(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-11-07
(45)【発行日】2024-11-15
(54)【発明の名称】メタン生成補酵素を用いた電気化学的バイオガス生産システム
(51)【国際特許分類】
C12P 5/02 20060101AFI20241108BHJP
C12M 1/00 20060101ALI20241108BHJP
C12M 1/107 20060101ALN20241108BHJP
【FI】
C12P5/02
C12M1/00 H
C12M1/107
(21)【出願番号】P 2023087168
(22)【出願日】2023-05-26
(62)【分割の表示】P 2021526831の分割
【原出願日】2020-06-17
【審査請求日】2023-06-13
(31)【優先権主張番号】P 2019118681
(32)【優先日】2019-06-26
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】301021533
【氏名又は名称】国立研究開発法人産業技術総合研究所
(74)【代理人】
【識別番号】100161207
【氏名又は名称】西澤 和純
(74)【代理人】
【識別番号】100147267
【氏名又は名称】大槻 真紀子
(74)【代理人】
【識別番号】100140774
【氏名又は名称】大浪 一徳
(72)【発明者】
【氏名】金子 雅紀
(72)【発明者】
【氏名】辻村 清也
【審査官】伊達 利奈
(56)【参考文献】
【文献】特開平02-312592(JP,A)
【文献】特開2005-069836(JP,A)
【文献】特表2003-533208(JP,A)
【文献】特表2002-520032(JP,A)
【文献】Biochemistry,1989年,Vol. 28,p. 10061-10065
【文献】Helvetica Chimica Acta,1992年,Vol. 75,p. 1478-1490
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12P 5/00
C12N 1/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
PubMed
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
還元剤の非存在下、溶液中に触媒である未修飾のメタン生成補酵素F430と、
R-SCoM(Rは炭素数1~4のアルキル基、CoMは補酵素Mを示す)、R-ハロゲン(Rは炭素数1~4のアルキル基、ハロゲンはフッ素、塩素、臭素またはヨウ素を示す)、R-SCH
3
(Rは炭素数1~4のアルキル基を示す)から選ばれるいずれか一種である基質と、電極と、電子運搬体とを存在させ、
酸化されたメタン生成補酵素F430を電気化学的に還元して活性化しながら、前記メタン生成補酵素F430による前記基質の還元触媒反応を行
い、前記基質のRに対応する炭化水素ガスを生成させることを特徴とする、基質と同じ炭素数の炭素数1~4の炭化水素ガス製造方法。
【請求項2】
請求項1に記載の炭化水素ガス製造方法であって、
前記電子運搬体がメチルビオロゲン、または、ベンジルビオロゲンである、炭化水素ガス製造方法。
【請求項3】
請求項1または2に記載の炭化水素ガス製造方法であって、
前記基質がCH
3SCoMである、炭化水素ガス製造方法。
【請求項4】
請求項1~
3のいずれか一項に記載の炭化水素ガス製造方法において、
触媒反応後の前記溶液中にさらにプロトン供与体を添加する、炭化水素ガス製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、再生可能エネルギーの一種であるバイオマスから発生するバイオガスの従来の生産システムとは異なる、微生物を用いる必要のない新たなバイオガス生産システムに関する。
【背景技術】
【0002】
持続可能な社会の実現のためには、安全で安定的なエネルギーの供給が不可欠であることから、再生可能エネルギーの利用拡大が期待されている。再生可能エネルギーの一種としてのメタン発酵システムにより、バイオマスから発生するバイオガスの需要も拡大している。このバイオガスは、約60%のメタンと約40%の二酸化炭素、その他に硫化水素やシロキサン等の微量不純物を含む。
メタン発酵槽を用いる従来のバイオガス生産システムでは、微生物とバイオマスを使用する大規模な施設が必要なために、微生物の活性維持等その他の設備の維持、管理には多大なコストがかかり、バイオガスを安価に生産できないという欠点がある。
【0003】
この微生物が生産するバイオメタンとは、メタン生成菌によるメタンの生合成であり、メチル補酵素M還元酵素を介して行われる。
細胞の中(生体内)でメタンは7つの一連の反応によって生成され、メタン生成の基質は、二酸化炭素だけではなくメタノール、メチルアミン、ギ酸、酢酸など多様なC1、C2化合物がメタン生成の基質となり得る。そして、いずれの基質を用いる場合も一連の反応の最後のステップの反応は共通しており、それが、メチル補酵素M(CoM)を含む化合物(CH3-S-CoM:メチルSCoM)からメチル基が脱離してメタンが生じる反応である。この反応を触媒するのが、メチル補酵素M還元酵素であり、その酵素の触媒部位がメタン生成補酵素F430であることが既に解明されている(非特許文献1~3参照)。
【0004】
非特許文献1には、メタン生成菌からのメタン生成補酵素F430を、ペンタメチルエステル化修飾して活性化したF430M誘導体を用いて、生体外でCH3-S-、CH3-O-、CH3-ハロゲン等のメチル化合物をメタンに変換できるか実験したことが記載され、その結果、ヨウ化メタン等幾つかのメチル化合物のメタン化に成功したものの、細胞内での本来のメチル補酵素M還元酵素の基質であるCH3-S-CoMやジメチルスルフィド(DMS)を、メタン化できなかったことが報告されている。
また、非特許文献2には、ペンタメチルエステル化F430の電極応答性を有機溶媒中で調べたことが、非特許文献3には、未修飾の熱抽出F430の有機溶媒中での電極応答性について、それぞれ報告されている。
【0005】
最近、嫌気性古細菌におけるブタン酸化の代謝経路の第1ステップで、メタンに特異的であるとされていたメチル補酵素M還元酵素がブタンに作用することが報告されており(非特許文献4)、メチル補酵素M還元酵素により、ブチルSCoMからブタンが生成されること、および他の短鎖アルカンでも同様であることが示唆されている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0006】
【文献】J.CHEM.SOC.,CHEM.COMMUN.(1988)P.293-294
【文献】J.AM.CHEM.SOC.(2003) Vol.125, No.43, p.13120-13125
【文献】Inorganica Chimica Acta (1990) Vol.170, p.161-163
【文献】Nature (2016) Vol.539, p.396-401
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
微生物を用いたバイオガス生産では、メタン菌の活性維持が困難であるという課題がある。本発明の解決しようとする課題は、メタン菌を用いないバイオガスの生産方法を提供することである。
また、本発明の課題の一つは、メタン生成を触媒するメタン生成補酵素F430の活性状態を、電極反応により電気化学的に維持、コントロールする再生方法を提供することである。
さらに、本発明の課題は、メタン菌を用いないバイオガスの生産方法において、メタン生成補酵素F430の活性状態を電気化学的に維持、コントロールすることにより、還元剤が不要で持続可能な反応系からなるバイオガス生産システムを提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、メチル補酵素M還元酵素から、メタン生成補酵素F430を単離するに際し、酸化を防ぐために低温条件下で単離し保存することにより、エステル化等の修飾をすることなく、安定的なネイティブF430標本を得ることに成功した。そして、この単離された未修飾F430を用いることにより、酵素の本来の基質であるCH3-S-CoM以外のメチル化合物、さらにはメチル以外のアルキル化合物を基質として還元することができ、メタンを含む炭化水素ガスを生産できることを見出し、本発明を完成した。
【0009】
また、補酵素F430によるアルキル化合物の還元反応には、補酵素F430を還元するための還元剤を必要とするが、還元剤を使わなくても、溶液中のF430の中心金属Ni(2価)を、電極反応により電気化学的にNi(1価)に還元できることを見出した。そして、この2価のNiを有する酸化された補酵素F430を、電気化学的に還元して活性化するプロセスと、補酵素F430によるアルキル化合物の還元触媒反応による炭化水素ガス生産反応を組み合わせることにより、炭化水素ガス生産における持続可能な生産システムの構築に至り、本発明を完成させた。
【0010】
本発明は、以下の(1)ないし(4)の炭素数1~4の炭化水素ガスを生産する方法に関する。
(1)溶液中で炭素数が1~4のアルキル化合物を基質として、触媒として未修飾のメタン生成補酵素F430を作用させて、基質と同じ炭素数の炭素数1~4の炭化水素ガスを生産する方法。
(2)前記炭素数が1~4のアルキル化合物が、R-S-A、R-O-A、またはR-ハロゲンであり、Rは炭素数1~4のアルキル基である、上記(1)に記載の炭化水素ガスを生産する方法。
(3)前記アルキル化合物R-S-A、R-O-AのAが、立体障害を起こさない無機または有機置換基である、上記(2)に記載の炭化水素ガスを生産する方法。
(4)還元剤の存在下で行う、上記(1)ないし(3)のいずれかに記載の炭化水素ガスを製造する方法。
【0011】
また、本発明は、以下の(5)ないし(8)の酸化されたメタン生成補酵素F430を還元して活性化する方法、または(9)のメタン生成補酵素F430のメタン生成補酵素活性を維持する方法に関する。
(5)還元剤の非存在下、溶液中の未修飾のメタン生成補酵素F430の中心金属Ni(2価)を、電極反応により電気化学的にNi(1価)に還元することにより、酸化されたメタン生成補酵素F430を還元して活性化する方法。
(6)溶液中に陰極である作用電極と対電極である陽極とを備え、陰極および陽極を電力供給源に接続した密閉した電気化学的リアクターを用いる、上記(5)に記載の酸化されたメタン生成補酵素F430を還元して活性化する方法。
(7)前記酸化されたメタン生成補酵素F430が触媒反応後のメタン生成補酵素F430である、上記(5)または(6)に記載の酸化されたメタン生成補酵素F430を還元して活性化する方法。
(8)さらに電子運搬体を用いる、上記(5)または(6)に記載の酸化されたメタン生成補酵素F430を還元して活性化する方法。
(9)触媒反応後の酸化された不活性なメタン生成補酵素F430を、基質を含む触媒反応系中で電気化学的に還元して再生することを特徴とする、メタン生成補酵素F430のメタン生成補酵素活性を維持する方法。
【0012】
さらに、本発明は、以下の(10)の炭化水素ガス製造方法、または(11)の炭化水素ガス製造装置に関する。
(10)還元剤の非存在下、溶液中に触媒である未修飾のメタン生成補酵素F430と、基質である炭素数が1~4のアルキル化合物と、電極とを存在させ、メタン生成補酵素F430の活性を電極反応により電気化学的に維持しながら触媒反応を行うことを特徴とする、基質と同じ炭素数の炭素数1~4の炭化水素ガス製造方法。
(11)密閉した触媒反応容器内の溶液中に、触媒である未修飾のメタン生成補酵素F430と基質である炭素数が1~4のアルキル化合物を反応させて、炭化水素ガスを製造する装置において、前記触媒反応容器内に、電力供給源に接続した陰極である作用電極と陽極とを備えて、触媒反応後のメタン生成補酵素F430を電気化学的に還元して再生することを特徴とする、炭化水素ガス製造装置。
【発明の効果】
【0013】
本発明の炭素数1~4の炭化水素ガスを製造する方法によれば、従来のバイオガス生産におけるメタン発酵槽による微生物とバイオマスを使用する大規模な施設が不要なために、設備の維持、管理にかかるコストが少なく、バイオガスを安価に生産することができる。
また、生体内のメタン生成補酵素F430が基質にできないアルキル化合物を基質とできるため、メタン以外の炭化水素を、一段階の触媒反応により簡単に製造することができる。
【0014】
さらに、触媒反応により酸化されたメタン生成補酵素F430を、還元剤を用いることなく、電極反応により電気化学的に還元して活性化して再生できるため、触媒反応容器中に基質を添加するだけで、持続可能に炭化水素ガスを製造することができるという、還元剤が不要なクリーンな反応系からなる小規模施設での革新的なバイオガス生産システムを提供する。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【
図1】未修飾メタン生成補酵素F430による、3種類の異なる基質からの化学的メタン生成実験結果を示す。
【
図2】メタン生成補酵素F430を用いた電気化学的メタン生成の反応様式の概略図を示す。
【
図3】電極-メディエーター-メタン生成補酵素F430-基質相互作用を示すサイクリックボルタンメトリーの結果。
【
図5】電極-メディエーター-メタン生成補酵素F430-基質相互作用の系を用いて、3種類の異なる炭素数2~4の基質からの化学的炭化水素ガス生成実験結果を示す。
【発明を実施するための形態】
【0016】
本発明は、古細菌のメタン生成菌によるメタンの生合成の最終段階において、メチル補酵素M(CoM)を含む化合物(CH3-S-CoM:メチルSCoM)からメチル基が脱離してメタンが生じる反応を触媒するメチル補酵素M還元酵素から、その酵素の触媒部位であるメタン生成補酵素F430を、化学構造を維持した状態で単離精製できたことに基づき、発展、完成させたものである。
【0017】
メタン生成補酵素F430(以下、「補酵素F430」ともいう。)の化学構造は、式(1)に示すニッケル含有修飾テトラピロールであり、二重結合が5つしかない最も還元されたテトラピロール構造を有する。
【化1】
【0018】
メタン生成菌中で補酵素F430が触媒する反応は、メチル補酵素M還元反応であり、下記式(2)の反応によりメタンを生成する。
【化2】
【0019】
本発明者らにより、メタン生成菌Methanosarcina barkeri由来のメチル補酵素M還元酵素から、補酵素F430を低温条件で単離し保存することにより、化学構造を維持した未修飾の補酵素F430標品を単離精製することができた。
本明細書において未修飾の補酵素F430とは、末端の基が修飾されていないネイティブな補酵素F430を意味する。また、未修飾の補酵素F430は、既知の全てのメタン生成菌から単離精製することが可能である。
【0020】
未修飾の補酵素F430の単離精製は、まず、メタン生成菌を水溶液中氷浴上で超音波破砕を行い、抽出液を遠心分離して上澄み液を回収する。Q sepharose fast flow(GE health care)カラムに上澄み液を通液し、濾液を全て回収し、次にこの濾液を、C18固相抽出カラム(Sep-pack Water社製)に通液し、吸着成分をメタノールで回収し、補酵素F430画分とする。補酵素F430画分は、HPLC作業までエバポレーターで乾固し、-20℃で保存する。
【0021】
補酵素F430画分からの補酵素F430の精製は、2段階の高速液体クロマトグラフィー(HPLC)により行う。
1段階目のHPLCは、Chromolith SemiPrep RP-18eを用いてグラジエント分析にて行い、補酵素F430はフラクションコレクターを用いて単離する。2段階目のHPLCは、HYPERCARB 5μmを用いてグラジエント分析にて行い、補酵素F430はフラクションコレクターを用いて単離する。
脱塩のため、希釈した単離溶液をHLB固相抽出カラムに通液し、吸着成分をメタノールで回収する。回収した溶液はエバポレーターで乾固し、補酵素F430精製物とする。精製した補酵素F430は-20℃で保存する。
【0022】
この補酵素F430精製物を触媒として使用し、緩衝液にF430と基質候補と還元剤を添加して室温で反応させ、補酵素F430により還元されて炭化水素ガスを生産できる基質を探索した結果、本来の基質であるCH3-S-CoMの他にも、この基質と還元部位の構造が類似するR-S-A、R-O-A、またはR-ハロゲンから選ばれるアルキル化合物を還元できることがわかった。ここで、置換基Rは、炭素数が6以下のアルキル基であり、好ましくは炭素数1~4のアルキル基であり、補酵素F430により還元され、対応する炭素数が1~6の炭化水素ガスが生産される。様々な基質と反応させて炭化水素ガスを生産できる。
置換基Aは、立体障害を起こさない無機または有機置換基であって補酵素F430が基質として作用可能であれば任意の基が使用でき、金属、ハロゲン、メチル補酵素M(CoM)、炭素数が1~20好ましくは1~10の低級または高級鎖状アルキル基、環状アルキル基等、芳香族基、安息香酸基、スルホニウム基が例示される。
ハロゲンは、フッ素、塩素、臭素およびヨウ素である。
【0023】
補酵素F430による反応は、嫌気性条件下で行われる。「嫌気性」とは、酸素の濃度が約1%未満の雰囲気に維持された液体または気体を有する密封反応容器を意味し、反応溶液を窒素やアルゴンなどの不活性ガスでバブリングして溶存酸素を脱気し、反応容器の上部空間を不活性ガスで置換することにより、通常達成される。
【0024】
この嫌気条件下、密閉反応容器の緩衝液中に、アルキル化合物基質と等量の還元剤と補酵素F430を加え、容器の上部空間を不活性ガスで置換して、室温で約1時間から2日反応させることにより、炭化水素ガスを生産することができる。反応性についてはpH依存性があり、pH8以上のアルカリ条件が必要であり、pH10付近で最大となる。
緩衝液としては、例えばTris、Tris/glycine、Ches、Caps等の汎用の緩衝液を用いることができる。
【0025】
アルキル化合物の還元反応を触媒すると、補酵素F430に含まれるNiが、1価から2価に酸化されて補酵素F430が不活性になるため、触媒反応系には還元剤の添加が必要となる。還元剤としては、例えば、クエン酸チタン、ジチオナイト等の汎用の還元剤を用いることができる。還元剤の存在下、補酵素F430の作用によりCH3-S-CoMが還元されてメタンガスが生成し、生体反応を再現することができる。還元剤の存在下で補酵素F430を用いるメタン生成を、下記の電気化学的メタン生成と対照的に、本明細書において化学的メタン生成という。
【0026】
さらに、R-S-AのAがアルキル基であるDMSや、ハロゲンがIであるR-ハロゲンを還元することもでき、メタンガスを生産できるだけでなく、Rがエチル基であるエチル化合物を基質にして、エタンガスを生産できるという新たな補酵素F430の機能が見出された。
【0027】
次に、還元剤を用いることなく、酸化された補酵素F430の2価のNiを、電極反応により電気化学的に1価に還元して活性化できるか試みた。この補酵素F430を用いる電気化学的メタン生成の反応様式の概略図を
図2に示す。
図2のように電子運搬体を用いてもよく、例えば、ビオロゲン色素であるメチルビオロゲン(MV)等を用いる。ビオロゲン色素以外にも、アキノン色素、トリフエニルメタン色素、フタロシアニン類、メチン色素、ピロール色素、ポルフイリン誘導体等を用いることができるが、ビオロゲン色素のメチルビオロゲン、ベンジルビオロゲンが好ましい。
概略図では、電流源に由来する電子eが電子運搬体MVに移され、この電子運搬体がその電子を酸化された補酵素F430に与え、補酵素F430を還元する。還元された補酵素F430は、基質であるCH
3-S-CoM等を還元し、このようにして電気化学的にメタンガスが生成される。
【0028】
酸素を遮断して反応容器内で電気化学的に補酵素F430を還元する電気化学的還元において、緩衝液中に作用電極としての陰極と対電極としての陽極を挿入する。陰極には、金属、例えば、銅、鉄、ニッケル、水銀、または鋼や、炭素、グラファイトを用い、陽極には、白金、グラファイト、またはチタンを用いる。
緩衝液に、電子運搬体MVのみを添加した場合をコントロールとして、MVと補酵素F430と基質のCH
3-S-CoMの三者を同時に添加した場合と、三者のうち二者を選択して同時に添加した場合で、スキャンレート10mV/sでのサイクリックボルタンメトリーを行い、その結果、
図3に示すように三者を同時に添加した場合のみ、
図2の反応が進行して電流が流れたことから、酸化された補酵素F430のNiを、電極反応により電気化学的に還元して活性化できることが示された。
【0029】
補酵素F430が電気化学的に再生できることが確認されたことから、反応容器内で補酵素F430の中心金属Ni(2価)をNi(1価)に電気化学的に還元するプロセスと、補酵素F430によるアルキル化合物の還元による炭化水素ガス生産反応を組み合わせた、炭化水素ガス製造のための新たな電気化学リアクターシステムを構築した。
図4に結果を示した実験では、密閉容器中の緩衝液に、補酵素F430と基質を添加して、挿入した電極に通電する。溶液のpHは6~12、好ましくは8~11、より好ましくはpH10で実施する。陰極電圧は、標準水素電極に対し-0.1~-1.5Vである。
【0030】
反応開始から経時的に生成物をガスクロマトグラフィーで解析した結果から、反応開始後約1時間でメタンおよびエチレンの生成が確認され、時間の経過に伴い生成物の量が線形的に増加することから、本発明の炭化水素ガス製造のための電気化学リアクターシステムが作動することが確認させた。
【0031】
以下、本発明を実施例に基づいて詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例により限定されるものではない。
【実施例1】
【0032】
<補酵素F430の単離精製>
メタン生成菌Methanosarcina barkeriDSM 800T株を1%(約pH2)ギ酸水溶液中氷浴上で超音波破砕を行った。抽出液を遠心分離(13000g×30分)により固液分離して、上澄み液を回収した。Tris-HCl緩衝液で1晩平衡化したQ sepharose fast flow(GE health care)をカラムに充填後、イオン交換水でコンディショニングを行い、カラムに上澄み液を通液し、濾液を全て回収した。C18固相抽出カラム(Sep-pack Water社製)をメタノールで洗浄し、1%ギ酸でコンディショニングを行い、上述の濾液を固相抽出カラムに通液し、吸着成分をメタノールで回収し、補酵素F430画分とした。補酵素F430画分は、HPLC作業までエバポレーターで乾固し、-20℃で保存した。
【0033】
補酵素F430画分からの補酵素F430の精製は、2段階の高速液体クロマトグラフィー(HPLC)により行った。
1段階目のHPLCは、Chromolith SemiPrep RP-18e(100mm×10mm)を用いてグラジエント分析にて行った。移動相A:100mM NaClO4 in HClO4/H2O(pH2.3),移動相B:Acetonitrile,グラジエント条件:1mL/min,0% B at 0min,2minまでに20% B,20minまでに26%B。
補酵素F430はフラクションコレクターを用いて単離した。単離溶液は移動相Aにて5倍程度に希釈後、以下の方法で脱塩した。
メタノール洗浄および移動相Aでコンディショニングを行ったC18固相抽出カラムに、希釈単離溶液を通液し、吸着成分を250mLのイオン交換水で洗浄後、メタノールで回収する。回収した溶液はエバポレーターで乾固し、2段階目のHPLC分析まで-20℃で保存した。
【0034】
2段階目のHPLCは、HYPERCARB 5μm(100mm×9.5mm)を用いてグラジエント分析にて行った。移動相A:HClO4/H2O(pH1),移動相B:Acetonitrile,グラジエント条件:1mL/min,0% B at 0min,3minまでに30% B,70minまでに53%B。
補酵素F430はフラクションコレクターを用いて単離した。単離溶液は移動相Aにて5倍程度に希釈後、以下の方法で脱塩した。
メタノール洗浄および移動相Aでコンディショニングを行ったHLB固相抽出カラムに、希釈単離溶液を通液し、吸着成分を250mLのイオン交換水で洗浄後、メタノールで回収した。回収した溶液はエバポレーターで乾固し、補酵素F430精製物とした。精製した補酵素F430は-20℃で保存した。
【実施例2】
【0035】
<補酵素F430の基質>
実施例1で精製した未修飾の補酵素F430を用いて、補酵素F430が基質とできるアルキル化合物を探索した。
補酵素F430 1μmol、固体の基質CH3-S-CoM 100μmolをバイアル瓶内に計りとり、N-cyclohexyl-3-aminopropanesulfonic acid(CAPS)緩衝液(pH10.4)に溶解させる。還元剤であるクエン酸チタン 100μmolを添加後、水溶液をアルゴンバブリングにより脱気し、ブチルゴム栓およびアルミキャップを用いて密栓して、室温にて反応開始させた。
同様に、補酵素F430 1μmolを添加したバイアル瓶内のCAPS緩衝液(pH10.4)に、室温で液体のアルキル化合物 CH3-S-CH3(dimetyhylsulfide)またはCH3-I(iodemethane)各100μmolと、還元剤であるクエン酸チタン 100μmolを添加後、水溶液をアルゴンバブリングにより脱気し、ブチルゴム栓およびアルミキャップを用いて密栓して、室温にて反応開始させた。
【0036】
経時的に気相を採取して、ガスクロマトグラフィーにより炭化水素成分の定量を行った。結果を
図1に示し、補酵素F430は、3つのいずれの基質にも作用すること解明された。
メタン生成菌(生体)内では、メチル補酵素M(CoM)を含む化合物(CH
3-S-CoM:メチルSCoM)を基質としてメチル基を還元する補酵素F430が、生体外で本来の基質を還元できることが初めて示された。さらに、本来の基質と作用部分の構造が類似したアルキル化合物を基質とできることがわかった。
しかも、補酵素F430の生体外反応では、本来の基質でない基質を用いた方がメタンガスの収率が高いことや、メタンが酸化重合したエチレンが生成することも観察された。
【実施例3】
【0037】
<補酵素F430の電気化学的活性化>
還元剤を用いる代わりに、還元反応後の補酵素F430の酸化された2価のNiを、電極反応により電気化学的に1価に還元して補酵素F430を活性化できるか試みた。
図2に反応様式の概略図を示した電極-メディエーター-補酵素F430-基質相互作用確認実験として、電気化学セルを用いて以下のようなサイクリックボルタンメトリーを行った。
Tiメッシュの集電体に触れたカーボンクロスを作用極とし、対極には白金線、作用極にはAg|AgCl電極を用いた。CAPS緩衝液(0.5M)0.20mLを反応容器に加えた。下記表1に、測定に用いた5種類の溶液に加えた各成分とその濃度を示す。
反応液に、15分間アルゴンガスをバブリングして溶存酸素を脱気した後に、開始電位を-0.3V(vs.Ag|AgCl)、折り返し電位を-1.25Vとし、掃引速度10mV/sでサイクリックボルタンメトリーを行った。
【0038】
【0039】
サイクリックボルタンメトリーの結果を
図3に示す。
補酵素F430、メディエーターであるMV(メチルビオロゲン)、および基質CH
3-S-CoMの3つを溶液に加えた場合にのみ、これらの相互作用により
図2の反応が進行して電流が流れることが確認された。これにより、還元反応後の酸化された補酵素F430Ni(II)が、電気化学的に還元され、補酵素F430Ni(I)となり再生され、また反応を触媒できることがわかる。
【実施例4】
【0040】
<補酵素F430による電気化学的炭化水素ガス生成実験1>
補酵素F430の電気化学的還元と、補酵素F430によるアルキル化合物の還元による炭化水素ガス生産反応を組み合わせた、新たな電気化学的炭化水素ガス生成のシステムを構築した。
密閉系セルを用いて以下のように電気化学メタン生成を行った。チタン線の先端に10×20mmの長方形に切り取られたカーボンクロスを縫い付けたものを作用電極とした。対極には白金線、作用極にはAg|AgCl電極を用いた。セル内にCAPS緩衝液(0.5M,pH10.4)3mLを加えた。メディエーターメチルビオロゲン(MV)、補酵素F430、および基質CH3-S-CoMを、それぞれの終濃度が0.1mM、0.5mM、および500mMとなるように加え、15分間アルゴンバブリングを行い、溶存酸素を脱気してから、-1.3Vの電位を印加し、反応を開始した。反応はスターラーで撹拌しながら行った。反応開始から定期的にヘッドスペースの生成気体をガスシリンジにて回収し、ガスクロマトグラフィーにて分析した。
【0041】
ガスクロマトグラフィー分析によるメタンガスとエチレガスの定量結果を、
図4に示す。
反応開始後、メタンとエチレンは、時間当たり同じ位の生成量で同程度生成される。炭化水素ガスが線形的に生成されることから、補酵素F430による還元反応が一定速度で行われることが確認された。
【0042】
一方、反応開始後8時間後にプロトン供与体であるトリエチルアミンを添加すると、直後から急激にメタンとエチレンの生成量が増加した。このことは、補酵素F430により生成されたメチルラジカルが、メタンとエチレンに変化したことを示すものであり、補酵素F430によるアルキル化合物の還元作用が確認された。
【実施例5】
【0043】
<補酵素F430による電気化学的炭化水素ガス生成実験2>
実施例4と同じく、補酵素F430の電気化学的還元と、補酵素F430によるアルキル化合物の還元による炭化水素ガス生産反応を組み合わせた、新たな電気化学的炭化水素ガス生成のシステムを用いた。
実施例4と同様に密閉系セルを用いて電気化学メタン生成を行った。チタン線の先端に10×20mmの長方形に切り取られたカーボンクロスを縫い付けたものを作用電極とした。対極には白金線、作用極にはAg|AgCl電極を用いた。セル内にCAPS緩衝液(0.5M,pH10.4)4.5mLを加えた。メディエーターメチルビオロゲン(MV)、補酵素F430、および炭素数2~4の3種類の基質、C2H5-S-CoM、C3H7-S-CoM、C4H9-S-CoMを、それぞれの終濃度が0.1mM、0.5mM、および500mM、500mM、500mM、となるように加え、15分間アルゴンバブリングを行い、溶存酸素を脱気してから、-1.1Vの電位を印加し、反応を開始した。反応はスターラーで撹拌しながら行った。反応開始から定期的にヘッドスペースの生成気体をガスシリンジにて回収し、ガスクロマトグラフィーにて分析した。
【0044】
ガスクロマトグラフィー分析による炭素数2~4の炭化水素ガスの定量結果を、
図5に示す。
反応開始後、基質のアルキル基に対応するエタン、プロパン、ブタンおよびエチレン、プロペン、ブテンが生成された。炭化水素ガスの生成量は、2から4へと炭素数が増えるにしたがい減少する傾向があった。
【産業上の利用可能性】
【0045】
本発明の電気化学的リアクターシステムによれば、従来のメタン発酵槽を用いるバイオガス生産システムにおける、微生物とバイオマスを使用する大規模な施設が必要なために、微生物の活性維持等その他の設備の維持、管理には多大なコストがかかり、バイオガスを安価に生産できないという欠点が全て解消され、小規模施設での革新的なバイオガス生産システムとなることが期待される。