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特許7593624プロトン伝導性電解質膜の製造方法、プロトン伝導性電解質膜および燃料電池
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  • 特許-プロトン伝導性電解質膜の製造方法、プロトン伝導性電解質膜および燃料電池 図1
  • 特許-プロトン伝導性電解質膜の製造方法、プロトン伝導性電解質膜および燃料電池 図2
  • 特許-プロトン伝導性電解質膜の製造方法、プロトン伝導性電解質膜および燃料電池 図3
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-11-25
(45)【発行日】2024-12-03
(54)【発明の名称】プロトン伝導性電解質膜の製造方法、プロトン伝導性電解質膜および燃料電池
(51)【国際特許分類】
   H01M 8/1016 20160101AFI20241126BHJP
   H01M 8/1069 20160101ALI20241126BHJP
   H01M 8/124 20160101ALI20241126BHJP
   H01M 8/1246 20160101ALI20241126BHJP
   C01B 25/45 20060101ALI20241126BHJP
   H01B 1/06 20060101ALI20241126BHJP
   H01B 13/00 20060101ALI20241126BHJP
【FI】
H01M8/1016
H01M8/1069
H01M8/124
H01M8/1246
C01B25/45 Z
H01B1/06 A
H01B13/00 501Z
【請求項の数】 6
(21)【出願番号】P 2021012801
(22)【出願日】2021-01-29
(65)【公開番号】P2022116575
(43)【公開日】2022-08-10
【審査請求日】2023-12-06
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)令和元年度、国立研究開発法人科学技術振興機構、研究成果展開事業「中温度領域で作動する燃料電池に利用可能な新規プロトン伝導体の開発」委託研究、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(73)【特許権者】
【識別番号】504136568
【氏名又は名称】国立大学法人広島大学
(74)【代理人】
【識別番号】110001427
【氏名又は名称】弁理士法人前田特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】福岡 宏
(72)【発明者】
【氏名】茂籠 悠介
【審査官】山本 雄一
(56)【参考文献】
【文献】特開2019-087463(JP,A)
【文献】特開2014-096311(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01M 8/00- 8/0297
H01M 8/08- 8/2495
H01B 1/06
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記一般式(1)で示される非晶質又は非晶質を主体とするルテニウムリン酸水素塩を含有するプロトン伝導性電解質膜の製造方法であって、
アルカリ金属原料とルテニウム原料とリン酸とを混合して混合物を作製する工程と、
前記混合物を加熱し、前駆体を合成する工程と、
粉末化させた前記前駆体を有機薄膜上に敷き詰める、または、液体化させた前記前駆体を有機薄膜上に塗布する工程と、
前記有機薄膜上の前記前駆体の上にさらに有機薄膜を重ね合わせる工程と、
前記有機薄膜によって挟み込んだ状態で、前記前駆体を加熱しながら加圧し、プロトン伝導性電解質膜を形成する工程と、
前記有機薄膜から前記プロトン伝導性電解質膜を剥離する工程と、
を備え
前記アルカリ金属原料は、アルカリ金属としてナトリウムを含むことを特徴とするプロトン伝導性電解質膜の製造方法。
[化1]
Na RuP (1)
(ここで、a,b,cは自然数であって、dはa+b+3+5c=2dの電荷中性条件を満たすように規定される値である)
【請求項2】
前記有機薄膜は、ポリイミド系材料またはポリテトラフルオロエチレン系材料から選択される少なくとも1種であることを特徴とする請求項1に記載のプロトン伝導性電解質膜の製造方法。
【請求項3】
ルテニウムとリンの含有比率が、モル比で1:6~1:13となるように、前記ルテニウム原料と前記リン酸とが混合されることを特徴とする請求項1に記載のプロトン伝導性電解質膜の製造方法。
【請求項4】
下記一般式(1)で示される非晶質又は非晶質を主体とするルテニウムリン酸水素塩を含有し、
膜厚が、10~500μmであることを特徴とするプロトン伝導性電解質膜。
[化2]
Na RuP (1)
(ここで、a,b,cは自然数であって、dはa+b+3+5c=2dの電荷中性条件を満たすように規定される値である)
【請求項5】
ルテニウムとリンの含有比率が、モル比で1:6~1:13であることを特徴とする請求項4に記載のプロトン伝導性電解質膜。
【請求項6】
請求項4又は5に記載のプロトン伝導性電解質膜を含む燃料電池。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、燃料電池の電解質などに利用可能なプロトン伝導性電解質膜に関し、特に200~350℃の中温度領域において高いプロトン伝導度を示す薄膜状のプロトン伝導性電解質膜に関する。
【背景技術】
【0002】
次世代エネルギー貯蔵システムとしての燃料電池の開発において、安定で高性能な電解質材料の開発が非常に大きな比重を占めている。既にこれまでに500℃以上の高温や、100℃以下の低温で高いプロトン伝導度を有する電解質材料が開発されている。100℃以下の温度で使用される電解質材料としては、固体高分子形燃料電池に使用されるフッ素樹脂系イオン交換膜がよく知られている。500℃以上の高温で使用される固体電解質としては、BaCe0.80.23-aのようなプロベスカイト型金属酸化物が500℃よりも高い温度で高いイオン伝導度を示す。
【0003】
しかしながら、最もエネルギー効率が高く、想定される使用環境に近い200~350℃の中温度領域で高いプロトン伝導度を示す固体電解質材料は、まだ殆どなく、現在、高性能な固体電解質材料の開発が精力的に続けられている。
【0004】
例えば、100℃以上の乾燥雰囲気中においても高いプロトン伝導性を示すプロトン伝導性材料として、ホスホシリケートゲル又はシリカゲルにリン酸金属塩を添加したプロトン伝導性組成物(例えば、特許文献1参照)、結晶性リン酸金属塩をメカニカルミリングにより処理して結晶性の一部を乱すとともにフリーのリン酸を生成させることによってプロトン伝導度を向上させたリン酸金属塩を含有するプロトン伝導性材料(例えば、特許文献2参照)などのリン酸塩系の材料が開発されている。
【文献】特開2004-55181号公報
【文献】特許3916139号公報
【文献】特開2019-87463号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
ここで、上記従来の固体電解質においては、構造中にトンネルや層間といったナノ空間を構築し、そこを伝導パスにするという思想で設計された結晶質化合物が主であるが、このような固体電解質は、大きな空間を創生することが困難であるとともに、高温下で合成する必要があるため、多くのエネルギーを必要とし、製造コストが高くなるという問題があった。
【0006】
また、従来のリン酸塩系の固体電解質材料においては、リン酸分が溶出しフレームを腐食させる場合もある。このような状況下において、簡便な製造方法で安価に製造することが可能であり、例えば200~400℃の中温度領域において高いプロトン伝導度を有するプロトン伝導体の開発が待たれている。
【0007】
そこで、本願の発明者は、特許文献3において、非晶質又は非晶質を主体とする遷移金属リン酸水素塩を含有するプロトン伝導体を提案した。特許文献3で得られたプロトン伝導体の前駆体は緻密性に欠けた材料であった。特許文献3で得られたプロトン伝導体は、前駆体がセラミックス製容器内で1週間以上加熱されて塊(バルク)状に形成されたものであり、セラミックス製容器ごと切断した状態で計測されて、200~350℃の中温度領域において高いプロトン伝導度を有していた。
【0008】
ところで、燃料電池の実用化においては、単電池セルを直列に積層したスタックと呼ばれる構造体を構成する必要があり、このようなプロトン伝導体を燃料電池へ適用し、実用化を図るには、このスタック作成が可能となるよう薄膜化することが必須である。しかしながら、本願の発明者が特許文献3で得たプロトン伝導体は、前駆体が緻密性に欠けていたため、前駆体を焼結させたバルク試料において電解質として高い機能を有することが示唆されたのみであり、薄膜化のための知見は得られていなかった。
【0009】
本発明は、かかる点に鑑みてなされたものであり、簡易な方法により、200~350℃の中温度領域で高いプロトン伝導度を有し、積層可能なプロトン伝導性電解質膜とその製造方法およびプロトン伝導性電解質膜を含む燃料電池を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記目的を達成するために、本発明のプロトン伝導性電解質膜の製造方法は、下記一般式(1)で示される非晶質又は非晶質を主体とするルテニウムリン酸水素塩を含有するプロトン伝導性電解質膜の製造方法であって、アルカリ金属原料とルテニウム原料とリン酸とを混合して混合物を作製する工程と、前記混合物を加熱し、前駆体を合成する工程と、粉末化させた前記前駆体を有機薄膜上に敷き詰める、または、液体化させた前記前駆体を有機薄膜上に塗布する工程と、前記有機薄膜上の前記前駆体の上にさらに有機薄膜を重ね合わせる工程と、前記有機薄膜によって挟み込んだ状態で、前記前駆体を加熱しながら加圧し、プロトン伝導性電解質膜を形成する工程と、前記有機薄膜から前記プロトン伝導性電解質膜を剥離する工程と、を備えることを特徴とする。
【0011】
[化1]
RuP (1)
(ここで、Aはアルカリ金属、a,b,cは自然数であって、dはa+b+3+5c=2dの電荷中性条件を満たすように規定される値である)
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、200~350℃の中温度領域で高いプロトン伝導度を有し、積層可能な薄膜状のプロトン伝導性電解質膜の製造方法、プロトン伝導性電解質膜およびプロトン伝導性電解質膜を含む燃料電池を提供することが可能である。
【図面の簡単な説明】
【0013】
図1】本実施形態のプロトン伝導性電解質膜の製造方法の流れを説明するフローチャートである。
図2】リン酸塩の縮合度を示す赤外吸収スペクトルデータである。
図3】プロトン伝導性電解質膜を用いた燃料電池の概略図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本発明のプロトン伝導性電解質膜は、下記一般式(1)で示される非晶質又は非晶質を主体とするルテニウムリン酸水素塩を含有するプロトン伝導体を薄膜化させたものである。
【0015】
[化2]
RuP (1)
(ここで、Aはアルカリ金属、a,b,cは自然数であって、dはa+b+3+5c=2dの電荷中性条件を満たすように規定される値である)
例えば、アルカリ金属Aがナトリウムであって、a=4、b=4、c=13の場合、a+b+3+5c=4+4+3+65=76=2dとなるため、d=38となり、HNaRuP1338となる。
【0016】
本発明のプロトン伝導性電解質膜は、非晶質又は非晶質を主体とするルテニウムリン酸水素塩であるため、全てが非晶質からなる遷移金属リン酸水素塩のみならず、大部分が非晶質のルテニウムリン酸水素塩であってもよい。一方、一部のみが非晶質のルテニウムリン酸水素塩は含まれない。
【0017】
非晶質のリン酸水素塩は特定のリン酸水素塩に限定されるものではなく、トリポリリン酸水素塩、ピロリン酸水素塩、及びオルトリン酸水素塩が例示される。例えば、オルトリン酸イオン、ピロリン酸イオン、トリポリリン酸イオン、およびそれ以上の縮合度のリン酸イオンを含むリン酸水素塩を本発明のプロトン伝導性電解質膜として好適に使用することができる。
【0018】
また、本発明のプロトン伝導性電解質膜は、リン酸水素塩とあるように、水素を全く含まないリン酸塩は本発明に含まれない。
【0019】
非晶質のリン酸水素塩が高いプロトン伝導度を示す理由は、次のように推察される。なお、非晶質とは隣接原子との短距離秩序は保ちつつ、長距離秩序の無い状態を言う。
【0020】
非晶質の縮合リン酸水素塩は、複数のPO四面体の中距離秩序を持った物質であり、この中距離秩序内ではプロトンは自由に移動することができ、さらに非晶質となることで縮合リン酸イオン間のパスが形成され、プロトンの拡散が容易に起こると考えられる。プロトンの場合、他のイオンに比べて大きさが極端に小さいため、他のイオン伝導体とは異なり、その移動に大きなトンネルや層間は必要なく、プロトンが移動するためのパスが繋がっていればよいと考えられる。トンネル構造や層状構造をもつ結晶質の物質では、このパスが特定の結晶軸方向にのみ繋がっていて、プロトンはそれ以外の方向へ移動することが困難である。しかしながら、非晶質の固体中では、長距離秩序の喪失に伴う原子レベルにおける構造の乱れによって、構造中に欠陥や、若干不安定な局所構造が多数発生するため、プロトンが通るためのパスが無数に存在すると考えられ、その移動方向にも制約が発生しない。これにより高いプロトン伝導度を示すものと推察される。
【0021】
なお、このような縮合リン酸イオンのネットワークに、オルトリン酸イオンを組み合わせた場合であっても、同様のプロセスにより、プロトン伝導が可能になるものと考えられる。
【0022】
本発明のルテニウムリン酸水素塩において、ルテニウムは、3価の酸化状態をとる遷移金属(3価の酸化状態をとる遷移金属を主体としたものを含む)であって、200~350℃の温度において、そのリン酸水素塩が非晶質又は大部分が非晶質状態で安定的に存在し得る。本発明のプロトン伝導性電解質膜は、200~350℃の中温度領域で使用することを予定しているため、この温度領域において、非晶質又は大部分が非晶質状態で安定的に存在し得るルテニウムを使用することで、安定した性能を得ることができる。
【0023】
なお、リン酸塩中で3価の価数を取りやすい鉄、アルミニウム、及びクロムのようにルテニウム以外の遷移金属を用いた場合は結晶化しやすいため、本実施形態の非晶質材料として使用することは困難であると考えられるが、必ずしも遷移金属はルテニウム1種類のみからなる必要はなく、他の遷移金属を添加してもよい。
【0024】
また本発明のプロトン伝導性電解質膜は、ルテニウムリン酸水素塩のみからなるものに限定されず、ルテニウムリン酸水素塩を含有すればよく、これらに悪影響を及ぼさないケイ酸塩、ホウ酸塩、硫酸塩、硝酸塩などが含まれていてもよい。
【0025】
また、本発明のプロトン伝導性電解質膜は、粒界のないガラス状の形態とすることで、さらにプロトン伝導度が高まる。粒界のないガラス状の形態のプロトン伝導性電解質膜は、後述の方法で簡単に製造することができる。一般的に本発明のような固体電解質は、合成時、粉体状の形態となることが多い。粉体状のプロトン伝導体を加圧成形しただけでは、粒子間の抵抗が大きく、プロトン伝導度が低下する。また、取扱いも不便である。このため一般的にバインダー等を用いて成形するか、高温で焼成して成形する方法が採られるが、バインダーを使用する方法では、別途、使用する温度に適したバインダーが必要となりコスト高となる。更に、バインダーと固体電解質との間に結合不良が発生すると、プロトン伝導度を十分に高くすることができない。また、高温で焼成して成形する方法では、割れ等の対策が必要であり、温度が高いため多くの時間、エネルギーを要する。
【0026】
これに対して、本発明のプロトン伝導性電解質膜は、バインダーを使用することなく、比較的低温で粒界のないガラス状の形態とすることができるため、安価に、かつ短時間で製造することができる。
【0027】
また、本発明においては、アルカリ金属としては、例えば、リチウム、ナトリウム、カリウム、ルビジウム、及びセリウムが使用できるが、製造コストの観点から、リチウム及びナトリウムを使用することが好ましい。
【0028】
なお、カリウム、ルビジウム、及びセリウムのリン酸塩は、そのアルカリイオン周りの化学的環境が、ナトリウムのリン酸塩中のナトリウムイオンの化学的環境と類似しており、各アルカリ金属単独でリン酸塩結晶になった場合も同形構造を取ることが多いため、ナトリウムのリン酸塩と同様の性質を示す。
【0029】
また、本発明のプロトン伝導性電解質膜は、必ずしも一種類のアルカリ金属のみを含有する必要はなく、2種類以上のアルカリ金属を含有してもよい。
【0030】
次に、本発明のプロトン伝導性電解質膜の製造方法の一例を説明する。なお、本発明のプロトン伝導性電解質膜の製造方法は、以下の方法に限定されるものではない。
【0031】
水とアルカリ金属原料とルテニウム原料とリン酸とを混合し、所定の温度、所定の時間加熱し反応させる。これにより非晶質又は非晶質を主体とするルテニウムリン酸水素塩を含有するプロトン伝導性電解質膜を得ることができる。
【0032】
アルカリ金属原料としては、アルカリ金属の炭酸塩、酸化物、水酸化物、酢酸塩、及びハロゲン化物を使用することができるが、簡便性の観点から、炭酸塩を使用することが好ましい。
【0033】
ルテニウム原料としては、ルテニウムの硝酸塩、炭酸塩、酢酸塩、ハロゲン化塩、及びリン酸塩を使用することができる。無水物は反応性が悪いので、水和物が好ましい。粉末状のルテニウム原料を使用する場合は、粒子径が小さいほど好ましい。ルテニウム原料は、予め水やアルコールに溶解させた状態で使用してもよい。
【0034】
リン酸としては、オルトリン酸、ピロリン酸を好適に使用可能であり、縮合リン酸を使用することも可能である。これらリン酸は水に溶解させた水溶液として使用してもよい。
【0035】
水は、イオン交換水、純水を使用することができる。なお、水は必須ではなく、必要に応じて、適宜、混合すればよい。
【0036】
[プロトン伝導性電解質膜の製造方法]
図1は、本実施形態のプロトン伝導性電解質膜の製造方法の処理の流れを説明するフローチャートである。図1に示すように、本実施形態のプロトン伝導性電解質膜の製造方法は、アルカリ金属原料とルテニウム原料とリン酸とを混合して混合物を作製する工程S1と、その混合物を加熱し、前駆体を合成する工程S2と、粉末化した前駆体を用いる場合は焼成工程S31および粉末化工程S32と、液体化した前駆体を用いる場合は液体化工程S4と、粉末化させた前駆体を有機薄膜上に敷き詰める、または、液体化させた前駆体を有機薄膜上に塗布する工程S5と、有機薄膜上の前駆体の上にさらに有機薄膜を重ね合わせる工程S6と、有機薄膜によって挟み込んだ状態で、前駆体を加熱してプロトン伝導性電解質膜を形成する工程S7と、有機薄膜からプロトン伝導性電解質膜を剥離する工程S8とを含む。以下、各工程について説明する。
【0037】
[原料の混合工程S1]
水とアルカリ金属原料とルテニウム原料とリン酸は均一状態にすることが好ましい。粉末状のルテニウム原料にリン酸水溶液を加えることで、簡単に水とアルカリ金属原料とルテニウム原料とリン酸とを均一状態とすることができる。なお、添加するリン酸量が多い場合は水を加えることは必須ではない。また、この過程でアルコールを添加することで同様に均一化を促進することが可能である。
【0038】
アルカリ金属原料とリン酸との混合割合は、プロトン伝導性電解質膜におけるアルカリ金属とリンとの含有比率が、モル比で1:3~1:5であることが好ましい。
【0039】
また、ルテニウム原料とリン酸との混合割合は、プロトン伝導性電解質膜におけるルテニウムとリンとの含有比率が、モル比で1:6~1:19であることが好ましく、さらに好ましくは1:6~1:13である。また、水を添加する場合、水の添加量は、リンに対して0.5~10当量が好ましい。
【0040】
なお、次の合成工程S2において、ルテニウムとリンとの含有比率がモル比で1:6~1:13の範囲内では、リン成分が多くなるにつれて脱水縮合にかかる時間が長くなることが分かった。図2は、ルテニウム:ナトリウム:リンの含有比率が、モル比で1:3.5:8と、1:4:13と、1:5:13の各原料について、400℃1時間の後、360℃17時間加熱した試料の赤外吸収スペクトルデータである。このデータによれば、ルテニウム:ナトリウム:リンの含有比率が、モル比で1:3.5:8の試料では、850~1100cm-1に2本の分裂した吸収が見られ、トリポリリン酸イオンまで縮合が進んだ状況を示した。しかしながら、ルテニウム:ナトリウム:リンの含有比率が、モル比で1:4:13および1:5:13ではこの吸収がはっきりとは見えず、同じ条件の合成工程S2において、1:4:13および1:5:13では1:3.5:8よりも縮合反応が進んでいないことを示した。また、合成後には、リン成分が多くなるほど潮解性が高くなり、取り扱いが難しくなることが分かった。
【0041】
モル比が、ルテニウム1に対してリンが14以上の含有比率の試料では、反応に時間がかかり、取り扱いが難しくなる。また、モル比が、ルテニウム1に対してリンが5以下の含有比率の試料では、以下の合成工程S7において、粒界がなくガラス状の良好な試料の合成が困難になる。よって、プロトン伝導性電解質膜におけるルテニウムとリンとの含有比率は、モル比で1:6~1:13であることが好ましい。
【0042】
[前駆体の合成工程S2]
水とアルカリ金属原料とルテニウム原料とリン酸との混合物の加熱は、電気炉等を用いて所定の温度で所定の時間行う。
【0043】
水とアルカリ金属原料とルテニウム原料とリン酸との混合、加熱に伴い脱水、縮合反応が起こり、ガス及び水蒸気が発生する。例えば、ルテニウム原料に金属塩化物を使用すると塩化水素ガスが発生する。この塩化水素ガスは反応初期段階に多く、反応後半では水蒸気が主となる。
【0044】
加熱温度は、200~350℃の温度が好ましい。ルテニウムは、反応速度が遅く、温度を高くしても結晶化しにくいので、上記中温度領域で加熱することが好ましい。加熱時間は1時間程度が好ましい。
【0045】
なお、まず、塩化ルテニウム水和物とリン酸とを反応させて、遷移金属の非晶質リン酸塩である非晶質リン酸ルテニウムを合成し、これにアルカリ金属原料と、必要に応じてリン酸とを混合し、加熱反応することも可能である。
【0046】
上記方法により合成した前駆体は、合成直後は脆い塊状であるが、時間とともに粘性が増してくる。本発明の製造方法によれば、この前駆体を、粉末化または液体化させたものを有機薄膜に挟み込んで加熱することで薄膜化することができる。前駆体を粉末状および液体状のいずれの状態にも変化させることができるため、取り扱い易く、既存の様々な薄膜化の製造装置に適用させることが可能であり、汎用性が高い。
【0047】
[焼成工程S31および粉末化工程S32]
粉末化させた前駆体を用いる場合は、上記合成工程S2にて合成した粘性の高い前駆体を、電気炉で焼成する。例えば、ルテニウムとリンの含有比率が、モル比で1:8のようにリンの成分が比較的小さい場合、400℃1時間および360℃2時間程度加熱することで固化させることができる。一方、例えば、ルテニウムとリンとの含有比率が、モル比で1:11~1:13のようにリンの成分が比較的大きい場合、合成後の試料の潮解性を低くするために、400℃1~2時間および360℃12~19時間程度加熱して固化することが望ましい。焼成工程S31にて固化させた前駆体を、粉末化工程S32において粉砕して粉末化させる。粉末化させた前駆体を用いる場合は、潮解を防止するために、合成後は、湿気を遮断した環境下で前駆体を保管する必要がある。
【0048】
[液体化工程S4]
液体化させた前駆体を用いる場合は、上記合成工程S2により合成した粘性の高いプロトン伝導体を大気中に置いておくことで潮解させたものを用いることができる。前駆体の液体化は潮解に限られず、水を加えてもよい。
【0049】
[有機薄膜上への敷詰めまたは塗布工程S5]
粉末化させた前駆体を用いる場合は、上記焼成工程S31および粉末化工程S32において得られた粉末状のプロトン伝導体を、有機薄膜で形成された型の中へ敷き詰める。粉末化した前駆体を用いる場合は、有機薄膜で型を形成することにより、特定の形状の電解質膜を形成することが可能となる。
【0050】
液体化させた前駆体を用いる場合は、上記液体化工程S4において得られた液体状の前駆体を、有機薄膜上に塗布する。
【0051】
有機薄膜は、300℃以上で加熱してもそれ自身が変形することなく、前駆体と反応することのない材質の板状またはシート状の材料であり、ポリイミド系材料またはポリテトラフルオロエチレン系材料が好ましい。ポリイミド系材料として例えばカプトン(登録商標)を使用することが可能であり、ポリテトラフルオロエチレン系材料として例えばテフロン(登録商標)を使用することが可能である。
【0052】
[有機薄膜の重ね合わせ工程S6]
上記有機薄膜上への敷詰めまたは塗布工程S5において得られた有機薄膜上の前駆体の上に、さらに有機薄膜を重ね合わせる。上下の有機薄膜は、同じ材料に限られず、例えば、ポリイミドとテフロンを組み合わせて用いてもよい。
【0053】
[加熱成形工程S7]
上記有機薄膜の重ね合わせ工程S6により、有機薄膜によって挟み込んだ状態で、前駆体を電気炉内で加熱しながら加圧し、プロトン伝導性電解質膜を形成する。加熱温度は、200~400℃であり、加熱時間は、1~2時間である。
【0054】
ここで、前駆体を加熱しながら圧力を加えることで、得られるプロトン伝導性電解質膜の膜厚の調整を行うことが可能である。表1には、ルテニウム:ナトリウム:リンの含有比率が、モル比で1:4:13である前駆体について、260℃95分の加熱成形工程において圧力を加え、得られるプロトン伝導性電解質膜の厚みを調整した結果を示す。この工程において、従来公知のホットプレス法を用いて加熱および加圧形成することも可能である。
【0055】
また、粉末化させた前駆体を用いる場合は、有機薄膜により形成した型の厚みを変化させることにより、得られるプロトン伝導性電解質膜の膜厚の調整を行うことが可能である。
【0056】
【表1】
【0057】
薄膜化の方法や膜厚は特に制限されるものではない。例えば、液体化させた前駆体は、スピンコート法、キャスト法、インクジェット法、印刷法、ダイコート法、ブレードコート法、ロールコート法、スプレーコート法、カーテンコート法等の従来公知の塗布法によって、有機薄膜上に塗布することが可能であり、従来公知の薄膜の製造装置によって所望の膜厚へ形成可能である。
【0058】
プロトン伝導性電解質膜の膜厚は、既存の薄膜の製造装置によって製造可能な10~500μmが好ましい。10μm以上であることで、粒界のないガラス状のプロトン伝導性電解質膜が電解質膜として十分な機械強度を得られるため好ましい。膜厚が上記範囲内であれば、電解質としての汎用性が高い。
【0059】
[剥離工程S8]
上記加熱成形工程S7において、所定温度で所定時間経過した後、室温に戻し、有機薄膜からプロトン伝導性電解質膜を剥離することで、プロトン伝導性電解質膜が得られる。
【実施例
【0060】
以下に、プロトン伝導性電解質膜の製造方法を実施例に基づいて説明する。なお、本発明は、これらの実施例に限定されるものではなく、これらの実施例を本発明の趣旨に基づいて変形、変更することが可能であり、それらを本発明の範囲から除外するものではない。以下では、実施例1の製造方法を詳細に示す。その他の実施例2~10についてはほぼ同じであるため説明を省略し、各実施例の組成、製造条件およびプロトン伝導度の結果を表2に示す。
【0061】
【表2】
【0062】
(プロトン伝導性電解質膜の作製)
(実施例1 Ru:Na:P=1:3.5:8)
まず、粉末状の塩化ルテニウム水和物であるRuCl・nHO(Ru:39.23質量%、田中貴金属工業(株)製)10.062 gと、ナトリウムの無水炭酸塩(NaCO、ナカライテスク(株)製、7.055g)、85質量%のオルトリン酸水溶液(ナカライテスク(株)製)36.006 gとを、セラミックス製蒸発皿中で混合し、空気中において、ガスバーナーで30分間、加熱反応させ、その後、室温に冷却することにより、粘張性の高い黒褐色試料を作製した。
【0063】
金ボート内に有機薄膜としてテフロン(登録商標)シートを敷き、そのシート上に得られた前駆体を塗布した。これを電気炉内にて400℃1時間および360℃2時間にて焼成した。
【0064】
焼成後の固化した前駆体を乳鉢ですり潰し、粉末状にした。次に、ガラス板の上にテフロン(登録商標)シートを敷き、その上にカプトン(登録商標)シートを刳り抜いた型を置いた。そして、その型の中に粉末化させた前駆体を敷詰め、敷詰めた前駆体の上にテフロンシートを重ね、さらにその上からカプトンシートとガラス板を重ねた。
【0065】
上記のように組み立てたサンプルを、電気炉内にて260℃で1時間加熱した。加熱終了後、室温に戻るまで電気炉内で放置した。そして、テフロンシートおよびカプトンから剥離することにより、プロトン伝導性電解質膜を得た。
【0066】
生成物の同定は、粉末X線回折測定(XRD)により行った。より具体的には、粉末X線回折測定装置(ブルカー・エイエックスエス製、商品名:D8-Advance、Cu Kα線)を用い、測定角(2θ)5°から70°の範囲におけるX線回折測定を行い、試料の非晶質性の確認を行った。各試料とも顕著な回折ピークを示さなかったことから、非晶質または非晶質を主体とするルテニウムリン酸水素塩であることを確認した。
【0067】
また、生成物の縮合度を見積もるために、赤外吸収分光分析(FT/IR)を行った。より具体的には、試料をKBr製単結晶板に挟んで加圧成型し、赤外吸光光度計(JASCO製、商品名:FT/IR-4100)を用い、透過法によって赤外吸収スペクトルを測定した。そして、得られたスペクトルについて、P-O-P、P-O…M、P-O-H、O-Hの各吸収バンドの位置と形状を調べることにより、いずれの試料も縮合リン酸イオンを含んでいることを確認した。
【0068】
(プロトン伝導度の測定)
次に、複素インピーダンス法により、Cole-Coleプロット(ナイキストプロット)を用いて、各実施例の使用における抵抗値(インピーダンス)を測定し、生成物のプロトン伝導度を計算した。より具体的には、インピーダンスアナライザー(HIOKI社製、商品名:I M3536LCRメーター)を用いて、42ヘルツ~5メガヘルツまでインピーダンスを測定し、室温から350℃までのCole-Coleプロット(ナイキストプロット)を得た。
【0069】
なお、測定プログラムとして、HIOKI LCRメーターサンプルアプリケーションを使用し、42ヘルツ~5メガヘルツの測定周波数(交流)において、室温(25℃)~350℃で測定した。
【0070】
また、測定用の試料は、プロトン伝導性電解質膜を、2枚の電極板によって挟み込み、一端が密封されたガラス管に入れ、更に、このガラス管を電気炉内にセットした。そして、セット後、ガラス管内をロータリーポンプで真空引きし、室温から昇温しながらプロトン伝導度を測定した。なお、最高温度(即ち、表2に示す、プロトン伝導度の測定温度)に到達後、室温に冷却し、室温に到達後、再び昇温過程におけるプロトン伝導度を測定し、測定値の再現性を確かめた。
【0071】
表2に示すように、上述の一般式(1)で示される本発明のプロトン伝導性電解質膜は、270~300℃の中温度領域で高いプロトン伝導度を有していた。
【0072】
(燃料電池の構成)
図3における本発明の燃料電池1は、燃料極2と空気極3の間にプロトン伝導性電解質膜4を挟んだ最小単位である単セルである。なお、ここでは、単セルを備える燃料電池1について説明するが、本発明はこれに限らず、複数のセルを直列に積層した積層体(スタック)を有する燃料電池としてもよい。
【0073】
燃料電池1は、燃料極2と、空気極3と、燃料極2および空気極3の間に設けられたプロトン伝導性電解質膜4とを有している。燃料極2へは、燃料として例えば水素ガスが供給され、空気極3へは酸化剤として酸素が大気中から供給されるように構成されている。燃料および酸化剤は水素ガスおよび空気に限定されることはなく、燃料として、メタノール、エタノール、グルコース等を用い、酸化剤として、酸素を用いることも可能である。燃料極2および空気極3は、配線5を介して外部負荷6へ電気的に接続されており、外部負荷6に電力を供給し得る。
【0074】
燃料電池1は、燃料極2に燃料が供給されると、燃料に含まれる水素原子が、プロトン(H)と電子(e)に分離される。そのプロトンはプロトン伝導性電解質膜4を通って空気極3へ移動する。一方、電子は、外部負荷6を通じて空気極3へ移動する。空気極3では、供給された酸化剤に含まれる酸素と、燃料極2から移動したプロトンおよび電子とが結合して水が生成される。電気化学式で表すと、燃料極2ではH→2H+2e、空気極3では1/2O+2H+2e→HOの反応が起こる。
【0075】
なお、本発明において、燃料電池を構成する電解質膜以外の部材については、燃料電池の分野において従来公知の構成を用いることができる。
【0076】
(燃料電池としての評価)
ルテニウム:ナトリウム:リンの含有比率が、モル比で1:3.5:8である実施例1のプロトン伝導性電解質膜について、燃料電池の電解質として適用させた際の評価を行った。測定用の試料として図3のように作成した単セルを電気炉内に設置し、150℃、250℃、300℃における性能を調べた。KOFLOC製 Hydrogen gas generatorにより発生させた水素ガス(純度99.99%以上)を0.1L/分の流量で燃料電池単セルに流し、発生する電流、電圧値をYOKOGAWA製 GS610 Source Measure Unitによって測定した。酸素極側は、空気(大気)を使用した。その結果、表3に示すように、150℃における最大電力密度は0.39mW/cm、250℃における最大電力密度は1.49mW/cm、300℃における最大電力密度は2.48mW/cmであり、であり、プロトン伝導性電解質膜を用いた燃料電池が得られたことを確認した。
【0077】
【表3】
【0078】
表2および表3に示されるように、本実施形態のプロトン伝導性電解質膜の製造方法によれば、積層可能な薄膜状であり、200~350℃の中温度領域において高いプロトン伝導度を示すプロトン伝導性電解質膜を、比較的短時間で容易に得ることが可能であり、工業的な製造も可能である。
【0079】
また、本実施形態のプロトン伝導性電解質膜は、前駆体を粉末状および液体状のいずれの状態にも変化させることができるため、取り扱い易く、既存の様々な薄膜化の製造装置に適用させることが可能であり、汎用性が高い。
図1
図2
図3