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特許7584138スズ含有リチウムリン硫化物及びその製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-11-07
(45)【発行日】2024-11-15
(54)【発明の名称】スズ含有リチウムリン硫化物及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
   C01B 25/14 20060101AFI20241108BHJP
   H01B 1/06 20060101ALI20241108BHJP
   H01B 1/10 20060101ALI20241108BHJP
   H01M 10/052 20100101ALI20241108BHJP
   H01M 10/0562 20100101ALI20241108BHJP
【FI】
C01B25/14
H01B1/06 A
H01B1/10
H01M10/052
H01M10/0562
【請求項の数】 11
(21)【出願番号】P 2021039391
(22)【出願日】2021-03-11
(65)【公開番号】P2022139139
(43)【公開日】2022-09-26
【審査請求日】2023-11-15
(73)【特許権者】
【識別番号】301021533
【氏名又は名称】国立研究開発法人産業技術総合研究所
(74)【代理人】
【識別番号】110000796
【氏名又は名称】弁理士法人三枝国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】乙山 美紗恵
(72)【発明者】
【氏名】倉谷 健太郎
(72)【発明者】
【氏名】小林 弘典
【審査官】森坂 英昭
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2013/118722(WO,A1)
【文献】ZHAO Feipeng et al.,n Air‐Stable and Li‐Metal‐Compatible Glass‐Ceramic Electrolyte enabling High‐Performance All‐Solid‐State Li Metal Batteries,Advanced Materials,Vol. 33,No. 8,DOI: 10.1002/adma.202006577
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C01B 25/00 - 25/46
H01B 1/06
H01B 1/10
H01M 10/052
H01M 10/0562
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
一般式(1):
xLin1SnSm1・(1-x)Lin2PS (1)
[式中、n1、n2、m1、m2及びxは、3.0≦n1≦5.0;2.0≦n2≦4.0;3.0≦m1≦5.0;3.0≦m2≦5.0;0.00<x<0.40を満たす。]
で表される組成を有し、且つ、
結晶及び/又はガラスを有し、
前記結晶は、CuKα線によるX線回折図における回折角2θ=10°~80°の範囲内において、少なくとも、17.5°、18.1°、25.9°、29.1°及び29.8°の5箇所にピークを有する、スズ含有リチウムリン硫化物。
【請求項2】
前記結晶を有する、請求項1に記載のスズ含有リチウムリン硫化物。
【請求項3】
CuKα線によるX線回折図における回折角2θ=10°~80°の範囲内において、±0.2°の許容範囲で、少なくとも、22.0°及び22.6°の2箇所にピークを有し、22.6°のピーク強度の、22.0°のピーク強度に対する比(22.6°のピーク強度/22.0°のピーク強度)が、0.9~1.4である請求項2に記載のスズ含有リチウムリン硫化物。
【請求項4】
β-LiPS型結晶構造を有する、請求項2又は3に記載のスズ含有リチウムリン硫化物。
【請求項5】
CuKα線によるX線回折図における回折角2θ=10°~80°の範囲内において、ピークを有さない、請求項1に記載のスズ含有リチウムリン硫化物。
【請求項6】
請求項1~のいずれか1項に記載のスズ含有リチウムリン硫化物の製造方法であって、原料として、硫化リチウム、硫化スズ及び硫化リンを含む原料を用い、メカニカルミリング処理に供する工程
を備える、製造方法。
【請求項7】
前記硫化リチウムの使用量が、前記硫化スズ1モルに対して、4.5~16.0モルである、請求項に記載の製造方法。
【請求項8】
前記硫化リンの使用量が、前記硫化スズ1モルに対して、0.8~5.0モルである、請求項又はに記載の製造方法。
【請求項9】
前記メカニカルミリング処理に供した後、熱処理を施す、請求項のいずれか1項に記載の製造方法。
【請求項10】
請求項1~のいずれか1項に記載のスズ含有リチウムリン硫化物を含有する、リチウムイオン二次電池用固体電解質。
【請求項11】
請求項1~のいずれか1項に記載のスズ含有リチウムリン硫化物、又は請求項10に記載のリチウムイオン二次電池用固体電解質を用いたリチウムイオン二次電池。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、スズ含有リチウムリン硫化物及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
リチウムイオン二次電池は、高エネルギー密度電池として注目され、携帯機器(小型民生用途)のみならず、車載用、社会インフラ等の定置用途にも用途が拡大している。これら大型リチウムイオン二次電池への要求の一つとして、安全性の向上が挙げられる。通常のリチウムイオン二次電池(以後液系と略記)には有機電解液が使用され、粘度低下剤として消防法危険物第4類の第二石油類に該当する可燃性の低沸点溶媒(炭酸ジメチル、炭酸ジエチル、炭酸エチルメチル等)が大量に含まれるため、電池の発火、発煙の懸念がある。安全性の向上のための企業努力は行われているものの、構成部材の変更、つまり電解液をより可燃性の低い固体電解質に変更し、材料構成上、飛躍的な安全性向上及びエネルギー密度向上が図れれば、安全性配慮のためのコスト低減がはかれ、産業上きわめて有用である。
【0003】
固体電解質には高分子系と無機系があるが、高分子系は現状室温以下でのイオン伝導度が低く、60℃以上でないと液系に近い十分な電池作動が見込めない。
【0004】
一方、無機系には酸化物系と硫化物系があるが、酸化物系はイオン伝導度が高いものの、成形性が低く脆いためプレスのみによる電池構築が困難という問題がある。それに対して、硫化物固体電解質は、現行の有機電解液よりもイオン伝導度が高いものも存在するため、電解液を代替する固体電解質として有望視されている。
【0005】
しかしながら、硫化物固体電解質は、イオン伝導度が高く、成形性に優れているものの、大気に暴露すると大気中の水分と反応して硫化水素が発生する。これに対して、電解質構成元素としてSnを使用すると、大気中の水分と反応しづらくなる(例えば、非特許文献1参照)。例えば、非特許文献2には、LiSとSn及びSを石英アンプル内で熱処理して、直方晶LiSnSを合成することが記載されている。また、非特許文献3には、LiSとSnSとをメカノケミカル処理することで、六方晶LiSnSが生じることが記載されている。非特許文献4には、LiPSのPの20%をSnで置換して得られた結晶は、LiPS結晶よりもイオン伝導度が高くなることが記載されている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0006】
【文献】Energy Environ.Sci.,7(2014)1053.
【文献】Chem.Mater.,24(2012)2211-2219.
【文献】Inorg.Chem.,57(2018)9925-9930.
【文献】Adv.Mater.,33(2021)2006577.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、非特許文献2のように固相法で製造された直方晶LiSnSや、非特許文献3のようにメカノケミカル処理により合成された六方晶LiSnSは、イオン伝導度が十分高いとは言い切れず、粉末成形体での室温におけるイオン伝導度は10-5Scm-1程度である。非特許文献4では結晶に関してイオン伝導度が向上することが報告されているが、汎用的に全固体電池の電解質として用いられているLiPSガラスに対して、Pの一部をSnで置換した場合については調べられていない。
【0008】
本発明は、上記した従来技術の現状に鑑みてなされたものであり、その主な目的は、イオン伝導度を向上させることができ、硫化水素発生量を低減することができるリチウムイオン二次電池用の固体電解質として使用することができる化合物を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、上記した目的を達成すべく鋭意研究を重ねてきた。その結果、特定のスズ含有リチウムリン硫化物が、イオン伝導度を向上させることができ、硫化水素発生量を低減することができることを見出した。本発明は、このような知見に基づき、さらに研究を重ね、完成されたものである。即ち、本発明は、以下の構成を包含する。
【0010】
項1.一般式(1):
xLin1SnSm1・(1-x)Lin2PSm2] (1)
[式中、n1、n2、m1、m2及びxは、3.0≦n1≦5.0;2.0≦n2≦4.0;3.0≦m1≦5.0;3.0≦m2≦5.0;0.00<x<0.40を満たす。]
で表される組成を有する、スズ含有リチウムリン硫化物。
【0011】
項2.結晶を有する、項1に記載のスズ含有リチウムリン硫化物。
【0012】
項3.CuKα線によるX線回折図における回折角2θ=10°~80°の範囲内において、±0.4°の許容範囲で、少なくとも、17.5°、18.1°、25.9°、29.1°及び29.8°の5箇所にピークを有する、項2に記載のスズ含有リチウムリン硫化物。
【0013】
項4.CuKα線によるX線回折図における回折角2θ=10°~80°の範囲内において、±0.2°の許容範囲で、少なくとも、22.0°及び22.6°の2箇所にピークを有し、22.6°のピーク強度の、22.0°のピーク強度に対する比(22.6°のピーク強度/22.0°のピーク強度)が、0.90~1.4である項2又は3に記載のスズ含有リチウムリン硫化物。
【0014】
項5.β-LiPS型結晶構造を有する、項2~4のいずれか1項に記載のスズ含有リチウムリン硫化物。
【0015】
項6.CuKα線によるX線回折図における回折角2θ=10°~80°の範囲内において、ピークを有さない、項1に記載のスズ含有リチウムリン硫化物。
【0016】
項7.項1~6のいずれか1項に記載のスズ含有リチウムリン硫化物の製造方法であって、
原料として、硫化リチウム、硫化スズ及び硫化リンを含む原料を用い、メカニカルミリング処理に供する工程
を備える、製造方法。
【0017】
項8.前記硫化リチウムの使用量が、前記硫化スズ1モルに対して、4.5~16.0モルである、請求項7に記載の製造方法。
【0018】
項9.前記硫化リンの使用量が、前記硫化スズ1モルに対して、0.80~5.0モルである、項7又は8に記載の製造方法。
【0019】
項10.前記メカニカルミリング処理に供した後、熱処理を施す、項7~9のいずれか1項に記載の製造方法。
【0020】
項11.項1~6のいずれか1項に記載のスズ含有リチウムリン硫化物を含有する、リチウムイオン二次電池用固体電解質。
【0021】
項12.項1~6のいずれか1項に記載のスズ含有リチウムリン硫化物、又は項11に記載のリチウムイオン二次電池用固体電解質を用いたリチウムイオン二次電池。
【発明の効果】
【0022】
本発明のスズ含有リチウムリン硫化物は、イオン伝導度を向上させることができ、硫化水素発生量を低減することができるリチウムイオン二次電池用の固体電解質として有用である。
【図面の簡単な説明】
【0023】
図1】実施例1~3及び比較例1~8で得られた粉末のX線回折図を示す。
図2】実施例1~3及び比較例1~8で得られた粉末のラマンスペクトルを示す。
図3】実施例1~3及び比較例1~8で得られた粉末を用いたペレットのイオン伝導度を示すグラフである。
図4】実施例1~3並びに比較例1~3及び8で得られた粉末の示差走査熱量測定の結果を示すグラフである。
図5】実施例4~6並びに比較例9~12で得られた粉末のX線回折図を示す。
図6】実施例1~6並びに比較例1~3及び9~11で得られた粉末を用いたペレットのイオン伝導度を示すグラフである。
図7】実施例1~6並びに比較例1及び9で得られた粉末のイオン伝導度の温度依存性を示すグラフである。
図8】試験例7の硫化水素ガス発生量の測定中の様子を示す。
図9】試験例7の硫化水素ガス発生量の測定結果を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0024】
本明細書において、「含有」は、「含む(comprise)」、「実質的にのみからなる(consist essentially of)」、及び「のみからなる(consist of)」のいずれも包含する概念である。
【0025】
また、本明細書において、数値範囲を「A~B」で示す場合、A以上B以下を意味する。
【0026】
1.スズ含有リチウムリン硫化物
本発明のスズ含有リチウムリン硫化物は、
一般式(1):
xLin1SnSm1・(1-x)Lin2PSm2] (1)
[式中、n1、n2、m1、m2及びxは、3.0≦n1≦5.0;2.0≦n2≦4.0;3.0≦m1≦5.0;3.0≦m2≦5.0;0.00<x<0.40を満たす。]
で表される組成を有する。
【0027】
つまり、本発明のスズ含有リチウムリン硫化物は結晶でもガラスでもよい。いずれにしても、イオン伝導度を向上させることができ、硫化水素発生量を低減することができる。なかでも、結晶のほうが、イオン伝導度をさらに向上させることができる。なお、本明細書において、上記組成のガラスとは、CuKα線によるX線回折図における回折角2θ=10°~80°の範囲内において、明確な(例えば、半値幅1°未満等)ピークを有さないものをいう。
【0028】
本発明のスズ含有リチウムリン硫化物が結晶を含有する場合、スズ含有リチウムリン硫化物の結晶性については、X線回折図によって評価する。本発明において、X線回折図は、粉末X線回折測定法によって求められるものであり、以下の測定条件:
X線源:CuKα 40kV-40mA
測定条件:2θ=10°~80°、0.1°ステップ、走査速度5秒/ステップ
で測定する。
【0029】
本発明のスズ含有リチウムリン硫化物は、結晶を含有する場合は、CuKα線によるX線回折図における回折角2θ=10°~80°の範囲内において、±0.4°(特に±0.3°)の許容範囲で、少なくとも、17.5°、18.1°、25.9°、29.1°及び29.8°の5箇所にピークを有することが好ましい。つまり、本発明のスズ含有リチウムリン硫化物は、CuKα線によるX線回折図における回折角2θ=10°~80°の範囲内において、17.1°~17.9°(特に17.2°~17.8°)、17.7°~18.5°(特に17.8°~18.4°)、25.5°~26.3°(特に25.6°~26.2°)、28.7°~29.5°(特に28.8°~29.4°)及び29.4°~30.2°(特に29.5°~30.1°)の範囲に、それぞれピークを有する。なお、リチウムスズ硫化物を含まないリチウムリン硫化物の場合は、熱処理を行わなければ、CuKα線によるX線回折図における回折角2θ=10°~80°の範囲内においてピークを有さず、ガラスであり、リチウムリン硫化物を含まないリチウムスズ硫化物の場合は、上記29.1°及び29.8°のピークを有さない。
【0030】
本発明のスズ含有リチウムリン硫化物は、結晶を含有する場合は、CuKα線によるX線回折図における回折角2θ=10°~80°の範囲内において、上記17.5°、18.1°及び29.1°のピークが、同程度にピーク強度が大きいピークであることが好ましい。
【0031】
本発明のスズ含有リチウムリン硫化物は、結晶を含有する場合は、CuKα線によるX線回折図における回折角2θ=10°~80°の範囲内において、±0.2°の許容範囲で、少なくとも、22.0°及び22.6°の2箇所にピークを有することが望ましい。つまり、本発明のスズ含有リチウムリン硫化物は、CuKα線によるX線回折図における回折角2θ=10°~80°の範囲内において、21.8°~22.2°及び22.4°~22.8°の範囲に、それぞれピークを有する。
【0032】
本発明のスズ含有リチウムリン硫化物は、結晶を含有する場合は、CuKα線によるX線回折図における回折角2θ=10°~80°の範囲内において、上記22.6°のピーク強度の、上記22.0°のピーク強度に対する比(上記22.6°のピーク強度/上記22.0°のピーク強度)が、0.90~1.4が好ましく、1.0~1.3がより好ましい。
【0033】
本発明のスズ含有リチウムリン硫化物は、結晶を含有する場合は、結晶性によっては、CuKα線によるX線回折図における回折角2θ=10°~80°の範囲内において、±0.4°(特に±0.3°)の許容範囲で、19.8°、39.3°、40.3°、44.8°、47.4°及び56.5°の少なくとも1箇所(特に全部)にもピークを有することができる。つまり、本発明のスズ含有リチウムリン硫化物は、CuKα線によるX線回折図における回折角2θ=10°~80°の範囲内において、19.4°~20.2°(特に19.5°~20.1°)、38.9°~39.7°(特に39.0°~39.6°)、39.9°~40.7°(特に40.0°~40.6°)、44.4°~45.2°(特に44.5°~45.1°)、47.0°~47.8°(特に47.1°~47.7°)及び56.1°~56.9°(特に56.2°~56.8°)の範囲に、それぞれピークを有することができる。このことも、リチウムスズ硫化物を含まないリチウムリン硫化物でも、リチウムリン硫化物を含まないリチウムスズ硫化物でもないことを示唆している。
【0034】
本発明のスズ含有リチウムリン硫化物の結晶構造は、結晶を含有する場合は、β-LiPS型結晶構造を有することが好ましい。β-LiPS型結晶構造とは、β-LiPS以外の組成を有することは許容するものであるが、β-LiPSと同一又は類似の結晶構造を有することを意味する。
【0035】
本発明のスズ含有リチウムリン硫化物は、上記の特徴を有することが好ましいが、一般式(1):
xLin1SnSm1・(1-x)Lin2PSm2] (1)
[式中、n1、n2、m1、m2及びxは、3.0≦n1≦5.0;2.0≦n2≦4.0;3.0≦m1≦5.0;3.0≦m2≦5.0;0.00<x<0.40を満たす。]
で表される組成を有するものである。
【0036】
一般式(1)において、n1は、本発明のスズ含有リチウムリン硫化物におけるリチウムスズ硫化物中のリチウム量を意味しており、3.0≦n1≦5.0、好ましくは3.5≦n1≦4.5、より好ましくは3.8≦n1≦4.2である。n1をこの範囲とすることで、本発明のヨウ素含有リチウムスズ硫化物が安定となる。なお、n1が4.0である場合が、本発明のスズ含有リチウムリン硫化物が最も安定であり結晶性も高い。
【0037】
一般式(1)において、m1は、本発明のスズ含有リチウムリン硫化物におけるリチウムスズ硫化物中の硫黄量を意味しており、3.0≦m1≦5.0、好ましくは3.5≦m1≦4.5、より好ましくは3.8≦m1≦4.2である。m1をこの範囲とすることで、本発明のスズ含有リチウムリン硫化物が安定となる。なお、m1が4.0である場合が、本発明のスズ含有リチウムリン硫化物が最も安定であり結晶性も高い。
【0038】
一般式(1)において、n2は、本発明のスズ含有リチウムリン硫化物におけるリチウムリン硫化物中のリチウム量を意味しており、2.0≦n2≦4.0、好ましくは2.5≦n2≦3.5、より好ましくは2.8≦n2≦3.2である。n2をこの範囲とすることで、本発明のスズ含有リチウムリン硫化物が安定となる。なお、n2が3.0である場合が、本発明のスズ含有リチウムリン硫化物が最も安定であり結晶性も高い。
【0039】
一般式(1)において、m2は、本発明のスズ含有リチウムリン硫化物におけるリチウムリン硫化物中の硫黄量を意味しており、3.0≦m2≦5.0、好ましくは3.5≦m2≦4.5、より好ましくは3.8≦m2≦4.2である。m2をこの範囲とすることで、本発明のスズ含有リチウムリン硫化物が安定となる。なお、m2が4.0である場合が、本発明のスズ含有リチウムリン硫化物が最も安定であり結晶性も高い。
【0040】
一般式(1)において、xは、本発明のスズ含有リチウムリン硫化物におけるリチウムスズ硫化物とリチウムリン硫化物との比率を意味しており、0.00<x<0.40、好ましくは0.050≦x≦0.35、より好ましくは0.070≦x≦0.33、さらに好ましくは0.090≦x≦0.31である。xが0.00の場合は、イオン伝導度が低下するとともに、Snを含有していないため安全性の観点で懸念が生じる。また、xが0.40以上の場合も、xが0.00の場合と比較してイオン伝導度が低下する。なお、イオン伝導度の観点からは、0.050≦x≦0.15(特に0.070≦x≦0.13)の組成のガラスが好ましく、耐湿性とイオン伝導度とのバランスの観点では0.25≦x≦0.35(特に0.27≦x≦0.33)の組成の結晶が好ましい。
【0041】
また、本発明のスズ含有リチウムリン硫化物は、室温におけるイオン伝導度が、4.5×10-4~1.0×10-3Scm-1(特に7.0×10-4~1.0×10-3Scm-1)となることが好ましく、60℃におけるイオン伝導度が、9.0×10-4~3.0×10-3Scm-1(特に2.0×10-3~3.0×10-3Scm-1)となることが好ましい。本発明のスズ含有リチウムリン硫化物のイオン伝導度は、ブロッキング電極を用いた交流インピーダンス法により測定する。
【0042】
本発明のスズ含有リチウムリン硫化物は、上記した条件を満足するものであるが、該スズ含有リチウムリン硫化物の性能を阻害しない範囲であれば、その他の不純物が含まれていてもよい。この様な不純物としては、原料に混入する可能性のある遷移金属、典型金属等の金属類;原料及び製造時に混入する可能性のある炭素、酸素等を例示できる。さらに、原料の残存物(硫化リチウム(LiS)、硫化スズ(SnS)、硫化リン(P)等)や、本発明の目的物以外の生成物等も不純物として含まれることがある。これらの不純物の量については、上記したスズ含有リチウムリン硫化物の性能を阻害しない範囲であればよく、通常、上記した条件を満足するスズ含有リチウムリン硫化物の総量を100質量%として、5質量%以下が好ましく、3質量%以下がより好ましく、2重量%以下がさらに好ましい。ただし、硫化リチウムは、イオン伝導度に影響するため、含まないか、含むとしてもごく少量であることが好ましい。
【0043】
これらの不純物が存在する場合には、上記したX線回折図におけるピークの他に、不純物に応じて回折ピークが存在することがある。
【0044】
2.スズ含有リチウムリン硫化物の製造方法
本発明のスズ含有リチウムリン硫化物は、適切な原料に対して、メカニカルミリング処理に供することによって得ることができる。
【0045】
例えば、
原料として、硫化リチウム、硫化スズ及び硫化リンを含む原料を用い、メカニカルミリング処理に供する工程
を備える製造方法により得ることができる。
【0046】
メカニカルミリング処理は、メカノケミカル処理とも言われ、機械的エネルギーを付与しながら原料を摩砕混合する方法であり、この方法によれば、原料に機械的な衝撃及び摩擦を与えて摩砕混合することによって、硫化リチウム、硫化スズ、及び硫化リンが激しく接触して微細化され、原料の反応が生じる。つまり、この際、混合、粉砕及び反応が同時に生じる。このため、原料を高温に熱することなく、原料をより確実に反応させることが可能である。メカニカルミリング処理を用いることで通常の熱処理では得ることのできない、準安定結晶構造が得られることがある。
【0047】
メカニカルミリング処理としては、具体的には、例えば、ボールミル、ビーズミル、ロッドミル、振動ミル、ディスクミル、ハンマーミル、ジェットミル等の機械的粉砕装置を用いて混合粉砕を行うことができる。
【0048】
原料として用いる硫化リチウム(LiS等)については特に限定はなく、市販の硫化リチウムを用いることができる。特に、高純度のものを用いることが好ましい。また、硫化リチウムをメカニカルミリング処理によって混合粉砕するので、使用する硫化リチウムの粒径については限定はなく、通常は、市販されている粉末状の硫化リチウムを用いることができる。
【0049】
原料として用いる硫化スズ(SnS、SnS等)についても特に限定はなく、市販されている任意の硫化スズを用いることができる。特に、高純度のものを用いることが好ましい。また、硫化スズをメカニカルミリング処理によって混合粉砕するので、使用する硫化スズの粒径についても限定はなく、通常は、市販されている粉末状の硫化スズを用いることができる。
【0050】
原料として用いる硫化リン(P、P、P、P等)についても特に限定はなく、市販されている任意の硫化リンを用いることができる。特に、高純度のものを用いることが好ましい。また、硫化リンをメカニカルミリング処理によって混合粉砕するので、使用する硫化リンの粒径についても限定はなく、通常は、市販されている粉末状の硫化リンを用いることができる。
【0051】
これら原料の混合比率については、目的とするスズ含有リチウムリン硫化物の組成と同一になるように調整することができる。
【0052】
具体的には、硫化リチウムの使用量は、硫化スズ1モルに対して、4.5~16.0モルが好ましく、4.2~15.8モルがより好ましい。
【0053】
また、硫化リンの使用量は、硫化スズ1モルに対して、0.80~5.0モルが好ましく、1.0~4.8モルがより好ましい。
【0054】
メカニカルミリング処理を行う際の温度については、特に制限はないが、硫黄が揮発しにくくするとともに、既報の結晶相が生成されにくくする観点から、100℃以下、好ましくは20~40℃でメカニカルミリング処理を行うことが好ましい。
【0055】
メカニカルミリング処理の時間については、特に限定はなく、目的のスズ含有リチウムリン硫化物が析出した状態となるまで任意の時間メカニカルミリング処理を行うことができる。
【0056】
例えば、メカニカルミリング処理は、0.1~200時間程度の処理時間の範囲内において、0.1~100kWh/原料混合物1kg程度のエネルギー量で行うことができる。なお、このメカニカルミリング処理は、必要に応じて途中に休止を挟みながら複数回に分けて行うこともできる。
【0057】
上記したメカニカルミリング処理により、目的とする本発明のスズ含有リチウムリン硫化物を微粉末として得ることができる。
【0058】
このようにして得られた本発明のスズ含有リチウムリン硫化物を、さらに熱処理することも可能である。熱処理する場合は、例えば、200~300℃で行うことができる。また、上記メカニカルミリング処理により、ガラスのスズ含有リチウムリン硫化物が得られた場合、それを上記温度で熱処理することで結晶化でき、結晶のスズ含有リチウムリン硫化物を得ることができる。
【0059】
3.スズ含有リチウムリン硫化物の用途
上記した本発明のスズ含有リチウムリン硫化物は、上記のとおりイオン伝導度を向上させることができ、硫化水素発生量を低減できることから、イオン伝導体(特に固体電解質)として有用であり、特に、リチウムイオン二次電池用固体電解質として使用することが好ましい。
【0060】
本発明のスズ含有リチウムリン硫化物をリチウムイオン二次電池用固体電解質として使用する場合、本発明のリチウムイオン二次電池(特に全固体型リチウムイオン二次電池)の構造は、本発明のスズ含有リチウムリン硫化物を固体電解質として用いること以外は、公知のリチウムイオン二次電池と同様とすることができる。
【0061】
例えば、正極としては、コバルト酸リチウム(LiCoO)、ニッケル酸リチウム(LiNiO)、マンガン酸リチウム(LiMn)、リン酸鉄リチウム(LiFePO)、酸化バナジウム系材料、硫黄系材料等の公知の正極活物質を用い、この正極活物質と、本発明のスズ含有リチウムリン硫化物と、必要に応じて導電剤及びバインダーを含む正極合剤をAl、Ni、ステンレス、カーボンクロス等の正極集電体に担持させることができる。導電剤としては、例えば、黒鉛、コークス、カーボンブラック、針状カーボン等の炭素材料を用いることができる。また、バインダーとしては、例えば、ポリフッ化ビニリデン(PVDF)、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)、ポリイミド(PI)、ポリアミド、ポリアミドイミド、ポリアクリル、スチレンブタジエンゴム(SBR)、スチレン-エチレン-ブチレン-スチレン共重合体(SEBS)、カルボキシメチルセルロース(CMC)等の材料を単独で用いることもでき、2種以上を組合せて用いることもできる。
【0062】
また、負極としては、金属リチウム、炭素系材料(活性炭、黒鉛等)、ケイ素、酸化ケイ素、Si-SiO系材料、リチウムチタン酸化物等の公知の負極活物質を用い、この負極活物質と、本発明のスズ含有リチウムリン硫化物と、必要に応じて導電剤及びバインダーを含む正極合剤をAl、Ni、ステンレス、カーボンクロス等の負極集電体に担持させることができる。導電剤としては、例えば、黒鉛、コークス、カーボンブラック、針状カーボン等の炭素材料を用いることができる。また、バインダーとしては、例えば、ポリフッ化ビニリデン(PVDF)、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)、ポリイミド(PI)、ポリアミド、ポリアミドイミド、ポリアクリル、スチレンブタジエンゴム(SBR)、スチレン-エチレン-ブチレン-スチレン共重合体(SEBS)、カルボキシメチルセルロース(CMC)等の材料を単独で用いることもでき、2種以上を組合せて用いることもできる。なお、電解質として、従来から使用されている電解質を合わせて使用することもできる。
【0063】
また、電解質層としては、本発明のスズ含有リチウムリン硫化物を、必要に応じて公知のバインダーを用いて常法により層状に成形し、電解質層として使用することができる。バインダーとしては、例えば、ポリフッ化ビニリデン(PVDF)、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)、ポリイミド(PI)、ポリアミド、ポリアミドイミド、ポリアクリル、スチレンブタジエンゴム(SBR)、スチレン-エチレン-ブチレン-スチレン共重合体(SEBS)、カルボキシメチルセルロース(CMC)等の材料を単独で用いることもでき、2種以上を組合せて用いることもできる。なお、電解質層として、従来から使用されている電解質層を合わせて使用することもできる。
【0064】
セパレータとしては、例えば、ポリエチレン、ポリプロピレン等のポリオレフィン樹脂、フッ素樹脂、ナイロン、芳香族アラミド、無機ガラス等の材質からなり、多孔質膜、不織布、織布等の形態の材料を用いることができる。
【0065】
さらに、その他の公知の電池構成要素を使用して、常法に従って、リチウムイオン二次電池を組立てることができる。なお、本発明において、「リチウムイオン二次電池」とは、負極材料として金属リチウムを用いた「リチウム二次電池」も包含する概念である。
【0066】
なお、リチウムイオン二次電池の形状についても特に限定はなく、円筒型、角型等のいずれであってもよい。
【実施例
【0067】
以下、実施例を挙げて本発明を更に詳細に説明する。しかしながら、本発明は、以下の実施例のみに限定されないことは言うまでもない。
【0068】
なお、各実施例及び比較例において、メカニカルミリング時間が異なる場合もあるが、これは、硫化リチウム(LiS)粉末が全て反応するまでメカニカルミリングを施したためであり、メカニカルミリング時間の違いは実質的な違いではない。硫化リチウム(LiS)粉末が全て反応すると、CuKα線によるX線回折図における回折角2θ=10°~80°の範囲内において、±0.2°の許容範囲で、26.9°のピークが消失する。
【0069】
また、後述の試験例1の図1参照の通り、CuKα線によるX線回折図における回折角2θ=10°~80°の範囲内において、ピークを有さない実施例1~3並びに比較例1~3はガラスである。一方、±0.4°(特に±0.3°)の許容範囲で、少なくとも、25.6°、28.0°及び45.2°の3箇所にピークを有する比較例4~8は結晶性を有し、六方晶とみなせる。
【0070】
[比較例1:LiPSガラス粉末の合成]
アルゴン雰囲気(大気非暴露)のグローブボックス中において、市販の硫化リチウム(LiS)粉末及び硫化リン(P)粉末を、それぞれモル比で3:1となるように秤量・混合し、その後、直径4mmのジルコニアボール90g(約500個)を入れた45mLのジルコニア容器を用いて、ボールミル装置(フリッチュP-7、クラシックライン)で510rpm、90時間のメカニカルミリング処理を行うことでLiPS粉末を得た。なお、上記メカニカルミリング処理は、雰囲気制御用オーバーポット中で行った。得られたLiPS組成の粉末を、便宜上LiPSガラス粉末と称する。
【0071】
[実施例1:0.10LiSnS・0.90LiPSガラス粉末の合成]
アルゴン雰囲気(大気非暴露)のグローブボックス中において、市販の硫化リチウム(LiS)粉末、硫化スズ(SnS)粉末及び硫化リン(P)粉末を、それぞれモル比で73.8:4.8:21.4となるように秤量・混合し、その後、直径4mmのジルコニアボール90g(約500個)を入れた45mLのジルコニア容器を用いて、ボールミル装置(フリッチュP-7、クラシックライン)で510rpm、50時間のメカニカルミリング処理を行うことで0.10LiSnS・0.90LiPS粉末を得た。なお、上記メカニカルミリング処理は、雰囲気制御用オーバーポット中で行った。得られた0.10LiSnS・0.90LiPS組成の粉末を、便宜上0.10LiSnS・0.90LiPSガラス粉末と称する。
【0072】
[実施例2:0.20LiSnS・0.80LiPSガラス粉末の合成]
アルゴン雰囲気(大気非暴露)のグローブボックス中において、市販の硫化リチウム(LiS)粉末、硫化スズ(SnS)粉末及び硫化リン(P)粉末を、それぞれモル比で72.7:9.1:18.2となるように秤量・混合し、その後、直径4mmのジルコニアボール90g(約500個)を入れた45mLのジルコニア容器を用いて、ボールミル装置(フリッチュP-7、クラシックライン)で510rpm、120時間のメカニカルミリング処理を行うことで0.20LiSnS・0.80LiPS粉末を得た。なお、上記メカニカルミリング処理は、雰囲気制御用オーバーポット中で行った。得られた0.20LiSnS・0.80LiPS組成の粉末を、便宜上0.20LiSnS・0.80LiPSガラス粉末と称する。
【0073】
[実施例3:0.30LiSnS・0.70LiPSガラス粉末の合成]
アルゴン雰囲気(大気非暴露)のグローブボックス中において、市販の硫化リチウム(LiS)粉末、硫化スズ(SnS)粉末及び硫化リン(P)粉末を、それぞれモル比で71.7:13.1:15.2となるように秤量・混合し、その後、直径4mmのジルコニアボール90g(約500個)を入れた45mLのジルコニア容器を用いて、ボールミル装置(フリッチュP-7、クラシックライン)で510rpm、100時間のメカニカルミリング処理を行うことで0.30LiSnS・0.70LiPS粉末を得た。なお、上記メカニカルミリング処理は、雰囲気制御用オーバーポット中で行った。得られた0.30LiSnS・0.70LiPS組成の粉末を、便宜上0.30LiSnS・0.70LiPSガラス粉末と称する。
【0074】
[比較例2:0.40LiSnS・0.60LiPSガラス粉末の合成]
アルゴン雰囲気(大気非暴露)のグローブボックス中において、市販の硫化リチウム(LiS)粉末、硫化スズ(SnS)粉末及び硫化リン(P)粉末を、それぞれモル比で70.8:16.7:12.5となるように秤量・混合し、その後、直径4mmのジルコニアボール90g(約500個)を入れた45mLのジルコニア容器を用いて、ボールミル装置(フリッチュP-7、クラシックライン)で510rpm、100時間のメカニカルミリング処理を行うことで0.40LiSnS・0.60LiPS粉末を得た。なお、上記メカニカルミリング処理は、雰囲気制御用オーバーポット中で行った。得られた0.40LiSnS・0.60LiPS組成の粉末を、便宜上0.40LiSnS・0.60LiPSガラス粉末と称する。
【0075】
[比較例3:0.50LiSnS・0.50LiPSガラス粉末の合成]
アルゴン雰囲気(大気非暴露)のグローブボックス中において、市販の硫化リチウム(LiS)粉末、硫化スズ(SnS)粉末及び硫化リン(P)粉末を、それぞれモル比で70.0:20.0:10.0となるように秤量・混合し、その後、直径4mmのジルコニアボール90g(約500個)を入れた45mLのジルコニア容器を用いて、ボールミル装置(フリッチュP-7、クラシックライン)で510rpm、100時間のメカニカルミリング処理を行うことで0.50LiSnS・0.50LiPS粉末を得た。なお、上記メカニカルミリング処理は、雰囲気制御用オーバーポット中で行った。得られた0.50LiSnS・0.50LiPS組成の粉末を、便宜上0.50LiSnS・0.50LiPSガラス粉末と称する。
【0076】
[比較例4:六方晶0.60LiSnS・0.40LiPS粉末の合成]
アルゴン雰囲気(大気非暴露)のグローブボックス中において、市販の硫化リチウム(LiS)粉末、硫化スズ(SnS)粉末及び硫化リン(P)粉末を、それぞれモル比で69.2:23.1:7.7となるように秤量・混合し、その後、直径4mmのジルコニアボール90g(約500個)を入れた45mLのジルコニア容器を用いて、ボールミル装置(フリッチュP-7、クラシックライン)で510rpm、60時間のメカニカルミリング処理を行うことで0.60LiSnS・0.40LiPS粉末を得た。なお、上記メカニカルミリング処理は、雰囲気制御用オーバーポット中で行った。得られた0.60LiSnS・0.40LiPS組成の粉末を、便宜上六方晶0.60LiSnS・0.40LiPS粉末と称する。
【0077】
[比較例5:六方晶0.70LiSnS・0.30LiPS粉末の合成]
アルゴン雰囲気(大気非暴露)のグローブボックス中において、市販の硫化リチウム(LiS)粉末、硫化スズ(SnS)粉末及び硫化リン(P)粉末を、それぞれモル比で68.5:25.9:5.6となるように秤量・混合し、その後、直径4mmのジルコニアボール90g(約500個)を入れた45mLのジルコニア容器を用いて、ボールミル装置(フリッチュP-7、クラシックライン)で510rpm、60時間のメカニカルミリング処理を行うことで0.70LiSnS・0.30LiPS粉末を得た。なお、上記メカニカルミリング処理は、雰囲気制御用オーバーポット中で行った。得られた0.70LiSnS・0.30LiPS組成の粉末を、便宜上六方晶0.70LiSnS・0.30LiPS粉末と称する。
【0078】
[比較例6:六方晶0.80LiSnS・0.20LiPS粉末の合成]
アルゴン雰囲気(大気非暴露)のグローブボックス中において、市販の硫化リチウム(LiS)粉末、硫化スズ(SnS)粉末及び硫化リン(P)粉末を、それぞれモル比で67.8:28.6:3.6となるように秤量・混合し、その後、直径4mmのジルコニアボール90g(約500個)を入れた45mLのジルコニア容器を用いて、ボールミル装置(フリッチュP-7、クラシックライン)で510rpm、20時間のメカニカルミリング処理を行うことで0.80LiSnS・0.20LiPS粉末を得た。なお、上記メカニカルミリング処理は、雰囲気制御用オーバーポット中で行った。得られた0.80LiSnS・0.20LiPS組成の粉末を、便宜上六方晶0.80LiSnS・0.20LiPS粉末と称する。
【0079】
[比較例7:六方晶0.90LiSnS・0.10LiPS粉末の合成]
アルゴン雰囲気(大気非暴露)のグローブボックス中において、市販の硫化リチウム(LiS)粉末、硫化スズ(SnS)粉末及び硫化リン(P)粉末を、それぞれモル比で67.3:31.0:1.7となるように秤量・混合し、その後、直径4mmのジルコニアボール90g(約500個)を入れた45mLのジルコニア容器を用いて、ボールミル装置(フリッチュP-7、クラシックライン)で510rpm、20時間のメカニカルミリング処理を行うことで0.90LiSnS・0.10LiPS粉末を得た。なお、上記メカニカルミリング処理は、雰囲気制御用オーバーポット中で行った。得られた0.90LiSnS・0.10LiPS組成の粉末を、便宜上六方晶0.90LiSnS・0.10LiPS粉末と称する。
【0080】
[比較例8:六方晶LiSnS粉末の合成]
アルゴン雰囲気(大気非暴露)のグローブボックス中において、市販の硫化リチウム(LiS)粉末及び硫化スズ(SnS)粉末を、それぞれモル比で2:1となるように秤量・混合し、その後、直径4mmのジルコニアボール90g(約500個)を入れた45mLのジルコニア容器を用いて、ボールミル装置(フリッチュP-7、クラシックライン)で510rpm、10時間のメカニカルミリング処理を行うことでLiSnS粉末を得た。なお、上記メカニカルミリング処理は、雰囲気制御用オーバーポット中で行った。得られたLiSnS組成の粉末を、便宜上六方晶LiSnS粉末と称する。
【0081】
[試験例1:X線回折(その1)]
実施例1~3及び比較例1~8で得られた粉末について、CuKα線を用いたX線回折(XRD)を測定した。結果を図1に示す。なお、XRD測定においては、作製した試料の大気暴露を避けるため、ポリマー製の大気非暴露フォルダーを用いて行った。
【0082】
図1に示すX線回折図では、x=0.60~1.00の範囲では、六方晶LiSnSの結晶が残存しているものの、x=0.00~0.50の範囲では、結晶がほとんど残存せず、ガラスであることが理解できる。
【0083】
[試験例2:ラマン分光分析]
実施例1~3及び比較例1~8で得られた粉末について、ラマン分光分析を行った。ラマン分光分析は以下の測定条件:
レーザー波長:532nm
露光時間:5もしくは10秒
積算回数:8回
で行った。結果を図2に示す。比較例1及び8ではそれぞれPS 3-ユニット及びSnS 4-ユニットに帰属できるラマンバンドを観測した。また、比較例1からLiPSの割合が減少にするにつれてPS 3-ユニットに帰属できるラマンバンドの強度が減少していることがわかった。一方、比較例8からLiSnSの割合が減少にするにつれてSnS 4-ユニットに帰属できるラマンバンドの強度が減少し、わずかに低波数側にシフトしていることがわかった。このことから、電解質構造中のSnS四面体が歪んでいることが推測される。
【0084】
また、実施例3並びに比較例2~5ではPS 3-ユニットとSnS 4-ユニットの両方が観測され、特に比較例3では、両者のラマンバンドの強度が同程度であった。このことから、x=0.3~0.7では、PS四面体とSnS四面体が共存していることが推測される。
【0085】
[試験例3:固体電解質ペレットのイオン伝導度測定(その1)]
実施例1~3及び比較例1~8で得た粉末100~120mgを直径10mmの成形機に均質に充填し、360MPaで5分間一軸成形し、厚さ0.6~0.8mm、直径10mmのペレットを作製した。また、このペレットの25℃(室温)及び60℃における抵抗を交流インピーダンス法により測定し、抵抗から25℃(室温)及び60℃におけるイオン伝導度σを算出した結果を図3及び表1に示す。
【0086】
【表1】
【0087】
この結果、リチウムリン硫化物の組成が増えるにつれて、イオン伝導度が上昇する傾向が見られたが、ガラス化するx=0.50以下の条件では、その上昇傾向は鈍化した。ただし、x=0.10においては、特異的に、リチウムリン硫化物のみからなるx=0.00の場合や、他の組成のいずれよりも、室温及び60℃におけるイオン伝導度が向上していた。
【0088】
[試験例4:示差走査熱量測定]
実施例1~3並びに比較例1~3及び8で得られた粉末について、示差走査熱量測定を行った。示差走査熱量測定は以下の測定条件:
測定温度範囲:室温~500℃
昇温速度:10℃/min
で行った。その結果を図4に示す。組成にLiPSを含む実施例1~3並びに比較例1~3は、200~280℃の範囲に発熱ピークが見られたのに対し、六方晶LiSnSのみからなる実施例8は、より高温の340℃付近に発熱ピークが見られた。図4の結果から、発熱ピークが観測された温度より高い温度で、ガラス粉末である実施例1~3並びに比較例1~3を熱処理することで結晶粉末を得た。ガラス粉末を熱処理することによって得た結晶粉末をガラスセラミック粉末と称する。また、熱処理により組成の変化はなく、得られたガラスセラミックはガラスと同じ組成である。
【0089】
[比較例9:LiPSガラスセラミック粉末の合成]
比較例1で得られたLiPSガラス粉末を、2℃/minで室温から250℃まで昇温させ、250℃で2時間熱処理し、放冷させたのち、LiPSガラスセラミック粉末を得た。
【0090】
[実施例4:0.10LiSnS・0.90LiPSガラスセラミック粉末の合成]
実施例1で得られた0.10LiSnS・0.90LiPSガラス粉末を、2℃/minで室温から230℃まで昇温させ、230℃で2時間熱処理し、放冷させたのち、0.10LiSnS・0.90LiPSガラスセラミック粉末を得た。
【0091】
[実施例5:0.20LiSnS・0.80LiPSガラスセラミック粉末の合成]
実施例2で得られた0.20LiSnS・0.80LiPSガラス粉末を、2℃/minで室温から250℃まで昇温させ、250℃で2時間熱処理し、放冷させたのち、0.20LiSnS・0.80LiPSガラスセラミック粉末を得た。
【0092】
[実施例6:0.30LiSnS・0.70LiPSガラスセラミック粉末の合成]
実施例3で得られた0.30LiSnS・0.70LiPSガラス粉末を、2℃/minで室温から270℃まで昇温させ、270℃で2時間熱処理し、放冷させたのち、0.30LiSnS・0.70LiPSガラスセラミック粉末を得た。
【0093】
[比較例10:0.40LiSnS・0.60LiPSガラスセラミック粉末の合成]
比較例2で得られた0.40LiSnS・0.60LiPSガラス粉末を、2℃/minで室温から280℃まで昇温させ、280℃で2時間熱処理し、放冷させたのち、0.40LiSnS・0.60LiPSガラスセラミック粉末を得た。
【0094】
[比較例11:0.50LiSnS・0.50LiPSガラスセラミック粉末の合成]
比較例3で得られた0.50LiSnS・0.50LiPSガラス粉末を、2℃/minで室温から250℃まで昇温させ、250℃で2時間熱処理し、放冷させたのち、0.50LiSnS・0.50LiPSガラスセラミック粉末を得た。
【0095】
[比較例12:直方晶LiSnS粉末の合成]
比較例8で得られた六方晶LiSnS粉末を、2℃/minで室温から390℃まで昇温させ、390℃で2時間熱処理し、放冷させたのち、直方晶LiSnS粉末を得た。
【0096】
[試験例5:X線回折(その2)]
実施例4~6並びに比較例9~12で得られた粉末について、CuKα線を用いたX線回折(XRD)を測定した。結果を図5に示す。なお、XRD測定においては、作製した試料の大気暴露を避けるため、ポリマー製の大気非暴露フォルダーを用いて行った。
【0097】
図5に示すX線回折図では、実施例4~6並びに比較例10は、比較例9のβ-LiPSに類似した構造を有していた。一方、比較例11は、比較例12の直方晶LiSnSにより類似した構造を有していた。また、実施例4~6並びに比較例9及び10は、±0.4°の許容範囲で、2θ=17.5°、18.1°、25.9°、29.1°及び29.8°の5箇所にピークを有していた。さらに、実施例4~6は、±0.2°の許容範囲で、2θ=22.0°及び22.6°の2箇所にピークを有し、22.6°のピーク強度の、22.0°のピーク強度に対する比(22.6°のピーク強度/22.0°のピーク強度)が、1.0~1.3の範囲にあった。
【0098】
[試験例6:固体電解質ペレットのイオン伝導度測定(その2)]
実施例1~3並びに比較例1~3で得た粉末100mgを直径10mmの成形機に均質に充填し、360MPaで5分間一軸成形し、厚さ0.6~0.8mm、直径10mmのペレットを作製した。それらを上記の温度で熱処理することで、実施例4~6並びに比較例9~11の粉末からなる焼結体ペレットを得た。また、このペレットの25℃(室温)及び60℃における抵抗を交流インピーダンス法により測定し、抵抗から25℃(室温)及び60℃におけるイオン伝導度σを算出した結果を表2に示す。
【0099】
【表2】
【0100】
この結果、x=0.10~0.30の範囲である実施例4~6では、イオン伝導度が大きく上昇した。実施例1~6並びに比較例1~3、及び9~11の室温におけるイオン伝導度を図6に示す。実施例4~6は、熱処理により伝導度が向上したが、比較例9は、熱処理後も伝導度に大きな変化はなく、比較例10~11は熱処理により伝導度が減少してしまった。よって、ガラスセラミックにおいて、特異的に、x=0.10~0.30の範囲ではイオン伝導度が向上することが理解できる。
【0101】
また、実施例1~6並びに比較例1及び9のイオン伝導度の温度依存性について調べた結果を図7に示す。また、イオン伝導度の温度依存性から活性化エネルギーを算出した結果を表3に示す。
【0102】
【表3】
【0103】
この結果、熱処理によりガラスセラミック粉末を得ることで、活性化エネルギーが低下したことが理解できる。
【0104】
[試験例7:硫化水素ガス発生量]
50%RH、25℃(室温)の状態で約2000cmの容器に20mgの電解質粉末を2mLの蒸留水に溶かした水溶液を密閉して硫化水素(HS)発生量を測定した。
【0105】
電解質粉末としては、実施例1~6並びに比較例1、2、4、6及び8で得られた粉末を使用した。
【0106】
電解質粉末は、スクリュー管No.2に入れて、ラミパックで二重に密封し、測定開始前に反応しないようにした。
【0107】
次に、グローブボックス内に、小型扇風機、温湿度ロガー、硫化水素検知器及びラミネート製のチャック付き袋で密封された電解質粉末を入れて、湿度50%RHになるまで静置した。
【0108】
次に、電解質粉末をラミネート製のチャック付き袋から出して、グローブボックス内に蒸留水2mLを新たに搬入し、電解質粉末が入ったスクリュー管に蒸留水を入れて、電解質粉末を完全に溶解させたのち、図8のように、密閉容器(容積約2000cm)を閉じた。
【0109】
10秒おきに、温度、湿度及び硫化水素濃度を(自動で)測定した。硫化水素濃度が検知器の検出限界(約230ppm)に到達したら測定を終了した(目安は1時間である)。
【0110】
結果を図9に示す。この結果、x=0.00~0.20の範囲において、比較例1並びに実施例4、1、2及び5の順番で、硫化水素濃度が検知器の検出限界に到達した。このことから、Snを含む組成では、硫化水素が発生するまでの時間が、Snを含有していないx=0.00と比較して、長くなることが理解できる。さらに、x=0.30以上の条件では、1時間後においても硫化水素濃度は測定開始時と大きく変化しなかった。
【0111】
以上の結果より、ガラスにおいては、x=0.10の組成である実施例1は、最もイオン伝導度が高く、ガラスの中で2番目に伝導度の高いx=0.00の組成である比較例1よりも硫化水素が発生するまでの時間が長かった。このことから、実施例1は、高イオン伝導度と高耐水性を両立できるガラス電解質であることが理解できる。また、ガラスはガラスセラミックよりも一般的にやわらかいことから、粒子同士の接合を取りやすいと考えられる。よって、実施例1のようなガラス電解質は、電極活物質粒子等と複合させて、正極層および負極層に用いることがより適している。
【0112】
また、ガラスセラミックにおいては、x=0.30の組成である実施例6の硫化水素濃度は測定前後で変化しなかった。このことから、特にx=0.30の組成では、最もイオン伝導度の高かったx=0.20と同等のイオン伝導度を有しているだけでなく、硫化水素発生も抑制できることが理解できる。よって、実施例6のようなガラスセラミック電解質は、高い伝導度を有することが必須であり、電解質の使用量も比較的多い部分である固体電解質層に用いることがより適している。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9