(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-11-13
(45)【発行日】2024-11-21
(54)【発明の名称】レーザ誘起ブレイクダウン分光法を用いたコンクリート構造物の塩化物イオン濃度計測方法
(51)【国際特許分類】
G01N 21/71 20060101AFI20241114BHJP
G01N 33/38 20060101ALI20241114BHJP
【FI】
G01N21/71
G01N33/38
(21)【出願番号】P 2021087434
(22)【出願日】2021-05-25
【審査請求日】2024-01-16
(73)【特許権者】
【識別番号】000173809
【氏名又は名称】一般財団法人電力中央研究所
(74)【代理人】
【識別番号】100087468
【氏名又は名称】村瀬 一美
(72)【発明者】
【氏名】江藤 修三
【審査官】吉田 将志
(56)【参考文献】
【文献】特開2002-296183(JP,A)
【文献】特開2017-009323(JP,A)
【文献】国際公開第2015/190617(WO,A1)
【文献】特開2019-174443(JP,A)
【文献】特開2017-173045(JP,A)
【文献】特開2009-068969(JP,A)
【文献】特開2018-036278(JP,A)
【文献】特開昭63-311150(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 21/62 - G01N 21/74
G01N 33/38
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
コンクリート構造物から湿式で試験体を採取してレーザ誘起ブレイクダウン分光法で塩化物イオン濃度を計測する際に、
前記試験体の水と接触した表面を取り除いた後に、
前記表面が除去された位置にパルスレーザ光が照射されてレーザ誘起ブレイクダウン分光法による塩化物イオン濃度計測の本計測が実施される
ことを特徴とする
レーザ誘起ブレイクダウン分光法を用いたコンクリート構造物の塩化物イオン濃度計測方法。
【請求項2】
前記試験体の表面の取り除きは、少なくとも0.3mm以上であることを特徴とする請求項1記載のレーザ誘起ブレイクダウン分光法を用いたコンクリート構造物の塩化物イオン濃度計測方法。
【請求項3】
前記試験体の表面の取り除きは、前記試験体の水と接触した表面の同じ位置で繰り返しレーザ照射を行って取り除くことにより実施されることを特徴とする請求項1または2記載のレーザ誘起ブレイクダウン分光法を用いたコンクリート構造物の塩化物イオン濃度計測方法。
【請求項4】
前記試験体の表面の取り除きは、前記試験体の水と接触した表面の同じ位置をレーザ光が繰り返し通過するようにして行われることを特徴とする請求項1または2記載のレーザ誘起ブレイクダウン分光法を用いたコンクリート構造物の塩化物イオン濃度計測方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、コンクリート構造物の塩化物イオン濃度を検出する方法に関するものである。さらに詳述すると、本発明は、コンクリート構造物から湿式で採取した試験体の塩化物イオン濃度をレーザ誘起ブレイクダウン分光法(以下、本明細書においては、LIBSと呼ぶ)で計測する方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
臨海部に立地した鉄筋コンクリート(RC)構造物の塩害(つまり鉄筋腐食)を評価するために、RC構造物よりコンクリート試験体を採取して、日本産業企画(JIS)で規定された方法(電位差滴定法)によりコンクリート内部の塩化物イオン濃度の深さ方向分布(濃度分布)を求めることが行われている。
【0003】
しかし、電位差滴定法は、構造物からのコンクリートコアの採取及び当該コアの粉砕並びに液定を行う必要があるため、多大な手間と時間と費用とが必要とされる課題がある。このことから電位差滴定法よりも低廉でかつ迅速に濃度を求めることができる、手軽な代用計測方法が望まれている。
【0004】
かかる要望に応えて、本願発明者等は、発光スペクトルの観測に基づいてコンクリート中の元素の濃度を計測すること、即ちパルスレーザ光を計測対象物に照射し、その際に生じるプラズマを分光計測することにより、計測対象物に含まれる各元素の濃度を計測する方法であるLIBSの開発を行ってきた(例えば特許文献1、2)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開2009-068969号公報
【文献】特開2017-009323号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
近年、コンクリート構造物より採取した試験体表面の塩分をLIBSで計測した場合に、電位差滴定法より得られた値と合致しない事象が観測された。この場合のコンクリート構造物は混合セメントを使用したものであったため、混合セメントを使用した試験体を製作し、LIBS及び電位差滴定法で求めた塩化物イオン濃度分布が一致しない原因を調べた。その結果、普通セメントと混合セメントとの元素組成の違いは塩素の発光強度の算出に影響を及ぼすことがないことが分かった。一方、コンクリート構造物から試験体を採取する際に摩擦熱を抑えるために使用される潤滑剤としての水によって、コンクリート表層の自由塩化物が洗い流されて塩化物イオン濃度が低下していたことを知見するに至った。そのような傾向は、ごく表層ではあるが、普通セメントを用いたコンクリートを製作してLIBSで計測した場合にも観測された。即ち、LIBSではコンクリートのごく表層を計測するが、表層部分では水の影響を受け易いことが判明した。
【0007】
本発明は、湿式で採取した試験体を使ってLIBSでコンクリートの塩分を計測する場合に、電位差滴定法で求めた塩化物イオン濃度分布と概ね一致する結果が得られる計測方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
かかる目的を達成するため、本発明者等が現場より採取されたコンクリート構造物からの試験体を計測して、LIBS及び電位差滴定法で求めた塩化物イオン濃度分布が一致しない原因を調べた結果、普通セメントと混合セメントとの元素組成の違いは塩素の発光強度の算出に影響を及ぼすことがなかった一方、コンクリート構造物から試験体を刳り取る際に摩擦熱を抑えるために使用される水によって、コンクリート構造物からの試験体の表面の自由塩化物が洗い流されて塩化物イオン濃度が低下していたことが示唆される知見を得た。
【0009】
本発明のLIBSを用いたコンクリート構造物の塩化物イオン濃度計測方法は、かかる知見に基づくものであり、コンクリート構造物から湿式で試験体を採取してLIBSで塩化物イオン濃度を計測する際に、試験体の水と接触した表面を取り除いた後に、表面が除去された位置にパルスレーザ光が照射されてLIBSによる塩化物イオン濃度計測の本計測が実施されるようにしている。
【0010】
ここで、取り除くべき試験体の表面の厚さは、少なくとも0.3mm以上であることが好ましい。
【0011】
また、試験体の表面の取り除きは、前記試験体の水と接触した表面の同じ位置で繰り返しレーザ照射を行って取り除くようにしても良いし、レーザ光が同じ位置を繰り返し通過するようにして行われるようにしても良い。
【発明の効果】
【0012】
請求項1記載のLIBSを用いたコンクリート構造物の塩化物イオン濃度計測方法によれば、コンクリートの塩分を湿式で採取した試験体を使ってLIBSで計測する場合に電位差滴定法で求めた塩化物イオン濃度分布と概ね一致する結果が得られる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【
図1】LIBS計測を行う実験装置の一例を示す概略図である。
【
図2】塩化物無し試験体と塩化物有り試験体との各モルタル試験体を接合したモルタル試験体の説明図であり、(A)塩化物イオン濃度分布図、(B)はモルタル試験体の切断面を示す。
【
図3】湿式切断面及びグラインダ面の計測方法の概略説明図である。
【
図4】普通セメントを使用したモルタル(試験体N)の湿式切断面における塩素の発光強度分布図である。
【
図5】試験体Nのグラインダ面における塩素の発光強度分布図である。
【
図6】フライアッシュセメントB種類を使用したモルタル(試験体FB)の湿式切断面における塩素の発光強度分布図である。
【
図7】試験体FBのグラインダ面における塩素の発光強度分布図である。
【
図8】高炉セメントB種(試験体BB)の湿式切断面における塩素の発光強度分布図である。
【
図9】試験体BBのグラインダ面における塩素の発光強度分布図である。
【
図10】試験体Nの塩化物有りの箇所における塩素の発光強度の照射回数依存性を示すグラフである。
【
図11】試験体FBの塩化物有りの箇所における塩素の発光強度の照射回数依存性を示すグラフである。
【
図12】試験体BBの塩化物有りの箇所における塩素の発光強度の照射回数依存性を示すグラフである。
【
図13】粗さの最大高さRzの定義に関する説明図である。
【
図14】試験体Nの照射痕におけるRzのレーザ光照射回数依存性を示す図である。
【
図15】試験体FBの照射痕におけるRzのレーザ光照射回数依存性を示す図である。
【
図16】試験体BBの照射痕におけるRzのレーザ光照射回数依存性を示す図である。
【
図18】モルタル試験体の塩素の発光強度を示す図である。
【
図19】モルタル試験体のチタンの発光強度を示す図である。
【
図20】塩水浸漬後のモルタル試験体の塩素の発光強度を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本発明の構成を図面に示す実施形態に基づいて詳細に説明する。
【0015】
LIBSは、パルスレーザ光を計測対象物に照射し、その際に生じるプラズマを分光計測することにより、計測対象物に含まれる各元素の濃度を計測する方法であり、例えば塩化物イオン濃度が既知の試料を用いてLIBSで得られる信号強度(塩素の輝線の発光強度)と塩化物イオン濃度との関係式を予め得ておき、未知の試料を計測した時の塩素の発光強度から塩化物イオン濃度を求める検量線法の一種であって周知の技術である。ここでは詳細については省略するが、例えば、特開2002-296183号、特開2009-68969号、特開2013-190411号、特開2019-019749号等を参照されたい。
【0016】
この実施形態において計測対象物は、コンクリート構造物から湿式により採取された試験体(一般的には「コア」と呼ばれることもある)である。ここで、コンクリート構造物から試験体を採取する(コア抜きする)際には、摩擦熱でコンクリートが変質するのを防ぐため、水を使って冷却される。このため、モルタルに固定化されて水分と共に移動しない固定塩化物の割合が小さく、イオンの形態でモルタル内に存在し、水分と共に移動する自由塩化物の割合が多いコンクリートでは、多くの自由塩化物がコア抜きする際に流出してしまい、塩化物イオン濃度が電位差滴定法で求めた値よりも低下することが本発明者等の実験により明らかになった。
【0017】
そこで、本実施形態におけるLIBSを用いたコンクリート構造物の塩化物イオン濃度計測においては、コンクリート構造物から湿式で試験体を採取してLIBSで塩化物イオン濃度を計測する際に、試験体の水と接触した表面を取り除いた後に、LIBSによる塩化物イオン濃度計測の本計測を実施するようにしている。
【0018】
本計測の前の試験体の水と接触した表面を取り除く表層除去は、特定の手法に限定されるものではなく、例えばレーザ光照射あるいはグラインダ等による研削等で試験体の表面の水の影響のある部分を取り除くことで実施可能であるが、好ましくはレーザ光照射、より好ましくはLIBSに用いるパルスレーザ光による事前照射によって行うことである。この場合には、試験体の表面の水の影響のある部分を取り除くレーザ光の事前照射と、表面が除去された位置にパルスレーザ光が照射されてLIBSによる塩化物イオン濃度計測の本計測とが同時に実施可能である。
【0019】
ここで、レーザ光の照射による表層除去は、試験体の水と接触した表面の同じ位置で繰り返し行われるようにしても良いし、レーザ光が同じ位置を繰り返し通過するようにしても良い。例えば、LIBS計測の本計測で使われるパルスレーザ光と同じパルスレーザ光を定位置で繰り返し照射するようにしても良いし、同じ位置を繰り返し通過するように走査させるようにしても良い。また、レーザ光の事前照射とLIBS計測の本計測とは、連続して行っても分断して行っても良いが、本実施形態の場合には試験体の同じ位置で繰り返しパルスレーザ光を照射する事前照射を所定回数だけ行い、当該所定回数目にのみプラズマを分光計測して塩化物イオン濃度を求めるようにしている。しかし、これに特に限られず、場合によってはレーザ光の事前照射の後に時間をおいて本計測を実行するようにしても良い。
【0020】
レーザ光の事前照射は、少なくとも試験体の表面の水の影響があるコンクリート表層を、影響が及ばない深さまで取り除くものであって、本発明者等の実験によれば、塩素の発光強度は照射回数に対して単調増加し、一定の照射回数以上で飽和する傾向を示した。これは、レーザ光照射によりコアの切断面表層を除去していった結果、水の影響を受けていない面が徐々に露出していったためと考えられる。このレーザ光の事前照射における照射回数と塩素の発光強度との間の関係は、セメントの種類により若干の相違はあるものの、例えばLIBSで塩化物イオン濃度を計測する際のパルスレーザ光を70~80回程度照射すれば、高炉セメントのコンクリートの場合には塩素の発光強度の増加にある程度飽和の傾向が現れる一方、フライアッシュセメントやポルトランドセメントのコンクリートの場合にはある程度塩素の発光強度の増加が見込まれる。さらに100回程度照射すれば、フライアッシュセメントのコンクリートの場合には塩素の発光強度の増加に飽和の傾向が現れ、ポルトランドセメントのコンクリートの場合にはさらなる塩素の発光強度の増加が見込まれる。そして、150回程度照射すれば、セメントの種類に限られず、塩素の発光強度の増加に飽和あるいは飽和の傾向が現れた。他方、照射回数を必要以上に増しても単純増加する発光強度が飽和し、例えば200回を越えると、表面がわずかに削られてレーザ光の集光径が変化することによってスペクトル強度が波長全域に亘って低下する傾向が現れた。これらのことを鑑み、レーザ光の事前照射は、LIBS計測において用いるパルスレーザ光によって70~200回の範囲、好ましくは100~150回の範囲、より好ましくは150回程度であると考えられる。勿論、レーザ光のレーザエネルギあるいはスポット径によってはこの限りにあらず、適宜照射回数は選択されるものである。
【0021】
コア抜きによる水の影響を受けていない面を露出させるために必要な表層削除量(もしくは表層からの深さ)については、レーザ光の事前照射による場合に限らず、例えばグラインダ等による研削加工によっても行うことが可能であることから、具体的な表層除去量として示せば、少なくとも0.3mm以上、好ましくは0.35mm以上、より好ましくは0.4mm以上、さらに好ましくは0.45mm以上、さらにより好ましくは0.5mm以上、最も好ましくは少なくとも0.55mm以上取り除くことである。
【0022】
また、事前照射のレーザ光は、本実施形態の場合、LIBS計測の本計測で使われるパルスレーザ光を用いるようにしているが、場合によっては異なる条件のレーザ光例えばLIBS計測時のレーザ出力やスポット径等の条件とは異なるパルスレーザ光あるいは連続したレーザ光を用いるようにしても良い。
【0023】
LIBS計測におけるレーザ光の事前照射並びに本計測は、特定の装置に限られないが、例えば
図1の構成の装置あるいは特開2017-9323号の計測装置を用いて実施しても良い。この場合には、固定的なレーザ光学系に対して試験体を回転させて同一円周上を環状に走査させたり、あるいは試験体を回転させながら軸方向に移動させたりすることで螺旋状に走査させることができる。このため、固定した試験体に対して同じ位置でレーザ照射を繰り返し行う事前照射と本計測とを行ってから次の異なる位置に移動することを連続的に実行することも、環状あるいはらせん状に結果的に同じ位置をレーザ光が繰り返し通過することにより必要なレーザの事前照射とLIBS計測の本計測とを行うことも可能である。
【0024】
つまり、水の影響を除去するため同じ場所でレーザを繰り返し打つのは点状であっても線状であってもどちらでも良い。らせん状に多点においてLIBS計測が実行されても良いし、試験体が中心軸周りに回転させられることによって円柱形状の外表面の周方向に連なる複数の計測点で一周分の計測が行われ、次いで試験体が軸心方向に所定の距離だけ移動した後に再び軸回転させられることによって周方向一周分の計測が行われ、更に試験体が軸心方向に移動し、以降同様に繰り返されるようにしても良い。
【0025】
そして、レーザ光の事前照射の後、LIBSが用いられて試験体からの発光強度が計測される。具体的には、パルス状のレーザ光が試験体の外周表面に照射されてコンクリート含有物質がアブレーションされ、このアブレーションによってプラズマ化された物質からの発光が受光され波長毎に分光されて発光スペクトルが得られ、当該発光スペクトルに基づいて試験体の含有物質が特定されると共に必要に応じてその濃度が求められる。
【0026】
LIBSにおけるレーザ光の照射の仕方は、レーザ光が試験体に対して照射されてプラズマが生じる態様であれば特定の態様に限定されるものではなく、単一のレーザ光が照射される( シングルパルス方式とも呼ばれる)ようにしても良いし、二つのレーザ光が照射される(ダブルパルス方式とも呼ばれる)ようにしても良い。例えば、レーザ光としてはNd:YAGレーザの第2高調波を用い、偏光ビームスプリッタを用いて同じ箇所に時間差を設けてレーザ光を2回照射しても良い。この場合、例えば1回目及び2回目に照射するレーザエネルギを30mJ及び50mJとし、2回目のレーザ光照射から受光するまでの時間を0.5μs、露光時間を5μsに設定しても良い。
【0027】
以上のように、本実施形態の塩化物イオン濃度計測方法は、湿式切り出しで採取される円柱状の試験体の潤滑剤としての水と接触した表面へのレーザ光の事前照射によって、水と接触した影響が及ばない深さまで試験体の表面を除去(換言すれば、影響あるコンクリート表層を事前のレーザ照射で除去)した後、LIBS計測の本計測を実施することにより、電位差滴定法で求めた塩化物イオン濃度分布と概ね一致する結果が得られる。
【0028】
なお、上述の形態は本発明の好適な形態の一例ではあるがこれに限定されるものではなく本発明の要旨を逸脱しない範囲において種々変形実施可能である。
【実施例】
【0029】
(実施例1)
水の影響を受けていない面を計測するのに必要な試験体表層の除去深さを明らかにするために、モルタル試験体を製作し、塩素の発光強度の計測を行った。表1にモルタル試験体の配合表を示す。水(W)は上水道水、セメント(C)はOPC(普通ポルトランドセメント)かFA(フライアッシュ)セメントB種、高炉セメントB種のいずれか1つ、細骨材(S)には標準砂を用い、水結合材比は0.5に設定した。練り混ぜでは、上水道水を用いて練り混ぜたモルタル(塩化物無し試験体)と、練り上がりで塩化物イオン濃度が10kg/m3となるように濃度が調整された塩化ナトリウム溶液を用いて練り混ぜたモルタル(塩化物有り試験体)との2種類を製作した。ここでは、セメントとして普通ポルトランドセメントを用いたものを試験体N、フライアッシュセメントB種を用いたものを試験体FB、高炉セメントB種を用いたものを試験体BBと呼ぶことにする。
【0030】
【0031】
上述の2種のモルタルを直径50mm、長さ100mmの円柱形の型枠に打設し、24時間後に脱型し、封緘養生を28日間行った。その後、円柱状の塩化物無し試験体と塩化物有り試験体との各モルタル試験体を、エポキシ樹脂を用いて接合することで、円柱軸方向に対して塩化物イオン濃度の差がある一つの円柱状の試験体を用意した。そして、接合したモルタル試験体を軸中心に沿って中央で2分割するように円柱軸方向に湿式切断し、湿式によるコア抜きを模擬した。尚、図示していないが、本実施例では、塩化物無し試験体と塩化物有り試験体との各モルタル試験体は、予め適宜長さにカッターで切断された上で接合された。
【0032】
上述のモルタル試験体を用いたLIBS計測は、例えば
図1に示す実験装置を用いて行った。図中の符号1は一軸ステージ(Y軸)、2は自動ステージ(X軸)、3はダイクロイックミラー、4はバンドパスフィルタ、5レンズ、6は光ファイバー、7は分光器、8はICCDカメラ、9は装置制御等用コンピュータ、10は遅延パルス発生器、11はレーザ、12はレーザ、13は偏光ビームスプリッタ、14は試験体である。レーザ光はNd:YAGレーザの第2高調波を用い、偏光ビームスプリッタ13を用いて同じ箇所に時間差を設けてレーザ光を2回照射した。レーザ光を2回照射することにより、検出下限が向上する。レーザ光照射で生成されたプラズマの発光を分光器7と検出器で計測した。尚、1回目及び2回目に照射するレーザエネルギを30mJ及び50mJ、2回目のレーザ光照射から受光するまでの時間を0.5μs、露光時間を5μsに設定した。ここで、試験体の水と接触した表面を取り除く表層除去のためのパルスレーザ光の事前照射は、例えばレーザエネルギ30mJのパルスレーザ光によって行った。
【0033】
図2に接合したモルタル試験体の切断面を示す。塩化物イオン濃度分布は階段状となるので、水の影響が無ければ、塩素の発光強度が階段状に変化するはずである。計測では、塩化物有り試験体と塩化物無し試験体を跨ぐように、80mmの長さをライン状に計測した。LIBS計測は、
図3に示すように、1カ所あたりレーザ光が20回照射される条件でライン状にレーザ光を走査し、同じラインを10回走査(照射回数200回相当)することで、試験体表層を除去しながらLIBSを行い、湿式切断面の計測データとした。10回走査した後に、グラインダを用いて表層を除去して溝となった計測した箇所が目視でなくなるまで研磨した。研磨後に溝近傍の位置をLIBSで計測し、グラインダ面の計測データとした。
【0034】
図4~
図9に、各試験体で得られた塩素の発光強度分布を示す。視認しやすくするために、1、5、10スキャン目(照射20、100、200回相当)の計測結果を示している。8mm間隔に相当する320個のスペクトルデータを一つずつ分類し、モルタルに分類したスペクトルを積算平均してからスペクトル1個当たりでスペクトルの強度を規格化し、それにコンクリートに対してモルタルが占める体積割合(体積率)を乗じてから塩素の発光強度を求めた。
【0035】
いずれの試験体においても、塩化物無し試験体では塩素の発光強度がほとんど零であり、湿式切断による塩分の移動が計測結果に及ぼす影響はほとんどないことが分かった。また、塩化物有り試験体のグラインダ面では塩素の発光強度のばらつきが大きかったが、照射回数の違いによる影響はほとんどなかった。これは、グラインダ面における塩素の発光強度分布は、表層除去が行われて水の影響を受けていない面が露出しているからであると考えられる。一方、手作業で研磨を行った際に、断面に対して均一に表層除去できなかったこと、骨材よりもモルタルの方が優先的に除去された結果、グラインダ面に凹凸が生じたことが影響していると考えられる。
【0036】
他方、湿式切断面における塩素の発光強度分布は、試験体Nでは照射回数が増えるにしたがって発光強度が増す傾向だった。また、試験体FBにおいても同様の傾向だった。試験体BBでは100回目の照射時と、200回目の照射時とで塩素の発光強度が一部逆転する場合も見られたが、発光強度のばらつきの範囲内であることから、概ね照射回数が増えるにしたがって発光強度が増す傾向が得られたといえる。これは、レーザ光照射によりコアの湿式切断面の表層が除去されていった結果、水の影響を受けていない面が徐々に露出したためと考えられる。
【0037】
ここで、塩化物有り試験体を計測した範囲の塩素の発光強度を積算平均し、照射回数に対する変化を調べた。
図10~
図12に各試験体における塩素の発光強度の照射回数依存性を示す。グラインダ面の計測結果は、試験体BBでは照射回数の増加に対しても概ね一定であり、試験体Nと試験体FBでは照射回数の増加に対して少し減少した。しかしながら、グラインダ面の計測結果は、いずれの試験体においても、塩素の発光強度のばらつきはあるが、照射回数の増加に伴って大きく変わらないという結果が得られた。このことから、グラインダで切断面表層を除去することにより、水の影響を受けていない面を露出させることができたと考えられる。
【0038】
一方、湿式切断面の計測結果からは、塩素の発光強度は照射回数に対して概ね単調増加し、一定の照射回数以上で飽和する傾向だった。これは、レーザ光照射によりコアの切断面表層を除去していった結果、水の影響を受けていない面が徐々に露出していったためと考えられる。尚、試験体BBについては、照射回数140回以降で塩素の発光強度が減少しているが、湿式切断面でもグラインダ面でも同様の傾向であったことから、これは表面の凹凸が影響しており、水の影響によるものではないと考えられる。
【0039】
このレーザ光の事前照射における照射回数と塩素の発光強度との間の関係は、セメントの種類により若干の相違はあるものの、照射回数に対して発光強度が単純に増加する傾向にある。例えば試験体BBの場合には、
図12に示すように、LIBSで塩化物イオン濃度を計測する際のパルスレーザ光を70~80回程度照射すれば、塩素の発光強度の増加に飽和の傾向が現れた。また、試験体FBの場合にも
図11に示すように、塩素の発光強度が飽和する傾向だった。一方、試験体Nの場合には
図10に示すように、塩素の発光強度の増加が認められるが、さらなる増加も見込まれる。さらに100回程度照射すれば、試験体FBの場合には塩素の発光強度が飽和し、試験体Nの場合には塩素の発光強度がさらに増加した。そして、150回程度照射すれば、セメントの種類(試験体の種類)に限られず、塩素の発光強度の増加に飽和あるいは飽和の傾向が現れた。これらのことを鑑み、本実施例における本計測前のレーザ光の事前照射は、少なくとも70回以上、好ましくは100回以上、より好ましくは140回以上、さらに好ましくは少なくとも150回以上であると考えられる。勿論、レーザ光のレーザエネルギあるいはスポット径によっては、照射回数がこの限りではなく、適宜照射回数が選択されるものである。他方、照射回数が増加しても単純増加する発光強度が飽和する問題があり、200回を越えると、レーザ光の集光径の変化に伴い、照射回数が多いほどスペクトル強度が全体的に低下し、塩素の発光強度が見かけ低下することが原因と考えられる。そのため、繰り返し照射することで、水が計測結果に及ぼす影響は緩和されるが、試験体表面をわずかに削ることにより発光強度が低下傾向になってしまうことを考慮する必要がある。
【0040】
一般的に、固定塩化物が多いと洗い流される塩分量は小さい。また、OPCから高炉スラグ微粉末への置換率が高いほど、固定塩化物の割合は増加することが報告されている。そのため、試験体Nよりも試験体BBの方が塩分の洗い流しは少ないと考えられる。ただし、セメント種類以外の因子(水結合材比、中性化の有無等)も固定塩化物の増減に影響するので、セメント種の違いのみで、洗い流しの影響の強弱を説明することはできず、表層を一定以上削り取ることが必要と考えられる。本結果より、本計測条件にてレーザ光を少なくとも150回以上照射することで、セメントの種類を問わずに水の影響を受けていない面が露出すると考えられる。また、水の影響を受けないためには、グラインダか若しくはレーザ光照射により試験体表層を除去することが有効であることが分かった。
【0041】
この湿式切り出しによる水の影響を受けていない面を露出させるために必要な表層削除については、レーザ光の照射に限らず、例えばグラインダ等による研削加工によっても実施可能であることから、具体的な表層除去量(換言すれば深さ)について、さらに検討した。
【0042】
照射痕の深さを把握するために、JIS B 0601-2001に準拠して照射痕の粗さ計測を行った。試験体の表面観察及び粗さ計測では、光学式3次元形状計測機を用いた。照射痕を観察すると、レーザ光照射されていない箇所の高さは一様ではなく、照射痕の谷の部分も高さが一様でなかった。これは、未照射部の凹凸はモルタルに含まれる気泡が原因であり、照射痕の谷の部分の凹凸は細骨材が原因である。一般的に、コンクリートやモルタルでは練り混ぜ時に空気が数%連行されるため、内部に気泡が存在する。また、レーザ光照射では骨材よりも柔らかいセメントペーストが優先的に除去されるため、微視的に見ると凹凸が観測される。このように、高さの基準となる未照射部でも照射痕の谷の部分でも凹凸があることから、照射痕の断面形状より粗さの最大高さRzを照射痕の深さとした。Rzは
図13に示すように、ある区間における表面高さの最大と最小の差で定義される。
【0043】
モルタル試験体の湿式切断面に対してレーザ光をライン上に照射した痕を倍率80倍で撮影した画像を重ね合わせて一つの画像にし、画像解析にて画像の傾きの調整や基準となる面を決定した。モルタルの除去される深さを調べるために、高さデータが欠損しておらず、かつ粗骨材が存在しない画像領域にて粗さ計測を行った。計測位置ごとに粗さが異なることから、写真の垂直方向に30個の断面を計測し、その時のRzの平均値と標準偏差を求めた。
【0044】
図14~
図16に各試験体で得られた照射痕におけるRzのレーザ光照射回数依存性を示す。セメントの種類や塩化物の有無はRzに大きく影響しなかった。また、Rzは照射回数に対して概ね線型的に増加した。試験体FBではRzが少し飽和する傾向がみられたが、断面形状がすり鉢状になっていることが原因と考えられる。レーザ光照射により照射痕の深さが大きくなるほど、照射痕の谷の部分だけでなく側面にもレーザ光が照射してプラズマが生成されるため、レーザ光の見かけの集光径が大きくなる。その結果、照射回数が多いほど単位面積当たりのレーザエネルギ密度が低下し、除去されるモルタルの量が減ったと考えられる。
【0045】
図10~
図12に示す各試験体における塩素の発光強度の照射回数依存性によれば、セメントの種類により若干の相違はあるものの、照射回数に対して発光強度が単純に増加する傾向にある。例えば
図12に示す試験体BBの照射回数70~80回における照射痕深さは、
図16の結果を内挿すると、約0.3mm程度である。また、
図10に示す試験体N及び
図11に示す試験体FBの照射回数100回における照射痕深さは、
図14の結果を内挿すると約0.4mm程度、
図15の結果を内挿すると約0.45mm程度である。そして、150回程度照射すれば、セメントの種類(試験体の種類)に限られず、塩素の発光強度の増加に飽和あるいは飽和の傾向がみえた。この照射回数150回における照射痕深さは、
図14の結果を内挿すると約0.55mm程度、
図15の結果を内挿すると約0.56mm程度である。これらのことを鑑みれば、湿式切り出しによる水の影響を受けていない面を露出させるために必要な表層削除量については、少なくとも0.3mm以上、好ましくは0.35mm以上、より好ましくは0.4mm以上、さらに好ましくは0.45mm以上、さらにより好ましくは0.5mm以上、最も好ましくは少なくとも0.55mm以上取り除くことである。ここで、試験体Nよりも試験体BBの方が塩分の洗い流しは少ないと考えられる。ただし、セメント種類以外の因子(水結合材比、中性化の有無等)も固定塩化物の増減に影響するので、セメント種の違いのみで、洗い流しの影響の強弱を説明することはできず、表層を一定以上削り取ることが必要と考えられることから、本計測条件にてレーザ光を少なくとも150回以上照射することで、水の影響を受けていない面が露出すると考えられる。つまり、モルタルの表層を少なくとも0.55mm以上除去することにより、セメントの種類を問わず、湿式切断にて使用する水の影響がない面を露出させることが可能であると考えられる。塩分は骨材内部には浸透しないため、粗骨材とモルタルからなるコンクリートの場合にも同様であり、同程度の深さまで表層を除去すれば良いと考えられる。
【0046】
<元素組成の影響>
本実施例では、混合セメントの一種としてフライアッシュセメントの元素組成に着目した。また、細骨材及び粗骨材については、採取されるサイトによって鉱物組成が大幅に異なること、塩化物を含む水溶性物質はモルタル内を移動することを踏まえ、細骨材には標準砂を使用し、モルタル試験体を計測することで元素組成が計測に及ぼす影響を評価した。
【0047】
コンクリート材料の化学組成を表2及び表3に示す。標準砂の化学組成については、セメント協会で示されている数値、普通ポルトランドセメント及びフライアッシュの化学組成については文献[山本武志,金津努,フライアッシュのポゾラン反応性を評価するための促進科学試験法(API法)の適用性評価,コンクリート工学論文集,Vol.26 (2004) 171-176.]を参照した。各無機化合物の組成は普通ポルトランドセメントとフライアッシュとで異なる場合が多く、普通ポルトランドセメントを使用したモルタルと、フライアッシュ及び普通ポルトランドセメントを混合したモルタルとでLIBSの計測結果が異なる場合、どの化合物が計測に影響しているか評価することが難しい。そこで、表4及び表5に示すようにフライアッシュ2種を用いてフライアッシュセメントA~C種に相当する試験体に加えて、各無機化合物を普通ポルトランドセメントに添加したモルタルを製作することで、普通ポルトランドセメントよりフライアッシュに多く含まれる無機化合物の評価を個別に行うこととした。
【0048】
【0049】
【0050】
【0051】
【0052】
モルタルに含まれる細骨材としてケイ素の組成比及び細骨材の粒径が異なる場合、塩素の発光強度が変化する場合があることがLIBSの文献で報告されている[C. Gottlieb, S. Millar, S. Grothe and G. Wilsch, 2Devaluation of spectral LIBS data derived fromheterogeneous materials using cluster algorithm,Spectrochim. Acta B, Vol.134 (2017) 58-68.]。特に、粒径がレーザ光の集光径よりも小さい場合に影響が大きい。そこで、調達可能な範囲で粒径の小さい無機化合物粉末を添加剤として用いた。フライアッシュI種~III種は比表面積が異なるため、フライアッシュI種及びIII種を使用した試験体も製作するのが望ましいと考えられるが、粒径と組成の両方が調整された試験体を製作することは困難である。そこで、後述する通り、無機化合物の粒径を考慮することにした。
【0053】
今回使用する添加剤は、水溶性の化合物を除き、水和反応に寄与しないため、フライアッシュに含まれる元素を模擬する意図で使用するが、配合では添加剤を細骨材の代替(つまり外割)と考え、水セメント材0.5、細骨材と添加剤のセメントに対する重量比((S+A)/C)が3となる条件とし、添加剤のモルタル全量に占める割合がフライアッシュセメントC種に含まれる化合物の組成比より大きくなるように、水と添加剤量を調整した。つまり、添加剤を用いることにより、ある元素のみフライアッシュセメントC種相当の割合となるようなモルタル試験体を製作した。添加剤が表2で示す化合物と異なる場合には、モル質量比を考慮した。
【0054】
例えばNa2の代替として添加剤にNa2CO3を使用する場合、添加剤の濃度をAとした時に、添加剤に含まれるNa2Oの濃度をA×61.979 (Na2Oのモル質量)/105.989 (Na2CO3のモル質量)と計算した。
【0055】
著しく圧縮強度低下がない限り、LIBSによる計測結果に変化はないと考えられるため、フレッシュ性状であるスランプや空気量、モルタル温度は求めないこととした。試験体製作では、高さ40mm×幅40mm×奥行き160mmの型枠を用意し、モルタルを練り混ぜる時に計量した添加材も投入して型枠に打設した。脱型後は試験体を水中養生し、養生28日後に試験体を脱型した。そして、中央で2分割するように円柱軸方向に湿式切断し、湿式によるコア抜きを模擬した。
【0056】
塩分浸透を模擬するために、切断した一方の試験体を塩水浸漬させた。まず、試験体を真空脱気処理した後に、人工海水(金属腐食用アクアマリン)に浸漬して真空飽和処理を行った。その後、15時間ほど静置した後に、試験体を人工海水槽から取り出した。試験体の一部を割裂させて、割裂面に対して硝酸銀水溶液を噴霧し、切断面全体に亘って呈色反応が消失していること、すなわち塩分浸透を確認してから試験体を計測に供した。
【0057】
上述のモルタル試験体の切断面を、
図1に示すLIBS実験装置を用いてライン上にLIBS計測した。
【0058】
スペクトルの解析では、型枠面近傍におけるモルタル材料の偏りの影響を避けるために、
図17の実線で示す様に、1回の計測で得られたスペクトルデータの内、試験体の端を除いた30mmの範囲を計測した600個のスペクトルを用いた。そして、3mmの範囲のスペクトル60個を積算平均して、後述する定義に従って塩素の発光強度を算出し、塩素の発光強度の平均値と標準偏差を求めた。
【0059】
発光強度の算出は、
図17に示す様にスペクトルの両裾を結ぶ直線(図中の破線)をベースラインとし、スペクトルピークからベースラインまでの高さ(図中の矢印)を発光強度と定義した。塩素については、ピーク波長を837.72nm、ベースラインは837.00nmと840.00nmの位置を通過する直線とした。チタンについては、ピーク波長を841.23nm、ベースラインは840.87nmと841.50nmの位置を通過する直線とした。
【0060】
材齢148日目にモルタル試験体を計測した時の塩素及びチタンの発光強度を
図18及び
図19に示す。図中のA、B、Cは、試験体FA-A、FA-B、FA-Cを示す。また、破線は試験体OPCを計測した時の値を外挿したものである。本試験体は塩化物が含まれていないが、いずれの試験体も塩素の発光強度が0.02~0.03程度となっている。これは、
図17に示す塩素の輝線波長の位置とほとんど同じ位置(837.78nm)にチタンの輝線が観測され、塩素の発光強度を正確に算出できていないことが原因である。
【0061】
試験体OPCと比較して、試験体FA-A、FA-B、FA-C、Tiでは塩素及びチタンの発光強度が高くなった。このことから、試験体FA-A、FA-B、FA-Cにて塩素の発光強度が高く算出されるのは、フライアッシュにチタンが微量に含まれることが原因であると考えられる。
【0062】
塩水浸漬したモルタル試験体(材齢71日)を計測した時の塩素の発光強度を
図20に示す。浸漬していない試験体と比較して、浸漬後の試験体では塩素の発光強度は増加したが、試験体ごとの発光強度は同様の傾向だった。このことから、塩分浸透は塩素の発光強度の算出に影響せず、塩化物イオン濃度に比例して塩素の発光強度が増加すると考えられる。
【0063】
以上の結果より、フライアッシュに多く含まれる元素の内、計測に影響する元素はチタンのみであった。一方、普通ポルトランドセメントを使用した試験体を計測した結果においても、細骨材に微量に含まれるチタンが計測に影響することが分かっている。このことから、普通ポルトランドセメントを使用したコンクリートと同様に、フライアッシュセメントを用いたコンクリートを計測する場合にも、チタンの影響を考慮する必要があること、チタン以外のフライアッシュに含まれる主要な元素は計測に影響しないと考えられる。また、この影響はコンクリートに塩分が浸透していても同様に生じ得ることが分かった。これまでに、チタンの発光強度を求め、その強度が一定値以下のスペクトルを積算平均して塩素の発光強度を求めることで、チタンが塩素の発光強度の算出に及ぼす影響を緩和するデータ解析方法を開発した[江藤修三, 藤井隆,LIBSによるコンクリート中の塩化物イオン濃度の迅速計測法の提案,電力中央研究所 研究報告H15005 (2016) 1-15.]。この方法により、チタンがある程度含まれる試験体を計測する場合でも、定量が行える可能性がある。
【0064】
つまり、普通セメントを使用したコンクリートと混合セメントを使用したコンクリートとの間の元素組成の違いは、塩化物イオン濃度の計測への影響はないことから、電位差滴定法との違いが生ずるのは試験体を採取する際の潤滑剤として使用される水が原因であることが考えられる。