IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 日本電信電話株式会社の特許一覧

<>
  • 特許-推定装置、推定方法、及びプログラム 図1
  • 特許-推定装置、推定方法、及びプログラム 図2
  • 特許-推定装置、推定方法、及びプログラム 図3
  • 特許-推定装置、推定方法、及びプログラム 図4
  • 特許-推定装置、推定方法、及びプログラム 図5
  • 特許-推定装置、推定方法、及びプログラム 図6
  • 特許-推定装置、推定方法、及びプログラム 図7
  • 特許-推定装置、推定方法、及びプログラム 図8
  • 特許-推定装置、推定方法、及びプログラム 図9
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-11-05
(45)【発行日】2024-11-13
(54)【発明の名称】推定装置、推定方法、及びプログラム
(51)【国際特許分類】
   G06N 99/00 20190101AFI20241106BHJP
【FI】
G06N99/00 180
【請求項の数】 7
(21)【出願番号】P 2023546600
(86)(22)【出願日】2021-09-07
(86)【国際出願番号】 JP2021032888
(87)【国際公開番号】W WO2023037417
(87)【国際公開日】2023-03-16
【審査請求日】2024-03-01
(73)【特許権者】
【識別番号】000004226
【氏名又は名称】日本電信電話株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110004381
【氏名又は名称】弁理士法人ITOH
(74)【代理人】
【識別番号】100107766
【弁理士】
【氏名又は名称】伊東 忠重
(74)【代理人】
【識別番号】100070150
【弁理士】
【氏名又は名称】伊東 忠彦
(74)【代理人】
【識別番号】100124844
【弁理士】
【氏名又は名称】石原 隆治
(72)【発明者】
【氏名】橋本 悠香
【審査官】山本 俊介
(56)【参考文献】
【文献】平松尚人 ほか,クープマンモード分解による部屋内温度勾配推定の実測データへの適用,第62回システム制御情報学会 研究発表講演会 講演論文集 [CD-ROM],一般社団法人 システム制御情報学会,2018年05月16日,pp.1-3(147-8)
【文献】石川 勲 ほか,RKHS上のPerron-Frobenius作用素を用いた力学系間の比較について,電子情報通信学会技術研究報告,日本,一般社団法人電子情報通信学会,2018年10月29日,第118巻,第284号,pp.175-182,ISSN:2432-6380
【文献】HASHIMOTO, Yuka ほか,Krylov Subspace Method for Nonlinear Dynamical Systems with Random Noise,Journal of Machine Learning Research [online],vol. 21,2020年08月20日,pp.1-29(19-993),[検索日 2021.11.12], インターネット:<URL:https://www.jmlr.org/papers/volume21/19-993/19-993.pdf>
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G06N 3/00-99/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
複数の要素で構成される時系列データを入力として、前記時系列データからクープマン作用素を推定する作用素推定部と、
前記クープマン作用素を用いて、前記複数の要素の集団的な振動と前記要素間の相互作用とを表す位相モデルを推定する位相モデル推定部と、
を有する推定装置。
【請求項2】
前記位相モデル推定部は、
前記クープマン作用素を用いて、第1の最適化問題を勾配法により解き、
前記第1の最適化問題の解と前記クープマン作用素とを用いて、予め決められた所定の回数、第2の最適化問題を帰納的に解き、
前記第1の最適化問題の解と前記第2の最適化問題の解とを用いて、前記位相モデルを推定する、請求項1に記載の推定装置。
【請求項3】
前記時系列データをX(t)=[X(t),・・・,X(t)]、前記クープマン作用素をK、Bi,ku=uにより定義されるヒルベルト空間上の線形作用素をBi,k、uをベクトル値関数uの第k成分、eはi番目の要素のみ1でその他の要素は0であるN次元ベクトル、あるtをtとして、
前記第1の最適化問題は、
【数20】
と表される、請求項2に記載の推定装置。
【請求項4】
前記時系列データのデータ間隔をΔt、ある周波数をω∈[0,2π]、前記第1の最適化問題の解をλ=e^((√(-1))Δtω)、ai,k 、u、前記クープマン作用素Kの固有値をλj,i=e^((√(-1))Δtjω)(ただし、j=2,・・・,M、i=1,・・・,N、Mは予め決められた2以上の整数)として、
前記第2の最適化問題は、
【数21】
と表され、
前記位相モデル推定部は、
j=2,・・・,Mに関して前記第2の最適化問題を帰納的に解く、請求項3に記載の推定装置。
【請求項5】
前記位相モデル推定部は、
前記第1の最適化問題の解λ、ai,k 、uと、前記第2の最適化問題の解ai,k ,・・・,ai,k とを用いて、位相結合関数を近似することで、前記周波数ωと前記位相結合関数とで構成される前記位相モデルを推定する、請求項4に記載の推定装置。
【請求項6】
複数の要素で構成される時系列データを入力として、前記時系列データからクープマン作用素を推定する作用素推定手順と、
前記クープマン作用素を用いて、前記複数の要素の集団的な振動と前記要素間の相互作用とを表す位相モデルを推定する位相モデル推定手順と、
をコンピュータが実行する推定方法。
【請求項7】
コンピュータを、請求項1乃至5の何れか一項に記載の推定装置として機能させるプログラム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、推定装置、推定方法、及びプログラムに関する。
【背景技術】
【0002】
複数の要素で構成されるデータに関して、要素間の相互作用を調べることは、統計学、機械学習、物理学、分子動力学等といった様々な分野で共通に存在する課題である。物理学や分子動力学等においては、位相モデルと呼ばれるモデルにより、複数要素の集団的な振動とその間の相互作用の情報を記述する方法が提案されている(非特許文献1)。また、フーリエ級数やヒルベルト変換を用いて、与えられたデータから位相モデルを推定する方法が提案されている(非特許文献2)。位相モデルにおいては、位相関数と呼ばれる関数によりデータを位相の情報に変換した後、位相結合関数と呼ばれる関数により位相間の関係性を記述する。
【0003】
ここで、要素が1つの場合、位相モデルは1つの要素の振動のみを記述するが、この場合に関してはクープマン作用素を用いて位相モデルを推定する方法が提案されている(非特許文献3)。クープマン作用素は時系列データの時間発展を記述する線形作用素であり、RKHS(Reproducing Kernel Hilbert Space)やその一般化であるvvRKHS(Vector-Valued RKHS、非特許文献4)を用いて、与えられた時系列データから、そのデータが従うクープマン作用素を推定する方法が提案されている(非特許文献5)。したがって、これらの方法を用いることで、要素数が1つの場合には、与えられたデータから位相モデルを推定することができる。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【文献】H. Nakao, S. Yasui, M. Ota, K. Arai, and Y. Kawamura, "Phase reduction and synchronization of a network of coupled dynamical elements exhibiting collective oscillations," Chaos 28, 045103 (2018).
【文献】B. Kralemann, et al., "In vivo cardiac phase response curve elucidates human respiratory heart rate variability," Nat. Commun. 4, 2418 (2013).
【文献】S. Shirasaka, W. Kurebayashi, H. Nakao, "Phase-amplitude reduction of transient dynamics far from attractors for limit-cycling systems," Chaos 27, 023119 (2017).
【文献】H. Q. Minh, L. Bazzani, and V. Murino, "A unifying framework in vector-valued reproducing kernel Hilbert spaces for manifold regularization and co-regularized multi-view learning," JMLR 17(25), 1-72 (2016).
【文献】Y. Hashimoto, I. Ishikawa, M. Ikeda, Y. Matsuo, and Y. Kawahara, "Krylov subspace method for nonlinear dynamical systems with random noise," JMLR 21(172), 1-29 (2020).
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
フーリエ級数やヒルベルト変換を用いて位相モデルを推定する方法では位相関数全体を推定することは困難である一方で、クープマン作用素を用いて位相モデルを推定する方法では位相関数全体を推定することが可能である。しかしながら、クープマン作用素を用いて位相モデルを推定する方法は、要素が1つのみであることが必要である。
【0006】
本発明の一実施形態は、上記の点に鑑みてなされたもので、クープマン作用素を用いて複数の要素に対する位相モデルを推定することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記目的を達成するため、一実施形態に係る推定装置は、複数の要素で構成される時系列データを入力として、前記時系列データからクープマン作用素を推定する作用素推定部と、前記クープマン作用素を用いて、前記複数の要素の集団的な振動と前記要素間の相互作用とを表す位相モデルを推定する位相モデル推定部と、を有する。
【発明の効果】
【0008】
クープマン作用素を用いて複数の要素に対する位相モデルを推定することができる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
図1】本実施形態に係る推定装置のハードウェア構成の一例を示す図である。
図2】本実施形態に係る推定装置の機能構成の一例を示す図である。
図3】本実施形態に係る位相モデル推定処理の一例を示すフローチャートである。
図4】クープマン作用素の固有値を複素平面上にプロットした散布図の一例を示す図(その1)である。
図5】観測データから推定した位相関数の一例を示す図である。
図6】FHNモデルから計算した変換の一例を示す図である。
図7】相互作用の反対称部の値の一例を示す図である。
図8】クープマン作用素の固有値を複素平面上にプロットした散布図の一例を示す図(その2)である。
図9】相互作用の強さを表すヒートマップの一例を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下、本発明の一実施形態について説明する。本実施形態では、クープマン作用素を用いて複数の要素に対する位相モデルを推定することができる推定装置10について説明する。
【0011】
<理論的構成>
まず、本実施形態に係る推定装置10がクープマン作用素を用いて複数の要素に対する位相モデルを推定する際の理論的構成について説明する。
【0012】
≪1.設定≫
以下のように生成された時系列データを解析することを考える。
【0013】
【数1】
とする。なお、dは予め決められた自然数である。以下、明細書のテキスト中では、上記の数1に示すX(カリグラフィー文字のX)を「Xset」と表記する。また、他の記号と混同が生じない場合には、明細書のテキスト中では黒板太字(中抜き文字)を通常の文字で表記する(例えば、上記の数1のd次元実数空間はRと表記する。)。
【0014】
以下の式(1)に示すネットワーク(結合力学系のネットワークモデル)で記述されるN個の要素をX,・・・,X∈Xsetとする。
【0015】
【数2】
ただし、初期値はX(0)=xi,0(i=1,・・・,N)である。Fは要素Xの個別のダイナミクスを表し、Gi,kは要素Xに対する要素Xの影響を表す。
【0016】
このとき、X=[X,・・・,X]とおく。上記の式(1)に示すモデルによって、一定の時間間隔Δtでデータが生成される、つまり、xi,l=X(Δt・l)という時系列データが生成されるとする。これらの時系列データが観測可能なデータであり、観測データとも呼ぶ。なお、lは小文字のLである。
【0017】
N個の要素を支配している共通の周波数ωが存在し、更に、各要素は他の要素と弱く相互作用しているものと仮定する。つまり、上記の式(1)に示すモデルは、以下の式(2)に示す位相モデルに縮約されると仮定する。
【0018】
【数3】
ここで、θ∈[0,2π)はXに対する位相変数、Γは要素Xに影響を与える要素間の相互作用を表す。Xをθ∈[0,2π)に変換する関数を位相関数と呼び、Γを位相結合関数とも呼ぶ。本実施形態では、観測データのみから(つまり、FとGi,kを知らない状態で)、位相関数、周波数ω、相互作用Γを推定することを考える。
【0019】
≪2.クープマン作用素を用いた位相モデルの推定≫
XsetからC(N次元複素数空間)への関数vであって、v(x)∈Cの第i成分がx∈Xsetの第i成分のみに依存する関数vで構成されるヒルベルト空間をHとする。例えば、以下の行列値カーネル関数Φ:Xset×Xset→CN×Nから生成されるvvRKHSをHとして設定することが可能である。
【0020】
[Φ(x,x)]i,j=k((x1,i,i),(x2,j,j))
ただし、kは
【0021】
【数4】
上の複素数値正定値カーネル、x1,iはx∈Xsetの第i成分、x2,jはx∈Xsetの第j成分を表す。なお、vvRKHSの構成の詳細については、例えば、非特許文献4を参照されたい。
【0022】
v∈Hに対して、H上のクープマン作用素KをKv(X(t))=v(X(t+Δt))を満たすような線形作用素として定義する。ある自然数l(lは小文字のL)に対して、t=Δt・lとする。このとき、以下の式(3)に示す最適化問題を考える。
【0023】
【数5】
ただし、Bi,kはBi,ku=uにより定義されるH上の線形作用素で、uはベクトル値関数uの第k成分、eはi番目の要素のみ1でその他の要素は0であるN次元ベクトルである。なお、この式(3)に示す最適化問題は、例えば、勾配法等により解くことが可能である。
【0024】
あるω∈[0,2π]により、
【0025】
【数6】
と表せるものとし、更に、
【0026】
【数7】
に値が近いクープマン作用素Kの固有値が各jに対してN個存在するものとする。以下、これらの固有値をλj,i(i=1,・・・,N)と表す。なお、Mは予め決められた2以上の自然数である。
【0027】
固有値λj,iに対する固有ベクトルが存在するものとし、これをvj,iと表す。このとき、各j=2,・・・,Mに対してvj,1(X(t)),・・・,vj,N(X(t))が一次独立であるものとすると、
【0028】
【数8】
を満たすcj,i∈Cが存在する。ただし、上記の数8の右辺の1はすべての成分が1のN次元ベクトルである。
【0029】
このとき、j=2,・・・,Mに対して、以下の式(4)に示す最適化問題Pを帰納的に考える。
【0030】
【数9】
ただし、λ、ai,k 、uは上記の式(3)に示す最適化問題の解、l<jに対してai,k は最小化問題Pの解、l<jに対して
【0031】
【数10】
である。なお、lは小文字のLである。また、
【0032】
【数11】
は成分ごとの積を表す。
【0033】
上記の式(4)に示す最適化問題Pを帰納的にj=Mまで解くと、以下が得られる。なお、上記の式(4)に示す最適化問題は線形な問題であるため、解析的に解くことが可能である。
【0034】
【数12】
ただし、ui,jはuのi番目の要素である。
【0035】
θi,j(t)=arg(ui,j(X(t)))、ri,j(t)=|ui,j(X(t))|とおく。uの定義と式(4)より、
【0036】
【数13】
である。よって、以下が成立する。
【0037】
【数14】
また、vi,jはクープマン作用素Kの固有値
【0038】
【数15】
に対する固有ベクトルであるため、uの定義より、
【0039】
【数16】
となる。よって、
【0040】
【数17】
となるため、θi,j(t)をjθi,1(t)で近似すると、以下の式(5)が成立する。
【0041】
【数18】
したがって、上記の式(5)において、
【0042】
【数19】
とおけば上記の式(2)が得られる。なお、θi,1(t)=arg(ui,1(X(t)))が位相関数である。
【0043】
≪3.クープマン作用素の推定≫
もし観測データからクープマン作用素Kを推定することができれば、「2.クープマン作用素を用いた位相モデルの推定」で説明した方法により、当該観測データが従う位相モデルを推定することが可能である。観測データからクープマン作用素Kを推定する方法としては、例えば、非特許文献5に記載されている方法を用いればよい。
【0044】
<推定装置10のハードウェア構成>
次に、本実施形態に係る推定装置10のハードウェア構成について、図1を参照しながら説明する。図1に示すように、本実施形態に係る推定装置10は一般的なコンピュータ又はコンピュータシステムのハードウェア構成で実現され、入力装置101と、表示装置102と、外部I/F103と、通信I/F104と、プロセッサ105と、メモリ装置106とを有する。これらの各ハードウェアは、それぞれがバス107により通信可能に接続される。
【0045】
入力装置101は、例えば、キーボード、マウス、タッチパネル、各種物理ボタン等である。表示装置102は、例えば、ディスプレイ、表示パネル等である。なお、推定装置10は、例えば、入力装置101及び表示装置102のうちの少なくとも一方を有していなくてもよい。
【0046】
外部I/F103は、記録媒体103a等の外部装置とのインタフェースである。推定装置10は、外部I/F103を介して、記録媒体103aの読み取りや書き込み等を行うことができる。なお、記録媒体103aとしては、例えば、CD(Compact Disc)、DVD(Digital Versatile Disk)、SDメモリカード(Secure Digital memory card)、USB(Universal Serial Bus)メモリカード等が挙げられる。
【0047】
通信I/F104は、推定装置10を通信ネットワークに接続するためのインタフェースである。プロセッサ105は、例えば、CPU(Central Processing Unit)、GPU(Graphics Processing Unit)等の各種演算装置である。メモリ装置106は、例えば、HDD(Hard Disk Drive)、SSD(Solid State Drive)、フラッシュメモリ、RAM(Random Access Memory)、ROM(Read Only Memory)等の各種記憶装置である。
【0048】
本実施形態に係る推定装置10は、図1に示すハードウェア構成を有することにより、後述する各種処理を実現することができる。なお、図1に示すハードウェア構成は一例であって、推定装置10は、例えば、複数のプロセッサ105を有していてもよいし、複数のメモリ装置106を有していてもよいし、図示したハードウェア以外の様々なハードウェアを有していてもよい。
【0049】
<推定装置10の機能構成>
次に、本実施形態に係る推定装置10の機能構成について、図2を参照しながら説明する。図2に示すように、本実施形態に係る推定装置10は、クープマン作用素推定部201と、位相モデル推定部202と、記憶部203とを有する。クープマン作用素推定部201及び位相モデル推定部202は、例えば、推定装置10にインストールされた1以上のプログラムが、プロセッサ105に実行させる処理により実現される。また、記憶部203は、例えば、メモリ装置106により実現される。なお、記憶部203は、推定装置10と通信ネットワークを介して接続される記憶装置(例えば、データベースサーバ等)により実現されてもよい。
【0050】
クープマン作用素推定部201は、観測データからクープマン作用素Kを推定する。ここで、クープマン作用素推定部201には、データ取得部211と、作用素推定部212とが含まれている。データ取得部211は、記憶部203から観測データを取得する。作用素推定部212は、例えば、非特許文献5に記載されている方法を用いて、データ取得部211によって取得された観測データからクープマン作用素Kを推定する。
【0051】
位相モデル推定部202は、クープマン作用素推定部201によって推定されたクープマン作用素Kを用いて、「2.クープマン作用素を用いた位相モデルの推定」で説明した方法により、当該観測データが従う位相モデルを推定する。
【0052】
記憶部203は、観測データが記憶されている。なお、記憶部203には、位相モデル推定部202によって推定された位相モデル(位相関数、周波数ω、相互作用Γ)が記憶されてもよい。
【0053】
<位相モデル推定処理>
次に、本実施形態に係る位相モデル推定処理について、図3を参照しながら説明する。
【0054】
クープマン作用素推定部201のデータ取得部211は、記憶部203から観測データを取得する(ステップS101)。
【0055】
クープマン作用素推定部201の作用素推定部212は、上記のステップS101で取得された観測データからクープマン作用素Kを推定する(ステップS102)。なお、上述したように、作用素推定部212は、例えば、非特許文献5に記載されている方法を用いて、観測データからクープマン作用素Kを推定すればよい。
【0056】
位相モデル推定部202は、上記のステップS102で推定されたクープマン作用素Kを用いて、上記の式(3)に示す最適化問題を解く(ステップS103)。なお、位相モデル推定部202は、例えば、勾配法等により上記の式(3)に示す最適化問題を解くことができる。
【0057】
位相モデル推定部202は、j←2とする(ステップS104)。
【0058】
位相モデル推定部202は、j<M+1であるか否かを判定する(ステップS105)。なお、Mは予め決められた2以上の自然数である。
【0059】
上記のステップS105でj<M+1であると判定された場合、位相モデル推定部202は、上記のステップS102で推定されたクープマン作用素Kを用いて、上記の式(4)に示す最適化問題を解く(ステップS106)。なお、上記の式(4)に示す最適化問題は線形な問題であるため、位相モデル推定部202は、この式(4)に示す最適化問題を解析的に解くことができる。
【0060】
位相モデル推定部202は、j←j+1として(ステップS107)、上記のステップS105に戻る。これにより、j=2,・・・,Mに対して、上記の式(4)に示す最適化問題が再帰的に解かれることになる。
【0061】
上記のステップS105でj<M+1であると判定されなかった場合、位相モデル推定部202は、上記の式(3)に示す最適化問題の解と上記の式(4)に示す最適化問題の解とを用いて、上記の式(5)により位相モデルを推定する(ステップS108)。これにより、上記のステップS101で取得された観測データが従う位相モデルが推定されたことになる。
【0062】
<評価>
以下、本実施形態に係る推定装置10によって推定された位相モデルの評価について説明する。
【0063】
≪位相関数、位相結合関数の推定≫
Xset=R上のFHN(FitzHugh-Nagumo)モデルから初期値を変化させることにより10個の時系列データ(観測データ)x ,・・・,x2000 (i=1,・・・,10)を生成し、クープマン作用素Kを推定した上で、「2.クープマン作用素を用いた位相モデルの推定」で説明した方法により、X(t)からθ(t)への変換を表す位相関数η(η(x)=arg(ui,1(x)),x∈R)と、上記の式(5)における相互作用Γ(ψ,・・・,ψ)とを計算した。
【0064】
FHNモデルは、上記の式(1)に示すネットワークにおいて、X(t)=[y(t),z(t)]∈Rに対して、F(X)=F(X)=[y(y-c)(1-y)-z,μ-1(y-dz)]、Gi,j(X,X)=G(X,X)=[0.01(z-z),0]、c=-0.1、d=0.5、μ=100としたものである。
【0065】
このとき、クープマン作用素推定部201によって推定されたクープマン作用素Kの固有値を複素平面上にプロットした散布図を図4に示す。なお、横軸が実部、縦軸が虚部である。
【0066】
図4に示すように、値のほぼ等しい2つの固有値が重なっている箇所が3箇所(Q11、Q12、Q13)ある。これら3箇所のうち1に最も近い箇所(Q13)に存在する2つの固有値をλ1,1、λ1,2とする。また、固有値λ1,1に対する固有ベクトルをv1,1、固有値λ1,2に対する固有ベクトルをv1,2とする。このとき、s=1899として、c1,1Σi=1 101,1(x )/10+c1,2Σi=1 101,2(x )/10=1を満たすc1,1,c1,2∈Cに対して、u =c1,11,1+c1,21,2とおき、上記の式(3)に示す最適化問題をλ=λ1,1、u=u 、a1,2=a2,1=0.002、a1,1=a2,2=0を初期値として解いた。更に、M=3とし、値のほぼ等しい2つの固有値が重なっている箇所のうち、λ1,1及びλ1,2が存在する箇所以外の箇所に存在する固有値をそれぞれλ2,i(i=1,2)、λ3,i(i=1,2)と設定し、上記の式(4)に示す最適化問題を解いた。
【0067】
この例ではN=2であり、上記の式(1)においてF=F、G1,2=G2,1であるため、η=ηとなるはずである。そこで、位相モデル推定部202によってηのみを計算した。その結果を図5に示す。一方で、X(t)からθ(t)への変換をFHNモデルから直接計算した結果を図6に示す。図5図6を比較すると、観測データから推定した結果(図5)は、FHNモデルから直接計算した結果(図6)と近いことがわかる。
【0068】
また、相互作用Γの反対称部Γα(ψ)=Γ(ψ)-Γ(-ψ)を計算した結果を図7に示す。これに関しても、図7に示すように、観測データから推定した値と、FHNモデルから直接計算した値とが近いことがわかる。
【0069】
≪相互作用の強さの推定≫
Xset=R上のSLモデルから初期値を変化させることにより10個の時系列データ(観測データ)x ,・・・,x2000 (i=1,・・・,10)を生成し、クープマン作用素Kを推定した上で、上記の式(3)に示す最適化問題を解き、相互作用の強さを表すai,kを推定した。
【0070】
SLモデルは、上記の式(1)に示すネットワークにおいて、X(t)=[y(t),z(t)]∈Rに対して、F(X)=F(X)=[y-az-(y +z )(by+z),z-(y +z )(by+z)]、G(X,X)=[0.01(z-z),0]、G1,2(X,X)=G2,1(X,X)=G(X,X)、G1,3(X,X)=G2,3(X,X)=G3,1(X,X)=G3,2(X,X)=0.1G(X,X)、a=2、b=1としたものである。
【0071】
このとき、クープマン作用素推定部201によって推定されたクープマン作用素Kの固有値を複素平面上にプロットした散布図を図8に示す。なお、横軸が実部、縦軸が虚部である。
【0072】
図8に示すように、値のほぼ等しい3つの固有値が重なっている箇所が3箇所(Q21、Q22、Q23)ある。これら3箇所Q21、Q22、Q23に存在する固有値をそれぞれλ,λ,λとする。また、固有値λに対する固有ベクトルをv、固有値λに対する固有ベクトルをv、固有値λに対する固有ベクトルをvとする。このとき、s=1899として、cΣi=1 10(x )/10+cΣi=1 10(x )/10+cΣi=1 10(x )/10=1を満たすc,c,c∈Cに対して、u =c+c+cとした。
【0073】
この例ではai,kの大きさを求めることのみが目的であるため、上記の式(3)において、λ=λ、u=u と固定し、線形な問題として式(3)に示す最適化問題を解いた。これにより求められたai,kの大きさを表すヒートマップを図9に示す。図9に示すように、要素Xと要素Xの間の相互作用が大きいと推定されており、これは、元のモデル(SLモデル)で要素Xと要素Xの間の相互作用が大きいことを反映した結果となっている。
【0074】
<まとめ>
以上のように、本実施形態に係る推定装置10は、クープマン作用素を用いて複数の要素に対する位相モデルを精度良く推定することができる。このため、本実施形態に係る推定装置10によって推定された位相モデルを用いて、複数の要素で構成されるデータに関してそれらの要素間の相互作用を抽出する等といった解析を行うことが可能となる。なお、本実施形態に係る推定装置10は、例えば、推定した位相モデルを用いて上記の解析を行ってもよいし、この解析結果を用いて結合力学系のネットワークモデルで表されるシステム(又は、そのシステムを構成する機器等)を制御してもよい。
【0075】
本発明は、具体的に開示された上記の実施形態に限定されるものではなく、請求の範囲の記載から逸脱することなく、種々の変形や変更、既知の技術との組み合わせ等が可能である。
【符号の説明】
【0076】
10 推定装置
101 入力装置
102 表示装置
103 外部I/F
103a 記録媒体
104 通信I/F
105 プロセッサ
106 メモリ装置
107 バス
201 クープマン作用素推定部
202 位相モデル推定部
203 記憶部
211 データ取得部
212 作用素推定部
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9