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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-11-06
(45)【発行日】2024-11-14
(54)【発明の名称】異方性磁性粉末の製造方法
(51)【国際特許分類】
   B22F 9/20 20060101AFI20241107BHJP
   H01F 41/02 20060101ALI20241107BHJP
   H01F 1/059 20060101ALI20241107BHJP
   C22C 38/00 20060101ALN20241107BHJP
   C21D 6/00 20060101ALN20241107BHJP
【FI】
B22F9/20 A
H01F41/02 G
H01F1/059 160
C22C38/00 303D
C21D6/00 B
【請求項の数】 6
(21)【出願番号】P 2020162230
(22)【出願日】2020-09-28
(65)【公開番号】P2021055188
(43)【公開日】2021-04-08
【審査請求日】2023-08-28
(31)【優先権主張番号】P 2019180588
(32)【優先日】2019-09-30
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000226057
【氏名又は名称】日亜化学工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000914
【氏名又は名称】弁理士法人WisePlus
(72)【発明者】
【氏名】佐々木 貴啓
(72)【発明者】
【氏名】前原 永
【審査官】廣野 知子
(56)【参考文献】
【文献】特開2019-112716(JP,A)
【文献】特開2018-195818(JP,A)
【文献】特開2017-117937(JP,A)
【文献】特開2019-167565(JP,A)
【文献】中国特許出願公開第105869819(CN,A)
【文献】中国特許出願公開第105355354(CN,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B22F 1/00、1/14、9/20
C22C 38/00
H01F 1/059、41/02
C21D 6/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
平均粒子径0.1μm以上0.4μm以下の酸化鉄粒子と、平均粒子径が0.5μm以上0.8μm以下のR(RはSc、Y、Pr、Nd、Pm、Sm、Gd、Tb、Dy、Ho、Er、Tm、Luからなる群から選択される少なくとも1種)の酸化物粒子とを混合し混合物を得る工程、
前記混合物を還元性ガス雰囲気下、熱処理することにより部分酸化物を得る工程、
前記部分酸化物を還元することにより、合金粒子を得る工程、および、
前記合金粒子を窒化することにより、異方性磁性粉末を得る工程
を含む異方性磁性粉末の製造方法。
【請求項2】
前記混合物の混合分布の変動係数が23%以下である請求項1に記載の異方性磁性粉末の製造方法。
【請求項3】
酸化鉄粒子がFe粒子である、
請求項1または2に記載の異方性磁性粉末の製造方法。
【請求項4】
酸化鉄粒子中のアルカリ金属濃度が200ppm以下である、
請求項1~3のいずれかに記載の異方性磁性粉末の製造方法。
【請求項5】
RがSmである請求項1~4のいずれか1項に記載の異方性磁性粉末の製造方法。
【請求項6】
前記混合物を得る工程において、さらに、水酸化カルシウム混合する、
請求項1~5のいずれか1項に記載の異方性磁性粉末の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、異方性磁性粉末の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
特許文献1には希土類元素と鉄の酸性水溶液をアルカリ溶液に対して滴下して得た共沈物を酸化し、その後、還元及び窒化を行うことによる異方性磁性粉末の製造方法が開示されている。
【0003】
特許文献2には酸化鉄粒子と希土類元素の酸化物粒子との混合物を水素熱処理により還元し、さらに還元して合金を得た後、窒化することにより異方性磁性粉末を製造する方法が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開2014-080653号公報
【文献】特開2010-270379号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、磁気特性に優れた異方性磁性粉末を製造する方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明の異方性磁性粉末の製造方法は、
平均粒子径0.1μm以上0.4μm以下の酸化鉄粒子と、平均粒子径が0.5μm以上0.8μm以下のR(RはSc、Y、Pr、Nd、Pm、Sm、Gd、Tb、Dy、Ho、Er、Tm、Luからなる群から選択される少なくとも1種)の酸化物粒子とを、混合し混合物を得る工程、
前記混合物を還元性ガス雰囲気下、熱処理することにより部分酸化物を得る工程、
前記部分酸化物を還元することにより、合金粒子を得る工程、および、
前記合金粒子を窒化することにより、異方性磁性粉末を得る工程を含む。
【発明の効果】
【0007】
磁気特性に優れた異方性磁性粉末の製造方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0008】
図1】実施例1で得られた異方性磁性粉末の電子顕微鏡撮影像である。
図2】比較例1で得られた異方性磁性粉末の電子顕微鏡撮影像である。
図3】比較例2で得られた異方性磁性粉末の電子顕微鏡撮影像である。
図4】比較例3で得られた異方性磁性粉末の電子顕微鏡撮影像である。
図5】比較例4で得られた異方性磁性粉末の電子顕微鏡撮影像である。
図6】比較例5で得られた異方性磁性粉末の電子顕微鏡撮影像である。
図7】比較例6で得られた異方性磁性粉末の電子顕微鏡撮影像である。
【発明を実施するための形態】
【0009】
以下、本発明の実施形態について詳述する。ただし、以下に示す実施形態は、本発明の技術思想を具体化するための一例であり、本発明を以下のものに限定するものではない。なお、本明細書において「工程」との語は、独立した工程だけではなく、他の工程と明確に区別できない場合であってもその工程の所期の目的が達成されれば、本用語に含まれる。また「~」を用いて示された数値範囲は、「~」の前後に記載される数値をそれぞれ最小値及び最大値として含む範囲を示す。さらに組成物中の各成分の含有量は、組成物中に各成分に該当する物質が複数存在する場合、特に断らない限り、組成物中に存在する当該複数の物質の合計量を意味する。
【0010】
本実施形態における異方性磁性粉末の製造方法は、
平均粒子径0.1μm以上0.4μm以下の酸化鉄粒子と、平均粒子径が0.5μm以上0.8μm以下のR(RはSc、Y、Pr、Nd、Pm、Sm、Gd、Tb、Dy、Ho、Er、Tm、Luからなる群から選択される少なくとも1種)の酸化物粒子とを、混合し混合物を得る工程(混合工程)、
前記混合物を還元性ガス雰囲気下、熱処理することにより部分酸化物を得る工程(前処理工程)、
前記部分酸化物を還元することにより、合金粒子を得る工程(還元工程)、および、
前記合金粒子を窒化することにより、異方性磁性粉末を得る工程(窒化工程)
を含むことを特徴とする。本実施形態によると上述の平均粒子径を持つ酸化鉄粒子と上述の平均粒子径をもつR(RはSc、Y、Pr、Nd、Pm、Sm、Gd、Tb、Dy、Ho、Er、Tm、Luからなる群から選択される少なくとも1種)の酸化物粒子とを混合することにより、混合物中の酸化鉄粒子とRの酸化物粒子の分布ムラを低減することができるので、磁気特性が改善すると考えられる。
【0011】
<混合工程>
混合工程とは、酸化鉄粒子と、R(RはSc、Y、Pr、Nd、Pm、Sm、Gd、Tb、Dy、Ho、Er、Tm、Luからなる群から選択される少なくとも1種)の酸化物粒子を混合する工程である。
【0012】
酸化鉄粒子の平均粒子径は0.1μm以上0.4μm以下であり、0.13μm以上0.35μm以下が好ましく、0.15μm以上0.25μm以下がより好ましい。平均粒子径が0.4μmを超えると、Rの酸化物粒子との混合性が低下することにより磁気特性が低下する傾向がある。平均粒径が0.1μm未満では、酸化鉄粒子中に不純物が多く含まれるため、それら不純物が後述の熱処理時にフラックスとして作用し粗大粒子が生じるため、磁気特性が低下する傾向がある。ここで、本発明における平均粒径は、レーザー回折式粒径分布測定装置を用いて乾式条件で測定した粒径である。
【0013】
Rの酸化物粒子は、Sc、Y、Pr、Nd、Pm、Sm、Gd、Tb、Dy、Ho、Er、Tm、Luからなる群から選択される少なくとも1種の酸化物であるが、磁気特性の点からSmの酸化物であるSmが好ましい。Rの酸化物粒子の平均粒子径は0.5μm以上0.8μm以下であり、0.53μm以上0.75μm以下が好ましく、0.55μm以上0.70μm以下がより好ましい。平均粒子径が0.5μm未満では水和反応が生じ易くなり、これにより急激に発熱が生じるため取り扱いが難しく、平均粒子径が0.8μmを超えると、酸化鉄粒子との混合性が低下するので、後述の前処理工程において酸化鉄粒子の異常成長が生じやすくなるため、磁気特性が低下する傾向がある。
【0014】
酸化鉄粒子の平均粒子径に対して、Rの酸化物粒子の平均粒子径は4倍以下が好ましい。4倍を超えると酸化鉄粒子とRの酸化物粒子の混合性が悪化する傾向がある。
【0015】
Rの酸化物粒子の配合量は、酸化鉄粒子100重量部に対し32.2重量部以上36.8重量部以下が好ましく、33.2重量部以上35.3重量部以下がより好ましい。36.8重量部を超えるとRリッチの非磁性相の割合が多くなり磁気特性が低下する傾向があり、32.2重量部未満ではα-Feが生成して磁気特性、特に保磁力が低下する傾向がある。
【0016】
酸化鉄粒子としては、マグネタイト(Fe)、ヘマタイト(Fe)が挙げられる。これらの中でも、磁気凝集しやすく、微細でも固液分離が可能であることから、マグネタイトが好ましい。
【0017】
酸化鉄粒子としては、上述の粒径の範囲であれば、市販のものを用いてもよいが、例えばマグネタイトの酸化鉄粒子は、鉄の水溶液にアルカリ剤を添加して作製した水酸化鉄(Fe(OH))の沈殿物を含むスラリーに対して、温度を70~90℃、pHを7.0~8.5とした条件のもと、空気などの酸素を含むガスを吹き込むことにより合成することができる(湿式酸化法)。水酸化鉄の沈殿物を作成するための鉄原料としては、入手のしやすさの点で硫酸鉄が挙げられる。アルカリ剤としては、アルカリ金属の水酸化物、アンモニアが挙げられるが、アルカリ金属の水酸化物が好ましく、特に水酸化ナトリウムは、製造コストと環境への負荷が小さい点からより好ましい。また、湿式酸化法によると、水酸化鉄粒子の沈殿物からマグネタイトの酸化鉄粒子が合成される際に再結晶化が起こるので、後述の残留するアルカリ金属濃度を低減することが容易である。
【0018】
酸化鉄粒子中のアルカリ金属濃度は、200ppm以下とすることが好ましく、100ppm以下とすることがより好ましい。酸化鉄粒子中のアルカリ金属濃度が200ppmを超える場合、後述の還元工程時にフラックスとして作用し、粗大粒子が生じるので磁気特性が低下する傾向がある。また、上述の湿式酸化法においては、合成したマグネタイトの酸化鉄粒子のスラリーを純水で貫通洗浄することによりアルカリ金属濃度を低減することができる。ここでいう貫通洗浄とは、濾過機を開枠することなく、濾過機内の脱水ケーキを洗浄する操作のことである。
【0019】
酸化鉄粒子とRの酸化物粒子との混合は、酸化鉄粒子を含むスラリーと、Rの酸化物粒子を含むスラリーとを混合することにより行える。混合は、攪拌混合により行ってもよいが、混合物中の酸化鉄粒子とRの酸化物粒子の分布ムラを小さい領域(4μm)で低減できることから精密混合を行うことが好ましい。精密混合の方法としては、ビーズミルを用いた混合や、ビーズレスのラインミキサーを用いた混合が挙げられる。ビーズミルを用いる場合、ビーズ径は0.05mm以上0.5mm以下が好ましい。
【0020】
混合物中の酸化鉄粒子とRの酸化物粒子の分布ムラを示す混合分布の変動係数(CV)は、23%以下が好ましく、22%以下がより好ましく、21%以下が特に好ましい。変動係数が23%を超えると、異方性磁性粉末の磁気特性が低下する傾向がある。混合分布の変動係数は、前記混合物の反射電子像を5000倍で撮影し、撮影画像を4μmに相当する角のマスに分割し、これらのマスからマスごとの酸化鉄とRの酸化物粒子の面積比を算出し、面積比のばらつきを算出することにより求められる。
【0021】
酸化鉄粒子とRの酸化物粒子とを混合した後、該混合物を洗浄および乾燥することが好ましい。洗浄は排水導電率が30μS/cm以下となるまで純水により行い、乾燥は約200℃以上250℃以下での噴霧乾燥により行うことができる。
【0022】
<水酸化カルシウムの添加>
酸化鉄粒子と、Rの酸化物粒子に加えて、水酸化カルシウムを加えてもよい。酸化鉄粒子とRの酸化物粒子との混合物に水酸化カルシウムを添加すると、酸化鉄粒子間に水酸化カルシウムが存在することにより、酸化鉄粒子同士の接触を抑制できる。その結果、酸化鉄粒子同士が焼結することを抑制でき、異方性磁性粉末の分散性が向上する。水酸化カルシウムは、前処理工程、還元工程および窒化工程での高温加熱と、還元性ガスによる還元や金属Caによる還元に耐性を有する物質であり、前処理工程で水以外のガスを生じないこと、水洗工程で除去しやすいことから好ましい。
【0023】
水酸化カルシウムの平均粒子径は0.05μm以上0.8μm以下が好ましく、0.3μm以上0.5μm以下がより好ましい。平均粒子径が0.8μmを超えると酸化鉄粒子同士の焼結を抑制する効果が小さくなる傾向があり、0.05μm未満は、ビーズミルによる粉砕では作成が困難である。
【0024】
酸化鉄粒子の平均粒子径に対して、水酸化カルシウムの平均粒子径は4倍以下が好ましい。4倍を超えると酸化鉄粒子とRの酸化物粒子の混合性が悪化する傾向がある。
【0025】
水酸化カルシウムを配合する場合、その配合量は、酸化鉄粒子100重量部に対し8重量部以上48重量部以下が好ましく、18重量部以上32重量部以下がより好ましい。48重量部を超えると磁性粉末の粒子径が小さくなり磁気特性、特に残留磁化が低下する傾向があり、8重量部未満では酸化鉄粒子同士の焼結を抑制する効果が小さくなる傾向がある。
【0026】
水酸化カルシウムは、前処理工程前に酸化鉄粒子と混合している状態であればよく、混合方法は特に限定されないが、酸化鉄粒子とRの酸化物粒子を含むスラリーに、水酸化カルシウムのスラリーを混合することが好ましい。混合は、攪拌混合により行ってもよいが、混合物中の酸化鉄粒子、Rの酸化物粒子、及び水酸化カルシウムの分布ムラを低減できることから精密混合を行うことが好ましい。
【0027】
<前処理工程>
前処理工程とは、酸化鉄粒子とRの酸化物粒子との混合物を還元性ガス雰囲気下で熱処理することにより、含まれる酸化鉄の大部分が還元された部分酸化物を得る工程である。
【0028】
還元性ガスは水素(H)、一酸化炭素(CO)、メタン(CH)等の炭化水素ガスなどから適宜選択されるが、コストの点で水素ガスが好ましい。ガスの流量は、酸化物が飛散しない範囲で適宜調整される。前処理工程における熱処理温度(以下、前処理温度)は、300℃以上950℃以下が好ましく、より好ましくは400℃以上、さらに好ましくは750℃以上であり、好ましくは900℃未満である。前処理温度が300℃以上であると酸化鉄の還元が効率的に進行する。また950℃以下であると還元により生じる鉄粒子が粒子成長、偏析することが抑制され、所望の粒径を維持することができる。また、還元性ガスとして水素を用いる場合、使用する酸化物層の厚みを20mm以下に調整し、更に反応炉内の露点を-10℃以下に調整することが好ましい。
【0029】
<還元工程>
還元工程とは、得られた部分酸化物を還元することにより、例えば、部分酸化物と、金属カルシウムとを混合し、窒素以外のアルゴンなどの不活性ガス雰囲気又は真空中で熱処理することにより、鉄とRとを含む合金粒子を得る工程である。
【0030】
酸化物がカルシウム融体またはカルシウムの蒸気と接触することで還元が行われる。還元工程における熱処理温度(以下、還元温度)は700℃以上1200℃以下の範囲であり、800℃以上1100℃以下の範囲とすることが好ましい。熱処理時間は、還元反応をより均一に行う観点から、10分間以上10時間以下の範囲の時間で行うことができ、10分間を超え2時間以下の範囲で行うことが好ましい。
【0031】
金属カルシウムは、粒状又は粉末状の形で使用されるが、その粒子径は10mm以下であることが好ましい。これにより還元反応時における粒子のネッキングをより効果的に抑制することができる。また、金属カルシウムは、反応当量(希土類酸化物を還元するのに必要な化学量論量であり、鉄の酸化物を還元するために必要な分を含む)の1.1倍量以上3.0倍量以下の割合で添加することができ、1.5倍量以上2.5倍量以下の割合で添加することが好ましい。
【0032】
還元工程では、還元剤である金属カルシウムとともに、必要に応じて崩壊促進剤を使用することができる。この崩壊促進剤は、後述する水洗工程に際して、生成物の崩壊、粒状化を促進させるために適宜使用されるものであり、例えば、塩化カルシウム等のアルカリ土類金属塩、酸化カルシウム等のアルカリ土類酸化物などが挙げられる。これらの崩壊促進剤は、希土類源として使用される希土類酸化物当り1質量%以上30質量%以下、好ましくは5質量%以上30質量%以下の割合で使用される。
【0033】
<窒化工程>
窒化工程とは、還元工程で得られた合金粒子を窒化処理することにより、異方性の磁性粒子を得る工程である。還元工程では多孔質塊状の焼結体が得られているため、粉砕処理を行うことなく直ちに窒素雰囲気中で熱処理して窒化することができ、窒化を均一に行うことができる。
【0034】
合金粒子の窒化処理における熱処理温度(以下、窒化温度)は、300℃以上600℃以下、特に400℃以上550℃以下の温度とし、この温度範囲で雰囲気を窒素雰囲気に置換することにより行われる。熱処理時間は、合金粒子の窒化が充分に均一に行われる程度に設定されればよく、例えば2時間以上30時間以下程度である。
【0035】
<水洗工程>
水洗工程とは、窒化工程で得られた焼成体を冷水に投入することにより焼成体を崩壊させ、異方性磁性粒子と不純物を分離する工程である。窒化工程後に得られる生成物には、磁性粒子に加えて、副生するCaO、未反応の金属カルシウム等が含まれ、これらが複合した焼結塊状態となっている場合がある。そこで、その場合は、この生成物を冷却水中に投入して、CaO及び金属カルシウムを水酸化カルシウム(Ca(OH))懸濁物として磁性粒子から分離することができる。さらに残留する水酸化カルシウムは、磁性粒子を酢酸等で洗浄して充分に除去してもよい。生成物を水中に投入した際には、金属カルシウムの水による酸化及び副生CaOの水和反応によって、複合した焼結塊状の反応生成物の崩壊、すなわち微粉化が進行する。また、混合工程で水酸化カルシウムを添加した場合には、水洗工程で除去できる。表面処理を行う場合には、表面処理剤としてリン酸溶液を窒化工程で得られた磁性粒子固形分に対してPOとして0.10質量%以上10質量%以下の範囲で投入すればよい。適宜溶液から分離し乾燥することで異方性の磁性粉末が得られる。
【0036】
以上のようにして得られた異方性磁性粉末は、典型的には下記一般式
Fe(100-x-y)(式中、RはSc、Y、Pr、Nd、Pm、Sm、Gd、Tb、Dy、Ho、Er、Tm、およびLuからなる群から選択される少なくとも1種を示し、xは3以上30以下であり、yは5以上15以下である)
で表される。磁気特性の点より、Rとしては、Smが好ましい。
【0037】
一般式において、xを3以上30以下と規定するのは、3未満では鉄成分の未反応部分(α-Fe相)が分離して窒化物の保磁力が低下し、実用的な磁石ではなくなり、30を超えると、Sc、Y、Pr、Nd、Pm、Sm、Gd、Tb、Dy、Ho、Er、Tm、Luからなる群から選択される少なくとも1種の元素が析出し、磁性粉末が大気中で不安定になり、残留磁束密度が低下するからである。また、yを5以上15以下と規定するのは、5未満では、ほとんど保磁力が発現できず、15を超えるとSc、Y、Pr、Nd、Pm、Sm、Gd、Tb、Dy、Ho、Er、Tm、Luからなる群から選択される少なくとも1種の元素、鉄自体の窒化物が生成するからである。
【0038】
<複合材料>
本発明の異方性磁性粉末と、樹脂より複合材料を作製できる。本発明の異方性磁性粉末を含むことで、高い磁気特性を有する複合材料を構成することができる。
【0039】
複合材料に含まれる樹脂は、熱硬化性樹脂であっても、熱可塑性樹脂であってもよいが、熱可塑性樹脂であることが好ましい。熱可塑性樹脂として、具体的には、ポリフェニレンサルファイド樹脂(PPS)、ポリエーテルエーテルケトン(PEEK)、液晶ポリマー(LCP)、ポリアミド(PA)、ポリプロピレン(PP)、ポリエチレン(PE)等を挙げることができる。
【0040】
複合材料を得る際の異方性磁性粉末と樹脂の混合比(樹脂/磁性粉末)は、0.10以上0.15以下であることが好ましく、0.11以上0.14以下であることがより好ましい。
【0041】
複合材料は、例えば、混練機を用いて、280℃以上330℃以下で異方性磁性粉末と樹脂とを混合することにより得ることができる。
【0042】
<ボンド磁石>
前述の複合材料を用いることにより、ボンド磁石を製造することができる。具体的には例えば、複合材料を熱処理しながら配向磁場で磁化容易軸を揃え(配向工程)、次いで着磁磁場でパルス着磁する(着磁工程)ことにより、ボンド磁石を得ることができる。
【0043】
配向工程における熱処理温度は、例えば90℃以上200℃以下であることが好ましく、100℃以上150℃以下であることがより好ましい。配向工程における配向磁場の大きさは、例えば720kA/mとすることができる。また、着磁工程における着磁磁場の大きさは、例えば1500kA/m以上2500kA/m以下とすることができる。
【実施例
【0044】
以下、実施例について説明する。なお、特に断りのない限り、「%」は質量基準である。
【0045】
(1)実施例1
(混合工程)
純水988kgに鉄濃度8%の硫酸第一鉄(FeSO)を2000kg投入し、攪拌させながら25%苛性ソーダをpH=10.5になるまで加えて水酸化鉄スラリーを作成した。この水酸化鉄スラリーを70~80℃に昇温した後、pH7.5~8.5にpH制御を行いながらエアレーションを行い、酸化鉄粒子として平均粒径が0.20μmのマグネタイト(Fe)を221.3kg含むスラリーを作成した。
【0046】
純水74.7kgを攪拌しながら、酸化サマリウム(Sm)74.7kgを、凝集が生じないよう少量ずつ溶解させて酸化サマリウムのスラリーを作成した。続いてこのスラリー中の酸化サマリウム粒子の平均粒径が0.70μmになるまで粉砕した。
【0047】
上記酸化サマリウムのスラリーを、上記マグネタイトのスラリーに投入して攪拌し、ビーズミル(ビーズ径0.1mm)で精密混合を行い、鉄とサマリウムがミクロレベルで均一に混合した酸化物スラリーを作成した。この酸化物スラリーを純水で排水導電率が30μS/cm以下になるまで洗浄した後、固形分濃度30~50%まで脱水し、スラリーを高濃度化した。高濃度化した酸化物スラリーをポンプで送液して約250℃で噴霧乾燥を行い、黒色のFe、Sm混合酸化物296kgが得られた。
【0048】
(前処理工程)
上記で得られた酸化物粉296kgを水素還元炉にて約800℃にて還元し、粉中の酸素濃度を5.8質量%以下にした。水素還元粉として228kgを回収した。
【0049】
(還元工程)
上記前処理工程で得られた粉に含まれる酸素量に対して、2.25倍当量の金属カルシウム(粒径約6mm)を用意して、水素還元粉と混合した。具体的には、水素還元粉103.8gと金属カルシウム29.8gを混合してプレス成形し炉内に投入。炉内を真空排気した後、アルゴンガス(Arガス)を導入した。温度を1030℃まで上昇させて、そのまま2時間保持することにより、Fe-Sm-M合金粒子を得た。
【0050】
(窒化工程)
還元工程後、100℃まで冷却した後、真空排気を行い、引き続き窒素ガスを導入しながら、温度を430℃まで上昇させて、そのまま23時間保持して、異方性磁性粉末を含む反応生成物を得た。
【0051】
(水洗工程)
窒化工程で得られた塊状の反応生成物を純水3kgに投入し、30分間攪拌した。静置した後、デカンテーションにより上澄みを排水した。純水への投入、攪拌及びデカンテーションを10回繰り返した。次いで99.9%酢酸4.0gを投入して15分間攪拌した。得られたスラリーを固液分離した後、80℃で真空乾燥を3時間行って、異方性磁性粉末を得た。得られた異方性磁性粉末はSmFe17で表される。
【0052】
(振動ミル工程)
上記で得られた異方性磁性粉末をΦ2.5mmビーズ(SUJ2)が900g入った500mlの金属製ポットへ投入して振動ミルで乾式粉砕を行った。その後、ふるいにかけて異方性磁性粉末のみを回収した。
【0053】
(2)実施例2
混合工程において、平均粒径が0.31μmのマグネタイトのスラリー、および平均粒径が0.63μmの酸化サマリウムのスラリーを作成した以外は、実施例1と同じ方法で異方性磁性粉末を作成した。
【0054】
(3)実施例3
(混合工程)
純水988kgに鉄濃度8%の硫酸第一鉄(FeSO)を2000kg投入し、攪拌させながら25%苛性ソーダをpH=10.5になるまで加えて水酸化鉄スラリーを作成した。この水酸化鉄スラリーを70~80℃に昇温した後、pH7.5~8.5にpH制御を行いながらエアレーションを行い、酸化鉄粒子として平均粒径が0.20μmのマグネタイト(Fe)を221.3kg含むスラリーを作成した。
【0055】
純水74.7kgを攪拌しながら、酸化サマリウム(Sm)74.7kgを、凝集が生じないよう少量ずつ溶解させて酸化サマリウムのスラリーを作成した。続いてこのスラリー中の酸化サマリウム粒子の平均粒径が0.70μmになるまで粉砕した。
【0056】
上記酸化サマリウムのスラリーを、上記マグネタイトのスラリーに投入して攪拌し、ビーズミル(ビーズ径0.1mm)で精密混合を行い、鉄とサマリウムがミクロレベルで均一に混合した酸化物スラリーを作成した。この酸化物スラリーを純水で排水導電率が30μS/cm以下になるまで洗浄を行った。
【0057】
純水400kgを攪拌しながら水酸化カルシウム80kgを、凝集が生じないよう少量ずつ溶解させて水酸化カルシウムのスラリーを作成した。続いてこのスラリー中の水酸化カルシウム粒子の平均粒径が0.50μmになるまで粉砕した。
【0058】
この水酸化カルシウムのスラリーを先ほどの洗浄が終った酸化物スラリーへ投入して攪拌し、ビーズミル(ビーズ径0.1mm)で精密混合を行い、鉄とサマリウムと水酸化カルシウムがミクロレベルで均一に混合した酸化物スラリーを作成した。その後、固形分濃度30~50%まで脱水し、スラリーを高濃度化した。高濃度化した酸化物スラリーをポンプで送液して約250℃で噴霧乾燥を行い、黒色のFe、Sm、Ca混合酸化物376kgが得られた。
【0059】
(前処理工程)
上記で得られた酸化物粉376kgを水素還元炉にて約800℃にて還元し、粉中の酸素濃度を5.8質量%以下にした。水素還元粉として315kgを回収した。
【0060】
その後、実施例1と同じ条件で還元工程、窒化工程、水洗工程、振動ミル工程を経て、SmFe17異方性磁性粉末を作成した。
【0061】
(4)比較例1
混合工程において、平均粒径が0.15μmのマグネタイトのスラリー、および平均粒径が1.1μmの酸化サマリウムのスラリーを作成した以外は、実施例1と同じ方法で異方性磁性粉末を作成した。
【0062】
(5)比較例2
混合工程において、平均粒径が0.22μmのマグネタイトのスラリー、および平均粒径が1.6μmの酸化サマリウムのスラリーを作成した以外は、実施例1と同じ方法で異方性磁性粉末を作成した。
【0063】
(6)比較例3
純水988kgに鉄濃度8%の硫酸第一鉄を1000kgと、鉄濃度8%の硫酸第二鉄(Fe(SO)を1000kg投入し、攪拌させながら25%苛性ソーダをpH=9.2になるまで加えて70~80℃で熟成することにより平均粒径が0.05μmになるマグネタイトのスラリーを作成した。その後、平均粒径が0.59μmの酸化サマリウムのスラリーと混合した以外は、実施例1と同じ方法で異方性磁性粉末を作成した。
【0064】
(7)比較例4
純水550kgを攪拌しながら、平均粒径が約5μmになるマグネタイト221kgをダマにならないように少量ずつ溶解させてマグネタイトのスラリーを作成した。このスラリーをビーズミルにて平均粒径が1.3μmになるまで粉砕した。その後、平均粒径が0.72μmの酸化サマリウムのスラリーを作成した以外は、実施例1と同じ方法で異方性磁性粉末を作成した。
【0065】
(8)比較例5
混合工程において、平均粒径が0.68μmのマグネタイトのスラリー、および平均粒径が0.77μmの酸化サマリウムのスラリーを作成した以外は、比較例4と同じ方法で異方性磁性粉末を作成した。
【0066】
(9)比較例6
(溶解工程)
純水1500kgを35℃に昇温、鉄濃度8%の硫酸第一鉄を2000kg、70%硫酸を20kg加えた後、酸化サマリウム74.7kgを投入して混合溶解した。さらにアンモニア水をpH=2.0になるまで加えてよく攪拌し、完全に溶解させた。溶液の総量を4766kgになるように純水を足して濃度調整し、これをメタル液とした。
【0067】
(反応工程)
次に、温度が35℃に保たれた純水2500kg中に、上記で得られた35℃のメタル液を4766kgと、18%アンモニアと炭酸ガスをpH7~8で調整しながら70分かけて同時に投入。これにより、Fe、Sm炭酸塩の沈殿物が得られた。得られた沈殿物はスラリー化していた。
【0068】
(洗浄工程)
得られたスラリーを純水で貫通洗浄を行い、排水導電率が150μS/cm以下になるまで洗浄した後、約90℃で真空乾燥を行いFeおよびSmの炭酸塩の顆粒粉を得た。
【0069】
(大気焼成工程)
得られたFeおよびSmの炭酸塩448kgを900~1100℃で大気焼成し、赤褐色のFe、Sm複合酸化物309kgを得た。
【0070】
上記酸化物に、実施例1の前処理工程以後の処理を行い、異方性磁性粉末を作成した。
【0071】
(10)磁気特性の評価
上記実施例及び比較例で得られた異方性磁性粉末を、パラフィンワックスと共に試料容器に充填し、ドライヤーにてパラフィンワックスを溶融させた後、16kA/mの配向磁場にてその磁化容易磁区を揃えた。この磁場配向した試料を32kA/mの着磁磁場でパルス着磁し、最大磁場16kA/mのVSM(振動試料型磁力計)を用いて残留磁束密度(σr)、保磁力(iHc)、及び角形比(HK)を測定した。
【0072】
(11)酸化鉄と酸化サマリウムの混合分布の評価
混合分布の変動係数は、混合工程で得られた混合物の反射電子像(5000倍)の画像を4μmに相当する角のマスにて24分割し、これらのマスからマスごとのFeとSm面積比を算出して面積比のばらつきを求めた。撮影には電界放出形走査電子顕微鏡(SU8230、日立ハイテクノロジーズ 3.0KV 5000倍)を用いた。
面積比のばらつきの算出は、得られた画像の明度をエクセル上で作成したマクロを用いて0~255度までの範囲の中で、70度未満、70度以上かつ170度未満、170度以上、に3値化した。明度が大きい順に白色、水色、黒色で色分けを行ない、それぞれ酸化サマリウム粒子、酸化鉄、背景として識別した。これを4μm角に切り分け、画像解析ソフトImageJで色別の面積を測定し、白色と水色の面積比のばらつきをCV(%)で数値化して評価を行なった。
【0073】
(12)異方性磁性粉末のSEM画像
実施例1及び比較例1~6で得られた磁性粉末を走査電子顕微鏡(SU3500、日立ハイテクノロジーズ 5KV 5000倍)で撮影した。その結果を図1~7に示す。比較例1~6に対して、実施例1の磁性粉末は粒子が丸くて粒径も揃っており磁気特性は良好であった。
【0074】
(13)磁気特性
実施例及び比較例で得られた異方性磁性粉末の磁気特性、原料粒子の粒径、粉末粒子の混合状態および原料中の残留塩濃度を表1に示す。
【0075】
【表1】
【0076】
表1より、特定の粒径の酸化鉄粒子と酸化サマリウム粒子を用いて得られた実施例1~2の磁性粉末は、比較例1~5の磁性粉末よりも残留磁束密度(σr)、保磁力(iHc)、及び角形比(HK)が向上した。また、実施例1~2の磁性粉末は、サマリウムと鉄の共沈物を酸化し、還元及び窒化を経て得られた比較例6の磁性粉末と比較しても、残留磁束密度(σr)、保磁力(iHc)、及び角形比(HK)が向上した。混合工程で水酸化カルシウムを混合した実施例3の磁性粉末は、比較例1~5の磁性粉末よりも保磁力(iHc)、及び角形比(HK)が大幅に向上した。比較例3については、混合分布のバラツキは小さいものの、磁気特性が低下している理由として、酸化鉄の粒径が小さいため洗浄においてナトリウム残留塩の低減が不十分であったためと考えられる。
【産業上の利用可能性】
【0077】
本発明の異方性磁性粉末の製造方法は、磁気特性に優れた異方性磁性粉末を、製造することができる。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7