IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 日本電信電話株式会社の特許一覧

<>
  • 特許-光パルス試験方法及び光パルス試験装置 図1
  • 特許-光パルス試験方法及び光パルス試験装置 図2
  • 特許-光パルス試験方法及び光パルス試験装置 図3
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-11-11
(45)【発行日】2024-11-19
(54)【発明の名称】光パルス試験方法及び光パルス試験装置
(51)【国際特許分類】
   H04B 10/071 20130101AFI20241112BHJP
【FI】
H04B10/071
【請求項の数】 4
(21)【出願番号】P 2023550841
(86)(22)【出願日】2021-09-29
(86)【国際出願番号】 JP2021035836
(87)【国際公開番号】W WO2023053263
(87)【国際公開日】2023-04-06
【審査請求日】2024-03-01
(73)【特許権者】
【識別番号】000004226
【氏名又は名称】日本電信電話株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100119677
【弁理士】
【氏名又は名称】岡田 賢治
(74)【代理人】
【識別番号】100160495
【弁理士】
【氏名又は名称】畑 雅明
(74)【代理人】
【識別番号】100115794
【弁理士】
【氏名又は名称】今下 勝博
(72)【発明者】
【氏名】脇坂 佳史
(72)【発明者】
【氏名】飯田 大輔
(72)【発明者】
【氏名】古敷谷 優介
(72)【発明者】
【氏名】石丸 貴大
【審査官】鴨川 学
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2020/008886(WO,A1)
【文献】国際公開第2020/194856(WO,A1)
【文献】国際公開第2017/069724(WO,A1)
【文献】国際公開第2020/070229(WO,A1)
【文献】WU Yue, et al.,Interference Fading Elimination With Single Rectangular Pulse in Φ-OTDR,Journal of Lightwave Technology,Volume: 37, Issue: 13,IEEE,2019年05月,pp.3381-3387
【文献】LU Yuelan, et al.,Distributed Vibration Sensor Based on Coherent Detection of Phase-OTDR,Journal of Lightwave Technology,Volume: 28, Issue: 22,IEEE,2010年09月,pp.3243-3249
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H04B 10/071
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
位相OTDRにより振動を計測する光パルス試験方法であって、
異なる光周波数の光パルスで構成される光パルス対を一定間隔でセンシングファイバに入射すること、
特定の前記光パルス対に、前記光周波数と異なり、かつ予め定められた補償光周波数の補償光パルスを含めて前記センシングファイバに入射すること、
前記補償光パルスを含んで入射した前記特定の光パルス対から前記光周波数及び前記補償光周波数のそれぞれについて散乱光信号を取得すること、
前記散乱光信号から、前記センシングファイバ上の長手方向の各地点について、前記光周波数に含まれる異なる光周波数の信号を平均化してフェーディング雑音を抑圧した前記光パルス対の位相値を計算すること、
前記散乱光信号から、前記センシングファイバ上の長手方向の各地点について、前記補償光周波数に含まれる異なる光周波数の信号を平均化してフェーディング雑音を抑圧した前記補償光周波数の位相値を計算すること、
前記センシングファイバ上の長手方向の地点毎に検出した前記光パルス対の前記位相値及び前記補償光周波数の前記位相値を、前記補償光周波数の前記位相値を横軸とし、前記光パルス対の位相値を縦軸として2次元平面上にプロットすること、
前記光パルス対毎に、プロットしたデータに対して近似直線を計算すること、
前記光パルス対毎に計算した前記近似直線の傾きAk,c及び縦軸切片Bk,cを使用して、式(C1)に従って前記光パルス対の位相値を補正すること、
を行う光パルス試験方法。
【数C1】
ここで、kは光パルス対の種類(フェーディング抑圧しない場合は光周波数)、αはk種類目の光パルス対の位相値、nは任意の整数、Tは前記一定間隔、Nはパルス対の多重数、ψはk種類目の光パルス対についてパルス対に含まれる異なる主光周波数を平均化して得られたフェーディング抑圧後の位相値(フェーディング抑圧しない場合には光周波数fkの位相値)、Aave,cは前記傾きAk,cのkに関する平均値を表す。ただし、フェーディング雑音抑圧のための光周波数多重を行っていない場合には、前記までの手順の中でフェーディング雑音抑圧のための平均化処理は実施しない。
【請求項2】
前記特定の光パルス対以外の通常の光パルス対から散乱光信号を取得すること、
前記通常の光パルス対に基づき取得した前記散乱光信号から、前記センシングファイバ上の長手方向の各地点について、前記通常の光パルス対に含まれる前記光周波数の信号を平均化してフェーディング雑音を抑圧した前記光パルス対の位相値を検出すること、
検出した前記通常の光パルス対の位相値を、前記近似直線の傾きAk,c及び縦軸切片Bk,cを使用して、式(C1)に従って補正すること、
をさらに行うことを特徴とする請求項1に記載の光パルス試験方法。
【請求項3】
位相OTDRにより振動を計測する光パルス試験装置であって、
異なる光周波数の光パルスで構成される光パルス対を一定間隔でセンシングファイバに入射するとともに、特定の前記光パルス対に、前記光周波数と異なり、かつ予め定められた補償光周波数の補償光パルスを含めて前記センシングファイバに入射する光源と、
前記補償光パルスを含んで入射した前記特定の光パルス対から前記光周波数及び前記補償光周波数のそれぞれについて散乱光信号を取得する受光器と、
前記散乱光信号から、前記センシングファイバ上の長手方向の各地点について、前記光周波数に含まれる異なる光周波数の信号を平均化してフェーディング雑音を抑圧した前記光パルス対の位相値を計算すること、
前記散乱光信号から、前記センシングファイバ上の長手方向の各地点について、前記補償光周波数に含まれる異なる光周波数の信号を平均化してフェーディング雑音を抑圧した前記補償光周波数の位相値を計算すること、
前記センシングファイバ上の長手方向の地点毎に検出した前記光パルス対の前記位相値及び前記補償光周波数の前記位相値を、前記補償光周波数の前記位相値を横軸とし、前記光パルス対の位相値を縦軸として2次元平面上にプロットすること、
前記光パルス対毎に、プロットしたデータに対して近似直線を計算すること、
前記光パルス対毎に計算した前記近似直線の傾きAk,c及び縦軸切片Bk,cを使用して、式(C2)に従って前記光パルス対の位相値を補正すること、を行う信号処理部と、
を備える光パルス試験装置。
【数C2】
ここで、kは光パルス対の種類(フェーディング抑圧しない場合は光周波数)、αはk種類目の光パルス対の位相値、nは任意の整数、Tは前記一定間隔、Nはパルス対の多重数、ψはk種類目の光パルス対についてパルス対に含まれる異なる主光周波数を平均化して得られたフェーディング抑圧後の位相値(フェーディング抑圧しない場合には光周波数fkの位相値)、Aave,cは前記傾きAk,cのkに関する平均値を表す。ただし、フェーディング雑音抑圧のための光周波数多重を行っていない場合には、前記までの手順の中でフェーディング雑音抑圧のための平均化処理は実施しない。
【請求項4】
前記特定の光パルス対以外の通常の光パルス対から散乱光信号を取得すること、
前記通常の光パルス対に基づき取得した前記散乱光信号から、前記センシングファイバ上の長手方向の各地点について、前記通常の光パルス対に含まれる前記光周波数の信号を平均化してフェーディング雑音を抑圧した前記光パルス対の位相値を検出すること、
検出した前記通常の光パルス対の位相値を、前記近似直線の傾きAk,c及び縦軸切片Bk,cを使用して、式(C2)に従って補正すること、
をさらに行うことを特徴とする請求項3に記載の光パルス試験装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、異なる光周波数を用いた位相OTDRによる光パルス試験方法及び光パルス試験装置に関する。
【背景技術】
【0002】
位相OTDRについて、異なる時刻に異なる光周波数成分を入射することでサンプリングレートを向上させる光周波数多重技術を適用する場合において、特許文献1に記載された方法を使用すれば、補償光周波数を用いて内在する歪み項を抑圧して直接振動波形を観測することが可能となる。
【0003】
特許文献1では考慮されていない点として、異なる光周波数のプローブパルスを使用して得られる位相値は測定対象であるセンシングファイバの同一の歪み変化をモニタしている場合でもわずかに応答が異なる点がある。位相OTDR(Optical Time Domain Reflectometer)においては一般に、異なる光周波数パルスを用いた場合でも、中心周波数の違いが数GHz程度の範囲内では、歪み変化に対する位相変化の比例定数は周波数に依らず一定とする近似が使用される。例えば非特許文献1によれば、全長lのファイバが歪量εによってΔlだけ伸びた時、Δlだけ伸びた分による光が通過する際の位相変化の増加量Δφは下式となる。
【数1】
ここで、β=2πn/λは伝播定数、nはファイバの実効屈折率、μはポアソン比、p11とp12はストレイン-オプティックテンソル成分である。例えば、非特許文献2によれば、通常の通信波長帯付近のλ=1555nmの場合を考えると、n=1.47、μ=0.17、p11=0.121、p12=0.271の値を使用して、式(2)となることが知られている。
【数2】
ただし、K=4.6×10-1である。
【0004】
この関係式を使用し、位相変化を歪量に置き替えることが可能だが、式(1)中の各パラメータの光周波数依存性は、中心周波数の違いが数GHz程度の範囲内である場合には十分に無視できる。その結果として式(2)中の比例定数Kは周波数多重技術などで使用するプローブ光の各周波数の間では同一とみなせる。
【0005】
しかし、実際の位相OTDRでは、用いるプローブ光が有限のパルス幅を持つことにより、ファイバ上の各地点の位相測定も有限の空間分解能となり、その空間分解能の範囲内でファイバに歪みが生じると、歪みが生じた地点の位相値の変化は、式(1)中の各パラメータの光周波数依存性とは別の要因であるスペックルパターンの変化に伴い、光周波数の値に依存するようになる。この現象は、例えば、非特許文献1、3、4などで指摘されている。
【0006】
異なる光周波数のプローブ光を使用した応答の違いには、歪みに対応する非線形性の発生と比例定数の変化の二つの観点がある。前者は歪みに対する応答が理想的な線形ではなく非線形の項を含むようになることを指しており、非線形の項の形状などに光周波数間で違いが発生する。後者は歪みに対する位相変化の比例定数(後述する式(3)の「A」)が式(2)で示した比例定数Kのように光周波数間での違いが全く無視できるわけではなく、比例定数に光周波数間で違いが生じることを指している。これら二つの観点のうち、主要項は後者であることが、非特許文献4などで指摘されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【文献】WO2021/075015(PCT/JP2019/040821)
【非特許文献】
【0008】
【文献】C. D. Butter and G. B. Hocker, “Fiber optics strain gauge,” Appl. Opt. 17, 2867-2869 (1978)
【文献】A. E. Alekseev et al., 2019, Laser Phys. 29, 055106
【文献】A. Masoudi and T. P. Newson, “Analysis of distributed optical fibre acoustic sensors through numerical modelling,” Opt. Express, vol. 25, no. 25, pp. 32021-32040, 2017/12/11 2017, doi: 10.1364/OE.25.032021.
【文献】M. Chen, A. Masoudi, and G. Brambilla, “Performance analysis of distributed optical fiber acoustic sensors based on &#x03C6;-OTDR,” Opt. Express, vol. 27, no. 7, pp. 9684-9695, 2019/04/01 2019, doi: 10.1364/OE.27.009684.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
特許文献1に記載の補償光周波数を利用した方法を使用すると、時間tの振動波形f(t)を直接高いサンプリングレートでモニタすることができる。サンプリングレート向上のための周波数多重数をNとして、サンプリングレート向上後のサンプリング間隔をTとする。特許文献1に記載の方法で、フェーディング抑圧のための光周波数多重をしていいない場合には、周波数fで時刻(k+Nn)T(nは任意の整数)でのファイバ状態を測定しているとすれば、各光周波数での位相値yは、ファイバ入射端からの距離を表すzは省略して、式(3)で表せる。
【数3】
サンプリングレート向上後の位相変化yは式(4)となる。
【数4】
ここで、Aは歪み変化f(t)に対する位相変化の比例定数、Bは位相変化の基準時刻でのオフセット値を示す。ただし、位相値yや位相変化yは、適切なゲージ長Dを設定した上で、ゲージ長だけ離れた地点zを挟む2地点間、つまり地点z+D/2での光の位相変化から地点z-D/2での位相変化を引いて得られる位相差分として計算された区間z+D/2からz-D/2に生じた地点zを中心とする局所区間での位相変化を表しており、位相接続処理も適切に実施されているものとする。
【0010】
特許文献1に記載の方法では、Bの周波数f依存性を抑圧することで、f(t)を正確に観測することを可能としている。
【0011】
しかし、背景で説明した異なる光周波数のプローブ光を使用した動的歪み(振動)に対する応答の違い、特に比例定数Aに光周波数間で違いが生じる点を考慮すると、式(3)のAには周波数依存性が生じる。これを陽に表すために周波数依存性を示す添え字kを付してAとし、式(3)を式(5)に書きなおす。
【数5】
このような比例定数Aの周波数依存性がf(t)の正確な測定を妨げる。例えば、f(t)が振動周波数fvibで振動している正弦波の場合には、
【数6】
となるが、式(6)を式(4)に代入して得られる位相変化には、周期数fvibと周波数1/(NT)の和周波数や差周波数に対応する成分が含まれ、観測した位相変化が実際の振動波形f(t)に対して形状などが異なってしまう要因となる。式(3)から式(6)はフェーディング抑圧のための光周波数多重を行っていない場合で話を進めた。フェーディング抑圧のための光周波数多重を行う場合には、特許文献1に記載のように、異なる種類の周波数パルス対で異なる時刻のファイバ状態をモニタする。具体的には、同一のパルス対に含まれる補償光周波数を除く主光周波数の信号を平均化して、そのパルス対でのフェーディング抑圧後の位相を計算する。計算した位相に対して、さらに補償光周波数の信号を用いた補正を行うことで、振動波形を計算する。つまり、フェーディング抑圧のための周波数多重を行う場合でも、k種類目のパルス対で得られた信号について、補償光周波数を除く主光周波数の信号を平均化した後の位相をψkと書けば、前記の式(3)と式(4)はそのまま成立する。式(5)と式(6)についても、Akがk種類目のパルス対に含まれる各光周波数の振動に対する応答を平均化した値と解釈し直せば、そのまま成立する。その場合についても、Akはk種類目のパルス対に含まれる有限の数の光周波数の応答を平均化した値であるため、異なる種類、つまり、異なるkのパルス対に対応するAkは互いに異なる値となるので、前記式(6)を使用して結論付けたf(t)の正確な測定ができなくなる課題はそのまま残る。
【0012】
本発明は、前記課題を解決するために、異なる光周波数を用いる位相OTDRにおいて、振動に対するプローブ光の異なる光周波数間の応答における比例定数の違いに起因する観測波形の歪みを低減することができ、正確に観測できる振動の大きさのダイナミックレンジを拡張することが可能となる光パルス試験方法及び光パルス試験装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
上記目的を達成するため、本開示は、位相OTDRにおいて、異なる複数の光周波数のプローブ光と、各光周波数と異なる補償光周波数のプローブ光とを同時刻とみなせるタイミングで入射し、各光周波数のプローブ光から得られた位相値と、補償光周波数のプローブ光から得られた位相値との関係を近似する近似直線を求め、求めた各近似直線の傾きと切片とに基づいて、各主光周波数のプローブ光から得られた位相値を補正する。
【0014】
具体的には、本開示に係る光パルス試験方法は、
位相OTDRにより振動を計測する光パルス試験方法であって、
異なる光周波数の光パルスで構成される光パルス対を一定間隔でセンシングファイバに入射すること、
特定の前記光パルス対に、前記光周波数と異なり、かつ予め定められた補償光周波数の補償光パルスを含めて前記センシングファイバに入射すること、
前記補償光パルスを含んで入射した前記特定の光パルス対から前記光周波数及び前記補償光周波数のそれぞれについて散乱光信号を取得すること、
前記散乱光信号から、前記センシングファイバ上の長手方向の各地点について、前記光周波数に含まれる異なる光周波数の信号を平均化してフェーディング雑音を抑圧した前記光パルス対の位相値を計算すること、
前記散乱光信号から、前記センシングファイバ上の長手方向の各地点について、前記補償光周波数に含まれる異なる光周波数の信号を平均化してフェーディング雑音を抑圧した前記補償光周波数の位相値を計算すること、
前記センシングファイバ上の長手方向の地点毎に検出した前記光パルス対の前記位相値及び前記補償光周波数の前記位相値を、前記補償光周波数の前記位相値を横軸とし、前記光パルス対の位相値を縦軸として2次元平面上にプロットすること、
前記光パルス対毎に、プロットしたデータに対して近似直線を計算すること、
前記光パルス対毎に計算した前記近似直線の傾きAk,c及び縦軸切片Bk,cを使用して、式(C1)に従って前記光パルス対の位相値を補正すること、を行う。
【数C1】
ここで、kは光パルス対の種類(フェーディング抑圧しない場合は光周波数)、αはk種類目の光パルス対の位相値、nは任意の整数、Tは前記一定間隔、Nはパルス対の多重数、ψはk種類目の光パルス対についてパルス対に含まれる異なる主光周波数を平均化して得られたフェーディング抑圧後の位相値(フェーディング抑圧しない場合には光周波数fkの位相値)、Aave,cは前記傾きAk,cのkに関する平均値を表す。ただし、フェーディング雑音抑圧のための光周波数多重を行っていない場合には、前記までの手順の中でフェーディング雑音抑圧のための平均化処理は実施しない。
【0015】
また、本開示に係る光パルス試験方法は、
前記特定の光パルス対以外の通常の光パルス対から散乱光信号を取得すること、
前記通常の光パルス対に基づき取得した前記散乱光信号から、前記センシングファイバ上の長手方向の各地点について、前記通常の光パルス対に含まれる前記光周波数の信号を平均化してフェーディング雑音を抑圧した前記光パルス対の位相値を検出すること、
検出した前記通常の光パルス対の位相値を、前記近似直線の傾きAk,c及び縦軸切片Bk,cを使用して、式(C1)に従って補正すること、をさらに行ってもよい。
【0016】
具体的には、本開示に係る光パルス試験装置は、
位相OTDRにより振動を計測する光パルス試験装置であって、
異なる光周波数の光パルスで構成される光パルス対を一定間隔でセンシングファイバに入射するとともに、特定の前記光パルス対に、前記光周波数と異なり、かつ予め定められた補償光周波数の補償光パルスを含めて前記センシングファイバに入射する光源と、
前記補償光パルスを含んで入射した前記特定の光パルス対から前記光周波数及び前記補償光周波数のそれぞれについて散乱光信号を取得する受光器と、
前記散乱光信号から、前記センシングファイバ上の長手方向の各地点について、前記光周波数に含まれる異なる光周波数の信号を平均化してフェーディング雑音を抑圧した前記光パルス対の位相値を計算すること、
前記散乱光信号から、前記センシングファイバ上の長手方向の各地点について、前記補償光周波数に含まれる異なる光周波数の信号を平均化してフェーディング雑音を抑圧した前記補償光周波数の位相値を計算すること、
前記センシングファイバ上の長手方向の地点毎に検出した前記光パルス対の前記位相値及び前記補償光周波数の前記位相値を、前記補償光周波数の前記位相値を横軸とし、前記光パルス対の位相値を縦軸として2次元平面上にプロットすること、
前記光パルス対毎に、プロットしたデータに対して近似直線を計算すること、
前記光パルス対毎に計算した前記近似直線の傾きAk,c及び縦軸切片Bk,cを使用して、式(C2)に従って前記光パルス対の位相値を補正すること、を行う信号処理部と、を備える。
【数C2】
ここで、kは光パルス対の種類(フェーディング抑圧しない場合は光周波数)、αはk種類目の光パルス対の位相値、nは任意の整数、Tは前記一定間隔、Nはパルス対の多重数、ψはk種類目の光パルス対についてパルス対に含まれる異なる主光周波数を平均化して得られたフェーディング抑圧後の位相値(フェーディング抑圧しない場合には光周波数fkの位相値)、Aave,cは前記傾きAk,cのkに関する平均値を表す。ただし、フェーディング雑音抑圧のための光周波数多重を行っていない場合には、前記までの手順の中でフェーディング雑音抑圧のための平均化処理は実施しない。
【0017】
また、本開示に係る光パルス試験装置は、
前記特定の光パルス対以外の通常の光パルス対から散乱光信号を取得すること、
前記通常の光パルス対に基づき取得した前記散乱光信号から、前記センシングファイバ上の長手方向の各地点について、前記通常の光パルス対に含まれる前記光周波数の信号を平均化してフェーディング雑音を抑圧した前記光パルス対の位相値を検出すること、
検出した前記通常の光パルス対の位相値を、前記近似直線の傾きAk,c及び縦軸切片Bk,cを使用して、式(C2)に従って補正すること、をさらに行ってもよい。
【0018】
本開示は、位相OTDRにおいて、異なる複数の光周波数を含んだ異なる種類のプローブ光パルス対と、前記異なる種類のパルス対のいずれにも含まれない補償光周波数のプローブ光とを同時刻とみなせるタイミングで入射し、各光パルス対のプローブ光から得られた位相値と、補償光周波数のプローブ光から得られた位相値との関係を近似する近似直線を求め、求めた各近似直線の傾きと切片とに基づいて、各光パルス対のプローブ光から得られた位相値を補正する。これにより、異なる光周波数を用いる位相OTDRにおいて、振動に対するプローブ光の異なる光周波数間の応答における比例定数の違いに起因する観測波形の歪みを低減することができ、正確に観測できる振動の大きさのダイナミックレンジを拡張することが可能となる光パルス試験方法及び光パルス試験装置を提供することができる。
【0019】
なお、上記各発明は、可能な限り組み合わせることができる。
【発明の効果】
【0020】
本開示によれば、異なる光周波数を用いる位相OTDRにおいて、振動に対するプローブ光の異なる光周波数間の応答における比例定数の違いに起因する観測波形の歪みを低減することができ、正確に観測できる振動の大きさのダイナミックレンジを拡張することが可能となる光パルス試験方法及び光パルス試験装置を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0021】
図1】本発明に係る光パルス試験装置の概略構成の一例を示す。
図2】本発明に用いる光周波数及び光パルス列の一例を示す。
図3】本発明に係る光パルス試験方法の手順の一例を示す。
【発明を実施するための形態】
【0022】
以下、本開示の実施形態について、図面を参照しながら詳細に説明する。なお、本発明は、以下に示す実施形態に限定されるものではない。これらの実施の例は例示に過ぎず、本開示は当業者の知識に基づいて種々の変更、改良を施した形態で実施することができる。なお、本明細書及び図面において符号が同じ構成要素は、相互に同一のものを示すものとする。
【0023】
(発明概要)
本発明は、異なる光周波数のプローブ光を使用した動的歪み(振動)に対する応答の違いのうち、特に光周波数間で比例定数に違いが生じることを原因とする、観測した位相変化が実際の振動波形に対して形状などが異なってしまう課題を、測定したデータに基づく信号処理により低減する方法を提供する。本発明を利用することで、特許文献1に記載の補償光周波数を利用した方法を使用した際に、正確に観測できる振動の大きさのダイナミックレンジを拡張することなどが可能となる。本発明の具体的な手順の特徴は、補償光周波数および異なる複数の主光周波数から構成される各光パルス対を同時刻とみなせるタイミングに入射した際に得られる散乱光信号から得られた位相値を用いて、センシングファイバ上の各地点について横軸を補償光周波数の位相値にとり縦軸を各光パルス対の位相値にとった2次元平面上のプロットを作成し、プロットしたデータに対して近似直線を計算し、計算した近似直線の傾きと縦軸切片の値を使用して各光パルス対の位相値を補正することで、振動が生じている箇所において、補正前よりもより正確に振動波形を計測するところにある。
【0024】
(実施形態)
図1は、本実施形態のDAS-P(Distributed Acoustic Sensing-Phase)で振動検出を行う光パルス試験装置を説明する図である。
本実施形態に係る光パルス試験装置は、
位相OTDRにより振動を計測する光パルス試験装置であって、
異なる光周波数(主光周波数)の光パルスで構成される光パルス対を一定間隔でセンシングファイバに入射するとともに、特定の前記光パルス対に、前記光周波数と異なり、かつ予め定められた補償光周波数の補償光パルスを含めて前記センシングファイバに入射する光源と、
前記補償光パルスを含んで入射した前記特定の光パルス対から前記光周波数及び前記補償光周波数のそれぞれについて散乱光信号を取得する受光器と、
前記散乱光信号から、前記センシングファイバ上の長手方向の各地点について、前記光周波数に含まれる異なる光周波数の信号を平均化してフェーディング雑音を抑圧した前記光パルス対の位相値を計算すること、
前記散乱光信号から、前記センシングファイバ上の長手方向の各地点について、前記補償光周波数に含まれる異なる光周波数の信号を平均化してフェーディング雑音を抑圧した前記補償光周波数の位相値を計算すること、
前記センシングファイバ上の長手方向の地点毎に検出した前記光パルス対の前記位相値及び前記補償光周波数の前記位相値を、前記補償光周波数の前記位相値を横軸とし、前記光パルス対の位相値を縦軸として2次元平面上にプロットすること、
前記光パルス対毎に、プロットしたデータに対して近似直線を計算すること、
前記光パルス対毎に計算した前記近似直線の傾きAk,c及び縦軸切片Bk,cを使用して、式(1-7)に従って前記光パルス対の位相値を補正すること、を行う信号処理部と、
を備える。
【0025】
振動測定器31は、CW光源1、カプラ2、光変調器3、90度光ハイブリッド7及びバランス検出器(13、14)を備える。CW光源1、カプラ2、及び光変調器3が前述の光源に相当する。90度光ハイブリッド7及びバランス検出器(13、14)が前述の受光器に相当する。受光器は、90度光ハイブリッド7を用いてコヒーレント検波を行う。信号処理装置17が前述の信号処理部に相当する。ただし、受光器に90度光ハイブリッドを必ずしも使用する必要はなく、散乱光の同相成分と直交成分とを測定できれば、別の装置や信号処理を用いて良い。また本開示の信号処理装置17は、コンピュータとプログラムによっても実現でき、プログラムを記録媒体に記録することも、ネットワークを通して提供することも可能である。
【0026】
振動測定器31は、次のように被測定光ファイバ6からの散乱光を測定する。CW光源1から光周波数がfの単一波長の連続光が射出され、カプラ2により参照光とプローブ光に分岐される。プローブ光は、光変調器3によって、周波数多重の光パルス4に整形される。光パルス4の構成例を図2に示す。なお、以下では、測定対象であるセンシングファイバを被測定光ファイバ6と呼ぶ。
【0027】
メインパルスに用いる主光周波数成分をfからfNMのN×M個として、順番に並べた集団をN+1個用意する。この集団の組み合わせが集団組み合わせ201である。集団組み合わせ201の全体の並びを左からM個(Mは任意の自然数である。)ごとに区切り、パルス対をN(N+1)個生成してパルス対組み合わせ202とする。ここで、Nは、パルス対組み合わせ202において、パルス対の多重数を表す。すなわち、パルス対組み合わせ202では、fからfNMのN×M個をM毎に区切っているため、N種類のパルス対が生成され、N種類のパルス対が集団の個数であるN+1個分だけ繰り返されている。以降、これらN種類の光パルス対を区別する記号としてNを用いる。パルス対組み合わせ202における1+d(N+1)番目(d=0,1,・・・,(N-1))のパルス対に対して、補償光周波数fNM+1を追加してパルス対組み合わせ203を生成する。dはパルス対の種類を区別するkとは異なる記号であり、異なるdに対応するパルス対でも同じ種類、つまり同じkに対応する物が存在する。パルス対組み合わせ203に基づいて実際に入射する光パルス対列を204のように構成する。これにより、N(N+1)個のパルス対が一定の時間的な周期で配列されたパルスパターンが生成される。ここで、光パルス対列204では、パルス対列を構成するM個又はM+1個の光パルスを、特許文献1に記載のパルス対列を構成する光パルスと同様に、振動による光ファイバの状態変化が無視できる時間間隔で並べることとする。尚、上記の例では補償光周波数についてはフェーディング雑音抑圧のための周波数多重を行わない説明であったが、特許文献1に記載のように、補償光周波数についてもフェーディング雑音抑圧のための周波数多重を行っても良い。その場合は、各パルス対を構成する周波数成分の数は、補償光周波数が追加されなったパルス対についてはM、追加されたパルス対についてはMに補償光周波数についてフェーディング抑圧のために多重した光周波数の数を加算した値をとる。以降は簡単のため、補償光周波数が1つの場合で引き続き説明を続けるが、複数の場合でも本発明は適用できる。光ファイバの状態変化が無視できる微小パルス間の時間間隔は、振動周波数fνと振動の大きさに依存するが、通常は1μs程度以下としておけば十分である。これにより、補償光周波数を含めた同一のパルス対列に含まれる任意の光周波数の光パルスは互いに同時に入射しているとみなせる。
【0028】
ここで、補償光周波数fNM+1をパルス対番号が1+d(N+1)(d=0,1,…,(N-1))のパルス対に追加しているため、例えば、N=3かつM=1である場合には、光周波数f、f、fのパルス対が繰り返し被測定光ファイバ6に入射される。この場合、d=0のときは補償光周波数fが光周波数fのあるパルス対1に追加され、d=1のときは光周波数fが光周波数fのあるパルス対5に追加され、d=2のときは光周波数fが光周波数fのあるパルス対9に追加される。
【0029】
パルス対同士の間隔をTとすれば、被測定光ファイバ6の長さによるTがどこまで小さくできるかの最小値に関する制限は、単一光周波数パルスを用いる場合と比べて1/N倍だけ緩和される。これは、複数の光周波数の光パルスを用いることで、単一光周波数の場合と異なり、入射した光パルスの往復時間の間に、入射した光パルスの光周波数と異なる光周波数の光パルスを入射して連続的に反射光を測定することができるためである。また、図2のパルス対においては、各パルス対内に存在するM個のパルスを用いて特許文献1に従ってフェーディング雑音の低減をすることができる。
【0030】
図1において、光変調器3の種類は光パルス4を生成できるならば具体的な指定はなく、数が複数の場合もある。例えば、SSB(Single Side Band)変調器や周波数可変なAO(Acousto-Optics)変調器などを用いても良いし、パルス化における消光比を大きくするためにさらにSOA(Semiconductor Optical Amplifier)などによる強度変調を行っても良い。尚、204に示した各光周波数成分のパルスは矩形波形状であるが、矩形波以外の波形を用いることも可能である。
【0031】
図1に示すように、光パルス4は、サーキュレータ5を介して、被測定光ファイバ6に入射される。被測定光ファイバ6の長手方向の各点で散乱された光が、後方散乱光としてサーキュレータ5に戻り、90度光ハイブリッド7の一方の入力部に入射される。カプラ2により分岐された参照光は、90度光ハイブリッド7のもう一方の入力部に入射される。
【0032】
90度光ハイブリッド7の内部構成は、90度光ハイブリッドの機能さえ備えていれば、なんでもよい。90度光ハイブリッド7の構成例を図1に示す。後方散乱光は、50:50の分岐比のカプラ8に入射され、2分岐された散乱光が、50:50の分岐比のカプラ12と、50:50のカプラ11の入力部に入射される。参照光は、50:50の分岐比のカプラ9に入射され、2分岐された参照光の一方が、カプラ11の入力部に入射され、他方が、位相シフタ10で位相をπ/2だけシフトされてカプラ12の入力部に入射される。
【0033】
カプラ11の2つの出力がバランス検出器13によって検出され、アナログの同相成分Ianalogである電気信号15が出力される。カプラ12の2つの出力がバランス検出器14によって検出され、アナログの直交成分Qanalogである電気信号16が出力される。
【0034】
電気信号15と電気信号16は、信号の周波数帯域をエイリアシングなくサンプリングが可能なAD(Analog to Digital)変換素子17aとAD変換素子17bを備えた信号処理装置17に送られる。信号処理装置17では、AD変換素子17aとAD変換素子17bから出力されたデジタル化された同相成分Idigitalと直交成分Qdigitalの信号に対して、信号処理部17cによって光パルス4を構成する各光周波数f+f(i=1,2,・・・,NM+1)の帯域の信号に分離する。具体的な信号処理の方法は、IdigitalとQdigitalから、各帯域の信号であるI measure(i=1,2,・・・,NM+1)とQ measure(i=1,2,・・・,NM+1)を正確に分離できるならどんな手法を用いても良い。例えば、コヒーレント検波後は光周波数f+fのプローブ光で得られた信号の帯域中心はfにダウンシフトしているため、IdigitalとQdigitalを、中心周波数がfであるバンドパスフィルタに通して位相遅延を補償する計算方法などが考え得る。例えばバンドパスフィルタを使用する場合には、各光周波数成分のパルス幅をWとすれば通過帯域を2/Wに設定できる。あるいは、アナログの電気信号の状態にある同相成分と直交成分をアナログ電気フィルタによって各周波数成分へ分離した後に、AD変換素子17a及びAD変換素子17bでAD変換するなどしても良い。
【0035】
信号処理部17cによって取得されたI measureとQ measureを元に、信号処理部17dで位相の計算を行う。まず、同相成分をx軸(実数軸)、直交成分をy軸(虚数軸)としたxy平面上における複素ベクトルrを式(1-1)に示すように作成する。
【数1-1】
【0036】
k種類目のパルス対の先頭を入射した時刻をk×T+n×N×T(nは任意の整数)とする。それぞれのパルス対の先頭の光周波数を基準波長にとり、特許文献1の「付録」に記載の方法に従い、パルス対を構成する補償光周波数を除いたM個の異なる光周波数の帯域での式(1-1)で計算したベクトルを平均処理することで、入射端から距離zの位置での位相を計算する。被測定光ファイバ6上の長手方向の入射端から距離zの位置での被測定光ファイバ6の状態は、光パルスの伝搬時間を考慮して時刻k×T+n×N×T+z/ν(nは任意の整数)で測定している。ここで、νは被測定光ファイバ6中での光速である。さらに、散乱された散乱光が伝搬して入射端まで戻る時間を考慮すると、振動測定器31での測定時刻は、k×T+n×N×T+2z/ν(nは任意の整数)となる。そこで、距離zの地点で計算した位相を、振動測定器31の測定時刻を陽に表して、式(1-2)とする。
【数1-2】
【0037】
本実施形態では、測定時刻mT+2z/ν(mは整数)における位相θ(z,mT+2z/ν)を、mT+2z/ν=kT+nNT+2z/νを満たすkとnを用いて、以下のように計算する。
【数1-3】
【0038】
そして、被測定光ファイバ6上での距離zから距離zの区間に加わった振動による位相変化を、数式(1-3a)と数式(1-3b)との差分、すなわち数式(1-3c)として計算する。
【数1-3a】
【数1-3b】
【数1-3c】
【0039】
尚、被測定光ファイバ6の状態を測定した瞬間の時刻は、上述のように散乱光が入射端に戻るのに要する時間は含めないので、距離zの地点では時刻mT+z/ν、距離zの地点では時刻mT+z/ν、となり、時間差(z-z)/νだけ違いがある。しかし、zとzとの距離の差は空間分解能と同等程度で、通常は数mから数十m程度に設定するため、時間差(z-z)/νは数十から数百nsとなり、測定対象となる通常の振動の時間変化のスケールに対して非常に短いため、被測定光ファイバ6の状態を測定した時刻の差は無視できる。そのため、該当区間に加わった振動を正しく測定可能である。
【0040】
しかし、θ(z,mT+2z/ν)には異なる種類の光パルス対の先頭の光周波数間の角度差による歪み項が含まれる。特許文献1は補償光周波数を用いた前記角度差の補正方法について提案している。異なる光周波数間の角度差の補正を漏れなく行うためには、任意の二つのパルス対の先頭の光周波数の角度差補正を行う必要がある。i<jを満たす正の整数iとjを任意に選んだ時に、パルス対jの先頭の光周波数をf pfとし、パルス対iの先頭の光周波数をf pfとすれば、角度差φ(z,f pf,f pf)は以下のようにfNM+1を用いて展開できる。
【数1-4】
i、jは任意の正の整数。ただしi<jである。
【0041】
例として用いているパルス対の光周波数の組み合わせ203では、光周波数fNM+1をパルス対番号が1+d(N+1)(d=0,1,…,(N-1))のパルス対に追加しているため、光周波数fNM+1と他の光周波数とは、周期N(N+1)T内で必ず1回、同一のパルス対内に存在している。例えば、N=3かつM=1である場合には、パルスパターンを構成するパルス対の数は12個となる。この場合、1番目のパルス対には光周波数fと光周波数fが含まれており、5番目のパルス対には光周波数fと光周波数fが含まれており、9番目のパルス対には光周波数fと光周波数fが含まれている。このため、パルスパターンの中で光周波数fとその他の周波数f、f、fの各々が必ず1回同一のパルス対に存在している。そのため、式(1-4)の右辺の各項を特許文献1で記載のように特許文献1の式(2-3)を用いて計算可能である。得られたφ(f pf,f pf)の値を用いて、θ(z,mT+2z/ν)から最終的な位相を特許文献1に記載の方法で計算する。具体的には歪み項を補正した位相値を計算する。次にゲージ長Dを設定し、地点z+D/2の位相変化から地点z-D/2の位相変化の差分をとることによって、地点zのゲージ長Dの範囲に生じた振動波形を計算する。その際に適宜位相接続処理などを行う。結果として、背景で記述したk種類目のパルス対の位相値ykおよび位相値yが得られる。
【0042】
本発明では、信号処理部17eで、異なる光周波数のプローブ光を使用した動的歪み(振動)に対する応答の違いのうち、特に比例定数に光周波数間で違いが生じることを原因とする、観測した位相変化が実際の振動波形に対して形状などが異なってしまう問題を低減する。
【0043】
具体的には、本実施形態に係る光パルス試験方法は、
位相OTDRにより振動を計測する光パルス試験方法であって、
異なる光周波数の光パルスで構成される光パルス対を一定間隔でセンシングファイバに入射すること(ステップS001)、
特定の前記光パルス対に、前記光周波数と異なり、かつ予め定められた補償光周波数の補償光パルスを含めて前記センシングファイバに入射すること(ステップS002)、
前記補償光パルスを含んで入射した前記特定の光パルス対から前記光周波数及び前記補償光周波数のそれぞれについて散乱光信号を取得すること(ステップS003)、
前記散乱光信号から、前記センシングファイバ上の長手方向の各地点について、前記光周波数に含まれる異なる光周波数の信号を平均化してフェーディング雑音を抑圧した前記光パルス対の位相値を計算すること、前記補償光周波数に含まれる異なる光周波数の信号を平均化してフェーディング雑音を抑圧した前記補償光周波数の位相値を計算すること(ステップS004及びS101)、
前記センシングファイバ上の長手方向の地点毎に検出した前記光パルス対の前記位相値及び前記補償光周波数の前記位相値を、前記補償光周波数の前記位相値を横軸とし、前記光パルス対の位相値を縦軸として2次元平面上にプロットすること(ステップS102)、
前記光パルス対毎に、プロットしたデータに対して近似直線を計算すること(ステップS103)、
前記光パルス対毎に計算した前記近似直線の傾きAk,c及び縦軸切片Bk,cを使用して、式(1-7)に従って前記光パルス対の位相値を補正すること(ステップS104)、を行う。
【0044】
ここで、ステップS001及びS002は、図2で説明したように光源が光パルス対列を生成して被測定光ファイバに入射することで実現する。また、S003は、受光器が前述したように行う。ステップS004では、信号処理部17dが、k種類目のパルス対及び補償光周波数の光パルスを含む光パルス対について、被測定光ファイバ6上の長手方向の入射端から各距離zについて、k種類目のパルス対と補償光周波数それぞれの位相値を前述したように検出する。補償光周波数の位相値は、ステップS101として検出する。
【0045】
以下ではM=1の例を中心に説明をするが、それ以外の場合においても、特許文献1に記載のようにまずフェーディング雑音低減のための平均化をおこなった後の位相に対して、以下の例と同様の処理を行える。補償光周波数がフェーディング雑音低減のため多重されている場合も、フェーディング雑音処理を行った後の位相を使用することで、以下の例と同様の処理を行える。そのため、提案手法は任意のNとMに対して使用できる。また、補償光周波数についてもフェーディング雑音抑圧のために任意の数だけ周波数多重していて良い。本発明にかかわる信号処理は、図3で示したフローチャートのように、ステップS101~S104で構成されている。
【0046】
(ステップS101)
まず、補償光周波数の位相値を検出することにより位相変化を計算する。ここで、前述のプローブ光では、補償光周波数でも間隔(N+1)Tではあるが、測定光ファイバに繰り返し入射しているため、補償光周波数の信号を使用して、地点zのゲージ長Dの範囲に生じた振動波形を計算することができる点に着目し、そうして計算した位相をy(z,(1+(N+1)n)T)とする。変数nは任意の整数とする。ただし、位相接続処理などは適切に実施しているものとする。地点zを省略して、単にy((1+(N+1)n)T)とも以降表記する。補償光周波数についても、式(5)と同様にして、比例定数Aを用いて、実際の振動波形f(t)に対して、以下のように書ける。
【数1-5】
ここで、式(1-5)における補償光周波数の定数成分Bは、式(5)のBとは一般に異なることに注意する。
【0047】
(ステップS102)
補償光周波数及び先頭の光周波数がf(k-1)M+1であるk種類目のパルス対を含むパルス対が入射された時刻(k+(k-1)N+N(N+1)n)Tでは、補償光周波数とk種類目のパルス対に含まれる任意の主周波数とは同時とみなせる時刻に入射している。今具体例としているM=1の場合にはk種類目のパルス対に含まれる主光周波数はfkのただ一つである。入射時刻を同時刻とみなせるということは、主光周波数と補償光周波数とで、同じ振動波形f(t)を測定しているとすることができ、式(5)及び式(1-5)からyとyとを以下のように関連づけることができる。
【数1-6】
式(1-6)では、比例定数項をAk,c、定数項をBk,cとおきなおしている。つまり、y((k+(k-1)N+N(N+1)n)T)の測定値を横軸、y((k+(k-1)N+N(N+1)n)T)の測定値を縦軸にプロットし(ステップS102-1)、プロットしたデータに対する近似直線を作成すれば、雑音が無視できる理想的な場合には、近似直線の傾きからAk,c、縦軸切片からBk,cの値が得られる(ステップS102-2)。近似直線の作成方法には、最小二乗法など一般的な手法を用いることができる。
【0048】
ステップS102は、N種類全てのパルス対についてそれぞれ行ってもよいし、一部の種類のパルス対についてそれぞれ行ってもよい。
【0049】
(ステップS103)
各種類kの光パルス対、例えばM=1の場合には各主光周波数f、で得られた近似直線の傾きAk,cのkに関する平均値を計算してAave,cとする。ステップS102で一部の種類の光パルス対のみを用いた場合は、一部の種類の光パルス対に関する平均値を計算してAave,cとしてもよい。
【0050】
(ステップS104)
各種類kの光パルス対では、補償光周波数と同時刻に入射していない時刻も含めると、時刻(k+Nn)Tで位相値を計測している。それら位相値を手順3までに得られたAk,c、Bk,c、Aave,cを使用して、次のように補正する。補正後の位相値をaとする。
【数1-7】
補正後の位相は、異なる光周波数のプローブ光を使用した動的歪み(振動)に対する応答の違いを抑えたものとなる。
【0051】
本実施形態に係る光パルス試験装置が実施する光パルス試験方法では、
前記特定の光パルス対以外の通常の光パルス対から散乱光信号を取得すること、
前記通常の光パルス対に基づき取得した前記散乱光信号から、前記センシングファイバ上の長手方向の各地点について、前記通常の光パルス対に含まれる前記光周波数の信号を平均化してフェーディング雑音を抑圧した前記光パルス対の位相値を検出すること、
検出した前記通常の光パルス対の位相値を、前記近似直線の傾きAk,c及び縦軸切片Bk,cを使用して、式(1-7)に従って補正してもよい。
【0052】
式(1-7)に基づく補正により異なる光周波数のプローブ光を使用した動的歪み(振動)に対する応答の違いを抑えられる理由を説明するために、式(1-7)を実際に展開する。
【数1-8】
ここで、Aの平均値をAaveとおいた。AaveをAで除算したのがAave,cであるため、AaveとAave,cとは異なる。式(1-8)では、振動波形f(t)に対する比例係数はパルス対の種類k(M=1の場合は主光周波数f)にかかわらずAaveとなり、式(5)では異なるkのパルス対で異なる比例係数Aとなってしまっていた問題が克服されている。さらに、できるだけ多くの異なる周波数の応答を平均化することで、スペックルパターンの変化に伴って発生する理想的な応答である式(1)、式(2)からの違いが軽減されることが知られており(例えば非特許文献4)、各パルス対の応答を表すAの平均であるAaveが式(1-8)では振動波形f(t)の比例定数となっていることから、式(5)をそのまま使用するよりも実際の振動に忠実な波形が得られることが分かる。式(1-8)の定数成分Aave・Bは異なる種類のパルス対で共通の値となっているため、この定数成分の存在により振動波形が歪む問題も発生しない。
【0053】
上記説明においては、手順3以降では、近似直線の傾きや縦軸切片が正確にA/AやB-(A/A)・Bに一致するとして計算を進めたが、実際には雑音が存在するため、近似直線の傾きや縦軸切片にもA/AやB-(A/A)・Bからの誤差が生じる。誤差が大きくなると、手順4で得られる位相が、式(5)の位相に対して、雑音レベルが大きくなる問題なども生じ得る。この点を回避するために、本発明の手順1から手順4の使用時には、振動が生じている地点と時間帯のデータに絞り計算を進めることで、振動が生じている地点と時間帯において、式(5)をそのまま使用するよりも実際の振動に忠実な波形を取得するなどして本発明を使用することができる。
【0054】
なお、上記各発明は、可能な限り組み合わせることができる。
【産業上の利用可能性】
【0055】
本開示に係る光パルス試験方法及び光パルス試験装置は、情報通信産業に適用することができる。
【符号の説明】
【0056】
1:CW光源
2:カプラ
3:光変調器
4:光パルス
5:サーキュレータ
6:被測定光ファイバ
7:90度光ハイブリッド
8:カプラ
9:カプラ
10:位相シフタ
11:カプラ
12:カプラ
13:バランス検出器
14:バランス検出器
15:電気信号
16:電気信号
17:信号処理装置
31:振動測定器
図1
図2
図3