ゼータ電位測定毎にその測定値自体に極力影響を及ぼさないような一定の外観的基準(一定の形状又は大きさ等)を設ける必要がある。そのため、本実施形態の試験片作製工程では、ゼータ電位測定の便宜上、一定の形状、大きさ及び厚みを備えた試験片を被測定物として作製している。本実施形態における試験片は、ゼータ電位測定毎にその測定値自体に極力影響を及ぼさない限り特に制限されることはないと考えられる。本実施形態における試験片は、厚さ0.05~0.15cmの長方形状(4.5~5.5cm(長さ)×2.5~3.5cm(幅))の平板体(フィルム状を含む。)であることが好ましい。
なお、本明細書では、試験片として、ゼータ電位測定の便宜上、4.5~5.5cm(長さ)×2.5~3.5cm(幅)×0.05~0.15cm(厚さ)のフィルム状のPAS樹脂を使用している。しかしながら、ゼータ電位測定値自体に極力影響を及ぼさない限り、試験片の形状、大きさ及び厚み等は特に制限されることはないことはいうまでもない。
また、本実施形態における試験片作製工程を言い換えると、4.5~5.5cm(長さ)×2.5~3.5cm(幅)×0.05~0.15cm(厚さ)の平板状(フィルム状を含む)であり、かつ非晶状態のPAS樹脂から構成された試験片を作製する工程であることが好ましい。換言すると、本実施形態の試験片を40℃から350℃までの温度範囲を20℃/分で昇温してDSC測定する場合、100℃~200℃の間に結晶化に伴う発熱ピークが確認されないことが好ましい。
使用する測定装置の大きさに依存するため、本実施形態の試験片の長手方向の長さは、4.5~5.5cmであることが好ましい。また、本実施形態の試験片の短軸の長さ(=幅)としては、2.5~3.5cmであることが好ましい。さらに、本実施形態の試験片の厚さとしては、0.05~0.15mmであることが好ましい。
なお、本明細書において、「試験片の長さ及び幅」はノギスを用いて測定している。一方、「試験片の厚さ」とは、試験片を、長手方向に8mm間隔で5箇所、前記長手に直交する方向に切断し、各切断面において幅方向に5mm間隔で5点の試験片の厚さをTH-104 フィルム用厚さ測定機(テスタ-産業株式会社製)を用いて測定した、合計25点の厚さの平均値を指す。
【0054】
また、本実施形態において、試験片の表面又はシート体の表面は、測定値の変動を抑制する目的として、表面処理を施してもよい。
上記表面処理法としては、特に制限はなく、公知の方法の中から、試験片の特性を損なわない範囲で適宜選択することができ、例えば、アセトンなどのPAS樹脂が不溶な有機溶媒による脱脂などが挙げられる。
【0055】
(ゼータ電位測定工程)
本実施形態におけるゼータ電位測定工程は、上記試験片作製工程により得られた試験片の表面のゼータ電位を、流動電位法により測定する工程である。
ゼータ電位値をPAS樹脂の表面特性の指標とすることにより、比較的簡便に評価試料の表面物性を測定することができ、かつPAS樹脂の物性を容易に把握することができる。また、PAS樹脂の同試料についてゼータ電位値を複数回測定した場合、従来のMFRを用いた粘度上昇度測定と比べて、ゼータ電位値は測定による振れ幅(変動係数)が小さい。
本実施形態におけるゼータ電位測定工程は、試験片の表面のゼータ電位を、流動電位法により、pH3~9の条件下で測定する工程であることが好ましく、pH4.0~8.5の条件下で測定する工程であることがより好ましく、pH6.5~8.4の条件下で測定する工程であることがさらに好ましく、よりさらに好ましくはpH7.8~8.2の条件下である。別の実施形態では、流動電位法によりpH4.5~6.0の条件下で測定する工程であることが好ましく、より好ましくはpH4.8~5.2の条件下である。
ゼータ電位の測定条件を、pH3~9の範囲内に設定することにより、測定値のばらつきがより低減されるだけではなく、観測されるゼータ電位値の絶対値自体を大きくすることができる。これにより、例えばゼータ電位値の差分量が大きくなるため、同一又は異なるPAS樹脂間のゼータ電位値の差を検出しやすくなり、PAS樹脂の性状をより高精度に評価し易くなる。
特に、ゼータ電位の測定条件を、pH7.8~8.2の範囲内に設定することにより、測定値のばらつきを著しく低減し、かつ観測されるゼータ電位値の絶対値自体も著しく大きくすることができるため、PAS樹脂の性状を極めて高精度に評価し易くなる。
また、本実施形態におけるゼータ電位測定工程は、流動電位法により互いに異なる複数のpHの範囲下で、試験片の表面のゼータ電位を測定してもよい。さらには、例えば、滴定曲線の変曲点に近いpH=8近傍(例えば、pH6.5~8.4)でのpH調節が難しい場合、pH=5近傍(例えば、pH4.5~6.0)で試験片の表面のゼータ電位を測定してもよい。
【0056】
<ゼータ電位>
本実施形態におけるゼータ電位は、流動電位法を用いてpHが3~9の範囲内で測定されることが好ましい。以下、
図1を用いて流動電位法によるゼータ電位の測定について説明する。また説明の便宜上、pHの好適な範囲である3~9のうち、pH=8近傍の場合を一例として
図1を参照しながら以下説明する。
【0057】
図1は、流動電位法によるゼータ電位の測定の一例として、平板状(フィルム状を含む)の試験片2である評価試料(=被測定物)と電解溶液3との固液界面の電気二重層の様子を模式的に表した模式図である。また、
図1では、説明の便宜上、PAS樹脂から構成される試験片2が負に帯電している例を表す。
本開示の流動電位法によるゼータ電位の測定では、
図1に示すクランプセル1の少なくとも片面に試験片2であるPASフィルムをセットし、pHを8に調整した電解液3(1mmolのKCl水溶液)を流し、圧力差(Δp)によって生じる電圧を計測し、後述のヘルムホルツ-スモルコフシキ(Helmholtz-Smoluchowski)の式(式(II))からゼータ電位を測定している。
【0058】
図1に示すように、試験片2が負に帯電していると、電解溶液3中において、正の電荷を有する微粒子又はイオンが試験片2の表面に集まり、いわゆる電気二重層を形成する。この状態に電極4a,b間に電場が印加されると、正の電荷を有する微粒子又はイオンにより試験片2の表面近傍で負の電極4a側への流れ(層流)が生じる。これにより、この流れ(層流)を補償するためにクランプセル1中央部では逆方向への流れ(層流)が生じる。
図1では、矢印が電解溶液3の流れの方向を表している。また、圧縮空気又は不活性ガスを用いて一定圧力差(ΔP)で電解溶液3を押し流して流れを生じさせてもよい。
そして、上記原理により計測された、層流流速の差(又は圧力差)、電解溶液3の粘度及び電解溶液3の誘電率等の値を用いて、以下のヘルムホルツ-スモルコフシキ(Helmholtz-Smoluchowski)の式:
【数1】
(上記式(I)及び(II)中、I
strは流動電流を表し、U
strは流動電位を表し、Δpは差圧を表し、ηは電解溶液の粘度を表し、εr×ε0は電解質溶液の誘電率を表し、KBは電気伝導率を表し、L/Aは流路のパラメータを表す。)
からゼータ電位(ζ)が算出される。
以上のことから、本実施形態において、流動電位法によるゼータ電位は、試験片2と電解溶液3との固液界面の電気二重層を形成することにより生じる、試験片2の表面近傍における電解溶液3の層流と試験片2から遠位(試験片2の表面近傍から離間した位置、例えば、クランプセル1中央部)における電解溶液3の層流との層流の差、電解溶液3の粘度、及び電解溶液3の誘電率を計測して、ヘルムホルツ-スモルコフシキの式から算出されうる。
【0059】
<ゼータ電位の測定条件>
本実施形態において、ゼータ電位の測定に使用可能な電解溶液としては、1価-1価電解質を含有する水溶液が好ましく、例えば、塩化カリウム水溶液、塩化ナトリウム水溶液、塩化リチウム水溶液、水酸化カリウム水溶液、水酸化ナトリウム水溶液又は水酸化リチウム水溶液が挙げられる。本明細書では、塩化カリウム水溶液を採用している。
また、ゼータ電位の測定の際に使用するpH調整用の酸又はアルカリとしては、一般的な酸又はアルカリ水溶液が用いられ、HCl又はKOHが主に用いられる。上記電解溶液中の電解質の濃度は、0.1~1000mmol/Lであることが好ましい。本明細書では電解溶液中の電解質の濃度の一例として、1mmol/Lを採用している。
本実施形態において、特定のpH範囲の条件下でゼータ電位測定を行う場合、使用可能な電解溶液として、緩衝溶液を用いてもよい。当該緩衝溶液は、測定するpH条件に応じて適宜選択することができる。また、緩衝溶液は、弱酸及びその塩(共役塩基)、あるいは弱塩基及びその塩(共役酸)を混合した溶液をいい、これらを組合せて所望のpHに調整しうる。例えば、pH4以上6未満に設定する場合、酢酸と酢酸ナトリウム、酢酸と酢酸カリウム、酢酸と酢酸アンモニウム、リン酸水素二ナトリウムとリン酸二水素カリウム、リン酸水素二ナトリウムとクエン酸、クエン酸とクエン酸ナトリウム、クエン酸とクエン酸カリウム、塩酸とクエン酸ナトリウム、又はコハク酸とコハク酸ナトリウム等が挙げられる。また、pH6以上8未満に設定する場合、リン酸緩衝溶液、MES緩衝溶液、Tris緩衝溶液又はHEPES緩衝液が挙げられる。さらに、pH8以上9未満に設定する場合、CHES緩衝溶液、TAPS緩衝溶液又はBicine緩衝溶液が挙げられる。
一方、広域のpH2.6~12に設定する場合、ブリトン・ロビンソン緩衝溶液が挙げられる。
【0060】
本実施形態におけるゼータ電位測定工程に使用する電解溶液のpHは、3~9の範囲であることが好ましく、本実施形態の好適な一例では、pH4.8~8.2の電解溶液を使用している。また、本実施形態におけるゼータ電位の電解溶液の伝導度は、14~15mS/mの範囲でありうる。なお、本明細書におけるpH及び伝導度の測定方法は、pH及び導電率計(SurPASS3(Anton Paar社))を用いて測定している。
本実施形態におけるゼータ電位の測定温度は、室温付近(22~28℃)であることが好ましい。
【0061】
本実施形態におけるゼータ電位測定工程は、一例として以下の条件を使用している。
・電解溶液の種類:KCl水溶液
・電解溶液に用いる超純水:ASTM Iグレード(ASTM D 1193-06(2018) type 1)
・電解溶液の濃度:1mmol/L
・電解溶液の伝導度:14~15mS/m
・測定温度:20~28℃
・pH:4.8~8.2
・セルの種類:クランプセル
・セルの材質:PVDF
・セルと試験片(評価試料)との間隔:100~120μmに調整
・測定圧力範囲:200~450mbar
【0062】
「判別工程」
本実施形態に係るPAS樹脂の評価方法において、ゼータ電位測定工程により測定された試験片の表面のゼータ電位値が、pH3~9において-1~-80mVの範囲に含まれるか否かを判別する判別工程(1)をさらに有することが好ましい。
pH3~9の条件下で測定される試験片の表面のゼータ電位値が、-1~-80mVの範囲内であるか否かを判別する判別工程(1)を設けることにより、PAS樹脂の性状をより高精度に評価し易くなる。
本実施形態において、判別工程(1)の好適な態様は、ゼータ電位測定工程によりpH7.8~8.2(例えばpH=8.0)の条件下で測定されたゼータ電位値が、-50~-65mVの範囲に含まれるか否かを判別する判別工程(2)でありうる。
これにより、特定の大きさのゼータ電位値を有するPAS樹脂を評価とすることができるため、従来のMFRなどの粘度上昇法により定量化されたPAS樹脂よりも高精度に、優れた反応性を有するPAS樹脂を提供できる。試験片の表面のゼータ電位を所定のpH(例えば、pH3~9)で測定した場合、そのゼータ電位値が大きいと、試験片を構成するPAS樹脂の分子末端に存在する反応性官能基(例えば、酸素原子又は窒素原子を含む官能基)の数が多い傾向を示すため、準備したPAS樹脂の反応性が当然高くなると考えられる。特に、同一分子量のPAS樹脂を構成成分とする試験片同士のゼータ電位値を比較すると、ゼータ電位値が大きい試験片に使用したPAS樹脂の反応性が高い傾向が確認される。
本実施形態における別の態様において、上記判別工程(2)の代わりに、あるいは上記判別工程(2)と併用して、前記ゼータ電位測定工程によりpH4.8~5.2(例えば、pH=5.0)の条件下で測定された前記試験片の表面のゼータ電位値が、-30~-45mVの範囲に含まれるか否かを判別する判別工程(3)を有してもよい。当該範囲に含まれると、反応性に優れたPAS樹脂を提供できる。
また、pH4.8~5.2(例えば、pH=5.0)の測定系の方より、pH7.8~8.2(例えば、pH=8.0)の測定系の方が、同一又は異なるPPS樹脂間のゼータ電位値及びその差分がより大きくなるため、PPS樹脂の性状をより高精度に評価し易くなる。
なお、試験片の表面のゼータ電位測定で使用するpHの値と、ゼータ電位値との関係は、測定するpHによって、得られるゼータ電位値も変動する。そこで本開示では、特に好適なPAS樹脂の評価方法の一例として、上記で示した判別工程(1)~(3)を挙げたにすぎず、特に、判別工程(2)及び(3)の両者はゼータ電位値の測定に使用するpHが相違する判別工程である。そのため、本開示の範囲は、他のpHとそのpHにおけるゼータ電位値をも包含し、pH7.8~8.2(特に、pH=8.0)において-50~-65mVの範囲のゼータ電位値を示すこと、あるいはpH4.8~5.2(例えば、pH=5.0)において-30~-45mVの範囲のゼータ電位値を示すことにのみ限定されるものではない。
【0063】
[PAS樹脂の評価方法の好ましい形態]
本開示は、PAS樹脂を得る重合工程と、前記PAS樹脂を精製する精製工程と、前記精製工程を経て得られた精製PAS樹脂の少なくとも一部から形成した試験片を評価する評価工程と、を有するPAS樹脂の評価方法であって、前記評価工程が、前記PAS樹脂を溶融させた溶融PAS樹脂を固化させることによって前記試験片を得る試験片作製工程と、前記試験片の表面のゼータ電位を、流動電位法によりpH3~9の条件下で測定するゼータ電位測定工程と、を有することを特徴とする、PAS樹脂の評価方法である。
本実施形態におけるPAS樹脂の評価方法は、標準サンプルとして特定の形状及び特定の物性を備えた試験片を使用して、ゼータ電位値を測定するため、ゼータ電位値測定を簡便に行うことができるだけでなく、従来の評価方法(例えば、MFRなどを用いた粘度上昇度)より測定精度が高い。
なお、本実施形態における試験片の表面のゼータ電位値の好ましい範囲は、pH7.8~8.2(例えば、pH=8.0)において-51~-64mVであり、より好ましくは-53~-63mVであり、さらに好ましくは-55~-62mVである。また、本実施形態において、PAS樹脂を構成成分とする試験片の等電点pHは、好ましくは1~6.0、より好ましくは2~3の範囲である。
【0064】
以上、本開示の実施形態を説明したが、本開示のPAS樹脂の評価方法は、上記の例に限定されることは無く、適宜変更を加えることができる。
【実施例】
【0065】
以下、実施例により本発明を更に詳細に説明するが、本発明は下記の実施例になんら限定されるものではない。なお、以下、特に断りが無い場合「%」又は「部」は質量基準とする。
【0066】
(PPS樹脂の製造)
〔合成例1〕
圧力計、温度計、コンデンサ、デカンタを連結した撹拌翼及び底弁付き150リットルオートクレーブにp-ジクロロベンゼン(p-DCB)22.050kg(150モル)、N-メチル-2-ピロリドン(NMP)2.974kg(30モル)、68%NaSH12.362kg(150モル)、及び48%NaOH12.500kg(150モル)を供給し、撹拌しながら窒素雰囲気下で173℃まで昇温した。水12.353kgを留出させた後、釜を密閉した。その際、共沸により留出したp-DCBはデカンタ-で分離して、随時釜内に戻した。脱水終了後、オートクレーブ内温を160℃まで冷却し、NMP29.486kg(297モル)を供給した後、220℃まで昇温して2時間撹拌し、続いて250℃まで昇温して1時間撹拌した。最終圧力は0.28MPaであった。反応後、オートクレーブの底弁を開いて、減圧状態のまま撹拌翼付き150リットル真空撹拌乾燥機にNMPを抜き取り、続いて、減圧下150℃で2時間撹拌してNMPを十分除去し、粉末状のPPS樹脂と塩類との混合物(A-1)を得た。該混合物(A-1)417gに70℃のイオン交換水1000gを加え、20分間撹拌したのちろ過する工程を2回繰り返した。得られた含水ケーキと、イオン交換水600gを撹拌機付き1リットルオートクレーブに供給し、160℃で30分間撹拌した。室温に冷却後、ろ過して得られた含水ケーキに、さらに70℃のイオン交換水800gを加え、ろ過した。得られた含水ケーキと、イオン交換水600gを撹拌機付き1リットルオートクレーブに仕込み、220℃で30分間撹拌を行い、室温に冷却後、ろ過して得た含水ケーキに70℃のイオン交換水600gを加えろ過した。その後、20℃でpH4の炭酸水600gを加えてろ過し、さらに70℃のイオン交換水600gを加え、ろ過した。得られた含水ケーキを120℃の熱風循環乾燥機で6時間乾燥して、白色粉末状のPPS樹脂を得た。合成例1で得られたPPS樹脂の粘度上昇度とゼータ電位とを3回ずつ測定した結果を表1に示す。
【0067】
〔合成例2〕
圧力計、温度計、コンデンサを連結した撹拌翼及び底弁付き150リットルオートクレーブに、フレーク状硫化ソーダ(60.3重量%Na2S)19.413kgと、NMP45.0kgとを供給した。窒素気流下で攪拌しながら209℃まで昇温させ、水4.644kgを留出させた(残存する水分量は硫化ソーダ1モル当り1.13モル)。その後、オートクレーブを密閉して180℃まで冷却し、p-DCB22.185kg及びNMP18.0kgを供給しながら、更に冷却した。液温150℃において、窒素ガスによりオートクレーブ内をゲージ圧0.1MPaに加圧して、再度加熱を開始した。液温200℃から250℃まで3時間かけて昇温させ、250℃で1時間保持して反応させた後、水0.635kgを加圧注入し、220℃まで40分かけて冷却した。その後、更に冷却を続け、200℃においてシュウ酸・2水和物0.284kg(2.25モル)とNMP0.663kgを加圧注入した。更に冷却を続け、100℃において、底弁を開いて反応スラリーを150リットル平板ろ過機に移送し、120℃で加圧ろ過した。続いて、NMP16kgを加え、加圧ろ過した。ろ過後、撹拌翼付き150リットル真空乾燥機を用いて、減圧下150℃で2時間撹拌してNMPを除去し、粉末状のPPS樹脂と塩類の混合物(B-1)を得た。該混合物(B-1)417gに70℃のイオン交換水1000gを加え、20分間撹拌したのちろ過した。この操作をさらに1回繰り返したのち、得られた含水ケーキとイオン交換水600gを撹拌機付き1リットルオートクレーブに供給し、160℃で30分間撹拌した。室温に冷却後、ろ過して、得られた含水ケーキに70℃のイオン交換水600gを加えてさらにろ過を行った。得られた含水ケーキを120℃の熱風循環乾燥機で6時間乾燥して、白色粉末状のPPS樹脂を得た。合成例2で得られたPPS樹脂の粘度上昇度とゼータ電位とを3回ずつ測定した結果を表1に示す。
【0068】
(PPS樹脂の評価方法)
(1)PPS樹脂の粘度上昇度の測定
以下の方法により、合成例1及び2で得られたPPS樹脂のエポキシシラン添加時の粘度上昇度を測定した。
γ-グリシドキシプロピルトリメトキシシラン1.0%(対PPS樹脂固形分質量比)添加溶融混練時の、溶融粘度の上昇度で評価を行った。ここで、溶融混練は、ラボプラストミル(20-200C、R-60タイプミキサー使用、株式会社東洋精機製作所製)を用いて、320℃、100rpmで、5分間行った。また、エポキシシラン添加溶融混練時の溶融粘度上昇度は、次式で表される。
粘度上昇度(倍率)=(エポキシシラン添加後のMFR)/(エポキシシラン未添加時のMFR)
【0069】
(2)PPS樹脂のゼータ電位(ζ電位)の測定
(2-1)ゼータ電位測定に使用する試験片の作製方法
合成例1及び2で製造したPPS樹脂をそれぞれ0.5g計量した後、各PPS樹脂をガラスファイバー入りの2枚のテフロンシート(日東電工株式会社製 ニトフロン)の間に挟み、予め350℃に加熱してあるホットプレートを用いて1分間加熱した。この際、前記PPS樹脂が溶融してくるため、厚みが0.1cmになるよう、上から350℃に加熱した金属板でプレスし、フィルム状にした。
前記フィルム状のPPS樹脂をさらに1分間加熱した後、フィルム状の溶融PPS樹脂を挟んだ2枚のテフロンシートをホットプレートから室温(28℃)の金属板の上に移し、即時に上から室温(28℃)の金属板で挟み、室温(28℃)に至るまで冷却して前記溶融PPS樹脂を固化させた。その後、固化したフィルム状のPPS樹脂を5cm×3cmにカットして、合成例で製造したPPS樹脂の少なくとも1部を構成成分とする非晶状態の試験片をそれぞれ作製した。
(2-2)ゼータ電位測定の測定方法
上記で得られたPPS樹脂を構成成分とする各非晶状態の試験片の表面をアセトンで脱脂した後、固体専用ゼータ電位計であるSurPASS3(Anton Paar社)を用いて、以下の測定条件下で流動電位法にて、上記非晶状態の各試験片の表面のゼータ電位値をそれぞれ3回測定した。
「測定条件」
・電解液:1mmol/LのKCl水溶液
・測定温度:22~26℃
・pH:8.0又は5.0
【0070】
(3)DSC測定
ゼータ電位測定用に作製したフィルム状のPPS樹脂試験片から4mg分取し、示差走査熱量計(DSC)であるパーキンエルマー製DSC8500により、40℃から350℃まで20℃/分で昇温した。100℃~200℃の間における樹脂の結晶化に伴う発熱ピークが観測されないことから、各フィルム状の試験片が非晶状態であることを確認した。
【0071】
【0072】
上記表1において、上記実施例1~4と、上記比較例1~2とを比較すると、変動係数であるCV値(%)が約10倍も低減されており、かつ測定精度の指標にも相当する、合成例1と合成例2の平均値の差の変化量〔%〕(=〔合成例2の平均値-合成例1の平均値〕/〔合成例2の平均値〕×100)が、最大5.1%も向上している。そのため、本実施形態の評価方法は、従来の粘度上昇度を用いた評価方法よりも、ばらつきが少なく、かつ反応性を有するPPS樹脂を高精度に評価できることが確認された。また、上記実施例1及び2と、上記実施例3及び4とを比較すると、pHを8近傍に設定することにより、ばらつきがより少なくなるだけでなく、同一又は異なるPPS樹脂間のゼータ電位値及びその差分がより大きくなるため、PPS樹脂の性状をより高精度に評価し易くなることが確認された。
【産業上の利用可能性】
【0073】
本開示によれば、PAS樹脂の表面特性を定量化できるため、従来の粘度を用いた評価方法よりも、ばらつきが少なく、かつPAS樹脂の反応性を高精度に評価する方法を提供することができる。
【符号の説明】
【0074】
1 クランプセル
2 試験片
3 電解溶液
4a 負の電極
4b 正の電極