(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-11-07
(45)【発行日】2024-11-15
(54)【発明の名称】ロケットエンジン
(51)【国際特許分類】
F02K 9/52 20060101AFI20241108BHJP
【FI】
F02K9/52
(21)【出願番号】P 2020150595
(22)【出願日】2020-09-08
【審査請求日】2023-08-04
(73)【特許権者】
【識別番号】504137912
【氏名又は名称】国立大学法人 東京大学
(74)【代理人】
【識別番号】100105924
【氏名又は名称】森下 賢樹
(72)【発明者】
【氏名】小泉 宏之
(72)【発明者】
【氏名】秋山 茉莉子
(72)【発明者】
【氏名】西井 啓太
(72)【発明者】
【氏名】室原 昌弥
(72)【発明者】
【氏名】万浪 義史
【審査官】家喜 健太
(56)【参考文献】
【文献】米国特許第05718113(US,A)
【文献】米国特許第03044252(US,A)
【文献】特開平04-370354(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2010/0251695(US,A1)
【文献】独国特許出願公開第19514720(DE,A1)
【文献】米国特許第03849983(US,A)
【文献】米国特許第9021782(US,B1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
F02K 9/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
燃焼室と、
燃料である金属ワイヤを前記燃焼室に供給する金属ワイヤ供給装置と、
酸化剤である水蒸気を前記燃焼室に供給する水蒸気発生装置と、
前記水蒸気雰囲気の前記金属ワイヤに着火する着火装置と、
前記燃焼室と連通するロケットノズルと、
を備えることを特徴とするロケットエンジン。
【請求項2】
前記金属ワイヤは、マグネシウム、マグネシウム合金、アルミニウム、アルミニウム合金のいずれかであることを特徴とする請求項1に記載のロケットエンジン。
【請求項3】
前記ロケットノズルおよび前記燃焼室の少なくとも一方の壁面内に形成された再生冷却流路をさらに備え、
前記水蒸気またはその元となる液体の水は、前記再生冷却流路を経由して前記燃焼室に供給されることを特徴とする請求項1または2に記載のロケットエンジン。
【請求項4】
前記水蒸気発生装置は、
前記燃焼室内に設けられたヒータと、
水滴を前記ヒータに供給する水供給部と、
を含むことを特徴とする請求項1から3のいずれかに記載のロケットエンジン。
【請求項5】
前記水蒸気発生装置は、前記燃焼室内で発生した熱を再利用して、水蒸気を発生することを特徴とする請求項1から4のいずれかに記載のロケットエンジン。
【請求項6】
前記金属ワイヤ供給装置は、前記金属ワイヤをリールに巻かれた状態で収容することを特徴とする請求項1から5のいずれかに記載のロケットエンジン。
【請求項7】
前記燃焼室の前記金属ワイヤの挿入部分に設けられたシール機構をさらに備えることを特徴とする請求項1から6のいずれかに記載のロケットエンジン。
【請求項8】
前記着火装置は、
前記金属ワイヤの先端部分と対向して配置される電極と、
前記金属ワイヤと前記電極間に高電圧を印加する高電圧発生回路と、
を備えることを特徴とする請求項1から7のいずれかに記載のロケットエンジン。
【請求項9】
前記着火装置は、
前記金属ワイヤの先端部分と対向して配置されるコイルと、
前記コイルに交流電圧を印加する高周波電源と、
を備えることを特徴とする請求項1から7のいずれかに記載のロケットエンジン。
【請求項10】
前記着火装置は、
レーザ光源と、
前記レーザ光源の出射ビームを、前記金属ワイヤの先端部分に集光する光学系と、
を備えることを特徴とする請求項1から7のいずれかに記載のロケットエンジン。
【請求項11】
前記着火装置は、前記金属ワイヤの先端部分と対向するロケットノズルを有する加熱器を備えることを特徴とする請求項1から7のいずれかに記載のロケットエンジン。
【請求項12】
前記金属ワイヤの線径は0.05~5mmであることを特徴とする請求項1から11のいずれかに記載のロケットエンジン。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ロケットエンジンに関する。
【背景技術】
【0002】
人工衛星や宇宙探査機に代表される宇宙機が推進力を得て推進するために、エンジンが欠かせない。宇宙機が推力を得る(推進する)ためには、何らかの物質(推進剤と呼ぶ)を宇宙機外に放出する必要があり、この役目を担うのが宇宙機用エンジンである。
【0003】
宇宙機用エンジンの種類は放出に用いるエネルギーによって区別されている。化学反応を利用するものは化学推進ロケット、電気を利用するものは電気推進ロケットと呼ばれ、短時間に大量のエネルギー(大きな推力)が必要な場合は前者が利用され、長時間であっても少ない推進剤での加速が必要な場合は後者が利用される。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【文献】T. F. Miller and D. Herr, 40 th Joint Propulsion Conference, AIAA2004-4037, 2004.
【文献】L. Huang, et al., Chinese Physics B, 24(9), pp. 094702-1 - 8, 2015.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
化学推進ロケットにおいては、一般に反応を生じさせるための燃料と酸化剤が必要となる。地上においては燃料だけを運搬し酸化剤は大気中の酸素を利用するが、宇宙においては両者を運搬する必要がある。両者は混合および着火の過程により激しく反応(燃焼)するため、一般に化学推進ロケットの燃料と酸化剤は、その両方あるいは片方が反応性の高い物質、すなわち危険物であることが多い。現に典型的な化学推進ロケットはヒドラジンと四酸化二窒素を組み合わせている。このような危険物は、国や大企業が主体となる大規模プロジェクトにおいては管理および取扱可能であるが、ベンチャー企業や大学が主体となる小規模プロエジェクトにおいては扱いが極めて難しくなる。加えて、そのような小規模プロジェクトは、大型衛星や他の小型衛星との相乗り打上げを利用することが多く、他衛星へのリスク管理がより厳しく要求される。さらに、宇宙ステーション等の宇宙インフラを利用する際にも危険物は大きな制約となる。さらに、将来的な宇宙開発においては、推進剤の現地調達利用(ISRU:In-Situ Resource Utilization)が重要視されているが、既存の化学推進ロケット技術はそのようなISRUを満たすものではない。
【0006】
本開示はかかる状況においてなされたものであり、その例示的な目的のひとつは、化学推進ロケットでありながら、燃料と酸化剤として安全なものを選択することができる化学推進ロケットの提供にある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本開示の一態様に係るロケットエンジンは、燃焼室と、金属ワイヤを燃焼室に供給する金属ワイヤ供給装置と、水蒸気を燃焼室に供給する水蒸気発生装置と、金属ワイヤに着火する着火装置と、燃焼室と連通するロケットノズルと、を備える。
【0008】
なお、以上の構成要素の任意の組合せ、本発明の表現を装置、方法、システムなどの間で変換したものもまた、本発明の態様として有効である。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、燃料と酸化剤として安全なものを選択することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1】実施形態に係るロケットエンジンを示す図である。
【
図2】
図2(a)~(c)は、ロケットエンジンの動作を説明する図である。
【
図5】着火までの投入電力の圧力依存性を示す図である。
【
図6】着火時間T
igの逆数の圧力依存性を示す図である。
【
図7】
図7(a)、(b)は、燃焼後退速度の圧力依存性を示す図である。
【
図8】
図8(a)~(c)は、変形例1に係る着火装置を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
(実施形態の概要)
本開示のいくつかの例示的な実施形態の概要を説明する。この概要は、後述する詳細な説明の前置きとして、実施形態の基本的な理解を目的として、1つまたは複数の実施形態のいくつかの概念を簡略化して説明するものであり、発明あるいは開示の広さを限定するものではない。またこの概要は、考えられるすべての実施形態の包括的な概要ではなく、実施形態の欠くべからざる構成要素を限定するものではない。便宜上、「一実施形態」は、本明細書に開示するひとつの実施形態(実施例や変形例)または複数の実施形態(実施例や変形例)を指すものとして用いる場合がある。
【0012】
一実施形態に係るロケットエンジンは、燃焼室と、金属ワイヤを燃焼室に供給する金属ワイヤ供給装置と、水蒸気を燃焼室に供給する水蒸気発生装置と、金属ワイヤに着火する着火装置と、燃焼室と連通するロケットノズルと、を備える。
【0013】
金属ワイヤを用いることで、金属と水蒸気の反応(燃焼を含む)を、ワイヤ先端および側面において生じさせている。金属として塊を用いた場合、金属の熱伝導性の高さたのために、ある一点で反応が生じても熱が3次元的に散逸していくため(あるいは塊の熱容量の大きさのためとも言える)、自燃のための温度を維持することが難しい。このロケットエンジンでは、ここにワイヤを用いることで、熱の逃げを1次元に抑制し、ワイヤ先端付近で自燃のための温度を維持することが可能となる。一方、金属として粉体を用いる既存技術が知られており、この場合も熱伝導による散逸を抑制することが可能であるが、粉体の使用は、供給にはキャリアガスの搭載が必要であり、かつ、微小重量下での粉体供給予測が難しいという欠点を抱えている。さらに、そもそも粉体金属自体が危険物に分類されてしまうという欠点を有する。一実施形態に係るロケットエンジンにおけるワイヤ先端の燃焼は、燃焼維持および安全性の観点でこれまでの問題を解決している。
【0014】
金属ワイヤは、マグネシウム、マグネシウム合金、アルミニウム、アルミニウム合金のいずれかであってもよい。これらは常温では酸化物層に覆われて安定的に存在するが、高温雰囲気下では酸化層の破壊とともに周囲の酸化剤(水蒸気など)と激しく反応する。このため、常温で安全かつ、化学推進の燃料として使用することが可能な元素である。
【0015】
また、酸化剤として使用する水は、説明するまでもなく安全な物質である。このため、両者を組み合わせた燃焼を金属ワイヤ機構で実現することは、化学推進ロケットに安全性を付与する効果を持つ。さらに、マグネシウムおよびアルミニウムといった軽金属元素は、宇宙空間(月、小惑星、火星)に酸化物として大量に存在し、水もまた宇宙で採取可能な物質として着目されている。したがって、将来的なISRUの条件に適合する化学推進ロケットと言える。
【0016】
一実施形態において、金属ワイヤ供給装置は、金属ワイヤをリールに巻かれた状態で収容してもよい。これにより、金属ワイヤの運搬、保存、管理が簡素化できる。
【0017】
一実施形態において、ロケットエンジンは、燃焼室の金属ワイヤの挿入部分に設けられたシール機構を備えてもよい。
【0018】
一実施形態において、着火装置は、金属ワイヤの先端部分と対向して配置される電極と、金属ワイヤと電極間に高電圧を印加する高電圧発生回路と、を備えてもよい。
【0019】
一実施形態において、着火装置は、金属ワイヤの先端部分と対向して配置されるコイルと、コイルに交流電圧を印加する高周波電源と、を備えてもよい。
【0020】
一実施形態において、着火装置は、レーザ光源と、レーザ光源の出射ビームを、金属ワイヤの先端部分に集光する光学系と、を備えてもよい。
【0021】
一実施形態において、着火装置は、金属ワイヤの先端部分と対向するロケットノズルを有する加熱器を備えてもよい。
【0022】
一実施形態において、水蒸気発生装置は、燃焼室内で発生した熱を再利用して、水蒸気を発生してもよい。
【0023】
一実施形態において、ロケットエンジンは、ロケットノズルおよび燃焼室の少なくとも一方の壁面内に形成された再生冷却流路をさらに備えてもよい。水蒸気またはその元となる液体の水は、再生冷却流路を経由して燃焼室に供給されてもよい。これにより、燃焼室内で発生した熱を再利用して、水を温め、あるいは気化させることができる。
【0024】
一実施形態において、水蒸気発生装置は、燃焼室内に設けられたヒータと、水滴をヒータに供給する水供給部と、を含んでもよい。
【0025】
一実施形態において、金属ワイヤの線径は0.05~5mmであってもよい。金属ワイヤの線径が大きいほど、大きな推進力が期待される一方で、熱容量が大きく、単位面積当たりの入熱量が小さいことから、温度上昇の速度が低下するため、着火に要する時間(着火時間Tig)は長くなる。したがって、金属ワイヤの線径は、着火時間と推進力を考慮して定めることができ、たとえば0.05~5mmの範囲とすることができる。
【0026】
(実施形態)
以下、本発明を好適な実施の形態をもとに図面を参照しながら説明する。各図面に示される同一または同等の構成要素、部材、処理には、同一の符号を付するものとし、適宜重複した説明は省略する。また、実施の形態は、発明を限定するものではなく例示であって、実施の形態に記述されるすべての特徴やその組み合わせは、必ずしも発明の本質的なものであるとは限らない。
【0027】
また図面に記載される各部材の寸法(厚み、長さ、幅など)は、理解の容易化のために適宜、拡大縮小されている場合がある。さらには複数の部材の寸法は、必ずしもそれらの大小関係を表しているとは限らず、図面上で、ある部材Aが、別の部材Bよりも厚く描かれていても、部材Aが部材Bよりも薄いこともあり得る。
【0028】
図1は、実施形態に係るロケットエンジン100を示す図である。ロケットエンジン100は、燃焼室110、金属ワイヤ供給装置120、水蒸気発生装置130、ロケットノズル140、着火装置150、シール機構160を備える。このロケットエンジン100を、ハイブリッドスラスターとも称する。
【0029】
金属ワイヤ供給装置120は、燃料である金属ワイヤ2を貯蔵し、燃焼室110に供給する。たとえば金属ワイヤ2をリール124に巻き取られた状態で収容されている。金属ワイヤ供給装置120は、リール124から燃焼室110内に金属ワイヤ2を安定的に供給する繰り出し機構122を備える。繰り出し機構122は、アクチュエータおよびガイドで構成することができる。
【0030】
金属ワイヤ2は、常温で安定な金属材料を使用することが好ましく、この観点から、マグネシウム(Mg)、マグネシウム合金、アルミニウム(A)、アルミニウム合金のいずれかが好適である。
【0031】
マグネシウム合金としては、Mg-Alの合金(AM系)、Mg-Al-Znの合金(AZ系)、Mg-Zn-Zrの合金(ZK系)、Mg-Cu-Znの合金(ZC系)、Mg-希土類元素-Zrの合金(EZ系)、Mg-Zr-希土類元素-Agの合金(QE系)、Mg-Y-希土類元素の合金(WE系)、Mg-Al-Siの合金(As)系、Mg-Al-希土類元素の合金(AE系)、Mg-Mnの合金(M系)などが知られており、それらを用いることができる。
【0032】
アルミニウム合金としては、純アルミである1000番系、銅(Cu)を含む2000番系、マンガン(Mn)を含む3000番系、シリコン(Si)を含む4000番系、マグネシウム(Mg)を含む5000番系、シリコン(Si)およびマグネシウム(Mg)を含む6000番系、亜鉛(Zn)とマグネシウム(Mg)を加えた7000番系などが知られており、それらを用いることができる。
【0033】
金属ワイヤ2の線径が大きいほど、推進力は大きく、着火時間は長くなる。したがって金属ワイヤ2の線径は、必要な推進力と、着火時間を考慮して設計すればよく、線径は、0.05~5mmの範囲が好適である。
【0034】
ロケットノズル140は、燃料と酸化剤から熱エネルギーを取り出し特定方向の運動エネルギーに変換する機器である。ロケットノズル140は、燃焼室110と連通しており、燃焼室110において、金属ワイヤ2と水蒸気4の反応によって生成された推進剤6は、ロケットノズル140から宇宙空間に放出され、推進力を発生させる。燃焼室110は、ロケットノズル140の一部分と把握することもできる。
【0035】
シール機構160は、金属ワイヤ2を燃焼室110に導入する箇所から燃焼ガスが外部に漏れることを防ぐ機構であり、典型的には、グリスシール162、メカニカルシール164、ラビリンスシール166等を組み合わせたものである。グリスシール162は、グリスポッドと、グリスポッドに充填されたグリスを含む。メカニカルシール164はたとえばテフロン(登録商標)スリーブを含む。またラビリンスシール166はセラミックで構成してもよい。
【0036】
水蒸気発生装置130は、燃焼室110内に酸化剤となる水蒸気4を発生させる。たとえば水蒸気発生装置130は、液体の水8(不純物が含まれているものを含む)を貯蔵するタンク(不図示)と、水8を燃焼室110内に供給する噴射ノズル132と、ヒータ134を含みうる。ヒータ134は、水蒸気発生装置130内の水8を加熱し、水8を気化させて水蒸気4を発生させる。なお、水蒸気発生装置130の構成はこれに限定されず、燃焼室110の外部において水を気化し、水蒸気を燃焼室110内に供給してもよい。
【0037】
ロケットノズル140および/または燃焼室110の内部、あるいはそれと接して、再生冷却流路142が設けられる。液体の水8は、タンクから再生冷却流路142を経由して噴射ノズル132に供給されることが好ましい。これにより、ロケットノズル140から奪った熱を、水8の加熱に利用することができ、水8を気化させるために必要なエネルギーを減らすことができる。
【0038】
上述のように、マグネシウム(Mg)、マグネシウム合金、アルミニウム(A)、アルミニウム合金は、常温で安定であるが故に、室温では酸化剤である水蒸気と反応せず、金属ワイヤ2を水蒸気と反応させるためには、金属ワイヤ2の温度を発火点以上に上昇させる必要がある。着火装置150は、金属ワイヤ2を加熱して、金属ワイヤ2と水蒸気4の燃焼反応を開始させるための機構である。本実施形態において、着火装置150は、放電を利用して金属ワイヤ2を着火させる。着火装置150は、電極151および高電圧発生回路152を備える。電極151は、金属ワイヤ2の先端部分3と対向して設けられる。高電圧発生回路152は、金属ワイヤ2と電極151の間に、直流、交流あるいはパルスの高電圧VHを印加する。高電圧VHの印加により、金属ワイヤ2と電極151の間のギャップに強電界が発生し、絶縁破壊が起こる。絶縁破壊によるアーク放電により、金属ワイヤ2の先端部分3の温度が、発火点より高い温度まで上昇する。
【0039】
たとえば高電圧発生回路152は、電圧源153およびスイッチSW1を含む。電圧源153の陰極および陽極の一方は、電極151と接続され、他方は金属ワイヤ2と電気的に接続される。この例では、繰り出し機構122のローラーを金属で形成し、ローラーを経由して、金属ワイヤ2と電圧源153が電気的に接続される。スイッチSW1がオンすると、高電圧VHが電極151と金属ワイヤ2の間に印加される。
【0040】
以上がロケットエンジン100の基本構成である。続いてその動作を説明する。
図2(a)~(c)は、ロケットエンジン100の動作を説明する図である。
図2(a)は着火前の状態を示している。金属ワイヤ供給装置120は、金属ワイヤ2を燃焼室110内に送り出し、その先端部分3を、電極151に近接させる。また水蒸気発生装置130は、燃焼室110内に水8を供給し、ヒータ134をオンにして水8を加熱し、燃焼室110内に水蒸気4を発生させる。
【0041】
続いて、着火装置150のスイッチSW1をオンする。これにより、金属ワイヤ2と電極151の間に高電圧が印加され、アーク放電5が発生し、金属ワイヤ2の温度が上昇し、金属ワイヤ2と水蒸気4の反応が開始する。金属ワイヤ2がマグネシウムの場合、反応式は以下で表される。
Mg+H2O→H2+MgO+ΔH0, ΔH0=-359.68kJ
【0042】
金属ワイヤ2がアルミニウムの場合、反応式は以下で表される。
2Al+3H2O→Al2O3+3H2+ΔH0, ΔH0=-962.32kJ
【0043】
図2(c)に示すように、ワイヤ先端部分3が燃焼を開始すると、燃焼面がある速度(燃焼後退速度)v
1で上流側に移動していく。この燃焼後退速度v
1と実質的に等しい速度v
2で、金属ワイヤ供給装置120より金属ワイヤ2を送り出す。燃焼後退速度v
1と送り速度v
2をあわせることで、燃焼箇所すなわちワイヤ先端部分3の位置をある箇所に留めることができる。燃焼室110内部で生成された推進剤6は、ロケットノズル140から外部へと放出され、大きな反応熱を、推進力に変換することができる。なお、燃焼中は、スイッチSW1をオフしておいてよい。推進を停止する場合には、金属ワイヤ供給装置120による金属ワイヤ2の送り出し、ならびに水蒸気4の供給を停止すればよい。
【0044】
以上がロケットエンジン100の動作である。続いてその利点を説明する。
【0045】
比較技術として、バルクの金属を用いたハイブリッドスラスターを考える。バルク金属を用いた場合、金属の熱伝導性の高さたのために、ある一点で反応が生じても熱が3次元的に散逸していくため(あるいは塊の熱容量の大きさのためとも言える)、自燃のための温度を維持することが難しい。これに対して本実施形態に係るロケットエンジン100では、金属ワイヤ2を用いることで、熱の逃げを1次元に抑制し、ワイヤ先端付近で自燃のための温度を維持することが可能となる。
【0046】
また一方、金属として粉体を用いる既存技術が知られており、この場合も熱伝導による散逸を抑制することが可能であるが、粉体の使用は、供給にはキャリアガスの搭載が必要であり、かつ、微小重量下での粉体供給予測が難しいという欠点を抱えている。さらに、そもそも粉体金属自体が危険物に分類されてしまうという欠点を有する。本実施形態では、燃焼維持および安全性の観点で既存技術における問題を解決できる。
【0047】
アルミニウムやマグネシウム、それらの合金からなる金属ワイヤは、常温では酸化物層に覆われて安定的に存在するが、高温雰囲気下では酸化層の破壊とともに周囲の酸化剤(水蒸気など)と激しく反応する性質をもつ。このため、安全性の観点から優れている。また、本実施形態において酸化剤として使用する水は、安全な物質である。このため、両者を組み合わせた燃焼を、金属ワイヤ機構で実現することは、化学推進ロケットの安全性に寄与する。
【0048】
さらに、マグネシウムおよびアルミニウムといった軽金属元素は、宇宙空間(月、小惑星、火星)に酸化物として大量に存在し、水もまた宇宙で採取可能な物質として着目されている。したがって、将来的なISRUの条件に適合する化学推進ロケットと言える。
【0049】
(燃焼実験)
ロケットエンジン100を模擬した実験装置を用いて、燃焼実験を行った結果を説明する。
図3は、実験装置200を示す図である。実験装置200は、燃焼室210、着火装置220、水蒸気発生装置230、圧力計240、カメラ250を備える。
【0050】
着火装置220は、高周波電源222、トランス224,226および電極228を備える。電極228は、金属ワイヤ202の先端と対向して設けられる。この実験では金属ワイヤ202は固定されており、送り出しは行わないものとする。高周波電源222が発生する高周波電圧VRFは、トランス224,226によって昇圧され、交流の高電圧VHが、金属ワイヤ202と電極228の間に印加される。電極228としては、放電用電極として広く用いられるThO2-W合金(トリエーテッドタングステン)を用いた。
【0051】
水蒸気発生装置230は、所定の圧力にコントロールされた水蒸気204を燃焼室210内に供給する。圧力計240は、燃焼室210の内部圧力を測定する。燃焼室210の内部の様子は、カメラ250によって撮影可能とした。
【0052】
実験パラメータは以下の通りである。金属ワイヤ202としてマグネシウムを用い、線径は0.2mm,0.5mm,0.8mmのものを用いた。水蒸気204の圧力は10kPa,50kPa,70kPaと変化させた。水蒸気204の圧力は、水温によって管理したものであり、10%程度の誤差を含みうる。電極228と金属ワイヤ202の先端の距離(ギャップ長)は2~5mmとした。また電極間には、8kVの高電圧VHを印加した。
【0053】
図4は、燃焼室210内の圧力を示す波形図である。金属ワイヤ202の線径は0.8mmであり、水蒸気圧力は50kPaである。
【0054】
図4には、圧力に加えて、着火のトリガーを示す波形が示され、トリガーが1である時刻0~4.5秒の期間にわたり、電極228と金属ワイヤ202間に高電圧V
Hが印加されている。
【0055】
放電開始から3.8秒後に、圧力が上昇していることから、着火時間Tigは3.8秒である。また放電開始から7.37秒後に、圧力がもとに戻っていることから、燃焼時間Tfは3.57秒である。
【0056】
図5は、着火までの投入電力の圧力依存性を示す図である。投入電力が20Wを超えているプロットは測定ミスによるものである。したがってこの着火装置の投入電力は、5W以下であり、小型宇宙機において十分まかなうことができる範囲にある。またこの結果から、投入電力は、線径にほとんど依存しないことが分かる。
【0057】
図6は、着火時間T
igの逆数(1/T
ig)の圧力依存性を示す図である。着火時間T
igの逆数は、着火のしやすさを表す指標である。この結果から、金属ワイヤ202の線径が小さいほど着火しやすいことがわかる。
【0058】
図7(a)、(b)は、燃焼後退速度の圧力依存性を示す図である。燃焼後退速度は、
図2(c)における速度v
1に相当する。線径0.5mmおよび0.8mmの結果から、燃焼後退速度の圧力依存性が小さいことが分かる。一方、線径0.2mmではばらつきが大きくなっているが、これは燃焼時間の推定精度が悪いことが要因と考えられる。
【0059】
この実験結果から得られた結果を、実施形態に係るロケットエンジン100に適用したときの特性を見積もると、ワイヤ径0.8mm、雰囲気圧力50kPaの場合、混合比O/F=1.5、小型宇宙機の質量4kgを仮定すると、比推力190s、推力26mN、速度増分6.3m/s(500秒燃焼)が得られる。これは、現存の科学推進機と同等の性能であるといえ、本実施形態に係るロケットエンジン100の有用性が確認された。
【0060】
上述の実施の形態は例示であり、それらの各構成要素や各処理プロセスの組み合わせにいろいろな変形例が可能なこと、またそうした変形例も本発明の範囲にあることは当業者に理解されるところである。以下、こうした変形例について説明する。
【0061】
(変形例1)
着火手段は、放電によるものに限定されず、誘導加熱を利用した着火、レーザー加熱による着火、ならびにヒーターを利用した着火を採用することも可能である。
図8(a)~(c)は、変形例1に係る着火装置150A~150Cを示す図である。
【0062】
図8(a)の着火装置150Aは、誘導加熱式であり、コイルL1と、高周波電源154を備える。コイルL1は、金属ワイヤ2の先端部分3と対向して配置される。高周波電源154は、コイルL1に高周波交流電圧V
RFを印加する。コイルL1に交流電流が流れると、コイルL1と鎖交する高周波磁場Bが発生する。高周波磁場Bによる電磁誘導により、金属ワイヤ2の先端部分3が加熱される。
【0063】
図8(b)の着火装置150Bは、レーザ加熱式であり、レーザ光源155および集光光学系156を含む。集光光学系156は、レーザ光源155の出射ビームBMを、金属ワイヤ2の先端部分3に集光する。光エネルギーが金属ワイヤ2に吸収され、金属ワイヤ2の温度が上昇する。
【0064】
図8(c)の着火装置150Cはガストーチ加熱式であり、加熱器(トーチ)158を備える。加熱器158は、金属ワイヤ2の先端部分3と対向する着火ノズル159を有する。燃料(たとえばH
2)に酸化剤(たとえば酸素O
2)を混合することにより燃料を燃焼させる。燃料であるH
2と酸化剤であるO
2は、水を電気分解することにより生成することができる。上述のように、ハイブリッドスラスターの酸化剤は水(水蒸気)であるから、着火装置150Cのための水は、これを流用することができる。
【0065】
(変形例2)
実施形態では、燃焼室110の内部に供給された液体の水を、ヒータ134の熱によって水を気化させたがその限りでない。燃焼室の壁面の温度が、燃焼ガスにより温められた後は、壁面からの熱によって液体の水を気化させてもよい。
【0066】
また燃焼室110の外部において水蒸気を生成し、水蒸気を燃焼室110内に供給してもよい。
【0067】
また、両者の中間的存在として、燃焼室110やロケットノズル140の壁面内部に設けられた再生冷却流路142に液体の水を通過させ、燃焼ガスからの熱により水を気化させ(再生冷却)、燃焼室110に送り込んでもよい。
【0068】
(変形例3)
上述の説明では、燃焼後退速度v1と金属ワイヤ2の送り出しの速度v2を等しくしたが、その限りでない。両速度v1,v2に差をもたせることにより、燃焼室110の壁面近傍で燃焼させたり、脈動的な燃焼を行うことも可能である。
【0069】
(変形例4)
一旦、ロケットエンジン100を着火し、推進した後に、ロケットエンジン100を停止した後、再びロケットエンジン100を着火させる再着火も重要な技術である。金属ワイヤ2を燃焼させると、その先端部分3には、燃えかすが残留したり、酸化膜が付着することにより、再着火が難しくなる場合がある。この対策として、ロケットエンジン100は、再着火前もしくは燃焼停止後、金属ワイヤ2の先端を切り落とし、新たな先端面を露出させるワイヤカッタを備えてもよい。
【0070】
(変形例5)
実施形態ではリールに巻いた状態で金属ワイヤ2を収容したがその限りでなく、棒状の金属ワイヤ2を用いてもよい。また金属ワイヤ2の材料は、上述したものに限定されず、将来利用可能な新たな材料に置換することも可能である。
【0071】
実施の形態にもとづき、具体的な用語を用いて本発明を説明したが、実施の形態は、本発明の原理、応用を示しているにすぎず、実施の形態には、請求の範囲に規定された本発明の思想を逸脱しない範囲において、多くの変形例や配置の変更が認められる。
【符号の説明】
【0072】
100 ロケットエンジン
110 燃焼室
120 金属ワイヤ供給装置
122 繰り出し機構
124 リール
126 収容部
130 水蒸気発生装置
132 噴射ノズル
134 ヒータ
140 ロケットノズル
142 再生冷却流路
150 着火装置
151 電極
152 高電圧発生回路
153 電圧源
SW1 スイッチ
154 高周波電源
L1 コイル
155 レーザ光源
156 集光光学系
158 加熱器
159 着火ノズル
160 シール機構
162 グリスシール
164 メカニカルシール
166 ラビリンスシール
200 実験装置
210 燃焼室
220 着火装置
230 水蒸気発生装置
240 圧力計
250 カメラ
2 金属ワイヤ
3 先端部分
4 水蒸気
6 推進剤
8 水