(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-11-14
(45)【発行日】2024-11-22
(54)【発明の名称】アルミニウム部材の製造方法
(51)【国際特許分類】
C25D 11/04 20060101AFI20241115BHJP
C25D 11/06 20060101ALI20241115BHJP
C25D 11/14 20060101ALI20241115BHJP
【FI】
C25D11/04 302
C25D11/04 313
C25D11/06 A
C25D11/14 A
(21)【出願番号】P 2020118492
(22)【出願日】2020-07-09
【審査請求日】2023-04-03
(73)【特許権者】
【識別番号】504173471
【氏名又は名称】国立大学法人北海道大学
(73)【特許権者】
【識別番号】000107538
【氏名又は名称】株式会社UACJ
(74)【代理人】
【識別番号】110000648
【氏名又は名称】弁理士法人あいち国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】菊地 竜也
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 美羽
(72)【発明者】
【氏名】布村 順司
(72)【発明者】
【氏名】大谷 良行
【審査官】祢屋 健太郎
(56)【参考文献】
【文献】特開2015-025184(JP,A)
【文献】特開2020-033591(JP,A)
【文献】国際公開第2017/216577(WO,A1)
【文献】特公昭58-000760(JP,B2)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C25D 11/04
C25D 11/06
C25D 11/14
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
アルミニウムまたはアルミニウム合金よりなる母材と、
前記母材の表面上に形成された陽極酸化皮膜と、を有しており、
前記陽極酸化皮膜は、
非晶質のアルミニウム酸化物からなり、前記母材上に形成された非晶質層と、
結晶性のアルミニウム酸化物からなり、前記非晶質層上に形成された結晶層と、を有している、アルミニウム部材
の製造方法であって、
ホウ素原子を含み、pHが7.0以上12.0以下である電解液中で前記母材に陽極酸化処理を施すことにより前記陽極酸化皮膜を形成する、アルミニウム部材の製造方法。
【請求項2】
前記結晶層は、平均径1μm以上20μm以下の細孔を有している、請求項1に記載のアルミニウム部材
の製造方法。
【請求項3】
前記陽極酸化皮膜の表面の算術平均粗さRaは0.5μm以上1.5μm以下である、請求項1または2に記載のアルミニウム部材
の製造方法。
【請求項4】
前記アルミニウム部材における前記陽極酸化皮膜を有する表面の色調を測定して得られる、CIE 1976 L*a*b*色空間におけるL*値が70.0以上である、請求項1~3のいずれか1項に記載のアルミニウム部材
の製造方法。
【請求項5】
前記電解液は、四ホウ酸アンモニウムの水溶液である、
請求項1~4のいずれか1項に記載のアルミニウム部材の製造方法。
【請求項6】
前記陽極酸化処理において、前記電解液の温度を283K以上343K以下とし、10A/m
2以上200A/m
2以下の電流密度で定電流電解を行う、
請求項1~5のいずれか1項に記載のアルミニウム部材の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アルミニウム部材及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
アルミニウム部材は、建材や電子機器の筐体、機械部品などの種々の用途を有している。アルミニウム部材の表面には、意匠性や耐食性、耐摩耗性、絶縁性などの特性を付与する目的で、機能性皮膜が設けられていることがある。
【0003】
アルミニウム部材の表面に設けられる機能性皮膜としては、陽極酸化皮膜が知られている。陽極酸化皮膜が有する特性は、陽極酸化皮膜の構造や作製方法に応じて変化する。例えば特許文献1には、アルミニウムが表面に露出した基板を、ホウ素を含む電解質を溶解した第一の電解液に浸漬してアルミニウムの陽極酸化を行い、次にこの基板をホウ素を含まない電解質を溶解した第二の電解液に浸漬して更に陽極酸化を行うことを特徴とする、陽極酸化アルミナ膜の形成方法が記載されている。
【0004】
また、特許文献2には、(a)窒素原子含有カチオン及び(b)アルミニウムに対する安定度定数が9以上のアミノカルボン酸アニオンを含有する水性電解浴中で、陽極火花放電によりアルミニウム又はアルミニウム合金基体表面に、酸化アルミニウムを含有するセラミックス皮膜を形成させることを特徴とするセラミックス皮膜の形成方法が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開平10-107027号公報
【文献】特開2003-171794号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
特許文献1の方法によれば、バリア型陽極酸化皮膜と呼ばれる種類の陽極酸化皮膜を形成することができる。バリア型陽極酸化皮膜は、比較的ち密であるため、優れた絶縁性や耐食性を有している。しかし、バリア型陽極酸化皮膜は、厚みを厚くすることが難しいため、耐摩耗性や硬さに劣るという問題がある。
【0007】
また、特許文献2の方法によれば、プラズマ電解酸化皮膜と呼ばれる種類の陽極酸化皮膜を形成することができる。プラズマ電解酸化皮膜は、結晶性のアルミニウム酸化物から構成されており、厚みを容易に厚くすることができるため、優れた耐摩耗性を有している。しかし、プラズマ電解酸化皮膜は、細孔が形成されやすいため、絶縁性に劣るという問題がある。
【0008】
本発明は、かかる背景に鑑みてなされたものであり、絶縁性、耐食性及び耐摩耗性に優れた陽極酸化皮膜を有するアルミニウム部材及びその製造方法を提供しようとするものである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明の一参考態様は、アルミニウムまたはアルミニウム合金よりなる母材と、
前記母材の表面上に形成された陽極酸化皮膜と、を有しており、
前記陽極酸化皮膜は、
非晶質のアルミニウム酸化物からなり、前記母材上に形成された非晶質層と、
結晶性のアルミニウム酸化物からなり、前記非晶質層上に形成された結晶層と、を有している、アルミニウム部材にある。
【0010】
本発明の一態様は、前記の態様のアルミニウム部材の製造方法であって、
ホウ素原子を含み、pHが7.0以上12.0以下である電解液中で前記母材に陽極酸化処理を施すことにより前記陽極酸化皮膜を形成する、アルミニウム部材の製造方法にある。
【発明の効果】
【0011】
前記アルミニウム部材の表面には、前記非晶質層と、前記結晶層とを備えた陽極酸化皮膜が存在している。非晶質層は、比較的ち密な非晶質のアルミニウム酸化物から構成されているため、前記アルミニウム部材に優れた絶縁性や耐食性を付与することができる。また、結晶層は、比較的硬い結晶性のアルミニウム酸化物から構成されているため、前記アルミニウム部材に優れた耐摩耗性を付与することができる。
【0012】
このように、前記陽極酸化皮膜は、バリア型陽極酸化皮膜の優れた絶縁性及び耐食性と、プラズマ電解酸化皮膜の優れた耐摩耗性とを兼ね備えている。それ故、前記アルミニウム部材は、優れた絶縁性、耐食性及び耐摩耗性を有している。
【0013】
また、前記アルミニウム部材の製造方法においては、前記母材に前記特定の電解液中で陽極酸化処理が施される。電解液として前記特定の電解液を用いることにより、陽極酸化処理の初期段階において前記非晶質層を形成することができる。また、陽極酸化処理が進行し、前記非晶質の厚みがある程度厚くなると、非晶質層の表面において絶縁破壊が生じ、発光を伴う放電が発生しやすくなる。これにより、非晶質層上に前記結晶層を形成することができる。
【0014】
それ故、前記アルミニウム部材の製造方法によれば、前記母材上に、簡便な方法で前記陽極酸化皮膜を形成することができる。
【0015】
以上のように、前記の態様によれば、絶縁性、耐食性及び耐摩耗性に優れた陽極酸化皮膜を有するアルミニウム部材及びその製造方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【
図1】
図1は、実施例におけるアルミニウム部材の断面図である。
【
図2】
図2は、実施例における試験材Bの陽極酸化皮膜の破断面の電子顕微鏡像である。
【
図3】
図3は、実施例における試験材BのX線回折チャートである。
【
図4】
図4は、実施例における試験材Lの陽極酸化皮膜の表面の電子顕微鏡像である。
【
図5】
図5は、細孔の最大幅の測定方法の説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
(アルミニウム部材)
前記アルミニウム部材は、母材と、母材の表面に形成された陽極酸化皮膜と、を有している。アルミニウム部材の形状は特に限定されることはなく、アルミニウム部材の用途に応じて適切な形状とすることができる。また、陽極酸化皮膜は、母材の表面全体に設けられていてもよいし、母材の表面の一部に設けられていてもよい。
【0018】
アルミニウム部材の母材の材質は、アルミニウムまたはアルミニウム合金であれば、特に限定されることはない。例えば、母材の材質としては、高純度アルミニウムや、JIS A1000系アルミニウム、A2000系合金、A3000系合金、A4000系合金、A5000系合金、A6000系合金、A7000系合金及びA8000系合金等を採用することができる。
【0019】
例えば、母材の材質がA5000系合金やA6000系合金等の比較的高強度のアルミニウム合金である場合には、アルミニウム部材の強度を高くすることができる。それ故、A5000系合金またはA6000系合金からなる母材を備えたアルミニウム部材は、例えば、自動車用材料や構造材料等の、高強度を求められる用途に好適である。
【0020】
また、例えば、母材の材質がA1000系アルミニウムやA3000系合金である場合には、陽極酸化皮膜の着色を抑制し、アルミニウム部材の色調をより白色に近い色調とすることができる。このようなアルミニウム部材は、それ自体を白色の外観が求められる用途に使用することができる。さらに、アルミニウム部材の色調が白色に近いほど、アルミニウム部材の表面を所望の色に着色することが容易となる。それ故、A1000系アルミニウムまたはA3000系合金かなる母材を備えたアルミニウム部材は、例えば、外装材や電子機器の筐体などの意匠性を求められる用途に好適である。
【0021】
母材上には、陽極酸化皮膜が形成されている。陽極酸化皮膜は、母材上に形成された非晶質層と、非晶質層上に形成された結晶層とを有している。
【0022】
非晶質層は、非晶質のアルミニウム酸化物から構成されている。非晶質層は前述したように比較的ち密であるため、アルミニウム部材に絶縁性及び耐食性を付与することができる。非晶質層を構成するアルミニウム酸化物の組成は、母材の材質に応じて決定される。すなわち、非晶質層は、主としてアルミニウム原子と酸素原子とから構成されている。また、非晶質層には、アルミニウム原子及び酸素原子以外に、母材に含まれる合金元素が含まれ得る。
【0023】
陽極酸化皮膜に非晶質層が形成されているか否かは、X線結晶構造解析により得られるX線回折チャートに基づいて判断することができる。すなわち、X線回折チャートに、回折角20°から40°までの範囲に頂点を有するブロードなピークが現れた場合、陽極酸化皮膜に非晶質のアルミニウムからなる非晶質層が形成されていると判断することができる。
【0024】
非晶質層の厚みは、例えば、0.05μm以上1.0μm以下であってもよい。この場合には、非晶質層の欠陥をより低減し、アルミニウム部材の絶縁性及び耐食性を向上させる効果をより確実に奏することができる。かかる作用効果をより確実に得る観点から、非晶質層の厚みは、0.10μm以上0.90μm以下であることが好ましく、0.20μm以上0.80μm以下であることがより好ましい。
【0025】
非晶質層の厚みは、以下の方法により算出される値とする。すなわち、まず、走査型電子顕微鏡等を用いて前記アルミニウム部材の断面を観察することにより、電子顕微鏡像を取得する。この電子顕微鏡像における非晶質層から10か所の測定位置を無作為に選択する。そして、これらの測定位置における非晶質層の厚みの算術平均値を前述した非晶質層の厚みとする。
【0026】
非晶質層上には、結晶性のアルミニウム酸化物からなる結晶層が積層されている。結晶性のアルミニウム酸化物からなる結晶層は、前述したように、比較的硬いため、アルミニウム部材に耐摩耗性を付与することができる。結晶層は、α-Al2O3やγ-Al2O3等の結晶性のアルミニウム酸化物から構成されている。より具体的には、結晶層は、α-Al2O3から構成されていてもよいし、γ-Al2O3から構成されていてもよい。また、結晶層は、α-Al2O3とγ-Al2O3とから構成されていてもよい。さらに、結晶層には、これらのアルミニウム酸化物に加えて、母材に含まれる合金元素が含まれ得る。
【0027】
陽極酸化皮膜に結晶層が形成されているか否かは、X線結晶構造解析により得られるX線回折チャートに基づいて判断することができる。すなわち、X線回折チャートにおいて、α-Al2O3やγ-Al2O3等の結晶性のアルミニウム酸化物に由来する回折ピークが現れた場合、陽極酸化皮膜に結晶層が形成されていると判断することができる。
【0028】
結晶層の厚みは、例えば、1.0μm以上であってもよい。この場合には、結晶層の厚みを十分に厚くし、耐摩耗性を向上させる効果をより確実に奏することができる。かかる作用効果をより確実に得る観点から、結晶層の厚みは、2.0μm以上であることが好ましく、3.0μm以上であることがより好ましい。
【0029】
また、結晶層の厚みは、5.0μm以上15.0μm以下であることが好ましく、6.0μm以上14.0μm以下であることがより好ましく、7.0μm以上13.0μm以下であることがさらに好ましい。この場合には、アルミニウム部材の色調をより白色に近い色調とすることができる。その結果、前記アルミニウム部材の意匠性をより向上させることができる。
【0030】
結晶層の厚みの測定方法は、前述した非晶質層の厚みの測定方法と同様である。すなわち、まず、走査型電子顕微鏡等を用いて前記アルミニウム部材の断面を観察することにより、電子顕微鏡像を取得する。この電子顕微鏡像における結晶層から10か所の測定位置を無作為に選択する。そして、これらの測定位置における結晶層の厚みの算術平均値を前述した結晶層の厚みとする。
【0031】
結晶層は、前記アルミニウム部材の表面に開口した複数の細孔を有していてもよい。この場合には、陽極酸化皮膜に入射した外光を結晶層において十分に散乱させ、陽極酸化皮膜の透明感をより低下させることができる。そして、陽極酸化皮膜の透明感を低下させることにより、下地である母材の色調を効果的に隠ぺいすることができる。その結果、前記アルミニウム部材の色調をより白色に近づけ、意匠性をより向上させることができる。
【0032】
かかる作用効果をより確実に奏する観点からは、結晶層は、平均径1μm以上20μm以下の細孔を有していることが好ましい。
【0033】
結晶層に存在する細孔の平均径は、以下の方法により算出される値とする。すなわち、まず、走査型電子顕微鏡等を用いて前記結晶層の表面を観察することにより、電子顕微鏡像を取得する。この電子顕微鏡像において、測定対象の細孔を無作為に10か所選択する。次に、測定対象の細孔の最大幅、つまり、種々の方向から細孔の幅を測定し、得られた値のうち最も大きな幅の値を決定する。このようにして決定した10か所の細孔の最大幅の算術平均値を、細孔の平均径とする。
【0034】
前記陽極酸化皮膜の表面の算術平均粗さRaは0.5μm以上1.5μm以下であることが好ましい。この場合には、陽極酸化皮膜に入射した外光をその表面において十分に散乱させ、陽極酸化皮膜の透明感をより低下させることができる。そして、陽極酸化皮膜の透明感を低下させることにより、下地である母材の色調を効果的に隠ぺいすることができる。その結果、前記アルミニウム部材の色調をより白色に近づけ、意匠性をより向上させることができる。なお、陽極酸化皮膜の表面の算術平均粗さRaは、JIS B0601:2013に準拠した方法により測定される値である。
【0035】
前記アルミニウム部材における陽極酸化皮膜を有する表面の色調を測定して得られる、CIE 1976 L*a*b*色空間におけるL*値は70.0以上であることが好ましい。CIE 1976 L*a*b*色空間におけるL*値は、0から100までの値をとり、値が大きいほど色の明度が高いことを意味する。
【0036】
前記特定の構成を有するアルミニウム部材の表面においてL*値を前記特定の範囲とすることにより、アルミニウム部材の表面を目視した際の色調をより白色に近づけることができる。前述したように、表面の色調が白色に近いアルミニウム部材は、白色の外観が求められる用途に好適に使用することができる。
【0037】
また、例えば塗装などによって白色のアルミニウム部材の表面に有彩色を着色した場合、着色後の色調が母材の色調の影響を受けにくくなり、所望の有彩色をより容易に実現することができる。
【0038】
このように、L*値を前記特定の範囲であるアルミニウム部材は、所望する色調を容易に実現することができるため、優れた意匠性を有している。アルミニウム部材の意匠性をより高める観点からは、CIE 1976 L*a*b*色空間におけるL*値は75以上であることが好ましく、80以上であることがより好ましい。なお、アルミニウム部材の意匠性をより高める観点からは、L*値は上限である100に近いほど好ましい。
【0039】
(アルミニウム部材の製造方法)
前記アルミニウム部材の製造方法は、ホウ素原子を含み、pHが7.0以上12.0以下である電解液中で母材に陽極酸化処理を施す工程を有している。アルミニウムまたはアルミニウム合金からなる母材に前記特定の電解液を用いて陽極酸化処理を行うと、陽極酸化処理の初期段階において、母材の表面に非晶質のアルミニウム酸化物からなる非晶質層が形成される。
【0040】
陽極酸化処理が進行すると、非晶質層の厚みが厚くなり、これに伴って非晶質層の電気絶縁性が上昇する。そして、非晶質層の電気絶縁性が高くなり、母材の表面においてアノード反応が起こりにくくなると、非晶質層の表面において、マイクロアークと呼ばれる微小かつ不規則な放電が断続的に発生する。このマイクロアークによって非晶質層の表面が融解と凝固とを繰り返すことにより、非晶質層の表面に結晶層が形成される。
【0041】
以上のように、前記特定の電解液を用いて陽極酸化処理を行うことにより、母材上に積層された非晶質層と、非晶質層上に積層された結晶層とを備えた陽極酸化皮膜を容易に形成することができる。
【0042】
前記アルミニウム部材の製造方法においては、母材に陽極酸化処理を行う前に、必要に応じて、脱脂処理や研磨処理などの前処理を母材に施してもよい。脱脂処理としては、例えば、アルカリ洗浄液を用いたアルカリ脱脂処理を行うことができる。脱脂処理を行うことにより、陽極酸化処理後に得られるアルミニウム部材のグロス値を低下させ、光沢のないアルミニウム部材を容易に得ることができる。
【0043】
また、研磨処理としては、例えば、化学研磨処理や機械研磨処理、電解研磨処理などを行うことができる。研磨処理を行うことにより、陽極酸化処理後に得られるアルミニウム部材のグロス値を上昇させ、光沢のあるアルミニウム部材を容易に得ることができる。アルミニウム部材のグロス値をより高くする観点からは、母材に電解研磨処理を行うことが好ましい。
【0044】
陽極酸化処理に用いられる電解液としては、ホウ素原子を含み、pHが7.0以上12.0以下である液を用いることができる。かかる電解液としては、例えば、ホウ酸及びホウ酸塩からなる群より選択される1種または2種以上の電解質の水溶液を使用することができる。電解液に用いられる電解質としては、具体的には、四ホウ酸アンモニウムや五ホウ酸アンモニウム等のホウ酸とアンモニアとの塩や、四ホウ酸ナトリウム等のホウ酸とアルカリ金属元素との塩などが挙げられる。
【0045】
前記特定の構造を有する陽極酸化皮膜をより容易に形成する観点からは、電解液は、四ホウ酸アンモニウムを含む電解質の水溶液であることが好ましい。
【0046】
電解液の濃度は、例えば、0.1mol/L以上1.0mol/L以下の範囲から適宜設定することができる。陽極酸化処理における電解液の濃度は、0.2mol/L以上0.9mol/L以下であることが好ましい。この場合には、陽極酸化処理中の陽極酸化皮膜の成長をより促進することができる。その結果、陽極酸化皮膜の厚みをより容易に厚くすることができる。
【0047】
陽極酸化処理における電解液の温度は、例えば、283K以上343K以下の範囲から適宜設定することができる。陽極酸化処理における電解液の温度は、303K以上343K以下であることが好ましい。この場合には、電解液の濃度を適度に高くし、陽極酸化処理中の陽極酸化皮膜の成長をより促進することができる。その結果、陽極酸化皮膜の厚みをより容易に厚くすることができる。
【0048】
陽極酸化処理においては、10A/m2以上200A/m2以下の電流密度で定電流電解を行うことが好ましい。かかる電流条件で陽極酸化処理を行うことにより、陽極酸化処理中の陽極酸化皮膜の成長をより促進するとともに、陽極酸化皮膜をより均一に成長させることができる。
【0049】
陽極酸化処理における処理時間は、例えば、5分以上とすることができる。陽極酸化処理における処理時間を5分以上とすることにより、非晶質層上に結晶層が積層された陽極酸化皮膜をより容易に形成することができる。また、陽極酸化処理における処理時間が長いほど、結晶層の厚みをより厚くし、アルミニウム部材の耐摩耗性をより向上させることができる。かかる観点からは、陽極酸化処理における処理時間は、10分以上であることが好ましく、20分以上であることがより好ましく、30分以上であることがさらに好ましい。
【実施例】
【0050】
前記アルミニウム部材及びその製造方法の実施例を、
図1~
図4を参照しつつ説明する。本例のアルミニウム部材1は、
図1に示すように、アルミニウムまたはアルミニウム合金よりなる母材2と、母材2の表面上に形成された陽極酸化皮膜3と、を有している。陽極酸化皮膜3は、非晶質のアルミニウム酸化物からなり、母材2上に形成された非晶質層31と、結晶性のアルミニウム酸化物からなり、非晶質層31上に形成された結晶層32と、を有している。
【0051】
本例のアルミニウム部材1は、以下の方法により作製することができる。まず、Al純度が99.99質量%の高純度アルミニウムからなるよりなる母材2を準備する。母材2は、一辺20mmの正方形状を呈する板材である。エタノールを用いて母材2の表面に超音波洗浄を施して脱脂処理を行い、次いで電解研磨を行う。
【0052】
このようにして前処理を行った母材2の片面に対し、ホウ素原子を含み、pHが7.0以上12.0以下である電解液中で陽極酸化処理を施すことにより母材2の表面に陽極酸化皮膜3を形成することができる。
【0053】
陽極酸化処理においては、例えば、表1に示す電解液及び処理条件を採用することができる。以下に、表1に示す試験材A~試験材Kを例として、アルミニウム部材1のより詳細な構成を説明する。なお、表1に示す試験材L~試験材Nは、試験材A~試験材Kとの比較のための試験材である。試験材L~試験材Nは、電解液及び処理条件を表1に示すように変更する以外は、試験材A~試験材Kと同様の方法により作製することができる。
【0054】
・陽極酸化皮膜の構造
電解放出型走査電子顕微鏡(FE-SEM)を用いた断面観察及びX線回折装置を用いた構成物質の同定を組み合わせて行うことによって陽極酸化皮膜の構造を評価することができる。
【0055】
断面観察を行うに当たっては、まず、試験材A~試験材Nに、陽極酸化処理を施した表面が外側となるようにV曲げを行い、陽極酸化皮膜を破断させる。FE-SEMを用いて陽極酸化皮膜の破断面を観察することにより、陽極酸化皮膜の積層構造を評価することができる。断面観察の結果、陽極酸化皮膜が単一の層からなる場合には表2の「積層構造」欄に「単層」と記載し、二層構造である場合には同欄に「二層」と記載した。また、陽極酸化皮膜が形成されない場合には、同欄に「-」と記載した。
【0056】
また、構成物質の同定を行うに当たっては、X線回折装置(株式会社リガク製「RINT2500」)を用い、試験材A~試験材Nの陽極酸化皮膜にX線を照射してX線回折チャートを取得する。そして、X線回折チャートに現れた回折ピークを既知の物質の回折パターンと比較することにより、X線回折チャートに現れた回折ピークに対応する物質を同定することができる。また、X線回折チャートにおいて、回折角20°から40°までの範囲に頂点を有するブロードなピークが現れた場合には、陽極酸化皮膜中に非晶質の物質が含まれていると判断することができる。
【0057】
表2の「構成物質」欄に、試験材A~試験材Nに含まれる物質を示す。
【0058】
表2に示すように、試験材A~試験材Kの陽極酸化皮膜3は、いずれも二層構造を有している。試験材A~試験材Kの陽極酸化皮膜3は、より詳細には、
図2に一例として示した試験材Bのように、母材2上に形成された比較的均一な厚みを有し、欠陥の少ない層と、この層の上に形成された、細孔や放電痕、溶融痕等が存在する層とを有している。
【0059】
また、
図3に、一例として試験材BのX線回折チャートを示す。なお、
図3の縦軸は回折強度であり、横軸は回折角2θ(°)である。図には示さないが、試験材A及び試験材C~試験材KのX線回折チャートは、試験材Bと同様である。表2に示すように、これらの結果によれば、試験材A~試験材Kの陽極酸化皮膜3は、結晶性のアルミニウム酸化物であるα-Al
2O
3及びγ-Al
2O
3と、非晶質のアルミニウム酸化物とから構成されていることが理解できる。
【0060】
一方、試験材A~試験材Kに比べて陽極酸化処理における処理時間の短い試験材Lには、表2に示すように、非晶質のアルミニウム酸化物からなる単一層の陽極酸化皮膜が形成される。試験材A~試験材Kと試験材Lとの比較から、試験材A~試験材Kにおける母材2上に形成された層は非晶質のアルミニウム酸化物からなる非晶質層31であり、非晶質層31上に結晶層32が形成されることが理解できる。
【0061】
試験材Mにおける電解液は水酸化ナトリウム水溶液であるため、陽極酸化処理時の陽極酸化皮膜の成長速度よりも、陽極酸化皮膜及び母材の溶解速度の方が早くなる。そのため、試験材Mの表面に陽極酸化皮膜を形成することは難しい。
【0062】
試験材Nにおける電解液は硫酸水溶液であるため、陽極酸化処理が進行した際に絶縁破壊が起こらない。そのため、試験材Nの表面には、非晶質のアルミニウムからなり細孔を有する単一層の陽極酸化皮膜が形成される。
【0063】
・結晶層の表面構造
FE-SEMを用いて試験材A~試験材Kの表面を観察することにより、結晶層32の表面構造を評価することができる。
図4に一例として試験材Bの表面の電子顕微鏡像を示すように、結晶層32の表面には、多数の細孔321が存在している。
【0064】
結晶層32に存在する細孔321の平均径は、以下のようにして算出される。まず、電子顕微鏡像に存在する細孔321から無作為に10個の測定対象の細孔321を選択する。次に、
図5に一例を示すように、測定対象の細孔321の幅Wを種々の方向から測定する。そして、種々の方向から測定した細孔321の幅Wのうち最大の値を細孔の最大幅W
maxとする。このようにして得られた10か所の細孔321の最大幅W
maxの算術平均値を、細孔321の平均径とする。
【0065】
試験材A~試験材Kの細孔321の平均径は、表2に示す値となる。なお、結晶層32を有さない試験材L及び試験材Mについては、細孔が存在しないため、表2の「細孔の平均径」欄に記号「-」を記載した。試験材Nの細孔の平均径は、試験材A~試験材Kと同様の方法により算出することができる。試験材Nの細孔の平均径は、表2に示す値となる。
【0066】
表2に示すように、試験材A~試験材Kの平均細孔径は1μm以上20μm以下となる。
【0067】
・算術平均粗さRaの評価
JIS B0601:2013に準拠した方法により陽極酸化皮膜の表面の算術平均粗さRaを評価することができる。具体的には、まず、レーザ顕微鏡(オリンパス株式会社製「OLS-3000」)を用いて倍率50倍で陽極酸化皮膜を観察し、陽極酸化皮膜の表面の高さ情報を含む三次元画像を取得する。このようにして得られた三次元画像において、無作為に選択した3か所の算術平均粗さRaを算出する。そして、これら3か所の算術平均粗さRaの算術平均値を、陽極酸化皮膜の表面の算術平均粗さRaとする。試験材A~試験材K及び試験材Nの陽極酸化皮膜の表面の算術平均粗さRaは、表2に示す値となる。なお、試験材L及び試験材Mについては、結晶層32を有しないため算術平均粗さRaの測定は不要である。それ故、これらの試験材の「算術平均粗さRa」欄には記号「-」を記載した。
【0068】
次に、アルミニウム部材1の特性の評価方法を説明する。
【0069】
・外観特性
アルミニウム部材1の外観特性は、目視及びSEM観察による陽極酸化皮膜3の外観の均一性に基づいて評価することができる。表2の「外観特性」欄に記載した記号の意味は以下の通りである。
A:目視及びSEM観察のいずれにおいても、陽極酸化皮膜の外観が均一である
B:目視において陽極酸化皮膜の外観が均一であるが、SEM観察において、放電痕が形成されている部分と放電痕が形成されていない部分とが混在している
C:目視において陽極酸化皮膜の外観が不均一であるが、SEM観察において、放電痕が形成されている部分が存在している
D:目視において陽極酸化皮膜の外観が不均一であり、SEM観察において、放電痕が形成されている部分が存在していない
【0070】
・意匠性
アルミニウム部材1の意匠性は、陽極酸化皮膜3を有する表面の色調に基づいて評価することができる。表2の「意匠性」欄に、試験材A~試験材K及び試験材NのCIE(国際照明委員会) 1976 L*a*b*色空間におけるL*値を示す。なお、L*値の測定には、JIS Z8781-4:2013に準拠した分光測色計(例えば、スガ試験機株式会社製カラーメータ「CC-iS」)を使用することができる。なお、試験材Lは、結晶層を有しないため、「意匠性」欄に記号「-」を記載した。また、試験材Mは、陽極酸化皮膜を有しないため、「意匠性」欄に記号「-」を記載した。
【0071】
【0072】
【0073】
表1に示したように、試験材A~試験材Kの陽極酸化皮膜3は、非晶質層31上に結晶層32が積層された2層構造を有している。そのため、表2に示したように、これらの試験材は、非晶質層31に由来する優れた絶縁性及び耐食性と、結晶層32に由来する優れた耐摩耗性とを兼ね備えていることが期待できる。
【0074】
また、試験材A~試験材Kの結晶層32に存在する細孔321の平均径及び試験材A~試験材Kの算術平均粗さRaは、それぞれ前記特定の範囲内である。そのため、試験材A~試験材Kの外観は白色不透明となり、優れた意匠性を有している。
【0075】
試験材Lは、陽極酸化処理における処理時間が試験材A~試験材Kに比べて短いため、陽極酸化処理中に、非晶質層31の表面において絶縁破壊が起こらない。そのため、試験材Lの非晶質層31上に結晶層を形成することは難しい。
【0076】
試験材Mにおける電解液は水酸化ナトリウム水溶液であるため、陽極酸化処理時の陽極酸化皮膜の成長速度よりも、陽極酸化皮膜及び母材の溶解速度の方が早くなる。そのため、試験材Mの表面に陽極酸化皮膜を形成することは難しい。従って、試験材Mは、試験材A~試験材Kに比べて絶縁性、耐食性及び耐摩耗性に劣ると推測される。
【0077】
試験材Nにおける電解液は硫酸水溶液であるため、陽極酸化処理時に絶縁破壊が起こらない。そのため、試験材Nの表面に結晶層を形成することは難しい。従って、試験材Nは、試験材A~試験材Kに比べて耐摩耗性に劣ると推測される。また、試験材Nの表面に形成される陽極酸化皮膜は透明度が高いため、試験材Nの外観は、母材の色調に近い色調となりやすい。
【0078】
以上のように、前記アルミニウム部材及びその製造方法の具体的な態様を実施例に基づいて説明したが、本発明に係るアルミニウム部材及びその製造方法の態様は、前述した実施例の態様に限定されるものではなく、本発明の趣旨を損なわない範囲で適宜構成を変更することができる。
【符号の説明】
【0079】
1 アルミニウム部材
2 母材
3 陽極酸化皮膜
31 非晶質層
32 結晶層