IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 国立大学法人高知大学の特許一覧

<>
  • 特許-加齢性筋萎縮抑制剤 図1
  • 特許-加齢性筋萎縮抑制剤 図2
  • 特許-加齢性筋萎縮抑制剤 図3
  • 特許-加齢性筋萎縮抑制剤 図4
  • 特許-加齢性筋萎縮抑制剤 図5
  • 特許-加齢性筋萎縮抑制剤 図6
  • 特許-加齢性筋萎縮抑制剤 図7
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-11-06
(45)【発行日】2024-11-14
(54)【発明の名称】加齢性筋萎縮抑制剤
(51)【国際特許分類】
   A61K 36/804 20060101AFI20241107BHJP
   A61K 36/54 20060101ALI20241107BHJP
   A61K 36/481 20060101ALI20241107BHJP
   A61K 36/284 20060101ALI20241107BHJP
   A61K 36/232 20060101ALI20241107BHJP
   A61K 36/258 20060101ALI20241107BHJP
   A61K 36/076 20060101ALI20241107BHJP
   A61K 36/65 20060101ALI20241107BHJP
   A61K 36/234 20060101ALI20241107BHJP
   A61K 36/484 20060101ALI20241107BHJP
   A61P 21/00 20060101ALI20241107BHJP
   A61P 43/00 20060101ALI20241107BHJP
【FI】
A61K36/804
A61K36/54
A61K36/481
A61K36/284
A61K36/232
A61K36/258
A61K36/076
A61K36/65
A61K36/234
A61K36/484
A61P21/00
A61P43/00 121
A61P43/00 107
【請求項の数】 4
(21)【出願番号】P 2020181364
(22)【出願日】2020-10-29
(65)【公開番号】P2022072108
(43)【公開日】2022-05-17
【審査請求日】2023-10-16
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 (A)令和1年11月9日に、第58回日本薬学会・日本薬剤師会・日本病院薬剤師会 中国四国支部学術大会実行委員会発行の「第58回日本薬学会・日本薬剤師会・日本病院薬剤師会 中国四国支部学術大会 講演要旨集」,第254頁にて発表 (B)令和1年11月9日に、「第58回日本薬学会・日本薬剤師会・日本病院薬剤師会 中国四国支部学術大会」にて発表
(73)【特許権者】
【識別番号】504174180
【氏名又は名称】国立大学法人高知大学
(74)【代理人】
【識別番号】110002837
【氏名又は名称】弁理士法人アスフィ国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】森田 靖代
(72)【発明者】
【氏名】石田 智滉
(72)【発明者】
【氏名】常風 興平
(72)【発明者】
【氏名】宮村 充彦
【審査官】大島 彰公
(56)【参考文献】
【文献】中国特許出願公開第101422529(CN,A)
【文献】国際公開第2014/162925(WO,A1)
【文献】 高松 智,抗老化を目指した天然資源の探索研究,科学研究費助成事業 研究成果報告書 科学研究費データベース,2019年,URL: <https://kaken.nii.ac.jp/ja/file/KAKENHI-PROJECT-15K08002/15K08002seika.pdf>,課題番号:15K08002
【文献】Takeshi Morishima, et al.,Focused Conference Group: P05 - Translational science in the metabolic syndrome: Basic and clinical pharmacology effect of Kampo, Chinese traditional medicine on clock- and metabolism-related gene expression in mice,Basic and Clinical Pharmacology and Toxicology,2010年,107, supl. 1,p. 471,Paper No.: 3336
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K、A61P
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
十全大補湯を有効成分として含有することを特徴とする加齢性筋萎縮抑制剤。
【請求項2】
桂皮の水溶性成分、黄耆の水溶性成分、蒼朮および/または白朮の水溶性成分、当帰の水溶性成分、地黄の水溶性成分、人参の水溶性成分、茯苓の水溶性成分、芍薬の水溶性成分、川▲きゅう▼の水溶性成分、並びに甘草の水溶性成分を有効成分として含有する請求項1に記載の加齢性筋萎縮抑制剤。
【請求項3】
十全大補湯が、桂皮9質量%以上、12質量%以下、黄耆8質量%以上、12質量%以下、蒼朮および/または白朮を合計で9質量%以上、13質量%以下、当帰9質量%以上、13質量%以下、地黄9質量%以上、13質量%以下、人参8質量%以上、12質量%以下、茯苓9質量%以上、13質量%以下、芍薬9質量%以上、12質量%以下、川▲きゅう▼9質量%以上、12質量%以下、及び甘草2質量%以上、6質量%以下、合計100質量%の混合物の抽出物である請求項1または2に記載の加齢性筋萎縮抑制剤。
【請求項4】
1日あたり5g以上、10g以下を投与するものである請求項1~3のいずれかに記載の加齢性筋萎縮抑制剤。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、長寿遺伝子Sirt1の発現を促進することができるアンチエイジング剤に関するものである。
【背景技術】
【0002】
日本における平均寿命は20世紀後半に著しい伸長を遂げ、世界有数の長寿国となった。その一方で、加齢による問題も健在化してきている。例えば、加齢による老化の表現型としては、認知力の低下、筋力の衰え、骨粗鬆症、内臓脂肪の増加、心血管機能の低下、不眠などが挙げられる。特に加齢による筋力の衰えは、運動器の障害のために移動機能の低下を来した状態であるロコモティブシンドロームの原因となり、要介護リスクの高い状態の引き金となるおそれがある。そこで、加齢による身体的衰えを予防したり軽減するアンチエイジング剤が求められている。
【0003】
ところで本発明者らは、漢方薬である十全大補湯が糖尿病性筋萎縮に対する抑制効果を示すことを動物実験により明らかにしている(非特許文献1,2)。しかし、糖尿病性筋萎縮と加齢性筋萎縮は必ずしも関連するものではない。
【0004】
具体的には、筋肉と末梢神経はつながっており、末梢神経からの持続的な電気刺激により筋肉の量や機能が維持されているところ、糖尿病に伴う末梢神経障害により筋肉への刺激が障害されて筋肉量が低下し得る。また、糖尿病にはインスリン抵抗性が伴うことがあり、血糖値を下げるのみでなく細胞の増殖や成長を促す作用のあるインスリンが糖尿病により十分に働かなくなると、筋肉細胞の増殖や成長が妨げられて筋肉量が低下し得る。更に、糖尿病による高血糖状態によってある特定のタンパク質に影響が及び、筋肉量が低下することも明らかにされている。それに対して加齢性の筋萎縮は、加齢以外に特に原因が特定されない筋萎縮をいう。
【0005】
また、特許文献1は、漢方薬である牛車腎気丸を含有するサルコペニアまたはロコモティブシンドロームの予防および/または改善用組成物を開示している。サルコペニアとは、筋肉量の減少により筋力低下や身体機能低下を来した状態を指す。この牛車腎気丸は、糖尿病合併症である神経障害によるしびれ、下肢や腰の痛み、むくみ、夜間頻尿などの排尿障害などに用いられる。それに対して十全大補湯は、疲労倦怠感、貧血、皮膚の乾燥、食欲不振、寝汗、手足の冷えなどの不調があるとき、例えば、病後・手術後の体力低下、産後の衰弱、貧血、冷え症などに対して処方されるものであり、特許文献1で有効成分として用いられている牛車腎気丸とは用途が基本的に異なる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特許第6088044号公報
【非特許文献】
【0007】
【文献】Tomoaki Ishidaら,Biol.Pharm.Bull.,42,1~7(2019)
【文献】T.Ishidaら,Pharmazie,75,9950-1~4(2020)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
上述したように、高齢化社会を迎え、有効なアンチエイジング剤が求められている。
そこで本発明は、長寿遺伝子Sirt1の発現を促進することができるアンチエイジング剤を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意研究を重ねた。その結果、既に漢方薬として利用されている十全大補湯が、長寿遺伝子Sirt1の発現を促進することができ、アンチエイジング剤の有効成分として効果的に利用できることを見出して、本発明を完成した。
以下、本発明を示す。
【0010】
[1] 十全大補湯を有効成分として含有することを特徴とするアンチエイジング剤。
[2] 桂皮の水溶性成分、黄耆の水溶性成分、蒼朮および/または白朮の水溶性成分、当帰の水溶性成分、地黄の水溶性成分、人参の水溶性成分、茯苓の水溶性成分、芍薬の水溶性成分、川▲きゅう▼の水溶性成分、並びに甘草の水溶性成分を有効成分として含有する前記[1]に記載のアンチエイジング剤。
[3] 筋萎縮を抑制する前記[1]または[2]に記載のアンチエイジング剤。
[4] 前記筋萎縮が加齢性のものである前記[1]~[3]のいずれかに記載のアンチエイジング剤。
【発明の効果】
【0011】
本発明に係るアンチエイジング剤の有効成分である十全大補湯は、既に漢方薬として流通しているものであることから、安全性は比較的高いと考えられる。また、本発明に係るアンチエイジング剤は、長寿遺伝子として知られているSirt1の発現を促進する。Sirt1は、血管を弛緩させて動脈硬化を抑制したり、アミロイドβの沈着や海馬での神経変性を抑制して認知症を抑制したり、骨粗鬆症や骨格筋の減少を抑制すること等が知られている。よって本発明は、有効なアンチエイジング剤を提供できるものとして、産業上非常に優れている。
【図面の簡単な説明】
【0012】
図1図1は、通常餌を給餌された正常マウス、通常餌を給餌された老化促進マウス、及び本発明に係る十全大補湯を含む餌を給餌された老化促進マウスの体重の経時的変化を示すグラフである。
図2図2は、通常餌を給餌された正常マウス、通常餌を給餌された老化促進マウス、及び本発明に係る十全大補湯を含む餌を給餌された老化促進マウスのロータ・ロッド試験の結果を示すグラフである。
図3図3は、通常餌を給餌された正常マウス、通常餌を給餌された老化促進マウス、及び本発明に係る十全大補湯を含む餌を給餌された老化促進マウスの、(A)炎症性サイトカインの血清濃度を示すグラフと、(B)TNFαおよびIL-6の血清濃度を示すグラフである。
図4図4は、通常餌を給餌された正常マウス、通常餌を給餌された老化促進マウス、及び本発明に係る十全大補湯を含む餌を給餌された老化促進マウスの、タンパク質同化ホルモンであるIGF-1の血清濃度を示すグラフである。
図5図5A~Cは、通常餌を給餌された正常マウス、通常餌を給餌された老化促進マウス、及び本発明に係る十全大補湯を含む餌を給餌された老化促進マウスの腓腹筋の染色写真であり、図5Dは、各マウスの腓腹筋筋線維の断面積を示すグラフである。
図6図6は、通常餌を給餌された正常マウス、通常餌を給餌された老化促進マウス、及び本発明に係る十全大補湯を含む餌を給餌された老化促進マウスの、ユビキチンリガーゼ遺伝子である(A)MuRF1と(B)Atrogin1の発現量を示すグラフである。
図7図7Aは、通常餌を給餌された正常マウス、通常餌を給餌された老化促進マウス、及び本発明に係る十全大補湯を含む餌を給餌された老化促進マウスの、長寿遺伝子であるSirt1の発現量を示すグラフであり、図7Bは、各マウスにおけるSirt1の発現量と腓腹筋断面積との相関を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明に係るアンチエイジング剤は、十全大補湯を有効成分として含有する。十全大補湯は全身が弱って、漢方でいう「気」も「血(けつ)」も著しく不足している人に向く漢方薬であり、疲労倦怠感、貧血、皮膚の乾燥、食欲不振、寝汗、手足の冷えなどの不調があるときに処方され、病後・手術後の体力低下をはじめ、産後の衰弱、貧血、冷え症の改善など、全身状態を良くして体力をつける等、様々な目的で使われている。
【0014】
十全大補湯は、桂皮の水溶性成分、黄耆の水溶性成分、蒼朮および/または白朮の水溶性成分、当帰の水溶性成分、地黄の水溶性成分、人参の水溶性成分、茯苓の水溶性成分、芍薬の水溶性成分、川▲きゅう▼の水溶性成分、及び甘草の水溶性成分を有効成分として含有する。
【0015】
桂皮とは、クスノキ科トンキンニッケイやその他同属植物の樹皮を乾燥したものであり、1~2%の精油、桂アルデヒド、オイゲノール、サフロール、フェランドレン、リナロール等を含み、芳香性健胃、発汗、解熱、鎮痛、整腸、駆風(くふう)、収斂(しゅうれん)などに効果を示す。
【0016】
黄耆(オウギ)とは、キバナオウギの根茎を乾燥させたものであり、フラボノイドやサポニンを含み、気の働きを整え、胃腸の働きを高め、弱った体を回復させ、むくみや発汗の異常を解消する。
【0017】
蒼朮(ソウジュツ)とは、キク科ホソバオケラの根茎を乾燥したものであり、ヒネソール、アトラクチロール、アトラクチロジン、アトラクチロン等を含み、健胃整腸、利尿、発汗などに効果を示す。白朮(ビャクジュツ)とは、キク科のオケラの根茎またはオオバナオケラの根茎であり、セスキテルペノイドやポリアセチレン化合物などを含み、健胃、整腸、利尿の効能があり、水分の代謝異常や消化器系の機能障害などに用いられる。蒼朮と白朮は、いずれか一方を用いてもよいし、両方を用いてもよい。
【0018】
当帰とは、セリ科トウキ属植物の根を乾燥したものであり、リグスチライド、P-シメン、カルバクロール、ブチリデン・フタライド、ザンゾトキシン、ベルガプテン、イソピンピネリン、アデニン、コリン、有機酸(フェルラ酸、ニコチン酸、コハク酸など)、アミノ酸などを含み、鎮痛、鎮静、強壮などに効果を示す。
【0019】
地黄とは、ゴマノハグサ科ジオウ属植物の根茎であり、カタルポール、イリドイド配糖体、マンニノトリオース、ラフィノース、スタキオース、マンニトール等の糖類、アルギニンなどのアミノ酸、リン酸類などを含み、補血(ほけつ)、強壮、止血、滋潤(じじゅん)などに効果を示す。
【0020】
人参とは、ウコギ科チョウセンニンジンの根を乾燥したものであり、ダンマラン系トリテルペンであるジンセノサイド類や数多くのサポニン群を含有し、健胃整腸、鎮痛、去痰(きょたん)、駆風(くふう)などに効果を示す。
【0021】
茯苓(ブクリョウ)とは、サルノコシカケ科のマツホド菌の菌核を乾燥し外皮を除いたものであり、多糖類のパキマン、パキマ酸、エブリコ酸、デハイドロエブリコ酸、ツムロース酸などの四環性トリテルペンカルボン酸、及びエルゴステロール等を含み、利尿作用、健脾(けんひ)、滋養、鎮静、血糖降下などに効果を示す。
【0022】
芍薬とは、ボタン科シャクヤクの根を乾燥したものであり、ベンゾイル基を含むモノテルペン配糖体であるペオニフロリン、アルビフロリン、ベンゾイルペオニフロリン、タンニン等を含み、鎮痛・鎮痙(ちんつう・ちんけい)、収斂(しゅうれん)、緩和作用などに効果を示す。
【0023】
川▲きゅう▼(センキュウ)とは、セリ科センキュウのひげ根を除いた根茎を湯通しした後に乾燥したものであり、ブチルフタライドとその類縁物質、リグスチライド、クニジライド、セダノン酸などを含み、駆▲お▼血(くおけつ)、鎮静、鎮痛、補血(ほけつ)、強壮などに効果を示す。
【0024】
甘草とは、マメ科カンゾウ属植物の根や根茎を乾燥したものであり、トリテルペノイド系サポニンであるグリチルリチン、リクイリチン、イソフラボン系のリコリコン等を含み、諸々の急迫症状、鎮痛、鎮痙(ちんけい)、解毒、鎮咳(ちんがい)等に効果を示す。
【0025】
十全大補湯は、上記各生薬の粉砕混合物を熱水抽出することにより得られる。各生薬の混合割合は、本発明の効果が得られる範囲で適宜調整すればよいが、例えば、質量比で、桂皮9%以上、12%以下、黄耆8%以上、12%以下、蒼朮および/または白朮を合計で9%以上、13%以下、当帰9%以上、13%以下、地黄9%以上、13%以下、人参8%以上、12%以下、茯苓9%以上、13%以下、芍薬9%以上、12%以下、川▲きゅう▼9%以上、12%以下、及び甘草2%以上、6%以下の範囲で、合計100質量%で混合し、各生薬の粉砕混合物の合計に対して5質量倍以上、25質量倍以下程度の水を加えて、80℃以上、100℃以下で30分間以上、2時間以下加熱抽出した後、固形分を濾別すればよい。濾液として得られた抽出液は、そのまま用いてもよいし、凍結乾燥などで乾燥してもよい。
【0026】
本発明のアンチエイジング剤は、前記抽出液自体であってもよいし、その乾燥物であってもよいし、また更に製剤化してもよい。製剤としては、顆粒剤、錠剤、カプセル剤などが挙げられる。製剤には、乳糖、結晶セルロース等の賦形剤;カルメロースナトリウム等の結合剤;カルメロースカルシウム等の崩壊剤;ステアリン酸マグネシウムやタルク等の滑沢剤;保存剤;pH調整剤;色素;コーティング剤など、一般的な添加剤を配合してもよい。
【0027】
本発明に係るアンチエイジング剤の投与量は特に制限されず、患者の年齢、性別、体重、症状、重篤度などに応じて適宜調整すればよいが、例えば、市販の十全大補湯の投与量に準じて調整することができ、より具体的には、ヒトまたは動物に対して、前記乾燥抽出物に換算して、1日あたり5g以上、10g以下を2回または3回に分割して投与することができる。
【0028】
本発明のアンチエイジング剤は、筋力の衰え、認知力の低下、骨粗鬆症、内臓脂肪の増加、心血管機能の低下、不眠など、加齢に伴う症状を抑制することができると考えられる。本発明において「抑制」とは、症状の発症を防ぐ予防に加えて、いったん生じた症状を治療したり、その進行を遅延させたり緩和することを含む。
【0029】
本発明のアンチエイジング剤は、具体的には、長寿遺伝子であるSirt1の発現を促進する。Sirt1は、ヒストンを脱アセチル化して染色体の安定化に寄与し、その過剰発現により寿命が延長されることが実験的に確認されており、その存在が古細菌から哺乳類まで高度に保存されているSir2(Silent Information Regulator-2)の哺乳類ホモログであるSirtuinファミリーの遺伝子の一つである。Sirt1により、アルツハイマー型認知症、骨粗鬆症、動脈硬化、骨格筋減少症などの老化関連疾患を抑制する研究が知られており、本発明者らも、Sirt1の発現量と骨格筋断面積との相関を実験的に明らかにしている。また、本発明者らは、本発明のアンチエイジング剤が、筋分解を促進する炎症性サイトカインの血清濃度やユビキチンリガーゼの発現量を低減する一方で、筋肉の成長を促すタンパク質同化ホルモンの血清濃度を高め、骨格筋の筋線維断面積や重量を実際に増加させることを実験的に証明している。よって本発明に係るアンチエイジング剤は、筋萎縮、特に加齢性筋萎縮の抑制に効果的である。
【実施例
【0030】
以下、実施例を挙げて本発明をより具体的に説明するが、本発明はもとより下記実施例によって制限を受けるものではなく、前・後記の趣旨に適合し得る範囲で適当に変更を加えて実施することも勿論可能であり、それらはいずれも本発明の技術的範囲に包含される。
【0031】
実施例1: アンチエイジング剤の製造
桂皮3.0g、黄耆3.0g、蒼朮3.0g、当帰3.0g、地黄3.0g、人参3.0g、茯苓3.0g、芍薬3.0g、川▲きゅう▼3.0g、及び甘草1.5gを混合し、水600gに加え、40分間加熱還流した。混合液を常温まで放冷した後、濾過により固形分を除去した。得られた濾液を凍結乾燥することにより、アンチエイジング剤5.0gを得た。
【0032】
試験例1: 動物実験
(1)体重測定とロータ・ロッド試験
13匹の18週齢老化促進モデルマウスSAMP8と、陽性対照として6匹の18週齢正常マウスSAMR1を用意し、体重を測定し、またロータ・ロッド試験を行った。具体的には、ロータ・ロッドのローラーレーンに各マウスを乗せ、ロッドを0.3rpm/secで等加速回転させた後、回転速度が80rpm/minに達した時点からは等速で回転させ、マウスがロッドから落下するまでの時間を記録した。測定は各マウスにつき3回行い、平均値を算出した。
18週齢老化促進モデルマウスSAMP8を陰性対照群6匹と本発明剤投与群7匹に任意に分け、本発明剤投与群には、実施例1で製造したアンチエイジング剤を通常飼料(「マウス・ラット・ハムスター用 CLEA Rodent Diet CE-2」日本クレア社製)中に4w/w%の割合で混合し、18週間自由摂取させた。また、対照群には、バレイショデンプンを同通常飼料中に4w/w%の割合で混合した通常餌を自由摂取させた。試験開始から18週間後(36週齢時)まで2週間毎に体重測定とロータ・ロッド試験を行った。体重測定結果を図1に、ロータ・ロッド試験結果を図2に示す。図1,2中、「**」は、分散分析one way ANOVAとBonferroni事後検定で陰性対照群の結果に対してp<0.01で有意差があったことを示す。
図1に示される結果の通り、試験期間において、老化促進モデルマウスSAMP8は正常マウスSAMR1に比べて体重が有意に少なく、本発明に係るアンチエイジング剤を投与しても有意な体重の変化は認められなかった。
図2に示される結果の通り、老化促進モデルマウスSAMP8は正常マウスSAMR1に比べて運動持続時間が有意に短く、筋肉の衰えが認められたが、本発明に係るアンチエイジング剤を投与したところ、投与開始から34~36週経過時点において運動持続時間の有意な向上が認められ、筋肉量の有意な増加が示唆される結果となった。
【0033】
(2)血液検査
試験開始から18週間後(36週齢時)、下行大静脈より血液を採取し、炎症性サイトカインTNF-αおよびIL-6、並びにタンパク質同化ホルモンIGF-1の血清中濃度を、ELISA法により測定した。炎症性サイトカインの結果を図3に、IGF-1の結果を図4に示す。図3,4中、「*」は、分散分析one way ANOVAとBonferroni事後検定で陰性対照群の結果に対してp<0.05で有意差があったことを示し、「**」はp<0.01で有意差があったことを示す。
TNFαやIL-6等の炎症性サイトカインは,骨格筋に存在する各受容体を介してNFκBを活性化し,骨格筋の主要なタンパク分解系であるユビキチン・プロテオソーム系のユビキチンリガーゼを増加させることにより筋分解を促進するとの知見がある。この点に関して、図3に示される結果の通り、老化促進モデルマウスSAMP8は正常マウスSAMR1に比べて炎症性サイトカインの血清濃度が高く、骨格筋の分解が進行していることが示唆された。それに対して本発明に係るアンチエイジング剤を投与すると、これら血清濃度が有意に低下し、炎症性サイトカインによる骨格筋の分解が有意に抑制されていることが示された。
また、タンパク質同化ホルモンは、筋肉の成長を促し、筋力と活力を増強する作用を有する。図4に示される結果の通り、老化促進モデルマウスSAMP8は正常マウスSAMR1に比べてタンパク質同化ホルモンの血清濃度が有意に低く、筋力の低下が示唆されている。それに対して本発明に係るアンチエイジング剤を投与したところ、タンパク質同化ホルモンの血清濃度が有意に高まっており、筋力が有意に増強されていることが示唆される結果となった。
【0034】
(3)筋肉の評価
試験開始から18週間後(36週齢時)、下肢から腓腹筋、長趾伸筋、及びヒラメ筋を摘出し、各湿重量を測定した。結果を表1に示す。表1中、「*」は、分散分析one way ANOVAとBonferroni事後検定で陰性対照群の結果に対してp<0.05で有意差があったことを示し、「**」はp<0.01で有意差があったことを示す。
【0035】
【表1】
【0036】
表1に示される結果の通り、老化促進モデルマウスSAMP8では正常マウスSAMR1に比べて下肢の筋肉量が有意に減少していた。それに対して本発明に係るアンチエイジング剤を投与したところ、ヒラメ筋については有意な変化はなかったものの、腓腹筋と長趾伸筋の量が有意に増加した。
【0037】
また、腓腹筋を筋線維と垂直の方向に薄切してHE染色し、筋線維の断面積を画像解析ソフトWinROOFで測定した。各群の腓腹筋の染色写真を図5A~Cに、腓腹筋筋線維の断面積を図5Dに示す。図5D中、「*」は、分散分析one way ANOVAとBonferroni事後検定で陰性対照群の結果に対してp<0.05で有意差があったことを示し、「**」はp<0.01で有意差があったことを示す。
図5に示される結果の通り、老化促進モデルマウスSAMP8では正常マウスSAMR1に比べて筋線維の断面積が有意に減少していた。それに対して本発明に係るアンチエイジング剤を投与したところ、筋線維断面積が有意に増大した。
【0038】
更に、筋試料におけるユビキチンリガーゼ遺伝子(MuRF1及びAtrogin1)と、長寿遺伝子(Sirt1)の発現をReal-time PCR法で測定した。ユビキチンリガーゼ遺伝子の結果を図6に、長寿遺伝子Sirt1の結果を図7に示す。図6,7中、「*」は、分散分析one way ANOVAとBonferroni事後検定で陰性対照群の結果に対してp<0.05で有意差があったことを示し、「**」はp<0.01で有意差があったことを示す。
ユビキチンリガーゼは、筋肉の成長と修復に最も重要な因子と言われているinsulin-like growth factor-1(IGF-1)シグナル伝達に関連するタンパク質の一つであるinsulin receptor substrate-1(IRS-1)をユビキチン化し、特異的タンパク質分解系であるユビキチン-プロテアソーム系によるIRS-1の分解を促進する。その結果、IGF-1シグナル伝達が低下することにより、筋タンパク質合成が低下し、同時に筋タンパク質分解が亢進することが知られている。図6に示される結果の通り、老化促進モデルマウスSAMP8では正常マウスSAMR1に比べてユビキチンリガーゼ遺伝子であるMuRF1とAtrogin1が有意に多く発現していた。それに対して本発明に係るアンチエイジング剤を投与したところ、これらユビキチンリガーゼ遺伝子の発現が有意に抑制されていた。
また、長寿遺伝子Sirt1には、cyclin-dependent kinase inhibitor p21を介して筋原性前駆細胞(MPC:muscle precursor cell)の増殖を促進したり、筋分化調節因子MyoDと複合体を形成することでペルオキシソーム増殖因子活性化レセプターγ共役因子PGC-1αの発現を上昇させて骨格筋におけるエネルギー代謝を調整している。また、Sirt1は、抗酸化作用や抗炎症性作用を示し、骨格筋以外でも、皮膚の老化、肥満症、認知症など加齢に伴う疾患に対して抑制的に働くことが報告されている。図7Aに示される結果の通り、老化促進モデルマウスSAMP8では正常マウスSAMR1に比べてSirt1のmRNAの生成量が有意に低かったが、本発明に係るアンチエイジング剤を投与したところ、これらSirt1のmRNAの生成量は有意に増加した。また、図7Bの通り、Sirt1のmRNAの生成量と腓腹筋断面積には、有意な相関性が確認された。
以上の実験結果により、本発明に係るアンチエイジング剤は、骨格筋萎縮や運動機能の低下を抑制し、有意なアンチエイジング作用を示すことが証明された。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7