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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-11-13
(45)【発行日】2024-11-21
(54)【発明の名称】推定装置、プログラム及び推定システム
(51)【国際特許分類】
   A61B 5/377 20210101AFI20241114BHJP
   A61B 5/16 20060101ALI20241114BHJP
【FI】
A61B5/377
A61B5/16 120
【請求項の数】 9
(21)【出願番号】P 2021064670
(22)【出願日】2021-04-06
(65)【公開番号】P2022160124
(43)【公開日】2022-10-19
【審査請求日】2024-01-26
(73)【特許権者】
【識別番号】301021533
【氏名又は名称】国立研究開発法人産業技術総合研究所
(73)【特許権者】
【識別番号】309007911
【氏名又は名称】サントリーホールディングス株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100105924
【弁理士】
【氏名又は名称】森下 賢樹
(72)【発明者】
【氏名】大山 潤爾
(72)【発明者】
【氏名】岩木 直
(72)【発明者】
【氏名】大住 裕一
【審査官】蔵田 真彦
(56)【参考文献】
【文献】特開2015-127851(JP,A)
【文献】特開2013-178601(JP,A)
【文献】米国特許第06236885(US,B1)
【文献】伏田幸平,課題無関連情報として呈示される異性・同性の身体的魅力が注意に及ぼす影響の違い,生理心理学と精神生理学,2020年,38巻,2号,75頁
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61B 5/05-5/0538、5/06-5/398
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
対象物に対して被験者が関心を持つ度合いを示す魅力度を推定するための推定装置であって、
前記対象物によって前記被験者の五感のうちの少なくとも1つが刺激されてから1000ミリ秒までの間の前記被験者の脳波データを取得する脳波データ取得部と、
前記脳波データから事象関連電位を取得する事象関連電位取得部と、
前記事象関連電位に基づいて、前記魅力度を推定する推定部と、
を含み、
前記推定部は、前記事象関連電位に基づいて、前記対象物を前記被験者が知っている度合いを示す親密度を推定する親密度推定部と、前記推定された親密度に基づいて、前記魅力度を推定する魅力度推定部と、を含む、推定装置。
【請求項2】
前記脳波データは、前記被験者の五感のうちの少なくとも1つが刺激されて400ミリ秒経過後から1000ミリ秒までの間の脳波データである、請求項1に記載の推定装置。
【請求項3】
前記魅力度推定部は、xを前記親密度とし、yを前記魅力度としたとき、前記親密度xが比較的低い値と比較的高い範囲との間の範囲において上に凸な関数y=f(x)を用いて前記魅力度を推定する、請求項1又は2に記載の推定装置。
【請求項4】
前記関数の中央値は、前記対象物のカテゴリに基づいて設定される、請求項に記載の推定装置。
【請求項5】
前記推定された魅力度に基づいて、前記被験者が前記対象物に対して魅力を感じているか否かを判定する判定部をさらに備える、請求項1からのいずれか1項に記載の推定装置。
【請求項6】
前記脳波データは、前記対象物によって前記被験者の五感における視覚が刺激されたときの脳波データである、請求項1からのいずれか1項に記載の推定装置。
【請求項7】
前記脳波データ取得部は、前記刺激される前の100ミリ秒から0ミリ秒までの間の前記被験者の脳波データを取得し、
前記事象関連電位取得部は、前記刺激される前に得られた脳波データに基づいて設定されたベースラインを基準として、前記刺激後に得られた脳波データから前記事象関連電位を取得する、請求項1からのいずれか1項に記載の推定装置。
【請求項8】
対象物に対して被験者が関心を持つ度合いを示す魅力度を推定するためのプログラムであって、コンピュータを、
前記対象物によって前記被験者の五感のうちの少なくとも1つが刺激されてから1000ミリ秒以内に得られる前記被験者の脳波データを取得する脳波データ取得部と、
前記脳波データから事象関連電位を取得するERP取得部と、
前記事象関連電位に基づいて、前記魅力度を推定する推定部と、
として機能させ
前記推定部は、前記事象関連電位に基づいて、前記対象物を前記被験者が知っている度合いを示す親密度を推定する親密度推定部と、前記推定された親密度に基づいて、前記魅力度を推定する魅力度推定部と、を含む、プログラム。
【請求項9】
対象物に対して被験者が関心を持つ度合いを示す魅力度を推定するための推定システムであって、
前記対象物によって前記被験者の五感のうちの少なくとも1つを刺激するための五感刺激装置と、
前記被験者の脳波を測定して脳波データを出力する脳波計と、
前記脳波計から前記対象物によって前記被験者の五感のうちの少なくとも1つが刺激されてから1000ミリ秒までの間の前記脳波データを取得し、前記脳波データに基づいて事象関連電位を取得し、前記事象関連電位に基づいて前記魅力度を推定するための処理装置と、
を備え
前記処理装置は、前記事象関連電位に基づいて、前記対象物を前記被験者が知っている度合いを示す親密度を推定する親密度推定部と、前記推定された親密度に基づいて、前記魅力度を推定する魅力度推定部と、を含む、推定システム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、対象物に対する魅力度の推定装置、プログラム及び推定システムに関する。
【背景技術】
【0002】
従来、潜時の長い脳活動の変動から商品等の対象物に対する感情等を推定する手法がある(例えば、特許文献1)。特許文献1の技術は、数十秒から数分以上の潜時の長い脳活動から対象物に対する感情を推定する。こうした数秒以上の脳活動は、高次認知過程を全て含む最終的な判断、または、その判断に対する意味づけの過程を含む情報処理を分析するものである。そうした高次認知過程後の判断には、本人の本能的な嗜好や直感的な興味だけでなく、実験環境や自己判断のメタ認知などが含まれる。
【0003】
実験心理学研究において、対象物に対する感情は、1秒以内で本能的又は直感的に無意識のうちに判断されると言われている。そうなると、対象物に対する感情は、一次的には1秒以内に本能的又は直感的に処理され、それ以降は、例えば対象物の意味や効能、価格などの対象物の付随的情報やその人が置かれる状況や環境等を考慮して言語的解釈に沿って処理されると言える。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開2015-229040号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
被験者の脳活動の変動からその対象物に対して魅力に感じる度合い(以下、魅力度という)を推定することが想定される。しかし、仮に従来の推定手法を用いて上記魅力度を推定する場合、その被験者から得られる1秒以降の潜時の長い脳活動の変動を用いることになる。そのため、従来手法による魅力度の推定結果は、その被験者の対象物に対する言語的な思考等に影響を受けやすく、商品の付随的情報とそのときの被験者の状況や環境等との関係によって変動しやすいといえる。したがって、言語的な思考等に影響を受けにくく、客観的且つ信頼性の高い魅力の推定手法が求められている。
【0006】
上記を鑑み、本発明の目的は、商品と向き合った瞬間に本能的又は直感的に生じる魅力を推定する手法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記課題を解決するために、本発明のある態様の推定装置は、
対象物に対して被験者が関心を持つ度合いを示す魅力度を推定するための推定装置であって、
前記対象物によって前記被験者の五感のうちの少なくとも1つが刺激されてから1000ミリ秒までの間の前記被験者の脳波データを取得する脳波データ取得部と、
前記脳波データから事象関連電位を取得する事象関連電位取得部と、
前記事象関連電位に基づいて、前記魅力度を推定する推定部と、
を含む。
【0008】
本発明の他の態様のプログラムは、
対象物に対して被験者が関心を持つ度合いを示す魅力度を推定するためのプログラムであって、コンピュータを、
前記対象物によって前記被験者の五感のうちの少なくとも1つが刺激されてから1000ミリ秒以内に得られる前記被験者の脳波データを取得する脳波データ取得部と、
前記脳波データから事象関連電位を取得するERP取得部と、
前記事象関連電位に基づいて、前記魅力度を推定する推定部と、
として機能させるためのプログラムである。
【0009】
本発明のさらに他の態様の推定システムは、
対象物に対して被験者が関心を持つ度合いを示す魅力度を推定するための推定システムであって、
前記対象物によって前記被験者の五感のうちの少なくとも1つを刺激するための五感刺激装置と、
前記被験者の脳波を測定して脳波データを出力する脳波計と、
前記脳波計から前記対象物によって前記被験者の五感のうちの少なくとも1つが刺激されてから1000ミリ秒までの間の前記脳波データを取得し、前記脳波データに基づいて事象関連電位を取得し、前記事象関連電位に基づいて前記魅力度を推定するための処理装置と、
を備える。
【0010】
なお、以上の任意の組み合わせや、本発明の構成要素や表現を方法、装置、プログラム、プログラムを記録した一時的なまたは一時的でない記憶媒体、システムなどの間で相互に置換したものもまた、本発明の態様として有効である。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、商品と向き合った瞬間に本能的又は直感的に生じる魅力を推定する手法を提供することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
図1】実施形態の推定システムの概略構成図である。
図2図1の処理装置として機能するコンピュータの構成例を示すブロック図である。
図3図1の処理装置の機能ブロック図である。
図4】実施形態の推定方法のフローを示す図である。
図5図5(a)は親密度が小さい場合の脳波データ(波形とERP)の例を示す図であり、図5(b)は親密度が大きい場合の脳波データの例を示す図である。
図6】親密度とERPの振幅の大きさ(値)の相関関係を例示する図である。
図7】実施形態のERP基準の求め方とこれを用いた親密度の推定方法を説明するための図である。
図8】親密度と魅力度との関係性をモデル化した図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明を好適な実施形態をもとに各図面を参照しながら説明する。実施形態および変形例では、同一または同等の構成要素には、同一の符号を付するものとし、適宜重複した説明は省略する。
【0014】
[実施形態]
まず、本実施形態の概要について説明する。本実施形態の推定装置は、被験者が対象物を見ることによって視覚が刺激されたときの被験者の脳波データから得られる事象関連電位(ERP)に基づいて、対象物に対する魅力度を推定する。ここでの魅力度は、対象物に対して被験者が関心を持つ度合いを示す。本実施形態の推定装置は、より潜在的で無意識的に「注意」が向けられるかどうか、商品を手に取りたいと思うかどうかを示す魅力度を被験者が対象物によって刺激を受けてから1000ミリ秒以内のプロセスにおいて推定する。
【0015】
より詳細には、本実施形態の推定装置は、ERPから、対象物をどのくらいよく知っているかを示す「親密度」を推定する。この親密度は高すぎても低すぎても商品として魅力に感じにくいというアイディアを利用し、この親密度の推定結果を非線形に変換することにより魅力度が推定される。
【0016】
図1は、本発明の一実施形態の被験者が対象物に対して感じる魅力度を推定するための推定システムの構成を示す図である。推定システム30は、表示装置2と、脳波計3と、処理装置4と、入力装置5と、を備える。
【0017】
表示装置2は、対象物の画像9を被験者1に向けて表示する。本実施形態の表示装置2は、ヘッドマウントディスプレイ(HMD)であるが、これに限定されず、例えば液晶表示画面(タッチ式パネルを含む)を有するタブレット型端末又はスマートフォン等の処理装置4と無線通信可能な表示装置であってもよい。本実施形態の表示装置2は、対象物によって被験者1の五感のうちの少なくとも1つを刺激するための五感刺激装置の一例である。
【0018】
脳波計3は、表示装置2への対象物の画像9の表示に同期して被験者1の脳波を測定して、脳波データとして処理装置4に出力する。脳波計3は、被験者1の頭部に付けた探査電極7と耳に付けた基準電極8との間で生ずる微小な電位差を検出し、その電位差を内蔵する差動増幅器で増幅して脳波(EEG)として得ることができる。
【0019】
処理装置4は、脳波計3からの被験者1の脳波データを処理して、対象物に対する魅力度を推定する。本実施形態の処理装置4は、推定装置の一例である。処理装置4は、例えばコンピュータ(PC)で構成することができる。
【0020】
図2は、図1の処理装置4として機能するコンピュータ(PC)の構成例を示すブロック図である。処理装置4は、バス42を介して相互に接続された演算処理装置(CPU)40と、記憶手段41と、各種I/F43と、を含む。各種I/F43は、入力I/F、出力I/F、外部記憶I/F、外部通信I/F等を含む総称として用いられる。各I/Fは、それぞれ対応するキーボード、マウス、通信ポート等の入出力手段44、CRT、LCD等の表示手段45、USB接続の半導体メモリやHDD等の外部記憶手段46等に接続する。記憶手段41は、RAM、ROM、フラッシュメモリ等の半導体メモリ、HDD等によって構成される。キーボードやマウスからなる入出力手段44は図1の入力装置5として用いることができ、表示手段45は表示装置2として用いることができる。表示装置2がタッチ式パネルの場合は、そのパネル自体を入力装置として用いることができる。処理装置4では、脳波計3から受け取った脳波データが記憶手段41に記憶される。記憶手段41は、CPU40における各種制御を実行するための各種プログラムを記憶している。処理装置4は、記憶手段41に記憶された複数の脳波データを加算平均処理して事象関連電位(ERP)を算出する等の各処理を実行する。その処理の詳細については後述する。
【0021】
入力装置5は、被験者1を含むユーザによる入力を行うための装置である。図1では、入力装置5として手6で操作するマウス5を例示している。入力装置5は、これに限定されず、例えばタッチ式パネル等であってもよい。
【0022】
図3は、図1の処理装置4の機能ブロック図である。以下の図に示す各機能ブロックは、ハードウェア的には、演算機能、制御機能、記憶機能、入力機能、出力機能を有するコンピュータや、各種の電子素子、機械部品等で実現され、ソフトウェア的にはコンピュータプログラム等によって実現されるが、ここでは、それらの連携によって実現される機能ブロックが描かれる。したがって、これらの機能ブロックがハードウェア、ソフトウェアの組合せによって様々な形態で実現できることは、当業者には理解されるところである。
【0023】
図3の処理装置4は、脳波データ取得部101と、ERP取得部102と、推定部103と、表示制御部104と、を含む。
【0024】
脳波データ取得部101は、対象物によって視覚が刺激されたときの被験者1の脳波データを取得する。
【0025】
ERP取得部102は、脳波データからERPを取得する。
【0026】
推定部103は、ERPに基づいて、魅力度を推定する。推定部103は、親密度推定部111と、魅力度推定部112と、を含む。親密度推定部111は、ERPに基づいて、対象物を被験者が知っている度合いを示す親密度を推定する。魅力度推定部112は、推定された親密度に基づいて、魅力度を推定する。
【0027】
表示制御部104は、表示装置2の表示画面に表示させる画像を制御する。
【0028】
図4は、本実施形態の推定方法のフローを示す図である。図4の推定処理S10は、例えば図1の推定システム30において、処理装置4の制御下で実行することができる。本実施形態では、一例として、対象物のデザインについて魅力度が推定されるものとする。
【0029】
ステップS11で、脳波データ取得部101は、後述のステップS12の画像表示の開始前の被験者1の脳波を脳波計3を用いて取得する。本実施形態では、脳波データ取得部101は、後述のステップS12の画像表示によって視覚が刺激される前100ミリ秒から0ミリ秒までの間の被験者1の脳波データを取得する。ステップS11で得られた脳波データを用いて、ベースラインが設定される。具体的な脳波の測定方法は、ステップS13で後述する。
【0030】
ステップS12で、表示制御部104は、表示装置2の表示画面に対象物の画像9を表示させる。ここでの対象物には、画像としてイメージ化可能な製品、商品、建築物、景色(風景)、動物、ロゴマークなど、基本的に人がどれだけ魅力に感じるかを調べたい全てのものが含まれる。例えば、製品には、自動車、家、機械の操作盤などが含まれ、商品には洋服、食器、家具、食品等など流通販売されているあらゆるものについての本体や内容物のデザイン、パッケージやケースのデザイン、あるいは広告宣伝画像などが含まれ得る。本実施形態の表示制御部104は、表示装置2としてのHMDを被験者1が装着した状態において、HMDに対象物の画像9として仮想現実(VR)画像を表示させる。このVR画像は、被験者1が頭部を動かしても、常に同じ距離に同じ視野角で表示されるように制御される。このようにVR画像を表示することにより、どこで評価テストをしても計測条件を安定させることができる。画像9は、写真やイラストなどの静止画像だけでなく時間変化する動画像でもよい。対象物の画像9を表示する前に、眼球の動きを安定させて脳波を計測しやすくするための注視点画面が表示されてもよい。
【0031】
対象物の画像9の表示には、大きく分けて2つの目的がある。1つ目は、(i)被験者の親密度が不明な対象物の画像を表示する場合である。2つ目は、(ii)被験者にとって既知であって親密度が分かっている対象物の画像を表示する場合である。後者の(ii)は、前者の(i)の親密度を推定する上で必要となるERP基準を求めるために(i)の測定に先立って、あるいは並行して(連続して)行うものである。いずれの場合でも、画像の表示は約500ミリ秒程度行い、複数の画像を表示する場合は各画像の表示の間に約1秒程度の間隔を空けることが望ましい。1つの画像について、複数回(例えば10~20回)このサイクルで繰り返して表示する。約500ミリ秒の画像表示は、上述した本発明者らが得た知見である、画像を表示した時点から約400ミリ秒後に有効な脳波データが得られることから400ミリ秒以上の時間として約500ミリ秒として選択したものである。したがって、画像表示の時間は基本的に少なくとも400ミリ秒以上であれば例えば450ミリ秒あるいは550ミリ秒などであっても良い。
【0032】
ステップS13で、脳波データ取得部101は、ステップS12の画像表示の開始後の被験者1の脳波を脳波計3を用いて取得する。具体的には、脳波データ取得部101は、脳波計3を用いて1回(1サイクル)の画像表示毎に得られた被験者1の頭部に付けた探査電極7と耳に付けた基準電極8との間で生ずる微小な電位差を検出し、その電位差を内蔵する差動増幅器で増幅して脳波(EEG)として得る。脳波データ取得部101は、得られた脳波(EEG)から脳波データを取得して記憶手段41に記憶させる。具体的には、脳波データ取得部101は、脳波計3が得られた脳波(EEG)をフィルタリング処理してノイズを除去した後に、脳波計3に内蔵されるあるいは外付けのA/D変換器でデジタル信号(脳波データ)に変換して、処理装置4に送る。処理装置4は、脳波データ取得部を介して受け取った脳波データを記憶手段41に記憶させる。
【0033】
ステップS14で、ERP取得部102は、S11で得られた脳波データに基づいて設定されたベースラインを基準にして、記憶手段41に記憶された複数の脳波データを加算平均処理することによりERPを取得する。図5に脳波データ(波形とERP)の例を示す。横軸の時間(ミリ秒)は画像表示(刺激)の開始時刻からの経過時間を示す。図5(a)と図5(b)とで被験者1にとって魅力度が異なる対象物の画像を表示した場合のデータが示されている。ここでは図5(a)は親密度が比較的小さい場合、図5(b)は親密度が比較的大きい場合を示す。
【0034】
図5(a)と図5(b)とで上側の複数の重なり合った波形は、同一の画像について複数回の試行(画像表示)をした際のEEGである。図5(a)と図5(b)とで下側の波形は、いずれも複数の脳波データを加算平均処理して得られたERPの波形の例を示している。2つのERP波形の比較から、図5(a)の親密度の小さい場合のERP波形では約200ミリ秒で振幅変動(減少)があるのに対して、図5(b)の親密度が大きい場合のERP波形では、約100ミリ秒で振幅増加があり、さらに約300~400ミリ秒において比較的大きな振幅減少があることがわかる。ERP取得部102は、取得したERPを親密度推定部111に供給する。
【0035】
ステップS15で、親密度推定部111は、ERP取得部102から供給されたERPに基づいて、親密度を推定する。親密度推定部111は、親密度の推定結果を魅力度推定部112に供給する。以下、親密度の推定方法について説明する。
【0036】
親密度推定部111は、ステップS14で算出したERPとERP基準とを比較する。ERP基準は、被験者毎に予めあるいは当該比較に先立って求められた、親密度のレベルに対応したERPの振幅の大きさ(値)、すなわち親密度とERPの振幅の大きさ(値)の相関を表したもので、例えば図6に示すグラフのように、両者の対応関係が一義的に決める(相関がある)ものである。図6の例では、親密度が大きくなるとERPも線形に増加する関係を示している。図6に例示されるような対応関係は1つの表データとして記憶手段41に保管することができる。このようなERP基準は例えば以下のように求めることができる。
【0037】
ERP基準の算出において、ERPを求めるまでのフローは、基本的に図4のステップS11~S14までと同様である。異なる点は、ステップS12において、被験者に見せる対象物の画像が、上述した(ii)被験者にとって既知であって親密度も分かっている対象物の画像であることである。具体的には、例えば親密度(x1,x2,,,,xn)が既知であって、かつ親密度の異なるn個の画像{R1(x1),R2(x2),R3(x3),,,,Rn(xn)}(n≧2)をランダムな順序で表示装置2に表示する。ここで、親密度(x)は、例えばその値が大きくなる程良く知っている(認知度が高い)ことを示す。各画像の表示毎にステップS13~S14を実行して、対応するERPを算出する。
【0038】
図7を参照しながら本発明の一実施形態のERP基準の求め方とこれを用いた親密度の推定方法を説明する。図7(a)は、個々の被験者1に評価対象となる対象物の画像9を表示画面2上で見せた時に得られるERPである。この時、ERP基準を求めるため、被験者1にとって既知であって親密度も分かっている対象物の画像を表示する。ここでは、個別の評価対象となる既知の対象物の画像ごとに脳波データを加算平均してERPを得ることができる。なお、図7(a)のERPでは、2種類の評価対象に対するERP波形を示しているが、実際には、評価対象は多数あり(仮にN個とする)、ERP波形は評価対象の数(N)だけ存在する。
【0039】
図7(a)の2つの評価対象のERP波形のうち、時刻tのERP波形の振幅がこの図ではP1(t)、P2(t)である。また、各評価対象については、同時にそれぞれ親密度の主観評定値が設定されており、仮に上記の2つの評価対象の親密度の主観評定値を図のようにaとbとする。このように計測された評価対象物N個に対する時刻tのERP振幅Pi(t)と親密度の主観評定値をそれぞれ縦軸と横軸にとり、3つの時刻t=t、t、tの散布図を描いたのが図7(b)、図7(c)、図7(d)の3つの図である。各図において示される相関係数r(t)は、それぞれの時刻t=t、t、tについて相関解析を行った結果として得られるものである。図中の関係からERP波形の振幅P1(t)、P2(t)と親密度(親密度の主観評定値)a、bの対応関係が一義的に決められることが分かる。
【0040】
時刻t=t、t、tについて相関解析を行った結果として得られる図7(e)に示すグラフから、相関係数r(t)が最大になる時刻(t=t)、あるいはその前後の時間帯を決定する。この時刻(あるいは時間帯)における親密度の主観評定値とERP振幅を示す図7(c)の散布図が、ERP振幅Pi(t)から親密度の主観評定値を推定するモデル、すなわち、ERP基準(ERP振幅と親密度の対応関係)となる。
【0041】
親密度推定部111は、例えば上記したようにして得られた図7(c)に示すERP基準を用いて、被験者にとって親密度が不明な評価対象物の親密度を推定する。具体的には、上述したステップS12において、被験者に親密度が不明な評価対象の商品等の画像を見せた際に、ステップS13~S14で算出するERPの時刻t=tでの振幅P(t)を、図7(c)に示すERP基準(ERP振幅P(t)と親密度の関係)に当てはめて(比較して)、その振幅P(t)に対応する親密度を求める。
【0042】
なお、図7(b)~(d)では、ERP振幅P(t)と親密度の主観評定値との間に線形な関係があることを前提とした図となっているが、ERP振幅P(t)と親密度の主観評定値との間の関係を記述するモデルとして非線形関数近似(例えば対数関数)を用いることも可能である。また、以上説明した実施形態では、親密度の主観評定値を推定する脳波指標として、各評価対象の画像表示に対するERPを用いているが、評価対象の画像表示にともなって生じるα波、β波、θ波、γ波の強度の変化を脳波指標として用いる方法を採用することが可能である。
【0043】
ステップS16で、魅力度推定部112は、親密度の推定結果に基づいて、魅力度を推定する。以下、魅力度の推定方法について説明する。
【0044】
図8を参照する。親密度は高すぎても低すぎても商品として魅力に感じにくく、親密度の高低をそのまま魅力度の高低と対応させることはできない。そこで、本発明者らは、デザインとマーケティングでの知見から、親密度と魅力度との関係性をモデル化した(図8)。図8に示すモデルによると、対象物に対する親密度が高い順に、例えば、懐古的既視感、基軸(スタンダードモデル)、模倣既視感、進化、革新、斬新、奇抜、奇怪過ぎて理解不能、と被験者が感じるようになる。被験者が対象商品に対して進化、革新、斬新と感じるところが、市場に受け入れられる商品の合格範囲となりやすい。図8に示すように、商品の種類や時代背景などによらず、親密度が非常に高いデザインも親密度が非常に低いデザインも、商品デザインとしての訴求効果が小さいと考えられる。
【0045】
本実施形態では、上述のような親密度と魅力度との関係性を踏まえて親密度を魅力度に適切に変換するため、下記の式(1)に示すガウス関数h(x)を用いる。
【0046】
【数1】
【0047】
ここで、ガウス関数h(x)は、親密度xを魅力度に変換する釣鐘型の関数である。cはガウス関数h(x)の釣鐘状のグラフ形状の幅(なだらかさの度合い)を決定するための幅決定係数である。幅決定係数cは、対象物のカテゴリに応じて決定される。例えば、幅決定係数cは、推定したい対象商品と同じカテゴリの他の複数の参考商品に対して推定された親密度を正規化した際の偏差σ、または対象商品のカテゴリに応じてユーザによって設定可能な任意の値とすることができる。dはh(x)の中央値を決定するための中央値補正係数である。ガウス関数h(x)は、x=dである時に最大値となり、式中の幅決定係数cが大きくなるほど、すそが広がったなだらかな曲線形状となる。中央値補正係数d(関数の中央値)は、対象物のカテゴリに応じて決定される。
【0048】
中央値補正係数dは、以下の式(2)で表される。式(2)中、Tは減衰係数、α及びβはユーザが任意の値に設定可能な線形変換係数を示す。
d=αT+β 式(2)
【0049】
減衰係数Tは対象となる商品カテゴリに対する商品価値を示し、その商品カテゴリのマーケティングデータに基づいて設定される。スタンダードな商品の価値が長期的に維持されるほど減衰係数は小さく設定され、短期的にスタンダートが変遷していく商品カテゴリでは、減衰係数は大きく設定される。本実施形態の減衰係数Tは、例えば、あるカテゴリのN個の商品について、商品nの発売時の生産量をF(n)として、発売からt時間後の生産量をF(n)として、下記の式(3)を用いて設定される。
【0050】
【数2】
【0051】
なお、減衰係数Tは、その商品カテゴリのマーケティングデータに基づくユーザ入力に基づいて任意に設定されてもよい。減衰係数Tを調整することにより、中央値補正係数dが変動する。そのため、その商品カテゴリの市場価値の特性に合わせて、h(x)の中央値を調整することが可能となる。
【0052】
魅力度推定部112は、上述のように対象物のカテゴリに応じて設定された幅決定係数c及び中央値補正係数dに対応するようにガウス関数h(x)のグラフ形状の幅及び中央値をフィッティングする。魅力度推定部112は、ステップS15で推定された親密度をフィッティングしたガウス関数h(x)に入力することで、魅力度を推定する。魅力度推定部112は、推定した魅力度を表示制御部104に供給する。
【0053】
ステップS17で、表示制御部104は、魅力度を出力する。本実施形態の表示制御部104は、表示装置2の表示画面に魅力度を表示させる。これにより、被験者1が対象物に対して感じる魅力度を把握することが可能となる。
【0054】
ステップS17の後、推定処理S10は終了する。
【0055】
本実施形態の作用及び効果を説明する。
【0056】
本実施形態によると、短時間の少ない脳波データから商品を見た瞬間に生じる自動的で潜在的な興味である「魅力度」を推定することが可能となる。その結果、消費者が各種商品に対して感じる魅力度を定量的かつ客観的なデータとして得ることが可能となる。また、視覚が刺激されてから1000ミリ秒までの間の短いデータにより推定可能であるため、より短時間で魅力度の推定のための試験等を実施することが可能となる。
【0057】
本実施形態では、魅力度の推定に用いられる脳波データは、視覚が刺激されてから400ミリ秒経過後から1000ミリ秒までの間の脳波データである。この構成によると、魅力度の推定に有効な脳波データが得られるため、魅力度の推定精度が向上する。
【0058】
本実施形態では、推定部103は、推定された親密度に基づいて、魅力度を推定する。この構成によると、比較的高い精度で得られる親密度に基づいて魅力度が推定されるため、魅力度の推定精度が向上する。
【0059】
本実施形態では、ステップS11で視覚が刺激される前100ミリ秒から0ミリ秒までの間の被験者1の脳波データを用いて、ベースラインが設定される。この構成によると、画像表示によって被験者1の視覚が刺激される直前の脳波データがベースラインとして設定されるため、脳波データを有効に解析でき、魅力度の推定精度が向上する。
【0060】
(変形例)
以下、実施形態の変形例を説明する。
【0061】
処理装置4は、推定した魅力度に基づいて、被験者1が対象物に対して魅力を感じているか否かを判定する判定部をさらに備えてもよい。この場合の判定方法の例を以下に説明する。例えば、この判定部は、対象物のカテゴリに属する他の参考対象物についての魅力度を算出し、対象物の魅力度が、対象物のカテゴリに属する全対象物の魅力度のうち、上位何%に含まれるかを算出する。ここで、記憶手段に、被験者1が対象物に対して魅力を感じるか否かの基準である評価基準値を記憶しておく。評価基準値は、被験者1が全対象物についての魅力度のうち上位何%を対象物に対して魅力を感じるとするのかを示す。この評価基準値は予め評価者によって設定される。判定部は、評価基準値によって示されるパーセンテージ(例えば20%)に魅力度評価値によって示されるパーセンテージ(例えば10%)が含まれる場合、被験者1が対象物に対して魅力を感じていると判定する。判定部は、判定結果を表示制御部104に供給する。表示制御部104は、表示装置2の表示画面にその判定結果を表示させる。また、判定部は、推定された魅力度と所定の魅力度閾値との比較に基づいて、被験者1が対象物に対して魅力を感じているか否かを判定してもよい。この場合、判定部は、推定された魅力度が魅力度閾値よりも大きい場合、被験者1が対象物に対して魅力を感じていると判定すればよい。
【0062】
実施形態では、被験者1が対象物を見ることによって視覚が刺激されたときの被験者1の脳波データが用いたが、視覚に限定されず、対象物によって被験者1の五感(視覚、味覚、嗅覚、触覚、聴覚)のうちの少なくとも1つが刺激されたときの脳波データが用いられてもよい。
【0063】
実施形態では、視覚を刺激するために対象物の画像が表示されたが、これに限定されず、例えば、被験者1に対象物の実物が提示されてもよい。
【0064】
親密度の推定方法は上記ステップS15で述べた方法に限定されない。親密度は、他の種々の方法によって推定可能である。
【0065】
実施形態では、親密度に基づいて魅力度が推定されたが、これに限定されない。高すぎても低すぎても商品として魅力に感じにくく、その中央値近傍で商品として魅力に感じやすくなるようなパラメータであって、公知の方法によって推定可能なパラメータであればいずれのパラメータが用いられてもよい。例えば目新しさや珍しさの度合いを示す新奇度を用いて魅力度が推定されてもよい。脳波データ又はEPRを入力とし魅力度を出力とする学習モデルを機械学習し、この学習モデルに脳波データを入力して学習モデルから魅力度を得ることにより、魅力度が推定されてもよい。
【0066】
さらに、親密度と被験者1の緊張/リラックスの度合いとに基づいて魅力度が推定されてもよい。この場合、被験者1の緊張/リラックスの度合いは、被験者が対象物によって刺激を受けてから500ミリ秒までの間のERPについての時間周波数分析によるα抑制に基づいて推定されればよい。
【0067】
実施形態では、式(1)に示すガウス関数h(x)を用いて親密度から魅力度が推定されたが、これに限定されない。魅力度yの推定に用いられる関数y=f(x)は、親密度が比較的高い値と比較的低い値との間の範囲において上に凸な関数であればよい。関数f(x)は、親密度が比較的高い値又は比較的低い値のときに魅力度の値が比較的低くなり、親密度が比較的高い値と比較的低い値との間の値であるときに魅力度の値が比較的高くなるような関数であればよい。例えば、関数f(x)は、下記の式(4)に例示されるファジィ推論メンバシップ関数μ(x)(=f(x))であってもよいし、正弦波や三角波などにおいて上に凸な部分の曲線形状を有する関数であってもよい。
【0068】
【数3】
【0069】
探査電極7と基準電極8とを複数組設け、これらの複数組の電極から得られた脳波データを組み合わせて、魅力度が推定されてもよい。
【0070】
実施形態では、ベースラインの設定用に、ステップS11で視覚が刺激される前100ミリ秒から0ミリ秒までの間の被験者1の脳波データを取得したが、これに限定されない。視覚が刺激される前100ミリ秒より前の脳波データを用いてベースラインが設定されてもよいし、事前に被験者1の脳波データを測定して、その測定データに合わせて予めベースラインが設定されてもよい。
【符号の説明】
【0071】
1 被験者、 2 表示装置、 3 脳波計、 4 処理装置、 5 入力装置、 30 推定システム、 101 脳波データ取得部、 102 ERP取得部、 103 推定部、 104 表示制御部、 111 親密度推定部、 112 魅力度推定部。
図1
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図8