(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-11-06
(45)【発行日】2024-11-14
(54)【発明の名称】通信装置及び推定方法
(51)【国際特許分類】
H04B 11/00 20060101AFI20241107BHJP
【FI】
H04B11/00 D
(21)【出願番号】P 2023522078
(86)(22)【出願日】2021-05-19
(86)【国際出願番号】 JP2021018989
(87)【国際公開番号】W WO2022244141
(87)【国際公開日】2022-11-24
【審査請求日】2023-09-22
(73)【特許権者】
【識別番号】000004226
【氏名又は名称】日本電信電話株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001634
【氏名又は名称】弁理士法人志賀国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】福本 浩之
(72)【発明者】
【氏名】藤野 洋輔
(72)【発明者】
【氏名】椿 俊光
(72)【発明者】
【氏名】大岩 美春
(72)【発明者】
【氏名】伊藤 勇弥
(72)【発明者】
【氏名】中野 真理菜
【審査官】川口 貴裕
(56)【参考文献】
【文献】米国特許出願公開第2007/0104284(US,A1)
【文献】国際公開第2008/157609(WO,A2)
【文献】特開2006-217267(JP,A)
【文献】特開平08-149056(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H04B 11/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
受信信号に対してドップラーシフトに応じた同期処理を行う同期部と、前記同期処理が行われた受信信号に対して等化処理を行う等化部と、を備え、
前記同期部は、
受信信号と既知のプリアンブル系列との相関と、前記受信信号と既知のポストアンブル系列との相関と、を出力する相関器と、
前記相関器の出力を基にスライディング相関を出力するスライド相関器と、
前記スライド相関器の前記スライディング相関に基づいてドップラーシフトを推定するドップラー推定部と、を備える、通信装置。
【請求項2】
前記スライド相関器は、前記相関器の出力の振幅情報のみに基づいてスライディング相関を出力する請求項1に記載の通信装置。
【請求項3】
前記相関器及び前記スライド相関器は、相互相関の計算にFFT(Fast Fourier Transform)を用いる請求項1又は2に記載の通信装置。
【請求項4】
受信信号に対してドップラーシフトに応じた同期処理を行う同期部と、前記同期処理が行われた受信信号に対して等化処理を行う等化部と、を備え、
前記同期部は、
前記受信信号と既知のプリアンブル系列との第1相互相関と、前記受信信号と既知のポストアンブル系列の第2相互相関と、を計算し、前記第1相互相関と前記第2相互相関とのスライディング相関を出力する合成相関器と、
前記合成相関器の前記スライディング相関に基づいてドップラーシフトを推定するドップラー推定部と、を備える通信装置。
【請求項5】
前記合成相関器は、前記プリアンブル系列と前記受信信号との相関の振幅値と、前記ポストアンブル系列と前記受信信号との相関の振幅値と、に基づいて前記スライディング相関を推定する、請求項4に記載の通信装置。
【請求項6】
前記合成相関器は、相互相関の計算にFFTを用いる、請求項4又は請求項5に記載の通信装置。
【請求項7】
受信信号に対してドップラーシフトに応じた同期処理を行う同期部と、前記同期処理が行われた受信信号に対して等化処理を行う等化部と、を備えた通信装置が行う推定方法であって、
受信信号と既知のプリアンブル系列との相関と、前記受信信号と既知のポストアンブル系列との相関と、を出力する相関ステップと、
前記相関ステップにおける出力を基にスライディング相関を出力するスライド相関ステップと、
前記スライド相関ステップにおける前記スライディング相関に基づいてドップラーシフトを推定するドップラー推定ステップと、を有する推定方法。
【請求項8】
受信信号に対してドップラーシフトに応じた同期処理を行う同期部と、前記同期処理が行われた受信信号に対して等化処理を行う等化部と、を備えた通信装置が行う推定方法であって、
前記受信信号と既知のプリアンブル系列との第1相互相関と、前記受信信号と既知のポストアンブル系列の第2相互相関と、を計算し、前記第1相互相関と前記第2相互相関とのスライディング相関を出力する合成相関ステップと、
前記合成相関ステップにおける前記スライディング相関に基づいてドップラーシフトを推定するドップラー推定ステップと、を有する推定方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、通信装置及び推定方法の技術に関する。
【背景技術】
【0002】
水中は電波の吸収減衰が極めて大きく、陸上と同じように電波を使った無線通信は困難である。このため、水中であっても吸収減衰が比較的小さい、1MHz以下の音波が無線通信によく利用される。このような通信を、水中音響通信と呼ぶことがある。音波は、その伝搬速度が遅いことから、端末の移動に伴い大きなドップラーシフトが生じることがある。さらに、海中環境はマルチパス環境であるため、ドップラーシフトを伴ったマルチパスが生じる可能性がある。
【0003】
ドップラーシフトは、サンプリングタイミングのずれを引き起こす。サンプリングタイミングのずれが蓄積し、そのずれの総量が1シンボル分の時間を超えると、スリップによるバースト誤りが発生してしまう。
図14は、スリップによるバースト誤りの具体例を示す図である。スリップが発生した後は、受信データにおいて誤りが連続してしまう。
【0004】
マルチパスによる悪影響を受けやすい水中での通信においては、FIR(Finite Impulse Response)フィルターを内部に備える等化器が利用されることがある(例えば非特許文献1参照。)。
図14のようにドップラーシフトによるサンプリングタイミングのずれが生じると、FIRフィルターの係数は最適値から時間軸方向にオフセットしていく。そのため、サンプリングタイミングのずれを補正するようにFIRフィルターの係数を再学習する必要がある。しかしながら、1シンボルごとにフィルターの係数の再学習を行ったとしても、フィルターの再学習が間に合わずにフィルターの係数が発散してしまい、波形等化に失敗する場合がある。
【0005】
そこで、水中音響通信では、等化器への入力の前段に同期部を設け、ドップラーシフトに対する同期処理を行うことがある(例えば非特許文献1参照。)。ドップラーシフトによるオフセットを追従できる範囲に等化器をあらかじめ補正しておくことで、フィルターの係数が収束しやすくなる。そのため、等化処理の安定化を図ることが可能となる。
【0006】
図15は、従来の同期部の機能ブロックを示す図である。
図15は、特に非特許文献2に開示されている構成を例に示している。同期部90は、等化器99の前段に設けられる。同期部90において補正された受信信号が等化器99に入力される。
【0007】
同期部90は、推定部91、リサンプル部92及び位相回転部93を備える。推定部91は、ドップラーシフト量を推定する。リサンプル部92は、推定部91の推定値に基づき、サンプリングタイミングを補正する。位相回転部93は、推定部91の推定値に基づき、受信信号に対して位相回転を与える。受信信号のフレームは、ペイロード部の前後に、プリアンブル部とポストアンブル部とを有する。プリアンブル部及びポストアンブル部は、それぞれ受信側の装置において既知のプリアンブル系列及びポスタンブル系列の信号を有している。
【0008】
図16は、従来の推定部91の機能ブロックを示す図である。
図16は、特に非特許文献2に開示されている構成を例に示している。推定部91は、相関器911、プリアンブルピーク検出部912、ポストアンブルピーク検出部913及びドップラー推定部914を備える。相関器911は、受信信号とプリアンブル系列との相関、受信信号とポストアンブル系列との相関をそれぞれ計算し、フレーム前後の遅延プロファイルを推定する。
【0009】
図17は、従来の推定部91の処理の概略を示す図である。プリアンブルピーク検出部912は、プリアンブル系列で推定した遅延プロファイルの絶対値のピーク(最大値)位置からプリアンブルの挿入位置を検出する。ポストアンブルピーク検出部913は、ポストアンブル系列で推定した遅延プロファイルのピーク(最大値)位置からポストアンブルの挿入位置を検出する。ドップラー推定部914は、プリアンブルピーク検出部912及びポストアンブルピーク検出部913によって検出された挿入位置の情報に基づいて、プリアンブル始点からポストアンブル始点までの経過時間(T_rp)を計算する。ドップラー推定部914は、送信時点のプリアンブル部先頭からポストアンブル部先頭までの送信間隔T_tpと受信時の間隔T_rpとを基にフレームの伸縮比T_tp/T_rpを計算することで、ドップラーシフトの推定を行う。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0010】
【文献】M. Johnson, L. Freitag and M. Stojanovic, “Improved Doppler tracking and correction for underwater acoustic communications,”, 1997 IEEE International Conference on Acoustics, Speech, and Signal Processing, Munich, 1997, pp. 575-578 vol.1, doi: 10.1109/ICASSP.1997.599703.
【文献】B. S. Sharif, J. Neasham, O. R. Hinton and A. E. Adams, “A computationally efficient Doppler compensation system for underwater acoustic communications,” in IEEE Journal of Oceanic Engineering, vol. 25, no. 1, pp. 52-61, Jan. 2000, doi: 10.1109/48.820736.
【文献】M. Stojanovic and J. Preisig, “Underwater acoustic communication channels: Propagation models and statistical characterization,” in IEEE Communications Magazine, vol. 47, no. 1, pp. 84-89, January 2009, doi: 10.1109/MCOM.2009.4752682.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
しかしながら、マルチパスによる悪影響を受けやすい水中環境では、ドップラーシフトの推定に失敗することがある。水中は水面の揺らぎや受信装置の動揺により、マルチパス波の強さとドップラーシフト量とが短周期で変動しやすい。そのため、推定した遅延プロファイルにおける各パスの絶対値の逆転が生じやすい(例えば非特許文献3参照)。
【0012】
図18は、このような逆転現象の概略を示す図である。
図18(A)は、処理の対象となっている受信信号の具体例を示す図である。
図18(B)は、マルチパスの影響を受けていない状況における推定結果の具体例を示す図である。
図18(C)は、マルチパスの影響を受けて逆転現象が生じた場合の推定結果の具体例を示す図である。
図18(C)では、プリアンブルに関しては直接波の方がマルチパスはよりもレベルが高いが、ポストアンブルに関しては直接波よりもマルチパスのレベルが高い。このような逆転現象が起こると、プリアンブル部でピーク検出するパスと、ポストアンブルブル部でピーク検出するパスとが一致しない。同一のパスが検出されなければ、正しくドップラーシフトが推定されない。その結果、補正の精度が落ちてしまう。むしろ、誤った補正が受信信号に適用された結果、サンプリングタイミングのずれがさらに大きくなり等化に失敗する。
【0013】
上記事情に鑑み、本発明は、水中等のドップラーシフトの変化を伴うマルチパス環境において、ドップラーシフトの推定の精度を高くすることができる技術の提供を目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明の一態様は、受信信号に対してドップラーシフトに応じた同期処理を行う同期部と、前記同期処理が行われた受信信号に対して等化処理を行う等化部と、を備え、前記同期部は、受信信号と既知のプリアンブル系列との相関と、前記受信信号と既知のポストアンブル系列との相関と、を出力する相関器と、前記相関器の出力を基にスライディング相関を出力するスライド相関器と、前記スライド相関器の前記スライディング相関に基づいてドップラーシフトを推定するドップラー推定部と、を備える通信装置である。
【0015】
本発明の一態様は、受信信号に対してドップラーシフトに応じた同期処理を行う同期部と、前記同期処理が行われた受信信号に対して等化処理を行う等化部と、を備え、前記同期部は、前記受信信号と既知のプリアンブル系列との第1相互相関と、前記受信信号と既知のポストアンブル系列の第2相互相関と、を計算し、前記第1相互相関と前記第2相互相関とのスライディング相関を出力する合成相関器と、前記合成相関器の前記スライディング相関に基づいてドップラーシフトを推定するドップラー推定部と、を備える通信装置である。
【0016】
本発明の一態様は、受信信号に対してドップラーシフトに応じた同期処理を行う同期部と、前記同期処理が行われた受信信号に対して等化処理を行う等化部と、を備えた通信装置が行う推定方法であって、受信信号と既知のプリアンブル系列との相関と、前記受信信号と既知のポストアンブル系列との相関と、を出力する相関ステップと、前記相関ステップにおける出力を基にスライディング相関を出力するスライド相関ステップと、前記スライド相関ステップにおける前記スライディング相関に基づいてドップラーシフトを推定するドップラー推定ステップと、を有する推定方法である。
【0017】
本発明の一態様は、受信信号に対してドップラーシフトに応じた同期処理を行う同期部と、前記同期処理が行われた受信信号に対して等化処理を行う等化部と、を備えた通信装置が行う推定方法であって、前記受信信号と既知のプリアンブル系列との第1相互相関と、前記受信信号と既知のポストアンブル系列の第2相互相関と、を計算し、前記第1相互相関と前記第2相互相関とのスライディング相関を出力する合成相関ステップと、前記合成相関ステップにおける前記スライディング相関に基づいてドップラーシフトを推定するドップラー推定ステップと、を有する推定方法である。
【発明の効果】
【0018】
本発明により、水中等のドップラーシフトの変化を伴うマルチパス環境において、ドップラーシフトの推定の精度を高くすることが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【
図1】相関器911の出力を時系列波形として示す図である。
【
図2】ドップラーシフトが+方向に作用している場合の、従来の相関器911の出力を時系列波形として示す図である。
【
図3】ドップラーシフトが-方向に作用している場合の、従来の相関器911の出力を時系列波形として示す図である。
【
図4】本発明における同期部10の構成例を示す図である。
【
図5】推定部11の第1実施形態(推定部11a)の機能構成を示す図である。
【
図6】推定部11の第1実施形態(推定部11a)の処理で用いられる信号の具体例を示す図である。
【
図7】第1実施形態の推定部11aの処理の流れの具体例を示すフローチャートである。
【
図8】推定部11の第2実施形態(推定部11b)の機能構成を示す図である。
【
図9】推定部11の第2実施形態(推定部11b)の処理で用いられる信号の具体例を示す図である。
【
図10】第2実施形態の推定部11bの処理の流れの具体例を示すフローチャートである。
【
図13】各実施形態の推定部11に共通するハードウェア構成を示す概略図である。
【
図14】スリップによるバースト誤りの具体例を示す図である。
【
図15】従来の同期部の機能ブロックを示す図である。
【
図16】従来の推定部91の機能ブロックを示す図である。
【
図17】従来の推定部91の処理の概略を示す図である。
【
図18】処理の対象となっている受信信号の具体例を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0020】
[技術の原理]
まず、本発明に係る技術の原理について説明する。本発明では、プリアンブルの相関結果とポストアンブルの相関結果とのスライド相関に基づいて、相関のずれ量を計算する。そして、相関のずれ量に基づいてドップラーシフトを推定する。
【0021】
本発明に係る技術の原理について詳細に説明する。
図1(A)は、従来の推定部91の備える相関器911の出力を時系列波形として示す図である。符号951は、プリアンブル系列から推定された遅延プロファイルの例を示す。符号952は、ポストアンブル系列から推定された遅延プロファイルの例を示す。t0は、時間軸上のいずれか一点である。T_tpは、送信時のプリアンブル先頭位置からポストアンブル先頭位置までの時間(送信間隔)である。
【0022】
図1(B)は、相関器911のt0以降の出力を折り返して、
図1(A)の時系列のt0+T_tp点と始点(t0)との時間位置を合わせた図である。言い換えると、
図1(B)は、T_tpオフセットの相関器911の出力の時系列を示す図である。符号953は、プリアンブル系列から推定された遅延プロファイルの例を示す。
図1(A)及び
図1(B)の時系列データの比較(図中の点線)からわかるように、ドップラーシフトが存在しない場合には、直接波及びマルチパス波の位置関係が一致する。すなわち、プリアンブル系列から推定された遅延プロファイルにおける直接波及びマルチパス波の位置関係と、ポストアンブル系列から推定された遅延プロファイルの直接波及びマルチパス波の位置関係とが一致する。これは、プリアンブルとポストアンブルとの挿入間隔がT_tpであり、受信点における挿入間隔がT_rp=T_tpであるためである。
【0023】
図1(C)は、
図1(A)及び
図1(B)のスライド相関の計算結果を示す図である。すなわち、
図1(C)は、プリアンブル系列から推定された遅延プロファイルにおける直接波及びマルチパス波と、ポストアンブル系列から推定された遅延プロファイルの直接波及びマルチパス波とのスライド相関を示す図である。この場合、
図1(A)と
図1(B)との時間差ΔT=0でピークが出現する。
【0024】
次に、ドップラーシフトが+方向(近づく方向)に作用している場合について説明する。この場合、受信側で観測されるプリアンブルとポストアンブルとの間隔(挿入周期T_rp)がT_tpよりも短くなる。
図2(A)は、ドップラーシフトが+方向に作用している場合の、従来の相関器911の出力を時系列波形として示す図である。
図2(B)は、ドップラーシフトが+方向に作用している場合の、相関器911のt0以降の出力を折り返して、
図2(A)の時系列のt0+T_tp点と始点(t0)との時間位置を合わせた図である。言い換えると、
図2(B)は、T_tpオフセットの相関器911の出力の時系列を示す図である。
図2(C)は、
図2(A)及び
図2(B)のスライド相関の計算結果を示す図である。符号961及び符号963は、プリアンブル系列から推定された遅延プロファイルの例を示す。符号962は、ポストアンブル系列から推定された遅延プロファイルの例を示す。
【0025】
図2(A)と
図2(B)との比較から明らかなように、ポストアンブル系列から推定された遅延プロファイルは、プリアンブル系列から推定された遅延プロファイルよりも左側(相対的に遅れて)観測される。そのため、
図2(C)が示すスライド相関の出力のピークは、負の方向(ΔT<0)にずれる。
【0026】
次に、ドップラーシフトが-方向(端末が遠ざかる方向)に作用している場合について説明する。この場合、受信側で観測されるプリアンブルとポストアンブルとの間隔(挿入周期T_rp)がT_tpよりも長くなる。
図3(A)は、ドップラーシフトが-方向に作用している場合の、従来の相関器911の出力を時系列波形として示す図である。
図3(B)は、ドップラーシフトが-方向に作用している場合の、相関器911のt0以降の出力を折り返して、
図3(A)の時系列のt0+T_tp点と始点(t0)との時間位置を合わせた図である。言い換えると、
図3(B)は、T_tpオフセットの相関器911の出力の時系列を示す図である。
図3(C)は、
図3(A)及び
図3(B)のスライド相関の計算結果を示す図である。符号971及び符号973は、プリアンブル系列から推定された遅延プロファイルの例を示す。符号972は、ポストアンブル系列から推定された遅延プロファイルの例を示す。
【0027】
図3(A)と
図3(B)との比較から明らかなように、ポストアンブル系列から推定された遅延プロファイルは、プリアンブル系列から推定された遅延プロファイルよりも⇒側(相対的に進んで)観測される。そのため、
図3(C)が示すスライド相関の出力のピークは、正の方向(ΔT>0)にずれる。
【0028】
このように、ΔTの大きさはドップラーシフト量に比例する。そのため、プリアンブルとポストアンブルとが相関する区間自体のずれを観測することで、ドップラーシフト量を推定することが可能である。
【0029】
注目すべき点は、
図1(C)~
図3(C)のいずれのスライド相関出力も単峰性であることである。すなわち、相関器911の出力で見られるマルチパスの影響(多峰性のピーク)がなくなっている。
図1(C)~
図3(C)で示されるスライディング相関の出力は、フレーム先頭のプリアンブルで推定された遅延プロファイルと、フレーム後端のポストアンブルで推定された遅延プロファイルと、のスライディング相関の結果として得られる。このようなスライディング相関の絶対値のピーク(最大値)を基にドップラーシフトを推定する本アプローチによれば、遅延プロファイル自体の大まかな特徴が変化しない限り、その影響を受けにくくなる。相関のピーク位置一点でドップラーを推定する従来の技術(例えば非特許文献2の技術)よりも、ピークの前後の相関値も含めた相関(マッチング度合い)で面的に推定を行う本アプローチを用いた技術の方が、マルチパスの変動に対して推定が頑健になる。以下、本アプローチに沿ったドップラー推定を実現する装置及びその方法について説明する。
【0030】
図4は、本発明における同期部10の構成例を示す図である。同期部10は、受信信号を入力し、補正された受信信号を等化器20へ出力する。同期部10は、推定部11、リサンプル部12及び位相回転部13を備える。推定部11は、ドップラーシフト量を推定する。リサンプル部12は、推定部11の推定値に基づき、サンプリングタイミングを補正する。位相回転部13は、推定部11の推定値に基づき、受信信号に対して位相回転を与える。以下、このような同期部10に備えられる推定部11の構成について、第1実施形態及び第2実施形態の二つの構成例を示す。なお、以下の説明では、A_Bという記載は、“A”という文字(文字列)の右側に、“B”という文字(文字列)が下付文字で記載されていることを示す。
【0031】
[第1実施形態]
図5は、推定部11の第1実施形態(推定部11a)の機能構成を示す図である。
図6は、推定部11の第1実施形態(推定部11a)の処理で用いられる信号の具体例を示す図である。推定部11aは、相関器111、第一遅延器112、第二遅延器113、プリアンブル区間抽出部114a、スライド相関器115、ピーク検出部116及びドップラー推定部117を備える。このように構成された第1実施形態の推定部11aは、上述したアプローチを素朴に実現する装置である。
【0032】
相関器111は、プリアンブルの信号系列及びポストアンブルの信号系列と受信信号との相関計算を行う。相関器111からスライド相関器115へ出力されるデータは、t0+T_tp-T_off時点を始点としたデータである。相関器111からプリアンブル区間抽出部114aへ出力されるデータは、t0時点を始点としたデータである。プリアンブル区間抽出部114aは、t0時点からt0+tw時点までの相関器111の出力データh_1(t)を出力する。スライド相関器115は、h_1(t)と被相関関数h_2(t)との相関を計算する。
【0033】
t0は、プリアンブルが到来する直前の時点に設定されることが望ましい。このような設定を実現するために、例えば、同期部10の前段にパワー検出器が設けられてもよい。パワー検出器は、受信信号の振幅値(あるいは強度値)を出力する。始点設定器は、パワー検出器の出力に基づいて、受信信号の開始時点を推定する。このような推定は、大まかに行われてもよい。始点設定器は、推定値からt0の位置を設定してもよい。始点設定器は、上述した処理とは異なる処理で始点(t0)の位置を設定してもよい。例えば、始点設定器は、前回のデータフレームの先頭位置から始点(t0)の位置を類推してもよい。twは、相関器111の出力の時系列データのうち、抽出の対象となる区間の終端点を表す。twは、伝搬路のマルチパスの遅延プロファイルに基づいて設定されてもよい。twは、ユーザによって予め任意に設定されてもよい。遅延プロファイルの推定に相関器111の出力の情報が用いられてもよい。
【0034】
スライド相関器115への入力前段の相関器出力の遅延量T_offは、システムが想定する最大のドップラー周波数相当の波形圧縮量から計算されてもよい。被相関関数h_2(t)は、t0+T_tp-T_offから後の時系列データである。
【0035】
スライド相関器115は、
図1(C)~
図3(C)に示されるスライド相関の計算を行う。スライド相関器115は、プリアンブル区間抽出部114aで抽出された相関器出力の系列h_1(t)と相関器出力の系列h_2(t)との相互相関を計算する。すなわち、スライド相関器115の出力y(t)は以下の式1で示される。
【0036】
【0037】
ここで、*は複素共役を表す。なお、式1に代えて、h_1(t)及びh_2(t)の振幅値だけで相関計算が実施されてもよい。本処理は、相関器出力の位相雑音の影響を低減する効果がある。以下の式2又は式3が用いられてもよい。
【0038】
【0039】
【0040】
また、スライド相関器115は、計算量の低減を目的として、CICフィルター等のフィルターを用いて、相関器出力h_1(t)及びh_2(t)の移動平均値を算出してもよい。
【0041】
ピーク検出部116は、スライド相関器115の出力から、ピーク値にあたる時刻差ΔT_maxを計算する。例えば、ピーク検出部116は、以下の式4を用いて時刻差ΔT_maxを計算してもよい。
【0042】
【0043】
ドップラー推定部117は、ΔT_maxを用いて、ドップラー推定(T_rpの推定)を行う。ドップラー推定部117は、例えば以下の式5を用いてT_rpを計算してもよい。
【0044】
【0045】
である。ここで、ΔTはスライド相関器115で計算した相対時間差であり、以下の式6で表される。
【0046】
【0047】
さらに、ドップラー推定部117は、T_rpから推定ドップラー周波数f_dを以下の式7を用いて計算する。
【0048】
【0049】
ここで、f_cは搬送波周波数である。また、波形の伸縮率(リサンプルファクタ)を以下の式8で計算し、推定値を出力する。
【0050】
【0051】
同期部10の備えるリサンプル部12、位相回転部13は、それぞれfd,γに基づいて補正を行う。
【0052】
サンプリングレートをTsとすると、ΔT=N_t Tsである。ディジタル回路で実現する場合は、N_tが推定される。
【0053】
図7は、第1実施形態の推定部11aの処理の流れの具体例を示すフローチャートである。以下、
図7を用いて第1実施形態の推定部11aの処理の具体例について説明する。まず、相関器111がプリアンブルの既知信号及びポストアンブルの既知信号と受信信号との相互相関計算を行う。相関器111は、相関結果を示す信号を出力する(ステップS11)。プリアンブル区間抽出部114aは、ステップS11における相関結果の出力のうち、時点t0から時点t0+twまでの信号をプリアンブル区間の信号として抽出する(ステップS12)。スライド相関器115は、ステップS11における相関結果の出力と、ステップS12で抽出されたプリアンブル区間の信号とのスライド相関を計算する(ステップS13)。
【0054】
ピーク検出部116は、スライド相関の計算結果からピーク位置T_maxを検出する(ステップS14)。ドップラー推定部117は、ピーク位置T_maxからドップラーシフト量(fd及びγ)を推定する(ステップS15)。ドップラー推定部117は、推定結果であるドップラーシフト量(fd及びγ)を出力する(ステップS16)。
【0055】
このように構成された推定部11aでは、プリアンブルの相関値及びポストアンブルの相関値のスライディング相関が取得される。スライディング相関の出力の絶対値のピーク(最大値)がピーク検出部116によって検出され、その検出結果を基にドップラー推定部117がドップラーシフトを推定する。そのため、単にプリアンブルの相関のピークとポストアンブルの相関のピークとの間を求める場合に比べて、ピークそのものの位置のずれの影響を小さく抑えることが可能となる。すなわち、ピークの前後の相関値も含めた相関で面的にマッチングが行われてΔTが推定されるため、マルチパスの変動に対して推定が頑健になる。
【0056】
[第2実施形態]
図8は、推定部11の第2実施形態(推定部11b)の機能構成を示す図である。
図9は、推定部11の第2実施形態(推定部11b)の処理で用いられる信号の具体例を示す図である。推定部11bは、第一遅延器112、第二遅延器113、プリアンブル区間抽出部114b、合成相関器118、ピーク検出部116及びドップラー推定部117を備える。このように構成された第2実施形態の推定部11bは、相関器及びスライド相関器の計算を低演算量で実現できる。
【0057】
プリアンブル区間抽出部114bは、受信信号からプリアンブルが含まれる区間をおおまかに抽出する。プリアンブル区間のおおまかな抽出には、例えば、同期部10の前段にパワー検出器が設けられてもよい。パワー検出器は、受信信号の振幅値(あるいは強度値)を出力する。始点設定器は、パワー検出器の出力に基づいて、受信信号の開始時点を推定する。始点設定器は、推定値からt0の位置を設定してもよい。始点設定器は、上述した処理とは異なる処理で始点(t0)の位置を設定してもよい。例えば、始点設定器は、以前に到達したデータフレームの先頭位置から始点(t0)の位置を類推してもよい。プリアンブル区間抽出部114bは時点t0から時点t0+twの受信信号X_1(t)を出力する。
【0058】
また、合成相関器118における被相関関数の受信信号X_2(t)は、t=t0+T_tp-T_offからポストアンブルの終点付近t=t0+T_tp+Teまでおおまかに抽出してもよい。抽出される区間Teは、ポストアンブル系列の長さと伝搬路の遅延プロファイルの長さとに基づいてシステムが決定してもよい。区間Teは、ユーザによって任意に指定されてもよい。
【0059】
合成相関器118は、第1実施形態における相関器111の計算とスライド相関器115の畳み込み計算とを同時に行う。例えば、合成相関器118は、以下のような式9の計算を行ってもよい。
【0060】
【0061】
ここで、m_1(t)はプリアンブル系列、m_2(t)はポストアンブル系列である。また、円の中にクロス“×”を有する演算子は、畳み込み演算を表す。以下の式10によって示されるm_pre(t)の値は、事前に計算しておくことが可能である。
【0062】
【0063】
この場合、式9は以下の式11のように変形できる。
【0064】
【0065】
相関計算される区間は、プリアンブル周辺とポストアンブル周辺に限定されている。そのため、第1実施形態に比べて計算量を削減できる。また、第1実施形態と同様に、位相雑音等の影響の低減を目的として、以下の式12に示されるように振幅値同士の計算が行われてもよい。
【0066】
【0067】
また、周波数領域で計算が行われてもよい。
【0068】
【0069】
ここで、Fはフーリエ変換である。フーリエ変換はFFT(Fast Fouirer Transform)で実装されてもよい。このような実装は第1実施形態において適用されてもよい。周波数領域の実装によれば、さらに演算量を削減出来る。
【0070】
また、第1実施形態と同様に位相雑音等の影響の低減を目的として、以下の式14に示されるように計算が行われてもよい。
【0071】
【0072】
合成相関器118の出力は、第1実施形態のスライド相関器115の出力と同値であってもよい。なお、ピーク検出部116及びドップラー推定部117は、第1実施形態の同名の各機能と同じ構成である。
【0073】
図10は、第2実施形態の推定部11bの処理の流れの具体例を示すフローチャートである。以下、
図10を用いて第2実施形態の推定部11bの処理の具体例について説明する。まず、プリアンブル区間抽出部114bが、プリアンブルに相当する区間を抽出する。また、合成相関器118が、ポストアンブルに相当する区間を抽出する(ステップS21)。合成相関器118は、ステップS21で抽出された各区間の合成相関を計算する(ステップS22)。ピーク検出部116は、スライド相関の計算結果からピーク位置T_maxを検出する(ステップS23)。ドップラー推定部117は、ピーク位置T_maxからドップラーシフト量(fd及びγ)を推定する(ステップS24)。ドップラー推定部117は、推定結果であるドップラーシフト量(fd及びγ)を出力する(ステップS25)。
【0074】
次に、本実施形態の構成を適用した受信機を用いて行った実験について説明する。
図11は、実験の環境を示す図である。反射波と直接波とのレベルが入れ替わるようなマルチパスを伴う移動環境を、無響水槽で再現している。この実験により、本発明のドップラー推定が従来手法に比べて有効であることを確認する。本実験では、送信機を左右に移動させながら音波を送信し、受波器アレーで音波を受信する。受信チャネルごとに本発明のドップラー推定(第2実施形態)と従来のドップラー推定とを行い、波形等化を行った後、BER特性を評価する。
図12は、実験諸元と実験結果を示す図である。
図12に示されるグラフは、BERの累積確率分布(CDF)を示す。このグラフは、同一の受信データに対して復調を行った時のBERを基に作成されている。曲線の立ち上がりが早いほど、平均的なBER特性が良い。明らかに、本発明の推定法の方が、従来の推定法よりもCDF特性が良いことがわかる。なお、ドップラー推定以外の処理は、本発明の推定法と従来の推定法とですべて同一の処理である。そのため、本発明の推定法が従来の推定法よりも特性が良く、マルチパス環境においてドップラーを精度よく推定できていることがわかる。
【0075】
図13は、各実施形態の推定部11に共通するハードウェア構成を示す概略図である。推定部11は、
図13に示されるような情報処理装置900を用いて構成されてもよい。情報処理装置900は、プロセッサー901、メモリー902及び補助記憶装置903を備える。プロセッサー901、メモリー902及び補助記憶装置903は、バス904を介して通信可能に接続されている。推定部11の機能の一部又は全部は、ASIC(Application Specific Integrated Circuit)やPLD(Programmable Logic Device)やFPGA(Field Programmable Gate Array)等のハードウェアを用いて実現されても良い。
【0076】
以上、この発明の実施形態について図面を参照して詳述してきたが、具体的な構成はこの実施形態に限られるものではなく、この発明の要旨を逸脱しない範囲の設計等も含まれる。
【産業上の利用可能性】
【0077】
本発明は、水中の通信に適用可能である。
【符号の説明】
【0078】
10…同期部、11,11a,11b…推定部、12…リサンプル部、13…位相回転部、20…等化器、111…相関器、112…第一遅延器、113…第二遅延器、114a、114b…プリアンブル区間抽出部、115…スライド相関器、116…ピーク検出部、117…ドップラー推定部、118…合成相関器