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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-11-22
(45)【発行日】2024-12-02
(54)【発明の名称】自己免疫性水疱症の診断装置
(51)【国際特許分類】
   G01N 33/53 20060101AFI20241125BHJP
   G01N 33/543 20060101ALI20241125BHJP
   G01N 21/64 20060101ALI20241125BHJP
【FI】
G01N33/53 T
G01N33/53 Y
G01N33/543 575
G01N21/64 E
G01N21/64 F
【請求項の数】 2
(21)【出願番号】P 2020096374
(22)【出願日】2020-06-02
(65)【公開番号】P2021189093
(43)【公開日】2021-12-13
【審査請求日】2023-05-26
(73)【特許権者】
【識別番号】519135633
【氏名又は名称】公立大学法人大阪
(73)【特許権者】
【識別番号】599045903
【氏名又は名称】学校法人 久留米大学
(74)【代理人】
【識別番号】100124039
【弁理士】
【氏名又は名称】立花 顕治
(74)【代理人】
【識別番号】100179213
【弁理士】
【氏名又は名称】山下 未知子
(72)【発明者】
【氏名】橋本 隆
(72)【発明者】
【氏名】篠崎 隆志
(72)【発明者】
【氏名】石井 文人
【審査官】三木 隆
(56)【参考文献】
【文献】特表2013-520664(JP,A)
【文献】特開平09-188540(JP,A)
【文献】特表2019-518224(JP,A)
【文献】清原隆宏,新しい皮膚科検査法実践マニュアル III.皮膚病理学検査法 免疫組織化学検査法,Monthly Book Derma.,2009年04月10日,No.151,Page.104-108
【文献】服部英春,CNNを用いた免疫染色特徴量推定による腫瘍組織識別技術,MEDICAL IMAGING TECHNOLOGY,2019年05月,Vol.37 No.3,Page.147-154
【文献】内山真樹,蛍光抗体法,皮膚病診療,2010年11月25日,Vol.32 増刊号,Pagel.103-105
【文献】古賀浩嗣,保険収載されている自己免疫性水疱症の検査法 : 抗デスモグレイン1抗体、抗デスモグレイン3抗体、抗BP180抗体,モダンメディア,2013年,Vol.59 No.12,Page.297-302
【文献】横山知明,自己免疫性水疱症の診断,週刊日本医事新報,2010年04月10日,No.4485,Page.65-68
【文献】西本周平,自己免疫水疱症の検査法 ,綜合臨床,2010年05月01日,Vol.59 No.5,Page.1289-1290
【文献】村松勉,奈良医大皮膚科における免疫蛍光法所見の統計的観察,皮膚,1990年06月,Vol.32 No.3,Page.373-376
【文献】藤本亘,自己免疫性水疱症の診断と治療(前編),西日本皮膚科,2009年04月01日,Vol.7 No.2,Page.164-179
【文献】濱田尚宏,新・皮膚科セミナリウム 臨床に役立つ基礎皮膚科学(2)3 水疱症の診断に必要な基礎皮膚科学,日本皮膚科学会雑誌,2014年02月20日,Vol.124 No.2,Page.159-165
【文献】H Rashid et al,Oral lesions in autoimmune bullous diseases: an overview of clinical characteristics and diagnostic algorithm,American Journal of Clinical Dermatology,2019年07月16日,Vo1.20,Page.847-861
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 33/53
G01N 33/543
G01N 21/64
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
自己免疫性水疱症を診断する診断装置であって、
蛍光抗体法により得られる蛍光抗体画像を取得する取得部と、
前記蛍光抗体画像を所定の機械学習モデルに入力し、前記機械学習モデルの出力として前記自己免疫性水疱症の診断結果の情報を生成する診断部と
を備え、
前記診断結果の情報には、前記自己免疫性水疱症の種類を示す情報と、前記自己免疫性水疱症が陽性か陰性かを示す情報であって、多段階に規定される陽性のレベルのそれぞれに該当する確率を示す情報とが含まれる、
診断装置。
【請求項2】
自己免疫性水疱症を診断する診断プログラムであって、
蛍光抗体法により得られる蛍光抗体画像を取得することと、
前記蛍光抗体画像を所定の機械学習モデルに入力し、前記機械学習モデルの出力として前記自己免疫性水疱症の診断結果の情報を生成することと
をコンピュータに実行させ、
前記診断結果の情報には、前記自己免疫性水疱症の種類を示す情報と、前記自己免疫性水疱症が陽性か陰性かを示す情報であって、多段階に規定される陽性のレベルのそれぞれに該当する確率を示す情報とが含まれる、
診断プログラム。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、自己免疫性水疱症を診断する診断装置、方法及びプログラム、並びに、自己免疫性水疱症を診断するための機械学習モデルの生成方法、プログラム及び装置に関する。
【背景技術】
【0002】
自己免疫性水疱症とは、自己の身体の組織に反応して抗体(自己抗体)が出現し、これが自己の組織を傷害する自己免疫性疾患の1つであり、自己免疫により皮膚に水疱を生じる疾患である。自己免疫性水疱症の診断は、主として蛍光抗体法により行われる。非特許文献1に示されるように、蛍光抗体法には、直接法と間接法とがある。前者は、患者の皮膚の生検により行われ、採取された皮膚に沈着した自己抗体を蛍光色素で標識し、これを蛍光顕微鏡で観察する方法である。一方、後者は、健常なヒトの皮膚の切片に患者の血清を反応させ、患者の血中の自己抗体を蛍光色素で標識し、これを蛍光顕微鏡で観察する方法である。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0003】
【文献】古賀浩嗣,他2名,「保険収載されている自己免疫性水疱症の検査法:抗デスモグレイン1抗体、抗デスモグレイン3抗体、抗BP180抗体」,モダンメディア,Vol.59,No.12,pp.297-302,2013年
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかし、蛍光色素で標識された自己抗体を蛍光顕微鏡で観察しても、蛍光抗体法の経験に乏しい医師や研究者等の診断者には、自己免疫性水疱症の診断はしばしば困難である。また、熟練の診断者間でも、診断結果にバラつきが生じる。
【0005】
本発明の目的は、自己免疫性水疱症の正確で一貫した診断を可能にすることにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
第1観点に係る診断装置は、自己免疫性水疱症を診断する診断装置であって、蛍光抗体法により得られる蛍光抗体画像を取得する取得部と、前記蛍光抗体画像を所定の機械学習モデルに入力し、前記機械学習モデルの出力として前記自己免疫性水疱症の診断結果の情報を生成する診断部とを備える。
【0007】
第2観点に係る診断装置は、第1観点に係る診断装置であって、前記診断結果の情報には、前記自己免疫性水疱症が陽性か陰性かを示す情報が含まれる。
【0008】
第3観点に係る診断装置は、第2観点に係る診断装置であって、前記診断結果の情報には、多段階に規定される陽性のレベルを示す情報が含まれる。
【0009】
第4観点に係る診断装置は、第3観点に係る診断装置であって、前記診断結果の情報には、前記多段階に規定される陽性のレベルのそれぞれに該当する確率を示す情報が含まれる。
【0010】
第5観点に係る診断装置は、第1観点から第4観点のいずれかに係る診断装置であって、 前記診断結果の情報には、前記自己免疫性水疱症の種類を示す情報が含まれる。
【0011】
第6観点に係る診断プログラムは、自己免疫性水疱症を診断する診断プログラムであって、蛍光抗体法により得られる蛍光抗体画像を取得することと、前記蛍光抗体画像を所定の機械学習モデルに入力し、前記機械学習モデルの出力として前記自己免疫性水疱症の診断結果の情報を生成することとをコンピュータに実行させる。
【0012】
第7観点に係る診断方法は、自己免疫性水疱症を診断する診断方法であって、蛍光抗体法により得られる蛍光抗体画像を取得することと、前記蛍光抗体画像を所定の機械学習モデルに入力し、前記機械学習モデルの出力として前記自己免疫性水疱症の診断結果の情報を生成することとを含む。
【0013】
第8観点に係る機械学習モデルの生成方法は、自己免疫性水疱症を診断するための機械学習モデルの生成方法であって、蛍光抗体法により得られる蛍光抗体画像と、専門家が診断した前記自己免疫性水疱症の診断結果の情報とを含むデータセットを多数取得することと、前記多数のデータセットを教師データとして、前記蛍光抗体画像を入力とし、前記診断結果の情報を出力とする機械学習モデルを学習させることとを含む。
【0014】
第9観点に係る機械学習モデルの生成方法は、第8観点に係る生成方法であって、前記多数のデータセットには、同じ前記蛍光抗体画像に対し、第1の専門家が診断した前記診断結果の情報を含むデータセットと、第2の専門家が診断した前記診断結果の情報を含む別のデータセットとが含まれる。
【0015】
第10観点に係る機械学習モデルの生成プログラムは、自己免疫性水疱症を診断するための機械学習モデルの生成プログラムであって、蛍光抗体法により得られる蛍光抗体画像と、専門家が診断した前記自己免疫性水疱症の診断結果の情報とを含むデータセットを多数取得することと、前記多数のデータセットを教師データとして、前記蛍光抗体画像を入力とし、前記診断結果の情報を出力とする機械学習モデルを学習させることとをコンピュータに実行させる。
【0016】
第11観点に係る機械学習モデルの生成装置は、自己免疫性水疱症を診断するための機械学習モデルの生成装置であって、蛍光抗体法により得られる蛍光抗体画像と、専門家が診断した前記自己免疫性水疱症の診断結果の情報とを含むデータセットを多数取得する取得部と、 前記多数のデータセットを教師データとして、前記蛍光抗体画像を入力とし、記診断結果の情報を出力とする機械学習モデルを学習させる学習部とを備える。
【発明の効果】
【0017】
上記観点によれば、自己免疫性水疱症の正確で一貫した診断が可能になる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
図1】本発明の一実施形態に係る自己免疫性水疱症の診断装置としてのコンピュータを含む診断システムの全体構成図。
図2】コンピュータの機能ブロック図。
図3A】直接法で得られた抗表皮細胞膜抗体陽性の場合の蛍光抗体画像。
図3B】直接法で得られた抗表皮基底膜部抗体陽性の場合の蛍光抗体画像。
図4A】間接法(非食塩水剥離法)で得られた抗表皮細胞膜抗体陽性の場合の蛍光抗体画像。
図4B】間接法(非食塩水剥離法)で得られた抗表皮基底膜部抗体陽性の場合の蛍光抗体画像。
図5A】間接法(食塩水剥離法)で得られた抗表皮基底膜部抗体の表皮側陽性の場合の蛍光抗体画像。
図5B】間接法(食塩水剥離法)で得られた抗表皮基底膜部抗体の真皮側陽性の場合の蛍光抗体画像。
図6A】間接法(非食塩水剥離法)で得られた抗表皮細胞膜抗体陰性、かつ抗表皮基底膜部抗体陰性の場合の蛍光抗体画像。
図6B】間接法(食塩水剥離法)で得られた抗表皮細胞膜抗体陰性、かつ抗表皮基底膜部抗体陰性の場合の蛍光抗体画像。
図7】機械学習モデルの学習処理の流れを示すフローチャート。
図8】機械学習モデルに基づく診断処理の流れを示すフローチャート。
図9】蛍光抗体画像とこれに対応するヒートマップとを示す図。
図10】実施例に係る機械学習モデルによる診断結果と、熟練の専門家による診断結果(正解データ)との一致率を示すグラフ。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下、図面を参照しつつ、本発明の一実施形態に係る自己免疫性水疱症の診断装置、方法及びプログラム、並びに、自己免疫性水疱症を診断するための機械学習モデルの生成方法、プログラム及び装置について説明する。
【0020】
<1.自己免疫性水疱症の診断システムの全体構成>
図1に、本実施形態に係る自己免疫性水疱症を診断する診断装置としてのコンピュータ1を含む診断システム100の全体構成図を示す。コンピュータ1は、蛍光抗体法により得られる画像(以下、蛍光抗体画像という)に基づいて、自己免疫性水疱症を診断する装置であり、図1に示す通り、蛍光顕微鏡2とともに、診断システム100を構成する。蛍光顕微鏡2は、蛍光抗体画像を撮影するのに使用される。
【0021】
自己免疫性水疱症とは、自己の身体の組織に反応して抗体(自己抗体)が出現し、これが自己の組織を傷害する自己免疫性疾患の1つであり、自己免疫により皮膚に水疱を生じる疾患である。自己免疫性水疱症には、様々な種類があり、大別すると、天疱瘡群及び類天疱瘡群に分類される。天疱瘡群には、粘膜優位型及び皮膚粘膜型の尋常性天疱瘡(自己抗体IgG)、落葉状天疱瘡(自己抗体IgG)、並びにIgA天疱瘡(自己抗体IgA)という種類が含まれる。類天疱瘡群には、水疱性類天疱瘡(自己抗体IgG)、妊娠性疱疹(自己抗体IgG)、粘膜類天疱瘡(自己抗体IgG、自己抗体IgA)、Lamina lucida型及びSublamina densa型の線状IgA水疱性皮膚症(自己抗体IgA)、並びに後天性表皮水疱症(自己抗体IgG)という種類が含まれる。
【0022】
自己免疫性水疱症の診断は、蛍光抗体法により行うことができる。蛍光抗体法には、直接法と間接法とがある。前者は、患者の皮膚の生検により行われ、採取された皮膚に沈着した自己抗体を蛍光色素で標識し、これを蛍光顕微鏡で観察する方法である。一方、後者は、健常なヒトの皮膚の切片に患者の血清を反応させ、患者の血中の自己抗体を蛍光色素で標識し、これを蛍光顕微鏡で観察する方法である。
【0023】
図3A及び図3Bは、直接法で得られた蛍光抗体画像の例であり、図3Aは、天疱瘡が陽性(抗表皮細胞膜抗体陽性)の場合の画像であり、図3Bは、類天疱瘡が陽性(抗表皮基底膜部抗体陽性)の場合の画像である。図4A及び図4Bは、間接法で得られた蛍光抗体画像の例であり、図4Aは、抗表皮細胞膜抗体陽性の場合の画像であり、図4Bは、抗表皮基底膜部抗体陽性の場合の画像である。
【0024】
天疱瘡は、自己抗体により、皮膚の表面に位置する表皮の細胞どうしを結合する物質が破壊され、皮膚や粘膜に水疱やびらんを生じる疾患であり、図3A及び図4Aでは、このような自己抗体が蛍光色素で標識されている様子が観察される。一方、類天疱瘡は、自己抗体により、表皮と表皮の下に位置する真皮とを結合する基底膜部のタンパクが破壊され、皮膚や粘膜に水疱やびらん、紅斑を生じる疾患であり、図3B及び図4Bでは、このような自己抗体が蛍光色素で標識されている様子が観察される。
【0025】
また、間接法には、健常なヒトの皮膚を食塩水に浸漬した後、その切片に患者の血清を反応させる方法(以下、食塩水剥離法ということがある)と、この食塩水への浸漬を省略して行う方法(以下、非食塩水剥離法ということがある)とがある。図5A及び図5Bは、食塩水剥離法による蛍光抗体画像であり、図4A及び図4Bは、非食塩水剥離法による蛍光抗体画像である。ヒトの皮膚を食塩水に浸漬すると、表皮と真皮とが剥離するが、図5A及び図5Bでは、この様子が観察される。なお、類天疱瘡には、基底膜部の表皮側の物質に対する自己抗体が生成される場合と、真皮側の物質に対する自己抗体が生成される場合とがあり、食塩水剥離法では、この違いを観察することが可能になる。
【0026】
なお、図6Aは、非食塩水剥離法により観察された蛍光抗体画像であり、天疱瘡が陰性(抗表皮細胞膜抗体陰性)かつ類天疱瘡も陰性(抗表皮基底膜部抗体陰性)の場合の画像である。図6Bは、食塩水剥離法により観察された蛍光抗体画像であり、抗表皮細胞膜抗体陰性かつ抗表皮基底膜部抗体陰性の場合の画像である。
【0027】
コンピュータ1は、以上のような蛍光抗体画像に基づいて、自己免疫性水疱症を診断する。本実施形態でいう診断には、自己免疫性水疱症が陽性か陰性かを判別する診断、及び、自己免疫性水疱症の上述した種類を判別する診断が含まれる。また、本実施形態でいう自己免疫性水疱症の陽性の診断には、多段階に規定される陽性のレベルを判別する診断が含まれる。また、自己免疫性水疱症の種類の診断には、天疱瘡群に該当するか、類天疱瘡群に該当するかを判別する診断が含まれる。ここでの診断は、蛍光抗体画像を入力とし、以上のような診断結果の情報を出力とする機械学習モデル8を用いて行われる。機械学習モデル8は、事前学習により構築される。
【0028】
ここでは、機械学習モデル8に基づく診断だけでなく、機械学習モデル8の学習(機械学習モデル8の生成)についても、診断システム100が行うものとする。すなわち、本実施形態に係るコンピュータ1は、本実施形態に係る機械学習モデル8の生成装置としても機能する。しかしながら、このような診断処理と事前の学習処理とは、別々のハードウェアシステムにより実行されてもよい。
【0029】
以下、コンピュータ1の構成について述べた後、機械学習モデル8の学習処理、及び機械学習モデル8に基づく診断処理について順に説明する。
【0030】
<2.コンピュータの構成>
図2を参照しつつ、コンピュータ1のハードウェア構成について説明する。コンピュータ1は、汎用のコンピュータであり、例えば、デスクトップ型コンピュータ、ラップトップ型コンピュータ、タブレットコンピュータ、スマートフォンとして実現される。コンピュータ1は、CD-ROM、USBメモリ等のコンピュータで読み取り可能な記録媒体から、或いはインターネット等のネットワークを介して、プログラム6を汎用のコンピュータにインストールすることにより製造される。プログラム6は、蛍光顕微鏡2から送られてくる蛍光抗体画像に基づいて自己免疫性水疱症を診断するためのソフトウェアであり、コンピュータ1に後述する動作を実行させる。また、プログラム6には、コンピュータ1に後述する学習処理を実行させるためのプログラムモジュールも含まれる。
【0031】
コンピュータ1は、表示部11、入力部12、記憶部13、制御部14及び通信部15を備える。これらの部11~15は、互いにバス線16を介して接続されており、相互に通信可能である。表示部11は、液晶ディスプレイ等で構成することができ、自己免疫性水疱症の診断結果等をユーザーに対し表示する。なお、ここでいうユーザーとは、医師、研究者、患者等、自己免疫性水疱症の診断結果を必要とする者の総称である。入力部12は、マウス、キーボード、タッチパネル等で構成することができ、コンピュータ1に対するユーザーからの操作を受け付ける。
【0032】
記憶部13は、ハードディスク、フラッシュメモリ等で構成することができる。記憶部13内には、プログラム6が格納されている。また、記憶部13内には、後述する学習処理で学習され、後述する診断処理で使用される機械学習モデル8を定義する情報が格納される。制御部14は、CPU、ROM及びRAM等から構成することができる。制御部14は、記憶部13内のプログラム6を読み出して実行することにより、仮想的に取得部14a、学習部14b、診断部14c及び表示制御部14dとして動作する。各部14a~14dの動作の詳細については、後述する。通信部15は、外部のデバイスとの有線又は無線式の通信を可能とする通信インターフェースとして機能し、蛍光顕微鏡2に搭載される通信インターフェースに接続される。
【0033】
<3.機械学習モデルの学習(生成)処理>
以下、図7を参照しつつ、機械学習モデル8の学習処理について説明する。自己免疫性水疱症の診断処理に用いられる機械学習モデル8は、この学習処理により生成される。機械学習モデル8は、典型的には、ニューラルネットワークにより構成され、蛍光抗体画像を入力とし、自己免疫性水疱症の診断結果の情報を出力とする。ここで使用されるニューラルネットワークの種類は、特に限定されないが、本実施形態では、特にディープラーニングに対応した複数の隠れ層を有する多層構造のディープニューラルネットワークである。
【0034】
まず、ステップS1として、機械学習モデル8を学習するための教師データを用意する。教師データは、蛍光抗体画像と、これに対応する自己免疫性水疱症の診断結果の情報とを含むデータセットを多数集めたものである。すなわち、様々な種類の自己免疫性水疱症に罹患している多数の患者、及び多数の健常者について、直接法及び間接法(食塩水剥離法及び非食塩水剥離法を含む)を含む蛍光抗体法により得られた蛍光抗体画像を用意する。また、これらの各蛍光抗体画像に基づいて、自己免疫性水疱症の診断に精通した熟練の医師や研究者等の専門家が診断した自己免疫性水疱症の診断結果の情報を取得する。
【0035】
本実施形態では、蛍光抗体画像には、これが直接法又は非食塩水剥離法で得られた画像である場合には、これに対応する診断結果の情報として、天疱瘡(抗表皮細胞膜抗体)が陽性か陰性かを示す情報、及び、類天疱瘡(抗表皮基底膜部抗体)が陽性か陰性かを示す情報が関連付けて取得される。また、陽性のレベルは多段階に規定され、天疱瘡及び類天疱瘡のそれぞれが陽性か陰性かを示す情報には、陽性のレベルを示す情報が含まれる。本実施形態では、陰性の場合には、コード「0」が付与され、陽性の場合には、そのレベルを3段階で示すコード「1」「2」又は「3」のいずれかが付与される。すなわち、天疱瘡及び類天疱瘡のそれぞれのレベルが、レベル0の陰性を含む0~3の4段階で評価される。なお、陽性のレベルを示す1~3の数値は、数値が大きくなる程、陽性のレベルが進行していることを示す。
【0036】
また、本実施形態では、蛍光抗体画像には、これが食塩水剥離法で得られた画像である場合には、これに対応する診断結果の情報として、抗表皮基底膜部抗体の表皮側が陽性か陰性かを示す情報、及び、抗表皮基底膜部抗体の真皮側が陽性か陰性かを示す情報が関連付けて取得される。ここでも陽性のレベルは多段階に規定され、抗表皮基底膜部抗体の表皮側及び真皮側のそれぞれが陽性か陰性かを示す情報には、陽性のレベルを示す情報が含まれる。本実施形態では、陰性の場合には、コード「0」が付与され、陽性の場合には、そのレベルを3段階で示すコード「1」「2」又は「3」のいずれかが付与される。すなわち、抗表皮基底膜部抗体の表皮側及び真皮側のそれぞれのレベルが、レベル0の陰性を含む0~3の4段階で評価される。なお、陽性のレベルを示す1~3の数値は、数値が大きくなる程、陽性のレベルが進行していることを示す。
【0037】
本実施形態では、教師データに含まれる各データセットには、以上のような診断結果の情報として、16個の値が含まれる。より具体的には、各データセットには、天疱瘡(抗表皮細胞膜抗体)のレベル0~3、類天疱瘡(抗表皮基底膜部抗体)のレベル0~3、抗表皮基底膜部抗体の表皮側のレベル0~3、及び、抗表皮基底膜部抗体の真皮側のレベル0~3について、各種類の各レベルに該当する確率を示す情報が含まれる。すなわち、ここでは、4種類×4レベルの16個の確率を示す値が取得される。なお、本実施形態では、教師データに含まれる当該確率を示す値は、0又は1の2値で表される。
【0038】
また、本実施形態で用意される教師データには、同じ1枚の蛍光抗体画像に対し、複数の専門家が診断した診断結果の情報をそれぞれ含む、複数のデータセットが含まれる。よって、例えば、教師データには、同じ1枚の蛍光抗体画像に対し、第1の専門家が診断した診断結果の情報を含むデータセットと、第2の専門家が診断した診断結果の情報を含む別のデータセットとが含まれる。第1の専門家及び第2の専門家による診断結果は、同じ場合もあれば、異なる場合もある。すなわち、自己免疫性水疱症の診断を人が行う場合、全て熟練の診断者であったとしても、診断結果が必ずしも同じになるとは限らず、バラつくことがある。本実施形態では、このようなバラつきも考慮した上で、正確な1つの診断結果を得るべく、教師データに異なる専門家による診断結果が含まれる。なお、ここでの教師データには、同じ1枚の蛍光抗体画像に対し、1人の専門家のみが診断した診断結果の情報が含まれることもあれば、3人以上の専門家が診断した診断結果の情報が含まれることもあり得る。
【0039】
以上のようにして取得される教師データには、自己免疫性水疱症が陽性か陰性かを示す情報のみならず、その種類及び陽性のレベルを示す情報が含まれることになる。ステップS1では、このような教師データがコンピュータ1に入力される。すなわち、取得部14aが、このような教師データを取得し、記憶部13内に保存する。
【0040】
続くステップS2では、学習部14bが、ステップS1で取得された教師データに基づいて、機械学習モデル8を学習させる。より具体的には、学習部14bは、記憶部13内から教師データに含まれるデータセットを1つずつ取出し、当該データセットに含まれる蛍光抗体画像を現在の機械学習モデル8に入力する。本実施形態では、機械学習モデル8は、教師データに含まれる診断結果の情報と同じく、天疱瘡(抗表皮細胞膜抗体)のレベル0~3、類天疱瘡(抗表皮基底膜部抗体)のレベル0~3、抗表皮基底膜部抗体の表皮側のレベル0~3、及び、抗表皮基底膜部抗体の真皮側のレベル0~3について、各種類の各レベルに該当する確率を示す情報を出力するように構成される。すなわち、機械学習モデル8からは、4種類×4レベルの16個の確率を示す値が出力される。なお、本実施形態では、機械学習モデル8から出力される当該確率を示す値は、0又は1の2値ではなく、0~1の間の所定の桁数の数値として表される。続いて、学習部14bは、このとき機械学習モデル8から出力される診断結果の情報(4種類×4レベルの16個の確率を表す値)と、同じデータセットに含まれる診断結果の情報(4種類×4レベルの16個の確率を表す出力値)との誤差を最小化するように、機械学習モデル8のパラメータを更新する。そして、ステップS1で取得された教師データに含まれる多数のデータセットを次々と適用しながら、機械学習モデル8を最適化してゆく。
【0041】
<4.機械学習モデルに基づく診断処理>
次に、図8を参照しつつ、機械学習モデル8に基づく自己免疫性水疱症の診断処理について説明する。
【0042】
まず、ステップS11では、自己免疫性水疱症が疑われる患者に対し、蛍光抗体法のうち、直接法並びに間接法である食塩水剥離法及び非食塩水剥離法のいずれかが実施される。このとき、蛍光顕微鏡2により撮影された蛍光抗体画像は、コンピュータ1に入力され、取得部14aがこれを取得し、記憶部13内に保存する。
【0043】
続くステップS12では、診断部14cが、ステップS1で取得された蛍光抗体画像に基づいて、自己免疫性水疱症の診断結果の情報を生成する。より具体的には、診断部14cは、記憶部13内から蛍光抗体画像を取出し、これを機械学習モデル8に入力し、機械学習モデル8の出力として、診断結果の情報(4種類×4レベルの16個の確率を表す値)を生成する。
【0044】
続くステップS13では、表示制御部14dは、機械学習モデル8から出力された診断結果の情報(4種類×4レベルの16個の確率を表す値)を出力する。より具体的には、表示制御部14dは、天疱瘡(抗表皮細胞膜抗体)のレベル0~3、類天疱瘡(抗表皮基底膜部抗体)のレベル0~3、抗表皮基底膜部抗体の表皮側のレベル0~3、及び、抗表皮基底膜部抗体の真皮側のレベル0~3について、各種類の各レベルに該当する確率を示す情報を表示する画面を作成し、これを表示部11上に表示させる。ユーザーは、同画面を見て、各種類の各レベルに該当する確率に基づいて、患者が様々な種類の自己免疫性水疱症のうちいずれに罹患しているか、又はいずれにも罹患していないかを判断する。また、患者がいずれかの種類の自己免疫性水疱症に罹患している場合には、その陽性のレベルも判断する。
【0045】
なお、ステップS13で出力されるべき情報は、以上のものに限られない。例えば、診断部14cが、機械学習モデル8から出力された診断結果の情報(4種類×4レベルの16個の確率を表す値)を加工し、この加工情報が出力されてもよい。例えば、診断部14cが、機械学習モデル8から出力された各種類の各レベルに該当する確率に基づいて、患者が様々な種類の自己免疫性水疱症のうちいずれに罹患しているか、又はいずれにも罹患していないかを判断するとともに、いずれかの種類の自己免疫性水疱症に罹患している場合には、その陽性のレベルを判断してもよい。この場合、表示制御部14dは、各種類の各レベルに該当する確率を示す情報に代えて又は加えて、この情報に基づく診断部14cによるさらなる診断結果(加工情報)を表示する画面を作成し、これを表示部11上に表示させる。
【0046】
また、診断部14cは、診断の対象となった蛍光抗体画像に基づいて、ヒートマップを作成し、さらにこれを表示する画面を作成し、表示部11上に表示させてもよい。ここでいうヒートマップとは、例えば、図9に示すような画像であり、診断の対象となった蛍光抗体画像上の各領域に、当該領域が機械学習モデル8から出力された診断結果に寄与した寄与率に応じた濃さの色を重ねた画像である。この場合、ユーザーは、問題の部位を容易に把握することができる。また、これを見た医師や研究者等は、自己免疫性水疱症の診断に際し、蛍光抗体画像のどのような特徴を見て診断すればよいのかを学習することができる。なお、表示部11上には、図9の例のように、このようなヒートマップを、診断の対象となった蛍光抗体画像とともに表示してもよい。
【0047】
以上により、自己免疫性水疱症について、熟練の診断者がいない場合であっても、正確な診断結果を得ることができる。また、診断者によるバラつきもなくなり、一貫した1つの診断結果を得ることができる。また、陽性のレベルを多段階に把握することができるため、回復の過程も容易に把握することができる。
【0048】
<5.変形例>
以上、本発明の一実施形態について説明したが、本発明は上記実施形態に限定されるものではなく、その趣旨を逸脱しない限りにおいて、種々の変更が可能である。例えば、以下の変更が可能である。また、以下の変形例の要旨は、適宜組み合わせることができる。
【0049】
<5-1>
上記実施形態において、機械学習モデル8の学習処理において、転移学習を行ってもよい。すなわち、ステップS2において、自然や動物の画像等、自己免疫性水疱症とは関連のない様々な画像を用いて、機械学習モデル8を学習させた後に、蛍光抗体画像と診断結果の情報とを含むデータセットを用いて、機械学習モデル8を学習させるようにしてもよい。
【0050】
<5-2>
機械学習モデル8から出力される診断結果の情報は、上述した例に限られない。例えば、診断結果の情報として、各レベルに該当する確率を出力せずに、どのレベルに該当するかを示す情報のみを出力してもよい。また、上記実施形態では、陽性のレベルが多段階に示されたが、例えば、陽性又は陰性のいずれであるかのみを示す情報を出力してもよい。
【実施例
【0051】
自己免疫性水疱症が疑われる362名の患者から得られた1087枚の蛍光抗体画像と、各蛍光抗体画像に対し、2名の熟練の専門家により診断した自己免疫性水疱症の診断結果(正解データ)とを用意し、これらからなる2174組のデータセットを用意した。そして、当該データセットを用いて、上記実施形態と同様の方法で機械学習モデルを生成した。その後、異なる128組の同様のデータセットを用意し、当該データセットに含まれる蛍光抗体画像を生成された機械学習モデルに入力し、このとき出力される確率のうち、最も高い確率に対応するレベルを診断結果とした。そして、機械学習モデルによる診断結果のレベルと、同じデータセットに含まれる診断結果(正解データ)のレベルとの一致度を評価した。その結果を、図10に示す。図10からは、機械学習モデルによる診断結果と、正解データとのレベルの一致率は、78/128=0.609・・・となり、6割以上の一致率が得られた。また、レベルが1段階だけずれているものを一致したとみなした場合の一致率は、125/128=0.976・・・となり、ほぼ100%に近かった。これにより、上記実施形態に係る機械学習モデルに基づく診断の妥当性が確認された。
【符号の説明】
【0052】
100 診断システム
1 コンピュータ(自己免疫性水疱症の診断装置、機械学習モデルの生成装置)
2 蛍光顕微鏡
14 制御部
14a 取得部
14b 学習部
14c 診断部
14d 表示制御部
6 プログラム
8 機械学習モデル
図1
図2
図3A
図3B
図4A
図4B
図5A
図5B
図6A
図6B
図7
図8
図9
図10