(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-11-08
(45)【発行日】2024-11-18
(54)【発明の名称】抗ウイルス性ペプチドおよびその利用
(51)【国際特許分類】
C07K 14/08 20060101AFI20241111BHJP
A61P 31/14 20060101ALI20241111BHJP
A61K 38/16 20060101ALI20241111BHJP
C07K 19/00 20060101ALI20241111BHJP
C12N 15/40 20060101ALN20241111BHJP
C07K 14/145 20060101ALN20241111BHJP
C12N 15/62 20060101ALN20241111BHJP
【FI】
C07K14/08
A61P31/14
A61K38/16
C07K19/00
C12N15/40 ZNA
C07K14/145
C12N15/62 Z
(21)【出願番号】P 2020097427
(22)【出願日】2020-06-04
【審査請求日】2023-05-18
(73)【特許権者】
【識別番号】000003034
【氏名又は名称】東亞合成株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】504173471
【氏名又は名称】国立大学法人北海道大学
(74)【代理人】
【識別番号】100117606
【氏名又は名称】安部 誠
(74)【代理人】
【識別番号】100136423
【氏名又は名称】大井 道子
(72)【発明者】
【氏名】吉田 徹彦
(72)【発明者】
【氏名】▲高▼田 礼人
(72)【発明者】
【氏名】ベイリー小林 菜穂子
【審査官】野村 英雄
(56)【参考文献】
【文献】特開2020-059662(JP,A)
【文献】特開2019-064972(JP,A)
【文献】特表2019-500907(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C07K 1/00-19/00
C12N 15/00-15/90
C12Q 1/00- 3/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
UniProt/GeneSeq
PubMed
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
少なくとも1種のウイルスの増殖を抑制する合成ペプチドであって、
(1)配列番号
4に示すアミノ酸配
列、および、
(2)細胞膜透過性ペプチド(CPP)として機能するアミノ酸配列(CPP配列)、をともに備え、
総アミノ酸残基数は100以下である、合成ペプチド。
【請求項2】
前記CPP配列は、ポリアルギニン、または、配列番号11~28のいずれかに示すアミノ酸配列である、請求項1に記載の合成ペプチド。
【請求項3】
前記CPP配列は、前記(1)に示すアミノ酸配列の、N末端側あるいはC末端側に直接的に、もしくは1個以上5個以下のアミノ酸残基からなるリンカーを介して配置される、請求項1または2に記載の合成ペプチド。
【請求項4】
配列番号2
9に示すアミノ酸配列を有する、請求項1~3のいずれか一項に記載の合成ペプチド。
【請求項5】
少なくとも1種のウイルスの増殖を抑制する抗ウイルス性組成物であって、
請求項1~4のいずれか一項に記載の合成ペプチドと、
薬学上許容され得る少なくとも1種の担体と、
を備える、抗ウイルス性組成物。
【請求項6】
少なくとも1種のウイルスの増殖を抑制する方法であって、
インビトロにおいて、対象物に対して請求項1~4のいずれか一項に記載の合成ペプチドを少なくとも1回供給することを包含する、ウイルス増殖抑制方法。
【請求項7】
前記ウイルスは、水疱性口炎ウイルス、または、フィロウイルス科に属するウイルスの糖タンパク質を有するウイルスである、請求項6に記載のウイルス増殖抑制方法。
【請求項8】
前記フィロウイルス科に属するウイルスは、エボラウイルス、またはマールブルグウイルスである、請求項7に記載のウイルス増殖抑制方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、少なくとも1種のウイルスに対して抗ウイルス性を有する人為的に合成された抗ウイルス性ペプチドとその利用に関する。詳しくは、配列番号1~10のいずれかに示すアミノ酸配列と、膜透過性ペプチド配列とを備える合成ペプチドの利用に関する。
【背景技術】
【0002】
現在、有効な予防薬や抗ウイルス剤がないために、治療が対症療法に限られるウイルス性疾患が多く存在している。有効な抗ウイルス剤があったとしても、ウイルスが薬剤耐性を獲得し、既存の治療薬を選択できず、十分な治療が行えないケースもある。そのため、ウイルス性疾患に対して、作用機序や化学的特性の異なる抗ウイルス剤の研究開発が積極的に進められている。そのアプローチの一つには、ウイルスの感染・増殖を阻止あるいは抑制させ得る天然由来あるいは人為的に作製された抗ウイルス性ペプチドの開発が進められている(特許文献1,2参照)。
【0003】
フィロウイルス科はエボラウイルス属とマールブルグウイルス属とを含み、同属に分類されるウイルスには、ヒトを含む霊長類に対して極めて高い感染性と致死率とを示すものがある。現状では、このようなウイルスの集団感染が自然発生した地域は限られている。しかしながら、昨今の世界的な交通網の発達にともなって、かかるウイルスは、輸入感染症を引き起こす病原体として警戒すべき対象となっている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開2007-230904号公報
【文献】特開2007-230903号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
上記のようなウイルスに対しては、未だ有効な予防薬および治療薬はいずれもなく、有効な治療方法を早急に確立する要求が高まっている。
本発明は、上記各特許文献に記載されている抗ウイルス性ペプチドとは異なる構造のペプチドであって、自然界において抗ウイルス性ペプチドとして存在し機能しているペプチドとは異なる、新たな人工の抗ウイルス性ペプチドを設計することを目的とする。また、本発明により設計された抗ウイルス性ペプチドを製造し、該ペプチドを主成分とする抗ウイルス性組成物(典型的には、薬学的組成物たる抗ウイルス剤あるいは研究用試薬)の提供を他の目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、いくつかのウイルスを対象として、種々のアミノ酸配列を有する合成ペプチドの抗ウイルス性を評価するため、スクリーニングを行った。そして、かかる合成ペプチドのスクリーニングから、ウイルスの増殖を抑制する効果(即ち、抗ウイルス性)を示すアミノ酸配列を見出し、本発明を完成するに至った。
【0007】
ここで開示される技術によると、少なくとも1種のウイルスの増殖を抑制する合成ペプチドが提供される。
かかる合成ペプチドは、(1)配列番号1~10のいずれかに示すアミノ酸配列、または、該アミノ酸配列について、1個、2個または3個のアミノ酸残基が欠失、置換または付加されて形成された改変アミノ酸配列、および、(2)細胞膜透過性ペプチド(CPP)として機能するアミノ酸配列(CPP配列)、をともに備える。
当該合成ペプチドの総アミノ酸残基数は100以下である。
かかる構成の合成ペプチドによって、少なくとも1種のウイルスの増殖を抑制することができる。
【0008】
好ましい一態様では、上記CPP配列は、ポリアルギニン、または、配列番号11~28のいずれかに示すアミノ酸配列である。ここで、ポリアルギニンは、特に限定されるものではないが、例えば、3個以上11個以下のアルギニン残基から構成される。かかる構成によると、ウイルスの増殖をより効果的に抑制することができる。
【0009】
好ましくは、上記CPP配列は、上記(1)に示すアミノ酸配列の、N末端側あるいはC末端側に直接的に、もしくは1個以上5個以下のアミノ酸残基からなるリンカーを介して配置される。かかる構成は、本発明の効果を実現するのに好適である。
【0010】
好ましい一態様では、ここで開示される合成ペプチドは、配列番号29~35のいずれかに示すアミノ酸配列を有する。かかる構成によると、ウイルスの増殖をより効果的に抑制することができる。
【0011】
また、本発明は、ここで開示されるいずれかの合成ペプチド(抗ウイルス性ペプチド)と、薬学上許容され得る少なくとも1種の担体とを備える、少なくとも1種のウイルスの増殖を抑制する抗ウイルス性の組成物を提供する。
かかる組成物は、ここで開示される抗ウイルス性ペプチドを含むことにより、抗ウイルス剤としての利用、あるいは新たな抗ウイルス剤の開発のための研究材料として利用することができる。
【0012】
また、本発明は、ここで開示されるいずれかの合成ペプチド(抗ウイルス性ペプチド)を、対象物である細胞や組織等に対して(例えば生体外=インビトロにおいて、あるいは、生体内=インビボにおいて)、少なくとも1回供給することを特徴とする、少なくとも1種のウイルスの増殖を抑制する方法を提供する。
かかる構成の方法では、ここで開示される抗ウイルス性ペプチドを対象物に供給することによって、少なくとも1種のウイルスの増殖を阻止もしくは抑制することができる。
【0013】
好ましい一態様では、上記ウイルスは、水疱性口炎ウイルス、または、フィロウイルス科に属するウイルス(以下、「フィロウイルス」ともいう。)の糖タンパク質を有するウイルスである。
かかる構成の増殖抑制方法は、増殖抑制対象たるウイルスが上記のウイルス種である場合に特に好適に用いられる。
【0014】
好ましくは、上記フィロウイルスは、エボラウイルス、またはマールブルグウイルスである。
かかる構成の増殖抑制方法は、増殖抑制対象たるフィロウイルスが上記のウイルス種である場合に好適に用いられる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【
図1】実施例1において、10
3PFUのVSV-ZGPを接種後、サンプルペプチド1~6のいずれかを20μMの濃度になるように添加して、あるいは、いずれも添加しないで1,2,3日間培養したVero E6細胞の培養上清中のウイルス量(Log
10TCID
50/ml)の経日的な変化を示すグラフである。
【
図2】実施例1において、10
3PFUのVSV-SGPを接種後、サンプルペプチド1~6のいずれかを20μMの濃度になるように添加して、あるいは、いずれも添加しないで1,2,3日間培養したVero E6細胞の培養上清中のウイルス量(Log
10TCID
50/ml)の経日的な変化を示すグラフである。
【
図3】実施例1において、10
3PFUのVSV-ZGPを接種後、サンプルペプチド8~10のいずれかを50μMの濃度になるように添加して、あるいは、いずれも添加しないで1,2,3日間培養したVero E6細胞の培養上清中のウイルス量(Log
10TCID
50/ml)の経日的な変化を示すグラフである。
【
図4】実施例2において、10
3PFUのVSVを接種後、サンプルペプチド1~6のいずれかを20μMの濃度になるように添加して、あるいは、いずれも添加しないで1,2,3日間培養したVero E6細胞の培養上清中のウイルス量(Log
10TCID
50/ml)の経日的な変化を示すグラフである。
【
図5】実施例2において、10
3PFUのVSVを接種後、サンプルペプチド8~10のいずれかを50μMの濃度になるように添加して、あるいは、いずれも添加しないで1,2,3日間培養したVero E6細胞の培養上清中のウイルス量(Log
10TCID
50/ml)の経日的な変化を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、本発明の好適な実施形態を説明する。本明細書において特に言及している事項(例えばここで開示される合成ペプチドの一次構造や鎖長)以外の事柄であって本発明の実施に必要な事柄(例えばペプチドの化学合成方法、細胞培養方法、ここで開示されるペプチドを成分とする抗ウイルス性組成物の調製に関するような一般的事項)は、細胞工学、生理学、医学、薬学、有機化学、生化学、遺伝子工学、タンパク質工学、分子生物学、遺伝学等の分野における従来技術に基づく当業者の設計事項として把握され得る。本発明は、本明細書に開示されている内容と当該分野における技術常識とに基づいて実施することができる。なお、以下の説明では、アミノ酸を1文字表記(但し配列表においては3文字表記)で表す。
本明細書中で引用されている全ての文献の全ての内容は本明細書中に参照として組み入れられている。
【0017】
本明細書において「人為的に合成されたペプチド」とは、そのペプチド鎖がそれのみで独立して自然界に安定的に存在するものではなく、人為的な化学合成あるいは生合成(即ち遺伝子工学に基づく生産)によって製造され、所定の系(例えば抗ウイルス剤を構成する組成物)の中で安定して存在し得るペプチド断片をいう。ここで「ペプチド」とは、複数のペプチド結合を有するアミノ酸ポリマーを指す用語であり、ペプチド鎖に含まれるアミノ酸残基の数によって限定されないが、典型的には全アミノ酸残基数が概ね100以下(好ましくは80以下、より好ましくは70以下、例えば60以下)のような比較的分子量の小さいものをいう。
また、本明細書において「アミノ酸残基」とは、特に言及する場合を除いて、ペプチド鎖のN末端アミノ酸およびC末端アミノ酸を包含する用語である。
なお、本明細書中に記載されるアミノ酸配列は、常に左側がN末端側であり右側がC末端側である。
【0018】
本明細書において所定のアミノ酸配列に対して「改変アミノ酸配列」とは、当該所定のアミノ酸配列が有する機能(抗ウイルス性(「ウイルス増殖抑制性」ともいう。))を損なうことなく、1個から数個(典型的には9個以下、好ましくは5個以下)のアミノ酸残基、例えば、1個、2個または3個のアミノ酸残基が置換、欠失または付加(挿入)されて形成されたアミノ酸配列をいう。例えば、1個、2個または3個のアミノ酸残基が保守的に置換したいわゆる同類置換(conservative amino acid replacement)によって生じた配列(例えば塩基性アミノ酸残基が別の塩基性アミノ酸残基に置換した配列:例えばリジン残基とアルギニン残基との相互置換)、あるいは、所定のアミノ酸配列について1個、2個または3個のアミノ酸残基が付加(挿入)したもしくは欠失した配列等は、本明細書でいうところの改変アミノ酸配列に包含される典型例である。
したがって、ここで開示される抗ウイルス性ペプチドの具体例には、後述する各配列番号のアミノ酸配列と同一のアミノ酸配列で構成される合成ペプチドに加え、各配列番号のアミノ酸配列において1個、2個または3個のアミノ酸残基が置換(典型的には同類置換)、欠失または付加された改変アミノ酸配列であって当該配列番号のアミノ酸配列と同様に抗ウイルス性を示す改変アミノ酸配列からなる合成ペプチドが包含される。
【0019】
ここで開示される人為的に合成された抗ウイルス性ペプチドは、天然には存在しない短鎖のペプチドであり、2種のアミノ酸配列、即ち、
(1)配列番号1~10のいずれかに示すアミノ酸配列、または、該アミノ酸配列について、1個、2個または3個のアミノ酸残基が欠失、置換または付加されて形成された改変アミノ酸配列、および、
(2)細胞膜透過性ペプチド(CPP)として機能するアミノ酸配列(CPP配列)、
をともに備えることで特徴づけられるペプチドである。
【0020】
(1)のアミノ酸配列としては、配列番号1~10に示されるアミノ酸配列が好適である。
配列番号1のアミノ酸配列は、単離された1種のLake Victoria marburgvirus(以下、「マールブルグウイルス(Angola)」ともいう。)の糖タンパク質に含まれる計21アミノ酸残基からなるトランスメンブレン領域を構成するアミノ酸配列(以下、「TM配列」ともいう。)である(UniProtKB - Q1PD50)。
配列番号2のアミノ酸配列は、Sudan ebolavirus(以下、「エボラウイルス(Sudan)」ともいう。)の糖タンパク質に含まれる計21アミノ酸残基からなるTM配列である(UniProtKB - Q66798)。
配列番号3のアミノ酸配列は、Zaire ebolavirus(以下、「エボラウイルス(Zaire)」ともいう。)の糖タンパク質に含まれる計21アミノ酸残基からなるTM配列である(UniProtKB - Q05320)。
【0021】
配列番号4のアミノ酸配列は、マールブルグウイルス(Angola)の糖タンパク質に含まれるTM配列(配列番号1)を含む、計27アミノ酸残基からなるアミノ酸配列である(UniProtKB - Q1PD50)。
配列番号5のアミノ酸配列は、エボラウイルス(Sudan)の糖タンパク質に含まれるTM配列(配列番号2)を含む、計27アミノ酸残基からなるアミノ酸配列である(UniProtKB - Q66798)。
配列番号6のアミノ酸配列は、エボラウイルス(Zaire)の糖タンパク質に含まれるTM配列(配列番号3)を含む、計27アミノ酸残基からなるアミノ酸配列である(UniProtKB - Q05320)。
【0022】
配列番号7のアミノ酸配列は、エボラウイルス(Zaire)の糖タンパク質に含まれる計32アミノ酸残基からなるシグナル配列である(UniProtKB - Q05320)。
配列番号8のアミノ酸配列は、エボラウイルス(Sudan)の糖タンパク質に含まれる計32アミノ酸残基からなるシグナル配列である(UniProtKB - Q66798)。
配列番号9のアミノ酸配列は、マールブルグウイルス(Angola)の糖タンパク質に含まれる計18アミノ酸残基からなるシグナル配列である(UniProtKB - Q1PD50)。
配列番号10のアミノ酸配列は、Marburg marburgvirus(以下、「マールブルグウイルス(Marburg)」ともいう。)の糖タンパク質に含まれる計18アミノ酸残基からなるシグナル配列である(Genbank-AAR85456.1)。
【0023】
(2)のアミノ酸配列としては、従来公知の種々のCPPを採用することができる。例えば、3個以上、好ましくは5個以上であって11個以下、好ましくは9個以下のアルギニン残基からなる、いわゆるポリアルギニン(Rn、ここで、nは、3以上11以下の整数である。)は、ここで用いられるCPPとして好適である。その他、公知である種々のCPPを採用することができる。
【0024】
特に限定するものではないが、配列番号11~28にCPPの好適例を示す。具体的には、以下のとおりである。
配列番号11のアミノ酸配列は、FGF2(塩基性線維芽細胞増殖因子)由来の合計14アミノ酸残基から成るNoLS(核小体局在シグナル:Nucleolar localization signal)に対応する。
配列番号12のアミノ酸配列は、核小体タンパク質の1種(ApLLP)由来の合計19アミノ酸残基から成るNoLSに対応する。
配列番号13のアミノ酸配列は、HSV-1(単純ヘルペスウイルス タイプ1)のタンパク質(γ(1)34.5)由来の合計16アミノ酸残基から成るNoLSに対応する。
配列番号14のアミノ酸配列は、HIC(human I-mfa domain-containing protein)のp40タンパク質由来の合計19アミノ酸残基から成るNoLSに対応する。
配列番号15のアミノ酸配列は、MDV(Marek病ウイルス)のMEQタンパク質由来の合計16アミノ酸残基から成るNoLSに対応する。
配列番号16のアミノ酸配列は、アポトーシスを抑制するタンパク質であるSurvivin- deltaEx3由来の合計17アミノ酸残基から成るNoLSに対応する。
配列番号17のアミノ酸配列は、血管増殖因子であるAngiogenin由来の合計7アミノ酸残基から成るNoLSに対応する。
配列番号18のアミノ酸配列は、核リンタンパク質であってp53腫瘍抑制タンパク質と複合体を形成するMDM2由来の合計8アミノ酸残基から成るNoLSに対応する。
配列番号19のアミノ酸配列は、ベータノダウイルスのタンパク質であるGGNNVα由来の合計9アミノ酸残基から成るNoLSに対応する。
配列番号20のアミノ酸配列は、NF-κB誘導性キナーゼ(NIK)由来の合計7アミノ酸残基から成るNoLSに対応する。
配列番号21のアミノ酸配列は、Nuclear VCP-like protein由来の合計15アミノ酸残基から成るNoLSに対応する。
配列番号22のアミノ酸配列は、核小体タンパク質であるp120由来の合計18アミノ酸残基から成るNoLSに対応する。
配列番号23のアミノ酸配列は、HVS(ヘルペスウイルスsaimiri)のORF57タンパク質由来の合計14アミノ酸残基から成るNoLSに対応する。
配列番号24のアミノ酸配列は、細胞内情報伝達に関与するプロテインキナーゼの1種であるヒト内皮細胞に存在するLIMキナーゼ2(LIM Kinase 2)の第491番目のアミノ酸残基から第503番目のアミノ酸残基までの合計13アミノ酸残基から成るNoLSに対応する。
配列番号25のアミノ酸配列は、IBV(トリ伝染性気管支炎ウイルス:avian infectious bronchitis virus)のNタンパク質(nucleocapsid protein)に含まれる合計8アミノ酸残基から成るNoLSに対応する。
配列番号26のアミノ酸配列は、HIV(ヒト免疫不全ウイルス:Human Immunodeficiency Virus)のTATに含まれるタンパク質導入ドメイン由来の合計9アミノ酸配列から成る膜透過性モチーフに対応する。
配列番号27のアミノ酸配列は、上記TATを改変したタンパク質導入ドメイン(PTD4)の合計11アミノ酸配列から成る膜透過性モチーフに対応する。
配列番号28のアミノ酸配列は、ショウジョウバエ(Drosophila)の変異体であるAntennapediaのANT由来の合計18アミノ酸配列から成る膜透過性モチーフに対応する。
これらのうち、特にNoLSやTATに関連するアミノ酸配列(またはその改変アミノ酸配列)が好ましい。例えば、配列番号24や配列番号25に示すようなNoLS関連のCPP配列、あるいは配列番号26~28のTATやANT関連のCPP配列は、ここで開示される抗ウイルス性ペプチドを構築するために好適に用いることができる。
【0025】
上記(1)のアミノ酸配列および上記(2)のアミノ酸配列に関する情報は、種々の公的な国際機関の知識ベース(データベース)にアクセスすることにより容易に取得することができる。かかるデータベースとしては、例えば、Universal Protein Resource (UniProt) のデータベース (UniProtKB) やNational Center for Biotechnology Information (NCBI) のデータベース (Genbank) が挙げられる。
【0026】
ここで開示される抗ウイルス性ペプチドのペプチド鎖(アミノ酸配列)は、上記(1)に示すアミノ酸配列(以下「アミノ酸配列(1)」と総称する。)、および、上記(2)に示すアミノ酸配列(以下「アミノ酸配列(2)」と総称する。)を備えておればよく、アミノ酸配列(1)とアミノ酸配列(2)のいずれが相対的にN末端側(C末端側)に配置されていてもよい。
具体的な一態様では、アミノ酸配列(1)とアミノ酸配列(2)とは、リンカーを介して配置されている。リンカーは、ペプチド性リンカーであり得る。特に限定されるものではないが、ペプチド性リンカーを構成するアミノ酸配列は立体障害を生じさせず、かつ、柔軟なアミノ酸配列であることが好ましい。ペプチド性リンカーは、例えば、グリシン、アラニン、およびセリン等から選択されるアミノ酸残基を1種または2種以上含む、10個以下(より好ましくは1個以上5個以下、例えば1個、2個、3個、4個、または5個のアミノ酸残基)のアミノ酸残基からなるリンカーであり得る。なお、ペプチド性リンカーは、上記2つのアミノ酸配列に包含されないアミノ酸残基である。あるいは、かかるリンカーとして、βアラニンやアミノヘキサノイルスペーサを用いてもよい。
あるいは、他の一態様では、アミノ酸配列(1)とアミノ酸配列(2)とは、直接的に配置されている。即ち、アミノ酸配列(1)とアミノ酸配列(2)との間には、かかる2つの配列部分に包含されないアミノ酸残基は、存在しない。
【0027】
また、少なくとも1種のウイルスの増殖を抑制し得る抗ウイルス活性を失わない限りにおいて、抗ウイルス性ペプチドは、アミノ酸配列(1)とアミノ酸配列(2)とを構成するアミノ酸配列以外の配列(アミノ酸残基)部分を含み得る。
ここで開示される抗ウイルス性ペプチドは、ペプチド鎖を構成する総アミノ酸残基数は100以下が適当である。製造コスト、合成のし易さ、取扱い性の観点から、かかる総アミノ酸残基数は、80以下が好ましく、70以下がより好ましく、60以下がさらに好ましい。あるいは、該総アミノ酸残基数は、50以下であってもよい。このような鎖長が比較的短いペプチドは、化学合成が容易であり、容易に抗ウイルス性ペプチドを提供することができる。特に限定されるものではないが、免疫原(抗原)になり難いという観点から直鎖状またはへリックス状のものが好ましい。このような形状のペプチドはエピトープを構成し難い。
【0028】
合成したペプチド全体のアミノ酸残基数に対するアミノ酸配列(1)とアミノ酸配列(2)とを合わせたアミノ酸残基数の占める割合は、抗ウイルス性活性を失わない限り特に限定されないが、当該割合は概ね80%以上、85%以上、90%以上が好ましい。なお、全てのアミノ酸残基がL型アミノ酸であるものが好ましいが、抗ウイルス活性を失わない限りにおいて、アミノ酸残基の一部または全部がD型アミノ酸に置換されているものであってもよい。
【0029】
好ましくは、ここで開示される抗ウイルス性ペプチドは、少なくとも一つのアミノ酸残基がアミド化されている。アミノ酸残基(典型的にはペプチド鎖のC末端アミノ酸残基)のカルボキシル基のアミド化により、合成ペプチドの構造安定性(例えばプロテアーゼ耐性)を向上させることができる。
ある一態様では、ここに開示される抗ウイルス性ペプチドのC末端部分をアミノ酸配列(1)が構成している。ここでは、アミノ酸配列(1)のC末端アミノ酸残基がアミド化される。好ましい一態様では、抗ウイルス性ペプチドのC末端部分をアミノ酸配列(2)が構成している。ここで、アミノ酸配列(2)のC末端アミノ酸残基をアミド化し、該抗ウイルス性ペプチドの安定化を図る。
【0030】
ここで開示される抗ウイルス性ペプチドは、一般的な化学合成法に準じて容易に製造することができる。例えば、従来公知の固相合成法または液相合成法のいずれを採用してもよい。アミノ基の保護基としてBoc(t-butyloxycarbonyl)あるいはFmoc(9-fluorenylmethoxycarbonyl)を適用した固相合成法が好適である。
ここで開示される抗ウイルス性ペプチドは、市販のペプチド合成機を用いた固相合成法により、所望するアミノ酸配列、修飾(C末端アミド化等)部分を有するペプチド鎖を合成することができる。
【0031】
あるいは、遺伝子工学的手法に基づいて抗ウイルス性ペプチドを生合成してもよい。すなわち、所望する抗ウイルス性ペプチドのアミノ酸配列をコードするヌクレオチド配列(ATG開始コドンを含む。)のポリヌクレオチド(典型的にはDNA)を合成する。そして、合成したポリヌクレオチド(DNA)と該アミノ酸配列を宿主細胞内で発現させるための種々の調節エレメント(プロモーター、リボゾーム結合部位、ターミネーター、エンハンサー、発現レベルを制御する種々のシスエレメントを包含する。)とから成る発現用遺伝子構築物を有する組換えベクターを、宿主細胞に応じて構築する。
一般的な技法によって、この組換えベクターを所定の宿主細胞(例えばイースト、昆虫細胞、植物細胞)に導入し、所定の条件で当該宿主細胞または該細胞を含む組織や個体を培養する。このことにより、目的とするペプチドを細胞内で発現、生産させることができる。そして、宿主細胞(分泌された場合は培地中)からペプチドを単離し、必要に応じてリフォールディング、精製等を行うことによって、目的の抗ウイルス性ペプチドを得ることができる。
なお、組換えベクターの構築方法および構築した組換えベクターの宿主細胞への導入方法等は、当該分野で従来から行われている方法をそのまま採用すればよく、かかる方法自体は特に本発明を特徴付けるものではないため、詳細な説明は省略する。
【0032】
あるいは、無細胞タンパク質合成システム用の鋳型DNA(即ち抗ウイルス性ペプチドのアミノ酸配列をコードするヌクレオチド配列を含む合成遺伝子断片)を構築し、ペプチド合成に必要な種々の化合物(ATP、RNAポリメラーゼ、アミノ酸類等)を使用し、いわゆる無細胞タンパク質合成システムを採用して目的のポリペプチドをインビトロ合成することができる。無細胞タンパク質合成システムについては、例えばShimizuらの論文(Shimizu et al., Nature Biotechnology, 19, 751-755(2001))、Madinらの論文(Madin et al., Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 97(2), 559-564(2000))が参考になる。これら論文に記載された技術に基づいて、本願出願時点において既に多くの企業がポリペプチドの受託生産を行っており、また、無細胞タンパク質合成用キット(例えば、日本の(株)セルフリーサイエンスから入手可能)が市販されている。
【0033】
ここで開示される抗ウイルス性ペプチドをコードするヌクレオチド配列および/または該配列と相補的なヌクレオチド配列を含む一本鎖または二本鎖のポリヌクレオチドは、従来公知の方法によって容易に製造(合成)することができる。すなわち、設計したアミノ酸配列を構成する各アミノ酸残基に対応するコドンを選択することによって、抗ウイルス性ペプチドのアミノ酸配列に対応するヌクレオチド配列が容易に決定され、提供される。そして、ひとたびヌクレオチド配列が決定されれば、DNA合成機等を利用して、所望するヌクレオチド配列に対応するポリヌクレオチド(一本鎖)を容易に得ることができる。さらに得られた一本鎖DNAを鋳型として用い、種々の酵素的合成手段(典型的にはPCR)を採用して目的の二本鎖DNAを得ることができる。また、ポリヌクレオチドは、DNAの形態であってもよく、RNA(mRNA等)の形態であってもよい。DNAは、二本鎖または一本鎖で提供され得る。一本鎖で提供される場合は、コード鎖(センス鎖)であってもよく、それと相補的な配列の非コード鎖(アンチセンス鎖)であってもよい。
こうして得られるポリヌクレオチドは、上述のように、種々の宿主細胞中でまたは無細胞タンパク質合成システムにて、抗ウイルス性ペプチド生産のための組換え遺伝子(発現カセット)を構築するための材料として使用することができる。
【0034】
また、抗ウイルス性ペプチドをコードするポリヌクレオチドは、いわゆる遺伝子治療に使用する素材として用い得る。例えば、抗ウイルス性ペプチドをコードする遺伝子(典型的にはDNAセグメント、あるいはRNAセグメント)を適当なベクターに組み込み、目的とする部位に導入することにより、常時、生体(細胞)内で本発明に係る抗ウイルス性ペプチドを発現させることが可能である。したがって、本発明の抗ウイルス性ペプチドをコードするポリヌクレオチド(DNAセグメント、RNAセグメント等)は、ウイルス感染を予防しまたは治療する薬剤として有用である。
【0035】
ここで開示される抗ウイルス性ペプチドは、少なくとも1種のウイルスの増殖を抑制(あるいは阻害)する用途の組成物(即ち、抗ウイルス剤等の薬学的な高ウイルス組成物)の有効成分として好適に使用し得る。
なお、抗ウイルス性組成物(抗ウイルス剤)に含有される抗ウイルス性ペプチドは、抗ウイルス活性を損なわない限りにおいて、塩の形態であってもよい。例えば、常法に従って通常使用されている無機酸または有機酸を付加反応させることにより得られ得る該ペプチドの酸付加塩を使用することができる。あるいは、抗ウイルス活性を有する限り、他の塩(例えば金属塩)であってもよい。したがって、本明細書および特許請求の範囲に記載の「ペプチド」は、かかる塩形態のものを包含する。
【0036】
ここで開示される抗ウイルス性組成物は、有効成分である抗ウイルス性ペプチドの抗ウイルス活性を失わない限りにおいて、使用形態に応じて薬学(医薬)上許容され得る種々の担体を含み得る。例えば、希釈剤、賦形剤等としてペプチド系医薬において一般的に使用される担体を適用し得る。
ここで開示される抗ウイルス性組成物の用途や形態に応じて適宜異なり得るが、典型的には、水、生理学的緩衝液、種々の有機溶媒が挙げられる。適当な濃度のアルコール(エタノール等)水溶液、グリセロール、オリーブ油のような不乾性油であり得る。あるいはリポソームであってもよい。また、抗ウイルス性組成物に含有させ得る副次的成分としては、種々の充填剤、増量剤、結合剤、付湿剤、表面活性剤、色素、香料等が挙げられる。
抗ウイルス性組成物(抗ウイルス性剤)の典型的な形態として、液剤、懸濁剤、乳剤、エアロゾル、泡沫剤、顆粒剤、粉末剤、錠剤、カプセル、軟膏、水性ジェル剤等が挙げられる。また、注射等に用いるため、使用直前に生理食塩水または適当な緩衝液(例えばPBS)等に溶解して薬液を調製するための凍結乾燥物、造粒物とすることもできる。
なお、抗ウイルス性ペプチド(主成分)および種々の担体(副成分)を材料にして種々の形態の組成物(薬剤)を調製するプロセス自体は従来公知の方法に準じればよく、かかる製法自体は本発明を特徴付けるものでもないため詳細な説明は省略する。処方に関する詳細な情報源として、例えばComprehensive Medicinal Chemistry, Corwin Hansch監修,Pergamon Press刊(1990)が挙げられる。この書籍の全内容は本明細書中に参照として援用されている。
【0037】
ここで開示される抗ウイルス性組成物(抗ウイルス性ペプチド)の増殖抑制対象たるウイルスは、ウイルスであれば特に制限されず、ヒトまたはヒト以外の哺乳動物に感染する種々のウイルスであり得る。後述する実施例に記載のとおり、ここで開示される抗ウイルス性組成物(抗ウイルス性ペプチド)は抗ウイルススペクトラムが広く、種々のウイルスの増殖を抑制することができる。かかる増殖抑制対象ウイルスには、ウイルスゲノムとしてDNAを有する各種のDNAウイルス、および、ウイルスゲノムとしてRNAを有する各種のRNAウイルスが含まれる。増殖抑制対象ウイルスは、例えば、RNAウイルスであり、ラブドウイルス科のウイルス(例えば水疱性口炎ウイルス(Vesicular stomatitis virus:VSV))、ならびに、フィロウイルス(例えばエボラウイルスやマールブルグウイルス)の糖タンパク質を有するウイルスが好適例として挙げられる。なお、フィロウイルスの糖タンパク質を有するウイルスは、フィロウイルスそのものと、フィロウイルスの糖タンパク質を発現する遺伝子組み換えウイルスとを含む。
ここで開示される抗ウイルス性組成物(抗ウイルス性ペプチド)は、ウイルスの感染症の治療や予防、例えば口腔内洗浄(うがい)や摘出した組織の洗浄、または器具の洗浄等の目的に用いられ得る。
【0038】
ここで開示される抗ウイルス性組成物(抗ウイルス剤)は、その形態および目的に応じた方法や用量で使用することができる。
ここで開示される抗ウイルス性ペプチドは、比較的高い濃度のカチオン、塩類(例えば塩化ナトリウム)あるいは血清のような有機物が存在する系においても抗ウイルス活性を維持し得る。したがって、ここで開示される抗ウイルス性組成物は、カチオン、塩類や血清等が存在する系(場)での使用に好適である。例えば、本発明によって提供される抗ウイルス性組成物は、液剤として、静脈内、筋肉内、皮下、皮内もしくは腹腔内への注射あるいは灌腸によって患者に投与することができる。
あるいは、錠剤等の固体形態のものは経口投与することができる。また、衛生陶器表面の洗浄目的に使用する場合は、比較的多量(例えば1mg/mL以上100mg/mL以下)の抗ウイルス性ペプチドを含有する液剤を対象物の表面に直接スプレーするか、あるいは、当該液剤で濡れた布や紙で対象物の表面を拭くとよい。これらは例示にすぎず、従来のペプチド系抗生物質やペプチドを構成成分とする農薬、医薬部外品等と同じ形態、使用方法を適用することができる。
【0039】
あるいは、生体外(インビトロ)において培養している細胞(培養細胞株、または生体から摘出された細胞塊又は組織又は器官である場合を包含する。)に対し、ここで開示される抗ウイルス性組成物の適当量(即ち合成ペプチドの適当量)を、少なくとも1回、対象とする培養細胞(組織等)の培地に供給することができる。1回当たりの供給量および供給回数は、培養する細胞の種類、細胞密度(培養開始時の細胞密度)、継代数、培養条件、培地の種類、等の条件によって異なり得るため特に限定されないが、培地中の合成ペプチド濃度が概ね0.5μM以上100μM以下の範囲内、好ましくは3μM以上50μM以下(例えば5μM以上30μM以下)の範囲内となるように、1回、2回またはそれ 以上の複数回添加することが好ましい。
【0040】
近年の遺伝子工学の分野においては、細胞や組織、あるいは臓器に標的の遺伝子を導入するためのウイルスベクターとして、組み換え体VSVを使用することがある。また、他のウイルス種(例えばフィロウイルスやレトロウイルス等)のウイルスタンパク質の機能解析を行うために、シュードタイプウイルスを作製することがある。例えば、遺伝子操作によって、フィロウイルスの糖タンパク質をVSVに組み込んで、かかるフィロウイルスの糖タンパク質を発現するVSVを作製することがある。このようなVSVは、従来では、フィロウイルスの糖タンパク質の機能を解析することを目的として、あるいは、フィロウイルスに対する予防薬や治療薬の開発を目的として使用されている。例えば後述する実施例に示すように、ここで開示される抗ウイルス性ペプチドを適当な濃度で培養液中に含有することによって、培養中の臓器、組織、細胞等への望ましくないウイルス感染を防止する、あるいは宿主中でのウイルス増殖を抑制することができる。
【0041】
予防薬や抗ウイルス治療薬の開発には、病原ウイルスの詳細な情報が必要である。例えば後述する実施例によると、ここで開示される抗ウイルス性ペプチドを、種々のウイルスの感染・増殖機構を解析する研究ツールとして応用し得る。
家畜の飼養環境の管理、品質管理には、家畜の疾病予防や治療(例えばワクチンや抗ウイルス治療薬)が不可欠であるとともに、疾病を引き起こす病原体の正確な情報を把握する必要がある。ここで開示される抗ウイルス性ペプチドは、それ自体が抗VSV剤の有望なシーズとなり得るため、家畜のウイルス感染予防、家畜間の感染拡大防止、さらには家畜と濃厚接触し得る畜産関係者や獣医師などの感染予防や治療法の確立が期待できる。
【0042】
一方、ここで開示される抗ウイルス性ペプチドは、以下の実施例に記載のとおり、フィロウイルスの糖タンパク質を発現する遺伝子組み換えウイルスに対する増殖抑制効果が確認されていることから、フィロウイルスに対して増殖抑制効果を示すことが期待される。そのため、当該抗ウイルス性ペプチドは、抗フィロウイルス剤のシーズとなり得、フィロウイルス感染症(エボラ出血熱、マールブルグ出血熱)の治療方法の確立が大いに期待される。
【0043】
以下、本発明に関するいくつかの実施例を説明するが、本発明を係る実施例に示すものに限定することを意図したものではない。
【0044】
[実施例1]
<ペプチドの合成>
表1に示す計10種のペプチドを市販のペプチド合成機を用いて製造した。具体的には次のとおりである。
サンプル1は、配列番号29に示され、アミノ酸配列(1)として配列番号4に示すアミノ酸配列を使用し、そのC末端側にアミノ酸配列(2)として配列番号24に示すアミノ酸配列(LIMキナーゼ2のNoLS)を含む合成ペプチドである。アミノ酸配列(1)のC末端に、3アミノ酸残基からなるリンカーを介してアミノ酸配列(2)が配置されている。
サンプル2は、配列番号30に示され、アミノ酸配列(1)として配列番号6に示すアミノ酸配列を使用し、そのC末端側にアミノ酸配列(2)として配列番号24に示すアミノ酸配列(LIMキナーゼ2のNoLS)を含む合成ペプチドである。アミノ酸配列(1)のC末端に、3アミノ酸残基からなるリンカーを介してアミノ酸配列(2)が配置されている。
サンプル3は、配列番号31に示され、アミノ酸配列(1)として配列番号5に示すアミノ酸配列、(2)CPP配列として配列番号24に示すアミノ酸配列(LIMキナーゼ2のNoLS)を含む合成ペプチドである。アミノ酸配列(1)のC末端に、3アミノ酸残基からなるリンカーを介してアミノ酸配列(2)が配置されている。
【0045】
サンプル4は、配列番号32に示され、アミノ酸配列(1)として配列番号7に示すアミノ酸配列を使用し、そのC末端側にアミノ酸配列(2)として配列番号24に示すアミノ酸配列(LIMキナーゼ2のNoLS)を含む合成ペプチドである。アミノ酸配列(1)のC末端に、3アミノ酸残基からなるリンカーを介してアミノ酸配列(2)が配置されている。
サンプル5は、配列番号33に示され、アミノ酸配列(1)として配列番号8に示すアミノ酸配列を使用し、そのC末端側にアミノ酸配列(2)として配列番号24に示すアミノ酸配列(LIMキナーゼ2のNoLS)を含む合成ペプチドである。アミノ酸配列(1)のC末端に、3アミノ酸残基からなるリンカーを介してアミノ酸配列(2)が配置されている。
サンプル6は、配列番号34に示され、アミノ酸配列(1)として配列番号10に示すアミノ酸配列を使用し、そのC末端側にアミノ酸配列(2)として配列番号24に示すアミノ酸配列(LIMキナーゼ2のNoLS)を含む合成ペプチドである。アミノ酸配列(1)のC末端に、3アミノ酸残基からなるリンカーを介してアミノ酸配列(2)が配置されている。
サンプル7は、配列番号35に示され、アミノ酸配列(1)として配列番号9に示すアミノ酸配列を使用し、そのC末端側にアミノ酸配列(2)として配列番号24に示すアミノ酸配列(LIMキナーゼ2のNoLS)を含む合成ペプチドである。アミノ酸配列(1)のC末端に、3アミノ酸残基からなるリンカーを介してアミノ酸配列(2)が配置されている。
【0046】
サンプル8は、配列番号36に示され、アミノ酸配列(1)として配列番号39に示すアミノ酸配列を使用し、そのC末端側にアミノ酸配列(2)として配列番号24に示すアミノ酸配列(LIMキナーゼ2のNoLS)を含む合成ペプチドである。なお、配列番号39には、単離された1種のVSV(Vesicular stomatitis Piry virus)の糖タンパク質に含まれる計19アミノ酸残基からなるTM配列が示されている(UniProtKB - Q85213)。
サンプル9は、配列番号37に示され、アミノ酸配列(1)として配列番号40に示すアミノ酸配列を使用し、そのC末端側にアミノ酸配列(2)として配列番号24に示すアミノ酸配列(LIMキナーゼ2のNoLS)を含む合成ペプチドである。なお、配列番号40には、単離された1種のVSV(Vesicular stomatitis Indiana virus)の糖タンパク質に含まれる計21アミノ酸残基からなるTM配列が示されている(UniProtKB - P05322)。
サンプル10は、配列番号38に示され、アミノ酸配列(1)として配列番号41に示すアミノ酸配列を使用し、そのC末端側にアミノ酸配列(2)として配列番号24に示すアミノ酸配列(LIMキナーゼ2のNoLS)を含む合成ペプチドである。なお、配列番号41には、単離された1種のVSV(Vesicular stomatitis New Jersey virus)の糖タンパク質に含まれる計21アミノ酸残基からなるTM配列が示されている(UniProtKB - P04882)。
【0047】
【0048】
上記サンプル1~10のペプチドを、いずれも市販のペプチド合成機を用いてマニュアルどおりに固相合成法(Fmoc法)を実施して合成した。なお、ペプチド合成機の使用態様自体は本発明を特徴付けるものではないため、詳細な説明は省略する。試験に供された全ての合成ペプチドにおいて、C末端アミノ酸のカルボキシル基(-COOH)はアミド化(-CONH2)されている。
合成した各サンプルのペプチドは、DMSOに溶かし、各サンプルペプチドのストック液(濃度2.5mM)を調製した。
【0049】
<細胞およびウイルス>
以下の評価試験に使用した細胞とウイルスの詳細は、次の通りである。
以下の評価試験において使用された細胞は、アフリカミドリザル腎臓上皮Vero E6細胞であった。Vero E6細胞の培養には、100U/mLのペニシリン、0.1mg/mLのストレプトマイシン、及び10%のFCSを含むL-グルタミン含有Dulbecco‘s Modified Eagle Medium(DMEM)を使用した。
また、以下の評価試験において使用するウイルスを得るために、ヒト胎児腎臓由来293T細胞を使用した。293T細胞の培養には、100U/mLのペニシリン、0.1mg/mLのストレプトマイシン、及び10%のFCSを含むL-グルタミン含有Dulbecco‘s Modified Eagle Medium(DMEM)を使用した。
【0050】
本評価試験における増殖抑制対象たるウイルスは、VSVの糖タンパク質をエボラウイルス(Zaire)の糖タンパク質で置き換えたウイルス(VSV-ZGP)、VSVの糖タンパク質をエボラウイルス(Sudan)の糖タンパク質で置き換えたウイルス(VSV-SGP)、VSVの糖タンパク質をマールブルグウイルス(Angola)の糖タンパク質で置き換えたウイルス(VSV-AGP)の計3種類のウイルスであった。
上記3種類のウイルスを、Takadaらの論文(Takada et. al., Proc. Natl. Acad. Sci.,94, 14764 - 14769, 1997)、Takadaらの論文(Takada et. al., J. Virol., 77, 1069 - 1074, 2003)、および、Nakayamaらの論文(Nakayama et. al., J. Infect. Dis, 204. Suppl. 3 : S978-S985, 2011)に記載される方法に基づいて作製した。
【0051】
簡潔には、まず、VSVのウイルスゲノムをコードする完全長のcDNAにおいて、VSVの糖タンパク質をコードする領域を、緑色蛍光タンパク質(green fluorescent protein:GFP)の塩基配列で置き換えたcDNAを有する遺伝子組み換えVSVを作製した。また、エボラウイルス(Zaire)の糖タンパク質をコードするcDNA、エボラウイルス(Sudan)の糖タンパク質をコードするcDNA、およびマールブルグウイルス(Angola)の糖タンパク質をコードするcDNAをそれぞれ発現プラスミドにクローニングして、3種類のフィロウイルスの糖タンパク質発現プラスミドを得た。
次いで、293T細胞に、従来公知の手法を用いて、上記3種類のフィロウイルスの糖タンパク質発現プラスミドをトランスフェクションした。トランスフェクションから36時間経過後、293T細胞に上記遺伝子組み換えVSVをMOI(multiplicity of infection)=1で接種した。この293T細胞を1時間ほど37℃でインキュベートした後、接種に用いたウイルス懸濁液を除去して、細胞をPBSで3回洗浄し、培養液を加えて37℃で細胞を培養した。
培養を開始してから24時間程度経過した後の培養上清を採取した。遠心分離を行い、その遠心上清をVSV-ZGP、VSV-SGP、およびVSV-AGPのウイルスストックとして得た。
これら3種類のウイルスの力価(感染価)を、いずれも公知の一般的なプラークアッセイ法に基づいて測定した。
【0052】
上記3種類のフィロウイルスの糖タンパク質発現プラスミドを得るために使用したエボラウイルス(Zaire)の糖タンパク質をコードするcDNA、エボラウイルス(Sudan)の糖タンパク質をコードするcDNA、およびマールブルグウイルス(Angola)の糖タンパク質をコードするcDNAの塩基配列情報は、公知のデータベース(UniProt、GenBank等)を用いて取得したものである。ここでは、UniProtのアクセス番号Q05320、Q66798、Q1PD50から得られる情報をもとに、かかる塩基配列情報を得た。
【0053】
<抗ウイルス性評価試験>
評価試験の詳細は、以下のとおりである。
まず、あらかじめ用意しておいたVSV-ZGP、VSV-SGP、およびVSV-AGPの3種類のウイルスをそれぞれ希釈し、感染価が103PFU/mLであるウイルス懸濁液を調製した。ウイルスの希釈液として、2%FCS含有DMEMを使用した。
あらかじめ市販の6ウェルプレート中で培養したVero E6細胞を、各ウェル当たり1mLのPBSで洗浄した。次いで、各ウェル当たり1mlの上記ウイルス懸濁液を各ウェルに加えて、Vero E6細胞にウイルスを接種した。6ウェルプレートを1時間ほど37℃にてインキュベートした後、各ウェルからウイルス懸濁液を除去して、細胞をPBSとDMEMとを用いて1回ずつ洗浄した。
次いで、6ウェルプレートに、上記サンプルペプチド1~6、8~10をそれぞれ含む培養液を各ウェル当たり2mlずつ供給し、37℃で培養した。ここで、サンプルペプチド1~6の濃度は、20μMであった。サンプルペプチド8~10の濃度は、50μMであった。コントロールとして、DMSOを、かかるサンプルペプチド含有培養液に含まれる量と等量になるように添加した培養液を使用した。培養液としては、2%FCS含有DMEMを使用した。
【0054】
培養を開始してから1日目、2日目、および3日目の培養上清を採取した。ウイルスを感染していないVero E6細胞を用いて、公知の一般的なTCID
50法により、かかる培養上清に含まれるウイルスの感染価を算出した。ここで算出されたウイルス感染価(TCID
50/ml)を、上記培養上清に含まれるウイルス量とした。
結果を
図1~3に示す。
【0055】
[実施例2]
実施例2においては、上記実施例1で使用した計9種類のサンプルペプチドを用いて、抗ウイルス性評価試験を行った。
かかる抗ウイルス性評価試験において、増殖抑制対象たるウイルスはVSVであった。VSVを希釈して、感染価が10
3PFU/mLであるウイルス懸濁液を調製した。このウイルス懸濁液を用いて、Vero E6細胞にVSVを接種した。それ以外は上記実施例1と同様の材料および手法を用いて実施例2における抗ウイルス性評価試験を行った。
結果を
図4,5に示す。
【0056】
[結果と考察]
図1,2に示されるように、実施例1では、サンプルペプチド1~6について、VSV-ZGPを接種したVero E6細胞、またはVSV-SGPを接種したVero E6細胞を接種したVero E6細胞の培養上清に含まれるウイルス量は、サンプルペプチドの供給後2日目および3日目において、コントロール培養上清に含まれるウイルス量よりも少なかった。詳細なデータは示していないが、VSV-AGPを接種したVero E6細胞の培養上清に含まれるウイルス量も、サンプルペプチドの供給後2日目および3日目において、コントロール培養上清に含まれるウイルス量よりも少なかった。また、実施例2では、
図4に示されるように、VSVを接種したVero E6細胞の培養上清に含まれるウイルス量は、サンプルペプチドの供給後1日目から、コントロール培養上清に含まれるウイルス量よりも少なかった。このことから、サンプルペプチド1~6は、上述した4種類のウイルスのいずれに対しても増殖抑制効果を示すことが確認された。
【0057】
一方、サンプルペプチド8~10については、VSVに対しては増殖抑制効果が確認されたものの(
図5)、VSV-ZGPに対する増殖抑制効果は認められなかった(
図3)。このことから、サンプルペプチド1~6は、サンプルペプチド8~10よりも多くのウイルスに対して増殖抑制効果を示すことがわかった。
以上、実施例1,2の結果から、ここで開示される合成ペプチドは、アミノ酸配列(1)と、アミノ酸配列(2)(即ち、CPP配列)とを備えることによって、少なくとも1種のウイルスの増殖を抑制することが確認された。
【0058】
以上、本発明の具体例を詳細に説明したが、これらは例示にすぎず、特許請求の範囲を限定するものではない。特許請求の範囲に記載の技術には、以上に例示した具体例を様々に変形、変更したものが含まれる。
例えば、アミノ酸配列(1)として、配列番号1~10のアミノ酸配列の改変配列を採用してもよい。また、アミノ酸配列(2)として、上記実施例で使用したCPP配列とは異なる他の既知のCPP配列(例えば配列番号11~23、25~28に示すCPP配列)やポリアルギニンを採用してもよい。
【産業上の利用可能性】
【0059】
上記のとおり、ここで開示される抗ウイルス性ペプチドによると、ウイルスの増殖を抑制する(またはウイルス感染の拡大を防止する)ことができる。このため、本発明によって提供される抗ウイルス性ペプチドを使用することによって、少なくとも一種のウイルスの増殖抑制効果を有する抗ウイルス性組成物(抗ウイルス剤)を提供することができる。
【配列表フリーテキスト】
【0060】
配列番号1~41 合成ペプチド
【配列表】