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特許7589859積層造形用Ni基合金粉末、積層造形品、及び積層造形品の製造方法
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  • 特許-積層造形用Ni基合金粉末、積層造形品、及び積層造形品の製造方法 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-11-18
(45)【発行日】2024-11-26
(54)【発明の名称】積層造形用Ni基合金粉末、積層造形品、及び積層造形品の製造方法
(51)【国際特許分類】
   C22C 19/05 20060101AFI20241119BHJP
   B22F 1/00 20220101ALI20241119BHJP
   B22F 10/38 20210101ALI20241119BHJP
   B33Y 70/00 20200101ALN20241119BHJP
   B33Y 80/00 20150101ALN20241119BHJP
【FI】
C22C19/05 Z
B22F1/00 M
B22F10/38
B33Y70/00
B33Y80/00
【請求項の数】 9
(21)【出願番号】P 2024504719
(86)(22)【出願日】2023-03-01
(86)【国際出願番号】 JP2023007547
(87)【国際公開番号】W WO2023167231
(87)【国際公開日】2023-09-07
【審査請求日】2024-09-02
(31)【優先権主張番号】P 2022033269
(32)【優先日】2022-03-04
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000005083
【氏名又は名称】株式会社プロテリアル
(72)【発明者】
【氏名】王 ジュエ
(72)【発明者】
【氏名】青田 欣也
(72)【発明者】
【氏名】桑原 孝介
(72)【発明者】
【氏名】太期 雄三
【審査官】小川 武
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2021/045183(WO,A1)
【文献】特開2020-152978(JP,A)
【文献】特開2017-036485(JP,A)
【文献】特表2017-508877(JP,A)
【文献】国際公開第2022/054803(WO,A1)
【文献】特開2014-080675(JP,A)
【文献】特開2003-262491(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 19/05
B22F 1/00
B22F 10/38
B33Y 70/00
CAplus/REGISTRY(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、
Al:3.5~5.5%、
Cr:0.8~4.0%、
C:0.02~0.06%、
Si:1.0~1.8%、
Mn: 1.5%以下、
O:0.001~0.050%、
を含有し、残部がNi及び不可避不純物からなり、前記不可避不純物中のZrが0.01%以下に制限されていることを特徴とする積層造形用Ni基合金粉末。
【請求項2】
質量%で、
Al:3.6~5.0%、
Cr:1.5~3.0%、
C:0.03~0.05%、
Si:1.2~1.5%、
Mn: 0.2~1.0%、
O:0.008~0.030%
であることを特徴とする、請求項1に記載の積層造形用Ni基合金粉末。
【請求項3】
ビッカース硬さが160~220HVの範囲にあることを特徴とする、請求項1または2に記載の積層造形用Ni基合金粉末。
【請求項4】
レーザ回折法によって求められる、粒子径と小粒子径側からの体積積算との関係を示す積算分布曲線において、算頻度10体積%に対応する粒子径d10が10μm以上25μm以下、積算頻度50体積%に対応する粒子径d50が25μm以上40μm以下、積算頻度90体積%に対応する粒子径d90が45μm以上60μm以下であることを特徴とする、請求項1または2に記載の積層造形用Ni基合金粉末。
【請求項5】
(d90―d10)/d50で表される均一度が0.8~1.2の範囲にあることを特徴とする、請求項4に記載の積層造形用Ni基合金粉末。
【請求項6】
JIS R9301-2-2に準じて測定した安息角が40度以下であることを特徴とする、請求項1または2に記載の積層造形用Ni基合金粉末。
【請求項7】
質量%で、
Al:3.5~5.5%、
Cr:0.8~4.0%、
C:0.02~0.06%、
Si:1.0~1.8%、
Mn: 1.5%以下、
O:0.001~0.050%
を含有し、残部がNi及び不可避不純物からなり、前記不可避不純物中のZrが0.01%以下に制限されているNi基合金粉末をを用いて積層造形品を形成する積層造形工程を有することを特徴とする積層造形品の製造方法。
【請求項8】
質量%で、
Al:3.5~5.5%、
Cr:0.8~4.0%、
C:0.02~0.06%、
Si:1.0~1.8%、
Mn: 1.5%以下、
O:0.001~0.050%、
を含有し、残部がNi及び不可避不純物からなり、
前記不可避不純物に含まれるZrが0.01%以下に制限されており、
欠陥率が0.1%以下、かつ800℃の大気炉内で950時間かけて行う酸化試験によって得られる、[酸化試験前後の質量減少量]/[酸化試験前の表面積]で表される単位面積酸化量が0.005mg/mm以下であること、
を特徴とする積層造形品。
【請求項9】
ビッカース硬さが210~300HVの範囲にあることを特徴とする、請求項8に記載の積層造形品。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、積層造形に適した積層造形用Ni基合金粉末(以下、Ni基合金粉末と言うことがある。)及び積層造形品、及び積層造形品の製造方法に関し、例えば、半導体製造に用いられる酸化炉や電子部品の焼成炉で使用する部材や部品に関するものである。
【背景技術】
【0002】
一般に、半導体製造に用いられる酸化炉や電子部品の焼成炉で使用する炉内に設置する部材や部品には、部材や部品から発生する酸化スケールが製品に混入するのを防ぐために、耐高温酸化性に優れたNi基合金が使用されている。このような耐高温酸化性に優れたNi基合金としては、例えば、特許文献1に示すように、質量%で(以下、%は質量%を示すものとする。)Al:3.6~4.4%を含有し、さらに必要に応じて、Si:0.1~2.5%、Cr:0.8~4.0%、Mn:0.1~1.5%の内の1種または2種以上を含有し、残部がNiおよび不可避不純物からなり、高温熱交換機用のフィン、チューブとして用いられる耐高温酸化性に優れたNi基合金が提案されている。
【0003】
また、特許文献2には、Al:2.0~5.0%、Si:0.1~2.5%、Cr:0.8~4.0%、Mn:0.1~1.5%、B:0.001~0.01%、Zr:0.001~0.1%を含有し、残りがNiおよび不可避不純物からなる熱間鍛造性および耐高温酸化性に優れたNi基合金が提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開2003-262491号公報
【文献】特開2014-080675号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、近年は半導体製品や電子部品の製造炉用部材や部品などの用途において、耐高温酸化性に優れるのみでなく、前記部材や部品内部にガス流路などの複雑形状を実現することが求められている。この複雑形状を実現する手段としては、合金粉末を用いた付加製造法(以下、本発明では積層造形法と言う。)が適していることが知られている。ここで、上記特許文献1や2に記載されたNi基合金は耐高温酸化性に優れているものの、Al含有量が高いため溶接割れ感受性(以下、割れ感受性と言うことがある。)が高いという課題がある。積層造形法は、個々の粉末の溶融と凝固を繰り返す工程を有するものであり、この工程はミクロレベルでの溶接に相当するため、積層造形法に溶接割れ感受性の高い、上記特許文献1や2に記載のNi基合金を適用しても割れが生じるであろうことは容易に推察できる。また、耐高温酸化性が劣ると、酸化物に起因する欠陥が顕在化してくる。
以上のことより、本発明は、割れや欠陥が少なく、かつ耐高温酸化性に優れた積層造形品の製造に好適なNi基合金粉末、このNi基合金粉末を用いた積層造形品及びその積層造形品の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明は、質量%で、Al:3.5~5.5%、Cr:0.8~4.0%、C:0.02~0.06%、Si:1.0~1.8%、Mn: 1.5%以下、O:0.001~0.050%、を含有し、残部がNi及び不可避不純物からなり、前記不可避不純物に含まれるZrが0.01%以下に制限されていることを特徴とする積層造形用Ni基合金粉末である。
【0007】
また、前記積層造形用Ni基合金粉末において、Al:3.6~5.0%、Cr:1.5~3.0%、C:0.03~0.05%、Si:1.2~1.5%、Mn: 0.2~1.0%、O:0.008~0.030%であることが好ましい。
【0008】
また、前記積層造形用Ni基合金粉末のビッカース硬さが160~220HVの範囲にあることが好ましい。
【0009】
また、前記積層造形用Ni基合金粉末は、レーザ回折法によって求められる、粒子径と小粒子径側からの体積積算との関係を示す積算分布曲線において、前記粉末の積算頻度10体積%に対応する粒子径d10が10μm以上25μm以下、積算頻度50体積%に対応する粒子径d50が25μm以上40μm以下、積算頻度90体積%に対応する粒子径d90が45μm以上60μm以下であることが好ましい。
【0010】
また、(d90―d10)/d50で表される均一度が0.8~1.2の範囲にあることが好ましい。
【0011】
また、前記積層造形用Ni基合金粉末において、JIS R9301-2-2に準じて測定した安息角が40度以下であることが好ましい。
【0012】
また、本発明は質量%で、Al:3.5~5.5%、Cr:0.8~4.0%、C:0.02~0.06%、Si:1.0~1.8%、Mn: 1.5%以下、O:0.001~0.050%を含有し、残部がNi及び不可避不純物からなり、前記不可避不純物中のZrが0.01%以下に制限されているNi基合金粉末をを用いて積層造形体を形成する積層造形工程を有することを特徴とする積層造形品の製造方法である。
【0013】
また、本発明は、質量%で、Al:3.5~5.5%、Cr:0.8~4.0%、C:0.02~0.06%、Si:1.0~1.8%、Mn: 1.5%以下、O:0.001~0.050%、を含有し、残部がNi及び不可避不純物からなり、前記不可避不純物に含まれるZrが0.01%以下に制限されており、欠陥率が0.1%以下、かつ800℃の大気炉内で950時間かけて行う酸化試験によって得られる、[酸化試験前後の質量減少量]/[酸化試験前の表面積]で表される単位面積酸化量が0.005mg/mm以下であることを特徴とする積層造形品である。
【0014】
前記積層造形品の硬さは210~300HVの範囲にあることが好ましい。
【発明の効果】
【0015】
本発明のNi基合金粉末は耐高温酸化性に優れ、かつ溶接割れ感受性が低いことに加えて、欠陥抑制にも好適な積層造形用の合金粉末である。このNi基合金粉末を用いて、積層造形法により半導体や電子部品の製造装置用の部材や部品等を製作した場合には、割れや欠陥が少なく、かつ耐高温酸化性に優れた積層造形品及びこの積層造形品からなる部材や部品を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
図1】本発明の実施例と比較例による積層造形品の酸化試験結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
[Ni基合金粉末]
本発明者らは、耐高温酸化性及び積層造形性に優れた積層造形用Ni基合金粉末を開発すべく、合金組成や積層造形方法について鋭意検討を行った。その結果、質量%で、Al:3.5~5.5%、Cr:0.8~4.0%、C:0.02~0.06%、Si:1.0~3.0%、Mn: 1.5%以下、O:0.001~0.050%を含有し、残部がNi及び不可避不純物からなり、前記不可避不純物に含まれるZrが0.01%以下に制限されているNi基合金粉末が、耐高温酸化性や、割れや欠陥が少なく造形することができる積層造形性において優れた特性を有することを見出した。
【0018】
以下、本発明のNi基合金粉末について、その合金組成における各成分元素の数値限定理由について詳述する。その後、合金粉末の製造方法及び積層造形品について説明する。なお、本明細書で、「~」を用いて表される数値範囲は「~」の前後に記載される数値を下限値及び上限値として含むものとする。そして、段階的に記載された上限値と下限値は任意に組み合わせることができる。また、「%」は「質量%」と読み替えるものとする。
【0019】
(Al:3.5~5.5%)
Alは、積層造形品の表面にアルミナ被膜を形成し、耐高温酸化性を向上させ、酸化スケールの発生を低減する作用がある。また、Ni基合金粉末においても、表層部に酸化物による不動態被膜を形成して、Ni基合金粉末の更なる酸化を防ぐ作用があるので添加する。十分な耐高温酸化性を確保するためにAl含有量の下限は3.5%である。一方でAl含有量が多すぎると、局所的な溶融凝固を繰り返す積層造形時に微細割れが発生しやすくなることから、Al含有量の上限は5.5%である。また、好ましいAl含有量は3.6~5.0%であり、さらに好ましくは3.7~4.1%である。
【0020】
(Cr:0.8~4.0%)
Crは、アルミナ被膜を安定化させることで、耐高温酸化性を向上させるために有効な元素である。十分な耐高温酸化性を確保するためにCr含有量の下限は0.8%である。一方でCr含有量が多すぎると、アルミナ被膜の形成が阻害されることからCr含有量の上限は4.0%である。また、好ましいCr含有量は1.5~3.0%であり、さらに好ましくは1.9~2.1%である。
【0021】
(C:0.02~0.06%)
Cは、割れ感受性の低下と凝固過程における引け巣発生防止と引張強度の向上に効果がある。割れ感受性を十分に低下させるためにC含有量の下限は0.02%である。一方でC含有量が多すぎると、Cr炭化物をつくり耐食性が低下することから、C含有量の上限は0.06%である。また、好ましいC含有量は0.03~0.05%であり、さらに好ましくは0.035~0.04%である。
【0022】
(O:0.001~0.050%)
Oは、Ni基合金粉末製造時のガスアトマイズ工程で、主にAlと瞬時に結びつくことで粉末表面に極薄く強固な酸化被膜を形成し、それ以上の酸化の進行を抑制するという効果がある。十分な耐高温酸化性を確保するためにO含有量の下限は0.001%である。一方でO含有量が多すぎると、粉末表面に形成した酸化被膜が積層造形時に欠陥として顕在化してくるため、O含有量の上限は0.050%である。また、好ましいO含有量は0.008~0.030%であり、さらに好ましくは0.010~0.015%である。
【0023】
なお、C、Oの含有量については、例えば、真空中で溶解しアルゴンガスアトマイズにて雰囲気をコントロールすることで制御することができる。
【0024】
(Zr:0.01%以下)
Zrは、Ni基合金粉末を製造する際に不可避的に混入する不純物である。Zr含有量が多いと酸化物を形成し、アルミナ被膜の形成が阻害される。さらに結晶粒界に偏析することによって粒界から微細割れ(クラック)が発生しやすくなる。それらを避ける観点から特にZrは制限する。Zr含有量は0%を目指し上限を0.01%とする。好ましくは0.001%以下であり、さらに好ましくは0.0001%以下である。
【0025】
(Si:1.0~1.8%)
SiはCr同様に積層造形品に形成されるアルミナ被膜を安定化することで耐高温酸化性を向上させる作用がある。十分な耐高温酸化性を確保するためにSi含有量の下限は1.0%である。一方でSi含有量が多すぎると、個々のNi基合金粉末が溶融凝固を繰り返す過程で、凝固時に引け巣が発生し易くなるため、Si含有量の上限は1.8%である。また、好ましいSi含有量は1.2~1.6%であり、さらに好ましくは1.3~1.5%である。
【0026】
(Mn:1.5%以下)
Mnは、Alの含有によって高まった凝固割れを抑制する作用がある。また、例えば、積層造形速度を大きくした場合、入熱が大きくなり凝固割れが発生しやすくなるので、積層造形速度に応じて添加量を調整することが好ましい。Mnの含有量を0%超とすることで、前記作用を発揮することができる。さらに、作用を効果的に発揮させるために、Mnの含有量を0.1%以上とすることが好ましい。一方、Mnの含有量が1.5%を超えると、耐高温酸化性が低下する。そのため、Mnの含有量は1.5%以下と定めた。また、好ましいMn含有量は0.2~1.0%であり、さらに好ましくは0.4~0.6%である。
【0027】
(残部Ni及び不可避不純物)
不可避不純物について、例えば、その合計が1.0%以下であれば好ましい。個々の不可避不純物は、0.5%以下であることが好ましく、より好ましくは0.1%以下である。また、より具体的には、P、S、Nについては、0.01%以下が好ましく、Fe、B、Ti、Cu、Nb、Mo、Coについては、0.5%以下であることが好ましい。
【0028】
本実施形態のNi基合金粉末の成分組成は、以下の測定手法により求めることができる。後記する実施例でも述べるように、分級後の積層造形用の粉末を適切な水溶液中で溶解し、この水溶液を高周波誘導結合プラズマ(ICP)分析することにより、所定の成分の含有量を測定した。なお、C、N、Oについては、燃焼法によるガス分析を行って、その含有量を求めることができる。
【0029】
(Ni基合金粉末の硬さ:160~220HV)
粉末を敷詰めるときに粒子が潰れてしまわないように、Ni基合金粉末の硬さは160HV以上とすることができる。一方で、粉末の硬さが高すぎると製造した積層造形品が割れやすくなることから、硬さの上限は220HVとすることができる。また、好ましくは170~200HV、より好ましくは180~190HVである。
【0030】
(Ni基合金粉末の粒径:1~200μm)
積層造形は、個々の粉末について溶融・凝固を繰り返すことにより形状付与をしていく造形法であり、積層造形装置によっては合金粉末の粒径への要求が異なるため、種々の造形装置に適用させるために、Ni基合金粉末の粒径範囲は1~200μmとすることができる。
例えば粉末床溶融結合方式(PBF:Powder Bed Fusion)の場合は、Ni基合金粉末の粒径が1μm未満だと流動性が低下するため、健全な積層造形品が得にくい。一方で、Ni基合金粉末の粒径が80μmを超えると、積層ピッチが大きく設置する必要があり、寸法精度が低下する。したがって、粉末床溶融結合方式用のNi基合金粉末の粒径範囲は、1~80μmとすることができる。また、好ましくは10~60μmである。
また、指向性エネルギー堆積方式(DED:Directed Energy Deposition)の場合は、Ni基合金粉末の粒径が1μm未満だと供給量を増やすことができず、造形速度が遅くなる。一方で、Ni基合金粉末の粒径が200μmを超えると、1回の溶融凝固に必要な容積が大き過ぎ、溶け残りが生じやすくなる。したがって、指向性エネルギー堆積方式用のNi基合金粉末の粒径範囲は、20~200μmとすることができる。また、好ましくは40~120μmである。
なお、球形形状が得られるガスアトマイズ法で得られた粉末が好ましい。また、粉末の粒径については、レーザ回折法(レーザ回折式粒度分布測定装置)を用いて粒度分布を測定することができる。
【0031】
(Ni基合金粉末の粒度分布)
積層造形において、粉末の粒径が小さすぎると粉末層が擦り切れたり偏ったりするため、塗工性が低下する。一方で、粉末の粒径が大きすぎるとレーザ出力が足りずに溶融残りが生じる恐れがあり、これにより積層時に欠陥が増加したり表面粗さが低下したりする傾向にある。このことから、レーザ回折法によって求められる粒子径と小粒子径側からの体積積算との関係を示す積算分布曲線において、積算頻度10体積%に対応する粒子径d10が10μm以上25μm以下、積算頻度50体積%に対応する粒子径d50が25μm以上40μm以下、積算頻度90体積%に対応する粒子径d90が45μm以上60μm以下の範囲とすることが好ましい。また、好ましくはd10が15μm以上20μm以下、d50が30μm以上35μm以下、d90が50μm以上55μm以下であり、より好ましくはd10が18μm以上20μm以下、d50が32μm以上34μm以下、d90が53μm以上55μm以下である。
【0032】
(Ni基合金粉末の均一度:0.8~1.2)
本発明のNi基合金粉末の粒径について、(d90―d10)/d50で表される数値を均一度と定義している。均一度が1よりも大きいほど敷き詰め性が低下し、1よりも小さいほど歩留まりが低下する傾向にあり、生産性が低下する。このことから、均一度の下限は0.8、上限は1.2の範囲とすることが好ましい。また、好ましくは0.90~1.15、より好ましくは0.95~1.10である。
【0033】
(Ni基合金粉末の安息角:40度以下)
積層造形において、原料となる粉末は流動性が良好な方が、敷き詰め性が良くなり好ましい。本発明のNi基合金粉末の流動性は、JIS R9301-2-2に準じる安息角によって評価する。安息角が40度を超えると流動性が悪く、敷き詰め性が低下するので、安息角は40度以下であることが好ましい。下限は特に限定されない。また、より好ましい安息角は35度以下であり、更に好ましくは31度以下である。
また、上述するような安息角を有するNi基合金粉末の流動度は、15sec/50g以上であることが好ましい。より好ましくは、18sec/50g以上であり、更に好ましくは19sec/50g以上である。
【0034】
[合金粉末の製造方法]
Ni基合金粉末(合金粉末)の製造方法としては、例えば、ガスアトマイズ法を用いることができる。指定組成となるように配合された原料粉末を坩堝内で溶解した後、坩堝底部より溶湯を出炉させながら、出炉した溶湯に高圧ガスを噴霧する。高圧噴霧した媒体の運動エネルギーによって金属溶湯を液滴として飛散させたものを凝固することで、球状のNi基合金粉末を製造することができる。また、このときに用いる坩堝は、Zr不純物の混入を防ぐためにAlO製であることが好ましい。
【0035】
[積層造形品の製造方法]
本発明の積層造形品の製造方法は、質量%で、Al:3.5~5.5%、Cr:0.8~4.0%、C:0.02~0.06%、Si:1.0~1.8%、Mn: 1.5%以下、O:0.001~0.050%を含有し、残部がNi及び不可避不純物からなり、前記不可避不純物中のZrが0.01%以下に制限されているNi基合金粉末をを用いて積層造形品を形成する積層造形工程を有する積層造形品の製造方法である。
【0036】
(積層造形工程)
積層造形工程における積層造形方法は特に限定されない。例えば、粉末床溶融結合方式(PBF:Powder Bed Fusion)の積層造形装置に、本発明のNi基合金粉末を供給し、粉末を敷いた領域にレーザビーム、電子ビーム等の高エネルギーを照射して、合金粉末を選択的に溶融結合させることによって、所望形状の造形品を積層造形することができる。積層造形装置としては、積層造形品の形状等に応じて、粉末床溶融結合方式(PBF:Powder Bed Fusion)と指向性エネルギー堆積方式(DED:Directed Energy Deposition)に区分することができるが、本実施形態の積層造形品はいずれの方式でも造形でき、積層造形装置の形式等については特に制限されるものではない。
【0037】
(積層造形品の熱処理)
本発明の積層造形品の製造方法では、前記積層造形法によって作製した造形物に、残留応力の除去とミクロ偏析の低減を目的として溶体化熱処理を施してもよい。溶体化熱処理を行う場合の温度は、ミクロ偏析を固溶させるために1000℃以上、固相線温度よりも低い必要があるために1200℃以下とすることが好ましい。より好ましくは1050℃以上1180℃以下であり、さらに好ましくは1100℃以上1160℃以下である。
【0038】
[積層造形品]
本発明の積層造形品は、質量%で、Al:3.5~5.5%、Cr:0.8~4.0%、C:0.02~0.06%、Si:1.0~1.8%、Mn: 1.5%以下、O:0.001~0.050%、を含有し、残部がNi及び不可避不純物からなり、前記不可避不純物に含まれるZrが0.01%以下に制限されており、欠陥率が0.1%以下、かつ800℃の大気炉内で950時間かけて行う酸化試験によって得られる、[酸化試験前後の質量減少量]/[酸化試験前の表面積]で表される単位面積酸化量が0.005mg/mm以下であることを特徴とする積層造形品であって、表層部に形成したアルミナ被膜に起因する、優れた耐高温酸化性を有することが特徴である。前記積層造形品の用途は特に限定しないが、例えば前記積層造形品からなる半導体製造装置用部材を提供することが可能である。前記積層造形品は特に700℃以上での耐高温酸化性に優れており、高温環境下で使用しても表面の酸化被膜が成長しにくい。そのため前記積層造形品を、半導体製造用の酸化炉や電子部品製造用の焼成炉などの内部に設置する部材や部品に適用すると、部材や部品の表面から酸化物が剥離しにくくなり、半導体や電子部品などの製造物に異物が混入するのを抑制することができるため有効である。また、半導体製造装置用部材ばかりでなく、航空産業、宇宙産業、自動車産業における部品、化学プラントや医薬品製造の設備やオイル、ガスなどエネルギー分野などの幅広い分野において、耐高温酸化性が良好で複雑な形状の積層造形品を提供することができる。
【0039】
(積層造形品の単位面積酸化量:0.5mg/cm以下)
本発明の積層造形品は耐高温酸化性に優れる。ここで耐高温酸化性は(式1)で表される単位面積酸化量によって評価することができる。800℃の大気炉内にて950時間かけて行う高温酸化試験において、単位面積酸化量が0.5mg/cm以下であると、酸化被膜の成長が極めて抑制できる。また、好ましい単位面積酸化量は0.4mg/cm以下であり、より好ましい単位面積酸化量は0.3mg/cm以下である。
【0040】
[単位面積酸化量(mg/cm)]=[酸化試験前後の質量減少量(mg)]/[酸化試験前の表面積(cm)]・・・(式1)
【0041】
(積層造形品の欠陥率:0.1%以下)
積層造形品の内部欠陥はクラックの起点となるので、欠陥率は低いことが望ましい。欠陥率はボイドや未溶融粉末などの欠陥部の面積比率として測定することができる。測定条件等の詳細は後述する。欠陥率が0.1%以下であるとクラックの起点となる内部欠陥が極めて少ないため欠陥率は0.1%以下とする。また、好ましい欠陥率は0.05%以下であり、より好ましい欠陥率は0.025%以下である。
【0042】
(積層造形品の硬さ:210~300HV)
本発明の積層造形品において引張強度は高いことが望ましい。したがって、引張強度と比例関係にある硬さは210HV以上とする。一方で、切削加工性を保ち、割れを防止する観点から、硬さの上限は300HVとする。また、好ましい硬さの範囲は240~290HV、より好ましくは260~280HVである。測定条件等の詳細は後述する。
【実施例
【0043】
以下に、本発明の実施例について説明する。
まず実施例として、表1に示す組成の合金粉末(以下、単に粉末とも呼ぶ)aを作製した。また、比較例として表1に示す組成の合金粉末b~eを作製した。合金粉末の製造方法には真空ガスアトマイズ法を用いた。指定した組成となるように配合した原料粉末を、高周波真空溶解炉を用いて、合金粉末a、c、eはAlO製のるつぼにて、合金粉末b、dはZrO製のるつぼにて溶解した。そして、るつぼ底部より出湯した溶湯にアルゴンガスを噴出して細粒化、冷却塔内で凝固させて球状粉末を得た。その後、得られた粉末を分級することで、粒径範囲が10~60μmの合金粉末a~eを得た。
【0044】
【表1】
【0045】
表1に示すこれらの合金粉末の化学組成は、例えば高周波誘導結合プラズマ(ICP)発光分析法を用いて分析した。表1に示される実施例粉末と比較例粉末の成分組成を比較すると、実施例である粉末aに対して、粉末bはC含有量が減少、Zr含有量が増加しており、粉末cはC含有量およびSi含有量が減少、粉末dはZr含有量が増加、粉末eはAl含有量が増加していることが分かる。
【0046】
[Ni基合金粉末の特性評価]
合金粉末a~eについて、流動性、安息角、硬さを測定した結果を表2に示す。測定手段や条件については下記する。
【0047】
(粒径・流動性評価)
レーザ回折式粒子径分布測定装置(Malvern Panalytical社製:Master Sizer 3000)を用いて、粒子径d10、d50、d90をそれぞれ測定した。測定したd10、d50、d90を用いて、(d90―d10)/d50で表される均一度を計算した。
また、JIS-Z2502に準ずるように流動性測定器(筒井理化学社製)を用いて粉末の流動度をそれぞれ測定した。
【0048】
(安息角評価)
多機能型粉体物性測定器(セイシン社製:マルチテスターMT-02)を用いて、安息角を測定した。測定はJIS R9301-2-2に準じて行い、具体的には測定器内の受け皿に合金粉末を供給し、形成された山の角度を測定した。このとき、合金粉末の供給には355μmのふるいを用いた。
【0049】
(硬さ評価)
直径2mmの穴に合金粉末1gを充填した後、冷間樹脂埋め込み用真空装置(ストルアス社製:CitoVac)を用いて合金粉末を樹脂に埋め込んだ。樹脂に埋め込んだ合金粉末に対して、耐水エメリー紙で#1500まで研磨した後、粒径1μm、0.3μmの順番にダイヤモンドペーストで研磨し、鏡面仕上げとすることで、硬さ評価用の試験片を得た。
前記鏡面仕上げとした面について、マイクロビッカース硬さ試験機(フェーチュアテック社製:FM-110)を用いてビッカース硬さを測定した。具体的には、正四角錐のダイヤモンド圧子を粒径30~40μmの粉末粒子に対し計10点に押し込み、25gfの試験荷重で15秒保持した。その後、表面に残ったくぼみの対角線の長さを測定して硬度を算出し、各試験片粉末の10点における硬度の平均値および標準偏差を求めた。
【0050】
【表2】
【0051】
表2に粉末a~eの流動性、安息角および硬さの評価結果を示す。実施例と比較例の測定結果を比較すると、敷詰め性にも係わる流動性は、粒度分布と均一度の両方が上述した好ましい範囲、更にはより好ましい範囲を満足しているものは粉末aであることが分かった。
【0052】
一方、表2に示す各粉末の硬さを比較すると、粉末a、bおよびdに対して、粉末cは硬さが低く、粉末eは硬さが高いことがわかる。粉末cは、Si含有量の減少が粉末硬さの低下に作用したことが推測される。また、粉末eは、Al含有量の増加が粉末硬さの向上に作用したことが推測される。また、粉末a、bおよびdの硬さに明らかな有意差は見られないものの、粉末bおよびdの硬さは標準偏差が高く測定値のばらつきが大きいことから、実施例である粉末aの方が安定して硬さを得られると言える。
【0053】
[積層造形品の特性評価]
レーザを熱源とするレーザ溶融法(Selective Laser Melting:SLM)の積層造形装置(EOS社製:M290)を用いて、合金粉末a~eそれぞれについて積層造形品(以下、単に造形品とも呼ぶ。)A~Eを作製した。
積層造形の条件はエネルギー密度が20~200J/mmとなるように、以下の(式2)に含まれる各パラメータを設定する。実施例では、レーザパワー300W、走査速度1000mm/s、走査ピッチ0.1mm、層厚さ0.04mmに設定し、エネルギー密度は75J/mmであった。
【0054】
[エネルギー密度(J/mm)]=[レーザパワー(W)]/([走査速度(mm/s)]×[走査ピッチ(mm)]×[層厚(mm)])・・・(式2)
【0055】
積層造形品A~Eは板材(25mm×25mm×5mm)とブロック材(10mm×10mm×10mm)を作製した。積層造形品A~Eに対して欠陥率と硬さを評価し、さらに積層造形品A~Cについては耐高温酸化性を評価した。結果を表3および図1に示す。測定手段や条件については下記する。
【0056】
(欠陥率評価)
ブロック材(10mm×10mm×10mm)の積層造形品A~Eの断面を切断し、熱間樹脂埋め込み用真空装置(ストルアス社製:CitoPress-30)を用いて樹脂に埋め込んだ。樹脂に埋め込んだ積層造形品に対して、耐水エメリー紙で#1500まで研磨した後、粒径1μm、0.3μmの順番にダイヤモンドペーストで研磨し、鏡面仕上げとすることで、欠陥率測定用の試験片を得た。
前記鏡面仕上げとした面について、デジタルマイクロスコープ(キーエンス社製:VHX-6000)を用いてクラック発生の確認と欠陥率の測定を行った。微細なクラックが確認できた場合は欠陥率の評価は実施しなかった。欠陥率の測定領域は、鏡面仕上げとした面の中心部1箇所と、中心から四隅に向かって約1mm離れた4箇所とした。各測定領域において、1.58mm×1.25mmの表面画像を取得し、取得した各画像を二値化処理することで黒くなったボイドや未溶融粉末について、その面積が0.18μm以上の部分を欠陥部として特定した。その後、欠陥部の面積比率(欠陥率)を算出し、各試験片中の5点における欠陥率の平均値と標準偏差を求めた。
【0057】
(硬さ評価)
前記鏡面仕上げとした面について、マイクロビッカース硬さ試験機(フェーチュアテック社製:FM-110)を用いてビッカース硬さを測定した。測定領域は、鏡面仕上げとした面の中心部1箇所と、中心から四隅に向かって約1mm離れた4箇所とした。具体的には、正四角錐のダイヤモンド圧子で押し込み、25gfの試験荷重で15秒保持した。その後、表面に残ったくぼみの対角線の長さを測定して硬度を算出し、各試験片中の5点における硬度の平均値および標準偏差を求めた。
【0058】
【表3】
【0059】
表3に積層造形品の硬さ(HV)と欠陥率(面積%)の値を示す。測定結果から、造形品BおよびCに対して、造形品A、Dおよび造形品Eは硬度が高いことがわかる。これは造形品A、DおよびEは造形品BおよびCよりも炭素量が多いことが要因であると考えられる。
【0060】
また測定結果から、造形品AおよびCは微細なクラックもないことがわかった。更に、造形品Aの欠陥率は0.016%、造形品Cの欠陥率は0.026%であり、いずれも欠陥率が0.1%以下と、溶接割れ感受性が高い組成系としては極めて優秀な結果であった。これは元々、Zrを含有するNi基耐食合金の組成系における欠陥の多くがクラックであり、合金粉末aとcは共にZrの含有量を0.01%以下と低い値に制限していることで、クラックの発生を防止できたと考えられる。一方で、造形品BやD、Eは多量のクラックが発生した。これは、造形品BおよびDはZrを多量に含有しているためであり、造形品EはAlを過剰に含有しているためであると考えられる。また、造形品AおよびCは実際に積層造形品として内部の緻密度が高く、積層造形性に優れていることが確認できた。但し、造形品Cは硬さが低めとなっており、造形品の引張強度も低めになる懸念がある。尚、造形品B、DおよびEについては、クラックが多量に発生したことで、欠陥率は算出できなかった。
【0061】
(耐高温酸化性評価)
前述の欠陥評価においてクラックが発生しなかった造形品AおよびCに対して耐高温酸化性を評価するために、板材の造形品AおよびCについて、造形したままの造形まま材を用意した。また、比較のために、クラックが発生したサンプルの一例として造形品Bについても、造形まま材を用意した。これらの板材の表面を耐水エメリー紙で#400まで研磨した後、電解研磨を行い、電解研磨後の各板材をアセトン中で超音波振動にかけて5分間保持することで脱脂して、耐高温酸化性試験片を得た。
各試験片の質量を測定した後、大気小型炉を用いて800℃で保持し、酸化時間を250時間、500時間、750時間、950時間の四段階とした。室温まで冷却して各段階で試験片の質量変化量を測定した。各試験片について前記(式1)にて単位面積あたりの酸化量(mg/cm)を算出した。図1にその測定結果を示す。
【0062】
図1に示す耐高温酸化性試験結果から、造形品Aの単位面積酸化量は950時間においても0.23mg/cmに維持されている。一方で造形品Bは3.14mg/cm、造形品Cは1.34mg/cmとなっており酸化量が格段に多くなっている。造形品Aは、単位面積あたりの酸化量が長時間に亘って抑制されていることから、耐高温酸化性が極めて優れていることを確認できた。これは、合金粉末aが合金粉末cよりも多くのSiを含有していることで、造形品Aの表面に形成するアルミナ被膜が安定となり、それ以上の酸化が抑制されたためであると考えられる。一方で、造形品Bは、合金粉末bが合金粉末aやcよりも多量のZrを含有していることで、Zr酸化物が形成し、表面にアルミナ被膜が形成するのを阻害したために耐高温酸化性が悪化したものと考えられる。
【0063】
以上の試験結果から、本発明の積層造形用Ni基合金粉末の実施例である合金粉末aは、比較例である合金粉末b~eと比較して、耐高温酸化性に優れ、かつ割れ感受性が低い組成であることに加え、欠陥抑制や積層造形時の敷き詰め性にも好適な流動性や硬度を有していることが確認できた。
また、合金粉末aを用いて作製した積層造形品についても、実施例である造形品Aは、比較例の造形品B~Eと比較して、硬さ、欠陥率、耐高温酸化性のいずれにおいても、優れていることが確認できた。

図1