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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-11-13
(45)【発行日】2024-11-21
(54)【発明の名称】がん細胞の評価方法および評価デバイス
(51)【国際特許分類】
   C12Q 1/06 20060101AFI20241114BHJP
   C12M 1/34 20060101ALI20241114BHJP
   G01N 33/48 20060101ALI20241114BHJP
   G01N 33/52 20060101ALI20241114BHJP
【FI】
C12Q1/06
C12M1/34 D
G01N33/48 M
G01N33/52 C
【請求項の数】 9
(21)【出願番号】P 2020098505
(22)【出願日】2020-06-05
(65)【公開番号】P2021191238
(43)【公開日】2021-12-16
【審査請求日】2023-05-11
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 ウェブサイト掲載日 令和1年7月17日 科学研究費助成事業データベース 掲載ウェブサイトのアドレス https://kaken.nii.ac.jp/grant/KAKENH-PROJECT-19K15373/
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 第71回日本細胞生物学会大会講演要旨集 発行日 令和1年6月6日 第71回日本細胞生物学会大会 開催日 令和1年6月24日~26日
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 第71回(2019年)日本生物工学会大会講演要旨集 発行日 令和1年8月9日 第71回(2019年)日本生物工学会大会 開催日 令和1年9月16日~18日
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 第13回バイオ関連化学シンポジウム講演要旨集 発行日 令和1年9月4日 第13回バイオ関連化学シンポジウム 開催日 令和1年9月4日~6日
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 日本化学会第100春季年会(2020)講演予稿集DVD 発行日 令和2年3月5日
(73)【特許権者】
【識別番号】301021533
【氏名又は名称】国立研究開発法人産業技術総合研究所
(74)【代理人】
【識別番号】110002860
【氏名又は名称】弁理士法人秀和特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】山岸 彩奈
(72)【発明者】
【氏名】中村 史
【審査官】野村 英雄
(56)【参考文献】
【文献】GAUB, B.M., et al.,"Mechanical Stimulation of Piezo1 Receptors Depends on Extracellular Matrix Proteins and Directionality of Force.",NANO LETT.,2017年,Vol.17, No.3,pp.2064-2072
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12Q 1/00- 3/00
C12M 1/00- 3/10
C12N 1/00- 7/08
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
がん細胞の転移能および/または浸潤能を評価する方法であって、インビトロで、がん細胞に外圧を負荷し、がん細胞からの塩素イオンの排出を測定することを特徴とし、
(1)その評価対象のがん細胞における測定値を、同じ外圧を負荷した野生型細胞または転移能および浸潤能が低いがん細胞(これらの細胞を陰性コントロール細胞ともいう)から排出された塩素イオンの測定値と比較し、その評価対象のがん細胞における測定値が陰性コントロール細胞における測定値と同等またはそれ以下である場合、その評価対象のがん細胞は転移能および/または浸潤能が低いと評価されるものであり;または
(2)その評価対象のがん細胞における測定値を、同じ外圧を負荷した陰性コントロール細胞から排出された塩素イオンの測定値と比較し、その評価対象のがん細胞における測定値が陰性コントロール細胞における測定値よりも高い場合、その評価対象のがん細胞は転移能および/または浸潤能が高いと評価されるものであり;または
(3)その評価対象のがん細胞における測定値を、同じ外圧を負荷した転移能および浸潤能が高いがん細胞(この細胞を陽性コントロール細胞ともいう)から排出された塩素イオンの測定値と比較し、その評価対象のがん細胞における測定値が陽性コントロール細胞における測定値と同等またはそれ以上である場合、その評価対象のがん細胞は転移能および/または浸潤能が高いと評価されるものであり;または
(4)その評価対象のがん細胞における測定値を、同じ外圧を負荷した陽性コントロール細胞から排出された塩素イオンの測定値と比較し、その評価対象のがん細胞における測定値が陽性コントロール細胞における測定値よりも低い場合、その評価対象のがん細胞は転移能および/または浸潤能が低いと評価されるものである、方法。
【請求項2】
前記外圧の負荷が細胞膜を押しつけるための器具を用いて行われる、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記器具が、先端部に細胞接触部材を接着させたカンチレバーである、請求項2に記載の方法。
【請求項4】
前記塩素イオンの排出は塩素イオン検出用の蛍光色素を用いて測定される、請求項1~3のいずれか一項に記載の方法。
【請求項5】
細胞内に前記蛍光色素を添加して測定を行う、請求項4に記載の方法。
【請求項6】
前記外圧の負荷が請求項3に記載の器具を用いて行われ、当該器具の細胞接触部が前記蛍光色素を含み、細胞外に排出された塩素イオンと前記蛍光色素との反応に基づいて測定を行う、請求項4に記載の方法。
【請求項7】
前記蛍光色素がN-Ethoxycarbonylmethyl-6-methoxyquinolinium bromide(MQAE)である
、請求項4~6のいずれか一項に記載の方法。
【請求項8】
先端部に細胞接触部材を接着させたカンチレバーを含み、かつ塩素イオン検出用の蛍光色素を含む、がん細胞分析用デバイス。
【請求項9】
前記細胞接触部の表面に、前記蛍光色素を含有するイオン透過ゲルがコートされている、請求項に記載のデバイス。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、診断や研究分野などで使用されるがん細胞の評価方法および評価デバイスに関する。
【背景技術】
【0002】
がん検査の一つとして実施される細胞診では、病変部から直接採取した細胞に対し、固定・染色を行い病理医が顕微鏡で観察することで悪性がん細胞が含まれるかどうかの診断を行う。この検査によりがんの早期発見を行うとともに、手術により病変部から組織を採取し精密な検査を行うかどうか判断するが、現在の手法では染色された細胞における核の形態、細胞の重積性、壊死細胞の有無といった形態の情報からがん細胞であるか否かを判断することに留まっている。一方で、組織診断における免疫診断が、マーカー分子の検出によりがん細胞種の同定や治療法の選択のために利用されているが、がんの悪性度の評価は、組織中に他臓器由来のがん細胞が存在するか、周辺組織やリンパ管にがん細胞が存在するかを指標としており、既に浸潤・転移したがん細胞が存在しなければその細胞の悪性度を判断することが出来ない。
【0003】
がんの早期発見、早期治療のためには、がん細胞自体の浸潤能を評価することが重要である。
がん細胞の浸潤能を評価する方法として、細胞より小さな孔をもつボイデンチャンバーを用いた手法が知られており、この方法では、チャンバーに播種した細胞のうち孔を通過した細胞数を計測することで浸潤能が評価される(特許文献1:特開2018-201494)。
また、創傷治癒アッセイという手法では、培養がん細胞の単層に引っ掻き傷を作成し、損傷した領域を細胞が移動し埋める時間を計測することで浸潤能が評価される。
しかしながらこれらの手法では、細胞が浸潤するまで十分な時間インキュベートする必要がある。
また、機械的応力をがん細胞に与えた時の応力方向へのひずみを測定することで浸潤性がん細胞の存在を評価する手法も知られている(特許文献2:特表2013-541338)。しか
しこの手法では、正常細胞のひずみ値と比較しなければ浸潤・非浸潤の判定をすることができず、さらに、この手法で測定されるひずみ値は細胞の弾性率に基づく値であり、浸潤性を評価することはできない。
【0004】
ところで、塩素チャネルは細胞膨張時に塩素イオンの排出を行うことで細胞内浸透圧を減少させ、細胞容積を調節する機能を有している。塩素チャネルの一つとしてchloride intracellular channel 1 (Clic1)が知られており、Clic1をノックダウンすることにより
がん細胞の浸潤能が抑制された(非特許文献1:Oncol Rep. 2019 Oct;42(4):1380-1390
)ことから、塩素イオンと癌細胞の浸潤能の関係が示唆されている。
しかしながら、塩素イオンとがん細胞の転移・浸潤能との詳細な関係性は不明であり、がん細胞から排出される塩素イオンを精度良く測定し、がん細胞の評価に結びつける試みはなされていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開2018-201494
【文献】特表2013-541338
【非特許文献】
【0006】
【文献】Oncol Rep. 2019 Oct;42(4):1380-1390
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、がん細胞の転移能および/または浸潤能を評価する方法およびデバイスを提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは上記課題を解決するために鋭意検討を行った。
まず、発明者らは以下のように考えた。
がん転移過程では細胞が狭い隙間を通過することで浸潤していくが、このとき細胞膜が伸展することで機械刺激受容塩素イオンチャネルが開口し、細胞から塩素イオンが排出される。これに伴い細胞は水分子を細胞外に排出することで容積を減少させて浸潤することから、浸潤性の高いがん細胞は塩素イオン排出能が高く、このような系を再現してがん細胞の塩素イオン排出能を測定することでがん浸潤能を評価することが可能である、と考えた。
【0009】
そして、がん細胞における塩素イオン排出能の測定法について検討した。
従来法で最も高感度にイオンを測定する技術として、水溶液中のイオンをカラムで分離・定量するイオンクロマトグラフィーが挙げられるが、イオンクロマトグラフィーは、その場で測定できないため細胞近傍におけるイオン検出は不可能であり、細胞からの排出イオンを10μLの溶液サンプルとして回収したとしても、その濃度は約40 pmol/Lであり、イオンクロマトグラフィーの検出限界(300 nmol/L)では感度が足りないことから、独自の測定法を検討した。
【0010】
そして、がん細胞浸潤時における塩素イオンの排出を、外圧により機械的に細胞膜を伸展させることで再現し、さらに、細胞に対する外圧負荷とほぼ同時に細胞近傍または細胞内における塩素イオンの濃度変化を検出することで、細胞に外圧が負荷された際の塩素イオン排出能を評価することができることを見出し、外圧負荷に伴う塩素イオン排出能の測定に適したデバイスの作製にも成功し、本発明を完成させるに至った。
【0011】
本発明の要旨は以下の通りである。
[1]がん細胞の転移能および/または浸潤能を評価する方法であって、インビトロで、がん細胞に外圧を負荷し、がん細胞からの塩素イオンの排出を測定することを特徴とする、方法。
[2]前記外圧の負荷が細胞膜を押しつけるための器具を用いて行われる、[1]に記載の方法。
[3]前記器具が、先端部に細胞接触部材を接着させたカンチレバーである、[2]に記載の方法。
[4]前記塩素イオンの排出は塩素イオン検出用の蛍光色素を用いて測定される、[1]~[3]のいずれかに記載の方法。
[5]細胞内に前記蛍光色素を添加して測定を行う、[4]に記載の方法。
[6]前記外圧の負荷が[3]に記載の器具を用いて行われ、当該器具の細胞接触部材が前記蛍光色素を含み、細胞外に排出された塩素イオンと前記蛍光色素の反応に基づいて測定を行う、[4]に記載の方法。
[7]前記蛍光色素がN-Ethoxycarbonylmethyl-6-methoxyquinolinium bromide(MQAE)
である、[4]~[6]のいずれかに記載の方法。
[8]先端部に細胞接触部材を接着させたカンチレバーを含む、がん細胞分析用デバイス。
[9]塩素イオン検出用の蛍光色素を含む、[8]に記載のデバイス。
[10]前記細胞接触部材の表面に、前記蛍光色素を含有するイオン透過ゲルがコートさ
れている、[9]に記載のデバイス。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、外圧に応じてがん細胞から排出される塩素イオンを測定することができ、がん細胞の転移能および浸潤能をより正確に調べることができるので、がんの悪性度や予後の予測をできる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
図1】本発明の方法の第1の実施態様を示す図。
図2】がん細胞に外圧を負荷したときに排出される塩素イオンの量をMQAEの蛍光強度の変化として示したグラフ。外圧負荷時点を0分とし、蛍光強度の経時変化を示した。左はマウス細胞、右はヒト細胞での結果を示し、各細胞n=10で測定した。
図3】本発明の方法の第2の実施態様を示す図。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本発明の方法は、がん細胞の転移能および/または浸潤能を評価する方法であって、インビトロで、がん細胞に外圧を負荷し、がん細胞からの塩素イオンの排出を測定することを特徴とする。
【0015】
解析対象のがん細胞については、哺乳動物由来のがん細胞であればよく、ヒト、マウス、ラットなどのがん細胞が挙げられるが、ヒトのがん細胞であることが好ましい。がん細胞は株化された培養細胞でもよいし、生体から単離されたがん細胞でもよい。また、がん組織をそのまま解析に使用してもよい。がんの種類は特に制限されず、胃がん、肺がん、すい臓がん、肝がん、大腸がん、前立腺がん、乳がん、子宮頸がんなどが挙げられる。
【0016】
外圧の負荷は、細胞外から細胞膜に対して圧力を負荷する手段であればいかなる手段で行ってもよいが、機械的手段によって細胞膜を押し付ける態様が好ましい。また、細胞外から細胞膜に対して圧力を負荷することで、図1に示すように、細胞膜を横(細胞膜と平行)方向に伸張させる力であることが好ましい。外部から細胞膜を押し付ける態様でもよいし、細胞膜を引っ張る態様でもよい。
【0017】
外圧の負荷は、細胞の表面積と同等~1/10程度の接触面(例えば、接触面積30~300 μm2)を持った部材を用いて行うことが好ましい。このような部材は、持ち手の先端に細胞接触部材を接着されたデバイスが挙げられる。細胞接触部材としては上記のような接触面を有するものであればその形状は制限されず、平板状でも球状(略球状含む)でも半球状(略半球状含む)でもよい。細胞接触部材の素材は特に制限されず、有機ポリマーや金属などが例示される。球状の場合は、粒径が5~20 μmが好ましい。
一例として、走査型プローブ顕微鏡(SPM)や原子力間顕微鏡(AFM)などで使用されるカンチレバーの先端部に上記のような細胞接触部材を接着させたものが挙げられる。
【0018】
負荷される外圧の強度は外圧負荷により細胞膜を介して塩素イオンの排出が観察される程度であればよく、細胞膜を横方向に伸張させることができる強度であることが好ましいが、例えば10~100 nNである。
外圧の負荷時間は外圧負荷に基づく塩素イオンの排出が観察されるのに十分な時間であればよく、例えば1分~15分である。
【0019】
塩素イオン(塩化物イオン)の排出量の測定は、細胞から排出された塩素イオンの量を定量できる方法であれば特に制限はないが、塩素イオンと特異的に結合する蛍光色素を使用することが好ましい。
【0020】
このような蛍光色素としては水溶性であり膜透過性を有する蛍光色素が好適に使用でき、例えば、塩素イオンと結合することで蛍光強度が減少する細胞膜透過性の蛍光試薬であるMQAEやSPQ(6-methoxy-N-(3-sulfopropyl)quinolinium)、BAC (10,10’-bis[3-carboxypropyl]-9,9’-biacridinium dinitrate)が挙げられる。
以下にMQAEと塩素イオンの反応について示す。
【化1】

λex=355 nm,λem=460 nm
【0021】
細胞に塩素イオンと結合する蛍光色素を導入し、塩素イオン排出時の蛍光強度の変化により塩素イオンの排出量を測定することができる。例えば、図1に示すように、細胞内に蛍光試薬を導入し、蛍光色素と塩素イオンの複合体を形成させる。がん細胞に外圧を負荷することにより塩素イオンが解離し、細胞外に放出されると蛍光色素の蛍光強度が増加するので、その強度に基づき、塩素イオンの排出量を測定することができる。
【0022】
一方、細胞外に蛍光色素を配置し、細胞外に排出された塩素イオンと反応させることで塩素イオンの排出量を測定することもできる。上記のような先端に細胞接触部材を有するカンチレバーなどの細胞膜押しつけ器具を用いる場合、当該器具の細胞接触部材表面に蛍光色素を担持させ、細胞外に排出された塩素イオンと蛍光色素の反応に基づいて測定を行うことができる。例えば、図3に示すように、MQAEなどの蛍光色素を含むゲルで細胞接触部材表面をコーティングし、これを用いて細胞に外圧を負荷することで、排出された塩素イオンと蛍光色素との相互作用により減少した蛍光強度から、同イオンの排出能を測定することができる。
【0023】
測定された塩素イオンの排出量をもとにがん細胞の評価を行うことができる。
例えば、外圧を負荷したのちに排出された塩素イオンの量を測定し、その値を野生型細胞または転移能および浸潤能が低いがん細胞(陰性コントロール)の測定値と比較する。塩素イオン排出量が陰性コントロールと比べて同等またはそれ以下である場合はそのがん細胞は転移能および/または浸潤能が低いと判定することができる。
また、塩素イオン排出量が陰性コントロールと比べて高い値(例えば、1.5倍以上または2倍以上)を示す場合はそのがん細胞は転移能および/または浸潤能が高いと判定することができる。
一方、塩素イオン排出量の測定値を転移能および浸潤能が高いがん細胞(陽性コントロール)の測定値と比較し、塩素イオン排出量が陽性コントロールと比べて同等またはそれ以上である場合はそのがん細胞は転移能および/または浸潤能が高いと判定することができ、陽性コントロールと比べて低い値(例えば、70%以下、または50%以下)を示す場合はそのがん細胞は転移能および/または浸潤能が低いと判定することができる。
【0024】
また、あらかじめ、カットオフ値を定めておき、その値を超える排出量を示したときは、被検がん細胞は転移能および/または浸潤能が高く、悪性であると判定することができる。
【0025】
本発明の方法によれば、がん細胞の悪性度を評価することができる。その評価結果に基づき、医師はがん治療の方針を決定することができる。例えば、がん細胞の転移能が高いと判定された場合には、がん切除手術を行うなど適切な処理を行うことができる。このよ
うに本発明の方法はがんの診断のためのデータを提供することができる。
【0026】
本発明はまた、がん細胞を評価するためのデバイスを提供する。当該デバイスとしては、先端部に細胞接触部材を接着させたカンチレバーを含む、がん細胞分析用デバイスが挙げられる。細胞接触部の形状や素材などは上述したとおりである。がん細胞分析用デバイスはMQAEなどの塩素イオン検出用蛍光色素を含むことが好ましい。
【0027】
また、前記細胞接触部の表面に、塩素イオン検出用色素を含有するイオン透過ゲルがコートされていることが好ましい。これにより、細胞外に排出された塩素イオンを効率よく捕捉し、検出することができる。
ここで、イオン透過ゲルとしては、塩素イオンを透過することができ、前記蛍光色素を包埋できるゲルであれば特に制限されないが、アガロースゲル、ポリアクリルアミドゲルなどが挙げられる。
イオン透過ゲルの濃度は0.5~10%が好ましく、含有される蛍光色素の濃度は1~10 mMが好ましい。
このような塩素イオン検出用色素を含有するイオン透過ゲルがコートされた細胞接触部材を有するカンチレバーはカンチレバーの先端に細胞接触部となるポリマー粒子などを接着させ、当該細胞接触部を前記蛍光色素を含有するイオン透過ゲルの溶液に浸漬することにより作成することができる。
【実施例
【0028】
以下、本発明を実施例を挙げて具体的に説明するが、本発明は以下の実施例の態様には限定されない。
【0029】
実施例1.各種がん細胞における外圧を負荷したときの塩素イオン排出量の評価
高転移性のマウス乳癌細胞FP10SC2(SC2)と、FP10SC2において中間径フィラメントネ
スチンをノックアウトさせた変異株(KO)に対し、細胞膜に外圧を加えた時の塩素イオンの排出能を調べた。なお、KO株はClic1の発現が低下し、転移能も低下している(Int J Biol Sci. 2019; 15(7): 1546-1556.)。
また、転移性が高く悪性度の高いヒト乳がん細胞MDA-MB-231細胞と転移性が低く悪性度の低いMCF-7細胞についても同様の評価を行った。
【0030】
<実験手順>
細胞培養方法(SC2、KO、MDA-MB-231、MCF-7)
SC2、KO、MDA-MB-231、MCF-7細胞の培養にはRPMI培地を使用した。RPMI培地はRPMI-1640 Medium 435 mL、非働化したFBS 50 mL、1 M HEPES (pH=7.2) 5 mL、D-グルコース 1.25
g、100 mMピルビン酸ナトリウム溶液 5 mLをクリーンベンチ内で混合、0.22μmフィルター滅菌し作製した。
液体窒素中に保存してある細胞ストックを37℃の恒温槽で溶解し、培地と懸濁して遠心分離を行った。上清をアスピレーターで除去し、細胞ペレットを培地で懸濁、培養容器に播種した。その後、5% CO2インキュベータ内で培養した。
継代は以下の操作で行った。培地をアスピレーターで取り除いた後、PBSで3回洗浄し、0.25% Trypsin-EDTAを添加して細胞を剥がした。培地を添加し、細胞溶液をチューブに回収後、25℃、1000 rpmで3分間遠心分離を行った。上清を除去し、細胞ペレットを培地で
懸濁、コラーゲンコートしたガラスベースディッシュに適量数の細胞を播種し、5% CO2インキュベータ内で一晩培養した。
培地を全て除去後、2.5 mM MQAE含有RPMI培地を添加して1時間5% CO2インキュベータ内で静置することで、細胞内にMQAEを導入した。
【0031】
カンチレバーへのポリスチレン粒子の付着
70度に設定したサーモプレート上に置いたチップレスカンチレバー(TL-CONT、NANOSENSORS)先端部に、ガラス管先端に付着させたエポキシ樹脂を塗布した。別のガラス管で直径10 μmのポリスチレン粒子を取り、カンチレバー先端のエポキシ樹脂塗布部に付着させることで、スフィアカンチレバーを作製した。なお、以上の操作はすべて実体顕微鏡下で観察しながら行った。
【0032】
スフィアカンチレバーを用いた外圧負荷方法
MQAE導入細胞をPBSで3回洗浄した後、PBS中でスフィアカンチレバーを用いて10分間外
圧を印加した。外圧印加にはAFM (NanoWizardII、ブルカー)を使用し、Set pointが10 nN、Approach speedが1 μm/sec、Constant Heightモードで外圧を印加した。
【0033】
塩素イオン排出量測定法
蛍光顕微鏡を用いて、外圧印加前後と外圧印加中の細胞の蛍光像を撮影した。画像解析用ソフトウェアImageJを用いて、細胞の面積及び輝度平均値を測定し、その積により輝度合計値を算出した。この時、細胞面積と同じ面積のバックグラウンドの輝度合計値を3箇
所算出し、平均値を出して細胞の輝度合計値から差し引くことで補正を行った。
【0034】
<結果>
蛍光色素(MQAE)を培地に添加してがん細胞内に取り込ませたのち、原子間力顕微鏡と直径10 μmのポリスチレン粒子を先端に保持するスフィアカンチレバーを用いて、10分間細胞に対する外圧(10 nN)負荷を行った(図1)。細胞内に存在する塩素イオンはMQAE
と結合しているが、細胞外に排出されるとMQAEから解離し、それにより蛍光強度が変化する。この変化を測定することで塩素イオンの排出量をモニターできる。
【0035】
蛍光顕微鏡で細胞を経時的に観察して塩素イオンの排出量を測定したところ、外圧負荷直後にMQAE由来の蛍光強度が上昇することがわかった(図2)。このことから、外圧負荷により機械的に塩素イオン排出が誘起されたと判断できる。そして、この蛍光強度の上昇は低転移性の遺伝子変異株と比較して元株である高転移性のマウス乳がん細胞の方が顕著であった。同様の傾向が悪性度の高いヒト乳がん細胞MDA-MB-231細胞と悪性度の低いヒト乳癌細胞MCF-7細胞においても確認された。これらのことから、がん細胞に外圧を負荷し
て塩素イオン排出能を測定することにより、塩素イオン排出能の測定結果に基づくがん細胞の転移能、すなわち、悪性度の評価が可能であることが分かった。
【0036】
実施例2.MQAE担持スフィアカンチレバーの作製と評価
外圧負荷に伴い細胞内から排出された塩素イオンを細胞外で蛍光色素に結合させて蛍光強度の変化として検出するため、スフィアカンチレバーの先端部(スフィア部分:ポリスチレン粒子)に蛍光色素(MQAE)を付着させた(図3)。
【0037】
具体的には、下記手順で、MQAEを含む低融点アガロースでスフィアカンチレバー先端のポリスチレン粒子をコーティングした。
【0038】
MQAE添加低融点アガロース(1.5%)の作成
10 mLビーカーに5 mL蒸留水と低融点アガロース75 mgを混合し、電子レンジで加熱した。終濃度5 mM となるようMQAEを添加した。
【0039】
MQAEゲル包埋スフィアカンチレバーの作成
スライドガラスにMQAE入り低融点アガロースを滴下し、スフィアカンチレバーをゲルに対して接近させた。ゲルに接触した直後にスフィアカンチレバーを上昇させ、室温で一晩静置した。
【0040】
スフィアカンチレバー先端のポリスチレン粒子先端にMQAEが担持されたことは担持前後の蛍光強度を比較することにより確認できた。
【0041】
得られたMQAE担持スフィアカンチレバーを0.1 mM KCl溶液に10分間浸漬し、浸漬前後でスフィアカンチレバーのMQAE蛍光強度を蛍光顕微鏡観察により比較した。その結果、浸漬後の蛍光強度が約60%まで低下しており、このことは塩素イオンがMQAEと結合したことを
示し、このMQAE担持スフィアカンチレバーを用いて溶液中の塩素イオンを測定できることが確認できた。
さらに、原子間力顕微鏡とMQAE担持スフィアカンチレバーを用いてSC2細胞に対して5分間、10 nNの外圧を印加した結果、外圧印加直後と比較して、5分後のポリスチレン粒子部分のMQAE蛍光強度が減少する傾向が確認された。
これらのことから、このスフィアカンチレバーを原子間力顕微鏡等で操作し、細胞を圧縮することで排出された塩素イオンを蛍光強度の変化から検出することができる。
図1
図2
図3