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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-11-08
(45)【発行日】2024-11-18
(54)【発明の名称】物質送達キャリア及び組成物
(51)【国際特許分類】
   A61K 47/22 20060101AFI20241111BHJP
   A61K 9/14 20060101ALI20241111BHJP
   A61K 9/50 20060101ALI20241111BHJP
   A61K 9/10 20060101ALI20241111BHJP
   A61K 47/28 20060101ALI20241111BHJP
   A61K 47/18 20170101ALI20241111BHJP
   A61K 47/20 20060101ALI20241111BHJP
   A61K 47/24 20060101ALI20241111BHJP
   A61K 48/00 20060101ALI20241111BHJP
   A61K 45/00 20060101ALI20241111BHJP
   A61K 31/713 20060101ALI20241111BHJP
   A61P 35/00 20060101ALI20241111BHJP
   A61P 43/00 20060101ALI20241111BHJP
   A61P 35/02 20060101ALI20241111BHJP
   A61P 7/00 20060101ALI20241111BHJP
【FI】
A61K47/22
A61K9/14
A61K9/50
A61K9/10
A61K47/28
A61K47/18
A61K47/20
A61K47/24
A61K48/00
A61K45/00
A61K31/713
A61P35/00
A61P43/00 105
A61P35/02
A61P7/00 ZNA
【請求項の数】 14
(21)【出願番号】P 2021146112
(22)【出願日】2021-09-08
(65)【公開番号】P2023039115
(43)【公開日】2023-03-20
【審査請求日】2023-10-26
(73)【特許権者】
【識別番号】000003078
【氏名又は名称】株式会社東芝
(73)【特許権者】
【識別番号】504137912
【氏名又は名称】国立大学法人 東京大学
(74)【代理人】
【識別番号】110001737
【氏名又は名称】弁理士法人スズエ国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】石原 美津子
(72)【発明者】
【氏名】川田 滋久
(72)【発明者】
【氏名】合山 進
【審査官】田澤 俊樹
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2020/039631(WO,A1)
【文献】米国特許出願公開第2021/0154149(US,A1)
【文献】特開2021-16371(JP,A)
【文献】特表2013-515693(JP,A)
【文献】特表2020-537541(JP,A)
【文献】国際公開第2018/021200(WO,A1)
【文献】Srinivas Ramishetti et al.,"A Combinatorial Library of Lipid Nanoparticles for RNA Delivery to Leukocytes",Advanced Materials,2020年,Vol.32, 1906128,p.1-8,DOI: 10.1002/adma.201906128
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K 47/00-47/69
9/00-9/72
31/00-33/44
48/00
45/00
A61P 1/00-43/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/REGISTRY/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
骨髄性腫瘍細胞に目的物質を送達するための物質送達キャリアであって、
脂質粒子と、前記脂質粒子に内包された前記目的物質とを備え、
前記脂質粒子は、その構成成分として式(I)の第1脂質を少なくとも含む、物質送達キャリア。
【化1】
【請求項2】
前記脂質粒子の脂質組成における前記第1脂質の割合(モル比)は10%以上50%以下である、請求項1に記載の物質送達キャリア。
【請求項3】
前記脂質粒子が弱カチオン性を示す、請求項1又は2に記載の物質送達キャリア。
【請求項4】
イオン強度が3.599×10-3mol/dmの環境下で、前記脂質粒子の酸解離定数(pKa)は8.4以下である、請求項3に記載の物質送達キャリア。
【請求項5】
前記脂質粒子は、カチオン性脂質、中性脂質、凝集を防止する脂質及びコレステロールのうち少なくとも1種を更に構成成分として含む、請求項1~4の何れか1項に記載の物質送達キャリア。
【請求項6】
前記骨髄性腫瘍細胞の発症及び進展を抑制するために用いられる、請求項1~5の何れか1項に記載の物質送達キャリア。
【請求項7】
対象における骨髄性腫瘍を治療するために用いられる、請求項1~5の何れか1項に記載の物質送達キャリア。
【請求項8】
前記目的物質は、前記骨髄性腫瘍細胞の発症及び進展に関わる遺伝子の発現を抑制するsiRNAを含む、請求項1~7の何れか1項に記載の物質送達キャリア。
【請求項9】
前記siRNAは、前記遺伝子の一部と相補的な配列を含む、請求項8に記載の物質送達キャリア。
【請求項10】
前記遺伝子は、転写因子、融合遺伝子、エピゲノム制御因子、リン酸化酵素関連遺伝子、免疫抑制因子、ユビキチン関連因子、アポトーシス制御因子、及び、non-coding RNAからなる群から選択される少なくとも1つである、請求項8又は9に記載の物質送達キャリア。
【請求項11】
前記遺伝子は、RUNX1,RUNX2,MECOM,MYB,MYC,HOXA9,MEIS1,HHEX,及びERGから選択される少なくとも1つである、請求項8または9に記載の物質送達キャリア。
【請求項12】
前記脂質粒子がpH調整剤及び/又は浸透圧調整剤を更に内包する、請求項1~11の何れか1項に記載の物質送達キャリア。
【請求項13】
前記請求項1乃至請求項12のいずれか1項に記載の物質送達キャリアを含み、
担体と保管保護剤の少なくともどちらか1つを更に含む、組成物。
【請求項14】
前記保管保護剤が、ジメチルスルホキシドである請求項13に記載の組成物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明の実施形態は、物質送達キャリア及び組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
骨髄性腫瘍は、骨髄性白血病及び骨髄性リンパ腫を含む悪性腫瘍性疾患である。種々の悪性腫瘍の治療及び診断のために、腫瘍細胞に特異的に治療薬又は診断薬を送達することが求められている。しかしながら、骨髄性腫瘍細胞を標的とした薬剤の送達は困難で、特に核酸送達は臨床的には実現していない。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
本発明が解決しようとする課題は、骨髄性腫瘍細胞に目的物質を送達することができる物質送達キャリア及び組成物を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0004】
実施形態に従う物質送達キャリア及び組成物は、骨髄性腫瘍細胞に目的物質を送達するための物質送達キャリア及び組成物である。物質送達キャリアは、脂質粒子と、前記脂質粒子に内包された前記目的物質とを備える。脂質粒子は、その構成成分として式(I)の第1脂質を少なくとも含む。
【図面の簡単な説明】
【0005】
図1図1は、第1実施形態の脂質粒子の一例を示す断面図である。
図2図2は、第2実施形態の物質送達キャリアの一例を示す断面図である。
図3図3は、第2実施形態の物質送達方法の一例を示すフローチャートである。
図4図4は、第2実施形態の物質送達方法の一例を示す模式図である。
図5図5は、例1の実験結果を示すグラフであり、(a)は、ヒト白血病細胞株TF-1に、siNT又はsiRUNX1を内包する組成Aの脂質粒子を導入した後の細胞数の経時変化を示す。(b)は、ヒト白血病細胞株TF-1に、siNT又はsiRUNX1を内包する組成Bの脂質粒子を導入した後の細胞数の経時変化を示す。(c)は、ヒト白血病細胞株TF-1に、siNT又はsiRUNX1を内包する組成Cの脂質粒子を導入した後の細胞数の経時変化を示す。
図6図6は、例1の実験結果を示すグラフであり、(a)は、ヒト白血病細胞株TF-1に、siNT又はsiRUNX1を内包する組成B又はCの脂質粒子を導入した後の細胞数の経時変化を示す。(b)は、ヒト白血病細胞株Kasumi-1に、siNT又はsiRUNX1を内包する組成B又はCの脂質粒子を導入した後の細胞数の経時変化を示す。(c)は、ヒト白血病細胞株OCI-AML3に、siNT又はsiRUNX1を内包する組成B又はCの脂質粒子を導入した後の細胞数の経時変化を示す。(d)は、ヒト白血病細胞株Molm13に、siNT又はsiRUNX1を内包する組成B又はCの脂質粒子を導入した後の細胞数の経時変化を示す。
図7図7は、例1の実験結果を示す図であり、(a)は、ヒト白血病細胞株TF-1又はKasumi-1に、siNT又はsiRUNX1内包脂質粒子を導入した後の細胞内から抽出したタンパク質解析結果を示す。(b)は、ヒト白血病細胞株OCI-AML3にsiNT又はsiRUNX1内包脂質粒子を導入した後の細胞内から抽出したタンパク質解析結果を示す。(c)は、ヒト白血病細胞株Molm13にsiNT又はsiRUNX1内包脂質粒子を導入した後の細胞内から抽出したタンパク質解析結果を示す。
図8図8は、例2の実験結果を示すグラフであり、骨髄性白血病の患者から単離した細胞であるPDX-AML-1に、組成B又はCのsiNT又はsiRUNX1内包脂質粒子を導入した場合の細胞数の経時変化を示す。
図9図9は、例2の実験結果を示す図であり、骨髄性白血病の患者から単離した細胞であるPDX-AML-1へとsiNT又はsiRUNX1内包脂質粒子を導入した後の細胞内から抽出したタンパク質のうち、RUNX1発現タンパク質に関する解析結果を示す。
【発明を実施するための形態】
【0006】
以下、実施形態について、添付の図面を参照して説明する。なお、各実施形態において、実質的に同一の構成部位には同一の符号を付し、その説明を一部省略する場合がある。図面は模式的なものであり、各部の厚さと平面寸法との関係、各部の厚さの比率等は現実のものとは異なる場合がある。
【0007】
(第1実施形態)
・脂質粒子
第1実施形態によれば、骨髄性腫瘍細胞内に目的物質を導入するための脂質粒子が提供される。図1に示す通り、脂質粒子1は、略球状の中空体であり、その中心の内腔2に目的物質3を内包することができる。
【0008】
脂質粒子1は、骨髄性腫瘍細胞と接触することにより、例えば該細胞内にエンドサイトーシスにより取り込まれ得る。そして、目的物質3が該細胞内に放出され得る。
【0009】
ここで、骨髄性腫瘍とは、骨髄性細胞又はリンパ系細胞の悪性腫瘍化に起因する疾患である。骨髄性腫瘍細胞とは、悪性腫瘍化した骨髄性細胞、例えば、骨髄性細胞由来の白血病細胞及びリンパ腫細胞等を含む。
【0010】
目的物質3は、骨髄性腫瘍細胞内に送達することが望まれる物質である。目的物質3は、脂質粒子1内に内包することができるものであれば何れの物質であってもよいが、例えば、核酸、タンパク質、ペプチド、他の有機化合物、無機化合物、骨髄性腫瘍の治療薬又は診断薬などであり得る。
【0011】
脂質粒子1は、例えばその材料である複数の脂質の分子が非共有結合で配列してできた脂質膜から構成され得る。脂質粒子1は、その構成成分として第1脂質1aを少なくとも含む。第1脂質1aは下記式(I)を有する脂質化合物である。
【0012】
【化1】
【0013】
また、脂質粒子1の構成成分として、下記式(II)を有する脂質化合物である第2脂質1bを含んでもよい。
【0014】
【化2】
【0015】
脂質粒子1は、第1脂質1a及び第2脂質1bの他に更なる脂質を含んでもよい。脂質粒子1を構成する脂質分子材料の組成のうち、第1脂質1aが占める組成を、以下「第1画分」と称する。また、第1脂質1a以外の脂質分子材料からなる画分を以下「第2画分」と称する。第2画分に含まれる脂質をまとめて以下「第3脂質1c」とも称する。すなわち、上記の第2脂質1bは、第3脂質1cを構成する脂質のうちの一つであり、その画分は第2画分を構成する。
【0016】
第1画分及び第2画分という言葉は、脂質粒子1の構成成分の組成を表すものであって、そこに含まれる脂質の物理的な位置を示すものではない。例えば、第1画分及び第2画分の構成成分は脂質粒子1の中でそれぞれ1つのまとまりになっている必要はなく、第1画分に含まれる脂質と第2画分に含まれる脂質とは混ざり合って存在し得る。
【0017】
脂質粒子1を構成する脂質材料全体に対する第1脂質1a(すなわち、第1画分)の配合割合(モル比)は、例えば10%以上50%以下であることが好ましい。その場合、目的物質3導入の骨髄性腫瘍細胞特異性、及び目的物質3の導入効率が向上し得る。また第1脂質1aの配合割合が15%以上である場合、特に生体内、即ち、インビボにおける目的物質3の導入量が向上し得るためより好ましい。第1脂質1aの配合割合が30%以上であれば更に好ましい。一方で、第1脂質1aの配合割合の上限は80%、90%、95%、96%、97%、98%又は99%であり得る。
【0018】
第1脂質1aの配合割合により、脂質粒子1の粒子径及び細胞への浸透性が変化する場合もある。例えば、第1脂質1aが多いほど脂質粒子1の粒子径は大きくなり得る。脂質粒子1の平均粒子径は、用途に応じて変更することが可能であり、例えば約50nm~約200nmに調節することが好ましい。例えばインビボで用いる場合は、約50nm~約100nmとすることが好ましい場合がある。
【0019】
脂質粒子1の第2画分に含まれる第3脂質1cの種類は限定されるものではないが、例えば、第2画分はベース脂質を含む。ベース脂質として、例えば、生体膜の主成分である脂質を用いることができる。ベース脂質は、リン脂質又はスフィンゴ脂質、例えば、ジアシルホスファチジルコリン、ジアシルホスファチジルエタノールアミン、セラミド、スフィンゴミエリン、ジヒドロスフィンゴミエリン、ケファリン又はセレブロシド、或いはこれらの組み合わせ等である。
【0020】
例えば、ベース脂質として、1,2-ジオレオイル-sn-グリセロ-3-ホスホエタノールアミン(DOPE)、1,2-ステアロイル-sn-グリセロ-3-ホスホエタノールアミン(DSPE)、1,2-ジパルミトイル-sn-グリセロ-3-ホスファチジルコリン(DPPC)、1-パルミトイル-2-オレオイル-sn-グリセロ-3-ホスファチジルコリン(POPC)、1,2-ジ-O-オクタデシル-3-トリメチルアンモニウムプロパン(DOTMA)、1,2-ジオレオイル-3-ジメチルアンモニウムプロパン(DODAP)、1,2-ジミリストイル-3-ジメチルアンモニウムプロパン(14:0 DAP)、1,2-ジパルミトイル-3-ジメチルアンモニウムプロパン(16:0 DAP)、1,2-ジステアロイル-3-ジメチルアンモニウムプロパン(18:0 DAP)、N-(4-カルボキシベンジル)-N,N-ジメチル-2,3-ビス(オレオイロキシ)プロパン(DOBAQ)、1,2-ジオレオイル-3-トリメチルアンモニウムプロパン(DOTAP)、1,2-ジオレオイル-sn-グリセロ-3-ホスホクロリン(DOPC)、1,2-ジリノレオイル-sn-グリセロ-3-ホスホクロリン(DLPC)、1,2-ジオレオイル-sn-グリセロ-3-ホスホ-L-セリン(DOPS)、又はコレステロール、或いはこれらの何れかの組み合わせ等を用いることが好ましい。
【0021】
上記ベース脂質として、特にカチオン性脂質又は中性脂質の脂質を用いることが好ましく、その含有量によって脂質粒子1の酸解離定数を調節することができる。カチオン性脂質としてDOTAPを用いることが好ましく、中性脂質としてDOPEを用いることが好ましい。
【0022】
第2画分は、脂質粒子1の凝集を防止する脂質を含むこともまた、好ましい。例えば、凝集を防止する脂質は、PEG修飾した脂質、例えば、ポリエチレングリコール(PEG)、ジミリストイルグリセロール(DMG-PEG)、オメガ-アミノ(オリゴエチレングリコール)アルカン酸モノマーから誘導されるポリアミドオリゴマー(米国特許第6,320,017号)又はモノシアロガングリオシド等を更に含むことが好ましい。
【0023】
第2画分は、更に、毒性を調整するための相対的に毒性の低い脂質;脂質粒子1に配位子を結合させる官能基を有する脂質;ステロール、例えばコレステロール等の内包物の漏出を抑制するための脂質等の脂質を含んでもよい。特に、コレステロールを含ませることが好ましい。例えば、第2画分は、DOPEと、DOTAPと、コレステロールと、PEGとを含む場合、目的物質3の送達効率が優れているため好ましい。
【0024】
第2画分に用いる脂質の種類及びその組成は、目的とする脂質粒子1の酸解離定数(pKa)若しくは脂質粒子1の粒子径、目的物質3の種類、或いは細胞中での安定性等を考慮して適切に選択される。
【0025】
また、図4の(a)及び(b)に示すように、脂質粒子1は、弱カチオン性であることにより骨髄性腫瘍細胞に対して取り込まれやすく、正常な骨髄細胞等の他の細胞7には取り込まれにくいという選択性を示す。具体的には、脂質粒子1の脂質組成は、例えば脂質粒子1の酸解離定数(pKa)が8.4以下となるように構成されることが好ましい。脂質粒子の酸解離定数(pKa)は、その周囲のイオン強度(I)によって変動する。イオン強度(I)は、下記式(1)によって算出されるものである。本明細書における酸解離定数(pKa)は、イオン強度(I)が3.599×10-3mol/dmの環境下の値とする。
【0026】
【数1】

上記(1)式中、mは周囲に存在する各イオンのモル濃度であり、zはそれらイオンの電荷量である。
【0027】
酸解離定数(pKa)を8.4以下とするためには、脂質粒子1の脂質組成においてカチオン性脂質がアニオン性脂質よりも多く含まれることで達成され得る。pKaが8.4以下の酸解離定数を示す脂質粒子の組成(モル比)としては、例えば、第1脂質1a:DOPE:DOTAP:コレステロール:PEG=31.7:4.5:9.0:51.4:3.4である組成(この場合、脂質粒子のpKaは8.1)、又は第2脂質1b:第1脂質1a:DOPE:DOTAP:コレステロール:PEG=15.0:30.1:9.0:4.0:37.9:4.0といった組成(この場合、脂質粒子のpKaは7.6)が挙げられる。ここで、カチオン性脂質とは、正電荷を持つ基を有している脂質を指す。上記の脂質組成のうちのカチオン性脂質は、第1脂質1a、第2脂質1b及びDOTAPである。
【0028】
脂質粒子1に目的物質3を内包して骨髄性腫瘍細胞に接触させる(例えば、投与する)簡単な手順により、従来のように抗体又は受容体を用いることなく目的物質3を効率よく骨髄性腫瘍細胞に導入することができる。故に、脂質粒子1は骨髄性腫瘍細胞に選択的又は特異的に目的物質3を送達することが求められる様々な用途において用いることができる。
【0029】
脂質粒子1内には、目的物質3の他に、必要に応じて更なる成分が内包されていてもよい。更なる成分は、例えば、pH調整剤、浸透圧調整剤又は骨髄性腫瘍細胞の他の治療薬、他の診断薬等である。pH調整剤は、例えば、クエン酸などの有機酸及びその塩等である。浸透圧調整剤は、糖又はアミノ酸等である。 目的物質3及び必要に応じて他の物質を内包する脂質粒子1は、例えば、小分子を脂質粒子に封入する際に用いられる公知の方法、例えば、バンガム法、有機溶媒抽出法、界面活性剤除去法又は凍結融解法等を用いて製造することができる。例えば、脂質粒子1の材料を所望の比率でアルコール等の有機溶媒に含有させて得られた脂質混合物と、目的物質3等の内包するべき成分を含む水性緩衝液を用意し、脂質混合物に水性緩衝液を添加する。得られた混合物を撹拌して懸濁することにより目的物質3等を内包した脂質粒子1が形成される。
【0030】
脂質粒子1の構成成分の配合比は、脂質混合物中の各材料の配合比を変えることで容易に調節することができる。例えば、脂質粒子1の構成成分の混合比は、脂質混合物中の各材料の混合比と略同一であり得る。また、脂質粒子1に内包する物質の量比は、水性緩衝液中の両者の量比を変えることにより容易に調節することができる。
【0031】
以下、目的物質3を内包した状態の脂質粒子1を「物質送達キャリア」とも称する。
【0032】
・組成物
物質送達キャリアは、適切な担体に含ませた液体の組成物として提供されてもよい。担体は、例えば、水、生理食塩水のような食塩水、グリシン水溶液又は緩衝液等である。或いは、物質送達キャリアは乾燥した粉末状の組成物として提供されてもよい。粉末状の組成物は、使用者が上記担体のような適切な液体を加えることによって使用可能となる。
【0033】
組成物は、物質送達キャリアの他に保管安定性を向上させる物質(すなわち、保管保護剤)を更に含んでもよい。保管保護剤は、限定されるものではないが、例えば、アルブミン、リポタンパク、アポリポタンパク、グロブリン等の糖タンパク等:pH調整剤、緩衝化剤、張度調整剤等;ナトリウムアセテート、ナトリウムラクテート、ナトリウムクロリド、カリウムクロリド、カルシウムクロリド等の製薬学的に許容可能であり、組成物を生理的状態に近づける関与剤;フリーラジカルによるダメージを抑制する、α-トコフェロールのような脂肪親和性フリーラジカルクエンチャー;脂質の過酸化損傷を抑制し、貯蔵安定性を改良するためのフェリオキサミンのような水溶性キレーター等の脂質保護剤、ショ糖、トレハロースなどの糖類、グリセリン、ジメチルスルホキシドなどの凍結保護剤等である。
【0034】
物質送達キャリアを生体への投与に用いる場合、組成物は薬学的に許容され得る組成を有し、公知の方法で滅菌されていることが好ましい。
【0035】
(第2実施形態)
第2実施形態においては、骨髄性腫瘍細胞を減少又は消滅させるために脂質粒子1を用いる例について説明する。この場合、目的物質3として骨髄性腫瘍細胞の増殖を低減させるための物質が用いられ得る。以下、図2を用いてこのような目的物質3を内包する脂質粒子1、即ち、物質送達キャリア10の一例について説明する。
【0036】
・物質送達キャリア
図2に示すように、物質送達キャリア10は、脂質粒子1と、脂質粒子1に内包されているRNA4とを備える。
【0037】
脂質粒子1として、第1実施形態で説明した何れかの脂質粒子1を使用することができる。
【0038】
RNA4は、骨髄性腫瘍細胞の発症及び進展に関わる遺伝子の発現を抑制する作用を示す。骨髄性腫瘍細胞の発症及び進展に関わる遺伝子の発現は、例えば、その遺伝子の転写物を破壊することによって抑制することができる。転写物とは、例えばmRNA(メッセンジャーRNA)である。RNA4は、例えば、mRNAをRNA干渉作用により分解する作用を示す、siRNA(Small Interfering RNA)であり得る。siRNAが分解対象とするmRNAは、スプライシング前のPre-mRNAであってもよいし、スプライシング後の成熟mRNAであってもよい。RNA4は、骨髄性腫瘍細胞の発症及び進展に関わる遺伝子の配列の一部と相補的な配列を有するセンス鎖とそのアンチセンス鎖からなるsiRNAであってよい。
【0039】
骨髄性腫瘍細胞の発症及び進展に関わる遺伝子として、例えば、転写因子(RUNX1,RUNX2,MECOM,MYB,MYC,HOXA9,MEIS1,HHEX,及びERG)、融合遺伝子(RUNX1-RUNX1T1,KMT2A-AFF1,KMT2A-MLLT1,KMT2A-MLLT3,BCR-ABL)、エピゲノム制御因子(EZH2,EED,BAP1,KDM1A,RCOR1,SETDB1,TRIM33,JARID2,CARM1,SETD1B,BRD2,BRD4,PRMT1,PRMT4,PRMT5,DOT1L,CARM1,NSD1)、リン酸化酵素(CDK9,AXL)、免疫抑制因子(CD274,CD38,CD47,CD155,CD112)、ユビキチン関連因子(FBXW7,UBE2E1)、アポトーシス制御因子(BCL2,MCL1,BCL2L1)、non-coding RNA(NEAT1,MALAT1,HOTAIR,miR-125)等が挙げられる。RUNX1,RUNX2,MECOM,MYB,MYC,HOXA9,MEIS1,HHEX,及びERGは特に望ましい。
【0040】
実施形態に係るRNA4は、例えば、転写因子RUNX1の配列の一部と相補的な配列を有するRUNX1_RNA(配列番号1、表1参照)およびアンチセンスRUNX1_RNA(配列番号2、表1参照)からなるsiRNAであってもよい。
【0041】
【表1】
【0042】
あるいは、実施形態に係るRNA4は、例えば、融合遺伝子RUNX1-RUNX1T1の配列の一部と相補的な配列を有するsiRNAであってもよい。
【0043】
RNA4は、骨髄性腫瘍細胞の発症及び進展に関わる遺伝子の発現を抑制するsiRNAの配列に加えて更なる配列を含んでもよい。更なる配列とは、例えばオーバーハング配列であってもよい。
【0044】
また、RNA4は、修飾されたRNAであってもよく、例えば分解耐性を有するように修飾されていてもよい修飾は、RNase等によりRNAが分解されないようにする公知の修飾であればよく、例えば、RNAへの天然修飾ヌクレオチド又は非天然ヌクレオチドの使用/導入、非天然配列の使用/付加、等である。
【0045】
天然修飾ヌクレオチドは、例えば、シュードウリジン、5-メチルシチジン、1-メチルアデノシン等である。非天然ヌクレオチドは、例えば、BNA(Bridged nucleic acid)、LNA(Locked nucleic acid)、又はPNA(Peptide nucleic acid)等である。
【0046】
非天然配列は、例えば、人工的に作成された天然には存在しない塩基配列であり、例えば、配列の一部にミスマッチな塩基を含んでもよい。
【0047】
RNA4をより大量に投与することで、骨髄性腫瘍細胞の発症及び進展に関わる遺伝子の発現をより抑制することができる。従って、脂質粒子1がより大量のRNA4を内包していることが好ましい。例えば脂質粒子1内に約2000コピー以上含まれていることが好ましい。RNA4の内包量は、RNA4の立体構造及び塩基配列長、並びに脂質粒子1の脂質組成により左右される。
【0048】
RNA4は、そのままの状態で脂質粒子1に内包されてもよいし、核酸凝縮ペプチドによって凝縮された状態で脂質粒子1に内包されてもよい。核酸凝縮ペプチドを用いた場合、核酸を小さく凝縮することにより、脂質粒子1内に多くのRNA4を内包し、脂質粒子1の粒径を小さくすることができる。また、脂質粒子1外に残存するRNA4の量が減少され、それによって物質送達キャリア10同士の凝集が防止される。その結果、RNA4の送達効率が向上し得る。
【0049】
好ましい核酸凝縮ペプチドは、例えば、カチオン性のアミノ酸を全体の45%以上含むペプチドである。より好ましい核酸凝縮ペプチドは、一方の端にRRRRRR(第1のアミノ酸配列)を有し、他方の端が配列RQRQR(第2のアミノ酸配列)を有する。第1のアミノ酸配列と第2アミノ酸配列との間には、RRRRRR又はRQRQRからなる中間配列を0個又は1個以上含む。また、第1のアミノ酸配列、第2のアミノ酸配列及び中間配列のうち、隣り合う2つの配列の間に2つ以上の中性アミノ酸を含む。中性アミノ酸は、例えば、G又はYである。或いは、他方の端は第2のアミノ酸配列に変えて、RRRRRR(第1のアミノ酸配列)を有してもよい。
【0050】
上記核酸凝縮ペプチドは、好ましくは、以下のアミノ酸配列を有する:
RQRQRYYRQRQRGGRRRRRR (配列番号3)
RQRQRGGRRRRRR (配列番号4)
RRRRRRYYRQRQRGGRRRRRR (配列番号5)。
【0051】
更に、次のようなアミノ酸配列を有する核酸凝縮ペプチドを上記の何れかの核酸凝縮ペプチドと組み合わせて用いることもできる:
GNQSSNFGPMKGGNFGGRSSGPYGGGGQYFAKPRNQGGY(M9)(配列番号6)。
【0052】
このペプチドは、上記核酸凝縮ペプチドで凝縮した核酸凝集体を更に凝縮することができる。
【0053】
例えば、脂質粒子1に内包する前に、RNA4を核酸凝縮ペプチドと撹拌混合することによってRNA4を凝縮することができる。
【0054】
脂質粒子1は、RNA4の他に、必要に応じてpH調整剤、浸透圧調整剤、又は骨髄性腫瘍細胞の他の治療薬等を内包してもよい。
【0055】
・物質送達方法
以下に、第2実施形態の物質送達キャリア10を用いて、骨髄性腫瘍細胞に骨髄性腫瘍細胞の発症及び進展に関わる遺伝子の発現を抑制するRNAを送達することで、骨髄性腫瘍細胞の増殖を抑制する物質送達方法について説明する。第2実施形態の物質送達方法は、図3に示すように、実施形態の物質送達キャリア10を骨髄性腫瘍細胞に接触させること(接触工程S1)を含む。
【0056】
骨髄性腫瘍細胞は、例えば対象の生体内に存在するものである。対象は、好ましくはヒトであるが、ヒトを除く動物であってもよい。動物は、哺乳動物であることが好ましい。対象は、骨髄性腫瘍と診断された対象、骨髄性腫瘍に罹患している又はそれが予想される対象等であってもよい。
【0057】
この場合、接触工程S1は、物質送達キャリア10を含む組成物を対象に投与することによって行われる。投与経路は特に限定されるものではなく、例えば、静脈注射、皮下注射、筋肉内注射、動脈注射、硬膜外注射、脳脊髄腔注射、胸腔内注射、腹腔内注射、局所・病巣内注射等、或いは点滴等によって全身投与する。投与スケジュールは、用途、対象の性別、年齢、体重又は病態等を考慮して選択すればよく、単回投与であってもよいし、連続的又は定期的な複数回投与であってもよい。投与によって、物質送達キャリア10は例えば血液により運ばれ、体内の骨髄性腫瘍細胞6と接触する。
【0058】
図4の(a)に示すように、骨髄性腫瘍細胞6と接触した物質送達キャリア10は、例えばエンドサイトーシスにより骨髄性腫瘍細胞6に取り込まれる。それによってRNA4が骨髄性腫瘍細胞6に導入され、骨髄性腫瘍細胞6内でRNA4が、骨髄性腫瘍細胞の発症及び進展に関わる遺伝子8の発現を抑制する。例えば、RNA4がsiRNAである場合、siRNAは細胞内への導入後に一本鎖へと解離され、アンチセンス鎖にアルゴノートが結合し、核酸タンパク質複合体であるRNA-induced silencing complex(RISC)9を形成する。このRISC9が、例えば骨髄性腫瘍細胞の発症及び進展に関わる遺伝子の転写物であるmRNA11と特異的に結合し、結合箇所を切断することによりmRNA11を分解する。このように遺伝子発現が抑制される結果、対象内の骨髄性腫瘍細胞6の増殖を抑制することが可能である。
【0059】
siRNAを細胞内へと導入する方法として、siRNAをコードするDNA(shRNA)を、例えばレンチウイルスベクター等を用いて対象の細胞のゲノムに組み込み、ゲノムの発現により細胞内でsiRNAを産生させる方法や、shRNAを例えばプラスミドといったベクターによって細胞内に導入し、shRNAの転写により産生させる方法が知られている。しかしながら、これら既知の方法は、1細胞あたりの導入コピー数が数十コピーと少ないためにその発現量が限定的であること、発現するまでに期間が必要であり治療としての即効性が十分でないこと、又は、宿主細胞のゲノムが改変されるため安全性に対する担保が必要であること、が技術的課題であった。
【0060】
実施形態に係る物質送達キャリア10は、RNAをsiRNAの形態で導入するものであり、対象の細胞内での遺伝子発現を必要としない。このため、骨髄性腫瘍細胞の増殖抑制作用を即時に対象に及ぼすことができ、かつ、物質送達キャリア10の使用による対象への影響を一過的な影響に留めることができる。すなわち、実施形態に係る物質送達キャリア10を使用することで、既知の方法よりも治療期間を短縮することができ、かつ、上記既知の方法よりも対象への負担を軽減することができ、安全性の面で優れているため好ましい。
【0061】
また、実施形態に係る物質送達キャリア10は、約1000コピーのsiRNAを内包することができる。そのため、実施形態に係る物質送達キャリア10は、1つの骨髄性腫瘍細胞に、上記既知の方法よりも多量のsiRNAのコピーを導入することが可能である。従って、本実施形態に係る物質送達キャリア10は、より優れた骨髄性腫瘍に対する治療効果を呈する。
【0062】
[例]
以下、実施形態の物質送達キャリアを製造して使用した例について説明する。
【0063】
例1 骨髄性腫瘍への脂質粒子取込量の評価
・物質送達キャリアの調製
脂質粒子に内包するsiRNAとエタノール溶解脂質溶液とを複数種類用意した。内包するsiRNAの塩基配列を表2に、エタノール溶解脂質溶液の組成を表3に示す。
【0064】
【表2】
【0065】
脂質粒子が内包しているsiRNAは2本鎖RNAであり、RUNX1_RNA(配列番号1)の一部とAntisense_RUNX1_RNA(配列番号6)の一部とが相補的に結合しているsiRNA(以下、siRUNX1とする)と、NT_RNA(配列番号7)の一部とAntisense_NT_RNA(配列番号8)の一部とが相補的に結合しているsiRNA(以下、siNTとする)を用意した。
【0066】
siRUNX1は、骨髄性腫瘍細胞の発症及び進展に関わる遺伝子の転写物であるmRNAを分解し、破壊する作用を有するsiRNAである。他方で、siNTはsiRUNX1と略同一長(約20bp)の塩基配列であるものの、そのようなmRNAを分解し破壊する作用を示さないsiRNAである。従って、siNTを内包した脂質粒子を対照区として、siRUNX1を内包する脂質粒子と同様の実験を行うことで、目的物質がsiRUNX1であることの効果を明らかにすることができる。
【0067】
【表3】
【0068】
表3は、本例で使用した3種のエタノール溶解脂質溶液の組成A,B及びC(モル比)を示す。前述したように、脂質粒子1の構成成分の混合比は脂質混合物中の各材料の混合比と略同一であるから、組成A,B及びCはエタノール溶解脂質溶液を用いて作成される各脂質粒子のモル比組成である。「FFT-20」は式(I)の化合物であり、「FFT-10」は式(II)の化合物である。また、表3中の「Chol」は、コレステロールを指す。
【0069】
【化3】
【0070】
表3に記載のエタノール溶解脂質溶液に、表2に記載のsiRNAを溶解させた10mM HEPES (pH7.3)を添加し、ピペッティングにより懸濁させた。この溶液に7倍量の10mMHEPES(pH7.3)を添加したあと、限外ろ過装置(Amicon Ultra-0.5mL、Ultracel-50K ミリポア)で溶液の濃縮と10mM HEPES(pH7.3)への溶液置換を行って、siRNAを内包した脂質粒子をそれぞれ得た。脂質粒子に内包されている総RNA量は、RNA定量キットであるQuantiFluor(登録商標)RNA System(プロメガ製)で測定した。総脂質粒子数は、粒子特性測定装置であるナノサイト(Malvern社製)で測定した。1つの脂質粒子に内包されるRNA量は、測定された総RNA量と総脂質粒子数で除することで換算して算出した。
【0071】
・結果
表4に、組成A又はBの脂質粒子に内包されたRNAのコピー数を示す。
【0072】
【表4】
【0073】
表4の結果を参照すると、組成Bの脂質粒子における内包核酸の量は組成Aの脂質粒子における内包核酸の量よりも多く、組成Bの脂質粒子がより多量の核酸を内包できることが分かる。この結果は、脂質粒子の組成が、内包し得る核酸コピー数に影響を与えることを示しており、内包する核酸量をより高濃度にするためには脂質粒子の脂質組成を組成Bにする、又は、組成Bにより近づけることが好ましいことが分かる。
【0074】
・脂質粒子の酸解離定数(pKa)の測定
表3に記載の脂質組成で構成される脂質粒子0.1μgを、10mLの10mM HEPES緩衝液(pH7.3)で希釈した。脂質粒子を取り込ませたHEPES緩衝液は、動的光拡散式測定装置であるゼータサイザーナノZSP(Malvern社製)の測定用セルに装填し、0.25M 塩酸及び0.25M 水酸化ナトリウム水溶液を用いて、pH5.0~11.0の範囲で滴定を行った。さらに、滴定結果から酸解離定数を算出した。なお、酸解離定数は、物質毎に固有の値を示すとともにイオン強度によって変動ことから、今回の実験に用いた10mM HEPES-Na緩衝液(pH7.3)のイオン強度(I)は、I=3.599×10-3mol/dmと理論上計算した。
【0075】
・結果
表5に、脂質組成がA、B、又はCである各脂質粒子の酸解離定数を示す。
【0076】
【表5】
【0077】
表5の結果を参照すると、組成B及び組成Cの脂質粒子の酸解離定数は、組成Aの脂質粒子の酸解離定数よりも低い。この結果は、脂質粒子の組成が脂質粒子の酸解離定数に影響を与えることを示唆している。すなわち、脂質粒子の酸解離定数をより低くするためには、脂質粒子の脂質組成を、組成Aよりも組成B又はCへと近づけると好ましいことが分かる。「組成Aよりも組成B又はCに近づける」とは、脂質組成のうち、組成Aは満たさないが組成B及びCが共通して満たしている数値範囲があれば、その数値範囲に設定することを指す。具体的には、脂質粒子の脂質組成は、FFT-20を少なくとも含んでいることが好ましい。また、脂質粒子の脂質組成は、FFT-20の占める割合(モル比)を約30%以上にするとより好ましい。
【0078】
・骨髄性腫瘍細胞の調製
骨髄性腫瘍細胞として、種々のヒト白血病細胞株を用意した。具体的には、TF-1(赤白血病由来)、Kasumi-1(急性骨髄芽球性白血病由来)、OCI-AML3(急性骨髄性白血病由来)、Molm-13(急性骨髄性白血病由来)を用意した。これらの細胞は、24ウェル培養プレートに1×10/1000μlで播種されるように調製した。
【0079】
・骨髄性腫瘍細胞への脂質粒子の導入
各骨髄性腫瘍細胞が播種されたプレートに1μgの脂質粒子を添加し、ピペッティングでよく混合してから、37℃、5%CO雰囲気のインキュベータ内で培養した。2日ごとに培養プレートから同細胞を回収して細胞数を計測し、当該回収と計測の度に5分の1の細胞を再び24ウェル培養プレートに播種し、そこに1μgの脂質粒子を添加して培養を再開していた。培養開始から8日目に同細胞を回収し、Lysis Bufferで処理を行い、ゲル電気泳動により分離し、ウェスタンブロッティングを行った。染色は、抗RUNX1抗体を用いて行った。
【0080】
・結果
図5の(a)には、ヒト白血病細胞株TF-1に、siNT又はsiRUNX1を内包する組成Aの脂質粒子を導入した後の細胞数の経時変化を示した。図5の(b)には、ヒト白血病細胞株TF-1に、siNT又はsiRUNX1を内包する組成Bの脂質粒子を導入した後の細胞数の経時変化を示した。図5の(c)には、ヒト白血病細胞株TF-1に、siNT又はsiRUNX1を内包する組成Cの脂質粒子を導入した後の細胞数の経時変化を示した。図5の(a)、(b)及び(c)において、破線は内包するsiRNAがsiNTであり、実線は内包するsiRNAがsiRUNX1であることを示す。
【0081】
図5の(a)を参照すると、脂質組成Aの脂質粒子を導入した骨髄性腫瘍細胞の細胞数は、siNTを用いた場合でもsiRUNX1を用いた場合でもほぼ同様に増加し、siRUNX1による増殖抑制効果は微少であった。図5の(b)及び(c)を参照すると、siRUNX1を内包した脂質組成B又はCの脂質粒子を導入した骨髄性腫瘍細胞は、その増殖が抑制されていることが分かる。特に脂質組成Bである場合に、siRUNX1内包脂質粒子の導入による増殖抑制効果が顕著であることが分かる。
【0082】
従って、siRUNX1内包脂質粒子による細胞増殖抑制効果は、脂質粒子の脂質組成に影響され、組成Aよりも組成B及びCの方が顕著であることが分かる。これは、前述したように、脂質粒子の脂質組成が、内包可能な核酸コピー数、及び脂質粒子の酸解離定数に影響を与えることに起因するためと推測される。
【0083】
図6の(a)には、ヒト白血病細胞株TF-1に、siNT又はsiRUNX1を内包する組成B又はCの脂質粒子を導入した後の細胞数の経時変化を示した。図6の(b)には、ヒト白血病細胞株Kasumi-1に、siNT又はsiRUNX1を内包する組成B又はCの脂質粒子を導入した後の細胞数の経時変化を示した。図6の(c)には、ヒト白血病細胞株OCI-AML3に、siNT又はsiRUNX1を内包する組成B又はCの脂質粒子を導入した後の細胞数の経時変化を示した。図6の(d)には、ヒト白血病細胞株Molm13に、siNT又はsiRUNX1を内包する組成B又はCの脂質粒子を導入した後の細胞数の経時変化を示した。図6の(a)、(b)、(c)又は(d)において、縦軸は細胞数(Cells×10)、横軸は培養経過日数(Days)である。また、図6の(a)、(b)、(c)又は(d)において、▲のシンボルは組成BのsiRUNX1内包脂質粒子を導入した場合の細胞数の経時変化、●のシンボルは組成CのsiRUNX1内包脂質粒子を導入した場合の細胞数の経時変化を示し、破線は内包するsiRNAがsiNTであり、実線は内包するsiRNAがsiRUNX1であることを示す。
【0084】
図6の(a)、(b)、(c)又は(d)を参照すると、ヒト白血病細胞株TF-1、Kasumi-1、COI-AML3及びMolm13のいずれも、脂質組成がB又はCであるsiNT内包脂質粒子を導入した場合には細胞数が増加している一方で、脂質組成がB又はCであるsiRUNX1内包脂質粒子を導入した場合には細胞増殖抑制効果が確認できた。従って、骨髄性腫瘍細胞の種類に関わらず、脂質組成がB又はCであるsiRUNX1内包脂質粒子は、骨髄性腫瘍細胞の抑制効果を有することが示された。
【0085】
図7の(a)には、ヒト白血病細胞株TF-1又はKasumi-1に、siNT又はsiRUNX1内包脂質粒子を導入した後の細胞内から抽出したタンパク質解析結果を示した。図7の(b)には、ヒト白血病細胞株OCI-AML3にsiNT又はsiRUNX1内包脂質粒子を導入した後の細胞内から抽出したタンパク質解析結果を示した。図7の(c)には、ヒト白血病細胞株Molm13にsiNT又はsiRUNX1内包脂質粒子を導入した後の細胞内から抽出したタンパク質解析結果を示した。
【0086】
図7の(a)、(b)、又は(c)を参照すると、組成B又はCのsiRUNX1内包脂質粒子を投与した全ての細胞群で、図7において右向き▲で示したRUNX1タンパク質のバンドの存在度が低下していることが分かる。従って、骨髄性腫瘍細胞の種類に関わらず、脂質組成がB又はCであるsiRUNX1内包脂質粒子を導入することによって、RUNX1タンパク質の発現が抑制されていたことが示された。
【0087】
例2 骨髄性白血病の患者由来の細胞への脂質粒子取込量の評価
・骨髄性白血病の患者由来の細胞の調製、及び脂質粒子の導入
骨髄性白血病の患者由来の細胞であるPDX-AML-1を用意した。脂質粒子の導入は、前述の骨髄性腫瘍細胞への導入と同様に行い、細胞数の培養中の経時変化の測定も骨髄性腫瘍細胞の測定と同様に行った。
【0088】
・結果
図8には、骨髄性白血病の患者から単離した細胞であるPDX-AML-1に、組成B又はCのsiNT又はsiRUNX1内包脂質粒子を導入した場合の細胞数の経時変化を示した。図8において、縦軸は細胞数(Cells)、横軸は培養経過日数(Days)であり、▲のシンボルは組成Bの脂質粒子を導入した場合の細胞数の経時変化、●のシンボルは組成Cの脂質粒子を導入した場合の細胞数の経時変化を示し、破線は内包するsiRNAがsiNTであり、実線は内包するsiRNAがsiRUNX1であることを示す。
【0089】
図9には、骨髄性白血病の患者から単離した細胞であるPDX-AML-1へとsiNT又はsiRUNX1内包脂質粒子を導入した後に当該細胞内から抽出したタンパク質のうち、RUNX1発現タンパク質に関する解析結果を示す。
【0090】
図8を参照すると、脂質組成が組成B又はCであるsiNT内包脂質粒子が導入された場合と比較すると、脂質組成が組成B又はCであるsiRUNX1内包脂質粒子が導入された場合には細胞増殖が抑制されていることが確認できた。また、図9を参照すると、組成B又はCのsiRUNX1内包脂質粒子を導入することで、RUNX1発現タンパク質の存在度が低下し、RUNX1の発現が抑制されていたことが示された。
【0091】
従って、骨髄性腫瘍細胞が患者由来のものであっても、脂質組成が組成B又はCであるsiRUNX1内包脂質粒子は、骨髄性腫瘍細胞増殖及びRUNX1発現の抑制効果を有することが示された。
【0092】
本発明のいくつかの実施形態を説明したが、これらの実施形態は、例として提示したものであり、発明の範囲を限定することは意図していない。これら新規な実施形態は、その他の様々な形態で実施されることが可能であり、発明の要旨を逸脱しない範囲で、種々の省略、置き換え、変更を行うことができる。これら実施形態やその変形は、発明の範囲や要旨に含まれるとともに、特許請求の範囲に記載された発明とその均等の範囲に含まれる。
【符号の説明】
【0093】
1…脂質粒子、1a…第1脂質、1b…第2脂質、3…目的物質、4…RNA、6…骨髄性腫瘍細胞、7…細胞、10…物質送達キャリア、S1…接触工程。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
【配列表】
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