(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-11-18
(45)【発行日】2024-11-26
(54)【発明の名称】情報処理システム、情報処理方法、および情報処理プログラム
(51)【国際特許分類】
G16C 20/10 20190101AFI20241119BHJP
【FI】
G16C20/10
(21)【出願番号】P 2020130930
(22)【出願日】2020-07-31
【審査請求日】2023-06-30
(73)【特許権者】
【識別番号】000004455
【氏名又は名称】株式会社レゾナック
(74)【代理人】
【識別番号】100088155
【氏名又は名称】長谷川 芳樹
(74)【代理人】
【識別番号】100128381
【氏名又は名称】清水 義憲
(74)【代理人】
【識別番号】100169454
【氏名又は名称】平野 裕之
(74)【代理人】
【識別番号】100144440
【氏名又は名称】保坂 一之
(72)【発明者】
【氏名】星野 稔
【審査官】前田 侑香
(56)【参考文献】
【文献】特開2019-016163(JP,A)
【文献】国際公開第2018/102565(WO,A1)
【文献】“Winmostar チュートリアル NWChem Nudged Elastic Band (NEB) V9.2.0”,[online],日本,株式会社クロスアビリティ,2019年04月04日,p.1-15,[検索日 2024.07.09],インターネット<URL:https://winmostar.com/jp/tutorials/V9/NWChem_tutorial_1(NEB)V9.pdf>
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G06Q 10/00-99/00
G16B 5/00-99/00
G16C 10/00-99/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
複数の反応物の間の化学反応を解析する情報処理システムであって、
少なくとも一つのプロセッサを備え、
前記少なくとも一つのプロセッサが、
前記複数の反応物のそれぞれについて、
該反応物の全原子のうち、
前記化学反応によって原子間距離が所与の閾値を跨ぐように変化する原子と、
前記化学反応によって結合角が所与の閾値を跨ぐように変化する原子と、
前記化学反応によって二面角が所与の閾値以上に変化する原子群と、
のうちの少なくとも一つを、前記化学反応に関係する一部の原子である第1原子として選択し、該第1原子を対象原子として抽出し、
前記対象原子に限定してNEB法の拘束条件を設定し、
前記拘束条件下で前記NEB法を実行して、前記複数の反応物から生成物への反応経路を推定する、
情報処理システム。
【請求項2】
前記原子間距離についての前記閾値が、結合距離と1より大きい係数との積である、
請求項
1に記載の情報処理システム。
【請求項3】
前記対象原子が、前記第1原子に結合する第2原子を含む、
請求項
1または2に記載の情報処理システム。
【請求項4】
少なくとも一つのプロセッサを備え、複数の反応物の間の化学反応を解析する情報処理システムにより実行される情報処理方法であって、
前記複数の反応物のそれぞれについて、
該反応物の全原子のうち、
前記化学反応によって原子間距離が所与の閾値を跨ぐように変化する原子と、
前記化学反応によって結合角が所与の閾値を跨ぐように変化する原子と、
前記化学反応によって二面角が所与の閾値以上に変化する原子群と、
のうちの少なくとも一つを、前記化学反応に関係する一部の原子である第1原子として選択し、該第1原子を対象原子として抽出するステップと、
前記対象原子に限定してNEB法の拘束条件を設定するステップと、
前記拘束条件下で前記NEB法を実行して、前記複数の反応物から生成物への反応経路を推定するステップと、
を含む情報処理方法。
【請求項5】
複数の反応物の間の化学反応を解析する情報処理システムとしてコンピュータを機能させる情報処理プログラムであって、
前記複数の反応物のそれぞれについて、
該反応物の全原子のうち、
前記化学反応によって原子間距離が所与の閾値を跨ぐように変化する原子と、
前記化学反応によって結合角が所与の閾値を跨ぐように変化する原子と、
前記化学反応によって二面角が所与の閾値以上に変化する原子群と、
のうちの少なくとも一つを、前記化学反応に関係する一部の原子である第1原子として選択し、該第1原子を対象原子として抽出するステップと、
前記対象原子に限定してNEB法の拘束条件を設定するステップと、
前記拘束条件下で前記NEB法を実行して、前記複数の反応物から生成物への反応経路を推定するステップと、
を前記コンピュータに実行させる情報処理プログラム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示の一側面は情報処理システム、情報処理方法、および情報処理プログラムに関する。
【背景技術】
【0002】
複数の反応物から生成物までの反応経路をNudged Elastic Band(NEB)法によって推定する手法が知られている。例えば、特許文献1には、NEB法を用いて排ガス浄化触媒を探索することが記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
NEB法は、活性化エネルギが最も低くなる反応経路を精度良く探索できるが、その反面、その探索に時間が掛かるという欠点を有する。そのため、複数の反応物から生成物までの反応経路をより高速に推定できる手法が望まれている。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本開示の一側面に係る情報処理システムは、複数の反応物の間の化学反応を解析する。この情報処理システムは少なくとも一つのプロセッサを備える。少なくとも一つのプロセッサは、複数の反応物のそれぞれについて、該反応物の全原子のうち化学反応に関係する一部の原子を対象原子として抽出し、対象原子に限定してNEB法の拘束条件を設定し、拘束条件下でNEB法を実行して、複数の反応物から生成物への反応経路を推定する。
【0006】
本開示の一側面に係る情報処理方法は、少なくとも一つのプロセッサを備え、複数の反応物の間の化学反応を解析する情報処理システムにより実行される。この情報処理方法は、複数の反応物のそれぞれについて、該反応物の全原子のうち化学反応に関係する一部の原子を対象原子として抽出するステップと、対象原子に限定してNEB法の拘束条件を設定するステップと、拘束条件下でNEB法を実行して、複数の反応物から生成物への反応経路を推定するステップとを含む。
【0007】
本開示の一側面に係る情報処理プログラムは、複数の反応物の間の化学反応を解析する情報処理システムとしてコンピュータを機能させる。この情報処理プログラムは、複数の反応物のそれぞれについて、該反応物の全原子のうち化学反応に関係する一部の原子を対象原子として抽出するステップと、対象原子に限定してNEB法の拘束条件を設定するステップと、拘束条件下でNEB法を実行して、複数の反応物から生成物への反応経路を推定するステップとをコンピュータに実行させる。
【0008】
このような側面においては、化合物の全原子のうち化学反応に関係する一部の原子に限定してNEB法の拘束条件が設定される。そして、その拘束条件下でのNEB法によって反応経路が推定される。このように、拘束条件が設定される原子を限定することでNEB法の計算時間が短縮されるので、複数の反応物から生成物までの反応経路をより高速に推定することが可能になる。
【発明の効果】
【0009】
本開示の一側面によれば、複数の反応物から生成物までの反応経路をより高速に推定することができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1】実施形態に係る情報処理システムを構成するコンピュータのハードウェア構成の一例を示す図である。
【
図2】実施形態に係る情報処理システムの機能構成の一例を示す図である。
【
図3】実施形態に係る情報処理システムの動作の一例を示すフローチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、添付図面を参照しながら本開示での実施形態を詳細に説明する。図面の説明において同一または同等の要素には同一の符号を付し、重複する説明を省略する。
【0012】
[システムの構成]
実施形態に係る情報処理システム10は、複数の反応物(これを「出発物質」ともいう)の間の化学反応を解析するコンピュータシステムである。より具体的には、情報処理システム10は複数の反応物から生成物(これを「最終生成物」ともいう)への反応経路を推定する。反応経路とは、反応物から生成物までの過程をいう。反応物および生成物のいずれも何ら限定されない。
【0013】
本実施形態では、情報処理システム10はNEB法を用いて反応経路を推定する。NEB法では、反応物(初期構造)および生成物(最終構造)のそれぞれの構造が入力データとして処理されて、これら二つの構造をつなぎ合わせるn個の中間構造が生成される。この中間構造はイメージ(image)とも呼ばれる。それぞれの中間構造は、反応経路に沿ったバネによって、隣接する別の構造と結合される。NEB法は、それぞれの中間構造に作用する力を求め、反応経路に対する垂直成分とバネによる復元力とを考慮しながら構造最適化を実行することで、活性化エネルギが最小である反応経路を最安定経路として求める。
【0014】
[システムの構成]
情報処理システム10は1台以上のコンピュータで構成される。複数台のコンピュータを用いる場合には、これらのコンピュータがインターネット、イントラネット等の通信ネットワークを介して接続されることで、論理的に一つの情報処理システム10が構築される。
【0015】
図1は、情報処理システム10を構成するコンピュータ100の一般的なハードウェア構成の一例を示す図である。例えば、コンピュータ100は、オペレーティングシステム、アプリケーション・プログラム等を実行するプロセッサ(例えばCPU)101と、ROMおよびRAMで構成される主記憶部102と、ハードディスク、フラッシュメモリ等で構成される補助記憶部103と、ネットワークカードまたは無線通信モジュールで構成される通信制御部104と、キーボード、マウス等の入力装置105と、モニタ等の出力装置106とを備える。
【0016】
情報処理システム10の各機能要素は、プロセッサ101または主記憶部102の上に予め定められたプログラムを読み込ませてプロセッサ101にそのプログラムを実行させることで実現される。プロセッサ101はそのプログラムに従って、通信制御部104、入力装置105、または出力装置106を動作させ、主記憶部102または補助記憶部103におけるデータの読み出しおよび書き込みを行う。処理に必要なデータまたはデータベースは主記憶部102または補助記憶部103内に格納される。
【0017】
図2は情報処理システム10の機能構成の一例を示す図である。情報処理システム10は機能要素として構造計算部11、原子抽出部12、および経路探索部13を備える。構造計算部11は複数の反応物と生成物とのそれぞれの最適構造を算出する機能要素である。最適構造とは、物質が最小のエネルギ状態にあるときの該物質の構造をいい、最安定構造とも呼ばれる。原子抽出部12は複数の反応物のそれぞれについて、化学反応に関係する原子を対象原子として抽出する機能要素である。経路探索部13は、複数の反応物から生成物への反応経路を少なくともNEB法によって推定する機能要素である。経路探索部13は対象原子に限定してNEB法の拘束条件を設定し、その拘束条件下でNEB法を実行して反応経路を推定する。
【0018】
[システムの動作]
図3を参照しながら、情報処理システム10の動作を説明するとともに本実施形態に係る情報処理方法について説明する。
図3は情報処理システム10の動作の一例を処理フローS1として示すフローチャートである。
【0019】
ステップS11では、構造計算部11が、複数の反応物および生成物のそれぞれの最適構造を算出する。構造計算部11は反応物および生成物を示すデータを受け付け、それぞれの物質の最適構造を第一原理計算によって算出する。第一原理計算とは、経験的なパラメータ(すなわち実験データ)を用いることなく、量子力学に基づいて物質の物性を計算する手法をいう。第一原理計算の具体的な手法は限定されない。一例では、構造計算部11はGaussian社の計算化学用ソフトウェア「Gaussian16」を用いて実装され、B3LYP/6-31G(d)という計算条件によって最適構造が算出されてもよい。
【0020】
ステップS12では、原子抽出部12が、化学反応に関係する原子を対象原子として抽出する。「化学反応に関係する原子」とは、化学反応によって変化する(言い換えると、反応経路に関与する)反応物の部分構造を構成する原子である。したがって、それぞれの反応物について、対象原子として抽出される原子は、該反応物の全原子のうちの一部の原子のみである。化学反応に関係する原子(反応経路に関与する原子)の抽出方法は限定されず、原子抽出部12は任意の手法によって対象原子を抽出してよい。
【0021】
一例では、原子抽出部12は、化学反応によって原子間距離が所与の閾値Taを跨ぐように変化する原子を選択し、この原子を対象原子として抽出してもよい。「原子間距離が閾値(Ta)を跨ぐように変化する原子」は2種類存在する。一つは、相手の原子との距離が化学反応によって、閾値Taを超える値から、閾値Ta未満の値へと変化する原子である。このような原子間距離の縮小は、結合(より具体的には共有結合)の生成が生じたことを意味する。もう一つは、相手の原子との距離が化学反応によって、閾値Ta未満の値から、閾値Taを超える値へと変化する原子である。このような原子間距離の拡大は、結合(共有結合)の開裂が生じたことを意味する。すなわち、原子間距離が閾値を跨ぐように変化する原子は、結合の生成または開裂に関係する原子である。「結合の生成または開裂に関係する原子」は、化学反応に関係する原子(反応経路に関与する原子)の一例である。
【0022】
一例では、或る二つの原子の組合せについての閾値Taは、該組合せの結合距離dと、1より大きい係数αとの積である。すなわち、Ta=d×αである。結合距離とは、共有結合を構成する二つの原子間(より具体的には、二つの原子核間)の平均距離をいう。結合距離は二つの原子の組合せによって決まる。係数αは二つの原子の組合せの種類に依らない共通の値である。したがって、閾値Taは結合距離dに依存する。共通の係数αは任意の方針で定められてよく、例えば1.2であってもよい。
【0023】
原子抽出部12は複数の反応物および生成物のそれぞれの最適構造を参照して、原子間距離が閾値Taを跨ぐように変化する原子を対象原子として抽出する。
【0024】
別の例では、原子抽出部12は化学反応によって少なくとも一つの結合角が所与の閾値Tbを跨ぐように変化する原子を選択し、この原子を対象原子として抽出してもよい。結合角とは、原子から伸びる2つの化学結合の成す角度をいう。「少なくとも一つの結合角が閾値(Tb)を跨ぐように変化する原子」は2種類存在する。一つは、原子から伸びる2つの化学結合の成す角度が、化学反応によって、閾値Tbを超える値から、閾値Tb未満の値へと変化する原子である。もう一つは、原子から伸びる2つの化学結合の成す角度が、化学反応によって、閾値Tb未満の値から、閾値Tbを超える値へと変化する原子である。結合角が閾値Tbを跨ぐように変化する原子も、反応経路に関与する可能性がある。
【0025】
別の例では、原子抽出部12は化学反応によって二面角が所与の閾値Tc以上に変化する原子群を選択し、この原子群を対象原子として抽出してもよい。「二面角が閾値(Tc)以上に変化する原子群」は、二面角を成す二つの面に共通する二つの原子と、該二つの原子の各々に結合する原子とであってよい。二面角が閾値Tc以上に変化する原子群も、反応経路に関与する可能性がある。
【0026】
本開示では、原子間距離が閾値Taを跨ぐように変化する原子と、結合角が閾値Tbを跨ぐように変化する原子と、二面角が閾値Tc以上に変化する原子群とを「第1原子」ともいう。原子抽出部12は、反応物において第1原子の近くに位置する原子(本開示ではこれを「第2原子」という)も対象原子として抽出してもよい。第2原子は、結合の生成または開裂が発生する位置に近いか、あるいは該発生の可能性がある位置に近いので、第2原子も化学反応に関係する原子(反応経路に関与する原子)であり得る。一例では、原子抽出部12は、反応物において第1原子に結合する原子を第2原子として選択し、この第2原子を対象原子として抽出する。
【0027】
図4は対象原子を抽出する一例を示す図であり、より具体的には、アミン化合物とエポキシ化合物との反応における対象原子を抽出する例を示す。この例は、アミン化合物としてn-ブチルアミンを示し、エポキシ化合物として1,2-エポキシヘキサンを示す。この例では、原子抽出部12は化学反応によって原子間距離が所与の閾値Taを跨ぐように変化する原子を第1原子201として選択する。具体的には、原子抽出部12は、n-ブチルアミンの窒素原子および一つの水素原子と、1,2-エポキシヘキサンの酸素原子および先端の炭素原子とを第1原子201として選択する。さらに、原子抽出部12はその第1原子201に結合する原子を第2原子202として選択する。具体的には、原子抽出部12は、n-ブチルアミンについて、それぞれが窒素原子と結合するもう一つの水素原子および一つの炭素原子を第2原子202として選択する。また、原子抽出部12は、1,2-エポキシヘキサンについて、酸素原子および先端の炭素原子の双方と結合する炭素原子と、該先端の炭素原子に結合する2つの水素原子とを第2原子202として選択する。したがって、原子抽出部12は合計9個の原子を対象原子として抽出する。
【0028】
図3に戻って、ステップS13では、経路探索部13がそれぞれの対象原子に限定してNEB法の拘束条件を設定する。すなわち、経路探索部13はそれぞれの反応物について一部の原子に限って拘束条件を設定する。具体的には、経路探索部13は、各対象原子の反応方向を反応経路の方向に制限するという拘束条件を設定する。この拘束条件は、それぞれの対象原子が、反応経路に沿ったバネによって、隣接する中間構造と結合されるという制約を含む。拘束条件に含まれるばね定数は、任意の方針に基づいて設定されてよい。
【0029】
ステップS14では、経路探索部13が、設定された拘束条件下でNEB法を実行して仮の最安定経路を探索する。具体的には、経路探索部13は反応物と生成物との間の各原子の座標変化を示す任意の反応経路(初期の反応経路)を生成する。続いて、経路探索部13はその反応経路上に複数の中間構造を設定する。個々の中間構造は反応経路上の経由点であるといえる。続いて、経路探索部13は複数の中間構造のそれぞれについて、該中間構造のポテンシャルエネルギと、該ポテンシャルエネルギの一次微分である力とを算出する。そして、経路探索部13はその計算結果に基づいて各中間構造の構造最適化を実行して、それぞれ中間構造の各原子の座標を更新する。この結果、新たな反応経路が得られる。経路探索部13は、ポテンシャルエネルギおよび力の計算と、構造最適化と、各原子の座標の更新とを含む一連の処理を拘束条件下で実行する。経路探索部13は各中間構造においてポテンシャルエネルギの変化量が所与の閾値以下になるまでその一連の処理を繰り返し実行する。最後に得られた反応経路についてポテンシャルエネルギの変化量が所与の閾値以下である場合には、経路探索部13はその繰返し処理を終了して、該経路を仮の最安定経路として推定する。
【0030】
本実施形態では、経路探索部13はCI-NEB法を用いて、NEB法により得られた経路から化学反応における遷移状態(TS)とその遷移状態を通る最安定経路とを算出する。したがって、本実施形態では、NEB法により得られた経路を「仮の最安定経路」と表現する。遷移状態とは化学反応において最もエネルギが高い状態をいう。CI-NEB法はNEB法の改良手法である。
【0031】
ステップS15では、経路探索部13が、設定された拘束条件下でCI-NEB法を実行して、最安定経路および遷移状態を探索する。具体的には、経路探索部13はNEB法により得られた仮の最安定経路を示すデータを読み込む。続いて、経路探索部13は複数の中間構造のそれぞれについて、該中間構造のポテンシャルエネルギと、該ポテンシャルエネルギの一次微分である力とを算出する。この計算において経路探索部13は、最も高いエネルギを持つ中間構造(イメージ)については、バネの概念を導入せず、該中間構造がポテンシャル面を登る力を考慮する。他の中間構造については、経路探索部13はNEB法と同じ計算を実行する。このように、CI-NEB法とNEB法との違いは、最も高いエネルギを持つ中間構造についての計算手法にある。経路探索部13はその計算結果に基づいて各中間構造の構造最適化を実行することで、それぞれ中間構造の各原子の座標を更新する。この結果、新たな反応経路が得られる。経路探索部13は、ポテンシャルエネルギおよび力の計算と、構造最適化と、各原子の座標の更新とを含む一連の処理を拘束条件下で実行する。経路探索部13は各中間構造においてポテンシャルエネルギの変化量が所与の閾値以下になるまでその一連の処理を繰り返し実行する。最後に得られた反応経路についてポテンシャルエネルギの変化量が所与の閾値以下である場合には、経路探索部13はその繰返し処理を終了して、該経路を最安定経路として推定する。
【0032】
ステップS16では、経路探索部13がその最安定経路を推定結果として出力する。推定結果の出力方法は限定されない。例えば、経路探索部13は推定結果を、所与のデータベースに格納してもよいし、他のコンピュータまたはコンピュータシステムに向けて送信してもよいし、表示装置上に表示してもよい。あるいは、経路探索部13は情報処理システム10での後続処理のために推定結果を他の機能要素に出力してもよい。
【0033】
[プログラム]
コンピュータまたはコンピュータシステムを情報処理システム10として機能させるための情報処理プログラムは、該コンピュータシステムを構造計算部11、原子抽出部12、および経路探索部13として機能させるためのプログラムコードを含む。この情報処理プログラムは、CD-ROM、DVD-ROM、半導体メモリ等の有形の記録媒体に非一時的に記録された上で提供されてもよい。あるいは、情報処理プログラムは、搬送波に重畳されたデータ信号として通信ネットワークを介して提供されてもよい。提供された情報処理プログラムは例えば補助記憶部103に記憶される。プロセッサ101が補助記憶部103からその情報処理プログラムを読み出して実行することで、上記の各機能要素が実現する。
【0034】
[効果]
以上説明したように、本開示の一側面に係る情報処理システムは、複数の反応物の間の化学反応を解析する。この情報処理システムは少なくとも一つのプロセッサを備える。少なくとも一つのプロセッサは、複数の反応物のそれぞれについて、該反応物の全原子のうち化学反応に関係する一部の原子を対象原子として抽出し、対象原子に限定してNEB法の拘束条件を設定し、拘束条件下でNEB法を実行して、複数の反応物から生成物への反応経路を推定する。
【0035】
本開示の一側面に係る情報処理方法は、少なくとも一つのプロセッサを備え、複数の反応物の間の化学反応を解析する情報処理システムにより実行される。この情報処理方法は、複数の反応物のそれぞれについて、該反応物の全原子のうち化学反応に関係する一部の原子を対象原子として抽出するステップと、対象原子に限定してNEB法の拘束条件を設定するステップと、拘束条件下でNEB法を実行して、複数の反応物から生成物への反応経路を推定するステップとを含む。
【0036】
本開示の一側面に係る情報処理プログラムは、複数の反応物の間の化学反応を解析する情報処理システムとしてコンピュータを機能させる。この情報処理プログラムは、複数の反応物のそれぞれについて、該反応物の全原子のうち化学反応に関係する一部の原子を対象原子として抽出するステップと、対象原子に限定してNEB法の拘束条件を設定するステップと、拘束条件下でNEB法を実行して、複数の反応物から生成物への反応経路を推定するステップとをコンピュータに実行させる。
【0037】
このような側面においては、化合物の全原子のうち化学反応に関係する一部の原子に限定してNEB法の拘束条件が設定される。そして、その拘束条件下でのNEB法によって反応経路が推定される。このように、拘束条件が設定される原子を限定することでNEB法の計算時間が短縮されるので(言い換えると、構造最適化がより早く収束するので)、複数の反応物から生成物までの反応経路をより高速に推定することが可能になる。
【0038】
他の側面に係る情報処理システムでは、少なくとも一つのプロセッサが、複数の反応物のそれぞれについて、化学反応によって原子間距離が所与の閾値を跨ぐように変化する原子を第1原子として選択し、該第1原子を対象原子として抽出してもよい。原子間距離の変化は結合の生成または開裂を示す。したがって、この原子間距離を考慮することで、拘束条件が設定される対象原子を適切に抽出することができる。ひいては、反応経路をより高精度に推定することが可能になる。
【0039】
他の側面に係る情報処理システムでは、閾値が、結合距離と1より大きい係数との積であってもよい。このように閾値を設定することで、結合の生成または開裂に関係する原子を原子間距離に基づいて精度良く選択することができる。その結果、拘束条件が設定される対象原子を適切に抽出して、反応経路をより高精度に推定することが可能になる。
【0040】
他の側面に係る情報処理システムでは、少なくとも一つのプロセッサが、複数の反応物のそれぞれについて、化学反応によって結合角が所与の閾値を跨ぐように変化する原子を第1原子として選択し、該第1原子を対象原子として抽出してもよい。結合角の変化は、その原子が反応経路に関与する可能性があることを示す。したがって、この結合角を考慮することで、拘束条件が設定される対象原子を適切に抽出することができる。ひいては、反応経路をより高精度に推定することが可能になる。
【0041】
他の側面に係る情報処理システムでは、少なくとも一つのプロセッサが、複数の反応物のそれぞれについて、化学反応によって二面角が所与の閾値以上に変化する原子群を第1原子として選択し、該第1原子を対象原子として抽出してもよい。二面角の変化は、その原子群が反応経路に関与する可能性があることを示す。したがって、この二面角を考慮することで、拘束条件が設定される対象原子を適切に抽出することができる。ひいては、反応経路をより高精度に推定することが可能になる。
【0042】
他の側面に係る情報処理システムでは、対象原子が、第1原子に結合する第2原子を含んでもよい。結合の生成または開裂に関係する第1原子に加えて、その第1原子に隣接する第2原子も、拘束条件を設定する対象とすることで、反応経路をより高精度に推定することができる。
【0043】
[変形例]
以上、本発明をその実施形態に基づいて詳細に説明した。しかし、本発明は上記実施形態に限定されるものではない。本発明は、その要旨を逸脱しない範囲で様々な変形が可能である。
【0044】
上記実施形態では経路探索部13がNEB法およびCI-NEB法を用いて反応経路を推定する。しかし、情報処理システムはCI-NEB法を用いることなく、NEB法によって反応経路を推定してもよい。例えば、情報処理システムは、上記実施形態でのステップS14において推定される「仮の最安定経路」を最終の推定結果として出力してもよい。
【0045】
少なくとも一つのプロセッサにより実行される情報処理方法の処理手順は上記実施形態での例に限定されない。例えば、上述したステップ(処理)の一部が省略されてもよいし、別の順序で各ステップが実行されてもよい。また、上述したステップのうちの任意の2以上のステップが組み合わされてもよいし、ステップの一部が修正または削除されてもよい。あるいは、上記の各ステップに加えて他のステップが実行されてもよい。
【0046】
情報処理システム内で二つの数値の大小関係を比較する際には、「以上」および「よりも大きい」という二つの基準のどちらを用いてもよく、「以下」および「未満」の二つの基準のうちのどちらを用いてもよい。このような基準の選択は、二つの数値の大小関係を比較する処理についての技術的意義を変更するものではない。
【0047】
本開示において、「少なくとも一つのプロセッサが、第1の処理を実行し、第2の処理を実行し、…第nの処理を実行する。」との表現、またはこれに対応する表現は、第1の処理から第nの処理までのn個の処理の実行主体(すなわちプロセッサ)が途中で変わる場合を含む概念を示す。すなわち、この表現は、n個の処理のすべてが同じプロセッサで実行される場合と、n個の処理においてプロセッサが任意の方針で変わる場合との双方を含む概念を示す。
【符号の説明】
【0048】
10…情報処理システム、11…構造計算部、12…原子抽出部、13…経路探索部。