(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-11-18
(45)【発行日】2024-11-26
(54)【発明の名称】診断装置、診断方法、プログラム、および加工システム
(51)【国際特許分類】
G01M 99/00 20110101AFI20241119BHJP
G01H 17/00 20060101ALI20241119BHJP
G05B 19/18 20060101ALI20241119BHJP
【FI】
G01M99/00 A
G01H17/00 Z
G05B19/18 W
(21)【出願番号】P 2020181869
(22)【出願日】2020-10-29
【審査請求日】2023-08-24
(73)【特許権者】
【識別番号】000006747
【氏名又は名称】株式会社リコー
(74)【代理人】
【識別番号】100089118
【氏名又は名称】酒井 宏明
(72)【発明者】
【氏名】竹平 修
(72)【発明者】
【氏名】後藤 理
【審査官】中村 圭伸
(56)【参考文献】
【文献】特開2020-089933(JP,A)
【文献】特開2018-156652(JP,A)
【文献】特開2005-121639(JP,A)
【文献】特開2015-219078(JP,A)
【文献】特開2012-137327(JP,A)
【文献】国際公開第2020/208685(WO,A1)
【文献】特開2020-019072(JP,A)
【文献】特開2017-209767(JP,A)
【文献】欧州特許出願公開第03527961(EP,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B23Q 17/00 - 23/00
G01H 1/00 - 17/00
G01M 13/00 - 13/045
G01M 99/00
G05B 19/18
G16Y 10/25
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
加工装置を構成する回転軸
の回転情報および前記回転軸に取り付けられた工具の
工具情報を含みかつ前記工具の動作を規定するコンテキスト情報と、前記工具が被加工物に対して加工動作を実行中に発した時間変化する物理量の検知情報と、を受信する受信部と、
前記検知情報を周波数解析する周波数解析部と、
周波数レンジを設定するレンジ設定部と、
前記周波数レンジで、着目する周波数バンドのバンド幅を設定するバンド幅設定部と、
前記回転情報と前記工具情報と前記周波数レンジとを用いて設定される複数の中心周波数と、前記バンド幅と、を用いてバンドパスフィルタ(BPF)を設定
し、前記回転情報を用いて算出した回転基本周波数および当該回転基本周波数の整数倍の周波数を、前記複数の中心周波数として設定するBPF設定部と、
前記検知情報の周波数解析結果から、前記BPFを用いて、前記検知情報の特徴情報を抽出する特徴情報抽出部と、
前記特徴情報を用いて、前記加工装置の加工状態を判定する判定部と、
前記検知情報を周波数解析した結果の自己相関関数を算出し、前記自己相関関数の遅延値が前記回転基本周波数を超える範囲で、前記自己相関関数が最大を示す遅延値を求め、当該遅延値を用いて工具の刃数を推定する周波数シフト推定部と、を備え、
前記BPF設定部は、当該推定した刃数を前記工具情報の代わりに用いて設定される前記複数の中心周波数を用いて、前記BPFを設定する、診断装置。
【請求項2】
前記特徴情報を用いてモデルを生成する生成部をさらに備え、
前記判定部は、前記モデルを用いて、前記加工状態を判定する、請求項1に記載の診断装置。
【請求項3】
前記BPF設定部で設定した前記BPFの中から、前記特徴情報の抽出に用いる前記BPFを選択するBPF選択部をさらに備え、
前記特徴情報抽出部は、前記BPF選択部により選択される前記BPFを用いて、前記特徴情報を抽出する、請求項1または2に記載の診断装置。
【請求項4】
前記BPFから、前記加工装置および前記工具の固有周波数に近い前記BPFを除外する固有周波数除外部を備える、請求項1から3のいずれか一つに記載の診断装置。
【請求項5】
前記複数の中心周波数は、前記回転情報を用いて算出した回転基本周波数および当該回転基本周波数の整数倍の周波数を含み、
前記BPF設定部は、前記検知情報の周波数解析結果と、前記回転情報と、を用いて、前記回転基本周波数を補正する、請求項1から4のいずれか一つに記載の診断装置。
【請求項6】
加工装置を構成する回転軸
の回転情報および前記回転軸に取り付けられた工具の
工具情報を含みかつ前記工具の動作を規定するコンテキスト情報と、前記工具が被加工物に対して加工動作を実行中に発した時間変化する物理量の検知情報とを受信するステップと、
前記検知情報を周波数解析する周波数解析ステップと、
周波数レンジを設定するレンジ設定ステップと、
前記周波数レンジで、着目する周波数バンドのバンド幅を設定するバンド幅設定ステップと、
前記回転情報と前記工具情報と前記周波数レンジとを用いて設定される複数の中心周波数情報と、前記バンド幅と、を用いてバンドパスフィルタ(BPF)を設定
し、前記回転情報を用いて算出した回転基本周波数および当該回転基本周波数の整数倍の周波数を、前記複数の中心周波数として設定するBPF設定ステップと、
前記検知情報の周波数解析結果と、前記BPFと、を用いて、前記検知情報の特徴情報を抽出する特徴抽出ステップと、
前記特徴情報を用いて、前記加工装置の加工状態を判定する判定ステップと、
前記検知情報を周波数解析した結果の自己相関関数を算出し、前記自己相関関数の遅延値が前記回転基本周波数を超える範囲で、前記自己相関関数が最大を示す遅延値を求め、当該遅延値を用いて工具の刃数を推定する推定ステップと、を含み、
前記BPF設定ステップは、当該推定した刃数を前記工具情報の代わりに用いて設定される前記複数の中心周波数を用いて、前記BPFを設定する、診断方法。
【請求項7】
前記特徴情報を用いてモデルを生成する生成ステップをさらに含み、
前記判定ステップは、当該モデルを用いて、前記加工状態を判定する、請求項6に記載の診断方法。
【請求項8】
前記BPF設定ステップは、前記回転情報を用いて算出した回転基本周波数と前記工具情報の刃数とを用いて算出した切刃通過周波数(TPF)および当該TPFの整数倍のおのおのの周波数の側帯波を、前記複数の中心周波数として設定する、請求項6または7に記載の診断方法。
【請求項9】
前記BPF設定ステップで設定した前記BPFの中から、前記特徴情報の抽出に用いる前記BPFを選択するBPF選択ステップをさらに備え、
前記特徴抽出ステップは、前記BPF選択ステップにより選択される前記BPFを用いて、前記特徴情報を抽出する、請求項6から
8のいずれか一つに記載の診断方法。
【請求項10】
前記判定ステップは、前記特徴情報が正常であることの尤度を前記モデルを用いて算出し、前記尤度または当該尤度を用いて演算した値のうち少なくとも一方と、予め設定された閾値と、を比較することにより、前記加工状態を判定する、請求項7に記載の診断方法。
【請求項11】
コンピュータに、
請求項6から
10のいずれか一つに記載の診断方法を実行させるためのプログラム。
【請求項12】
請求項1から5のいずれか一つに記載の診断装置と、当該診断装置の診断対象となる加工装置と、を備える加工システムであって、
前記加工装置は、前記コンテキスト情報と、前記検知情報と、を前記診断装置に送信する送信部を備える加工システム。
【請求項13】
請求項6から
10のいずれか一つに記載の診断方法を実行する
診断装置と、当該診断装置の診断対象となる加工装置と、を備える加工システムであって、
前記加工装置は、前記コンテキスト情報と、前記検知情報と、を前記診断装置に送信する送信部を備える加工システム。
【請求項14】
請求項
11に記載のプログラムを実行する
前記コンピュータを備える診断装置と、当該診断装置の診断対象となる加工装置と、を備える加工システムであって、
前記加工装置は、前記コンテキスト情報と、前記検知情報と、を前記診断装置に送信する送信部を備える加工システム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、診断装置、診断方法、プログラム、および加工システムに関する。
【背景技術】
【0002】
多種の加工に必要な工具を自動で交換しかつ連続で加工を行うマシニングセンタといった加工装置の加工状態が正常か異常かを診断する診断装置がある。そして、診断装置は、加工装置の診断結果に応じて、加工の中断またはアラートの発報を行い、加工装置の異常な加工による不良品の多量発生の抑制や不良品の流出防止に利用されている。
【0003】
特許文献1は、予め、工作機械からコンテキスト情報を取得し、コンテキスト情報に基づく工作機械の動作状態毎に、センサで取得した物理量データを使って学習した学習済みモデルを生成し、工作機械の診断時に、工作機械から取得したコンテキスト情報と当該センサで取得した物理量データを学習済みモデルに適用したスコアと、予め設定した正常と異常を判定する閾値とを比較することで、工作機械の加工が正常か異常かを判定する診断技術を開示している。
【0004】
特許文献2は、特にミーリングマシンの工具の状況を監視する方法および装置に関し、正常な切刃の場合は切刃に対応した負荷が均等に発生するのに対して、切刃が1個でも不完全(摩耗、破損)になると切刃への負荷が不均一になり、これに応じた振動の変化から不完全な状況を見分けるために、機械の台枠に配設した加速度センサの信号を調整可能な複数のバンドパスフィルタを通して得られた信号を、レファレンスレベルと比較して、その偏差が受け入れ難い場合に警報信号を出力する技術を開示している。
【0005】
特許文献3は、自動工具交換装置付きのNC(Numerical Control)工作機械による切削加工における回転工具の異常検出方法および異常検出装置に関し、切削力を検出し、切削力信号の周波数分析を行い、主軸回転数×刃数に相当する周波数の電圧レベルと、主軸回転数に相当する周波数の電圧レベルとの比を算出し、回転工具の振れの大小を検出し、所定の閾値を超えた時に異常信号を発する技術を開示している。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、工具の切刃にチッピングや欠損といった損傷が発生した状態で加工すると、加工寸法が公差を外れた不良品が発生する。しかし、欠損は突発的・あるいは偶発的に発生するため、未然防止は非常に難しい。また、工具の交換時に、工具ホルダテーパー部と主軸との間に切り屑が混入してチャックされると、刃先の振れが大きくなる。この状態で加工しても不良品が発生する。加工前でありかつ工具の交換直後に刃先の振れを検知して、不良品の発生を回避する技術はあるが、新たな工程が追加されるため生産性の低下を余儀なくされる。
【0007】
従って、これらの問題に対処するには、突発的または偶発的な加工不良を未然防止するよりも、発生した不良品の流出を防止したり、不良品の連続発生を防止したりする方が、生産コストを総合的に抑えることができる場合もある。また、マシニングセンタは、複数の工具を使ったさまざまな加工で生産を自動化し、生産性を高めることができるが、上述のような不良品の発生となる加工状態の異常を診断するためには、それぞれの加工状態に応じた異常の判定の確度を高める必要がある。
【0008】
本発明は、上記に鑑みてなされたものであって、マシニングセンタにおいて実施される様々な加工について、加工装置の加工状態の異常の発生を高精度に検出して監視することを可能とする診断装置、診断方法、プログラム、および加工システムを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上述した課題を解決し、目的を達成するために、本発明は、加工装置を構成する回転軸の回転情報および前記回転軸に取り付けられた工具の工具情報を含みかつ前記工具の動作を規定するコンテキスト情報と、前記工具が被加工物に対して加工動作を実行中に発した時間変化する物理量の検知情報と、を受信する受信部と、前記検知情報を周波数解析する周波数解析部と、周波数レンジを設定するレンジ設定部と、前記周波数レンジで、着目する周波数バンドのバンド幅を設定するバンド幅設定部と、前記回転情報と前記工具情報と前記周波数レンジとを用いて設定される複数の中心周波数と、前記バンド幅と、を用いてバンドパスフィルタ(BPF)を設定し、前記回転情報を用いて算出した回転基本周波数および当該回転基本周波数の整数倍の周波数を、前記複数の中心周波数として設定するBPF設定部と、前記検知情報の周波数解析結果から、前記BPFを用いて、前記検知情報の特徴情報を抽出する特徴情報抽出部と、前記特徴情報を用いて、前記加工装置の加工状態を判定する判定部と、前記検知情報を周波数解析した結果の自己相関関数を算出し、前記自己相関関数の遅延値が前記回転基本周波数を超える範囲で、前記自己相関関数が最大を示す遅延値を求め、当該遅延値を用いて工具の刃数を推定する周波数シフト推定部と、を備え、前記BPF設定部は、当該推定した刃数を前記工具情報の代わりに用いて設定される前記複数の中心周波数を用いて、前記BPFを設定する。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、マシニングセンタにおいて実施される様々な加工について、加工装置の加工状態の異常の発生を高精度に検出することができる、という効果を奏する。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図1】
図1は、本実施の形態にかかる診断装置を適用した加工システムの構成例を示すブロック図である。
【
図2】
図2は、本実施の形態にかかる加工装置のハードウェア構成の一例を示すブロック図である。
【
図3】
図3は、本実施の形態にかかる診断装置のハードウェア構成の一例を示すブロック図である。
【
図4】
図4は、本実施の形態にかかる診断装置の機能構成の一例を示すブロック図である。
【
図5】
図5は、本実施の形態にかかる診断装置が記憶するコンテキスト情報と学習モデルとの対応の一例を示す図である。
【
図6】
図6は、本実施の形態にかかる診断装置の周波数解析部による周波数解析により求めた平均スペクトルの一例を示す図である。
【
図7】
図7は、本実施の形態にかかる診断装置の周波数解析部による周波数解析により求めた平均スペクトルの一例を示す図である。
【
図8】
図8は、本実施の形態にかかる診断装置の周波数解析部による周波数解析により求めた平均スペクトルの一例を示す図である。
【
図9】
図9は、本実施の形態にかかる診断装置の周波数解析部による周波数解析により求めた平均スペクトルの一例を示す図である。
【
図10】
図10は、本実施の形態にかかる診断装置における診断処理の流れの一例を示すフローチャートである。
【
図11】
図11は、本実施の形態にかかる診断装置によるモデル生成処理の流れの一例を示すフローチャートである。
【
図12】
図12は、本実施の形態にかかる診断装置によるBPFに従った特徴情報の抽出処理の流れの一例を示すフローチャートである。
【
図13】
図13は、本実施の形態にかかる診断装置によりBPFの選択方法の一例を説明するための図である。
【
図14】
図14は、本実施の形態にかかる診断装置において算出した平均スペクトルのBPF付近の拡大図である。
【
図15】
図15は、本実施の形態にかかる診断装置により求める平均スペクトルの一例を示す図である。
【
図16】
図16は、本実施の形態にかかる診断装置によるBPFに従った特徴情報の抽出処理の流れの他の例を示すフローチャートである。
【
図17】
図17は、本実施の形態にかかる診断装置により求めた自己相関関数の一例を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下に添付図面を参照して、診断装置、診断方法、プログラム、および加工システムの実施の形態を詳細に説明する。
【0013】
図1は、本実施の形態にかかる診断装置を適用した加工システムの構成例を示すブロック図である。
図1に示すように、本実施の形態にかかる加工システムは、加工装置200と、診断装置100と、を含む。
【0014】
加工装置200と診断装置100とは、どのような接続形態で接続されてもよい。例えば、加工装置200と診断装置100とは、専用の接続線、有線LAN(ローカルエリアネットワーク)等の有線ネットワーク、無線ネットワーク等により接続される。
【0015】
加工装置200は、機械制御部201、工具交換装置202、表示部203、記憶部204、通信制御部205、数値制御部206、工具情報入力部207、警報部208、入出力部209、工作機械220等を備えている。
【0016】
工作機械220は、
図1の上下方向に移動可能で駆動部を具備したZ軸ステージ226を有する。Z軸ステージ226は、加工装置200を構成する回転軸の一例である回転主軸221を具備する。回転主軸221には、工具223を保持する工具ホルダ222が装着されている。工作機械220は、回転主軸221の下方に、Z軸ステージ226に直交する面内の2軸方向に移動可能で駆動部を具備したXY軸ステージ225を備える。XY軸ステージ225は、加工対象物224を保持する。
【0017】
数値制御部206は、加工装置200よる加工を数値制御(Numerical Control)により実行する。例えば、数値制御部206は、入出力部209より加工プログラムを読み込み、主軸回転や各軸ステージの位置を制御するための数値制御データを生成して出力する。また、加工プログラムには、工具交換装置202の格納番号が記述されており、数値制御部206は、その記述に従って工具交換を行う。
【0018】
数値制御部206は、コンテキスト情報を通信制御部205に出力する。コンテキスト情報は、加工装置200の工具223の動作を規定する情報であり、当該工具223の動作の種類毎に複数定められる情報である。本実施の形態では、コンテキスト情報は、例えば、工具223を識別する工具情報、回転主軸221の回転情報(例えば、回転主軸221の回転数である主軸回転数)、Z軸ステージ226やXY軸ステージ225の移動情報(移動速度、移動中情報)等を含む。
【0019】
工具情報には、少なくともドリル,リーマ,エンドミル等の工具種類、切刃の数等の工具情報が含まれる。この工具情報は、表示部203に表示された情報に従って、工具情報入力部207から作業者により入力される。または、工具情報は、当該工具情報のリストファイルを入出力部209から読み込んだり、通信制御部205を介して図示しない外部コンピュータから情報入力したりすることができる。また、工具情報は、記憶部204に記憶しておき、加工プログラムから参照可能としても良い。
【0020】
数値制御部206は、例えば、工具223の現在の動作を規定するコンテキスト情報を、通信制御部205を介して診断装置100に送信する。数値制御部206は、加工プログラムに従って加工対象物224を加工する際、加工の工程に応じて、工具223の種類、Z軸ステージ226およびXY軸ステージ225の位置、回転主軸221の回転速度等を制御する。数値制御部206は、コンテキスト情報のうち、所定の動作に対応するコンテキスト情報を、通信制御部205を介して、診断装置100に送信する。ここで、所定の動作は、工具223の動作のうち、予め設定された動作である。本実施の形態では、数値制御部206は、工具233の動作の種類を変更する毎に、変更した動作の種類に対応するコンテキスト情報を、通信制御部205を介して診断装置100に逐次送信する。
【0021】
通信制御部205(送信部の一例)は、診断装置100等の外部装置との間の通信を制御する。例えば、通信制御部205は、工具223の現在の動作に対応するコンテキスト情報を診断装置100に送信する。
【0022】
物理量情報検出部227は、工具223が加工対象物224に対して加工動作を実行中に発しかつ時間変化する物理量をアナログ信号として検知するセンサを有する。また、物理量情報検出部227は、当該センサにより検知されるアナログ信号を適宜増幅し、任意の周波数領域をカットしたのち、デジタル信号へ変換する機能を有する。そして、物理量情報検出部227は、当該デジタル信号を検知情報として診断装置100に送信する送信部の一例としても機能する。物理量情報検出部227が有するセンサの種類、および検知する物理量は、どのようなものであっても良い。例えば、物理量情報検出部227が有するセンサは、マイク、加速度センサ、または、AE(アコースティックエミッション)センサ等であり、それぞれ、音響データ、加速度データ、または、AE波を示すデータを検知情報として出力する。また、診断装置100が有する物理量情報検出部227の個数は、任意であり、複数でも良い。例えば、診断装置100は、異なる物理量を検知する複数のセンサを含んでも良い。
【0023】
図1では、物理量情報検出部227は、回転主軸221を保持する構造物の側面に装着されるセンサと、XY軸ステージ225の側面に装着されているセンサと、を有する。物理量情報検出部227が有するセンサには、加速度センサが内蔵されている。そして、物理量情報検出部227は、加工装置200による加工が開始されると、回転主軸221の回転で発生する振動の加速度を検出する。加工装置200では、工具223と加工対象物224とが接触して実切削が開始されると、切削力が発生し、これが加振力となって工具223と加工対象物224が加振され、振動が相互に伝搬していく。物理量情報検出部227は、この振動の加速度等を検知情報として診断装置100へ送信する。
【0024】
例えば、加工装置200は、加工中における、工具223の切刃の折れ、工具223の切刃のチッピング等が発生すると、正常加工時に切刃毎に均等だった切削力が不均等になり、発生する振動が変化する。または、加工装置200は、工具223の交換時に切り屑が工具ホルダ222と回転主軸221の間に混入すると、工具223先端の切刃が回転軸に対する振れ回り(振れ)が大きくなる。これにより、工具223の1つの切刃あたりの切削量が不均等になり、切刃が損傷した時のように、切削力の不均等に起因した振動変化が生じる。
【0025】
診断装置100は、この振動の検知情報を通信制御部101により受信する。加えて、通信制御部101は、加工装置200との間の通信を制御してコンテキスト情報を加工装置200から受信する。判定部102は、コンテキスト情報および検知情報を参照して、加工装置200の加工状態が正常であるか否かを判定する。また、診断装置100は、加工装置200の加工状態が異常と診断した場合、通信制御部101を介して、加工装置にアラート情報を送信する。加工装置200は、通信制御部205によりアラート情報を受信すると、表示部203にアラート情報を表示したり、警報部208を動作させたりする。警報部208は、パトランプ,ブザー,スピーカー等である。また、機械制御部201は、加工プログラムに従った加工装置200の動作に割り込みをかけ、加工装置200の加工を停止させることが可能である。
【0026】
図2は、本実施の形態にかかる加工装置のハードウェア構成の一例を示すブロック図である。
図2に示すように、本実施の形態にかかる加工装置200は、CPU(Central Processing Unit)251と、ROM(Read Only Memory)252と、RAM(Random Access Memory)253と、通信I/F(インタフェース)254と、駆動制御回路255と、モータ256と、入出力I/F257と、入力装置258と、ディスプレイ259とが、バス260で接続された構成となっている。
【0027】
CPU251は、加工装置200の全体を制御する。CPU251は、例えば、RAM253をワークエリア(作業領域)としてROM252等に格納されたプログラムを実行することで、加工装置200全体の動作を制御し、加工装置200の各種機能を実現する。
【0028】
通信I/F254は、診断装置100等の外部装置と通信するためのインタフェースである。駆動制御回路255は、モータ256の駆動を制御する回路である。回転主軸221、Z軸ステージ226、およびXY軸ステージ225のそれぞれが、モータ256等の駆動部を備えている。センサ270は、加工装置200に取り付けられ、加工装置200の動作に応じて変化する物理量を電気信号へ変換する。信号変換回路271は、センサ270から出力される電気信号を所望の大きさに増幅し、かつ当該電気信号に含まれるノイズ成分をカットしてデジタル信号へ変換する。そして、信号変換回路271は、当該デジタル信号を、診断装置100に検知情報として出力する。すなわち、センサ270および信号変換回路271が、例えば、
図1に示す物理量情報検出部227に相当する。
【0029】
図1に示す数値制御部206および通信制御部205は、CPU251がROM252に記憶されるプログラムを実行すること、すなわち、ソフトウェアにより実現しても良いし、IC(Integrated Circuit)等のハードウェアにより実現しても良いし、ソフトウェアおよびハードウェアを併用して実現しても良い。
【0030】
図3は、本実施の形態にかかる診断装置のハードウェア構成の一例を示すブロック図である。本実施の形態にかかる診断装置100は、
図3に示すように、CPU151と、ROM152と、RAM153と、通信I/F154と、補助記憶装置155と、入出力I/F157とが、バス160で接続された構成となっている。
【0031】
CPU151は、診断装置100の全体を制御する。CPU151は、例えば、RAM153をワークエリア(作業領域)としてROM152等に格納されたプログラムを実行することで、診断装置100全体の動作を制御し、加工装置200の診断機能を実現する。
【0032】
通信I/F154は、加工装置200等の外部装置と通信するためのインタフェースである。補助記憶装置155は、診断装置100の設定情報、加工装置200から受信したコンテキスト情報、物理量情報検出部227から出力される検知情報等の各種情報を記憶する。また、補助記憶装置155は、加工装置200の加工状態が正常か否かの判定に用いた各種演算結果を記憶する。補助記憶装置155は、HDD(Hard Disk Drive)、EEPROM(Electrically Erasable Programmable Read-Only Memory)またはSSD(Solid State Drive)等の不揮発性の記憶手段からなる。
【0033】
入出力I/F157は、ディスプレイ159に対して、物理量情報検出部227から入力される検知情報を順次表示したり、判定部102による判定結果を表示したりする。また、入出力I/F157は、キーボードやマウス等の入力装置158を介して、ユーザがディスプレイ159を見ながら入力した加工装置200の診断に必要な設定を受け付ける。
【0034】
図4は、本実施の形態にかかる診断装置の機能構成の一例を示すブロック図である。本実施の形態にかかる診断装置100は、上述の通信制御部101および判定部102に加え、記憶部103と、生成部104と、表示制御部105と、表示部106と、入力部107と、受付部120と、特徴抽出部110と、を備えている。
【0035】
記憶部103は、診断装置100による診断機能で必要な各種情報を記憶する。記憶部103は、例えば、
図3に示すRAM153および補助記憶装置155等により実現される。例えば、記憶部103は、加工装置200の加工状態の異常の判定に用いる1以上のモデル(以下、学習モデルと言う)を記憶する。ここで、学習モデルは、例えば、加工装置200の加工状態が正常である場合に物理量情報検出部227から出力された検知情報を用いて、学習によって生成される。学習モデルの学習方法、および学習モデルの形式は、どのような方法および形式であってもよい。例えば、学習モデルおよび当該学習モデルの学習方法には、GMM(ガウス混合モデル)、HMM(隠れマルコフモデル)等の学習モデル、および当該学習モデルに対応するモデル学習方法を適用できる。
【0036】
また、記憶部103は、加工装置200の正常な加工状態や異常な加工状態をルール化して学習モデルとして記憶しても良い。例えば、記憶部103が学習モデルとして記憶するルールは、新品の工具223を取り付けて加工を開始してから最初の10回の加工は診断のルール決めを行う学習期間とする等である。記憶部103が学習モデルとして記憶するルールは、実際の加工とは別に予め決定され、当該決定したルールを学習モデルとして記憶部103に記憶されていても良い。
【0037】
本実施の形態では、記憶部103に記憶される学習モデルは、コンテキスト情報毎に生成される。記憶部103は、例えば、コンテキスト情報と、当該コンテキスト情報に対応する学習モデルと、を対応付けて記憶する。
【0038】
図5は、本実施の形態にかかる診断装置が記憶するコンテキスト情報と学習モデルとの対応の一例を示す図である。
図5に示すように、加工工程1、加工工程2、および加工工程3は、同じエンドミルAを使い、回転数も同じである。一方、加工工程4、加工工程5、および加工工程6は、それぞれ異なった工具223が用いられ、工具223が異なった回転数で回転する。本実施の形態では、診断装置100は、工具223の回転数と工具種類が異なればそれぞれについて学習モデルを生成して、記憶部103に保存する。
【0039】
さらに、加工工程1、加工工程2、加工工程3は、同じエンドミルAを使った同じ部位の連続した加工工程である。しかし、加工工程1~3は、それぞれ加工条件が異なるので振動強度も異なる。そのため、診断装置100は、同じ工具223を同じ回転数で回転させて加工する場合であっても、加工工程毎に別々の学習モデルを生成して、加工装置200の加工状態が正常であるか否かを判定する。
【0040】
図4に戻り、通信制御部101は、受信部101aと、送信部101bと、を備えている。受信部101aは、加工装置200または外部装置から送信された各種情報を受信する。例えば、受信部101aは、工具233の現在の動作に対応するコンテキスト情報と、物理量情報検出部227から出力される検知情報と、を受信する。送信部101bは、加工装置200に対して各種情報を送信する。
【0041】
特徴抽出部110は、学習モデルを生成したり、判定部102による判定で用いる特徴情報(特徴量)を検知情報から抽出したりする。ここで、特徴情報は、検知情報の特徴を示す情報であれば良い。例えば、検知情報がマイクにより集音された音響データである場合、特徴抽出部110は、エネルギー、周波数スペクトル、MFCC(メル周波数ケプストラム係数:Mel-Frequency Cepstrum Coefficients)等の特徴量を、検知情報から抽出する。本実施の形態では、特徴抽出部110は、BPF(Band Pass Filter)設定部111と、周波数シフト推定部114と、周波数解析部115と、加工中波形抽出部116と、を有する。さらに、BPF設定部111は、バンド幅設定部112と、レンジ設定部117と、バンド選択部113、固有周波数除外部118と、を有する。
【0042】
生成部104は、加工装置200の正常な加工状態時の検知情報から抽出された特徴情報を用いた学習により、加工装置200の正常な加工状態を判定するための学習モデルを生成する。ただし、学習モデルを外部装置で生成する場合は、診断装置100は、生成部104備えていなくても良い。具体的には、学習モデルの生成は外部装置で行い、外部装置で生成した学習モデルを、受信部101aにより受信して、記憶部103に記憶しても良い。生成部104は、学習モデルが定められていないコンテキスト情報、および当該コンテキスト情報に対応する検知情報が入力された場合に、この検知情報から抽出された特徴情報を用いて、当該コンテキスト情報に対応する学習モデルを生成しても良い。
【0043】
判定部102は、検知情報から抽出された特徴情報を用いて、加工装置200の加工状態を判定する。本実施の形態では、判定部102は、特徴情報と、当該コンテキスト情報に対応する学習モデルと、を用いて、加工装置200の加工状態を判定する。例えば、判定部102は、特徴抽出部110に対して検知情報からの特徴情報の抽出を依頼する。判定部102は、検知情報から抽出された特徴情報が正常であることの尤もらしさを示す尤度を、対応する学習モデルを用いて算出する。判定部102は、尤度と、予め定められた閾値とを比較する。そして、判定部102は、尤度が閾値以上である場合、加工装置200の加工状態が正常であると判定する。また、判定部102は、尤度が閾値未満である場合、加工装置200の加工状態が異常であると判定する。
【0044】
加工装置200の加工状態の判定方法は、これに限られるものではなく、特徴情報とモデルとを用いて、加工装置200の加工状態を判定できる方法であれば、どのような方法であってもよい。例えば、判定部102は、尤度を閾値と直接比較する代わりに、尤度の変動を示す値と閾値とを比較して、加工装置200の加工状態が正常であるか否かを判定しても良い。または、判定部102は、尤度の対数をとって符号を反転してゼロ以上となる正の数値であるスコアを算出する。当該スコアは、加工装置200の加工状態が正常であればゼロに近く、加工装置200の加工状態の異常度が増せば上昇する。よって、判定部102は、当該スコアが、予め定められた閾値に比べて閾値以下あるいは未満であれば、加工装置200の加工状態が正常と判定し、当該スコアが、閾値以上あるいは超えれば、加工装置200の加工状態が異常であると判定する。すなわち、判定部102は、尤度または当該尤度を用いて演算した値のうち少なくとも一方と、閾値と、を比較することにより、加工装置200の加工状態を判定する。
【0045】
図4に示す各部(通信制御部101、判定部102、受付部120、特徴抽出部110、生成部104)は、
図3に示すCPU151がプログラムを実行すること、すなわち、ソフトウェアにより実現しても良いし、IC(Integrated Circuit)等のハードウェアにより実現しても良いし、ソフトウェアおよびハードウェアを併用して実現しても良い。
【0046】
本実施の形態にかかる診断装置100は、特徴抽出部110および受付部120に特徴を有する。本実施の形態では、特徴抽出部110は、BPF(Band Pass Filter)設定部111と、周波数シフト推定部114と、周波数解析部115と、加工中波形抽出部116と、を有する。さらに、BPF設定部111は、バンド幅設定部112と、レンジ設定部117と、バンド選択部113、固有周波数除外部118と、を有する。また、本実施の形態では、診断装置100は、コンテキスト情報のうち、加工装置200の動作中あるいはその動作前後に、主軸回転数、工具情報等のコンテキスト情報が必要になるため、受付部120は、主軸回転数受付部122と、工具情報受付部121と、加工工程受付部123と、を有する。
【0047】
次に、
図4を用いて、本実施の形態にかかる診断装置100の動作について詳しく説明する。
【0048】
本実施の形態では、加工装置200は、物理量情報検出部227を回転主軸221の近傍に設置し、当該物理量情報検出部227が有するセンサ270には加速度センサを用いた。物理量情報検出部227は、センサ270により検出されるアナログ信号を、当該センサ270のプリアンプで増幅し、所定の時間間隔でサンプリングし、サンプリングしたアナログ信号を、アナログ/デジタル(A/D)変換器(信号変換回路271)でデジタル信号に変換する。診断装置100は、物理量情報検出部227から出力されるデジタル信号を、受信部101aにより検知情報として受信する。物理量情報検出部227から出力されるデジタル信号は、必要に応じて、センサ270のキャリブレーション値で加速度の単位に変換されるが、ここでは、これらの処理を省き、センサ270の感度やA/D変換器(信号変換回路271)のスペックに依存しない状態での説明とする。したがって、受信部101aは、物理量情報検出部227のセンサ270により検出される加速度に比例した観測値の時間領域の波形を、検知情報として受信する。
【0049】
加工装置200は、アルミ合金の板に、直径8.2mmのドリルで深さ5.0mmの下穴をあけ、次に直径8.0mm、4枚刃のエンドミルを7500rpmで回転させ、コンタリング加工を行った。コンタリング加工は、3回の工程に分け、工具223の半径方向の切込み深さをそれぞれ、100.0um(ミクロン)、200.0um、32.0umとした。XY軸ステージ225は、この切込み深さで下穴の径を広げるように、回転動作を行う。この時、加工装置200は、XY軸ステージ225を、90.0mm/minで回転させ、回転主軸221の回転方向と同方向に回転させた。
【0050】
診断装置100の受付部120は、主軸回転数受付部122、工具情報受付部121、および加工工程受付部123から、それぞれのコンテキスト情報を送信するように加工装置200へリクエストし、それぞれの通信制御部205および通信制御部101を介してコンテキスト情報の送受信を行う。ここで、コンテキスト情報は、回転情報、加工工程情報、工具情報等を含む。
【0051】
回転情報は、加工装置200が読み込んだ加工プログラムから設定された主軸回転数、あるいは加工装置200内の回転速度計で計測した主軸回転数のいずれでも良い。回転情報は、例えば、加工プログラムから設定された7500rpmである。加工工程情報は、加工プログラム中に記述された加工工程を識別する番号と、回転主軸221やステージ(ここでは、XY軸ステージ225、Z軸ステージ226が該当する)の動作開始および終了に関する情報と、を含む。加工工程情報は、例えば、XY軸ステージ225の回転開始と終了情報である。工具情報は、工具種別や、直径、刃数等を含む。ただし、工具情報は、加工装置200からのコンテキスト情報に限定されず、診断装置100に入力部から入力装置158から入力されたコンテキスト情報、補助記憶装置155に記憶されたコンテキスト情報、加工装置200以外の外部装置から受信部101aにより受信したコンテキスト情報等であっても良い。工具情報は、例えば、工具223の刃数(例えば、4枚)である。
【0052】
特徴抽出部110の加工中波形抽出部116は、物理量情報検出部227から入力される検知情報(例えば、加速度の波形データである加速度波形データ)から、工具223の切り込み深さ毎に、XY軸ステージ225の回転運動、当該回転運動の開始、および当該回転運動の終了の3つの加工工程のそれぞれに該当する時間区間の加速度波形データである加工中波形データを抽出する。周波数解析部115は、検知情報を周波数解析する周波数解析部の一例である。周波数解析部115は、抽出された加工中波形データのうち、所定のサンプル数の連続する加工中波形データに対して、例えば、FFT(Fast Fourier Transform)アルゴリズムを用いて、フーリエ変換を実行する。フーリエ変換を行う加工中波形データのデータ列には、その全てに、当該抽出された加工中波形データを用いても良いし、その一部をゼロに置き換えたものでも良い。ただし、加工中波形抽出部116は、信号変換回路271によりA/D変換される前の検知情報(加速度波形データ)のサンプリングの時間間隔と、検知情報のデータ長(データ列のデータ数)と、に基づいて、フーリエ変換で分析できる周波数分解能を決定する。ここでは、約5.8Hzの周波数分解能になるように、当該時間間隔および当該データ長の組合せが設定されたことを前提にして実施例を説明する。
【0053】
図6~9は、本実施の形態にかかる診断装置の周波数解析部による周波数解析により求めた平均スペクトルの一例を示す図である。
図6~9に示す平均スペクトルは、加工中波形データの先頭から、任意の時間だけシフトしたデータ列を抽出してフーリエ変換して振幅のパワーとし、当該パワーに対して平均化処理を行った平均スペクトルである。また、
図6に示す平均スペクトルは、工具223の切込み深さが200.0umである場合の平均スペクトルであり、
図7に示す平均スペクトルは工具223の切り込み深さが32.0umである場合の平均スペクトルである。
図8に示す平均スペクトルは、回転主軸221の主軸回転数を変えた場合の平均スペクトルである。
図9に示す平均スペクトルは、工具223を変えた場合の平均スペクトルである。また、
図6~9においては、周波数が1600.0Hz以下の平均スペクトルのみを示している。
図6および
図7中、実線は、工具223の刃先振れをダイヤルゲージで測定し、その最大および最小の振れ幅が2.0umに調整した場合の平均スペクトルを表す。また、
図6および
図7中、点線は、工具223の刃先の振れを15.0umから20.0um程度に調整した場合の平均スペクトルを表す。
【0054】
回転主軸221の回転が7500rpmである場合、当該7500rpmを周波数に換算すると125.0Hzとなる。また、工具223の一例であるエンドミルの刃数が4枚であるため、加工装置200では、125.0Hz×4=500.0Hzの断続切削が繰り返され、切削力が生じ、加工装置200や加工対象物224に振動が発生し、伝搬する。したがって、診断装置100には、これに応じた加速度波形データが検知情報として入力される。そして、加速度波形データの周波数を、切刃通過周波数(Tool Passing Frequency:TPF)と呼ぶ。よって、周波数解析部115により求められる平均スペクトルは、理想的には、TPF、およびその複数の倍音成分に鋭いピークを有するスペクトル構造となる。
【0055】
図6および
図7に示す実線は、工具223の刃先振れを2.0um以下に抑えた平均スペクトルである。また、平均スペクトルの▽で記したピークがTPF、TPFの2倍音、TPFの3倍音を示し、大きなパワーを示している。しかし、現実には、工具223の刃先振れをゼロにすることはできないため、それ以外にもピークは観測される。一方、
図6および
図7に示す点線は、工具223の刃先の振れを15.0umから20.0umの間になるように調整した平均スペクトル(振れ大)である。
図6および
図7に示す平均スペクトルは、TPFおよび当該TPFの倍音成分以外のピークで、パワーが大きくなることが観測される。
図6および
図7に示す平均スペクトルの□で記したピークは、回転主軸221の回転速度に相当する125.0Hzで、この周波数を回転基本周波数と呼ぶ。
図6および
図7に示す平均スペクトルの〇で記すピークは、TPFとその倍音成分から、回転基本周波数だけ増減、すなわち変調された成分であり、側帯波と呼ぶ。この側帯波は、TPF成分の波形を時系列で見た場合、波形の振幅が刃先の振れによって不均一になり、スペクトルの特徴として現れる。また、刃先の損傷が発生すると、刃先の振れと同様に、切削力が不均一となり、発生する振動も不均一になり、同様な側帯波の増大が観測される。このように、加工装置200の正常な加工状態の側帯波に比べて、異常な加工状態の側帯波は増大し、正の相関関係を示す。一方、TPFとその倍音成分に着目すると、刃先の振れが大きくなると、平均スペクトルのパワーが減少していることが観測される。よって、TPFとその倍音成分の平均スペクトルのパワーについては、正常な加工状態から異常な加工状態になると、負の相関関係を示す。
【0056】
このような特徴は、回転主軸221の回転数や工具223の刃数を変えても観測される。
図8に示す平均スペクトルは、同じ切刃4枚のエンドミルを用い、回転主軸221の回転数を4000rpm、切込み深さを200.0umとした加工工程の平均スペクトルである。
図9に示す平均スペクトルは、直径8.0mmで切刃3枚のエンドミルを用い、回転主軸221の回転数を4000rpm、切込み深さを200.0umとした加工工程の平均スペクトルである。
図8および
図9のいずれの平均スペクトルにおいても、上述した特徴が、TPFとその倍音成分、およびそれぞれの側帯波のほとんどについて観測される。さらに、
図8および
図9に示す平均スペクトルの回転基本周波数においては、刃先の振れが大きくなると、そのパワーが増大している。これは、特許文献3で示されているように、切り屑が回転主軸221と工具ホルダのテーパ部との間に混入して発生するチャックミスによる振れで発生する成分の一部である。
【0057】
図6および
図7に示す平均スペクトルでは、工具223の切り込み深さが異なるため、平均スペクトル全体の包絡線の形や、同一周波数でのパワーも異なっていることがわかる。これは、同じ工具223を同じ回転数で回転させた加工であっても、加工工程が異なればモデルを区別する必要性を示しており、
図5に示すように、加工工程毎のコンテキスト情報に基づいた学習モデルの生成が有用となる。
【0058】
図10は、本実施の形態にかかる診断装置における診断処理の流れの一例を示すフローチャートである。加工装置200の数値制御部206は、工具223の現在の動作を示すコンテキスト情報を、逐次、診断装置100に送信する。受信部101aは、加工装置200から送信されたコンテキスト情報を受信する(ステップS101)。次に、特徴抽出部110は、記憶部103から、当該受信したコンテキス情報に対応する学習モデルを読み込む(ステップS102)。ステップS102のタイミングは、後述するBPFに従った特徴情報を抽出するステップS106の前であれば、ステップS106の直前であっても良い。
【0059】
加工装置200の物理量情報検出部227は、加工装置200の加工時の検知情報を逐次出力する。受信部101aは、加工装置200から送信された検知情報(センサデータ)を受信する(ステップS103)。特徴抽出部110の加工中波形抽出部116は、受信された検知情報と加工動作中に関するコンテキスト情報から、加工中波形データを抽出する(ステップS104)。次に、周波数解析部115は、FFTアルゴリズム等を使って加工中波形データの周波数解析を行う(ステップS105)。この周波数解析は、加工中波形データの中から、予め設定したデータサンプル数およびデータ列の開始位置をずらしながら周波数解析を行う。加工中波形データに対する周波数解析の結果は、複数のスペクトルが時系列に並んだ3次元構造のデータとなる。特徴抽出部110は、複数のスペクトル、あるいは複数のスペクトルを任意の時間範囲で平均化した平均スペクトルから、特徴情報を抽出する(ステップS106)。本実施の形態では、ステップS102で読み込んだ学習モデルに、BPFが記録されているので、特徴抽出部110は、BPFを使って、平均スペクトルから特徴情報を抽出する。
【0060】
判定部102は、特徴抽出部110により抽出された特徴情報と、受信されたコンテキスト情報に対応する学習モデルと、を用いて、加工装置200の加工状態を判定する(ステップS107)。これにより、工具223や加工の種類に応じて抽出された特徴情報や学習モデルを用いて、加工装置200の加工状態を判定することができるので、マシニングセンタにおいて実施される様々な加工について、加工装置200の加工状態の異常の発生を高精度に検出して監視することが可能となる。判定部102は、表示制御部105を介して表示部106に、その判定結果を出力する(ステップS108)。または、判定部102は、送信部101bを介してアラート情報を、加工装置200や外部装置へ送信する(ステップS108)。
【0061】
次に、
図11を用いて、本実施の形態にかかる診断装置100によるモデル生成処理の一例について説明する。
図11は、本実施の形態にかかる診断装置によるモデル生成処理の流れの一例を示すフローチャートである。本実施の形態では、生成部104は、例えば、加工装置200の診断処理の前に事前にモデル生成処理を実行する。または、上述したように、生成部104は、学習モデルが定められていないコンテキスト情報が入力された場合に、モデル生成処理を実行しても良い。また、上述のように学習モデルを外部で生成する場合は、診断装置100においてモデル生成処理を実行しなくても良い。
【0062】
受信部101aは、加工装置200から送信されたコンテキスト情報を受信する(ステップS201)。また、受信部101aは、加工装置200から送信された検知情報(センサデータ)を受信する(ステップS202)。
【0063】
このように受信されたコンテキスト情報および検知情報が、学習モデルの生成に利用される。本実施の形態では、生成部104が、コンテキスト情報毎に、学習モデルを生成するため、検知情報は、対応するコンテキスト情報に関連付けられる必要がある。このため、例えば、受信部101aは、受信した検知情報を、同じタイミングで受信したコンテキスト情報と対応付けて記憶部103等に一旦記憶させる。そして、生成部104は、記憶部103に記憶される検知情報が正常時の情報であることを確認し、正常時の検知情報のみを用いて学習モデルを生成する。すなわち、生成部104は、正常であるとラベル付けされた検知情報を用いて学習モデルを生成する。
【0064】
検知情報が正常であるか否かの確認(ラベル付け)は、検知情報を記憶部103等に記憶した後の任意のタイミングで実行しても良いし、加工装置200を動作させながらリアルタイムに実行しても良い。または、検知情報に対するラベル付けを実行せず、生成部104は、検知情報が正常であると仮定して学習モデルを生成しても良い。正常であると仮定した検知情報が実際は異常な検知情報であった場合は、生成された学習モデルでは、加工装置200の加工状態が正常であるか否かの判定処理が正しく実行されなくなる。よって、加工装置200の加工状態が異常と判定される頻度等により、異常な検知情報を用いて学習モデルが生成されたか否かを判断でき、誤って生成された学習モデルを削除するなどの対応を取ることができる。または、異常な検知情報を用いて生成された学習モデルを、異常であることを判定する学習モデルとして利用しても良い。
【0065】
特徴抽出部110の加工中波形抽出部116は、受信された検知情報と、加工動作中のコンテキスト情報と、に基づいて、加工中波形データを抽出する(ステップS203)。次に、周波数解析部115は、FFTアルゴリズム等を使って、抽出した加工中波形データの周波数解析を行う(ステップS204)。周波数解析部115は、加工中波形データの中から、予め設定したデータサンプル数およびデータ列の開始位置をずらしながら周波数解析を行う。得られた周波数解析の結果は、複数のスペクトルが時系列に並んだ3次元構造のデータとなる。特徴抽出部110は、複数のスペクトル、あるいは複数のスペクトルを任意の時間範囲で平均化したスペクトルから、BPFに従って、特徴情報を抽出する(ステップS205)。この方法については、後述する。
【0066】
生成部104は、同じコンテキスト情報に対応付けられた検知情報から抽出された特徴情報を用いて、このコンテキスト情報に対応する学習モデルを生成する(ステップS206)。生成部104は、生成した学習モデルを記憶部103に保存する(ステップS207)。
【0067】
次に、
図12を用いて、本実施の形態にかかる特徴抽出部110によるBPFに従った特徴情報の抽出処理の流れの一例について説明する。
図12は、本実施の形態にかかる診断装置によるBPFに従った特徴情報の抽出処理の流れの一例を示すフローチャートである。
【0068】
BPF設定部111は、受付部120の工具情報受付部121および主軸回転数受付部122から、切刃の枚数(刃数)t等の工具情報、および主軸回転数r等の回転情報を受信する(ステップS301)。そして、BPF設定部111は、回転基本周波数およびTPFを、式(1)および式(2)を用いて、算出する(ステップS302)。ここで、主軸回転数rは、加工プログラムにより設定される、回転主軸221の回転数である。
回転基本周波数[Hz]=r[rpm]/60・・・・・(1)
TPF=回転基本周波数[Hz]×t[枚]・・・・・・(2)
すなわち、BPF設定部111は、回転情報を用いて回転基本周波数を算出し、当該回転基本周波数と工具情報が含む刃数とを用いてTPFを算出する。
【0069】
次に、特徴抽出部110のBPF設定部111は、回転情報と、工具情報と、周波数範囲と、を用いて、BPF中心周波数(中心周波数の一例)を設定(算出)する。本実施の形態では、BPF設定部111は、式(3)を用いて、当該BPF設定部111が有するレンジ設定部117により設定した周波数範囲(周波数レンジ)にあるBPF中心周波数を設定する。ここで、レンジ設定部117は、着目する周波数範囲を設定する。レンジ設定部117は、例えば、下限周波数および上限周波数を設定し、式(3)のBPF中心周波数がこの範囲に存在するような自然数nを算出する。または、自然数nは、回転基本周波数[Hz]の高調波の次数やTPFの倍音の次数等、周波数の下限および上限が特定できるものであれば良い。すなわち、BPF設定部111は、回転基本周波数および当該回転基本周波数の整数倍の周波数を、BPF中心周波数として設定する。または、BPF設定部111は、TPFおよび当該TPFの整数倍の各々の周波数の側帯波、BPF中心周波数として設定しても良い。
【0070】
さらに、BPF設定部111は、BFP中心周波数、およびバンド幅設定部112で設定したバンド幅[Hz]とから、BPFを算出する(ステップS303)。ここで、バンド幅設定部112は、レンジ設定部117により設定される周波数範囲で、着目する周波数バンドのバンド幅を設定する。
BPF中心周波数=回転基本周波数[Hz]×n・・・・(3)
【0071】
BPF設定部111は、バンド幅設定部112によりバンド幅[Hz]がbと設定されると、式(4)を満たすように、BPF中心周波数の数だけ、BPFを算出する。
BPF中心周波数-b/2≦BPF(n)≦BPF中心周波数+b/2・・・(4)
【0072】
次に、バンド選択部113(BPF選択部の一例)は、複数のBPFの中から、特徴情報の抽出に使用するBPFを選択する(ステップS304)。バンド選択部113は、下記の(a)~(e)のいずれかの選択方法により、BPFを選択する。
(a)全選択
(b)TPFの倍音(TPF、2×TPF、・・・)およびその側帯波
(c)TPFの倍音の側帯波のみ
(d)回転基本周波数と、(b)または(c)
(e)インタラクティブに選択
【0073】
図13は、本実施の形態にかかる診断装置によりBPFの選択方法の一例を説明するための図である。例えば、選択方法(e)によりBPFを選択する場合、表示制御部105は、表示部106に対して、BPF選択画面500を表示する。BPF選択画面500は、回転基本周波数および刃数が表示されているコンテキスト情報表示部310、レンジ設定部117により設定するレンジを表示するレンジ表示部320、バンド幅設定部112により設定するバンド幅を表示するバンド幅表示部330、バンド選択部113に選択されるバンドを表示するバンド表示部340、データ表示部350等を含む。
【0074】
レンジ表示部320では、レンジ設定部117により設定するレンジの上限の周波数を表示する。具体的には、レンジ表示部320は、上限の周波数を入力可能な周波数入力テキストボックス323と、TPFの倍音次数で上限の周波数を入力する次数入力テキストボックス324と、を含む。診断装置100のユーザは、周波数入力テキストボックス323および次数入力テキストボックス324に対して、排他的に、上限の周波数を入力可能である。周波数ラジオボタン321とTPF次数ラジオボタン322は、周波数入力テキストボックス323および次数入力テキストボックス324のうち、いずれに上限の周波数を入力するかを排他的に設定可能である。
図13に示すレンジ表示部320には、次数入力テキストボックス324にTPF倍音次数が入力され、上限の周波数が2次のTPF(2×TPF)と入力されている。
【0075】
バンド幅表示部330は、バンド幅入力テキストボックス331を有する。
図13に示すバンド幅入力テキストボックス331には、バンド幅として40.0Hzが設定されている。データ表示部350には、
図11に示すモデル生成処理の学習に使用する加工中波形データを周波数解析して求めた複数のスペクトルを平均化した平均スペクトルであり、正常とラベル付された平均スペクトルが表示されている。データ表示部350に表示する平均スペクトルは、擬似的な刃振れさせて加工した試験的な加工中波形データから求め、異常とラベル付けされた平均スペクトルでも良いし、または、正常および異常の両方のラベル付けされた複数の平均スペクトル(
図6~9に示す平均スペクトル)でも良い。
【0076】
データ表示部350には、
図12のステップS303において算出したBPFを表示するBPF表示部351が含まれる。バンド表示部340には、BPF表示部351に表示されるBPFに対応するように、特徴情報の抽出にTPFを使用することを選択するTPF選択トグルボタン341、特徴情報の抽出に側帯波を使用することを選択する側帯波選択トグルボタン342、その他高調波トグルボタン343が表示される。TPF選択トグルボタン341、側帯波選択トグルボタン342、およびその他高調波トグルボタン343のうち、後述するステップS306における特徴情報の抽出に使用するものはオンとなり、特徴情報の抽出に用いないものはオフとなる。
【0077】
次に、固有周波数除外部118は、BPF設定部111により設定されるBPFから、加工装置200および工具223の固有周波数に近いBPFを除外する(ステップS305)。工具223、ホルダ、回転主軸221等は、その形状・寸法や重量によって固有周波数を有する。この固有周波数の周波数成分は、刃具の損傷や振れ回りによる加工において、加工装置200の加工状態が、異常状態にあっても、正常状態であっても、他の周波数成分のパワーよりも大きくなる傾向にある。そのため、固有周波数の周波数成分が特徴情報に含まれていると、加工装置200の加工状態の判定確度が低下する。そこで、入力部107から予め固有周波数を入力し、記憶部103に記憶しておき、固有周波数除外部118が、記憶部103から固有周波数を呼び出し、式(4)を用いて算出したBPFの中に、この固有周波数を含んだBPFがあれば、当該BPFを除外する。
【0078】
図14は、本実施の形態にかかる診断装置において算出した平均スペクトルのBPF付近の拡大図である。
図14において、実線の平均スペクトルが、正常のラベルが付けられたBPF(符号361で示す)付近の平均スペクトルであり、破線の平均スペクトルが、異常のラベルが付けられたBPF(符号361で示す)付近の平均スペクトルである。
【0079】
図14が示す平均スペクトルのピークのうち符号362で示したピークが、固有周波数である。上述の選択方法(e)によりBPFを選択する場合、ユーザは、BPF選択画面500の側帯波選択トグルボタン360をオフにして、選択方法(b),(c)を除外する。または、前記した選択方法(a),(e)であれば、自動的に、BPFから、固有周波数を含んだBPFを除外する。
【0080】
特徴抽出部110は、フーリエ変換で求めた平均スペクトルのパワーのうち、その中心周波数がBPFの範囲に入っているパワーのみを、当該平均スペクトルの特徴情報として抽出する(ステップS306)。すなわち、特徴抽出部110は、バンド選択部113により選択されるBPFを用いて、特徴情報を抽出する。例えば、特徴抽出部110は、バンド幅をゼロと設定しておき、式(3)のBPF中心周波数に最も近いフーリエ変換の中心周波数を選択し、平均スペクトルにおいて、中心周波数に対応するパワーを特徴情報として抽出しても良い。特徴抽出部110は、平均スペクトルから特徴情報として抽出した振幅やパワーを、リニアスケールやログスケール(dB)等、加工方法や工具種類に応じて最適な値に変換する。
【0081】
図10のステップS105においては、周波数解析部115は、
図11のステップS204と同様に、加工中波形データの中から、予め設定したデータサンプル数およびデータ列の開始位置をずらしながら、FFTアルゴリズム等を使って当該加工中波形データの周波数解析を行う。これにより、複数のスペクトルSPj(f)が時系列に並んだ3次元構造のデータ群が得られる。ここで、j(=1~J)は、スペクトルの数であり、データ列の開始位置をずらしながら周波数解析を行った個数に相当する。
【0082】
次に、加工装置200の加工状態の第1判定方法について説明する。第1判定方法では、まず、特徴抽出部110は、複数のスペクトルSPj(f)の平均スペクトルSP(f)を算出する。次いで、特徴抽出部110は、平均スペクトルSP(f)のうち、BPF中心周波数に最も近いパワーあるいは振幅を、特徴情報として抽出する。抽出した特徴情報が、TPFおよびその倍音である場合、判定部102は、TPFおよびその倍音を、当該TPFおよびその倍音のそれぞれに予め設定した閾値と比較して、当該特徴情報が閾値未満となった場合に、加工装置200の加工状態が異常であると判定する。また、抽出した特徴情報が、側帯波およびその他の回転基本周波数の高調波である場合、判定部102は、側帯波および高調波を、当該側帯波および高調波のそれぞれに予め設定した閾値と比較して、当該特徴情報が閾値を超えた場合、加工装置200の加工状態が異常であると判定する。または、抽出した特徴情報が、側帯波およびその他の回転基本周波数の高調波である場合、判定部102は、特徴情報が閾値を超えた成立率を算出し、当該成立率を、当該成立率に対して予め設定した閾値と比較して、当該成立率が閾値を超えた場合に、加工装置200の加工状態が異常と判定しても良い。
【0083】
次に、加工装置200の加工状態の第2判定方法について説明する。第2判定方法では、特徴抽出部110は、第1判定方法と同様にして特徴情報を抽出する。次いで、判定部102は、これら多次元の特徴情報で、1クラスSVMの学習を行い、外れ値検知にて、加工装置200の加工状態が異常であるか否かの判定を行う。
【0084】
次に、加工装置200の加工状態の第3判定方法について説明する。第3判定方法では、判定部102は、
図11に示すモデル生成処理により生成した学習モデル(加工装置200の加工状態が正常である場合の学習モデル)を記憶部103から読み込む。この学習モデルの実態は、例えば、GMM(ガウス混合モデル)のように、確率密度関数P(X)であっても良い。ここで、X(={x1、x2、・・・xn})は、学習モデルの学習時にBPFに従って抽出されるn次元の特徴量である。BPFは、この学習モデルとともに記憶部103に記憶されており、
図11のステップS106では、このBPFを使って、複数のスペクトルSPj(f)のそれぞれの特徴量を抽出する。
【0085】
判定部102は、
図11のステップS107において、確率密度関数P(X)に特徴量を入力して求めた尤度が、予め設定した閾値以上であれば、加工装置200の加工状態が正常と判定し、当該尤度が、閾値未満であれば、加工装置200の加工状態が異常と判定する。または、判定部102は、下記の式(5)に示すように、対数尤度の符号を逆にした値を異常度スコアajと定義し、加工装置200の異常状態が強いと、異常度スコアが上昇するような指標値とし、スペクトルの数j=1~Jだけ、異常度スコアajを得る。
aj=-log(P(Xj))・・・・・(5)
【0086】
判定部102は、異常度スコアajのトータルスコアとして、例えば、式(6)に示すように、異常度スコアajのうち最大値をとったり、異常度スコアajの平均をとったり、工具や加工方法に適した値を選択する。
A=(Σaj)/J・・・・・(6)
【0087】
そして、判定部102は、異常度スコアajを予め設定した閾値と比較し、当該異常度スコアajが閾値以上であれば、加工装置200の加工状態が異常と判定し、異常度スコアajが閾値未満であれば、加工装置200の加工状態が正常と判定する。
【0088】
次に、上述したコンタリング加工で使用したエンドミルの刃先の振れを2.0um以下に調整し、XY軸ステージ225の回転速度を520.0mm/minと速め、それ以外の加工条件は変更せずにコンタリング加工を行った場合における診断装置100の動作について説明する。
【0089】
特徴抽出部110は、加工装置200から受信する検知情報のうち、切込み深さ200.0umの加工区間のデータを抽出し、
図11のステップS204に示す周波数解析によって、平均スペクトルを求める。
【0090】
図15は、本実施の形態にかかる診断装置により求める平均スペクトルの一例を示す図である。
図15において、実線は、上記の加工条件において加工装置200が加工を行った場合の平均スペクトルを表し、破線が、正常のラベルが付けられた平均スペクトルを表す。上述したように、加工条件は、XY軸ステージ225の回転速度(90.0mm/min)のみが異なっている。
【0091】
XY軸ステージ225の回転速度が速くなると、回転基本周波数(およびTPF)の高調波が、低域側にシフトしている。回転基本周波数(125.0Hz)のシフトは約3.0Hzで、TPFの2倍音(=1000.0Hz)のシフトは約25.0Hzだった。この回転基本周波数およびTPFのシフトは、XY軸ステージ225の回転運動によって、切刃が被加工物の下穴の円弧面との接触位置を変えながら切削することに起因する。
【0092】
図10のステップS106や
図11のステップS205において、ずれたBPF(回転基本周波数のシフトに対応していないBPF)では、正しい特徴情報が抽出できず、加工装置200の加工状態の判定結果が疑わしくなる。よって、シフトした回転基本周波数Fが求まれば、式(2)~(4)の回転基本周波数を、シフトした回転基本周波数Fに置き換えることができ、BPFを算出できる。本実施の形態では、周波数シフト推定部114が、周波数解析部115による検知情報の周波数解析結果(例えば、平均スペクトル)と、回転情報と、を用いて、回転基本周波数を補正して、当該シフトした回転基本周波数Fを算出する。
【0093】
図16は、本実施の形態にかかる診断装置によるBPFに従った特徴情報の抽出処理の流れの他の例を示すフローチャートである。
図16に示す特徴情報の抽出処理の流れでは、
図12に示すステップS302を、ステップS307に示す処理で置き換えている。ここでは、BPF設定部111は、シフトした回転基本周波数FおよびTPFを算出する(ステップS307)。
【0094】
次に、本実施の形態にかかる診断装置100における回転基本周波数の補正処理の一例について説明する。
図15に示すように、平均スペクトルは、TPFおよびその倍音成分で大きなピークが観測される。周波数シフト推定部114は、
図12に示すステップS302で求めたTPF、および当該TPFの整数倍の周波数を基準にその近傍で、平均スペクトルが極大を示す周波数を探索し、探索した周波数に基づいて、回転基本周波数を補正する。または、周波数シフト推定部114は、ステップS302で求めた回転基本周波数およびその整数倍の周波数を適宜織り交ぜても良い。
【0095】
例えば、周波数シフト推定部114は、例えば、求めた周波数を、それぞれが基準とした整数値で除算し、平均した値を補正した回転基本周波数とする。または、周波数シフト推定部114は、前記した整数値を横軸に、前記探索した周波数を縦軸にプロットし、その傾きを最小二乗法で求めても良い。
【0096】
次に、本実施の形態にかかる診断装置100における回転基本周波数の補正処理の他の例について説明する。コンテキスト情報が含む主軸回転数から式(1)に従って求めた回転基本周波数をfとした場合、
図15に示す平均スペクトル401では、回転基本周波数fは、125.0Hzとなる。周波数シフト推定部114は、下記の式(7)を用いて、
図15に示す平均スペクトル401の自己相関関数を求める。
図17は、本実施の形態にかかる診断装置により求めた自己相関関数の一例を示す図である。
【数1】
ここで、SP(i)は、スペクトルを表し、μは、平均スペクトルを表し、σ
2は、スペクトルの分散を表し、hは、回転基本周波数のシフト量(周波数シフト)を表す。
【0097】
スペクトルの自己相関を求めたので、高調波を同定することができる。hは、上限周波数が7f=875.0Hzとなるインデックスを選んだ。よって、nは上限周波数が14f=1750.0Hzとなるインデックスとなる。
図15に示すように、平均スペクトルのパワーが大きくなるのは、TPFとその倍音成分であることがわかる。したがって、
図17に示す自己相関関数も、h=TPFで最大となる。この時のhをHとすると、式(8)が成立する。
F=H/t・・・・・(8)
【0098】
さらに、周波数シフト推定部114は、式(9)に示すように、コンテキスト情報から求めた回転基本周波数fに基づいて、刃数tも推定可能となる。
t=round(H/f)・・・・・(9)
ここで、round()は、引数を最も近い整数に丸める関数である。
【0099】
すなわち、周波数シフト推定部114は、検知情報の周波数解析結果の自己相関関数を算出し、当該自己相関関数の遅延値が、補正した回転基本周波数を超える範囲で、自己相関関数が最大を示す遅延値を求める。次いで、周波数シフト推定部114は、求めた遅延値を用いて工具223の刃数を推定する。そして、BPF設定部111は、推定した刃数を、工具情報の代わりに用いて設定(算出)される複数のBPF中心周波数を用いて、BPFを設定する。
【0100】
このように、本実施の形態にかかる加工システムによれば、工具223や加工の種類に応じて抽出された特徴情報を用いて、加工装置200の加工状態を判定することができるので、マシニングセンタにおいて実施される様々な加工について、加工装置200の加工状態の異常の発生を高精度に検出して監視することが可能となる。
【0101】
なお、本実施形態の診断装置100で実行されるプログラムは、ROM152等に予め組み込まれて提供される。本実施形態の診断装置100で実行されるプログラムは、インストール可能な形式又は実行可能な形式のファイルでCD-ROM、フレキシブルディスク(FD)、CD-R、DVD(Digital Versatile Disk)等のコンピュータで読み取り可能な記録媒体に記録してコンピュータ・プログラム・プロダクトとして提供するように構成しても良い。
【0102】
さらに、本実施形態の診断装置100で実行されるプログラムを、インターネット等のネットワークに接続されたコンピュータ上に格納し、ネットワーク経由でダウンロードさせることにより提供するように構成しても良い。また、本実施形態の診断装置100で実行されるプログラムをインターネット等のネットワーク経由で提供または配布するように構成しても良い。
【0103】
本実施形態の診断装置100で実行されるプログラムは、上述した各部(通信制御部101、判定部102、生成部104、表示制御部105、特徴抽出部110、受付部120等)を含むモジュール構成となっており、実際のハードウェアとしてはCPU151(プロセッサの一例)が上記ROM152からプログラムを読み出して実行することにより上記各部が主記憶装置上にロードされ、各部が主記憶装置上に生成されるようになっている。また、本実施形態の診断装置100の各ハードウェアを加工装置200に組み込み、前記プログラムを実行さる構成とした、診断機能付き加工装置であっても良い。
【符号の説明】
【0104】
100 診断装置
101 通信制御部
101a 受信部
101b 送信部
102 判定部
103 記憶部
104 生成部
105 表示制御部
106 表示部
107 入力部
110 特徴抽出部
111 BPF設定部
112 バンド幅設定部
113 バンド選択部
114 周波数シフト推定部
115 周波数解析部
116 加工中波形抽出部
117 レンジ設定部
118 固有周波数除外部
120 受付部
121 工具情報受付部
122 主軸回転数受付部
123 加工工程受付部
200 加工装置
205 通信制御部
221 回転主軸
223 工具
227 物理量情報検出部
【先行技術文献】
【特許文献】
【0105】
【文献】特許第6156566号公報
【文献】特表昭58-500605号公報
【文献】特開平09-174383号公報