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特許7590885窒化物結晶、半導体積層物、窒化物結晶の製造方法および窒化物結晶製造装置
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-11-19
(45)【発行日】2024-11-27
(54)【発明の名称】窒化物結晶、半導体積層物、窒化物結晶の製造方法および窒化物結晶製造装置
(51)【国際特許分類】
   C30B 29/38 20060101AFI20241120BHJP
   C23C 16/34 20060101ALI20241120BHJP
   H01L 21/205 20060101ALI20241120BHJP
【FI】
C30B29/38 D
C30B29/38 C
C30B29/38 Z
C23C16/34
H01L21/205
【請求項の数】 13
(21)【出願番号】P 2021021522
(22)【出願日】2021-02-15
(65)【公開番号】P2022124009
(43)【公開日】2022-08-25
【審査請求日】2023-10-25
(73)【特許権者】
【識別番号】000002093
【氏名又は名称】住友化学株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100145872
【弁理士】
【氏名又は名称】福岡 昌浩
(74)【代理人】
【識別番号】100187632
【弁理士】
【氏名又は名称】橘高 英郎
(72)【発明者】
【氏名】藤倉 序章
(72)【発明者】
【氏名】木村 健司
(72)【発明者】
【氏名】今野 泰一郎
【審査官】今井 淳一
(56)【参考文献】
【文献】特開2020-035980(JP,A)
【文献】特開2019-186250(JP,A)
【文献】特開2020-023427(JP,A)
【文献】特開2012-246195(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C30B 29/38
C23C 16/34
H01L 21/205
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
InAlGa1-x-yNの組成式(但し、0≦x≦1,0≦y≦1,0≦x+y≦1)で表される結晶であって、
前記結晶中の炭素の濃度は、1×1015cm-3未満であり、
前記結晶における伝導帯下端から0.5eV以上0.65eV以下のエネルギー範囲に存在する電子トラップE3の濃度は、2×10 13 cm -3 未満である
窒化物結晶。
【請求項2】
式(1-2)を満たす、
[E3]・[C]≦1×1043 ・・・(1-2)
ただし、
[C]は、単位をcm-3とした前記結晶中の炭素の濃度であり、
[E3]は、単位をcm-3とした前記結晶におけるE3濃度である
請求項1に記載の窒化物結晶。
【請求項3】
InAlGa1-x-yNの組成式(但し、0≦x≦1,0≦y≦1,0≦x+y≦1)で表される結晶であって、
式(1-1)および式(1-2)を満たす、
[E3]<2×10 13 cm -3 ・・・(1-1)
[E3]・[C]≦1×1043 ・・・(1-2)
ただし、
[C]は、単位をcm-3とした前記結晶中の炭素の濃度であり、
[E3]は、前記結晶における伝導帯下端から0.5eV以上0.65eV以下のエネルギー範囲に存在する電子トラップE3の濃度であり、該E3の濃度の単位はcm-3である
窒化物結晶。
【請求項4】
以下の式(2)を満たす、
[E3]・[C]≦1×1042 ・・・(2)
請求項2又は3に記載の窒化物結晶。
【請求項5】
前記結晶における伝導帯下端から0.15eV以上0.3eV以下のエネルギー範囲に存在する電子トラップE1の濃度は、3×1012cm-3以下である
請求項1~4のいずれか1項に記載の窒化物結晶。
【請求項6】
前記結晶における伝導帯下端から0.68eV以上0.75eV以下のエネルギー範囲に存在する電子トラップExの濃度は、3×1013cm-3以下である
請求項1~5のいずれか1項に記載の窒化物結晶。
【請求項7】
前記結晶中のボロンの濃度は、1×1015cm-3未満である
請求項1~のいずれか1項に記載の窒化物結晶。
【請求項8】
前記結晶中の酸素の濃度は、1×1015cm-3未満である
請求項1~のいずれか1項に記載の窒化物結晶。
【請求項9】
前記結晶における伝導帯下端から0.1eV以上1.0eV以下のエネルギー範囲に存在する電子トラップの濃度の合計は、1×1014cm-3未満である
請求項1~のいずれか1項に記載の窒化物結晶。
【請求項10】
基板と、
前記基板上に設けられ、InAlGa1-x-yNの組成式(但し、0≦x≦1,0≦y≦1,0≦x+y≦1)で表される結晶からなる窒化物結晶層と、
を有し、
前記窒化物結晶層中の炭素の濃度は、1×1015cm-3未満であり、
前記結晶における伝導帯下端から0.5eV以上0.65eV以下のエネルギー範囲に存在する電子トラップE3の濃度は、2×10 13 cm -3 未満である
半導体積層物。
【請求項11】
基板と、
前記基板上に設けられ、InAlGa1-x-yNの組成式(但し、0≦x≦1,0≦y≦1,0≦x+y≦1)で表される結晶からなる窒化物結晶層と、
を有し、
前記窒化物結晶層は、式(1-1)および式(1-2)を満たす、
[E3]<2×10 13 cm -3 ・・・(1-1)
[E3]・[C]≦1×1043 ・・・(1-2)
ただし、
[C]は、単位をcm-3とした前記窒化物結晶層中の炭素の濃度であり、
[E3]は、前記結晶における伝導帯下端から0.5eV以上0.65eV以下のエネルギー範囲に存在する電子トラップE3の濃度であり、該E3の濃度の単位はcm-3である
半導体積層物。
【請求項12】
基板を収容する反応容器を準備する工程と、
前記反応容器内で所定の成長温度に加熱された前記基板に対して、III族元素原料ガスおよび窒素原料ガスを供給し、InAlGa1-x-yNの組成式(但し、0≦x≦1,0≦y≦1,0≦x+y≦1)で表される窒化物結晶を前記基板上にエピタキシャル成長させる工程と、
を有し、
前記反応容器を準備する工程は、
前記成長温度に加熱される領域であって、前記基板に供給されるガスが接触する高温反応領域を有し、前記高温反応領域を構成する部材の表面の少なくとも一部が、鉄シアノ錯体からなる保護層を有する容器を、前記反応容器として準備する工程と、
前記高温反応領域の温度を1500℃以上の温度に加熱しつつ、前記反応容器内への前記窒素原料ガスの供給を不実施とし、前記反応容器内への水素ガスおよびハロゲン系ガスの供給を実施することで、前記高温反応領域を構成する部材の前記表面を清浄化および改質させる高温ベーク工程と、
を有する
窒化物結晶の製造方法。
【請求項13】
基板を収容する反応容器と、
前記反応容器内の少なくとも前記基板を加熱する加熱部と、
前記反応容器内の前記基板に対して、III族元素原料ガスおよび窒素原料ガスを供給するガス供給系と、
前記反応容器内で所定の成長温度に加熱された前記基板に対して、前記III族元素原料ガスおよび前記窒素原料ガスを供給し、InAlGa1-x-yNの組成式(但し、0≦x≦1,0≦y≦1,0≦x+y≦1)で表される窒化物結晶を前記基板上にエピタキシャル成長させるよう、前記加熱部および前記ガス供給系を制御する制御部と、
を備え、
前記反応容器は、前記成長温度に加熱される領域であって、前記基板に供給されるガスが接触する高温反応領域を有し、
前記高温反応領域を構成する部材の表面の少なくとも一部は、鉄シアノ錯体からなる保護層を有し、
前記制御部は、前記窒化物結晶をエピタキシャル成長させる処理の前に、前記高温反応領域の温度を1500℃以上の温度に加熱しつつ、前記反応容器内への前記窒素原料ガスの供給を不実施とし、前記反応容器内への水素ガスおよびハロゲン系ガスの供給を実施することで、前記高温反応領域を構成する部材の前記表面を清浄化および改質させる高温ベーク処理を実施する
窒化物結晶製造装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、窒化物結晶、半導体積層物、窒化物結晶の製造方法および窒化物結晶製造装置に関する。
【背景技術】
【0002】
発光素子や高速トランジスタ等の半導体デバイスを作製する際、例えば窒化ガリウム(GaN)等のIII族窒化物の結晶が用いられる場合がある(特許文献1~4参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】特開2016-104693号公報
【文献】特開2007-153664号公報
【文献】特開2005-39248号公報
【文献】特開2020-23427号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明の目的は、窒化物結晶の品質を向上させることにある。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明の一態様によれば、
InAlGa1-x-yNの組成式(但し、0≦x≦1,0≦y≦1,0≦x+y≦1)で表される結晶であって、
前記結晶中の炭素の濃度は、1×1015cm-3未満であり、
前記結晶における伝導帯下端から0.5eV以上0.65eV以下のエネルギー範囲に存在する電子トラップE3の濃度は、1×1014cm-3未満である
窒化物結晶が提供される。
【0006】
本発明の他の態様によれば、
InAlGa1-x-yNの組成式(但し、0≦x≦1,0≦y≦1,0≦x+y≦1)で表される結晶であって、
式(1-1)および式(1-2)を満たす、
[E3]<1×1014 ・・・(1-1)
[E3]・[C]≦1×1043 ・・・(1-2)
ただし、
[C]は、単位をcm-3とした前記結晶中の炭素の濃度であり、
[E3]は、前記結晶における伝導帯下端から0.5eV以上0.65eV以下のエネルギー範囲に存在する電子トラップE3の濃度であり、該E3の濃度の単位はcm-3である
窒化物結晶が提供される。
【0007】
本発明の更に他の態様によれば、
基板と、
前記基板上に設けられ、InAlGa1-x-yNの組成式(但し、0≦x≦1,0≦y≦1,0≦x+y≦1)で表される結晶からなる窒化物結晶層と、
を有し、
前記窒化物結晶層中の炭素の濃度は、1×1015cm-3未満であり、
前記結晶における伝導帯下端から0.5eV以上0.65eV以下のエネルギー範囲に存在する電子トラップE3の濃度は、1×1014cm-3未満である
半導体積層物が提供される。
【0008】
本発明の更に他の態様によれば、
基板と、
前記基板上に設けられ、InAlGa1-x-yNの組成式(但し、0≦x≦1,0≦y≦1,0≦x+y≦1)で表される結晶からなる窒化物結晶層と、
を有し、
前記窒化物結晶層は、式(1-1)および式(1-2)を満たす、
[E3]<1×1014 ・・・(1-1)
[E3]・[C]≦1×1043 ・・・(1-2)
ただし、
[C]は、単位をcm-3とした前記窒化物結晶層中の炭素の濃度であり、
[E3]は、前記結晶における伝導帯下端から0.5eV以上0.65eV以下のエネルギー範囲に存在する電子トラップE3の濃度であり、該E3の濃度の単位はcm-3である
半導体積層物が提供される。
【0009】
本発明の更に他の態様によれば、
基板を収容する反応容器を準備する工程と、
前記反応容器内で所定の成長温度に加熱された前記基板に対して、III族元素原料ガスおよび窒素原料ガスを供給し、InAlGa1-x-yNの組成式(但し、0≦x≦1,0≦y≦1,0≦x+y≦1)で表される窒化物結晶を前記基板上にエピタキシャル成長させる工程と、
を有し、
前記反応容器を準備する工程は、
前記成長温度に加熱される領域であって、前記基板に供給されるガスが接触する高温反応領域を有し、前記高温反応領域を構成する部材の表面の少なくとも一部が、鉄シアノ錯体からなる保護層を有する容器を、前記反応容器として準備する工程と、
前記高温反応領域の温度を1500℃以上の温度に加熱しつつ、前記反応容器内への前記窒素原料ガスの供給を不実施とし、前記反応容器内への水素ガスおよびハロゲン系ガスの供給を実施することで、前記高温反応領域を構成する部材の前記表面を清浄化および改質させる高温ベーク工程と、
を有する
窒化物結晶の製造方法が提供される。
【0010】
本発明の更に他の態様によれば、
基板を収容する反応容器と、
前記反応容器内の少なくとも前記基板を加熱する加熱部と、
前記反応容器内の前記基板に対して、III族元素原料ガスおよび窒素原料ガスを供給するガス供給系と、
前記反応容器内で所定の成長温度に加熱された前記基板に対して、前記III族元素原料ガスおよび前記窒素原料ガスを供給し、InAlGa1-x-yNの組成式(但し、0≦x≦1,0≦y≦1,0≦x+y≦1)で表される窒化物結晶を前記基板上にエピタキシャル成長させるよう、前記加熱部および前記ガス供給系を制御する制御部と、
を備え、
前記反応容器は、前記成長温度に加熱される領域であって、前記基板に供給されるガスが接触する高温反応領域を有し、
前記高温反応領域を構成する部材の表面の少なくとも一部は、鉄シアノ錯体からなる保護層を有し、
前記制御部は、前記窒化物結晶をエピタキシャル成長させる処理の前に、前記高温反応領域の温度を1500℃以上の温度に加熱しつつ、前記反応容器内への前記窒素原料ガスの供給を不実施とし、前記反応容器内への水素ガスおよびハロゲン系ガスの供給を実施することで、前記高温反応領域を構成する部材の前記表面を清浄化および改質させる高温ベーク処理を実施する
窒化物結晶製造装置が提供される。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、窒化物結晶の品質を向上させることが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
図1】(a)は、窒化物結晶基板10を示す概略平面図であり、(b)は、窒化物結晶基板10を示す概略側面図である。
図2】等温容量過渡分光法の測定例を示す図である。
図3】本発明の第1実施形態のGaN結晶および文献4のGaN結晶のそれぞれにおける電子トラップ濃度を等温容量過渡分光法により測定した結果を示す図である。
図4】HVPE装置200の概略構成図であり、反応容器203内で結晶成長ステップを実行中の様子を示している。
図5】HVPE装置200の概略構成図であり、反応容器203の炉口221を開放させた状態を示している。
図6】(a)は種結晶基板20上に結晶膜21を厚く成長させた様子を示す図であり、(b)は厚く成長させた結晶膜21をスライスすることで複数の基板10を取得する様子を示す図である。
図7】本発明の第4実施形態の半導体積層物を示す概略断面図である。
図8】炭素濃度に対する電子トラップE3濃度の関係を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
<発明者が得た知見>
窒化物結晶中に、電子を供給するシリコン(Si)、ゲルマニウム(Ge)、酸素(O)などの浅いドナー以外の不純物が存在すると、デバイス特性が低下することが考えられる。具体的には、キャリア移動度の低下、ダイオードの抵抗増大と耐圧低下、発光効率の減少などが考えられる。したがって、窒化物結晶中の意図しない不純物の濃度は低ければ低い方が望ましい。
【0014】
当該不純物の濃度に関して文献4において記載したように、本発明者等は、新規製造方法により、窒化物結晶中のボロン(B),O,炭素(C)などの全ての濃度を1×1015cm-3未満とすることに成功した。
【0015】
しかしながら、文献4に記載の窒化物結晶中の電子トラップ濃度を、等温容量過渡分光(ICTS:Isothermal Capacitance Transient Spectroscopy)法により測定したところ、伝導帯から約0.6eVの位置に電子トラップE3が残留しており、当該E3濃度が、1×1014cm-3超であることが判明した。
【0016】
ここで、近年の論文(後述の図8におけるNarita 2020)などによれば、E3の起源は、窒化物結晶中の鉄(Fe)であると報告されている。当該論文の内容によれば、ICTS法により窒化物結晶におけるE3濃度を測定すれば、間接的に窒化物結晶中のFe濃度を見積もることが可能となると考えられる。
【0017】
上述の文献4に記載したように、新規製造方法で成長した窒化物結晶中のFe濃度は、二次イオン質量分析(SIMS:Secondary Ion Mass Spectrometry)の下限値以下であった。
【0018】
しかしながら、上述のように、ICTS法により測定した文献4の窒化物結晶におけるE3濃度が1×1014cm-3超であったことから、これに基づいて間接的に窒化物結晶中のFe濃度を見積もったところ、文献4の窒化物結晶中には、上記SIMSの下限をやや下回る程度(2×1014cm-3~7×1014cm-3程度)のFeが混入していることが明らかとなった。
【0019】
従来の有機金属気相成長(MOCVD)法またはハイドライド気相成長(HVPE)法により得られる窒化物結晶中のE3濃度の報告(後述の図8におけるTanaka 2016)によれば、E3濃度とC濃度とはトレードオフの関係を有するとされている。上述のように、E3の起源がFeとされていることから、Fe濃度とC濃度とがトレードオフの関係を有していることに相当する。
【0020】
すなわち、従来のMOCVD法またはHVPE法では、結晶の成長環境に、所定量のFeおよびCが存在している。窒化物結晶中にCを取り込みやすい条件を選択すると、Feの取り込みが抑制される。一方で、窒化物結晶中にCを取り込みにくい条件を選択すると、Feの取り込みが促進される。
【0021】
具体的には、例えば、C濃度を5×1016cm-3程度とすると、Fe濃度は1×1011cm-3近くまで低減することができる。一方、C濃度を1×1015cm-3程度まで低減すると、Fe濃度は1×1015cm-3にまで増大する可能性がある。
【0022】
したがって、C濃度とFe濃度との両方が極めて低い窒化物結晶は、これまで実現されたことがなかった。具体的には、例えば、C濃度が1×1015cm-3未満であり、かつ、Fe濃度が1×1014cm-3未満である窒化物結晶は、上述の文献4の新規製造方法を用いても不可能であった。
【0023】
以上の新規知見に鑑み、本発明者等は、さらなる不純物濃度の低減のため、鋭意検討を行った。
【0024】
ここで、MOCVD法またはHVPE法でのFeの発生源としては、例えば、ステンレス部材が考えられる。しかしながら、MOCVD法におけるステンレス製のチャンバは、通常、充分に水冷される。また、HVPE法では、例えば、石英からなるガス供給管の中間に、不透明な石英からなるガス供給管が用いられる。これにより、熱輻射に起因したステンレス製のフランジ部の加熱を抑制することができる。このような対策を施すことで、ステンレス部材の過度な加熱を抑制し、当該部材からのFeの発生を抑制することができる。
【0025】
一方で、MOCVD装置またはHVPE装置のうち高温反応領域には、カーボン部材が用いられることがある。当該カーボン部材は、高純度のCからなる部材が用いられるが、不可避不純物として0.06ppm以下程度のFeを含んでいる。このため、本発明者等は、文献4に記載のように、当該カーボン部材の外周に、例えば、炭化シリコン(SiC)からなる耐熱性の保護層(コート層)を設けていた。
【0026】
しかしながら、窒化物結晶の成長温度および原料ガスの雰囲気下においては、SiCが脆弱となる場合があった。このため、保護層に割れが生じたり、保護層がポーラスになったりする可能性があった。このため、保護層を介してカーボン部材から不純物のFeが成長雰囲気に漏出してしまう可能性があった。
【0027】
そこで、本発明者等は、高温反応領域におけるカーボン部材などの表面に、SiCに代えて鉄シアノ錯体(化学式:Fe[Fe(CN))からなる保護層を被覆させることを検討した。その結果、高温反応領域の各部材から成長雰囲気へのFeのリークを抑制することができ、窒化物結晶中へのFeの混入を劇的に低減することができることを見出した。さらに、本発明者等が開発した高温ベークステップを有する製造方法を組み合わせることで、C濃度とFe濃度との両方が極めて低い窒化物結晶を得ることができることを見出した。
【0028】
以下の実施形態は、本発明者等が見出した上記知見に基づくものである。
【0029】
<本発明の第1実施形態>
以下、本発明の第1実施形態について図面を参照しながら説明する。
【0030】
(1)窒化物結晶基板
図1を用い、本実施形態に係る窒化物結晶基板10について説明する。図1(a)は、窒化物結晶基板10を示す概略平面図であり、(b)は、窒化物結晶基板10を示す概略側面図である。
【0031】
図1(a)および(b)に示すように、本実施形態の窒化物結晶基板10(以下、基板10ともいう)は、後述の半導体積層物1、または半導体装置を製造する際に用いられる円板状の基板として構成されている。基板10は、III族窒化物半導体の単結晶からなり、本実施形態では、例えば、窒化ガリウム(GaN)の単結晶からなっている。
【0032】
基板10の主面(上面)の面方位は、例えば、(0001)面(+c面、Ga極性面)である。なお、基板10を構成するGaN結晶は、基板10の主面に対して所定のオフ角を有していても良い。オフ角とは、基板10の主面の法線方向と、基板10を構成するGaN結晶の主軸(c軸)とのなす角度のことをいう。具体的には、基板10のオフ角は、例えば、0°以上1.2°以下である。
【0033】
なお、基板10の主面は、エピレディ面であり、基板10の主面の二乗平均平方根粗さ(RMS)は、例えば、10nm以下、好ましくは1nm以下である。なお、ここでいう「RMS」は、原子間力顕微鏡(AFM)にて20μm角エリアを測定した際のRMSを意味している。
【0034】
また、基板10の直径Dは、特に制限されるものではないが、例えば、25mm以上である。基板10の直径Dが25mm未満であると、半導体装置の生産性が低下しやすくなる。このため、基板10の直径Dは、25mm以上であることが好ましい。また、基板10の厚さTは、例えば、150μm以上2mm以下である。基板10の厚さTが150μm未満であると、基板10の機械的強度が低下し自立状態の維持が困難となる可能性がある。このため、基板10の厚さTは、150μm以上とすることが好ましい。ここでは、例えば、基板10の直径Dを2インチ(50.8mm)とし、基板10の厚さTを400μmとする。
【0035】
[不純物濃度]
本実施形態では、後述するように、高温反応領域が鉄シアノ錯体からなる保護層を有する容器を反応容器として用い、且つ、高温ベークステップを行い、基板10を製造することにより、基板10を構成するGaN結晶中の各不純物濃度が、SIMSの測定限界(検出下限値)未満となっている。
【0036】
具体的には、高感度で知られるラスター変化法を用いたSIMSにより測定した結晶中のC濃度は、例えば、1×1015cm-3未満である。
【0037】
なお、「ラスター変化法」とは、SIMSの深さプロファイル分析の途中で、ラスタースキャンの面積を変える等し、試料中に含まれる元素とSIMS装置由来のバックグランドレベルとの区別を行い、試料に含まれる元素濃度の正味量を正確に求める手法である。
【0038】
また、ラスター変化法を用いたSIMSにより測定した結晶中のO濃度は、例えば、1×1015cm-3未満である。
【0039】
また、SIMSの深さプロファイル分析により測定した結晶中のB濃度は、例えば、1×1015cm-3未満である。
【0040】
また、本実施形態では、結晶中にn型不純物としてSiがドーピングされていないため、SIMSの深さプロファイル分析により測定した結晶中のSi濃度は、例えば、1×1015cm-3未満である。
【0041】
また、本実施形態では、結晶中のFe濃度は、上述の文献4と同様に、SIMSの深さプロファイル分析の下限値未満である。ただし、本実施形態の結晶では、電子トラップE3濃度から見積もられるFe濃度は、上述の文献4のそれよりも低い。この点については、詳細を後述する。
【0042】
また、本実施形態の結晶は、後述するようにHVPE法により成長させたものであり、ナトリウム(Na)やリチウム(Li)等のアルカリ金属をフラックスとして用いるフラックス法により成長させたものではない。そのため、本実施形態の結晶は、NaやLi等のアルカリ金属元素を実質的に含んでいない。
【0043】
さらに、本実施形態の結晶中には、ヒ素(As)、塩素(Cl)、リン(P)、フッ素(F)、Na、Li、カリウム(K)、スズ(Sn)、チタン(Ti)、マンガン(Mn)、クロム(Cr)、モリブデン(Mo)、タングステン(W)およびニッケル(Ni)のうち、いずれの元素も検出されていない。
【0044】
すなわち、結晶中のこれらの不純物濃度は、SIMSの下限値未満である。なお、SIMSにおける各元素の現在の検出下限値は、以下の通りである。
【0045】
As:5×1012cm-3
Cl:1×1014cm-3
P:2×1015cm-3
F:4×1013cm-3
Na:5×1011cm-3
Li:5×1011cm-3
K:2×1012cm-3
Sn:1×1013cm-3
Ti:1×1012cm-3
Mn:5×1012cm-3
Cr:7×1013cm-3
Mo:1×1015cm-3
W:3×1016cm-3
Ni:1×1014cm-3
【0046】
[電子トラップ濃度]
本実施形態では、後述するように、高温反応領域が鉄シアノ錯体からなる保護層を有する容器を反応容器として用い、且つ、高温ベークステップを行い、基板10を製造することにより、結晶における電子トラップ濃度が低減されている。
【0047】
ここで、図2を用い、電子トラップを測定する一手法としてのICTS法について説明する。図2は、等温容量過渡分光法の測定例を示す図である。
【0048】
ICTS法による測定では、まず、試料の裏面側にオーミック電極を設け、試料の表面側にショットキー電極を設ける。具体的には、GaN結晶からなる基板10の裏面側のオーミック電極としては、例えば、チタン(Ti)/アルミニウム(Al)とし、表面側のショットキー電極としては、例えば、ニッケル(Ni)/金(Au)とする。
【0049】
試料の準備が完了したら、図2のaに示すように、基板10とショットキー電極とのショットキー接合において逆バイアス(バイアス電圧V)を印加する。
【0050】
次に、図2のbに示すように、該ショットキー接合において順方向のパルス(フィリングパルス)を重畳させる。このとき、基板10を構成するGaN結晶中の電子トラップに、電子が捕獲される。
【0051】
次に、図2のcに示すように、再び、ショットキー接合において逆バイアスを印加した状態に戻す。逆バイアスに戻す時刻tを0とし、t=0からの接合容量C(t)の変化を高速過渡容量計により測定する。
【0052】
逆バイアスに戻すとき(t=0)、フェルミレベル以上のトラップ準位に捕獲されていた電子は、伝導帯に放出される。t=0以降の電子の放出に伴って、空乏層幅は徐々に減少し、接合容量C(t)が増加していく。
【0053】
上述のような接合容量C(t)の時間変化に対するICTSスペクトルS(t)は、以下の式(i)で定義される。
【0054】
【数1】
【0055】
ICTSスペクトルS(t)は、電子トラップ準位の熱的放出時定数(τ)に対応する時間t=τにおいて、ピークを有する。
【0056】
ここで、結晶が複数の電子トラップ準位を含み、かつ、i番目の準位の熱的放出時定数をτ とすると、S(t)は、以下の式(ii)で表される。
【0057】
【数2】
【0058】
ただし、qは電子の素電荷であり、εは結晶の比誘電率であり、εは真空の誘電率であり、Vは拡散電位であり、Vはバイアス電圧であり、Aは接合断面積であり、N はi番目のトラップ準位の濃度(密度)である。
【0059】
それぞれのτ が充分に離散的な場合、S(t)は、それぞれのt=τ でピークを有する。このため、ICTSスペクトルS(t)の各ピーク位置に基づいて、各電子トラップ準位の熱的放出時定数τ が求まる。このようにして求められたt=τ を式(ii)に代入することにより、ICTSスペクトルS(t)の各ピーク強度から電子トラップの濃度N が求められる。
【0060】
また、各電子トラップ準位の熱的放出時定数τ からは、下記の式(iii)に基づき、その準位の活性化エネルギーΔEを求めることができる。
【0061】
【数3】
【0062】
ただし、Nは伝導帯の実効状態密度、σ はi番目の電子トラップの捕獲断面積、νthは電子の熱速度、gはトラップの縮退度、kはボルツマン定数、Tは絶対温度である。
【0063】
ここで、図3を用い、本実施形態のGaN結晶の電子トラップについて説明する。図3は、本実施形態のGaN結晶(後述のSi微量ドープサンプルA4’)および文献4のGaN結晶(後述のSi微量ドープサンプルB7’)のそれぞれにおける電子トラップ濃度を等温容量過渡分光法により測定した結果を示す図である。
【0064】
図3に示すように、ICTSにより測定したGaN結晶のICTSスペクトルS(t)は、異なるエネルギー準位に相当する複数のピークを有する。これらのうち、伝導帯下端から0.5eV以上0.65eV以下のエネルギー範囲に存在する電子トラップを「E3」と呼び、伝導帯下端から0.15eV以上0.3eV以下のエネルギー範囲に存在する電子トラップを「E1」と呼び、伝導帯下端から0.68eV以上0.75eV以下のエネルギー範囲に存在する電子トラップを「Ex」と呼ぶ。
【0065】
なお、ICTS法による測定温度は、各電子トラップのエネルギー位置に基づいて、例えば、80K以上350K以下の範囲内で設定される。図3において、電子トラップE3およびExを測定するときの測定温度は、室温(300K)に設定される。一方で、伝導帯に近いエネルギー位置にある電子トラップE1を測定するときの温度は、例えば、100K以上150K以下に設定される。
【0066】
文献4に記載のGaN結晶では、電子トラップE3の濃度は、1×1014cm-3以上(例えば、およそ3×1014cm-3程度)であった。上述のように、E3の起源がFeとされていることから、文献4に記載のGaN結晶中のFe濃度が、1×1014cm-3以上であったことに相当する。
【0067】
また、文献4に記載のGaN結晶では、電子トラップE1の濃度は、3×1012cm-3超であった。
【0068】
また、文献4に記載のGaN結晶では、電子トラップExの濃度は、3×1013cm-3超であった。
【0069】
これに対し、本実施形態のGaN結晶では、電子トラップE3の濃度は、例えば、1×1014cm-3未満である。上述と同様に間接的にGaN結晶中のFe濃度を見積もると、本実施形態のGaN結晶中のFe濃度が、1×1014cm-3未満であることに相当する。
【0070】
また、本実施形態のGaN結晶では、電子トラップE1の濃度は、例えば、3×1012cm-3以下である。
【0071】
また、本実施形態のGaN結晶では、電子トラップExの濃度は、例えば、3×1013cm-3以下である。
【0072】
更に言えば、本実施形態のGaN結晶では、ICTS測定を実施した温度範囲、すなわち、80K以上350K以下の温度範囲内に、E1、E3およびEx以外の電子トラップが存在しなかったことから、伝導帯下端から0.1eV以上1.0eV以下のエネルギー範囲に存在する電子トラップの濃度の合計は、1×1014cm-3未満であると言える。
【0073】
[C濃度とE3濃度との関係]
本実施形態では、後述するように、高温反応領域が鉄シアノ錯体からなる保護層を有する容器を反応容器として用い、且つ、高温ベークステップを行い、基板10を製造することにより、上述のようにトレードオフの関係にある、結晶中のC濃度とE3濃度との両方が低減されている。これにより、本実施形態のGaN結晶は、以下の要件も満たす。
【0074】
すなわち、本実施形態のGaN結晶は、例えば、以下の式(1-1)および式(1-2)を満たす。
[E3]<1×1014 ・・・(1-1)
[E3]・[C]≦1×1043 ・・・(1-2)
ただし、
[C]は、単位をcm-3とした結晶中の炭素の濃度である。
[E3]は、結晶における電子トラップE3の濃度であり、該E3の濃度の単位はcm-3である。
【0075】
さらに、本実施形態のGaN結晶は、例えば、以下の式(2)を満たすことが好ましい。
[E3]・[C]≦1×1042 ・・・(2)
【0076】
[絶縁性]
本実施形態では、上述のように結晶中の導電性(n型不純物)の不純物濃度が極めて低くなっている。このため、結晶中で深い準位を形成するCおよびFeなどの濃度が低くても、基板10は、半絶縁性基板として構成されている。
【0077】
具体的には、本実施形態の基板10を構成するGaN結晶の抵抗率は、例えば、20℃以上300℃以下の温度条件下において、1×10Ωcm以上であり、300℃を超え400℃以下の温度条件下において、1×10Ωcm以上である。
【0078】
なお、GaN結晶の抵抗率の上限は、特に限定されるものではないが、例えば、1×1010Ωcm程度である。
【0079】
(2)GaN基板の製造方法
以下、本実施形態における基板10の製造方法について、具体的に説明する。
【0080】
まず、GaN結晶の成長に用いるHVPE装置200の構成について、図4を参照しながら詳しく説明する。HVPE装置200は、例えば円筒状に構成された反応容器203を備えている。反応容器203は、その外側の大気や後述のグローブボックス220内の気体が内部に入り込まないよう、密閉構造となっている。反応容器203の内部には、結晶成長が行われる反応室201が形成されている。反応室201内には、GaN単結晶からなる種結晶基板20を保持するサセプタ208が設けられている。サセプタ208は、回転機構216が有する回転軸215に接続されており、回転自在に構成されている。また、サセプタ208は、加熱部として内部ヒータ210を内包している。内部ヒータ210の温度は、後述のゾーンヒータ207とは別個に制御可能なように構成されている。さらに、サセプタ208は、その上流側および周囲が遮熱壁211により覆われている。遮熱壁211が設けられることにより、後述のノズル249a~249cから供給されるガス以外のガスが、種結晶基板20に供給されなくなる。
【0081】
反応容器203は、円筒状に形成されたSUS等からなる金属フランジ219を介して、グローブボックス220に接続されている。グローブボックス220も、その内部に大気が混入しないように気密構造となっている。グローブボックス220の内部に設けられた交換室202は、高純度窒素(以下、単にNガスとも称する)により連続的にパージされており、酸素および水分濃度が低い値となるように維持されている。グローブボックス220は、透明なアクリル製の壁と、この壁を貫通する穴に接続された複数個のゴム製のグローブと、グローブボックス220の内外間での物の出し入れを行うためのパスボックスと、を備えてなる。パスボックスは、真空引き機構とNパージ機構とを備えており、その内部の大気をNガスにより置換することで、グローブボックス220内に酸素を含む大気を引き込むことなく、グローブボックス220の内外での物の出し入れが可能となるように構成されている。反応容器203から結晶基板を出し入れする際には、図5に示すように、金属フランジ219の開口部、すなわち、炉口221を開放して行う。これにより、後述の高温ベークステップを行うことで清浄化および改質処理が完了した反応容器203内の各部材の表面が再度汚染されてしまうことや、これらの部材の表面に大気や上述した各種不純物を含むガスが付着してしまうことを防止することができる。ここでいう不純物には、大気に由来するO、水分(HO)等や、人体等に由来するC、O、水素(H)を含む有機物、Na、K等や、結晶成長工程やデバイス製造工程等で用いられるガス等に由来するAs、Cl、P、F等や、炉内の金属部材等に由来するFe、Sn、Ti、Mn、Cr、Mo、W、Ni等のうち、少なくともいずれかを含んでいる。
【0082】
反応容器203の一端には、後述するガス生成器233a内へHClガスを供給するガス供給管232a、反応室201内へアンモニア(NH)ガスを供給するガス供給管232b、反応室201内へ高温ベークおよび通常ベーク用のHClガスを供給するガス供給管232c、および、反応室201内へ窒素(N)ガスを供給するガス供給管232dがそれぞれ接続されている。なお、ガス供給管232a~232cは、HClガスやNHガスに加えて、キャリアガスとしての水素(H)ガスおよびNガスを供給可能なようにも構成されている。ガス供給管232a~232cは、流量制御器とバルブと(いずれも図示しない)を、これらガスの種別毎にそれぞれ備えており、各種ガスの流量制御や供給開始/停止を、ガス種別毎に個別に行えるように構成されている。また、ガス供給管232dも、流量制御器とバルブと(いずれも図示しない)を備えている。ガス供給管232dから供給されるNガスは、反応室201内における遮熱壁211の上流側および周囲をパージすることで、これらの部分の雰囲気の清浄度を維持するために用いられる。
【0083】
ガス供給管232cから供給されるHClガス、および、ガス供給管232a~232cから供給されるHガスは、後述する高温ベークステップおよび通常ベークステップにおいて、反応室201内(特に遮熱壁211の内側)の部材の表面を清浄化させるクリーニングガスとして、また、これらの表面を不純物の放出確率が少ない面へと改質する改質ガスとして作用する。ガス供給管232a~232cから供給されるNガスは、各ベークステップにおいて、反応室201内(特に遮熱壁211の内側)の所望の個所が適正にクリーニング等されるよう、ノズル249a~249cの先端から噴出するHClガスやHガスの吹き出し流速を適切に調整するように作用する。
【0084】
ガス供給管232aから導入されるHClガスは、後述する結晶成長ステップにおいて、Ga原料と反応することでGaのハロゲン化物であるGaClガス、すなわち、Ga原料ガスを生成する反応ガスとして作用する。なお、Ga原料ガスは、「III族元素原料ガス」ともいう。また、ガス供給管232bから供給されるNHガスは、後述する結晶成長ステップにおいて、GaClガスと反応することでGaの窒化物であるGaNを種結晶基板20上に成長させる窒化剤、すなわち、N原料ガスとして作用する。以下、GaClガス、NHガスを原料ガスと総称する場合もある。なお、ガス供給管232a~232cから供給されるHガスやNガスは、後述する結晶成長ステップにおいて、ノズル249a~249cの先端から噴出する原料ガスの吹き出し流速を適切に調整し、原料ガスを種結晶基板20に向わせるように作用する。
【0085】
ガス供給管232aの下流側には、上述したように、Ga原料としてのGa融液を収容するガス生成器233aが設けられている。ガス生成器233aには、HClガスとGa融液との反応により生成されたGaClガスを、サセプタ208上に保持された種結晶基板20の主面に向けて供給するノズル249aが設けられている。ガス供給管232b,232cの下流側には、これらのガス供給管から供給された各種ガスを、サセプタ208上に保持された種結晶基板20の主面に向けて供給するノズル249b,249cが設けられている。ノズル249a~249cは、それぞれ、遮熱壁211の上流側を貫通するように構成されている。
【0086】
なお、ガス供給管232cは、HClガス、Hガス、Nガスの他、ドーパントガスとして、例えば、フェロセン(Fe(C、略称:CpFe)ガスや三塩化鉄(FeCl)等のFe含有ガスや、シラン(SiH)ガスやジクロロシラン(SiHCl)等のSi含有ガスや、ビス(シクロペンタジエニル)マグネシウム(Mg(C、略称:CpMg)ガス等のMg含有ガスを供給することが可能なようにも構成されている。
【0087】
以上のガス供給管232a~232d、流量制御器、バルブ、ノズル249a~249cにより、ガス供給系が構成されている。
【0088】
反応容器203の他端に設けられた金属フランジ219には、反応室201内を排気する排気管230が設けられている。排気管230には、圧力調整器としてのAPCバルブ244、および、ポンプ231が、上流側から順に設けられている。なお、APCバルブ244およびポンプ231に代えて、圧力調整機構を含むブロアを用いることも可能である。
【0089】
反応容器203の外周には、加熱部として、反応室201内を所望の温度に加熱するゾーンヒータ207が設けられている。ゾーンヒータ207は、上流側のガス生成器233aを含む部分と、下流側のサセプタ208を含む部分の、少なくとも2つのヒータからなっており、各ヒータはそれぞれが個別に室温~1200℃の範囲での温度調整ができるよう、それぞれが温度センサと温度調整器と(いずれも図示しない)を有している。
【0090】
種結晶基板20を保持するサセプタ208は、上述したように、ゾーンヒータ207とは別に、少なくとも室温~1600℃の範囲での温度調整ができるよう、内部ヒータ210、温度センサ209および温度調整器(図示しない)をそれぞれ備えている。また、サセプタ208の上流側および周囲は、上述したように、遮熱壁211により囲われている。遮熱壁211のうち、少なくともサセプタ208に向いた面の表面(内周面)は、後述するように、不純物を発生しない限定した部材を用いる必要があるが、それ以外の面(外周面)に関しては、1600℃以上の温度に耐える部材であれば、使用する部材に関する限定はなない。遮熱壁211のうち、少なくとも内周面を除いた部分は、例えば、カーボン、炭化珪素(SiC)、炭化タンタル(TaC)等の耐熱性の高い非金属材料や、MoやW等の耐熱性の高い金属材料から構成することができ、また、板状のリフレクタを積層した構造とすることができる。このような構成を用いることで、サセプタ208の温度を1600℃とした場合においても、遮熱壁211の外部の温度を1200℃以下に抑制することができる。この温度は石英の軟化点以下であるため、本構成においては、反応容器203、ガス生成器233a、ガス供給管232a~232dの上流側の部分を構成する各部材として、石英を用いることが可能となる。
【0091】
反応室201内において、後述する結晶成長ステップを実施する際に900℃以上に加熱される領域であって、種結晶基板20へ供給されるガスが接触する可能性がある領域(高温反応領域)201aを有している。
【0092】
ここで、本実施形態では、高温反応領域201aを構成する部材の表面の少なくとも一部は、例えば、鉄シアノ錯体(化学式:Fe[Fe(CN))からなる保護層(符号不図示)を有している。
【0093】
鉄シアノ錯体は、紺青、プルシアンブルー等呼ばれ、青色絵具の原料でもある。しかしながら、鉄シアノ錯体では、Fe原子とシアンイオンが極めて強固に結合しているため、鉄シアノ錯体は極めて分解し難い。なお、一般的にシアンは毒性を危惧されるが、鉄シアノ錯体におけるFeとシアンイオンの結合が極めて安定なため、鉄シアノ錯体自体には毒性はない。このようにFe原子が強固にシアンイオンと結合していることで、鉄シアノ錯体からのFeの単離を抑制し、鉄シアノ錯体自体を起因としたGaN結晶中へのFeの取り込みを抑制することができる。
【0094】
上述のように鉄シアノ錯体の安定的な特性に基づき、高温反応領域201aを構成する部材の表面を鉄シアノ錯体からなる保護層で被覆することで、GaN結晶の成長温度並びに高温ベークステップでの温度の条件下、および原料ガスの雰囲気下であっても、鉄シアノ錯体からなる保護層を安定的に維持することができる。すなわち、保護層の割れの発生の発生を抑制するとともに、保護層がポーラスとなることを抑制することができる。
【0095】
ただし、高温反応領域201aを構成するカーボンなどからなる部材を、鉄シアノ錯体からなる保護層で直接被覆すると、物理衝撃に起因して保護層が割れてしまうおそれがある。
【0096】
そこで、本実施形態では、高温反応領域201aを構成する部材の本体と保護層との間に、下地層(緩衝層、密着強化層)が設けられていることが好ましい。下地層の材料としては、例えば、SiCが挙げられる。このような下地層を本体と保護層との間に介在させることにより、高温反応領域201aを構成する部材の本体に対して下地層を介して保護層を強固に密着させることができる。その結果、保護層の強度を確保することができる。
【0097】
高温反応領域201aを構成する部材において上述の保護層を設ける部分としては、例えば、遮熱壁211のサセプタ208よりも上流側の内壁、ノズル249a~249cのうち遮熱壁211の内側に貫通した部分、および、遮熱壁211の外側のうち結晶成長ステップで900℃以上に加熱される部分、サセプタ208の表面等が挙げられる。
【0098】
保護層の厚さは、限定されるものではないが、例えば、30μm以上300μm以下である。保護層の厚さを30μm以上とすることで、保護層の耐性を確保することができる。保護層の厚さを300μm以下とすることで、昇降温時の基材と保護層との熱膨張率差に起因した保護層の割れを抑制することができる。また、下地層の厚さは、限定されるものではないが、例えば、30μm以上200μm以下である。下地層の厚さを30μm以上とすることで、下地層の密着性を確保することができる。下地層の厚さを200μm以下とすることで、昇降温時の基材と下地層との熱膨張率差に起因した下地層の割れを抑制することができる。
【0099】
以上のHVPE装置200が備える各部材、例えば、ガス供給管232a~232dが備える各種バルブや流量制御器、ポンプ231、APCバルブ244、ゾーンヒータ207、内部ヒータ210、温度センサ209等は、コンピュータとして構成されたコントローラ280にそれぞれ接続されている。
【0100】
続いて、上述のHVPE装置200を用い、種結晶基板20上にGaN単結晶をエピタキシャル成長させる処理の一例について、図4を参照しながら詳しく説明する。以下の説明において、HVPE装置200を構成する各部の動作はコントローラ280により制御される。
【0101】
(高温ベークステップ)
本ステップは、HVPE装置200のメンテナンスやガス生成器233a内へのGa原料の投入等を行うことで、反応室201内や交換室202内が大気に暴露された場合に実施する。本ステップを行う前に、反応室201および交換室の202の気密が確保されていることを確認する。気密が確認された後、反応室201内および交換室202内をNガスでそれぞれ置換してから、反応容器203内を所定の雰囲気とした状態で、反応室201を構成する各種部材の表面を加熱処理する。この処理は、反応容器203内への種結晶基板20の搬入を行っていない状態で、また、ガス生成器233a内へのGa原料の投入を行っている状態で実施する。
【0102】
本ステップでは、ゾーンヒータ207の温度を結晶成長ステップと同程度の温度に調整する。具体的には、ガス生成器233aを含む上流側のヒータの温度は700~900℃の温度に設定し、サセプタ208を含む下流側のヒータの温度は1000~1200℃の温度に設定する。更に、内部ヒータ210の温度は1500℃以上の所定の温度に設定する。後述するように、結晶成長プロセスでは内部ヒータ210はオフであるか1200℃以下の温度に設定するため、高温反応領域201aの温度は900℃以上1200℃未満となる。一方、高温ベークステップにおいては、内部ヒータ210の温度を1500℃以上の温度に設定することで、高温反応領域201aの温度が1000~1500℃以上となり、種結晶基板20が載置されるサセプタ208の近傍が1500℃以上の高温になるとともに、それ以外の位置に関しても、それぞれの位置において、結晶成長ステップ中の温度よりも少なくとも100℃以上高くなる。高温反応領域201aの中で、結晶成長ステップの実施中において、温度が最も低い900℃となる部位、具体的には、遮熱壁211の内側におけるノズル249a~249cの上流側の部位は、付着している不純物ガスが最も除去されにくい部分である。この部分の温度が少なくとも1000℃以上の温度となるように、内部ヒータ210の温度を1500℃以上の温度に設定することで、後述する清浄化および改質処理の効果、すなわち、成長させるGaN結晶における不純物の低減効果が充分得られるようになるのである。内部ヒータ210の温度を1500℃未満の温度とした場合、高温反応領域201a内のいずれかの点における温度を充分に高めることができず、後述する清浄化および改質処理の効果、すなわち、GaN結晶における不純物の低減効果が得られにくくなる。
【0103】
このステップにおける内部ヒータ210の温度の上限は、遮熱壁211の能力に依存する。遮熱壁211の外側の石英部品等の温度が、それらの耐熱温度を超えない範囲に抑制できる限りにおいては、内部ヒータ210の温度を高くすればするほど、反応室201内の清浄化および改質処理の効果が得られやすくなる。遮熱壁211の外側の石英部品等の温度が、それらの耐熱温度を超えてしまった場合には、HVPE装置200のメンテナンス頻度やコストが増加する場合がある。
【0104】
また、本ステップでは、ゾーンヒータ207および内部ヒータ210の温度がそれぞれ上述した所定の温度に到達した後、ガス供給管232a,232bのそれぞれから、例えば3slm程度の流量でHガスを供給する。また、ガス供給管232cから、例えば2slm程度の流量でHClガスを供給するとともに、例えば1slm程度の流量でHガスを供給する。また、ガス供給管232dから、例えば10slm程度の流量でNガスを供給する。そして、この状態を所定時間維持することで、反応室201内のベーキングを実施する。HガスやHClガスの供給を上述のタイミングで、すなわち、反応室201内を昇温してから開始することにより、後述する清浄化や改質処理に寄与することなく無駄に流れるだけとなってしまうガスの量を削減し、結晶成長の処理コストを低減させることが可能となる。
【0105】
なお、本実施形態における高温ベースステップでは、Oガスを供給しないことが好ましい。すなわち、文献4に記載したOガスを供給する「酸化シーケンス」は行わないことが好ましい。Oガスを供給すると、鉄シアノ錯体が酸化され、保護層が脆弱化してしまうおそれがある。これに対し、Oガスを供給せず、すなわち、Oガスを意図的に含まないガス雰囲気下で高温ベークステップを行うことで、鉄シアノ錯体の酸化を抑制し、保護膜の脆弱化を抑制することができる。
【0106】
また、本ステップは、ポンプ231を作動させた状態で行い、その際、APCバルブ244の開度を調整することで、反応容器203内の圧力を、例えば0.5気圧以上2気圧以下の圧力に維持する。本ステップを、反応容器203内の排気中に行うことで、反応容器203内からの不純物の除去、すなわち、反応容器203内の清浄化を効率的に行うことが可能となる。なお、反応容器203内の圧力が0.5気圧未満となると、後述する清浄化および改質処理の効果が得られにくくなる。また、反応容器203内の圧力が2気圧を超えると、反応室201内の部材が受けるエッチングダメージが過剰となる。
【0107】
また、本ステップでは、反応容器203内におけるHClガスのHガスに対する分圧比率(HClの分圧/Hの分圧)を、例えば1/50~1/2の大きさに設定する。上述の分圧比率が1/50より小さくなると、反応容器203内における清浄化および改質処理の効果がそれぞれ得られにくくなる。また、上述の分圧比率が1/2より大きくなると、反応室201内の部材が受けるエッチングダメージが過剰となる。
【0108】
なお、これらの分圧制御は、ガス供給管232a~232cに設けられた流量制御器の流量調整により行うことができる。
【0109】
本ステップを例えば30分以上300分以下の時間実施することで、反応室201のうち、少なくとも高温反応領域201aを構成する各種部材の表面を清浄化し、これらの表面に付着していた異物を除去することができる。そして、これら部材の表面を、後述する結晶成長ステップにおける温度よりも100℃以上高温に保つことで、これらの表面からの不純物ガスの放出を促進し、結晶成長ステップにおける温度、圧力条件下において、Si、B、Fe、OおよびC等の不純物の放出が生じにくい面(アウトガスが発生しにくい面)へと改質することが可能となる。なお、本ステップの実施時間が30分未満となると、ここで述べた清浄化および改質処理の効果が不充分となる場合がある。また、本ステップの実施時間が300分を超えると、高温反応領域201aを構成する部材のダメージが過剰となる。
【0110】
なお、反応容器203内へHガス、HClガスを供給する際は、反応容器203内へのNHガスの供給は不実施とする。本ステップにおいて反応容器203内へNHガスを供給すると、上述の清浄化および改質処理の効果、特に改質処理の効果が得られにくくなる。
【0111】
また、反応容器203内へHガス、HClガスを供給する際は、HClガスの代わりに塩素(Cl)ガスのようなハロゲン系ガスを供給するようにしてもよい。この場合においても、上述の清浄化および改質処理の効果がそれぞれ同様に得られるようになる。
【0112】
また、反応容器203内へHガス、HClガスを供給する際は、ガス供給管232a~232cからキャリアガスとしてNガスを添加してもよい。Nガスの添加によりノズル249a~249cからのガスの吹き出し流速を調整することで、上述の清浄化および改質処理が不完全な部分が生じるのを防ぐことができる。なお、Nガスの代わりにArガスやHeガス等の希ガスを供給するようにしてもよい。
【0113】
上述の清浄化および改質処理が完了したら、ゾーンヒータ207の出力を低下させ、反応容器203内を例えば200℃以下の温度、すなわち、反応容器203内への種結晶基板20の搬入等が可能となる温度へと降温させる。また、反応容器203内へのHガス、HClガスの供給を停止し、Nガスでパージする。反応容器203内のパージが完了したら、反応容器203内へのNガスの供給を維持しつつ、反応容器203内の圧力が大気圧、或いは、大気圧よりも僅かに高い圧力になるように、APCバルブ244の開度を調整する。
【0114】
(通常ベークステップ)
上述の高温ベークステップは、反応室201内や交換室202内が大気に暴露された場合に実施する。しかしながら、結晶成長ステップを行う際には、通常、その前後を含めて、反応室201内や交換室202内が大気に暴露されることはないので、高温ベークステップは不要となる。但し、結晶成長ステップを行うことで、ノズル249a~249cの表面、サセプタ208の表面、遮熱壁211の内壁等に、GaNの多結晶が付着する。GaNの多結晶が残留した状態で次の結晶成長ステップを実施すると、多結晶から分離する等して飛散したGaN多結晶粉やGa液滴等が種結晶基板20に付着し、良好な結晶成長を阻害する原因となる。このため、結晶成長ステップの後には、上述のGaN多結晶を除去する目的で通常ベークステップを実施する。通常ベークステップの処理手順、処理条件は、内部ヒータ210をオフの状態とし、サセプタ208付近の温度を1000~1200℃の温度とする点以外は、高温ベークステップにおけるそれらと同様とすることができる。通常ベークステップを行うことにより、反応室201内からGaN多結晶を除去することができる。
【0115】
(結晶成長ステップ)
高温ベークステップあるいは通常ベークステップを実施した後、反応容器203内の降温およびパージが完了したら、図5に示すように、反応容器203の炉口221を開放し、サセプタ208上に種結晶基板20を載置する。炉口221は、大気から隔離されており、Nガスで連続的にパージされたグローブボックス220に接続されている。グローブボックス220は、上述したように、透明なアクリル製の壁と、壁を貫通する穴に接続された複数個のゴム製のグローブと、グローブボックス220の内外間での物の出し入れを行うためのパスボックスと、を備えてなる。パスボックス内部の大気をNガスに置換することで、グローブボックス220内に大気を引き込むことなく、グローブボックス220の内外での物の出し入れが可能となる。このような機構を用いて種結晶基板20の載置作業を行うことで、高温ベークステップを行うことで清浄化および改質処理が完了した反応容器203内の各部材の再汚染や、これら部材への不純物ガスの再付着を防止することができる。なお、サセプタ208上に載置する種結晶基板20の表面、すなわち、ノズル249a~249cに対向する側の主面(結晶成長面、下地面)は、例えば、GaN結晶の(0001)面、すなわち、+c面(Ga極性面)となるようにする。
【0116】
反応室201内への種結晶基板20の搬入が完了したら、炉口221を閉じ、反応室201内の加熱および排気を実施しながら、反応室201内へのHガス、或いは、HガスおよびNガスの供給を開始する。そして、反応室201内が所望の処理温度、処理圧力に到達し、反応室201内の雰囲気が所望の雰囲気となった状態で、ガス供給管232a,232bからのHClガス、NHガスの供給を開始し、種結晶基板20の表面に対してGaClガスおよびNHガスをそれぞれ供給する。これにより、図6(a)に断面図を示すように、種結晶基板20の表面上にGaN結晶がエピタキシャル成長し、GaN結晶膜21が形成される。
【0117】
なお、本ステップでは、種結晶基板20を構成するGaN結晶の熱分解を防止するため、種結晶基板20の温度が500℃に到達した時点、或いはそれ以前から、反応室201内へのNHガスの供給を開始するのが好ましい。また、GaN結晶膜21の面内膜厚均一性等を向上させるため、本ステップは、サセプタ208を回転させた状態で実施するのが好ましい。
【0118】
本ステップでは、ゾーンヒータ207の温度は、ガス生成器233aを含む上流側のヒータでは例えば700~900℃の温度に設定し、サセプタ208を含む下流側のヒータでは例えば1000~1200℃の温度に設定するのが好ましい。これにより、サセプタ208の温度は1000~1200℃の所定の結晶成長温度に調整される。本ステップでは、内部ヒータ210はオフの状態で使用してもよいが、サセプタ208の温度が上述の1000~1200℃の範囲である限りにおいては、内部ヒータ210を用いた温度制御を実施しても構わない。
【0119】
本ステップのその他の処理条件としては、以下が例示される。
処理圧力:0.5~2気圧
GaClガスの分圧:0.1~20kPa
NHガスの分圧/GaClガスの分圧:1~100
2ガスの分圧/GaClガスの分圧:0~100
【0120】
また、種結晶基板20の表面に対してGaClガスおよびNHガスを供給する際は、ガス供給管232a~232cのそれぞれから、キャリアガスとしてのNガスを添加してもよい。Nガスを添加してノズル249a~249cから供給されるガスの吹き出し流速を調整することで、種結晶基板20の表面における原料ガスの供給量等の分布を適切に制御し、面内全域にわたり均一な成長速度分布を実現することができる。なお、Nガスの代わりにArガスやHeガス等の希ガスを供給するようにしてもよい。
【0121】
(搬出ステップ)
種結晶基板20上へ所望の厚さのGaN結晶膜21を成長させたら、反応室201内へNHガス、Nガスを供給しつつ、また、反応室201内を排気した状態で、反応室201内へのHClガス、Hガスの供給、ゾーンヒータ207による加熱をそれぞれ停止する。そして、反応室201内の温度が500℃以下に降温したらNHガスの供給を停止し、反応室201内の雰囲気をNガスへ置換して大気圧に復帰させる。そして、反応室201内を、例えば200℃以下の温度、すなわち、反応容器203内からのGaNの結晶インゴット(表面にGaN結晶膜21が形成された種結晶基板20)の搬出が可能となる温度へと降温させる。その後、結晶インゴットを反応室201内から、グローブボックス220およびパスボックスを介して、搬出する。
【0122】
(スライスステップ)
その後、搬出した結晶インゴットを例えば成長面に平行にスライスすることにより、図6(b)に示すように、1枚以上の基板10を得ることができる。このスライス加工は、例えばワイヤソーや放電加工機等を用いて行うことが可能である。その後、基板10の表面(+c面)に所定の研磨加工を施すことで、この面をエピレディなミラー面とする。なお、基板10の裏面(-c面)はラップ面あるいはミラー面とする。
【0123】
なお、上述の高温ベークステップ、通常ベークステップ、結晶成長ステップおよび搬出ステップの実行順序は、次の通り実施するのが好ましい。すなわち、nを1以上の整数とした場合、例えば、反応室201内や交換室202内が大気に暴露→高温ベークステップ→結晶成長ステップ→搬出ステップ→(通常ベークステップ→結晶成長ステップ→搬出ステップ)×nという順序で実施するのが好ましい。
【0124】
(3)本実施形態により得られる効果
本実施形態によれば、以下に示す1つまたは複数の効果が得られる。
【0125】
(a)本実施形態では、高温反応領域201aを構成する部材の表面の少なくとも一部を、鉄シアノ錯体(化学式:Fe[Fe(CN))からなる保護層で被覆することで、高温反応領域201aを構成する部材から成長雰囲気へのFeのリークを抑制することができ、GaN結晶中へのFeの混入を劇的に低減することができる。さらに、本発明者等が開発した高温ベークステップを有する製造方法を組み合わせることで、C濃度と、Fe濃度に相当する電子トラップE3濃度と、の両方が極めて低いGaN結晶を得ることができる。
【0126】
具体的には、ラスター変化法を用いたSIMSにより測定した結晶中のC濃度を1×1015cm-3未満とし、且つ、GaN結晶における電子トラップE3の濃度を1×1014cm-3未満とし、好ましくは2×1013cm-3未満とすることができる。
【0127】
また、本実施形態のGaN結晶は、上述の式(1-1)「[E3]<1×1014」を満たしつつ、式(1-2)「[E3]・[C]≦1×1043」を満たし、好ましくは上述の式(2)「[E3]・[C]≦1×1042」を満たす。
【0128】
このように、上述の製造方法によりGaN結晶を製造することで、トレードオフの関係にあると報告されていたC濃度と電子トラップE3濃度との両方を劇的に低減させることができる。
【0129】
その結果、本実施形態のGaN結晶は、C濃度およびE3濃度のうち少なくともいずれかが高かった従来のGaN結晶に比べ、不純物濃度、トラップ濃度が大幅に小さくなる等、極めて良好な結晶品質を有することになる。
【0130】
また、本実施形態のGaN結晶をスライスすることで得られた基板10を用いて半導体デバイスを作製する場合、C濃度およびE3濃度のうち少なくともいずれかが高かった従来のGaN結晶からなる基板を用いる場合に比べ、不純物の拡散に起因したデバイスの劣化や、不純物起因のトラップの充放電に起因したデバイス動作の不安定化を抑制することが可能となる。
【0131】
(b)本実施形態では、高温反応領域201aを構成する部材の表面の少なくとも一部が、鉄シアノ錯体からなる保護層を有する容器を反応容器203として用いることで、鉄シアノ錯体の安定的な特性に基づき、GaN結晶の成長温度並びに高温ベークステップでの温度の条件下、および原料ガスの雰囲気下であっても、鉄シアノ錯体からなる保護層を安定的に維持することができる。すなわち、保護層の割れの発生の発生を抑制するとともに、保護層がポーラスとなることを抑制することができる。これにより、高温反応領域201aを構成するカーボンなどからなる部材から成長雰囲気中にFe等の不純物がリークすることを抑制することができる。
【0132】
さらに、高温ベークステップにおいて、高温反応領域201aの温度を1500℃以上の温度に加熱しつつ、反応容器203内へのNHガスの供給を不実施とし、反応容器203内へのHガスおよびハロゲン系ガスの供給を実施することで、高温反応領域201aを構成する部材の表面を清浄化および改質させることができる。すなわち、高温反応領域201aを構成する部材の表面からの不純物ガスの放出を促進し、結晶成長ステップにおける温度および圧力の条件下において、C等の不純物の放出が生じにくい面(アウトガスが発生しにくい面)へと改質することができる。
【0133】
これらの結果、本実施形態のGaN結晶において、C濃度と、Fe濃度に相当する電子トラップE3濃度と、の両方を劇的に低減することが可能となる。
【0134】
(c)本実施形態では、上述の製造方法によりGaN結晶を製造し、不純物濃度を劇的に低減することで、GaN結晶の結晶品質を向上させることができる。これにより、GaN結晶における電子トラップE3の濃度を低減することができるだけでなく、他の電子トラップの濃度も低減することができる。
【0135】
具体的には、電子トラップE1の濃度を3×1012cm-3以下とし、電子トラップExの濃度を3×1013cm-3以下とすることができる。なお、これらE1およびExトラップの起源は現時点では明らかではない。しかしながら、本実施形態の保護層を使用することで、E1およびExのそれぞれの濃度が低減されているため、E1およびExのいずれも、E3トラップ同様に、高温反応領域201aを構成する部材の基材に起因する不純物に関連したトラップであると考えられる。
【0136】
このように、GaN結晶中に生じうる様々な電子トラップ濃度を低減することで、電子トラップの充放電によるデバイス動作の不安定化を防止することが可能となる。
【0137】
(d)本実施形態では、上述の製造方法によりGaN結晶を製造することで、GaN結晶中のC以外の不純物濃度も劇的に低減することができる。具体的には、ラスター変化法を用いたSIMSにより測定した結晶中のO濃度を1×1015cm-3未満とすることができる。また、SIMSの深さプロファイル分析により測定した結晶中のB濃度を1×1015cm-3未満とすることができる。
【0138】
(e)本実施形態で得られるGaN結晶は、上述したように高純度であることから、20℃以上300℃以下の温度条件下での抵抗率が1×10Ωcm以上という高い絶縁性を有している。なお、GaN結晶がSiやOといったドナー不純物を多く含む場合、この結晶の絶縁性を高めるには、例えば特表2007-534580号公報に開示されているような、結晶中にMn、Fe、コバルト(Co)、Ni、銅(Cu)等のドナー補償用の不純物(以下、補償用不純物と称する)を添加する手法が知られている。但し、この手法では、補償用不純物の添加によりGaN結晶の品質が劣化しやすくなるという課題がある。例えば、GaN結晶中に補償用不純物を添加すると、この結晶をスライスすることで得られる基板に割れが発生しやすくなる。また、基板上に形成された積層構造中に補償用不純物が拡散することで、この基板を用いて作製された半導体デバイスの特性が低下しやすくなる。これに対し、本実施形態のGaN結晶では、補償用不純物を添加することなく高い絶縁性を得られることから、従来手法では問題となりやすい結晶性劣化の課題を回避することが可能となる。
【0139】
(d)本実施形態で得られるGaN結晶の絶縁性は、結晶中への補償用不純物の添加によって得られる絶縁性に比べ、温度依存性が低く、安定したものとなる。というのも、SiやOを例えば1×1017cm-3以上の濃度で含むGaN結晶に対し、それらの濃度を上回る濃度でFeを添加すれば、本実施形態のGaN結晶に近い絶縁性を付与することは一見可能とも考えられる。しかしながら、補償用不純物として用いられるFeの準位は0.6eV程度と比較的浅いことから、Feの添加により得られた絶縁性は、本実施形態のGaN結晶が有する絶縁性に比べ、温度上昇等に伴って低下しやすいという特性がある。これに対し、本実施形態によれば、補償用不純物の添加を行うことなく絶縁性を実現できることから、従来手法で問題となりやすい温度依存性増加の課題を回避することが可能となる。
【0140】
(e)本実施形態で得られるGaN結晶は、上述したように高純度であることから、Siイオンの打込みによりこの結晶をn型半導体化させたり、Mgイオンの打込みによりこの結晶をp型半導体として形成させたりする場合、イオンの打込み量を少なく抑えることが可能となる。すなわち、本実施形態のGaN結晶は、イオンの打込みによる結晶品質の低下を極力抑制しつつ、所望の半導体特性を付与することが可能となる点で、Fe等の不純物をより多く含む従来のGaN結晶に比べて有利である。また、本実施形態のGaN結晶は、キャリア散乱の要因となる不純物の濃度が極めて小さいことから、キャリアの移動度低下を回避することが可能となるという点でも、不純物をより多く含む従来のGaN結晶に比べて有利である。
【0141】
<本発明の第2実施形態>
続いて、本発明の第2実施形態について、第1実施形態と異なる点を中心に説明する。
【0142】
本実施形態におけるGaN結晶は、C濃度と電子トラップE3濃度との両方が極めて低い点は第1実施形態と同様であるが、Si濃度が1×1015cm-3以上となっている点が第1実施形態と異なる。本実施形態におけるGaN結晶は、Siをこのような濃度で含むことにより、20℃以上300℃以下の温度条件下での抵抗率が1×10Ωcm以下という導電性を有し、いわゆるn型半導体結晶として機能する。なお、Si濃度としては、例えば1×1015cm-3以上5×1019cm-3以下の大きさとすることができる。この場合、20℃以上300℃以下の温度条件下での自由電子濃度(n型のキャリア濃度)は例えば1×1015cm-3以上5×1019cm-3以下となり、同温度条件下での抵抗率は例えば1×10-4Ωcm以上100Ωcm以下となる。
【0143】
本実施形態のGaN結晶においては、結晶中のSi濃度と自由電子濃度は、ほぼ等しい値であった。このことは、Si以外のキャリアの起源となる不純物(自由電子を補償するFeやC、あるいは、ドナーとなるO等)の実際の濃度が極めて小さく、これらの不純物は、本実施形態でのSi濃度の最小値1×1015cm-3と比較して、無視できる程度にしかGaN結晶中に含まれていないということを示している。
【0144】
GaN結晶中へのSiの添加は、上述の結晶成長ステップにおいて、原料ガス(GaClガス+NHガス)と同時に、SiHガスやSiHClガス等のSi含有ガスを種結晶基板20に対して供給することにより行うことができる。反応容器203内におけるSi含有ガスのIII族原料ガスに対する分圧比率(Si含有ガスの分圧/GaClガスの合計分圧)は、例えば1/10~1/10の大きさとすることができる。また、GaN結晶中へのSiの添加は、第1実施形態と同様の手法で基板10を取得した後、この基板10に対してSiイオンを打込むことにより行うこともできる。
【0145】
本実施形態で得られるGaN結晶は、結晶中のB、Fe、OおよびCの各濃度が、第1実施形態のGaN結晶と同様に極めて小さいことから、これらの不純物をより多く含む従来のGaN結晶に比べ、良好な品質を有することになる。また、本実施形態によれば、GaN結晶中における電子トラップE3濃度から見積もられるFe濃度等の不純物濃度が上述のように小さいことから、Siの添加量を少なく抑えたとしても、GaN結晶に所望の導電性(n型半導体特性)を付与することが可能となる。すなわち、本実施形態のGaN結晶は、Siの添加による結晶品質の低下を極力抑制しつつ、所望の半導体特性を付与できる点で、FeやC等の不純物をより多く含む従来のGaN結晶に比べて有利である。また、本実施形態のGaN結晶は、キャリア散乱の要因となる不純物の濃度が極めて小さいことから、キャリアの移動度低下を回避することが可能となるという点で、不純物をより多く含む従来のGaN結晶に比べて有利である。
【0146】
更に、本実施形態で得られるGaN結晶は、FeおよびC等のn型導電性を補償する不純物の濃度が、第1実施形態のGaN結晶と同様に極めて小さいことから、これらの不純物をより多く含む従来のGaN結晶に比べ、キャリア濃度の均一性を向上することができる。
【0147】
例えば+c面を表面とし、オフ角分布を有するGaN基板上へGaN結晶を成長させる場合、これらのFeおよびC等のGaN結晶中への混入量がオフ角に依存する。このため、GaN結晶にFeあるいはCが多量に混入する状況では、得られるGaN結晶は、ウエハ面内で数十%以上の大きな自由電子濃度のバラツキを有することになる。例えば、後述のShiojima 2019では、2インチ基板でのオフ角分布が0.3°程度である場合に、面内で実効キャリア濃度が5×1015cm-3~8×1015cm-3の範囲で変動している。面内全域で測定したキャリア濃度の分散としては、平均値の15%以上に相当するバラツキである。
【0148】
これに対して、本実施形態のGaN結晶は、そもそも結晶中のFeおよびC等のn型導電性を補償する不純物の濃度が、第1実施形態のGaN結晶と同様に極めて小さい。これにより、たとえ種結晶基板20を構成するGaN結晶の表面が大きなオフ角分布を有していたとしても、均一なキャリア濃度分布を容易に得ることが可能である。
【0149】
具体的には、例えば、基板10が25mm以上(2インチ、4インチあるいは6インチ)のGaN基板であり、基板10の径方向に測定したオフ角分布(中心から径方向に半径の80%の距離の範囲内の任意の2点で測定したオフ角の差の最大値)が0.4°以下である場合に、基板10の面内の平均キャリア濃度(平均自由電子濃度)が1×1015cm-3以上であれば、キャリア濃度の分散を平均値の3%以下とすることが可能である。
【0150】
また、本実施形態のGaN結晶は、キャリア散乱の要因となる不純物の濃度が極めて小さいことから、キャリアの移動度の低下を抑制することが可能となるという点で、不純物をより多く含む従来のGaN結晶に比べて有利である。例えば、本実施形態のGaN結晶中の電子濃度が2×1015cm-3以下である場合には、室温において1500cm/Vsあるいはそれ以上の高い移動度が得られている。
【0151】
なお、n型ドーパントとして、Siに変えてGeを用いたり、SiおよびGeの両方を用いたりした場合にも、同様の効果が得られることを確認している。これらの場合、結晶中のSiおよびGeの合計濃度は、例えば、1×1015cm-3以上であり、好ましくは、5×1019cm-3以下である。
【0152】
<本発明第2の実施形態の変形例>
上述の第2の実施形態において、結晶成長ステップに際して供給するSi含有ガスの量を更に減らすことで、自由電子濃度を1×1014cm-3以上1×1015cm-3未満とすることも可能である。ただしこの場合には、結晶中のSi濃度を測定することは不可能なため、現時点では、Si濃度としては1×1015cm-3未満であるとしか言えない。また、n型ドーパントとして、Siに代えてGeを用いたり、SiおよびGeの両方を用いたりすることも可能である。
【0153】
<本発明の第3実施形態>
続いて、本発明の第3実施形態について、第1実施形態と異なる点を中心に説明する。
本実施形態におけるGaN結晶は、C濃度と電子トラップE3濃度との両方が極めて低い点は第1実施形態と同様であるが、Mgをさらに含み、その濃度が3×1018cm-3以上となっている点が第1実施形態と異なる。本実施形態におけるGaN結晶は、Mgをこのような濃度で含むことにより、20℃以上300℃以下の温度条件下での抵抗率が1×10Ωcm未満という導電性を有し、いわゆるp型半導体結晶として機能する。なお、Mg濃度としては、例えば1×1017cm-3以上5×1020cm-3以下の大きさとすることができる。この場合、20℃以上300℃以下の温度条件下での正孔(p型のキャリア)濃度は例えば5×1015cm-3以上5×1018cm-3以下となり、同温度条件下での抵抗率は例えば0.5Ωcm以上100Ωcm以下となる。
【0154】
GaN結晶中へのMgの添加は、上述の結晶成長ステップにおいて、原料ガス(GaClガス+NHガス)と同時に、CpMgガス等のMg含有ガスを種結晶基板20に対して供給することにより行うことができる。反応容器203内におけるMg含有ガスのIII族原料ガスに対する分圧比率(Mg含有ガスの分圧/GaClガスの合計分圧)は、例えば1/10~1/10の大きさとすることができる。また、GaN結晶中へのMgの添加は、CpMgガス等に代えて、窒化マグネシウム(Mg)や金属Mgを含むガスを用いてもよい。これらのガスは、例えば、ガス供給管232cの途中800℃程度の高温域にMgや金属Mgを設置することで、これらの物質の蒸気を発生することができる。また、GaN結晶中へのMgの添加は、第1実施形態と同様の手法で基板10を取得した後、この基板10に対してMgイオンを打込むことにより行うこともできる。第2実施形態と同様、ドーパントガスを用いる場合、GaN結晶の厚さ方向全域にわたり均一にMgを添加することができ、また、イオン注入による結晶表面のダメージが回避しやすくなる点で有利である。また、イオン打込みを用いる場合、CpMgガスに含まれるC成分の結晶中への取り込み、すなわち、GaN結晶におけるC濃度の増加を回避しやすくなる点で有利である。
【0155】
本実施形態で得られるGaN結晶は、結晶中のSi、B、Fe、OおよびCの各濃度が、第1実施形態のGaN結晶と同様に極めて小さいことから、これらの不純物をより多く含む従来のGaN結晶に比べ、良好な品質を有することになる。また、本実施形態によれば、GaN結晶中におけるSi、O等の不純物濃度が上述のように小さいことから、Mgの添加量を少なく抑えたとしても、GaN結晶に所望の導電性(p型半導体特性)を付与することが可能となる。すなわち、本実施形態のGaN結晶は、Mgの添加による結晶品質の低下を極力抑制しつつ、所望の半導体特性を付与できる点で、SiやO等の不純物をより多く含む従来のGaN結晶に比べて有利である。また、本実施形態のGaN結晶は、キャリア散乱の要因となる不純物の濃度が極めて小さいことから、キャリアの移動度低下を回避することが可能となるという点で、不純物をより多く含む従来のGaN結晶に比べて有利である。例えば、本実施形態のGaN結晶中の正孔濃度が1×1018cm-3とした場合に、室温において20cm/Vsあるいはそれ以上の高い移動度が得られている。
【0156】
<本発明の第4実施形態>
続いて、本発明の第4実施形態について、第1実施形態と異なる点を中心に説明する。
本実施形態におけるGaN結晶は、基板10として構成されているのではなく半導体積層物1の、少なくとも結晶層40を構成している点が第1実施形態と異なる。
【0157】
図7は、本実施形態の半導体積層物を示す概略断面図である。
図7に示すように、本実施形態の半導体積層物1は、例えば、基板30と、結晶層40と、を有している。
【0158】
基板30は、結晶層40をエピタキシャル成長させる下地基板として構成されている。基板30としては、例えば、サファイア基板、SiC基板、窒化物結晶基板などが挙げられる。基板30が窒化物結晶基板である場合には、基板30は、第1~第3実施形態のうちいずれかのGaN結晶からなっていてもよい。
【0159】
結晶層40は、基板30の上に設けられ、上述の第1~第3実施形態のうちいずれかのGaN結晶からなっている。すなわち、結晶層40を構成する結晶中のC濃度が1×1015cm-3未満であり、且つ、結晶における電子トラップE3の濃度が1×1014cm-3未満である。また、結晶層40を構成する結晶は、上述の式(1-1)「[E3]<1×1014」を満たしつつ、式(1-2)「[E3]・[C]≦1×1043」を満たす。
【0160】
例えば、第1、第2の実施形態で示した半絶縁性の結晶、第3実施形態で示したn型の結晶、および、第4実施形態で示したp型の結晶のうち、いずれかの結晶を任意に組み合わせて積層(接合)させることで、種々の半導体装置を製造することができる。
【0161】
例えば、pn接合ダイオードを製造するための半導体積層物1では、基板30を、例えば、第2実施形態のn型GaN結晶により構成し、結晶層40を、例えば、第3実施形態のp型GaN結晶により構成する。
【0162】
例えば、ショットキーバリアダイオードを製造するための半導体積層物1では、基板30を、例えば、第2実施形態の高キャリア濃度のn型GaN結晶により構成し、結晶層40を、例えば、第2実施形態の低キャリア濃度のn型GaN結晶により構成する。
【0163】
例えば、高電子移動度トランジスタ(HEMT)を製造するための半導体積層物1では、基板30を、例えば、半絶縁性のSiC基板、または第1実施形態の半絶縁性のGaN結晶による基板とし、結晶層40を、例えば、第1実施形態のGaN結晶からなる電子走行層と、第1実施形態と同様に製造した窒化アルミニウムガリウム(AlGaN)結晶からなる電子供給層と、により構成する。
【0164】
なお、p型のGaN結晶やn型のGaN結晶を形成する際には、上述したように、ドーピングガスを用いて結晶中にSiやMgを添加してもよいし、或いは、半絶縁性のGaN結晶に対してSiやMgのイオン注入を行ってもよい。
【0165】
また、基板10と結晶層40との間には、例えば、核生成層(不図示)が設けられていてもよい。核生成層は、例えば、窒化アルミニウム(AlN)からなっていてもよい。
【0166】
本実施形態によれば、結晶層40を上述の実施形態の高品質なGaN結晶により構成することで、半導体積層物1から得られる半導体装置のデバイス特性を向上させることが可能となる。
【0167】
<本発明の他の実施形態>
以上、本発明の実施形態を具体的に説明した。しかしながら、本発明は上述の実施形態に限定されるものではなく、その要旨を逸脱しない範囲で種々変更可能である。
【0168】
(a)本発明は、GaNに限らず、例えば、窒化アルミニウム(AlN)、窒化アルミニウムガリウム(AlGaN)、窒化インジウム(InN)、窒化インジウムガリウム(InGaN)、窒化アルミニウムインジウムガリウム(AlInGaN)等のIII族窒化物結晶、すなわち、InAlGa1-x-yNの組成式(但し、0≦x≦1,0≦y≦1,0≦x+y≦1)で表される結晶を成長させる際においても、好適に適用可能である。
【0169】
(b)上述の実施形態では、電子トラップE3などの濃度の測定方法としてICTS法を記載したが、電子トラップの測定方法はICTS法に限定されず、測定可能であれば、他の測定方法であってもよい。
【0170】
(c)上述の実施形態では、GaN単結晶からなる種結晶基板20上に厚く成長させた結晶インゴットをスライスして基板10を自立化させる方法について説明したが、この場合に限られない。例えば、いわゆるVAS(Void-Assisted Separation)法により、基板10を製造してもよい。すなわち、文献2に記載のような異種基板上のGaN層を下地層として形成し、窒化チタン(TiN)等からなるナノマスク等を介してGaN層を厚く成長したものを異種基板から剥離し、異種基板側のファセット成長した結晶を除去することで基板10を取得しても良い。
【0171】
(d)本発明の結晶成長ステップは、上述の実施形態で示した手法に限らず、さらに以下の手法を組み合わせて用いることも可能である。
【0172】
例えば、ガス生成器の寸法や形状を最適化させることにより、HClガスがGa融液上に滞在(接触)する時間を長く(例えば1分以上)確保し、GaClガス中に含まれる不純物濃度をさらに低減させるようにしてもよい。また例えば、不純物の捕獲効果を有する微細孔が多数形成されたTiN等からなるナノマスクを種結晶基板上に形成しておき、その上にGaN結晶を成長させるようにしてもよい。また例えば、種結晶基板上での結晶成長を進行させる際、不純物の取り込みが行われやすいc面以外のファセットでの成長期間を短縮させるようにしてもよい。このように種結晶基板上にファセット成長を行った場合には、GaN層を厚く成長し、これを種結晶基板から剥離し、異種基板側のファセット成長した結晶を除去することで基板10を取得するのが好ましい。
【0173】
第1~第3実施形態で示した手法によれば、それ単体でGaN結晶中の不純物濃度を大幅に低減できることは上述した通りであるが、ここに述べた補助的な手法をさらに組み合わせて用いることで、結晶中の不純物濃度をより確実に低減させることが可能となる。ただし、高温ベークステップを行わず、これらの補助的な手法を組み合わせて用いるだけでは、上述の実施形態で示した各種効果を得ることは不可能である。
【0174】
(e)上述の実施形態では、HVPE装置200を用いGaN結晶を成長させる場合について説明したが、この場合に限られず、MOCVD装置を用いてもよい。すなわち、MOCVD装置として、高温反応領域を構成する部材の表面の少なくとも一部が鉄シアノ錯体からなる保護層を有する装置を用い、且つ、上述の高温ベークステップを行い、GaN結晶を成長させてもよい。
【実施例
【0175】
以下、上述の実施形態の効果を裏付ける実験結果について説明する。
【0176】
(1)GaN結晶基板のサンプルについて
HVPE装置を用い、以下の成長条件下で、3インチの直径を有し表面が+c面からなるGaN種結晶基板上にGaN結晶膜を成長させることで、サンプルA1~A5、B1~B10のGaN結晶基板を作製した。なお、不純物ドーピングについては後述する。
【0177】
(サンプルA1~A5)
サンプルA1~A5のうち、サンプルA3およびA4は、上述の実施形態におけるGaN結晶からなる基板に相当する。
【0178】
サンプルA1~A5では、HVPE装置として、高温反応領域を構成するカーボン部材の表面が鉄シアノ錯体からなる保護層を有する装置を用いた。サンプルA1~A4では、結晶成長ステップの実施前に、Oガスを供給する酸化シーケンスを行うことなく高温ベークステップを実施した。このとき、サンプルA1~A4の高温ベーク温度を、それぞれ、1100℃、1400℃、1500℃、1600℃とした。圧力条件は全て1気圧とした。なお、サンプルA5については、高温ベークステップを行わなかった。次に、反応室内を大気解放することなく、種結晶基板上に5mm厚のGaN結晶を成長させた。その後、GaN結晶の外径を整えるための円筒研削を行った後に、400μm厚の基板をスライスした。なお、基板は2インチ以上の直径を有していた。
【0179】
(サンプルB1~B10)
サンプルB1~B10は、それぞれ、文献4のサンプル8~17に相当する。
【0180】
サンプルB1~B10では、HVPE装置として、高温反応領域を構成する部材の表面がSiCからなる保護層を有する装置を用いた。サンプルB1~B4では、結晶成長ステップの実施前に、それぞれ、サンプルA1~A4と同様の高温ベークステップを実施した。サンプルB5~B9では、結晶成長ステップの実施前に、Oガスを供給する酸化シーケンスとエッチングシーケンスとを交互に繰り返す高温ベークステップを実施した。このとき、サンプルB5~B9の高温ベーク温度を、それぞれ、1100℃、1400℃、1500℃、1550℃、1600℃とした。圧力条件は全て1気圧とした。なお、サンプルB10については、高温ベークステップを行わなかった。次に、反応室内を大気解放することなく、種結晶基板上に5mm厚のGaN結晶を成長させた。その後、GaN結晶から400μm厚の基板をスライスした。
【0181】
(不純物ドーピングについて)
最初に、上述の全てのサンプルを不純物ドーピングせずに作製し、後述のSIMSによる不純物分析と導電性の確認とを行った。表1~3記載の不純物濃度は、不純物ドーピングを行っていないサンプルでの測定結果である。
【0182】
一方で、不純物ドーピングを行わないまま、GaN結晶膜が高純度となると、GaN結晶膜が高抵抗を有することとなる。このため、高抵抗のサンプルでは、ICTS法などの電気的特性の測定が実施できなくなる。したがって、ICTS法による測定に関しては、サンプルの導電性に応じて、以下のように、サンプルの作製および評価を行った。
【0183】
不純物ドーピングを行っていないサンプルのうち、高抵抗を有していなかったサンプルについては、当該不純物ドーピングを行っていないサンプル自身に対して後述のICTS法による測定を行った。
【0184】
これに対し、不純物ドーピングを行っていないサンプルのうち、高抵抗を有していたサンプルA3、A4、A5、B3、B4、B7~B10については、ICTS法による測定が実施できなかった。そこで、1×1016cm-3の濃度でSiを意図的にガスドーピングしn型の導電性を付与した点を除いて、ノンドープサンプルの成長条件と同じ成長条件下で、別途、サンプルを作製した。以下、当該サンプルの番号にアポストロフィを付与するとともに、当該サンプルを、「Si微量ドープサンプルA3’」等という。サンプル作製後、Si微量ドープサンプルA3’、A4’、A5’、B3’,B4’、B7’~B10’について後述のICTS法による測定を行った。
【0185】
ここで、Si微量ドープサンプルA3’、A4’、A5’、B3’,B4’、B7’~B10’において、Si含有ガス(SiHClガス)により微量のSiをドープしたとしても、GaN結晶中にSi含有ガスを起源としてFeが混入することはほとんどないと考えられる。上述のように、E3の起源がFeとされていることから、Siドープを除いて同一の成長条件下であれば、ノンドープサンプルとSi微量ドープサンプルとにおいて電子トラップ濃度の差はないと考えられる。
【0186】
したがって、Si微量ドープサンプルA3’、A4’、A5’、B3’,B4’、B7’~B10’における測定結果を、それぞれ、表1~3におけるサンプルA3、A4、A5、B3、B4、B7~B10の欄に記載した。
【0187】
(2)評価
上述のサンプルのGaN結晶基板について、以下の評価を行った。
【0188】
(SIMS)
SIMSの深さプロファイル分析により、それぞれの結晶中のSi濃度、B濃度およびFe濃度を測定した。
【0189】
また、ラスター変化法を用いたSIMSにより、それぞれの結晶中のO濃度およびC濃度を測定した。
【0190】
(ICTS法)
上述のように、不純物ドーピングを行っていないサンプルの導電性に応じて、ICTS法による測定を行った。すなわち、低抵抗のサンプルA1、A2、B1、B2、B5、B6については、そのまま、ICTS法による測定を行った。一方で、高抵抗を有していたサンプルA3、A4、A5、B3、B4、B7~B10については、Si微量ドープサンプルA3’、A4’、A5’、B3’,B4’、B7’~B10’においてICTS法による測定を行い、当該測定結果をサンプルA3、A4、A5、B3、B4、B7~B10の結果として評価した。
【0191】
その結果、それぞれの結晶において、伝導帯下端から0.5eV以上0.65eV以下のエネルギー範囲に存在する電子トラップE3、伝導帯下端から0.15eV以上0.3eV以下のエネルギー範囲に存在する電子トラップE1、伝導帯下端から0.68eV以上0.75eV以下のエネルギー範囲に存在する電子トラップEx、のそれぞれの濃度を測定した。
【0192】
ICTS測定においては、対象とするトラップの熱電子放出の時定数が、測定可能な時間範囲(0.01秒~1000秒)に納まるように、測定温度を80K以上350K以下の範囲で調整した。例えば、図3において、電子トラップE3およびExを測定するときの測定温度は、室温(300K)に設定した。一方で、伝導帯に近いエネルギー位置にある電子トラップE1を測定するときの温度は、例えば、100K以上150K以下に設定した。また、ICTS測定時の逆バイアスを-2Vとし、フィリングパルスを0Vで100msecとした。
【0193】
なお、ICTS法による測定では、サンプルの裏面側にオーミック電極をTi/Alとし、表面側のショットキー電極をNi/Auとした。
【0194】
(3)結果
サンプルA1~A5、B1~B10のGaN結晶基板について評価を行った結果を以下の表1~表3に示す。なお、表中の(下限)とは、各評価における検出下限を示し、当該検出下限未満であった結果を「DL」として表記している。
【0195】
【表1】
【0196】
【表2】
【0197】
【表3】
【0198】
(サンプルB1~B10)
サンプルB1~B10では、上述のように、高温反応領域の表面における保護層をSiCにより構成した。これらのうち、高温ベークステップを実施しなかったサンプルB10、高温ベークステップの酸化シーケンスを行わなかったサンプルB1~B4、酸化シーケンスを行ったものの高温ベーク温度を1500℃未満としたサンプルB5およびB6では、O濃度およびC濃度が高かった。
【0199】
また、高温ベークステップを実施しなかったサンプルB10では、B濃度が高かった。また、高温ベーク温度を1500℃未満としたサンプルB1、B2、B5およびB6では、Si濃度が高かった。
【0200】
これに対し、高温ベーク温度を1500℃以上として酸化シーケンスを含む高温ベークステップを行ったサンプルB7~B9では、Si濃度、B濃度、O濃度およびC濃度を検出下限未満、すなわち1×1015cm-3未満とすることができた。
【0201】
なお、サンプルB1~B10では、いずれも、SIMSの深さプロファイル分析により測定したFe濃度は、検出下限未満であった。
【0202】
しかしながら、今回、サンプルB1~B10においてICTS法による測定を行ったところ、サンプルB1~B10のそれぞれにおける電子トラップE3濃度が2.0×1014cm-3以上であった。電子トラップE3の起源がFeとされていることから、サンプルB1~B10では、E3濃度に基づいて、Fe濃度が2.0×1014cm-3以上であったことが分かった。
【0203】
その他、サンプルB1~B10では、電子トラップE1濃度および電子トラップEx濃度は、それぞれ、2×1013cm-3以上、1×1014cm-3以上であった。
【0204】
サンプルB1~B10では、高温反応領域の保護層をSiCにより構成したため、GaN結晶の成長温度および原料ガスの雰囲気下において保護層が脆弱となっていた。このため、高温反応領域を構成するカーボン部材などから不純物としてのFeが微量にリークしていたと考えられる。このため、電子トラップE3濃度を低減することができなかったと考えられる。また、これらの不純物に起因してGaN結晶の結晶品質が若干低下したため、結晶中に電子トラップE1またはExが生じていたと考えられる。また、カーボン部材からはFe以外の不純物も発生していたため、結晶中に電子トラップE1およびExが導入されたとも考えられる。
【0205】
以上の結果、文献4に記載の技術に基づくサンプルB1~B10では、トレードオフの関係にあるC濃度と電子トラップE3濃度との両方を低減することができなかった。
【0206】
(サンプルA1~A5)
サンプルA1~A5では、上述のように、高温反応領域の表面における保護層を鉄シアノ錯体により構成した。これらのうち、高温ベークステップを実施しなかったサンプルA5、高温ベーク温度を1500℃未満としたサンプルA1およびA2では、O濃度およびC濃度が高かった。
【0207】
また、高温ベークステップを実施しなかったサンプルA5では、B濃度が高かった。また、高温ベーク温度を1500℃未満としたサンプルA1およびA2では、Si濃度が高かった。
【0208】
これに対し、高温反応領域の表面における保護層を鉄シアノ錯体により構成し、且つ、酸化シーケンスを行わずに1500℃以上の温度で高温ベークステップを行ったサンプルA3およびA4では、Si濃度、B濃度を検出下限未満、すなわち1×1015cm-3未満とすることができ、O濃度およびC濃度も1×1015cm-3未満とすることができた。特に、1600℃での高温ベークステップを行ったサンプルA4では、O濃度をラスター変化法の下限未満、すなわち5×1014cm-3未満とし、C濃度もラスター変化法の下限に近い1.1×1014cm-3とすることができた。
【0209】
さらに、Si微量ドープサンプルA3’およびA4’では、ICTS法により測定した結晶における電子トラップE3濃度を1×1014cm-3未満とすることができた。特にSi微量ドープサンプルA4’では、電子トラップE3濃度を2×1013cm-3未満とすることができた。
【0210】
ここで、今回の実験では、電子トラップE3の原因であるFeの発生源は、高温反応領域のカーボン部材であると考えられた。しかしながら、サンプルA3およびA4では、高温反応領域のカーボン部材からのFeの発生は、鉄シアノ錯体コートにより抑制されていた。この点は、Siドープの有無に関わらず、Feの発生が抑制されたと考えられる。
【0211】
すなわち、Si微量ドープサンプルA3’およびA4’において電子トラップE3濃度が低減されていることから、Siをドープしない点を除いて同条件で作製したサンプルA3およびA4においても、当然に電子トラップE3濃度が低減されているはずであり、さらにはSi微量ドープサンプルA3’およびA4’よりも低減されているとも考えられる。
【0212】
以上のことから、上述のSi微量ドープサンプルA3’およびA4’における電子トラップE3濃度の結果に基づいて、サンプルA3およびA4における電子トラップE3濃度は、1×1014cm-3未満であることを確認した。さらには、サンプルA3およびA4における電子トラップE3濃度は、2×1013cm-3未満であることを確認した。
【0213】
また、E3の起源がFeとされていることから、サンプルA3およびA4では、E3濃度に基づいて、Fe濃度を1×1014cm-3未満とすることができたことを確認した。
【0214】
また、Si微量ドープサンプルA3’およびA4’における電子トラップE1およびExの濃度の結果に基づき、サンプルA3およびA4では、電子トラップE1の濃度を3×1012cm-3以下とし、電子トラップExの濃度を3×1013cm-3以下とすることができたことを確認した。
【0215】
このように、サンプルA3およびA4では、トレードオフの関係にあると報告されていたC濃度と電子トラップE3濃度との両方を同時に劇的に低減させることができたことを確認した。
【0216】
ここで、図8を参照し、サンプルA3およびA4におけるC濃度と電子トラップE3濃度との関係について説明する。図8は、炭素濃度に対する電子トラップE3濃度の関係を示す図である。なお、図8の各軸における「pE+q」とは、p×10を意味している。
【0217】
図8において、「samples A3 and A4 series」とは、Si微量ドープサンプルA3’およびA4’に基づいて求められたサンプルA3およびA4の結果とともに、上述の実施形態の要件を満たす範囲内でサンプルA3およびA4の成長条件から変化させたサンプルの結果も示している。
【0218】
また、図8において従来技術としての論文または特許文献のデータを示している。
[Honda 2012]
Honda, Shiojima JJAP 51 (2012) 04DF04
[Shiojima 2019]
Shiojima et al., Phys. Status Solidi B 2019, 1900561
[Tanaka 2016]
T. Tanaka, K. Shiojima, T. Mishima, Y. Tokuda, Jpn. J. Appl. Phys.55, 061101 (2016)
[Horikiri 2018]
特開2020-35980号公報
[Zhang 2020]
Zhang et al., J. Appl. Phys. 127, 215707 (2020)
[Tokuda 2016]
Yutaka Tokuda, ECS Transactions, 75 (4) 39-49 (2016)
[Kanegae 2019]
Kanegae et al., Appl. Phys. Lett. 115, 012103 (2019)
[Narita 2020]
Narita et al., Jpn. J. Appl. Phys. 59, 105505 (2020)
【0219】
また、図8における「Equatin (1-1)」「Equation (1-2)」および「Equation 2」は、それぞれ、[E3]=1×1014、[E3]・[C]=1×1043、[E3]・[C]=1×1042を示している。
【0220】
図8に示すように、従来技術においては、GaN結晶中のC濃度と電子トラップE3濃度とは、トレードオフの関係にあることが再度確認された。
【0221】
また、従来の論文および特許文献のデータでは、GaN結晶中のC濃度と電子トラップE3濃度との両方を低減することができていなかった。すなわち、従来の論文および特許文献のデータでは、[E3]≧1×1014であるか、或いは[E3]・[C]>1×1043であった。
【0222】
これに対し、サンプルA3およびA4と、これらに相当するサンプルでは、上述の式(1-1)「[E3]<1×1014」を満たしつつ、式(1-2)「[E3]・[C]≦1×1043」を満たし、好ましくは上述の式(2)「[E3]・[C]≦1×1042」を満たすことができたことを確認した。
【0223】
また、サンプルA3およびA4では、ICTS測定を実施した温度範囲、すなわち、80K以上350K以下の温度範囲内に、E1、E3およびEx以外の電子トラップが存在しなかったことから、伝導帯下端から0.1eV以上1.0eV以下のエネルギー範囲に存在する電子トラップの濃度の合計が、1×1014cm-3未満であることを確認した。
【0224】
以上のように、上述の実施形態の要件を満たすサンプルA3およびA4と、これらに相当するサンプルによれば、従来技術では成しえなかった非常に高品質なGaN結晶を実現することができたことを確認した。
【0225】
(4)補足
上述の実験では、Si微量ドープサンプルA3’およびA4’における電子トラップ濃度の測定結果に基づいて、サンプルA3およびA4における電子トラップ濃度を見積もったが、この場合に限られない。
【0226】
例えば、もともと高抵抗のサンプルA3およびA4のそれぞれに対して、1×1016cm-3の濃度でSiを意図的にイオン注入した場合では、当該サンプルA3およびA4のそれぞれにおいて、直接的にICTS法による測定が可能となる。
【0227】
その場合においても、Siを微量にイオン注入したサンプルA3およびA4のそれぞれにおいて、電子トラップE3濃度を2×1013cm-3未満とし、電子トラップE1の濃度を3×1012cm-3以下とし、電子トラップExの濃度を3×1013cm-3以下とすることができることを確認している。
【0228】
<本発明の好ましい態様>
以下、本発明の好ましい態様について付記する。
【0229】
(付記1)
InAlGa1-x-yNの組成式(但し、0≦x≦1,0≦y≦1,0≦x+y≦1)で表される結晶であって、
前記結晶中の炭素の濃度は、1×1015cm-3未満であり、
前記結晶における伝導帯下端から0.5eV以上0.65eV以下のエネルギー範囲に存在する電子トラップE3の濃度は、1×1014cm-3未満である
窒化物結晶。
【0230】
(付記2)
式(1-2)を満たす、
[E3]・[C]≦1×1043 ・・・(1-2)
ただし、
[C]は、単位をcm-3とした前記結晶中の炭素の濃度であり、
[E3]は、単位をcm-3とした前記結晶におけるE3濃度である
付記1に記載の窒化物結晶。
【0231】
(付記3)
InAlGa1-x-yNの組成式(但し、0≦x≦1,0≦y≦1,0≦x+y≦1)で表される結晶であって、
式(1-1)および式(1-2)を満たす、
[E3]<1×1014 ・・・(1-1)
[E3]・[C]≦1×1043 ・・・(1-2)
ただし、
[C]は、単位をcm-3とした前記結晶中の炭素の濃度であり、
[E3]は、前記結晶における伝導帯下端から0.5eV以上0.65eV以下のエネルギー範囲に存在する電子トラップE3の濃度であり、該E3の濃度の単位はcm-3である
窒化物結晶。
【0232】
(付記4)
以下の式(2)を満たす、
[E3]・[C]≦1×1042 ・・・(2)
付記2又は3に記載の窒化物結晶。
【0233】
(付記5)
前記結晶における伝導帯下端から0.15eV以上0.3eV以下のエネルギー範囲に存在する電子トラップE1の濃度は、3×1012cm-3以下である
付記1~4のいずれか1つに記載の窒化物結晶。
【0234】
(付記6)
前記結晶における伝導帯下端から0.68eV以上0.75eV以下のエネルギー範囲に存在する電子トラップExの濃度は、3×1013cm-3以下である
付記1~5のいずれか1つに記載の窒化物結晶。
【0235】
(付記7)
前記結晶におけるE3濃度は、2×1013cm-3未満である
付記1~6のいずれか1つに記載の窒化物結晶。
【0236】
(付記8)
前記結晶中のボロンの濃度は、1×1015cm-3未満である
付記1~7のいずれか1つに記載の窒化物結晶。
【0237】
(付記9)
前記結晶中の酸素の濃度は、1×1015cm-3未満である
付記1~8のいずれか1つに記載の窒化物結晶。
【0238】
(付記10)
前記結晶における伝導帯下端から0.1eV以上1.0eV以下のエネルギー範囲に存在する電子トラップの濃度の合計は、1×1014cm-3未満である
付記1~9のいずれか1つに記載の窒化物結晶。
【0239】
(付記11)
前記結晶中のシリコンの濃度は、1×1015cm-3未満である
付記1~10のいずれか1つに記載の窒化物結晶。
【0240】
(付記12)
20℃以上300℃以下の温度条件下での抵抗率は、1×10Ωcm以上である
付記1~11のいずれか1つに記載の窒化物結晶。
【0241】
(付記13)
20℃以上300℃以下の温度条件下での抵抗率は、1×10Ωcm以上である
付記12に記載の窒化物結晶。
【0242】
(付記14)
前記結晶中のSiおよびGeの合計濃度は、1×1015cm-3以上であり、好ましくは、5×1019cm-3以下である
付記1~10のいずれか1つに記載の窒化物結晶。
【0243】
(付記15)
20℃以上300℃以下の温度条件下での抵抗率は、1×10Ωcm以下であり、好ましくは1×10-4Ωcm以上であり、
また好ましくは20℃以上300℃以下の温度条件下での自由電子濃度は、1×1015cm-3以上5×1019cm-3以下である
付記14に記載の窒化物結晶。
【0244】
(付記16)
前記結晶中のMg濃度が1×1017cm-3以上である。好ましくは、5×1020cm-3以下である
付記1~10のいずれか1つに記載の窒化物結晶。
【0245】
(付記17)
20℃以上300℃以下の温度条件下での抵抗率が1×10Ωcm以下である。好ましくは0.5Ωcm以上100Ωcm以下であり、
好ましくは、20℃以上300℃以下の温度条件下での正孔濃度が2×1017cm-3以上5×1018cm-3以下である
付記16に記載の窒化物結晶。
【0246】
(付記18)
基板と、
前記基板上に設けられ、InAlGa1-x-yNの組成式(但し、0≦x≦1,0≦y≦1,0≦x+y≦1)で表される結晶からなる窒化物結晶層と、
を有し、
前記窒化物結晶層中の炭素の濃度は、1×1015cm-3未満であり、
前記結晶における伝導帯下端から0.5eV以上0.65eV以下のエネルギー範囲に存在する電子トラップE3の濃度は、1×1014cm-3未満である
半導体積層物。
【0247】
(付記19)
基板と、
前記基板上に設けられ、InAlGa1-x-yNの組成式(但し、0≦x≦1,0≦y≦1,0≦x+y≦1)で表される結晶からなる窒化物結晶層と、
を有し、
前記窒化物結晶層は、式(1-1)および式(1-2)を満たす、
[E3]<1×1014 ・・・(1-1)
[E3]・[C]≦1×1043 ・・・(1-2)
ただし、
[C]は、単位をcm-3とした前記窒化物結晶層中の炭素の濃度であり、
[E3]は、前記結晶における伝導帯下端から0.5eV以上0.65eV以下のエネルギー範囲に存在する電子トラップE3の濃度であり、該E3の濃度の単位はcm-3である
半導体積層物。
【0248】
(付記20)
基板を収容する反応容器を準備する工程と、
前記反応容器内で所定の成長温度に加熱された前記基板に対して、III族元素原料ガスおよび窒素原料ガスを供給し、InAlGa1-x-yNの組成式(但し、0≦x≦1,0≦y≦1,0≦x+y≦1)で表される窒化物結晶を前記基板上にエピタキシャル成長させる工程と、
を有し、
前記反応容器を準備する工程は、
前記成長温度に加熱される領域であって、前記基板に供給されるガスが接触する高温反応領域を有し、前記高温反応領域を構成する部材の表面の少なくとも一部が、鉄シアノ錯体からなる保護層を有する容器を、前記反応容器として準備する工程と、
前記高温反応領域の温度を1500℃以上の温度に加熱しつつ、前記反応容器内への前記窒素原料ガスの供給を不実施とし、前記反応容器内への水素ガスおよびハロゲン系ガスの供給を実施することで、前記高温反応領域を構成する部材の前記表面を清浄化および改質させる高温ベーク工程と、
を有する
窒化物結晶の製造方法。
【0249】
(付記21)
前記高温ベーク工程では、
前記反応容器内の圧力を、0.5気圧以上2気圧以下の圧力に維持し、
また好ましくは、前記高温ベーク工程では、
前記反応容器内のうち少なくとも前記高温反応領域の温度を1500℃以上の温度に維持し、
また好ましくは、前記高温ベーク工程では、
前記反応容器内を排気しながら行い、
また好ましくは、前記高温ベーク工程を30分以上実施する
付記20に記載の窒化物結晶の製造方法。
【0250】
(付記22)
基板を収容する反応容器と、
前記反応容器内の少なくとも前記基板を加熱する加熱部と、
前記反応容器内の前記基板に対して、III族元素原料ガスおよび窒素原料ガスを供給するガス供給系と、
前記反応容器内で所定の成長温度に加熱された前記基板に対して、前記III族元素原料ガスおよび前記窒素原料ガスを供給し、InAlGa1-x-yNの組成式(但し、0≦x≦1,0≦y≦1,0≦x+y≦1)で表される窒化物結晶を前記基板上にエピタキシャル成長させるよう、前記加熱部および前記ガス供給系を制御する制御部と、
を備え、
前記反応容器は、前記成長温度に加熱される領域であって、前記基板に供給されるガスが接触する高温反応領域を有し、
前記高温反応領域を構成する部材の表面の少なくとも一部は、鉄シアノ錯体からなる保護層を有し、
前記制御部は、前記窒化物結晶をエピタキシャル成長させる処理の前に、前記高温反応領域の温度を1500℃以上の温度に加熱しつつ、前記反応容器内への前記窒素原料ガスの供給を不実施とし、前記反応容器内への水素ガスおよびハロゲン系ガスの供給を実施することで、前記高温反応領域を構成する部材の前記表面を清浄化および改質させる高温ベーク処理を実施する
窒化物結晶製造装置。
【符号の説明】
【0251】
10 基板(窒化物結晶基板)
20 種結晶基板
21 GaN結晶膜
30 基板
40 結晶層(窒化物結晶層)
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8